カテゴリー「教育」の953件の記事

2017.12.11

『未来への7か条』 益川敏英

Th_yoko 日も生徒とAIの話をしました。世間でもブームですね。
 夏に「シンギュラリティ」はあり得るのかに書いたとおり、私はAIが人間を超えることに懐疑的です。AIはコトであり、人間はモノであると。
 そこに書き忘れましたが、正確に言いますと、AIは人間の脳みそのある部分については、すでにはるかにそれを凌駕しています。
 少し考えれば分かるとおり、計算能力や単純記憶能力においては、どうみても人間よりも優れている。まさにコト世界ですね。
 で、「人間はモノ」という表現の中には、「人間には体がある」という意味も含まれています。いくらAIが発達しても、体の制御という面では、まあ永遠に人間のレベルには追いつかないでしょう。それはある意味、AIというよりもロボットの問題なんですがね。
 ただ、人間と…と比較するならば、当然「肉体」というモノ部分も含めての比較でなければ、アンフェアです。
 現在、最先端のAIとロボットの技術を総合しても、やはり人間の子どものように自転車を乗りこなすことはできませんし、サッカーや野球に興じることもできませんよね。
 生徒にそんな話をしていた中、少し前にノーベル物理学賞受賞者である益川敏英さんの、こんなお話が記事になっていたことを思い出しました。

ノーベル物理学賞受賞 益川教授が証言! AIが絶対に人間にかなわないもの

 益川さんは、私とは違った視点で、「AIは人間を超えられない」と言います。AIが人間に絶対敵わないもの。それは「好奇心」であると。
 なるほど、そうですね。私たち人間は、それぞれ全く異なる好奇心を持っています。その対象を選んだ理由など、誰も分かりません。私たちは各自の好奇心を神様から授けられているのです。
 もしかすると好奇心の一つとしてとらえれるかもしれませんが、「愛」というものもAIには欠けていますね。「AI」なのに「愛」がないとは、これいかに(笑)。
 先ほどの記事の中で、益川さんは「未来への7か条」を挙げてくれています。共感いたします。

< 未来への7か条 >
1:現状に満足せず、常に挑戦的な気持ちを持つ
2:科学者に対し、充分な研究環境
3:科学の発見は本筋から外れた脇道からも生まれる
4:人間の知的好奇心はAIに勝る
5:科学技術がどう使われるのか、監視する
6:純粋な若い芽が育つ環境を作る
7:「夢とロマン」を真摯に追い求めるべし

Amazon 驚愕! 日本の未来年表

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.11.25

『アドラー心理学で読み解く 田中角栄 天才の流儀』 (ダイアプレス)

Th_51aksmgjonl 日、車の中で小一時間人を待つ時間ができましたので、KindleUnlimitedでダウンロードして読んでみました。
 昨年ブームになった田中角栄とアドラーを組み合わせた本。無理やり感があるかと思いきや、案外自然に感じられましたね。
 つまり、田中角栄レベルになると、発想や行動がアドラー心理学的になって当然というか、いやそれこそ因果関係が逆かな、アドラー的にならないと超一流にはならないということでしょうか。
 ちなみに、私のものの考え方はアドラーにかなり近い。アドラーを読む前から似たような発想をしてました。ってことは、私も超一流になれるかも(?)。ま、さすがにそこまではいきませんが、そうですねえ、まあ超二流くらいにはなりたいかな(笑)。
 この前の高城剛さんとの対話でも、「時間は未来から過去へと流れている」という宇宙スタンダードの話をしました。同じようなことを言っている宇宙人(?)は、あと苫米地英人さん。
 アドラーも実はそれに近いところがある。アドラーの目的論や自己決定性は未来から現在を観るということが前提になっていると感じます。
 田中角栄もそうですよね。ある意味巨大な妄想を未来に置いて、今やるべきことを決定していった。過去の経験からしか判断できないお役人とは違った。
 この本は、田中角栄やアドラーの入門書としてはなかなか有用だと思いますよ。田中角栄をアドラー心理学からとらえるというコンセプトが秀逸なのはもちろん、結果として、田中角栄が、少し抽象的で難解なアドラー心理学の実例となっているというのも面白い。
 現場のサラリーマン対象の構成ですが、どっちかというと管理職が読むと勉強になるんじゃないだろうか。そんな気がしました。やっぱり田中角栄は人を動かす天才ですから。
 ただちょっと誤植が多くて気になりましたね。最近の本の校正はどうなってるんだろう。そのうち校正もAIがやるようになるのかな。

Amazon アドラー心理学で読み解く 田中角栄 天才の流儀

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.11.23

無限の可能性

Th_img_0388 日は我が中学校の文化祭「葵江祭」が行われました。毎年のことですが、本当にこの行事を通じての生徒たちの成長には驚かされます。
 今年のテーマは「心」でした。まさに心の成長と、心の共鳴に感動する5時間でした。子どもの可能性はたしかに無限ですね。
 私はかつては「無限の可能性」という言葉があまり好きではありませんでした。可能性は最大100%だと思っていたからです。無限ではない。有限だ。
 しかし、今日はそれが間違いであったことに気づきました。
 たとえば今回、どの学年も新しい挑戦があり、それが決まった時には正直「無理だろう」と思いました。厳しいなと。
 しかし、結果は見事その挑戦を成し遂げ、まったく想定外の大成功を収めました。
 そう、私が想定していなかったという意味では、やはり可能性は「無限」だったのです。
 想定しているから、0%から100%の可能性が計れる。想定していなければ、それは0でもなく「無」ですから、なんらかの結果が出れば、それはたしかに∞%の確率で実現したということになりましょう。
 よく考えてみれば、子どもをはじめ、他人の人生にはもちろんのこと、自分の人生にも想定外のことばかり起きています。まさに未来から未知のモノが流れてくるわけで、私たちがつい語ってしまう過去の経験則(コト)としての可能性とは、全く違う次元での未来の可能性というモノがあるわけですね。
 そういう意味では、やはり自分に対しても他人に対しても「無理だ」と思った瞬間に、未来の可能性とはいうのはゼロになってしまうということです。
 当たり前といえば当たり前だけれども、つい過去のコトにとらわれて忘れがち、あるいは勝手に諦めがちな大切なモノに気づかせてくれた子どもたちに、心から感謝したいと思います。
 教育者(先生)というのは、他人に対しても、自分に対しても、社会に対しても、決して「無理だ」といわない人であるべきです。いや、先生に限らず、大人はそうであるべきなのでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.11.18

平成29年度 自衛隊音楽まつり 「ONE ~音が結ぶ、ひとつの想い~」

Th_img_0304 日のシン・ゴジラからの奇跡的な展開。まさか、伊福部さんのゴジラのテーマやヤシオリ作戦の音楽を自衛隊の生演奏で聴くことになるとは…。
 そう、実は、自衛官をされている生徒の保護者の方からチケットをお譲りいただき、急遽、下の娘と一緒に日本武道館にて、初めて生で鑑賞(参戦)させていただくことになったのです。
 う〜ん、もう、言葉にならないほど感動いたしました。久々にコンサートで泣きました。冒頭からもうウルウル。
 ウワサには聴いておりましたし、ネット配信では生鑑賞したこともあったのですが、やっぱり生はすごい。すごすぎる。たしかにこれは抽選倍率高くなりますよ。
 譲ってくださった方から、とにかく早めに行って並んだほうがいいとのアドバイスをいただいていたので、仕事を終えてすぐに富士山を発ち、いつもの初台の駐車場に車をとめ市ヶ谷へ。途中靖國神社に立ち寄り参拝しつつ、開演2時間前には現地に到着していました。
 しかし、そこにはすでに長蛇の列が。すごい人気であることがわかります。ちなみに私たちは最終の第5回公演を聴くことができました。これもまた、きっと格別なことなのでしょうね。
 持ち物チェックを受け入場し、早足でなるべく前方の席へ。偶然南東側の前から3列目の席をとることができました。結果としてここが実にいいポジションだったのです。
 もうプログラムの内容一つ一つについて語っていたらキリがありません。また配信された動画をここに貼り付けても、たぶんあの臨場感は伝わらないので、それも割愛します。そうだ、あえて告知動画だけ載せておこう。

 それぞれの音楽隊、太鼓隊、儀仗隊、歌手の皆さん、スタッフの皆さん、本当にみんな素晴らしかったのですが、今日はちょっと違う視点(次元)で感じたことがあったので、それを書いておきましょう。
 ちょうど今日も学校の職員室で、最近の教育現場に足りないものは何かという話をしていたんです。誤解をおそれず言いますが、体罰もだめ、恫喝もだめ、しまいには「指導」すらだめ(「指導死」なんて言葉が登場したため)、ひたすら生徒や親御さんの言うことやることに寄り添えという風潮に、強烈に違和感を持っているワタクシです。
 そうそう、この前、高城剛さんとラジオで対談した時も、「日本の教育現場では150年前からずっと軍国主義、軍隊文化が続いている」と言わせてもらいました。しかし、それはですね、決して「悪い」「ダメ」という意味で言ったのではないのです。実際「これはもしかすると、これから世界に誇るべき、広げるべき文化かもしれない」と言っています。
 いったいどんな教師なんだと言われそうですが、この平和な時代において、軍隊文化はかつてとはまた違った意味、意義を持ち始めていると感じているのです。
 ラジオでも言いましたが、なんだかんだ言って、右派だけでなく左派である日教組やメディアまでもが、「批判」という形をとりながら、あの頃の記憶を忘れないように保存してきたのですね。そこに私は大きな意味を見出します。
 私も少しかじっている、禅の修行にも通じますが、今日、自衛隊の皆さんのお姿を観ていて心震えたのは、統率される、統御される、ある意味強制される、型にはまることによって生まれる全体の美しさと、個性の表出です。
 型にはめることは、没個性につながるどころか、その型(器)からこぼれ落ちる個性を表現することになるのです。このパラドックスは、実は私たちの生活のいたるところにあります。
 学校の制服や校則などもそうなんですね。世阿弥が言う序破急にも通じる人間の智恵がそこにある。
 今日の自衛隊の皆さん、音楽、フォーメーションという型にはまる中で、本当に驚くほどに一人一人の個性を発揮していたのです。これは大げさでもなんでもなく、本当に一人一人に鑑賞移入してしまった。自分でも驚きました。
 ここに日本の文化や教育の本質があるなと、真剣に感じました。大切なモノがある。「コト(カタ)を窮めてモノに至る」という、私の得意な理論が、ここでも証明されているなと思いました。
 だから、私は感動して涙したのです。不自由の中にある本当の自由。一つのカタの中にある無限の可能性。秩序におさまる美しさと、おさまらないエネルギー。それらがたしかにありました。
 「荒魂」が昇華されて「和魂」になるのが、日本の伝統的な文化です。一見、荒々しい、たとえば戦いなどが、より高い次元の平和を生んでいく。武道のあり方や、音楽における不協和音の果たす役割を考えてみて下さい。あるいは日本の歴史における、戦争や災害の意味。そこと常に前線で関わってきた軍隊、自衛隊…。
 教育者の、そして音楽家のはしくれとして、本当に学ぶことの多い2時間でした。人間はすごい。美しい。音楽はすごい。美しい。自衛隊はすごい。美しい。尊敬します。
 あっそうそう、南東側で良かったのは、自衛隊の歌姫、三宅由佳莉さんがすぐ近くで歌ってくださったからです。私の席の周囲もゆかりんマニアがたくさんいて、カメラのシャッターをしきりに切っておりました(笑)。
 また来年もぜひ行きたい。娘もすっかり自衛隊ファンになってしまいました。もしかして自衛官になるかも?
 感謝。感謝。私も地球平和のために頑張りますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.10.23

小菅村オブザデッド【実況】

 白すぎ!ちょっとうらやましいかも(笑)。
 我が山梨県には、「村」が六つあります。けっこう村率高いんじゃないですか、山梨県は。観光などでけっこう財源がある村が多く、安易に周辺自治体とは合併しないのでしょう。
 私はそのうちの一つ鳴沢村の村民であります。鳴沢はなにしろ富士山頂にある…ではなくて富士山頂がある村ですから、富士山さまのおかげで全国、いや世界から人がたくさん集まります。
 南都留の四つの村はそんな感じですが、北都留の二つの村、すなわち小菅村、丹波山村は事情が違います。東京を流れる多摩川の源流という位置づけですが、正直それ以外何もありません(失礼)。
 しかし、その二村はそれなりに活気がある。言い方は悪いのですが、何もないことが都会の皆さんからすると魅力的であったりするわけで、そうした特徴をうまく活かした生き方をしていると感じます。
 全国には「何もない」地域というのは無数にありますが、やはり、この二村は東京に近いという地の利があるということでしょうね。
 電車の旅や車でのドライブ、あるいはバイクのツーリングをするのに、「2時間」というのはちょうどいい時間です。近すぎず、遠すぎず。それでいてとんでもない山奥の風情を味わえるのですから。
 さて、その北都留の「たばこす」二村のうち、特に小菅村はユニークな村おこしをしています。多摩源流を押し出した観光にも力を入れ、また、ユニークな教育をベースとした都会からの山村留学的な短期移住にも積極的です。
 そんな小菅村は面白い動画を公開していると、知り合いが教えてくれたので、さっそく観てみました。それが上の動画「小菅村オブザデッド【実況】」。
 はやりの実況動画風に村やイベントを紹介しております。てか、そのアイデアの時点で「やるな」という感じ。さらに、そのクオリティーの高さ(?)に思わず笑ってしまいました。あるある満載(笑)。
 一番ウケたのは村長さんがバグってるところですね(笑)。その他、村民総出でこういう面白い動画を作っちゃうんだから、なかなかのセンス。単なる「何もない村」ではないですね。
 私はこういうノリが大好きです。11月4日は残念ながら仕事で「リアル小菅村オブザデッド」には参加できませんが、近々久しぶりに丹波山、小菅方面に行ってみようかなあ。なんだかんだ10年以上行ってないかも。同じ県内なのにね。
 ちなみに、小菅村にはフォレスト・アドベンチャーというアスレチック施設がありますが、鳴沢村のウチの近所(散歩圏内)にも同施設がありますし、また、道の駅こすげの立ち上げ運営に関わった方も知り合いでして、なんとなく身近に感じているところであります。
 思い立ったが吉日。紅葉のシーズンにどこかで時間を作って遊びに行ってみます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.10.14

『不老超寿』 高城剛 (講談社)

Th_41jceo0zlel 月、53年ぶりの再会(?)を果たした私と高城剛さん。
 その時の爆裂宇宙人トークの一部がPodcast「高城未来ラジオ」で聴くことができるようになりました。記事の下の方に貼っておきますので、ぜひお聴き下さい(てか、これじゃあ仮名の意味がないか…笑)。
 いちおう放送では「教育」がテーマになっていましたが、実際にはかなり脱線してしまいました。ま、いつものことですね。
 番外編として収録後は「医療」の話でも盛り上がりました。私はこの本を読んでいなかったのですが、高城さんから後日談も含めて直接いろいろうかがいました。
 自らを実験台にしての実感的エビデンスをもとにしたお話は、単なる数値の羅列などよりもずっと説得力がある。この本の重みは、まさにそういう次元でのそれです。
 そして、私の方からも、「未来医療」に関する「実物」を提供し、そして体験してもらいました。
 さすがは世界中の最先端医療、さらには逆に太古の医療まで知り尽くしている高城さん、一瞬でその意味と価値を理解されていました。
 ちなみにその「実物」もまた宇宙から降りてきたものです(アブナすぎる?)。ま、宇宙人同志である二人にとっては全然自然な(しかし不思議な)モノでありコトですが。
 宇宙という「未来」から来て、地球に「未来」を届けるというミッションを持った二人は、当然のことながら共鳴するところがあります。ただ作法が違う。彼はたとえば、世界中を旅してこういう本を書くことによって、そのミッションを果たそうとするし、私はに日々の仕事や趣味を通じて地味にやらせてもらっています。
 作法は違いますが、医療に関してはお互い日本の異常な岩盤規制や岩盤慣習に疑問を持っており、そこを突破するために協力していくことを約束しました。
 近々再会の続編が予定されています。はたして、地球人の「不老超寿」に向けてのブレイクスルーは実現するのか!?お楽しみに。
 健康は平和の源。健康的かつ平和的な地球や自分に興味がおありの方は、まずこの本をお読みになってください。また、私のお預かりしている「未来医療」を体験してみてください(メールで連絡ください)。
 では、爆裂(トンデモ?)対談をどうぞ!

Amazon 不老超寿

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.10.12

人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!【わたなべ】ナベツナ伝説で全国へ (NHK)

Th__20171013_92148 覧になってくださった皆様、ありがとうございました。
 実に面白かったですね。私も知らないことがたくさんありまして、大変勉強になりました。
 17日(火)0時10分、つまり16日(月)深夜24時10分から再放送がありますので、今回見逃した方はぜひ御覧ください。
 ワタナベ氏は水軍(海賊?)でしたので、その移動力は凄まじいものがありました。そのあたりのワタナベパワーが上手に紹介されていましたね。
 私の職場がある富士吉田市は、たしかにワタナベさんが異様にたくさんいます。そのへんに昔から興味があって、いろいろこのブログにも書いていたからでしょうか、5月にNHKのディレクターさんから連絡がきまして、それで学校を巻き込んでの収録ということになりました。
 ちょうど、その時、TBSさんからもオファーがあって、例のギャラクシー賞をいただいた水曜日のダウンタウン「先生モノマネ」の話が進んでいた最中でしたので、ほとんど並行してテレビの全国放送の現場に立ち会うという幸運に恵まれました。
 で、水曜日のダウンタウンの時もいろいろな学校さんから電話やメールが来て、どうすると番組に出られるんですかという質問をいただきました。おそらくこちらから何か働きかけたと思ったのでしょう。
 いや、本当のところ、全くこちらからのアクションはありませんでした。偶然、向こうからの話が重なっただけです。
 今までテレビやラジオ出演の話がいくつかありましたが、考えてみると、そのいずれもこのブログの情報がきっかけになっています。
 今やSNSの時代で、ブログなんかほとんど誰もやっていない古臭いメディアになってしまった感もあります。しかし、完全にオープンでGoogle検索に引っかかる(すなわちずっとアクティヴな状態で保存されている)という意味で、ブログは今も発信力、影響力のあるメディアなのです。
 バカみたいに毎日書き続けてきてよかったなと、今日も思いました。
 実は今日は別のメディアでの発信もあったんです。それについては時機が来たら紹介しますね。
 面白いのは、今年、こういうオファーがとても多いということです。今までとは明らかに違う。そのおかげさまで、またいろいろな方々とご縁をいただき、それがまた新たなご縁につながるという、爆発的なエネルギーが生み出されています。
 反面、あんまり目立つことするな、本職をちゃんとしろとのお声も。全くそのとおりであります(苦笑)。

日本人のおなまえっ 公式

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.10.01

キングオブコント2017

Th_2017092900000382oric00017view ント部の顧問としては当然見なければならない番組。しかし、後半眠気に負けてしまいまして、ファイナルステージは朝起きてから見ました。
 2本続けてやらなければならない難しさは昔から指摘されていますが、今回もその不安が的中してしまいましたね。
 結論的には、皆さん1stステージの方が面白かったと。寝ても問題なかった(笑)。よくあることですが。
 ですから、歴代の(ワタクシ的)神コントは1stステージの方に多い。
 今回の優勝者「かまいたち」も1本目と2本目とでは1本目の方が面白かった。ファイナルはネタが少し雑な感じがしました。

1本目

 一番顕著だったのは準優勝の「にゃんこスター」。一度目は新鮮だったけれど、さすがにファイナルがかなり濃い目の「天丼」となると…。
 本当にコントは難しいですね。ゴールは笑いのみ。そして面白くなければ批判されるだけ。個性は必要だが、ワンパターンは絶対ダメ。演技はできて当たり前。実は笑いだけではダメで、そこに見え隠れするペーソスも必要。
 近く、中学や高校のオープンスクールでコント部の発表をしなければなりません。特に、学校でのコントということもあって、教育的配慮も必要です。
 本書かなきゃ。とんでもなく厳しいけれども、だからこそ楽しい。シロウトで良かったとつくづく感じますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.16

富士学苑中学・高等学校ジャズバンド部 第15回記念リサイタル

Th__20170917_0_22_28 かげさまを持ちまして、大盛況のうちに無事終了することができました。
 今回は第15回記念ということで、キューバ出身の気鋭のトランペット奏者ルイス・バジェさんをお迎えしてのコンサート。ジャズバンド部OB・OGも多数参加しての華やかなステージとなりました。
 いつも思うことですし、いつも書いてきたことですが、毎年違うメンバーになる学校の部活動バンドで、常にハイレベルをキープし、また、それぞれのメンバー一人一人の個性を活かした演奏を続けてきたことに感嘆せずにはいられません。まずは、それを実現してきた顧問の大森先生に敬意を表したいと思います。
 今年は派手なソリストはいませんが、安定したリズム隊の上に、高音もよく鳴る力強いトランペット隊、音程も正確なトロンボーン隊、チームワークの見事なサックス隊がバランス良く乗り、全体として安心して聴くことのできるバンドの音になっていました。
 そのため、広いジャンルにわたるそれぞれの楽曲をじっくり聞かせることができていたと思います。私は今回、ステージ横スクリーン用のカメラマンを仰せつかっていたので、特にそう感じたのかもしれません。なにしろ曲の構成などを予測しながらカメラを振らねばならなかったので(笑)。
 目はカメラ越しの生徒たちをとらえていたわけですが、そのおかげで、最大のステージに臨む生徒たちの細かい心の動きを感じることもできました。
 ちょうど開演前にある指導者の方と話す機会があったんです。中高生の音楽がなぜ感動を呼ぶかと。逆に言うと、なぜ大学生のビッグバンドがああなってしまうのかと(失礼)。
 野球で考えると分かりやすいですね。大学野球って、プロ野球、高校野球と比べると、どうしても魅力に欠けるじゃないですか。それと同じです。
 やはり、中高生という純粋かつ悩み多き年頃、異様なほどに吸収力があり成長が著しい年頃の、その彼らの心の動きが演奏に表れるということでしょうね。
 世阿弥の「初心忘るべからず」の「初心」とは、そういうことなのだろうという話になりました。単なる初心者の心持ちということではない。
 ワタクシごとですが、6年間ベーシストとしてお世話になった上の娘にとっても(いちおう)最後のステージということもあって、特別に感慨深いものともなりました。これからもベースを弾き続けるという娘が、これから高校を卒業してはたしてその「初心」を忘れないでいられるか。
 今日ですね、実はリサイタルが始まる前に、ひょんなことからEXILEの山本世界さんにお会いしてお話を聞く機会があったんです。まったく不思議なご縁ですよね。
 世界さんの話はまさに世阿弥の芸論そのままでした。形にはまらずいかにはみ出すか(序破急)、いかにその場のイメージを生み出すか(ものまね…モノを招く)、過去の結果にこだわらないから常に新しい(初心忘るべからず)。
 さすがだと思いました。その謙虚な姿勢とともに、なるほど若いけれどももうすでに超一流だなと思いました。
 そこなんですよね。高校生くらいまでは、無心に無欲にそこに到達している。まさに私の言うところの「モノ」優位の状況です。それが大学生くらいになると、型や理屈や自我という「コト」にとらわれてしまって、スポーツにせよ音楽にせよ、生命としての創造性を失ってしまう。
 逆に、そういう人生における不可避な逆境をやすやすと乗り越えてしまうのが天才であり、超一流になっていく才能というものでしょう。
 実際、OB・OGの中には、卒業後葛藤している者もたくさんいると思います。高校時代は良かったと思い出迷子になってしまっている人もいるかもしれません。そこで終わりにするのも一つの人生であり、そこを乗り越えようともがくのも一つの人生です。
 いずれにせよ、この「初心」の自分という強敵と、今度は一人の大人として対峙して戦っていくんだなと、それぞれの顔をアップで捉えながら考えていました。もちろん娘もです。
 そういう戦いにやすやすと勝っているという意味で、やはりルイス・バジェさんの音楽はすごかった。上に書いたことととのつながりで言えば、それこそ「生きている」、「今生まれている」音楽でした。それはテクニックに裏打ちされているものではありますが、かといってテクニックが主役ではありません。やはり、その「初心」の表れなのでしょう。
 禅宗の学校であるウチの学校風に言えば、「音楽になりきる」ということなのでしょうね。自分が音楽と一体になって、ある意味楽器という「音楽のうつわ」になって、純粋なメディア(媒体)になっている。そういうことでしょう。
 さてさて、12人の高校3年生の皆さん、お疲れ様でした。そして、これからもぜひそれぞれのスタンスで音楽を楽しんで下さい。とにかく楽器を続けてほしい。いろいろなことを教えてくれた楽器さんのためにも、ぜひ一生をかけて恩返ししてほしい。自分の経験からもそのようなはなむけの言葉を贈りたいと思います。
 最高のコンサートをありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.01

宇宙人同志との再会・対話

Th_img_1439 縁あって高城剛さんとお会いし、じっくりお話をさせていただきました。
 3時間すぎても話題が尽きずタイムアップ。科学、宗教、教育、文学、音楽、医学、食、健康、歴史、霊界、言語…あらゆる分野にわたる壮大なる、しかし、何モノか一つに収斂する対話でした。
 その内容は、おそらく普通の人が聞いても全く理解できないのではないでしょうか(笑)。
 根本的にはですね、私たちは「同窓生」だったという話。53年ぶりの再会だったという話。
 お互い53歳なのにですよ。
 つまりですね、私たちはこの地球に生まれる前に一緒にいたということです。そして、1日だけ私が早く地球に来て、翌日高城さんが来たということ。
 もう、余計に分かりませんよね(笑)。
 ま、簡単にいえば、私たちは宇宙人だということです。そして、同じミッションを持ってこの地球にやってきた。すなわち「宇宙人同志」
 今まではそれぞれ別々の人生を歩んできましたが、いよいよ再会してこれからは一緒に何かをやっていくということです。
 おいおい、先生!大丈夫?
 そんな声が聞こえてきそうですが、しかたありません。本当のことなので。
 ま、濃密な会話の内容はここではとても開陳できませんが、そのうちに時機がくれば社会現象として現れてくるでしょう。
 一つ言うなら、私たちの「意志」は過去は全く相手にせず、未来だけを見ているということです。時間は当然のことながら、未来から過去へ向かって流れている。
 それからどうも同窓生は全部で20人くらいいたらしいので、ほかの人達ともこれからどんどん再会していくだろうということ。これは面白いことになりましたね。
 それにしても、本当に想像していた以上に波動が合いました。そして、高城さん、素晴らしい。賢い。解き放たれている。謙虚。かっこいい。
 某ホテルのラウンジで異常に盛り上がる宇宙人二人を、金曜日の夜の赤坂に繰り出していた地球人たちは、実に不思議そうな顔をして見ておりました(笑)。
 これから、大きな進展があると思いますので、そのたびに経過報告できる部分はしていきます。お楽しみに。

高城未来研究所

Amazon 高城剛

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧