カテゴリー「ラジオ」の23件の記事

2017.02.20

遠藤賢司 『カレーライス』

 の中でラジオを聴いておりましたら、「エンケンさんを紅白に!」ということで、大友良英さんが純音楽家遠藤賢司さんを熱く紹介しておりました。
 ああ、私もなんだかんだ言って、エンケンさんをここのところ忘れていたなと。何かが足りないと思ったら、やっぱりエンケンさんだったのか、という感じで家に帰って懐かしく何曲か聴きました。
 今年70歳になられ、またご病気だとうかがっていましたが、全くそのパワーは衰えることなく活躍されているようで、少し安心もいたしました。
 まあ、いろいろ名曲がありますが、やっぱり結局「カレーライス」かなあ。ラジオで大友さんも言ってましたが、毎度違うんですよね。
 それにしても、この自由さ。リズム、コード、音階、構成。今生まれたばかりのエネルギーがあるので、全然不自然に聞こえない。かっこいいですね〜。
 そうか、猫の自由さだ!これは。猫の自然さだ。
 たしかに紅白に出てほしいかも。猫と三島由紀夫とともに日本の音楽界にカツを入れてほしい。カツカレー!(笑)
 

遠藤賢司秘宝館

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2016.11.11

ベースの日

 日は11月11日。とういことは…ポッキーの日。
 とともに、今日は「ベースの日」でもあります。1111がベースの4本の弦を表しているとのこと。
 かの亀田誠治さんが企画し、おととし正式に記念日に制定しました。
 今日も赤坂BLITZでスペシャルなライヴが行われています。昨年の出演者はすごかったですねえ。スタンリー・クラークや、私の尊敬する女流ベーシストTOKIEさんも参加しておられました。
 今年の詳細などはベースの日公式ページでご確認ください。
 そうそう、今日はそんなベースの日にふさわしいある動画をご紹介いただきました。昨日の「トランプとプロレス」という記事に、音楽プロデューサーの山田貢司さんがコメントくださり、そこで紹介してくれたのがこの動画。ふむ、これはすごい(笑)。

 くそまじめにやってるところが良い!China(笑)。
 私もヴァイオリンやヴィオラで人のセリフのカバーをして遊ぶことがありますが、音程採るの難しいんですよねえ。これは完璧(笑)。それもフレット楽器でやってるところがなあ。谷啓さんがトロンボーンでやったりはしてたけど。
 ま、それは良いとして、ベース大好きなワタクシとしては、こういう記念日ができたことがとても嬉しいですね。
 地味なようで一番重要でカッコイイ。ベース自体は娘にまかせまして、最近私はチェロばかり弾いております。若いときはヴァイオリン、壮年期はヴィオラ、そしてそろそろ老いの時期を迎えるにあたり、チェロに移行しつつあります。なんでしょうね、面白い現象ですね。
 さて、ベースの魅力を皆さんが見事に語ってくれている、昨年のベースの日の記念番組をお聴き下さい。楽しそうですねえ。

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2016.07.11

追悼 永六輔さん〜『花の中年御三家大激突!1974年ノーリターンコンサート』

Th_cnfc6tqusaaoozt 六輔さんが亡くなりました。日本語の聖と俗の両方を見事に融合して聞かせた方でした。
 私のようなモノが永六輔さんの芸についていろいろ言うのもなんですので、とにかく彼(と彼の悪友たち)の言葉と歌を聴いてみましょうか。
 1974年12月6日の日本武道館。そろそろ戦後30年となろうかという時。小沢昭一さん45歳、野坂昭如さん44歳、永六輔41歳。司会の愛川欽也さんが40歳、中山千夏さんは26歳。みんな言葉の達人。
 その達人たちの言葉、今だったら、それこそ「不謹慎」と言われそうな内容ばかり。いつからなんでしょうか、こういう聖俗、上下、まじめふまじめ混交の言葉が、両極に分裂してしまったのは。
 戦争の話や、日の丸、教育勅語の話も出てきますが、結論は「トルコに行こう!」になってしまう大らかさ。これぞ日本人の強さでした。
 とにかくだまされたと思って全部聴いてみてください。
 最初に小沢昭一さん、昨年野坂昭如さんが亡くなり(追悼 野坂昭如さん参照)、そして永六輔さんも…彼らが残してくれた「文化」をなんとか未来に継承していきたいものです。ご冥福をお祈りします。

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2016.03.13

【討論!】グローバリズムの行方~米大統領選とEU溶解

 は仲小路彰が戦前から提唱していた「グローバリズム」を研究しています。
 その場合、彼の言う「グローバリズム」、すなわち「地球主義・球体主義」と、現在一般に流通している「グローバリズム」、すなわち「市場のグローバリズム」や「世界のアメリカ化」、「ユダヤ金融資本による世界制覇」といったものとを峻別しなければなりません。
 後者のグローバリズムは、国家を解体し、国境をなくし、全ての人がある種流浪の民になることを促進します。インターネットの普及とマネーの国際化は、それを象徴していると言えましょう。
 そうした流れと、仲小路彰の言う地球主義とは、全く反対方向を向いていると言えます。彼のグローバリズムは、私の言葉で言うなら「グローバル・ファミリズム」であって、国家の解体、すなわち「家」の解体どころか、地球全体を一つの「家」とみなす、いわば「八紘為宇」に近いものなのです。
 先週の土曜日のチャンネル桜の「闘論!倒論!討論!」は、そうそうたるパネリストたちによる、実に興味深い内容でありました。
 一般的な「グローバリズム」に伴う移民問題やTPPなどの問題などに反発する形として、ある種の「ナショナリズム」が復活しつつあります。アメリカ大統領選挙におけるトランプ氏の人気も、そこに依拠している。
 「グローバリズム」と「ナショナリズム」の二項対立ではダメなんですけどね。そこを止揚しなければ。
 ますます日本の「和」の精神が重要になってくるでしょうね。そのことに日本国民自身が気づかなければなりません。

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2016.01.19

ジョスカン・デ・プレ 『フェラーラ公エルコレのミサ曲』

 は今20日の朝です。このブログは日付の翌朝に書いています。基本その前日に心に残った「モノ・コト・ヒト」を紹介するということです。
 で、今20日の朝6時半。NHKFM「古楽の楽しみ」を聴きながらの執筆であります(毎日だいたいそんな感じ)。本当はある本を紹介しようと思っていたのですが、今かかっているこの曲があまりに素晴らしいのと、昨日の「Labyrinth」とのつながりで急遽この曲を紹介します。
 ジョスカン・デ・プレ。ルネッサンスの天才作曲家。本当に天才ですよね。このフェラーラ公エルコレのミサ曲1503、4年の作品。伝統をつぎながら、バロック音楽の誕生を予感させる新しさも感じます。
 この曲の面白いところは、基本になる音列「レ・ド・レ・ド・ファ・ミ・レ」を被献呈者の名前Hercules dux Ferrariaeの母音の並びから作っているところです。

Hercules_dux_ferrariae_cf1_2

 こういうことですね。結果として冒頭の「レ・ド・レ・ド」の繰り返しが「新しさ」を生んでいます。ルネサンスの宗教曲では、このような「コード」の繰り返しはあまりありませんから。
 そうした「他者性」がそれまでの決まり事、常識を破っていくきっかけになっているわけですね。
 そうそう、昨日の「Labyrinth」つながりというのはですね、この演奏にEnsemble Labyrinthesという楽団が参加しているという、それだけのことです(笑)。
 ちなみにEnsemble Labyrinthesには宇山康子さんがオルガンで参加しています。宇山さんのオルガン演奏も大変強く印象に残りますね。本当に素晴らしいと思います。


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2015.09.25

J-Force Bluetooth FMトランスミッター

20150926_83211 が家の最近の音楽環境に関する記事を続けます。
 昨日は家でストリーミング音楽を聴く際のBluetooth機器を紹介しましたけれども、今日は車の中での話です。
 昔はラジオ。そしてカセットテープ。その後CD。そして今はネットストリーミング。車内音楽の環境も大きく変わってきましたね。
 特にiPhoneなどのスマホを車内でナビやミュージックプレイヤーとして使う人が増えていますね。私もそういう感じです。
 そこでiPhoneと車のオーディオとをつなぐ必要が出てきます。その時一番便利なのが、これではないでしょうか。
 iPhoneとBluetoothでつながり、その音をFMでラジオに飛ばすという代物ですね。
 イヤフォンジャックにつなぐ有線タイプと比べ、圧倒的に手軽ですしノイズも少ない。非常にいいですよ。
 車に乗ってエンジンをかけると、自然とiPhoneとつながり、音楽の再生が始まります。その間5秒程度。とっても楽です。
 もちろんiPhoneをナビに使っている時の音声も車のスピーカーから出ます。
 Google Playミュージックなどのストリーミングサービスで音楽を聴きながらのドライブというのもなかなかヲツなものですね。
 今までですと、自分のコレクションを車内に持ち込むか、あるいはラジオから流れてくる音楽を聴くしかなかったわけで、ある意味両極端だった。聴きたい曲だけ聴くか、人任せにするか。
 ストリーミングで、たとえばおススメやステーションを聴けば、その中間の音楽群に出会うことができるわけですよね。基本聴きたいジャンルやアーティストを聴きなから、その周辺の知らない音楽にも出会うことができる。
 もちろんストリーミングはデータ量が大きいので、回線を利用するとすぐに速度制限にひっかかっちゃいますから、私はPocket WiFiを車内に持ち込んでいます。
 昨日も書きましたとおり、本当に私たちを取り巻く音楽環境は大きく変わりましたね。
 特定の音楽を繰り返し聴くということの価値も分かりますが、本来音楽は一回性の芸術ですから、もしかすると、こういう「ストリーミング(流れていく)」というあり方が本当なのかもしれませんね。
 というわけで、車でスマホの中の音楽やストリーミングを聴きたいという方は、ぜひこの製品をお使いください。音もいいですよ。安いですし。もちろんステレオですし(安いものの中にはモノラルのものもけっこうある)。

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2015.09.24

JBL HORIZON(アラームクロック搭載 Bluetooth対応アクティブスピーカー)

 日Google Playミュージックを紹介しました。ストリーミング音楽生活が始まるとともに、某会社からのプレゼントとして送られてきたのがコレ。JBLのBluetooth対応スピーカー…というか目覚まし時計というか。
 いやぁ、これいいですよ。最近手に入れたものの中ではかなり満足度が高い。
 なんといっても、まずはデザイン。センスよし。シンプル。大きさ、重さも含めて絶妙の高級感がありますね。スイッチ類や配線も後部にうまくまとめられており、とにかく前から見るとスッキリしています。
 そしてもちろん音もいい。けっこうたくさんの小型スピーカーの音を聴いてきましたけれど、これは想像の数倍いい音でした。さすがJBLブランドですね。
 特に低音の自然さ(適度な豊かさ)と高中音域の分解能の良さにはびっくり。結果として非常にバランスが良く、近くで聴いても、遠くで聴いても満足です。この小ささ、かつ「目覚まし時計」というコンセプトのデザインの中で、よくここまで持って行きましたね。
 ちなみに今はバロック音楽を聴いていますが、チェンバロの音の自然さは特筆すべきです。
Th__20150926_8_05_18 Bluetoothの接続も簡単です。私はMacBookと常時つなげています。とは言え、無音の時は自動でスピーカーとしての電源はオフになるようで、何かを再生するとすぐにつながってくれます。
 FMラジオもついています。この春ウチの近くを送信所とするFMフジヤマというのが始まりまして、それは外部アンテナなしでも受信できます。
 目覚まし時計としても便利。ジワ〜と光るバックライト(まさに背面照明)もオシャレです。
 電波時計ではないところも逆にいいですね。というのは、私は時計を常に2分くらい進めておきたい人間なので。分かりますよね?特に朝は気持ちだけでも2分未来で行動したいので(笑)。
 こういう優れものが1万円以下で手に入れられる時代なのですね(今回私はタダでもらっちゃいました!)。
 皆さんもぜひ枕元に置いて、オシャレな夜や朝を演出してみてはいかがでしょうか。

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2015.06.15

ストラデッラ 『シンフォニアニ短調』

220pxalessandrostradella 週の目覚ましはストラデッラ。NHKFMの「古楽の楽しみ」はイタリアの天才(放蕩)作曲家ストラデッラの特集です。
 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、このストラデッラという男、とにかくとんでもないヤツです(笑)。
 これほど何度も殺されかかって、それでもなんとか命拾いして、でも結局殺されちゃったという作曲家も珍しい。
 なんで、そんなに命を狙われたかというと、まあ簡単に言えば、ヤクザの女に手を出しまくったわけですよ。
 そりゃあ危ない。いろいろなところに逃げまくっては、音楽の才能(&おそらく美貌)によって誰かに救われる…居場所をつきとめられて刺客を送り込まれる…また逃げる。
 ストラデッラは声楽作品において非常に優れた(ある意味過激な)作品を残していますし、器楽曲の分野では、いわゆる合奏協奏曲のスタイルを確立したという功績もあり、その後のイタリアバロック隆盛に大きく寄与していると言えます。
 しかし、それ以上に音楽史に貢献したということでは、彼の波瀾万丈すぎる人生そのものが、その後の作曲家のオペラの題材になっているということです。たしかに映画化しても面白そう。
 私はいちおうヴァイオリン弾きなので、彼のソロ・ヴァイオリン作品に興味があります。ここに紹介するシンフォニアは形式的にはヴァイオリンと通奏低音のためのソナタです。

 その展開のドラマティックでドラスティックなところは、まさに彼自身の人生を思い起こさせます。通奏低音も非常に過激に動きますし、とにかく過激。たとえば友人でもあったコレッリの作品とは大きく違います。うん、コレッリとは対照的ですね。
 私はこういうぶっ飛んだ天才(バロックというよりもロック?な)ミュージシャンが好きです(笑)。皆さんもぜひ今週はちょっと早起きしてストラデッラの作品を聴いてみてください。

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2015.05.16

坂本九さん最後の歌声 『心の瞳』

 曜日に家族で「心の瞳」を演奏することになりました。どのような場で演奏するのかは、また当日の記事に書こうかと思います。
 時間がないので必死で編曲をしております。編成は歌とベースとヴァイオリン2本。
 この曲については昨年秋、こちらに書きました。
 日航ジャンボ機墜落事故から今年で30年。こちらに書いたとおり、私は墜落の瞬間を遠く富士山から目撃してしまいました。
 そういう意味でもこの曲には特別の思い入れがあります。
 今日は、今回編曲の参考にさせてもらったこの音源を紹介します。1985年8月12日の収録の番組の全編です。まさかこの数時間後に、あのようなことがあろうとは…。
 欧陽菲菲さん、羽田健太郎さんも、最高のパフォーマンスを聞かせてくれます。もちろん九さんも完璧。返す返すも惜しい人を亡くしました。
 そして、この荒木とよひささん、三木たかしさんによるこの「心の瞳」、あまりに素晴らしい。素晴らしすぎて、なんか九さんに捧げられたような感じすらする。
 今では中学生を中心に合唱でも歌われ、まさに歌い継がれている名曲であります。九さんも喜んでいることでしょう。
 私たち家族も今回は特別な想いで演奏させていただきます。
 

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2015.03.05

バッハ『幻想曲とフーガハ短調(BWV537)』

 朝のNHKFM「古楽の楽しみ」でバッハのオルガン曲「幻想曲とフーガハ短調」が流れました。夢見心地で聴いていたのですが、なんとも不思議なヴィジョンが脳内に展開しまして、自分でちょっと驚いてしまいました。
 この曲、私の感覚としては、バッハのオルガン曲の中でも特に「深刻」な感じのする曲です。
 いかにもバッハらしいと言えばバッハらしい。バッハらしすぎる(笑)。
 上に紹介した動画はトン・コープマンによる演奏。一番好きな演奏です。バッハの弟子のように弾きたいというコープマンらしい「生きた」演奏だと思います。昨日の話の続きで言えば何かが降りてきている、すなわち「ものまね(モノを招く)」ですね。
 この曲、幻想曲での「ため息」の音型、フーガ中間部での半音階上昇進行の第二テーマなど、キリストの受難と昇天を思わせるドラマ性があります。
 そういう意味では、楽譜に絵画性があるとも言えますね。ため息や半音階を視覚的にご覧ください。

 ドラマ性、絵画性ということで言いますと、この曲をかの(威風堂々の)エルガーがオーケストラ用に編曲してるんですよね。
 さすがこの曲を選ぶかという感じ。というか、この曲を選んだのは実はリヒャルト・シュトラウスだという話も伝わっています。なんでも、二人がランチしながら会話の中で、幻想曲をシュトラウスが、フーガをエルガーが管弦楽編曲しようということになったのだとか。
 で、エルガーは約束通りオーケストレーションしたけれども、シュトラウスは忙しかったのでしょうかね、なかなか完成させられなかった。そこで、ヒマだった(?)エルガーが幻想曲も編曲しちゃったと。
 まあ、結果としては統一のとれた作品になってよかったのでは。
 後期ロマン派らしいド派手なオーケストレーションが楽しい…いや、それがどうしてどうして、不思議とはまってるんですよね。それがこのバッハの楽曲の未来性というか普遍性なんでしょうね。
 

 映像で観ると、タンバリンが出てきちゃったり、ハープがポロロロロンと出てきたり、ちょっと笑っちゃいますが、これでも本質を全く失わないどころか、オリジナルとはまた違う魅力を醸しだしてしまうところが、さすがバッハですね。
 実際のところ、晩年のバッハが楽器の指定さえしなかったように、もうすでに物理的な楽器の制約を超えたところで、彼の音楽は鳴り響いていました。
 エルガーやシュトラウスの時代、肥大化した管弦楽曲のカウンターで「Back to Bach」が標榜され、新古典主義が流行の兆しを見せていましたけれども、皮肉なことに、BachにBackするということは、「Back to the future」だったわけです。
 おそるべし大バッハ(大小川?)。バッハは未来にいたとなると、音楽の父ではなくて、音楽の…ん?いったいどうなるのてしょう(笑)。まあ、「神」と言っておけばいいのでしょうね。

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