カテゴリー「歴史・宗教」の274件の記事

2008.05.07

『プロレス「悪夢の10年」を問う』 (別冊宝島)

世紀の「大沈没劇」を検証する
Seuyuy たプロレスネタですみません。でも、これは私にとって、自分の生き方そして社会の変化について考える、非常に重要なヒントを与えてくれるもの、いやほとんどテーマそのものなので、どうしても避けて通れないんです。
 やはり、プロレスは自分や社会を映す鏡なんですよね。ですから、プロレスの凋落激しかったこの10年というのは、まさに自分たちや社会が、そういうふうに変わった10年だったということなんです。
 世間ではいったい犯人は誰だ!?のような議論が盛んに行われました。そして、実際にいくつかの原因が取りざたされましたが、どうもすっきりしない。そう、最も激しく犯人扱いされたのは、ミスター高橋の暴露本でしょう。もちろん私もそれを読みましたが、それはまあ不文法を明文化しただけであって、何を今さらとは思いましたが、世の中を改革してしまうほどの力は感じませんでした。やっぱり原因はそれじゃあない。
 このムックも基本、一般論に対する懐疑的な立場をとっています。しかし、だからと言って何か一つの結論が提示されているわけでもない。冒頭に「変わったのはプロレスか、自分か、それとも−」とある通り、結局よく分からないまま終わっています。というか、ずいぶんと話がそれていって、あれ?この本って何の本だっけ?という感じ。そして、なぜかそのそれた部分の方が読み物としては面白かった。
 特に、昭和を彩った怪物記者、怪物編集者の皆さんのくだらない(失礼)ぶっちゃけ話と、彼らに対するある意味プロレス的なわざとらしさを伴った宝島側のツッコミには、大いに興奮させられました(笑)。
 あと、「大沈没劇」のおかげで味わえる哀愁という意味では、最後の阿修羅原のインタビューと劇画が秀逸でした。もうほとんど演歌の世界ですよ。そうそう、去年泣いたラッシャー木村の劇画と同じ「もののあはれ」だな。沈没の美…国際プロレスって本当にいいですねえ。カミさん曰く「人生の春夏秋冬…(涙)」。
 さて、いきなりですが、私はよく分かってるんですよ。なんでプロレスが凋落したか。変わったのは、プロレスであり、自分であり、社会なんです。そうですねえ、順番としては、まず社会が変わった。そして自分(私たち)、最後にプロレスなんじゃないでしょうか。
 2001年、ミスター高橋の暴露本が出版された年ですね、この年は小泉構造改革が始まった年でもあります。そして、どんどん世の中のいわゆる「ムダ」が排除されていきました。全てがリアルにオープンの方向を目指し、それこそがいいという神話が形成されていきました。ガチンコ社会こそが「機会の平等」を生むという幻想が生まれたんです。
 そこで消えたのが例えば談合です。私はこちらで書いた通り、談合こそプロレスであり、それが人間の本質と智恵であると考え、行きすぎた談合はですね、それはいかんとは思いますが、だからと言って、それを徹底的に排除して自分たち個人個人の欲望と無力さを露呈させるのには大反対なんです。
 でも、世の中はみんなそっちの方向に行ってしまった。リアルを求めてしまった。総合格闘技の人気が出たのも、そういう我々の意識が商売になるからでしょう。談合じゃなくて、ガチンコでオープンのオークションの方が正しいし、面白いと思ってしまった。
 レスラーたちも喰っていかねばなりませんから、市場がそちらに流れれば、自然とそういう方向に行きたくなります。特に体の小さな人たちはそうでした。体が小さいと、プロレス的にはルチャをやるしかないわけですから。
 そういう意味で、このムックで一番勉強になったのは元UWFインター山本喧一選手のインタビューでした。彼は本当にいいことを言っています。今、彼は格闘技の世界で頑張っているわけですけど、彼も体が小さかったので、いわゆるプロレスラーにはなれなかったクチです。自分でもそう言っています。彼は「プロレスは化け物の世界」と語っていますが、まさにそれですね。今のプロレス界には馬場や猪木やアンドレや鶴田のような化け物がいません。プチ化け物やシロウトがずいぶんと増えてしまいました。それも凋落の原因でしょうね。
 逆に言えば、それは「見世物文化」の衰退とも言えます。世の中のエセ福祉、エセ思いやり、エセ平等、エセ人権、エセヒューマニズムが、そういう「モノ」を幽閉しつつあります。教育現場でもモノノケはずいぶんと生きにくくなってますよ。まったくねえ。
 大相撲の凋落も、まったく同じ原因でしょうね。日本古来の素晴らしき神道的伝統である、談合的全体主義と見世物的福祉と物の怪への畏敬の念が消えてしまった。残ったのは、我々人間個人の不純なる「自己」と単純な勝ち負けの図式だけでした。そういう「コト」を包み込んでいた母性のようなモノはどこに行ってしまったのでしょうか。人間のデジタル化なんでしょうかね。アナログ的なあいまいさと、美しきムダやムラはもう評価されないんでしょうか。
 …と、話がふくらみすぎてしまいましたね。なんだか自分でも何を言っているのかわからなくなりました。とにかく、とんでもない怪物が現れて、総合でも完全王者になってくれるしかないですね。私たちの欠落感を埋める物語を紡ぐ、そういうある意味天皇みたいな、恒星みたいな、そういう存在が現れねば。朝青龍もジョシュ・バーネットもいいけど、やっぱり日本人のそういう怪物が現れてくれないかなあ…やっぱり三沢さん?

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2008.04.28

『正則 ニューナショナル 第三リードル獨案内』 森修一 訳著 (大阪書房)

3reader の前の「哲学の東北」にも、南方熊楠はものすごく英語が上手だったという話がありました。明治の知識人はけっこう外国語得意でしたよね。いったいどういう勉強をしていたんでしょう。今の日本の英語教育はなんだか迷走していますけど、あの頃はどうだったんでしょうね。
 と思っていたら、今日あるクラスの生徒が「ひいおじいちゃんが使ってたテキストが見つかった」ということで、何冊かの古い本を貸してくれました。そのうちの一冊がこれです。
 これはリーダーのテキストの虎の巻ですね。先生用のようです。今の教科書ガイドのように生徒も使ったんでしょうか。当時の学生や先生たちがどのように英語を学習していたかよく分かる貴重な資料です。
Catmouse_2 ちょっと右の写真をクリックしてみてください。ネコとネズミの会話ですね。ご覧のように、本文の上にカタカナで発音が、下には訳が載っています。そして訳の下には漢数字で訳す順番が書いてあります。まるで漢文の書き下しですよね。
 発音のカタカナをよく見ると今の感覚とはちょっと違うものもあって興味深い。「t」を「ツ」に半濁音の○をつけて表したり、独自のルールがあるようです。ただ、カタカナをそのまま読めばいいわけではありません。時々、「生徒に発音の練習をさせよ」みたいな注記がありますから、やはりカタカナ英語ではダメだという感覚があったんでしょうね。でも、こうしてカナで発音を示すのは悪いことではありせまんね。当時のルビ文化と同じで、私はそこに積極的な意義を認めます。
 日本語訳がそれこそ漢文訓読調(文語文)で面白いですね。このシーンは会話ですのでまだ分かり易い。ほかのところではまず日本語が難しくて生徒たちは面食らってましたよ。時々「意訳」が載ってるんですけど、それでもまだ難しい。我々は、英語を漢文訓読調に訳したものの意訳をさらに現代語訳しなくてはならないわけです。面白いですねえ。
 そして、なんといっても漢文の返り点のような漢数字の存在ですね。これは今の英語教育的観点からしますと、どうなんでしょうね。私はけっこう目からウロコでしたよ。漢文もそうなんですけど、とにかくこうして語順を日本語調にしながら解釈していくと、いつのまにか外国語の文法的構造がわかるようになるんですよね。遠回りのようですが、実は効率的な学習方法のような気もします。
 昔の人は、漢文や英語をこのようにしてとにかく多読して、そしていつのまにか白文でも理解できるようになっていったんでしょうね。発音はできなくとも意味がわかる、すなわちリーディングとライティングを先に完璧にして、そして必要があればスピーキングやリスニングに移行したんでしょう。今の外国語教育は逆のケースが多い。とにかく会話から入りたがる。もちろん、国際関係の状況が今と昔とでは全く違うわけですから、一概にどちらがいいとは言えませんけどね。でも、なんか私たちが忘れている大切な智恵がそこにあるような気もします。
Newwords あと、面白かったのは、新しい単語の学習の部分ですね。左の写真をクリックしてみてください。ご覧のように、新しい単語のスペリングが同時に発音記号になっているんです。いろいろな記号や異字体を使ってスペルと発音を有機的に関係づけて学習させてますね。この発想は私の中にはありませんでした。なるほどなあ、と思いました。もしかすると、ネイティヴの感覚に近いのかもしれませんね。無意識的でしょうけれど、つづりと発音の関係はこのように把握されているのかもしれない。これは学校教育の現場で復活させてもいいのでは。
 途中、国語教師に対するアドバイスも載っています。英語と国語、今よりももっと上手に連携していたみたいですね。なるほど。
Sanjutu この本のほかに、数学(算術)のテキストもありました。「受験問答叢書 新撰算術問答」という本です。これもなかなか興味深い内容でした。「算術とは何か」「数とは何か」というところからスタートして、四則計算、小数、分数、比例、歩合、利率といった内容に進んでいきます。最後には当時の高等学校や師範学校、陸軍士官学校や海軍兵学校の入試問題が載っていまして、それを見ますと、今の数学の試験とは違って、生活に根ざしたより実用的な問題が課されているのがわかります。今の数学はずいぶんと抽象的な世界になっているんだなあと思いました。それがいいのか悪いのか、なんとも言えません。
Oshibana さて、この算術のテキストを繰っていたら、とっても素敵なものを見つけました。押し花です。きっと若かりしひいおじいちゃんが、勉強の合間に野の花を摘んできて、なんからの気持ちをこめて押し花にしたものでしょう。なんかジーンとしちゃいました。明治のロマンですね。今の若い男で、こういうシャレたことする人いませんよね。私はそこに本当の「日本男児らしさ」を感じましたね。おそらくこの名もない花、百年ぶりくらいに陽の光を浴びたのではないでしょうか。美しいなあ。豊かだなあ。ちょっとうらやましくも思いました。

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2008.04.26

『哲学の東北』 中沢新一 (青土社)

Tohoku 沢新一さんも、私と同じモノを東北に感じているんですね。やはり何かあるんです。あそこには。
 「東北の哲学」でなくて「哲学の東北」。これもよくわかります。艮ですよ。鬼門。出口王仁三郎も言います。日本は世界の艮(東北)だと。そこになにかが幽閉されている。それは…。
 私もどういうわけか東北に惹かれていました。若い時にも何回か足を運んでいます。そこには啄木や賢治寺山太宰がいました。彼らの言葉を通じて知った東北はなぜか我々都会人よりずっとオシャレでした。この本でいうアヴァンギャルドというヤツでしょう。
 しかし、矛盾も深く感じていました。彼の記した言葉と、実際に東北の人たちが語る言葉、あるいは村々に記された言葉とのとんでもない(!)乖離。いったい何が起きているのだ。
 その後、棟方志功や土方巽に出会い、そして縁あって東北の女を嫁にして、そうして違った意味で東北に通うようになってようやく分かりました。ああ、ここは「モノ」の国だと。「コト」の国ではない。懐かしい物の怪の国だ。
 「モノ」の国だからこそ、そこに現れる「コト」はみんなウソくさい。ウソであることをはばからない。それがエロティシズムであり、フィクションであり、ユーモアであり、いかがわしさであり。まるで人間の活動が全て見世物であるように輝いている。
 賢治や啄木や太宰や寺山や土方の言葉が特別なのは、そうか、単に外国語だからだ。カミさんはそれをいとも簡単に私に教えてくれました。なんだ、それだけのことか。あれは全部ウソだから輝いていたのか。だからタモリの寺山はあまりにそれらしくて面白いのか。
 この本でも、そうした言葉の問題が取り上げられています。東北があいさつとことわざの世界だというには大賛成です。あいさつしかない。それはよくわかります。私なんか東北にいるとしゃべりすぎてしまいます。彼らがしゃべる時は、それはフィクションとしての作品を生む時です。そうそう、あの時の皆さんの武勇伝大会は面白かったなあ。どこまでが本当かわからない、本当の物語を聞いたような気がしましたっけ。
1 中沢さんと対談者たちは言います。異質の「もの」どうしが結びつくエロティックな力。それはロゴスでもコスモスでもない。贈与の力。イマジネールからリアルへ。客観の方へ。物の方へ。コミュニケーションとしての言語ではない。モノとしての言語。嘘こそが存在の様式。
 唯物論的な物言いはあんまり好きではないのですが、しかし、やはり「モノ」がベースであるような気がするのです。「コト」は我々の意識であり、だからこそ存在はフィクションであると。「モノ」という大地に咲く「コト」という花だから美しい。本書にもありましたが、まさに仏教を象徴する蓮の華ですよね。
 土方巽のよき理解者であり、よき継承者であり、よき体現者である森繁哉さんとの対談が刺激的でした。「物」と一体化するんではなく、「物」は他者のままにしておかねばならないと。接続はするけれども一体化はしない。できない。私たちの肉体からしてそうだと。舞踏の基本姿勢ですね。
 思い通りにならないことの素晴らしさでしょうね。あっそうか。「ものにする」という言葉、あるいは「ものになる」という言葉、なんとなく自分の「モノ・コト論」とは矛盾しているような気がしていたんですが、そんなことなかったんだ。一体化ではなく、あくまでも外部の他者と接続するという意味なんだ。そうすると「仕事は体で覚えるな」「習熟するな」という言葉の意味もよくわかるというものです。
 やはり東北(艮)には、近代が忌み嫌った「モノ」が幽閉されていました。だから懐かしく恐ろしいのですね。大物忌神社はその総本宮なんですね。私の後半生は間違いなく「東北」とともにあるでしょう。東北というブラックホールに吸い取られて良かったなあ。
 
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2008.04.24

『オタクはすでに死んでいる』 岡田斗司夫 (新潮新書)

10610258 なたは(オレたちは)頑張った。よくやった。安らかに眠れ。オタキングによるオタクへの追悼文です。
 独自の(無手勝流な)オタク論を展開しているワタクシとしては、あるいは、オタクになりきれずコンプレックスを抱いているワタクシとしては、なんだかこのライト評論もまた、オタク的だなあ、感傷的にすぎるよ、と思われました。しかし、そして、そこが実に面白かった。
 つまり、私は岡田センセイの説にいちいち賛同はしたけれども、共感のようなものはなかったのです。なんというかなあ、オタクの一つの属性としてですねえ、私は「ナルシシズム」というのを重要視しているんですよ。自己愛ですね。
 世界の歴史を見てもよくわかります。被差別集団や少数民族、迫害された宗徒に見える矜持や一体感は、これは物語的ナルシシズムに基づくものです。いつかも書いた通り、物語は欠落の上に成り立ちますから、やはりそういう意味では彼らは社会的に何かが欠落していたんですね。
 ところが、その欠落部分にここのところ恐ろしい量の価値が注入されてしまったんです。それは社会的(さらには国際的)認知であったり、文化的評価であったり、経済的価値であったり。そうなると物語は醸成されません。つまり、ナルシシズムさえ生まれなくなってしまった。
 ナルシシズムって自信の表現ではないんですよね。逆です。たいがいコンプレックスの裏返しなんです。
 そういう物語的ナルシシズムという基盤が喪失して、それである社会や国家や集団や個人や文化の勢いがなくなっていくというのは、本当に普通なことですね。そうして新しいナルシシズムが台頭してゆき、いつのまにか、かつてのそれは前時代の遺産になっていく。あるものは忘れられ、あるものは伝統文化として研究対象になっていく。
 ですから、岡田センセイが盛んに「昭和は死んだ。だからオタクは死んだ」と言っても、それはそうだよ、としか言いようがないわけです。それはあまりに自明なことで、あるいはどちらかというとセンチメンタルになるよりも、めでたがるべきものだと思うんです。
 それはですねえ、岡田センセイがダイエットに成功して、見事にオシャレになっちゃったのと同じことですよ。デブというコンプレックスが生み続けた濃厚なナルシシズムは死に、新たにオシャレなナルシシズムが彼に棲みついたってことです。めでたいですよね…いや、たしかにちょっとさみしいかもしれない(笑)。
 私はこのブログに書き散らしているように、オタク文化とは平安時代(あるいはそれ以前の)貴族文化、国風文化の系統だと思っているんですね。そのへんは岡田センセイの説とも重なる部分が多い。そうそう、そう言えばセンセイ、昔、私の萌え論に賛同しかけたけど、結局ピンと来なかったようですね。この本でも岡田センセイは「萌えがわからん」と何度も言ってます。たぶん、旧ナルシシズムの亡霊が理解を妨げてるんでしょう(笑)。
 私は「萌え」は本当によくわかるんですよ。それはこちらに書いたとおりです。全然新しい価値観でも言葉でもない。歴史の中で時々言語化される普遍的な感情なんですよね。私はオタクではない(と自他ともに認めます)のに、「萌え」はあるんです。だからもちろん岡田センセイの言うとおり、「萌え」=オタクだとは思いません。
 で、平安から鎌倉、戦国時代への流れや、江戸から明治、昭和への流れを見ると分かるように、国風文化の爛熟と腐敗が進みますと、次に民衆宗教が流行るんですよ。で、そのうちになぜか戦争が始まる。だから、今ちょっと危険な時期に入ったんだと思いますよ、日本は。その点はちょっと憂慮します。今ふたたび宗教ブームですよ。
 オタク的(貴族的)文化って、どうしても妄想系ですので、宗教と結びつきやすいんですよねえ。疑似科学や超能力や妙な神仏が跋扈しがちです。岡田センセイの言うオタクの共同幻想、それはとっても平和的なものなんです。で、その次に来る共同幻想はちょっと危険。今そういうところに我々はいるわけです。
 いつもの繰り返しになりますけれど、また書きます。
 我々は時間を微分し、対象を分析し、疑似的な永遠性を求めて、そこに耽溺したがります。「コト化」の欲求です。「萌え=をかし(こちらに招きたい)」の感情です。それを反社会的になってまで徹底するのがオタクの人たちです。それはたしかに修行に似ています。そして、それを続けているとある時むなしさにとらわれ、「もののあはれ」を感じるようになる。「コト」の極めて「モノ」の本質を知る。本当に「物心がつく」わけです。
 そうしたら、宗教家になって瞑想するか、戦争でも起こして自ら築いた「コト」的文明を破壊するしかないんですね。悟るか自傷行為(あるいは自死行為)に走るしかない。私は痛いの嫌いなので瞑想したいんです。世の中は瞑想なんて退屈なんで戦争の方に行っちゃうんですけどね。
 話が前後しますが、修行僧のようなオタクがいなくなったのは、これはもちろんオタクの一般化、大衆化のおかげです。簡単に「をく(招く)」ことができるようになってしまった。メディアの発達と同時に商品としてのコピーが増殖しちゃったわけです。だから、当然それぞれの価値は下がりますし、求道者も求道しようにもできなくなってしまいます。そこに必ず昔は良かった的な反勢力も登場しますけど、まあ世の流れは止められませんね。鎌倉仏教なんか見るとよくわかります。大衆は楽な方に進みますから。
 そうすると、岡田センセイみたいなちょっとセンチメンタルな諦め派も現れる。一方、日蓮みたいな過激な人も現れたりするかもしれません。これから、日本の文化…というか、日本人の精神はどうなっていくんでしょうね。
 ということで、なんだか話が壮大になってしまいましたね。でも、私は本気でそんなことを考えてるんですよ。馬鹿みたいでしょう。
 さてさて、最後にもっと現実的なお話。
 今日は新入生歓迎球技大会というイベントの第1日目でした。ヲタ率70%、スポーツマン率30%の我が校としては、多くの生徒にとって辛いイベントです(笑)。一部の活発な非ヲタの先輩が大活躍して、新入生の女子をかっさらっていってしまう大会です(笑)。4月にしてすでにヲタは負け組…orz。
 だから、私は常に言ってるんです。新入生歓迎コミケとか、新入生歓迎ギャルゲー大会とかやれよって(笑)。たまにはスポーツマンに肩身の狭い思いをさせたいなあ。

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2008.04.23

『図解<出口式>論理力ノート』 出口汪 (PHP研究所)

56965625 日はある意味での出口王仁三郎の後継者を紹介しました。今日はまさに正統的な後継者の本です。これは素晴らしい。今、カミさんが「痛快!」と言いながら読んでます(というか図を見ています)。自分も含めて世の奥様方に読んで(見て)いただきたい、と申しております。賛成です(笑)。
 それにしても、まったく不思議なものですね。職場では出口汪さんの「論理エンジン」を教材にしていますし、汪さんのいとこである出口光さんの天命本に癒され励まされ、汪さんのお父さん出口和明さんの残した名著「大地の母」に興奮しつつ難渋し(膨大な量なので)、そして和明さんのおじいちゃんである王仁三郎の耀盌を毎日拝する…。はたから見ますと、私が出口教の信者に見えることでしょう。まあ、私は彼らの生徒みたいなものですよ。学ぶことがたくさんあります。「モノ」と「コト」の総合された、その先の世界を学べるんですね。
 私の「モノ・コト論」を読んでおられる方には、論理とはまさに「コト」であり、私はどちらかというとそれを否定し、「モノ」の復権を目指しているように感じられるでしょう。
 汪さんはその「論理」を身につけることを強くすすめます。「コト」の権化である「言葉」を正しく使うことこそ大切だと説きます。それだけ見ますと、私とは意見が真っ向から衝突しているように感じられるでしょう。なのになぜ私は彼に共感するのか。
 彼のすごいところは、「論理=言葉=コト」を武器に受験やビジネスのリングで勝つことだけを目指しているのではないというところです。
 彼はこの本の冒頭でこう述べています。
 「論理は他者意識から生まれる」「恋愛によって他者の存在を知り、受験によって自立の覚悟ができる」「論理に習熟した人間は、やがて論理など意識しなくなる」「真の国際語は論理である」
 つまり、彼の目指すところは、もっと先の「モノ」なんです。「コト」を通過したのちの「モノ」世界。それはなんなのか。あるいは悟りというものなのかもしれませんね。あるいはデカルト的に言うところの、分析の先の総合、知性の先の理性という世界なのかもしれません。あるいは不立文字の境地かもしれない。言語の集合体でありながら、言語以前の言語に帰っている、王仁三郎の「霊界物語」の世界かもしれない。
 いずれにしても、そこには調和や協調、人間の脳ミソのレベルを超えたところの(一見無秩序、渾沌に見える)秩序世界、ミクロとマクロの統合したような世界が開けているような気がします。あのペレリマンがポアンカレ予想の証明の先に見た「モノ」。彼がこの社会から姿をくらまし、全く語らなくなったというのは象徴的です。
 彼らとは実際レベルが違いすぎるんですけれど、実は私もそんなところを目指しているんです。こうして毎日書き散らしているうちに、何か全体像のようなものが立ち上がってくることを期待してるんです。もちろんなかなかそうは行かないわけですが。
 やっぱり、コトはモノの一部なんだと思います(反対のことを言っている有名な方もいますけど)。論理の習得や、いわゆる勉強や、修行という「コト」が結局前提になってるんですね。人間が、目指すべきところに到達するためには、どうしても通過しなければならないコトがあるわけです。
 今、カミさんが娘を叱ってました。「無理!」とか「意味不明!」とか言うなって。まったくです。最近、小学校ではみんなそう言うらしい。高校生ももちろんそうです。すぐに「無理!」「意味わかんね!」って言う。口癖になってるんです。
 で、汪さんも書いてますが、そういう言葉を使っているとそういう脳ミソになってしまう。そういう人間になってしまう。そうすると、「超やべえ」とか「ムカツク」とか「キモい」とか、そんなことしか言えなくなっちゃうんですね。まさにそこには自分の感覚というものしかありません。他者意識や思いやりや譲歩や尊敬なんてものはありませんね。
 それって原始人ですよねえ。言語以前の言語(笑)。我々は人間界から畜生界に行こうとしているのかもしれませんね。論理(コト)を使いこなせるのが人間なんでしょう。そして、その先の世界こそが天界なのかもしれません。できれば私はそっちを目指したいし、生徒や子どもたちにもそっちを見てもらいたいですね。その第一歩として、この本は素晴らしい導入になると思いますよ。

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2008.04.22

デヴィッド・ヘルフゴット ピアノ小品集(深見東州作曲)

Isbn4886926134 チにあるレアCDの中でもかなりのツワモノですなあ。たぶん当時コスモメイト(現ワールドメイト)の信者だった友人にもらったのだと思います。
 当時というのは今から10年くらい前のことです。97年でしょうか。映画「シャイン」が大ヒットし、そのモデルとなった不遇の(奇跡の)ピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴットが脚光を浴びていた時です。私もこの映画で彼のことを初めて知り、彼のラフマニノフか何かを聴いて、それなりの感銘を受けた記憶があります。
 で、突然私のところにやってきたこのCDは、彼の得意とするラフマニノフでもショパンでもなく、なんと深見東州の作品集だったのです。な、なに?!
 ヘルフゴット人気にあやかった深見氏らしい便乗商法(失礼)かと思いきや、なんとヘルフゴットは世に知られる前から深見氏との交流があったとのこと。91年には来日してライブ・ビデオを残しているらしい。
 今思えば、奥さんが占星術師ですし、なにかと深見氏との縁があるパースにお住まいということですので、そういう接点があったのでしょう。もちろん、ヘルフゴット自身の精神疾患や独特の感性が、深見氏の宗教性とどこかでかみ合ったのでしょうね。まあ、それはいいでしょう。
 さて、さて、その興味深い内容でありますが、ええと、私のような凡人には、なぜヘルフゴットが深見氏の曲をラフマニノフやショパンのそれ以上に愛しているのか、ちょっと理解不能なところがあります。いや、もちろんこれは一般的な社会における音楽の常識という狭い世界観の中での話であって、あっちの世界ではどうなのか私は知りませんよ。
 まだまだ私は修行が足りないのか、深見氏の音楽はたしかに純粋で子どもの音楽のようには感じますが、ヘルフゴットのように涙が止まらなくなるということはありませんでした(笑)。
Image02 それにしてもあらためて深見東州という人はとんでもない人ですね。それこそ一般的なこの世では「トンデモ」に属してしまうことでしょう。ご存知の方も多いとは思いますが、彼自身も自らを現代の出口王仁三郎だとお考えのようでして、たしかにその妙ちくりんな宗教活動のみならず、芸術活動の幅の広さは尋常ではありません。王仁三郎ファンの私としては、まあたしかに似ている部分もあるとは思うんですが、それで感心する以前に笑ってしまうのはなんでなんでしょう。そういう笑い自体も彼ら二人に共通している部分なんですけどね。
 久々に深見東州関係のホームページを見て、それこそ大笑いしてしまいました。面白い人ですなあ。皆さんもどうぞ。いちおう神道系の宗教団体の教祖さんですので、その点承知の上ご覧下さい。
 しっかし、大作ちゃんもそうですけど、教祖さんたちってなんでみんな称号コレクターなんでしょうね。やっぱり私がここに書いたように、宗教ってオタク的活動なんでしょうか。

深見東州 芸術・音楽活動の歴史
戸渡阿見 公式サイト

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2008.04.20

『木喰展−庶民の信仰・微笑仏』(山梨県立博物館)

Mokujikiten 梨県立博物館で開かれている「木喰展」に行ってまいりました。ここ数日の悲しみに沈んだ心が、少し救われたような気がします。そんなことからも、信仰の本質というものがなんなのか、知ることができたのかもしれません。
 昨年「木喰仏の笑み」という記事を書きまして、ぜひとも実際にあの笑顔にお会いしたいと願っておりました。それが、春爛漫の美しい御坂の、私の大好きな山梨県立博物館で実現しました。
 それぞれの「場」の風土と時間と心を吸収し、木喰さんのふるさとに帰って来たとも言える、100体に及ぼうかという仏像たち。大変に素晴らしい展覧会であり、そして私にとっては巡礼となりました。
 「場」には時間が堆積する…昨日もそのようなことを書きました。そういう意味では、こうして本来「場」にあるべき仏像群が一所に会するというのは、正しいあり方ではないのでは、とも思いながら博物館に向かったのですが、それを超える「モノ」がそこに存在しました。
 つまり、「モノ」に「場」が浸透しているということなのでしょう。「場」には時間が堆積しているわけですから、すなわち「モノ」には時間がしみ込んでいるということですね。人間もまた「モノ」ですから、それと同じ現象が起きるわけですけれど、しかし人間の一生は短いし、妙な意思というものまであるので、自分から「場」の記憶を拒否したり、それをあえて忘却したりします。
2208 その点、こうした物たちは、素直に時間を経過させますね。「場」に集う人々の心までも全て吸収し、風雪に耐え、場合によっては自らを削り与えることによってそれを為してそこにある。
 そんな物の偉さを感じました。しかもみんな笑ってそれをこなしている。なんと美しいのでしょうか。人間はつまらぬ顔をしてそれを怠っている。恥ずかしいことだと思いました。
 今日は、博物館のお隣の施設で、ちょうど記念講演がありまして、木喰研究家として著名な小島梯次さんのお話を聞くことができました。たいへん興味深いお話で、今まで知らなかった木喰像に触れることができました。講演の前に一度展覧会を観たのですが、お話を聞いてもう一度観たくなり、再び入館してじっくり拝見(こういう時パスポートを持っていると得ですね)。やはり同じ像や書画が違って見えました。これこそ、小島さんのお話によって縁起した自分が見た新しい木喰の作品なのでしょう。そして、その感動もまた、あの物たちに吸収されていくのでしょうね。
9708 さて、ここからはあえて表現として、あるいは造形としての木喰作品について書きたいと思います。信仰とは違った視点です。
 昨日の田中泯さんの舞踏では、「前衛は古典」と感じましたが、木喰さんの表現はその逆「古典は前衛」でしたね。ものすごく新しく感じました。
 庶民信仰の象徴的存在ということで言えば、身近なアイドル(偶像)とも言えるわけでして、たしかにキャラクターデザインとして見ますと(失礼)、いわゆる「カワイイ」とも言えます。実際、その曲面(曲線)を中心にした全体的なデザインと、そして時々対照的に配される直線、あるいは全体的なプロポーションや顔の表現におけるデフォルメは、それこそアニメキャラのようでもあります。神像などほとんど「ビックリマン」の世界そのものだと思ってしまいました。
 いや、アニメキャラ(すなわち日本的デザイン)のルーツは実は木喰さんたちにあったのでは。そんなことすら思ってしまうほどある意味斬新でしたね。
 親しみやすさや慈悲という表現が、そうした主に子どもを対象にした現代大衆作品には非常に重要なわけですが、木喰仏にはそれが見事に備わってる。特にお薬師さんや子安地蔵さんには、その要素が強く現れているように思われました。
 体に比して顔が大きめであり、目鼻口にはある種の記号化がなされています。また、首を少し前に出して猫背になって、まるでこちらの話に一生懸命に耳を傾けているような姿には、それこそこちらが子どもに帰ったような気さえするのでした。それにしても、多くの子安地蔵がマリア像のように感じられたのは、これは偶然ではないように思いましたね。九州にも長くいらした方ですし、宗派にこだわらなかった方ですので、あるいは…。
1908 さて、もう一つデザインとして衝撃的だったのは、木喰さんの書画でした。特に利剣名号などに見られるフォントのデザインにはショックを受けました。木像群とは明らかに違う表現です。そのコントラストもあってか、鳥肌が立ちまくり。利剣名号は他にも見たことがありましたが、これは抜群のデザインセンスですよ。すごい。かっこいい。煩悩を断ち切り続ける鋭利な現代性。
 それにしても、木喰さんのバイタリティーは素晴らしいですね。小島さんもさかんに強調していましたが、80歳、90歳過ぎてからのさらなるパワーアップはすごい。本人は600歳まで生きる予定だったようです。歳とともに「願」が増えていくというのもいいですね。「願」というのは願望や欲望ではありません。自らの生の目的です。それも利他を基礎にしている。私もそのように歳をとりたいですね。木食行しようかな。そして廻国。
2021 ああ、そうだ。最後に気になったこと一つ。書画に多く「禁常皇帝」と書かれている(上の写真では珍しく今上ですが)、あれはどういう意味を込めていたのでしょう。「今上皇帝」は、たとえば円空などもたくさん今上皇帝像を彫ったりしてますから、まあ当時としてはメジャーなアイドルだったわけですが、「禁常」という当て字は珍しいのではないでしょうか。その真意を知りたいところです。
 あとなあ、木喰が残した和歌についても書きたいところですが、長くなりますので、またいつか。

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2008.04.10

『兵士たちが記録した 南京大虐殺』 (NNNドキュメント'08)

Nankin1 ダライ・ラマが来日。チベットでの暴動、北京五輪について記者会見しました。その様子を見て、日曜深夜に録画したこの番組をようやく観る気になりました。
 いろいろな意味で辛かった。殺された捕虜、殺した兵士、軍、国家、陣中日記を収集する小野さん、この番組を作ったスタッフ、放送した放送局、観ている私たち、ネット上で繰り広げられる無責任な議論、まじめに向き合おうとしている研究者、頑なに口を閉ざす元兵士…みんな辛いじゃないですか。
 南京大虐殺に関しては、いろいろと議論の分かれるところであり、私はその研究家でもないし、あまりに知識も不足しています。ですから、あったなかった、5万だ30万だとか、誰の責任だとか、そんなことは声高には言えません。ぼんやりしたイメージのようなものはあったとしても、それを言う必要も責任もありません。
 こういうことを言ってしまうといろいろな方面から怒られるかもしれませんけれど、やはり私は語れないものを語ろうとすることの危険性の方が気になります。語れないことを「モノガタリ」してしまうと、そこにはどうしても「自分」が強く表れてしまい、結果として原理主義的になってしまうからです。
 この番組への意見や感想も、予想通り真っ二つに分かれているようです。だからこそ、この問題は放送界ではタブー視されてきたんでしょうね。まあそういう意味ではこのドキュメントをよくぞ放映したなとも思います。
Nankin2 しかし、ここで描かれた南京での出来事は、あくまでも陣中日記やテレビ番組として「語られた」ものであり、もちろん本当の出来事の一部でしかありません。物語やメディアの本質はそういうところにあるのだということをしっかり把握してかからないと、つい自分の口からも妙な「語り(騙り)」が始まってしまいます。それがどんどん伝播して増殖して、そうしてあの戦争も起きたんでしょう。そこのところをしっかり意識して臨まねばなりません。
 そうすると結局何も言えなくなってしまうんです。で、何も言わないと「忘れてしまう」。忘れてしまうとまた愚行を繰りかえす可能性も増える。それはいかんと、たとえば我が教育界でもそう叫ぶ先生がたくさんいるわけです。
 そう、結局、語っても語らなくても、それが極端になれば同じような結果を生むんですよ。私はそれが昔からイヤでたまらないんですね。だから、そういう世間の流れの中には、どちらにしても身を投じることができなかった。どこにいても安心できないし、燃えもしない。そんな自分も辛かった。
 う〜ん、今もこうして書いていることが辛い。結論なんて出やしないんですから。でも、知りたい自分もいるし、知ってもらいたい自分もいるし、知りたくない自分もいるし、知ってほしくない自分もいる。そして、誰かと議論になればその時だけは熱くなる自分もいるし、でもそんな時も相手によって自分の言っていることはコロコロ変っているし。
Nankin3 結局、こういう無責任で自己中心的な人間個人の集合体としての「人間」が悪いんでしょう。罪を憎んで人を憎まず、なんていうのは最も無責任な非人道的な物言いです。でも、そう言ってしまって終わりにしてしまうのが「人間」であり、また、そう言ってでも終わりにしてしまいたいと思うのも「人間」であり、そういう逃げ道を作っておいて再び馬鹿なことをしてしまうのもまた「人間」なのでありました。
 そんなふうに考えてくると、最終的には口をつぐんだ兵士たちが一番正しいような気もします。知っていながら、語れないから語らない、というのが人間として正しいあり方なのかもしれませんね。
 ですから、私もこれ以上語りません。

 (この番組について)知りたいという方は、一部ですがYouTubeにアップされていますのでご覧下さい。あくまでほんの一部のごく一部なわけですが…。

YouTubeで観る

Amazon 南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち―第十三師団山田支隊兵士の陣中日記

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2008.04.05

徐福祠(富士古代王朝政庁跡)

富士吉田市明見にある徐福祠
Jofuku
 今日は東京から友人が来まして、ひたすらマニアックな話をしました。古武道、プロレス、出口王仁三郎、グルジェフ、土方巽、宮下文書…夜は近所の方々も多数いらして飲み会になったんですけど、正直皆さんには私たち二人の会話はさっぱりわからなかったでしょう。かなり妖しい会話でした(笑)。
 でも、私としては非常に勉強になりまして、特に「場」の持つ力について対話は面白かったですね。「場」というか「場所」というか「トポス」というか。その方は地図の専門家なんですけど、地図に表せない「場力」とでもいいましょうかね、そういうものがあるという話です。あと、地図は言語以前の言語であるという話もありましたね。あとは酔っぱらって忘れちゃいました(笑)。
 で、飲み始める前に彼をある「場」に案内しました。それが、富士王朝の政庁跡であります…と、いきなりまた怪しすぎですね。まあ、とにかく当地には宮下文書(富士古文献)という謎の(トンデモな)古文書がありまして、それによると…これ以上書くとまた皆さんついてこれなくなっちゃいますから、やめときます。知りたい方はウチまで来てください。ああ、もう眠くて死にそうです。おやすみなさい。たまにはこんな記事もいいでしょう…。

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2008.03.29

『鎌鼬』 巡礼の旅 その2 (高橋市之助さん宅訪問)

080329 昨日の奇跡的な米山家訪問に続きまして、今日は『鎌鼬』の重要な被写体の一人であり「鎌鼬の里」の代表的人物である高橋市之助さんのお宅を訪問することができました。まずは市之助さんご夫妻に心からお礼申し上げます。
 以前書きましたように、「鎌鼬」の多くの写真が、私の義母の実家の前の田や道で撮影されたものでした。そんな、私にとっての衝撃的な事実を知ってからは、この写真集の(土方巽に対する)もう一方の主人公たち、すなわち撮影地である羽後町田代の皆さん…その純朴な笑顔たちは今や世界的に有名だと思います…にお会いしていろいろとお話を聞きたいと思っていました。それが今日実現したのです。
 なにしろ家内のお母さんの実家付近の出来事ですからね、家内のお母さんはこの写真集を見るや、この人は○○さん、この人は○○さんのお嫁さん、この子は○○さんの娘…なんていう具合に名前がほとんど言えちゃう(!)。義父も当時田代の農協にお勤めでしたので、ほとんどが見知った人たち。やはり名前やその後のことまでどんどん語っていきます。もう、その時点で私は「あららら…」という感じだったんですね。
 今まで芸術作品として、それも世界に誇る最高傑作として認識していた物が、突然生活感を帯びるわけでして、最初はなんとなく拍子抜けというか、頭の中でうまく処理しきれないというか、そんな感じだったんですね。そして、さらに実際の登場人物にお会いするわけでして…もう、正直何が何だかわかりません。昨日は昨日だし。人生何が起きるかわからない。冷静になれ、自分。
 今日の訪問にあたっても、多くの人たちとのご縁に感謝しなければなりませんね。特に今回直接仲介役をしてくれた家内の祖母。祖母は何しろ、この写真集に登場している、あの土方神輿(?)の写真で傘をさしている女性と、お隣同士の茶飲み友達なわけですから…。そして、そのお隣のおばあちゃんの旦那さんが、高橋市之助さんだというわけです。
Kamaitachi21 市之助さん、この写真では左から2番目で笑っている方です。奥さんは子どもの足もとで笑っておられる。
 まずは、家内の母方の実家に車をとめ、ひと通り挨拶をいたしまして、さあ祖母を伴って私と家内、市之助さん宅を訪問です。私は初対面、家内も本当に久しぶりということで、最初は緊張気味でしたが、なにしろ、明るく機知に富む祖母のおかげでいろいろと話がスムーズに進みます。ありがたや。ありがたや。
 91歳になられた市之助さん、足腰は弱ったとおっしゃっていましたが、しかし、大変に肌のつやや血色もよくお元気な様子。この前「鎌鼬」のカメラマン細江英公さんとお会いした時、「市之助さんは元気かなあ」と心配されておりましたので、さっそくお伝えせねば。
 逆に細江さんからのメッセージを市之助さんに伝え、そこからいろいろと話が弾み始めました。市之助さんは記憶も非常に確かで、まさに鎌鼬のごとくゲリラ的にやってきた土方と細江さんのこと、それを迎え入れた村人たちの様子、あるいは後日譚など、本当に詳しくいろいろとお話しくださいました。実際に写真集を観ながらの解説もまじえて、ずいぶんと長い時間おつきあいくださり、本当に感激です。
 今まで知らなかったこともたくさんあり勉強になりました。しかし、やはり実際にその「場所」に立ち、その「人」たちの生きた言葉を聞くということは、本当に大きな意味のあることだと実感したのが一番大きい。
 最初に芸術と生活のようなことを述べましたが、市之助さんのお話を聞き終わって、私は一つの大切なことに気づいたんです。当たり前なのに、ついつい忘れてしまいがちなこと、あるいはついつい意識的に分離してしまうことです。
 それはまさに「芸術」といわれるモノと、「生活」というモノとの関係です。これは実は切っても切り離せない関係にあるはずです。当たり前と言えば当たり前ですが、生活なくして芸術は生まれませんし、実は芸術なくして生活はないのです。特に、市之助さんのような一種信仰的な生活をされている方の、その生活はほとんど芸術と一体のようなものです。何かを「信じる」ことによって、そこからもたらされる恵み。表現という「コト」から生まれる、生命力あふれる「モノ」という意味では、芸術も信仰的生活も全く同じです。
 かの出口王仁三郎は「宗教は芸術の母」ではなく「芸術は宗教の母」と言いました。もちろん、ここで言う「芸術」も「宗教」も私たちの日常的スケールをはみ出したもののことを言っているんですが、もう少し身近なところで考えてみれば、「芸術は生活の母」とも言えるような気がします。もちろん生活があっての芸術という一面もありますから、やはり両者は共依存の関係にあるのではないでしょうか。
 例えば「カネ」に対する信仰なんていう次元ではなく、農作業を通じて自然への畏怖や敬意を抱きながら、しかし結局自然を信じ祈り働くという、そういう健全な「生活」をするところに、自ずと「芸術」は生まれるのかもしれませんし、逆に「芸術」を解する心が、すなわち単なる経済的損得に陥らない正しい「生活」を生むのかもしれません。
080329y 土方巽と細江さんと市之助さんら農民たちの奇跡的な出会いは、機会としては奇跡的だったかもしれませんが、その不思議な縁が生み出した「鎌鼬」という芸術は、やはり生まれるべくして生まれたのだな、と今回の訪問で痛感したしだいです。
 本当にお話を聞くことができて幸せでした。市之助さんらの生活を知ることによって、さらに「鎌鼬」という作品の本質が分かったような気がしました。ありがとうございました。
 私はそんな感慨をもって、雪の降る「鎌鼬の里」田代をあとにしたのでした。

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2008.03.24

シック クアトロ4(Schick Quattro4)

Mens_sys_06_midnight02 今日は剃髪の日。いちおう禅宗の習慣に従いまして、「四」と「九」のつく日に剃ってます。5日に1回っていうことですね。これはたしかにちょうどいいサイクルです。ツルツルに剃っても、そうですねえ、4日目くらいにちょっと伸びたなあ、剃りたいなあと思うものです。ヒゲをイメージしていただければいいんじゃないでしょうか。頭の毛もヒゲと同じくらいの伸び方ですね。
 禅宗では剃髪の日を「四九日」と言うそうで、ある有名な禅僧の方はお戯れに「シック(Schick)の日」と言っておられました。もともとなぜ4と9なのかよく知りませんが(「死」と「苦」を剃るのかな)、たしかに1と6でも2と7でも3と8でもだめですよね。1のつく日だと10日〜19日も含まれちゃいますよね。2や3も同様。
 最近は当地方もようやく暖くなってきましたので剃ると気持ちいいんですけど、冬場はホント寒いんですよ。修行ですね。インドでは本来剃髪というのは刑罰だったようです。たしかに真冬のスキンヘッドは刑罰ですよ。頭の毛ってホント1ミリでもあるとあったかいんですよね。頭の毛の有難みがよくわかります。
 昨日の話、「大事なものはとっておくべきか」にも関しますが、そういう大事な髪の毛というものを捨てるというところが、つまり仏教における解脱への第一歩なのでしょう。こだわりや執着を捨てることの象徴…なのかな。お坊さんではない私は、どちらかというと逆にファッション感覚なんですが。ある意味余計な我執が生まれているのかも。
 さて、剃髪にあたって、わたしはどのような方法をとっているかといいますと、お風呂に入ったついでにゾリゾリとひげ剃りで剃っちゃいます。誰かに剃ってもらうということなく、自分でゾリゾリやります。禅宗ではこれはダメなんですよね、たしか。お隣の人に剃ってもらうんだそうです。それが和合なのだとか。一人でやるのは不和合。
 昨年まではこちらのプロ用バリカンで頭を剃っていましたが、今年になってからは、もう面倒くさいのでひげ剃りに切り替えました。で、いろいろと試した結果、やっぱりシック(四九)が一番いい。それも4枚刃のやつ。これはいいですよ。深剃りできれいにツルツルになるし、石鹸なんかをつけなくても全然痛くない。一時安い2枚刃の製品(F社)のを使ってたんですが、これはひどかった。きちんと剃れないし、きちんと剃ろうとすると、皮膚まで剃れてしまい(痛)、もう血だらけだし、血が止まってもヒリヒリして枕に頭がつけない状態になるし、学校では生徒に爆笑されるし、ホント刑罰でした(笑)。
 ちょっと値段は張りますが、いいもので剃るのが一番ですね。ただ5日に一回ずつ大量のヒゲを剃るようなものなので、すぐに刃がダメになってしまいます。替え刃もそれなりのお値段なので、経済性はあんまりよくないかもしれません。もちろん、床屋さんに行くよりは安上がりだと思いますが。
 お寺さんでは、昔はいわゆる普通のカミソリで剃りっこしてたみたいですが、あれはホントに危険だったようです。パートナーが下手くそな人だと最悪だったとか。くやしいからやりかえしたらしい(笑)。あるお坊さんの体験談です。今では私のようにT字型のひげ剃りを使っているところが多いらしい。やっぱりシックなのかな。あっそうそう、映画ファンシイ・ダンスには電動ひげ剃りでウィ〜ンと剃るシーンがありましたっけ。
 と、まあ一般の人にはなんの参考にもならないおススメでした。

シック・ジャパン

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2008.03.19

『快楽なくして何が人生』 団鬼六 (幻冬舎新書)

34498010 読むべし。これは名著ですぞ。人生の課題図書。本当にものすごく勉強になりました。
 これはもう聖典の領域です。何事も極めると悟りの境地に至るんですね。全編通して徒然草が引用されているんですけど、この本自体がもう現代の徒然草になってますよ。
 兼好法師のみならず、あの高僧もあの高僧も、いや釈迦自身もある意味快楽を尽くした結果出家し、世の摂理を知るに至ったわけじゃないですか。私にはとうてい達することのできない境地ですね。
 本当に読みながらウンウンとうなずくこと数百回。しまいには切なくて涙が出てきました。まさに「もののあはれ」…思い通りにならないことに対する嘆息ですよ。快楽の裏に切なさあり。
 私は勉強不足でして、実は団鬼六先生の官能小説を一冊も読んでいないんです。なんでかと言われると難しいんですけど、そうですねえ、たぶんあの表紙とタイトルにひるんで、買う勇気がなかったんでしょう。
 もうその時点で私には悟りの可能性はないとも言えますね。この本に書かれている驚愕の、そして抱腹の、しかし実に切ない団先生の快楽的人生に比べたら、いかに自分がスケールの小さいつまらぬ人間であり、また私の過ごしている時間というものがなんと希薄であることか。
 この前の赤塚不二夫先生もある意味同様かもしれませんね。英雄色を好むと言えばそれまでだし、そう片づけることによって凡夫は一つの諦めを得るわけですけど、ちょっとそのあたりについては検討の余地がありそうです。
 実はここのところ、私の周りでも数件、色を好む英雄とそこに関わる女性の話が続いていたんですね。そこに共通する要素というのもはっきりあったりして、では自分はどうかななどと考えたりもしていました。まあその結論はナイショとしまして(笑)、やはりこちらにも書いたとおり、創造的な仕事をする男の基本はそういう部分にあるんではないでしょうか。
 こういうことはなかなか学校では教えられないことなんですけど、実は人生や世の中の基本であり、中心的な構造であり、ほとんどの人があからさまには表明しないがしかし本当は最も興味を持っていることなんですね。
 今日はまた実に不思議なご縁があって、太宰治にゆかりのある方とお話をする機会に恵まれました。いろいろな意味であまりに幸運なことでびっくりしてしまったんですが、ちょうどこの本を読んだあとでしたし、場所も場所だったので、太宰の斜陽にあるこの一節を思い出してしまいました。

『この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、 このごろ私にもわかつて来ました。あなたは、ご存じないでせう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教へてあげますわ、女がよい子を生むためです』

 うん、この女の言葉に象徴されているように、実は女がこの世の中を堂々と回していて、我々男はそれに乗っかってちょこまかちょこまか動いているだけとも言えるなあ。団鬼六先生のこの自叙伝でも、そういう女の魔性的な部分と、男の狭小な嫉妬心と未練が繰りかえされていましたよ。
 私のまわりの女性及び自分自身を観察してみましても、やっぱり女こそ「萌え=をかし」で生きていて、男の方が「もののあはれ」で生きているというのがわかりますね。男の坊さんが圧倒的に多いのもよくわかります。女は刹那的ですからねえ。あの変わり身の早さ、温度変化は、男には真似できません。女には悟りなんてどうでもいいんです。男はある意味悟りに逃げちゃうのかな。
 それにしても、団先生の人生はすごいなあ。今も人工透析を拒否し続けてるんでしょうか。「鬼の快楽教」の設立は実現しないんでしょうか。相模湖のW荘には今も行っているんでしょうか。こんな方が中学校の教師をやっておられたとは…なんと素晴らしいことか。生徒に自習させつつ教室で官能小説を書く先生…私もやってみようかな(笑)。そんな本人の実態を知らない、同僚であるまじめな英語の先生を嫁にもらってるし。あっそこはウチも一緒か。
 こういうスケールの大きな男が今絶滅しつつあるんじゃないですか?私思うんですよね。女はもともと生産力を持ってるんですよ。でも、女だけでは深化、進化はない。やっぱり彼女らの天性の強烈な生命力に太刀打ちできるくらいのパワーを持った男がたまに現れて、それでちょっとかき回してやらないと新しい世界は開けないんだと。天の沼矛でコオロコオロってやらんとね。
 快楽を得る者は、その裏にある切なさに耐え得る者である…そんな気がしました。はたして自分は…これはまだ分かりません。ある意味只今検証中とも言えます。まだ諦めてない…かな?

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2008.02.26

東京大学入試問題(国語)

Toudai1 昨日、今日と国立の二次試験が行なわれました。3年生のみんな、どうだったかなあ。私は担任する2年生のギャル8人と一緒に、先輩が受けに行っている東大の問題を早速やってみました。
 以前、「心より物の時代」という記事にも書いたように、とにかく東大の国語の問題というのは素晴らしいんですよ。解いてて楽しいし、感動すらしてしまうのであります。今年の問題もなかなかの良問でありました。
 2年生でも基本的に解けてしまいます。東大用の記述テクニックは教えてないので実際には正解とはなりませんが、何を書けばいいのかというのは分かります。
 で、今日も出題者の意図、出題者が何を書いてほしいのか、採点基準はどこにあるのかを読み取りながら一緒に解いてみました。それが楽しいんですよ。出題者との対話ができるかどうか。
 私もそれなりに模範解答を作りますが、面白いのはですね、各予備校の模範解答を比べることなんです。全然違うんですよ。問題を解いたあと、それを並べて比較するんです。そして、ツッコミを入れる。この問題ではこの予備校の答えは○点しか取れないなとか、焦って対話しきれてないなとか、こいつ落ちたなとか(笑)。それがとっても勉強になるんです。
 去年の今頃メイド服着て踊ってたキャピキャピギャルどもも、なんかなあ、こういう問題解いてこういう会話ができるようになったんだなあ、としみじみする瞬間です。あっ、そうだ、来月またメイド服着て踊るとか言ってたな。元副担任の結婚式で(!)。
 さて、それはいいとして、今年の現代文の問題ですけど、私が昨日書いたことと深く関連する内容でした。
 第一問は宇野邦一さんの「反歴史論」から。歴史と歴史学、記憶と記述などに関する内容。まあ、よく言われる、歴史は誰かの恣意的な切り取り作業の上にあるという話ですね。つまり、ワタクシ的に言うと「言語化」「コト化」されたものであるということで、実際にはそれ以外の茫漠たる「モノ」や妄想(神話など)が無限に広がっているのが本質なわけです。
 なのに人は「コト化」された歴史に縛られてしまうと。これは昨日書いた、言葉に人が縛られる(はじめに言葉ありき)と全く同じことですね。私たちはそこに安心を得ようともしますが、結果は不自由を招くことの方が多いような。
 第四問は竹内敏晴さんの『思想する「からだ」』からの出題。役者の感情表現についての随筆。これも基本的に同じ話だなあと思いました。「悲しい」とか「楽しい」とか、言語で「コト化」された感情を表現するのではダメだ、「からだ」の中を満たし溢れているなにか(モノ)を表現せねば、と。
 まさに言語(コトの葉)の功罪、特に罪のお話ですね。やっぱり東大でも「心より物の時代」なのかな。てか、最近の世の中のはやりなんでしょう。20世紀文化のカウンターってことで。だから私が言ってることも、まあ普通なことなんでしょうね。
 そうそう、第二問の古文、第三問の漢文も、ネタがかぶってましたっけ。両方とも「夢」がポイントになってました。夢に観音やら老人やらが出てきて予言したりするんです。こういうのを読みますと、ああ昔は「うつつ」と「ゆめ」が同等だったのかな、いやもしかすると夢の方が重視されてたのかな、なんて思われます。これも考えようによっては、「コト」と「モノ」の関係につながりますよね。
 21世紀はいよいよ「物語」の復権の時代なのかもしれませんね。そんなことを考えながらギャルどもとああでもない、こうでもないと言い合った一日でした。実は私の答にも、彼女たちけっこうダメ出ししたのでした(笑)。
 今年の東京大学の問題をお読み(お解き)になりたい方は、こちらからどうぞ。

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2008.02.22

『出口王仁三郎 "軍国日本"を震憾させた土俗の超能力者』長谷邦夫 フジオプロ (ダイヤモンド社 コミック 世紀の巨人)

Eru67 先日紹介した名著『漫画に愛を叫んだ男たち』を書いた、準トキワ荘メンバーであり、長く赤塚不二夫のプレーンを務めた長谷邦夫さん。こんなマンガを書いていたんですよ。びっくり。本当に不思議なリンクですよ、ワタクシ的には。でも、なんとなく納得。
 王仁三郎ファンであり、赤塚ファンでもあり、霊界物語全巻と天才バカボン全巻を聖典として神棚に奉納している(笑)私やカミさんは、よく話してたんです。バカボンの世界って霊界物語だよなあ…って。あるいは霊界物語ってバカボンじゃん!って。両方ともカオスのエネルギーに満ちています。諧謔に宿る真理であったり、ナンセンスの中の意味であったり、常識や時空を簡単に飛び越えたり…そして、なんといっても、私からしますと、両者の言語センスが似ているように感じられるんです。お二人ともものすごい言葉の感覚をお持ちですよ。日本語なんていうちっちゃな枠にとらわれていませんし。とにかくいろんなところを自由に行き来する感じですね。
Do1 そんな王仁三郎と赤塚不二夫が、こんなふうにコラボレーションするとは。王仁三郎とバカボンのパパが同じところにいるなんて!長谷さん