カテゴリー「歴史・宗教」の1000件の記事

2021.06.09

アンドレア・ファルコニエーリ 『シャコンヌ』

Th_unknown1_20210613171801 楽ファンなら皆さんよくご存知のこの曲。イタリア17世紀初頭の作曲家ファルコニエーリのシャコンヌです。

 最近、アジアの古い音楽を漁ることが多くありまして、そんな中でこの「バンド」の演奏を見つけました。

 カザフスタンで最初の古楽団体と紹介されていますが、どう見ても古楽器ではありませんね(笑)。

 しかし、それが良いのです。古楽というと、ただ古いタイプの楽器を使って、それでモダンとの違いを強調するだけで終わってしまう演奏が多いのも事実。

 使用する楽器よりも、古楽のスピリットが大事ですよ。つまりそれは「アジア」のスピリットだと思うのですが。

 そういう意味で、この演奏はとってもいいと思います!カザフスタンというのは実に絶妙な立ち位置ですよね。

 

 ファルコニエーリはイタリアの作曲家で、上の絵にあるとおり、リュートが得意だったようです。で、カザフスタンの楽団にはリュートはあるのかというと、ん?これは電気リュートか?(笑)

 電子ピアノやカホンも見え隠れしていますが、これでいいと思いますよ。でも、ヴァイオリンの絃はぜひシルクに!いや、カザフスタンと言えば羊だから、やっぱりガットだったのかなあ…。

 馬頭琴に似た楽器もあって、それは馬頭琴と同様に、絃も弓の毛も馬の尻尾や髪を使ったそうですから、シルクは必要なかったのかもしれませんね。

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2021.06.08

喜多郎 『GAIA ONBASHIRA』

Th_81o5grlkwcl_ac_ul320_ 日からの流れです。世界で最も有名な日本人ミュージシャンの一人である喜多郎さん。なにしろグラミー賞受賞、ノミネート17回!ですからね。

 喜多郎さんのすごいところは、日本の「核心部分」を知っていらっしゃることです。それをもって世界に出ていった。

 それはどこから学んだかというと、最初の奥さんの田岡由伎さんからです。言わずとしれた山口組三代目田岡一雄組長の娘さん。

 そんな彼が奥さんと別れてアメリカに移住し、そして現在に到るのです。

 決して日本から逃げたのではありません。日本の核心を世界に発信する最高のステージに移っただけです。

 そんな喜多郎さんの作品の中でも、特に好きななのがこの「諏訪の御柱祭」をテーマにしたアルバムです。1998年、このアルバムもグラミー賞にノミネートされました。単純に、純粋にすごいことですよね。この内容ですよ。

 来年、御柱の本祭ですね。あれから7年経ったのかあ…。前回は幸運なことに、そして運命的に「富士山からの使者」として、霧ヶ峰での「本見立て」に参加させていただきました。あの体験は、私の人生に決定的な転機を与えてくれました。

 あの時、生で聴いた、山々にこだまする「木遣り唄」たち。それもこのアルバムの重要な素材の一つとなっています。

 あの時の感動…いや感動なんていう軽い言葉では表現できない心の震えは、こうして音楽となることによって再現されるのでした。

 もちろん本祭の「木落し」も素晴らしいエネルギーの発散ですが、そこに至るまでの、様々なモノとコトとヒトのエネルギーは、こうして音楽でしか表現でいないかもしれません。

 来年、また諏訪を訪れましょう。前回とは全く違う自分になっています。どんなことが起きるのか…楽しみです。

 

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2021.06.07

喜多郎 『シルクロードのテーマ』

 

 

 日ちょこっと触れたNHK特集「シルクロード」のテーマ。当時は番組にも興味がなく、この曲もあまり好きではありませんでした。

 そんな私が、今「シルク」や「シルクロード」に深く深く関わることになろうとは。当時の私に教えてやりたい。そして、ちゃんと番組見とけよ!と言ってやりたい。

 シルクロードという東西の交流・融合と、日本独自のシンセサイザー音楽という東西の交流・融合が、見事にマッチしたのが、この曲でしょうね。

 言うまでもなく、YMOもそのような系譜の上にあったバンドですし、そこには西のものを吸収して消化し、さらに昇華して西に返す、極東の島国日本の役割という、まさに仲小路彰の思想が影響していたことは、あまり知られていません。

 60年代のシルクセンターや、シルクギャラリー、シルクソサイエティなどの創立、設立にも仲小路彰は関わっていました。70年代の万博や中国、中東との交流にも仲小路は大きな影響を与えました。

 小池百合子都知事のお父さん勇二郎さんも仲小路の教えを受けた一人です。彼がエジプトで事業を起こし、娘をカイロ大学に入れることになった遠因もそこにあります。もっと言えば、三笠宮さまのオリエント研究にも仲小路彰の影がちらつきます。

 そして、私も導かれるようにその「道」を旅することになったというわけです。

 そう考えると、この曲もまた、ちょっと違った色調を帯びてくるというものです。83年と言えば、それこそ期せずして富士山麓に来ることになった年。もう運命は決まっていたのでしょうね。

 このライヴ演奏、6弦のエレクトリック・ヴァイオリンがかっこいいですね。シルク絃を張ったら、もっと良かったのに。というか、この曲を私のシルク・ヴァイオリンのレパートリーにすればいいのか(笑)。

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2021.05.29

能 『鷺』

R0305_omo  日は国立能楽堂にて能楽鑑賞。

 番組は、能「半蔀」、狂言「蚊相撲」、能「鷺」でした。

 圧巻はやはり「鷺」。これには泣きました。これは日本人なら全員観た方がよい。本気でそう思いました。

 醍醐天皇に召され、五位を賜った鷺が舞うだけといえばそれだけの演目なのですが、そこに表現されたモノのすごさがすごすぎました(変な表現ですが)。

 シテの鷺を舞うことができるのは、元服前の少年か還暦後の老人に限られます。そして面をつけない「直面(ひためん)」。

 今回は、娘の師匠である人間国宝野村四郎先生がシテを務められました。御年85歳。

 少年と老人しか舞うことができないのは、普通の大人では人間臭さ、世間臭さが出てしまうからです。こう舞おうという意志が出てしまうからです。

 なにしろ、ここで表現されなければならないのは、「帝」の素晴らしさであって、鷺の美しさではないのです。

 そういう意味で、野村先生の「鷺」は完璧でした。

 そこに座して私たちと同じく鷺を観る立場にあられる「醍醐帝」と、客席の私たちが一体化する。さらに、「帝」に無条件に愛される鷺と私たち国民が一体化する。

 そういう非常に重層的で多次元的な時空間が、見事に現出していました。そして、その帝と鷺と私の一体感、つまり帝に包まれる大御宝としての私の幸福感が涙につながったのです。

 これほど自分が日本人であることの幸福を感じた瞬間はありませんでした。

 それをこういう形で表現する能のすごさ。やはり能は見方というか、感じ方、参加の仕方で、その本質に触れることができるかが決まります。そして、そこに導くことができるかが、能役者の位を決めるのだと思いました。

 少年が舞ったら、また違った感想だったことでしょう。少年ですと、こんな感じです。

 

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2021.05.27

『実相寺昭雄 才気の伽藍』 樋口尚文 (アルファベータブックス)

Th_51ck6hlvbl 日、NHKのBSでウルトラセブンの名作「狙われた街」が放映されました。

 録画したものを、もう3回観てしまいました。何度観ても素晴らしいですね。

 こんな鬼才の作品を幼少期に観ちゃったから、こんな大人になってしまったんですよ(笑)。どうしてくれるんですか。

 有名なちゃぶ台シーンや夕景での対決シーンだけでなく、全体にわたって実相寺節満開ですよね。

 冒頭で小学生たちがみんなマスクしているのは、なんだか今の世の中からすると象徴的です。まあ、私も当時京浜工業地帯の際に住んでいまして、光化学スモッグで何度か倒れましたから、そう考えるとあの頃の方がもっとひどかった。

 公害だけでなく、交通事故、爆破事件、誘拐など、たしかに日常が異様にスリリングでした。だから、セブンの世界観は本当に現実と重なっていたのです。そして今に至ると。

 この本もまた、素晴らしいですよ。決定版ですね。「才気の伽藍」というタイトルの時点で、私はノックダウンでした。分かる!たしかに伽藍だ!

 総門から、山門、回路、仏殿、法堂、鐘楼、禅堂、そして「後餓鬼」、大庫裏。見事な構成です。そして、それぞれに配置された仏像や仏具、そして経文からに至るまで、まさに「実相寺」の全体像と細部を見事にまとめ上げてくれています。

 様々な「文化財」に触れながら、私たちは最終的にその「教え」に触れることができるのです。

 そして、その「教え」によって、今の私が生きていることを実感しました。

 また、私たちは「実相寺」での修行を終えて、そこから先に進むことができているのだろうか…そんなことも考えさせられてしまいました。

 映像、音楽、さらにはAVの世界まで、はたして彼を超える作品がその後生まれているのか。百年後、千年後にも語られる作品が、どれほどあるのか。

 仏教、音楽、宇宙人、地球防衛、虚実皮膜、日本文化、映画…今の私の充実した人生を創り出してくれた実相寺昭雄。こうして人の人生まで創り上げるのが、本当の芸術家、クリエイターなのでしょう。

 どうしてくれるんですか…と書きましたが、ここからは自分自身で始末をつけるしかありませんね。感謝を胸に頑張ります。

 

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2021.05.20

『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 若松孝二監督作品

Th_915z3pmvkdl_ac_ul320_ しくて本を読んだり映画を観たりする時間がとれません。そこで、朝4時半に起きてその時間を確保することにしました。

 とりあえず録画してあったこの映画を鑑賞。朝から気分を悪くしました(苦笑)。

 私と三島はどうも相性が悪い。仲小路彰も三島には厳しかった。

 豊饒の海〜仲小路彰の三島由紀夫評

 仲小路は「三島には音楽がない」と語ったそうです。なるほど。

 さて、この映画の公開直後、何かの因縁か若松監督は不慮の事故で亡くなってしまいました。

 三島や森田必勝は、この映画が気に入らなかったのでしょう。

 井浦新の三島が軟弱すぎる(肉体的にも)と評されることが多いのですが、私には、三島の「弱さ」の表現、ある種の「かっこわるさ」の表現としては良かったと思います。

 つまり、若松監督は決して自決を美化しようとしていなかったということでしょう。

 『三島由紀夫 vs 東大全共闘 50年目の真実』についての記事でも、私はけっこう厳しいことを書いています。結局、楯の会も、自衛隊入隊も、討論も、そして自決の日も、茶番でしかなかったのかもしれません。

 結局、味方だと思った自衛隊に無視され、揶揄され、辱めを受けて死ぬしかなかった。それは戦前の二・二六事件と似た構図に見えるかもしれませんし、三島はたしかにそこに自分を重ねていたのでしょうが、やはり本質的に大きな違いがあるのです。舞台が違うのに、同じシナリオを演じてしまう滑稽さ。

 皮肉にもそんな「不甲斐ない」雰囲気が、若松監督によって見事に表現されてしまったということでしょうか。

 若松監督の方こそが、時代に殉じたのかもしれませんね。

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2021.05.14

「ありがとう寺」にて

 日から今日にかけて、御殿場の「ありがとう寺」にて、町田宗鳳先生とじっくり楽しくお話させていただきました。

 こちらに書いた「お酒など酌み交わしながらマニアック談義に花を咲かそう」という約束が叶えられました。

 僧侶にしてハーバード大学卒業、多くの大学で教鞭をとり、日本中、世界中の聖地をめぐっている町田先生もかなりビックリの情報をたくさん提供させていただきました。

 おかげさまで、町田先生も、仲小路彰などいろいろと興味を持ってくださり、これからの展開が楽しみであります(比叡山での修行をすすめられましたが、それだけはちょっと…笑)。

 私として特に格別な体験となりましたのは、あの富士山を仰ぐガラス張りの禅堂にて、龍神様の前で絹絃のヴァイオリンの即興演奏をさせていただいたことです。

 絹絃の倍音豊かな音が聖堂に響き、まさに宇宙とつながる感覚を味わうことができました。これぞ音楽の本来の在り方であると感じた次第です。

 実は、町田先生も「倍音」について深い知識と認識をお持ちでいらして、それを実際の瞑想などにお使いになっているとのこと。全く不思議なご縁であります。

 また、出口王仁三郎についての知見も並みではありませんでした。持参した我が家の耀わんでお酒をお飲みになって、大変感動なさっておられました。

Th_img_9247 写真は、今朝のお勤めの護摩法要のあとの祭壇と富士山です。弘法大師と出口王仁三郎が並んでいる姿は、何かこれまでとこれからの世界の高次元精神世界を象徴するような時空間でありました。

 まさに「ありがとう」の一言の二日間。また来週、町田先生にお会いする予定です。間を取り持ってくださった先生にも「ありがとう」!

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2021.05.11

常味裕司アラブ音楽講座 入門編

 日の「西洋音楽の正体」からの、今日はあえてのアラブ音楽です。

 端的に申しますが、たとえばこのアラブ音楽の微分音やマカームの中に、西洋音楽理論は取り込まれますよね。

 和音(和声)も、脇役ではありますが、ちゃんと存在していますし、リズムにもより多様性があります。

 そして、だからこそ残った「モノ(何か)」。楽器に残された機能。

 わかりやすく言えば、(アラブではありませんが)三味線の「さわり」。なぜ「障り(雑音)」を発生させる装置をあえてつけるのか。

 そう考えると、西洋音楽がこれほど世界中に広まった理由もわかってくるというものです。つまり、「わかりやすい」「複雑ではない」。

 モーツァルトを聞かせると赤ちゃんが泣き止んだり、牛の乳がたくさん出たりする(笑)。

 西洋音楽の方法論を借用しつつ、その単純性に反発して複雑化したジャズでは、そうはいかないでしょう。

 まあそのあたりのことも含めて、とにかくこの、私の尊敬する常味さんの講座を全部聴いてみてください。この世界を知っていて、その上で西洋音楽や日本の音楽をやるのが、歴史的に見ても正解だと思いますので。

 

 

 

 

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2021.05.10

『西洋音楽の正体〜調と和声の不思議を探る』 伊藤友計 (講談社選書メチエ)

Th_51gxx21klbl_sx338_bo1204203200_ 近の私はまさに「西洋音楽の正体」に迫ろうとしております。もちろん私はシロウト音楽家ですから、伊藤先生のようなアプローチとはちょっと違います。

 さらに言うなら、シロウトならではの無責任さをもって、「西洋音楽こそが世界をダメにしている元凶である」という仮説に基づいての活動を進行させているのでした。

 しかし、ご存知のとおり、私自身はモロに西洋音楽を愛好し、また演奏している者であります。そう、学校の先生でありながら「学校をぶっ壊す!」とか言っているのと同じ構図ですね。どうもそういう人らしい。私は(笑)。

 で、具体的に何をやっているかというと、まずヴァイオリンに絹絃を張っています。これがなんで「西洋音楽をぶっ壊す」ことにつながるかというのは、またいつか結果が出始めたら報告します。

 まあ、簡単に言えば、西洋音楽が切り捨てていった「モノ(何か)」を復権させようということです。

 昨日までの「イノベーション」の話にもつながりますが、「もう戻れない」というイノベーションには、多分に洗脳的要素、麻薬的要素が存するものです。

 たとえば、私たちの食生活や、交通手段や、通信手段などを考えればわかりますよね。もう戻れない。

 そういう視点で、この世界に席捲し、ほとんど暴力的に我々を支配下に置いてしまった「西洋音楽」というヤツの正体を知りたいのです。そいつと戦うために。

 音楽において、そんな洗脳的なイノベーションを起こしたのが、かのモンテヴェルディです。一言でいえば、「属七の和音」から主和音で終止する形を発明してしまった人です。「属七の和音」は私たち現代人にとっては、非常に指向性の強い慣れ親しんだ和音ですが、モンテヴェルディ以前には、「悪魔」と「塩」がまぶされた最悪な不協和音だったのです。

 そこがこの本のキモ。実に面白いところであり、それこそ西洋音楽の正体の最もわかりやすい点(弱点)なのです。

 そして、それは「自然」なのか「不自然(人為)」なのか。そのあたりの話が実に面白かった。

 私も、もう生れた時から西洋音楽のシャワーを浴びていましたし、幼少期にヤマハ音楽教室に通ってしまったので、それこそ化学調味料のような属七の和音をずっと摂取しまくってきました。

 その後ビートルズにはまり、洋楽ロックにどっぷり浸かる青春時代を送り、ジャズも聴くようになり、さらに複雑な和音を聴くようになりました。また、大学に入って、きれいな女の先輩たちにだまされて(笑)箏曲の同好会に入って邦楽も始めましたが、全くその価格調味料というか麻薬の呪縛から逃れることができていません。

 しかし、この歳になって、いろいろ変化が現われてきました。まあ、家内が東北の山奥で民謡や労働歌や演歌にまみれて育って、いまだに属七の和音や長三和音に違和感を抱くような人だということもありますし、あとその血を引いた下の娘の影響もありますかね(長女は完全に西洋音楽派です)。

 この春、その下の娘がどういうわけか東京芸大に合格してしまいました。急遽決まった受験に向けて、付け焼き刃で、たったの三日間(!)で「楽典」を教え込みました(逆に言えば三日で西洋音楽の骨組みはわかってしまうということです)。

 実は芸大とはいっても、娘は邦楽科の能楽専攻ですから、それまで楽典なんてものがこの世にあることも知りませんでしたし、これからも楽典的な音楽理論を使う可能性はほとんど皆無です。

 西洋音楽の殿堂で、西洋音楽とは全く違う音楽世界で勉強している。私もその世界にすっかり引き込まれてしまい、なにかそっちの方が(特に私たち日本人にとって)本当の音楽なのではないかと思うようになったのです。

Th_-20210512-94027 というわけで、一方で五線譜の音楽を奏でつつ、一方で娘が学んでいるこんな楽譜にも興味津々の最近の私。

 はたして理論ではなく、実践によって、この世界の洗脳を解くことができるのか。ちょっと楽しみにしていてください。

 まずは、シルク絃を使うことによって西洋音楽が和声のために捨象してしまったモノ(何か)を復活させて、それを西洋音楽にまぶして演奏していこうと思っています。

 あっ、オマケに一言。私は「長三和音」のルーツは「かっこう」の鳴き声だと真剣に考えています。ついでに言えば「短三和音」も、下手な「かっこう」ですよ(笑)。

Amazon 西洋音楽の正体

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2021.05.09

ホリエモンのゼロ高入学式スピーチ

 

 日の記事の続きとなりましょうか。学校にもイノベーションが必要なのか、どうなのか。毎日のように悩んでおります。

 「学校をぶっ壊す!」と豪語しておきながら、実際現場から少し距離を置いてみますと、なぜか目論見に反してやや勢いがなくなってきております(苦笑)。

 ですから、数ヵ月前までは、このホリエモンのゼロ高なんかにも、かなり強いシンパシーをおぼえていたわけですが、今は少し違和感もあるわけです。

 ここでのホリエモンの言葉には、いちいち納得です。ある側面からは間違っていない。そのとおりです。

 しかし、では、全日本人がこういう教育を受けて、こういう活躍ができるのが良いかというと、絶対にそうではない。そんなことは当たり前です。

 では、やはり「リーダー」を育てるために、こういうイノベーティブな学校が必要なのでしょうか。

 明治維新の若きリーダーたちは、どのようにして生れたのか。その学び舎はあの時、急に生れたものなのでしょうか。

 正直、表面的に歴史を見たり、あるいは近視眼的に現在を見たりしている以上、どこかに間違いが起きるような気がしてなりません。

 とはいえ、どうすれば良いかという対案はないので、ちっとも偉そうなことは言えません。

 ただ、選択肢としてはゼロ高のような学校があってもいいし、昔ながらの軍隊風な学校があってもよいし、またその中間型もあってもよいし、全く違った発想の教育機関があってもよい。

 とりあえず、選択肢はいろいろあるべきです。それはもしかすると、旧来の学校のバージョンアップだけでも、かなり可能性が広がるのかもしれない。

 少し前まで私が提案していた全く新しい教育システムに対する自己評価も、ここ1ヶ月くらいでかなり変わってきました。一部の方々には自信満々でプレゼンしてしまいましたが、一旦取り下げます(笑)。

 歴史的な視点から再考してみたいと思います。ちょうど仲小路彰の教育論も活字化し終ったところでして、そこから高次元からの視点も取り入れてみます。

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