カテゴリー「文学・言語」の962件の記事

2018.06.19

生誕109年・没後70年…太宰治 『右大臣実朝』

Th_unknown 日は桜桃忌。今年は太宰治、没後70年、生誕109年にあたる年です。
 それにちなみ、今日は改めて一つ作品を読んでみようと思いました。時間もないので短編を、と思いつつ、結果としてはちょっと長めな作品を選んでしまいました。
 というのは、ここのところの地震のことを考えていた時、そういえば「右大臣実朝」には地震の話がたくさん出てきたなと、ふと思い出したからであります。
 検索してみたら、28箇所「地震」という文字がありました。そう、実朝の生きた12世紀から13世紀にかけては、関東や関西で大きな地震が相次ぎました。
 たしかな記録としては残っていませんが、地質調査の結果、1200年ごろには、今も発生が予測されている南海トラフ巨大地震も発生したと言われています。ちなみに鎌倉の大仏の大仏殿が津波で流されたのは、室町時代の明応の大地震です。
 この「右大臣実朝」は、吾妻鏡を資料として引用し、その無味乾燥な記述から、実朝の人間性を生き生きと描き出すという、太宰得意の小説制作技法をとっています。そう、太宰は原資料をたくみに翻案、換骨奪胎するテクニック、才能に異常なほど恵まれた作家です。
 正直、ちょっとずるいと思ってしまうくらい、うまい。この「右大臣実朝」もまた実にずるい作品と言いいたい。
 執筆時期がまた微妙です。昭和17年から18年。まさに明治維新から現在までの150年の、ちょうど折り返し地点。戦局も暗転していく時期ですね。
 そういう時局だからこそ、歴史物をもって人間を描くという方向に向かったとも言えます。最終的には甲府で作品を仕上げたというのも、私にとってはこの作品を身近にしている原因です。太宰には、山梨の風土が色濃く影響を与えています。
 皆さんも、ぜひこの機会にこの名作を読んでみてください。いつものことですが、内容よりも、その文章のリズム感の良さに、私は惹かれてしまいます。なんとも音楽的です。吾妻鑑と対比によって、それがまた際立っているのです。

青空文庫 右大臣実朝

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2018.06.17

優れた演奏とは…「記録」と時間の流れ

Th__20180618_114326 日の続きとなります。
 未来から過去へと流れている(と認識していた)はずの時間を、なぜ私たちは過去から未来へと勘違いしてしまったのでしょうか。
 その原因となっているのは、「文字(文)」や「音符(楽譜)」や「録音」という「記録」です。記録するということは、本来流れていくモノを、この現在に固定することです。
 音楽と楽譜の関係で考えてみましょう。音楽は未来から流れてくるモノです。たとえばそれを楽譜に記録したとすると、それを再生するには、1小節目の1拍目から右に向かって演奏していくことになります。
 つまり、音楽を聴く際には客体であった自分が、今度は演奏する側に立つと主体になる。そうすると、記録の古い方、すなわち過去から順に再生していくことになります。
 それはあくまで演奏、再生の方向であって、音楽が聞こえてくる(流れてくる)方向とは違います。その主体と客体の逆転が、時間の流れの認識においても起きました。
 つまり、自分が止まっていて「時間が向こうから流れてくる」のではなく、時間の道のりを「自分が過去から未来へ歩んでいく」というように捉えるようになってしまったのです。
 ここには西洋近代がたどり着いてしまった、個人主義、主観主義が大いに影響しています。ちなみに日本語で「人生を歩む」という言い方をするようになったのは明治時代からです。それまでは、自分が止まっていて時間が未来から流れてくると感じていた…これについては今まで何度も書いてきました。
 しかし、こういう近代的感覚は単純に間違いだとは言えません。なぜなら、自分と時間との関係は相対的であって、どちらを固定するかによって、二種類の解釈ができるからです。
 わかりやすく空間で話をすると、たとえば自動車のナビや、飛行機、電車の運転シミュレーターのように、自分が動いていなくても、自分が動いているように感じますよね。時間においても同じことが言えるのです。
 しかし、相対的に同じと言っても、その本質は明らかに違います。車を運転してどこかに行くのと、ナビの中でどこかに到着するのとでは、もちろん意味が違いますよね。
 実はそこが肝心なのです。たとえば音楽で言えば、完全に即興の音楽というのは、自分が止まっていて向こうから来る音楽をキャッチしていく感じで、楽譜通り演奏するというのは、記録された情報を過去から順に正確に再生していく感じ。明らかにその質は違ってきます。
 あくまでも、本来音楽は未来からやってくるモノ。それを前提にすると、たとえばクラシックの演奏において、優れた演奏とはなんなのか、一つの考えが浮かびます。
 そう、記録された情報を過去から順に再生していくのだけれども、それを聴く人たちには、まるで今生まれたばかりの音楽が、向こう(未来)から流れてくるように感じる…それが優れた演奏なのではないでしょうか。
 いくら完璧にデータ通りに再生したとしても、それが感動を呼ぶとは限らない。いくら完璧なテクニックでミスタッチなく曲芸的に達者に演奏されたところで、ちっとも面白くない、なんてことはしょっちゅうあります。
 上の写真はマタイの自筆譜です。私もかつてマタイ受難曲全曲演奏に参加させていただきましたが、その際の体験が非常に象徴的でした。私はとにかく間違いのないように音符を正確に再生していくことに努めていたのですが…そこで演奏家であるはずの私に奇跡が起きました。向こうから予想しないモノがやってきて私を突き動かしたのです。
 その時のことを記録した「残酷で愚かな自分を発見…マタイ受難曲全曲演奏」という記事をお読みください。この体験は私にとって非常に大きな転機となりました。
 おそらくバッハ自身、向こうからやってくる音楽をキャッチして、そしてこの楽譜を残したのでしょう。きっと涙しながら、感動しながら、神のメッセージを受け取っていたに違いありません。
 そのバッハの感動を「今ここ」に再現できたら、きっと最高の演奏になるのでしょう。難しいけれども、実に興味深い人間の営みではありませんか。

 

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2018.06.11

『勝たずして何の我等ぞ』 (昭和19年朝日新聞社)

Th_117815219_o1 日の続き。結局、RADの野田くんは謝罪してしまいました。
 なんと息苦しい世の中なのでしょう。これこそ、ある種の言論弾圧でしょう。一見逆のように見えますが、実際にはこの「勝たずして何の我等ぞ」の頃の日本と同じような状況とも言えますね(もちろん、全然違うのもわかりますが、あえて)。
 そう、なにしろですね、あの、あの朝日新聞社でさえこういうプロパガンダ本を出版していたわけですね。いや、朝日新聞の戦後の変節(?)を指弾しようとは思いませんよ。なにしろ、そういう時代の変化の中で、一企業としてやってきたわけですから、人間個人でもそうであるように過去との矛盾というのはお互いに目をつぶらなければならない。
 それにしても、あらためてこの本というか、写真集でしょうかね、これを見ると大変な時代だったなあ、今風に言えばフェイクニュースしかない時代だったのだなあと思います。
 昭和19年といえば、もう大東亜戦争も完全に下り坂、明治維新から現在までの150年戦争で考えても、ちょうと折り返し地点を過ぎたあたりです。
 未来の私たちからすると、本当にアホくさい状況ですが、それはあくまで未来から見ての話。当時の彼らにとっては、これこそがリアルであったわけです。だから「間違っていた」とは言えない。
 これに比べればですね、「HINOMARU」なんて、まさに子供のおもちゃレベルのことですよ。めくじら立てることもないし、謝るべきことでもない。
 というわけで、この時代の「リアル」をぜひ御覧ください。国会図書館のデジタルコレクションで読めますよ。

勝たずして何の我等ぞ

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2018.06.10

RADWIMPS 『HINOMARU』

Th_51nejr2hnl_ss500 ックのネタを続けます。こちらは男のロック。男のロックだから、政治だ、歴史だ、思想だという、芸術よりも低い次元で物議を醸しております。
 まあ、もともとロックというものは(フォークも)、政治的であり、歴史的であり、思想的なものでした。だから全然いいのです、本当は。
 特に歌詞というのは言語ですから、純粋な音楽よりも次元が低い(科学的な意味です)。そこにこだわるのは、ある意味J-ROCKのそれこそ伝統であり、文学と音楽を同列に配置する「和歌」の文化そのものです。
 さて、この曲どうでしょうね。聴いてみましたけれど、作家本人の意図は別として、音楽としてはとても「軍歌」とは言えないと感じました。逆にこれを「軍歌」と感じてしまうサヨク的感性の方がずっとアブナイのでは(笑)。
 いつも言うように、戦争反対を唱える人たちの方が、ずっと「あの」戦争を意識していて、つまりある意味では過剰に保存してくれているんですね。「あの戦争を忘れない」って。
 最近それが実に滑稽に見えてきた(失礼)。もちろん、逆の意味で流行っている「ホシュ」「右翼ごっこ」はもっと滑稽ですけれど。
 さて音楽(曲)は良いとして歌詞はどうか。これもある意味「滑稽」です。私も完全なる戦後ノンボリ世代でありますが、しかし、どういうわけか知られざる戦前、戦中、戦後の大量の歌たち、すなわち仲小路彰の作った歌曲をたくさん「読む」機会を得てしまい、もともと国語の教師であるし、またいちおう歌詠みの端くれであって文語を駆使していますから、この野田洋次郎くんのなっちゃってな日本語には、正直噴飯してしまいました。
 もちろん、こういう口語・文語の交錯し混濁する日本語が、今の若者にとって、その正誤がどうであるか以前に、ある種の「雰囲気」を持っていて、かえって新しく、カッコよく響くということもわかります。
 うん、たしかに、近代短歌の世界でもそんなことはしょっちゅうあるし、比較的近いところでは、たとえば松任谷由実の「春よ、来い」なんかも、結構なんちゃってだったりします。もちろん椎名林檎嬢にもたくさんある。
 それでも、なにかオジサンとしては、猛烈な違和感を抱かざるを得ないのは、「御国」とか「御霊」とかいう核心すぎるワードのセレクトセンスや、「日出づる国」だけ歴史的仮名遣いだというところなど、ある意味作者に悪意がなさすぎてですね、なんだか残念を通り超えて、ちょっといい加減にしろよ!と感情が動かされてしまうからでしょう。
 と、自分の日本語もちょっと破綻してきてしまいました。ロックなんだから細かいことはいいのだ!という自分もいますけれど、そんなこと言ったら、ホンモノの軍歌だってロックだぜ!という自分もいたりで、もう大変です(笑)。
 どうせやるなら、もっと本格的に「らしく」創るという選択肢もあったのではないでしょうか。う〜ん、どうなんでしょうねえ。
 いざゆかん!ということでは、仲小路彰の「スメラ民の歌」を思い出しますね。こちらからお聴きください。こっちはホンモノ?いや、ちょっと待てよ、こっちはこっちで…(笑)。

 追記…ホンモノの専門家、辻田真佐憲さんが期待通りの論評をしてくれました。似たこと感じてますね。

RADWIMPS衝撃の愛国ソング「HINOMARU」を徹底解剖する

 追追記…あらら謝っちゃんだ。軍歌もだけど、ロックも終わってんだな。

RAD野田「HINOMARU」歌詞について謝罪 「軍歌だという意図は1ミリもない」

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2018.06.07

玄関とは…

Th_img_1770 日は、岐阜は美濃加茂市伊深の古刹、正眼寺さんに参拝いたしました。本校の名誉校長をお務めいただいている山川宗源老大師さまが住職をされている修行道場。
 その玄関に、かつての住職、名僧として名高い梶浦逸外老師の書がどんと構えて、私たちを迎えてくれています。
 いや、迎えるというよりも、ある意味睨みを利かせていると言ったほうが良いでしょうか。
 「誠和」…なんと深い言葉でしょう。「誠」は嘘偽りのないこと。禅的に言えばありのまま。素直な心とも言えます。そして「和」にはいろいろな意味があります。禅で言えば、やはり調和というイメージでしょうか。
 素直な心で他者と和するという、最も私たちには難しい言葉でお出迎えというわけです。
 ご存知のとおり、修行道場では、入門に際し、この玄関がまず最初の関門となり、庭詰といういわば最初の問答が行われます。要はそう簡単には道場には入れない、ほとんど嫌がらせのような(笑)やりとりがあるのです。
 入門、入山するということは、もちろん世を捨てることですから、その覚悟があるのか確かめるわけですね。嫌がらせではありません。今ならまだ帰れるよという慈悲の心です(笑)。
 そう、「玄関」こそ、まさに「関所」なのです。なんの関所なのかというと「玄」の関所というわけです。では、「玄」とは何か。
 「玄」という字は、もともと意図を束ねて黒く染めたものの象形文字です。「玄人」は「くろうと」ですよね。「玄米」は「黒い米」。そこから「深み」を表すようになり、たとえば「玄妙」とか「幽玄」というような熟語を生むに至りました。
 ですから、「玄」の「関」ということは、まさに「さの先はとんでもなく深い玄妙なる世界であるが、本当にそこに行くだけの覚悟と素質がお前にはあるのか」と聞かれていることになりますね。
 そう考えると、逸外老師の「誠和」という言葉にも大変深みがあることがわかります。禅という、宇宙の真理に近づくための玄妙なる世界に入るためには、まずはありのままの素直な自分になりきり、それを器として他者を受け入れつつ、新しい自分と他者と世界を作り出していかなければならないのです。
 それができるのか?と聞かれた自分は、その答えを保留したまま、本堂奥の開祖関山慧玄さまの像の前に立ってしまいました。
 雲水さんがおっしゃりました。ここに立つことは怖いと。老大師さまも、今でも恐ろしいと感じるそうです。
 また7月に夏期講座でお世話になります。その時には、ほんの少しでも「玄」の世界を垣間見ることができればと思っています。実際は難しいでしょうけれども。
 

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2018.05.28

『日本人にとって聖なるものとは何か』 上野誠 (中公新書)

Th_71dpl3belfl 日の記事に「恩」が出てきましたよね。
 筆者は社会学者の見田宗介の著書を引用しながら、「原罪」ならぬ「原恩」という文化について語ります。

 生まれながらに背負った罪を償うために生きるのではなく、生まれながらに背負った恩に報いるために生きる

 この原恩主義が、日本の古代的思考の基底にあるのだと。なるほど、「原恩」という言葉は実にいいですね。
 これはもちろん仏教的な考え方にもつながります。生まれたこと自体が「縁」によるもの。縁に感謝するのが恩です。
 本の内容については読んでいただくとして、私が読みながら考えたことを備忘的に書いておきます。
 まず、「モリ」という言葉について。筆者も言うように、「森・杜」と「盛り」、「守り」とはたしかに結びついている気がします。少なくとも、「森(杜)」と「盛り」とは間違いなく同源です。
 木が茂っているところは「こんもり」と盛り上がっています。その大きなものが「山」ということになり、それもまた「モリ」と呼ばれ、転訛して「ムロ」になっていきます。また、そこから「ムレ」や「ムラ」と言った数(すなわちエネルギー)の多いことを指す語も生まれたと思われます。
 「守り」のモリについては、おそらくはそのエネルギー量の大きさから、孤立の反対概念として派生してきた可能性があると思います(もちろんこじつけかもしれませんが)。
 そうした多義的な「モリ」の象徴が、三輪山であり、それを仰ぐ大神神社であり、そこに祀られているのが大物主大神であり、その本質は「モノ(他者・不可知・不随意)」です。
 これはやや行き過ぎかもしれませんけれども、私としては、その「モノ」こそが宇宙そのものであり、自分を取り巻く世界全体であって、ほとんど無限大なエネルギーをもって、私たちを守っている存在であると感じます。
 すなわち「モノ」の「モ」と「モリ」の「モ」とは同じものであると。そんな気がします。
 ところで、「モリ」の形態についてですが、たとえば三輪山のような山は、大変乱暴に言ってしまうと、半円形のようなカーブを描いています。もう少し正確に言うと、正規分布曲線のような形。
Th_unknown それに対して、我が富士山はどうでしょう。いわゆる「モリ」的な曲線とは逆に湾曲した曲線、すなわち、指数関数の曲線のようなカーブを描いています。
 これは非常に珍しい。だからこそ「不二山」とも書かれるのでしょう。ここまで美しい指数関数曲線を描く山は、たしかに国内には二つとない。
 そうすると、富士山は「モリ」文化、「モリ」信仰とは違うところに位置することになります。この本でもほんの少し富士山についての言及がありますが、ちょっと物足りない気がしました。
 こちら「山部赤人の本当の気持ち」という記事に書きましたとおり、万葉集でも富士山は「モリ」系神(三貴子)を超えた存在として描写されています。
 面白いですね。正直、古代のことは分かりません。正解は永遠に出ません。しかし、この本の著者上野さんのように、万葉集を読み解くことによって、遠く離れた、しかし実はすぐ横に存在する「過去」と対話するのは、実に楽しいことでありましょう。

Amazon 日本人にとって聖なるものとは何か


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2018.05.26

身毒(インド)から生まれた二つの名作オペラ

Th_fly761 日は横浜でラモーの「優雅なインドの国々」を演奏してきました。素晴らしい歌手や演奏者の皆さんと共演できて幸せです。いろいろアクシデントがありましたが、それもまた楽しめました。
 ご存知の方には釈迦に説法ですが、ここで言う「インド」、すなわち18世紀前半のヨーロッパにとっての「インド」とは、今のインドを指すのではなく、非ヨーロッパ圏全体を指す言葉でした。
 その証拠に、このラモーのオペラ・バレエで取り上げられている国々は、トルコ、ペルー、ペルシャ、アメリカとなっています。いわゆる「東インド」と「西インド」ですね。
 この「インド」という言葉は、もともと大河(インダス川)を指すサンスクリット語の「シンドゥ」やイラン語の「ヒンドゥ」がヨーロッパや中国で訛ったものです。
 ちなみに「シンドゥ」に漢字を当てたのが、「天竺」や「身毒」です。のちに中国でも訛って、玄奘三蔵が「印度」という漢字を使い、現在に至っています。
Th_cfddcf_50fa38ac36de415bbc2d741a6 「身毒」というと、思い出すのが「身毒丸」ですね。「しんとくまる」と読みます。そういえば昨年、万有引力の身毒丸を観に行き、JAシーザーさんにお会いしましたっけ。
 この「身毒丸」は、謡曲「弱法師」の元になった中世の説経節「しんとく(俊徳)丸」を折口信夫が翻案した「身毒丸」を、さらに寺山修司が前衛演劇にしたものです。ちなみに三島由紀夫も現代能「弱法師」を書いています。
 折口がなぜ「しんとく」に「身毒」を当てたのか。これは明らかではありませんが、折口のことですから、当然かつてインドのことを「身毒」と書いていたことを知ってのことでしょう。「しんとく丸」もある意味仏教説話的でありますから、インドのイメージと、「身毒」という字が持つ、なんともおどろおどろしいイメージを重ね合わせたのだと思います。
 寺山はその「身毒」という字のイメージをさらにおどろおどろしく発展させたわけです。
 そう考えますと、インダス川から始まり、ヨーロッパではラモーのオペラ・バレエの名作「優雅なインドの国々」が生まれ、日本では寺山の見世物オペラの名作「身毒丸」が生まれたわけですよね。
 ある意味かなりいい加減だけれども、人間の想像力の連鎖によって豊かな文化が創造されたことに感銘を受けますね。
 両者とも、人間が抱く未知なる世界への憧れと恐れが表現されていると思います。エキゾチックな「モノ」への興味そのものでしょう。その中心に「大河」があるのは、実に面白いことです。

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2018.05.23

与謝野晶子の未発表「和歌」発見

Th__20180523_142924 日は「和」について書きました。
 和と言えば…短歌か和歌か、これは大きな問題です。昨日、与謝野晶子の未発表の歌が見つかったというニュースがありました。
 各社のニュースタイトルを見ると、和歌と短歌が約半数ずつと、見事に分かれていました。一部「歌」もありましたが。
 私もいちおう歌詠みのはしくれです。単独では歌集を出すほどの実力はありませんが、合同歌集には二回参加させていただきました。
 二冊目の収載のエッセイにおいて、「私は自分の詠む歌のことを「短歌」ではなく「和歌」であると言っている。なんだか、それらしいことを言って、他との差別化を図っているようにも見える。なんとも困ったものだ」と書き出し、勝手な「和歌⇔荒歌」論を展開しました。短歌は長歌の対義語ですが、和歌の対義語は荒歌であると。
 一般的には、江戸時代までの歌は和歌、明治時代以降のものを短歌と認識することがほとんどでしょう。
 そうしますと、与謝野晶子の歌は間違いなく短歌ということになりますが、実際、ニュースにおいても両方の表現が拮抗しているわけですから、実は皆さんなんとなく判然としない気持ちがあるのでしょう。
 たしかに、自分も自分の歌を「短歌」と呼びたくないのは、和歌でなんでいけないのか?という疑問があるからです。
 私にしてみれば、別に明治維新を挟んで、歌が全く違ったものになってしまったとは思っていません。もちろん、石川啄木に代表されるような、近代的自我という幻想を背景に自意識過剰に陥った「私短歌」的作品群は、今でもたくさんあります。逆に言うと、そうしたものを「和歌」とは呼びたくない(なんちゃって…ですけど)。
 では、与謝野晶子の歌は「和歌」なのか「短歌」なのか。これは意見が分かれるところでしょうね。私は…個人的には「和歌」と呼びたい。
 まず、字がうまいから(笑)。写真見てくださいよ。専門家が時間かけて解読したんですよ。伝統的な仮名文字です。これは彼女があくまでも「和歌」を意識していた証拠です。近代に対抗、反抗していた。
 歌としても和歌と言っていい世界観と言葉遣いです。

よひよひに 天の川なみ こひながめ 恋こふらしと しるらめや君

 「天の川なみ」とは「天の川が無いので」と解釈すべきでしょう。無いから乞うのでしょう。「ながめ」はもちろん「眺める」ではなく「物思いにふける」の意味。
 「恋こふらしと」と続けるところがいいですね。なにしろ「こふ」が三回続くわけですから。どれだけ会いたかったかが分かります。その気持ちが伝わらない切なさ、まさに「もののあはれ(不如意の嘆息)」ですよね。
 これを和歌と言わずなんと言うのでしょう。これは晶子の歌の中でも、特に秀逸な作品と言っていい。決して習作などではありません。和歌として完成していると思います。
 


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2018.05.22

日本=ニコニコの国

Th_images 日もニコニコ動画を見ました。いや、いいネーミングだなと改めて思いましたよ、ニコ動。
 だって、ニコニコって「日本」ってことだもん!
 …って、何を言ってるのかと思われそうですが、実はこれがホントの話なので面白いわけです。
 いつかどこかにも書きましたが、「にこにこ」を漢字で書きますと、「和和」となります。そう、「和」という漢字には本当に多くの読み(訓み)があるのですが、「にき・にぎ・にこ・にご(なぎ・なご)」系列の訓みが一番古いのです。
 記紀に登場する、和魂(にぎみたま)はもちろん、今でも使われる「にぎやか」とか「にこやか」「なごやか」などの語源もここにあります。
 ですから「ニコニコ動画」は「和和動画」で間違いない。
 そして、面白いのが、かつて日本のことを「大和(やまと)」と呼んでいたということです。これは奈良県の天理市あたりの地名「やまと」に、のちに「大和」という漢字を当てたものです。それが国名にもなった。
 当時の「やまと」地方の信仰は、三輪山信仰でした。三輪山は言うまでもなく、出雲の神オオクニヌシの和魂(オオモノヌシ)の鎮まる山です。おそらくそこから「和」という字をもって「やまと」と読み、そして、そこにグレートの意味をこめて「大」をつけたものと思われます。そして、それが外国から見た国家としての「やまと」をも意味するようになった。
 すなわち、たとえば大和心とか大和魂とかいうのは、決して勇ましいものでなはく、あくまでも「にこにこ」「やわらぎ」なのです。
 このことは誰も指摘していませんが、言われてみるとたしかにとなりませんか。日本はニコニコの国。日本人はいつもにこにこしているべきなのです。
 皆さんはいかがですか?そういう意味で日本人ですか?ニヤニヤじゃダメですよ(笑)。

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2018.05.21

しにせ(仕似・老舗)

Th_51rly8k7fbl 日、下の娘は東京にて人間国宝野村四郎先生による能のお稽古でした。
 帰ってきた娘が言うには、「今日はあんまり怒られなかった。しにせるという言葉について教わった」とのこと。「まね」の体が「しにせ」であると。
 なんでも師匠がおっしゃるには、教えると理屈になってしまうのだそうで、そうならないためには弟子が「まねをする」ようにするのだとか。
 なるほど、これはよく分かりますね。言葉にならないモノを無理やり言葉にしてしまうと、いわばコト世界に限定されてしまい、モノの本質が伝わらないということでしょう。
 だから、世阿弥も「物まね」という言葉を重視した。「まね」は私の解釈では「招く」と同源であり、「もの」は他者、自己の補集合を表しますから、結果として「他者を招く」「何かをおろす・憑依させる」ということになりましょう。
 これは実に日本的な文化です。言語を否定する禅の教えにも通じます。言葉(コト)で分かった気になってしまってはいけない。最も大切なモノは言葉では表せません。
 さてさて、「しにせる(古語…しにす)」で気づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、「老舗(しにせ)」はこの「しにせる(しにす)」という動詞が語源です。動詞の連用形。
 と言いますか、「ニセモノ」の「偽(にせ)」も、もとは「似せる(古語…似す)」の連用形です。「偽」というと、どうしても悪いイメージがありますが、もともとはただ単に「似せたもの」ということです。本モノに対して似せモノとなると、たしかにフェイクなケースが多くなるため、いつのまにか悪い意味でしか使われなくなってしまいました。
 しかし、世阿弥の時代には、「まね」も「にせ」も決して悪い意味ではありませんでした。逆に良い意味だったとも言えます。自分が何かの真似をして、自分をなにかに似せるというのが、能の基本です。
 モノを招く(ものまねする)ことによって、自らが他者(モノ)の型にはまり、しかし、その型をはみ出してにじみ出るモノこそが、その演者の個性ということになります。
 そうそう、ちょうどこの前、プロ無職の方とも話したんですが、日本の学校は型にはめすぎるけれども、それが逆に個性を生んでいることがあります。
 カタの語源はコトと同じです。すなわち私がいつも言うところの「コトを窮めてモノに至る」というやつで、他者のカタ(コト)にはまりきると、いつのまにか、そこに自己というモノが立ち上がる。
 禅宗の修行も「なりきれ」と言います。作務(掃除などの作業)の時には、たとえば雑巾になりきれと言います。そうするとことによって、実は自我が立ち現れてくる。これは実に面白いパラドックスです。
 あっそうだ、「老舗」の話でしたね。
 「老舗」というのは、もう何代も同じことをしているお店などのことを言います。すなわちカタ(コト)にはまって、先代のやり方の真似をして、先代に似せて…の連続なんですね。だから「し似せ」なのです。
 もう予感がしているかもしれませんが、老舗こそ、それぞれの代によって微妙な個性があったりします。同じことをするからこそ個性が表れる。何代目の、それらしさが出る。
 だからこそ、ずっと伝統を守るわけです。これは生命の基本とも言えます。守ることが実は非常にクリエイティブなことになる。そう、保守と革新は全然反対語ではないんですよ。
 変わりたければ、変えたければ、まず守る。徹底して真似してみる。似せてみる。これは真に創造的な人生を送るための極意なのです。

Amazon 東京老舗名店120

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