カテゴリー「教育」の933件の記事

2017.06.26

『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』 二宮敦人 (新潮社)

Th_61rsvqqq9l_sx346_bo1204203200_ ろいろな意味で憧れの東京藝大。私はとてもとても入れませんでしたが、教え子は入れました。また、最近は藝大卒の方々と共演することが多い。なんだか得した気分です(笑)。
 そうした皆さんは「音校」の方々。とってもまともな皆さんです(笑)。「美校」の知り合いは…あれ?いないかも。
 この本で言うところの「カオス」は正直「美校」の方ですよね。つまりカオスな天才の皆さんとは今のところご縁がないわけです。というか、私のような凡人は近づけない領域なのかもしれません。
 そんなわけで、私がもし藝大に入れるようなことがあったとしして、「音校」と「美校」どっちか選べと言われたとしたら、間違いなく「美校」を選びますね。てか、私の音楽や楽器との付き合い方というのは、ちっとも「藝大(音校)」的ではない(それ以前に音大的ではない)わけでし、どちらかというと「美校」的なカオスの方が自分の得意とする分野のような気がするのです。
 意外に思われるかもしれませんが、私は案外ちゃんと「絵」を勉強しました。先生について勉強したという意味では、音楽と同じくらいの期間(約10年)ということになりましょうか。
 今ではちっとも絵を描かず、あるいはモノを作るようなことはありませんが、かつては音楽よりも美術の方が得意だったし、そっち方面で創造的でした。
 実際、高校の芸術選択は美術を取ったんですよね、3年間。成績も良かった。中学では美術部でしたし。意外でしょ。
 ま、そんなこんなで、いちおう、本当にいちおう程度ですが、音楽も美術もそれなりに分かっているつもりです(あくまでつもり)。
 そう考えるとですね、なんで、「音校」と「美校」が対照的なのか、よく分からない部分もあるんですよね。違う言い方をすると、なんで「音校」はカオスにならないのか。これはある意味良くないことだと思うんですよ。
 ご存知のとおり、両分野ともに、基本基礎や論理やメソッドがあって、それを超えていくのが、いわゆる「天才」だと思うわけですが、なぜ「美校」はいとも簡単に超えていっているのに、「音校」は超えられない(ように見える)のか。
 もちろん、もともと音楽が「コスモス」に収斂してゆき、美術が「カオス」に拡散していく傾向があることは分かります。しかし、実際にはその逆もあり得るのに、なんとなく日本では芸術とアートが分離しているがごとく、両者がぐるっと回って一つになったり、止揚されたりすることがあまりないというのも不可思議なことです。
 いや、実際には音と美の境界線のあの道を軽くまたいで行き来する真の天才がいることも聞いています。しかし、やっぱりそこに分断がある、壁がある、溝があるのは事実でしょう。
 そういう意味で、私は古楽科に期待していたんですよ。ジャズ科みたいになってほしいなと。現状はどうなんでしょうかね。
 また、上野にない第三者的な新興の学部学科の存在も気になります。
 というわけで、藝大にスパイを送り込もうと思っています。上の娘はとっくに諦めているので、下の娘を洗脳して送り込もうかな(笑)。
 おっと、肝心な本の紹介を忘れていた。この本はインタビュー集です。入り口としては面白いんじゃないでしょうか。まさに入り口から中をちらっと見る程度でも、私は充分楽しめましたよ。

Amazon 最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

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2017.06.12

「ブラック」はお好き?(コーヒーの話ではありません)

Images 日、こちらに書いたように、豆を挽くようになってから、すっかり「ブラック」コーヒー党になりました。やっぱり「ブラック」がいい。
 「ブラック」がいいと思う人もいれば、ミルク入りの「マイルド」がいいと思う人がいるのは、コーヒーの世界に限りません。
 この前、W大学に通っている教え子が「就職決まりました!」と報告に来ました。景気もだいぶ良くなったのか、完全に売り手市場で、いくつも内定もらったそうですが、結局一番「ブラック」な某ゼネコンに決めたと(笑)。
 そう、彼は根っからの「ブラック」好きなのです。面接でも、「残業OK、上司との飲みOK、地方飛ばしOK…」などとアピールしたそうです。
 なんでも昭和のモーレツ社員に憧れているそうで、仕事で死にたいとまで言う(笑)。
 そう、そういう人間にとっては、今やり玉にあげられている「ブラック」企業こそが理想であり、世の中全部がマイルドになってしまうことに危機感すら覚えるのです。
 逆に「ブラック」好きでない人がブラック的な組織に入ってしまうと、違う意味で死んでしまうことがある。電通の話とかはそれであって、私は個人的には電通には昔のまま鬼十則とか標榜してもらいたい。
 私はどちらかというと仕事に関してはマイルド派なんですが、多少のブラックもまたたしかに自己満足の種になっているんですね。これは否定できません。
 たとえば立場上私にはいろいろな(他人の)仕事が降り掛かってくるわけですが、それは全然嫌ではありません。頼まれたら断らないというのが私の仕事上の信条ですので、逆に燃えたりする。満足感、達成感があるんですね。
 余計な仕事によって自分のスキルが上がり、経験値が上がり、評価が上がるのであれば、損することなどありません。そういう観点からすると、「同じ給料もらっているんだったら仕事をたくさんした方が得」ということになるんです。お分かりになりますか?w
 これってまあ「ブラック」とも言えますよね。仕事が給料には反映しないんですから。しかし、金銭欲は満たされずとも、自己満欲や自己実現欲は達成されるわけですから、得と言えば得です。
 これでたまに誰かがほめてくれたりすれば、ボーナスまで付く(笑)。そう考えると、やっぱり私も「ブラック」派なのかもしれません。
 しかし、私は家に仕事は一切持ち帰らないし、土日もほとんど仕事はしません。夏休みもちゃんと取ります。そういう意味ではマイルドに見えるでしょう。
 というのは、世間で言われるようになった「ブラック部活」の顧問の先生に比べると、全然マイルドだということでもあります。
 教育現場の問題についての研究で有名な内田良さんがかつてこんな記事を書いていました。

部活動はなぜ過熱する?

 実は「麻薬」であると。なるほど。
 ウチの学校でも、それこそ休日返上、元旦以外は部活の指導という先生がいます。そこまでいかなくとも、休日は試合や本番でつぶれてしまうという先生がたくさんいます。
 私はその部分(休日)に関してはマイルド(逆に言うと趣味にハード)なので、世間ではいわゆる「ブラック」とされる環境にいる先生方を、心から尊敬しています。感謝もしています。自分にできないことをしてくださっているので。
 しかし一方で、内田さんの記事にあるように、その「ブラック」状態が「大変だ」と言いながら、どこか満足している、快感を感じている人もいておかしくないと思います。
 もちろん、それを否定的にとらえているわけではなく、ブラック企業をあえて選んだ学生くんのように、そこにやり甲斐という人生の推進力を感じる人もいて当然であり、そうすると、なんでも「ブラック」と言って普通の人かいやがる環境を排除していくのはどうかとも思うのです。
 つまり、「ブラック」が好きという才能を持っている人に関しては、ぜひともそういう環境で活躍してもらいたい。そう思うのです。
 私も、上記のような「むちゃぶり」に関しては耐性があるという「才能」があるようですし、お金に執着が全然ないので、たとえば出張の手当なんかも一切もらっていません。学校に寄付しますと言っているんです。これだって、他人から見れば、出張費も手当も払わないなんてブラックすぎる組織だということになりかねませんよね。ま、これは私の特殊すぎる「才能」のせいですが(笑)。
 というわけで、この「ブラック」問題だけでなく、世の中ですね、昭和の時代と違って「無理するかっこよさ」が認められなくなってきていることは残念でしかたありません。
 少数派かもしれませんが「ブラック」好きな人たちもいます。その人たちの活躍の場も残してもらいたいですね。そう、男らしさの表現の場を奪わないでもらいたいのです。

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2017.06.07

水曜日のダウンタウン…『先生のモノマネプロがやったら死ぬほど子供にウケる説』

 ずはご覧になってくださった皆さん、ありがとうございました。そして、5人のモノマネ芸人の方々、番組スタッフの皆さま、本当にありがとうございました。
 どのような編集でどのような語り口になっているのか、半分心配、半分期待しておりましたが、さすがプロの皆さん、想像以上に素晴らしいコーナーとなっておりました(見逃してしまった方、放送されなかった地域の方は、上の予告動画の関連動画から探してみてください。あるかもです)。
 ネットでの感想や反響、そして知り合いからのコメントなどをほとんど全てチェックさせていただいていますが、「感動した」「この番組で初めて涙した」「神回!」「うらやましい企画」「いい学校」など、本当に皆さん温かい言葉ばかりで、この企画を勇気をもって引き受けた者として一安心いたしました。
 むか〜しの教え子やら、40年前の中学の同級生などなど、本当に久しぶりに連絡をくれた人もいます。テレビ(特に地上波キー局)というメディアの力、まだ死んでませんな。
 そうしたメディアを通して、ウチの学校のそれこそ「温かさ」が日本中に伝わったと信じています。
 番組終了後、私はこのようにツイートいたしました。

水曜日のダウンタウン、富士学苑中学校での説検証、最高でした!あの生徒たちの涙は本物です。超一流のモノマネ芸人さんたち、そして超一流のスタッフの皆さんが、みんなで真剣に作り上げたからこその感動でした。教員としても本当に勉強になりました(涙)。ありがとうございました!

 これが全てです。間違いなくあの時間空間は生徒たちの宝物となったことでしょう。その真実が画面を通じて視聴者の方々に伝わったから皆さんも、私たちのような見知らぬ一般人に感情移入して涙までしてくださったのでしょう。笑いの奥にある涙は尊いと信じます(私も何度もそういう体験をさせていただいている幸せ者です)。
 収録当日のことはこちらに書いてあります(もちろんちょっと斜めな視点です)。
 ちなみにこの記事は放送翌日に書いております。今日は地元の地区総体の某競技の会場長で、朝から地域の中学生の前で真面目に話をしなければならなかったのですが、なにしろ昨日の今日ですから、生徒たちは大変。リアル「笑ってはいけない」状態になっていました(笑)。スミマセン。
 また、仕事でいくつかの地元小学校を回ったところ、どこでも「昨日見ましたよ!」と笑顔で迎えられ、なんとも照れくさい気持ちになりました。皆さん楽しんでくださり、「生徒たちの笑顔が本当に良かった」とおっしゃってくださりました。「ウチの学校でもやりたいなあ」とおっしゃる先生も…。
 もちろん、こういうことをやると批判もありますよ。特に身近なところに(苦笑)。しかし、それは世の常(特にこの地方の常)、私はそのような声にも耳を傾けつつ、しっかり反論反証する自信もあります。そのくらいの自信と覚悟がなければ大きなことはできませぬ(芸能人や政治家の皆さんなんて、これが日常なんでしょうね)。
 いずれにせよ、本当に不思議なご縁でこのような素晴らしい経験をすることができました。全てに感謝です。ただ、無理やり出演させてしまった先生方、ゴメンナサイ。でも、必ずや皆さんの教師人生にプラスになりますよ。
 あっそうそう、今回の収録は本校から持ちかけた話ではなく、先方からの依頼に応えたものです。なんでも1週間電話をかけまくって、全ての学校に断られ続けたのだとか。中間テスト前だからという学校が多かったそうです。テストなんか何度もあるではないか。こんな幸運は一生に二度とない(ちなみにウチも中間テスト2日前だったのですが、結果はいつもより良かった!)。
 最後にごく個人的なことを。今回、5人の憧れの芸人さんと共演できたこともさることながら、番組内で飯伏幸太選手、スーパー・ササダンゴ・マシン選手、葛西純選手、吹本賢児選手と仮想共演できたことも幸甚なことでありました。神奈月さんとプロレスラブボーズを決められたことも含めまして、プロレスファン冥利につきまする。
 そして、パネラーが…。まずはなんと言っても眞鍋かをりさん…まさかわざと選んだんじゃないですよね(笑)。分かる人には分かると思いますが。さらに尊敬するROLLYさん(いるだけでいい)。さらにはかつてのセーラーマーキュリーまで(ファンでした…笑)。岩尾さんはいわずもがな。面白いですね、人生は。

追伸 実は今日は全く別のご縁でNHKさんがウチの学校でロケをしました。こちらも全国放送です。放映が決定いたしましたら告知しますね。
 
 

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2017.06.06

福来博士記念館

Th_img_0591 修旅行二日目は白川郷と高山散策。高山では念願の場所に行くことができました。今までも何回かチャンスがあったのですが、場所が分からなかったり、閉まっていたりだったところです。
 その名は「福来博士記念館」。福来友吉は知る人ぞ知る人物ですよね。日本のオカルト界では神のような存在です。
 戦前の心霊ブームを導いた元東大助教授、高野山大学教授。かの映画「リング」の伊熊助教授のモデルになった人。というか「リング」自体が福来らの「千里眼事件」をモデルにしています。
 この記念館にも「貞子」さんに関する展示が…。そう「リング」の貞子のモデルは悲劇の超能力者御船千鶴子だと言われていますが、事件の関係者には高橋貞子という超能力者もいるんです。
 さて、この記念館、高山市の反対に合いながらも、福来の遺志を継ぐ山本健造さんらによって建てられたもの。城山公園の入り口近く、オシャレな喫茶店の横に静かに鎮座しております。
 なんとなく町の公民館のような感じで、たった一部屋に福来博士や千里眼事件などに関する資料がパネル展示されております(こちら参照)。
Th_img_0624 もちろん誰もおらず、私一人で拝観。椅子に座ってゆっくり(鎖でつながれた)山本さんの興味深い著書なども読ませていただきました。
 この福来友吉の超心理学実験、かの筧克彦も同席したということで、ここで宮下文書や出口王仁三郎、そして貞明皇后との関係も出てくるわけでして、まあ戦前の日本のスーパーオカルトぶりには感動さえしてしまうわけであります。
 というか、それが本来の日本であったわけで、戦後、そういう「モノ」を排除されてしまった日本が異常なのではないかと、最近のワタクシは思うのです。アブナイとかトンデモとか言われてもめげませんぞ(笑)。この世はコトよりモノが本体ですから。
 というわけで、高山に行ったおりにはぜひ訪れてみて下さい。飛騨の国は元来霊的な土地ですが、その中でも異彩を放っております。ここで一人佇んで何も感じないとしたら…あなたは日本人ではないかもしれません(笑)。

飛騨福来心理学研究所
福来記念・山本資料館

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2017.06.05

一日不作一日不食

Th__20170607_6_14_27 校の研修旅行で岐阜に来ております。今日のメインは、本校の名誉校長である山川宗玄老師が住職をお務めの正眼寺参拝。私は5年ぶりくらいでしょうか。
 今日は夏の大摂心(作務摂心)中であり、いつにも増してピリッとした空気が漂っておりました。
 生徒たちと本堂にて読経、座禅をさせていただき、そして老師のご法話を聞きました。
 大変ためになるご法話でありました。「今ここ」を一所懸命に生きる。過去や未来にこだわってはいけない。
 私は未来学なんぞをやっておりますので、過去は簡単に捨てられても、なかなか未来は捨てられません。未来的な目的なくして現在はないという考えですので、ある意味禅の教えとは矛盾します。
 そう、たとえば摂心において作務をなさっている雲水の皆さんは、目の前の作務をすることだけに集中し、その結果やましてや報酬などは考えていません。行動自体が目的なのです。
 私はとてもそういう境地には至れませんね。
 「今ここ」を語る老師様のご法話で印象的だったのは、「一日不作一日不食」と関山慧玄さまのエピソード。慧玄さんの逸話についてはまたいつか書きます。今日は「一日不作一日不食」について少し。
 「一日作(な)さざれば一日食らはず」は百丈懐海禅師の逸話から生まれた言葉です。老師は「働かざる者食うべからず」は共産主義者の言として、その意味は「一日不作一日不食」とは全く違うとします。そのとおりだと思います。
 作とは作務のことであり、作務とは修行そのものです。修行しなければ食べる資格はないという厳しい意味です。
 ちなみに私は一日一食をもう14年ほど続けていますが、これはまさに二食分は「不作」によって「不食」になっているということであります。修行が足りん!ということで、そのうち二日一食になりそうです(苦笑)。
 そう、たとえば今日の研修旅行のように、お昼ごはんがスケジュールに組み込まれていて、普段食べない昼食を無理やり食べますと、実に調子が悪くなるんですね。これは「バチ」でしょう。いけませんな。
 今年は7月にも正眼寺を訪れる予定です。今度は一泊二日でしっかりプチ修行します。

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2017.05.31

告知! 6/7 『水曜日のダウンタウン』に出演します(笑)

Th__20170601_103748 日の放送の最後に次回告知がありましたが、その冒頭いきなりワタクシが映っておりましたね(笑)。
 そうなんです、実は私が教頭を務めます富士学苑中学校を舞台にして「先生のモノマネ プロがやったら死ぬほど子供にウケる説」の検証が行われました。その様子が来週放映されます。
 内容はとにかくご覧いただくとして(というか、どのように編集されているのか私も知りません)、一言、今回のレアな体験、本当に盛り上がり、楽しく、そして非常に教育的価値が高かった。生徒たちにとってもですが、我々教員にとっても非常に勉強になりました。一流のプロの方々の仕事に触れるというのは、当然のことながら教科書以上の価値がありますね。感謝感謝です。
 番組公式ホームページで「次回予告」を観ることができます。ちょっと恥ずかしいけれども、ぜひご覧ください。

水曜日のダウンタウン公式

 それにしてもですね、不思議なご縁ですよ。なにしろ、私たちのコーナー以外の「説」で、かつて一緒にバーベキューをしたプロレスラーの飯伏幸太選手やササダンゴ・マシン選手も出演するんですから。そして、尊敬する葛西純選手や蛭子能収さんも!(笑)
 人生、面白いですね。
 と、ちょっと浮かれた気持ちになっていたら、これまたトンデモナイ電話がかかってきました!「見たよ〜」とかそういうのかと思ったら、すさまじい次元のすごい話でして、そちらに大興奮してしまいました。それも、いつか公表できると思います。できる日が来るといいなあ。
 ちなみに今日はNHKさんの取材も受けました。それもまた来月中に放映されそうですのでお楽しみに。まったく人生は面白い…。

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2017.05.22

第7回世界教育会議〜日本文化講座

Th_sekaikyouiku201409171 日紹介した徳富蘇峰の「経天緯地」の研究をされた方からの情報。その扁額が奉納されたのは昭和11年。
 昭和11年は日本の近代史を考える上で、一つの分岐点となった重要な年ですね。二・二六事件があり、一般的にはその頃から一気に戦争へ向けての右傾化が進行したというイメージかと思います。
 しかし、どうも実際にはだいぶ違う雰囲気が世の中を支配していたようですね。だいたい、二・二六事件の時の東京も、「せっかく景気がよくてお祭ムードだったのに…水を差しやがって」という感じだったとか。戒厳令で遊びに行けない。東京音頭の時代ですからね。
 事件と言えば、二・二六よりも同年に起きた阿部定事件の方が巷間の話題だったのでは。
 実際、軍部の一部以外はどちらかというと国際的お祭ムードであり、あえて言うならずいぶんとリベラルな雰囲気があったと言えます。
 中止になった1940年の東京オリンピックの開催が決定したのもこの年ですし、紀元2600年に向けて多くの催し物が企画され始めています。その紀元2800年節にしても、今では天皇中心の国家観を象徴しているようなイメージがありますが、庶民にとっては単純にお祝いムードだったようです。
 ただ、昭和12年になりますと、少し雰囲気が変わり始めます。庶民はまだまだ呑気でしたけれども。
 昨日も名前が出てきた和平派の宇垣一成に組閣命令が下りながら、陸軍内の反対によって流産したのは象徴的だったかもしれません。ヨーロッパではスペイン戦線が喧しくなり、年の終わり頃には日独伊防共協定が締結されます。ちょっときな臭くなってきましたよね。
 一方、そんな昭和12年、すなわち今からちょうど80年前の1937年に、なんと日本で第7回世界教育会議が開催されています。アメリカを筆頭に世界中から教育関係者が東京に千人単位で終結し、実に高度な教育会議が行われました。
 どれほど平和的で、リベラルな内容であったかについては、国会図書館のデジタル資料を垣間見るだけでもよく分かります。
 で、その会議の一環というか、プレイベントとして、なんと山中湖で「日本文化講座」が開催されているんですね。10名以上の外国人が山中湖を訪れ、鈴木大拙や谷川徹三らの講演を聞いたり、地元の皆さんと交流したようです。
 たしかにこんなことがあったとはほとんど知られていませんし、もちろん私も全く知りませんでした。地元の人も全く知らない。
 この「日本文化講座」は国際文化振興会(今の国際交流基金)が主催したもののようですが、山梨の山中湖での開催にあたっては、私の勘ですとやはり徳富蘇峰や宇垣一成、そして富士吉田にいた川合信水、また山梨の生んだ鉄道王根津嘉一郎が関わっていると思います。
 この「日本文化講座」については、昨年山中湖で企画展が行われ、新聞記事としてもこのように紹介されました。第1回全日本カーリング大会にもびっくり。
 う〜ん、学校で学んだ歴史とはかなり違う雰囲気だなあ。自分で調べることがいかに大切か思い知らされます。
 この世界教育会議に関する記録などをじっくり読んでみたいですね。鈴木大拙の講演の内容も知りたい。どうも記録映画が製作されたようですから、それの再発見にも期待したいところです。
 のちに疎開してくる仲小路彰は、当然この会議、講座のことを知っていたでしょう。仲小路が富士北麓に一大教育都市を構想したのにも、それが影響しているかもしれません。
 いやあ、近過去の歴史の勉強は実に面白い。


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2017.04.26

Jin-Machine 『がんばれ! 桜、アディオス』

 ィジュアル系大好き(生き甲斐)の女子生徒と放課後しゃべっていて、ワタクシがおススメしたのがこのバンド。
 ワタクシ、ただカッコイイとか上手いとか、そういうのでは満足しない体なので(笑)、こういう面白いのが好きです。
 ふざけてるとか言う人もいますが、やはりユーモア、笑いというのは人間だけが持つ非常に高度な文化であります。そう、プロレスなんかでも、お笑い系けっこう好きなんですよ。まさに荒魂と和魂の両方が必要というやつです。
 上の曲はジンマシーンの最新曲です。卒業シーズンにぶつけてきましたね。ワタクシも中学のセンセーなんてのをやってますが、けっこう中学校的感動文化を茶化すことありますよ。コント部でね(笑)。
 この曲はそういう意味でも秀逸です。全ての日本人が共有する中学校文化の「おかしさ」を見事に揶揄しているとも言えるし、逆にユーモアをもってリスペクトしているとも言える…かな。
 こういうセンス好きです。下に公式の振り付け講座がありますが、これも一つ一つ秀逸ですね。くり返しになりますが、好きです(笑)。

 ジンマシーンの名曲(迷曲)はたくさんあります。中でもワタクシが一番笑ってしまうのが、この曲です。音楽的にもかなりプログレしていますね(笑)。ライヴ、盛り上がるでしょうねえ。一度行ってみたいかも。

Amazon がんばれ! 桜、アディオス

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2017.04.18

追悼 渡部昇一さん

Th_41xw782ar2l 語学者にして保守派論客の重鎮、渡部昇一さんがお亡くなりになりました。
 「知的生活の方法」を読んだ高校生の頃から、言語、文化、思想、歴史観、いろいろな面で大きな影響を受けてきました。最近もネット番組等でお元気なお姿を拝見していたので、突然の訃報に驚いています。
 最も最近の動画がこれでした。渋沢栄一を紹介する渡部さん。渡部さんがご自身の人生を振り返るように、渋沢について語っています。
 私も昨年、仲小路彰研究の関係から、渋沢栄一記念財団の会員になりまして、遅ればせながら渋沢の偉業を知り、その人生訓を学ぶことになっております。
 そんな中、尊敬する渡部昇一先生が分かりやすく渋沢栄一を紹介するとあって、続編も楽しみにしておりました。完結編もおそらく収録済みと思われます。渡部さんが最後に渋沢を語ったというのは、本当にいろいろな意味において象徴的であったのかもしれません。
 ご冥福をお祈りします。

Amazon 知的生活の方法

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2017.04.13

金足農業 vs PL学園 (昭和59年夏)

 分がちょっと(かなり)忙しい&国家が危険な状況なので、今日は軽くて重い記事で。
 この甲子園の名勝負、いいですねえ。
 なんだかんだ言って、秋田って名勝負生んでますよね。本当に雑草軍団というか、素朴な田舎軍団(失礼)というか。
 それが強大な敵を追い詰める。しかし、最後は逆転負け…みたいな。6年前の能代商業もそうでしたね。
 こちらに書いたとおり、高校野球(甲子園)は先の大戦のノスタルジーを投影した「文化」です。
 そういう点でも、弱小チームが一丸となって強大な敵にぶつかり、そして玉砕する…というストーリーは感動を呼びます。すなわち秋田のチームは、あの時の日本の象徴というわけです。
 それにしてもですね、かつて強大な「帝国」であったPL学園の野球部が滅ぶとは、まさに21世紀の世界史を予言しているかのようでもあります。
 高校野球(甲子園)は、実に面白いですね。スポーツをこうして「文化」「歴史」化する日本。私は次元が高いと思いますよ。

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