カテゴリー「歴史・宗教」の1759件の記事

2018.02.17

羽生結弦は自ら陰陽師になった

Th_img_1065 ?結局藤井くんが最強ってこと?w
 本当にすごい戦いでしたね。最高の結末。たしかにマンガだったらやり過ぎと言われてしまいそうな展開。まさに事実は小説よりも奇なり、ですね。
 さて、もう私がいろいろ書く必要はないわけですが、これはさすがに驚いたので書いておきます。
 6年前、ロンドンオリンピックの時、私は内村航平は宇宙人か!?という記事を書きました。また、ソチの真央ちゃんのことでは、オリンピックに棲む魔物とは…という記事を書きました。
 それらの中で、実はオリンピックというのはサイキック戦争であるという衝撃的な事実?を暴露しております。
 そして、日本は複数の「陰陽師」を雇っていると書きましたが、そう、今回はななななんと、羽生結弦選手自らが陰陽師になるという、とんでもない裏技を使ってきたのです!
 なるほど、その手があったか!
 これはフィギュアスケートならでは作戦です。他の競技では無理。いったいこれって誰のアイデアなんでしょう。
 ご存知のとおり、「SEIMEI」という曲、プログラムは2015年から使い始めていました。ある意味オリンピックに向けて、その裏技の効果を図ってきたとも言えます。
 まさかの怪我、これもまたオリンピックへ向けたサイキック攻撃を被弾した結果だったのかもしれません。
 なんだか、トンデモな話になってきましたね。まあ、それでもそういう世界があるというのは、これは事実です。
 ちなみに現地につめかけているファンの皆さんは、もちろん真剣に結界を張りに行っているのだそうです。羽生くん、世界中で人気ですから、そうしたファンの方々の意識が、サイキック攻撃を防いだというのも、実際あると思いますよ。
 面白いですね。

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2018.02.15

石橋湛山の元号廃止論

Th_tanzan_ishibashi_2 日、立正大学に通う教え子が学校に遊びにきました。彼は将来的には法華宗の僧侶になる予定です。立正大学は日蓮宗の大学ですから、卒業後別の学校でも勉強する必要があるとのこと。
 短い時間ではありましたが、法華宗と日蓮宗の教義の違いなどについて教えてもらい、大変勉強になりました。
 その立正大学で長く学長を務めたのが、山梨県出身の総理大臣経験者である石橋湛山。
 石橋総理は、たった2ヶ月ほどで病気のため辞任していますが、その裏にはどうもアメリカの策謀があったようですね。なにしろ、あの冷戦真っ只中、ソ連、中国とも仲良くしましょうと唱えたのですから、アメリカにとっては大変面倒な総理だったに違いありません。
 石橋退陣後は、副総理であった岸信介が総理になり、日本の外交政策は完全にアメリカ寄りとなっていきます。
 まあ考えようによっては、当時の自由民主党というのは、保守からリベラルまで、非常に幅広い思想集団だったということがわかりますね。今の自民党とはえらい違いです。
 湛山の父親は身延山久遠寺81世法主、日蓮宗24代管長というバリバリの日蓮信者でしたから、彼の政治信条というのには、仏教の、そして日蓮の思想が色濃く影響しています。
 今でこそ、創価学会や顕正会のおかげで(?)、日蓮というとなんとなく保守的なイメージがありますけれど、日蓮宗と言えども仏教ですから、リベラルな世界観が基礎にあります。
 さて、そんな石橋湛山、ある意味、のちの自民党の総裁らしからず、戦後すぐに靖國神社廃止論を唱えたり、元号廃止論を唱えたりしていました。すごいですよね。まるで共産党(笑)。
 湛山の元号廃止論は、彼が深く関わっていた東洋経済新報の昭和21年1月12日号に掲載されています。時代の流れと社会の状況からして、元号を廃止し全て西暦で統一すべきだという意見です。
 ちょうど今日、新元号を今年の末以降に発表するという報道がありましたね。いろいろと便利なこともあるけれども、たしかにダブルスタンダードで面倒ともいえるし、世界史的に見ればたしかに王権の象徴のような元号が、未来的に必要なのかどうか、最近はそういう議論すらありませんね。
 もちろん私は、言霊的に必要だと思っていますよ。とはいえ、本来の言霊的な機能のためには、明治以降の一世一元の制ではなく、天変地異などでも変更が可能な形に戻さねばなりませんが。

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2018.02.14

「無鉄砲」とは?

 大入試講座で2011年の国語第四問を指導しました。いつも書いているように、本当に東大の問題を解くのは面白い。いい問題です。対策をするだけでも生徒は大きく成長します。
 で、今日取り上げた2011年の第四問ですが、今福龍太の「風聞の身体」から、アイヌの長老のカタリに関する文章でした。
 丸腰でヒグマと戦う武勇伝。私も生で聞いたことがあるカタリです。そう、もう12年も記事になるんですね、秋田の山村で長老たちの武勇伝大会に参加した時のことをこちらに書きましたっけ。
 やっぱり、秋田の山奥にはアイヌ的な文化が残っているんですね。地名なんかも完全にアイヌ系ですし、顔つきもアイヌかロシアという…。
 武勇伝というカタリは、それが嘘だろうと大げさだろうと、そんな真偽に関する野暮な考察はどうでもいいのでして、上の記事にも書きましたとおり、カタリ自身が「祭」の「場」になっているということの方が重要です。あの時は私もまた、その場に居合わせ、場を演出する「マレヒト(客人)」だったというわけですね。神事に参加していたわけだ。
 さて、こちら東大の問題のカタリですが、ここで面白かったのは「無鉄砲」という言葉です。まあ、とにか面白いので、皆さんも読んでみてください。問題は解かなくて結構です(笑)。

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 なるほど、「無鉄砲」という言葉は、面白いですね。字面どおりで解釈するなら、非武装中立(笑)。結果として無茶ということになりますね。自衛軍ぐらいは持たないとと。
 たしかに、丸腰という非武装こそが、最強の武勇伝になりますよね。国際関係、防衛においても実はそうなのかもしれないと思ってしまいました。
 本文にもある漱石の坊っちゃんの「無鉄砲」は、たしかにストレートに非武装丸腰という意味ではありませんよね。どちらかというと「有鉄砲」的なイメージ。ケンカばっかりしてる。けっこう武器持ってますよ(笑)。
 それこそ、近代的な意味においては、鉄砲を持たずに強敵に臨むことは無茶でしょう。しかし、縄文的に言うと、その逆ということもあり得る。
 日本が誇る?平和憲法の意味というのも、近代的、現代的な価値観だけでは計り知れません。なにしろ、昭和天皇のご発案なのですから。
 そのあたりについては、仲小路彰が非常に深い考察を行っています。いつか皆さんの目にも触れることになるでしょう。お楽しみに。
 さあ、「無鉄砲」の未来的な意味はどうなっていくのでしょう。

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2018.02.12

自立なんて「しないほうがいい」!?

Th_img_5821 総研の深津武馬さんのインタビュー記事オスなんて「いないほうがいい」!? 性を操る細菌の不思議が面白かった。
 オスがいないほうがいいという以前に、昆虫と菌との共生、寄生の奥深さに、ちょっと感動してしまいました。
 意識しているかいないかは別として、互恵関係を作って生き延びる道を選んだ生物たちに、なんとなく敬意すら抱いてしまった。
 そう、生物学とは全然関係ないのですが、最近、近代日本の教育が子どもたちに促してきた「自立」というのが、本当に大切なことなのか、よく分からなくなっていたんですよね。
 それはもしかすると、おとといの西部邁さん追悼番組のところでも書いた、「国家の自立」にも関わってくるかもしれない。本当に自立すべきなのかと。
 変な話、戦後の日本は、アメリカに寄生することによって生き延びる道を選んだとも言えますし、アメリカはアメリカで宿主としてのメリットも計算していたとも言える。お分かりになりますよね。
 主に反米嫌米保守の皆さんは、そんな状態を「情けない」として、盛んに自立を促すわけですね。
 ただ、したたかに、そして賢く宿主の中で生きる細菌の世界を見ると、なんだか、寄生も悪くないなと思うわけです。寄生なのか共生なのかの境界線は、生物の世界でも難しいとのことですが、人間どうしや国家どうしにおいても、その判断は不可能に近い。
 私は、現在の日米関係というのは、けっこう高度な互恵関係にあって、そういう意味では、結果として生命保持手段としてはかなり対等に近い「共生」だと思っているんですね。
 それこそ宇宙からの視点で見ればですね、もしかすると日韓関係も米中関係も「共生」ということになるかもしれない。かつての米ソ関係が非常に高度な両者の生き残り作戦であったように。
 ま、冬虫夏草みたいに、結局宿主を殺してしまうのはどうかと思いますが、基本的に他者の力を拝借するというのは、ある種の知恵と言っていいでしょう。
 あまりに強く自立を志向するというのは、結局お釈迦様の言う縁起する世界観を否定することになりかねません。互いに利用しあい、譲りあって、与えあうというのが、この世の、特に生き物の世界の究極の知恵なのではないでしょうか。
 私がよく言う「国譲り」の作法や理論というのも、ここにつながっているような気がします。
 ところで、人間界でもオスの存在感はどんどん小さくなっていますね。ある意味、最近の男は女に寄生しているとも言える(笑)。
 まあ、男が強くなるのは、戦争の時代だけとも言えますよね。つまり、そんな時も、結果としては死にゆくのは男だということでして(苦笑)。
 はてさて、教育者はどういうふうに教えればいいのでしょうね、これからの時代。とりあえず、自分のことを棚に上げて「自立しろ!」というのはやめようかと思います。
 世話になるというのは、世話する喜びを与えるということでもあります。禅語の「恩を知る者は恩に報いることを解す」ですね。
 そういう意味では、私たち日本はアメリカに依存しつつ、アメリカに布施の喜びを与えている、すなわち方便によって智慧を得るという修行の機会を与えているのです(なんちゃって?)。
 

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2018.02.10

【討論】追悼・西部邁と日本

 本が足りない。なるほどそこが寂しがり屋の原点なのかもしれない。
 西部先生がお亡くなりになって、あっという間に3週間になります。
 自裁された日、私は全然かっこよくないですよ!と書きました。
 その気持ちは、正直今でも変わっていません。
 佐藤健志さんが、弟子であるからこそ直截的に、自殺は自分以外をも全て殺す行為である、と言っていますが、そのとおりだと思います。自分を消すということは、自分の肉体で感じ、記憶し、予感している世界、他者を全て抹殺することなのです。
 しかし、一方で、西部さんがお亡くなりになっても、この世はなくならないどころか、あまり大きな影響を受けていません。これはまさに、思想や批評や言論の虚しさにつながる。
 もちろん、この討論に参加されている西部さんの申し子のような方々には、大きな影響を与えていることでしょう。しかし、それも死ではなく生が影響を与えているわけですね。そこには今度は死、自裁の虚しさを感じざるを得ません。
 国家とは何か。母国とは。祖国とは。
 これもまた虚しい事実ですが、実は日本人にとっての国家観などというものは、たかだかここ150年の、それも西洋から押し付けられて、無理やり作り上げようとした思想にしかすぎませんでした。
 だから、結局、国ではなく「母」に帰っていった。母というか母性でしょうかね。だから、亡くなった奥さんに対する、まるで小さな子供のような甘えが現れてしまった。奥さんやお母さんという「女」に帰っていったのでしょうね。
 日本が足りない…それは結果的には母性に対する渇望だったのかもしれません。西洋は父性の原理、東洋特に日本は母性の原理。
 あえてそういう見方をすると、西部さんを一つの象徴とする、日本人の寂しさが分かるような気もしますね。
 仲小路彰が「21世紀は太陽の世紀」と言った意味は深い。

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2018.02.09

スマホで朝生~激論!AI時代の幸せな生き方とは?!~

 このところとんでもなく忙しいので、とにかく移動の時間には討論番組を聴くようにしています。
 そんな中で、特に面白く、続けて2回聴いてしまったのが、この「スマホで朝生」です。もう1年前の回ですが、まだまだ新しい議論に感じますね。
 モチベーション格差かあ。なるほどね。日本の教育はモチベーションを低下させるというのは、たしかにあるよなあ。
 もちろん、私は違いますよ(笑)。私は、それこそ生徒のモチベーションを上げるのが教師の仕事だと思ってますから。
 たしかにモチベーションは特別に大切だと思います。なぜなら、そのモチベーションはモノ・コト論的にいうと、「モノ」の世界だと思うからです。
 昨年夏、「シンギュラリティはあり得るのか」という記事にも書きましたとおり、AIのおかげで、逆に人間の「意識」を際立たせることになると思いますね。
 モチベーションこそ意識です。AIにもモチベーションもどきを持つことは可能だと思いますが、ホンモノのモチベーションは人間のみに与えられた能力です。
 なんていうと、また人間至上主義だ、近代的な価値観にとらわれていると言われそうですけどね(笑)。ま、地球上では事実人間だけの特権なのでした。そこに気づくのが、21世紀の科学であり、哲学であり、そして教育でありましょう。
 それにしても、この動画、コニタンとハゲー!が出てて笑っちゃいますね。
 

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2018.02.08

レア度を高める

Th_images 日もまた昨日までの続きです。本当に最近ある種の危機感をおぼえています。自分ははたしてちゃんとアップデートできているのか。
 未来人、宇宙人(笑)として、ちゃんと一歩先を行っているのか。
 急に現実的なお金の話になってしまいますが、皆さんもよくご理解のとおり、市場経済においては、その価値、すなわち価格は、そのもののレア度によって決まります。
 オークションを考えればよく分かりますよね。基本価格は需要と供給の関係によって決定されます。需要に対して供給が追いつかないとレア度は高まり、価格は上昇します。
 まあ、ここまでは学校の教科書にも書いてあるとおりです。基本はそれで正解です。もちろん、実質的な経済にはさまざまな事情やら、人間の心理が入り込みますので、そんなに単純にはいきませんが。
 そのレア度というのを、少し視点を変えて見てみますと、このようなことが言えます。
 流行を作り出したものは価値が高い。
 そう、何かが流行りだす時、そこにレア度が生まれます。供給が需要に追いつかない。それも実生活の中で簡単に想像できますよね。
 たとえばビットコインなどの仮想通貨の価値、価格が急騰しているのは、そういう現象。今までにない、なにか可能性を感じさせるものに人は飛びつきます。
 そして多くの流行がそうであるように、みんながそれを持ち始めると急にレア度は下がり、価格も下がっていく。そのうちにあるものは忘れ去られてしまう。供給が需要を上回るようになってしまうわけですね。
 では、商品ではなく、人間としてのレア度というのはなんなのか。商品としての人ではなくて、純粋に存在としてのレア度の話です。
 これはやはり、まず超未来的に生きている人でしょう。現在や近未来にはそれほどのレア度はありません。ほとんどの人たちが意識や知識のレベルで共有しているからです。
 それが超未来的な考え方をしている人となると、誰もが想像しないことをいとも簡単に言ってのけたり、やってのけたりするので、そこにある種の需要が生まれます。
 昨日のドームの社員の皆さんもそうですし、落合陽一さんもそうでしょう。私の知り合いで言えば、高城剛さんも最たるものですし、未来医療器具発明者Nさんや天才科学者のFさんもそういう人物です。
 もちろん仲小路彰もそうです。彼なんか、まさにレアそのもの。だいたい普通の市場に現れてこなかったから、ますますレア度は高まり、いくら積んでも会いたいという人が絶えなかった。それは彼がとんでもなく未来に生きていたからです。
 それから、反対に超過去的に生きている人もレア度を上げますね。これは面白いことです。
 たとえば、私には能役者の知り合いが何人かいますが、彼らは600年前のことを基本そのまま受け継いでいます。これはこれでレア度が高く、それなりに仕事になっています。
 お気づきのとおり、もちろんその「過去」が、その過去の時点でとんでもなく「未来」的であったという条件がつきます。過去ならなんでもいいわけではありません。観阿弥・世阿弥の先見性、未来性が異常に高かったのです。少なくとも600年後のことを想像していたわけですから、きっと彼らも宇宙人なのでしょう(笑)。
 さて、そう考えてくると、はたして自分や、自分をとりまく組織にはレア度はあるのか。本当に悩ましいところです。
 観世のような長期的なレア度を目指すのは難しいとはいえ、刹那的なレア度では虚しいだけです。いや、刹那的なレア度を連続的に生み出していくのが、この情報化時代の天才なのかもしれませんね。
 正直、日本の学校は、生徒のレア度を下げる方向に教育をしています。はたしてそれでよいのか。センセーなんていう仕事をしている私は、そこがとんでもなく悩ましい。なんとかブレイクスルーしたい。
 私も悪あがきしてみます。

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2018.02.06

落合陽一氏 「日本再興戦略」 を語る

 を運転しながら聴いていました。たしかに面白い。ああ、時代は変わったんだなとしみじみと感じました。
 最近メディアでひっぱりだこの落合陽一さん。あの落合信彦さんの息子さんですが、正直お父さんをすでに超えていますね。
 彼の近著「日本再興戦略」を読んだあとでしたので、本当にすんなり落合さんの先進的な未来予測が頭に入ってきました。
 そうそう、彼は自分でも言っていますが、その風貌と態度と言葉遣いから、ずいぶん誤解をされている。本だと、ちゃんとした言葉遣いになるので問題はないけれども、たしかにこうして喋っているのを聴くと、さもありなんと思いますね。
 そういう旧来の価値観をも軽く超えてしまうのが、彼を代表とする新世代の天才たちですね。私はようやく最近、そういう彼らを心から尊敬できるようになりました。
 もう完全に私たち旧世代人には不可能な自由かつ論理的な発想ができるんですね。うらやましく思います。こういう若者たちがこれからの日本を支え、引っ張っていくと思うと、実に心強く思います。
 それにしてもまだ30歳ですか。なのに教育者としても実にレベルが高い見識を持っている。日本再興戦略の内容もさることながら、彼のような存在こそが、日本の未来を明るく照らしてくれると感じました。
 内容については、私は偉そうに何も語れません。この動画を観たり、本を読んだりして、皆さんがそれこそ自由に議論してくださればそれでよし。
 ところで、彼が世界を波動と物質と知能という三つに分けて観ているのは、私のモノ・コト論にも通じて面白い。物質はモノ、知能はコト、そして波動はタマ(霊)でしょうか。
 いよいよ最先端の科学が、古来の宗教というか、宗教以前の何かに近づいてきている感じがします。
 AIがもたらす魔術的な世界、魔法の世紀とは、まさに私の言うところの「コトを窮めてモノに至る」というやつでしょう。面白い。
 ところで、私が研究している天才思想家仲小路彰も20台、30台の頃から、その才能を開花させ、ずっと年上の人々にも尊敬され、影響を与えてきました。
 彼が若い頃に残した多くの復興計画、日本経営計画なども、当時の人からすると、落合陽一さんの意見のように、非常に先進的なものだったことでしょう。
 いつか、落合さんにも仲小路の文献を読んでもらいたいですね。天才は天才を理解することでしょう。
 落合さん、高城剛さんのことも好きだと言ってましたね。いつか3人でお会いしたいです。

Amazon 日本再興戦略

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2018.02.04

『花すみれ』 貞明皇后作詞・信時潔作曲

Th_img_0996 の娘が大学入試10連ガチャ発動中です。今日は一晩だけ富士山に一時帰国。明日からまた旅に出ます。
 前半戦は女子大巡り。MARCHの問題より、ずっと難しい。ある意味ちゃんとした問題ばかりです。どういう学生がほしいかがよく分かります。教養ある女性を求めている感じですね。
 そんなわけで、東京に娘を迎えに行くついでに、久しぶりに多摩御陵(武蔵陵墓地)にお参りしました。
 いつもそうですが、一番すごいパワーを感じるのは貞明皇后陵です。貞明皇后との因縁(もちろん片思いですが)は、こちらこちらに書かせていただきました。
 今日もまた、貞明皇后陵の前に立った時、ポツポツと雨が降ってまいりました。いつものことです。不思議ですね。
 さて、今日は貞明皇后が作詞された歌を1曲。作曲はかの信時潔です。交響曲「海道東征」の作曲者ですね。
 実はこの曲、女子学習院のために作曲されたのですが、のちに信時自身が曲を書き換え、現在ひらがなの「はなすみれ」として歌い継がれています。また、のちに同歌詞を用いて山田耕筰が「花すみれの御歌」を作曲しています。そのへんの事情については、論文があるようですが、私は読んでいません。
 貞明皇后作詞と書きましたが、その詞は次のような和歌です。

うつふして
にほふ
はるのの
はなすみれ
ひとのこころに
うつしてしかな

 一番最初にできた「花すみれ」を小川明子さんの素晴らしい歌でお聴きください。小川さんは、信時作品など隠れた日本の名曲を多く歌われています。

 ひらがなの「はなすみれ」はこちらで聴くことができます。
 「花すみれ」の方が和風、「はなすみれ」の方がより洋風(モダン)になっていますね。いずれもいい曲です。

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2018.01.28

モハンマド・レザー・ロトフィのケマンチェ演奏

Mohammad-Reza Lotfi
Th_101ab5001c8c4912ab47346b8e5e1831 日の「イランの子守歌」からの流れ。
 イランはかつてのペルシャ。ペルシャ音楽は奈良時代に日本にも伝わっていました。正倉院に楽器がありますよね。
 また、あのあたりの音楽や楽器が西に行って、ヨーロッパの音楽になりました。ペルシャの音楽の音階は、世界的にも珍しくペンタトニック(5音)を中心とした微分音階ではなく、いわゆるドレミファソラシの7音を基礎とした微分音階です。
 違う言い方をすると、世界に広がった7音の音階の起源はペルシャ付近にあるというのが、私の考え方です。
 そんなペルシャ音楽の伝統を継いでいるのがイランの音楽。イラン音楽といえば、数年前に亡くなった大御所モハンマド・レザー・ロトフィですね。彼はいろいろな楽器を演奏しますが、擦弦楽器であるケマンチェもものすごく上手い。
 いちおう擦弦楽器をやってる者からしますと、やはり、ボウイングだけでなく、左手の音程感覚というか、微調整がすごい。音を揺らすにしても、ヴァイオリニストなどにありがちな、貧乏ゆすり…いやいや、やたらなヴィブラートとは違いますよ(笑)。
 私もケマンチェやってみたいなと思いました。買っちゃおうかな。そんなに高くないんですよね。
 日本では胡弓が同じタイプの楽器です。弓の角度を変えるのではなく、楽器を回す。あるいは、弓は膝で固定して、楽器を揺らして演奏することもある。ヴァイオリン弾きやチェロ弾き、ガンバ弾きには考えられない奏法でしょう。
 また、左手の弦の押さえ方もヴァイオリンなどとは違います。それについては、明日にでも書きましょうかね。
 ケマンチェも最近では金属弦を使うそうですが、これは絹糸でしょうか。シルクロードですから、やっぱりシルクを張りたいところですね。
 もう少し古いタイプの楽器なら自作もできそうです。老後ヒマになったら作ってみましょうか。

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