『理系クン』&『理系クン結婚できるかな?』 高世えり子 (文藝春秋)
向かいの席の理系チャンにお借りしました。理系チャン、いよいよ理系クンとゴールインかという現状でして、そんな中このコミック・エッセイは、ものすごくツボにはまったようです。あまりに状況が似ているとのこと。
ま、このコミックでは、女性は文系チャンですからね、正確にはかなり違う状況とも言えるわけですが、ある意味、相手が理系であろうと文系であろうと、理系クンのアイデンティティーは揺らがないということでもあります。
前に、理系の人々を紹介したところに書きましたように、いわゆる理系クンとオタクとは重なる部分が多いと言えます。私の「モノ・コト論」的に申しますと、理系クンもオタクくんも、両者とも「コト」にこだわり、全てを数値的、あるいは集合的に処理し、世界を理路整然と分析、整理、インデックス化していく傾向を持っています。
それがこうしてコミックになるということは、その「コト化」の行為自体が、とってもコミカルだということですね。そう、世界史上、人類史上、「コト化」は全て「ギャグ化」の連続だったとも言えるのです。
つまり、我々が、学問だの、科学だの、社会だのと叫び続けてきたことは、実は自然(モノ)の法則…というか実態…に反することであり、宇宙規模で見れば、すなわち「モノ・スケール」で測れば、まったくのギャグであるということです。残念でした(笑)。
この前の椎名林檎ではありませんが、結局、そうしたモノ・スケールを持っていて、一言、一挙、一瞥のもとに、その構築された「理(コト)」をぶっ壊してしまう本質的パワーをですね、女性は皆持っているわけですよ。ニーチェが言う通りです。
で、そうした神のレベルから見ますと、理系クンやオタクという宇宙に名だたる種は、とっても可愛らしく見えたりするわけです。一生懸命ちょこまかちょこまか自然に対抗しようとしている彼らが、なんだかとっても愛しいのです。つまり、母性をくすぐられるんでしょうね。
そうした、女性から見た「萌え」ポイントがですね、理系クンにはあるんですよ。そういう可愛らしさとともに、モノノケたる女性の最も苦手な「コト化」の産物、たとえばパソコンとか、メカとかに対する強さを持ってますからね。それはたしかに女性から見ると魅力的に見える(こともある)でしょう。
最近はやりの「草食系男子」と重なる部分も多い。基本肉食系は自然(モノ)的ですから。アウトドアだし、ある種暴力的だし、ある意味では知的じゃないし(失礼)。
で、まるで他人事のように言っているワタクシですが、さて、私は何系でしょうか。学問的には理系崩れの文系ですし、まあ外見は完全に草食系ですけど、実態は文理雑食系でしょうかねえ。よくわかりません。
とにかく男が読んでも「ある、ある」という感じだったり、案外自分もそうだったり、充分楽しめますよ。女性の反応は「カワイイ!」か「無理!」でしょうね。さすがモノノケ。一刀両断。
それにしても時代は変わったなあ。かっこいい男はいずこへ。男はカワイイものになっちゃったのかなあ。
Amazon 理系クン
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この季節、年中早起きのワタクシは、いつに増してまた早起きになります。もちろん日が最も長い、すなわち日の出の時刻が早いというのも一つの理由です。3時半には薄明が始まり、ああ朝だなという感じになりますから。
13世紀の名語記という書物に、「鳥のてらつつき如何。答、寺つつき也。ゆへは、聖徳太子の逆臣守屋を誅罸し給て、守屋が館を没官して、四天王寺を建立し、仏法をひろめ給へりしを、守屋が亡魂そねみて、鳥となりて来て、かの寺をたたき損せむとせし時より、寺つつきとなづけたりと申す」とあり、また同時期の源平盛衰記にも、「昔、聖徳太子の御時、守屋は仏法をそむき、太子はこれを興し給、互に軍を起しゝかども、守屋終にうたれにけり。太子仏法最初の天王子を建立し給たりけるに、守屋が怨霊、かの伽藍を滅さん為に数千万羽の啄木鳥と成て、堂舎を創ほろぼさんとしけるに、太子は鷹と變じて、かれを降伏し給けり。されば、今も怨霊はおそろしき事也」とあります。
渡部潤一さん…。こんなことやってていいんですか(笑)。ま、まえがきで結構辛そうにしてますので、彼自身はこういう趣味はないのでしょう…たぶん。
47回目の誕生日となるはずだった今日、三沢さんの通夜が営まれました。悲しみは消えることはありません。
実は今、私としては非常に珍しいことなのですが、胃腸炎とおぼしき状況でして、食べても飲んでも全部出てしまいます。汚い話ですみません。精神性のものでしょう。それほどまいっております。













富士山はやはり女だ。それを再確認させられた本でした。
朝起きると、まずコーヒーを淹れて飲みます。というか、私は一日一食(夕食のみ)なので、朝はコーヒーを2杯飲むだけです。
たまたまネット上で
今月の15日から「エコポイントの活用によるグリーン家電普及事業(仮称)」が始まります。もとは7月から実施の予定だったものが、買い控えによる家電の販売低迷が起きたために前倒しするとのこと。








先日、



















少年時代は理系を目指していたのに、なぜか文学部国文学科を出て、国語のセンセイになってしまったワタクシです。
そして、今、理系の方々が一生懸命取り組んでいらっしゃるのが「エコ」です。今度はいかにエネルギーを無駄遣いしないかが、最大の課題になっています。最先端でスマートでカッコよくて、そしてなぜか金になるのが「エコ」です。
今日は、レミオロメン仲間による恒例のお花見の日でした。御坂あたりは、5分咲きから8分咲きといった感じでしたが、お天気にも恵まれ、みんな大満足。皆さん持ち寄りのお弁当をぜいたくな肴にして、私は地元夏目原の「腕相撲酒造」…すごい名前だな…のにごり酒「黒駒の勝蔵」をぐいぐい頂きました。黒駒の勝蔵とは、有名な甲州の侠客の名前ですね。甲州は独特の侠客文化があったんですよ。
さて、それでですね、我々は最後にこれもまた恒例となっている「埋草神社」への参拝をしました。埋草神社とレミオロメンの関係については、
で、今日ウチに帰ってきてあらためて確認したら、その2年前、神社で撮ったこの写真に、スギッチを持っている娘の姿が映ってるじゃないですか。そうか、やっぱりこの時スギッチはこの神社にいたんだ!拡大してみるとこんな感じです。
おお、スギッチよ。ごめん!娘はこの後、この神社の境内を駆け回っているうちに、お前を落としてしまったのだ。それから2年間、お前は参道の脇の草むらの中に突っ伏したまま、雨にさらされ、風に吹かれ、雪に埋もれ、雑草や虫たちにまみれ、こうしてじっと待っていたんだな…。うぅ…涙。
先日、生スギッチ初めて見ました。
素晴らしい本。自分に知識と才能と根性があったら、こういう本を書いていたことでしょう。
結局、昨日の話にもつながるのかなあ。古き良き時代と今と何が違うのか。そんな単純化できる話ではないというのも分かりますが、やはり今の私たちはちょっと狂っているような気がします。
きれいだったなあ。久しぶりに火球を目撃しました。
ちなみにカミさんは、私が「うわっ火球だ!エメラルドみたい!」と叫んですぐに、「エメラルドフロウジョンか!?」って言ってました。そう、三沢光晴選手の必殺技ですね。今日も中嶋勝彦くんをこの技で沈めました。ついでに、今朝はポケモン・サンデーに三沢選手が出たんですよね!なんと、三沢さん、ポケモン好きらしい!これは驚きです。「人に言えない」って言ってましたけど(笑)。
数学の先生にお借りしました。この前は化学の先生に
これはいい本ですね。私たちが当たり前のように思っていること、あるいはそれ以前に当たり前すぎて意識にすらならないこと。それらが実は当たり前でないということを教えてくれます。
こ、これは…(苦笑)。
この前、NHKスペシャル
そう、日本の絵画文化においては、擬人化、物語化というのは、とっても普通なことでありました。動物の擬人化なんて、言うまでもなく
やっぱJKはいいな。いや…女子高生じゃないっすよ。ジャパンナレッジ…日本の知識です。
そしてそして、自分にとってのメインは実はJKではなくて、日国オンラインですよ。いちおう日本語を相手に仕事をしている人間にとって、
リアル「
それを聞いていて思ったんですけど、この益川さんと小林さんって、まさに対照的なお二人でして、つまり、どっちがどっちか分かりませんが、とにかく粒子と反粒子みたいな感じですよね。そして、お二人が完全に対称であったら、おそらくその才能やキャラは完全に打ち消し合って(光になっちゃって)、何も残らなかったかもしれません。
ノーベル賞4人って…。もっと増えたりするんでしょうか。村上春樹さんとか…。
女性は科学に向いているか…どうも向いているようですね。
この本は、その猿橋勝子さんの監修による猿橋賞受賞者たちのエッセイ集です。では、この本はとんでもなく壮絶かと言いますと、そういうイメージはなくて、最初に書いたように、私は女性は科学というフィールドに向いていると思ってしまいました。
再放送を録画しました。17日に放映されたのを見逃してしまい(最後の1分だけ観た)、しまった!と思っていたんですが、助かりました。そして面白かった。これは教材として使えるぞ。
コンクリートや鉄でできた構造物はたった数十年で崩壊しますし、我々が出しまくっている二酸化炭素もあっという間に植物に使われ、波にさらわれて海底に閉じこめられます。原子力発電所の爆発によってまき散らされた放射性物質さえも、たった25年で地中に封じ込められます。地球の復元力はものすごい。自然は人間が1万年かけて奪い去ったものをほんの30年ほどで取り返します。
人間がいなくなれば、こうしてみんな自然に散らばっていく。こんなに短期間でこんなにたくさん散らばっていくモノを、今も私たちは一生懸命閉じこめようとしている。私もこうして書くことによって、消え去るべきモノをコトバにして残そうとしている。あほらしいなあ。
まず、ウチの周りでさえもかなり景観が損なわれています。登山者に聞くと、やはり山中に突然あの人工的なフェンスが現れるとガッカリすると言います。景観も大事な自然の一部だと考えると、ちょっと問題があるような気もします。写真はウチの近所のフェンスです。見ての通り、ちょっと回り込めば鹿ちゃんも中に入れます。ほとんど意味がないどころか、延々と道沿いに張り巡らされているので、鹿が道を歩くことになって、よけいに危険なんです。食害に対してはホントに気休め程度のしろものですよ。
久々に鈴木孝夫大明神の御本をまとめ読みしています。この本は、ある意味先生の専門外の話ばかりですが、まあ、御自身も書いておられるように、とにかくあらゆる分野に興味を持ち研究してきた多才で多彩なる神でいらっしゃいますし、今や言語社会学者じゃなくて孤高の「(自称)哲学者」になられているような気もしますから、これはこれでいいと思います。
地球温暖化問題をはじめとする環境問題が、結局のところ政治問題、そして政治は経済のためのもの、すなわち環境問題がカネになるというようなことを、繰りかえし書いてきました。
今、東大名誉教授久保田淳さんの
富士山に住んでおります。いつかも書きましたが、郵便物は「郵便番号 富士山 氏名」で届きます。そんなところに住んでおりますので、それなりの覚悟もしっかりできています。そしてそれなりの対策もしっかり…できてないなあ。
やっぱり昨日の桜庭和志(秋田出身)惨敗はいかんなあ。東北のモノノケが市場原理につぶされた。そこには祭祀性などかけらもない。ダメだ…そういう世界。
ここで思い出さねばならないのは、前回40年前の秋田植樹祭のことです。あの時は開催日の三日前に十勝沖地震が発生し、昭和天皇が植樹祭を欠席する事態となりました。なんとも不思議なことです。
昨日はフジファブリックが生む縁のお話、今日はレミオロメンが生む縁のお話です。
で、その芦川の山奥にありますスズランの群生地は、白樺林の足下に一面のスズランが咲き誇る、それはそれは幻想的なものであります。今年は開花が少し遅れているということでしたが、それでも、白樺林に満ちるあの独特の芳香を吸い込みながら、散策の小道を歩いていますと、もう本当に浮き世のことを忘れてしまいます。
さて、そんな素晴らしいスズラン畑を保護し整備してくれているのが、当地で民宿やキャンプ場、茶屋などを営む「すずらん荘」の皆さんです。そこの奥さんが、最近レミオロメン関係でお世話になっている方のお友達で、そういう縁もありまして、今回訪れることとしたのでした。そこの息子さんはレミオロメンの3人と同級生で、ご自身も音楽をやられているとのこと。今日はその方はいらっしゃらず、自らもレミオロメンのファンとおっしゃるお兄さんが私たちをもてなしてくださいました。
そんな話でも盛り上がりましたが、しかし、やっぱりですね、なんといってもスズランをはじめとする美しく豊かな自然と、そして、お店でいただいたおいしいおいしい味噌おでん、きのこ汁が最高でしたねえ。
もうすぐ洞爺湖サミットが始まりますね。その中心課題は当然(?)地球温暖化問題です。しかし、その実体は当然政治経済問題です。いつも書いている通りです。
え〜!?まじで〜!?ということが起きました。いや、起きていました。いろんな意味でショックだなあ。人間は進化してるのか?それとも退化してるのか?
今日はいい天気でしたね。雲一つない五月晴れ。ようやく富士北麓にも初夏の気配がやってきました。
結局モンシロチョウを一匹捕獲しただけで、ウチに帰ってきたんですが、庭で遊んでいた娘たち、今度は高級食材を見つけました。そう、
昨日の木喰展でも実際感じましたし、図録を買ってきて眺めながらまた考えたんですけど、本当に日本人はそういうものが好きですね。そういうものというのは、何か「物」を一ヶ所に集めたり、またそれらのレプリカや写真を自宅に持ち帰って眺めたり、ということです。
このおススメに何度も登場願っているお二人。そのお二人による夢の最強タッグが実現しました。
こちらは理科の先生にお借りいたしました。意外に知られていない事実ですが(当り前か)、私は理科の先生になろうとしていたんです。なのに今は国語の先生。いろいろ事情がありましてね。で、さらに遡りますと科学者や技術者になりたかった。
昨日のプロフェッショナルは「素人力」「素人魂」でした。番組としては自己撞着に陥っていた…かと言いますと、単純にはそうとも言い切れません。プロと素人が反対語とは限らないからですね。私だって教師という仕事でメシを喰っているという意味ではプロなのかもしれませんが、その仕事ぶりは今も昔も素人ですし。素人の対義語は玄人であり、玄人がプロとは限らないということでもあります。では、プロの対義語は…?
小松さんが繰り返す「不確実性と死を受け入れられるか」という課題…これはまさに私の考える「もののあはれ」そのものではないですか!
本日、仕事納め。やばい!年賀状印刷しなきゃ。今年の、いや来年の年賀状は(も)すごいですよ。毎年いかにくだらないパロディーをやって元旦早々人を笑わせるかということだけを考えている我が家の年賀状。今回のはあまりに馬鹿げてるので、元旦にこのブログで公開しようと思ってます。ついに私の素顔がさらされる!?
ウラジミール・ゴンチャロフ博士(Владимир Гончаров/Vladimir Goncharov)!!最強です。写真を観てくださいよ〜。この方が諜報部超能力研究チームの最高責任者じゃあ、旧ソ連も崩壊するわ(笑)。
今年もまたやってきましたふたご座流星群。
今年もやってまいりました
ふと目を落としますと、そこに本当に細い細い月があるではないですか。それがちょうど落葉松の木に刺さっているように見えました。刃物のような月は見る見るうちにどんどん木の幹に食い込んでいきます。月が動いているのです。
何を信じればいいかシリーズ。昨日録画した「爆笑問題のニッポンの教養」を観ました。今回のテーマは「錯視」です。立命館大学で知覚心理学を研究する北岡明佳教授が登場しました。
本日のメイン・イベントはパース市内での自由行動でした。生徒たちはそれぞれ得意の(苦手の?)英語を駆使しつつ、買い物や食事をしていました。
秋山尓黄反木葉乃移去者更哉秋乎欲見世武
四尾連湖です。四尾連湖(しびれこ)、この湖は本当にいいですよ〜。森の中の周囲1キロ強の小さな湖。あとで詳しく書きますが、この山の中の神秘の湖、本当に謎の湖です。名前も妙ですが、その存在自体非常に妙です。神秘麗湖という当て字を使うのもむべなるかな、穴場中の穴場ですね。私も独身時代はよく通ってました。ボートを持参して、一日中ブカブカ昼寝するんですよ。もう最高ですね。春の桜、夏の緑、秋の紅葉、冬の雪景色…。
たしかに四尾連湖は「青」「蒼」「碧」という感じ(漢字)がピッタリですね。今日は紅葉も美しく、そこにさらに「赤」や「紅」や「朱」や「黄」や様々な色が混ざり合い、それはそれは幻想的な雰囲気でした。
さらに詳しくは書きませんが、人文科学的にも興味はつきません。牛頭に関わる雨乞い伝説、龍王伝説、富士山信仰、子安神社、富士八湖、富士講…おいしい話が目白押しです。そのへんはいつかまた詳しく調べます。
ちなみに、伴奏はワタクシめが…。そうです、なんとなんと、あの
難しいし面白かったので、とりあえず2回読んでみました。
「センス・オブ・ワンダー」…今の私を育ててくれたのはSFだったのかもしれません。
その後、私はいちおう大人になっていったわけですが、その途中を思い出してみますと、SFから理系分野に興味を持ち、特に天文学ですね、将来はそっちに進もうとしました。しかし数学的センスのなさがアダとなり、研究者への道は諦めまして、じゃあセンス・オブ・ワンダーの面白さを伝えようと理科の先生を目指すことにしました。しかしとんでもない理由で受験に失敗し、なぜか国語の先生になるという、全くワケわからん過程を経て今に至るわけです。
アメリカから突然失踪したロシア人科学者ということでは、
帰宅後ちょっとお酒をいただき、K-1MAXなんぞを見ながら付録の「テルミン」を作ってみました。作ると言っても、電子回路はもう基盤上に完成していますし、ほとんど組立てだけです。せっかくだからハンダ付けとか、そういう懐かしいこともしたいけれど、考えてみればコテすらないな。というわけで、このお手軽さがいいんでしょう。なんちゃってキットですが、そのキット感がよろしい。子どもたちは物と言えばほとんど完成品しか見たことがありませんから、「なになに?」と言って近づいてきます。そして、手際よく組み立てる父親に尊敬のまなざしを注ぐ…なんか気分いいぞ。
おっと、テルミンについてご存知ない方もいらっしゃりますかね。映画にもなりましたから、その音や映像をご覧になった方も多いと思いますが。とにかく楽器に触れることなく両手を宙に舞わせて演奏する不思議楽器なんですよね。左の写真はテルミンを演奏するテルミン博士です。耳に聞こえない高周波を二つ出して、その周波数の差によって耳に聞こえる「うなり」を出すという発音原理ですね。で、そこに人間の体が関与するわけです。2本(ふろくでは1本だけ)のアンテナに手をかざすことによって静電容量が微妙に変り、つまり人間とアンテナで可変コンデンサを作るってことですね、それで音程が変わるわけです。
昨日録画したものを観ました。これは面白かった。ヘタな映画よりもずっとエキサイティングでした。これは生徒に見せなければ。
アメリカの大学に呼ばれたペレリマンは、ものすごい勢いでその証明について講義をしました。世界中の天才数学者たちの恋が破れる瞬間です。なんとペレリマンは、トポロジーではなく、微分幾何学や物理学を使って証明してしまったのです。
今日は月齢2.6。夕方学校の4階から見えた糸のような月は美しかった。
これは驚きですよ。だって全然きれいじゃないんだもん。なんだかいわゆる海の部分が少なくて、あばた(クレーター)だらけ。かなりお肌が荒れてます。正直、こっち側が地球に向いていたら、私たちの文化は違ったものになっていたでしょう。月にまつわる幻想的や物語や詩は生まれなかったかもしれません。
ひそかに人気だという番組「たけしのコマネチ大学数学科」。もう一年以上、60回もやってるんですね。大学レベルの数学の問題を、マス北野(ビートたけし)、コマ大数学研究会(たけし軍団)、そして現役女子東大生二人が解きあうという一見地味な内容ではありますが、たけしの天才的なひらめきによる解法、たけし軍団の力技による原始的な解法、東大生による受験勉強的な解法という、三つの個性的な知性(?)の激突が面白い。ちなみに今日の深夜放送された番組の問題は
昨日の憲法9条関係からこちらを観てみました。これも録ってあったが観るヒマがなかったもの。ものすごく面白かったし、100%納得。こんな番組も珍しい。
学校に届けられるので、だいたい毎号見ている(ちゃんと読んではいない)のですが、今月号の特集記事は思わず隅から隅まで読んでしまいました。
生徒とお勉強するために買った本です。たしかに入門としてはいいかもしれません。でも、門に入れないで終わる人も多いだろうなあ。私はその面白さをじゅうぶん理解できる立場なんですが、でも入店しないでしょうね。まあパチンコに行かないようなもんだな(失礼)。
皆既月食自体はそれほど珍しい天文現象ではありません。ただ、皆既中にどんな色になるのかというのは毎度気になります。夕焼けがきれいかどうかということですね。地球の大気の様子によってかなり変わりますので。
右の写真は皆既終了後、晴れ間が出たので手持ちのデジカメで撮影したみたものです。天文ファンとしては、やはり皆既中よりも、地球の影の辺縁が観られる時間帯が面白い。地球や月が宇宙空間で動いているのが実感できるし、地球が球体であることがわかる。また、その球体が大気に覆われていることが肉眼でもわかりますからね。
今日は秋田への移動の途中、新潟県の朝日村でペルセウス座流星群を観測しました。