カテゴリー「教育」の1000件の記事

2019.12.03

読解力の低下=◯◯◯の増加?

Th_1575365820_2019120300050212yom000view ISA調査 日本の読解力低迷 、読書習慣の減少も影響か

 さあ、国語のセンセーであるワタクシがコメントいたしますよ。

 アマノジャク宇宙人である私のことですから、世間様とはちょっと違うことを「あえて」書きます。

 まず、読解力の低下とは何かということ。これはズバリ

「読解力の低下」=「面倒くさがり屋の増加」

 です。

 そこから逆算しますと、「読書量の低下(本や新聞を読まなくなったこと)が原因」というのも眉唾です。

 「朝ごはんを食べない生徒の成績が低い、集中力がない」というのと同じくらい無責任な「懐古趣味」でしょう。先生はじめ、多くの「識者」が、「とりあえす昔は良かった」とか「自分はこうだった」というのを振りかざしている時は、まず疑ってかかった方がいいでしょう。

 「読書、新聞購読、朝ごはん」というのは昭和の常識です。そうでない世の中を目指し、作ってきたのは私たち大人でしょう。少なくとも子どもたちのせいではない。

 ちょっと言い過ぎましたかね。もう少し冷静に言うなら、こういうことです。

 「勉強が嫌いな子どもの家庭では、朝ごはんを食べさせないことが多い」

 「読書をさせたり、新聞を読ませたりする家庭の子どもは面倒くさがらず長文を読解する」

 それぞれの「家庭」が全く逆の性質を持っていることを明らかにしますと、これも差別的な発言だと糾弾されそうですね。しかし、そういうふうに常識的な因果関係を一度裏返してみることも大切なのですよ。世の中を読解するにあたっては。

 で、現場的に言いますと、私も含めてですが、凡人は基本「面倒くさがり屋」です。

 PISAのような舶来のテスト形式に慣れていない凡人にとっては、それはもっと面倒くさい対象になります。だから、白紙答案が多いのですよ。結果として平均点が一気に低下する。

 もちろん「面倒くさがらない」ことこそが「読解力」の入り口にあることも分かっています。しかし、その面倒くさがり屋さんたちに、「読書しろ」「新聞読め」と言っても、もっと面倒くさくなるだけで、なんの解決にもなりません。

 無理やり朝ごはんを食べさせたら、みんな成績が良くなるとか、学校を休むことがなくなるとか、集中力が増すとか、まあ巡り巡って結果として少しはあるかもしれませんけれども、「朝ごはん=勉強好き」という直接的な因果関係はそこにはほとんどありませんよね。

 朝ごはん食べないのも、食べさせないのも「面倒くさがり」の結果だったりします。

 しかし、その面倒くさがり屋たちも、いざとなると驚異の集中力を発揮すること知っています。そういう例がわんさかいます。今ちょうど期末テスト中でして、最強のぐうたら女である次女も、まさに火事場の馬鹿力を発揮しております(笑)。

 表面的な結果を表面的な因果関係だけで解釈して表面的に心配して表面的に騒ぐだけでは、本質的な改善にはつながりませんよ。

 では、どうすれば良いか。そのヒントは…極度な面倒くさがり屋のワタクシが、夜中起きてでもやっている「ゲーム」の仕組みの中にある…と真剣に思っています。

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2019.11.22

甲野善紀 「教わる」ことの落とし穴

 

 日は都留文科大学国文科の学生さん二人とたっぷりお話をしました。国語の教員を目指す、まさに私の後輩ということになります。お二人とも不思議な、不思議すぎるご縁があってお互いにびっくりしました。偶然は必然です。

 いつもの私らしく、話があっちこっち行ってしまい、結局何を話したか自分ではほとんど覚えていないのですが、たまたま帰ってから観た動画に、そのエッセンスが語られていることに気づき、自分でも思わず「なるほど」と思ってしまいました。

 代わりに(?)語ってくれているのは、かの甲野善紀師であります。言わずもがな、武道の達人であります。最も尊敬する心の師のお一人。

 「教える」こと、「教わる」ことの限界や危険性、すなわち「言葉」の限界や危険性ですね。国語の教員こそが、それらを意識すべきです。

 守破離ですね。学習はすなわち「まねび」「ならふ」こと。真似して慣れることで満足してはいけない。それを「破」って「離」れなければ。

 本当の「師」とはそこへ導く存在です。それを促す存在です。

 私が恩師大村はま先生に言われた言葉を思い出します。「私の真似をするなら100%しなさい」。厳しいお言葉でした。

 これは禅や道の修行と同じことを言っている。真似する、すなわち「守」ることを突き詰めて、結果として、それが無理であることを悟る。その結果、本当の自分に出会うことができ、ようやくオリジナルが生まれる。

 つまり、それこそ都留文科大学の学生だった私に大村先生が言いたかったのは、「あなたらしい国語の先生になりなさい」ということだったのです。

 出会ったのが偉大な師であればあるほど、それを破ってそこから離れることは難しい。高い山を越えて、さらに高い山を築くことは難しいけれども、それに挑戦することには大きな喜びがあるとも思います。

 辛いことと喜びとが一致するということを、なかなか教えにくい世の中になってしまいました。せいぜい、教師(先生)である自分が、そうして生きている姿を見せることくらいしかできませんが、それもまた、いやそれこそが、「教える(教わる)」や「言葉」を超える究極の方法なのかもしれません。

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2019.11.14

サロンオーケストラジャパン

Th_img_5015 じさんホールにて楽しいコンサートを鑑賞。

 幼稚園の関係の行事でしたが、私も心から楽しみ、また学ばせていただきました。

 クロード・小林さん主宰の日本サロンコンサート協会のメンバーによる「サロンオーケストラジャパン」の演奏は、クラシックの曲を幼稚園児を全く飽きさせることなく聴かせる、本当に素晴らしいものでした。

 いちおういろいろな音楽を演奏している者として、こうして子どもたちを惹き付けるステージというのが、いかに難しいか、よ〜く分かっているつもりです。

 特にクラシックとなると…。そこはさすが定評ある団体だけあって、なるほど!と思わせる技術と演出に富んでおりました。

 終演後、思わず皆さんに「演奏会冥利に尽きますね」と申し上げてしまいましたが、堅苦しく眠たいクラシックのコンサートより、どれだけ観客との一体感があったことか。

 これって、先日の「夢カンタービレコンサート」と同じですね。ただ音楽を提供するのではなく、そこに観客を巻き込む装置を仕組み、全体を一つの物語として構成する。

 もちろん、純粋なコンサートがあっても良いのですが、音楽を通じて、演奏者と観客が一つの時空を共有するという形もまた、あるべきだと思います。

 たとえば学校の授業なんかもそうなんですよね。ただ、知識を一方的に伝えるだけでなく、先生と生徒が一体となって「場」を作る。そういうことが普通に行われるべきです。

 それこそが、「お互いがつながる」という本来の意味の「エンターテインメント」だと思うのですが。

日本サロンコンサート協会

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2019.11.01

浜松とリコーダー

Th_o4032302414359168462jpg 修の会場が、ちょうど楽器博物館の2階でした。研修が終わって久しぶりに行ってみました。

 約10年ぶりなのか。

浜松市楽器博物館(2010.3.14)

 相変わらずの生殺し状況でしたが(笑)、この10年間で憧れの楽器をいくつか手に入れたのだなと気づき、ちょっと感激しました。

 まずチェンバロ。そしてヴィオラ・ダモーレ。さらに八雲琴。八雲琴は最近も新しい(古いけど)ものを入手して、全部で4面になりました。

 チターやテルミン、その他いろいろありますから、我が家が楽器博物館になりつつあります(笑)。そう、浜松市楽器博物館で触れないので、しょうがない、自分で入手するしかないってことですね(笑)。

 さてさて、今回久しぶりに本家楽器博物館に行きまして、ちょっと気になったのが、リコーダーに関する展示と解説です。

 日本でなぜリコーダーが教育楽器として異常に発達したか、なぜ全国民がリコーダーを2本ずつ所有して、みんな吹いたことがあるのか、それについての説明が全くないのです。また、学校ではなぜ「ジャーマン式」が多いのかも。

 ナチス(ヒトラー)と関係しているので、まあ、しかたないと言えばしかたないのですが。ただ私の知る限り、その不思議な歴史・文化に、浜松も深く関係しているはずなので、そこは外してほしくなかったなと。逆に言えば、そろそろいいのではないかと。今でも、ヤマハ、カワイ、スズキと、リコーダー生産の中枢をなしている企業が浜松にあるのですから。

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2019.10.22

花園天皇 『誡太子書』

Th_ehdegcnvaaeax0 位礼正殿の儀も無事終わりました。これで天災も減ることでしょう。特に水に関する災害は。

 いろいろ語りたいことはありますが、儀式については今日は一言だけ。アメノウズメによってアマテラスが顔をのぞかせまして、虹まで架かりましたね。

 素晴らしいと思いました。さすがですね。全体を見ませんと、それぞれのお役割はわかりませんよ。残念がったり、批判したりするのは人間レベルでの話。以上。

 陛下のお言葉を拝聴しながら、思い出されたのは、第95代花園天皇が上皇時代に、甥でもある当時の皇太子(のちの北朝1代光厳天皇)に残した、ある意味大変厳しいお言葉。

 天皇になる者として、いかに徳を積むことが重要か。宮中にいるといかに世間知らずとなり、国民から遠い存在になってしまうか。システムとして自動的に天皇になってしまう危険性…。お前恥ずかしくないのか!?と。

 たしかに、時は南北朝時代。皇室が二分され、今風に言えば「国民分裂・分断の象徴」になってしまった時代ですからね。しかし、今まで何度か書いてきたように、実は700年前に後醍醐天皇が即位して以来、分裂してしまった皇室が、また一つに統合される、和合するチャンスがこのたびの御代替わりなのです。最後のチャンスかもしれない。

 それをよく御存知の陛下は、学生時代からこの「誡太子書」を「花園天皇という天皇がおられるんですけれども……誡太子書(太子を誡〈いまし〉むるの書)と呼ばれているんですが、この中で花園天皇は、まず徳を積むことの必要性、その徳を積むためには学問をしなければならないということを説いておられるわけです。その言葉にも非常に深い感銘を覚えます」とおっしゃり、大変重要視しております。

 内容だけではなく、歴史的な流れの中で、ご自身のお役割をよくお分かりになっておられるということです。さすがです。

 ちょうど私も、あさってから花園上皇の御所であった妙心寺の関係学校会議に出席します。これも何かのご縁と観じて勉強をしてこようと思っています。天皇に徳が必要であるということは、私たち国民にも徳が必要だということです。

誡太子書

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2019.10.20

中田敦彦のYouTube大学 『日本の大麻合法化はどうなる?』

 っかり動画紹介ブログになっておりますな。忙しいので他人のふんどしで相撲をとっている状況であります。

 とはいえ、こういうインプットの時期というのも大切だと思いますよ。

 さて、「大麻」というと、それこそ学校の先生がこんなこと書いていいのか!と言われそうですが、ワタクシ、日常的にCBDオイルのお世話になっております。おかげさまで、高めだった血圧も落ち着きました。

 友人でもある高城剛さんが世界の大麻産業事情に詳しく、彼から情報をいただいたり、また、秋田県の農業復興のために医療用大麻栽培を、という話があったり、さらには日本のタバコ産業の技術力を大麻産業に利用する話があったり、そしてもちろん、ある意味私の専門である神道関係の方々からも貴重なお話をうかがったりと、不思議と大麻に関する情報が集まってきています。

 そういえば、8年前に「大麻入門」という記事を書いていますが、その頃から考えますと、世界の大麻ムーブメントは大きく進展しました。日本ではまだまだですが、だいぶ問題が意識化されたのではないでしょうか。

 この動画で、中田さんが語っていることは、私たちにとっては常識的なことですが、こうして影響力のある方が堂々と(ちょっと心配していますが)発言し、問題提起できるようになっただけでも画期的なことです。

 もうこの流れは止められないでしょう。もちろん、THCを取り巻く環境をどのようにコントロールするかというのは大きな課題ではあります。政治、経済、法律、宗教、医療、教育を巻き込んでの大変な論争も起きるでしょう。

 しかし、その論争(議論)こそが、実は「日本を取り戻す」ことの大きなきっかけになることは間違いありません。

 とにかく中田さん、GJ!です。ありがとうございました。

 PS 本日、この記事を書いたあと、栃木県鹿沼市のご実家がかつて大麻農家をやっていたという方に偶然会いました!

 

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2019.10.16

宮台真司 『社会という荒野を仲間と生きる』

 ても忙しい日々でした。またサボって週末になってしまいました。今日はもう20日(日)です。

 ええと、忙しい時はですね、いろいろな言論動画をiPhoneにダウンロードして、音声だけ車の運転中に聴いています。

 最近で面白かったのは、これ。宮台真司さんの言説、私は基本的にけっこう好きな方です。各論には当然納得できないものもありますが、全体としての視点のありかというか、視座というか、そういう点では勝手に親近感を覚えております。

 特に、この番組でも繰り返し語られた「自分が生きているうちに船が沈まなければいいというのはクズ!」というのは完全に同意です。

 そういう意味で「男がクズ」というのも納得です(笑)。そして、学校教育がダメというのも、そのとおり(中の人である私が言うのですから、間違いない!)。

 自然(他者)になりきる(ビカミング)のが「アニミズム」。これもそのとおりですね。

 共同体的自己責任論。これはブロックチェーンにもつながる、これからの社会システムだと思っています。

 

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2019.10.15

中田敦彦のYouTube大学 「古事記」〜最終話〜日本人が知らない空白の歴史に迫る!

 う30年以上学校のセンセイをやってますが、ほとほとイヤになっております。いろいろな意味で。

 しかしこれも修行、勉強だと思って残された期間ご奉公いたしますわ。そのあとの壮大な夢のために!敵を知らねば闘えませんからね。

 たとえば、YouTubeでこんな授業されたら、そりゃかないませんよ。

 

 

 あっちゃんの「大学」に限らず、ネット上で様々な「先生」たちによる「授業」が展開されています。正直、学校でつまらん授業を聴いて(寝て)いるヒマがあったら、家でこうした動画を観ていた方がずっとためになるでしょう。

 そのほかにもスタディサプリやらオンラインサロンやら、とにかく学びの機会は多様化しています。それはインターネットが普及してからの当然の現象であり、常識なのですが、明治維新以来150年間変わっていない「学校」という「常識」空間は、実に非常識。自分で言うのもなんですが、逆に遺跡化していて面白いくらいです(苦笑)。

 で、話をあっちゃんの授業に戻しますが、この授業で「富士山」について語られていたのが嬉しかった。それこそ、私が授業で言い続けてきたことです。「古事記・日本書紀には富士山が出でこない!なんでだと思う?」というやつです。

 ま、私の場合、土地柄そこから「宮下文書」の話になっていくわけですが、それはそれで旧来の「学校」においてはふさわしくない話でしょうね。生徒はそこに食いつくわけですが。

 それにしても、この「授業」のみならず、中田敦彦さんの「授業」は本当に素晴らしいですね。よく勉強しているし、まとめ方がうまいし、何より話がうまい。これらって本来「先生」に求められる最低限の資質だと思うんですけどね。このレベルの「先生」がはたして「学校」という現場にどれほどいることか(もちろん「学校」の先生の仕事が「授業」だけではないことは万も承知です)。

 ところで、私たち家族は、あっちゃんに特別な思い出があるんですよ。実は、今は奥さんとなられている福田萌さんと中田さんの初めての出会いのその場に、私たち家族4人がいたのです!これって地味にすごいですよね。仲睦まじい(?)家族像をお二人の前でプレゼンしたと言えばしたのかも…その結果、あの二人は結婚したと勝手に思っています(笑)。

 その日のことを書いた記事はこちらになります。ご参考までに。

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2019.10.13

ラグビーに見る「荒魂」の祀り方

 

 グビー素人のワタクシがいろいろ言うまでもありません。とにかく素晴らしい戦いだった。スコットランドも素晴らしい。

 一言、ラグビーというスポーツの素晴らしい点は、「荒魂(あらみたま)を和魂(にぎみたま)に昇華する」機能を持つ点です。相撲を挙げるまでもなく、多くの格闘技はそのような機能を持っていますが、このようにチームスポーツかつ球技であって、そのような機能を強く持つスポーツはほかにありません。

 もちろん、応援のあり方などに見えるノーサイドの文化的側面も無視できませんね。

 最近、身近なところでも「荒魂」の排除が進行中で、非常に違和感を抱いています。特に学校はどんどん骨抜きになっていく。学生ラグビーも衰退の一途。

 古来、日本では特に顕著に「荒魂」を祀る傾向があります。排除ではなく、多くの「祭」がそうであるように、コントロール下において発動させるのです。

 ラグビーはそういう文化だと思いました。それがイギリス発祥で、帝国主義のなごりである環太平洋地域で盛んなのは興味深いところですね。イギリス嫌いのフランスでも盛んなのも面白い。

 日本チームが、あのように多様性を見せつつ「大和魂」を標榜しているあたり、ラグビーを通じて私たちが忘れそうになっている何かを思い出させてくれているようにも思います。「大和魂」はそう、すなわち「大・和魂」なのであります。

 荒魂を和魂に。特に今回は台風による大災害の直後でした。日本における自然災害は、すなわち神の荒魂そのものです。来年の五輪へ向けて、何かが動いているような気がします。

 個人的にも、今「荒魂」を発動して見えない敵と闘っております。今回の日本ラグビーの快挙に背中を押されました。絶対に負けません。最後は和魂に昇華したいと思います。

 決勝リーグ、何かもっと大きなことが起きそうですね。楽しみにしています。

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2019.10.10

祝! 吉野さんノーベル化学賞受賞

Th_lif1910090050p1 晴らしい!リチウムイオン電池を開発した、旭化成の吉野彰さんがノーベル化学賞を受賞!

 今日たまたま、Macのリチウムイオン電池を交換したところでした。7年間酷使してようやく交換。まだ使えたのですが、たまたまより状態の良いものを入手したので。

 白色LEDにせよ、このリチウムイオン電池にせよ、本当に世界を、生活を変えた技術ですからね。日本人の誇りです。

 吉野さんの会見での言葉が印象的でした。

「研究者は頭が柔らかくないといけない。それとは真逆で、しつこく最後まであきらめないことも必要だ」

「剛と柔のバランスをとるのが難しい。堅いだけだとくじけてしまう。壁にぶちあたったとき、『なんとかなるわね』という柔らかさが必要だと思う」

 一見矛盾するようなことを自然に共存させられるのが、まあ才能と言えば才能。ついつい凡人は、二項対立でものを考え、結果として二者択一の人生を歩んでしまうのですね。教育がいかんのかな。子どもの頃は、普通に二つとも持っていると思うのですが。

 やはり両翼を持っていないと飛翔できませんね。ここに真理があるような気がします。

 世界を変える発見、発明、開発。それは子どものような感性から生まれるのかもしれません。子どものままで歳をとること。吉野さんのこの笑顔を見れば、それが可能であることがわかりますね。

 おめでとうございます。そして、ありがとう!

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