カテゴリー「自然・科学」の636件の記事

2017.08.15

『731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~』(NHKスペシャル)

 戦の日。昨日まで出かけていたので、たまっていた録画をいくつか観ました。その一つがこれ。
 人間性を奪う戦争の恐ろしさを感じずにはいられません。
 これを「捏造だ!」と言ってしまうのは簡単ですし、実際、アメリカやソ連の思惑がからんだ難しい事件であることはたしかです。
 南京事件などもそうですが、「なかった」と言ってしまうのは、やはり言い過ぎでしょう。かと言って「あった」として全面的に認めるのもどうかと思います。
 そう、8月15日にはいつも思うのですが、たとえば靖國の英霊たちも、まさに十人十色で、戦争で散ったことを無念に思い、国を恨む人もいれば、お国のために戦ったことを心から誇りに思っている人もいます。
 軍人に限らず、あの戦争を正しかったという人もいれば、いや間違っていたという人もいるはずでし、あの当時もいたはずです。
 いつかも書いたとおり、そうした無数の感情や志、未来への思いなどを十把一絡げにしてしまうのが「歴史」の残酷さだと思います。
 ですから、この番組をめぐって左右の人たちがお互いを認めず、罵り合ったり蔑み合ったりしているのを見ると、実に残念な気持ちになります。
 これもいつも書いているとおり、私たちは、自分の中にも、残酷な自分や弱い自分、ずるい自分、反対に強い自分や正義を守る自分、あるいは迷う自分などがいることを認めないといけません。
 一面的に過去の戦争を語ることが対立を生み、次の戦争を準備してきたという歴史的真実を忘れないことも忘れてはいけません。
 最近、かつて日中戦争に赴いた祖父が書いた本をあらためて読みました。私と同じ高校の教師だった人です。教育者として兵隊になり、戦後帰国してから再び教壇に立った祖父。喜寿を迎えた祖父が書き残してくれた大切な真実です。
 祖父は私にとっては本当に人間味あふれる、尊敬すべき人でした。そんな祖父が戦地でどのような体験をし、どのような精神状況におかれたか、その本には詳細に書かれています。
 ごく身近な人にのみ配布された私家本でしたが、非常に重要な記述も含まれていますので、近くこのブログで全文を紹介しようかと考えています。
 

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2017.08.07

電気自動車の時代は来るのか?

Th_2017080700010007autoconen0001vie ヨタとマツダの資本提携のニュースがありました。トヨタがここのところよく動く。いろいろな形での提携先を求めている。
 トヨタという大化け物でさえ、これから一人では立ち行くのが難しい時代が来ることを予感させます。
 ヨーロッパを中心に、明らかにガソリン離れが起きていますね。そして、その代替となるのは電気エネルギーです。欧州メーカーはずいぶんと派手にEVへの移行を宣言しています。
 トヨタもそれに刺激されたというか、それに惑わされているように感じます。
 今までもHVやEVの問題点をいくつか書いてきましたが、その根幹にあるのは、身近なところでは「充電」の問題。それはたとえばこちらに書いたとおりです。スマホでさえ充電不足の不安にさいなまれるのに、いわんや車においてをや。
 ガソリン車がここまで普及し、そして100年前と変わらず今も主流なのは、ガソリンを手に入れることに関する安心があるからです。
 電気の場合はどうでしょう。それは上掲の記事に書いたとおりで、さらに言えば、ヨーロッパのメーカーが言うように、全ての車が電気自動車になった場合、はたして今のガソリンスタンド並みの安心感、安定感を得ることができるか。
 これもいつも書いているように、バッテリー問題というのは実に難しい。それこそスマホのバッテリーにさえ充電時間がかかるように感じているし、「へたる」ということも私たちは体験済みです。
 だから私はキャパシタ(コンデンサ)に期待し、またコンデンサとバッテリーのハイブリッドの技術を開発して、特許をとろうかと思っているのですが(笑)、実はそれ以前に、消費電気量と総発電量の問題がある。
 つまり、今ある世界中のガソリン車が全て電気自動車に変わったとしたら、いったい何機の原子力発電所を新規に建設しなければならないかということです。
 エコ、エコを唱える人にかぎって、原発反対を唱え、プリウスに乗って、自宅にソーラーパネルをつけたりしていますが、もし、その動きを世界中のみんながしたら、間違いなく電気が足りなくなりますよ。現状では。原発を大量に増やすか、あるいは火力発電所を大量に増やして石油を消費しまくるかしかない。全然エコじゃないですよね。
 しかし、それはあくまで「現状では」という前提の話です。そう、未来的に核融合発電が実用化すれば、その問題も解決する可能性が高いのです。
 これもしつこいほどこのブログに書いていますとおり、私は「原発には反対の賛成なのだ!」という立ち位置です。すなわち、核分裂原子炉発電には反対だが核融合原子炉発電には賛成なのです。
 最近ではあのGoogleが核融合分野に進出するとのニュースも聞かれました。あるところから私に入った情報では、常温核融合とは全く違う発想での、新しい核融合のスタイルがもうすぐ確立するとのこと。それも日本が中心となって。けっこうなことですね。
 もし核融合発電が一般化すれば、それはすべての車を電気自動車にしてもいいでしょう。飛行機でさえも核融合炉エンジンを搭載すれば、石油から解放されるかもしれません。
 トヨタが今こうして「電気」にシフトしようとしているのは、そのような情報を得ているからかもしれませんね。
 キャパシタと核融合、日本の技術力に期待しましょう。

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2017.07.31

昭和32年の「ICBM」

 28日、北朝鮮が2度めのICBM発射に成功しました。防衛大臣の不在に合わせたタイミング。そして、いよいよ、アメリカ本土が射程距離に入り、トランプ大統領もちょっと本気になったかもしれません。
 さて、ICBMとは日本語で言うと「大陸間弾道弾」。英語ですと、 intercontinental ballistic missile 。
 なんとなくICBMというと、最新兵器のような気がしますが、案外歴史は古く、第二次世界大戦のドイツのV2ロケットにまでさかのぼります。
 V2を改良パワーアップさせたA9、A10の二段ロケットミサイルは、ヨーロッパからアメリカ大陸を直接攻撃することを目標に開発されつつありました。終戦前にはすでに開発を断念していたようですが、もし完成していれば、それこそ初めてのICBMとなり、実際に使用された可能性もあります。
 その技術は冷戦下のソ連にひきつがれ、実質的な初めてのICBMは、1957年のスプートニク1号の打ち上げに使用されたR-7ということになりましょうか。
 そう、米ソ冷戦下での両国の宇宙開発競争には、大陸間弾道ミサイルの完成、実用化を誇示する意味合いもあったわけですね。
 さて、1957年といえば昭和32年です。その昭和32年の、「新宗教新聞」を読んでいましたら、なななんと、「ICBM」という単語が出てきていて驚きました。はあ、やっぱりスプートニクの成功は、分かる人にとってはまさに大陸間弾道弾の完成を意味していたわけですね。
 なにしろ、それを書いたのは、当時防衛庁顧問だった富岡定俊。富岡定俊といえば、名海軍少将であり、あのミズーリ艦上での降伏文書調印に立ち会った人物です。
 そして、昨日の川添浩史、坂倉準三らと並び、戦前、戦中、戦後を通じて、仲小路彰に私淑した人物です。
 その富岡が「新宗教新聞」に書いた記事を御覧いただきましょう。

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 戦後の富岡は山中湖の別荘におり、ますます仲小路彰の教えに強く影響を受けるようになっていました。戦後、富岡をある意味有名にした「未来予測」「未来学」は言うまでもなく仲小路のそれそのものです。
 仲小路も実戦現場で活躍し続ける富岡に敬意を表しており、喜んで富岡のゴーストライター的な役どころを引き受けていました。
 この新聞の記事も、その宗教観、歴史観、平和観、国連観など、いかにも戦後の仲小路彰という感じがします。というか、文体も仲小路そのものと言っても良い。
 すなわち、仲小路明は、昭和32年の段階において、ICBMの脅威、それも未来的な脅威を予知していたとも言えるのです。そのあたりの慧眼はさすがですね。
 はたして、この記事にあるような役割を、今後日本はできるのでしょうか。
 よく見たら、この記事が書かれたのが1957年8月29日とあります。スプートニク1号の打ち上げ成功は10月4日。なんとまあ、これもまた一つの未来予知のようなことになっていますね。驚きです。
 蛇足になりますが、当該記事の左下にあるPL教団の野球の試合の告知。あのPL学園高校の硬式野球部の創部が昭和31年ですから、前年ですね。ここから50年にわたるPL野球部の栄光の歴史が始まるわけです。
 そして、今年2017年、実質的な廃部となりました。なんとも言えない歴史の残酷さというか、世の中の栄枯盛衰を見るような気がします。


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2017.07.28

シルクのご縁(ネットワーク)

Th__20170730_84041 日はシルク関係で素晴らしい出会いがありました。ある意味「再会」なのですが、このタイミングでの完璧なご縁にお互い感激いたしました。
 先日、皇后さまが皇居内の養蚕所でお育てになった「小石丸」の繭糸を使って修復された、国宝級絵巻「春日権現験記絵」のことがニュースになっていましたね。天皇・皇后両陛下がご覧になったと。
 今日お会いした方との間でも、皇室と養蚕、絹のことが話題になりました。そして、富士山、宮下文書、徐福、仲小路彰のことも。
 貞明皇后、高松宮妃喜久子さまから、その長く深い歴史と伝統を伝承された皇后さま。その霊的な本質について完璧な理解をされているものと思われます。
 以前書きました「皇太子さまの御正体山登山」も養蚕と関わっているとも言えます。御正体山は養蚕の神としても信仰されていましたから。
 貞明皇后と出口王仁三郎(綾部)の関係、そして、綾部と言えば郡是(グンゼ)ですね。郡是と言えば川合信水。川合信水と言えば西桂、富士吉田です。そこに徳富蘇峰も関わってくる。
 こうしたある種霊的なネットワークが、実は養蚕、絹織物のネットワークと重なっていることが分かります。そのあたりについて今後も研究していこうと思っています。
 今日の出会いはまさにそうした未来的活動の助けとなる幸運でありました。その方ともしみじみと語り合いましたが、本当に「動かされている」と感じます。
 そして、たまたま、いや必然的に、明日は横浜開港記念館でコンサートに出演します。横浜港とシルクの関係は言うまでもありません。
 会場のすぐ近くに、仲小路彰のアドバイスによって彼の盟友坂倉準三が設計した「シルクセンター」があります。そして、そこには、これまた仲小路彰の発案によって高松宮殿下、喜久子妃殿下がお作りになった「シルクギャラリー」に関する国内唯一の展示物があります。
 今日の素晴らしい出会いをコーディネートしてくださった、ゆかりの皆さまにお礼をすべく、明日は必ず「シルクセンター」を訪れようと思います。
 不思議だなあ。本当に。なぜ私がシルクと結びついたのか。
 

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2017.07.25

無門関 『雲門話堕』…正眼寺の松

Th_img_1040 眼夏期講座二日目、山川宗玄老大師による提唱は、無門関三十九則「雲門話堕」。
 本当に自分の痛いところを突かれたようで、逆に快感でさえありました(笑)。
 原文や訳はこちらが分かりやすいのでぜひお読みください。
 要は、受け売り、パクリ、知ったかぶりはダメということですね。まさに私のブログなんか「話堕」そのものです(苦笑)。
 言葉にしてしまった途端、それも他人の言葉であればなおさら、「嘘」になってしまうわけですね。
 今日、織物関係の知り合いたちと飲んだのですが、ちょうどそんな話になりました。今の子どもたちはスマホからの情報によって、まるで自分が経験したり、自分が調べたりした気になってしまう。これは良くないと。
 たしかにそうですが、一方でそうした抽象的な情報を具体的に「読みとる」という、ある種高度な情報処理能力を身につけているとも言えますよね。
 そこが難しいところですが、私は人間の知性、感性の次元上昇に期待したいと思います…なんて、「話堕」な自分を弁護しているだけですね(笑)。
 それから、山川老師風に言うと「そこじゃ!」という、指導者の絶妙のタイミングですね。というか、そのタイミングを、それこそ理屈でなく分かる人でないと教育者にはなれないと。
 これも耳が痛い話ですなあ。
 コトよりモノ、これこそ禅の奥義だと再確認できた体験でした。「もののあはれ」とは「モノのアッパレ」なんですよね。
 提唱が終わり、感慨にふけりながらふとお庭を見ると、そこには「正眼寺の松」がありました。上の写真です。ああ、ずいぶんと大きくなったなと思いました。まさに「黙して語る」松であります。余計なことを語らず、黙々と自然体で生きる松。
 その「正眼寺の松」については、ぜひ次の動画をご覧ください。青木ケ原樹海の赤松林とも通ずる「強さ」がありますね。


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2017.07.21

牛は草しか食べないのに、なぜ「肉」の塊なのか?

Th_images 日から岐阜は美濃加茂市伊深の妙法山正眼寺にてプチ修行です。
 今日は前日に美濃加茂市入りし若手教員と飲みに行きました。結果として、その時の話題が今回の修行のテーマと重なってきたわけですが(笑)、なかなか楽しい夜ではありました。
 で、なんの話をしたのかと言いますと、簡単に言うと「なんで牛は草しか食べないのにあんな霜降り肉になったり、牛乳を出したりするのか」ということです。
 ま、ご存知の方もいると思いますので、答えはあえて書きませんが、現象としてはたしかに不思議ですよね。まるで錬金術です。
 というか、論点としてはですね、私たち人間はずいぶん退化しているのではないかと。1日3食バランスよく、30品目食べましょうとか、そんなふうに言ってるのは人間だけです。
 牛なんか超偏食ですよ(笑)。ベジタリアンといえばベジタリアンですが。
Th_unknown ま、とにかくですね、象なんかも草しか食べないのに、あんなに大きい肉の塊になる。これは不思議ですよね。
 で、雲水さんは精進料理しか食べませんから、基本ベジタリアンです。太りはしないけれども、肉がなくなってしまうことはない。かと言って、人間は牛のように体内に特殊な微生物を飼っているわけではありません。
 そのあたりの仕組みについては、実は科学的にはまだわからないところもあるようです。
 考えてみると、その草というか植物というのは、太陽の光エネルギーを光合成して栄養分にしている。つまり、肉のもとは草、草のもとは太陽光ということで、全ての生物(食べ物)は太陽の恵みということになります。
 光合成もある意味では錬金術です。人工光合成もまだ成功していません。ある意味、植物や動物が当たり前にやっているエネルギー変換(物質変換)を、人間は自らの手でできないということですね。
 やはりそこには「神」の意思や技術が働いているのでしょう。それ、すなわち科学の補集合の部分が宗教になったり、物語になったりするのだと思います。
 というわけで、お寺で動物の肉を食べないというのはどうかと。もとは草なんだから。いや、太陽の光なんだか。というのが、今日の飲み会の結論でした(笑)。


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2017.07.18

『今日すべきことを精一杯!』 日野原重明 (ポプラ新書)

Th_51hsy5xrgl 野原重明さんが、105歳の天寿を全うされました。最期の最後まで、まさに本当の長寿長命、人間にとっての健康、幸せ、仕事の大切さを体現し続けた人生でした。
 このブログでも何回かご著書を紹介してきました。そこにも書きましたとおり、日野原先生と私とはあまりにもその命、人生の質が違いますけれども、ただ一つ共通していたのは、「一日一食」でした。基本夕食一食。
 日野原先生の食生活や仕事ぶりを拝見し、私もずいぶんと勇気づけられ、そしておかげさまで健康に、そして幸福に日々を過ごさせていただいています。
 あらためて、感謝の気持ちを表したいと思います。ありがとうございました。
 日野原さんのご著書で最近読んだのはこの本でした。85歳の時のご本ですから、20年ぶりの新装版ということになります。その時から20年もずっと現役でいらしたんですからね。本当に驚きですし、尊敬申し上げたいと思います。
 105歳ということでいえば、私なんかまだ折り返し地点にすら到達していない。本当に洟垂れ小僧です。
 「人は必ず死ぬのだから、今日すべきことを精一杯やりなさい」という思想は、非常に仏教的であるとも言えます。過去や未来にとらわれず、「今ここ」になりきる。それが難しいから人は「生老病死」に苦しむのです。
 医師はまさにその「生老病死」と対面する仕事。他者の「生老病死」を手助けするとも言える。その四苦は避けられないのだから、いかにその質を上げ幸福に転ずるか、それをアシストするのが医師の仕事とも言えます。
 そういう意味では、私たちは職業上の医師でなくとも、他人の、そして自分の「生老病死」をしっかりプロデュースしていかねばならないはずです。それはもしかすると、修行のような厳しいものではなく、もっと軽やかで楽しいものなのではないか、そんなことを予感させてくれるのが、この本です。
 まさに大往生された日野原さん。医学だけでなく、栄養学、哲学、倫理学、キリスト教や仏教、神道の立場から見ても、たいへん大きな遺産を残してくださいました。本当にありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。 

Amazon 今日すべきことを精一杯!

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2017.06.18

最近の富士山ラドン濃度について

20170619_64432

 のグラフは今年3月から今日までの富士山ラドン濃度の推移です。
 明らかに(2011年末の測定開始後)今までと大きく違うのは、この3月18日以来3ヶ月の間、一度も20Bq/m3以下に下がっていないことです。
 また、その間、中規模以上の地震の発生数はかなり少ない印象です。
 今までの経験から推定しますと、大規模な地震の前兆が長期に亘って現れているとも言えそうです。
 それがいつどこで発生する地震の前兆なのかは、正直分かりません。しかし、全国のラドン濃度観測のデータを見ると、房総半島沖、三陸沖、若狭湾、日向灘で異常が認められており、それらの地域で大規模な地震が発生する可能性が指摘されています。
 富士山での異常値は、今までは東日本の動きを反映するものでしたが、今回のような長期的な異常の場合、逆に西日本を含む遠方の動きに対応したものとも考えられます。
 いずれにせよ、今までにないパターンなので、私としても従来のような予測ができません。今後の動きに注目するとともに、全国的に注意を喚起したいと思います。
 もちろん、これが正常だという可能性もあります。つまり、東日本大震災後異常になっていたものが、6年の時を経て正常になったとも考えられるのです。
 ちなみに富士山ラドン濃度は、昨日から今朝にかけて一時的に急低下し、また午後には上昇しました。これは富士山周辺での何らかの動きを捉えたものだと思われ、長期的な前兆の収束ではないと思われます。
 自然からのメッセージを受け取るのは本当に難しいですね。
 

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2017.06.06

福来博士記念館

Th_img_0591 修旅行二日目は白川郷と高山散策。高山では念願の場所に行くことができました。今までも何回かチャンスがあったのですが、場所が分からなかったり、閉まっていたりだったところです。
 その名は「福来博士記念館」。福来友吉は知る人ぞ知る人物ですよね。日本のオカルト界では神のような存在です。
 戦前の心霊ブームを導いた元東大助教授、高野山大学教授。かの映画「リング」の伊熊助教授のモデルになった人。というか「リング」自体が福来らの「千里眼事件」をモデルにしています。
 この記念館にも「貞子」さんに関する展示が…。そう「リング」の貞子のモデルは悲劇の超能力者御船千鶴子だと言われていますが、事件の関係者には高橋貞子という超能力者もいるんです。
 さて、この記念館、高山市の反対に合いながらも、福来の遺志を継ぐ山本健造さんらによって建てられたもの。城山公園の入り口近く、オシャレな喫茶店の横に静かに鎮座しております。
 なんとなく町の公民館のような感じで、たった一部屋に福来博士や千里眼事件などに関する資料がパネル展示されております(こちら参照)。
Th_img_0624 もちろん誰もおらず、私一人で拝観。椅子に座ってゆっくり(鎖でつながれた)山本さんの興味深い著書なども読ませていただきました。
 この福来友吉の超心理学実験、かの筧克彦も同席したということで、ここで宮下文書や出口王仁三郎、そして貞明皇后との関係も出てくるわけでして、まあ戦前の日本のスーパーオカルトぶりには感動さえしてしまうわけであります。
 というか、それが本来の日本であったわけで、戦後、そういう「モノ」を排除されてしまった日本が異常なのではないかと、最近のワタクシは思うのです。アブナイとかトンデモとか言われてもめげませんぞ(笑)。この世はコトよりモノが本体ですから。
 というわけで、高山に行ったおりにはぜひ訪れてみて下さい。飛騨の国は元来霊的な土地ですが、その中でも異彩を放っております。ここで一人佇んで何も感じないとしたら…あなたは日本人ではないかもしれません(笑)。

飛騨福来心理学研究所
福来記念・山本資料館

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2017.06.01

森高千里 『雨』 【セルフカヴァー】

 日は気象記念日。高円寺氷川神社末社の気象神社の例祭の日でもあります。
 昭和19年に陸軍気象部に創られたこの神社。オモヒカネを祀っています。アマテラスの岩戸隠れを解決し、この世に再び「晴れ」を呼んだ神様だからでしょうか。
 思えば日本の戦は「神風」頼みのところがありましたよね。昭和19年といえば戦局も危うくなっていたころです。神頼みせずにはいられない状況であったとも言えます。
 今ではこちらの公式ページにあるとおり、かわいいキャラもいたりして、どちらかというとポップな雰囲気になっております。
 と、全然関係ない話から入ってしまいましたが、そう、そろそろ梅雨入りの季節ですよね。なんとなく空気も湿気を帯びてきました。今日もにわか雨の予報が出ていました。
 この季節になりますと、この曲を聞きたくなるのであります。名曲「雨」。
 今日は森高千里さんご本人によるセルフカヴァーで聴いてみましょう。この200曲セルフカヴァーの企画、いよいよあと1曲になってるんですよね。最後の曲は…あれとあれが残っている…いったいどうなるのでしょう。楽しみにです。
 それにしても森高さん、本当に「オバさん」になりませんねえ。先日デビュー30周年ですよ。30年前には私、正直言うと全く興味がなかったんですが、最近「オジさん」になってからというもの、森高千里さんにすっかりはまってしまいました(笑)。なんででしょうね。
 それにしてもいい曲ですね。切ないけれども、「雨」が人生にとって、あるいは日本文化にとって、とっても重要なものであったことが分かります。

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