カテゴリー「自然・科学」の742件の記事

2019.04.14

ブラックホールとホワイトホール

Th_190411_blackholew1280 週のニュースになりますが、なんと「ブラックホールの撮影に成功」したとのこと。
 もちろんブラックホール自身は光をも吸い込んでしまう存在なので、それを写真に撮影することはできません。しかし、そのあまりに強力な重力の影響は、その周囲に異常な現象を引き起こします。
 それを撮影したのが今回の「ブラックホールの写真」ということになります。
 細かい学術的なことは専門家におまかせしましょう。ここは私なりのブラックホール観(感)を披露させていただきます。
 私、この「写真」を見た時、「あっ、これ見たことある」と思いました。
 色合いは違うのですが、何年か前に遭遇したUFOがこんな感じのドーナツ型だったのです(こちら参照)。
 小型UFOとブラックホール、全然関係なさそうですよね。いや、私の中では実はちょっとつながっているのでした。
 というのは、私にとってのブラックホールはですね、その向こう側に必ず「ホワイトホール」が意識される存在なんですね。おそらく小学生の時に読んだ「ホワイトホール」という本の影響でしょう。いまだにそれが続いている。
 ホワイトホールの可能性は、アインシュタインの一般相対性理論からは導き出せますが、一方でその実在は疑われています。SFの世界では、ワープの出口として扱われることが多い。
 私は、小学生の時からなぜかホワイトホールの存在を信じていました。というのは、入り口と出口の関係というよりは、ブラックホールの鏡像としてのホワイトホールをイメージしていたんですね。
 つまり、空間的にも時間的にも完全に反対の世界。そういう意味ではブラックホールと同じものということになります。それが同時に存在している。時間の流れの方向を、一般的な地球上のというか、人間の一方通行的感覚でとらえると、「同時」の意味がよくわからなくなると思いますが、宇宙の時間観の中では自然に同時に存在できるのです(と小学生の時から思っていた)。
 こんなところが、私の宇宙人たるところなのかもしれませんが(笑)、実はその理論というか感覚からすると、UFOというのは乗り物というよりも、そうした時空の歪みの周辺に起きている現象ということになるのです。
 ですから、私が出会った小型UFOも、おそらくそこに誰か乗っているというよりは、そこの時空がなんらかの原因で歪んでいたということだと思っています。あのまま車ごと吸い込まれていたら、今私とカミさんはどこにいるのでしょうか。ちょっとそこに行ってみたい気もします。いや、今ここがまさにそこなのかもしれませんね(笑)。

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2019.04.08

『科学と非科学 その正体を探る』 中屋敷 均 (講談社現代新書)

Th_61we2ytbz3l 1ヶ月ほど前に東大の入試問題に出題された、中屋敷さんの科学と非科学のはざまで…を紹介しました。
 そのまた1ヶ月前にこの本が発刊されていました。東大の入試問題ですっかり(勝手に)意気投合してしまった私は、当然この本を買って読み始めました。
 ものすごく面白いし読みやすかったので、線を引きまくったのですが、読破する前に、それこそ想定外の非科学的「モノ」に襲われまして、その分析と解釈と言語化(コト化)に奔走することになりました。しかし、いまだ「はざま」を漂っております。やはり人間に関わることは、そう簡単にシロクロはっきりさせられません。
 さらにそこに想定外の人事(ひとごとではないジンジ)が降りかかり、ますます非科学的な?毎日になっております。特に幼稚園児に関わるようになりまして、その「モノノケ」ぶりに振り回されている(笑)。
 なるほど、大人になるとは「科学的」になる(なろうとする)ことでもあり、しかし、何歳になっても、いくら仕事(シゴト)を一生懸命しても、自分の中にさえ「非科学的」なモノ(子ども)がいくらでも存在していることに気づかされ、結局安定しない。まあ安定する時は死ぬ時でしょうから、その不安定や不安こそが生命の本質なのでしょうね。
 人生とは、科学自身と同様に、目標というか理想は100%科学的なコト(おそらくマコトのこと)であるが、現実には不如意でゴールのないモノだというコトです。そう、お釈迦様の説いた「マコト」は、世の中「モノ」だよという唯一のコトなのでした。
 というわけで、この素晴らしい本の内容からはかけ離れた(いや実は密着している?)言葉の羅列になってしまいましたね。
 最後にもっと密着していて、かつかけ離れたことを書きます。そう、今まさに私は、誰の目にも再現性はあるが現在の科学では証明されない、あるモノ(物体)に大きく関わっています。これこそ、現代の魔術。未来の科学であると信じています。妖しくて結構。科学(コト)がいつそのモノに追いつくのか。楽しみですよ。

Amazon 科学と非科学

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2019.03.23

Google AIバッハ

Th_00_m わぁ、これは…。3月21日、大バッハ(大小川?)の334回目のお誕生日に公開されたGoogle Doodle。試した方もいらっしゃることでしょう。
 皆さん、どう思いましたか?
 私、正直ガッカリというかビックリしましたよ。えっ?こんな程度なの?って。
 私のような素人でも、これはないだろうという和声や進行や、各パートの旋律がオンパレードです。全然バッハじゃない。
 いちおうバッハの4声のコラールは楽譜を買って、ちょっと勉強したことがあるんですが、AIはそれを300曲以上全部学習したというのです。それになのに、正直私より質が低い(笑)。ありえないことが起き過ぎですよ(具体的には…やってみてください)。
 音楽、それもバッハの音楽は、比較的抽象度が高く、他の芸術作品に比べるとパターンも限られているというのは事実でしょう。しかし、その深さは機械的なシンプルさとはかけ離れたとんでもないモノです。
 私はこのプロジェクトから、やはりAIができることというのは限られているのだなということを確認させていただきました。少なくとも芸術分野に関しては厳しいなと。文脈力というか、そうスポーツやチェス、将棋のように、結論から過程が
 学習の仕方に問題があったのでしょうね。AIと言っても結局学習の仕方については人間のさじ加減が必要になります。ディープラーニングというのも、結局過去の情報の処理ですから、その処理方法の部分(少なくとも入り口)には人間のセンスが関わってきます。
 もちろん、それを承知の上での芸術分野への挑戦だったのでしょう。それにしてももうちょっとそれらしく(バッハらしく)できたと思いますよ。バッハも苦笑していることでしょう。
 シンギュラリティと一言で言ってしまう風潮がありますが、それぞれの分野でかなり違いがあると思います。特に芸術にはAIではなく「愛」が必要なのでしょうね。「愛」は情報ではないのでした。

ヨハン・セバスティアン・バッハを称えて

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2019.03.20

第六感=磁覚?

 日、今日と面白い記事がありました。

人間の「第六感」 磁気を感じる能力発見 東大など
あなたも「地磁気」を感じる“第六感”がある!? 何に役立つのか 東大の研究者に聞いてみた

Th_unknown コメント欄を見るとまた面白いですね。ブラウン管テレビの話とか。磁気と電磁気、モスキート音、いろいろごっちゃになっていますが、要は今まで科学では証明されていなかった感覚があると信じている人が実に多いということですね。
 私はかなり危ない宇宙人なので(笑)、幼少期からいわば「霊感」のようなモノを信じてきた…というか、それに頼って生きてきました。ですから、別に科学で証明されようがされまいが、その存在は疑わずにきました。
 アブナイとかオカルトだとか非科学的だとか、なんと言われようと構いません。音楽に関する感性すら科学では全く証明できませんが、しかし、そこに感動が存在することはたしかですよね。そういうことです。
 またまたモノ・コト論で申し訳ありませんが、私たち人類が共有しているコトなんてほんのわずかであり、その他補集合のモノの方が圧倒的に膨大であり、また本質であるのです。
 「ものがなしい」とか「もののあはれ」とかいう日本語古来の「もの」は、まさにそういう意味であります。「なんとなく」とか「得も言われぬ」とか、そういう感覚ってない人はいませんよね。
 低気圧が近づくと不調になったり、地震の寸前の体感など、モノとコトの中間のような感覚というのもあります。ちょっと変な話ですが、家族が生理の時、男の私もいつも不調になります。これも科学では証明しにくい共鳴現象ですね。
 いずれにせよ、コト(科学)はモノ(非科学)をついも追いかけている存在なのです。最近の若い科学者の皆さんは、それをよく分かっていらっしゃる。とても良いことだと思います。これからの科学の発見に大いに期待しましょう。

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2019.03.12

科学と非科学のはざまで…

20190314_110728 ういう季節になりまして、ウチの学校でも卒業生の進路がほとんど決まりました。
 今年は東大受験者はいなかったのですが、東大の国語の問題が大好きなワタクシは当然のごとく解いてみました。
 今年もまた良問ぞろいというか、良文ぞろいで楽しく読ませていただきました。解くのはそれなりに大変ですけれど。
 今年びっくりしたのは、文系の第四問に是枝裕和監督の文章が出たことです。言うまでもなく「万引き家族」の監督さんです。とってもいい文章だったので、これは明日にでも紹介しましょう。
 さて、第一問ですが、中屋敷均さんの「科学と非科学のはざまで」からでした。これは、私の「モノ・コト・トキ」論に近い内容でしたので、うんうんとうなずきながら読ませていただきました。
 中屋敷さんの文章とワタクシの論の関係を簡単に図式化するとこうなります。

科学・秩序・固体・氷・静的・形・不動・真実・分かること=コト
生命・縁(ふち)・間(はざま)・水・特殊・複雑性・多様性=(トキ)
非科学・無秩序・カオス・気体・水蒸気・動的・無明・分からないこと=モノ

 最近ようやくモノとコトの間に「トキ」を置くことを思いつきました。生命の本質に日本語から迫ることができそうな予感があります。
 どうぞ皆さんもこちらから本文をお読みください。私たちが「はざま」を生きていることの喜びが分かると思います。

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2019.03.11

3.11から8年

 年もまたこの日がやってまいりました。1000年に一度とは言いませんが、100年単位では間違いなく最大級の自然災害だった東日本大震災。
 逆に言えば、100年に一度はどこかでこのような大災害が発生すると考えていた方がよいわけです。まさに忘れた頃に…ですね。一人の日本人の人生の中で、場合によっては二度こういうことを体験する可能性があるわけです。
 では、原発事故はどうなのでしょうか。やはり100年に1回は覚悟しなければならない天災なのでしょうか。言うまでもありませんね。
 さて、今日非常に興味深い内容だったのは、虎ノ門ニュースのスペシャル番組における青山繁晴さんの発言でした。いったい何が問題だったのか。原発自体が問題なのか、それともそれを取り巻く人間が問題だったのか。
 この青山さんの発言も、もちろんある側面でしかないのは分かりますが、ただ、その側面を非常に近距離で見た人の発言として注目されます。ぜひお聞きください。9分あたりからどうぞ。

 

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2019.03.05

祝! 磯崎新 プリツカー賞受賞

Th__20190310_133638 日、ある建築家の方と磯崎新さんのお話をしたばかりでした。ようやっと受賞されたという感じですね。遅すぎた気もしますが、受賞しないのではなどと心配していた矢先だったので安心しました。
 その建築家の方は磯崎さんのアトリエで働いていたことがあった方です。磯崎さんのすごさをよくご存知の方です。建築がアートであり、かつアートを超えていくために、ある種反抗的な姿勢も見せていた磯崎さん。師匠である丹下健三に楯突いたこともあったとか。
 私は磯崎作品が特別に好きというわけではありませんが、一つ印象に残っているものがあります。若い時に連れて行かれたゴルフ場のクラブハウスです。山梨県内にある貴重な磯崎作品。
 レイク相模カントリークラブのクラブハウスです。山梨県の秘境とも言われる長寿村棡原に突如現れる未来的な意匠。けっこう衝撃的ですよ。
 彼らしいと言えるのか、曲線と直線を調和させ、そこに光の演出をある意味過剰に取り入れています。山の自然を切り開いて作る人工的自然としてのゴルフコースは、たいていの場合、ある種の違和感を生むのですが、ここの人工はこのクラブハウスのために不思議と自然よりに位置させられています。実に面白い感じがしたことを覚えています。
 その後、ゴルフはしなくなってしまったのですが、久しぶりに秘境探訪とともに訪れてみたいと思います。
 あらためまして、磯崎新さん、プリツカー賞受賞おめでとうございます。

当コースクラブハウス設計した建築家磯崎新氏がプリツカー賞-を受賞されました(レイク相模カントリークラブ公式)

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2019.03.01

一日一食もうすぐ丸15年

Th_2019022800000086dal0006view 日のネットニュースに内村航平もはや仙人?修行僧?1日1食「1000キロちょっと」カロリーの食生活明かすという記事がありました。
 私も今年の春で一日一食生活丸15年となります。有名なアスリートと同じ食事パターン(夕食のみ)というは、ちょっとうれしいですし、自信にもなります。
 実際、一食にしてからというもの、病気知らず。それどころか、いろいろなことが冴えまして、特に直観力のポテンシャル向上はすさまじく、おかげで無駄な時間が大いに減りました。人とのご縁もそうです。タイミングも含めて全く無駄がない。
 これぞ「ハングリー精神」でしょうか。貧すれば鈍すると言いますが、現代においては、富すれば鈍して、貧すると鋭するのかもしれません。
 だいぶ前に内村航平は宇宙人か!?という記事を書きました。最近、すっかり宇宙人という称号が一般化したワタクシでありますが、やはり宇宙人(未来人)は摂取カロリーが少ないというのが特徴のようですね。
 違う言い方をすれば、摂取カロリーを減らせば、だれでも宇宙人(未来人)なれる、すなわち人生を大きく未来的に変えることができるということのようです。皆さんもやってみてください。
 ちなみに内村さんは「僕のやり方はまねしてほしくはないんですが…」と言っているそうです。

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2019.02.23

太陽系最大の火山(日本の東方沖)

 日は富士山の日。来年からは天皇誕生日となります。まさに二つの日本の象徴が一つになるわけです。あまり指摘されませんが、これはすごいことですね。
 今上天皇のお誕生日があの日と重なっているのとは大違いです。(こちら参照)。
 さて、ある意味最後となる純粋な富士山の日に、富士山を遥かに上回る自然の驚異の話をしましょう。
 富士山は言うまでもなく活火山ですが、火山としては決して大きい方ではありません。とっても若々しい成長過程にある火山です。
 たとえば阿蘇山は火山としては富士山よりもかなり大きいし、比較にならないほど大きな噴火を起こしています。
 では、地球上で最大の火山はというと、一般的にはハワイのマウナ・ロア火山だと思われていますが、それはあくまで地上に出ている火山ではということで、海底に隠れている火山まで含みますと、実は日本の東方沖1600キロ(近い!)にあるタム山塊(火山)が最大ということになります。
 このタム山塊は海底の台地の一つであるシャッキー海台の南部にあり、実は火山としての総体的な規模では、あの火星のオリンポス火山をしのぎ、現在確認されている中では、なんと「太陽系最大」の火山だということです。
 そんな火山が噴火したら日本は…と思ってしまいますが、その心配はほとんど無用です。1億4400万年前に短期間(と言っても数百万年)活動し、その後は静かだとのこと。つまり活火山である可能性はかなり低い(しかしゼロではない?)そうです。
 しかし、そうしたダイナミックなエネルギー放出の痕跡が日本のすぐ近くにあるというのは象徴的です。ある意味、現在の地球、生命のルーツはそこにあるとも言えるからです。
 日本に世界の火山活動や地震の1割が集中しているというのは、ある意味ではこのタム山塊の名残だとも言えましょう。
 日本の様々な神話体系において、火の神や水の神が重視され、またその両者がある種の格闘を繰り広げるのも、そうした太古の記憶が影響しているのかもしれません。火と水が出会うところに巻き上がる水蒸気が「龍」であるということも間違いないでしょう。
 富士山はそうした火と水のエネルギーの象徴として存在しています。来年以降、2月23日はますます重要な日となることでしょう。
 あっそうそう、ちなみに「火」と「水」で「カミ」と読ませる俗説が横行していますが、音読みと訓読みを組み合わせている時点で問題外です。どちらかというと「ヒミコ」の方がそういう考えに近いかと。

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2019.02.21

北海道地震は人災か?

Th_a6e1f_1405_9fe592fcfb7d1bb9806a8 海道でまた大きな地震がありました。被害が小さいことを願います。
 この地震について、鳩山由紀夫元総理がこんなツイートをしました。

 先ほど北海道厚真町の地震は苫小牧での炭酸ガスの地中貯留実験CCSによるものではないかと書いたばかりの本日、再び厚真町を震源とする震度6の地震が起きてしまった。被災された方々にお見舞いを申し上げると同時に、本来地震に殆ど見舞われなかった地域だけに、CCSによる人災と呼ばざるを得ない。

 たしかに寸前にこんなツイートをしていますね。

 先日昨年の北海道厚真町地震が高圧でCO2を地下に貯蔵するCCSにより人工的に引き起こされたのではないかと書いた。実際、北大の研究者が5年前にその可能性があるとする論文を発表していた。日本では地震の影響を考慮するとCCSは非現実とも述べている。政府は決して認めないだろうがCCSは再考すべきだ。

 ここでの「先日」のツイート内容は以下のとおり。

 CCSの実験は最初長岡で行われたが、中越地震、中越沖地震と続き長岡での実験は中止となった。その後、いわき市沖と苫小牧沖でCCSの実証実験が続けられたが、ご案内の通り東日本大地震と北海道地震が起きている。これらの巨大地震とCCS実験が無関係と言い切れるのか。少なくとも徹底検証が必要だ。

 私は、この鳩山説を完全に否定しようとは思いません。CCSが地震発生のトリガーになった可能性はあるでしょう。
 しかし、だからこそ別の視点もあることを忘れてはいけません。すなわち、人工的に地震を早期に発生させ、その規模を小さくする、つまり地震を小出しにして巨大地震を防ぐという考え方です。
 地震を発生させる歪みは、基本的には時間の経過とともに蓄積されていきます。ですから、ためこめばためこむほど、発生時期が遅くなればなるほど、その規模は大きくなります。
 ですから、その発生時期を意図的に早めるのが減災につながるという考え方があります。いまだその技術は確立したとは言えませんが、理論的には十分可能となっています。
 CCSはその目的で実験されているわけではありませんが、同様に地下に何かを充填したり、あるいは地下構造を人工的に破壊して、大難を小難にしようという研究は実際進んでいます。
 それこそ不謹慎と言われかねませんが、考え方によっては、今回の地震も「小出し」の一つとなった可能性が高いのです。
 難しいですね。自然をコントロールするのは。

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