カテゴリー「文学・言語」の410件の記事

2010.02.05

『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』 松本侑子 (光文社)

Bkoiob い糸という記事の中で少し紹介した山崎富栄さんの評伝小説。
 へたな小説やコミックや映画なんかより、ずっと心に迫る作品ですので、ぜひお読みいただきたい。
 昨日の記事にも実は彼女は間接的に(いや、直接的に?)登場しています。御存知のように、太宰治は彼女と玉川上水で入水自殺しました。赤い糸ならぬ紐で二人は結ばれていました。
 彼女は遺書の中で、太宰と同じ墓に入れてほしいと言っていますが、結局、それはさすがに無理でした。愛人がその人の墓に入れるわけがありません。
 当然のことながら、太宰と一緒の墓に入ったのは、津島美知子、すなわち正妻でした。
 12月23日、そこに私はお参りしたわけです。
 この評伝小説を読むと、もちろんヒロインたる富栄さんの実に波乱万丈な人生に驚嘆することもできます。なにしろ、良家のお嬢さんとして育ち、職業婦人として第一線で活躍し、縁談にも恵まれて幸せな結婚をした女性が、結果、不倫の末に天才作家を「殺した」犯人とまで言われるようになってしまうわけですから。
 運命のいたずらというにはあまりに過酷でした。その不埒ないたずらをしたのは、「戦争」と「物語」でした。「戦争」も一つの共同幻想でしょうから、一つにくくって「物語」と言ってもいいのかなあ。
 とにかく、富栄さんは「物語」に翻弄されてしまいました。まずは戦争が、新婚生活たった1週間過ごしただけのご主人を奪い、さらに、その生死すら分からない生殺しの状態で富栄さんを苦しめた。その間に「物語」の達人太宰治が現れ、「昭和2年…そういや、弘前の駅前で、きれいな女の子を見かけたな、汽車からおりてきたんだ。無論、君は憶えていないだろうが、江戸弁を小生意気にあやつって、いかにも東京趣味のしゃれた出で立ちの、小憎らしいほど可愛い女の子を見た覚えがあるよ」などと、いかにも彼らしい「ウソ物語」を吐いて、彼女の運命を決定的に破壊しました。
 その後の、富栄さんの太宰への愛情と献身は、彼女の残した日記が美しく濃厚に語ってくれます。結核による太宰の喀血を、彼女は直接自分の口で吸って除いてあげました。そんな恋愛できますか?太宰の「はったり」に比べたら、彼女の「真実」の方がずっといい!…はずなんだけれど。ううむ、そこが文学の難しいところです。
 さてさて、筆者の松本さんは、基本的に、富栄さんに対する世間の厳しい評価を覆す姿勢をとっています。私もこの美しい(!)女性を悪者にしたくないという心情を持っていましたから、その点では溜飲を下げましたね。
 ただ、読む前になんとなく予感していた「やっぱり太宰はずるい」という結論は、ややはずれたと言えます。美人の富栄さんにシンパシーを抱きつつ、イケメンの(いつも書いているとおり、文章がイケメンなんです)太宰を貶めるという、まあ、男性として正常であろう感覚は、微妙に空振りを喫しました。
 私の心には、富栄さんと太宰ではなく、意外な人物の姿が焼きついて残ったのです。
 それは、富栄さんのお父さん晴弘さんと、斜陽の人太田静子さんと、太宰の正妻石原美知子さんでした。
 最愛の娘をそのような形で「奪われた」晴弘さんの悲嘆と憔悴、しかし、そうしたスキャンダル死ののちも娘を信じ愛し続ける姿。これはもう涙なしでは読めません。最も「物語」に翻弄されたのは、実は晴弘さんだったのかもしれません。
 そして、太田静子さん。同じ愛人として、しかし、自らの日記と交換に太宰の子どもを得、また、実はその日記も「斜陽」という世紀の名作を生むという、二重の幸福を味わった女性の、なんというか、したたかさとでも言うのでしょうか、余裕とでも言うのでしょうか、そういう生命力を感じましたね。
 石原美知子さん、いや津島美知子さんに関しては、山梨出身ということもあり、また、今春開校する中学の場所にも縁のある方ですから、なんとなく「良妻賢母」の代表のように尊敬申し上げていたところがあったんですね。『回想の太宰治』の記事にも、そういうことを書きましたっけ。まあ、やっぱり彼女を崇めることは、太宰を貶めることにつながっているわけですが…笑。
 しかし、この本には、神格化されていない、女、妻、母としての津島美知子像が見え隠れしていました。たくさんの子ども(含む太宰)を抱えている中で、愛人問題が頻発し、しまいには武蔵野心中ですからね。そりゃあ、いくら美知子さんでも狂うでしょう。
 いや、それでも、それでもなお、美知子さんは立派だったと思いますよ。その結果として、当然のごとく、太宰の遺伝子を最も多くこの世に残し、そして、太宰と同じ墓に入ったわけですから。女としては、それこそが勝利の証でしょう。
 というわけで、本当にいろいろな人間模様を堪能することができる作品です。女性にも男性にも、ぜひ読んでいただきたい。そして、くやしいけど、やっぱり太宰治は天才だったと思おうじゃありませんか。

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2010.02.03

心の鬼…モノノケハカランダ

P204mane03 日は節分。いつだかのこの日にも書きました通り、我ら出口王仁三郎ファンにとっては「鬼は内、福は内」の日です。
 皆さん、鬼を無反省にいじめていませんか?そろそろ艮(鬼門)に幽閉された国祖「国常立尊」の復権を待望してもいいのではないでしょうか。私たちの考える善悪のほとんどは、自分で判断したものではありません。
 という、ちょっと難しい宗教学的、いや民俗学的、あるいは哲学的な話は置いておいて、今日は文学のお話をしましょう。
 また最後はフジファブリックの志村くんの話になってしまいますが、ご了承ください。それほど、私にとって大切な人だったということです。今まで彼や彼の音楽に興味がなかった方も、これを機にぜひその世界に触れてみてください。
 さて、今日いつもの「モノ・コト論」研究のため、枕草子の注釈書を繰っていましたら、本当にたまたま「心の鬼」が出てきました。「故殿の御ために」という段です。ここには、イケメン藤原斉信が清少納言にかまかけるシーンがあるんです。それを軽くいなす清少納言。つまりはモテ話に振り話、いつもの通りの自慢話ですね(笑)。
 斉信は「夫婦になりませんか」とかまかけるのですが、清少納言は「夫婦になるとあなたをほめることができなくなる」と言って断ります。うん、たしかに人前ではなかなか配偶者をほめられませんよね。「あいつはダメで…」という物言いになります。
 で、そんな微妙な夫婦間の心情について、「心の鬼出で来て…」と表現しているんです。つまり、結婚すると、本当は好きでほめたいのだけれど、「心の鬼」が現れてそれができなくなる、ということです。
 では、この「心の鬼」とは何を指しているのでしょう。
 実は、枕草子の時代、「鬼」は、あの角のはえた赤や青の鬼(虎のパンツの鬼)とは全然違うイメージでした。あれが定着して、「鬼」が悪者になっていくのは平安末期だと思われます。それまでは、中国の「鬼」、すなわち死者の魂というイメージが強かったものと思われます。
 和語ではそれを「もの」と言いました。「鬼」の文字を「もの」と読ませる例が、万葉集なんかにもわんさか出てきます。
 私の「モノ・コト論」の出発点と終着点はまさにそこです。非常に単純です。簡単に言えば、今我々が「物体」「物質」「商品」のような意味で使う「モノ」という言葉も、実は「異界」「自分にとって外界」「思いどおりにならない外部」というような意味だととらえるのです。「もののあはれ」の解釈もそれにもとづき、「不随意(世の無常など)に対する嘆息」とします。これは他の人が全く言っていない盲点です。
 ですから、ここでも「心の鬼」というのは、自分の心の中の「意思に反する」あるいは「制御できない」何か、ということですね。たしかに、恋人どうしが夫婦になった瞬間から生じる、あの妙な違和感というか、変容というものは、なんとも説明がし難いですよね。それを「心の鬼」と言っている。別に恐いものではないのです。不安にはなるかもしれませんが。
 一般的に、たとえば私が読んだ注釈書なんかは、「心の鬼」を「良心の呵責」とか「気がとがめること」などと解釈しています。たしかにそう読めないこともないのですが、ここではそこまで善悪が関わっていないと思います。
 これが、中世以降、先ほどの角のはえた鬼のイメージ、すなわち「悪」のイメージが定着してきますと、「心の鬼」は「邪念」とか「妄想」とか「性的な欲求」などを表すようになるんですね。「豆とりて我も心の鬼うたん」なんていう節分の俳句も生まれたりします。邪念を消そうとしているわけです。
 あるいは恐い者の象徴として、自分の心を抑制する存在としてとらえられることもあります。「心の鬼が身を責める」という慣用句も生まれます。これなんか、やっぱり地獄の閻魔様のようなイメージから、悪事や良心の呵責と結びついているんでしょうね。
 というわけで、いきなり現代に話が飛んできます。
 先ほど書いたように、「鬼」=「もの」とは、自分のコントロールできない「何か」を広く表す言葉でした。そして、その「鬼」=「もの」を幽閉し、あるいは自らの制御下に置こうとしたのが「近代」であると言えます。ですから、我々現代人は、基本的にそうした「鬼」=「もの」を忌み嫌ってきたわけです。見ないようにする、あるいは、皆でいじめる。豆まきはその象徴です。
1 さて、そんな中、「鬼」=「もの」を、決して拒否せず、またそれから逃げずに、しっかり向かい合った青年がいました。それが志村正彦くんだったというわけです。
 彼を評するのによく使われる言葉は「叙情」「変態」などですが、それらはある意味「心の鬼」と言えます。「敏感」で「繊細」な「叙情」は、「説明できない孤独や切なさ」であり、「変態」は「妄想」や「性的な欲求」かもしれません。それらは、古文の時代においては「もののけ(物の怪・鬼の気)」と呼ばれました。
 そう考えると、彼らの代表曲の一つ(音楽的にも世界に不二な存在です)「モノノケハカランダ」は、まさに古典的な日本語、あるいは古典的な日本人の感性や世界観をそのまま継承していると言えますね。
 YouTubeで聴いてみましょう。

モノノケハカランダ

20100204_62102 すごい音楽ですね。イントロからして、私の常識ではありえない音楽です。天才。
 歌詞を読んでみましょう。「思いのほか」、「止まるなって言ってる」、「獣の俺」、「もうモノノケ」、「止まれなくなってる」…これこそまさに「心の鬼=モノ」世界です。
 昔ならこの感情を和歌で表現していたのです。あるいは、皆さん御存知の徒然草冒頭にある「ものぐるほし」という言葉もそうですね。あれなんかも、学校の先生や学者さんたちは、その真意をとらえていません。
 一方の「説明できない孤独や切なさ」についても、もう例を挙げるまでもなく、フジファブリックの曲に満載です。志村くん最後のアルバムとなってしまった「CHRONICLE」は、まさにその双方の「心の鬼=モノ」の競演、せめぎ合いであったと言えます。
 そういう我々がつい幽閉してしまう「モノ」に、正面から対峙したのが志村正彦くんだったわけですね。それを「天才」と言ってしまうのは、もしかすると安易なのかもしれません。彼のその「まじめすぎる」「不器用な」生き方は、すなわち「命を削る」生き方そのものだったわけですから…。

 PS 今日「鬼は内」と言ってマメを食べたら、皆さんが追い出した鬼がみんなウチに来てしまいました。カミさんがまさに鬼の形相になって、ものすごいことになりました(笑)。2時間ほどで正気に戻りましたが、全然覚えてないとのこと…おいおい(笑)。しかし、そういう手荒いカタルシスも必要なんです。あとには晴れ晴れしく澄んだ空気と心が残りました。ふぅ。

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2010.02.02

『THIS IS FOR YOU〜THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』

51beq52ggll_sl500_aa240_ 成20周年のアニバーサリーを終えたばかりのイエモン。アルバムの完全版が発売されなど、再評価の流れは止まりそうもありません。これを機に、彼らを知らない世代にも、ぜひ、ぜひ聴いていただきたいところです。
 何を隠そう、この私も彼らにはとんでもない影響を受けました。おおげさでなく、私の音楽観、日本語観を変えたと言っていいと思います。今、こうして、たとえばフジファブリックやレミオロメンやバンプなどのJ-ROCKを聴いているのも、彼らのおかげです。
 それまでの私は、洋楽ロック、バロック、ジャズばかりを聴き、そして演奏していました。そこに雷を落としたのがイエモンだったのです。
 その一発目の雷は、具体的に言いますと、あの超名盤「SICKS」です。それについてはこちらの記事に詳しく書いてあるとおりですね。
 それから全てのアルバムを狂ったように聴き尽くしました。ライヴにも行きました。そうこうしているうちに、どういうわけか、吉井和哉さんがご近所さんになり、妙なご縁にまで恵まれて、ますますイエモンの音楽、吉井和哉の歌が、私の心を開いてくれたのでした。ありがたいことです。
 今の若い世代のロック・ミュージシャンにとっても、彼らカリスマ的な存在です。ですから、私と彼ら若い人たちは同じ体験をしているわけですね。そういう部分で、私は自分よりもずいぶんと年下の人たちの音楽や言葉に共感しているのかもしれません。
 それにしても、不思議なことはあるものです。吉井さんがいた河口湖北岸をはさんで、御坂峠を越えたところにレミオロメンが生まれ育ち、こらち側、すなわち富士山側にフジファブリックの志村くんが生まれ育ち、そして、両者とも吉井さんと共演するまでになっていくとは…。
 ちょっと変な話ですが、土地が持つ不思議な霊力のようなものがあり、それが彼らを結んでいるような気さえするんですよね。そして、そこにたまたま私が住み、その磁場のようなものに引っかかって、それぞれ別々にご縁ができて、いつのまにか、それがまた一つになっている…本当に偶然に偶然が重なっているんです。
 吉井和哉さんと志村正彦くんに関しては、実は別の視点でもいろいろと不思議なことがあります。御本人たちは全く意識していなかったと思いますが。
 私はこちらの記事で「吉井和哉は太宰治だ」と書きました。これもまた、単に人間として、天才としてという意味だけでなく、御坂峠という土地が絡んだ共通性です。
 そして、志村くんについては、こちらにも書いたように、中原中也との不思議な共通点があります。あそこに書いた高円寺のみならず、よく考えてみると、フジファブリックが担当したラジオ番組「フジファブリックのGUCHI GUCHI言わせて」はFM山口制作でした。山口と言えば中原中也の故郷ですね。山口から高円寺に行ったのです。なんで、フジが山口だったのか…今になってみると、そこには深い意味があったような気もします。
 こんな感じですから、近年の吉井さんと志村くんの接近は、私には「太宰と中也」の遭遇のように見えていたのです。
 実際の太宰と中也は少なくとも3回は遭遇しています。この二人はなんとも微妙な関係にありました。太宰は中也よりも年下。太宰は中也を尊敬していたようですが、実際会ってみたら、実はとんでもない酒乱で、何度も喧嘩腰に絡まれて、ほとほと閉口してしまいます。最終的には苦手な人間として遠ざけていたふしさえありますね。しかし、ある意味では、同じような魂を持っていた、あるいは同等の才を持っていた二人とも言えます。
 もちろん、吉井さんと志村くんとは、いろいろな面で二人の関係は違ったものですけれども、しかし、もしかすると、「魂」や「才」の部分では何か共通点があるかもしれません。少なくとも私自身にはそれがあるように感じられます。表現の方法は違うけれども、やはり同じ何かがある…。
 そういう意味で、志村くんの実質的なこの世での最終完成音源となったのが、このアルバムに収録されている「FOUR SEASONS」だったというのは、なんとも運命的です。
 私にとっても、好きなイエモンソング、ベスト3に入るこの曲を、志村くんがカバーすると聞いた時には、本当に興奮しました。ある意味夢にも見ない夢の実現でしたから。
 しかし、志村くんが去ってしまった今となっては、かなり辛い歌となってしまいましたね。あまりに歌詞が辛い。叫びが辛い。今まで、自分でもカラオケなどで歌ってきた曲ですが、こんな違った意味を持つようになるとは…。
 きっと吉井さんも辛いでしょう。年末28日の武道館ライヴも苦しかったことでしょう。正月にはこちらにいらしてましたが、いったいどんな気持ちで富士吉田の街を、そして富士山を眺めたことでしょう。
 「勇気が足りない 力が足りない 時間が足りない お金が足りない 空気が足りない 命が足りない」…これを歌った時、志村くんは自らの運命を知るよしもなかったはずです。
 

Disc 1
WELCOME TO MY DOGHOUSE / Scoobie Do
LOVE LOVE SHOW / 奥田民生
SUCK OF LIFE / 毛皮のマリーズ
SPARK / 秦基博
JAM / TRICERATOPS
空の青と本当の気持ち / 星羅
SEA / 山田孝之
BURN / 椿屋四重奏
カナリヤ / tacica
4000粒の恋の唄 / あがた森魚
PUFF PUFF (instrumental) / MORGAN FISHER

Disc 2
FOUR SEASONS / フジファブリック
パール / 黒猫チェルシー
TVのシンガー / 9mm Parabellum Bullet
楽園 / KREVA
SHOCK HEARTS / metalmouse
球根 / THE BACK HORN
追憶のマーメイド / ムック
離れるな / 金子ノブアキ
SO YOUNG / シュリスペイロフ
メロメ (instrumental) / MORGAN FISHER
バラ色の日々 / Nothing's Carved In Stone
プライマル。 / フラワーカンパニーズ

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2010.01.29

なんすかこれ!?

↓クリック!!
0004 ンター古文の恋路大将もひどかったけど、こっちはもっとひどいかも。
 某私立大学の医学部を受験した生徒からこんな画像が送られてきました。生物の問題です。
 なんすかこれ!(笑)文章の半分以上が空欄じゃないっすか!?なんかリアルに奮闘した跡が見えますが、結局なんの話だったか分からなかったとのこと。そりゃそうだ。
 彼女、帰ってから知り合いのお医者さんに解いてもらったところ、現役のお医者さんもお手上げだったそうです。
 まあ、これはさすがに笑っちゃうレベルの珍問ですね。センターの古文がロト6なら、こっちは「ナンクロ」ですよ。いったい、どういう力を見ようとしているのでしょうか。
 皆さん、まず問題文を声に出して読んでみてください。数字はちゃんと数字で読むんですよ。「生物のイチ間に見られる二の違いをサンといい…」というふうに。笑わないで最後まで読めた人は合格です(笑)。
 ええと、ちなみにワタクシでしたら、こんな感じで解答しそうです。これじゃダメでしょうか?
「生物の男女間に見られる種々の違いをすれ違いといい、すれ違いには肉体間の違いによって現れる肉体間すれ違いと、思想や性格のすれ違いによって現れる精神間すれ違いとがある。肉体間すれ違いは男女間に根源的原因のある解決しないすれ違いであり、精神間すれ違いは男女間に根源的原因のない解決するすれ違いである…」
 これも正解でしょう(笑)。
20100130_84510 実はこの大学の生物の問題、毎年こんな感じなんですよ。ちょっとこちらもご覧下さい。これも私なりに考えてみましたが、「ヒトではズボンのチャックが破損すると、内部にあるパンツが露出され、恋人友人を介して町にある警察消防報道へと露出が伝えられる…」くらいしか考えられません(笑)。しかし、それで行くと、後半のつじつまが合わなくなっちゃうんですよね。これはかなり高度な国語力というか文学力を要する問題です(笑)。
 これは国語の教材として使えますね。さっそくそういうことが好きな男子生徒が「デスメタル」尽くしで文章化してました。こういうの上手な生徒いるんだよなあ。
20100130_84052_2 最後に数年前のこちらの問題も見てみてください。これなんか最強ですよ。とにかく、最初にやったように数字は数字のまま読んでみてください。
 これってはっきり言って手抜きでしょう。なんかのテキストをテキトーに(いや、パズル風に)虫食いにしただけでしょう。
 もし、そうでないと言うなら、ぜひその意図をお聞きしたい。
 ちなみに他の教科は比較的フツーの問題です。なぜに生物だけ…。
 いやあ、受験生は大変ですわ。お疲れさん。

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2010.01.26

今年の4月は「来春」か「今春」か

↓写真は志村くんゆかりの忠霊塔の「春」
O0800053510163967887 ほど、ご意見番(ウチの父親)から電話があり、「昨日の記事には間違いがある!『来春開校の中学…』ではなく『今春…』と書くべきだ!」と強く叱られました。「そんな先生が中学生に国語を教えているとなると、親から苦情が来る!」とまで言われました(笑)。
 父親が言うに、「辞書に『来春=来年の春』『今春=今年の春』と書いてある!」とのこと。たしかにそうです。
 しかし、ちょっと皆さん、考えてみて下さい。1月である今、3ヶ月後に来る春を「今春」と言うのには、ちょっと抵抗がありませんか?
 ない…?なるほど、そういう人もいるかもしれません。それもわかります。なぜなら、やはり辞書的に正しいし、新聞やテレビなどのマスコミも当然辞書に従っているため、実際にそのような表現を目に耳にすることが多いからです。
 では、完全に私の間違いかと言いますと、そうとも言いきれません。
 父が辞書と言った、その辞書は当然現代の国語辞典です。たしかにほとんど全ての辞書に上記のような記述があるようです。しかし、事情は辞書ほどに明解、いや明快ではありません。
 たとえば、こんなふうに、私の感覚や使い方の肩を持つこともできます。
 まず、もっと古い辞書を引っ張ってきましょう。17世紀初頭の「日葡辞書」です。

『来春「Raixun (ライシュン)。キタル ハル〈以下ポルトガル語の訳〉今度の春。文書語』

 そう、来たる春が来春なのです。next springということです。今、季節はどう考えても冬ですから、今年の4月は(次に)来たる春に間違いないことになります。
 考えてみると、本来「今〜」とか「来〜」とかいう熟語の「今」や「来」には、「今年の」とか「来年の」とかいう意味はありません。
 「今週」「来週」、「今月」「来月」、「今年」「来年」、「今学期」「来学期」などと言う時の「今」と「来」は、「(話し手が)今いる時間的範囲(期間)の」と「今いる時間的範囲(期間)が終了したのち来たるべき次の時間的範囲(期間)の」という意味です。
 ついでに言うと、一つ前のスパンを表すのは「昨」ですね(「昨〜」が使われない場合もありますが)。
 そうした本来の「今」「来」の使い方からすると、「今春」とは「今身を置いている春」、「来春」とは「今身を置いている春の次に来る春」ということになり、たしかに「今年の春」「来年の春」と同義になります。
 ただ、この解釈ですと、「春」に身を置いている時にしか、この表現はできないことになりますね。夏や秋や冬には使えない表現ということになります。
 しかし、どうも事情はもう少し複雑なようです。たとえばプロ野球で、ある年のペナントレースが終了し、その結果を振り返るのに、「今季」と言いますし、次のシリーズに向けて「来季に期待しましょう」などと言います。
 つまり、それらの「時間的範囲(期間・節)」が連続していない場合もあるわけですね。シーズンオフがはさまれたり、別の「節」が挿入されたり。その場合には、「今」「来」のニュアンスが少し変わってきます。
 すなわち、その「節」が連続しておらず、間に違う「節」がある場合、その違う「節」に身を置いている際には、「今〜」の「今」は「直近の過去の〜」ということになり、「来〜」の「来」は「直近の未来の〜」ということになるわけです。
 季節もそういうことになりますから、今の解釈に従って、「今季」「来季」と同じ感覚で「今春」「来春」と言ったとしたら、私の「来春」の解釈で間違っていないことになります。今、冬で、その「直近の未来の春」ですからね。
 では、なぜ、「今春」「来春」の場合には、辞書に「今年の春」「来年の春」といった異様な解釈が載っているのでしょう。
 もうお分かりかと思いますが、これには旧暦から新暦に移行した際の複雑な事情が絡んでいるのです。
 お正月を新春と言いますよね。つまり、旧暦では、1月1日はほぼ「春」でした。「ほぼ」と言ったのは、立春よりも早く年が明けることもけっこうあるからです。それでも、感覚としてはだいたい「立春」の頃が「元旦」でした。
 そうすると、旧暦のもとでは、「来春=直近の未来の春」はすなわち、ほとんど全て「来年の春」となるわけですね。「今春=直近の過去の春」は「今年の春」です。
 と、そんな事情もあって、旧暦下では私の解釈も父の解釈も正しいし、同じことになってしまうんですね。
 ところが、明治以降、かなり無理をして新暦を導入した結果、まあ、暦はめちゃくちゃなことになってしまいました。「暦の上では」という表現とか、「お盆」なんか「旧盆(旧暦7月15日)」「新暦7月15日盆」「月遅れ盆(新暦8月15日)」とか…もう本当に訳がわからん状態です。
 この「来春」「今春」問題もまた、そうした弊害の一つと言えるでしょう。
 辞書というのは、実は孫引きに孫引きを重ねて成立してきています。今の辞書の原形は明治時代の辞書たちです。大槻文彦の「言海」や、山田美妙の「日本大辞書」、上田万年の「大日本国語辞典」などですね。そのあたりを参照してみないと分かりませんが、江戸や明治初期の暦の感覚のまま「今春=今年の春」「来春=来年の春」と書いてしまった可能性は高いと思います。そして、それを孫引きして、論理矛盾に気づくこともなく、また、本来の「今〜」や「来〜」の意味を無視して現在に至る…と。
 というわけで、たしかに辞書的には私の「来春」の使い方は間違っているかもしれませんが、語誌的に、また日本人の感覚的に考えて、立春前である昨日、あのような表現をしたのは、あながち間違いでないと思います。
 ま、ここは私が素直に間違いを認めましょうか。親子ゲンカになるのも面倒なので。直しておきます。「来春(この春)」と(笑)。
 ただ、「そんな先生がうんぬん」の発言は撤回してもらいたいですね(お互いかなり頑固でして…苦笑)。

PS いつか書きたい「時間」に関する論理矛盾(謎)を挙げておきます。
 正午は午前12時か、午後12時か、それとも午後0時か…。
 日曜は週の始めなのに、なぜ「週末」に含まれるのか…。
 電車ホームの告知板の「こんど」と「次」とは…。

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2010.01.24

高円寺駅南口ロータリー…

Photo 日でちょうど1ヶ月ですね。フジファブリックの志村正彦くんの最初の月命日。
 そんな日にたまたまこの場所に来るとは…。
 全く意図していなかったのです。本当にたまたま別の事情から考えてここになったのです。不思議ですね。
 今日は家族で東京に行きました。私は3月に出演するコンサート(こちら)の練習で北区へ。家族はいつもの浜松町や東京駅、そして浅草見物に行ったようです。
 丸々6時間ベートーヴェンやハイドンを弾きました。さすがにオール初見での練習はきつい…でも、全て初めて弾く、いや聴く曲(全く知らない曲だったのです)に感動。当時のオケのメンバーもこんな感じで楽譜を配られて、初演の曲に臨んだりしたんだろうな、なんて感慨にふけっていました。
 練習を終えた私は、5時近くに北区を出発して、富士山のシルエットに沈む異様に美しい「茜色の夕日」を眺めながら、「環状7号線」を飛ばして高円寺に向かいました。
 最終的に新宿にいた家族と、環状7号線の近くで練習していた私が落ち合うのは、やはりどう考えても「高円寺」になりますよね。自然な流れだと思います。
 家族は北口にいたのですが、停車場所がなかったので、私はガードをくぐって南口のロータリー横に車を停めました。そこら中に車が停めてあったのに、そこだけポカンと空いていたのです。その時はただ単にラッキーと思っただけでした。そこに買い物袋をかかえた家族がやってきました。
 車を停めた時は、気づかなかったのですが、家族が車に乗り込む時、車の窓から外をのぞき込むようにした瞬間、私はとても不思議な気持ちになりました。あれ?この風景…。
 そうです。私は上の写真をふと思い出したのです。たしかここだった…志村くんが立っていたのは!
20100125_62723 確信がなかったので、車の窓越しにiPhoneで写真を撮りまして、ウチに帰って確認しましたら、やっぱりそうでした。まさにその場所にレンズを向けていたのです。
 ただご覧のように、今南口ロータリーは工事中です。リニューアル工事が行われています。
 富士吉田の市民会館(富士五湖文化センター)も今改修中でして、こうして志村くんを偲ぶ風景が変っていってしまうのも、なんとなく悲しい気がしますね。
 この前、「中原中也 『我が生活』」という記事に書いたとおり、志村くんと中原中也は同じ19歳でこの場所に立ってたのですね。感慨深いものがあります。
 高円寺は、ねじめ正一さんの「高円寺純情商店街」や、大槻ケンヂさんの「高円寺心中」を挙げるまでもなく、さまざまな現代の文学や音楽の原点になっています。志村くんも「原点中の原点」と言っていますね。
 古くは、中原中也だけでなく、川端康成も高円寺で貧乏生活をしています。島崎藤村もですね。まあ、とにかく高円寺、阿佐ケ谷、荻窪、三鷹あたりは、そういう空気のある所です。
 志村くんは、ピザ屋のバイトの先輩から高円寺をすすめられたそうですが、「音楽やるなら高円寺に住め」という流れは、たしかに世間にあるようですね。
 考えてみると、役者を目指していたウチの姉も高円寺に住んでいたんだっけ。そういうサブカル的というか、アングラ的な雰囲気もあります。
 私は個人的には本当に最近になって高円寺と縁ができたんです。ここ1年のことです。発端は、プロレスの勉強会で定期的に高円寺に通うようになったということ。そう、スネークピット・ジャパンがあり、ビル・ロビンソン先生が住んでいたというのがきっかけです。
 その後、何人かの教え子がこの近辺に住んでいるのもわかり、年に何度かは通うようになり、高円寺で朝まで飲み明かすなんてこともあるようになりました。それも考えてみれば不思議な流れでした。
 さて、高円寺南口ロータリーで落ち合った私たち家族は、中央高速で富士山に帰ってきました。途中、車は罔象女命の上を通ります。そこから富士吉田市の夜景(含む富士急ハイランド)を眺めました。そして、スバルラインで富士山に駆け上がり、志村くんが天に昇った聖苑のすぐ横を通って、我が家に帰ってきた次第です。
 こうして期せずして、私なりの月命日のお祈りをすることができました。なんとなくですが、やっぱり「ありがとう」と言いたい気持ちです。志村くんの、いろいろな土地土地での、いろいろな思いを感じることができたような気がします。
 おやすみなさい。

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2010.01.21

フジファブリック 『熊の惑星』

54_20100121_00002 ほど、富士吉田市の「夕方5時のチャイム」が鳴りました。今日はまた特別に胸に響きますね。
 今日は東京の中野サンプラザにおいて、お別れの会「志村會」が執り行われています。私は仕事が立て込んでいてうかがうことができませんが、知り合いの数人が駆けつけて、現地の様子などを伝えてくれました。
 悲しみは絶えません。しかし、こうしてファンの人たちの気持ちを集める場が設けられたのは、志村正彦くんにとっても、また、メンバーにとっても、親族の皆さんにとっても、そしてなんと言ってもファンの人たちのために、とてもいいことだと思います。
 何ごとにも一つの区切りというか、前に進むきっかけというのは必要です。私も今日、また新しい気持ちで彼の曲を聴くことができそうです。皆さん、ありがとうございました。
 さて、今日はそんな大切な日にちなみまして、一つエピソードを紹介いたします。
 この前記事にしました名曲「若者のすべて」のカップリングに「熊の惑星」という可愛らしく愉快なナンバーがあります。まずは、お聴きください。

 作曲はベースの加藤くんです。中国風なイントロやリズムを伴ったなかなか楽しい曲ですね。もちろん志村くんの歌詞にインスパイアされての曲作りだったことでしょう。歌詞をご覧ください。
20100121_173724 不思議な「詩」ですね。まさに「夢の対決」、夢で見た光景をそのまま言葉にしたような不思議な世界が広がっています。
 「熊の惑星」と言えば、私などアメリカのSF作家R・A・ラファティの「どろぼう熊の惑星」を思い出します。あの短編集、以前図書館かどこかでチラッと眺めたことがあります。けっこう残酷な雰囲気の童話だったと記憶しています。もしかして、志村くん、このあたりからヒントを得たとか。
 軽みもあって、実は残酷でシュールというラファティの味が、この歌詞と不思議に共通していると思います。
 さてさて、そんな熊(なぜか北欧の熊)に対するのは、アジア一のワザの使い手「ひげの太極拳野郎」です。
 この正義の味方の正体について、志村くんが何かインタビューなどで語っているかどうか私は知りません。ただ、この歌詞を聴いた時に、あることをピンと思い出したのです。志村くんの理想の男がこんなところに出てきていると。
 というのは、彼の中学時代の卒業文集に「太極拳男」が登場しているのです。あまり詳しくは書けませんが、彼の目指す「太極拳男」は「効率のいい男」だそうです。
 その文集の文にも、はっきり言って他の生徒たちとは全く一線を画した芸術性(?)があり、もうすでに天才詩人の片鱗がうかがわれます。ある意味ぶっとんでいるんですよね。
 そんな理想の男がひげをたくわえて再登場したと思ったのです。
 たまたまでしょうが、ラファティの熊は北欧どころか、宇宙からやってきた盗っ人エイリアンでして、それを志村くんの目指した理想の太極拳男がやっつける光景が目に浮かんだんですよね。
 旗を取り合っていますが、いったいこの「旗」とはなんなのでしょうか。彼がこの詩について何か語っているのを知っている方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。
 繊細で抒情的な詩や、変態的で過激ともとれる詩の多かった志村くんの作品ですが、このような軽みのあるユーモアもまた彼の魅力の一つでしたね。そのへんの幅の広さも中原中也的であるとも言えそうです。
 「若者のすべて」「セレナーデ」「熊の惑星」…たしかに彼の少年時代の香りがする曲たちですね。
 今日はあえてこの曲を聴きながら、あらためてご冥福をお祈りしたいと思います。
 Rest In Peace …

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2010.01.19

『Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』 津田大介 (洋泉社新書)

86248482 バマ大統領がTwitterに初投稿というニュースが。
 私はいまだツイッターには参加していません。見るだけです。やってみればその面白さや可能性がわかるかもしれませんが、とりあえず旧メディアであるこの「古典的ブログ」という形式が自分には向いているような気がします。
 基本的につぶやきを公開することにまだ抵抗があるんですね。ある意味まとめあがっていない思考の断片を披瀝する価値がいまいち分からないのです。
 この本を読めば、それがどんなにクリエイティヴな世界であるか、だいたい想像できます。しかし、これは私の性格の問題だと思うのですが、しっかり構成、校正されていない「言葉」が、勝手に解釈されて、勝手に成長していくのが、ちょっと怖いような気もするのです。
 似たようなものに、mixiのボイスというのがありますが、あれこそどうも苦手な世界です。日本人のつぶやきはどうしても「愚痴」になりがちで、それを読まされる方としては、正直不快になるだけです。
 もちろん、そんな負のつぶやきばかりではありませんが、ああやって「文字」にして「言葉」にしてしまうことによって、ちょっとした不快の萌芽が実体化してしまうと思うんです。それって、ストレス解消になるんでしょうか。それとも誰かにかまってもらいたいだけなんでしょうか。いずれにしても、自分にとってもあんまりいいことではないような気がするのですが。
 ちなみに今の時点の私のマイミクのボイスを見てみると、約9割がマイナスな感情の吐露になっております(苦笑)。これはSNSという「社会」、クローズドで基本実生活に根ざしたコミュニティーの、ある種の「気持ち悪さ」ですね。実に不毛な感じがします。さすがにツイッターはこんな感じじゃないだろうな。
 まあそれでも、こうしたブログの記事や、mixiの日記みたいに、構成や校正をしなければならない場には、いろいろな「他者性=公共性」が介在するので、その人自身のリアルな露骨さというか、ある意味肉体性なんでしょうかね、そういうモノはたしかに希薄になります。
 インターネットというのは、不特定多数の脳ミソの共有です。今まではそういう感じだったわけですが、いよいよツイッターのように「リアルタイム」性を獲得して、結果として「理性」以前の「感情」や「感覚(今何を見ているとか、食べているとか、どこにいるとかも含む)」を共有できるようになってきたわけです。これは究極の世界一体化ですよ。
 そうすると、さっき懸念した、素材としての洗練されていない「言葉」が、勝手に誰かによって編集されていくことも、究極の他力だと思えば許せるような気がしてきますか。しかし、その結果がどうなるのかなんて、誰も考えていませんし、分かりませんよね。ただ、なんとなくですが、私はその先にあるのが、いいことばかりではないような気がします。予感として。
 まあ、言語化する時点で「感情」や「感覚」の編集がなされているわけですし、考えようによっては、あの字数制限は編集を要求するものだとも言えますがね。ただ、その編集度の低さは否めないと思います。
 そんなツイッターやボイスの持つ、リアルタイム性と無責任性(ゆるさ)と、それから文字数の制限がもたらすある種の韻文性からして、これを「和歌」や「短歌」や「俳句」の世界と比べる向きもあります。この本でも最後の勝間和代さんとの対談の中で、そんな話が出てきます。
 ちょっとそれは違うような気もしますけれど、しかしたしかに、これらの「つぶやき」が、音声言語と文字言語の中間態であるというのは事実でしょうし、タイムライン上で流れるように消えていくが、しかし検索も可能という、今までにない言語メディアであるというのも興味深いところです。
 書き言葉、特にネット上の言葉の面倒なところは、基本「永遠に残る」ということです。そこからBBSなどでは面倒なケンカが起きたりするわけですよね。文字によって、我々の思想や感情は時を超えて残ることになり、それが良い結果と悪い結果両方を産むことになっているわけです。音声言語であれば時の流れにまかせて洗い流すこともできたのが、書き言葉ではそれが難しくなる。
 それを、上手に流していくところに、ツイッターの魅力があるのでしょうね。
 というわけで、私は学校現場でこのツイッターをうまく利用できないか考えているのです。しかし、なかなかいいアイデアが浮かばない。ちょっと考えられるのは、まあ、基本閉鎖的な学校生活をゆるく実況中継することで、より公共性を持たせたり、あるいは単純に、保護者の方へリアルタイムでありながらかつプライバシーがある程度保護された情報を伝えるという使い方が考えられますね。
 4月開校の中学で活用できないか、今後もいろいろと考えていきたいと思います。まずは自分がちゃんと参加してみないといけませんね。

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2010.01.17

K教授と恋路大将にやられた!?(2010 センター試験 国語)

↓これは源氏
10050895784 ったく今も昔も罪な男というのはいるものです。
 センターやってみましたよ。ここ数年、毎年のようにセンター試験国語のレビューを書いてきましたが、今年はあまり積極的に書く気がしません。
 なぜなら、私の嫌いな「恋路ゆかしき大将」が出たからです。嫌いだというのは、別に作品として難解だとか、ストーリーが嫌いだとかではありません。単に主人公たる「恋路大将」が憎いからです(笑)。そのへんについては、最後に語るとして…。
 それ以上に憎いのは、問題作成委員のK教授です。なんすか、この問題は。
 実はこの作品のこの部分、以前読んだことがあったんですね。記憶に残っていました。あれ?珍しく知っている文章が出た!と思ったら、河合塾の模擬試験で出ていたようで、いわゆる黒本の2007年版にありました。
 私の担当するクラスでは、以前書いたように、センター試験を100年分以上やります(もちろん模試の問題も含めてですよ)ので、生徒も記憶にあったようです。しかし、やったという記憶があるからできるというわけではないのが古文の恐ろしいところです。
 とにかく今回の古文は平均点低いと思いますよ。
 問題としては河合塾の模試の方がずっとまともでした。いや、できなかったからセンターを逆恨みして言ってるんじゃありませんよ。いちおうできました、全部。ただし、休憩込みで半日かかりました、古文だけで。
 ここではっきり言っておきます。これを20分で読解して、理解した上で問題に答えられる受験生はいません。断言します。いや、何十万人の中にはいるかもしれませんが、それはそれで心配になってしまうくらい異常な才能を持っている人物でしょう。現代に適応しているかどうか、確認した方がいいでしょう。
 高校の国語の先生にもいません。できたふりして解説とかしてても、実際何の資料も(もちろん解答も)なく20分で完璧にできた方はいらっしゃらないでしょう。予備校さんも、しれっとしたコメントなど出していますが、間違いなく注釈書を引っ張り出してきて、ようやく自信を持って解答例を出しているはずです。
 そのへんのことを、もっとみんなはっきり言った方がいい。変なプライドとか、世間体なんて忘れて、ちゃんと言わなきゃ。私は恥も外聞もはじめからありませんから、言います。
 いったい、この問題を20分で解かせて、どんな知識や能力を測ろうとしているのでしょうか。それも国語200点中の50点分ですからね。
 今回の現代文や漢文の問題は、一定の知識と集中力があって、いわゆる情報処理(それを国語と言って良いかは微妙ですが)をきちんとすれば解答にたどりつける問題がほとんどだったので、まあ良しとしましょう。
 しかし、もう1回言います。この古文はひどい。一時期の「古文は勉強するな。テキトーにマークしろ!」が復活しちゃいますよ。
 実際、いちおう勉強したクラスと、スポーツなどに忙しく「テキトーにマークしろ」と指導したクラスと、平均点はほとんどかわりませんでした。なんなんだ、いったい。勉強するなっていうことですか?いや、反対にスポーツなんてもってのほか、もっともっと勉強しろってことですか?それともロト6の的中率を上げろってことですか?
 私もかなり古文に関してはマニアックな方です。特に和歌に関しては、高校時代なんか、好きな人に和歌贈ってたくらいですから(笑)。それでも半日かかってまだよく分からない問題があるんですよ。その和歌をなんと6首も解釈させる問題がある。いったい、現代において、中世(実質上は中古)の和歌を解する意味はどこにあるのでしょう。文化の継承とか温故知新とかいうレベルを完全に逸脱しています。
 いや、そんな教師が進学クラスを教えていていいのか!?とおっしゃる方がいらしても、全然かまいません。私は「はい、そうです」としか言えませんし。
 冒頭の言葉を繰り返します。まったく今も昔も罪な男というのはいるものです。
 今の罪な男とは、この問題を作ったK教授です(仮名)。あんた!笠間書院の全集なしで、いきなりこの本文を読んで、自分が作ったこの問題を初めて見て、20分で解けますか?あなた中世文学の専門家でしょう?それでも無理だと、私は断言しますよ。
 こういうことをはっきり言わなきゃダメです。
 K教授、今度お会いしましょう。そして、私が作ったセンター(風)古文をぜひ20分で解いてもらいたい。そうすれば、あなた(方)がどんなことを、罪とがのない純粋に一生懸命頑張っている受験生に課している、いや科しているかお分かりになるでしょう。
 さてさて、すこしクールダウンして、昔の罪な男は誰かと言いますと、まさに「恋路大将」さんです。ただあなたの罪は罪なき罪です。あなたは光源氏の劣化コピーってとこですかね。
 あなたはイケメンすぎた。二の宮の姫君を結局ゲットした上に、絶世の美女である梅津女君にまで愛される…。ううむ、こっちもやっぱり許せん!w
 ああ、すっきりした。
 ちなみに、向かい側では、ある意味ワタクシ以上に化学の先生がお怒りになっております。いったいどんな力を見ようとしている問題なのかわからない!と。そして、これは一言で言えば「いじめ」であると。
 あ〜あ、これじゃ、教育の世界から「いじめ」はなくならないはずですわ。

 追記 ある意味もっとすごい国語(?)の問題はこちら

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2010.01.16

「自分」とは…

↓わおっ!いきなりフロイトかよ。
20100117_131644 日は忙しかったなあ…。新しい中学校の一般入試と高校3年生のセンター試験とが重なりました。
 今年はセンター試験の問題がネット上で公開されるのが遅くなりましたので、国語の問題を解くのを明日にさせていただきます。この眠さでこの文は読めない…フロイトという文字が目に入るだけで無意識的に夢判断の態勢に入ってしまう(笑)。また、解いてみてからテキトーにレビュー書きます(面白かったら)。
 まあセンターの国語の問題を作る作成委員の先生方は大変でしょうね。文を選ぶだけでも大変です。お疲れさまです。ご自分で書けばいいのに。評論も小説も古文も漢文も(笑)。
 で、実際のところ私は自分で書きます。この前、推薦入試の時にも宣言しましたように、私はその「選文」の面倒を避けるためもあり、また、せっかくですので、受験生にもお土産を持って帰ってもらうという意味も含めて、問題の本文は自分で書きます。そして、ここにも公開いたします。
 今回の文は「自分」という題で書いてみました。やっぱり小学生にはちょっと難しいかな?では、どうぞ。実際には空欄やら傍線やらルビやら、そして問題(作文含む)がありますが、それらはカットして掲載します。では、どうぞ。

    自分

 あなたは自分とは何者だと思っているでしょうか。
 「あなたは何者ですか?」と聞かれれば、「○○○○」と名前で答えることもできるでしょう。
 また、○○小学校六年○組○番と答えるかもしれません。あるいは、日本人だと答える人もいるでしょうし、男だとか女だとか、そういう答え方をする人もいるかもしれません。
 しかし、よく考えてみると、こういう答は、自分で考え出したものではないことに気づきます。名前もたいがい親がつけてくれたものですし、小学校も自分で決めたわけではないでしょう。クラスや出席番号ももちろんです。日本人であることも、男であることも女であることも自分で決めたことではないはずです。
 そうすると、私たちが「自分」だと思っているものは、全く自分ではないということになってきます。他人の意思や世の中の勝手なルールによって、名づけられ分類されているに過ぎないとも考えられます。
 そして、そういうことが、年齢を重ねるごとにどんどん増えていく。毎日毎日、いろいろな「名づけ」や「分類」を、どんどん背負っていく。私たちは、こういうことを、「大人になる」とか「社会人になる」とか「一人前になる」とか言うようです。
 では、私たちは、昨日より今日、今日より明日と、どんどん「自分」ではなくなっていくのかというと、そんなことはありません。逆に、「自分」を「自分」だと思って疑わなくなってくるのではないでしょうか。
 あなたも、赤ん坊の時には、「自分」を「自分」だとは思わなかったことでしょう。自分の名前もよく分からなかったかもしれません。でも、今はどうでしょう。「自分」を「自分以外の誰か」だとは思いませんね。
 小学校に入ってからのことを考えてみましょうか。六年生になった今、一年生や二年生の時のことを思い出してみると、やっぱり今の方が、「自分」を意識して生活しているのではないでしょうか。
 私もそうでした。ちょっとはずかしい話ですが、私は幼いころ、自分を宇宙人だと思っていました。今こうして○○家の息子として日本で生活しているけれど、それは仮の姿で、本当は地球を救うために違う星からやって来たのだと、本気で信じていました。たぶん、テレビのヒーロー物の影響でしょうね。
 しかし、小学校も高学年になると、そんなばかなことを考えるのはやめて、人から見た「自分」、人が名づけて分類した「自分」こそが、本当の「自分」であるということにしてしまいました。そういう意識はなかったとしても、結果としてそういうふうに変わっていきました。
 私もその時、「大人になる」ことを選んだのでしょう。もちろん、それで良かったと思いますし、周りの人たちもおそらくそういう道を選ぶのでしょうから、後悔したり反省したりする必要はありません。しかし、そうやって「自分」が作られていったと思うと、案外面白いものです。
 「自分」が他人によってどんどん作られていく。そうして、自分でも、そんな「自分」にどこか安心を得たり、自信を持ったりする。考えてみれば不思議なことですね。
 でも、私たちは本当にそれで満足しているのかというと、実はちょっと違ったりします。
 皆さんも、親や先生の言いなりになるのがいやな時がありませんか? 私にはたくさんありました。いやなのだけれども、じゃあ全部自分で「自分」を作れるのかというか、そんなことはない。そんな矛盾に苦しんで、暴れたくなった時もありました。まあ、暴れたところで、「自分」は全然生まれそうになかったのですが。
 人に決めてもらう「自分」の居心地の良さと悪さ。たしかに両方ありました。どのようにそのつじつまを合わせていくのか。これが、中学時代の難しさであるとも言えますね。
 そして、それは難しいからこそ面白い、やりがいのあることだったりします。ゲームなどもそうでしょう。簡単すぎるとつまらない。でも、最初は無理だと思っていたことをクリアしていく喜びと達成感は、何ものにも代え難いものですね。
 これから、皆さんは、そうやって「自分」という難しいものとつきあっていかなければなりません。そして、おおかた「自分」は他者によって作られているわけですから、「自分」とつきあうということは、「他者」や「社会」とつきあうということでもあります。また、逆の立場になって、他人の「自分」を作っていくこともますます増えるでしょう。それはそれで責任重大かもしれません。「あいつは○○なやつだ」などと、簡単に言えないのかもしれません。
 ただ、これらの困難は、私たちが生きているかぎりどうにも避けられそうにありません。皆さんはいよいよ、そうした困難なステージに主役として立つわけです。どうせなら、逃げることなく楽しみながらクリアしていきたいですね。みんなで協力しあって。
 そして、最後に大切なことを確認しておきましょう。ついつい忘れがちなことです。
 現代日本に生活する私たちは、「自分を自分だと思う自由」を手にしている。
 どうでしょう。あまりに当たり前すぎて、私たちはそのことを忘れてしまっているではないでしょうか。
 その大切なことを思い出すのに、わざわざ世界史や日本史を振り返るまでもありません。今の世界をしっかり見回してみるだけで、これが保障されていないところがけっこうあることに気づくことができるでしょう。
 私たちが「自分」とつきあっていく原点は、実はこんなことに気づくところにあるのかもしれません。

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