カテゴリー「モノ・コト論」の910件の記事

2018.08.17

西馬音内盆踊りに見るボーダーレス

Th_img_2375 16日夕方はみんなで鎌鼬美術館を訪れました。今回のメンバーの中には、ダンサーとフォトグラファーもおりましたので、また格別な訪問となりました。
 夕食は向かいにある「格山」さんで、おいしいおそばをいただきました。メンバーにはおそば関係者もおります。これまた格別な時間となりました。ありがとうございました。
 鎌鼬美術館も格山も、国際的とも言える素晴らしい展開を見せています。そこに関わった人々の思いが、あの世とこの世でコラボしているのだと、つくづく感じました。ご縁とはそういうものなのでしょう。
 さて、あの世とこの世といえば、夜に鑑賞した西馬音内盆踊りですね。雨のため残念ながら街並みの中ではなく、体育館での披露となってしまいましたが、逆にそのような機会はなかなかないので、明るいところで間近に鑑賞することができました。
 そこで感じたことは、「ボーダーレス」です。昨日紹介した薬師堂もそうでしたが、とにかく東北には近代的な意味での枠組みや分類が通用しない。だから面白いし、快感なのです。
 西馬音内盆踊りでは、死者と生者、男性と女性、大人と子ども、玄人と素人、聖と俗が渾然一体となっています。もちろん、踊る者と見る者の境目も希薄になっていく。
 そうした渾然の中に、「むすび」がある。すなわち、融合と創造があるわけですね。
 よく知られているように、歌垣を起源とすると考えられる盆踊りでは、男女の関係、性の営みにおいても非日常的な面を持っており、実際そこで新しい生命が生まれることもありました。
 祭はそのような、日常と非日常、ハレとケを結ぶ時空であり、そこに生命の力強さ、すなわち神の本質が体現されてきたのです。
 もちろん観光化の問題もあります。こうして「鑑賞」の対象となってしまった盆踊りが、はたして本来のエネルギーを持ち得ているのか疑問でありますが、しかし、一方で、すっかり西洋近代的な価値観によって世の中を分析、分節して生きている都会人たちが、こうして祭を「鑑賞」することによって、本来のなにモノかを思い出す機会になっているとも言えましょう。それもまた生命力の一部なのかもしれません。


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2018.08.16

成就院薬師堂(秋田県角館市)

 16日は東北(主に秋田)マジカル・ミステリー・ツアーの1日目。仲間たちを空港と新幹線の駅でピックアップし、計画では田沢湖に行くことになっていたのですが、天気がいまいちなので、急遽予定変更して角館へ。
 角館では、武家屋敷の雰囲気を味わいながら、昼食に比内鶏の親子丼や稲庭うどんをいただきました。今大人気の秋田犬「武家丸」にも会うことでき、そうこうしているうちに天候も回復傾向。前日までの暑さが嘘のように、まるで秋のような過ごしやすさとなりました。
Th_img_2324 さて、今回集まってくださった仲間たちに共通しているあるモノがありまして、その関係で成就院薬師堂を訪れました。
 昨日の田んぼの中のタワーマンションや、単線でカーブだらけで無人駅、踏切もあり、熊と衝突することもある秋田新幹線など、東北というのは、都会的、すなわち西洋近代的な価値観からすると、なんともボーダーがはっきりしていないといいますか、様々なモノが渾然一体となって共存しているところが面白い。
 ここ成就院薬師堂も、本尊は薬師瑠璃光如来でありながら、なぜか大きく立派な鳥居があり、そして堂内には参拝要領として「二拍 合掌 礼」とある。
Th__20180819_111400 ここはいったい寺なのか、神社なのか。いや、そんなコトはどうでもどうでもよいのです。庶民にとっては、ご利益さえあれば、それが仏であろうと神であろうと、はたまたキリストであろうと、正直どうでもよいのです。尊い「とでっこ」であれば名前やジャンルなどどうでもよい。
 そうした前近代的な日本人の本質が見え隠れするところが、東北の面白さであります。

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2018.08.01

白井聡・國分功一郎 『日本人から思考を奪う「国体の正体」とは何か』

Th__20180802_90604 日の講演で「150年戦争」論を少し披瀝しました。日本は何と戦ってきたのか。そして勝ったのか、負けたのか。
 明治維新以来150年の見えない敵との戦いは今年終結します。折り返し地点は昭和17年から18年。まさに大東亜戦争の負け始め。
 そして昭和20年の「敗戦」。仲小路彰は「勝利」したと言いました。だから「終戦」であると。その本当の意味は、そこからの70数年、つまり戦後日本の戦いを視野に入れないと分かりません。ただ単に大東亜戦争の目的を達成したから勝利というのでは、あまりに都合が良すぎる。
 戦争が終わって、日本人は兵士であることをやめたかと思いきや、とんでもない。今度は企業戦士となって欧米と対等以上に戦いました。
 しかし、その戦いにも「負け始め」が訪れます。それがいつだったのか、バブル崩壊なのか、いや、もう少ししないと分からないでしょう。俯瞰しないと。
 つまり、私たち日本人は、この150年間において、少なくとも二度負けているのです。その無謀な戦いを支えたのは、根性論であり、精神論であり、滅私奉公であり、そして「国体」でした。
 …と、これは私の勝手な妄想であり、多くの方々の賛同は得られないと思いますが。
 しかし、この白井聡さんと 國分功一郎さんの対談では、多少似た論が展開されていると感じました。もちろん細かい部分では、私はとても彼らには敵わないわけですが、全体としては共感できる部分が多くありました。

日本人から思考を奪う「国体の正体」とは何か

 「国体」という概念自体が、もちろん明治以降に生まれたものです。教育勅語で明示され、その後国体明徴運動が起こり、国家として「国体の本義」まで発表されました。
 今の人たちにとって「国体」とは「国民体育大会」にほらならないのですが、それは笑い話ではなく、その「体育」の中に見事に戦前、戦中の文化が残っているという話も、少しですが昨日させていただきました。
 「国体」という、本義を明徴しなければ何が何やら分からないモノに支配され、結果として平和を築いてきたと同時に戦争もしてきた日本。なんとも不思議としか言いようのない歴史を持つ日本が、これから世界においてどういう価値を発揮していくのか。それは仲小路彰が示してくれています。そして、私はそれが正しくそのとおりになると信じています。

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2018.07.22

松の木の下に松は生えぬ

Th_img_2154 眼夏期講座二日目。
 山川宗玄老大師の提唱は無門関第四十則。言語を超えるにはどうすればよいか。言語を超えるために言語を使ってはいけない。蹴倒する勇気、智慧がなければなりません。
 今回の講座のテーマは「葛藤を蹴倒(しゅうとう)す」でした。まさに、快刀乱麻を断つ、その快刀とはなんなのか、どう手に入れればいいのかを、体験的に学んだ気がします。
 言語というコトは、違う言い方をすれば「容れ物」「枠」。そこに安住するのではなく、そこから軽やかに解放されるというのは、たしかに理想的な生き方ですね。
 そこに重ねた教育論も心に残りました。結局、子どもや弟子を自分の容れ物に入れていい気になっていてはいけないということですね。
 老師がある人から聞いたとして、「松の木の下には松は生えない」というお話をされました。どんな植物も、親木のすぐ下に落ちた種は育たないと。たしかにそうです。親の木は成長しないように毒を出すこともあるのだとか。
 可愛い子には旅をさせよというのと同じですね。護りすぎてはいけない。可愛がりすぎてはいけない。
 教育者として深く考えさせられました。正眼寺の奇跡の松との対比も興味深かった。
 午前中の音楽演奏では、今の若い作曲家の、それこそ古い容れ物からおしゃれに飛び出した編曲術を堪能することができました。
 そして午後の白洲信哉さんの講演。なにしろ父方の祖父母は白洲次郎・正子。母方の祖父は小林秀雄というのだから、まあ驚きです。日本の不完全の美、あるいは日常で使われることによって生まれる味わいについての文化論は非常に面白かった。
 それもまた西洋の容れ物からは余裕ではみ出ていますし、実際、瓶や徳利からは、内容物が染み出してきています。それがまた素晴らしいというのが、日本の美学。お隣の白磁の話とのコントラストには笑ってしまいした。
 ところで、最後に老師の口から出た言葉には驚きました。なんと、あのロスチャイルドが正眼寺を訪ねていた。もちろん梶浦逸外老師を頼って来た。全てを手に入れた大富豪が、「死」について学ぼうとし、わざわざ伊深まで来たのだといいます。正眼寺恐るべし。梶浦逸外畏るべし。

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2018.07.21

「全」=まこと

Th_img_2136 日から正眼夏期講座。64回目を迎えるこの伝統的な行事も、この異常な猛暑のおかげで会場の変更を余儀なくされました。
 すなわち、本堂で行われていた、講演や座禅は、冷房の効いた短大の講堂で行うことととなりました。これは、命を大切にする仏教としては全く正しい判断ですね。
 快適では修行にならないと言う人もいるかもしれませんが、そういう根性主義の時代はとうに終わっています。
 そうそう、禅堂での修行も、明治維新以降軍隊文化の影響を受け、ある意味非常に暴力的になったとききます。学校で起きてきた、いじめや体罰の問題も同様ですね。
 さて、今日一番心に残ったのは、滝田栄さんのご講演でした。演劇人として本当にその世界を極めた方が、今、仏道を極めようとしている。そして、その基本的な姿勢は、難しい理屈ではなく、仏教が持っている不思議な力を体験するというもの。
 正直、これは私と話が合うなと思いました(笑)。超能力的にもなりかねないので、ひょっとするとオカルト?と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、いやいや仏教ってそういうものでしょう、本来。
 まあ、そこを勘違いしちゃったのがオウムや、その他密教系の新興宗教の一部ということになると思います。
 しかし、たしかに滝田さんのおっしゃるように、奇跡的なこと、たとえば病気が治癒するということは普通にあります。
 最近私がはまっているモノも、実は薬師如来に関係した病気治療器具です(アヤシイでしょ)。これについては、今いろいろ大きな流れが起きているので、時期が来たらここで堂々と紹介します。
 そのモノについても、ぜひ滝田さんに知ってもらいたいですね。連絡してみましょう。
 ところで、滝田さんのお話の中に、「禅」は「全」という言葉がありました。「全」という字は、上が「人」、その下の三盆の横線は「過去、現在、未来」。それを一本の縦棒が貫いていると。その貫くモノことが仏法なのでしょう。
 もちろんそれは方便であり、実際には上は「入」という字ですし、「王」は「工」と同じだとか。しかし、そんな理屈は抜きとして、やはり「まったき」モノとしての「法」というのは存在しますし、それが人のもとで時空を超えるモノであるのは確かです。モノというより、唯一のコト、すなわち「まこと」なのです。


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2018.07.17

安冨歩 「なぜ『優秀』な人が集まって愚かな暴走をするのか?」

Th_yasutomi550x413 日、東松山市長選で残念ながら敗北してしまった、女性装の東大教授、安冨歩さん。
 一見イロモノのように見えてしまいますが、なかなか面白い人ですし、基本的な発想において私との共通点が多いので、私はけっこう好きです。
 彼の女性装が単なる性的な意味での趣味ではなく、彼自身の人生そのもの、いや日本という国のあり方に関わるものであるということは、次のインタビュー記事をお読みいただくとよく分かります。

なぜ日本の男は苦しいのか? 女性装の東大教授が明かす、この国の「病理の正体」

 戦後の軍国主義(靖国主義)が続き、誤った「男らしさ」「女らしさ」が唱えられ、そして男たちは「ホモマゾ」「立場主義」 に陥っていく。これは全く私の戦後教育論と同じですね。というか、実際、学校現場ってずっとそうだったんだもん。
 いろいろと共感する安富さんの面白い講演があるので、ぜひ御覧ください。これもまた、私の「モノ・コト論」と全く同じ。
 記号化できる(語り得る)「コト」と、記号化できない(語り得ない)「モノ」。近代西洋は「コト」ばかり追究し、結果として、モノ性を内在して当たり前の自己の大部分を否定することになってしまった。

 仲小路彰を研究すると、彼自身も含めて多くのエリートたちが、なぜ戦前、戦中、あのような言説に走り、そして実際行動してしまったのか、とっても興味が湧いてきます。
 そして、なぜ戦後、あまりにも見事に変節したのか。いや、変節したかのように見えて、なぜ日本社会全体としては何も変わらなかったのか。すごく興味があります。
 そして、安富さん、見事な歌下手であります(笑)。ぜひ一度お会いしてお話うかがってみたいですね。
 

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2018.07.15

勝ち抜き歌下手合戦(タモリ倶楽部)

 日は河口湖でバンド演奏。まあ、このバンドは自他ともに認めるドタバタおやじバンドでして、正直いろいろな意味で笑える演奏をいたします。
 まあ、お客さんは楽しそうですから、それはそれでいいのかと。それにしてもよくあの演奏で歌えるな、ボーカリスト(カミさん)。
 しかし!今日偶然発見したこの番組を観て、もしかしてこのバンドすげえんじゃね?と思ったのです。なにしろ、ここで採り上げられた歌下手ならぬ演奏下手の響きが、まさに我々のバンドのそれにそっくりだったからです(笑)。
 いやあ、そうか。上手いはゴールがあるが、下手には無限の可能性があると。そして、プロの皆さんが忘れてしまったロックのソウルがそこにはある!…のか?ww
 それにしてもこの番組面白すぎます。さすがだなあ、タモリさん。そして、出演者の皆さんもすごい。まじめに、しかし最大限にふざけて論じているところが見事。
 いろんなシャレたコメントに、思わず吹き出しつつ感心してしまいましたが、特にタモリさんの「雅楽」発言は素晴らしすぎ。
 音楽の本質に迫るところですよ。西洋近代音楽が整理しすぎてしまった、つまり可能性を摘んでしまった、音楽の本質、そして豊かさがそこにある。音楽に限らず、私たちがコト化を進めた結果忘れてしまったモノの魅力を思い出させてくれました。
 日本で古く音楽のことを「もののね」と呼んでいたことは偶然ではないでしょう。これからはモノの音の復権、復活の時代になるのかもしれませんね。そうしますと、我々のバンドはその最先端を行っている、それも無意識で行っているという最強ユニットということになるのかもしれません(笑)。
 ああ、いろいろ楽しい一日でした。音楽はやめられませんね。

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2018.05.28

『日本人にとって聖なるものとは何か』 上野誠 (中公新書)

Th_71dpl3belfl 日の記事に「恩」が出てきましたよね。
 筆者は社会学者の見田宗介の著書を引用しながら、「原罪」ならぬ「原恩」という文化について語ります。

 生まれながらに背負った罪を償うために生きるのではなく、生まれながらに背負った恩に報いるために生きる

 この原恩主義が、日本の古代的思考の基底にあるのだと。なるほど、「原恩」という言葉は実にいいですね。
 これはもちろん仏教的な考え方にもつながります。生まれたこと自体が「縁」によるもの。縁に感謝するのが恩です。
 本の内容については読んでいただくとして、私が読みながら考えたことを備忘的に書いておきます。
 まず、「モリ」という言葉について。筆者も言うように、「森・杜」と「盛り」、「守り」とはたしかに結びついている気がします。少なくとも、「森(杜)」と「盛り」とは間違いなく同源です。
 木が茂っているところは「こんもり」と盛り上がっています。その大きなものが「山」ということになり、それもまた「モリ」と呼ばれ、転訛して「ムロ」になっていきます。また、そこから「ムレ」や「ムラ」と言った数(すなわちエネルギー)の多いことを指す語も生まれたと思われます。
 「守り」のモリについては、おそらくはそのエネルギー量の大きさから、孤立の反対概念として派生してきた可能性があると思います(もちろんこじつけかもしれませんが)。
 そうした多義的な「モリ」の象徴が、三輪山であり、それを仰ぐ大神神社であり、そこに祀られているのが大物主大神であり、その本質は「モノ(他者・不可知・不随意)」です。
 これはやや行き過ぎかもしれませんけれども、私としては、その「モノ」こそが宇宙そのものであり、自分を取り巻く世界全体であって、ほとんど無限大なエネルギーをもって、私たちを守っている存在であると感じます。
 すなわち「モノ」の「モ」と「モリ」の「モ」とは同じものであると。そんな気がします。
 ところで、「モリ」の形態についてですが、たとえば三輪山のような山は、大変乱暴に言ってしまうと、半円形のようなカーブを描いています。もう少し正確に言うと、正規分布曲線のような形。
Th_unknown それに対して、我が富士山はどうでしょう。いわゆる「モリ」的な曲線とは逆に湾曲した曲線、すなわち、指数関数の曲線のようなカーブを描いています。
 これは非常に珍しい。だからこそ「不二山」とも書かれるのでしょう。ここまで美しい指数関数曲線を描く山は、たしかに国内には二つとない。
 そうすると、富士山は「モリ」文化、「モリ」信仰とは違うところに位置することになります。この本でもほんの少し富士山についての言及がありますが、ちょっと物足りない気がしました。
 こちら「山部赤人の本当の気持ち」という記事に書きましたとおり、万葉集でも富士山は「モリ」系神(三貴子)を超えた存在として描写されています。
 面白いですね。正直、古代のことは分かりません。正解は永遠に出ません。しかし、この本の著者上野さんのように、万葉集を読み解くことによって、遠く離れた、しかし実はすぐ横に存在する「過去」と対話するのは、実に楽しいことでありましょう。

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2018.05.27

案因運縁恩…完(金)

20180528_94806 然ですが、宇宙人の地球での人生訓を(笑)。
 ここのところ、素晴らしいご縁のおかげさまで、「良き未来をイメージせよ」という記事がプチ人気になっております。
 5年以上も前に書いた記事が、今ごろになって多くの皆様に読んでいただけるというのは、それこそ5年前に投げたボールが流れてきたという、まさに「時間は未来から過去へと流れている」ことの証左でありましょう。
 ちなみに、宇宙人的に申しますと(笑)、「時間が未来から過去へと流れている」というのは、「地球人は便宜上そのように時間というのものを認知するように進化している」という意味であり、宇宙における時間の実態とは違っています。
 最近地球科学の世界でも「ブロック宇宙論」などが提唱され、現在も未来も過去も同時に重層的に存在していると説明されるようになりました。
 ワタクシの知っている限り、それが正しい。最強の宇宙人たるお釈迦様もそのようにおっしゃっておりますし、日本の神道の「今中」の考え方もそれに近い。未来も過去も現在のこの一点に同時に存在しておると。
 いわば一編の映画のフィルム全体がここに存在しており、それぞれのコマにどういう順番で光を当てて認知していくかということなんですね。
 自分が固定された光点となったと想像すれば、フィルムのコマが未来から過去へと流れていくというのは分かると思います。
 さて、上から(宇宙から)目線で申し訳ないのですが(笑)、地球人がそのように正しく時間の流れを認識したとすると、そこで「夢を実現する」ために必要な作法というのがありまして、その一つがたとえば「未来にボールを投げる」というようなことなのですね。
 で、それを最近まとめてみましたところ、上の図のようになったわけです。ちょうど「あいうえおかき」になっていて覚えやすい(日本人には)。参考にしてみてください。
 まず「案」。これはアイデアです。ふとひらめく場合もあるし、じっくり考えて見つかることもある。いずれにせよ、今までなかったモノ(何か)であるべきです。未来がこうあってほしいという願望と言ってもよい。ここがスタート。
 次に「因」です。ここが「ボールを投げる」に当たります。「案」は「案」のままでは何も動きません。「案」を「因」にするために、未来に投げます。未来にその「案」がどうなっているか、こうなっているに違いないとイメージするのです。
 案外、これをやらない人が多い。「案」はあってもそこに命を吹き込まないんですね。だからここを強調してきました。
 さて、うまく未来に原因をつくりますと、ここからはある意味楽です。逆の言い方をすると、自我を捨てて他者性、不随意性を信頼するのです。ここも人間には難しい。自意識が強すぎるからです。未来を強くイメージした人こそが、それを手放すことができないというのはよくあること。
 お釈迦様が「自我を捨てよ」と言ったのはそういうことだと思います。一度手放すのです。難しいからいろいろな修行方法が編み出された。それでもまだ難しい。
 たとえば「目標」を明確にすることは悪いことではないのですが、それにこだわりすぎると、結局はそれを設定した過去の自分に執着していることになってしまう。だから、ボールを投げたら、とっとと次の「案」を考える方がいいのです。ここが難しい。
 それでも、うまく自我を捨てることができると、投げられた「因」は時間の川の流れにのって「運」んでもらえるようになります。「運」は「運命」でもあります。運命にまかせる。
 そうしますと、「因」は「縁」を得ることになります。流れてくる最中に、ほかの人たちが投げた多くの「因(もとは案)」とぶつかったり、すれ違ったりしながら、お互いに影響を与え合います。私たちの手を離れたところで、形を変えていくわけですね。それを「縁」といいます。お釈迦様の言う「因縁」とはそういうことだと解釈しています。
 そして、いよいよその「因縁」が自分の近くの未来にまで「運」ばれてきます。もうすでに私たちにはその予兆が感じられ、いろいろなことが起き始めます。
 そこで、しっかりご縁の「恩」を感じ、誰にともなく感謝をし、そのご恩に報いるよう、すなわち利他的なまた新しい「案」生み出せるよう生きていると、過去の自分の「案」を「因」たるべくイメージしたのとは違った…たいがいが想定以上に素晴らしい…「果(結果)」を自らの手でキャッチできるようになります。
 これで一つの「夢実現事業」が「完(まっと)」うされます。完成、成就ですね。これが一つのサイクルです。「完」のためには「案・因・運・縁・恩」の一つでも欠けることは許されません。
 もうお分かりと思いますが、そのプロセスで重要なのは、一度「手放す」ということなんですね。自我を捨てる。矛盾しているように感じるかもしれませんが、自分の夢にあまり執着しすぎるのはいけないのです。私から見て、大きな志があるのにそれが実現できない人は、あまりに強い意志で自分の目標を達成しようとしすぎているように感じられるのです。
 ここが「修行」のしどころでしょう。ワタクシ流に言いますと「コト(自我・意識)」を捨てて「モノ(他者・無意識)」に任せよということです。それについてはまたいつか書きます。
 さて、最後に。「完」が成ると、自然に必要な「金」はついてきます。( )をつけたのは、そこは自動支払いなので意識しなくていいということです。勝手に必要なだけついてきます。決して、最初から、あるいは途中も最後もそこを意識しない方がいい。そこを意識すると自我が強くなり失敗します。お釈迦様が「財産」に対する執着を捨てよと言ったのは、そういう意味でしょう。
 今日はここまでにしましょうか。
 

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2018.05.26

身毒(インド)から生まれた二つの名作オペラ

Th_fly761 日は横浜でラモーの「優雅なインドの国々」を演奏してきました。素晴らしい歌手や演奏者の皆さんと共演できて幸せです。いろいろアクシデントがありましたが、それもまた楽しめました。
 ご存知の方には釈迦に説法ですが、ここで言う「インド」、すなわち18世紀前半のヨーロッパにとっての「インド」とは、今のインドを指すのではなく、非ヨーロッパ圏全体を指す言葉でした。
 その証拠に、このラモーのオペラ・バレエで取り上げられている国々は、トルコ、ペルー、ペルシャ、アメリカとなっています。いわゆる「東インド」と「西インド」ですね。
 この「インド」という言葉は、もともと大河(インダス川)を指すサンスクリット語の「シンドゥ」やイラン語の「ヒンドゥ」がヨーロッパや中国で訛ったものです。
 ちなみに「シンドゥ」に漢字を当てたのが、「天竺」や「身毒」です。のちに中国でも訛って、玄奘三蔵が「印度」という漢字を使い、現在に至っています。
Th_cfddcf_50fa38ac36de415bbc2d741a6 「身毒」というと、思い出すのが「身毒丸」ですね。「しんとくまる」と読みます。そういえば昨年、万有引力の身毒丸を観に行き、JAシーザーさんにお会いしましたっけ。
 この「身毒丸」は、謡曲「弱法師」の元になった中世の説経節「しんとく(俊徳)丸」を折口信夫が翻案した「身毒丸」を、さらに寺山修司が前衛演劇にしたものです。ちなみに三島由紀夫も現代能「弱法師」を書いています。
 折口がなぜ「しんとく」に「身毒」を当てたのか。これは明らかではありませんが、折口のことですから、当然かつてインドのことを「身毒」と書いていたことを知ってのことでしょう。「しんとく丸」もある意味仏教説話的でありますから、インドのイメージと、「身毒」という字が持つ、なんともおどろおどろしいイメージを重ね合わせたのだと思います。
 寺山はその「身毒」という字のイメージをさらにおどろおどろしく発展させたわけです。
 そう考えますと、インダス川から始まり、ヨーロッパではラモーのオペラ・バレエの名作「優雅なインドの国々」が生まれ、日本では寺山の見世物オペラの名作「身毒丸」が生まれたわけですよね。
 ある意味かなりいい加減だけれども、人間の想像力の連鎖によって豊かな文化が創造されたことに感銘を受けますね。
 両者とも、人間が抱く未知なる世界への憧れと恐れが表現されていると思います。エキゾチックな「モノ」への興味そのものでしょう。その中心に「大河」があるのは、実に面白いことです。

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