カテゴリー「文学・言語」の364件の記事

2009.07.10

『東京、音楽、ロックンロール』 志村正彦 (ロッキングオン)

86052080 誕生日おめでとう!29歳ですね、志村くん。
 今日は大阪でライヴかな。みんなに祝ってもらえたのでしょうね。
 そうそう、昨日紹介した「罔象女」の碑のすぐ近くに、志村くんのご実家があるんですよ。志村くん、「罔象女」の存在知ってるかなあ。
 29かぁ…私は何してたかなあ。ああ、あのクラスの担任してたころだな。そうそう、明日そいつらに会うんだよな。新宿でイベントを開催するんですよ。あいつらはもう29をとうに越えて三十路か…。その当時の自分よりも教え子が年上であるという、この不思議な感覚。教え子たちにとっては、もっと不思議らしい。あの時のセンセイは、今の自分より年下だっていう…。
 ま、自分のことはいいや。また後で。
 この本は、フジファブリックの志村くんが、公式ホームページで連載していたネット上の日記を書籍化したものです。5年間に及ぶ彼らの足跡を振り返るという意味でも、また、志村くんのキャラクターを知る意味でも、なかなか面白い内容になっています。妙にリアルなんだよな、まるで自分がミュージシャンになったような気さえする。彼のさりげない日常が、我らにとっては非日常なので。
 そんな中、なんだかとっても共感する部分がありました。今の自分というより、やっぱり二十台後半の自分だな。あの頃の自分と重なる部分が多かった。
 私もまだ結婚していなかったし、仕事上まだまだな部分と、多少慣れてきた部分とがあって、それから、もうすぐ30なんだから大人にならなくちゃっていう部分と、いまだ学生気分が抜けないようなところがあったりしてね。青春、すなわち「TEENAGER」を引きずっているっていうのかなあ、案外不安定で妄想も盛んなお年頃でしたね、今思えば。
 地元民としては、やっぱり志村くんの富士吉田LOVEぶりが嬉しいですね。やっぱり何かのタイミングで吉田うどんを食べに来ちゃうところが、なんともカワイイし、ウレシイ所です。私は人生の途中から吉田のお世話になっている外様ですから、ちょっとジェラシーも感じちゃうんですよ。ああいう濃い土壌で生まれ育ちたかったってね。東京のコンクリートの団地で育っちゃったから。
 そういう流れの一つの終着点(執着点)として、あの市民会館ライヴがあったと思うと、また感慨もひとしおですね。
 で、そんな彼の日記自体も面白かったのですが、そこに挿入される「今」のインタビューがまた冷静に自分を観察していて興味深かった。ワタクシ的に思わず苦笑&感動してしまったのは、次の部分です。引用させていただきます。ここに文学と音楽のほぼ全てがあると思いますので。

Pic05_01 2004年は忙しかったんで、あんり実家帰ってなかったと思うんです。山梨大好きだったんで、アマチュアの頃はよく帰ってたんですけど、メジャーデビューしてから、実家に甘えてたら終わりだなって思って帰んないようにしてたんで、久しぶりに正月に帰ったんじゃないですか。メジャーデビューして地元に帰ったら、モテたりもすんのかなと思ったんですけど、相変わらずモテず、昔からの志村正彦に戻り、全然駄目でした。友達からも、家族からも、特にちやほやされなかったですね。ほんとに誰からもちやほやされることもなく、今に至るんですけど(笑)。
 僕ほんとに、そこらへんの学生さより地味な生活をしていて、多分彼女とかもいなかったんじゃないですか。インディーズの頃いたんですよ。いまさら話すことじゃないんですけど、その子と花火大会とか行った記憶はあるんですけど、今ではその子ももう結婚しちゃって、ときの流れを感じます。この前、「子供はできてないんだけど、ぼちぼちやってます」みたいなメールが来て、僕が「ああそうですか。じゃあまあ、今度機会があったらご飯でも行きましょうか」って、後ろめたくメール送ったら返事が返ってこなくて。「なんだよー」みたいな。そのへんが女の子の謎なところで。「思い出話に花を咲かせてみましょうよ。今の人と仲良くしてねー」みたいな感じで送ったのに。女の子って怖い生き物だなって思いました。

 ううむ、これって女の子の怖さというより、男の子のお馬鹿さっていう感じじゃないですか(苦笑)。いや、その両方が相まって文学と音楽が生まれるのでしょう。この前椎名林檎のところで書いたことと一緒だと思いますよ。
 そして、そういうのをこうして正直に、ある意味恥ずかしげもなく万人に公開しちゃうところが、一般人と芸術家との違いだと思いますね。
 うん、実は私も20代の頃、日記を書いていたんです。それは人に見せるものではなかったので、たとえばこのブログのような内容ではありません。今自分で読むのも恥ずかしいというか恐ろしいくらいドロドロの日記ですよ。地下室のどっかに埋もれてると思います。ありゃ、焼いた方がいいな。
 でも、こうして志村くんの日記を読んだり、彼の音楽を聴いたりしますとね、そういう自己のドロドロした部分とか、恥ずかしい部分とか、恐ろしい部分を、ある意味堂々と開陳しちゃう勇気というか、いや、それをしなくちゃいられない衝動みたいなものが、彼の中にあるのが分かるんです。そこが我々と違うなと。彼がこの本の中で言ってる「音楽欲」っていうヤツでしょうかね。
 私は30過ぎて、結婚して、そういう「音楽欲」が減退するかと思いきや、案外ムクムクと肥大化してきたような気もします。もちろん才能がないので、それはくすぶったままですけど。志村くんが、これからまたどういう風に成長していくか、とっても楽しみです。これだけは言えます。20代より40代の方がずっと人生面白いですよ!マジで。自分の未来に期待していいですよ。

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2009.07.07

『日本の難点』 宮台真司 (幻冬舎新書)

Bks0906270809006p1 むむ、自分の難点が分かってしまった。
 ちょっと忙しいので、あんまり中身に踏み込まないで、自分のこと中心に書きます。
 自分の難点その1。やっぱり文学が苦手だ、という点。
 今さらながらですが、イメージや比喩がピンと来ないものは面白く読めません。ん?これは小説でも文学でもないって?たしかに、これはエッセイ(これまた玉虫色な語ですな)です。でもこの本、いわゆるポスト・モダンな、イメージ先行言語が横溢していて、私には、玉虫厨子どころか、ZAKKA屋にあふれるオシャレなデザイン群にしか見えませんでした。私にとって現代の小説なんてのは、単なるかっこつけデザインでしかありませんので(暴論失礼…そういうのも多いという意味です)。
 自分の難点その2。記憶力が非常に弱い、という点。
 実はこの本、先週けっこう集中して読んでいたんですよ。で、いろいろ書こうと思っていたら、なんとなく先延ばしになってしまった。それで、いざと思ったら、全然内容が浮かばない。これって本当に私を象徴してます。
 こうしてブログなんかも毎日書いてますけど、昨日書いたことも忘れてるんですよ。自分の吐き出したもすら忘れてるんですから、人のものをちゃんと覚えてないのは当たり前ですよね。ひどすぎます。
 皆さんはどうなんでしょう。読んだ本の内容とか、昔勉強したこととか、ちゃんと覚えてるんでしょうか。
 昨日の夕飯なんだっけ?という感じなのかなあ。この点に関しては、自分ではですね、このように解釈しています。昨日の夕飯なんだっけ?ましてや一昨日の夕飯は…。でも、ちゃんと自分の栄養になって、血肉になって、細胞になってる。そう思いたいですよね。
 今こうして考えたり、歩いたりしている、それがいつ食べた何なのかなんて、誰も分かりません。読書もそういうもの…だといいなあ。
 自分の難点その3。やっぱりスケールが小さい、という点。
 そう、この本で言えば、前半のコミュニケーション論・メディア論、若者論・教育論までは、まあまあ楽しく読めたんですけど、後半、幸福論、アメリカ論、日本論になると、急にページが進まなくなった。
 想像力が貧弱なんですよね。他者、それも目に見えない他者に対して思いやりを抱くことができないようです。
 それらの意味において、私は、宮台さんの言う「浅ましい奴」「セコイ奴」なんですよね。とても、ミメーシス(感染的模倣)を催させる「スゴイ奴」ではないということです。当たり前ですけど。
 つまり、私はエゴイストであり、本気さが足りないっていうことでしょうね。
 この本のキーワード「コミットメント(深い関わり)」…これもまた充分に玉虫色ですが…について、私はどこか冷めているところがあるんですよね、きっと。そういう意味で私は立派な現代人なのでしょう。
 教育という仕事においても、「コミットメント」の不足をハッタリで補うという、実に「浅ましいセコイ奴」なのです、実は。
 とまあ、日本の難点を考える以前に、自分の難点が露呈してしまったわけでして、なんとも暗澹たる気持ちにさせられる読書ではありました。
 難点2はおそらく生来のものですので、解決不能でしょう。難点1も生理的なものでしょうね。そうすると難点3だけかなあ、努力でなんとかなるのは。
 いや、想像力とは現実から離れた何かに思いを馳せることですから、好き嫌いと記憶力が大いに関与していそうですね。むむむ、やっぱり解決不能なのか。

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2009.07.03

キツツキ(てらつつき)

250pxdendrocopos_major_3_marek_szcz の季節、年中早起きのワタクシは、いつに増してまた早起きになります。もちろん日が最も長い、すなわち日の出の時刻が早いというのも一つの理由です。3時半には薄明が始まり、ああ朝だなという感じになりますから。
 しかし、それ以上の早起きの理由があります。4時ちょい過ぎに目覚ましが鳴るからです。いやいや、目覚まし時計ではありません。天然の、自然の目覚ましであります。
 トントン、トトトト、トン、トン、トトトトトトトトトトトトト…。
 そうなんです。キツツキがウチの外壁を叩くんです。これがまた大音量でして、これで起きないのはウチのカミさんくらいのものです。
 ウチは総杉の外壁ですので、まあたしかに「木」ではありますが、人のウチに穴をあけてウチを作ろうとするのはどうかと…。
 で、その荒っぽいノックの音がしますと、以前はウチの自宅警備員である黒猫たちが、すわ出動とばかりに窓辺でウ〜ウ〜うなってくれたんですが、さすがに家の外の高所ということで、どうにもウ〜ウ〜以上のことはできませんよね。最近では、カミさんといっしょに、耳をぴくりともさせず寝ています。
 このキツツキ、正確に言うと「アカゲラ」だと思います。富士山麓では、キツツキ目・キツツキ下目・キツツキ科・キツツキ亜科としては、アカゲラやアオゲラ、コゲラなどをよく見かけます。どれもとってもカワイイんですけどね、やることはけっこう荒っぽい。
 で、だいたい百回くらいつついてみて、これはどうも普通の木ではないなと思うのか(もっと早く気づけよ!)、傷だけつけて去っていくんですよね。ただ、数年前、かなり根性のあるキツツキが来まして、屋根の裏側にとうとう穴を空けてしまいました。その後なんだか屋根裏で運動会のような音がしてましたから、まじで営巣したのかもしれません。最初はネズミとかヤマネとかかなと思いましたけど、どうもあれは鳥だったらしい。穴を板で塞いだら、運動会も止みましたので。
 ところで、このキツツキ、漢字で書くと「啄木鳥」であるのはよく知られていますね。石川啄木はこれです。ちなみに正岡子規はホトトギスですね。
 この「啄木鳥」ですが、調べてみますと、昔はどうも「キツツキ」ではなくて「テラツツキ」と読んでいたようです。すなわち「寺つつき」。
 10世紀の辞書には「てらつつき」しかありません。それが15世紀以降になると「けらつつき」が現れ、近世になってようやく「きつつき」が定着しはじめます。
 「てら」が「けら」になる音韻変化については、ちょっと説明が難しくなるので割愛しますが、その「けら」がアカゲラなどの「けら」として残っているんですね。
 で、「テラツツキ」については、面白い説話が伝えられています。
200pxsekienteratsutsuki 13世紀の名語記という書物に、「鳥のてらつつき如何。答、寺つつき也。ゆへは、聖徳太子の逆臣守屋を誅罸し給て、守屋が館を没官して、四天王寺を建立し、仏法をひろめ給へりしを、守屋が亡魂そねみて、鳥となりて来て、かの寺をたたき損せむとせし時より、寺つつきとなづけたりと申す」とあり、また同時期の源平盛衰記にも、「昔、聖徳太子の御時、守屋は仏法をそむき、太子はこれを興し給、互に軍を起しゝかども、守屋終にうたれにけり。太子仏法最初の天王子を建立し給たりけるに、守屋が怨霊、かの伽藍を滅さん為に数千万羽の啄木鳥と成て、堂舎を創ほろぼさんとしけるに、太子は鷹と變じて、かれを降伏し給けり。されば、今も怨霊はおそろしき事也」とあります。
 つまり、反仏教派にして政争に破れた物部守屋が、その恨みをはらすためキツツキになって、寺をつついて壊そうとしたということです。
 けっこう地味な報復行動のように見えますが、たしかにやられる側としてはたまりませんね。あの音を聞くだけで恐怖です。安眠できないし。
 鎌倉以降、仏教が大衆化して、仏教に対する恨みというものが消えていく中で、「テラツツキ」という名称も消えていったのでしょうか。ちなみに「ケラ」は「おけら」の「ケラ」、すなわち「虫」を指すという説もあります。そして江戸時代にはキツツキとなっていくわけですが、この「寺」→「虫」→「木」という変化には、意外に深い意味があるかもしれませんね。また、江戸時代には、さきの守屋の怨霊譚から「てらつつき」は妖怪として物語化されていきます。これらの変遷は、日本人の精神史を象徴しているとも言えますね。
 私はまるで坊主のようななりをしていますから、守屋が勘違いしてつつきに来てるのかな。心はどちらかというとモノノベ派なんですが(笑)。てか、ウチは完全に習合してますからね。どうかお手柔らかに。
 それにしても、「屋を守る」名を持つ人が、家を壊してるなんて、なんとも因果なことではありますね(笑)。

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2009.07.02

石原吉郎 『海を流れる河』

2 日3年生は芸術鑑賞で東京へ行ってます。劇団四季の「異国の丘」です。
 私は留守番。副担任の分まではチケット取ってくれません(笑)。非常に残念。なぜなら、「異国の丘」の音楽は三木たかし先生の担当なのです。
 10年ほど前に観た四季の「ユタと不思議な仲間たち」も、音楽は三木先生だったんだよなあ。もちろんその時三木先生はお元気でしたから、それほど意識しませんでした。そういうものなのですね。
 5月からMショックが続きました。三木たかし先生三沢光晴社長、そしてマイケル・ジャクソン様です。それぞれ失ってから再確認する偉大さ。亡くなってから気づく自分を形作ったM体験。
 人は喪失という体験をしなければ、世界の存在や本質に気づかないのでしょうか。そして、ふだんはそうした自己の他者依存性を忘れて生きているのでしょうか。
 それを意識して一期一会の瞬間を大切に生きよと、お釈迦様はおっしゃったんでしょうかね。
 さて、今回3年生は、その「異国の丘」を鑑賞したわけですが、内容がシベリア抑留を舞台とするものということで、彼らには少し難しかったと言いますか、暗い、あるいは渋い作品だったかもしれませんね。
 そう、シベリア抑留のことって、なかなか教える機会がないんですよね。戦争自体については、なにかと公教育でも触れてきますし、ある意味必要以上というか、思想的な偏りも含めて教えられてきています。生徒と戦争の話をしますと、相変わらずステロタイプな教育を受けてきているなと感じるものです。
 ま、それについては私はグダグダ言う立場ではありませんし、だいいち戦争を語れる世代ではありませんので省略。
 で、そのシベリア抑留について、この機会に予備知識くらいは生徒たちにインプットしておこうと思いまして、少しだけ歴史的事実をしゃべった上で、こんな問題を解かせてみました。中央大学法学部の過去問です。けっこう難しいです(冷汗)。
 でも、本文自体は、なかなかいい、重い文章ですから皆さんもぜひどうぞ。


 フランクルの『夜と霧』のなかに、ある日、美しい日没を見た囚人が、「世界ってどうしてこうきれいなんだ」とつぶやく場面がある。この容易ならぬ場面で、一人の囚人の口をついて出たこの「どうして」という疑問詞に心を打たれたことがある。もちろんこれは問いというよりは、意味のない嘆声といったほうが正しい。だがその無意味さの故に、この言葉は重大な問いとなりうる。幼児はその無垢な関心の故に、しばしばこのような根源的な問いを発する。
 私が心を打たれたのは、およそ不条理なものへの、思いもかけぬ糾弾が、この言葉を背後からささえていると感じたからである。
 この「どうして」に答えられるものはいない。というよりは、どのような答えも納得させることのできない問いである。
 私の経験では、このような嗟歎には、多くのばあい人間的な感動がともなわない。実際、強制収容所の囚人にとって、彼らの現実にもかかわらず世界(自然)が美しいということは、それ自体がパラドックスであり、やりきれない現実であって、あと一歩で嗟歎は敵意に変わりかねない。それは、いってみれば無責任きわまる美しさであって、自然のその無責任にまさに対応するかたちで、人間の側の無感動がある。そこでは、感動を欠落したままで美が存在しており、人間が自然と対峙するのは、いわば無感動の現場においてである。
 極度に無感動をしいられた環境で、唐突に、そしてひときわ美しく自然がかがやく時がある。その美しさは、その環境にとってはむしろいぶかしい。「どうして」という問いは、そのいぶかしさへのまっすぐな反応である。たぶんそれは、無関心なるが故の美しさという、ある種の絶望状態への反証のようなものであろう。およそ人間に対する関心が失われても、なお自己にだけは一切を集中しうるあいだはこのような問いは起こらない。自己への関心がついに欠落する時、そのとき唐突に、自然はその人にかがやく。あたかも無人の生の残照のように。
 感動をともなわぬ美しさとは奇妙なものだ。それは日常しばしば出会う、感動する程ではないという美しさとはあきらかにちがう。感動する主体がはっきり欠落したままで、このうえもなくそれは美しい。そしてそのような美しさの特徴は、対象の細部にいたるまではっきりと絶望的に美しい、ということである。いわばその美しさには焦点というものがない。
 感動とは、情動の最も人間的な昂揚であるから、感動をともなわない美しさとは、いわば非人間的な美しさといわざるをえないが、しかしこの、非人間的であることの最大の理由は、見られるもの、たとえば自然の側にあるのではなく、見る人間の側にある。見るものの主体、感動の主体が欠落しているのである。
 人は戦場で、しばしばこのような美しさに、面をあげた瞬間に向かいあう。ミンドロ島の戦野を彷徨した大岡昇平氏に、いきなり向きあった緑の美しさはその例であろう。この美しさは、おそらく荒涼と記憶され、荒涼たるままで回想の座へ復帰する。違和そのものとしての復帰である。
 昂揚をもって戦場の生を終わらなかったものが、もしかろうじて殺戮の場をうべなえるとしたら、それはこの、主体が故意にはずされた美しさによってである。私たちが永遠に参加できないことによって、たしかに美しいという瞬間はあるのだ。いわばそれは、美しいものの側から見捨てられた、美しい瞬間である。
 敗戦後の一時期を私もまた、この無感動の現場ですごした。二十五年囚として私が収容されたのは、東シベリアの密林地帯、バム(バイカル・アムール)鉄道沿線の強制収容所である。強制収容所という場所は、外側からは一つの定義しかないが、内側からは無数の定義が可能であり、おそらく囚人の数だけ定義があるといっていい。私なりに定義づければ、そこは人間が永遠に欠落させられる、というよりは、人間が欠落そのものとなって存在を強制される場所である。しかし、こういう奇妙な存在の仕方が あることに思い至ったのは、それから二十年たってからである。
 この時期の私たちには、すでに生き方の問題はなかった。生き方に代わって、生きざまだけが際限もなくあった。私たちの行動を支配していたのは倫理ではなく、不安であった。倫理というものが仮にもしあったとしても、それはもはや人間のなかにではなく、自然のなかにあったとしかいえないだろう。
 自然といっても、そのほとんどは樹木であったが、私たちの目に映った樹木の、その明確な存在の仕方は、まさに倫理そのものといってよかった。これほど明確なものを、それまでの人生に、いくつ私は見ただろうか。そして私たちが、仮にもしその時の行動にやましさをおぼえたとしても、それは人間に対してではなく、自然のその明確さに対してであったといわなくてはならない。
 そしてこの無感動の現場で、幾度となく私が出会ったのは、このような自然の、とりつく島もないような美しさであった。
 感動と、極度の無感動との一つの相似点は、そのいずれにも言葉がないことである(もっとも、このいいかたはあまり正確ではない)。ただ、感動においては、すでに存在している言葉を状況が一挙に追いぬいてしまい、言葉が容易に追いつけないでいるのに対し、無感動にあっては、状況をなぞるべき言葉が文字どおりない。いわばそれは、そのままに失語状態である。精神状況の集約的なあらわれとして失語状態があることは、無感動の現場という人間不信の体系の大きな特色である。
 倫理が人間を追い切れぬ場所で、私はこの不気味な美しさに出会った。声もなく立ちふさがる樹木の高さは、私にはそのまま糾問の高さに見えた。人間のすべての営為が、だらけ切った、自己弁護の姿のままでのめりこむことを、はっきりと拒む自然の姿と私には映った。自然は圧倒的な「威容」として、私の目の前にあった。それはついに、おびやかす美しさであったのか。その不気味さにあらためておびえたのも、その二十年後である。
 おそらくは私に、体験の、主体からの自立が始まっているのではないか。そして、私が、体験を体験として、追放する時が来ているのではないか。私はそう思う。


 いかがでしたか。二種類の失語。無感動の現場。無感動の美。極限状態での人間疎外。自然の残酷な完璧さ。いろいろ考えさせられますね。
 私はちょっといじわるにですね、生徒たちには、「劇団四季で感動したら、その感動はフィクションだぞ。現実はこうなんだから」と話しました。やなセンセイだな(笑)。
 私は、個人的に、「もののあはれ」ってこれかなと思いました。「もののあはれ」の「もの」を、私はかねがね「不随意・不如意・自己の外部」として説明してきましたが、あるいはその延長としてこのような極限状態での無感動の美のことを指しているのかもしれないなと予感したのです。
 そう考えると、我々現代人や、江戸時代の本居宣長が、「もののあはれ」をなかなか理解できないのも分かるというものです。命と美が同次元で対峙する瞬間はそうそうあるものではありませんから。
 そうか。自然はいつも極限状態で生きているのか。だから美しいのかもしれない。

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2009.06.28

太宰治 『律子と貞子』

Photo_3 りぎりセーフ。山梨県立文学館で開かれていた「太宰治展 生誕100年」、最終日に行ってきました。
 招待状をいただいたのはずいぶん前。いつか行こういつか行こうと思いつつ、今日になってしまった。たしかにここ数ヶ月、土日というものがなかったからなあ。
 最終日閉館間際ということもあったのでしょうか、とにかくすごい混みようでびっくり。太宰ゆかりの「ホンモノ」の迫力よりも、正直観覧者の熱気に気圧されてしまいました。
 特に団体さんとおぼしき「オバサン軍団」の萌えパワーは、あの阿修羅展にも伍する迫力。おかげで私はすっかり萎えモードに。も少し静かに観ろよ!
 しかし、ある意味、それこそが、この前書いたイケメン太宰の本質であり、そう考えれば実に貴重なライヴ体験をしたとも言えますね。私の不快感(ある種の嫉妬心だったのかも)もまた、彼のトラップ(トリック)に見事にひっかかった結果だったのかも。これもまた彼一流のいたずらなのでしょうか。
 展示内容は、それなりに貴重なものもあり、まあまあでしたかね。しかし、なんでまあ、あんなに「国中」に偏るのでしょうか。山梨と言えば甲府盆地が中心になってもしかたありません。しかし、太宰の文学にとっての「郡内(富士五湖地方)」地方はあまりに重要です。心理的影響ということで言えば、国中以上のものがあります。
 それが、ほとんど天下茶屋富嶽百景でほぼ終了というのは、どんなもんでしょうね。
 まあ、実を言うと「太宰と郡内」の研究自体が進んでいないというのもあるんですよね。というか、はっきり言うと、私がそれをやらなければならない立場なのに、しっかり怠けているんです。どうもそういう「研究」というか「勉強」というのが苦手でしかたない。
 ただ、ここのところ何回か書いているように、来年度ウチの中学が建つ予定の場所は、まんま太宰作品の舞台なので、さすがに重い腰を上げなければならないかなとも思われるのであります。あまりに確率的に低いことが起きているので、そこに意味を感じずにはいられないわけです。
 というわけで、今日は一つそこを舞台にした作品を紹介しましょう。
 『下吉田町という細長い山陰の町に着く。この町はずれに、どっしりした古い旅籠がある。問題の姉妹は、その旅館のお嬢さんである』
 隠れた名作とも言えるこの作品、まさに下吉田が舞台です。そして、作中の姉妹「律子と貞子」の家である旅館のモデル(の一つ)になったのが「杉ノ木旅館」。その跡地がウチの学校の職員駐車場であり、その裏手が中学建設予定地となっています。まんまですね。
 作中に出てくる豆腐屋さんや呉服屋さんも近くにありますし、我々にとっては実に身近な風景が展開されていきます。
  短い作品なので、ぜひこちらで読んでみてください。相変わらず軽妙な文体とストーリー展開ですなあ。そして、太宰の女性観やら恋愛観、結婚観、また聖書マニアの一端などがうかがえる佳作ですよ。
 皆さんなら、「律子と貞子」どちらを選びますか?ちなみに、私なら断然「律子」ですね(笑)。

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2009.06.24

『とてつもない日本』 麻生太郎 (新潮新書)

10610217 れまた遅ればせながら読んでみました。なかなかいい本じゃないですか。私はこういうノリ好きですよ。
 日本人って自虐が好きですし、変に心配性なところがありますよね。それをひっくり返して、ものごとを明るくとらえなおすきっかけを与えるのが、すなわち政治家のお仕事であると思います。そういう気分を醸成するのが、総理大臣のやるべきことではなかったのか。
 では、現在麻生さんのお仕事がうまく回っているかと言いますと、あんまりそういうふうには思えません。それは麻生さんを取り巻くマスコミや野党のせいでしょう。特にマスコミでしょうかね。もう少し彼のキャラを活かす方向での報道をお願いしたいところですね。
 細かな内容については特に述べることがありません。麻生さんの語ることほとんど全てに私は賛同します。少なくとも安倍さんの「美しい国へ」よりは学ぶ点が多かったように思いますよ。そうそう、その記事で書いた「楽しい国へ」という雰囲気が、麻生さんの本にはありましたね。
 具体的な政策なんかほとんど書かれていませんけど、やっぱりそれ以前に国民の気分づくりというのが大切ですからね、こういうわかりやすい、小学生でも読めるような本を書くというのはいいことでしょう。そうそう、中学生とかの課題図書にでもすればいいんじゃないですか。
 さて、なんともどうでもいい感想を書いてしまいましたが、内容については諸事情からこのくらいにしておきまして、さらにどうでもいいことを書きます。
 えっと、まずは、「とてつもない日本」というタイトルについてです。皆さん、「とてつもない」って、どういう意味だと思いますか?
 辞書的に言いますと、「すじみちに合わない。全く道理に合わない。とんでもない。また、きわめて図抜けている。途方もない。とてつない。とてっぽうもない」ということになります。
 「とてつ」というのは「途轍」と書きまして、「すじみち。途方。道理」という意味です。それがないわけですから、基本的には悪い意味なんですよね、「とてつもない」って。
 ですから、ちょっとこのタイトル、違和感を催しますよね。それから、「とてつもない」は、一般的には固有名詞を修飾しません。「とてつもない力」「とてつもない国」なら自然なんですけど、「とてつもない日本」とか「とてつもない麻生」だと、なんか変な感じがしますよね。
 「日本はとてつもない力を持った国だ」という文章をタイトル化するなら、「とてつもない国、日本」とすべきでしょう。
 それから、こんなことにツッコミを入れるのもどうかと思いますけど、なんで26ページの最後の3行と、27ページの1行目、計4行だけが、「です・ます体」なんでしょうね。全編の中で、ここだけ、妙にていねいな言葉遣いになってるんです。何か意図があったのか、それとも単なる間違いなのか、それにしても編集でなぜ訂正されなかったのか。さぱ〜り分かりません。それこそ「途轍もない」感じがします。
 ま、麻生さんの漢字の誤読について、こんな記事を書いているワタクシのことですから、いずれその「丁寧体」の意味も見つけ出すかもしれませんね(笑)。

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2009.06.22

『生誕百年 太宰治はなぜうける?』 (NHKクローズアップ現代)

Dazai_panf スト、「人間合格」の井上ひさしさん。
 空前の太宰ブームだとのこと。「人間失格」が5倍売れ、「走れメロス」が7倍売れているとか。
 太宰も喜んでいるでしょう。いや、「オレが生きてるうちにこのくらい売れてくれればよかったのに」と思っているかもしれません。上のリンク先で紹介したような太宰の本来の意図(?)とは違うところでもてはやされていることに、「人をだますのは簡単だ」とほくそえんでいるかもしれません。「100歳まで生きて小説書いておけば良かったな」。
 番組では、大学のセンセイが、「太宰の文体が若者のブログの文体に似ている」とか、「太宰の文章には(アキバ事件の)加藤とは違い救いの言葉がある」とか、いかにもなことを言っていました。私はそれをあちゃーという気持ちで聞いていたわけですが、まあ、そういういかにもな、その時代的な解釈を常に受け入れ続けるのが、ホンモノのすごいところであることは認めます。
 昨日演奏したバッハの音楽なんかもそうなんですよ。バッハはいつの時代にも言われ続けました。その時代時代の大衆音楽に似ていると。あるいは、その時代時代の大衆音楽風なアレンジをされてきました。もちろん微塵も動じないわけでして、そんなのは別にエライ先生が力説しなくても、もともと当たり前のことです。
 太宰がなぜすごいか。なぜうけるのか。それは非常に単純化してしまえば、彼がイケメンだからです。
 いやいや、ここで言うイケメンとは、顔がイケメンということではありません。生まれた時から、文章がイケメンなんです。だから、「生まれてすみません」なんですよ。「イケメンに生まれてすみません」。ホントに癪にさわるヤツですよね。
 イケメンがかっこいい理由なんてありません。嫌う人、ちっとも萌えない人もいると思いますけど、好きな人にとっては理由なんていりません。そしてまた、イケメンのくせにダメぶって、甘え上手で、でもちょっとユーモアもあって、そりゃあ惚れますよ。超イケメンなのになまってるし。ま、ギャップ萌えなんでしょうかね。
 加藤との違いは一言、文章がイケメンかそうじゃないかですよ。若者のブログの文体に似てる?冗談じゃない。ブサイクのたれ流しと一緒にしないでくれよ。
 現代の社会状況、「不安」を描ききっている?違うでしょ。現代のディスコミュニケーションと重なる?全く読めてない。弱さを演じる強さ?プッ!ww
 でも、こうして本当の天才、本当の古典、本当の日本語に若者たちが接するというのは悪いことではありません。若い時にじゃんじゃん洗礼を受けなさい。自分が全然イケメンでないことを教えてもらいなさい。太宰も一緒に悩んでくれる…のではなく、結局天才に見下ろされ、なかばバカにされているということを知りなさい。
 でも、でも、大いに勘違いもしなさい。それが若さですから。若さとはある種の自己イケメン幻想である。
 今年はですね、私は得意の太宰の授業をしていません。別件で忙しく、3年生の演習という味気ない授業しか担当していないからです。また、三沢さんの死によって塗りつぶされてしまい、結局命日も誕生日にも太宰のことをほとんど忘れていました。命日の前日に天下茶屋に行ったくらいですね、今年は。しかし、生誕100年という節目の年に、そういう状況になったのは、それはそれで良かったのかもしれません。落ち着いて太宰にいろいろ教われる(もしくは襲われる)からです。
 何度も書いているように、私はいろいろなことを太宰に直接聞いているんです(笑)。こうして、耳もとでボソボソといろいろ教えてくれるのは、作家では太宰だけですね。それも私だけに教えてくれるって言うんですよ。なんででしょうね…って、私の頭がおかしくなったと思わないでくださいよ。いや、かなりおかしいな。
 でも、それがすごい快感なんですよ。そういう魔術を持っているのが太宰の魅力でしょう。私ね、今こうしてどうでもいい文を、ブログというどうでもいいメディアでたれ流してますけどね、実は野望があるんです。つまり、私はこの歳になってもまだ勘違いし続けるんです。太宰の前では。今どき、そんな夢を見させてくれる人、そんなにいないですよ。
 それにしても、彼はいたずら好きですね。あんまり仲良くなると、調子に乗ってしかけてくるんで要注意です。適度に距離を保っておつきあいしていこうと思っています(笑)。
 あっそうそう、人間合格の人の名言。
 「人の中に小さな宝石があって、それを作家が発見する」
 我々凡人が見逃してしまう宝石を、いとも簡単に見つけて示してくれる、それが作家さんなんですね。

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2009.06.19

『回想の太宰治』 津島美知子 (講談社文芸文庫)

06290007 桃忌。いや、太宰生誕100年の日。生きていたら100歳か。
 今年は特別にめでたい気持ちでこの記念すべき日を迎える予定でした。しかし、まさかこんな悲しみの中でこの日を迎えるとは。
 人の命、生と死という、普段意識にのぼらない自分の本質について、憧れる彼らにこうして教われるということは、これはこれで感謝すべきことなのかもしれません。
 今回の三沢さんの件でも、ご家族の心痛は忖度するにあまりあるものがあります。大成する男の裏には必ず良妻ありです。大成する男をタッグパートナーとしたからこそのご苦労も当然あるでしょう。おそらく喜びよりも悲しみの方が多いのではないでしょうか。
 太宰もよく語っていますが、家族、家庭というものが、その男の大成にとって、一見邪魔な存在になってしまうんですね。家庭には恋も革命もない。つまり文学がない。物語がない。
 いや、事後的に言えば、家庭という基盤があっての男の生産活動であったわけですし、恋や革命を意識するのもまた、そうした「ぬくぬくと温かい」家庭があってのものとも言えます。いわば、生あっての死、死あっての生、ということでしょうか。
 そういう意味で、天才に完璧な家庭を用意し、完璧に天才の文学を発動せしめ、完璧に天才の遺伝子を残した石原美知子という女性も、世界の「妻」史上に残る天才であったと言えるでしょう。
 石原美知子さんと太宰治の結婚にあたって、今私の職場がある富士吉田市の下吉田地区も大きな役割を果たしています。地元の人も、あるいは太宰の研究者の方もよく知らない事実があるんですよ(その史料や証拠は消えちゃいましたが)。
 来年度から私の学校では中学校を開校する予定で、私はそれに関わらせていただいているんですが、その校舎が建つ場所は、まさに「富嶽百景」の名シーンの舞台です。不思議なご縁を感じます。
 さあ、その石原美知子、いや津島美知子さんが書いた「回想の太宰治」。ずいぶん前にも読んでいましたけれど、あらためて最新の文庫を読んでみました。いやあ、良かったなあ。太宰の小説よりも、正直私には面白かった。フィクションの裏側に回ってしまったノンフィクションが大好きなんですよ、私。
 そうか、私の趣味って、そういうところにあるんですよね。フィクションとノンフィクション、表裏合わせて一つの総体として見るというか、どちらかに偏るんじゃなくて、両者の間を自由に行き来するのが好きなんですね。なんか、どっちが虚でどっちが実か分からなくなる感覚が面白い。
 いずれにしても、言葉で語られた「コト」は虚であるとも言えるわけで、そういう意味では、両者を同じ土俵で比較しても構わないとも言えます。あえてそうしてみますと、同じ「コト」でも、それぞれの行間にずいぶんと違った「モノ」が立ち上がっているのがわかります。まあ、直截的に言ってしまうと、太宰のそれにはちょっとした悪意が、美知子さんのそれには全面的に善意が読み取れるのであります。
 太宰自身、美知子さんの文章について、たとえば十二月八日で、「主人の批評に依れば、私の手紙やら日記やらの文章は、ただ真面目なばかりで、そうして感覚はひどく鈍いそうだ。センチメントというものが、まるで無いので、文章がちっとも美しくないそうだ」と、直接的に(いや間接的かな)に、ずいぶんとひどい評を書いていますね。
 そうした美知子さんの真面目で純粋で衒わない文章が、常に不真面目で不純で衒ってばかりの太宰の文章と、あまりに見事なコントラストをなしているわけで、もしかすると、太宰は一見馬鹿にしたような評をもって、実はちょっとした尊敬と憧憬とを表していたのかもしれませんね。太宰のことだから、そういう表現しかできないのでしょう。「富嶽百景」における富士山への態度とおんなじ。
 それにしても、このあまりにさりげない美知子さんの文章、あまりにさりげなくない内容はなんなんでしょうね。最も身近にいた人間としても、ここまでしっかり観察して記録するのは、これは常人には不可能なことです。あまりに、肉々しい太宰がそこにはいます。格好つけ、しゃれ、おどけ、いばりちらし、しかし、こっぴどく怒られて小さくなる太宰。そして、それでも言葉を駆使して逃げ道を作り続ける太宰。でも、ちょっぴり優しい太宰。そんな人間太宰がちんまりと息づいています。
 まさに太宰治という浮世離れした男を主人公とするささやかな一代記という風情です。私がジャッジするなら、はっきり申して、生活面でも、人生面でも、文学面でも、美知子さんの勝ちを宣せざるを得ないでしょう。太宰も頑張ったんですけどね、結局最強の良妻賢母王者にはかなわなかったと。
 やっぱり太宰の後期の文学は石原美知子との出会いがあってこそのものですね。そして、学問的資料と文学性とをこれほど高い次元で、さりげなく止揚してしまった津島美知子。そういう女性が、この山梨から出たということを、我々県民はもっと誇りに思っていいでしょう。
 最後に、この本で個人的に感動したところ。美知子さんが太宰の郷里青森の言葉に深い興味を示しているところ。そして、地元民なのに知らなかった郡内地方の内織の話。そして、金木の太宰治記念館に郡内織が展示されているということ。行ったのに気づかなかった…。
 
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2009.06.17

風姿花伝より「年来稽古条々」〜プロレスと年齢その2

94年 夢の対決!馬場・ハンセン組VS三沢・小橋組
1 沢に馬場の16文が命中!
 このシーンでの若林アナの名実況が忘れられません。

 「二十代には二十代のプロレスがある。三十代には三十代のプロレスがある。馬場さん五十代!五十代のプロレスがある!今できる、一生懸命、全ての自分を見せている!」

 今日も能楽部の活動日。能楽師として修業中の教え子に、基本的なカタをいくつか習いました。
 今日は読売新聞の取材も来たりして、生徒たちもはりきってやってましたね。
 練習場であるお茶室の隣ではバレー部やバスケ部が活動していますし、外ではダンス部が練習しています。みんな茶室の前を通る時には、ニヤニヤしながらのぞいていきます。まあ、半分バカにしているところがあるのでしょう。正直好奇心という感じではありませんね。
 私はその気持ちもよくわかるんですよ。西洋スポーツの真似事をやってる方がかっこいいですから。私も高校生だったらそう思います。てか、そう思ってました。ですから、その反応は正常だと思います。
 日本の伝統芸能をやるというのは、実は勇気のいることなんです。自分自身と直接向き合うことになるからです。日本人としての歴史や生理、明らかに西洋人ではない自分と、そして明らかに日本人的でなくなっている現代の自分という、様々な現実と直面せざるを得ないのです。
 私自身、高校時代はロックとバロックばかりで、純邦楽や演歌や民謡なんていうのは、まさにバカにする対象でした。大学に入って純邦楽をやりはじめても、そのメソッドやテキストのないレッスン方法に半分あきれかえっていました。今思うと、それこそ若気の至りというか、バカ気の至りなんですけどね。
 さすがにこの歳になりましたから、両方の面白さがわかるようになってきました。もう優劣なんかとっくに超えています。明らかに使う脳の場所が違いますので。土俵やリングが違う。総合する必要すらありません。ずいぶん時間がかかったなあ…。
 今日のお稽古では、本当にいろいろと考えることがありました。やはり体感してみてわかるものがたくさんありますね。それらについては、まだまだ考え中、感じ中なので、いずれあらためて。
 そこで今日は、昨日の続きを記しておきたいと思います。昨日の記事で、「世阿弥は五十になったらもう引退しかないと言っている」と書きましたが、これは正確ではないとの指摘を受けました。そのとおりですね。すみません。ついつい勢いであのように書いてしまいました。そこで、今日は、「五十有余」の部分をきちんと現代語訳(プロレス訳)しておこうと思います。

 『このころ(五十過ぎ)からは、だいたいにおいて、「しない」ということ以外には手だてはあるまい。「麒麟も老いては駑馬に劣る」と申すこともある。そうは言っても本当に窮めたレスラーならば、技は全てなくなって、どんな場面でも見どころは少ないと言っても、花は残るに違いない。
 亡き父であった者は、五十二だった五月十九日に死去したが、その月の四日、静岡県の浅間神社の御前で奉納試合を仰せつかり、その日の試合は、特に華やかで、観戦の人々は一同に賞賛したものである。おおかたその頃は、技を早々に後継者に譲って、無理のないところをごく少なめに色を添えるようにだけこなしたのだが、花はいよいよ増すように見えたものである。
 これは、本当の意味で得た花であるがゆえに、そのプロレスリングにおいては、枝葉も少なく、老い木になるまで、花は散らないで残ったのである。これは紛れもなく、老骨に残った花の証拠である』

 この世阿弥の文章を読むにあたって、やはり思い出されるのは、往年のジャイアント馬場さんのことです。あの姿をして、みっともないとおっしゃる方もおられましたが、私はあれはあれで「花」のあるプロレスであったと信じています。実際、生観戦した際、馬場さんが花道に現れ、そしてエプロンサイドに立った瞬間、ロープをくぐってリングインした瞬間、もうその一連の流れの中で、私は感動して涙したものです。
 そうした「たたずまい」こそが、世阿弥の言う、そして観阿弥の有した「花」であったかと思います。
 また、そうした老骨の花でさえ、美しく感動的に咲かすことができるのが、プロレスのプロレスたるゆえんであり、純スポーツと間を画され、伝統芸能や神事に比せられる肝要であると思います。
2009051800000001spnavi_otfightview0 できれば、三沢さんもそうした花を咲かせてほしかった。なぜなら、ちょうど先月の今日、三沢さんは天狗のお面を装着して、橋誠にカンチョー攻撃をしかけていたからです。私はこの試合のことを知って、なんかとっても安心したことを記憶しています。
 三沢さんは「明るく、楽しく、激しい」プロレスの「激しい」部分から引退して、「明るく、楽しい」部分を担って行こうと考えていたのかもしれません。もしかすると、13日の試合は、その「激しい」プロレスの最後の試合だったかもしれませんね。最後に後継者たる潮崎豪に、自らの命をかけて何かを伝えたかったのかもしれません。
 今日もまた、三沢さんのご冥福をお祈りします。そして、プロレスがプロレスとしてこれからも生き続けていくことを祈ります。人間にはプロレス的世界がどうしても必要なのです。

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2009.06.16

風姿花伝より「年来稽古条々」〜プロレスと年齢その1

20061210_256172 沢光晴選手の死を、ようやく客観的に受け止められるようになってきました。それに伴い体調も戻りつつあります。
 こういうことがありますと、自分の「心」と「体」を改めて意識しますね。逆に言えば、日常では、私たちは常に自分のことを忘れているということです。
 さて、次第に今回の悲劇を冷静にとらえることができるようになってきて、まず最初に思い出したのは、世阿弥の「風姿花伝」です。
 能とプロレスの類似性については、前々からいろいろと思うところがありました。そして、あの奇跡の日に、その両方の真髄に触れ、そして、その後全日本プロレスの渕正信選手と、そんな話をしたんですよね。渕さんも能のことをよくご存知で、深く納得してくださいました。
 多分に形式化された肉体表現ということで言えば、両者は非常に近しい関係にあります。お客さんと一緒にその空間と時間を作り上げていくところも似ていますね。
 離見の見。序破急。また、能において「申し合わせ」がただ一回しか行われず、あとはその場のアドリブで手合わせしていく、また、その日の客の反応によってアドリブで演じ方を変えていくという点も、ある意味プロレスとそっくりです。
 今日はちょうど能楽部の練習日で、簡単な謡の練習をしたのですが、体調不良の中で腹から大きな声を出していましたら、ふと、三沢さんのことに重なって、「風姿花伝」の「年来稽古条々」が思い出されました。十七、八歳の生徒たちと二十台の顧問の先生、そして四十四、五の私。四十六歳だった三沢さん。
 というわけで、今日は、風姿花伝「年来稽古条々」の「四十四・五」の部分の現代語訳(プロレス訳)をしてみましょう。十代、二十代と若いうちにはそれなりの「花」があり、三十代にそれが窮まる。そしてこの四十四・五につながっていきます。


 『このくらいの年齢からは、プロレスのやり方がほとんど変わるに違いない。
 たとえ世界的に認められ、プロレスを窮めていたとしても、良き後継者を持つべきである。プロレスの才能自体は衰えなくとも、やむを得ず次第に年老いていくもので、肉体的な花も、観客から見ての花も失っていくものである。
 まず特別に優れた外見の持ち主ならともかく、それなりの者であっても、素顔、素肌をさらすプロレスは、年をとってからは見られないものである。したがって、そちらの方面ではもう試合はできない。
 このくらいの年齢からは、むやみに高度な技を出すべきではない。全体にわたり、年齢に合った試合を、軽く力まず、若手の後継者に花を持たせて、相手に合わせて少なめに動くべきである。
 たとえ後継者がいない場合であっても、ますます細かい部分で体に負担がかかるような試合はすべきではない。どうしようとも、観客は花を感じない。
 もしこの頃まで消えない花があったなら、それこそが真の花であるのだろう。
 その場合は、五十近くまで消えない花を持っているレスラーであるならば、四十以前に名声を得ているに違いない。たとえ世界で認められているレスラーであっても、それなりのプロは特に自分のことを知っているだろうから、ますます後継者を育て、それだけに専念して、あらが見えるに違いない試合をするべきではないのである。このように自分のことを知る心こそ、その道の達人の心であるに違いない』


 ううむ、あまりに鋭いことを言っていますね、世阿弥(観阿弥)さん。もちろん、三沢さんもこのことをよく分かっていらしたでしょう。しかし、それが分かっていながら実現できなかったプロレス界の状況、ノアの状況を改めて考えなければなりませんね。
 三沢さんは近く引退を考えていたとのこと。もうどうしようもないことですが、やはり悔やまれてなりません。いろいろな状況と彼のまじめな性格、責任感の強さが重なり、今回の不幸が生まれてしまったようです。
 斜陽分野ではこのようなことが日常的に起きています。プロレスに限りません。たとえば本家「能」の世界なども、世阿弥は五十になったらもう引退しかないと言っているのにも関わらず、六十、七十の超ベテランの方々がいまだにメインイベントで演じています。ある意味こちらの方が危機的状況です。
 役者は舞台で死ねたらいい。レスラーはリングで死ねたら本望。一つの決意表明として、一つの寓意として、そういう表現もありだと思いますが、それが現実になるのは、やはり不幸であるとしか言えません。私も現実的に「教師として教壇の上で死ねたら幸せ」なんて、これっぽっちも思いませんよ。
 あらためて、ご冥福をお祈り申し上げます。そして、プロレス界よ、もう一度みんなでしっかり考えましょう。

風姿花伝より「年来稽古条々」〜プロレスと年齢その2

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2009.06.12

富士にはニャンコがよく似合ふ

↓あまりに、おあつらいむきの富士である。
0306 日、太宰の命日ですね。来週の今日は桜桃忌。生誕祭。今年は太宰治生誕100年です。明日はちょっと東京に行く用事もありますので、玉川上水にでも飛び込んで、いや、お参りしてこようかな、などとも考えております。
 いや、たぶん、行かないだろう。なぜなら、去年、三鷹の禅林寺に参って、本当に参ってしまったからだ。今度も何をされるかわからない。
 …と、ホントに太宰の文体って伝染しますね。太宰体で文章を書こうとすれば、いくらでも書けますし、やはり、そうしますと太宰風な下卑た内容になっていくから面白い。
 ま、今日はやめときます。再びワタクシ流の平成軽薄体に戻します。
 あっそうそう、太宰と言えば、今、奥さんの津島(石原)美知子さんの「回想の太宰治」を読み直しているんですが、実はですね、私が平成の太宰治だと思っているある天才がいまして(誰とは申しませんが、このブログで何度も取り上げている男です)、彼の奥さんもまた、美知子さん同様、とっても大変な思いをしています。そこで、彼女にも「回想の○○○○」を書くことを勧めようかと思ってるんですよ。ナイショですけどね(笑)。って、まだその男は生きてますが。
0307_2 ところで、今日、甲府の方に出張だったので、ついでと言ってはなんですが、帰りに御坂峠の天下茶屋に寄ってきました。ええと、どっかに書きましたけど、私、あそこに関しては、ある事情(太宰のいたずらその1)により、出入り禁止となっています。ですから、そうですねえ、7年ぶりくらいになるんでしょうか。いや、8年ぶりくらいかな。
 その後、「富嶽百景」にも出てくる茶屋のT家の方々といろいろとご縁がありましたので、今回は勇気を出して店の中に入ってみました。
 平日の夕方の中途半端な時間だったので、店内にはお客さんも店員さんもおらず、私の緊張感は行き場を失ってもやもやと漂ってしまいました。しかたなく、土産物コーナーのどうでもいい溶岩の置物などを手にしたり、いかにも大学生のアルバイトが書いたような手書きの張り紙の数々を無意味に眺めたりして、結局すぐにまた店の外に出ました。
 ふぅ。井伏鱒二が去った後の、太宰治の感じたある種の居心地の悪さ(御坂で苦慮のこと)はこんな感じだったのかな、などと、すっきりしない富士を眺めながらため息をつこうと思ったら、あらら、そこに救世主が現れたではないですか!
0310 猫です。猫がくつろいでいます。寝ころんで富士を眺めていた猫が、寝ころんだままこちらを振り返って「ニャー」。私は救われた気がしました。
 そう言えば、太宰の作品には、猫が出てこないなあ。犬は出てきますね。太宰の犬嫌いは相当のものだった。「畜犬談」では、いかにも太宰らしく偽善、偽愛的な物語を展開しています。太宰は愛憎逆転させて小説を書く人です。
 そう、猫、猫は出てこない…ような気がする。太宰好きと猫好きはなんとなく重なるような気がするんですけどね。
 私の印象に残っているのは、「女人訓戒」という、女性の動物性を巧みに描いた小品の一節くらいです。

『日本でも、むかしから、猫が老婆に化けて、お家騒動を起す例が、二、三にとどまらず語り伝えられている。けれども、あれも亦、考えてみると、猫が老婆に化けたのでは無く老婆が狂って猫に化けてしまったのにちがいない。無慙(むざん)の姿である。耳にちょっと触れると、ぴくっとその老婆の耳が、動くそうではないか。油揚を好み、鼠を食すというのもあながち、誇張では無いかも知れない。女性の細胞は、全く容易に、動物のそれに化することが、できるものなのである』

 とすると、あの猫、多分に女性的でもあった太宰治の化けた猫であったのかもしれない…なんてね。それにしても、「富士には猫がよく似合ふ」なあ。やっぱり小説の言葉というのは、作家の極度な(しかしあまり有意味でない)緊張が生むものであり、その力学が日常の風景、すなわち空間や時間を微妙に歪めて私たちに提示されたものなんですね。
 そんな、あまりに基本的なことを、富士と茶屋と猫と太宰と自分に教わった、素敵な一瞬でした。

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2009.06.10

『日本人の知らない日本語』 蛇蔵&海野凪子 (メディアファクトリー)

84012673 たまた、向かいに座っている理科の先生からお借りしました。彼女、まあいろいろネタになる本を貸してくれること。
 この本(マンガ)、かなり売れているようですね。たしかに面白い。外国人との言語をめぐるすれ違いというかディスコミュニケーションというか誤解というかミスマッチングというか、そういうネタのマンガという意味では、こちらに近いかもしれません。
 これはある国民にとっての言語や文化や習慣という「モノ」、すなわち彼らが「ものにしている」ところのモノが、外国人にとっては「コト」であるという現象そのものを扱ったマンガと言えます。
 ですから、たとえば私がカミさんの実家である秋田という外国に行って、そこの言語や文化や習慣に面食らい、それを学ぼうとトンチンカンな質問をしている状況を、そのままマンガにしても、たぶんこれと同じくらい面白い作品になるでしょう。というか、そういうたぐいのものは実はいくらでもありました。
 しかし、この作品が特に面白いものとなった原因は、そのモノとコト、すなわち無意識と意識のズレを表現しただけでなく、本来「ものにしている」はずのモノが、全然「ものになってない」コトを教えてくれるからです。これは、モノとコトの逆転の面白さとも言えます。ま、この本に即して言うなら、外国人の方がマニアックな日本語を知っている、あるいは、類似表現の微妙な差異を意識的に使い分け、使いこなしているということです。
 実はこれもまた、私もしょっちゅう体験することです。逆の立場でね。
 たとえば、これはどこかにも書きましたけれど、私はバロック音楽なんかやってますからね、17世紀のフランスの音楽については、近所のフランス人より詳しかったりするわけですよ。
 私みたいに、どう見ても坊さん風情な日本人が、まじめな顔してフランスバロックのキリスト教音楽をやってたりする姿なんか、向こうから見れば、それこそこのマンガに出てきた、仁侠映画でヤクザ言葉を覚えてしまったフランスのご婦人と同じくらい笑える姿でしょう。
 あるいは、私は信仰とは違う立場から聖書を読んだり、仏教聖典を読んだりしています。それを元にその道の専門家に、やたらマニアックな質問をして困らせるなんてこともあります。
 あと、これは自分ではありませんけど、最近もプロレスのマニアの方々が、レスラーご本人よりもその方の過去の試合結果や内容に詳しいなんてこともありましたっけ。
 今日、この本の話が出たので、生徒にも話したんですが、受験で覚えるような英単語や、あるいは読まされる長文なんか、あれはネイティヴでも知らなかったり、難しかったりします。留学生なんかに、大学入試の英語の問題やらせると、たいがいお手上げになるものです。
 そう言えば、漢字なんかもそうですね。日本人の方が圧倒的に本国中国人より漢字をよく知っています。漢文もそうです。中国の古典に最も詳しく親しんでいるのは、日本の高校生ですよ。これはまじで。
 この前紹介したドナルド・キーンさんなんかも典型ですね。彼は尊敬されて、文化勲章までもらってますけど、私がこちらで最後に書いたことなんか、ホントは笑っちゃっていいことなんです。というか、私は昔からマンガチックだなって、不謹慎にも思っていたんですよ(笑)。もちろん、それは、このマンガの原案者と同じく、彼らへの愛情と尊敬の念をベースにした「笑」なんですが。
 というふうに、幼少からその環境にどっぷり浸かって、「ものにした」モノと、大人になってから客観的に学習したコトとでは、その性質や方向性が全く違うわけです。そこに齟齬や逆転現象が起きて、それでこういう笑える本が生まれたり、あるいは場合によってはケンカになり、戦争になるわけです。
 ずいぶん前にこちらで書きましたっけ。「異文化理解」というのはおかしいと。理解できないから、ズレが生じるから「異文化」なのであって、「異文化理解」という言葉自体が自家撞着を起こしていると。
 変に「異文化」体験を美化したり、理想化したりするのではなく、このマンガのように、そのすれ違いやディスコミュニケーションや誤解やミスマッチング自体を愛し、可愛がり、面白がり、互いに学び合って楽しんでいけばいいんじゃないでしょうかね…と、充分に美化、理想化してますが(笑)。
 ちなみに、このマンガのタイトル「日本人も知らない日本語」ですけど、まあいかにもその通りですね。ここで我々ネイティヴが試される多くの問題、あるいはマンガ自体のネタになっている日本語については、いちおう日本語が専門で、それなりにマニアックだと自負している私でも、半分くらいしか分かりませんでした。だから、これを読んで、「やばい、全然知らない」と思ってしまった皆さん、全然心配しなくていいですよ。知っていても全く意味がないことばかりですから。いわゆる雑学、小ネタ、一口メモ程度のものです。
 ま、そんなの大きなお世話で、こうして「知らない」ことを楽しみ、ちょっと心配し、一時的に勉強意欲を増し、「日本語ブーム」を作り上げてしまうのもまた、いかにも日本人らしい文化現象であると言えますね。
 最後に、このマンガでもやり玉に上がっていた最近の「日本語の乱れ(?)」については、私は非常に寛容です。それについても、今までいやというほど書いてきましたので、ここでは割愛します。

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2009.06.04

『富士山―聖と美の山』 上垣外憲一 (中公新書)

12101982 士山はやはり女だ。それを再確認させられた本でした。
 富士山に関する著書は、それこそ山のごとくあります。富士山本人の懐に抱かれて生活する者として、それらを比較的たくさん読んでいる方だと思いますが、本書で初めて知ったこともたくさんあったのには、正直驚きました。まだまだ未知の資料が目の前に積み上げられそうです。
 この本は、「富士山に関する『文化的』なものの総覧である。『富士山の文化史』と言い換えてもよい」と冒頭にあるように、文学作品や美術作品に描かれた富士山はもちろんのこと、富士の名を冠した戦艦や爆撃機に至るまで、さまざまな「文化現象」としての富士山を抽出して見せてくれます。
 その全体を貫くのは、おそらく著者の専門分野であろう「ナショナリズム」であります。ナショナリズムとは、まさに外国との関係における相対的な価値観でありますから、結果として、富士山の姿を描くことによって、日本の外交史の流れと、それによって変化させられた日本人の自意識というものを、そこに読み取ることができました。
 そういう意味で、富士山在住の私にさえも、新たな富士山の姿を見せてくれた好著と言えましょう。
 しかし、ある意味では、自分の実感としての富士山との乖離も感じないではいられませんでした。もちろんそれは著者である上垣外さんの責任ではありません。文化としての富士山を記録し現出させた、過去の「文化人」たちの責任です。
 というのは、文化としての富士山は、どうしても「表富士」に偏りがちだということなんです。裏富士も裏富士、富士山の真北に位置する村に住み、富士山の東北(艮)に位置する市に勤める私にとっての富士山が、そうした「文化的」な富士山と、正確に重ならないのは、これは当然のことですね。
 それが違和感を催すというよりも、もっと複雑な感情を起こさせるのです。嫉妬心のような、被差別意識のような、いや屈折したある種のナショナリズムというか、そう、ちょうどこの地に色濃く残る「富士王朝伝説」や「後南朝伝説」のような、いわば敗者の美意識やナルシシズムのようなものでしょうか、そんなものを感じてしまうのです。
 それもまた「文化」と言ってよいものなのか、私にはわかりません。しかし、裏富士に住み、裏富士と毎日対峙し、裏富士に魅入られた者としては、やはりそこにこだわりたい気持ちがあります。
 この本で紹介されている「文化」の中にも、裏富士ものはあります。万葉集の高橋虫麻呂の長歌から始まり、聖徳太子の甲斐の黒駒による登山伝説や、全編によく引用されている「義楚六帖」の徐福伝説も基本裏富士を舞台としたものですし、富士講の中心も裏富士でした。そして、間もなくちょうど生誕百周年を迎える太宰治の「富嶽百景」は、言うまでもなく裏富士が主役です。
 そう、太宰の語る富士が、比較的裏富士の本質をとらえているかもしれませんね。あの歪んだ愛憎。劣等感と自己愛。単に「聖と美」、すなわち「文化」としての富士山ではなく、ある種「俗と醜」をも包含した「真実」としての実在。それこそが私の富士山です。
 そう考えると、やはり太宰治という男はすごいということになりますね。彼はあの作品で、富士山の裏側と人間の裏側を描き切ってしまった。いや、裏側と言っても、単なる暗黒面ということではありません。裏側の「真実」の妖しい美しさというものもあるのです。
 ここに住んでいますと、裏富士を一つのシンボルとして集結した落人たちや、海よりも山を、森を象徴とする縄文系の人々の息吹を感じます。それがある種のコンプレックスとして堆積し、沈潜し、伏流しているとも言えます。その負のエネルギー…いやその「負」というのは、あくまで「正」から見た相対的なものであって、エネルギーには本来、正も負もないはずですね…そのエネルギーの凝結点が、ちょうどあの戦争が始まる寸前に現れた、太宰治の「富嶽百景」であり、出口王仁三郎の「大本」であったと、私は最近考えているのです。考えているというより、感じていると言った方が正確でしょうか。
 そこでどうしても避けられないのが、冒頭に書いた「富士山は女だ」という「事実」なのです。昨日たまたま「活」について書きましたけれど、まさに「活火山」たる「富士山」と「女」がそこにあるのです。
 実はつい先日もウチの活火山たるカミさん(神様?)が噴火しました(笑)。噴火の原因は本人にもわからないくらいですから、男たるワタクシには全く理解できないのです…いや、たしかに導火線に火をつけたのは私の一言だったかもしれませんが。そこには、表向きの女性的な「聖と美」に表裏隣接する、理屈や社会性を超えたなにか恐ろしい「モノ」があるのです。その「モノ性」こそが、「富士山」と「女」を密接につなげる何かなのです。
 富士の表側に生まれ育ち、まずは「文化」としての富士山に魅せられて、そこに引き寄せられ、そのうちその裏側に囚われて、そして呑み込まれていった私。そんな私から見ると、富士は女だ、女は富士だと思わずにいられないわけです(苦笑)。
 そうしますと、やはり「文化」というのは、男の手による社会的なフィクションだということになるのかもしれませんね。そんなことを考えさせてくれた、この本でした。著者の意図とは全く違った感想でしょうね。上垣外さん、すみません。

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2009.06.03

『○活』

1 近、というか今日のマイブーム(ってまだ言うかな?)、Skypeで卒業生とおしゃべりすること。まあ便利な世の中だよなあ。職員室で東京の大学生とテレビ電話。男子禁制の女子大生の部屋が見れるぞ(笑)。
 岐阜の大学生もまじえておしゃべり。高校生や先生方も参加して、去年の雰囲気がよみがえる。
 さらにはノートパソコンを持ち出して、なつかしい高校の中を案内したりしてね。高校生たちも画面に映る先輩の姿を見て、「きゃー、おひしぶりです!」。ついでに勉強に関する質問したりして。不思議な感じです。
 というわけで、今年卒業させたギャルたちも、すっかり女子大生らしくなってます。そして、様々な新しい出会いに、実に活き活きとしているように見えます。あいつらに5月病なるものはなかったようで…さすがだ。
 今、「活き活き」と書きましたが、「活」という字、もとは「さんずい」に「氏」「口」と書きまして、「刀でふたを開ける」「水が流れ出す」という意味です。力を加えて何かを動かすというイメージの字です。エネルギッシュな感じがしますね。積極的に動いている風です。
 で、あいつらが今積極的に動いているのは「恋活」です。「れんかつ」。でも、あんまりうまく行ってないないやつもいるようで、ある有名女子大では、6月になっても彼氏ができないと、「残飯」と言われるようです(笑)。6月でもう「残飯」かよ!?で、夏頃になると「残飯」だけが集まって「残飯パーティー」が開かれるとか。ハハハ。でも、あの女子大だったら「残飯」でもクオリティー高そうだな…なんて、オヤジ発言連発ですみません。
 「恋活」という言葉、「婚活」から派生した新語ですね。そして、「婚活」は「就活」から出た言葉です。私の頃は、この三種の「活」はありませんでした。いや、実質活動としては当然あったのですが、言葉としてはありませんでした。「就活」とも言わなかったよなあ。普通に就職活動とは言いましたが。ま、なんでも四拍の略語にしてしまうのが、日本人の、特に最近の若者のファッションです。それについてはこちらに書きました。
 ただ、「就活」はいいとして、「婚活」っていうのはどうなんでしょうね。「結婚活動」ということですよね。そして、「恋愛活動」も。
 つまりは、その裏に「就職難」「結婚難」「恋愛難」というのが前提としてあるわけでして、いずれもただ待っているだけではダメで、積極的に活動しなければならないということなんでしょう。
 「就職難」はわかります。個人の問題ではないんで。社会のシステムと、そのシステムの運用状況の話ですから。しかし、「結婚難」や「恋愛難」はどうなんでしょう。やっぱり社会の問題なのでしょうか。それとも、個人の問題としての「難」なのでしょうか。
 社会の経済システムが不調でも、それは時が解決してくれるというのが、歴史の証明しているところですが、個人のシステムの方はどうでしょう。「結婚難」や「恋愛難」は時が経てば解決するんでしょうか。「結婚状況」や「恋愛状況」は好転するんでしょうか。
 いや、やっぱり結婚も恋愛も社会システムなんでしょうか。いやいや、結婚はもともとそういう要素も濃かったとは思いますが、今や恋愛も個人を離れて社会の方に取り込まれちゃったんでしょうか。
 経済の不調は多分に「集団気分」による部分が大きい。恋愛や結婚にもそういう影がさしているようにも思えます。
 いずれにしても、そういう「○難」な状況が、「○活」を生むわけで、いわば、「○難」というフタを「○活」という刀で吹っ飛ばさなきゃいけないわけですね。そういう意味では、現代の若者たちは、とっても忙しい。刀をあっちこっちで振り回さなきゃならない。だから、なんとなく殺伐とした空気になってしまう。
 昔の自分を思い出してみますと、「恋愛」に関しては、なかなか活動に発展できず、ただただ妄想ばかりしていたような気がします。そして、それこそが「恋愛」であって、あんまり「恋愛活動」にいそしむと、それはそれでなんとなく許されないというか、味気ないというか、そんな雰囲気もありましたね。
 あっそうか、「恋愛」も「結婚」も、市場経済化、自由経済化しちゃったってことでしょうか。昔のような談合体質がなくなり、「自由恋愛」「自由結婚」になっちゃったんで、みんな「活動」しなきゃならなくなったと。あるいは、それらが経済自体に取り込まれたとも言えますね。「恋活」も「婚活」も商売になりますから。リクルートの新しい事業分野でしょう。
 あとメディアの発達というのもありますね。おかげで知らなくてもいいことを知るようになりましたし、活動範囲が一気に世界に広がってしまいました。妄想で終われなくなっちゃった。そりゃ、忙しくなりますね。出会わなくていい人とも出会っちゃうわけですし、従来ならあきらめていたことも、手段・方法があるから、ついつい「活動」につなげてしまうし。やっぱり市場のグローバル化ですね。
 そうすると、「恋愛」も「結婚」も結局単純な弱肉強食の世界になる、あるいは、法(倫理)に触れないギリギリのところでずるいこと悪いことをしたヤツが勝つようになっちゃいますね。なんとなく哀しい世界です。
 そういう世の中だからこそ、経済全体においても、就職においても、結婚においても、恋愛においても、正しいことをただ粛々とやっている人が勝つと信じたいですね。
「○活」しないといけない、という雰囲気は、やっぱり気分によって醸成されているだけだと思います。そういう空気に翻弄されている教え子たちを見ますと、ちょっと可哀想だと思う今日この頃です。
 ま、たとえば「残飯」とか言って自虐的にギャグ化できる余裕があれば大丈夫か(笑)。「残飯」も発酵して立派な肥やしになりますよ、きっと。ん?腐敗しちゃったらどうするのって?さあ…どうしようか(笑)。

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2009.05.24

『未来への提言 ドナルド・キーン』 (NHK) 〜「もののあはれ」論

~もう一つの母国 日本へのメッセージ~
362057 ソコンが起動しなくなり、10年もつはずの腕時計が2年で止まり、ついに今晩、車のエンジンがかからなくなりました。「ああ…」。不安や怒りではなく、ある種の感慨に浸っております。これぞ「もののあはれ」。
 テレビをつけると、ちょうど見逃した番組の再放送をやっていました。日本文学研究者のドナルド・キーンさんの「もののあはれ」論でした。「うつろいゆくもの、はかないものへの共感」。「四季、季節のうつろいに美を発見する」。
 「四季も他人も友とすべきだ」…これがキーンさんのメッセージでした。
 これは芭蕉の「風雅におけるもの造化にしたがひて四時を友とす」をもとに考えた言葉だとか。
 こんなふうに、我々日本人でも、あるいは私のような国語のセンセイでも、よく理解していないことを、キーンさんはいくらでも知っているという感じです。
 写真は、昨年文化勲章を受賞された時のものです。外国人としては初めての受賞でした。
 キーンさんが日本文学の中心に据えるのは、やはり「もののあはれ」です。キーンさんは「もののあはれ」をたしか“a sensitivity to things”と訳しました。「あはれ」を「sensitivity」と訳したのは名案ですね。一方、「もの」を「things」と訳したのはどうでしょうか。「thing」にも、日本語の「もの」同様、多様な意味があり、案外双方相似たところがあるので、悪くないと思います。
 ただ、じゃあ「もの」って「things」って何?と聞かれると、キーンさんもなかなか答えられないと思います。結局、「移り行くもの」「はかないもの」という結論になってしまう。
 私はいつも言っているように、自分の外部が全て「もの」であるという考えですから、結論的には一緒になるかもしれません。しかし、そこに「もの=自己にとっての外部=他者=不随意な存在」というプロセスを設けているので、より鮮明に「もののあはれ」をとらえていると自負しています。
 それで、そういう私の勝手な考えからしますと、キーンさんの最後に書いた「四季も他人も友とすべきだ」というは、まさに「ものをあわれみましょう」ということになりますね。キーンさんは「四季」とは「自然」のこと、「他人」とは「外国人」のことと言っておられましたけれど、そこのところをワタクシ流に(乱暴に)まとめてしまうと、「もの=自己にとっての外部=他者=不随意な存在」と友だちになっちゃおう!ということになるわけです。
 これは実にいいことですね。近代西洋文化は不随意な「もの」を制御し、疑似的にではあれ、「こと」という随意な存在に変換することに執心、終始してきました。その結末が現代社会の憂鬱です。たしかに、我々日本人こそ、本来の「もののあはれ」的な生き方、良い意味での諦めというものを思い出すべきなのかもしれません。
 とは言うものの…私は、壊れゆく「もの」に美を発見できるのでしょうか…笑…泣。
 とりあえず、パソコンや時計や車がないと仕事になりません。まさに、「もの」を馴致して奴隷化し「こと」をなして(シゴトして)いたわけですよね。そして「もの」の反乱に撹乱せられている。ううむ、ちょっと反省。反省するから許してちょうだい、という気分ですね。反省の意をはっきり表すには、それこそ出家するしかないわけなんですが。それもできないしなあ。
 しかたがない、お金を払って(罰金を払って)許してもらうしかないんですかね。ああ、そうか。経済って「もの=自然=他者」への無礼に対する罰金システムのことなのか。今、気づいた。さっさと「あはれ=嗚呼」と言って降参(出家)しちゃえばいいのに、それができない。だから金で示談に持ち込むというわけか。
 それはいいとして、キーンさんと三島由紀夫との関係について一言。
 この番組でも少し触れられていましたが、キーンさんは三島由紀夫から遺書を受け取っています。自決の翌日手紙が届くんですよね。そこには「小生たうたう名前どほり魅死魔幽鬼夫になりました」とありました。
 いかにも三島らしい言葉遊びと取れますが、いや、なんだか子どもみたいな、というか、暴走族の言語センスみたいだな、とも思えますよね。
 実はこれって、キーンさんが考えたんです。番組ではそのようには紹介されませんでした。三島がキーンさんのことを手紙で、「怒鳴土起韻様」「怒鳴土鬼韻様」「奇院先生」とか書いてくるんで、キーンさんが仕返しに考えてやったんですよね。それがあまりにうまい具合に行ったのか、つまり日本古来の言霊が発動しちゃったのか、いずれにせよ、この戒名(?)が三島の自決を後押ししてしまったというのは、実に皮肉なことであります。
 まあ、キーンさんによって、三島のモノガタリはある意味見事な結末を迎えたわけですから、キーンさんの日本文学への影響は多大なものがあるということですね。三島の死によって、日本文学も死んだわけですし。
 ところで、そんなキーンさんですが、もう70年くらい日本語を勉強されているにもかかわらず、いまだに外国人風な日本語をお話しになりますね。そんなところに、ちょっと安心し、最後の優越感を抱いている、心のねじまがった日本人がここにいます(笑)。

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2009.05.22

『Ayuのデジデジ日記 2000-2009 A』 浜崎あゆみ (講談社)

06353709 代の思想家浜崎あゆみ。私が吉本隆明だったら、王仁三郎、みきの後にあゆを並べたことでしょう。これは冗談ではありません。

 思想家=社会・人生などについての深い思想をもつ人。特に、その内容を公表し、他に影響を与える人をいう。

 現代において、この定義に最もピタリとはまるのは間違いなく彼女です。はあ?と思った方は、彼女の言葉や仕事ぶりを知らないだけです。
 まさに、オニ、みきに通じる大衆性とカリスマ性を持ち合わせた人物ですね。ある種の宗教性を持っているとも言えます。現に今回私にこの貴重な本を見せてくれた生徒も、いわゆる典型的な「あゆ信者」です。単なるアイドル(偶像)というくくりでは、とても表現し切れない重い存在感があります。同性に人気というが象徴的ですね。
 だいたいの女性は広義の腐女子根性を持っていて、たとえば今日も話題になっていましたが、「阿修羅」に萌えたりするわけです。しかし、それはあくまでも「萌え=をかし」の感情であって、決して彼(?)の思想や行動に共感しているのではない。
 ところが、浜崎あゆみを信奉する女性たちは、間違いなく彼女の生き様や生き方を学び(真似び)、自らの人生の指針にしています。もちろん、女性のみならず、たとえば私なんかも彼女にはかなり影響を受けていると言えます。
 彼女の持つそうしたカリスマ性は、日本の伝統的な女系の神々に直結するものであると、私は常々思っています。非常に単純化してしまうなら、彼女は現代のオオヒルメ(天照大神)だということになるでしょう。
 そんなオオヒルメの、輝かしくも苦悩に満ちたこの10年間のお姿とお言葉が満載されたこの本。信者にとっては、まさに聖典というべき内容になっています。
171075_c450 ああ、そうそう、今日のニュースに「あゆ、事情聴取か?」みたいなのがありましたね。4月7日に渋谷109の前で行われた、この聖典の発売記念イベントに8000人の信者が集まり、交通に多大なる障害をもたらしたのだとか。道路交通法違反で神をしょっぴくということでしょうかね。これはまさに、オニやみきに与えられた弾圧の歴史を思い起こさせます(ちょっと大げさかな…笑)。
 まあ、それほどの影響があるということですよ。そしてこの本が待望されていたということですよ。
 私もじっくりこの本…とても写真集とは言えない…をじっくり拝見拝読いたしましたが、なるほどこれは美しく、そして深い。
 冒頭、オオヒルメが苦悩のあまり、天の岩戸に隠れなさった頃の日記もあります。そうですねえ、結局「Duty」の頃が一番きつかったのではないでしょうか。あれが2000年発表のアルバムでしたから、ある意味この日記たちは、天の岩戸開きの物語とも言えるかもしれませんね。
 デジデジ日記と称しながら、そこには古来のアナログ的言霊があふれています。基本手書きの文字がそのまま印刷されています。お筆先ですね(笑)。
 さりげない、今どきの女の子の言葉のように見えますが、実はその内容は、まさにお筆先の名にふさわしい。そう、大衆の、田舎の一婆さんの言葉で神の言葉を媒介した、「出口なお」や「中山みき」のお筆先に匹敵するものです。
 最後のロングインタビューから、彼女の言葉のアンソロジーに至る部分に至って、私たち信者の心は崇高な地点に救い上げられ、そして恍惚のあまり涙が溢れてくるのでした。いや、ふざけているのではなく、私はじ〜んとしてしまいましたよ。まじで。というか、いつのまにか私も信者という設定になってるし(笑)。
 そうですねえ、彼女は「瑞と厳」の魂、両方を持っているように感じるんですね。とても軟らかく優しい部分と、とても鋭利で厳しい部分と、それを自分に対しても他者に対しても持っているんです。そして、そういう思想と行動の中心にあるのが、「自信」です。ただ、その「自信」の源であり対象である「自分」は、常に他者によって存在させられている存在であると、彼女は意識しています。
 その「自己」と「他者」の相互依存的関係という「真理」を、「感謝」と「奉仕」の心をもって、そして「言葉」と「歌」と「ファッション」という手段によって、我々に伝えてくれるのが、浜崎あゆみという神です。
 この聖典を読んで、あらためて、彼女がまだ神になりえていない頃の「渚のシンドバッド」を観ますと、やはりカリスマにはある時、神が降りるんだな、ということがわかります。それを背負った彼女の苦悩は、それ以前の普通の女の子だった頃の苦悩と、全く趣を異にしています。
 「なお」「みき」「あゆ」、そこには痛々しくも崇高な「女」の姿があります。男は何やってるんだ!自分も含めて…と思わずにいられませんね。
 今、最もお会いしてみたいカリスマの一人ですね、浜崎あゆみ。

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2009.05.21

『思想のアンソロジー』 吉本隆明 (筑摩書房)

1 想家。憧れの職業(?)ですね。かっこいい。哲学者や小説家や宗教家よりも自由な感じがします。哲学は学問ですし、小説は商売、宗教は労働ですからね。思想は学問でもないし商売でも労働でもない。しいて言うなら、思想は読書という趣味の延長かな。
 と、ずいぶんと勝手なことを言っていますけど、本当のところはどうなんでしょうかね。辞書をひいてみますと、こう書いてあります。

社会・人生などについての深い思想をもつ人。特に、その内容を公表し、他に影響を与える人をいう。

 なるほど。よけいわからない(笑)。わかるんだけど、わからない。でもかっこいい。
 実はですね、私、自分のことをプチ(エセ)思想家だと思ってるんですよ(笑)。私のことを辞書的に言いますとこうなります。

社会・人生などについての浅はかな思想をもつ人。特に、その内容を公表し、他に悪影響を与える人をいう。

 ね?ちょっと似てるでしょ?というわけで、本当に私、最近よくわからないんですよ。自分がなんでこのブログを毎日続けているか。いろいろと結果は出ているような気もしますが、本来の目的がよくわからない。別に、他に悪影響を与えようとは思ってないしなあ。でも公表してる。ま、単なる自己顕示欲とも言えますけどね。
 それが、この本を読んで、少しわかったような気がしたんですよ。吉本さん、こういう本を書きたかったらしい。
 この本は本当にアンソロジー、ベスト盤みたいな感じで、とっつきやすいんですよ。全部で、70近い人の言葉について、ちょっとした随想を書いています。それぞれが2ページから4ページくらいで終わるので、そうですね、ちょうどブログの記事くらいの長さで終わっています。だから読みやすい。私のような、長い本を読めない人には最高です。
 その70近い人の選択が、また憎い。というか、私はこのブログをやっていてよくわかるんですが、「自分はこんなに自由だぞ」ということを主張しているように思える。「古今東西・硬軟聖俗なんでもござれ!」だぞって。
 だって、千石イエスや藤田まことに始まって、世阿弥や宣長、福沢諭吉、川端康成、柳田国男なんていう王道も通りつつ、最後は出口王仁三郎と中山みきでしめてますからね。憎い。もうその選択と並べ方で、この本の目的は達成されています。
 私は吉本さんほど博学ではありませんので(当たり前だ)、正直知らない人もいました。あるいは名前は教科書で知っていても、その思想は全く知らないというケースも多々あり。
 で、全体を読み終わって、そう、最後の思想家(決して宗教家ではない)二人、すなわちオニさんとみきちゃんを読んで、よ〜くわかりました。日本の思想が。いや、日本には思想がないということが。思想にならないのが日本の思想であるということが。そして、それがとっても魅力的であって、だから、日本の思想家は、いわゆる思想家ではなく、結局、私のような(?)、夢想家、妄想家であり、吉本さんもまた、その例外ではないという、実に面白い結末を迎えてるんですね、この本は。まるで小説のような結末です。
 それを象徴しているのが、私が興味を持っている二人、佐藤信淵出口王仁三郎の言葉に対する吉本さんの評でしょうか。ちょっと引用します。まず、佐藤信淵「経済要略下」について。

「何となく八方美人的で、つまらないことを得意になって説教しているようにおもえる。しかし、日本の経済学、産業策、政治学、制度論は、この信淵のような八方から借りてきた理念を綴り合わせて、常識的な安定支配を述べるものばかりだったとも言える…ただ学的な体系の意志もないし、折衷的である」

 つづいて王仁三郎「弥勒の世に就いて」に対する評。

「天然自然のすべてを万霊とする未開的な宗教性のうえに、仏教、儒教、土俗道教などの信仰や倫理を混合したものだが、王仁三郎の気宇の巨きさで、自在に伸縮される容器を具えているといえよう…野放図すぎる柄の大きさをしめしている。いいかれば、里の活き神信仰としての大本教の反知識性と破れを繕うことをしない庶衆の姿勢が、総合、融和されて出ている。いくらでも侮れるが、侮っても裂け目から、また芽が出てくるような気がして、永遠のたたかいの場を提供しているとおもう」

 これですね。これこそ日本の「物語」世界です。モノの混沌たる生命力。吉本さんはさすがよくわかっていらっしゃる。そして、ご自身もこの混沌たるアンソロジーを編むことによって、思想の、思想家の総合は、決して思想や思想家にはなりえないことを証明しているように思えます。
 ですから、この本は見事な「物語」になっているわけで、私は実に気持ちよく読むことができたのです。細部にこだわるのが学問だとしたら、やはり吉本さんは(いちおうワタクシも)学者ではないし、学者様になりあがったり、なりさがったりできない人種のようですね。
 
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2009.05.15

『HUMAN LOST』 太宰治 (太宰と王仁三郎)

Dazai_panf 日、小・中といじめに遭い、学校に行けなかった女子の話を聞いて、みんなで盛り上がりました。なんだよ、それって単なる自慢話、モテ話じゃないか!って、みんなでツッコミを入れつつ、大笑い。
 ひどい!とか言わないでくださいよ。本人もめっちゃ嬉しそうでしたし、なんだか「幸せです…」とか言ってたし、まあ、そうやって昇華してやることもまた、先生の大きな仕事です。今になっても、大変だね、頑張れよ、なんて言うわけいかないでしょ。しっかし、面白かったな。
 ちょうど、その前の授業で太宰治の「人間失格」論をやったんたです。青山の過去問に安藤宏さんの文章が出てたんですよ。例の「弱さを演じるということ」「悲劇の主人公になりきれなかった」っていうヤツです。私はそれに昔からとっても違和感を抱いていましたので、そんな話もまじえながら、「ダメ人間とはなんなのか」、「ダメ人間こそ幸福な人間」という話をしました。
 こちらに私の「人間失格」論をちょっと書いてますが、今日の女子の話と、太宰のグダグダ文学は、私にとってはほとんど同じ響きを持っています。なんだよ、結局お前のモテ話かよ!ってね。それで自分は不幸だって愚痴って、人に共感されて、優しくされて、励まされて、いやオレ(ワタシ)の方がダメ人間だと思われることで、相対的に自分が持ち上げられ、しまいには人間を失格になって「神様」に昇格して終わるなどという、究極のギャグでしめくくる。まったくもって太宰(&その女子)のユーモアセンスは大したものです(笑)。
 なんて、ホントのことばかり書いていると、去年の秋みたいに太宰からシャレにならない報復を受けるので、このへんでやめときます。
 まあ、それにしても太宰治との縁にも不思議なものを感じますよ。実は来年度から私が仕事をするであろう場所はですね、太宰治が何度か逗留した、まさにその場所なんですよ。彼の小説にも出てきます。いやあ、ついにここまで来たかっていう感じです。
 今年は生誕100年ということもありますしね、私は「富士山と太宰治」をテーマに、いろいろと読み直しをしてみようと思っています。そこで、今日は昭和11年に書かれた「HUMAN LOST」を読んでみました。太宰が御坂峠を訪れる直接的なきっかけがこの作品にありますからね。
 これはいかにも精神病的な散文詩とも言える作品であり,ある意味とっても太宰らしいトラップ(に見えるトリック)がしかけられている作品です。解釈も無限に広がるでしょう。細部にこだわると全体が見えなくなるという「詩的」な仕掛けが見事ですね。やるな太宰。
 縦書き文庫を埋め込んでみましょう。なにかの関係で見られない人、ケータイでアクセスしている人は青空文庫でどうぞ。あるいはpdf版でどうぞ。

 いかがでしたか?内容以前に、この音楽的な、あるいは講談的なリズムがたまりませんね。天才の技です。うむ、謡の大ノリみたいだ。
 ところでところで、この作品には、ワタクシ的にとっても注目すべき部分があります。そう、太宰治が出口王仁三郎について書いているんですよ!!これは非常に貴重な記述です。

「あなた知っている? 教授とは、どれほど勉強、研究しているものか。学者のガウンをはげ。大本教主の頭髪剃り落した姿よりも、さらに一層、みるみる矮小化せむこと必せり、

 学問の過尊をやめよ。試験を全廃せよ。あそべ。寝ころべ。われら巨万の富貴をのぞまず。立て札なき、たった十坪の青草原を!」

 大本教主とはもちろん出口王仁三郎のことです。この小説が書かれた前年、大本はあの世界史的にも稀有な大弾圧を受けました。もちろんそれをふまえての記述です。王仁三郎は官憲によって収監されました。その時、あのトレードマークとも言える不思議な髪の毛をバッサリ切り(切られ)ました。その姿を新聞か何かで見たのでしょうかね、太宰は。その印象をこうした比喩として使っているわけです。正直、小馬鹿にした感じがしますね。これが当時の、あのご時世の、大本や王仁三郎に対する正しいイメージでありましょうし、あるいは時代の空気がそれを要求していたとも言えるでしょう。不敬の輩、大逆賊の肩を持つわけにもいきませんしね。
 実は当時の文学界と王仁三郎の関係は、意外に深いものがあるんですね。太宰の敬愛した芥川龍之介も間接的に、いや私のカンによると直接的に王仁三郎の影響を受けています。去年芥川龍之介と富士山という記事でちょっと書きましたね。
 あとですね、川端康成は伊豆の湯本館で何度も王仁三郎に会っていますし、あとそうですねえ、有名どころでは、これは文学と言えるか微妙ですが、柳田国男の「遠野物語」の成立にも、大本信者の佐々木喜善が大きく関わっています。その佐々木の友人であり、宗教的ライバル(?)であった宮沢賢治にも間接的に大きな影響がありましたね。エスペラントという共通点もありますし。
 今、ちょっとこういう視点で当時の文学界を眺めなおす作業もやっています。また、面白いことがわかったら報告します。
 ちょっと話がそれました。太宰は「HUMAN LOST」を発表後、富士山に向かいます。そして富士山は彼の人生を大きく変えます。そして晩年、「HUMAN LOST」は「人間失格」へと昇華していくのでした。富士山をしても、彼を根本的に変えることはできなかったのです。
 そして、王仁三郎と太宰は同じ年に天国へ行きました。

Amazon 太宰治全集〈3〉

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2009.05.14

またやっちゃった…「WELLCOME!?」

About_img01 ちら富士北麓では、勝ち負けのないスポーツの祭典「第11回IVVオリンピアード」が始まりました。1968年から始まったこの一大イベント、今回初めてヨーロッパを離れ、日本で、ここ富士山麓で開催されます。折りからの世界恐慌や新型インフルエンザの影響もあり、参加人数の減少が心配されましたが、結局日本を含む27の国・地域から計9000人が参加するそうです。今日は河口湖ステラシアターで開会式が行われ、ウチの学校のジャズバンド部が華やかな演奏を披露しました。生徒諸君お疲れさま!
 そにれしても、このロゴ&マスコット、微妙だな。微妙すぎる…。
 …と、そんな国際的なイベントで、また山梨県はやらかしてしまいました(笑)。
Uni_2544 会場付近に林立する歓迎ののぼり。よく見ますと、いやよく見なくても不自然です。そう、そうなんです。またやっちゃったんです。「WELLCOME」。ここまでこだわるのはどうして?と思わせるほどの徹底ぶりですなあ。
 で、その余計な「L」のところになんだか貼ってある。貼って隠すと余計に目立つ。もういっそのこと、これは山梨の方言表記だということにしちゃえばいいのでは。
 前回2年前は、山梨県の観光キャンペーンののぼりでした。こちらのWELLCOMEですね。これはですね、結局全部回収されて、全部作り直されました。おそらく数十万本。私だけでなくたくさんの人が指摘したんでしょうね。それでいったい県民の税金のいくらが無駄に使われたのでしょう。もうあきれるのを超えて笑えますね。
Uni_2545 で、富士河口湖町としては、2年前もっとすごいことをやらかしてましたね。こちらFESTIBALてす。これはマジやばいでしょう。もちろん誰かが気がついて(というか誰でも気がつくよな)訂正されました…かと思ったら、こちらはけっこううまいことやりましたよ。
 今回のオリンピアードののぼりみたいにテープ貼っちゃうとよけいに目立つし、ほら、そういう訂正シールってはがしたくなるじゃないですか。ある意味強烈なアピール力を持ってしまう。そこで、これはですね、間違った「B」のところに微妙にかかるように、なんだか別の情報が書いてあるシールを斜めに貼っちゃったんですよ。私はそれを新宿駅で見ました。おっ!こう来たか!と感心するやら苦笑するやら…。
 まあとにかくですね、こういう大切なものを作る時には、何重にもチェックをかけましょうよ。いくらお役所仕事とはいえ、いやいやお役所仕事だからこそねえ。
 関係者はもう聞きたくないでしょうけど、やっぱり面白いから、最後に伝説の富士吉田市の大失態を再び紹介します(前の記事から引用します)。もう一度笑ってやってください!!

 さてさて、ついでに面白い話を一つ。地元の人は覚えてますかね。去年富士吉田市でですねえ、2002年のワールドカップの時にカメルーンの選手団がキャンプをしたことを記念して(それ自体よくわからないコンセプトですけど)、記念碑を建てたんですよ。で、盛大に除幕式をした。バッと幕を取ったらですねえ、「World Cup」が「Would Cup」になってた(笑)。で、結局あの大仰な記念碑を作り直したんです。まったくねえ、なんで製作過程で誰も気づかないんでしょう。もう、これは完全にギャグですよね。

オリンピアード公式

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2009.05.12

『日本の古本屋』 (古書データベース)

Logo しい本が見つかる。買える。毎日新しい国内最強の古書データベース。
 と銘打たれたサイトです。もうずいぶん前から大変お世話になっております。このたび、サイトのデザインもおしゃれにリニューアルし、またようやくクレジットカードが使えるようになりましたので、おススメすることにいたしました。
 古書店巡りというのは、ある意味ネット社会と相容れない部分があります。古書の持つ質感や、古書店自体のたたずまい、店主との対話、そしてなんと言っても古書の香り。どれもインターネットやコンピュータの苦手とするモノです。
 ですから、どんな時代になっても、古書店はなくならないでしょう。街で新刊を扱う書店が苦戦を強いられ、ネット書店に客を奪われていても、古書店はさりげなく、しかし悠然とそこにあり続けると思います。
 とは書いてみたものの、実情はそんなに甘くないとも聞きます。つまり、古書文化自体が消えつつあるのです。御存知のように、若者たちの古書店のイメージは、昔ながらのそれではなく、ブックオフに象徴される「新」古本屋となっています。彼らの視点には、質感やたたずまい、歴史的意味などはあまり含まれていません。ただ読みたい本が安く手に入ればよい。
 そうした中、「旧」古本屋も手をこまねいているわけにはいかないのでしょうね。こういう現代的なメディア戦略も打ち出さざるを得なくなったようです。
 しかし、そのおかげと言ってはなんですが、私たち地方に住む者が、神田に出かけなくとも、一瞬で狙った本を探すことができるようになりました。これは実に画期的なことです。ありがたいことです。
 もちろん、それはあくまで「狙った本」についての便利さであって、古書文化の中心をなす、意外な出会いやセレンディピティーはあまり期待できません。
2nd_logo まあそれにしても、こうやって神田のみならず全国津々浦々の古本屋さんから、いろいろな歴史や人々の思いをしみこませた古書が届くというのは、なんか新しい種類の感慨を催させますね。本にちょっとした書き込みを見つけた時など、私たちは単なる本に向かうのとまた違った想像力をかりたてられるものです。
 なにしろ、目標は全国古書籍商業協同組合加盟の2300以上の古本屋さんの参加だそうですから、その蔵書数は膨大です。また、サイトの説明にもあるように、絶版書、希覯本はもちろん、室町期の写本から中国・朝鮮・ヨーロッパの古書、さらには美術品まで、そのデータベースに含まれています。そういう意味では、一つの検索ワードから意外な出会いが生まれる可能性もありますね。今までとは違うセレンディピティーはあるっていうことか…。
 私は比較的古い時代の本を必要とする趣味を持っているので、これからも大いに活用させていただこうと思っています。リニューアルに伴い、使い勝手もよくなりましたし、「想」-IMAGINEによる連想検索もできるようになりました。コンピュータによる連想から、とんでもない発見がある場合もありますからね。
 まあ、これはこれで充分に重宝しながら、今までどおりリアル古書店巡りも続けることでしょう。やっぱりあの香りが好きだから。

日本の古本屋

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2009.05.08

「たたずまい」とは

猫は「たたずまい」の天才…「場」に溶け込む
Eyj 昨日、昨日と、本当にいろいろなことがありました。そのいろいろなことの中に、ある共通したテーマがあったような気がします。それが「たたずまい(佇まい)」です。
 オーケストラの練習では、音のたたずまいが非常に重要だと感じました。演奏全体のたたずまいというのももちろんですが、その中での自分の音のたたずまいですね。それがしっくり来るかどうか。
 阿修羅展での仏像たちの「たたずまい」。それは、私にとってはあまり好ましいものではありませんでした。では、阿修羅くんを取り巻くおばさんたちの「たたずまい」はどうだったでしょう。博物館前の巨樹の「たたずまい」は?
 デザイナーの教え子と話した時も、「たたずまい」がテーマでした。デザインされた「モノ」が醸し出す「たたずまい」。彼はそれを重視したいと言いました。
 そして、「王仁魂復活プロジェクト」。そこにもいろいろな「たたずまい」がありましたね。皆さん、素晴らしい「たたずまい」を持った方々でした。その点、私はかなり心細い…。桐の箱と、和綴じされた和紙の解説と、和紙の折り紙に包まれた王仁の言霊CDの「たたずまい」もまた、CDらしからぬ「たたずまい」を醸し出していました。
 さあ、この「たたずまい」とはなんなのでしょう。普通「様子・有様・雰囲気」などと簡単に訳されていますが、もっと深い「何か」があることを、私たちは実感しています。日本人はこの言葉大好きですからね。しかし、我々はこの「たたずまい」という言葉を、それこそ「雰囲気」的に使ってしまっています。今日は、私の専門分野からその本当の意味を考えてみたいと思います。
 まずは語源から考えましょうか。
 「たたずむ(佇む)」という言葉がありますね。おとといの阿修羅展の記事で私も使っています。「仏像は正面にたたずんで観るべきものです」と。
 「たたずまふ」は「たたずむ」という動詞の未然形に反復・継続を表す「ふ」という接尾語が付いたものです。それは間違いないでしょう。未然形の、未だ完成・固定されていないイメージを味わいましょう。
 では、「たたずむ(佇む)」の語源はどういうものでしょうか。一般には「立た住む」と捉えられることが多いようですが、「立つ」の未然形が「住む」という動詞につながるのはやや不自然です。イメージ的にも、「たたずむ」様子が「立っている」状態とは限らない感じがしますよね。
 そこで、古い使用例を調べてみますと、こんなことが見えてきます。10世紀後半の蜻蛉日記にこういう文があります。

 「だらにいとたうとう誦みつつ、礼堂にたたずむ法師ありき」
 陀羅尼(呪文)をとても尊く唱えながら、礼堂に「たたずむ」法師がいた。

 少しあとに書かれた源氏物語の末摘花には次のような例があります。

 「なにやかやと世つける筋ならで、その荒れたる簀の子にたたずままほしきなり」
 何やかやと色恋沙汰ではなくて、(ただ)あの荒れた簀子に佇んでみたいのだ。

 源氏が荒れた邸で琴を弾く常陸宮の姫君に会いたくて妄想しているシーンです。ま、結果、妄想は裏切られ、姫君は象の鼻の持ち主(末摘花)だったわけですが(笑)。
 この二つの例から何がわかるのでしょうか。そう、実は両者とも「場所」「ロケーション」が重要になっているんです。「礼堂」「荒れたる簀の子」ですね。そんなこと当たり前じゃないかって?そう当たり前ですが、ちょっと待ってください。次に行きます
 次に「たたずまふ」の古い例を確認してみましょう。源氏と同時期の枕草子「正月一日」から。

 「われはと思ひたる女房の、のぞきけしきばみ、奥の方にたたずまふを」
 自分こそが思っている女房が、のぞきながら気合いを入れて、(部屋の)奥の方にたたずんでいるのを。

 男根の形をした棒(粥杖)で、新婦のお尻をたたくという楽しく土俗的な遊び(まじない)をしようとするシーンですね。ここでも「奥」というロケーションと「隠れている」という行為の関係が肝心です。
 続いて、「たたずまひ」という名詞形の古い例。

 平安初期の東大寺諷誦文の例です。これは古い。9世紀前半。

 「経行(たたずまひ)も吉く遠見も怜(おもしろし)」

 実はこれが重要な例なんです。「経行」という字を当てているところが大切。「経」は「たて(縦)」という意味です。「たて」「たた」は「ただ」とも語源的につながっています。「経」と同じ意味を表す「径」を「ただ」と読む例もあります。「ただ」の意味は「直」「只」「唯」という字で考えると解りやすい。「ストレート」「ダイレクト」「オンリー」「ピュア」というイメージですね。不純物や障害物がなく、直接何かと何かがつながっている感じです。
 つまりですね、「たたずむ」というのは、その「場」に相応しい状態でそこにしばらくいる、「場」の空気と一体になって存在する、そこに「しっくりはまる」という感じなんですね。ですから、その反復形の名詞形「たたずまい(たたずまひ)」の意味は、もうお分かりになると思います。
 何かの「たたずまい」と言った場合、実は単にその「何か」が雰囲気を発しているのではなくて、つまり、その「何か」が主体ではなくて、あくまでその「何か」を取り巻く「場」が主体なのです。楽器の音もそう、阿修羅もそう、デザインもそう、CDケースもそう、王仁魂の方々もそうです。「醸し出す」とは言っても、単にそれ自体がアウラを発しているのではない。あくまで全体の空気感なのです。
 その「場」というものには、もちろんいろいろな要素があります。物理的な空間としての「場」だけでなく、歴史の堆積としての「場」、そこに存在する物や者たちのアンサンブルが醸す「場」、そして、人の気持ちが創る「場」。そういう複層的、相互依存的な「場」の中で、その一つの要素たる「何か」に注目した時にですね、その「何か」がちゃんと「場」の創出に機能しているかどうか、それこそがそのモノの「たたずまい」ということになりそうです。ちゃんと正しい役割を果たしているかどうかなんです。
 古い例をもっと見てみると、だんだん自然物、たとえば山や雲などに「たたずまひ」を使うようになっていきます。自然物は自然にその役割を果たしている、自らの分をわきまえ、正しく他に活かされ、他を活かしているということでしょうかね。
 こう考えてくると、この言語化、数値化、あるいは英語化できそうにない「たたずまい」という言葉を、日本人が好んで使う意味も分かってきますね。
 「たたずまい」。早く身につけたいものです。

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2009.05.03

エコとは?

↓何この可愛くないキャラクターは…笑
Top_logo 月の15日から「エコポイントの活用によるグリーン家電普及事業(仮称)」が始まります。もとは7月から実施の予定だったものが、買い控えによる家電の販売低迷が起きたために前倒しするとのこと。
 皆さん、もうとっくにお気付きと思いますが、これは環境対策ではなく追加経済対策です。「エコロジー」を騙った「エコノミー」政策です。
 もう一つ、なんだか紛らわしいものに「エコ・アクション・ポイント」というのがあります。こちらは一見純粋な環境対策のようにも見えますが、ポイント付加による購買意欲の向上が伴い、また、事業所もそれを企業イメージのアップに利用する点では、やはりエコノミー・アクションに過ぎないとも言えましょう。
 非常に単純化して言ってしまえば、「エコロジー」と「エコノミー」は相矛盾するものだということになります。そんなことは小学生でも解ります。しかし、大人たちはその矛盾を隠蔽して、いや見て見ぬふりして、「エコ」という巧みな言葉を振り回します。「エコ」とつづめて言うことによって、天使と悪魔を同居させてしまう。だから、私にとって「エコ」は単なる「偽善」の記号にしか過ぎません。
 今日、卒業した生徒たちのmixiの日記を見ていたら、「江古田(エコだ!?)」に住む女子が「エコは嫌いだ!」というようなことを書いていました。そして、とっても面白いことに気づいて、エコの偽善を軽く超越する遊びに興じておりました。
 彼女曰く「いっぽん、棒を足せばいいんだ! 」。
 そう、つまり、エコの「コ」に一画足して「ロ」にしちゃえ!ということです。つまり「エロ」ですな。彼女が提唱する「エロ」は、「節約エロレシピ名人」「エロバッグ」「エロキュート」「NHK地球エロ2009」「エロガラス」「ガチャピンのエロカイロ」…。
 うむ、なるほど。はっきり言って、こっちの方がずっと上品ですよ。「エコ」のような偽善は微塵も感じません。ある種の自然体の潔さというか、野性の生命力のようなものを感じさせ、これぞ本当のエコロジーであると言いたくなりますね。
 そうそう、ちょっと前に「我々が左右の手で大事に抱えているものとは…!?」という記事を書きましたね。左右という漢字に含まれる「エロ」成分こそ、人間の本質だと語りましたっけ。
 世の中では、なぜか「エコ」という偽善、ウソの標榜は許されるのに、「エロ」という真理の方は隠蔽されてしまいます。たまに草彅(なぎ)剛くんのように、自分の偽善に堪え切れず真理を体現する人もいますが、そうするとたいがい「公然わいせつ」とか言われて弾圧されます(彼の行動についての私の意見は「GJ!草彅剛(くさなぎつよし)くん!!」「草彅(なぎ)剛くんと二・二六事件」をご覧ください)。
 公然偽善罪っていうのはないんでしょうかね。あっそうだ、公然の「エロ」は「ポルノグラフィー」と言われますが、公然の「エコ(偽善)」は「エコ・ポルノグラフィー」って言われるんですよ。御存知でしたか?辞書にはこうあります。
「エコ・ポルノグラフィー:環境問題に対する人々の関心を利用した,企業の広告・広報活動」
 全く破廉恥ですよね。
 もう一つ、ワタクシらしい(?)言葉遊びを披露しましょう。
 「えこ」と入力して変換されるのは、「エコ・eco・依怙」ですね。前の二つは今までお話として、最後の漢字、どっかで見たことありませんか?そう、「えこひいき」の依怙ですね。
 さて、この依怙という言葉ですが、もともとの意味は「自分の利益・私利・わがまま」という意味なんです。まさに「エゴ」(笑)。面白いでしょ。我が山梨県にある大善寺の文書(1196年)にこういう文言があります。
「就中於寺内更無一分依怙」
 つまり、寺の中ではエゴは許されないということです。私利私欲を捨てて利他に生きることを目標とする仏教なら当然のことですね。
 まあ、いずれにしてもですね、「エコロジー」と「エコノミー」を一緒くたにし、「エゴ」の濁点(汚点)を隠蔽して「エコ」と騙り、世の中に「依怙」を蔓延させるくらいなら、いっそ「エロ」を全裸で叫んでいた方が、ずっと地球に優しいということですよ。
 私も「エコポイント」やら「エコ・アクション・ポイント」なんて集めないで、「エロポイント」や「エロ・アクション・ポイント」集めようかな。あっ、それもまずいか(笑)。

関係記事
地熱発電とEDLC
偽善エコロジー
ほんとうの環境問題
環境問題はなぜウソがまかり通るのか
常識はウソだらけ

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2009.04.20

カー・コンピューター・パッド (車内用簡易テーブル)

Uni_2402 れから、仕事やら趣味やらで、東京へ泊まりがけで行くことが多くなります。車で行って、車に泊まって、車で帰ってくるというパターンですね。え?車で寝るの?と思われる方も多いと思いますが、毎度知らない町を気兼ねなく散策しながら楽しむには、これが一番です。夏は暑くてかないませんけど。
 で、そんな時のために一つグッズを買いました。ちょっとしたテーブルです。ハンドルに引っかけて使うヤツです。
 送料込みで1080円という怪しい商品でしたから、あんまり期待していなかったんですが、まあ普通にコンビニ弁当食べたりするには充分でしょう。ただ、10キロまで耐えられるなんて書いてありますが、絶対ムリです。
 しかし、そういう実用性以上に元を取れたなって思わせてくれたのが、その箱です!
 まあ、だいたい中国製品のパッケージとか取説とかって、とってもVOWなことになってるものですが、これは久々に高度というか、やるな!と思わせる内容だったので紹介します。
 まず、上の写真です。この製品のアイデンティティーにも関わることです。コンピューターパッドと銘打っているだけあって、たしかにPCが乗っかってますね。ああ、こうしてノートパソコンも使えるのかと、つい思ってしまいますね。でも、よ〜く見てみますと、このPC妙に小さくないですか?隣に写っている懐かしいシェイプのケータイと比べてみましょう。いったいどこの製品でしょう。最近は小型低価格ノートパソコンがはやってますけど、この時代にこんなコンパクトな製品があったなんて。ちょっと欲しいぞ(笑)。
1 ちなみに、ウチのMacBookはかろうじて乗っかりましたが、とてもタイピングできる状況ではありませんでした。あと、表面はすべり止め加工って書いてありますけど、思いっきりすべります。それから、左にあるペットボトルを立てるためとおぼしき穴は、浅すぎて実用性があんまりありません。500mlまでOKなんて…実際置くと重みで傾きます(笑)。
 さて、続きまして、箱側面を見てもらいましょう。もう説明はいりませんね。「テーブル」が縦書きになって、こういうことになってます(笑)。まあ、たしかに外国語の、こういう微妙な事情は、私たちも分かりませんよね。でも、なんか新鮮。よく先方が間違える「ン」と「ソ」については、ちゃんと区別できてますね。感心、感心。
↓click!
Uni_2403 しかし!盲点がありました。裏面の説明書きです。特長の3行目の最後はフォントが重なってしまった事故でしょう。これはまあいいとして、5行目ですね。なんと言っても圧巻なのは。
 「ボトル」の「ボ」、これどう見ても「木」に濁点が付いてます。すぐあとの「ホルダー」も「木ルダー」になっている。ううむ、漢字の国らしからぬ、いや、らしい間違いなのか!?漢字に濁点を付けるとは…やるな。よく子どもの頃とか、ふざけて漢字に濁点をつけたりしてましたが、こうして活字で見るのは案外初めてかも。よく頑張りました。
Uni_2405 ←click!続いて、英語による説明です。いきなり不思議な英語になっています。全体に文法を無視した素晴らしい英作文ですね。意味あり気に途中で終わってる文もあるし(笑)。Feature の最後、いきなり「More convenience」だけになっちゃってるし。だいいち日本語の「特長」と全然違うこと書いてあるよなあ。
 How to install もシンプルでいいっすね。全然ハウトゥーじゃねえよ!わからんえねよ!と言いたい。取り付ける前に上の絵を見ろって(笑)。いや、conference という動詞(?)はどういう意味なんだ?すごいですね。でも、ちゃんと取り付けられたから、言語なんてこれでいいのか。

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2009.04.19

「カタ破り」と「カタ無し」

B0063958_913457 日は朝から東京。5月17日のハイドンの練習に久々に参加しました。6時間近くたっぷりハイドンに浸り、その天才ぶりを再発見。
 指揮者の坂本徹さんのおっしゃるとおり、ハイドンはいきなり驚くようなことをやらかす。おやじギャグ風に言えば、まさに「は〜い、ドン!」という感じで、「は〜い」という予兆はないではないのですが、その「ドン!」があまりに予想外で、演奏する方もとまどってしまいます(ほとんど初見でしたので…)。
 かと思うと、コテコテに基本に忠実というか、古典的(ハイドンにとって伝統的という意味)な手法も多々使われていて、まさに統一と変化、予想通りと予想外、ワタクシ的に申しますところの、「コト」と「モノ」のバランスが絶妙です。
 これが統一と予想通りと「コト」に終始していれば、凡庸な作曲家で終わっていたでしょう。そうそう、先々週、先週とで放送されたSONGSの松任谷由実もハイドンみたいでした。歴史に名を残す天才の仕事ぶりは、やっぱり似ています。
 さて、練習が終わって、私は東京芸大に向かいました。芸大卒の教え子と合流するためです。彼女は今、能楽師の卵として頑張っています。今月末にちょっと協力を願って、能楽を高校生に紹介するイベントを企画しているところなんです。
 いろいろ話をしている中、彼女の友人の画家の卵さんが師匠に言われたという言葉が心にピンと来ましたので、ネタにさせていただきます。

「型破りはいいが、形なしはダメだ」

 ふむふむ。なるほど。
 「カタ」という言葉は、私の「モノ・コト論」の中では、「コト」と同源とされ、人間の意識下における認識の結果、あるいは認識のための方便のことを指します。もちろん、「語る」や「固む」、「片付く」「かたす」などの動詞もそれに端を発します。
 つまり、簡単に言いますと、「カタ」というのは容れ物なんですね。ほら、記号論的物言いをする時、よく出てくるじゃないですか。混沌とした世の中を、「コトバ」という容れ物を使って整理していくみたいな言い方。境界線を引いて行くというような。その「認識」「概念化」こそが、「カタにはめる」行為です。
 それで、今日も能楽師の卵と話したんですけどね、本当の芸術は、容れ物がちゃんとあるんだけれども、そこからどんどん溢れ出てきてしまうものなんです。溢れ出なきゃダメなんです。
 言葉もそうです。我々は、日常生活においては、いろいろと面倒なので、かなり妥協してですね、実世界や我々の感情というモノを、かなり抽象的に扱っています。それでコト足りるように、社会をシステム化してきたからです。
 でも、時々モノ足りなくなりませんか?たとえば、「楽しかった」とか「悲しい」とか日記に書いてみて、とてもそんな言葉では表現し尽くせない、そんな容れ物には入り切らない何かが溢れ出てきてしまうことありますよね。
 そういう、カタを破って溢れ出てしまうモノこそ芸術の種子なのです。私が時々「コトを極めてモノに帰る」みたいなことを言うのもそういう意味なんです。モノは生命力と言い換えてもいい。コトは死体、死骸です。養老孟司さんの言う「イカとスルメ」ですね。
 我々が使う認識や表現の方便、たとえば言葉や学問や法律など、私たち人類が発明して来た「コト」「カタ」は、生きていて無常であり転変する「モノ」を殺して永遠化するためのものでした。しかし、そのカタという牢獄を破って飛び出してしまう、そんなエネルギーを持った何かも存在します。そんな溢れ出す「モノ」を持った何かが、優れた音楽や詩や肉体表現になっていくんですね。
 ですから、もうお分かりと思いますが、最初から「カタ」がなくて、容れ物も作らないで、ただメチャクチャに為したものは、芸術にならないんです。「カタ無し」では、お話にもなりません。まずは、ちゃんと「カタ」を学んで、そこに思いっきり詰め込んでみて、それでも溢れ出るモノがあるのか。それはやってみないと分かりません。自分が天才なのか、歴史に名を残す芸術家なのかは、「カタ」を知り、「カタ」を極めてみないと分からないのです。
Photo02 帰宅してテレビをつけましたら、日曜美術館で「妙心寺展」の紹介をやっていました。ここには「型破り」が、それこそ溢れ出るほどたくさんありましたね。海北友松や狩野山雪の作品には、敗者としての怨念や哀しみが、見事に溢れ出ていました。「カタ」として上手いとか下手とか、そういう次元ではありません。絵という器や、様式や常識という容れ物から完全に逸脱した「モノ」でありました。
 後半に紹介された白隠の禅画も象徴的でしたね。特に達磨図。若い頃はいかに写実的に描くか、つまり「コト」化することに執心していた白隠。しかし、「表現し切れないものがある」と自らが記したように、上手に描こうとすればするほど、達磨は死んで行く。そして、晩年到達したの境地がこのような「型破り」な達磨図でした。溢れ出すモノを溢れ出すままにしておく。そこに、確かな禅の境地があったのです。
 禅の世界では形式を特に重んじます。修行においては、同じ動作をひたすら正しく繰り返します。また、例えば公案などをもって、言葉の無意味性と徹底的に戦います。そうした「カタ」「コト」を極める行為の末に、「モノ」の真理に近づけるというわけです。
 これは宗教、芸術のみならず、いろいろなものにあてはめることができますね。スポーツもそうです。イチローや長嶋や王の例を挙げるまでもありません。私の関わっている教育もそうです。校則や教科書で生徒を型にはめることが仕事です。しかし、それを突き破って成長して行く、そういう生徒を育てなければなりません。生徒に媚びた「カタ無し」のやり方は、これは教育ではありませんね。
 私自身もまだまだ「カタ」「コト」を極めていません。もっともっと先人の残した型や言葉や仕事を学ばなければなりませんね。この歳になって、そのことに気付くなんて。若かりし頃はそんな「カタ」に反発することばかり考えていました。まあ、それもまた必要なことだったのでしょうが。

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2009.04.16

地熱発電とEDLC

Chinetuhatuden 年時代は理系を目指していたのに、なぜか文学部国文学科を出て、国語のセンセイになってしまったワタクシです。
 しかし、いまだに理系の研究職に憧れている部分もありまして、先日も白衣を着ている夢を見ました。単純と言えば単純な夢ですね(笑)。
 ただセンセイという仕事はいいところがありまして、自分の夢を生徒に託すことができるんですね。それでいろんな生徒がずいぶんと私に人生を変えられました。
 芸術系に行かされた生徒もたくさんいますね。音楽、美術、文学、伝統芸能…これもまた自分の夢でしたから。
 で、理系だったらこれをやってくれとか、これからはこの時代だろとか、まあテキトーに、いや適切に(?)指導をしたりするわけです。無責任と言えば無責任かもしれませんけど…いやいや、けっこう責任重大です。
 逆に、文学部なんか行くなよ!喰ってけねえぞ、とも言ってきまた。本読んでましたって言っても、企業は取ってくれないぞ、と。
 世の中の風潮でもありますが、なんとなく文系、それもいわゆる人文科学の分野は、世の中のためになってないような気がしていました。その点、理系すなわち自然科学や、文理中間とも言える社会科学は世のため人のためになっているし、お金にもなると。
 でも、最近少し考えが変わってきたんです。もしかすると人文科学が一番世のためになってるかもしれない。経済性の低い文学なんていう慰め事の方が、地球環境にはずっと優しいんじゃないか。物質的な豊かさや、自分の属する共同体の安定を求めるよりも、それぞれの人間が自らの内面にウジウジこだわって、ひきこもっている方が、おそらく他の生物や無生物のためには大いに有益ではないかと。
 しかし、人間の歴史はそのことに気づかず、こうしてやってきてしまいました。だから今さらそのことに気づいてもしかたないと言えばしかたないし、あるいはその崇高な哲学を生徒たちに押しつけて、そういうひきこもり生活をさせたとしたら、もっとダメなセンセイと言われること必定です。
 せいぜい宗教家にでもなって一人で山にでもひきこもっていなさい、ということになるのでしょう。
 そう言えば、私が少年の頃、「科学」や「工業」や「技術」は憧れの的でした。私もご多分に漏れず、将来の夢と言えば「科学者」「エンジニア」と書いていました(あるいはプロ野球選手と)。そうして、いかに地球上の、あるいは宇宙空間のエネルギーを自分たちのものにするか、それに携わることがカッコいい、正しいことだと思っていました。
 私と違って、その夢に向かってしっかり勉強をして、それを叶えた人たちもたくさんいて、そうしてこの「豊かな」世の中を作り上げてくれました。ありがたいことですし、立派なことです。
34_zenn_silver_1 そして、今、理系の方々が一生懸命取り組んでいらっしゃるのが「エコ」です。今度はいかにエネルギーを無駄遣いしないかが、最大の課題になっています。最先端でスマートでカッコよくて、そしてなぜか金になるのが「エコ」です。
 自然科学は、いかに個人の感情を抜きにした(しようとした)ものと言っても、やはり人間の所業ですからね、結局人間の本能を満たすために使われてしまった。当面の本能、欲望は豊かで楽な生活でしたから、自然科学がこのような世の中の発展に寄与したのは当然と言えば当然でしょう。しかし、今度はもっと根源的な本能に関わることになった。すなわち生存の本能です。
 このままでは、人類は滅亡してしまう、自然環境的にやばいということになってきたわけです。そこで、今度は、ある意味全く逆のベクトルで自然科学が活躍することになったのです。
 これって、考えようによっては、理系のマッチポンプとも言えますよね。理系のお仕事には、実はそういう自己生産性があるんです。本質が拡大再生産的なんです。
 と、ずいぶんと前置きが長くなりました。どうでもいいことをベラベラとすみません。
 で、結局今日言いたいことは、そんな屁理屈ではなくて、とりあえず我々の生存、人類の存続、地球の長寿化のために必要なエネルギー研究はですね、この二つだと思うんです。もし自分が理系の研究者だったらやってみたいこと、つまり、生徒にやらせたいことはこの二つです。
 地熱発電と電気二重層コンデンサ(EDLC=ウルトラ・キャパシタ=スーパー・キャパシタ)。
 これが実用的になれば、とりあえずエネルギー問題の大半は解決すると思うんだけどなあ…。たとえば、無尽蔵で半永久的に供給される地熱でもって発電した電気を、大容量の高性能キャパシタに数秒で充電して、電気自動車を1000キロくらい走らせる。
 それこそ国策で真剣に取り組めば、あっという間に可能になるような気がするのですが。日本は両方得意なはずなのに、今一つ研究が進んでいないような気がするんですよねえ。プロデューサー、ディレクターが悪いのかなあ。
 そうか、とりあえず、教え子を総理大臣にするしかないか。まずそこから始めなきゃ世の中は変えられないってことかな。あるいは人類全員を洗脳して、哲学者にしてしまうか(笑)。

地熱発電の基礎知識

「5分の充電で800km」新キャパシタ電気自動車

東大が開発したキャパシタ自動車

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2009.04.15

麻生太郎の誤読の件

Asou 検協会の馬鹿親子の会見を見ていて、なんとも言えない怒りに…と思ったらそうでもありませんでした。
 最近ウチでは、無印天才バカボンと元祖天才バカボンばかり見ているので、彼らくらいの悪漢では満足しないのでしょう。
 漢字と言えば、麻生首相の誤読問題が盛り上がっていますね。これもまたバカボン・クオリティーからしますと、ちょっと物足りない。まあ、一国の首相としてはよくやってる方だと思いますが。もうちょっとぶっ飛んだ読み方を披露してもいいのでは。
 考えてみれば、漢字の読みなどと言うのは、まさに社会的なルール、慣習であって、単なる多数決の結果に過ぎないことが多いものです。それで、その常識とやらを知らないと、まさに常識を疑われ、非常識な人間と決めつけられ、社会性や教養のないダメ人間だとされてしまう。
 そこんとこをうまいこと商売にしたのが大久保昇でした。その片棒を担いでしまった、いやまだ担いでいるワタクシは、ものすごく辛く恥ずかしい心境です。今日もまた、生徒から漢検の受検者を募ってしまった…。
 逆にそこんとこを全く気にしないで、社会のフィクションに抗っている(そんな意識すらありませんが)のが、バカボンのパパです。だいいち彼は漢字というものをほとんど知りません。ハナから相手にしていません。そこに真実を見出せないからでしょう。彼にとっては、まさに漢字なんてナンセンスです。意味がありません。しかし、世間では彼のことをナンセンスと言います。その場合のセンスとは、おそらく社会性のことなんでしょう。
 さて、先ほど、麻生さんの誤読はまだイマイチだと申しました。なぜなら、彼の誤読はパパレベルに達していないからです。まだ、センス(意味)やセンス(社会性)を充分に含有しているからです。
 たとえば、最近で言えば「弥栄」を「いやさかえ」と読んだ、あれは間違いか、それとも正しいかと騒ぎになっていますが、正直そんなことはどうでもいい。間違いと言う人も正しいと言う人も、両者とも社会のルールに縛られているからです。それなら私は、「弥栄」は「いやさかはえ」であると言いたい。万葉集にそうありますから。
 未曾有を「みぞうゆう」と読んだ。これも別に騒ぐことではない。「未」は「み」、「曾」は「そう」、「有」は「ゆう」ですから、社会的な慣習を抜きにすれば麻生さんの方が正しいとも言えてしまう。有無とか怪我なんかもそうです。
 詳細を「ようさい」と読んだ。これも非常に高い社会性、教養のなせる誤読です。いちいち説明しなくてもわかりますよね。同様なのは、低迷(ていまい)や破綻(はじょう)でしょうか。
 音訓の整合ということで言えば、前場や思惑も、「まえば」「しわく」の方がより自然とも言えてしまう。
 踏襲を「ふしゅう」、順風満帆を「じゅんぷうまんぽ」と読んだのはその逆ですが、ある意味訓読みを正しく知っているということにもなりますね。
 「基盤」を「きはん」、「措置」を「しょち」、「頻繁」を「はんざつ」と読んだというのは、これはもしかすると、原稿に「規範」、「処置」、「煩雑」と書いてあったのかもしれない。日中両国首脳の往来はたしかに「煩雑」ですからね(笑)。
 「決然」を「けんぜん」と読んだと報道されましたが、これも原稿に「顕然」、「軒然」、「喧然」、「慊然」とあったかもしれない。意味わかりませんが(笑)。
 とまあ、麻生さんのおかげで、ずいぶんと勉強になりますね。授業のネタとしても最高です。
 「あ、そう」言えば、「麻生」の読みも難しいよなあ。苗字としても「あさお」「あそお」「あそう」などがあります。生徒に「まお」ちゃんもいましたっけ。地名としては「あさお」「あさぶ」などがありますね。麻生太郎も、もしかすると「あそおたろお」かもしれませんね(笑)。

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2009.04.14

『文章は接続詞で決まる』 石黒圭 (光文社新書)

33403473 の前、「なので」について書きました。書いてみてわかったのですが、私自身話し言葉ではけっこう使ってましたね。そして、それはたしかに「なので」であって、他の接続詞には代えられないということもわかりました。
 そんな「なので」についても、ほんの少しですが触れられています。話し言葉の接続詞として扱われていました。特に問題視はされていませんでした。
 それにしても、よくぞこれだけたくさんの接続詞をとりあげて、それぞれ分析してまとめあげましたね。すごい。
 何がすごいって、その研究の成果もですけど、なんというか、私からしますと、こうして文章作法を文章で書いているところがすごい。わかります?有名な作家の皆さんの「文章読本」なんかまさにそうなんですけど、文章の作法について文章で論じるわけですから。わかります?まず、自分の文章がちゃんとしてなきゃいけないじゃないですか。それってすごいプレッシャーだと思いますよ。
 たとえば音楽の作法を言葉で説明するのは、そんなにドキドキすることじゃありません。絵画とかもそうでしょう。スポーツもそうです。言葉、文章に関する時だけは、なんか、生き方を生き様で見せるような感じで、ちょっとこそばゆいし、自信がなかったりするじゃないですか。
 それを石黒さんは見事にやってのけてるから、偉いなって思うんです。マネできませんね。
 内容的に感心したのは、「文末の接続詞」という発想でしょうか。なるほど、いわゆる接続詞だけではなく、文末表現がそういう働きをすることもありますね。
 と言いますか、文脈というものがあるかぎり、いわゆる接続詞や文末表現だけでなく、全ての文は接続詞的な機能を持っているとも言えますね。あるいは、人生は接続詞だとも…笑。いや、まじでそんなことを思いました。
 ところで、この本でもブログの文体についての記述がたくさんありましたけれども、私のこの文体、先日も書いたように「講演書き起こし体」、あるいは「平成軽薄体」と呼ばれています(自分に)。で、よく指摘されるんですが、今も出てきた「で」とか、「ま(あ)」とか、あと、頻発するいわゆる「順接の『が』・『けれど』」、これは意識的に使っているのかということについて。
 実は、これはかなり意識的に使っています。ブログでの私の文体です。いちおう私も文章家のはしくれだと自認しておりまして、それなりにいろいろな文章を書き分けることができるつもりです。いろいろと事情があって、ブログではこういう文体を使っています。その事情についてはナイショ。
 いやあ、真のプロレスラーではありませんが、実はガチもできるけど、あえて軽薄を前面に出すというのが、私の理想です。なんちゃってね。ま、ドリフみたいになりたいんですよ(?)。
 というわけで(これもよく使いますね。無理やりフィナーレに持っていっちゃう荒技)、この本を読むと、接続詞の使い方が気になって、文章が「決まる」どころか、なんだか関節技が決まっちゃったみたいに身動きできなくなります。つまり、今まで自然に書いていた文が書けなくなる。ご注意を(笑)。

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2009.04.13

『漢検のひみつ』 (学研まんがでよくわかるシリーズ)

Book 「検のひみつ」…大久保理事長親子の悪行の数々が、まんがでわかりやすく紹介されています。
 …かと思ったら、なんだ漢検の宣伝じゃねえか。こうやって子どもを洗脳しようとしていたな。
 家に帰ってきたら小学校4年生になった上の娘が「これ借りてきたよ!」と嬉しそうに持ってきました。カミさんもニヤニヤして、「面白そうでしょ」と言います。
 もちろん二人ともふざけているのです。娘に今、なんで借りてきたのかと確認しましたら、「なんか、おもしろそうだし、パパが漢検とケンカしてるみたいだったし、テレビでいろいろやってたし、今話題だから」と。
 我が娘ながらよく分かっているぞよ(笑)。
 ふむふむ、「漢検のひみつ」、初版は去年の9月か。そろそろメスが入ろうかという時期ですな。私もちょっと裏から情報をいただいていた頃です。退職金の話とかね。
 その後の展開は皆さんご存知の通り。まあいろいろと盛り上がりましたよ。特に生徒たちは、私を取り巻くいろいろな漢検協会をめぐる事件(?)に興奮気味でしたっけ。
 このブログの記事で復習しますと、こういうことでした。
 ニュースになった翌日、ヤッター!とばかりに「儲」…漢検協会やるな!という記事を書きました。それが検索で協会の公式ページのすぐ下に出てくるという、ちょっと予想外の事態になりましてね、生徒たちが「こりゃあ、絶対漢検の人見てるよな」「ヤクザだからやばいんじゃないの?」みたいなことを言い始めた矢先、鉄砲玉が飛んできました(笑)。偶然にしては出来過ぎている。
 そのことも暴露してしまいました。さすがに面倒くさいので、刑事コロンボの記事に見せかけて(?)。
 その後、一回だけ電話がかかってきました。謝罪…というより言い訳の電話でした。それも、私が書いたようなカワイイ声の京都弁ではなく、おばちゃんの標準語でした。おねえちゃんだったら許そうかと思いましたが、おばちゃんに、「この前は実施状況の確認にご協力いただきまして、ありがとうございました」とか言われたら、いやみの一つでも言ってやりたくなりますよね。ま、言ってやりましたが。
 そうそう、ファックスも一回来ました。今年度1回目の受検者を、従来の金額のまま募集していると、ニュースで報道された途端、すぐに言い訳のファックスが来ました。その対応ぶりが笑えるというか、呆れるというか、腹が立つというか…。で、結局値下げは100円から500円ですと!?噴飯せざるを得ないっす。大久保親子は理事にとどまるというし。もう腐り切ってます。
 個人的にはですね、学校全体で今年度の受検をボイコットしたいところなんですよ、ホントは。でも、生徒たちの受検の意志を無視するわけにもいきませんし、大学入試や就職にまで関わってくるという構造が出来上がっている限り、それをするのは難しい。国としても業務停止命令も出せないでしょう。クヤシイですね。
 漢検協会をぶっつぶすのは実は簡単です。別の団体が良識的で良心的な漢字検定を始めればいいのです。昔はありましたが、今ではほとんど壊滅してしまいました。漢検協会がそれらをぶっつぶしてデカくなってきたのです。ここで国も協力してですね、大きな運動を起せばいいんですよ。うん、こうなったら、私が中心になって「新漢検」を作りましょうか。そして、「信者」をたくさん集めて「儲」けましょうか(笑)。

学研公式

日本漢字能力検定協会

「説明責任果たしていない」漢検を文科省が厳しく批判

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2009.04.12

形容動詞って何??(その2)

Hassy 日の続きです。「きれいだ」の「だ」や、古語の「あはれなり」の「なり」はいったい何者なんでしょう。
 「なり」や「だ」が形容動詞というものの語尾でないとしたら、基本そっくり同じ活用をする断定の助動詞ではないか…いやいや、本当にそうなんでしょうか。
 ここでことわっておきますが、現代語の「だ」は「にてある=である」の進化形(ポケモンかい!)…じゃなくて変化形、「です」は「にてさうらふ=でそうろう」の変化形ですので、いずれも「なり(にあり)」から変化したものですから、これからの話は全て古語の「なり」、あといちおう「たり」ですかね、こちらを中心にお話します。
 今書きましたように、一般に断定の「なり」と言われるものは「にあり」が縮まったものと解釈されています。実はこの「にあり」の「あり」、これが鍵を握っていると思っているんです。ここが肝心なところです。
 私は、「あり」というラ変動詞(私はこれにも異論がありますが)は、単純に「なし」の対義語で、存在していることを表すのではないと考えているのです。私は自分の「モノ・コト論」の流れから、この「あり」を、「認識」を表す語と定義しているんです(動詞ではない)。自己の認識の外にある「モノ」を内部に「コト」として取り込んだことを表すのが「あり」だと思っているんです。それは結果として「存在」の意味も包含しますが、かといって単にそれのみを表すものではありません。
 同じラ変動詞に分類されている「侍(はべ)り」が、本来「偉大なる存在のおそばにお仕えする」という意味であるのは興味深い事実です。他者の存在が前提となっていますからね。その「はべり」が「あり」の丁寧語として用いられているのですから、「あり」にも他者依存性があることを示唆していると言えないでしょうか。
 そういう目で、たとえば助動詞の「けり(過去・詠嘆・気づき)」や「たり(存続・完了)」、「めり(視覚による推定)」や「なり(聴覚による推定)」などを、もう一度見直してみましょう。
 「けり」は「き(過去)+あり」、「たり」は「て(完了)+あり」、「めり」は「目(見え)+あり」、「なり」は「音(ね)+あり」に違いないと思います。そして、それらはいずれも、「あり」が付くことによって、自分が観察者として認識したという感じがするんですね。「私はそう情報として受け取った」とでも言えましょうか。他者から喚起されたと言ってもいいでしょう。「き」は個人的な事情や感情を超えて絶対的な感じがしますし、完了の「て(つ)」にしてもそうです。事実の叙述ですね。それが「あり」が付くことによって他者と自己の間の次元になる。
 まず、「あり」の機能について、そのように考えるのが私の文法のベースになっています。いろいろな所で活躍するんですよ、この「あり」が。私の文法…「不二文法」とでも呼びましょうか(笑)…では「あり」がとっても重要なんです。
 ですから、形容動詞と言われるものの語尾「なり」についても、同様に「あり」の機能と意味を加味して考えたいのです。すなわち、一般に形容動詞と言われる「○○なり(たり)」は、対象の「○○性」を認識した、対象から「○○」を読み取れる、対象から「○○」を喚起された、対象が「○○に(と)」思われる(自発の「れる」です)、という意味になると考えたいわけです。
 その証拠と言えるかわかりませんが、いわゆる形容動詞の連用形とされる「○○に」の形の古い例、たとえば「あはれに」などは、「思ふ」などの知覚動詞にかかることが多い。その「思ふ」などを内包したのが「あり」であり、結果として「○○なり(にあり)」は「○○に(と)思われる」という意味になるというわけです。
 形容動詞に、「〜げなり」とか「〜かなり」とかいう形が多いのも示唆的です。「げ(気)」や「か」はそういう気配、雰囲気を表すので、それを感じる、認識するというように考えると辻褄が合います。
 ですから、「清し」と「清げなり」または「清らかなり」、「楽し」と「楽しげなり」などは、やはり違ったニュアンスを持っているとすべきです。形容詞の方が事実説明的、抽象的で、後発の形容動詞の方が個別的な感じがしますね。塚原鉄雄さんが、形容詞を「属性の抽出」、形容動詞を「状態の判定」としたのとつながるかもしれません。少し観点が違いますが。
 というわけで、もし、私の考えが正しいとしたら、一般に形容動詞と言われる単語の、その語尾の「なり」や「たり」は、単純に断定の助動詞というわけではなく、その上接の言葉が示す性質を自分が認識したこと表し、結果として、いろいろな品詞(形容詞や名詞、感嘆詞など、外来語含む)を、形容詞風の意味と機能に変える働きのある辞であるということになります。
 かと言って、形容詞とは明らかに素性も機能も違いますので、「ナ形容詞」とするのもどうかと思います(日本語教育上はそれでもよいと思いますが)。
 というわけで、それを一体なんと呼べばいいのか、私はまだ考え中です。だいたい、その「なり」を助動詞としていいかも、ちょっと微妙ですね。渡辺実さんは、たしか「なり」を判定詞としていましたね。ちょっと近いような気もします。
 ま、いずれにしても、形容動詞なる品詞は明らかに不自然な虚構であり、それに洗脳されてきた戦後教育界やら、無反省とは言わないけれど、逆の意味でとらわれ続けたとも言える国語学界(日本語学界)は、そろそろ覚醒しなくちゃいけませんね。
 認識の「あり」を伴った「にあり」が、いわゆる断定の助動詞「なり」になっていく過程や仕組みについても書こうかと思いましたが、長くなったのでやめときます。
 また、いつか続きを書こうかな。そんなこんなで、たぶんあと1000年くらいしたら、私の「不二文法」の全体像を発表できるでしょう(笑)。

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2009.04.11

形容動詞って何??(その1)

Hassy 容動詞ってなんですか?私は国語の先生なんですけど、この形容動詞というやつを教えるのが一番いやです。百歩譲ってもその存在を認めたくありません。だいいちネーミングのセンスが悪い。
 この前書いた接続詞「なので」はあり??という記事で、「形容動詞の存在に疑問を持っている」と書きましたところ、説明してほしいとのコメントをいただきましたので、ほんの一端ではありますが愚説を紹介します。まずは、グチから。
 今学校で教えられてる、というか、半世紀以上にわたって教えられてきた、いわゆる「学校文法」は、この方の文法です。橋本進吉。このおっさん(失礼)がむか〜し唱えたことが、今まで正しいとされて、無思慮無反省な学校の先生方によって、なかば強制的に教えられ、テストにまで出され…。
 なんとなく、このおっさん好きになれないんだよなあ。橋本文法もあんまり好きになれないし、上代特殊仮名遣いも認めたくないし、第一このおっさん、狩野亨吉のおっさんと一緒に、あのトンデモ中のトンデモ「竹内文書」を偽書だとかぬかしおったからなあ。夢もシャレもない(笑)。
 国語学を学び、国語の教師をしながら、橋本進吉をおっさんなんて呼べるのは私くらいでしょう。まあ、この人自身が悪いわけではなく、その無思慮無反省な輩が悪いんですけどね。
 さて、いきなりトンデモな発言から始まってしまいましたが、そのセンスの悪い「形容動詞」を正式に認めたのは、たしかに橋本進吉です。それが教科書や辞書に採用されて、すなわち国家の定説となって半世紀以上になります。
 しかしこの間、この形容動詞を教えられて不自然に感じたり、違和感を抱いたりした人はそうとういると思いますよ。ちょっと復習してみましょう。goo辞書でひいてみましょうか。

けいよう-どうし 【形容動詞】
品詞の一。用言に属し、活用があり、終止形語尾が、口語では「だ」、文語では「なり」「たり」であるもの。事物の性質・状態などを表す点では形容詞と同じであるが、形容詞とは活用を異にする。「静かだ」「にぎやかだ」「はるかなり」「堂々たり」の類。活用は、口語では一種類であるが、文語にはナリ活用・タリ活用の二種類がある。

 ほかに形容動詞としては、現代語では「〜的だ」というのがたくさんありますね。「新鮮だ」とか「優秀だ」とか。古語で有名なのは「あはれなり」とか「つれづれなり」とか。
 で、あんまり詳しいことは書きませんけど、これが我々フツーの日本人からすると、どうしても一つの単語としてはとらえにくいんですよね。洗脳されていない自然な脳ミソとしては、どう考えても「静か+だ(なり)」とか、「新鮮+だ(なり)」とか、そんなふうにとらえたくなる。
 これは当然です。「私は先生だ」という場合には、「先生」という名詞+「だ」という断定の助動詞と解釈されるからです。これは納得ですよね。ですから、当然「新鮮だ」も「新鮮」+「だ」にしたくなるじゃないですか。でも、学校文法ではこう分けてはいけなくて、「新鮮だ」で一語としなければなりません。本能的に気持ち悪いですよね。
 実際問題、「すっごい静か…」とか、「超新鮮!」とか、「はるか遠く」とか、「威風堂々」とか、そういう表現も日常的に行われているので、そこで切りたくなるのも当然です。なのに、なぜ一語ととらえなければならないのか、それはまあWikipediaの形容動詞の項あたりを読んでください。ここでは巷説の繰り返しはしません。
 まあ、たしかにそうした巷説の言い分もわからないでもない。そう説明されれば、まあそうかな、で思考停止して妥協して丸暗記する方が楽です。でも、私は自分の性格からして、どうも自分の実感に反すること、本能的に不快に思うことをそのままにできないんですね。
 そうそう、形容動詞を丁寧に「静かです」とか「新鮮です」とか言いますよね。これって学校文法だとうまく説明できないんですよ。一語と考えるとたしかにそうですね。もちろん、強引に「〜です」をも形容動詞としちゃったり、特別なケースとして説明している人もいますが、ちょっと無理ないっすか?
 それで考えてみました。そして、こういう結論に至りました。
 いわゆる形容動詞は、やはり2語に分けられるべきである。「新鮮だ」だったら、「新鮮」+「だ」であるということです。この場合、「新鮮」は名詞としてよいでしょう。あるいは中国語の形容詞としてもいいです。では、「だ」とか「なり」というのは何なんでしょうか。よく言われるように「断定の助動詞」だとしていいのでしょうか。いや、実はそこに大きな間違いの原因があると思うのです。

その2に続く。

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2009.04.10

中川翔子 『Magic Time』

51jecimbi1l_sl500_aa240_ 続詞「なので」はあり?なんて次元を、とっくに飛び越えている、いうなれば、夏目漱石レベルの天才「しょこたん」。彼女の新語創造能力はずば抜けています。
 最近では、えっと、「バッカルコーン!!」ですか。以前記事にしたギザカワユスにせよ、まあいまだ本人は使い続けてますからね。単なる流行語ではないようです。
 彼女の新語というのは、厳密に言うと完全なる新語ではありません。「バッカルコーン!!」も実はすでに存在していた言葉ですよね。そう、クリオネの触手みたいなヤツです(って私も初めて知りました)。しょこたんは、そういう現存する言葉の語感(音感)から、それが与えられた本体をも巻き込んで新たな意味を与え、そして敷延するという能力を持っているようにうかがえます。これは簡単なようで難しいことですよ。
 普通、新語というのは、既存の音と意味の組み合わせの、そのまた組み合わせによって作られることがほとんどです。つまり語源というか、意味上の語幹が存在するんですね。アニメのキャラ名なんかも案外そういうベースを持っていたりします。ところが、彼女は本来の「意味」ではなく、本体が持っているイメージと語感(音感)の偶然のマッチングの部分に注目して、そこから新たな「意味」を生み出してしまうんです(ってよく分からん説明だな)。
 つまり、ある海洋生物のキャラクターやデザインと、そこにまじめに与えられていた「スカシカシパン」とか「バッカルコーン」とかいう、言われてみれば珍奇な名称のマッチングというかミスマッチングを、我々に気づかせてくれる、だけでなく、その「気づき」から、全く別の感嘆的存在を現出させることができるのですね(って余計分からん説明だな)。
 とにかくですね、彼女の言語世界は、記号論への挑戦なのです(笑)。マジで。シニフィエもシニフィアンもバッカルコーン!?
 そんな天才、中川しようこ(電波りようこみたいだな…いや、こっちが真似したのか)のニューアルバムを遅ればせながら聴いてみました。『スカシカシパンマン・ザ・ムービー』を貸してくれた人が、こちらもわざわざ貸してくれました。生徒の妹さんです。
 で、で、これが、いい!バッカルコーン!!(使い方間違ってるかな?)
 これはいいですよ。正直感動してしまったっす。ギザヨス(って言うのかな)。だって、だって、なんか懐かしいんだもん。
 歌謡曲バンドで、80年代アイドルのカバーをやることがけっこうある私は、とにかく、最近あの頃の楽曲のクオリティーの高さを再認識して感動することが多いんですけど、このアルバムはその頃にタイムスリップさせてくれるんですよ。
 まず、歌がうまい!こんなにうまかったっけ、しょこたん。楽曲によって声も歌い方も微妙に調整していますけど、基本キラキラしていて、しっかり往年のアイドルしてます。時代を超えていますねえ。
 得意のアニソン風のポップ・ロックもなかなかいい。アニソンへの愛を感じますね。しかし、なんと言ってもやっぱり80年代風楽曲でしょう。なにしろ、松本隆&筒美京平の黄金タッグまであります!いやあ「綺麗ア・ラ・モード」は超名曲っす。すごい。王道。
 本当に彼女は「タレント」ですね。今もカミさんと話してたんですけど、しょこたんとあやや(松浦亜弥)がいるから、いわゆる芸能界は安泰だなと。若いのに妙に昭和を感じる。
 最近、家族でドリフを観ることがよくあります。当時のアイドルたちが捨て身でコントをやり、そのすぐあとにまじめにアイドルになりきって歌う、そういう姿を見て、ああ、すごいなあ、プロだなあ、と思うことしばしば。そういうパワーというか、アドリブと演技と両方できる「タレント」。これってあらゆる分野で欠如してますよ、平成の世の中では。
 このアルバムはぜひ聴いてみましょう。特におじさんたち!絶対はまります。それにしてもうまいな…。
 ああ、そうそう、私の母は、ある場所でしょこたんのおばあちゃんとよく会うそうです。おばあちゃんも音楽に並々ならぬ愛情を注いでいらっしゃるとか。やっぱり血筋でしょうかね。才能は遺伝するのか。

Amazon Magic Time 

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2009.04.09

接続詞「なので」はあり??(その2)

Uni_2331 村く〜ん!「市民会館」の桜、満開ですよ〜!
 さてさて、昨日の続きです。接続詞「なので」は許されるのか。なぜ、ここへきて「なので」が増殖しているのか。「だから」との違いは何なのか考えてみたいと思います。
 「だから」と「なので」は、そのまま交換できるのでしょうか。私が小論文の指導をしていて、接続詞「なので」が出てきたら、それを「だから」に直せばことは済むのでしょうか。実はそういうわけにはいかないのですね。ですから、こうして「なので」が台頭するようになったのです。
 「だから」の「だ」と、「なので」の「な」については、いちおう断定の助動詞の終止形と連体形としておきます。私は形容動詞の存在に疑問を持っている者なので、そういうことにさせてください。そこのところについて語ると長くなるので、ここでは割愛します。
 まあとにかく「だ」と「な」は基本同じものですから、そこに意味的な違いはないとしてよいでしょう。そうすると、「から」と「ので」の違いか気になりますね。
 もちろん「から」と「ので」は接続助詞として文中で普通に用いられています。あっそうだ。昨日は漱石が「ので」を接続詞として使っていると書きましたけれど、実は「から」も接続詞として文頭で用いられていたんですよ。主に江戸時代でしょうか。
 さて、「から」については、皆さんもおわかりのように、始点・出発点・起点を表す「から」から生じたものです。ですので(…「ですので」は許されるのか!?)、古くはそういう意識をもって接続助詞として、あるいは接続詞として用いられていたと想像されます。すなわち、前半部分の叙述内容が後半部分の叙述内容の因果的な起点となっているのです。まあ、「○○が起きたことから、△△が起きた」ということでしょうか。ですから、結果として、原因・理由を表すことになります。
 一方の「ので」ですが、こちらの形成については、私は独自の見解を持っています。得意の「モノ・コト論」で片づけちゃいます。一般には「の」は格助詞と捉えられるようですが、私は「もの」の変化形ととらえています。そして「で」は普通に「にて」の短縮形。ですから、もともとは「ものにて」であったとするのです(まったく学問的考証はしていませんので、あしからず)。
 で、いつも書いているように、私は「もの」という語に「不随意・自己の外部」という意味を見いだしていますから、「ものにて」には、自分の意志や予想に反してという意味合いが生じると考えるのです。次の例を見てください。

強い風が吹いたので、あちこちの看板が倒れたりとばされたりしてしまった。
電車が遅れたので、遅刻しました。
遅くなるので、帰らせていただきます。

 これらの「ので」はなんとなく「から」に代えにくくないですか。前半部分が不本意な感じがするからです。「から」にすると語調が強すぎて、バランスが悪くなるような気がします。ちなみに、これらの「ので」は「もので」に代えることができます(ちょっと不自然なものありますけど)。そうすると、「もの」の不随意・不本意な感じがよく出ますよね。

彼が来てくれたので、助かりました。
○○大学に合格できたので、東京に行きます。
あまりに美しかったので、声をかけてしまった。

 これらの場合も「から」より「ので」の方がふさわしい。なぜなら、前半部分が予想外な幸運だからです。
 ちなみに、伝えたい相手にとって不本意であろうと想像される時にも、それに自分も共感しているかのように「ので」を使う時もあります。結果として丁寧なお願い、へりくだった命令(?)の表現になります。例えば次のような文です。

試合終了後は大変混雑いたしますので、お帰りの切符は今のうちにお求めになっておいてください。

 これらは、私の言う「迷惑・恩恵の受身」とちょうど同じ感じですね。日本人の自己責任感のなさや、他力観にもつながる独特な心性の現れです。
 「から」は単純に論理的な原因・理由を表すと言ってよいでしょう。それに比べて「ので」は、より高度な、繊細なニュアンスを持っているんです。実に日本人的な、ね。
 そうすると、「だから」よりも「なので」が丁寧な印象を与えるという事実、「なので」は女性の方が多く使うという事実もうなずけるというものです。
 音韻的にも、濁音で始まり、硬いk音に連続する「だから」よりも、軟らかいn音の連続する「なので」の方が優しい印象を与えます。また、「だから言ったじゃないか」とか、単独で「だ・か・ら〜」というような、自己主張の強い表現があるせいもあって、より自分を出したくない時、より丁寧に言いたい時、より謙虚な姿勢を見せたい時は、「なので」を使いたくなる気持ちもわかります。空気を読むとそういうことになるんですね。
 さて、話を元に戻します。昨日引用したフジファブリックの志村くんの言葉です。
 「…今日は叶いました、夢が。(拍手)なので、」「…音楽をやる9年間というのは、楽しいことだけじゃなかったんですね。だから、そういう気持ちを全部含め、いろんな出会いや別れや、いろんなことやものがあって、今日の日がある。だから、今日ライヴができて、とりあえずその日は、その今までは報われたかなと、そういう自分は報われたかなと思ってます。ありがとうございます」
 最初の「なので」は、昨日書いたように「ありがとうございます」という気持ちから出た接続詞だと思いますから、そう前半部分が予想外、予想以上のことだったのでしょう。つまり「夢が叶った」ということに他者からの恩恵を感じているということです。その感謝の気持ちや謙虚な気持ちが、「だから」ではなく「なので」という接続詞を選ばせたのでしょう。もちろん無意識的にですが。
 引用した後半に「だから」が2回出てきますね。これは話し言葉ならではの高度な(?)用法なので、ちょっと説明が難しいのですが、とにかく強い自己の実感が読み取れますね。内容的には皆さまのおかげという感じもありますが、気持ちとしては謙虚というより、自信に満ちている感じがします。
 と、まあ、こんな理屈はどうでもいいんですよ。私たちはこうして微妙な気持ちやニュアンスや空気感を、言葉を選択しながら表現しているのです。ほとんど無意識のうちに。
 で、結局、接続詞「なので」はありなのか?こうして考えていくと、あれほど「なので」を嫌っていたワタクシでさえ、なんとなく「ありかも」と思い始めてしまうから面白いですね。皆さんは、私の駄文を読んで、どう思いましたか?
 今まで、そういう微妙なニュアンスを表す接続詞がなかったのです。ですので(←これが「なので」に近いかな)、「なので」が生まれてくるのは当然のことであり、どんどん定着していくというのも当然のことなのです。言葉とはそういうものです。これは生物の進化と同じようなものでしょう。
 ただ、まだまだ公認というわけではありませんし、年長者に読んでもらう文(例えば入試小論文)では、使わない方がいいでしょうね。それこそ空気を読んで、使いましょう。話し言葉でもね。

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2009.04.08

接続詞「なので」はあり??(その1)

1 ジファブリックの『Sugar!!』が届きました。CDも充分良かったのですが、なんと言っても、あの「市民会館(地元民はそう呼ぶ)」ライヴのDVDがねえ…。もう、また泣いちゃいましたよ。そして、私自身も何ヶ所か映ってるし、これは家宝ですね。
 とにかく、改めて「茜色の夕日」は名曲だと痛感しました。
 うむ、山梨県は、「3月9日」と「茜色の夕日」と、あといちおう(?)「島唄」を生んだだけでも、もう充分音楽の歴史に貢献していますよ。世界に誇る、100年後に残る名曲たちですから。クラシックになります。素晴らしい。
 ところで、あの志村正彦君の感動的なMCに水を差すようで申し訳ないのですが、日頃気になっていることを書かせていただきます。
 いや、私は志村君の日本語のセンスが大好きですからね。今回も「茜色の夕日」のモノ・コト論と同様に、御本人は決して意識していないであろう、しかし、日本語の大切な本質をついた、彼の無意識の言語選択のセンスがうかがえる話になるのではないでしょうか。
 「…今日は叶いました、夢が。(拍手)なので、」と語りだしたのは、彼の知られざるプロ・ミュージシャンとしての苦悩、そして普通の大人が幸せそうに見える葛藤でした。「…音楽をやる9年間というのは、楽しいことだけじゃなかったんですね。だから、そういう気持ちを全部含め、いろんな出会いや別れや、いろんなことやものがあって、今日の日がある。だから、今日ライヴができて、とりあえずその日は、その今までは報われたかなと、そういう自分は報われたかなと思ってます。ありがとうございます」
 「なので」は結局、その後の長い長い深い深い言葉全てを包括していたのでした。まあ、簡単に言ってしまえば、「叶いました、夢が。なので、(皆さんに)ありがとうございます(と言います)」ということですね。そういう意識の上に使った「なので」なのでしょう。
 ところで、最近、小論文の指導をしていて気になるのが、この「なので」という接続詞です。私は話し言葉ではそれほど違和感を抱かないのですが、書き言葉だと正直ゲゲッと思ってしまいます。かなり抵抗感があるんです。最近…そうですねえ、ここ5年くらいでしょうか、「だから」とか「そのため」とかの代わりに「なので」をじゃんじゃん使ってくるんですよ。で、そのたびに、「こんな日本語はない!」と言って直させるんです。
 実は、今度小学校4年生になったウチの娘も作文で使ってました。で、これは先生に注意されないのかと聞くと、されないとのことでした。その証拠に小学校の文集をざっと見たら、出てくる出てくる、「〜。なので」が。あれ〜、いつのまにか、「なので」が公認になってるのか?自分が取り残されてるとか…?
 いろいろと辞書などを調べてみますと、ほとんど接続詞としての「なので」は認められていません。三省堂くらいでしょうかね、積極的に先取しているのは。
 しかし、もうお気づきと思いますけれど、「だから」にしても、もともとは「〜だから」としか用いられなかったものが、独立して接続詞として一般化したものです。同様なものには、「でも」「なのに」「ならば」「にもかかわらず」「だとすれば」などがありますね。口語ですと、「だって」なんかもそうです。さらに最近では「(ん)なわけない」とかありますね。静岡では「だもんで」もよく使われます。「んだ」もある意味その一種かな(笑)。
 「なので」も、あと10年くらいすれば、全ての辞書に接続詞として載るかもしれませんね。そういう言葉の変化については、いつも書いている通り、私は容認派です。ただ、まだ生理的に書き言葉としての「なので」には違和感があるということです。そのうち慣れるかもしれません。
 ちなみに、明治時代、平成の若者よりも先を行っていた人がいるんですよ。それは、かの文豪、夏目漱石です。彼の「それから」にこんな部分があります。

『其代り帰つても、落ち付かない様な、物足らない様な、妙な心持がした。ので、又外へ出(で)て酒を飲んだ』

 かつて好きだったが、今や友人の細君になってしまった三千代さんの所へ行こうか迷ったあげく、結局勇気が出ず、帰ってくるシーンです。いきなり「ので」ですからね。「なので」より過激です。さすが漱石。
 私はこの例を知っていましたから、娘に「今度は『なので』じゃなくて『ので』って書きな。それで先生に直されたら、『いや、漱石も使っています』と言え」なんて教えました(笑)。ああ、いやな親、いやな先生ですね。もちろん冗談ですけど。
 …と、ここまで書いて、これはだいぶ長くなりそうなので、明日に続けます。明日は「から」と「ので」の機能やニュアンスの違いから、志村くんの「なので」と「だから」を分析しようかと思います。

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2009.04.07

「Time is Money」のお話

↓「Time is Money」と言ったらしい?フランクリンさん
5975835 前、「Love or Money」のお話という記事を書きました。あれはなかなか評判が良かったというか、いろいろと議論を巻き起こしましたっけ。実は私もよくわからないまま書いていたんですけどね。ま、どの記事もいつもそうですけど(笑)。
 今日もまた、よくわからないまま書き出します。「時は金なり」という話です。「時は金なり」というと、「時間はとっても大切なものだ、無駄にするな」的な解釈がされますが、今日はちょっとひねくれた観点から書いてみようと思います。どうなることやら。
 「金で時間を買う」という言い方、時々聞きますね。一般的には、たとえば「普通列車でなく新幹線で行って早く目的地に着く」とか、「温泉旅館に行って、のんびりした時間を過ごす」とか、そういうニュアンスで使われていると思います。
 つまり、作業の効率化にせよ、休暇の有効利用にせよ、いずれにしても、自分の思いどおりになる時間を作るために、お金を払っているわけです。お金をケチって普通列車に乗るとしたら、出かける時間を早くしなければならないかもしれませんし、仕事が終わる時間が遅くなるかもしれません。そうすると、自宅でくつろぐ時間は減りますね。また、温泉旅行に行くお金をケチりますと、結局家でダラダラ過ごしてしまったり、パチンコで散財したりして、なんとなく満足が得られません。やっぱり、自分の理想の時間を持つためにはいろいろとお金がかかるんです。
 で、今日の私は、それをどんな意味でとらえるかと言いますと、ある意味「Time is Money」を、比喩ではなくて等式としてしまう。つまり、お金の働きを「自分の理想の時間を買うためのものである」と定義するのです。それ以外の機能や目的を認めません。非常に単純化してしまうのです。
 そうして、我々の「買い物」を見直してみますと、実は全てその定義の中に収まってしまうことがわかります。ためしに昨日お金を払って手に入れた物品やサービスを思い出してみてください。食べものはもちろん、電話代とか電気代とも入りますよ。
 それらにお金を払わなかったら、いったいどういう時間を過ごしたことでしょう。もちろん、結果として、断食ができて体調が良くなったとか、真っ暗な中で過ごせて自分を見つめることができたとか、そういう意味付けもできるでしょう。しかし、それはあくまで結果論であって、お金を払うのは基本、未来の時間に対してです(料金後払いというのも、契約が成立するのは事前です)。
 で、その買い物の値段に対する感覚というのが面白いんですね。つまり、購入前に予想していた時間の充実予想に対する実際の充実度、すなわち理想にどこまで近づけたかということと、実際払った対価の関係によって、我々は得したとか、損したとか思うわけです。
 某国製の安物を買ったらすぐ壊れた。でも、そんな時はそれほど損したとは思いません。安かろう悪かろうと予想していたのです。一方、国産の高い製品を買ったはいいが、いきなり壊れたというような時は、かなり腹立たしくなります。予想に反しているからですね。
 長持ちするしないという問題だけではありません。面白かった面白くなかったとか、おいしかったおいしくなかったとか、気持ちよかったよくなかったとか、そういう基準もあります。まあ、いろいろですね。そんなことは当り前と言えば当り前で、今まではそういう「価値」をお金で買うというような考え方が一般的だったと思います。それを、ちょっとひねくれて、そういう「時間」を買うというふうに考え直すんです。
 そうすると、もう一つのことが分かってきます。お金を使うのではなく、その逆、お金を稼ぐということの意味です。すなわち「仕事」の意味ですね。我々は大概いやいや仕事をしています。そんなことない、仕事が楽しい!とか、人様のために働くというのは気持ちがいい!仕事を通して自己実現できるなんて最高!という人もいるでしょう。でも、それって、かなり無理があるじゃないですか。ま、率直に言ってしまうと、それってかなり自己暗示的です。そうしないとやっていけませんからね。
 我々の仕事のほとんどは、人様のためになんかなっていません。だいたい無駄遣いさせているだけです。それが資本主義の基本ですから。そんな真実に気づいたら、我々はすぐに食いっぱぐれます。だから、自己暗示をかけて、あるいは自己洗脳をして、急場を乗り切って、そうしているうちに人生が終わります。
 いずれにしても、我々は自分の理想からかけ離れた苦痛な時間を過ごすことによって、その対価としてお金を得ています。そうして、今度はその得たお金で、理想に近いと予想される未来の時間を買っているわけです。あの車を運転している自分を予想したり、あの音楽を聴いている自分を予想したりして。
 まあ、その理想とやらも、ずいぶんと自己暗示的、自己洗脳的であるわけでして、そんな真実をも知ってしまったら、我々は生きる喜びも望みも失ってしまうでしょう。そうしたら出家でもするしかない。後藤組の組長さんみたいに(笑)。彼はまじめに悟ったのでしょう。本当の理想の「時間」は、「金」でも「暴力」でも「権力」でも買うことができないと…。
 こう考えてきますと、我々人間が構築してきた「経済」という虚構(なぜ虚構かは、あえて語りません。まあ本当に「経世済民」かどうか考えれはすぐ分かるでしょう)は、「時間」を「金」でやりとりするところから始まったと言えるように思えてきます。「時間」はいつでもここに満ちているはずですが、まるで空気に対するように我々はそれに対して無意識的です。我々が意識する「時間」は、実は不快な時と快い時だけなんです。その意識される「時間」たちを、人と人との間で交換する手段として、あるいは道具として「金=カネ=貨幣=money」が発明されたところから、経済活動は始まったと言えますね。そう、実は物々交換が端緒ではなかったのです。
 と、筆にまかせて書いてきましたが、書いてるうちになんだかとんでもない方向に行ってしまったようです。すみません。
 結局、「Time is Money」という言葉、実は格言でも名言でもなく、おそろしい言葉だということを言いたかったのです。「時間はお金のようにとっても大切なものだ、無駄にするな」…とんでもない言葉ですね。ワタクシの「モノ・コト論」的に言うなら、「モノ」の最たる存在である、いわば神であるところの「時間」を、さもしい卑小な人間の「コト」の最たる存在である、いわば悪神であるところの「カネ」で比喩しているんですからね。そんなのを例えば教室や職場に貼って標語にしているような人がいたら、もうその人はかなり悪神に魂を売ってますよ。な〜んて、昔の私はしっかり教室に貼ってましたけど(笑)。

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2009.04.06

いぶりがっこ(の語源)

Lp_iburigakko_tumami_b2 田のおみやげとして、いつも職場に配っているのが、これ。お菓子よりも評判がいいんです。生徒たちにも大人気で、たくさん買って行ってもすぐになくなってしまいます。先生たちは「ビールか焼酎がほしくなるなあ…」と、あまりのおいしさに仕事中、ある意味苦しんでいますが(笑)。
 この製品のいいところは、小袋に入っていて、スナック菓子のようにつまめることですね。たしかに、お酒のつまみにも最高ですね。
 「いぶりがっこ」は漬け物の一種です。「燻り」「がっこ(漬け物)」という名前からも分かるとおり、スモークされているのが特徴です。ものすごく簡単に言ってしまうと、「たくあんの燻製」という感じでしょうか。
 秋田は冬の間日光に恵まれませんので、日干しができません。そこで、昔の秋田の家には必ずあった囲炉裏の上に大根を吊るして、その熱で水分を飛ばしたんですね。結果として、広葉樹の薪から出る香ばしい煙で燻されて、見事なスモーク大根になるというわけです。
 その独特の香と味わいがたまらないんですね。一つ食べますと、止まらなくなることうけあいです。いまだ食したことのない方は、ぜひともお試しあれ。この個装スナックタイプは入門には最高だと思いますよ。
 現在では、秋田でも囲炉裏のある家はずいぶんと減ってしまいましたので、自家製のいぶりがっこというのは、なかなか食べられません。かと思ったら、そうした古来の文化を守ろうということでしょうか、横手市山内地域では「いぶりんピック」なるものが開かれているそうです。手作りのいぶりがっこの味を競う大会だとか。
 どうでもいいことですが、日本語学的に言いますと、「いぶりん」までが平仮名で、「ピック」だけカタカナというのが、絶妙というか意外な秋田的センスだと思います(笑)。
 わが山梨県の鳴沢村も漬け物文化が発達していて、お茶のお伴はお菓子ではなく漬け物です。家庭訪問なんか行きますと、各家庭の漬け物をいただいて、お腹いっぱいになってしまったりします。それぞれ個性があっていいんですよねえ。
 漬け物というのは、優れた発酵食品であり、保存食品ですね。まさに日本の田舎の知恵そのものです。今、そういう文化が絶えつつあるというのは、ちょっと淋しいものです。ウチもそうですけど、漬け物石なんか見たことない子供が増えてるんじゃないでしょうか。
4 ところで、秋田では漬け物全般のことを「がっこ」と言うのですが、どういう語源があるのかと思って、ちょっと考えてみました。
 秋田には、「雅香」がなまったとの俗説があるようですが、日本語学的にいうと、ちょっとありえないでしょうかね。いくら漢語の日常語化することの多い秋田と言っても、やや無理がありそうです。「雅香(がこう)」という漢語は、私の知る限り使われていません。
 「がっこ」の「っこ」が、東北特有のあの接尾辞、つまり愛着を表す「〜っこ」だと考えてもいいのですが、そうすると、「が」が何かということになってしまいますね。「が」だけで使われている例も見当たらないので、これも却下しておきます。
 そうしますと、やはり単純に「こうこう」の訛りだと考えた方が良さそうですね。「おこうこ」とか言う時の「香香」です。これは大根の漬物の女房言葉として広く使われていました。「香」の音読みは本来「かう」ですので、「おこうこ」の歴史的仮名遣いは「おかうこ」になります。
 その「かうこ」が「がっこ」に音韻変化することは、それほど不自然ではありませんね。「はうし(法師)」が「ぼっち」…「ひとりぼっち」の「ぼっち」…になったりする例はたくさんありますから。
 ちなみに、この個装「いぶりがっこ(薪割り)」を製造販売している雄勝野きむらやさんですが、「いぶりがっこ」を商標登録しているんですよね。ホームページが「iburigakko.com」というところがすごい!w

いぶりがっこ小袋入(大)(きむらや)

雄勝野きむらや

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2009.04.01

我々が左右の手で大事に抱えているものとは…!?

2 勉強の時間です。
 「左」と「右」の最初の2画の書き順が違うことは、皆さん御存知でしょう。左は「一」から、「右」は「ノ」から書きますね。で、左の画像でもわかるとおり、「右」の「ノ」はちょっと短めです。実際には「左」の「一」も、もうちょっと短く書くんじゃないでしょうか。すなわち、1画目は短く書くのです。書道などやると、そう教わりますよね。
 この「左右」の字は自分の目から見た、自分の手の形を基本にして出来上がりました。つまり1画目の短い方が指というか手のひらというかで、長い2画目が腕ということになります。指(手のひら)から書くと覚えておけば、どっちがどっちだったか忘れても大丈夫ですね。
1 右の画像は説文解字の例を「左右」並べてみたものです。腕と手のひらがよくわかりますね。そして、それぞれ何かを持っているわけです。
 一般的には、「左」の「工」は呪具であり、「右」の「口」は祝告を収める器だとされています。そして、右手に器(口)を持って、左手に工を持って、なんらかの作法を行ない、神意を尋ねたのです。
3 そうそう、「尋」という漢字ですが、これこそ左右の手を合わせた様子を表す字です。左の画像はやはり説文解字のものです。たしかに手のひらも二つありますし、「工」も「口」もありますね。で、神に「尋ねる」となるわけです。
 そして、神様というのは、なんだかんだ言って私たちを助けてくれるわけですよね。それで、「左」にも「右」にも「助ける」という意味が生じます。それをさらにわかりやすく、あるいは俗っぽく人間の行動に変換したのが「佐」や「佑」という字です。「佐助」「佑助」という言葉がありますね。「さすけ」と「ゆうすけ」じゃないですよ。「さじょ」と「ゆうじょ」です。
 さてさて、話を元に戻します。「左右」という漢字ですが、もう一度右上の説文解字を見てみてください。自分の目から見た両の手と、抱えているものです。だんだんそう見えてきますね。さっき書いた通り、それぞれ神の意思を尋ねるための大切な道具です。「工」と「口」。
 もっとよく見てみてください。そして、ついでに一番上の活字の「左右」ももう一度。真ん中の「尋」の説文もどうぞ。
 「工」と「口」…「工と口」…「工口」…「エロ」…!
 しまった!だんだん「エロ(えろ)」にしか見えなくなってきたぞ。いかんいかん(笑)。これは神聖なる文字であり、神聖なる道具のはずなのに…。だめだだめだ、両の手で大事に抱えているのは、どうしても「エロ」でしかない!
 こちら漢字の成り立ちアニメ君をご覧下さい。もう、完全に「エロ」ですね!
 そう、実は、我々人間は左右の手で「エロ」を大事に抱えているのでした。
 …という夢を秋田で見たんです。自分でも今まで気づかなかったことを、夢の中で自分に教わりました。いったいどんな高度な(?)夢を見てるんだ、オレって…笑。
 …と、こういう夢を見たことを、実は忘れてたんですけれど、今日のネット・ニュースを見て思い出したんですよ。「エロマンガ島が沈没」っていう、エイプリルフールに毎年登場するネタです。
 ちなみに、今日の「左右」に関する記事自体にはウソはないと思いますよ。たぶん。

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2009.03.31

『釣りキチ三平』 滝田洋二郎監督作品

Turikichi_sanpei_campaign 「くりびと」の舞台となった山形の酒田や鶴岡、由良などを経由して、秋田から富士山に帰ってきました。雪を頂いた出羽三山や鳥海山、そしてそれらを背景に優雅に飛ぶ白鳥の群れを見た時、やはりあの名作はこの風景によって名作たりえたのだなと実感。東北の自然と人間の織りなす独特の厳しさと温かさが全世界に発信され、あのような栄誉を得たのは、また違った意味で喜ばしいことです。
 さて、その「おくりびと」の滝田洋二郎監督の最新作「釣りキチ三平」を昨日観ましたので、感想など書きたいと思います。この映画は「おくりびと」以上に、秋田の、東北の、日本の自然と人間の関係を示す佳作でした。
 ウチのカミさんの実家は、もともとの羽後町の山村から横手盆地の十文字町(現横手市)に引っ越してきました。近くに高速道路のインターチェンジもあり、大型店舗の並ぶ、都会と言えば都会です。雄物川の流れと豊かな田畑に囲まれ、また遠く奥羽山脈や鳥海山などを臨む、自然に恵まれた所と言えばそうとも言えますが、しかし、幹線国道沿いは、全国どこにでもある無個性な風景に変りつつあります。
 根っからの東京育ちだった私としては、以前住んでいた羽後町の山間部からこちらに引っ越すと聞いた時、身勝手にもちょっと反対してしまいました。なぜなら、あの素晴らしい里山の風景は、私にとってまさに楽園、ちょうど映画「釣りキチ三平」に出てくる風景そのもののような魅力があったからです。
 しかし、実際には積雪は3メートルに迫り、農業経営も困難、医療や生活物資の調達さえ不便となれば、そこに生活する者の苦労は計り知れません。私がどうのこうの言うべき立場ではありませんね。
 実はこの「釣りキチ三平」にはそうしたテーマが仕組まれていました。そうですねえ、私は「一期一会 キミにききたい!…都会と田舎の話@秋田」を思い出しながら観ましたよ。ああいうテーマなんです。で、結末的にも同じになっていました。
 そう、全体にストーリーや演出がベタでして、ある意味、いや本当の意味においてコテコテの映画です。しかし、もともとが娯楽作ですし、なにしろマンガが原作ですからね、これでいいと思います。なぜなら、そうした田舎や自然が勝つという予定調和こそが、我々都会人(今や日本人のほとんどが都会人でしょう)が望むものであるからです。あるいは世界中の都会人(映画を観る人はほとんど都会人でしょう)が望んでいることかもしれない。
 もちろん、都会化とは西洋化であり、もっと限定的に言えばアメリカ化です。ものすごくテーマを拡大すれば、この映画はそうした西洋化、アメリカ化への本能的な反発心が生んだものかもしれませんね。
 特に言語と文明の関係が面白かった。ネタばれになるのであまり詳しくは書きませんが、標準語と秋田弁…とは言っても全くネイティヴのそれとは違うなんちゃって東北弁でしたが(いや、リアルにすると私も含めて都会人には字幕が必要になっちゃう)…との関係ですね。言語こそが文明化の入り口であり、統制的な暴力の源であることを実感しました。
 ところで、「釣りキチ三平」の原作者矢口高雄は十文字町のお隣増田町の出身です。リンゴの唄の故郷ですね。矢口高雄にちなんでまんが美術館なんかもあります。ちなみに、いっしょに観た3歳の甥っ子が住んでいるのも増田町です。映画での三平の家は増田町にあるという設定になっていましたね。しかしロケは増田町では行われなかったとのこと。周辺の横手市、雄物川町、東成瀬村や由利本荘市、湯沢市、ちょっと離れて五城目町などで撮影されました。
 その秋田の自然がですね、非常にリアルで(まあ、そのままってことです)、それに親しんでいる私としては、こうしてあの風景たちが映画に固定されているというのは、また特別な感慨があるものです。私たちは大曲のシネコンで観たんですけど、まわりのお客さんたちも「あああそこだ」みたいな感じで盛り上がっていました。さぞうれしいことでしょう。ま、逆にネイティヴ秋田人からすれば、秋田弁のみならず、「そりゃないだろ」っていうこともあるでしょうけど。
 昔、ある成人映画を映画館に観に行った時、それが山梨でロケされたもので、客席のおじいさんたちが本来の目的(?)を忘れて、「これはあそこだ」とか、「これは変だ」とか熱論していたのを思い出してしまいました(笑)。
 そうそう、十文字町では「あきた十文字映画祭」というイベントが行われています。なかなか渋い映画祭なんですけど、ピンク映画部門があるんですよね。これは素晴らしいことだと思います。世界に誇る日本映画を支えてきたのは、言うまでもなくピンク映画、成人映画でありました。今でも作品としてちゃんと作っている人たちがいるんですね。アカデミー賞監督となった滝田洋二郎監督も、もちろんピンク映画の巨匠でした。というか、私にはその印象が非常に強いのですが。
Ho05 話がいろいろ飛んで申し訳ありません。最後に「釣りキチ三平」に関わる義父のエピソードを二つほど。
 義父はリアル三平というか一平というか、そういう人なんですけど、あのクライマックスのシーン、夜泣谷という設定になっている法体の滝ですね、あの滝の上流に、手代沢という本当にイワナなどの魚の宝庫があるんだそうで、以前家族で法体の滝に行った時、急にそこに行くと言いだしたらしい。本来その沢に行くには、車で山へ登ってそこから歩くらしいのですが、義父は何を思ったか滝を遡上すると。野生の本能でしょうか。映画にも滝の脇を登るシーンがありましたね。まあとっても危険なわけですよ。で、父は滝の脇の崖を、サンダル履きに釣りざおを右手に持ってスッタカタッタと登っていったそうです。いや、あのでっかい滝ではないですよ。その上にさらに2段小さな滝があるんだそうですが、そこです。とは言え、あまりにも無謀なので、家族みんなで「やめれ!」と止めたそうですが、言い出したら聞かないリアル三平は制止を無視して行っちゃって、しばらく帰ってこなかったとか…笑。おそるべし、自然児。
 それから、これは数年前の話ですが、父とカミサンが増田町の山奥の温泉に行ったついでに、そういえばこの辺に矢口高雄の実家があるはずだと思い、どうせなら探してみようということになって、道端で日向ぼっこしていたおばあさんに「矢口さんの家はどこですか?」と聞いたんだそうです。考えてみれば、矢口高雄というのはペンネームですから、こういう聞き方もちょっと変なんですけど、そのおばあさんが何と答えたかとというと…「あ、ここです。私が矢口の母です」。
 ううむ、神がかっている。ウチの突撃力&実現力の源泉はどうも義父にあるようです(笑)。

映画「釣りキチ三平」公式

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2009.03.24

宿敵と雌雄を決した(?) 祝!WBC2連覇

 090324は持っていますねえ。最後に神が舞い降りてきましたね。あの打席では、日本がすごいことになっているだろうと思って、自分で実況しながらやっていました。普通結果が出ないんですけど、壁を越えた感じです」…イチロー。
 私はWBCが始まる前、神は、神審は、どこに行った?という記事の中でこう書きました。
 「たとえば、もうすぐWBCが始まりますが、やっぱりあそこに『神』はいないような気がする。いや、イチローはそれに近いかもしれないけれど、しかし、何かが違う。彼は神から技を託されている存在かもしれないけれど、神を招来する働きはしていないような気がする。天覧試合でサヨナラホームランを打って、日本の経済を動かしてしまうような力はないような気がします」
 まるで私の言葉をあざ笑うかのように、最後に「神」を招来してしまったイチロー。やっぱり彼は「神審」だった。いや、自身が言うように、今回初めてそういう境地に至ったのかもしれませんね。
 それこそ、長嶋茂雄という生き神様が降臨したのかもしれないなあ。あそこでああいう仕事をするのは、実に長嶋的です。さすがに感動しました。鳥肌が立ちましたね。
 9回にダルビッシュが打たれて同点になり、延長戦になった時点で、すでに奇跡が始まっていました。そして、10回、ランナーが出て、そして川崎があまりに簡単に凡退して、イチローにおいしいところが回ってくる。そして、そして、韓国がイチローと真っ向勝負してきたこと、それがまさに神の成せる業でしたね。あり得ません。もう物語として最高のお膳立てが揃っていました。
 9回にダルビッシュがしっかり抑えて優勝していたら、私は「やっぱり神は降臨しなかった」と書いたでしょう。しかし結果はこれですからねえ。さすがに参りました。
 さてさて、もうこの素晴らしい神事自体についてはこのくらいにします。世の中それ一色ですから。
 私はその周辺の気になったことをいくつか。
 まず言葉について二つ。韓国に対して「宿敵」という表現が何度も使われていました。また、韓国戦のことを「雌雄を決する戦い」とも言っていましたね。この二つの慣用表現について少し書きます。
 「宿敵」というのはどういう意味でしょう。「敵」はいいとして、なんで「宿」なんでしょうか。「宿」の原義は、私たちのイメージの通り「そこにずっといる」ということです。ずっといるということは、昔から何かが継続しているということでして、ですから「宿敵」とは「古くからずっと敵対関係にある間柄」ということになります。「宿便」みたいなもんか(笑)。でも、考えてみれば、韓国とはそんなに古くからこういう関係だったわけじゃありませんよね。どちらかというと新しい敵対関係でしょう。そのへんについては何度か書いた記憶があるので繰り返しません。
 それから「雌雄を決す」という言葉ですが、これって放送コードにひっかからないんでしょうか。フェミニストの方々は怒らないんでしょうか(笑)。今回で言えば、日本が「雄」、韓国が「雌」と決したわけでしょう。「雄偉」「雌劣」という言葉があるように、「雄」が強い、優れている、「雌」が弱い、劣っているというのが、本来のイメージです。これはまずいですよね。女性は怒っちゃいますよねえ。
 男尊女卑だ!ということではなく、現代においては雌、いやいや女性の方が強いのは明確ですから(笑)。ああそうか、では今回日本が雌で韓国が雄ということでいいのか。そういう意味で雌雄を決したということで。
 あと、全然関係ない話ですけど、今回ワンセグが大活躍したという話に関して。ええ、ワタクシもご多分にもれず仕事中の合間に(あくまで合間ですよ!?)テレビを観ていました。私は車の中のアナログテレビを観てたんですが、近くでどっかの中学の不良軍団がケータイのワンセグをみんなで観て盛り上がってたんですよ。
 で、私はアナログじゃないですか。衛星中継のタイムラグはあるとしても、まあ1秒以下でしょうか。いちおう生中継ということでオッケーとしましょう。それがですね、御存知のようにワンセグ(や地デジ)はエンコードとデコードに大変時間がかかるので、およそ3秒遅れているんですよね。ですから、中学生が盛り上がるのが、私が盛り上がった3秒後になるわけですよ。
 これはどんなもんでしょうか。生中継と言えるんでしょうかね。私はなんとなく優越感に浸ってましたけど。KeyHoleTVのところにも書きましたが、有事や災害時にはどうするんでしょうね。すぐに音声や映像固まるし。アナログ万歳!ですよ、まったく。
 あっ、最後にもう一つどうでもいいこと。「イチロー」というネオ仮名遣い。これはなぜかみんな認めちゃってますね(笑)。

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2009.03.17

『いと、バロスw』 むらかみ汁 (鉄人社)

99007309 うぅぅむ、なんということだ。
 先ほど驚愕の事実が発見されました。周りはみんな大笑いしてるけど、ワタクシはなんとなくショック…。
 いやぁ、巷で(アキバで?)評判になっているというこの本、同僚に借りて読み始めたら、あまりに痛すぎて、それで、ある2ちゃんねらー率88.88…%のクラスに持っていってですね、それこそフルボッコにしてやったんですよ。さすがにみんな萎えてました。これはひどすぎだろって。ああ、やっちゃったって。逆にすごいかもしれないぞ…と、いちおう言ってみたりして。
 何がひどいって、2ch用語で古典や近現代の名作を訳すという発想は、まあいいとしましょう。しかし、そのセンスの問題なのです。ちょっと見てください。一部紹介します。

【源氏物語 桐壺】
ある時代の話なんだけど、まぁ聞いてくれ。とある政治家がよく行くクラブに、たいして学もなくて、話もつまらないのに、いっつも先生の指名を受けるコがいたんだ。「私の方がレベル上じゃね?」なんて言っちゃう上昇志向なスイーツwは当然「Uzeeeee!」「半年ROMってろ」なんて大ブーイング。ちょwww露骨過ぎw 
【徒然草】
!おらニート!暇だから書いてたら、なんか盛り上がってきた。
まあ聞いてくれ
【太平記】
元弘元年8月27日、後醍醐天皇は笠置寺に入って、そこの本堂を皇居にしたんだ。最初のうちは、みんな幕府コワス((((゜Д゜)))で誰も来なかったんだけど、比叡山坂本の合戦で幕府側がフルボッコにされたってニュースがうpされると、笠置寺の儲や近所の香具師がワラワラ集まってきたワケよ。

 どうですか。2chに疎い人にとっては、ナンダコリャ?でしょうし、2chに精通している人にとっては、ものすごい痛いことになっているのでは。
 昨日も時代における仮名遣いの多様性について語りました。私は、2chの言語世界は、その日本語の多様性を象徴するものであり、それほど嫌悪すべきものではないと考えています。逆に江戸時代以降の庶民の言語センスを示す素晴らしい場であるとさえ考えています。
 そう、あの世界って、センスが必要なんですよ。そのセンスとは何か…それこそ言語化するのが難しいのですが、まあ、「粋」っていうヤツでしょうかね。「粋」じゃないと、とっても「野暮」になっちゃうんですよ。その匙加減には、知性と経験と、そして生来の空気を読む能力が必要だったりするんです。
 で、この本は、正直かなり野暮なんです。センスがないんです。簡単に言ってしまえば、やりすぎてしまっている。実際の2ch世界では、そのやりすぎというのはすぐに叩かれます。
 センスがなくて、粋でなくて、野暮だと、周りはどういう気持ちになるかというと、つまり「かたはらいたし」なんですね。そう、「かたはらいたし」と言えば、私は以前(3年ほど前)、『枕草子』に見る「空気嫁」&「痛杉」という記事を書いています。ここで私も、2ch用語をちょっとだけ使って、枕草子を訳していますね。ちょっと読んでみていください。
 たしかに、もう「空気嫁」とか「痛杉」とかも古くなってるでしょう。KYとかあるし(KYもそろそろ旬を過ぎてますが)。私はですね、そういう時代的な推移を想定して、それでわざとコテコテの2ch世界を希釈して書いたんです。だって、自分が書いたものが「かたはらいたき」ものになっちゃったらイヤじゃないですか。
 でも、「いと、バロスw」の筆者は、そういう危険を全く想定せず、ガンガンやっちゃってます。実際、コアな2ちゃんねらー生徒たちによると、もう2年前くらいの言葉ばっかりじゃん!ということになってしまう。だから、失笑どころか噴飯してしまうんです。逆の意味で大受けしてしまう。でも、そのうち疲れてみんな放り出してしまいました。いや、すごい勇気だ、ある意味ネ申だ!ということにもなったんですが…。
 で、いろいろみんなで眺めてたらですね、「枕草子」の冒頭が出てきました。

「春は明け方に萌え(;´Д`) だんだん白くなて逝く山際の空が、ちょっと明るくなって、紫っぽく雲がユラユラするのがポイント高し!!(・∀・) 中学生のオニャノコが、だんだん足首が細くなっていくようで(・∀・)イイ!! まさに女の夜明けですね、わかります」

 「これって、先生のパクリじゃん!」生徒たちが一斉に言います。「をかし=萌え」ですね。ははは、たしかに。ちょっと違うけど。でも、いいよ、別に。こうして私の説が一般化していけば、それはそれで。このブログの読者の皆さんにはお分かりと思いますし、生徒たちもよ〜く分かっていると思いますけど、自分にとってはこの説はそれほど大きな価値はありません。全体のほんの一部ですから。
 それにしても、ひどいなあ。全然直訳じゃないし。筆者の勝手に足した部分のセンスもいまいち…てか、意図がわからん。
 古文単語の勉強もかねて、いとかたはらいたし、いとねたし、いとすさまじ…などと、生徒たちとケチョンケチョンに言っていたらですねえ、いよいよ驚愕の事実が!?
 最後までページを繰って、そして最後の参考文献を見て、どっか〜ん!ですよ。
 参考文献のwebのところに、こうあるじゃないですか。
「レコーディングダイエットのススメ」
 えぇっ!これって岡田斗司夫センセイのブログじゃないですか。ってことは、つまり、これのことですよね。だって、ほかはダイエットの話とか、この本に関係があるとは思えない記事ですからね。
 ということは、間接的にではありますが、筆者は、この「不二草紙 本日のおススメ」を参考にしたということですな。
 えぇぇぇっ、じゃあ、この、みんなにケチョンケチョンに叩かれた本には、私の遺伝子が濃厚に受け継がれているということですか!?私が片棒かついでるってことですか!?ガーン…orz(笑)。

Amazon いと、バロスw

楽天ブックス いと、バロスw

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2009.03.16

仮名遣いイロイロ

 の前、ネオ仮名遣いを提唱する「日本語ヴィジュアル系」を紹介しましたね。で、やッばりあーゆぅ仮名遣ひにわテーコーがあるッてゆー人がたくさんヰました(と、わざとメチャクチャな仮名遣いで書いてみる)。
 今日ですね、ある生徒が、家にあった古い本をたくさん持ってきてくれました。1年ほど前にリードルなどの教科書を持ってきてくれた生徒です。
 今度は江戸時代から昭和の初期の本たちでした。それらの表記、仮名遣いがあんまりいろいろなので、実に面白かった。漢文から始まって、まるでギャル仮名遣いのようなものまで様々。いかに現在我々が標準としている(されている)現代仮名遣いが一面的であるか、あるいは無理があるか、そして、それにこだわることがつまらないことか、考えさせられちゃいました。そういうのを教える仕事をしてる我々が、もうちょっと勉強しないと。単なる押しつけはいかんなと思ったのです。
 ということで、今日はその中からいくつか紹介します。面白いですよ。
Uni_2155 まず、最初はおなじみ(?)「尋常小学読本」です。小学校の国語の教科書です。いきなり京都市の説明か。ルビが面白いですね。「キョートシ」「カンムテンノー」「キンジョーテンノーヘイカ」「トーキョーシ」…今これをやったら、なんか怒られそうですね。「テンノー」とかね。でも「陛下」は「ヘイカ」なんだ。つまり「ヘーカ」とは読まないということですね。ルビがちゃんと発音記号の機能を持っています。今なら「きょうと」と振って「きょーと」と読まなければなりません。子どもや外国人には実に厄介なことになっています。第一、仮名がカタカナですね。当時はカタカナの方が堅いイメージがありました。正式な文書はみんなカタカナです。もちろん、漢文訓読が正式なものという習慣からです。平仮名はけっこう女文字として認識されてたんですよね、最近まで。
Uni_2156 違うページを見てみましょう。こっちは平仮名です。軽い文だからでしょう。「次のよーに、話した」…これも今やったらそれこそ顰蹙ですよね。でも「お父さん」は「おとうさん」です。どうも音読みの語(漢語)には長音記号を使い、訓読みの語(和語)には本来の仮名を使うようです。そのへんに関しましては専門家の分析と解説にまかせましょう。今日はとにかくいろいろなパターンを紹介します。ちなみに、段落が変わった時、一段下げていません。これも最近のネット世界ではけっこう見かける形ですね。
Uni_2157 次は雑誌「婦人世界」です。まずは広告。そうそう、大正時代って琴とヴァイオリンが流行ってたんですよね。まさに私の演奏する楽器じゃないですか。私ってかなり古くさい趣味を持ってるんですね(笑)。それはまあいいとして、一つの広告の中でも「ヴァヰオリン」と「バイオリン」が混在してます。ある意味いい加減。それにしてもヴァイオリンの通信教育なんて、絶対ムリですよ。その他の広告もかなり怪しげで面白い。こういう胡散臭い広告って最近減りましたね。ま、ウラジミール・ゴンチャロフ博士みたいなのもありますけど、昭和ほどではありません。
Uni_2158 違うページを見てみましょう。「米軍の志気を鼓舞する婦人の力」というとんでもないタイトルの記事です。アメリカと仲よかったんですよね。「ニューヨーク」は「ニウヨオク」、「コーヒー」は「コオヒイ」となっています。なんか仮名遣いが違うとイメージもずいぶんと変わりますね。「サンドウィッチ」は「サンドウイツチ」です。それにしても、この20年後には、米軍の志気をいかにそぐかに腐心するようになるんですから、まあ、歴史もいい加減なものです。
Uni_2159 最後に紹介しますは、最強の資料です。「裁縫のおけいこ」というHOW TO本です。いきなり「本書わ」かよ!wwそれもルビは「このほん」となっています。「全然異ッて」の表現や表記もシャレてますが、それを「まるきりちがって」と読ませるあたり、かなりJKしてると言えます。全体を読んでいただくと分かりますが、とにかくルビが訳になっていることや、カタカナの使い方、そして、まるでタグクラウドのように、フォントの大きさが突然変るというのも、実に現代的、いや未来的であります。これが「裁縫のおけいこ」っていうのがミソですね。まあ、ある意味明治時代の女子高生が読んでたわけですから(笑)。正直かっこいいですよ。ファンキーですよ。
 というわけで、ランダムに紹介しましたけれど、こういうのを見ますと、いかに戦後制定され施行された現代仮名遣いなるものが、一面的であり、日本語の生命力を奪ったかがわかります。そうした強制力、煽動力、洗脳力に対抗すべく、最近のネット仮名遣い、ギャル仮名遣いなどが出てきたんだと思いますよ。マジで。
 もう少しちゃんと勉強したいところですが、時間がないので、今日は資料提供だけにしておきます。
 とにかくある習慣をして社会的なルールを決定してしまいますと、便利なことがある反面、このように多様性、すなわち生命力が奪われるのであります。ちょうど今日、こちらの記事にコメントを下さった方がいましたが、ピアノの鍵盤のサイズなんか、ホントめちゃくちゃですよ。日本人にとってなんのメリットもありません。昔はもっと多様でした。自分の手のサイズに合わせて注文できた時代も当然あります。まったく、社会の画一化と、それに盲従する市民というのは困ったものです。

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2009.03.12

無礼猫(なめねこ)

1 半世紀ぶりにリバイバルし、暴走族撲滅キャンペーンのポスターにまで使われるようになった「なめ猫」。
 考えてみれば、今どき、こんな格好してる人間はいませんね。でも、25年前は実際にツッパリ、スケバンはたくさんいたわけでして、そう、私が高校の教師になりたての頃は、剃り込みやアイロンパーマ、丈の長すぎるスカートの指導なんかに追われてましたっけ。
 そういうある意味で硬派な人間たちを、とってもカワイイ子猫ちゃんたちが模倣したことにより、本体の方の威厳というか、とんがったエネルギーのようなものが、すっかり削がれてしまったような気がしますね。
 ということは、実際にあの頃のなめ猫たちは、暴走族撲滅に役立ったのかもしれません。なめ猫以降、たしかにトーンダウンしましたからね。そして、今や暴走族は高齢化が進み、絶滅危惧種、保存対象にまでなっています。
 そういう中で、2006年のこのポスターというのは、実に効果的だったと思います。たぶん。25年前にこの猫たちにパワーを削がれた今40代の元暴走族のおじさんたち、このタイミングで再び自らの過去を戯画化され、子どもたちに武勇伝を語っても、「お父さん、なめ猫みたいなことやってたの?」と言われてしまう。今や、どっちが本体かわからなくなってしまっているのではないでしょうか。
 ところで、この前、生徒と古文の勉強をしてて話題になったんですけど、この「なめんなよ」の「なめる」、皆さんはどういう語源があると思いますか。
 一般には、「なめる」は「舐める・嘗める」で、いわば舌で何かをペロッとすることだと思いますよね。たしかに、「なめんなよ」と言われ、「おめえみたいなクソ舐めるわけねえだろ!このボケ!」と答えるなんてこともありました。
 「なめんなよ」を英訳すると「Don't Pelorian!」だそうで、ま、これはもちろん造語でありますが、基本「なめんなよ」の「なめる」は「舐める・嘗める」であるという意識が働いていることがわかります。
 で、実際のところはですね、「なめんなよ」の「なめる」は「舐める・嘗める」ではないようなのです。
 古語で「なめし」というのがあるのを御存知ですか。古文単語としてはけっこう重要な方ですので、なんとなく記憶に残っているという方も多いのではないでしょうか。日国で調べてみましょう。

 「なめ・し」(形ク)相手を軽んじたり、あなどったりして、無礼であるさま。失礼であるさま。

*書紀〔720〕継体二三年四月(前田本訓)「何の故か二の国の王、躬ら来集ひて天皇の勅を受けずして軽(ナメク)使を遣せる」
*続日本紀‐天平宝字八年〔764〕一〇月九日・宣命「礼無くして従はず奈売久(ナメク)在らむ人をば」
*万葉〔8C後〕六・九六六「大和道は雲隠りたり然れども吾が振る袖を無礼(なめし)と思ふな〈児嶋〉」
*枕〔10C終〕二六二・文ことばなめき人こそ「文ことばなめき人こそいとにくけれ」
*源氏〔1001〜14頃〕桐壺「なめしとおぼさでらうたくし給へ」
*栄花〔1028〜92頃〕かがやく藤壺「の給はせけるしもぞ、中々げになめう覚し召しけりなど、人々思ひける」

 日本書紀の例は、「軽」という漢字を「なめく」と誰かが訓じたわけですね。ですから、「なめく」と読むとは限りません。続日本紀の方は、万葉仮名表記なので明らかに「なめく」という言葉です。前に「礼無くして従はず」とありますので、まさに無礼で言うことを聞かないというイメージの語だったのでしょう。
 で、この「なめし」の語幹「なめ」に、動詞を作る語尾の「る」がついて、「なめる」という語になったという説があります。これはどうなんでしょうね。私の記憶では、古くは形容詞の動詞化の際用いられる語尾は「む」が圧倒的に多いような気がします。「いたし」→「いたむ」、「かなし」→「かなしむ」のように。「る」が動詞化の語尾になったのは、比較的最近なのではないでしょうか。現代語においては、「る」による名詞の動詞化が盛んに行われていますね。「事故る」「サボる」「告る」「メタボる」などなど。「ダブる」とか「トラブる」なんかは、原語の語尾の「ル」をそのまま使っていて面白いですね。
 「なめし」が動詞化した「なめる」と思われる例としては、これが一番古いようです。江戸時代ですね。案外新しい。

*歌舞伎・貢曾我富士着綿〔1793〕二幕「嬲(なぶ)るのぢゃない、なめりたいわい」

 ただ、これは「なめたい」ではなく、「なめりたい」と言ってますので、下二段ではなく四段活用のようです。そうすると、「なめんなよ」の「なめる」とはちょっと違うような気もしますね。はっきり申してよくわかりません。語感としては、どっちかというと「滑(なめ)る」に近いような…。
 いずれにせよ、「なめんなよ」の「なめる」は、無礼の意味の「なめし」と、ペロッと舐める感じとが合体して出来た比較的新しい語だということですね。
 というわけで、結局何が言いたいかというと、「なめねこ」に漢字を当てると「無礼猫」になるって、ただそれだけのことでした。

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2009.03.10

『日本語ヴィジュアル系−あたらしいにほんごのかきかた』 秋月高太郎 (角川oneテーマ21)

04710158 日…けふ、きょう、きょお、きょー、きょぅ、きょぉ…いったい、どの表記が一番機能的でしょうか。どの仮名遣いが最も発音に忠実でしょうか。あるいは歴史的に正統でしょうか。
 皆さんは、おそらく「きょう」を選ぶでしょう。
 では、「今日は」というのはどうでしょう。「今日」を「キョー」と読む時と「コンニチ」と読む時で、事情が変わってきますね。挨拶の方は、もう一つの慣用句ですから、最後の「は」は副助詞の「は」と意識しない人も多いのではないでしょうか。
 こちらに少し書きましたが、最近メールで「こんにちわ」と書く人が増えてきました。生徒なんかは「こんにちゎ」が多いですね。そこに抵抗があるかないかは、その人のセンスによります。
 実は、仮名遣いというのは、どの時代にも大揺れに揺れていまして、どの仮名遣いが正しいというのはないんです。今我々が学校で教わる現代仮名遣いについても、いちおう規則として決めてあるだけで、別にあれが正しいわけではない。こう書くのが望ましいという程度の縛りです。
 この本は、そうした日本語学的な見地に立って、デジタル時代の仮名遣いを検証し、そして、よりヴィジュアル的で、かつ機能的な「ネオ仮名遣い」を提唱する内容になっています。いちおうそういう両分野、つまり日本語学と考現学(?)を専門にしてきた私としては、「まじめ」と「ふまじめ」、「歴史」と「今」のバランスが、実に面白い本でした。筆者である秋月先生は私と同世代。なんとなく、思考や指向や嗜好が似ているのかもしれませんね。
 ただ、私たちより上の世代の方々からすると、なんだこれは!ということになりかねない。大学の先生がこんなふざけた本を書いていいのか!なんて、目くじら立てるかもしれない。まあ、それこそが言葉の歴史を取り巻く風景でありまして、いつの時代も最近の若いもんは!と言われて、それでも変化し続けるのが、言葉のダイナミズムなのです。
 私はですね、仕事柄でしょうか、最近のギャル文字やギャル仮名遣い、顔文字やAA、故意の誤変換なんか、あんまり抵抗がない方なんです。なにしろ、生徒から来るメールはそんなんばっかりなんで。今や連絡網もメールで済ます(というか、それが一番早くて便利で確実)時代です。多い日は生徒と何十通ものやりとりをします。
 あっそうそう、ちょっと面白い仮名遣いのお話を一つ。つい最近の面白ネタです。
 ウチのクラスのギャルたちの受験もいちおう一段落しまして、それぞれだいたい行きたいところに行けることになりました。結果オーライということで。
 で、そのうち、ウチのクラスの「天才」がとんでもないことをやらかしました。
 この天才、まじ天才バカボンでして、なにしろ某国から日本にやってきたのが5年ほど前、それまで全く日本語を知りませんでした。それが2年足らずで日本語ペラペラ、ウチのクラスに入れるくらいの成績をとるようになっちゃいました。それだけでも海を渡ってきた「神」なんですけど、それから3年間、ウチのクラスで勉強に励み…ではなく、ホントよく遊び、勉強もしてるんだかしてないんだか、とにかくテレビは6時間観る、一日中マンガを読んでる、ケータイメールにはまるとそればっかり、ケータイ小説なんか読み始めたら、受験だろうが何だろうがそっちのけ、というホントある意味困り者だったんです。
 ただ、私はなんとなくその天才ぶりを信頼しているところもありまして、正直3年間、そういう姿をみても、ほとんど注意しないで来たんですね。基本放置と。ま、性格的にも言われて「はい」と素直にやるタイプじゃないし(笑)。
 で、結果から申しますと、なななんと、某旧帝国大学に受かっちゃいました!あり得ねえ〜。
 その彼女がですね、その大学を受けている最中によこしたメールを一つ紹介します。内容はどうでもいいんですが、その仮名遣いとか、顔文字とかですね。


『テンションあげたいけど
 なんか疲労感が……

 そんなの気にしてられませんね

 がんばってこ-ぢゃん
 いぇい(*^▽^*)/

 風邪わあっち向きだい』

 おいおい、「風邪」じゃなくて「風」だろ!これは故意による誤変換ではなく、素で間違ったとのことです(笑)。だいたい、「風はあっち向き」ってどういう意味かよくわからん。
 仮名遣い的に注目すべきは、「ぢゃん」の「ぢ」と「風邪わ」の「わ」ですね。まあ、こういうのが女子高生にとっては日常なわけです。国語のセンセイに対するメールでさえ、彼女らはこんな感じ。
 で、その後もホントどうでもいい会話が試験当日交わされたわけですが、この天才、試験が終わって帰ってきまして、おいどうだった?と聞くと、突然思い出したように「あっ、やべ!」って言うんですよ。
 「〜ではない」と書くべきところを「〜ぢゃない」って書いちゃったかもしれない!とか言うんです。うわ〜ぁぁぁぁ!!!さすがに大学入試の答案に「〜ぢゃない」はないだろ!「〜じゃない」でもかなりヤバイのに…笑。
 で、結果から言いますと、さっき書いたように、そこに受かっちゃったわけですよ。たぶん、「〜ぢゃない」で減点されても、ほかがちゃんと出来てたんでしょうね。受かっちゃった。
 某旧帝大にとっても、これは屈辱的なことかもしれませんね(笑)。なにしろ「〜ぢゃない」とか書いちゃうヤツを合格させなきゃならなかった、その忸怩たる思いを忖度するに、こちらも全く恐縮至極であります、ハイ。
 やっぱり、これって純粋な日本人だったら、さすがにないですよね。あいつは、マンガやテレビやメールから日本語力を身につけました。ゼロからのスタートですからね。我々の仮名遣い観とは、かなり違うそれを持っているんでしょう。いやはや、おそるべし。
 というわけで、デジタル時代のネオ仮名遣い、もうすでに国立大学の入試答案レベルにまで侵入しているということであります。それも、海の向こうから来た神によって。なんか、日本の歴史を一気に復習したような気がしました。

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2009.03.03

Stich & Mickey Mouse (?)

0264 こかの誰かさんみたいに不明瞭な会計があるわけではないので、隠さず申します。例の漢字検定協会さんとの一連のやりとりの結果、この1年で、我が国語部会には多額の「監督料」「事務処理費」がプールされました。
 他校ではどのようにしているか知りませんが、本校ではそれをいわゆる「監督料」として監督した先生にお渡ししておりません。なぜなら、「監督料」としては、あまりに高額になってしまうからです。「事務処理費」もせいぜい送料の数千円くらいしかかかりません。
 では、どうしているのかと言いますと、私の懐へ…なんてわけはありませんで、頑張った生徒に還元することにしています。ウチの学校では、漢字検定本番に向けて、全校で校内漢字テストを行なっています。その成績優秀者に、この時期ご褒美をあげることにしているんです。今年度も、のべ100人近くに、なんらかのご褒美を進呈しました。それでだいたいの「監督料」「事務処理費」は消えます。というか、消えるようにご褒美を選定します。
 で、今日はそのご褒美のお話です。上の写真はそのご褒美の一つ、ディズニーのクリアファイル(クリアケース・クリアホルダー)です。今年初めて登場したご褒美です。生徒の希望だったんですね。クリアファイルは案外学校生活で重宝する、それもキャラクターものがいい、と。
 それで、文具店にディズニーのものを注文したんです。そして到着したのはスティッチやミッキーがあしらわれた数種類のクリアファイルでした。うん、値段の割にいいじゃん。
 そして、表彰式をして、生徒たちに配ったんですよね。そうしたら、何人かの目ざとい生徒たちがすぐに申し出て来た。先生、つづりが違います!
 ん?Stich…ん?なんか物足りないような気が…あらら、tが抜けてるじゃん!Stitchだよなあ?おいおい、まずくないか、これ。
 よく見てみると、ちゃんと「Disney Licensee」の文字が。おいおい、ホントに正式に許可されてるのかよ!
 そして、その横には「made in China」の文字が…。むむむ、ますます怪しいぞ。「Disney Licensee」自体怪しい。
 しっかし、さすがチャイナ・クオリティーだなあ。あまりに堂々と間違っていて素晴らしすぎる…と、笑っていたら、今度はまた違う生徒がやってきまして、これおかしくないです?と言い出しました。
0266 実はこのクリアファイル、全部で4種類ありまして、その内2枚にはミニーマウスがあしらわれておりました。その片方には、ミニーの絵のそばにちゃんと「Minnie」って書いてあったんですけど、もう一方が右の写真です。どう見ても、「Mickey Mouse」って書いてありますよね。
 これはどういうことなんでしょう。単なる間違いなのか、それとも「Mickey Mouse」という作品名を表したものなのでしょうか。
 いや、実は間違いではなく、これは正真正銘のミッキーマウスなのでしょうか。たしかに、あらためて確認してみますと、ミッキーとミニーはほとんど同じ顔をしているんですよね。ただ長いまつ毛があって、でっかいリボンがついているだけです。
 ということは、これはミッキーがつけまつ毛を付けて、リボンをつけた、すなわち女装した図なのでしょうか。たしかに、ミニーにしては珍しく青い服を着ている。これは怪しい。
 というわけで、このいかにも怪しいチャイナ・クオリティーが、ある意味レア度を増す効果を発揮してくれまして、生徒たちは喜んでくれました。なかなか手に入らない逸品であると。なかなか国語科はヲツなことをするなと。漢字を間違わずに書いたご褒美に、漢字の国が作った間違いだらけのクリアファイルをくれるとは(笑)。
 ま、こういうのは笑ってすませましょう。目くじら立てて怒るほどのこともありませんね。だいいち、気づかない人も多いかも。そして、我々日本人もけっこうやらかしてるんです。そうか、今回ご褒美もらえない人なんか、漢字という外国の文字を間違えてたわけだし(笑)。

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2009.02.26

東京大学入試問題(国語)より「白」

2 年も東大の国語の問題を解いてみました。昨年書いたとおり、相変わらず各予備校さんの解答例のまちまちさが面白い。私なりにそれらを採点をしてみますと、某予備校さんは不合格…とは言わないまでも、かなりの減点です。出題者との対話ができていない。
 まあ、それはいいとして、今日は第一問の内容について少し書きます。第一問は原研哉さんの「白」という文章。短くて分かりやすい文章ですから、皆さんもこちらでお読みください。
 白い紙に黒い文字で記す際の不可逆性、そしてそれに付随する美意識や緊張感についての文章です。評論文と言うよりは随筆的な文章なので、我々にとっては読みやすくとも、受験生にとっては解きにくいものだったかもしれません。レトリックや、無責任な(失礼)イメージ表現が多いので。
 そのせいか、問いもちょっと東大にしては真意を読み取りにくいところがあったかもしれません。つまり、こちらがかなり頭と気を使わないと対話が成立しないということです。
 そうそう、記述問題や小論文の指導の時、いつも生徒に言っています。面接だと思って答えなさいと。目の前に大学の先生がいて、会話してるんだと。で、質問にちゃんと答えましょうと。相手が何を要求してるのか。とんちんかんな答えをしないように。おもいっきり頭と気を使って空気を読むとですね、相手が何にこだわっているか、何を答えてもらいたいか解ってくるのです。文章に向かっているのではなく、あくまで人に向かっていると思うこと。これは、国語に限らず、問題を解く時の重要な心構えです。その対話がうまく噛みあうと、問題を解いていてもとっても楽しい。私なんか、そういう気分になると、すぐにでもその先生と飲みに行きたくなっちゃいますから。
 さてさて、問いを解きながら、すなわちこの文章を深く理解しながら、ちょっと自分の世界に引きつけて考えたことを記しておきます。こういう妄想が沸いてきてしまうと、実際の試験の時は困ってしまうんですけどね。
 原さんの語る「思索を言葉として定着させる行為」とは、私の言う「コト化」そのものです。つまり、この文章は「コト化」の不可逆性や緊張感について述べているわけですね。
 「コト」とは情報です。一度情報として形成された「(元)モノ」は、永遠に不変です。情報は変化しません。変化しているように見えるのは、ただ新しい情報が上書きされていくだけで、以前固定された情報自身は元のまま残ります。残るから緊張するし、そこに「コト化」を「仕事(為コト)」とする人間の美学が生まれます。芸術がその最たるものですね。
 まあ、これは皆さんも実感している当たり前のことです。で、文章の後半に述べられているインターネットの無限更新性ですが、これって無常ということですから、ある意味「モノ」であるなと。そうか、インターネットという技術というか文化は、実は自然回帰なのかもしれない。常に更新し、そして、全体的に長期的に見ると、ある一つの形に収斂していく(Wikipediaがそうですね)。まるで、自然の進化の過程のように。
 それが「コト」の集積によって実現しているというのが面白いし、実に本質的だと感じますね。私も時々、「コト」を極めて「モノ」に至るというのを、別の文脈で述べていますが、つまりそういうこと(不変の真理…マコト)なんですね。
 ネットの世界は、まるで最先端の技術のように思われがちですが、実は、実にカオスな、原初的な自然なのかもしれません。近代化以降、あまりに人間中心になってしまったこの社会を、自らの手で解体し、自らを自然へ回帰させる動きが、このインターネット的世界なのでしょうか。
 コトを積分すればモノになる。モノを微分するとコトになる。白い紙に黒い文字で書いていた時代というのは、微分の時代でした。つまり、自然科学や人文科学、さらに社会科学などという「科学」の時代は、微分して微分して、疑似的な永遠、不変を得ようとした時代でした。オタク的な時代と言ってもいいでしょう。
 そろそろ、モノの復権が始まるんでしょうか。いろいろと細分化しすぎたこの世の中、あるいは偽りの真理や公式が蔓延する現代、我々はまたコトを積分し、総合していくのでしょうか。その一つの場がインターネットなのかもしれません。
 たしかに、私たちは白紙に何かを書く時、緊張を強いられます。そして、それこそが「推敲」という行為として現れます。ワープロ上では、私たちはいつでも更新可能ですから、ある意味緊張感はありませんね。しかし、ネットでは、全体の責任において、緻密な推敲が行われているとも言えます。つまり、我々の「個人」「私」は、どんどん希薄になって、再び自然の大きな流れに呑み込まれていくのかもしれません。
 真っ白いタブラ・ラサに、黒い文字でいろいろと書き続けた結果、そこに現れたのは真っ黒なタブラ・ラサだったという結末になりそうですね。

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2009.02.25

mizu-Q(ストロー浄水器)

51puagjzrwl_aa280_ 本は地震大国です。そして火山大国です。その総元締め、いや総本山とでも言うべき、富士山に住んでいる私です。
 「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と言うがごとく、そうした危険を冒さねば、この美しい自然や霊的環境を得ることはできません。
 とは言っても、実際地震や噴火が起きたら、これは大変です。「備えあれば憂いなし」、やはりしっかり準備をしなくてはなりません。しかし、実は私はほとんどそれらしい準備をしていないんです。知識だけはたっぷりあるつもりですが、実際の防災グッズとか、全然用意していません。困ったものです。
 で、そろそろそういう備えをしようかなと思っていまして、いろいろ研究をしています。今日はその過程で見つけた一つを紹介します。
 富士山は川がない山です。私の住んでいる村にも川が1本もありません。ですから、昔からこの辺の人たちは水の確保にとんでもない苦労をしてきました。それについてはこちらに書きましたね。
 で、災害時、水道の汲み上げポンプがいかれたような場合、水の確保は困難を極めることは明らか。人間は飲み水がなければ生きていけません。
 もしこの家で被災して、水道が止まったとしまして、その飲み水をどうするかと言えば、もう、風呂の残り湯か、水たまりの水を飲むしかありません。あるいは今の季節なら雪を溶かして飲むとか。
 そんな時、役立ちそうなのがこのストローです。テレビでも時々紹介されてますね。ご覧になったことがあるんじゃないでしょうか。オレンジジュースをこのストローで飲むと水になっちゃう。
 つまり、汚い水を浄化してくれるんですね…と書いて、超面白いこと思い出しました!書いちゃおう。
 今日、あるところから送られてきた書類を見てましたら、とんでもないミスタイプを見つけて、もう笑いが止まらなくなってしまいました。
 「修学旅行美化係」と打つべきところが…じゃじゃ〜ん!
 「醜悪旅行美化係」となっておりました!!
 むむ、やるな。なかなかセンスのいい間違い方だ。醜悪な旅行を美化する…これは文脈的には間違っていない。汚染された水を浄化するように…。
 つまり、間違いではないのかもしれない。最近の中学の修学旅行はたしかに醜悪だ。それを美化するのは実に崇高な仕事である。
 な〜んて、私もけっこうミスタイプしますけど、ここまで計算されたミスタイプはないなあ。負けた…orz。
 さて、話を戻します。えっと、醜悪な水を美化する話だった。
 まだ、このストロー買ってないんですけど、買ったら絶対試してみたくなりますよね。ジュースはどうだろう。牛乳はどうだろう。お酒はどうだろう。おしっこはどうだろう…それは行きすぎかな。
 しかし、実際の災害時には、それに近い、あるいはそれ以上に我々に有害な何かを含んだ水を飲まねばならないかもしれません。ていうか、上に挙げたものは全然有害じゃないな(笑)。
 もちろん、1回きりしか使えないわけじゃないから、試してみてもいいわけですけど、不純物は内部に蓄積してしまいますからね、オレンジと乳脂肪分とアルコールとアンモニアのミックスジュースはいやだな。
 というわけで、とりあえず2本セットで買って、一つは遊びで使ってみよう。でも、その遊びがどんどんエスカレートして、災害以前に命を失わないように気をつけなくちゃね。
 あれ?今気がついたけど、下のAmazonのページ、「除菌」が「徐菌」になってるな。これも珍しい間違いですね。

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2009.02.24

なぜ大学入試に「英語」があるのか

↓これは指導に使った本
76641294 よいよ明日、国立の二次試験です。ウチのギャルどもは、私大入試で快進撃(8名で63校合格、1名はこれから)、上智以外の有名私大はほとんどゲットしちゃったので、なんとなくモチベーションが下がり気味。たしかに古くさい国立の教育より、私立の方が魅力的に見えるよなあ。ま、なんだかんだ言ってしっかりやってくれると思います。
 今年のあいつらを見てて思うのは、受験は団体戦だなあということ。実際、自分の志望校に受かるよりも、クラスでどれだけ受かるかが主眼になってますからねえ(笑)。実際手分けして「○○は○○大学担当」みたいになってて、そっちが合格するかに気をもんでる。ホント楽しそうです。3年間で今が一番笑いが絶えません。いいよなあ、オレの受験なんて…うるうる。そうそう、その悲惨な話、こちらに書きましたね。ま、こっちも笑えるか。
 さて、今日はウチの高校の入試の日でもあったのですが、今日の日程がひと通り終わったのち、早稲田に通う教え子が論文の書き方を指導してほしいということで、私をたずねてきました。彼は将来英語の先生になりたいということでして、そういう勉強の準備を始めたところです。
 さて、大学入試と言えば「英語」ですね。どこの大学にもたいてい英語はあります。文系も理系も関係ありません。もうそれが常識で当たり前で誰も疑問すら抱きませんね。私もそうでした。
 で、なんで?とセンセイに聞きますと、だいたい、「大学では英語が必要だから」とか「国際化の現代、英語ができないと生きていけない」みたいな答えが帰ってきます。
 これって絶対ウソですよね。高校生の時はそれを信じてましたけど、今になってみると、ひどいウソだったことが分かります。すっかりだまされてた。
 まず、大学に行っても、ほとんど英語は使いません。英語の論文を読むとか英語で論文を書くとか、そういうウワサがありますが、ほとんどの大学のほとんどの学部学科で、そういうことはありません。一部の英語系のところじゃないと、まず論文を英語で書くことはない。
 いや、本当は大学生は英語の論文を読んで、英語で論文を書いてほしいですよ。それが世界標準なんですから(それが世界標準だということの是非は別として)。でも、実態はそうではない。アブストラクトさえ書きません。ま、私なんか国文科ですから、大学4年間、英語なんていうものには全く触れませんでした。一般教養の英語なんて、あんなの遊びでしたよ。勉強じゃない。
 では、社会に出ると英語が必要かというと、これまたほとんどいらない。日本人の99.999%は日常的に英語を使わず、日本語だけで生活しています。仕事上必要な人はいますが、彼らも必要に迫られてから勉強するケースが多い。
 まあ、たしかに受験英語がそういう実用英語の基礎になるというのは事実です。変な会話よりも、形式的な英語の方が、ずっと実戦でも有用なんですよね。それはそうです。ほとんどの外国人は、友だちではなく他人なのですから。
 こんな状況なのに、なんで猫も杓子も英語なのか。大学入試=英語なのか。誰も疑問に思わないのでしょうか。とりありず周囲の生徒や先生たちはあんまり深く考えていないようです。そして、「なんだか知らないけど、大学入試は英語で決まるらしいから、やる」という感じが蔓延しているように感じます。
 というわけで、私は生徒たちにどのように説明しているかなんですが、これは案外真実をついてるかもしれないですよ。これは私のオリジナルな考えではなく、複数の大学の先生と話し合った結論です。彼らと私は、ある意味無理やりこういう結論に至りました。
 英語という教科は、基本的に中学校で初めて体系的に学びます。中学生と言えば、もう母語である日本語の体系は完成しています。そこに初めて全く違う体系や文化的背景を持った言語を習い始めるわけですね。
 で、言語の能力というのは、我々の脳にプログラミングされているものの中では、かなり基本的なものです。たとえば、音楽の能力とか、運動の能力とか、あるいは数学の能力などに比べると、あまり大きな個体差はないように感じます。すなわち、得意、不得意、好き、嫌いが発生しにくいんですね。
 そういうものを中学から一斉によ〜いドンで勉強しはじめるわけです。それも、本当に将来役に立つかどうかもわからないもの。とりあえず、日常生活では99.999%無用なことを実感しながら勉強します。
 そして、英語という言語は、御存知のとおり印欧語の中でもかなり特殊、西北の果ての田舎言語ですから、ものすごく単純化していますね。かなり面倒なことをはしょった一方言です(ま、そのせいで発音だけは難しい。スペルと発音の関係が複雑すぎる。つまり、なまりすぎてるんですが)。
 で、そういう、比較的全ての日本人にとって、それほど不公平がなく、やればできる可能性が高いものをですね、どれだけやったかを測るのが、大学入試の英語ではないかと思うんです。そう、生徒の受験勉強を見ていますとね、英語という教科が、一番やった分だけ点が取れるようになる教科なんです。もちろん、社会などの暗記物もそうなんですけど、社会なんか本人の興味や趣味もかなり影響しますよね。でも、英語はあんまりそういう部分がない。洋楽が好きとか、外国人と話すのが好きとか、その程度は当然ありますけどね。
 ですから、極論してしまうと、受験英語ができるということは、なんだか意味があるんだかないんだか分からんけど、とにかくノルマが決まっていて(単語1900とか、構文150とかね)、それをちゃんとこなせるということなんですよ。将来、なんだか意味があるんだかないんだか分からん研究や仕事をしていくにあたって、あるいは、なんだか意味があるんだかないんだ分からん人生というものを営んでいくにあたって、そういう能力ってとっても大切です。好きなことだけやってては生きていけませんからね。
 そうすると、大学入試用の英語力って、まんま「生きる力」・「人間力」ということになる。最近、まじでそう思ってます。だから、大学が英語の試験を課すのもよく理解できるんです。もちろん、そんなこと考えないで出題する大学がほとんどなんですけどね。
 でも、こういう説明をすると、案外生徒たちは納得するんですよ。ああ、そうかって。たしかに、やっただけできるようになる教科だな。そうか、生きる力を試されるんだったら、ちょっと頑張ってみるかなって。
 実際のところは、漱石や稲造の時代から続く、単なる欧米崇拝の教養主義の伝統に過ぎないんですけど、まあ、こうやって新しい意味付けをすることに意味がないとは言い切れないでしょう。
 ちなみに私は大学入試での英語学習がとっても役に立っています。今、こういう時代になって、英語のホームページを読むことが多いので。
 というわけでして、本当ならもっと公平にエスペラントを入試に課すべきだと思います(マジ)。

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2009.02.22

『NHK短歌〜ゲスト彌勒忠史さん』

Img_1036 、なにげなくテレビをつけたら、ちょうど「NHK短歌」が始まりました。ふだんは子どもが「ポケモンサンデー」を観る時間ですが、今日は私の実家の方に行っておりまして、おかげで静かに短歌を鑑賞し、いろいろと考えることができました。
 ま、ああやって短歌で競い合うのも、ある意味ポケモンバトルみたいなものか(笑)。撰者が勝手に手を加えて進化させちゃったりしてね。
 百人一首に至っては、最古のポケモンカードだし(笑)。
 と、いつもの通り、不真面目な私であります。で、不真面目ついでにちょっと思ったこと、というか学んだことを。
 今日のゲストは、声楽家の彌勒忠史さんでした。我が古楽界ではそこそこなじみのカウンターテナー歌手です。イタリアものを得意とする方ですね。
 その彌勒さんが登場したからびっくりしたわけです。そしていきなりヘンデルとか歌い出すし。あれ?これは何の番組だっけ、と少し混乱。
 しかし、結果として彼のおかげで今まで見えてこなかった本質的なところが明確になりました。
 というのは、番組中でもそのような解説がされていましたけれど、和歌こそファルセットで歌われるべきものではないかということです。わかりやすくするためにあえて不真面目に言いますと、やっぱり和歌はオカマ的趣味だということ。
 和歌を国文学の中心に持ってきた張本人が、世界最古のネカマだった紀貫之さんです。そのへんの事情については、こちらに不真面目に、しかし真面目に(?)書いてあります。こういうことばっかり書いてるから、文学界から非難されるんだよなあ(苦笑)。
 彌勒さんがお好きだと挙げた和歌がありました。例の平兼盛の和歌です。

 忍ぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで

 私もつい最近こちらでとりあげましたね。たしかにこれなんかも、かなり女性っぽい感性による作品です。
 もちろん、平安のスタンダードから言えば、男性は漢詩、女性は和歌のはずです。しかし、考えてみれば、恋情の伝達メディアとしては、漢詩は機能しませんよね。だって女性はほとんど漢字読めなかったわけですから。
 それで、男子は女子に歩み寄る必要があった。いや、貴族でなければ、そんな面倒なメディアを使わず、直接「好きだ!」とか言えばいいわけじゃないですか。でも、貴族はヒマですから、そこに一種の遊びを絡ませるわけですね。で、貴族男子は女子への優しさのポーズという意味も含めて、女子の得意とするメディアを使ったわけです。ま、逆チョコみたいなもんでしょうか(笑)。
 で、和歌はもともと「歌」なわけですから、メロディーをつけて朗詠したんでしょ。そんな時も、野太い男らしい声で歌うんじゃなくて、やっぱりヤサオトコ風というか、かなり女性的な発声をしたんじゃないでしょうかね。裏声まではいかなかったかもしれないけれど、高目の音程で美しくね。
 現代に目を移してみましても、そういうのってありますね。日本のロック歌手、特に女子に人気のヴィジュアル系の男子たちによく見られる、あの女性的な発声と節回しもそういう伝統ですし、演歌における男性による「女歌」なんかもそういう流れじゃないでしょうか。
 というわけで、和歌の伝統を継ぐ短歌の世界とカウンターテナーの彌勒忠史さん、結果として意外にマッチしていたんですよ。案外違和感がなかった。
 彌勒忠史さん、ぜひ和歌の朗詠というジャンルにも進出していただきたいですね。日本の古い即興詩人とイタリアのカンティンパンカ、日本の貴族趣味とイタリアのセレブレティは通じるところがあるに違いありませんから。

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2009.02.16

むすぶ

1 UインターすなわちUWFインターナショナルについて、ちょっと復習というか勉強しなくてはならなくなりました。プロレスを語る時、彼らの存在は避けて通れませんからね。ちょうどいい機会です。
 で、たとえばこの「インターナショナル」という言葉ですが、まあ「国際」などと訳されることが多いじゃないですか。ま、「国際」という言葉に抵抗があって、「世界」と訳す場合もありますが。
 そうそう、今年は「世界天文年=International Year of Astronomy」なんですよね。ガリレオ・ガリレイが、望遠鏡を発明して、初めてレンズを通して宇宙を観測したのが1609年だそうで、それから400年のメモリアル・イヤーなんだそうです。で、「国際天文年」ではなく「世界天文年」と訳したと。
 もともと、「international」とは「複数の国家間の」という意味です。「inter」は、辞書によれば「…の間」とか「相互に」という意味があるようですね。「nation」は国ですから、「international」はそういう意味になります。
 ただ、私の語感としては、「inter」は「結ぶ」というイメージが強い。インターチェンジとか、インターネットとか、インターハイとか、インターフェイスとか。
 音楽で「インタープレイ」という表現も使いますね。親密なアンサンブルです。これも単に相互とか、複数でというより、強い紐帯の存在を予感させます。
 で、日本語の「むすぶ」という言葉を考えてみますと、ちょっと面白いことに気づきます。
 御存知のように、日本語の「むすぶ」にはいろいろな意味があります。大きく分けると四つの意味でしょうか。
 まず単純に「紐を結ぶ」や「縁を結ぶ」のように、離れた複数の存在をつなげる意味がありますね。二つ目は「実を結ぶ」や「草庵を結ぶ」のように、形を成すというような意味。三つ目は「文を結ぶ」や「結びの一番」のように何かを完成、終結させるという意味です。
 そして、一番面白いのが、上の三つを総合したような「生む」という意味です。日常生活ではあまりそういう意味は意識されませんが、実は日本人の最も根源の部分にかかわる意味なのです。
 古事記をひもときますと、最初に天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)が現れます。そして、次が高皇産霊神(たかみむすびのかみ)そして神皇産霊神(かみむすびのかみ)が現れます。この三神は「造化の神」と言われ、いずれも創造・生成を司る神とされています。
 ここに現れる「むすひ」という言葉は「生む」「むす」+「霊」だと説明されることが多いのですが、私はなんとなく「むすぶ」という動詞の連用形「むすび」だと思っています(あまり根拠はありません)。
 たしかに、我々は互いに結ばれて新しい生命を生み出します。また、実際の生命に限らず、いろいろな力が結びついて新しい価値が創造されたりしますよね。
 そう、昨日のコバケンの記事ダンスの記事、そしてプロレスの記事でもわかるように、幸せな結合が生む「愛」「芸術」「感動」こそ、生きる「歓び」であり、「面白さ」ですね。
 そうそう、また話がどんどんそれますけど、「ライスボール」のこと、皆さんはなんと呼びますか?「おむすび」ですか?「おにぎり」ですか?
 この両者の違いについてはいろいろと説があります。西日本は「おにぎり」、東日本は「おむすび」というシンプルな説。「おにぎり」の方が古くて、「おむすび」は女房言葉だという説。そして、「おむすび」は三角形、「おにぎり」は丸という説。あるいはその反対で、「おにぎり」は三角形で、「おむすび」は俵形という説。もう何がなんだかわかりません。
 でも、最近はですね、コンビニで「おにぎり」が売られるようになったからでしょうか、「おにぎり」が優勢なようです。
 私はなんとなく、自分の持つ「むすぶ」という言葉のイメージからか、お母さんの握った「愛」のこもった「おむすび」、命の源である「おむすび」が好きなんですけどね。時代は「愛」より「手軽さ」を重視するのでしょうか。
 実は「おむすび」が三角形というのには、実は深い意味があるとも言われています。先ほど書いた「造化の三神」を象徴しているというのです。「握り飯」ごときに世界創造の神を見る日本人、とっても素敵ですね。あっ、そうだ。「ライスボール」じゃ、球形ですね。英語じゃ神は宿らないということですか(笑)。
 今日は話がメチャクチャでしたね。ごめんなさい。

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2009.02.12

「勝つ」と「負ける」

05 日は本当に素晴らしい、勝負を超えた勝負の世界を見ることができました。あらためてレスラーの皆さんに感謝申し上げたい。
 最近は、何ごとも勝ち組と負け組のようにデジタル的に処理することが多いですねえ。皆がそういう気分になっているのでしょうか。本来は「すもうに勝って勝負に負ける」という言葉があったり、「負けて勝つ」とか「負けるが勝ち」と言ったり、勝ちと負けの境界はもっと曖昧なものでした。
 「勝つ」と「負ける(負く)」は古くから対義語として使われてきたようです。記紀万葉にまで、その用例を遡ることができます。そうした用例を見ていて面白いのは、戦いに明け暮れた時代には、当然敵との勝負においての勝ち負けという意味で使われていますが、平時にはどうかというと、たいがい「己に克つ」とか「己に負ける」とか、そういう使われ方が多くされているんですね。これはちょっと面白い。
 自分の中に戦うべき何かがある。それは、煩悩であったり、欲望であったり、あるいは場合によっては病気(恋の病も含む)であったりします。考えてみれば、他者と戦うのも、自らの煩悩によるものであるとも言えますね。もっと広い土地に住みたいとか、隣のおいしそうなものを食べたいとか、あそこの女を自分のものにしたいとか。まあ、そんな程度の欲求から、たいがいの戦いは始まります。いわゆる近代戦争もそんなものでしょう。
 現代日本は平和なのかというと、そうでもないようですね。勝ち組、負け組という発想自体がすでに戦争状態です。つまり、我々日本人は今、己の煩悩や欲望に負けて、他人に勝とうとしているということですよ。
 我々は本来は自己の中に戦うべき、勝つべき相手がいるのに、それを忘れて、あるいはそれとの戦いを最初から避けて、その手下になって、他者を侵害しているんです。もちろん、全てがそうだとは言いませんが、そういう気分が蔓延しているのはたしかですね。
 ここで、またワタクシの「モノ・コト論」を登場させます。「モノ」とは不随意、「コト」とは随意だと、何度も繰り返していますが、もう少し根本的な音義論で説明しますと、「m」音は外部・他者、「k」音は内部・自己を表すと考えているんです。推量(未来)・意志の助動詞「む」と過去・発見の助動詞「き」の対照などその典型例です。
 で、そういう観点を持ち込みますと、また「勝ち」・「負け」は面白い正体を垣間見せますね。そう、「勝つ」は「k」音、「負ける(負く)」は「m」音を基音としているんです。
 つまり、「勝つ」は自己の思い通りになることを表し、「負く」は自己の思い通りにならないことを表す語だということです。
 古今集に次のような和歌があります。

 思ふには忍ぶることぞまけにける色にはいでじと思ひしものを

 冒頭の「思ふ」はいわゆる「物思ひ」ですね。どうにもならないこと、かなわないこと、あるいは自分の意志とは関係なく沸いてきてしまう思いを、古語では「ものおもひ」と言います。それを「忍ぶる」、すなわち「我慢」したり、それに勝とうとしたりするのは「こと」です。自分の意志ですね。しかし、その自己の意志が「まけ」てしまう。結局は不随意になってしまうのです。ですから、最後「ものを」という不随意の終助詞で結んでいます。表情に出すまいとしていたのに、つい出ちゃったと。
 この歌から派生したと思われる百人一首の平兼盛の和歌も有名ですね。

 忍ぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで

 これもまた、「忍ぶ」という「こと」が「もの」に負けていますね。やはり、自分の思い通りになることが「勝つ」で、思い通りにならないことが「負く」なのでしょう。
 まあ、人間ですから、自分の欲望や煩悩に一瞬負けてしまうこともありますが、そこで気を取り直してもう一度「忍ぶ」というのが正しい道ですね。でも、いわゆる現代の「勝ち組」はそういう我慢はしません。自らの中の他者に負け、そして自らの外の他者に勝とうとします。際限がありません。
 そういう意味では、次の和歌はまずい。平安にしてすでに平成的な生き方をしているぞ(笑)。

 思ふには忍ぶることぞまけにける逢ふにしかへばさもあらばあれ
(我慢が煩悩に負けちゃったよ…もう我慢できない。まあいいや、なるようになれ…会ったらやっちゃえ!)

 まあ、作者は平安の「勝ち組」、イケメンで頭もよくて、家柄もよし、口先も達者で、あっちも絶倫とウワサされる在原業平ですからね。そう考えると、彼は本当に現代的ですね。

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2009.02.08

『おもしろ古典教室』 上野誠 (ちくまプリマー新書)

48068734 の古典の授業は、完全に受験に特化していますので、私の授業で古典に開眼する生徒は皆無です。いつかも書いたように、古典なんかに興味を持って文学部志望とかになられたら大変ですから。就職できません。これ、まじです。
 私、いちおう源氏物語を訳したり、それからこのブログにも書き散らしてますが、枕草子などに新解釈を加えたり、「國文學」なんていう雑誌に原稿書いたりしてますから(まあ、ふざけた原稿ですが)、いかにも古典大好き人間であると勘違いされることも多々あるんですね。
 しかし実態はかなりの古典嫌いなんです。こういう仕事してなければ全く読まないでしょう。いや、こういう仕事をしていても、いわゆる名作とか名文とか言われるものをほとんど読んでいない。教科書すら読んでいない。暗誦なんてもってのほか。
 では、何を読んでいるかというと、まあ入試問題や模擬試験に出てくるどうでもいい文章のどうでもいい部分を読むだけです。あとは、私は文学ではなく語学の出なので、古い言葉には興味があるんですね。だから、そういうきっかけで調べものをすることはけっこうあります。でも、それはいわゆる読書とは違いますね。
 だから読んでいる文字数はけっこう多いかもしれないけれど、いわゆる古典文学にはほとんど親しんでないんです。困ったものです。本当に正直に言ってしまうと、「面白くない」「面倒くさい」…です。すみません。
 しかし、古典の良さというものがあるのも分かります。昔学校でそういう授業をしてくれた先生がいらっしゃったからです。とってもつまらない授業をされた方もいらっしゃいましたが、中には古典文学を通じて人生を教えてくれた方もいたんです。でも、そのせいで私は文系に転向し、困ったことに文学部に行ってしまった。で、国語の先生にしかなれなかった。
 自分は今、それなりに楽しめていますからいいんですが、もし今の就職先がなかったらどうなっていたかと、ちょっと恐ろしくなるんですね。ですから、そういう国語の先生が背負っているカルマから脱するために、あえて予備校的な授業をやっているわけです(ホントか?)。
 その点、この上野先生の本は実に良心的ですね。上野先生は素晴らしい先生ですよ。それぞれの章のタイトルを並べてみましょう。

 第一章 古典を読むと立派な人になれるというのは間違いだと思います
 第二章 こんな生き方したいと思ったとき
 第三章 読むとこんなことがわかる、なんの役にもたたないけど
 第四章 人は遊びのなかに学び、時に自らの愚かさを知る

 と、こんな感じなんですね。拠って立つ原点は私と同じかもしれませんが、そこから一歩踏み出して、逃げないで古典の魅力を伝えています。それも本文には古典作品の文章はほとんど出てきません。ご本人による上手な現代語訳があるのみです。原典は巻末にまとめて載せられていますから、興味を持った方だけ読めばよい。ちなみに私は読みませんでした(笑)。
 そうですねえ、上野先生の一番言いたいこと、あるいは私自身が実は言いたいこと(かな?)は、第一章の中の次の小見出しを見ていただければ分かるのではないでしょうか。

 古典なんか死んだ人のカスみたいなもんだ−『荘子』
 学んでも自分で考えないと、勉強する意味がない
 「今」と「自分」が大切なのであって、古典や過去が大切なのではない

 う〜む、たしかに。私もいわゆる「教養主義」は大嫌いですし、いや、受験のための答が一つの古典というのも大嫌いです。まさに「今」と「自分」の古典を楽しみたいとは思っています。まあ、だから「萌え=をかし」なんていうとんでもないこと言い出したりしてるんでしょうけど、しかし、そういうのは授業ではほとんどしゃべりません。だって、そんなこと答案に書いちゃったら大学落ちちゃいますからね。
 そのへんのジレンマに、私は耐えられないので、さっきも書いたとおり、とにかく点数を取るための勉強しかしません。受験の道具としてしか使っていないのです。特に漢文。
 本当は上野先生や、私をこういう世界に導いた諸先生方のように、豊かな古典の授業というのをやりたいんですけどね。考えてみると、受験勉強に縁のない就職クラスを教えてた頃は、けっこう自分の解釈で楽しい授業できてたなあ…。ちょっと寂しいかも、最近。
 ま、いずれにせよ、「今はダメ、古いものこそ素晴らしい」という単純な、そして頑迷な古典原理主義者にはなりたくないですね。
 というか、本当のこと言っちゃいますと、昔の私がそうでしたが、高校生で古典に目覚めるヤツってかなり痛いヤツですよ。普通にマンガとかアニメとかゲームとかやってる方が健全でしょう(笑)。
 

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2009.02.04

泣ける歌…『櫻の園』(大村雅朗・松本隆・松田聖子)

315wqgqz3wl_sl500_aa240_ 日の『「泣ける歌」の「泣ける」は可能か自発か』の内容に関して方々で議論が始まっております。いろいろなご指摘もいただきました。ありがとうございます。
 それで私ももう一度考えてみようと思ったのですが、いや、これは考えるより実際体験してみた方が手っ取り早いし、正確だろうと思い、この曲をあらためて聴いてみました。
 そしたら、やっぱり泣けました。そして、それはやっぱり「自発」でしたね。自然に涙が出るのでした。
 ただ、面白いのは、単純に対象がこちらを泣かせるだけでなく、その対象の持つ「物語」に自分も参加していて、それで「泣かされる」ということですね。完全なる受身ではなく、つまり主体が完全に相手にあるんじゃなくて、どこかある意味積極的に自分も参加し、「泣きに行っている」ところがある。そう感じました。
 そして、その場所、その場面が発する「何か」、語られる「モノ」が私たちを突き動かします。実はそこが「自発」の本質ですし、もともとの「る・らる」の本質、そして日本人の心性の一つの本質だと思います。
 「櫻の園」。そう、この曲は、もう涙なしには聴けない物語を持っているのでした。
 この曲は、12年前に46歳の若さで亡くなった、天才編曲家大村雅朗さんの遺作です。聖子さんに歌ってほしいという言葉を残して、彼は旅立った。そして、それを知った友人の天才作詞家松本隆さんが詞をつけて聖子さんがレコーディングしました。
 まずは、こちらでお聴きください。

 ああ…泣ける。やっぱり泣ける。ウルウル…。
 聖子さんと大村さんの関係は本当に特別なものでした。もしかすると芸能界、音楽界の中で、唯一聖子さんが心を開ける人だったかもしれない。何かの番組で、聖子さんは大村さんとの関係を自ら語り、そして彼が作曲した永遠の名曲「SWEET MEMORIES」の楽譜を見て号泣しておりましたね。あれには本当にもらい泣きしましたっけ。
 大村雅朗さんは、聖子さんと同じ福岡の出身。同郷ということもあって、身近に感じたというのもあるでしょうし、なんといっても彼の優しい人柄が聖子さんの心を開かせたのだと思いますね。聖子さんの曲の大部分を編曲し、そういう意味でも「松田聖子」を影で支えていた大村さん。
 いや、80年代アイドル全盛時代、本当にいろいろな作曲家、作詞家、歌手と組んで、音楽界を支えました。すなわち、我々日本人を影で支えていたと言っても、本当に過言ではないくらい、あの曲もあの曲もあの曲も…本当に多くの曲を手がけています。
 私たちは歌謡曲バンドをやっています。基本コピーバンドですので、彼のアレンジに直接触れる機会がとってもたくさんあります。そして、彼の天才的な才能にいつも感動します。なかなか普通の聴き方をされている一般の方には、あるいは名前さえ御存知ない方も多いかもしれませんね。作曲、作詞までは目が行っても、なかなか編曲までは…。でも、そんなところがまた大村雅朗さんらしさなのかもしれません。
 こうした私もある意味そこへ行って参加した「物語」が、私を「泣かせる」んですね。それを「泣ける」と言うべきなのでしょう。だから、やっぱり、ただ待ってるだけじゃダメなんですよ。
 最後に、「泣ける」曲ではありませんが、彼が編曲した隠れた名曲、私は好きすぎてレコードまで買ってしまったのですが、この曲も聴いてみてください。いや、私、当時の思い出がよみがえって「泣ける」かも…。

ときめきトゥナイト

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2009.02.03

「泣ける歌」の「泣ける」は可能か自発か

1 「も知らない泣ける歌(泣け歌)」という、なんとも痛い番組を観ました。正直泣けないし、かと言って笑えもしない。なんでああいうことになっちゃうんでしょうか。
 それは「泣ける歌」という表現自体が不自然だからです。そう、最近「泣ける歌」「泣ける映画」「泣ける小説」など、「泣ける〜」が求められていますね。実はこのように自動詞「泣く」の可能動詞形「泣ける」が名詞を(単独で)修飾する形で用いられはじめたのは、ごく最近のことなんです。
 ま、そんなに詳しく研究したわけではありませんが、ここ10年くらいでしょうかね、耳につくようになってきたのは。
 たとえば、「歌える歌」とか「買える商品」とか、そういう他動詞の可能動詞形は、その目的語を修飾することができたんです。しかし、「泣く」のように、基本自動詞であるものは、そういう用法は不可能でした。
 ですから、本来の「泣ける」の用法は、「(私は)泣けてならない」とか「(彼は)泣けて仕方がなかった」というような形だったわけです。
 で、ここでお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、実は「歌える〜」とか「買える〜」の文法的意味は明らかに「可能」ですが、「泣ける〜」や「笑える〜」は「可能」とは言い切れないんですね。皆さんはどういう感覚で使ったり、聞いたりしていますか?「思わず〜する」という意味の「自発」の感じもありますよね。どちらかというとそっちのニュアンスの方が強いでしょうか。
 「泣けない〜」とか「笑えねぇ」とか、これは不可能でしょうか、それとも自発の打消しでしょうか。けっこう微妙ですよね。
 そう、この微妙さこそ、この言葉たちの本質なんです。
 実は、五段(四段)動詞が下一段化した可能動詞ができたのは、日本語史的に言いますと、けっこう最近のことです。実際の例は中世末から見られるんですけど、一般化し、そして標準語的に認められるようになったのは江戸くらいじゃないでしょうかね。ちゃんと調べたわけではありませんが。
 どのようにして、このような動詞が生まれたのかには諸説ありますが、私はこれらは「連用形+得る」だと考えています。つまり「泣き得る」が縮まって「泣ける」になったということですね。こう判断したのは、私の生まれ故郷、静岡の中部で、「歌ええる」とか「読めえる」とか「食べえる」いう可能表現を耳にしていたからです。これらを過渡的な形と考えたわけですね。
 で、なぜこういう可能動詞ができたのか、これは最近の「ら抜き言葉」問題にも関わります。
 本来、日本語では可能も自発も(+受身と尊敬)も一つの助動詞「る・らる」で表現していました。現代語では「れる・られる」ですね。例えば「食べられる」と言えば、食べることができるという可能の意味もあるし、ライオンに食べられるという受身も、先生が食べられるという尊敬もありますね。そして、故郷が偲ばれるなんて言えば自発です。
 なんで全然違うように見える四つの意味を持っているかというと、実はこれが全然違わないからです。この「る・らる(れる・られる)」には共通した性質があるんですね。それは、「自分の意志ではない」「自分にとっては起きていない」ということです。ちょっと分かりにくいかもしれませんが、古語で説明しますね。
 本来「可能」は「れず・られず」という不可能の形で用いられていました。それも何かに妨げられてできないというニュアンスが強かった。そして、受身は90%「迷惑」でした。「殺さる」とか「切らる」とか「追はる」とかですね。これも自分の意志に反した状況です。そして、自発は何か感動的なものに接して「泣かる」とか「思はる」とか、明らかに自分の意志ではない。尊敬は自分からとんでもなく離れた遠い世界の人の行為ですから、自分の意志と無関係。
 こんな感じで、全て「自分の意志ではない」「自分にとっては起きていない」という共通点があるんです。で、ついでに言っておくと、「起きていない」から動詞の未然形にくっつきます。
 ただ、こういうふうに一つの助動詞で四つの意味を表すのは、やはり不便な時もありますよね。どれとも取れる時もあるし、勘違いされる時もある。だから、だんだん新しい表現が加わっていったんです。
 その一つが可能動詞。特に、可能の「る・らる」は、本来「れず・られず」という不可能の形でしか使えなかったものですから、単独で可能を表す表現というのが案外難しかったんです。そこに登場したのが「得」という動詞でした。「得」から派生したと思われる「え〜ず」という不可能表現もありましたから(現代でも「えもいわれぬ」とか言いますね)、そのニュアンスを助動詞的に使って「読み得る」のような表現を発明したんじゃないでしょうか。
 で、結果として「読める」などの下一段化した可能動詞が完成したと。それが定着したのち、四段(五段)以外の動詞でも、「〜eru」という語尾で可能動詞を作りたくなって、それで「見れる」とか「食べれる」のようないわゆる「ら抜き言葉」が生まれたと私は考えています。だから、あんまり「ら抜き言葉」を責めたくないんですよね。だったら可能動詞も責めろよって。
 さて、長くなりますが、やっと話の本題に入ります。「泣ける歌」の「泣ける」は可能か自発か?
 これはですね、多分に「自発」の色が濃いと思いますよ。なぜなら、最初に書いたように「泣く」が基本的に自動詞だからです(「〜を泣く」という言い方もないことはないので、他動詞用法もあると言えるんですが、基本は「〜が泣く」です)。ですから、「泣ける人」だったら、なんとなく「泣くことができる人(その人自身が泣くことができる)」という可能の感じがしますが、「泣ける歌」ですと、歌が主語にはなりえませんから(おっと出たな「なりえる」=「なれる」)、「私が思わず泣いてしまう歌」という自発の感じが強くなりますね。
 もちろん、「私自身が泣くことができる歌」という解釈も可能ですが、泣くは自動詞ですので、自分の意志で泣くというよりも、「何かに泣かせられる」「何かが私を泣かせる」の裏返しである「自発」ととらえるのが正解だと思います。
 つまり、可能動詞になっても、「る・らる」の持っていた本来の性質「自分の意志ではない」というニュアンスは残っていたわけです。というか、「泣ける歌」のような自動詞の可能動詞形の連体修飾用法が、せっかく「可能」として分離した可能動詞に、根源的な「自発」の意味を復活させてしまったとも言えますね。
 このへんの事情には、日本人の「他力観」など、実に面白い心性が作用しているので、もっともっといろいろ語れちゃいますが、このへんでやめときます。
 と言いつつ、もっと複雑な話をして、わざと混乱させちゃいますとね、たとえば「立てる」という表現には日本語史的に三つの意味があるんですよ。「立つの已然形+存続の助動詞「り」の連体形」すなわち「立っている」という意味と、「旗を立てる」のような他動詞の「立てる」の意味と、「立つことができる」という可能動詞の意味です。
 「立てる旗」という表現をしますと、古語なら「立っている旗」の意味に、現代語なら「(私が)立てる旗」のように他動詞としてとらえられます。決して「思わず立ってしまうような旗」という「泣ける歌」のような自発的ニュアンスには取れませんね。本来自動詞ではこういうことになるはずなんです。だから、昔の人(おそらく昭和初期生まれの人まで)は、「泣ける歌」と聞くと、「泣いている歌」という意味にとってしまうことでしょう。「眠れる森の美女」とか「眠れる獅子」みたいに。
 面倒くさいでしょ。だから、やっぱりこのへんでやめときます。
 結論。「泣ける歌」の「泣ける」は、たぶん「自発」です。つまり「泣かせる歌」「泣かせてくれる歌」の裏返し表現です(ちなみに「泣かせる」は「泣く」に使役「せる」が付いてできた他動詞です)。たぶんですけど。皆さんはどう思いますか?
 「自発」とは「自分から発する」ではなく「自ずと発する」ということで、主体は他者にあるんですよ。最近の若者は主体性がなくて、自分を動かしてくれる何かを待望しているってことでしょうか。で、それが提供されないと「泣けない」とか「笑えね〜」とか言って不満に思うんでしょ?それもちょっと困ったもんですね。

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2009.01.31

「二重スリット実験」に思う

 しい時に限って、どうでもいいことを考えてしまうものです。でも、その「どうでもいいこと」が、案外「重要」なことであったりして、そんなところにも、その時点での「どうでもよさ」と、その時点に縛られない「重要さ」が両立するというか、両者が共存するのが分かります。
 量子論では、そういう相矛盾する二つの何かが共存するのが普通でして、だからこそ我々の経験的知性は混乱をきたし、また、それが新鮮な刺激として受け取られるんですけどね。
 で、そういう非日常的な刺激(それはとっても危険で不道徳で、だからこそ漫画的、文学的なんですが)の最も分かりやすい例が、この「二重スリット実験」の結果ではないでしょうか。比較的シンプルで、俗人にも日常的に理解できる実験方法でありながら、奇術的な結果が出るので、それで人気があるのでしょう。何かで「世界一美しい実験」に選ばれたとか。
 まずは、上のYouTubeの動画を再生してみてください。なかなか分かりやすい映像ですよ。
 …どうでしたか?なんとも不思議なことが起きてますね。まず、この実験が本当にこのように行われて、このような結果が出たのか、これは自分でやったわけではないので信じるしかない。電子なんていうものもこの目で見たことないし、それを1発ずつ発射するなんて、それこそマンガかゲームの世界のような気がしますが、そこにつっこみを入れると、もう話が進まなくなるので、ここではそういう欲求は我慢しましょう。
 で、この実験で分かることは、電子は、同時に粒子であり波であるということと、観測すると観測者を意識したようなふるまいをするということですね。もうこの二つだけでも、経験知は混乱します。
 私はこの実験の話を知った時、ああこれはお釈迦さまの教えそのものだな、と思いました。その後実際いろいろな立派な方々がそういう解釈のしかたで、ある種の安心を私たちに与えてくれましたが、考えてみれば、それは根本的解決には全くなっていない。方便としては価値はありますが、それが「科学」や「科学を信じる私たち」を本当に救ってくれているかというと、そうでもないですよね。
 最近の私、というか、今日の忙しい私は、これをどう解釈したかというとですね、やっぱり忙しいからか、ある種の投げやり的態度とでも言いましょうか、とにかくこれは私たちの「言葉」が悪いのだと思ったんですね。
 「粒子」とか「波」とか「観測」とか「観測者」とか、それらは確かに経験知的なイメージを持った言葉です。私たちはその、「言葉」が喚起するイメージで、ある事象を解釈しようとしているわけですよね。なんかその時点で、もうすでに間違っているのではないか…と思ってしまったんですよ。
 つまり、私の言語観からしますと、「電子」や「観測者(正確にいうと観測した誰それ)」は言語以前に存在しているけれど、「粒子」や「波」や「観測」は、言語によって生まれた概念であって、それらを全て同列で文章化する…すなわち因果関係をリニアに並べるのは、これは根本的に無理があるのではないかと。
 だから、あえて言うなら、「電子は粒子でも波でもない。電子は電子である。これでいいのだ!」ということになりましょうか。
 そんなこと言ったら、私たちの文脈化されている全ての営為は否定されてしまうし、この駄文にも何の意味もないことになってしまう。いや、実際そうなのかもしれなくて、かの科学的実験とやらも、実はそういうレベルの問題なのではないかという、なんともやるせない究極的に虚無的な結論に至ってしまったわけです(笑)。
 ま、つまり、正直に言ってしまうと、電子があろうとなかろうと、電子が粒だろうが波だろうが、きれいな干渉縞で出ようが出まいが、あんまり自分の人生や日常の生活には関係ないということでしょうか。というか、ほとんどの人々にとって、実はそうなのではないでしょうか。
 量子論を語る際、必ず登場するもう一つの実験がありますね。そう「シュレーディンガーの猫」です。あの実験については、何の罪とがもない猫ちゃんを箱に閉じこめて、そこに青酸カリ入りの瓶を忍ばせるという、その実験のやり方自体、人道(愛猫道)に反しているので、私は問題にしたくありません(笑)。いや、案外そういう不自然で不道徳な実験だからこそ、「半死半生の猫」というワケのわからん化け猫が生じるのかもしれませんね。
 いやはや、結局、「コト」によっては「モノ」を説明できないということですよ。しかし、ある意味「コト」を窮めると再び「モノ」に帰るということで、私がいつもの「モノ・コト論」になっちゃうわけですね。
 さ、現実に帰って仕事(シゴト)しよう。「コト」を為して「モノ」に帰る。これが人生の修行であります。

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2009.01.28

『エスペラント −異端の言語』 田中克彦 (岩波新書)

00431077 が人工国際語エスペラントに興味を持ったのは、やはり出口王仁三郎を知ってからです。彼は世界の平和的統合の手段として、みろくの世実現の方法の一つとして、この世界共通語に目をつけたのでしょう。
 面白いことに王仁三郎を「onisavulo」と表記しますと、oni=世の人々、sav=救う、ulo=人ということで、「救世主」と読める。まあ、半分こじつけですが、ちょっと面白い符合ですね。で、オニさんは自らエスペラントの普及に努めまして、実に彼らしい「記憶便法 英西米蘭統作歌集」などというものを作っています。
 たとえば、エスペラントでは「花」のことを「floro(フローロ)」と言います。それを暗記するために次のような語呂合わせの和歌を作っています。

 何時までも花の姿を保つ人を不老々とてオーニー羨む

 オーニーとは先ほど出た「oni」つまり世人です。もしかすると自分のことをかけているのかもしれませんね。こんな感じの駄洒落的和歌を大量に作っているんですね。本当に彼らしい。
 この本にも、そんな王仁三郎の、あるいは大本のエスペラントとの関わりについての記述があります。田中さんも強い関心を抱いて、最近の大本のエスペラント活動の一つ、モンゴルにエスペラントで教育する小学校を作ったという、その新聞記事を日本エスペラント学会に送ったとあります。しかし、結局無視されたと。学会が特定の宗教と結びつきたくないのだろうと考察しています。まあ、エスペラントの日本史的な事実からすると、その通りでしょうね。
 そういう部分がエスペラントの難しいところでしょかね。田中さんもこの本の中で繰り返していますが、「言語」「ことば」は、人と人をつなぐものであると同時に、人と人を隔絶するものでもあるわけです。私たちも経験上その両方をよく知っているはずですね。もちろん世界史を見てもよくわかります。
 そう、この本では、あえて「異端の言語」「人工語」であるエスペラントを通じて、そういう「言語」「ことば」一般の性質を暴露しようとしているわけですね。私もそういう意味でこの本からいろいろなことを学びました。
 もちろん、エスペラント自体の魅力も体感できます。英語やドイツ語の勉強に苦しんだ私としては、やはり、ああやって機械的に過去形が作れたり、疑問形が作れたり、反対語が作れたり、あるいは母音が基本日本語の「アイウエオ」でよかったり、LとRの区別がなくLに統一されていたりするというだけで、どれほど親しみやすく思えることか。
 ある意味そういう機械的であり、デジタル的であり、土着的でないところが、まあ人間的でないということで、異端視されたり、いろいろと非難されるんでしょうね。しかし、考えてみれば、こういうグローバルな時代、そしてユニバーサルな時代として考えれば、地球語というのも一つの宇宙全体の言語のローカルな形とも言えましょうか。もしかすると宇宙語の一方言かもしれないし、いや、それ以前に宇宙人語のクレオールかもしれない(笑)。あるいは宇宙人の地球での商業活動におけるピジンとか(笑)。
 ま、それは冗談としまして、先ほど書いたように、言語の二面性について、ちょっと面白いなと思ったことがありました。これも半分冗談ですけど。
 先日紹介した田中先生と鈴木孝夫大明神の対論「言語学が輝いていた時代」では、お二人、お互いの得意技、エスペラントとイングリックについて、実に和気あいあいと楽しそうに語り合っておりました。ここでは言葉が両者を結びつけていましたが、しかし…この本では、田中先生、ある意味本来のご自分を取り戻し、イングリックを辛辣に口撃しています。
 「言語差別をつくり出す簡略言語」という項で、ずいぶんとイングリック論者を批判してるんです。イングリック論者って鈴木孝夫大明神しかいないじゃん!?(いや、私もか…笑)。まあ、簡単に言えば、そういう簡略言語は「露払い言語」「社会的に二流」としかなりえなく、結果として「イングリックのあわれな話し手たち」は「あわれみとさげすみの入りまじったまなざしをむけられるであろう」というわけです。ハハハ。ずいぶん態度違いますね(笑)。ちなみに、対談は2006年夏。この本の後書きの日付は2007年4月です。
 まさに言語の二面性、人間の二面性を垣間見ることができますね。とても勉強になりました。
 あと、やはり宮沢賢治をはじめとした、文学者、文化人たちとエスペラントの関係が面白かったかな。なかなかいい本ですね。私もヒマを見つけてエスペラントを勉強してみようかな。かなり本気でそう思わせてくれた本でした。おススメします。

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2009.01.27

『原色小倉百人一首 朗詠CDつき』 (文英堂シグマベスト)

57810082 ず最初に、私は百人一首があまり好きではありません。だから、ほとんど覚えていません。
 高校時代など、ずいぶんと自分では和歌を作り、女の子に送ったりしていましたから(…って、かなりキモい!笑)、それなりにいろいろな歌を鑑賞してきたました。でも、どうも百人一首に採用されている歌は好きになれない。
 ま、簡単に言ってしまえば、駄作が多いということです。同じ作り手であれば、もっといい作品があるのに…と、そう思う人もけっこういらっしゃるようで、そういう人はどちらに進むかというと、以前も書きました「百人一首の謎」とか「百人一首の暗号」とかなんですね。たしかにそっちの方がずっと楽しめる。
 あとは当然カルタです。カルテ。カード。つまりゲームです。歌留多取りであります。そうそう、一昨年前のクリスマス、娘たちにプレゼントした江戸のカードゲームこと百人一首カルタですが、今一つ人気が出ませんでしたねえ。
 これは日本最古のポケモンカードだぞ!ほら、「セミマル、坊主ポケモン…」「ウコン、姫ポケモン…」とかやりましたが、結局興味を示しません(笑)。しまいには泣き出す始末。ま、父親が覚えてないくらいですから、しかたないでしょう。
 あっ、一つ百人一首ネタを思い出した。いやな思い出。いや、一種の武勇伝だな。ある県の教員採用試験を受けた時のことです。国語の試験で、なんと百人一首が出たんです。20くらい上の句であって、下の句を書けと!
 はぁ?こんなんで教員を選びやがるのかよ!と思い、まあさすがにほとんど分かったんですけど、あえてですね、本来の答を書かないで、下の句を全部作ってやりました。オリジナル作品です。上の句の意味から瞬時にアドリブで作ってやりました(笑)。はっきり言って、百人一首を暗記してるのと、こうして歌を作れるのと、どっちが優秀だと思うんだ!?という気持ちでした。いろいろな修辞法も駆使して堂々と自信作を書いてやったのです。
 結果は…不合格でした(笑)。
 だいたい、前日に大学の先輩と徹夜で飲み明かして試験に向かったくらいですから、もともと受かる気なんてなかったんですけどね。しかし、採点官はどう思ったんだろう。読まずに╳つけたんだろうな、どうせ。チキショー!こうして20の名作が闇に葬られたのであった…。
 ま、それは笑い話として、今回買ったのはその百人一首の解説本です。皆さんも高校時代とか買わされませんでしたか?こういうの。で、これはですね、生徒に買わせたのではなくて、国語科として買ったのです。なにしろ、これにはオマケで朗詠CDが付いてくるんで。
 私ではありませんが、どこかのクラスで百人一首大会をやるとかで、まあ先生が朗々と詠みあげてもいいんですが、はっきり言って面倒だし、ちょっと気恥ずかしいということでしょうかね。主任、ぜひCDを買ってください、というのです。それで購入しました。
 こういうCDは何種類か出てるんですが、普通CD単独で売っていて、それで数千円したりする。それに比べてこれは安すぎます。かなりしっかりしたオールカラーの解説本と、「日本かるた院本院理事長」鈴山葵さんの朗詠CDが付いて、なんと893円!価格破壊ですね。
 皆さん、ご存知のように、CDには99のトラックを作ることができます。ということは、100首は入らないということですね。そうなんです。最後の歌、えっと順徳院の「ももひき」…じゃなくて「ももしきや…」は99番目の、えっと後鳥羽院の「人も惜し…」と一緒のトラックに入っています。残念ですが、それは仕方ありませんね。
 で、ご想像のとおり、これをCDプレイヤーのランダムモードで再生するわけです。そうすると立派な詠み手になってくれるというわけです。便利な世の中になりましたね。
 それにしても、この、えっとえっと「日本かるた院本院」理事長さんの朗詠は渋い。渋すぎる。ものすごいプロなんでしょうけど、あまりに渋い。お歳はおいくつくらいでしょうか。生徒たちにはちょっと…。まあ、これが典雅な世界だということで。
 たしか、「萌え(ツンデレ)系」の百人一首朗詠CDもあったような。今度はそっちを入手してみるかな(笑)。

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2009.01.26

同姓同名オフ会

 度やってみたいもの。同姓同名オフ会。自分と同姓同名の人に、全国から集まってもらって飲み会とかやりたくありませんか?
 まず、気になるというか興味があるのは、お互いをどうやって呼び合えばいいかということです。苗字で呼んでも、下の名前で呼んでも、自分も含めて全員が振り向いてしまう(笑)。名刺交換しても、何が何だかわからない。そういう状況に遭遇したいじゃないですか。
 それから、名前の画数がみんな一緒なんだから、運命も似ているはず。本当にそうなのか、互いに照合してみたいじゃないですか。名は体を表すとも言いますし。「言霊」的観点からもちょっと興味があります。そう言えば、この前書きましたね。私、山口組二代目と同姓同名になるところだったって。そうなってたら、またずいぶんと違った人生になっていたのかもしれません。
 もちろん、単純に「名前」という記号、フィクションを介して、全く知り合う可能性のなかった人と出会ってみたいというのもありますね。
 皆さんも、よく自分の名前をググったりしませんか?私もよくやります。私の場合理由は簡単で、自分の名前で検索して1位に自分のサイトが表示されているのを見たいからです。実は、ここ数年ずっとそれが叶っていたんですが、最近抜かれました。なんだかくやしいような…笑。
 私の氏名で検索しますと2000件ほどのページが出てきます。私は音楽関係(と「萌え」研究関係?)で比較的世に名前が出ている方なので、2000件のうち数十件は自分自身のようです(全部数えていませんが)。
 最近私を抜かして1位になったのは、関西学院大学の先生ですね。商学がご専門のようです。その他、鳥取県大山町の町長さんとか、けっこう有名な声優さん、お医者さんやら患者さん、タクシー会社の社長さんやらアマチュア・ランナー、小学生から大学生、まあいろいろな同姓同名さんが頑張っておられるようです。
 とりあえず、そういうネット上にいらっしゃる方に声をかけて、集まってもらうというのはどうでしょうか。
 まあ、同じようなことを考えている人はいるようでして、同姓同名を集めるサイトを運営している人もいる。で、実際オフ会やった人たちもいるみたいです。なんだか微妙な雰囲気でイマイチ盛り上がらなかったとの報告が…笑。ま、なんとなく気まずい感じだし、全然知らない人たちがいきなり集まってもね。
 でも、回を重ねるうちにきっと同姓同名だからこそわかる何かがあるかもしれません。うん、こうなったら自分が幹事をやって実現してみようかな。いや、まず、得意の突撃力で、一人ずつ訪問してみようかな。いきなり「○○╳╳さんですか?ワタクシ○○╳╳と申します」ですかね。たしかにちょっと気まずいというか、こちらはいいにしても、相手には迷惑かも。
 ちなみにウチのカ