カテゴリー「教育」の1000件の記事

2023.09.30

『黒本 五』 高城剛

Th_51ur62utgl_sl1500_ 宙人同級生(?)高城剛さんの「黒本」最新版。

 かつてポッドキャストで対談した時にも話題となった「日本式システム」の話が満載です。ちょうど、教育における「日本式システム」について講演する機会が続くので良き参考書となりました。

 江戸時代に流行った朱子学をもとに作られた管理システムは、200年もの間、私たち日本人を締め付け続けてきたわけですが、一方で生来勤勉かつドMな日本人は、それへも見事に適応して国力をある程度高めてきました。富国強兵です。

 しかし、そんな日本人の「健気さ」を見て脅威に感じたアメリカは、今度はそのシステムの破壊を始めています。

 さて、次もまた日本人は見事な適応を見せるのでしょうか。高城さんは悲観的ですが、私は案外楽観的です。

 「日本式システム」以外にも、「内緒」の話が満載のこの本。たしかに大手出版社からはとても出版できない内容ですが、考えてみればAmazon Kindleというアメリカの情報産物を利用して、それを堂々と発表しているあたり、さすが高城さんというところでしょう。

 かつて、権力者を逆利用して世の中を動かしていた出口王仁三郎や仲小路彰を彷彿とさせますね。

 王仁三郎と言えば、この本の中に、「出口王仁三郎という人物について」という項目があります。さすがの考察なのですが、最後に驚くべきことが書かれていました。

 彼と私は同級(一日違い生まれ)なのですが、お互い大学時代に王仁三郎に出会っていたのですね。完全にシンクロしていてびっくりというか納得してしまいました。

 彼の言う通り、「出口王仁三郎の再解釈は、今後の日本でも水面下で脈々と続くでしょう」。

Amazon 黒本 五

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2023.09.23

富士学苑中・高ジャズバンド部 第21回リサイタル「Night and Day」

Th_-20230924-124352 日からの泊まりの仕事を終えて帰宅しまして、ちょいと仮眠をとったあと、夜はふじさんホールへ。

 今日はウチの学校のジャズバンド部のリサイタル。サブタイトルが示すとおり、今年はなんと昼夜二部公演。演歌歌手並みのスタミナと集客力ですね(笑)。

 昼の部はOGにして、先日の山野ビッグバンド・ジャズ・コンテストで「最優秀ソリスト賞」を受賞したサックス奏者の渡邉瑠菜さんがゲスト。

 そしてなんと夜の部は、彼女の師匠でもあり、日本を…いや世界を代表するサックス奏者である本田雅人さんがゲスト。生徒たちにとっても夢のようなステージですね。

 そう、そんな生徒たちのドキドキ・ワクワクが実にいい方向に表れたコンサートとなり、私を含むお客様皆さん全員が、幸せな時間と空間と波動を共有することができました。素晴らしい。そして感謝。

 やはりステージ上の演奏者自身が、その場を楽しまないとダメですね。ただ練習の成果を発表するだけなら、それはまさに「発表会」に過ぎません。発表会の客席は、それをただ聞いたり評価したりするだけ。それもつまらないものです(大概自分の身内が活躍する場面以外は眠くなる)。

 今日は本当にステージと客席が喜びと感動(ドキドキ・ワクワクと涙)で交流できた、まさに「ライヴ」だった思います。生きてて良かった!

 瑠菜さんやバンドの中高生ももちろん上手でしたが、いやはや何と言っても本田雅人さんの圧倒的な存在感には全聴衆&全共演者が度肝を抜かれましたね。

 何度か彼の生音を聴いたことがある私は、ある程度予測して(会場最後方で)彼の音を待ち受けていたのですが、そのエネルギーの高さと言ったら、まあ本当にすごすぎて、正直「ため息」と「涙」しか出てきませんでした。

 隣の野球部関係の先生も、「音楽はあんまりよくわからないけど、これはとにかくすごい世界だということだけはわかった!」と言っていました。私は「そう、大谷翔平の次元だよ」と説明しましたよ、思わず。

Th_-20230924-172242  そんな神と共演できる生徒たちは幸せです。うらやましい…と思っていたら、なんと副顧問兼ヴォーカリストのウチのカミさんが、本田さんと共演しているではないか!カミさんの歌に本田さんのサックスが絡んでくれている!wwwww

 ありえない僥倖です。最近どうもウチのカミさんは歌の神様に気に入られているようで、信じられない人たちと一緒に歌ってばかりです。ありがたや。もちろん本人も大興奮、大感動しておりました。

 いやまずは、このように多く人に信じられない幸せを用意してくれた、顧問の大森先生に心から感謝と敬意を評します。おそらく日本一忙しい校長先生ですよ、本当に。ご苦労さまでした。そして、ありがとうございました。

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2023.09.13

我慢するな。頑張るな。

Th_8132cspie9l_sl1500_ 阪から静岡に帰ってきました。

 帰りの新幹線で久しぶりに読んだのは、オイゲン・ヘリゲルの「弓と禅」。

 ヘリゲルが到達したという「無我」の境地、弓と矢と的と一体化する境地は、まさに昨日書いた自他不二、神人合一に他なりません。

 私は弓道はやりませんが、楽器「弓」は扱います。

 実は楽器の弓の扱いにも弓道と似たところがあります。というか楽器は全てそうでしょう。人馬一体ならぬ人器一体(?)。

 ヘリゲルは弓の弦を離す時に、師匠から「離そうとしている」と叱られます。また、師匠から学んだ型を再現しようと頭で考えてしまい難渋します。

 音楽道でもそうでして、自分で楽器(たとえば弓)をコントロールしようとしたり、あるいはセンセイから習った持ち方に固執したりしても、美しい音を出すことはできません。

 私は楽器自体から教えてもらうことが得意でして(逆に言うとまともな修練ができない)、最近で言えばたとえばヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを肩に乗せて平気で弾いたりするわけです。それが人器一体になるのに最も有効な形であると(楽器から)教わったからです。

 ここで日本語の話をします。

 家庭や学校や会社など、あらゆる社会的チームの中にあっては、多くの人たちが「我慢しろ」とか「頑張れ」とか言ったり言われたりして生活していますよね。

 これって実は大きな間違いなのです。

 「我慢」は仏教用語では「我に対する慢心=うぬぼれ」という意味です。自慢もそれに近い。自我への執着、すなわち煩悩のボスみたいなヤツですね。

 「我慢しろ!」って、その煩悩をしっかり全うせよと言っているわけで、とんでもない間違いです。それがなぜ良い意味のように使われるようになったのか。日本語史、日本文化史的にとても面白い変遷があるのですが、ここでは省略します。

 そして「頑張る」はもともと「我を張る」「我に張る」から変化した言葉です。まさに「自分が自分が」と頑張っちゃうことです。これも自我への執着。

 「頑張れ!」もまた、煩悩の全うを要求する言葉なのです。

 ですから、最近の私は、「我慢するな。頑張るな」というのです。全てにおいて自分が主人であると思いこんではいけない。自己の(あるいは所属集団の)目標達成のためにガマンしたり、ガンバルのは天の意志に反するのです。

 ちなみに、自己は主人ではないが主(中心)であるということに関しては、10年前の私の気づきをお読みください。

「随処作主立処皆真」  

 弓道も楽器道も、もちろん禅の道も、「我慢しない。頑張らない」ところが原点なのでした。

 最初の「弓と禅」に戻ります。こちらの紹介動画が優れものですので、読む時間がないという方はどうぞ。便利な時代ですね。

 

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2023.08.17

プロ野球ナイター記念日〜野球という文化(祭り)

Th_img_2881 日はプロ野球ナイター記念日かつ私の誕生日ということで、家族全員で「ナイター」を観戦してまいりました。

 試合は横浜が快勝した上に、牧、佐野、村上、サンタナが私のために(?)ホームランを打ってくれまして、最高の誕生日プレゼントとなりました。ありがとう!

 戦争が終わって3年、1948年の8月17日に、横浜ゲーリック球場(現横浜スタジアム)で日本初のナイトゲームが行われました。巨人対中日。試合は3対2で中日の勝ち。

 この前日にベーブ・ルースが亡くなっており、試合前に両軍選手による黙祷が行われたとのことです。

 あらためてそれを知ると、時代を経て、戦勝国のスポーツにおいて、敗戦国の大谷翔平が圧倒的な「リベンジ」を果たしてくれていることに感動しますね。それもスマートな形で。

 今、甲子園の高校野球も盛り上がっていますが、何度も言う通り、日本の高校野球は戦争へのノスタルジー演劇、そして若い戦死者たちに対する鎮魂の祭りになっているんですね(こちら参照)。そして、そこから大谷のような選手が育っている。

 リベンジが達成されんとする時に、「丸刈り」(二等兵)から解放されたり、ユニフォームの色がカラフルになったり、その他様々な戦争文化、軍隊文化の色合いが薄くなってきたのは偶然ではありません。

 私は大谷の背後に、散華した多くの若者の御霊を見るのです。野球がスポーツではなく文化であり、日本にとっては歴史を塗り替える祭祀であることを感じながら。

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2023.08.11

【太平洋戦争】開戦から終結までわかりやすく解説 (ドントテルミー荒井)

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 78年前の今日の朝日新聞です。

 皇太子(平成天皇)は当時11歳。戦局に深き御関心とのこと。そしてその左には「一億、困苦を克服 国体を護持せん」との見出しが。情報局総裁の談として「戦局は最悪の状態」とのことで、現実には終戦後の天皇制維持に向けて動いていたのでしょう。

 一方、その左には陸軍大臣の訓示として「死中活あるを信ず」とあり、軍部は玉砕覚悟で最後まで戦うつもりだったことをうかがわせます。

 その下には、ソ連が朝鮮、樺太に侵攻していることが報じられ、日本の敗色が濃厚になっていることを暗に示していますね。

 2発の原爆が投下され、東京はじめ各都市は空襲で焼け野原。紙面では原爆が国際法違反であることも主張されています。

 なぜ、こんな悲惨な状況に追い込まれたのか。太平洋戦争(大東亜戦争)がどのように始まり、どのように展開し、そしてどのように終わったのか、それを約3時間に上手にまとめた動画があります。

 私の感じるかぎり、最大限に公平性を保って説明されており、非常に勉強になりました。部分はよく知っているつもりでしたが、たしかに全体の流れはつかみきれていなかった。

 これは教材としても優れていますね。学校の授業でも充分使えるでしょう。というか、ぜひ使ってもらいたい。

 ドントテルミー荒井さんの動画、いろいろ観ていますが、とても上手に作られています。このようにリズムよく、偏らず、わかりやすく説明できる先生はなかなかいませんよ。

 学習、教育の形態も変わって然るべきです。いつまでも軍隊文化、富国強兵型の上意下達(押し付け)教育がなされている「学校」にしがみついていても仕方ありません。

 

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2023.08.02

アニメ映画 『はだしのゲン』

Th_81jag31sxtl_ac_ul800_ql65_ 日のクローズアップ現代は『「はだしのゲン」はなぜ消えた?』でした。

 私もモロに「はだしのゲン」世代でして、小学校の教室でみんなで回し読んだ記憶があります。

 このたび広島の平和教材から「はだしのゲン」が消えたことについて、今日のクロ現では暗に保守系団体からの圧力があったことを伝えていましたが、まあその通りでしょう。

 たしかに共産党系、日教組系の出版社で連載された後半はあまりに左寄りで、正直ドン引きするような内容ですが、前半は戦争や原爆の悲惨さ、そしてゲンをはじめ広島の皆さんのたくましさが表現されており、良い教材だと思います。

 まあ、たしかに教材として興味を持つとついつい全巻読みたくなりますよね。そうすると例の天皇批判などに出くわすことになり、それを保守や右翼は許さないというわけです。

 今の時代、いくら左寄りの広島県教職員組合や教育委員会でも、(アナクロな)街宣車などが登場しては面倒だと考えたのでしょう。

 まあ、本当はそうした右の考え方も両方教えた上で結論を出さず考えさせるのが教育だと思うのですがね。

 そのような面倒なことを避けるためには、このアニメ版「はだしのゲン」を教材にするのが良いでしょう。このたび改めて観てみましたが、やはりなかなか良い作品でした。

 過去の悲惨な事実と、未来への希望や勇気、永遠の家族の愛情とその拡張がバランス良く描かれていると思います。子供たちには良い教材でしょう。もちろん扱う教員の資質も問われますが。

 戦後78年。いよいよ記憶が歴史になっていく季節を迎えました。思想や感情に流されず、あの戦争の未来的な意義を真剣に問うことこそ、多くの御霊の「様々な思い」に報いる唯一の方法となるでしょう。

 

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2023.07.26

仁藤敦史 落合陽一 『こうして「日本」は誕生した』

 

 力を発揮した空海も尊敬したであろう聖徳太子。空海は聖徳太子ゆかりの地を多く訪れています。

 のちには空海は聖徳太子の生まれ変わりであるという伝説も生まれます。

 この対談では、国立歴史民俗博物館の仁藤敦史教授が、魅力と謎に満ちた飛鳥時代について語ります。当然、聖徳太子についても言及があります。

 落合陽一さんがいいですねえ。日本史に詳しくないということで、漢字の読みとか堂々と間違っちゃいますが、しかし逆にメタの視点からの鋭い発言が多く勉強になります。それこそ、学校での教育がどうあるべきか考えさせられますよね。

 断片的なデータの蓄積はコンピュータやAIにまかせておけばいいのです。過去の情報の処理は得意な人(?)に任せておけばよい。それより、分野横断的な、クリエイティブな気づきが大切。それは未来からの情報ですから、我々生命、特に人類の仕事です。

 昨日までの研修の内容にも関わってくることですね。そうそう、そう言えば仁藤先生、静高の先輩なんですよね。理系から文転したところは私と同じですが、さすがレベルが違います。私は完全なる落ちこぼれタイプでしたからね(苦笑)。

 本編後半に出てきた話、古事記や日本書紀のような神話が、その成立年代の文化を反映しているという意味でもフィクションであるというのは面白かった。そう考えると、近代の用語や知識が出てきちゃう古史古伝も一概に馬鹿にはできないなと。

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2023.07.25

『法力とは何か 「今空海」という衝撃』 老松克博 (法蔵館)

Th_51sfvzcypbl_sx344_bo1204203200_ 岡・山梨の私学の研修二日目。

 静岡の私学の新任の先生方とグループワークでたっぷり語り合いました。

 その前に朝、会場近くのお寺さんで護摩焚きのパワーを頂戴してまいりました。気合い入れないと(笑)。

 さて、護摩と言えば密教、密教と言えば空海。今年は空海の生誕から1250年の年です。

 考えてみれば、日本最古の私学は空海の創設した綜芸種智院ですよね。828年のことですから、今から1195年前のことになります。

 昨日の講演では、「創立者の夢。未来人の義務」という項目を最後に持ってきましたが、洛南高校や高野山大学の創立者は空海ですからね!すごい。

 そう、この本のサブタイトル「今空海」もそれに通じます。創立者や過去の偉人が、今この時代に生きていたら、どんなことをするだろうか。そういう発想が彼らにとっての未来人である私たちの義務なのです。

 ということで、話があっちこっち行っていますが、この本の「今空海」さん。あえて、実名は出しませんが、存命のあの阿闍梨が引き起こした数々の奇蹟を、ユング心理学の泰斗、老松克博先生が読み解くこの本は、本当に久々に(「土偶を読む」以来?)面白すぎて何度も繰り返して読んでしまった本です。

 私たちの世代には記憶に鮮やかな、あのミグ25戦闘機の函館空港への亡命着陸事件が、実は今空海の法力によるものであったとは。

 たしかに「桁外れ」です。その他のエピソード(事実)もぶっ飛ぶことばかり。

 そして、それが、それこそ昨日の秋山眞人さんの話ではありませんが、いよいよ心理学や量子力学によって解明、証明されようとしているのです。こんなエキサイティングなことがありましょうか。

 とりあえず、だまされたと思ってこの本を読んでみてください。私も、ある友人の僧侶の方に薦められたのですが、最初は多少眉に唾つけていました。いや、しかし、引き込まれて読み進むうちに、間違いなくこれは「事実」であり、その「法力」が本来私たち全てに備わっているものであると信じるようになりました。

 この本の中で、軽く薄く触れられている修行法、瞑想法は、この野狐禅エセ坊主の私でさえ共感・予感できる、ある意味単純なものです。

 世を救うため、徹底的な利他のため、つまり自我や自己の滅却のためなら、命懸けの修行もありなのかもしれません。根性なしの私が、そんなことをふと思ったほど、この本は衝撃的でした。

Amazon 法力とは何か

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2023.07.24

秋山眞人 『日本のオカルト150年史』

 日から、静岡県と山梨県の私学の新任教員に対する研修に、講演講師、グループワーク指導者として参加しております。

 本日は、こういう堅い研修の中ではかなりぶっ飛んだ講演をさせていただきました。講演の依頼が来た時に、いちおう確認しました。「こんな私でいいのですか?」と。

 結果良いとのことで、こんな私が呼ばれる私学界は、けっこう本気で変わろうとしているのではないか、まだまだ捨てたもんじゃないなと思った次第です。

 今日の講演の中で、私が静岡県の焼津市の生まれであることを申し上げました。祖父がやはり焼津の私学の教員であったことも、私に大きな影響を与えていますし、こうして巡り巡って静岡の私学人の皆さんの前でお話できることに、なんとも不思議なご縁、因縁を感じるのでありました。

 さて、焼津と言えば、その地で青少年時代を過ごした秋山眞人さんのことを忘れてはなりません。何回かお会いしてお話させていただきましたが、本当に頭がよく、そして愛に溢れた方で、心から敬愛申し上げています(ちなみに高城剛さんの未来ラジオに秋山さんが出演されましたが、あれは私の紹介です)。

 そんな焼津育ちの秋山さんが、タイムリーに素晴らしい動画に出演されていましたので紹介します。ここで語られている内容、特に教育に関わる部分は、とても今日の私の講演では触れられない領域ですが、実は深くつながってもいます。

 宗教系、非宗教系を問わず、私学の多くが、金儲けではなく、まさに創立者の精神的(スピリチュアルな)意志によって生まれています。

 戦後、唯物論に偏ってしまった公立の教育に対し、物心、体霊のバランスを取りながら若者を育て、そしてこの日本の村立、存続に寄与したということを、私学人はもっと自覚し、そして誇りに思わねばなりません。

 オカルト、スピリチュアルという言葉が無条件に否定され、嫌悪され、そして排除されてきた現代日本。ようやくその間違いに気づき、表面的ではない本来の「霊性」の復活を願う時が来ているのではないでしょうか。

 

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2023.07.17

野村幻雪 三回忌追善会

Th_202305131116346759 誘いいただき行ってまいりました。

 能楽シテ方人間国宝、野村幻雪(四郎)先生がお亡くなりになって、もうすぐ2年。三回忌の追善会が観世能楽堂において執り行われました。

 四郎先生とは、本当に不思議としか言いようのないご縁を頂戴し、教え子や我が子が弟子となり、また私自身も恐れ多くも大変仲良くさせていただきました。

 バロック音楽との対比と融合、富士山と絹織物への奉納など、いくつかの演能機会をプロデュースさせてもいただきました。

 先生との対話から学ばせていただいたことは、他のどんな教育よりも深く尊いものでした。改めて感謝申し上げます。

 このたびの追善会では、観世流ご宗家や先生のお兄様で狂言の人間国宝野村萬さんなど、錚々たる方々が入れ代わり立ち代わり舞台に上がり、現代考えうる最高の霊的時空間を現出してくださりました。

 それこそ言葉で表現するのが愚かにさえ感じる次元でありました。特に「融」の静と動の強烈なコントラストは圧巻でした。まさに鎮魂帰神。

 また、個人的には私の教え子が舞囃子「胡蝶」を舞ったことが感動的でありました。多数の演者の中のただ一人の女性。男性中心だった世界で、彼女のこれまでの苦労と未来への可能性を感じることができました。

 私の娘もその後を継ぎ、古くて新しい芸能の世界を切り開く覚悟のようです。

Th_img_2716 開会の前に、先生のお写真の横で先生の奥様にご挨拶をしたのですが、奥様は大変長い時間にわたり娘に直接お言葉をかけてくださりました。それはまさに野村先生の遺言のごときお言葉でした。娘も私も家内も思わず涙してしまいました。

 「稽古」とは、技術や知識を身につけることではない。芸を通して自らを成長させることである。

 古き伝統を完全に身につけた上で、常に新しいモノへの挑戦を怠らなかった先生。私もジャンルは違えど、そのような精神でこれからの人生を送って行きたいと思います。ありがとうございました。

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