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<title>不二草紙　本日のおススメ</title>
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<description> 古今東西　硬軟聖俗　なんでもござれ！
今日心に残ったモノ・コト・ヒトを紹介します

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<title>VIVA！富士学！(今ここに生きる)</title>
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<description>　ちょっと遅くなりましたが、土曜日、日曜日のことを報告いたします。めちゃくちゃ濃い二日間でした。 　えぇと、まずは河口湖の図書館で絵本の読み聞かせイベントに参加。私は谷川俊太郎＆和田誠の名作「これはのみのぴこ」をアドリブを織り交ぜながら読み...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;1&quot; title=&quot;1&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/13/1.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　&lt;font size=&quot;+3&quot;&gt;&lt;strong&gt;ち&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;ょっと遅くなりましたが、土曜日、日曜日のことを報告いたします。めちゃくちゃ濃い二日間でした。&lt;br /&gt;
　えぇと、まずは河口湖の図書館で絵本の読み聞かせイベントに参加。私は谷川俊太郎＆和田誠の名作「&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4914985012/fujizoushi-22&quot;&gt;これはのみのぴこ&lt;/A&gt;」をアドリブを織り交ぜながら読みました。うむ、さすが谷川俊太郎。いろいろな料理の方法がありますな。&lt;br /&gt;
　絵本の読み聞かせって、音楽の演奏に似てるんですよね。楽譜があって、それをリアライズして、お客さんに聞かせる。お客さんとのリアルタイムな対話というのも重要ですし。私はここでもやはりあんまり練習していかない方法をとります。その方が活き活きするからです。練習しすぎ…というか、あまりに計画どおり練習どおりにやるということは、単なる過去の再現にしかならず、「今ここ」のエネルギーを奪うことになりがちだからです。なんて、ものは言いようですな(笑)。ま、「コト」より「モノ」という、いつものヤツです。「コト」は死んでいますが、「モノ」は生きている。&lt;br /&gt;
　さて、その読み聞かせが終わったところで、急いで河口湖ステラシアターへ。ここでも「コト」より「モノ」を体験、実感。&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Uni_2779&quot; title=&quot;Uni_2779&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/13/uni_2779.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: right; margin: 0px 0px 5px 5px;&quot; /&gt;　そう、今年もまた、ウチの学校(富士学苑高校)のジャズバンド部が主催する「富士山の森ジャズフェスタ」が行われたのです。&lt;br /&gt;
　今年もまた、ウチのジャズバンド部「ムーン・インレット・ジャズ・オーケストラ」はすごい演奏をやってのけましたよ。審査員のお二人が絶句してしまうんですから。&lt;br /&gt;
　全体の印象は、まさに「コト」より「モノ」。&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2007/07/post_4035.html&quot;&gt;一昨年&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2008/07/42008_4fed.html&quot;&gt;昨年&lt;/a&gt;とかいてきた通りです。&lt;br /&gt;
　つまり、理論や技術や知識や練習の成果というのは、ある意味人間の為した「コト」であって(すなわち仕事であって)、それだけに終始してしまうと、やはり「今ここ」の「モノ」たる生命感が失われてしまうということです。&lt;br /&gt;
　大学生はどうしてもそこに陥りがちなんです。いや、これは大人みんなに言えることですよ。特に音楽を仕事にしている人たちはそうです。慣れるということには良い面と悪い面がありますよね。慣れて楽になっていくと、たいがい悪い方向に行くんです。あるいは自分の中で納得してしまうとダメなこともあるということです。&lt;br /&gt;
　これは実は日曜日のプロレスの話にもつながっていくんですが、とにかく、「カタ」にはまってしまうと我々はそこに感動できなくなってしまう。安心して聴いていられる、観ていられるけれども、何かがモノ足りない。&lt;br /&gt;
　その点、高校生というのは、もう無条件に有利です。若気の至りも悪いことばかりではないんですね。彼らはたしかに一生懸命練習しています。ソロもアドリブではなく、しっかり楽譜どおりの練習をしてくるわけです。しかし、それがなぜかカタにはまらない。単なる仕事になっていない。&lt;br /&gt;
　それは、ある意味皮肉なことです。未熟さや無知さや純朴さのおかげで、そこに「今ここ」が入り込む余地があるわけですからね。成熟し練熟した大人の「芸」にはない他力性がそにあるのです。まあ、それこそが若さの魅力なんでしょうし、青春といったものの本質なんだと思います。&lt;br /&gt;
　そういう永遠の未熟さや初々しさを失わない大人こそが、ホンモノの芸術家になっていくんじゃないでしょうかね。&lt;br /&gt;
　そうそう、その意味で嬉しかったのは、今年春卒業したOGたちの演奏です。彼女たちある意味一世を風靡して、ジャズバンド部の一つのピークを作った張本人たちです。今は音大に進んで、それこそ「カタ」や「コト」をたくさん学んでいると思うんですよね。でも、全然その魅力を失っていなかった。ますますうまくなっていたけど、ますます生き生きしてたんじゃないですか。&lt;br /&gt;
　自分のところの卒業生だからでしょうか、なんか他の大学の大学生とは全然違って見えました。なんか子供っぽいっていうか(笑)。そこが彼女たちのいいところです。まさに理屈や学問なんて軽く超えて、体の奥から音楽が湧き出てくる感じでしたよ。ぜひこのまま成長して、ホンモノのプロになってもらいたいですね。&lt;br /&gt;
　いやあ、毎度手前みそになってしまいますが、MISOはすごいですよ。今度&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/06/post-a589.html&quot;&gt;MJQと共演&lt;/a&gt;するわけですけど、きっとすごいことになりますよ。皆さん、ぜひその現場に立ち会って下さい。チケットありますから、ご一報を。&lt;br /&gt;
　さてさて、ジャズバンド部の演奏を聴き終わり、審査委員の先生の絶句に満足して、私は会場をあとにしました。いざ東京へ。&lt;br /&gt;
　新宿では、たくさんの教え子たちが待っています。山梨組の4人を乗せて車は中央道を東へ。途中、キムタクの白のハマーにあおられながら(マジです)、そして思わぬ渋滞に遭遇しながら、歌舞伎町に着いたのは予定を50分ほど遅れた8時ちょっと前。主賓(？)が遅刻してごめんなさい。&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Uni_2782&quot; title=&quot;Uni_2782&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/13/uni_2782.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　そう、今日はですね、新宿で「山口先生と鈴木さんを囲む会」というのがありまして、私はそれにまねかれたのであります。いや、実は私自身が企画したんです(笑)。自分で自分を囲む会を企画するって…どんだけずうずうしいんだ(笑)。&lt;br /&gt;
　鈴木さんというのは教育ジャーナリストの鈴木隆祐さんです。私が書いた&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/01/post-6860.html&quot;&gt;こちらの記事&lt;/a&gt;がご縁で彼と知り合い、彼にもぜひウチの学校を知って頂きたいと思いまして、このような会を催したのです。&lt;br /&gt;
　富士学苑高校は田舎の小さな学校ですが、とても個性的で、アットホームで、人間味あふれる学校です。それを私の口から鈴木さんに説明するのではなく、実際の卒業生たちにぶっちゃけトークしてもらおうと思いまして、mixiのコミュを中心に宣伝しましたら、まあなんと30名近い卒業生がわざわざ集まってくれました。10代から30代まで、様々な世代の教え子たちが一同に会して、盛り上がる盛り上がる。結局宴は朝5時まで続いたのでありました。結局始発で朝帰り。&lt;br /&gt;
　なんか教師冥利に尽きますよね。実に感慨深いものがありました。つくづくいい学校だと思いましたし、いい仕事させてもらってるなと思いました。卒業してそこで終わりではない。仕事が「コト」の集積で終わるんじゃなくて、「今ここ」の「モノ」につながっていく。教育が生きている。&lt;br /&gt;
　みんなありがとう！VIVA！富士学！みんなファミリーだなあ…感激。&lt;br /&gt;
　日曜日につづく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/fuji-san/&quot;&gt;不二草紙に戻る&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>「物語（モノ・コト）論」「萌え（オタク）論」</dc:subject>
<dc:subject>教育</dc:subject>
<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>蘊恥庵庵主 </dc:creator>
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<item rdf:about="http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/post-6435.html">
<title>『東京、音楽、ロックンロール』　志村正彦　(ロッキングオン)</title>
<link>http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/post-6435.html</link>
<description>　お誕生日おめでとう！29歳ですね、志村くん。 　今日は大阪でライヴかな。みんなに祝ってもらえたのでしょうね。 　そうそう、昨日紹介した「罔象女」の碑のすぐ近くに、志村くんのご実家があるんですよ。志村くん、「罔象女」の存在知ってるかなあ。 ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;86052080&quot; title=&quot;86052080&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/11/86052080.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　&lt;font size=&quot;+3&quot;&gt;&lt;strong&gt;お&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;誕生日おめでとう！29歳ですね、志村くん。&lt;br /&gt;
　今日は大阪でライヴかな。みんなに祝ってもらえたのでしょうね。&lt;br /&gt;
　そうそう、昨日紹介した「罔象女」の碑のすぐ近くに、志村くんのご実家があるんですよ。志村くん、「罔象女」の存在知ってるかなあ。&lt;br /&gt;
　29かぁ…私は何してたかなあ。ああ、あのクラスの担任してたころだな。そうそう、明日そいつらに会うんだよな。新宿でイベントを開催するんですよ。あいつらはもう29をとうに越えて三十路か…。その当時の自分よりも教え子が年上であるという、この不思議な感覚。教え子たちにとっては、もっと不思議らしい。あの時のセンセイは、今の自分より年下だっていう…。&lt;br /&gt;
　ま、自分のことはいいや。また後で。&lt;br /&gt;
　この本は、フジファブリックの志村くんが、公式ホームページで連載していたネット上の日記を書籍化したものです。5年間に及ぶ彼らの足跡を振り返るという意味でも、また、志村くんのキャラクターを知る意味でも、なかなか面白い内容になっています。妙にリアルなんだよな、まるで自分がミュージシャンになったような気さえする。彼のさりげない日常が、我らにとっては非日常なので。&lt;br /&gt;
　そんな中、なんだかとっても共感する部分がありました。今の自分というより、やっぱり二十台後半の自分だな。あの頃の自分と重なる部分が多かった。&lt;br /&gt;
　私もまだ結婚していなかったし、仕事上まだまだな部分と、多少慣れてきた部分とがあって、それから、もうすぐ30なんだから大人にならなくちゃっていう部分と、いまだ学生気分が抜けないようなところがあったりしてね。青春、すなわち「&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2008/01/teenager_813f.html&quot;&gt;TEENAGER&lt;/a&gt;」を引きずっているっていうのかなあ、案外不安定で妄想も盛んなお年頃でしたね、今思えば。&lt;br /&gt;
　地元民としては、やっぱり志村くんの富士吉田LOVEぶりが嬉しいですね。やっぱり何かのタイミングで吉田うどんを食べに来ちゃうところが、なんともカワイイし、ウレシイ所です。私は人生の途中から吉田のお世話になっている外様ですから、ちょっとジェラシーも感じちゃうんですよ。ああいう濃い土壌で生まれ育ちたかったってね。東京のコンクリートの団地で育っちゃったから。&lt;br /&gt;
　そういう流れの一つの終着点(執着点)として、あの&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2008/05/teenager_fanclu_5935_1.html&quot;&gt;市民会館ライヴ&lt;/a&gt;があったと思うと、また感慨もひとしおですね。&lt;br /&gt;
　で、そんな彼の日記自体も面白かったのですが、そこに挿入される「今」のインタビューがまた冷静に自分を観察していて興味深かった。ワタクシ的に思わず苦笑＆感動してしまったのは、次の部分です。引用させていただきます。ここに文学と音楽のほぼ全てがあると思いますので。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Pic05_01&quot; title=&quot;Pic05_01&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/11/pic05_01.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: right; margin: 0px 0px 5px 5px;&quot; /&gt;　2004年は忙しかったんで、あんり実家帰ってなかったと思うんです。山梨大好きだったんで、アマチュアの頃はよく帰ってたんですけど、メジャーデビューしてから、実家に甘えてたら終わりだなって思って帰んないようにしてたんで、久しぶりに正月に帰ったんじゃないですか。メジャーデビューして地元に帰ったら、モテたりもすんのかなと思ったんですけど、相変わらずモテず、昔からの志村正彦に戻り、全然駄目でした。友達からも、家族からも、特にちやほやされなかったですね。ほんとに誰からもちやほやされることもなく、今に至るんですけど(笑)。&lt;br /&gt;
　僕ほんとに、そこらへんの学生さより地味な生活をしていて、多分彼女とかもいなかったんじゃないですか。インディーズの頃いたんですよ。いまさら話すことじゃないんですけど、その子と花火大会とか行った記憶はあるんですけど、今ではその子ももう結婚しちゃって、ときの流れを感じます。この前、「子供はできてないんだけど、ぼちぼちやってます」みたいなメールが来て、僕が「ああそうですか。じゃあまあ、今度機会があったらご飯でも行きましょうか」って、後ろめたくメール送ったら返事が返ってこなくて。「なんだよー」みたいな。そのへんが女の子の謎なところで。「思い出話に花を咲かせてみましょうよ。今の人と仲良くしてねー」みたいな感じで送ったのに。女の子って怖い生き物だなって思いました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ううむ、これって女の子の怖さというより、男の子のお馬鹿さっていう感じじゃないですか(苦笑)。いや、その両方が相まって文学と音楽が生まれるのでしょう。&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/songsnhk-05d7.html&quot;&gt;この前&lt;/a&gt;椎名林檎のところで書いたことと一緒だと思いますよ。&lt;br /&gt;
　そして、そういうのをこうして正直に、ある意味恥ずかしげもなく万人に公開しちゃうところが、一般人と芸術家との違いだと思いますね。&lt;br /&gt;
　うん、実は私も20代の頃、日記を書いていたんです。それは人に見せるものではなかったので、たとえばこのブログのような内容ではありません。今自分で読むのも恥ずかしいというか恐ろしいくらいドロドロの日記ですよ。地下室のどっかに埋もれてると思います。ありゃ、焼いた方がいいな。&lt;br /&gt;
　でも、こうして志村くんの日記を読んだり、彼の音楽を聴いたりしますとね、そういう自己のドロドロした部分とか、恥ずかしい部分とか、恐ろしい部分を、ある意味堂々と開陳しちゃう勇気というか、いや、それをしなくちゃいられない衝動みたいなものが、彼の中にあるのが分かるんです。そこが我々と違うなと。彼がこの本の中で言ってる「音楽欲」っていうヤツでしょうかね。&lt;br /&gt;
　私は30過ぎて、結婚して、そういう「音楽欲」が減退するかと思いきや、案外ムクムクと肥大化してきたような気もします。もちろん才能がないので、それはくすぶったままですけど。志村くんが、これからまたどういう風に成長していくか、とっても楽しみです。これだけは言えます。20代より40代の方がずっと人生面白いですよ！マジで。自分の未来に期待していいですよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Amazon　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4860520807/fujizoushi-22&quot;&gt;東京、音楽、ロックンロール&lt;/A&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;楽天ブックス　&lt;a href=&quot;http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/05055299.0f328c6d.0505529a.9e492d11/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f6064403%2f&amp;m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f13189322%2f&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;東京、音楽、ロックンロール&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/fuji-san/&quot;&gt;不二草紙に戻る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>文学・言語</dc:subject>
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<dc:creator>蘊恥庵庵主 </dc:creator>
<dc:date>2009-07-10T22:02:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/post-59be.html">
<title>罔象女命</title>
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<description>　タイトルをさっと読めた人はすごいですよ。「もうぞうおんないのち」って、どんな女が好きなんだ…とお思いになった方も多いのでは(笑)。 　今日、巡視で学校の近所を歩いていましたら、思わぬ所にこの女がたたずんでいたので、びっくりしてしまったので...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;font size=&quot;+3&quot;&gt;&lt;strong&gt;タ&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;イトルをさっと読めた人はすごいですよ。「もうぞうおんないのち」って、どんな女が好きなんだ…とお思いになった方も多いのでは(笑)。&lt;br /&gt;
　今日、巡視で学校の近所を歩いていましたら、思わぬ所にこの女がたたずんでいたので、びっくりしてしまったのです。なんで、こんな所に…。&lt;br /&gt;
　近くまで行って声をかけようと思いましたが、フェンスに遮られて叶いません。気にはなりましたが、しかたなく写真だけ撮って帰ってきました。&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;0322&quot; title=&quot;0322&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/10/0322.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　というわけで、答えは「みづはのめのみこと」です。正解者はかなりマニアックな方ですよ。&lt;br /&gt;
　神様の名前です。日本書紀にこういう表記で登場します。古事記では弥都波能売と万葉仮名式です。&lt;br /&gt;
　イザナミが火の神カグツチを生んだ時、大事なところをやけどしてしまんうですね。その時ちびったオシッコから生まれた神がこの「ミヅハノメ」です。すごい状況ですな。&lt;br /&gt;
　結局それが原因でイザナミは死んでしまいます。で、怒ったダンナのイザナギはカグツチを殺してしまう。まあ、現代にこんな事件が起きたら、かっこうのワイドショーネタですね。いや、それどころじゃないか。&lt;br /&gt;
　オシッコから生まれた神様ですから水神です。井戸や潅漑用水の神様です。全国の至るところに祀られてますよ。水はまさに命の源ですからね。雨乞いや雨止めの際にも、この神様は活躍しました。&lt;br /&gt;
　それにしても、なんで、こんな所にたたずんでいるのでしょう。高速道路の下ですよ。高架の下って立ち入り禁止の空き地になってるじゃないですか。そのど真ん中にけっこう立派な碑がドンとあるんですよ。&lt;br /&gt;
　高速道路を造る前、ここに社があったのでしょうか。あとで調べてみます。&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;1&quot; title=&quot;1&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/10/1.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: right; margin: 0px 0px 5px 5px;&quot; /&gt;　ちなみにこの辺りは、大昔湖だったと言われています。小舟山(御舟山)という小山を囲むように、小舟湖(御舟湖)という三日月湖があったという記録があります。それが今から1200年くらい前、貞観6年(864年)の富士山の噴火の際、流れてきた溶岩流で埋没してしまったんですね。その溶岩流が剣丸尾です。&lt;br /&gt;
　ですから、小舟湖があった頃は、その辺り、すなわち新倉(あらくら)と言われる地域は水が豊富だったわけですね。それで、その頃水神さんが祀られたのかもしれない。&lt;br /&gt;
　いや、そうではなくて、湖埋没後かもしれませんね。というのは、地下流水というのは、溶岩流によってけっこうその流路を変えられてしまうものでして、実際、その後新倉地域というのは、水不足に苦しみました。そう、往時の記憶も重ねて、水乞いのために水神である罔象女神を祀ったのかもしれません。&lt;br /&gt;
　ウチの学校の母体になっている月江寺の池はその小舟湖の名残とも言えます。その池も、最近すっかり湧水量が減ってしまいましてね、往時の面影が失われつつあります。&lt;br /&gt;
　江戸時代には、水害に苦しむ河口湖と水不足に悩む新倉、両方の憂いを一挙に解決しようと、有名な「新倉掘り抜き」が掘られます。なんでもこれは日本最長の手掘りトンネルだそうで、何十年もかけて大変な工事をしたんですけど、いざ貫通してみたら設計ミスで水が流れなかったという、なんとも悲劇的(喜劇的？)な結末を持った大プロジェクトです。しっかし、罔象女さんもずいぶんと厳しい仕打ちをしましたね。&lt;br /&gt;
　それにしても、この高速道路を屋根にした社(？)というのも、かなり珍しいんじゃないでしょうか。たしかに雨はしのげると思いますけど、水神さんとしては、これで納得できるんでしょうかね。けっこう立派な石造物ですので、誰がいつ建てたものか知りたいんですけど、なにしろ禁足地なもので、近づけないのが残念です。ま、いつか近いうちに侵入して観察してきますわ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/fuji-san/&quot;&gt;不二草紙に戻る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>旅行・地域</dc:subject>
<dc:subject>歴史・宗教</dc:subject>

<dc:creator>蘊恥庵庵主 </dc:creator>
<dc:date>2009-07-09T22:09:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/1946-1956-e6c2.html">
<title>アンドレ・プレヴィン　『アンドレ・プレヴィン・プレイズ・マイ・フェア・レディ（1946-1956）』</title>
<link>http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/1946-1956-e6c2.html</link>
<description>PREVIN, Andre: Andre Previn Plays My Fair Lady (1946-1956) 　この前の小澤征爾さんも世紀をまたぐ大指揮者だと思いますが、このアンドリュー・プレヴューさんも同レベルですごい指揮者、いや...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;PREVIN, Andre: Andre Previn Plays My Fair Lady (1946-1956)&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Rtr4122&quot; title=&quot;Rtr4122&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/09/rtr4122.gif&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　&lt;font size=&quot;+3&quot;&gt;&lt;strong&gt;こ&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;の前の&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/06/100-nhk-bshi-30.html&quot;&gt;小澤征爾&lt;/a&gt;さんも世紀をまたぐ大指揮者だと思いますが、このアンドリュー・プレヴューさんも同レベルですごい指揮者、いや音楽家ですね。&lt;br /&gt;
　今年の9月から、とうとうNHK交響楽団の首席客演指揮者になるとのこと。ぜひカツを入れてやってほしいですね。&lt;br /&gt;
　さて、そんな巨匠アンドレ・プレヴィンですけど、ご存知の通り、もとは天才ジャズ・ピアニストとして鳴らしていました。&lt;br /&gt;
　そんな当時の素晴らしい録音を集めたアルバムがこれです。最近NMLで聴けるようになったので、なにげなくクリックしてみましたら、これが非常に良い！&lt;br /&gt;
　私、クラシック音楽には疎いので、プレヴィンの指揮ってあんまり意識して聴いたことがありません。なんとなくですが、比較的正統派というイメージだけはあるんですが。&lt;br /&gt;
　ですから、この若きプレヴィンのジャズ演奏を聴いて、ちょっとビックリしました。いわゆる正統クラシック的(そういうものがあるのかどうか知りませんけど…)な世界からはほど遠いからです。&lt;br /&gt;
　私のような巨匠…素で間違えた(笑)…狭小なエセ音楽家からしますと、クラシックとジャズって、やっぱり両立しにくい世界だと思うんです。究極的に言えば、Black or White っていうことですからね。&lt;br /&gt;
　それを同時にやろうとすると、たとえば&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2008/07/post_71a2.html&quot;&gt;ガーシュイン&lt;/a&gt;のような融合的アプローチをするか、あるいは&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2005/10/vol14_3118.html&quot;&gt;ジョン・ルイス&lt;/a&gt;のような木に竹を接ぐ的アプローチをするか、はたまた&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2008/09/1986-nhk-4d85.html&quot;&gt;キース・ジャレット＆チック・コリア&lt;/a&gt;のようなジャズ奏者がクラシックをまじめにやりました的アプローチになるかしかない、と思っていたんです。&lt;br /&gt;
　それが、こういうレベルで両方自然に極めちゃう人がいるんだなと。正直ビックリです。&lt;br /&gt;
　グルダなんかもジャズをよくやってましたけど、あれなんか、クラシック奏者がジャズをやってみました的になっていて、まあ微笑ましくはありましたけど、やっぱりちょっと痛いことになってましたからね。&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;513sjf6twil_sl500_aa240__2&quot; title=&quot;513sjf6twil_sl500_aa240__2&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/09/513sjf6twil_sl500_aa240__2.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: right; margin: 0px 0px 5px 5px;&quot; /&gt;　そういうジャンルの壁と言いますかね、それを何気なく越えてしまう人っているんですね。&lt;br /&gt;
　だって、ちょっと考えてみて下さい。発声が違うんですよ、クラシックとジャズでは。歌手で両方自然にできる人って絶対いません。クラシック崩れのジャズ歌手はいますけど。そう、どちらかで崩れないとなかなかもう一方には行けません。&lt;br /&gt;
　ピアノやヴァイオリンなどの楽器にも、発声というのがあります。基礎の基礎にそういう発音法みたいなものがあるんです。それって、本当にベースの部分、物理的というより生理的な部分ですので、なかなかコントロールしにくいんです。&lt;br /&gt;
　ピアノで簡単に言えば、タッチというものであり、そこには鍵盤へのアプローチの力学やタイミングなど、非常に複雑で深い世界があります。&lt;br /&gt;
　ヴァイオリンで言えば、右手のボウイングですね。バロックとクラシックでも、ほとんど両立が不可能なくらい違うわけですから、メニューインが&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2008/02/post_7412.html&quot;&gt;グラッペリ&lt;/a&gt;をまねできないのも当然というものです。もどきにしかならない。&lt;br /&gt;
　2カ国語を完全にネイティヴ風にしゃべるのが難しいのと同じです。どうしてもどちらかが母語になって、外国語の方には「訛り」が生じてしまう。&lt;br /&gt;
　それが、このプレヴィンはなんですか。だって、このアルバムは17歳から27歳の録音でしょう。もうその時点で完璧なジャズ・ピアニストなわけですよ。シェリー・マンが選ぶくらいですからね。その他エラ・フィッツジェラルドなんかとも録音してますよね。&lt;br /&gt;
　で、のちクラシックの勉強もして、ピアニストとして、そして指揮者として大成していくわけですか。おそるべしですね。&lt;br /&gt;
　天才ですね。なにしろ、超イケメンですし、ハリウッド・スターやら、ヴァイオリニストのアンネ・ゾフィー・ムターなんかと、何度も結婚してますし、作曲の方でもアカデミー賞獲ったり、普通のエネルギーではありませんよ。悔しいけれどホンモノの色男ですね、こりゃ。&lt;br /&gt;
　今年80ですけど、まだまだ精力的に活動しているようです。N響の皆さん、覚悟した方がいいですよ(笑)。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://ml.naxos.jp/album/RTR-4122&quot;&gt;NMLで聴く&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://itunes.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?id=308072583&amp;s=143462&quot;&gt;iTunes&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Amazon　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000NO28US/fujizoushi-22&quot;&gt;マイ・フェア・レディー&lt;/A&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/fuji-san/&quot;&gt;不二草紙に戻る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>蘊恥庵庵主 </dc:creator>
<dc:date>2009-07-08T21:56:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/post-2d0e.html">
<title>『日本の難点』　宮台真司　(幻冬舎新書)</title>
<link>http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/post-2d0e.html</link>
<description>　むむむ、自分の難点が分かってしまった。 　ちょっと忙しいので、あんまり中身に踏み込まないで、自分のこと中心に書きます。 　自分の難点その1。やっぱり文学が苦手だ、という点。 　今さらながらですが、イメージや比喩がピンと来ないものは面白く読...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Bks0906270809006p1&quot; title=&quot;Bks0906270809006p1&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/08/bks0906270809006p1.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　&lt;font size=&quot;+3&quot;&gt;&lt;strong&gt;む&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;むむ、自分の難点が分かってしまった。&lt;br /&gt;
　ちょっと忙しいので、あんまり中身に踏み込まないで、自分のこと中心に書きます。&lt;br /&gt;
　自分の難点その1。やっぱり文学が苦手だ、という点。&lt;br /&gt;
　今さらながらですが、イメージや比喩がピンと来ないものは面白く読めません。ん？これは小説でも文学でもないって？たしかに、これはエッセイ(これまた玉虫色な語ですな)です。でもこの本、いわゆるポスト・モダンな、イメージ先行言語が横溢していて、私には、玉虫厨子どころか、ZAKKA屋にあふれるオシャレなデザイン群にしか見えませんでした。私にとって現代の小説なんてのは、単なるかっこつけデザインでしかありませんので(暴論失礼…そういうのも多いという意味です)。&lt;br /&gt;
　自分の難点その2。記憶力が非常に弱い、という点。&lt;br /&gt;
　実はこの本、先週けっこう集中して読んでいたんですよ。で、いろいろ書こうと思っていたら、なんとなく先延ばしになってしまった。それで、いざと思ったら、全然内容が浮かばない。これって本当に私を象徴してます。&lt;br /&gt;
　こうしてブログなんかも毎日書いてますけど、昨日書いたことも忘れてるんですよ。自分の吐き出したもすら忘れてるんですから、人のものをちゃんと覚えてないのは当たり前ですよね。ひどすぎます。&lt;br /&gt;
　皆さんはどうなんでしょう。読んだ本の内容とか、昔勉強したこととか、ちゃんと覚えてるんでしょうか。&lt;br /&gt;
　昨日の夕飯なんだっけ？という感じなのかなあ。この点に関しては、自分ではですね、このように解釈しています。昨日の夕飯なんだっけ？ましてや一昨日の夕飯は…。でも、ちゃんと自分の栄養になって、血肉になって、細胞になってる。そう思いたいですよね。&lt;br /&gt;
　今こうして考えたり、歩いたりしている、それがいつ食べた何なのかなんて、誰も分かりません。読書もそういうもの…だといいなあ。&lt;br /&gt;
　自分の難点その3。やっぱりスケールが小さい、という点。&lt;br /&gt;
　そう、この本で言えば、前半のコミュニケーション論・メディア論、若者論・教育論までは、まあまあ楽しく読めたんですけど、後半、幸福論、アメリカ論、日本論になると、急にページが進まなくなった。&lt;br /&gt;
　想像力が貧弱なんですよね。他者、それも目に見えない他者に対して思いやりを抱くことができないようです。&lt;br /&gt;
　それらの意味において、私は、宮台さんの言う「浅ましい奴」「セコイ奴」なんですよね。とても、ミメーシス(感染的模倣)を催させる「スゴイ奴」ではないということです。当たり前ですけど。&lt;br /&gt;
　つまり、私はエゴイストであり、本気さが足りないっていうことでしょうね。&lt;br /&gt;
　この本のキーワード「コミットメント(深い関わり)」…これもまた充分に玉虫色ですが…について、私はどこか冷めているところがあるんですよね、きっと。そういう意味で私は立派な現代人なのでしょう。&lt;br /&gt;
　教育という仕事においても、「コミットメント」の不足をハッタリで補うという、実に「浅ましいセコイ奴」なのです、実は。&lt;br /&gt;
　とまあ、日本の難点を考える以前に、自分の難点が露呈してしまったわけでして、なんとも暗澹たる気持ちにさせられる読書ではありました。&lt;br /&gt;
　難点2はおそらく生来のものですので、解決不能でしょう。難点1も生理的なものでしょうね。そうすると難点3だけかなあ、努力でなんとかなるのは。&lt;br /&gt;
　いや、想像力とは現実から離れた何かに思いを馳せることですから、好き嫌いと記憶力が大いに関与していそうですね。むむむ、やっぱり解決不能なのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Amazon　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4344981219/fujizoushi-22&quot;&gt;日本の難点&lt;/A&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/fuji-san/&quot;&gt;不二草紙に戻る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>教育</dc:subject>
<dc:subject>文学・言語</dc:subject>
<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>
<dc:subject>経済・政治・国際</dc:subject>

<dc:creator>蘊恥庵庵主 </dc:creator>
<dc:date>2009-07-07T22:21:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/post-b185.html">
<title>『理系クン』＆『理系クン結婚できるかな？』　高世えり子　(文藝春秋)</title>
<link>http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/post-b185.html</link>
<description>　向かいの席の理系チャンにお借りしました。理系チャン、いよいよ理系クンとゴールインかという現状でして、そんな中このコミック・エッセイは、ものすごくツボにはまったようです。あまりに状況が似ているとのこと。 　ま、このコミックでは、女性は文系チ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;16370510&quot; title=&quot;16370510&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/07/16370510.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　&lt;font size=&quot;+3&quot;&gt;&lt;strong&gt;向&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;かいの席の理系チャンにお借りしました。理系チャン、いよいよ理系クンとゴールインかという現状でして、そんな中このコミック・エッセイは、ものすごくツボにはまったようです。あまりに状況が似ているとのこと。&lt;br /&gt;
　ま、このコミックでは、女性は文系チャンですからね、正確にはかなり違う状況とも言えるわけですが、ある意味、相手が理系であろうと文系であろうと、理系クンのアイデンティティーは揺らがないということでもあります。&lt;br /&gt;
　前に、&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2008/10/post-6928.html&quot;&gt;理系の人々&lt;/a&gt;を紹介したところに書きましたように、いわゆる理系クンとオタクとは重なる部分が多いと言えます。私の「モノ・コト論」的に申しますと、理系クンもオタクくんも、両者とも「コト」にこだわり、全てを数値的、あるいは集合的に処理し、世界を理路整然と分析、整理、インデックス化していく傾向を持っています。&lt;br /&gt;
　それがこうしてコミックになるということは、その「コト化」の行為自体が、とってもコミカルだということですね。そう、世界史上、人類史上、「コト化」は全て「ギャグ化」の連続だったとも言えるのです。&lt;br /&gt;
　つまり、我々が、学問だの、科学だの、社会だのと叫び続けてきたことは、実は自然(モノ)の法則…というか実態…に反することであり、宇宙規模で見れば、すなわち「モノ・スケール」で測れば、まったくのギャグであるということです。残念でした(笑)。&lt;br /&gt;
　この前の椎名林檎ではありませんが、結局、そうしたモノ・スケールを持っていて、一言、一挙、一瞥のもとに、その構築された「理(コト)」をぶっ壊してしまう本質的パワーをですね、女性は皆持っているわけですよ。ニーチェが言う通りです。&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;16371320&quot; title=&quot;16371320&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/07/16371320.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: right; margin: 0px 0px 5px 5px;&quot; /&gt;　で、そうした神のレベルから見ますと、理系クンやオタクという宇宙に名だたる種は、とっても可愛らしく見えたりするわけです。一生懸命ちょこまかちょこまか自然に対抗しようとしている彼らが、なんだかとっても愛しいのです。つまり、母性をくすぐられるんでしょうね。&lt;br /&gt;
　そうした、女性から見た「萌え」ポイントがですね、理系クンにはあるんですよ。そういう可愛らしさとともに、モノノケたる女性の最も苦手な「コト化」の産物、たとえばパソコンとか、メカとかに対する強さを持ってますからね。それはたしかに女性から見ると魅力的に見える(こともある)でしょう。&lt;br /&gt;
　最近はやりの「草食系男子」と重なる部分も多い。基本肉食系は自然(モノ)的ですから。アウトドアだし、ある種暴力的だし、ある意味では知的じゃないし(失礼)。&lt;br /&gt;
　で、まるで他人事のように言っているワタクシですが、さて、私は何系でしょうか。学問的には理系崩れの文系ですし、まあ外見は完全に草食系ですけど、実態は文理雑食系でしょうかねえ。よくわかりません。&lt;br /&gt;
　とにかく男が読んでも「ある、ある」という感じだったり、案外自分もそうだったり、充分楽しめますよ。女性の反応は「カワイイ！」か「無理！」でしょうね。さすがモノノケ。一刀両断。&lt;br /&gt;
　それにしても時代は変わったなあ。かっこいい男はいずこへ。男はカワイイものになっちゃったのかなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
Amazon　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163705104/fujizoushi-22&quot;&gt;理系クン&lt;/A&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/fuji-san/&quot;&gt;不二草紙に戻る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>「物語（モノ・コト）論」「萌え（オタク）論」</dc:subject>
<dc:subject>アニメ・コミック</dc:subject>
<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>
<dc:subject>自然・科学</dc:subject>

<dc:creator>蘊恥庵庵主 </dc:creator>
<dc:date>2009-07-06T22:02:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/4-c531.html">
<title>国分寺チェンバーオーケストラ・コンサート2009</title>
<link>http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/4-c531.html</link>
<description>リハの休憩中に↓ 　今日は、彩の国さいたま芸術劇場・音楽ホールにて、国分寺チェンバーオーケストラの演奏会にエキストラとして出演してきました。 　KCOの皆様におかれましては、前回ベートーヴェン演奏中に弓を折るという、とんでもないご迷惑をおか...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;リハの休憩中に↓&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;0326&quot; title=&quot;0326&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/06/0326.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　&lt;font size=&quot;+3&quot;&gt;&lt;strong&gt;今&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;日は、彩の国さいたま芸術劇場・音楽ホールにて、国分寺チェンバーオーケストラの演奏会にエキストラとして出演してきました。&lt;br /&gt;
　KCOの皆様におかれましては、前回ベートーヴェン演奏中に弓を折るという、とんでもないご迷惑をおかけしたワタクシを再び使ってくださり、本当に感謝にたえません。&lt;br /&gt;
　昨年の、音楽史上に残る(？)悪夢については&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2008/10/post-92bb.html&quot;&gt;太宰のいたずら&lt;/a&gt;として処理いたしましたが、のち、その太宰とはいちおう和解をしたはずですので、再びそのようなことはないと固く信じておりました。&lt;br /&gt;
　さて、今回は無事に終了することができたのか！？&lt;br /&gt;
　本日演奏したのは3曲。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　モーツァルト／交響曲第25番ト短調&lt;br /&gt;
　ハイドン／協奏交響曲変ロ長調&lt;br /&gt;
　シューベルト／交響曲第4番ハ短調『悲劇的』&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　結果から申しますと、まあ個人的には多少「悲劇的」な部分もありましたけれど、全体としてはなかなかいい演奏ができたのではないでしょうか。&lt;br /&gt;
　団員の皆さんの、本番での集中力、そして楽しもうとする姿勢には、仲間に入れてもらいながら、正直感動いたしました。そういう一体感がお客様にも伝わったのではないでしょうか。&lt;br /&gt;
　そういう意味では、団員の皆様とともに、やはり指揮者の坂本徹さんの力による部分も大きかったと思いますよ。&lt;br /&gt;
　この前の小澤征爾さんのインタビューじゃありませんが、やっぱり最後は音程とかリズムとか機械的なアンサンブルとかではなく、「心」です。坂本さんも最後はとにかく「音楽的であれ！」ということをおっしゃってましたっけ。そう、あらためて思いましたね。お客様に伝わるのは、そうした演奏者の「心」の一体感なのであると。&lt;br /&gt;
　小澤さんの言葉で言うなら、指揮は「invite」であるということです。我々演奏者たちは、指揮者によってある一点に誘われ、収斂していくんです。そこに音楽のエネルギーが生まれるのでしょう。&lt;br /&gt;
　普段、指揮者のいない比較的少人数のアンサンブルをする機会が多い私としては、最近のこういう体験は、また格別の新しい音楽体験です。この歳になって、そちら側の世界の面白さもわかるようになりました。密かに私も近代化してるのかな、ようやく(笑)。&lt;br /&gt;
　また、今回の演奏会を通じて、作曲家自身が望むこと、すなわち彼らの曲を作るという行為の究極の目標というものも、そういう世界の実現なのではないかと思いました。&lt;br /&gt;
　我々は、数百年前の外国の人間が残した「楽譜」という情報にいざなわれ、演奏者が集い、指揮者のもとに一つの到達点に向けて、それぞれのベクトルが合成されていく。その結果も、またプロセスも、とってもエキサイティングなものですね。&lt;br /&gt;
　小澤さんが言ってましたっけね、団員の7割が納得すれば、まあまあそこそこの演奏になると。100％ということはないと。たしかにそうでしょう。もちろん、解釈やセンスの違いはたくさんあって当たり前です。気持ちのノリというのも日によってまちまちでしょう。それを互いが協調し、ある意味妥協したり、助け合ったりしてですね、一つの形に仕上げていく。それが最終的に出来上がる音楽のエネルギーにつながっていくんじゃないでしょうかね。&lt;br /&gt;
　つまり、最初からみんなが納得し、ある意味みんなが同じ意見だったり、あるいは指揮者の言いなりになっていたら、それはもしかすると、コンピューター音楽のように味気ないものになってしまうのかもしれません。&lt;br /&gt;
　大勢が集まって一つの音を出した時、それは多様な音色や音程の集合体ですよね。加えて、それぞれ別個のヴィブラートで音程をずらしたりすることによって、あえてうなりを生じさせたりします。また、ホールの残響によっていろいろな音が混じり合っているわけで、そういう意味では、常に不協和音が鳴っているという理屈になります。しかし、そうして、力のある「音」が生まれるのは絶対的な事実ですよね。心を動かす響きというものが生まれる。なんでもかんでも純正調で完璧な音程を重ねればいいというものではありません。&lt;br /&gt;
　人間というのは面白いものですね。そうした、ある種の不協和によって快感を得るわけです。それは、先ほど述べた解釈や気分の総合の際にも言えることなのでした。本当に不思議ですね。&lt;br /&gt;
　小澤征爾さんも、ようやく最近、アンサンブルが崩壊しそうになるところまで、感情表現できるようになったと言っていました。それが感動を呼ぶと。つまり、あまりに行儀が良すぎても人間味がないということですよ。私の仕事の上でもそうですね。完璧な優等生ほどつまらんものはない(笑)。&lt;br /&gt;
　もちろん程度問題ではありますが、こういうある種の雑音やある種の衝突、ある種の混沌を超えて、それを束ねるエネルギーが生じた時、我々は感動するということが多々あるような気がします。そういう意味では、我々アマチュアが有利な面もあるんですよね。&lt;br /&gt;
　私が常々言っている、「コト」という器から溢れ出る「モノ」のエネルギーという考えが、その現象にあてはまるとも言えますし、逆に暴れる「モノ」を束ねる「コト」の存在に我々が感動するとも言えるような気もします。&lt;br /&gt;
　いずれにしても、「コト(意識・随意・情報)」と「モノ(無意識・不随意・自然)」とのせめぎ合いが、芸術や文化の源泉であるのは間違いないようです。&lt;br /&gt;
　後半のシューベルトを演奏中、そんなことを思いついてしまったので、ついつい「悲劇的」になっちゃったんですよね。ごめんなさい。でも、なにか大切なことを学んだような気がします。シューベルトさんやハイドンさん、モーツァルトさんはじめ、皆さんのおかげです。ありがとうございました。慣れない異種格闘技戦で疲れましたが、とっても楽しかった。これもまた他者との出会いの歓びだったのでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.din.or.jp/%7Emimeiso/kco/frametop.html&quot;&gt;国分寺チェンバーオーケストラ公式&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/fuji-san/&quot;&gt;不二草紙に戻る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>「物語（モノ・コト）論」「萌え（オタク）論」</dc:subject>
<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>蘊恥庵庵主 </dc:creator>
<dc:date>2009-07-05T22:01:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/departure-0397.html">
<title>三沢光晴さんお別れ会～DEPARTURE～（献花式）</title>
<link>http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/departure-0397.html</link>
<description>　2万6000人の思い。 　本当は駆けつけなければならなかったのですが、仕事と明日のコンサートのリハーサルとに挟まれた短い時間では無理と判断、カミさんと教え子たちに全てを託して行ってもらいました。 　のちほどカミさんから詳しく報告してもらい...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;2009070400000014spnavifightview000&quot; title=&quot;2009070400000014spnavifightview000&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/06/2009070400000014spnavifightview000.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　&lt;font size=&quot;+3&quot;&gt;&lt;strong&gt;2&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;万6000人の思い。&lt;br /&gt;
　本当は駆けつけなければならなかったのですが、仕事と明日のコンサートのリハーサルとに挟まれた短い時間では無理と判断、カミさんと教え子たちに全てを託して行ってもらいました。&lt;br /&gt;
　のちほどカミさんから詳しく報告してもらいます。&lt;br /&gt;
　というわけで、のちほどカミさんのmixiの日記をそのまま引用させていただきます。&lt;br /&gt;
　当日カミさんは、私の教え子にして元芸人、そして昨年のネット・プロレス大賞で最優秀興行賞を獲った&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2008/09/ddt-presents-f0.html&quot;&gt;キャンプ場プロレス&lt;/a&gt;の主催者である双子くんと合流。そこに、ドラディションの吉江豊選手のお兄さんにして彼らの芸人仲間でもある、ワハハ本舗のよしえつねおさんもいらして、4人で思い出話やプロレスの今後について、大いに語り合ったとのこと。途中、&lt;a href=&quot;http://www.uwf-snakepit.com/caravan.html&quot;&gt;キャラバン&lt;/a&gt;の仲間にも遭遇したり、並んでいた3時間がとても短く感じたようです。&lt;br /&gt;
　皆さんの、三沢さんやプロレスにかける思いが集結した、哀しくも素晴らしい一日になったということでした。やっぱり私も行くべきだったかなあ。&lt;br /&gt;
　懸念された天候も、暑くもなく寒くもなく、ちょうどよい曇り空だったようで、これもきっと三沢さんのファンへの心遣いなのでしょうね。ディファ有明周辺の豊かな緑の全てが、三沢さんのエメラルド・グリーンのように輝いていたそうです。&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;0321&quot; title=&quot;0321&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/06/0321.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: right; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　ちなみに私は、三沢Ｔシャツを着て、そしてノアのエナメル・バッグを肩にかけ、翌日の演奏会の最終練習に向かいました。折れない心でどんな相手とも真っ向勝負した三沢さんの姿勢にならい、異種格闘技戦となるシューベルトに臨んだのでありました。実は、昨日までどうもシューベルトに対して気持ちが乗らなかったのですが、それが嘘のように楽しく演奏できました。これも三沢さんのおかげです。ありがとう！三沢さん。&lt;br /&gt;
　では、あとはカミさんに譲ります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
東京の有明、三沢さんの献花式に行ってまいりました。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;27755676_2661118901s_2&quot; title=&quot;27755676_2661118901s_2&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/06/27755676_2661118901s_2.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;子どもたちは、よくよく考えて、知人にあずかってもらいました。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;２時、最後尾に並んだ時は、会場の最寄り駅から一駅以上いったところ。 &lt;br /&gt;
ゆりかもめが着く度にその列はどんどん伸び、さらに長い列になった &lt;br /&gt;
ようでした。三沢さんがいかに慕われていたか、嬉しくもなりました。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;暑さや雨が心配された中、曇り空に心地よい海の風、ずっと緑に覆われた &lt;br /&gt;
道端にはとんぼが飛んでいたり、まだまだ臨海地区は自然がいっぱいで、 &lt;br /&gt;
とくにお子さん達と親御さん方は、少しでも、救われたと思います。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;27755676_895887022s_2&quot; title=&quot;27755676_895887022s_2&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/06/27755676_895887022s_2.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;三時間後、建物の中へ・・・。始めてのディファが三沢さんへの別れを &lt;br /&gt;
言う場所になりました。リングのそばにお花を置いて、家族4人分 &lt;br /&gt;
心を込めてお祈りし、目を赤くした小橋さん方に見送っていただきながら、 &lt;br /&gt;
この場を後にしました。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;27755676_1281758650s&quot; title=&quot;27755676_1281758650s&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/06/27755676_1281758650s.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;27755676_1966341004s&quot; title=&quot;27755676_1966341004s&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/06/27755676_1966341004s.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;暗くならないで!　前向きに行こう!! &lt;br /&gt;
そう言われた気がしましたね。 &lt;br /&gt;
DEPARTUREという名前はまさに、三沢さんらしいなあ!! &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
ニュースによると、2万6000人が訪れたとか。帰る時もまだ、列は &lt;br /&gt;
伸びていました。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;27755676_3605193537s&quot; title=&quot;27755676_3605193537s&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/06/27755676_3605193537s.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/fuji-san/&quot;&gt;不二草紙に戻る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>スポーツ</dc:subject>

<dc:creator>蘊恥庵庵主 </dc:creator>
<dc:date>2009-07-04T22:53:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/post-e7e9.html">
<title>キツツキ(てらつつき)</title>
<link>http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/post-e7e9.html</link>
<description>　この季節、年中早起きのワタクシは、いつに増してまた早起きになります。もちろん日が最も長い、すなわち日の出の時刻が早いというのも一つの理由です。3時半には薄明が始まり、ああ朝だなという感じになりますから。 　しかし、それ以上の早起きの理由が...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;250pxdendrocopos_major_3_marek_szcz&quot; title=&quot;250pxdendrocopos_major_3_marek_szcz&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/04/250pxdendrocopos_major_3_marek_szcz.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　&lt;font size=&quot;+3&quot;&gt;&lt;strong&gt;こ&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;の季節、年中早起きのワタクシは、いつに増してまた早起きになります。もちろん日が最も長い、すなわち日の出の時刻が早いというのも一つの理由です。3時半には薄明が始まり、ああ朝だなという感じになりますから。&lt;br /&gt;
　しかし、それ以上の早起きの理由があります。4時ちょい過ぎに目覚ましが鳴るからです。いやいや、目覚まし時計ではありません。天然の、自然の目覚ましであります。&lt;br /&gt;
　トントン、トトトト、トン、トン、トトトトトトトトトトトトト…。&lt;br /&gt;
　そうなんです。キツツキがウチの外壁を叩くんです。これがまた大音量でして、これで起きないのはウチのカミさんくらいのものです。&lt;br /&gt;
　ウチは総杉の外壁ですので、まあたしかに「木」ではありますが、人のウチに穴をあけてウチを作ろうとするのはどうかと…。&lt;br /&gt;
　で、その荒っぽいノックの音がしますと、以前はウチの自宅警備員である黒猫たちが、すわ出動とばかりに窓辺でウ〜ウ〜うなってくれたんですが、さすがに家の外の高所ということで、どうにもウ〜ウ〜以上のことはできませんよね。最近では、カミさんといっしょに、耳をぴくりともさせず寝ています。&lt;br /&gt;
　このキツツキ、正確に言うと「アカゲラ」だと思います。富士山麓では、キツツキ目・キツツキ下目・キツツキ科・キツツキ亜科としては、アカゲラやアオゲラ、コゲラなどをよく見かけます。どれもとってもカワイイんですけどね、やることはけっこう荒っぽい。&lt;br /&gt;
　で、だいたい百回くらいつついてみて、これはどうも普通の木ではないなと思うのか(もっと早く気づけよ！)、傷だけつけて去っていくんですよね。ただ、数年前、かなり根性のあるキツツキが来まして、屋根の裏側にとうとう穴を空けてしまいました。その後なんだか屋根裏で運動会のような音がしてましたから、まじで営巣したのかもしれません。最初はネズミとかヤマネとかかなと思いましたけど、どうもあれは鳥だったらしい。穴を板で塞いだら、運動会も止みましたので。&lt;br /&gt;
　ところで、このキツツキ、漢字で書くと「啄木鳥」であるのはよく知られていますね。石川啄木はこれです。ちなみに正岡子規はホトトギスですね。&lt;br /&gt;
　この「啄木鳥」ですが、調べてみますと、昔はどうも「キツツキ」ではなくて「テラツツキ」と読んでいたようです。すなわち「寺つつき」。&lt;br /&gt;
　10世紀の辞書には「てらつつき」しかありません。それが15世紀以降になると「けらつつき」が現れ、近世になってようやく「きつつき」が定着しはじめます。&lt;br /&gt;
　「てら」が「けら」になる音韻変化については、ちょっと説明が難しくなるので割愛しますが、その「けら」がアカゲラなどの「けら」として残っているんですね。&lt;br /&gt;
　で、「テラツツキ」については、面白い説話が伝えられています。&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;200pxsekienteratsutsuki&quot; title=&quot;200pxsekienteratsutsuki&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/04/200pxsekienteratsutsuki.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: right; margin: 0px 0px 5px 5px;&quot; /&gt;　13世紀の名語記という書物に、「鳥のてらつつき如何。答、寺つつき也。ゆへは、聖徳太子の逆臣守屋を誅罸し給て、守屋が館を没官して、四天王寺を建立し、仏法をひろめ給へりしを、守屋が亡魂そねみて、鳥となりて来て、かの寺をたたき損せむとせし時より、寺つつきとなづけたりと申す」とあり、また同時期の源平盛衰記にも、「昔、聖徳太子の御時、守屋は仏法をそむき、太子はこれを興し給、互に軍を起しゝかども、守屋終にうたれにけり。太子仏法最初の天王子を建立し給たりけるに、守屋が怨霊、かの伽藍を滅さん為に数千万羽の啄木鳥と成て、堂舎を創ほろぼさんとしけるに、太子は鷹と變じて、かれを降伏し給けり。されば、今も怨霊はおそろしき事也」とあります。&lt;br /&gt;
　つまり、反仏教派にして政争に破れた物部守屋が、その恨みをはらすためキツツキになって、寺をつついて壊そうとしたということです。&lt;br /&gt;
　けっこう地味な報復行動のように見えますが、たしかにやられる側としてはたまりませんね。あの音を聞くだけで恐怖です。安眠できないし。&lt;br /&gt;
　鎌倉以降、仏教が大衆化して、仏教に対する恨みというものが消えていく中で、「テラツツキ」という名称も消えていったのでしょうか。ちなみに「ケラ」は「おけら」の「ケラ」、すなわち「虫」を指すという説もあります。そして江戸時代にはキツツキとなっていくわけですが、この「寺」→「虫」→「木」という変化には、意外に深い意味があるかもしれませんね。また、江戸時代には、さきの守屋の怨霊譚から「てらつつき」は妖怪として物語化されていきます。これらの変遷は、日本人の精神史を象徴しているとも言えますね。&lt;br /&gt;
　私はまるで坊主のようななりをしていますから、守屋が勘違いしてつつきに来てるのかな。心はどちらかというとモノノベ派なんですが(笑)。てか、ウチは完全に習合してますからね。どうかお手柔らかに。&lt;br /&gt;
　それにしても、「屋を守る」名を持つ人が、家を壊してるなんて、なんとも因果なことではありますね(笑)。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/fuji-san/&quot;&gt;不二草紙に戻る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>文学・言語</dc:subject>
<dc:subject>旅行・地域</dc:subject>
<dc:subject>歴史・宗教</dc:subject>
<dc:subject>自然・科学</dc:subject>

<dc:creator>蘊恥庵庵主 </dc:creator>
<dc:date>2009-07-03T22:19:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/3-7daa.html">
<title>石原吉郎　『海を流れる河』</title>
<link>http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/07/3-7daa.html</link>
<description>　今日3年生は芸術鑑賞で東京へ行ってます。劇団四季の「異国の丘」です。 　私は留守番。副担任の分まではチケット取ってくれません(笑)。非常に残念。なぜなら、「異国の丘」の音楽は三木たかし先生の担当なのです。 　10年ほど前に観た四季の「ユタ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;2&quot; title=&quot;2&quot; src=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/03/2.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;　&lt;font size=&quot;+3&quot;&gt;&lt;strong&gt;今&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;日3年生は芸術鑑賞で東京へ行ってます。劇団四季の「異国の丘」です。&lt;br /&gt;
　私は留守番。副担任の分まではチケット取ってくれません(笑)。非常に残念。なぜなら、「異国の丘」の音楽は三木たかし先生の担当なのです。&lt;br /&gt;
　10年ほど前に観た四季の「ユタと不思議な仲間たち」も、音楽は三木先生だったんだよなあ。もちろんその時三木先生はお元気でしたから、それほど意識しませんでした。そういうものなのですね。&lt;br /&gt;
　5月からMショックが続きました。&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/05/post-0962.html&quot;&gt;三木たかし先生&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/06/post-b224.html&quot;&gt;三沢光晴社長&lt;/a&gt;、そして&lt;a href=&quot;http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2009/06/post-5730.html&quot;&gt;マイケル・ジャクソン様&lt;/a&gt;です。それぞれ失ってから再確認する偉大さ。亡くなってから気づく自分を形作ったM体験。&lt;br /&gt;
　人は喪失という体験をしなければ、世界の存在や本質に気づかないのでしょうか。そして、ふだんはそうした自己の他者依存性を忘れて生きているのでしょうか。&lt;br /&gt;
　それを意識して一期一会の瞬間を大切に生きよと、お釈迦様はおっしゃったんでしょうかね。&lt;br /&gt;
　さて、今回3年生は、その「異国の丘」を鑑賞したわけですが、内容がシベリア抑留を舞台とするものということで、彼らには少し難しかったと言いますか、暗い、あるいは渋い作品だったかもしれませんね。&lt;br /&gt;
　そう、シベリア抑留のことって、なかなか教える機会がないんですよね。戦争自体については、なにかと公教育でも触れてきますし、ある意味必要以上というか、思想的な偏りも含めて教えられてきています。生徒と戦争の話をしますと、相変わらずステロタイプな教育を受けてきているなと感じるものです。&lt;br /&gt;
　ま、それについては私はグダグダ言う立場ではありませんし、だいいち戦争を語れる世代ではありませんので省略。&lt;br /&gt;
　で、そのシベリア抑留について、この機会に予備知識くらいは生徒たちにインプットしておこうと思いまして、少しだけ歴史的事実をしゃべった上で、こんな問題を解かせてみました。中央大学法学部の過去問です。けっこう難しいです(冷汗)。&lt;br /&gt;
　でも、本文自体は、なかなかいい、重い文章ですから皆さんもぜひどうぞ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
　フランクルの『夜と霧』のなかに、ある日、美しい日没を見た囚人が、「世界ってどうしてこうきれいなんだ」とつぶやく場面がある。この容易ならぬ場面で、一人の囚人の口をついて出たこの「どうして」という疑問詞に心を打たれたことがある。もちろんこれは問いというよりは、意味のない嘆声といったほうが正しい。だがその無意味さの故に、この言葉は重大な問いとなりうる。幼児はその無垢な関心の故に、しばしばこのような根源的な問いを発する。&lt;br /&gt;
　私が心を打たれたのは、およそ不条理なものへの、思いもかけぬ糾弾が、この言葉を背後からささえていると感じたからである。&lt;br /&gt;
　この「どうして」に答えられるものはいない。というよりは、どのような答えも納得させることのできない問いである。&lt;br /&gt;
　私の経験では、このような嗟歎には、多くのばあい人間的な感動がともなわない。実際、強制収容所の囚人にとって、彼らの現実にもかかわらず世界（自然）が美しいということは、それ自体がパラドックスであり、やりきれない現実であって、あと一歩で嗟歎は敵意に変わりかねない。それは、いってみれば無責任きわまる美しさであって、自然のその無責任にまさに対応するかたちで、人間の側の無感動がある。そこでは、感動を欠落したままで美が存在しており、人間が自然と対峙するのは、いわば無感動の現場においてである。&lt;br /&gt;
　極度に無感動をしいられた環境で、唐突に、そしてひときわ美しく自然がかがやく時がある。その美しさは、その環境にとってはむしろいぶかしい。「どうして」という問いは、そのいぶかしさへのまっすぐな反応である。たぶんそれは、無関心なるが故の美しさという、ある種の絶望状態への反証のようなものであろう。およそ人間に対する関心が失われても、なお自己にだけは一切を集中しうるあいだはこのような問いは起こらない。自己への関心がついに欠落する時、そのとき唐突に、自然はその人にかがやく。あたかも無人の生の残照のように。&lt;br /&gt;
　感動をともなわぬ美しさとは奇妙なものだ。それは日常しばしば出会う、感動する程ではないという美しさとはあきらかにちがう。感動する主体がはっきり欠落したままで、このうえもなくそれは美しい。そしてそのような美しさの特徴は、対象の細部にいたるまではっきりと絶望的に美しい、ということである。いわばその美しさには焦点というものがない。&lt;br /&gt;
　感動とは、情動の最も人間的な昂揚であるから、感動をともなわない美しさとは、いわば非人間的な美しさといわざるをえないが、しかしこの、非人間的であることの最大の理由は、見られるもの、たとえば自然の側にあるのではなく、見る人間の側にある。見るものの主体、感動の主体が欠落しているのである。&lt;br /&gt;
　人は戦場で、しばしばこのような美しさに、面をあげた瞬間に向かいあう。ミンドロ島の戦野を彷徨した大岡昇平氏に、いきなり向きあった緑の美しさはその例であろう。この美しさは、おそらく荒涼と記憶され、荒涼たるままで回想の座へ復帰する。違和そのものとしての復帰である。&lt;br /&gt;
　昂揚をもって戦場の生を終わらなかったものが、もしかろうじて殺戮の場をうべなえるとしたら、それはこの、主体が故意にはずされた美しさによってである。私たちが永遠に参加できないことによって、たしかに美しいという瞬間はあるのだ。いわばそれは、美しいものの側から見捨てられた、美しい瞬間である。&lt;br /&gt;
　敗戦後の一時期を私もまた、この無感動の現場ですごした。二十五年囚として私が収容されたのは、東シベリアの密林地帯、バム（バイカル・アムール）鉄道沿線の強制収容所である。強制収容所という場所は、外側からは一つの定義しかないが、内側からは無数の定義が可能であり、おそらく囚人の数だけ定義があるといっていい。私なりに定義づければ、そこは人間が永遠に欠落させられる、というよりは、人間が欠落そのものとなって存在を強制される場所である。しかし、こういう奇妙な存在の仕方が　あることに思い至ったのは、それから二十年たってからである。&lt;br /&gt;
　この時期の私たちには、すでに生き方の問題はなかった。生き方に代わって、生きざまだけが際限もなくあった。私たちの行動を支配していたのは倫理ではなく、不安であった。倫理というものが仮にもしあったとしても、それはもはや人間のなかにではなく、自然のなかにあったとしかいえないだろう。&lt;br /&gt;
　自然といっても、そのほとんどは樹木であったが、私たちの目に映った樹木の、その明確な存在の仕方は、まさに倫理そのものといってよかった。これほど明確なものを、それまでの人生に、いくつ私は見ただろうか。そして私たちが、仮にもしその時の行動にやましさをおぼえたとしても、それは人間に対してではなく、自然のその明確さに対してであったといわなくてはならない。&lt;br /&gt;
　そしてこの無感動の現場で、幾度となく私が出会ったのは、このような自然の、とりつく島もないような美しさであった。&lt;br /&gt;
　感動と、極度の無感動との一つの相似点は、そのいずれにも言葉がないことである（もっとも、このいいかたはあまり正確ではない）。ただ、感動においては、すでに存在している言葉を状況が一挙に追いぬいてしまい、言葉が容易に追いつけないでいるのに対し、無感動にあっては、状況をなぞるべき言葉が文字どおりない。いわばそれは、そのままに失語状態である。精神状況の集約的なあらわれとして失語状態があることは、無感動の現場という人間不信の体系の大きな特色である。&lt;br /&gt;
　倫理が人間を追い切れぬ場所で、私はこの不気味な美しさに出会った。声もなく立ちふさがる樹木の高さは、私にはそのまま糾問の高さに見えた。人間のすべての営為が、だらけ切った、自己弁護の姿のままでのめりこむことを、はっきりと拒む自然の姿と私には映った。自然は圧倒的な「威容」として、私の目の前にあった。それはついに、おびやかす美しさであったのか。その不気味さにあらためておびえたのも、その二十年後である。&lt;br /&gt;
　おそらくは私に、体験の、主体からの自立が始まっているのではないか。そして、私が、体験を体験として、追放する時が来ているのではないか。私はそう思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
　いかがでしたか。二種類の失語。無感動の現場。無感動の美。極限状態での人間疎外。自然の残酷な完璧さ。いろいろ考えさせられますね。&lt;br /&gt;
　私はちょっといじわるにですね、生徒たちには、「劇団四季で感動したら、その感動はフィクションだぞ。現実はこうなんだから」と話しました。やなセンセイだな(笑)。&lt;br /&gt;
　私は、個人的に、「もののあはれ」ってこれかなと思いました。「もののあはれ」の「もの」を、私はかねがね「不随意・不如意・自己の外部」として説明してきましたが、あるいはその延長としてこのような極限状態での無感動の美のことを指しているのかもしれないなと予感したのです。&lt;br /&gt;
　そう考えると、我々現代人や、江戸時代の本居宣長が、「もののあはれ」をなかなか理解できないのも分かるというものです。命と美が同次元で対峙する瞬間はそうそうあるものではありませんから。&lt;br /&gt;
　そうか。自然はいつも極限状態で生きているのか。だから美しいのかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Amazon　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4886834302/fujizoushi-22&quot;&gt;海を流れる河&lt;/A&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/fuji-san/&quot;&gt;不二草紙に戻る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>教育</dc:subject>
<dc:subject>文化・芸術</dc:subject>
<dc:subject>文学・言語</dc:subject>
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<dc:subject>歴史・宗教</dc:subject>
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<dc:creator>蘊恥庵庵主 </dc:creator>
<dc:date>2009-07-02T22:28:00+09:00</dc:date>
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