カテゴリー「自然・科学」の1000件の記事

2025.05.01

能『杜若』

Img_9938 岡二日目。大本のギャラリーを訪問し、ゆっくりお作品を鑑賞。母と伊都能売観音さまを引き合わせることができました。

 と思ったら、なんとギャラリーに知り合いが数人!それも最近お会いした人たち。

 最近そういうことが多いのですが、なんの示し合わせもなく、いろいろなところで知人とばったり会うのです。全国で。

 さて、時節柄、万祥池のカキツバタが満開でした。美しい。

 大本さんと言えば、万祥殿にある立派な能舞台も有名です。能をやってきた次女もその素晴らしさに感動しておりました。

 芸術を宗教の母とする大本さんでは、能も大変重要な修行の一つです。ちょうど二日後に「大本みろく能」が行われるところでした。

 能も流派がいくつかありますが、大本さんではその流派が皆仲良く集まります。象徴的ですね。

 ということで、今日は能「杜若」を鑑賞いたしましょう。

 

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2025.04.27

「超々広角」星空観賞用双眼鏡 Super WideBino36(笠井トレーディング)

 

 浜スタジアムで娘たちとベイスターズ vs カープ生観戦。ベイスターズが勝利し最高の気分。

 偶然、大好きなバウアーが先発ということで楽しみにしていましたが、本当に素晴らしい投球内容で、打てない打線も相まって(?)感激する試合になりました。

 いやあ、いちおう小中、そして草野球レベルで投手をやっていた者として、本当に本当にバウアーはカッコいい選手なのですよ。全ての球種の質が異様に高いのももちろん、いわゆる投球術、そして「燃える闘魂」が素晴らしすぎる。

 特に8回のピンチでの投球。思わず泣いてしまいました。ギアを上げて三振を取りに行く姿はカッコいいとしか言いようがなかった。

718tgenjlel_ac_sl1500_ ところで、今日は内野席でしたが、私はこの双眼鏡でバウアーの一挙手一投足を食い入るように観ていました。

 このマニアックな双眼鏡、これもまたバウアー並みに素晴らしいのです。もちろん、星空観賞用に購入したものですが、野球やプロレス観戦、舞台鑑賞にもいいのです。

 とにかく「超々広角」なのが案外スポーツ観戦に適している。なにしろ36度の広視野ですからね。今日も内野席からちょうどピッチャーとバッターが同視野に入る。

 倍率は2倍ですけれど、54ミリの大口径のため、明るさがすごい。つまり鮮明すぎるくらい鮮明に見えるのです。さすが星空用です。

 大口径ですが短焦点なので小型。よってずっと持っていても疲れない。作りは大変しっかりしているので、ある種のずっしり感はあるのですが、それが安定性をもたらしている。

 シロウトさんは、ついつい高倍率なものを選びがちですけれど、そうすると暗いし手ブレするし、本当に使いづらいのです。それに比べてこれはすごい。あの臨場感は低倍率双眼鏡ならでは。早い打球でもしっかり双眼鏡で追えるくらいですから。

 ハマスタでは、安いウイング席での観戦もよくするのですが、肉眼だとボールが見えないんですよね。ところがこれを持っていけば、ものすごい解像度で観戦することができる。ホント最高ですよ。

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2025.03.29

失われた定禅寺と定禅寺桜

Img_9631 台勾当台公園近くでセミナー。懇親会は定禅寺通りにて。ウチの学校のジャズバンド部もお世話になっている、定禅寺ストリートジャズフェスティバルの舞台です。

 定禅寺も上野の寛永寺同様、明治維新に伴う戊辰戦争や廃仏毀釈の犠牲になったお寺。寛永寺は規模縮小して現存していますが、定禅寺は明治6年に廃寺となってしまいました。

 寛永寺ほどではないにしても、かつての定禅寺は今の勾当台公園、仙台合同庁舎、宮城県庁の一部にわたる広大な寺域を持っていたとのこと。上の写真はそのあたり。

 おそらく貴重な文化財も多かったと思われますが、そのほとんどが焼失してしまいました。本当に廃仏毀釈というのはとんでもない宗教弾圧でしたね。特に大都市において。山間部などのある意味ド田舎は難を逃れましたが。

 さて、昨日書いた上野の桜も、東京大空襲でほとんど焼けてしまいました。同様に、定禅寺跡にあった樹齢150年を誇った「定禅寺桜」もまた仙台空襲で焼けてしまいました。これも人災です。

 懇親会では秋田料理店でした。なまはげに襲われました(笑)。終了後は仙台から新幹線の終電で一ノ関へ。明日は気仙沼です。

 

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2025.03.28

上野公園の桜

Img_9586 井の旅を終えて一晩だけ上野へ。秋田から義父母と義甥たちが遊びにきました。

 上野はちょうど桜が咲き始めました。桜の花見といえば上野公園と言われますが、いったいどういったきっかけでそのようなことになったのでしょう。

20250328114506_202798 実は私の大尊敬する天海大僧正が大の桜好きだったことがきっかけのようです。天海に大いに世話になっていた徳川家光が、奈良の吉野の桜を移植させたのが始まりとも言われています。

 そのあたりの話から、のちに花見の名所になる過程などを詳しく説明してくれているのがこちら。藝大アートプラザの記事です。ぜひお読みください。

 上野公園の桜はいつから?歴史や見どころを解説

 奥が深い。勉強になります。ゆっくり散歩したいですね。

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2025.03.07

東龍 純米酒 『龍瑞』(東春酒造株式会社)

Img_9374 古屋は守山でセミナー。

 参加者にJR東海の女性運転士の方がおられて大感動。嬉しくて泣いてしまった(笑)。特急の運転もされるとのこと。かっこいい!

 毎日全国の美味しい日本酒をいただいているわけですが、ここ守山のお酒も美味しかった!

 比較的安価なお酒ですが、のどごしが滑らかで米の味が活きていて気に入りました。

 「東龍」は「あずまりゅう」、「龍瑞」は「りょうずい」と読みます。「龍瑞」とは「龍が現れる兆し」のこと。

 スピ界隈では「龍」がはやっていますが、本当にみんな分かって言ってるのかなあ…日本における「龍」とは、火と水が出会って生じる「水蒸気」のことです。

 たとえば、富士山北麓の「剗の海(せのうみ)」に、貞観の噴火の青木ヶ原溶岩流が流れ込んで生じた、巨大な水蒸気の渦のことを「龍」と言ったわけです。

 何億トンもの水に800度の溶岩が何億トンも流れ込むのですから、それはそれはとんでもない風景になったことでしょう。すさまじい上昇のエネルギーです。

 それが、中国の伝説の生き物「龍」と重なって今に至るということです。つまり、火と水のような対照的なものの衝突と融合のエネルギーを「龍」と称したと考えるのが自然ですね。

 このお酒を飲みながらそんな話をしました。

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2024.08.11

『大鹿村騒動記』 阪本順治 監督作品

814kmvppbfl_ac_sy606_ 日は八ヶ岳山麓から杖突峠を越えて伊那谷へ。

 一昨日と昨日のセミナーの参加者のご縁があって何か所かを訪ねました。伊那谷と言えば、私にとっては後南朝の伝説の宝庫ですが、今回のご縁で春以降に合宿をやることになりそうな村が大鹿村です。

 今日は帰宅後、その大鹿村を舞台として映画を一本観ました。これがなかなかの名作でしたよ。

 敬愛する俳優、原田芳雄さんの遺作となった作品です。原田さんはじめ、錚々たる俳優陣が出演しています。特に三國連太郎さんと佐藤浩市さんの親子共演や、原田さんと縁の深い大楠道代さん、岸田一徳さん、石橋蓮司さんらの演技は見もの。

 大鹿村の自然も美しい。そして何よりこの作品の主役でもある「地歌舞伎」が良い!最近、ちょっと地歌舞伎に興味がありまして。

 ここ富士山北麓ですと吉田歌舞伎がなんとか残存しております。そう、地元鳴沢村にもかつては地歌舞伎があったのですが、今は伝わっていません。しかし、大田和の八幡神社には、実に立派な奈落操作式の回り舞台が残っているのです。あれ、吉田歌舞伎で使えないかなあといつも思っているのですが。

 さて、そんな大鹿歌舞伎を舞台として、実に面白く軽妙な人情劇が展開されております。くすっと笑える喜劇。大好きな荒井晴彦さんの脚本。

 これって日本の伝統であり、それこそ地歌舞伎にもつながりますよね。地歌舞伎ならではの、下ネタというか下世話な笑いも、この作品に登場して良い味を出していますよ。

 最後のオチも実に地方的というか痴呆的というか(笑)。重厚な演技が多かった原田芳雄さんが、最後こういう作品に出会って旅立たれたのは、きっと偶然ではないのでしょうね。

 来年の大鹿合宿が楽しみになってきました!

 ちなみにリニアの工事完成は数年先送りになりましたよ〜!、頼朝の家来の皆さん(笑)。

 

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2024.08.10

富士山と八ヶ岳のケンカ

Image45 杜市でセミナーでした。八ヶ岳山麓の皆さんは、富士山麓とは違う雰囲気を持っていますね。地元民もですが移住者も違う。対照的とも言えるかも。

 そこで思い出すのが、有名な「富士山と八ヶ岳のケンカ」の話ですね。ケンカの原因は「どちらが高いか」です。

 女神の富士山と男神の八ヶ岳の激しいケンカ(噴火)を見て、阿弥陀様が勝敗を決するために両山に樋をかけて水を流してみることにしました。そして、結果は八ヶ岳の勝ち。

 これは地学的にも正しいものです。今から10万年くらい前までは、実際に八ヶ岳の方が高かったと考えられます。つまり八ヶ岳(古阿弥陀岳)は崩れていなかったし、富士山は小御岳や古富士の段階ですからね。

 その結果に憤慨した女神富士山は、かけてあった樋を振り上げて、男神八ヶ岳の頭をしこたま殴りつけました(笑)。それで山頂が崩壊して「八ヶ岳」になってしまったと。もちろん背は低くなってしまって、今のように富士山の方が高くなったということです。けっこう怖い話ですね(汗)。

 とは言え、数万年前の記憶が伝説になっているとは考えにくいので、もう少しリアルに考えると、平安時代の記憶がそこに反映しているのではないかと推察されます。

 すなわち、私が時々書いている、9〜10世紀の日本の大活動期の記憶です。復習してみましょう。

 864年貞観の富士山噴火→869年貞観の三陸沖地震(津波)→887年仁和の東海・東南海・南海連動型地震→888年八ヶ岳水蒸気爆発?&山体崩壊→915年十和田大噴火(日本史上最大規模)

 ここにあるように、富士山の噴火から始まって三陸沖大地震、そして南海トラフ巨大地震、おそらくその影響で八ヶ岳が山体崩壊しているのです。

 貞観の富士山噴火は3年ほど続いたと思われますし、その後も噴煙は上がっていた可能性が高い。そんな中、巨大地震が連発して、八ヶ岳が崩壊したわけですから、当然当時の人たちは富士山が怒って八ヶ岳が崩れたという感覚だったことでしょう。

 それがこの伝説に反映していると考えられるわけです。

 それにしても、何度も確認しますが、この50年間はすごいですね。ちなみに893年と917年には、お隣北朝鮮の白頭山も破局的噴火を起こしております。

 まだ3.11から13年です。富士山の噴火も南海トラフ巨大地震も、まあこれからであることは確かですね。新しい伝説が生まれるのでしょうか。 

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2024.08.09

模擬原爆パンプキン

20240813-144402 日は甲府でセミナーでした。セミナーの中でも少し話しましたが、今日は長崎原爆忌ですね。

 原爆で亡くなった方々の御霊を引き継ぐのはもちろんですが、忘れてはならないのが、模擬原爆パンプキンによる犠牲者のことです。

 アメリカはせっかく作った原爆の投下に失敗しないよう、同型の模擬爆弾を全国各地に投下して訓練と調査を行いました。長崎に落ちたファットマンの模擬爆弾がパンプキンです(命名が軽くて怒りを覚えますね)。

 全部で52発が投下され、約400人の方が犠牲になっています。

 アメリカはその実体が残らないよう確実に爆破しています。実際の原爆投下の前なのですから、当然と言えば当然のこと。ただ、当時の日本人は、どうも新型爆弾らしいということは感じていたらしい。あまりにも巨大な穴が空いたからです。しかし、それがその数万倍もの破壊力を持つ原子爆弾の模擬爆弾だとは思わなかったことでしょう。

 いくら戦争中とはいえ、このように人命を軽んじ、一般市民をいとも簡単に犠牲にするというのは、やはり許せない暴挙と言えましょう。とはいえ、アメリカだけを責めるつもりはありません。日本側にもそのようなことはいくらでもありましたからね。

 しかし、さすがに原爆の投下はひどすぎる。人の想像力は、その対象のスケールが大きくなるほどに麻痺してしまうのでしょうか。人間の知覚と感情システムの限界。これを超えることが人類の課題ですね。

 

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2024.08.08

日向灘M7.1発生〜南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)

 日は富士山麓で大切な友人の結婚式でした。今後の地球の愛の雛型になるであろう素敵で画期的な結婚式に、心から感動し、祝福の気持ちに溢れました。おめでとうございます。

 さて、その二次会の最中に宮崎県沖日向灘で大きな地震があったとの一報が届きました。

 そしてその後、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表されました。

 日向灘は南海トラフ地震の想定震源域の最西端に当たります。そこでのM7以上の地震は下のように20世紀以降6回発生しています。

Img_7035

 1968年にはM7.5も発生していますが、そのあとに南海トラフ地震は発生しませんでした。1946年に昭和南海地震が発生していますので、もし関連があるとすれば、1941年の日向灘M7.2の方が前震的な存在なのかもしれません。

 そうだとすると、日向灘のあと5年後に南海地震が発生しているわけで、今回発表された「巨大地震注意」が1週間を警戒期間とするというのには、全くとは言わないものの、ほとんど意味がないと感じます。

 おそらくは東日本大震災の時の反省というか、痛い目によって、ある種の責任回避の手段としての制度であり発表なのではないでしょうか。

 そう、あの時、私が書いたこちらの記事を読んでみてください。

 3.9と3.11の間に何が起きたか。

 専門家はかなり厳しい批判を浴びました。そしてその教訓が熊本地震でも活かされませんでした。

 こちらの記事も読んでみてください。ここに「日向灘M7.1」の文字が出てきます。

 熊本でM7.3

 そうなんです。私としては、「明治熊本地震の10年後日向灘M7.1、20年後宮崎県西部M7.6」の方が、南海トラフ巨大地震よりも気になる流れなのです。今回、2016年の熊本地震の8年後に再び日向灘M7.1が発生したのですから。ある意味、私の予知が当たったとも言えるのかも…。

 地球的な時空のスパンは、人間の常識的なそれとは全く違うことを思い出さねばなりません。

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2024.08.04

北海道はでっかいどー

Img_6881 まりに言い古された感はありますが、実際に体験するとたしかについ発したくなるパッセージですね。

 もちろん距離的なでっかさも実感しました。しかしこの日は温度的なでっかさに驚きました。

 前日の旭川は最高気温33℃でした。そして、この日の稚内の最高気温は15℃。私が到着した昼過ぎは、天気くもり、気温14℃。風が強く、体感温度は10℃。

 セミナー会場では、なんと暖房が稼働中。たしかに14℃となると、静岡の真冬の最高気温みたいなものです。

 旭川から稚内まで約250km。たしかに遠いけれど、ここまで気温が違うとは。冷房から暖房へ。体よりも頭がバグりました(笑)。

 もちろん特急宗谷で移動しましたよ。今回は北海道フリーパスをフル活用して特急に乗りまくっております。乗り鉄としては楽しい移動時間。

Img_6884 北海道らしさを感じたのは、途中「野生動物」と衝突して15分ほど停車した時ですね。鹿だったようです。地元の人によると場合によっては1時間以上止まってしまうこともあるとのことで、今回は不幸中の幸い。まあ鹿ちゃんは可哀想でしたが。

 鹿と言えば、セミナー会場の外にもふつうに鹿ちゃんたちが散歩してました。富士山麓の鹿たちと比べると、ずっと人に慣れてますね。

 このポスター、なかなかシュールですよね(笑)。最初なんだかわからなかった。そうか、カーリングか。

 

 

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