カテゴリー「歴史・宗教」の1000件の記事

2019.06.17

TALK ABOUT YMO 村井邦彦×川添象郎

 近、アメリカなどで日本のシティ・ポップが大人気だそうですね。本家アメリカの40年先を行っていたわけですよね。

 すごすぎますよ、当時のアルファレコード。シティ・ポップに加えて、フュージョン、そしてYMOに至るまで。

 そんなアルファレコード創設者の村井邦彦さんと川添象郎さん。お二人ともお元気ですね。川添さん、いろいろありましたが、まあいろいろあるのは元気な証拠です(笑)。

 私、今、仲小路彰の研究をしているわけですが、最近は仲小路本人よりも、その天才仲小路が「天才」と称した川添浩史(紫郎)に興味が湧いてきてしまいました。象郎さんのお父さんです。

 川添浩史さんは、仲小路の右腕としてだけでなく、高松宮さまの秘書として、また六本木キャンティのオーナーとして、ある意味派手に活動していた方ですが、その一生はまだ研究対象になっていません。昭和の裏面史の重要人物なんですがね。

 それはこれからの課題といたしまして、今日はとりあえず、象郎さんと村井さんのYMO談義を聴いてみましょう。いろいろとすごすぎる話満載ですよ(笑)。

 

 

 

 川添象郎さんにもお会いして話を聞かねばなりませんね。なんとか今年中に実現したいと思っています。

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2019.06.15

椎名林檎 『三毒史』

Th_71nkhlzrynl_sl1200_  日今日と、中学生と宿泊座禅。

 般若心経も何度もお唱えしました。

 その般若心経で始まるこのアルバム。その名も「三毒史」。

 三毒とは、「貪・瞋・」。今日はこの三毒から少しでも離れられるよう、座禅をしたり、作務をしたり、読経をしたり、写経をしたりしたわけです。

 「貪」はむさぼり。「瞋」は怒り。「癡」は愚かなこと。うん、たしかに私たちは日々これに囚われていますね。

 そこから脱するために、たしかに修行という手もあります。その一方で、それらをアート作品として昇華してしまうという方法もありますね。

 文学はもちろん、音楽や美術、演劇などにおいては、実はこの「貪瞋癡」がテーマになっていることが多くありますね。

 この椎名林檎さんの新作も、そうしたアプローチの一つ。三毒の世界を物語化することによって、日常から遠ざけることに成功しています。

 特に音楽は高次元に作用するので、「解脱」の手段としては有効でありましょう(最近、それを研究しています)。

 椎名林檎さん自体が、ある意味では三毒を昇華する存在だとも言えます。何度か書いているように、ものすごく「女性性」を持っているのに、なぜか同性から嫌われず、そして異性に「やる気」を出させる存在。これは高次元ですよ(笑)。

Th_220pxthree_poisons  このたびはステキな(煩悩の塊のような)男性諸氏とデュエットしておりますが、それぞれの男性がそれぞれの三毒を抜かれている様子、また、それに対して私たち受け手もまた、妙な嫉妬から解放されているという事実。これはやっぱり「画期的」なことですよ。

 お見事。

 あっ、あと細かいことですが、Amazonの解説で、貪=豚とあるのは間違いです。貪は鶏です。つまり、貪=鶏、瞋=蛇、癡=豚が正解です。1曲目の曲名が正しいということですね。

Amazon 三毒史

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2019.06.14

俗流歴史本 vs 歴史学

Th_izawagoza  「流歴史本」の何が問題か、歴史学者・呉座勇一が語る」…という面白い文章を読みました。論者は国際日本文化研究センター助教授の歴史学者、呉座勇一さんです。

 私も呉座さんの「応仁の乱」を読み、久しぶりに(?)正統歴史学の面白さを堪能いたしました。

 一方、槍玉に挙げられている井沢元彦さんの「逆説の日本史」シリーズも、若かかりし頃さかんに読みました。

 ですから、両者がケンカするのは、あまり楽しくありません。

 この前書いた慰安婦問題や、何度も書いてきた南京の問題と一緒で、両極端がお互いに譲らず頑なになってケンカしている様子は、あまり好ましく感じられません。

 だいたい、人間の現実の生活は、事実と妄想の絡み合い、結果としてその中間に本質があるのに、かたや事実として残っているコトしか認めず、かたや自分の妄想というモノに絶対的な自信を持っていて、その「あはひ」を観るのを忘れてしまっている。

 量子論的に言うならば、この世の本質は粒子(コト)と波動(モノ)の「不二」的共存であるのに、そのどちらかしか観ていないわけですね。

 というわけで、この呉座さんの文については、それなりに納得できる反面、なんとなく味気なくも感じてしまうのでした。

 ただ、残念ながら(?)言えることは、呉座さんも井沢さんも、とっても筆力があって、そういう意味ではかなり「近い」ということです。そこは、実はとっても重要なポイントです(近親憎悪?ライバル?)。

 さてさて、出口王仁三郎や仲小路彰、さらには宮下文書など偽書の類、そして、二・二六事件にまつわる不思議な体験などに関わってきたワタクシとしては、少なくともですね、波動の情報については時空を飛び越えますので、すでにそれは「歴史学」の関知する領域ではない、ということだけは言っておきたいと思います。完全なトンデモですね(笑)。いつもスミマセン。

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2019.06.12

デジタル記念館 慰安婦問題とアジア女性基金

 キ・デザキさんの「主戦場」、ぜひ観てみたいですね。

 私のことを保守派だと思っている方がけっこういます。この映画に対しても批判的だろうと。

 う〜ん、正直言いますと、保守派の方々も、またその反対の方々も、あまりに意見が極端で感情的なので、私はどちらにもシンパシーを抱けないのですよ。

 その両極端がどのように「相容れない」のかを、こうして作品としてしまい、「主戦場」と名づけてしまったデザキ監督には感心しているところなのです。もちろん、その感心は関心という程度のことであり、映画作品の価値がどうのこうのとか、慰安婦問題自体の価値とかとは、全く別次元です。

 

 ところで、慰安婦問題に関していろいろとおっしゃりたい方は、まずはデジタル記念館をしっかり読んでいただきたいですね。
 私はずいぶん前に一通り目を通しました。けっこう忘れているところもあるので、また読み返しているところです。その上で、この映画を観にいこうと思っています。皆さんもぜひ。

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2019.06.05

飛騨高山レトロミュージアム

Th_img_4123  日は高山におります。自由散策の時間に、いくつかの神社を巡り、最後に立ち寄ったのがここ。

 昨年は、同じ高山の老舗「高山昭和館」に行き、予想以上の充実ぶりに感動いたしました。

 その昭和館にも携わっていた方が、新たに同じようなコンセプトで昨年オープンさせたのが、こちら「飛騨高山レトロミュージアム」。


Th_img_4122  正直、私は「昭和館」の方がツボでしたが、ソフビやゲーム、アイドルの立て看板の充実度はこちらの方が上かもしれません。ゲームやパチンコを自由に楽しめたり、懐かしい学校給食を食べられたりするという「参加型」という意味でも、新しい挑戦を感じました。

 可能な限り、両方訪ねてみるのがいいでしょう。両者は少し離れていますが、高山の古い街並みを楽しみながら、その両端をスタートとゴールにしてみてはいかがでしょうか。

飛騨高山レトロミュージアム公式HP

 

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2019.06.02

鎌倉宮

 日の午後は、鎌倉の友人宅において、宇宙人を囲む秘密サロン(?)が開かれました。初対面ながら波動を見事に共有くださる皆さんと、実に楽しい時間を過ごしました。

 5時間にわたり、ワタクシ宇宙人の謎の語りと施術にお付き合いくださるわけですから、いかに奇特な方々がお集まりかわかるでしょう(笑)。

 お話としては、高次元宇宙と波動および粒子の話がほとんどだったような…と書くと、まるで最先端物理学の講義のようですが、思いっきり文系な内容でした。そう、もう理系とか文系とか、そんなくだらない分裂の時代ではなく、融合の時代なのです。

 さて、その謎のサロンの話はまたいつか、というか、オフライン・サロンという、まさに波動的対話の場でなければ伝わらない、すなわち文字という粒子にしてしまっては意味がないので、ここには記しません。もし、お知りになりたい方がいらっしゃいましたら、ぜひ宇宙人を囲むサロンを企画してください。どこへでも馳せ参じます!(もちろん無料です)。

 で、午前中は、もう何十年も行かねば行かねばと思いながら、それが実現していなかったある場所に連れて行っていただきました。

Th_img_4097  それは「鎌倉宮」。護良親王の幽閉され、斬首されたところです。

 そうなんです。今回のサロンも、ずっとずっと元をたどっていくと、実は「宮下文書」に行き着きます。その宮下文書の重要登場人物の一人が、後醍醐天皇の長男、護良親王です。

 宮下文書の護良親王伝説は重層的かつ多様ですが、いずれにしても、鎌倉で幽閉されていた親王が、足利直義の命により淵辺義博によって殺められ、その首級を雛鶴姫(南の方と同一人物か)が、裏鎌倉街道(秋山村経由)で富士谷(富士吉田)に持ち来たったという物語が中心になっています。

 その宮下文書との出会い、そして都留市朝日馬場の石船神社の御首級との出会いが、のちに出口王仁三郎、さらには仲小路彰、そこからなんとCS60へとつながり、その三種の神器(?)が、総理夫妻、高城剛、そして今回のサロン企画の友人に至るまで、さまざまなご縁をつくってくださったわけでして、まったくもう、不思議とした言いようがない「物語」なわけです。

 その、ある意味原点とも言える、鎌倉宮にこのタイミングでようやく参拝できましたのも、まさに「令和」、天のオーダーが生む、融和、和合の結果ではないかと、宇宙人は勝手に思っているところであります。

 鎌倉宮は、いわゆる建武中興十五社の一つであり、すなわち、明治の南朝ブームに乗った近代の産物ではありますし、残っている「土牢」もある種の創作物でありますが、護良親王の魂、つまり「波動」はしっかりそこに息づいておりました。もうそれだけで充分です。そう感じました。

 歴史とは、史実とはまた違った次元で「今」も生き続けているのです。波動は時空を超えます。粒子(記録・コト)としての歴史ではなく、波動(物語・モノ)としての歴史こそ、ホンモノなのです。

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2019.05.31

『神の子 神の民』 芳賀日出男 (天声社)

Th_41z1u423l_sx356_bo1204203200_  賀日出男さん、日本を代表する民俗写真家です。現在97歳。息子さんの日向さんも同じフィールドで活躍しております。

 芳賀さんの写真には、記録的側面とともに芸術性が感じられます。人々の生活や人生と、それを覆っている信仰の波動を、しっかりとらえていると言えるでしょう。

 光という波を粒子としてとらえるのが写真です。その粒子に、いかに被写体の「信仰心」を写し撮るか、あるいは自らの思いをこめるか。そういう作品だと思います。

 さて、この「神の子 神の民」は1964年の発行ですから、私が生まれた年ですね。大本の聖地を撮影した貴重な作品です。当時の教主は三代直日さん。

 今回私がこの本を入手したのは、「富士の霊石」の写真があるに違いないと思ったからです。

Th_img_4088  私の予想は的中しました。富士の霊石としては初めて見る写真です。

 この石が富士山北麓、明見(おそらく小明見)の舟久保家から運ばれ、宇宙の中心になっているというのは、なんとも不思議な感じがしますね。

 王仁三郎自身が富士山を訪れた形跡はありません。しかし、高熊山での霊的体験から始まって、霊界物語の中の天教山、そしてこの「月山不二」の霊石と、王仁三郎が自らの人生、物語において、富士山に特別な意味を読み取り、与えながら、霊的に何度も訪れているのは確かでしょう。

 その他の写真も素晴らしいものですし、日本語とエスペラント語の解説も充実しているこの写真集は、やはり一級の資料ですね。

芳賀ライブラリー

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2019.05.30

『禅の知恵に学ぶ(こころの時代 宗教・人生)』 山川宗玄 (NHK出版)

Th_41tzhvkkdql_sx350_bo1204203200__1  眼寺師家、このテキストの著者でもある山川宗玄老大師さま。来週岐阜でお会いできると楽しみにしていたところ、思いがけず今日じっくりと3時間(!)お話させていただく機会ができました。

 こうして年に数回、何時間も(ほとんど個人的に)教えをいただけるというのは、本当にありがたき幸せであります。本当に仏縁に感謝するしかありません。

 私のような野狐禅凡夫に、本当にたくさんの大切なことを教えてくださいます。今日は特に「言葉」にこだわらないこと、型にはまって型を破ること、教育の重要性、量子論について、ホワイトのブラック性、この前書いた菩薩願行文の「怨敵=菩薩」のお話など、本当に身近な体験談も交えながらの深い深い教えを頂戴いたしました。拝。

 出家する勇気も修行する根性もない野狐としては、これほどありがたい機会はありませんね。エッセンスを「優しく」ご指導いただけるわけですから。僧堂は「できて当たり前」「できても叱られる」ですから、そんな生易しいわけはない。

Th_img_4086  このたび、老師さまより、このテキストを何冊かいただきました。禅語サイン入りです。私は、いろいろお話をうかがった上で、あえて「直指人心」を選びました。

 言葉を介さずストレートに自らの「仏心」に迫る。はたして、そのあとの「見性成仏」に至ることができるのか。

 メモをすると忘れる…というお話面白かったなあ。たしかに。スマホで写真に撮ったり、スキャンしたりするのも、メモと一緒ですよね。ワタクシの『モノ・コト論」で言うなら、「コト化」したらダメということ。粒子化しないで波動のまま体に染み込ませる。そういうことでしょうね。私の苦手とする部分かもしれません。頑張ろう!…なんて意志を持つこと自体ダメなんですよね。

 

Amazon NHKこころの時代-宗教・人生-禅の知恵に学ぶ-NHKシリーズ-

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2019.05.29

『GREEN RUSH』 高城剛 (NEXTRAVELER BOOKS)

Th_31lmingztl  日は日比谷野音へ。宇宙人同志である高城剛さんのトークライヴです。

 私は、高城さんもおススメの未来医療器具CS60の施術スタッフとして参戦させていただきました。

 50人以上施術したかなあ。CS60は出会い・ご縁のガジェットでもありますね。施術しながらの会話が楽しかった!

 さて、高城さんのプレゼンは相変わらずキレキレですごかった。来週から私もいろいろなところでプレゼンしなければならないのですが、負けないように頑張ります。

Th_img_4082  「カンナビス」が拓く未来は、ある意味では封印された古代の叡智の開くことにもなります。

 医療用大麻だけでなく、嗜好用大麻の解禁も今や世界的潮流。日本にもいずれその波が押し寄せます。

 いや、今日の高城さんの話にもありましたが、実は日本はCBD天国であり、ある意味最先端を行っている部分もあります。

 歴史的にいえば、神道と「麻」の関係からも分かるとおり、高次元とつながるためのメディアとして、日本では古代から使われており、そういう意味においては、超先進国だったとも言えます。

 それが戦後「大麻取締法」という「麻薬取締法」とは別に作られた法律によって、根こそぎ禁止されてしまいました(実際は種子と茎は合法)。アメリカのなんらかの意図が感じられますね。

 今日の高城さんのトークショーの内容は、この本を読めば分かります。クロマトグラフィーで一つ一つ分析したという、巻末のCBDオイルカタログは貴重。違法になるTHCが析出されているものもけっこうあって驚きです。まあ、過渡期ということでしょうね。こういう雑な部分が取り除かれていくことで、ようやく合法的な日常になっていくのでしょうし、また、次の法改正などのステップを踏み出せるのでしょう。

Th_img_4084  そういえば、「カンナビス」という言葉と、神道の「神奈備」という言葉の類似性は、これは偶然でしょうか。私の宇宙知識からしますと、実は偶然ではありません。日本の「神奈備」文化の復活の日は近い。

 「既成概念の壁を壊せ!」…高城さんの力強いメッセージを全身で受け止め、私も壁を乗り越えるのではなく、ぶち壊していきたいと思っています。左の写真のCS60もその一つですし、「THIS IS NOT A SCHOOL」もその一つですし、地球平和へのアクションもその一つです。頑張りましょう!

Amazon GREEN RUSH

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2019.05.26

「ことたま」とは…

Th_img_4055  仏の話が続きますね。まあこういう生活をしているということです。最先端ですよ。量子論的に言えば「波動」の話ですから。20世紀までは粒子の時代でした。次は波動の時代。

 もちろん波動と粒子は相互的に関わり、影響しあっています。

 たとえば、今日はお田植え祭に参加させていただいたのですが、ここでの「祈り」や「感謝」が、秋のたしかな「実り」につながるのです。つまり、祈りや感謝という心の波動が、稲の粒たる米のでき方に影響するというわけです。

 そんなことはあり得ない、というのが近代科学の思考でしたし、まあ学校で教えていることもそういうことでしたよね。しかし、そんな味気ない時代はもう終わりです。先日記事にした量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」にもそういうことが書いてあります。

 今日は都合でお田植え祭の式典(祭祀)のパートしか出席できず、自ら田植えをする機会はありませんでしたが、「祈り」「感謝」の波動だけは、ちゃんと現地に残していきました。波動は時空を超えます。

Th_img_4057  ワタクシの「モノ・コト論」で言いますと、「モノ」が波動、「コト」が粒子ということになります。そうしますと、モノ(波動・見えない世界・あの世)がコト(粒子・見える世界・この世)に影響するというのが「ことたま」の正しい意味であることが分かります。「たま」とはエネルギーのことです。モノのコト化のエネルギー。

 「言葉の不思議な霊力」ではありませんよ。言葉以前の「意識」が粒子に変化を与えるというエネルギーのことなのです。だから、古くは「言霊」とは書かず、「事霊」と書くことが多かったのです。

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