カテゴリー「歴史・宗教」の1000件の記事

2024.04.16

京成上野〜日暮里

 

 大に通う次女が住んでいるのが上野桜木。私の東京の拠点でもあります。

 最近はそこに泊まることが多い。山梨の家、静岡の実家よりも多いかも。上野や鶯谷、谷中、根津あたりは、本当に見どころが多く、散歩するのには最適です。文化、芸術、歴史、宗教、風俗…聖俗生死が混沌としていて、ああ日本だなあと思います。

 そんな中、鉄道好きにとって非常に興味をそそられるのが、京成上野から日暮里に至る経路ですね。ご存知の方も多いと思いますが、現在では使われなくなった地下駅跡が残っているんですよね。博物館動物園駅と寛永寺坂駅。

 京成に乗って、それらを見学しながら、地下から地上に出る「東臺門」を通過、そして日本一(世界一?)の交通量を誇るJRの線路群を高架でカーブしながら渡っていくあたりが萌え萌えです(笑)。

 私、少年時代はかなりの鉄道マニアでしたが、大人になってからは山梨に住んでいたこともあって、車での生活が中心となり、あまり鉄道に興味を持っていなかったんです。ところが最近、全国を旅することが増えまして、本当にいろいろな鉄道に乗る機会が増えまして、にわかに「病気」が再発しているところです(笑)。

 戦争末期に寛永寺坂駅を鉄道省の地下基地にする計画があったというのは知りませんでした。素晴らしい動画ですね。ますます興味が湧きます。

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2024.04.15

COTEN RADIOショート やなせたかし編

3baaf3ef1777e10d831f3f8d8a54a2c2cd406112 こ数日かけて全部聞きました。感動いたしました。

 やなせたかしさんと戦争や平和については、やなせさんの生前にこんな記事を書いています。

 「君もアンパンマンになれる!」

 そこにも書いたように、作品アンパンマンには彼の戦争体験と、そこから得た「愛すべき悪」(ばいきんまんに象徴される)思想が色濃く表れています。

 そんなやなせさんの人生と世界観、そして作品について、やなせさん自身の言葉を中心にわかりやすくまとめたこれらの番組。ぜひ多くの方々に聞いていただきたいですね。

 やはり優れた子供向け作品というのは、「未来の大人」にために作られているのだなと痛感いたします。そしてそれを得意としているのが、日本文化の特長でもあります。

 本来の「教育」とはこのようになされていくのではないでしょうか。そのためには「先生」たる大人が、その時代的体験から深く痛感し、そして思索しなければならないということあり、また単なる直接的表現ではなく、まさに「未来的」表現をすべきなのではないでしょうか。

 コテンラジオさんは、そういう教育表現をしているすぐれた「若い大人」の集団だと認識しております。

 来年度の朝ドラは、やなせたかしさんと奥様が主役だとか。とても楽しみですね。大河ドラマでもいいのではないでしょうか。

 

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2024.04.14

細川氏が川勝氏に激怒

 

 れには私も激怒しましたよ。

 もともと、半静岡県民、そして半山梨県民のワタクシとしても、川勝知事のあまりのアタオカぶりに、怒りを超えて呆れてしまっていたところですから。

 いや、リニアがこのような形で南アルプスを貫通できないことを、私は予言者のように言っていたんですよね。こちらの記事によると、川勝さんが「神」ということになってしまいますが(笑)。

 たしかにある種のアタオカでないと「神」的な事業はできないものです。悪と見せて善を為すっていうことでしょうかね。

 しかし、この細川ガラシャの辞世の歌を引用したことに対しては、たとえ神であろうと私も許しません。

 細川ガラシャについては、仲小路彰も高く評価しており、また出口王仁三郎に縁の深い明智光秀の娘ということもあって、私も尊敬する歴史的女性の一人です。その辞世の歌の重さもよくわかっているつもりです。

 ですから、ニュースで川勝さんがそれを引用したと聞いた時は、さすがに「おい!いい加減にしろ」と怒鳴ってしまいました。人のいやがること、人の気に障ることを言う天才ですね。ある意味神ですわ。

 ところで、10年以上開通が遅れると予想されるリニアモーターカーですが、大量の電力を必要とすることから、昨日紹介した核融合発電との組み合わせが重要な鍵を握ると予想しています。そういう意味では、ちょうど良い時期に重なるのかなとも思います。

 のちに川勝さんのおかげということになるかもしれません。悪と見せて善を為すに落ち着くのか。注目です。

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2024.04.12

東京の地盤

 日は新宿で、今日は豊洲でセミナー。今回も素晴らしい皆さんに囲まれて最高の時間を過ごさせていただきました。感謝です。

 地方を回るのも面白いけれども、こうして都会の風景の中でしゃべるのも楽しいものです。ある意味混沌とした新宿と、整然とした豊洲のコントラストも興味深かった。当然、私の感情も変わってきます。

 それは地盤による部分も大きい。

 言うまでもなく、豊洲のあたりは埋立地です。新宿は山の手なので案外標高があって地盤が固い。あっそうそう、山手線って山手線じゃないところも含めての山手線なんですよね。次の動画がわかりやすいのでご覧ください。

 

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 山手線の話は良いとして、東京23区付近の液状化危険度マップを見てみましょう。

 ご覧のように山手線の右(東)半分(実は東北本線と東海道線)の外側が圧倒的に危険度が高くなっています。

 ある意味では山手線の東半分は山手の縁に沿って敷設されたとも言えるわけです。わかりやすいのは上野から鶯谷、日暮里あたり。崖の下を走るじゃないですか。上野公園や谷中霊園はずいぶん高いところにあるのがわかります。

 液状化の危険度が高いところは標高が低く、かつては海だったところです。本来の「下」町はそういうところでした。

 今は海に近い埋立地にタワマンがたくさん建っていますおり、ある意味憧れの的になっておりますが、いろいろ考えるとどうなのかなとも思いますね。

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2024.04.11

追悼 曙太郎さん

20240415-162623 日、アイアンクローを観たばかりだったので、ショックも倍増でした。格闘技で命を削った曙さん。まだまだ若いのに。

 相撲での生観戦はありませんでしたが、総合格闘技、そしてプロレスではその勇気溢れる姿に感激しました。

 特に、大仁田厚さんとの最初の電流爆破マッチはまさに衝撃的でした。横浜だったでしょうか。元横綱なのに…ではなく、横綱だからこそ、大仁田さんの攻撃を真っ向から受けて、そして見事に爆破しました。

 吉田の火祭りの日だったと記憶しています。こちらの火祭りもすごかった。

 二人は、まさに勝敗とは関係なく身も心も燃やして、私たちの魂を揺さぶりました。清浄な(清浄であるべき)相撲という神事と、その真反対に位置しそうなデスマッチが、なぜか同じように私たちの魂を震わせるのはなぜだろうと考えました。

 聖俗が一周回って同じ次元に到達するということは、日本文化の中で本当によく見られる現象ですね。

 角界から格闘技、プロレスに進出した方は多くいますが、私はやはり曙さんが最も顕著な成功を収めた方だと思っています。それは、日本とアメリカの狭間に位置するハワイ出身者だからこそできたことなのかもしれません。

 また、横綱という頂点に上り詰めながらも、謙虚に学ぶ姿勢を持っていた、その優れたパーソナリティーによる部分も大だと思います。

 心より御冥福をお祈りいたします。

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2024.04.09

『anemone(アネモネ)〜2024年5月号』(ビオ・マガジン)

81eifth0g2l_sl1500_ ネモネさんに私の説を紹介してもらいました。

 正直いわゆる(なんちゃって・勘違い・金儲け)スピ業界はあまり好きではないのですが(笑)、こちらは老舗の雑誌ですし、私の尊敬する人も連載しているので、今回はご縁と神機を大切にし取材を受けることとしました。

 「宇宙の中心・富士山で再会した大国主の分魂と縄文高天原の復活」というタイトルをつけていただきましたが、まさにそのとおり。

_01  40年以上に及ぶ、私の富士山生活、そして宮下文書研究、さらには出口王仁三郎研究から到達した、一つの直観的な持論です。

 他の記事も読ませていただきましたが、私の説はちょっと次元が低いかもしれません(他が高すぎて理解不能でした…笑)。あの中だと、ちょっとアカデミックな感じさえするかも。

 まあ、私のお役目はそこにあると自負して、宮下文書、出口王仁三郎、そして仲小路彰を研究してきましたから、それはそれで満足です。ある意味中途半端なので、なかなか紹介してもらえないんですよ、私のフィールドというかレイヤーは。

_02 今回感動感心したのは、短時間のインタビューでこれだけの記事にまとめてくださった、編集長さんはじめライターやスタッフの皆さんの力量と度量の豊かさです。ありがとうございました。イラストも素敵。

 この記事を読んでいただき、富士山と出雲の関係、荒魂と和魂の関係、縄文と弥生の関係、そして宮下文書と出口王仁三郎の関係などに興味を持っていただければ幸いです。

 あっそうそう、最後に「グレート・ニコニコ・スピリッツ」の話も出てきます。それが発信できたのも幸いでした。

 書店もしくはネットでお買い求めくださいませ。

Amazon アネモネ 2024年5月号

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2024.04.08

天上天下唯我独尊とは…

Baka04_04 日は降誕会、お釈迦様がお生まれになったと言われる日です。ウチの学園では入園式と入学式が行われました。

 お釈迦様の誕生といえば、すぐに七歩あるき、「天上天下唯我独尊」と言ったとか。もちろん、それはフィクションでしょうけれど、人類史上それを実際にやった人物がいることをご存知ですか?

 そう、それはバカボンのパパです(笑)。

 それほど天才だったわけですが、くしゃみをした時にネジが一本はずれ、あんな感じになったというわけです。

 ちなみに「天才バカボン」という不思議なタイトルの由来はいろいろ語られていますが、その一つとして仏教の尊者を表す「バガヴァン」から来たとの説もあります。

 はじめちゃんが仏教学者の「中村元」にちなんでいるとか、レレレのおじさんがブッダの弟子で掃除しかできなかったという「周梨槃特」がモデルだとか、「これでいいのだ」という悟り、あるいはパパの理不尽だがどこか真理を突いた禅問答のような言葉たちなど、冗談抜きで仏教的の影響が感じられる作品ですよね。

 で、お釈迦様とパパが宣言した「天上天下唯我独尊」ですが、表面的には「天にも地にも自分だけが一人尊い」という尊大な言葉のように感じられます。

 しかし「我」を否定したお釈迦様がそんなことを言うわけがない…いやいや、生まれたばかりでまだ悟りを得ていないとも言えますよね。バカボンのパパもまだネジがはずれる前(笑)。王子として生まれたお釈迦様も、まさに「天才的にバカなボンボン」だった可能性があるわけです。

 というのは半分冗談で、実は私は次のように考えています。

 古い文献には「天上天下唯我為尊 三界皆苦 吾当安之」とあります。これを私は次のように訳します。

「世界中、ただ自分だけが尊いとする人ばかりだ。そのために欲界・色界・無色界の三界では皆苦しむのである。私はこれを安んずる(ために生まれた)」

 学問的な説ではありませんが、お釈迦様の言いたいことという意味では、当たらずとも遠からずだと思いますが、いかがでしょう。

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2024.04.06

『新プロジェクトX 東京スカイツリー 天空の大工事 ~世界一の電波塔に挑む~』

S01001_s 京スカイツリーの見えるところで、この番組を観ました。

 名番組がこのタイミングで復活ですか。

 旧シリーズ、私も大好きでしたし、ずいぶん教材としても利用させていただきました。

 それが、最近の風潮からか、あれこそ「ブラック」「ハラスメント」の昭和的精神論であるかのように非難されるようになりました。

 NHKもああいう番組はもう作れないなと思っていたら、なんとなんと、ほとんど旧シリーズのフォーマットそのままで復活!

 当然この第1回も批判の対象になるでしょうね。感動ボルノとか。男尊女卑だとか。しかし、やはりあえてこういう時代だからこそ、昭和的な、いや古典的なアンチテーゼをぶっ放したNHKさんには、それこそ感動いたしました。

 なんだかんだ言っても、あれだけの構造物を地上に建てるのはとんでもない難事業。そこに精神論や根性論、そしてキーワードにもなった「花見」「飲み会」が必要だったことも事実なのです。

 それを全てブラックとかハラスメントとか言って否定するのは、事実を直視しない卑怯な態度だと私は思います。

 学校で働いていることもあって、たしかに必要以上のブラックや根性は排除したいと思ってきましたが、必要な部分も正直あるんですよね。というか、生徒をはじめ、私含めて未熟な大人もみな、それを求めているところがある。

 つまり、ブッダにはなれないのです。だから難行苦行も必要。だいいちブッダ自身も悟りの過程として難行苦行を選択しましたし。

 苦労自慢は犬も食いませんが、しかし、苦労から生まれた誇りは、万人の栄養になります。少なくとも短期的なサプリにはなりえますね(笑)。

 はたして、NHKはどこまで「不適切にもほどある」番組を作り続けることができるのか。これからも注目です。

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2024.04.03

『オッペンハイマー』 クリストファー・ノーラン 監督作品

 

 阪梅田で鑑賞。すごかった。

 映画としての評価についてはいろいろな人が語っているので、私は私なりの感想というか思索の一部を記録しておきます。

 「我は死なり。世界の破壊者なり」

 オッペンハイマーは自らをヴィシュヌ神の化身クリシュナになぞらえ、このように語りました。ここでの「我」とは、まさに「我」の発見の産物である西洋近代科学そのものでありましょう。

 一見、「我」を排除するかのような科学は、実は「我」の化身であったという皮肉。これは今西欧社会が直面している危機そのものでもあります。

 そうしたパラドックス的な表現がここかしこに見られました。被爆地を描かないことよって描いていたのもその一つでしょう。音楽や音声もそのような効果を狙っていましたし、また、粒が波になり、波が粒になるような、観る者の分析的理解と感情の行き来にも、そうした傾向が感じられました。

 そう、時間へのこだわりも含めて、ノーラン監督のこだわりは、まさにそうした反二元論的な世界観なのだと思います。

 はたして人類の智慧とは愚なのか賢なのか。映画の根幹部分さえも揺れ続けています。

 文明とは、人間の我欲によるエントロピー減少の所業です。そして、文明破壊の「爆発」とは、それを一気に自然に戻す、エントロピー増大の仕組みだとも言えましょう。

 これは最低でもあと3回は観ないといけないかも。この作品を通じて、もっと気づきたい。そう思わせる傑作でした。

 クリストファー・ノーラン監督インタビュー全文 映画『オッペンハイマー』で描いた“核の脅威”

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2024.04.02

おやじは大きかったなあ(岡田茂吉)

91tjqzd0erl_sl1500_ 西宮でセミナー。今日も盛り上がりました。

 セミナーのテーマの中心に立つのが出口王仁三郎。まさに巨人。スケールが大きすぎてその全体像は凡人にはつかみきれません。「群盲像を評す」。私も群盲の一人。

 そんな巨人王仁三郎について、かつて弟子であった世界救世教教主の岡田茂吉はこんなふうに語ったと伝わっています。

 以下、王仁三郎の孫の一人、出口京太郎さんの名著「巨人 出口王仁三郎」から引用させていただきます。

 

「おやじは大きかったなあ」

 このころ、東京の大本大森支部長をしていたのが岡田茂吉である。のちに世界救世教教主となるのだが、この岡田と王仁三郎については、おもしろい話が残っている。

 大本ではむかしからお守りを出しているが、いつのころからか、岡田は自分でそのお守りを出しはじめた。自分の支部の信徒に下付したりしていたのだが、そのうち、このうわさが大本の幹部の耳にはいり、けしからんふるまいと激怒した幹部たちは、岡田をむりやり、王仁三郎のもとへひっぱってゆく。こってり油をしぼってもらおう、というわけだったのだろう。

20240404-110603_20240404111001 幹部の口々に告げるご注進をひととおり聞き終えた王仁三郎は、やがて、隅のほうで小さくなっていた岡田を前へ手招きした。

 岡田は百雷一時に落ちることを観念して、ひたすら平伏した。すると、王仁三郎は岡田の耳もとに口を寄せ、他の者に聞きとれぬくらい低い声で、

「ああいうて、みなが怒るよるからな、みなにわからんよう内緒でやれよ」といったものである。

 岡田はいまこうやって一つの教団をひきいてみて、自分の部下でかってにお守りなど出す者が出たとしたら、とてもほっておけるものではない、と語りながら、

「おやじは大きかったなあ」

とつくづく述懐している。

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