カテゴリー「自然・科学」の646件の記事

2017.10.14

『不老超寿』 高城剛 (講談社)

Th_41jceo0zlel 月、53年ぶりの再会(?)を果たした私と高城剛さん。
 その時の爆裂宇宙人トークの一部がPodcast「高城未来ラジオ」で聴くことができるようになりました。記事の下の方に貼っておきますので、ぜひお聴き下さい(てか、これじゃあ仮名の意味がないか…笑)。
 いちおう放送では「教育」がテーマになっていましたが、実際にはかなり脱線してしまいました。ま、いつものことですね。
 番外編として収録後は「医療」の話でも盛り上がりました。私はこの本を読んでいなかったのですが、高城さんから後日談も含めて直接いろいろうかがいました。
 自らを実験台にしての実感的エビデンスをもとにしたお話は、単なる数値の羅列などよりもずっと説得力がある。この本の重みは、まさにそういう次元でのそれです。
 そして、私の方からも、「未来医療」に関する「実物」を提供し、そして体験してもらいました。
 さすがは世界中の最先端医療、さらには逆に太古の医療まで知り尽くしている高城さん、一瞬でその意味と価値を理解されていました。
 ちなみにその「実物」もまた宇宙から降りてきたものです(アブナすぎる?)。ま、宇宙人同志である二人にとっては全然自然な(しかし不思議な)モノでありコトですが。
 宇宙という「未来」から来て、地球に「未来」を届けるというミッションを持った二人は、当然のことながら共鳴するところがあります。ただ作法が違う。彼はたとえば、世界中を旅してこういう本を書くことによって、そのミッションを果たそうとするし、私はに日々の仕事や趣味を通じて地味にやらせてもらっています。
 作法は違いますが、医療に関してはお互い日本の異常な岩盤規制や岩盤慣習に疑問を持っており、そこを突破するために協力していくことを約束しました。
 近々再会の続編が予定されています。はたして、地球人の「不老超寿」に向けてのブレイクスルーは実現するのか!?お楽しみに。
 健康は平和の源。健康的かつ平和的な地球や自分に興味がおありの方は、まずこの本をお読みになってください。また、私のお預かりしている「未来医療」を体験してみてください(メールで連絡ください)。
 では、爆裂(トンデモ?)対談をどうぞ!

Amazon 不老超寿

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2017.10.09

【討論】日本強靭化会議 (チャンネル桜)

 日、期待された経済学賞の発表があって判明しましたとおり、今年のノーベル賞は純粋な日本人の受賞はなし。
 何人か期待された人はいたんですけどね。残念です。まあ、文学賞のカズオ・イシグロさんは、日本人と言えば日本人ですが。
 ここのところ日本人科学者の受賞が続き、科学立国日本の復活かと思われましたが、ちょっといやな流れになりそうな気配ですね。
 というのは、科学者の間では、日本の科学界の未来は暗いと言われているからです。実際、何人かの知り合いから、「とにかくお金がない」という話をよく聞きます。そして、その結果、時間がない、人も足りないと。
 そのあたり、研究者の抱える現代的悩み、そして未来的憂いがはっきり現れていたのがこの討論です。
 今回のメンバー、なかなかすごいですね。誰がどうやって集めたんだろう。

河添恵子(ノンフィクション作家)
小池淳司(神戸大学大学院教授)
澤田哲生(東京工業大学先導原子力研究所助教)
高橋洋一(嘉悦大学教授・「政策工房」会長)
藤井聡(京都大学大学院教授・内閣官房参与)
松原隆一郎(東京大学大学院総合文化研究科教授)
山下了(東京大学素粒子物理国際研究センター特任教授)

司会:水島総

 このメンバーに堂々と入っている河添さんもすごいですね。
 それにしても藤井さん、よくしゃべるなあ。テレビ慣れしている藤井さんと髙橋さんがほとんど喋っているという感じ(笑)。
 「投資」をどのように捉えるか。未来学的に考えることができるか。そこですね。特に財務省の発想を変えることができるのか。
 iPSの山中さんみたいに(山中さんでさえ!)、民間から「投資」を募るしかないのでしょうか。
 これは本当に憂慮すべき事態です。強靭化どころか弱体化ですよね。弱体化会議をしているのはいったい誰なのか?
 それから、今回の討論で特に素晴らしかったのは第3部でしょう。原発の問題について、非常に理知的な討論がされている。決して感情的ではない。原発反対派には、少なくともこの討論の内容を理解した上で反対してほしい。
 私も未来的には、今の原発、すなわち核分裂反応炉発電はゼロにしたい。核融合炉の実現に期待をしています。
 とりあえず現在の経済の状況、国際状況においては、原発の再稼働は必要と言わなければなりません。
 希望の党らの「原発ゼロ」は、ある意味私たち国民をバカにしています。
 リスクとリスクを天秤にかける…その勇気も必要でしょう。なんでもリスク回避社会からの脱却は可能なのか。学校もそうなっていますよ。人生自体もそうなっている。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」だったら虎穴に入らないという選択肢しかないわけです。

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2017.09.23

バリ島アグン山が噴火間近?

Th_mount_agung_from_the_east グン山が噴火しそうだとのニュースが。
 アグン山はバリ島の最高峰。3000メートルを超える成層火山で、東側から見ると、写真のように富士山そっくり。
 アグン山は私が生まれる前年(1963年)から大規模な噴火をし、1000人以上の犠牲者が出ました。その時の噴火は火砕流や泥流を伴い、その噴出物量は富士山の宝永の噴火と同レベルだと言われています。
 それから50数年が経ち、再び同レベルの噴火を起こしそうな気配です。前回の経験を活かし、山麓に住む4万人近い住民が避難をしたということです。
 1963年の噴火の様子が記録されています。

 これを見ると山頂噴火だったことがわかりますね。そういう意味では側火山噴火であった富士山宝永噴火とはちょっとタイプが違います。
 動画の後半にも出てきますが、バリ島ではアグン山は神の山。アグンとは「火の神の山」という意味だそうです。信仰の山なのですね、富士山と同じように。
 1963年の噴火は、住民が山の神への祭祀を終えたすぐあとに発生したそうです。富士山で言えば、火祭りの終了直後という感じでしょうか。何らかの理由で、荒魂の鎮めることができなかったのか。
 ここのところ、メキシコの地震、バヌアツの地震、そしてバリ島アグン山の火山活動と、Ring of Fire(環太平洋火山帯)が元気です。
 日本ももちろんその環の一部。特に火山が集中している地域です。
 ここのところ、1年近く、富士山のラドン濃度が高めで、なかなか収束しません。これは大きな地殻変動や火山活動、それもやや遠いところの動きを捉えているものと推測されます。
 はたして、次に日本を襲う災害はどのようなものになるのか。
 外国での荒魂の発動を、対岸の火事とは考えず、自らのすぐ隣で起きたこととして、充分すぎる対策、心構えをしておくべきでしょう。
 とりあえずは、アグン山の活動に注目しなければなりません。富士山を代表とする日本の火山も、いつこのような状況になるか分かりません。それこそ「他山の石」に学ぶべきですね。

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2017.09.19

メキシコでM7.1

Th__20170921_63501 いこの前、メキシコでM8.2・秋田で震度5強という記事を書いたばかり。そのチアパス地震の余震と考えるには、あまりに震源が離れている今回のプエブラ地震。
 地図で見ますと500キロほど離れていますから、東京と大阪ほども離れています。これは誘発地震と捉えた方がいいかもしれません。
 震源が首都メキシコシティーに近かった分、被害はチアパス地震よりも大きくなっている模様です。
 日本の感覚で言いますと、紀伊半島沖でM8.2が発生し、その2週間後くらいに神奈川でM7.1が発生したという感じでしょうか(あくまでイメージです)。
 それも関東大震災の日、すなわち防災の日に二つ目の地震が発生したという状況。すなわち、プエブラ地震は、32年前1985年のメキシコ大地震の日に発生したのです。これはあまりに皮肉な偶然です。
 32年前のメキシコ地震はメキシコシティーの西側の太平洋で発生しました。マグニチュードは8。メキシコシティーを長周期地震動が襲い、全壊3万棟以上、死者1万人を出しました。
 その教訓を忘れないように、避難訓練などをしている最中、本当の大地震が発生したわけですから、これは本当に驚きとしか言いようがありません。
 この前の記事にも書いたように、メキシコでの地震は決して「対岸の地震」ではありません。環太平洋火山帯(造山帯)として考えれば、日本も全く同じ環境にあるとも言えます。
 このように短期間で大規模な地震が、やや離れたところで発生することもありうるということを、私たちも意識しなければなりませんね。
 いち早い行方不明者の救出と復興を祈ります。日本からも救助チームが派遣されることでしょう。

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2017.09.08

メキシコでM8.2・秋田で震度5強

Th_mexicanearthquake_2 キシコで巨大地震が発生しました。太陽嵐と地震の関係については懐疑的なワタクシでありましたが、この巨大地震、そして夜の秋田県大仙市の震度5強などを見ると、なんだか単なる偶然とは思えなくなってきますね。
 自然、大宇宙のことは、人間はほとんど分かっていない…いつかの地球物理学者とのバトルを思い出しつつ、やっぱり「モノのあわれ」ってそういうことなんだよなと痛感しております。
 ところで、昨日の記事のノリで物語を紡いでみると、また妙な偶然があることに気づくんですよね。
 あまりニュースになりませんでしたが、実は昨日、メキシコ政府が北朝鮮大使を国外追放にしているんですね。核実験やミサイル発射に反発する形で。
 これは国際的にも非常に珍しいケースです。なぜメキシコがという感じ。かつては正男さん暗殺の件でマレーシアが断行したくらい。メキシコが基本的にまじめな反核国だからということになると思いますが、駐メキシコ大使を「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましくない奴)」と称したところからも分かるとおり、政府あげて北朝鮮嫌いという感じもあるようですね。
 で、ここであまりに自由な発想を持つ陰謀論者などは、「これは北朝鮮が対抗措置として地震兵器を使ったのだ」とか言い出しそうですよね。なにしろ、北朝鮮は人類で唯一、国民が太陽に降り立った経験のある国ですから(笑)。とすると、今回の巨大フレアも…?
 ま、死者も多数出ているようなので、冗談はこれくらいにしまして(しかし大きなスケールは忘れないで)、環太平洋造山帯(火山帯)として考えると、メキシコと日本は兄弟のようなものです。
 メキシコで起きることは日本で起きると言っても、決して間違いではありません。私の計測している富士山ラドン濃度も、ある意味環太平洋造山帯(火山帯)の動きを見張っているとも言えます。
 また、秋田の地震についても、あのあたり(大仙市)は、大正3年の秋田仙北地震(強首地震)の震源地に隣接しています。直下型のM7以上の地震で推定震度7の揺れがあり、94人が亡くなりました。その地震の際も、活発な前震活動があったようですが、今回の震源地付近でもここ数年小規模地震が継続的に発生していました。
 今回のM5.3が本震であるという証拠は何もありません。私たちは熊本地震で大切なことを学んでいるはずです。決して油断をしてはいけません。逆に最悪の状況を想定して準備をしておかねばなりません。
 すなわち、内陸のみならず、海域での巨大地震についても、「いつ起きてもおかしくない」と警戒しなければならないのです。それも地域を限定せず。なにしろ日本列島はすべて環太平洋造山帯(火山帯)の一部なのですから。

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2017.09.07

大規模太陽フレア発生

Th_2017090700000071asahi0009view 夜、X9.3の大規模フレアが発生しました。あさっての午後あたりに、太陽嵐が地球に到達し、なんらかの影響が出そうな気配です。
 なんとも象徴的というか…北朝鮮で水爆実験が行われ、ついで電磁波兵器についての言及があった矢先ですからね。
 言うまでもなく、水爆のエネルギー発生原理は太陽と同じ核融合です。そして、北朝鮮の言う電磁パルス兵器(EMP)の原理は太陽嵐と同じです。
 あまりのタイミングの良さに驚きました。ひな型でしょうかね。それとも本家が怒ったのでしょうか。
 1989年の太陽嵐による磁気嵐の被害は甚大でした。特にカナダのケベック州の大規模停電は、電気に依存している私たち現代人に警鐘を鳴らしたと言えましょう。その時のフレアの規模はX15。
 今回よりも大規模でした。一方、2003年のフレアは観測史上最大級のX28でしたが、特に大きな被害はありませんでしたから、単純にフレアの規模だけで地球への影響を予想することはできません。
 フレアが起こった場所、放射線の放出方向、コロナ質量放出の有無なども考えに入れる必要があります。今回のフレアについては、私自身は時間がなくて分析していません。専門家の分析を待ちたいと思います。
 それでも巨大な自然現象ですから、予想外のことが起きるということも想定しておかねばなりません。ケータイがつながりにくい、GPSにずれが生じる程度ならいいのですが。停電は厄介ですよね。
 明日の午後以降に備えて、とりあえずは電子機器の充電はしっかりしておいた方が良いでしょう。
 一方、電磁パルス兵器の脅威について考える機会ともすべきです。戦争のあり方は70年前とは大きく変わっています。ある意味高次元になっている。情報戦、電磁波戦、AI戦。
 まあ、そんな人間の荒魂なんて、太陽の荒魂に比べれば、塵みたいなものですけどね。

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2017.09.01

宇宙人同志との再会・対話

Th_img_1439 縁あって高城剛さんとお会いし、じっくりお話をさせていただきました。
 3時間すぎても話題が尽きずタイムアップ。科学、宗教、教育、文学、音楽、医学、食、健康、歴史、霊界、言語…あらゆる分野にわたる壮大なる、しかし、何モノか一つに収斂する対話でした。
 その内容は、おそらく普通の人が聞いても全く理解できないのではないでしょうか(笑)。
 根本的にはですね、私たちは「同窓生」だったという話。53年ぶりの再会だったという話。
 お互い53歳なのにですよ。
 つまりですね、私たちはこの地球に生まれる前に一緒にいたということです。そして、1日だけ私が早く地球に来て、翌日高城さんが来たということ。
 もう、余計に分かりませんよね(笑)。
 ま、簡単にいえば、私たちは宇宙人だということです。そして、同じミッションを持ってこの地球にやってきた。すなわち「宇宙人同志」
 今まではそれぞれ別々の人生を歩んできましたが、いよいよ再会してこれからは一緒に何かをやっていくということです。
 おいおい、先生!大丈夫?
 そんな声が聞こえてきそうですが、しかたありません。本当のことなので。
 ま、濃密な会話の内容はここではとても開陳できませんが、そのうちに時機がくれば社会現象として現れてくるでしょう。
 一つ言うなら、私たちの「意志」は過去は全く相手にせず、未来だけを見ているということです。時間は当然のことながら、未来から過去へ向かって流れている。
 それからどうも同窓生は全部で20人くらいいたらしいので、ほかの人達ともこれからどんどん再会していくだろうということ。これは面白いことになりましたね。
 それにしても、本当に想像していた以上に波動が合いました。そして、高城さん、素晴らしい。賢い。解き放たれている。謙虚。かっこいい。
 某ホテルのラウンジで異常に盛り上がる宇宙人二人を、金曜日の夜の赤坂に繰り出していた地球人たちは、実に不思議そうな顔をして見ておりました(笑)。
 これから、大きな進展があると思いますので、そのたびに経過報告できる部分はしていきます。お楽しみに。

高城未来研究所

Amazon 高城剛

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2017.08.25

「シンギュラリティ」はあり得るのか

Th_51gbi8kiigl_sx348_bo1204203200_ 昨日の話の続きでしょうか。私の得意なモノ・コト論と高次元論に結びつけて、「シンギュラリティ」について少し考えてみましょう。
 最近よく聞く言葉「シンギュラリティ」。AIが人間の知能を超えることによって起きる事象のことです。2045年がその特異点だとも言われ、近未来に対する期待と不安からか、多くの書籍が店頭に並んでいますね。
 AIが人類を救うという論もあれば、AIが人類を滅亡させるという論もあり、まさに両極端。いつの時代にも近未来予想はそういう傾向を持ちます。
 しかし、少し冷静に考えれば、今までの歴史がそうであったように、どんな新しい技術革新にもその功罪があって、私たちは、それをうまいことバランスを取りながら、なんとか自分たちの制御範囲内におさめてきたことに気づきます。
 おそらくはAIも同じような状況になるだろうと、私は楽観視しています。
 ただ、今までの技術というものは、身体の拡張としてのそれがほとんどであり、たとえばコンピュータでさえも、せいぜい我々の脳みその記憶倉庫や単純な四則計算分野の拡張程度のものでした。
 つまり、物質次元と情報次元レベルでの拡張にすぎなかったということです。
 では、AIはどうでしょう。
 私はAIもその次元を超えるものではないと考えています。すなわち、物質、情報よりも上位次元にある意識の領域までは、AIは入り込めないと判断しているのです。
 意識とは、意志、感情、祈り、直感というようなものです。なんとなくわかりますよね。それらをあえて言葉(情報)として表すこともできますが、実際私たちの脳の中では、言語を介さずに表出、処理されています。
 私はそれを「モノ」と呼び、いわゆる物質や情報は「コト」と呼んでいるんです。
 西洋近代化以降の日本語の辞書では、「物質=もの」、「情報=こと」と書かれているため、私の解釈と矛盾し、混乱をきたすことが多いのですが、あくまで私は古来の日本語の「もの」と「こと」を研究した結果として、自らのモノ・コト論を構築していますので、そこのところどうかご理解いただきたい。
 つまり、「もののあはれ」とか「物悲しい」とか「〜なんだもの」とか「もののけ」と言った時の「もの」は、物質化、情報化されない、ある意味不随意的な存在(「なんとなく」「なんだかわからないが」的な認識)だということです。
 逆に、言語化(コトの葉化)できる事象、物質が「こと」であると。
Th_511ektzyihl_sx309_bo1204203200_ で、話をAIに戻しますが、いくらAIがビッグデータを収集して、経験的確率的に最良の判断を下したとしても、それはあくまでも「データ」であって、まさに「コト」そのものでしかありません。
 過去そのものとも言えますね。日本語では過去の事象を「こと」と言います。ですから、古事記は「ふることふみ」なのです。
 逆に未来は「もの」ということになります。面白いことに過去の助動詞は「き」、未来の助動詞は「む」であり、「こと」と「もの」同様、kとmの音から成っています。これも偶然ではありません。
 AIは「コト」しか扱わないので、絶対に「モノ」の領域には踏み込めません。未来予測をしているように見えても、それはあくまで、「こうだったからこうする」でしかなく、「こうなりたい」とか「こうあるべき」というような意志ではありません。
 そう考えてみると、生物の進化というのは面白いですね。ダーウィンの進化論を思いっきり否定してしまいますが、私は進化は意志によって起こると考えています。たとえば、「寒いから毛が生えてほしい」とか、「食べられたくないから葉っぱと同じデザインになりたい」とか(笑)。
 つまり、意識という上位次元が、物質という下位次元に影響を与えたわけです。そして、人間はその意識次元への接触能力が、他の生物よりも高かったため、驚異的なスピードと質の進化を遂げたと。
 あくまで私の考えですよ。全然、現代科学的ではありませんが、もしかすると100年後には科学的になっているかもしれません。
 ま、それはいいとして、とにかく(現在考えられている)AIは意識領域にまでは踏み込めないので、どう考えてもシンギュラリティは起きないのです。
 AIはあくまでも記述できる言語の世界でしかありません。人間の心の大部分は言語化できません。モノ・コト論的に結論するなら、AIはあくまでコト、人間の心はモノであるということです。

Amazon AIが神になる日――シンギュラリティーが人類を救う
 AIが人間を殺す日 車、医療、兵器に組み込まれる人工知能

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2017.08.23

ウエイン・W・ダイアー博士 スピリチュアル・インタビュー

 日の続き。自己実現、自己超越とは何か、私たちに分かりやすく説いてくれるのが、マズローの弟子の一人であるウエイン・W・ダイアー博士です。
 自己とは、エゴとは、そしてソース(源)とはなんなのか。奇跡とは、シフトとは…。
 ダイアーはさまざまな質問に、常に的確に、多くの引用や比喩を用いながら私たちに答えてくれます。
 その答えは実にシンプルです。もちろんシンプルだからといって、その実現が簡単だというわけではありません。単純なことこそ難しいというのは、私たちは経験的に学んでいます。
 そして、私たちは困難であるとすくにあきらめてしまいます。結果として、より複雑な世界で苦しむことになります。
 「シフト」は悟りに近い言葉です。複雑な世界から、よりシンプルな世界に進んだ瞬間のことを言うのかもしれません。
 このインタビューでダイアーが語っていることは、彼の贈り物のほんの一部ですが、それでも私たちは実に大きな恩恵を受けることができます。
 今日もあるクラスで生徒たちに話しましたが、ようやく科学の世界が宗教の世界に近づいてきた。
 ちょっと笑い話的に話したんですが、理系の方が文系よりもずっと遅れてると。
 生徒たちはもちろん逆だと思っている、すなわち理系の方が最先端、未来的だと思っていますから、しっかり笑ってくれました。
 考えてみて下さい。今までの科学は、せいぜい物質と情報の次元でしか思考してきませんでした。そういう意味では、すでにあったものの発見しかしてこなかった。それはまるで考古学のようなものです。
 もちろん、その発見を組み立てなおして、新たな物質を作ったり、未来を予測したりはできます。しかし、はたして、その「新しい」何かは、本当に新しいものなのでしょうか。本当にこの世に存在しなかったものなのでしょうか。やはり、発見されていなかっただけではないのか。神はすでに創造していたのではないか。
 そう考えると、文系の多くの学問や芸術というのは、古くからちゃんと意識の世界の研究をしてきたわけで、発見よりもより創造的なことをしてきたとも言えます。
 だから、文系の方が偉いんだよと、自分が理系をあきらめて文系に転向したことを含めて、半分冗談話として語りました。
 皆さんはどう考えますか。
 ダイアーの話を聴いていると、たとえばそういった理系、文系などという分け方さえもつまらないものに感じられますね。
 私は独自の「モノ・コト論」を勝手に構築して、それをもって世の中の全てを観ているのですが、なるほど、最終目標はモノとコトの統合する世界、ただありのままの存在の世界に到達することなのですね。
 これからダイアーの本を何冊か読んでみたいと思います。

Amazon ザ・シフト
 
 

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2017.08.22

自己実現と自己超越

Th_hierarchyofneedsplan 日はある研修で、心理学者である国司義彦さんの講演を聴きました。時間が足りなかったからか、講演自体はややまとまりに欠けていましたが、配られたレジュメの内容は実に示唆に富むものでした。
 国司さんが鮎川義介のところで育ったというのにはビックリしましたね。あの時代の超大物に触れていたからこその、今のユニークな活動があるのでしょう。個人的にはぜひゆっくりお話をうかがいたいと思いました。
 国司さんの心理学の中心にあるのはマズローの人間性心理学です。あの欲求段階説のマズローですね。
 あるいはそこから発展したトランスパーソナル心理学。講演では、ダイアーの著書を薦めていましたね。ダイアーになると、ちょっと心理学からスピリチュアルに傾く感じがしますが、時代(科学)がようやくそちらに追いついてきた感のある現代、国司さんのような在野の心理学者の言葉が、俄然真実味を帯びてきたようにも思われました。
 さて、マズローの五段階の欲求説はあまりに有名ですが、国司さんの言うとおり、最終段階、ピラミッドの頂点にある「自己実現欲求」は正しく理解されているとは言えません。
 最も事実とかけ離れた誤解は、「自己実現=わがまま・自己本位」という認識でしょう。そう、世の中で使われる「自己実現」という言葉には、どうしても「単に自分の夢を叶える」という意味合いのものが多く、またその際の「自分の夢」の次元が、「金持ちになりたい」とか「美しくなりたい」とか、そんなレベルの場合が多いようで、そうした誤解が生じるのもしかたないような気がします。
 かつての自分もそう思っていました。しかし、マズローが説く、「自己実現者の特徴」を読めば、そんな次元での「夢の実現」ではないことが分かりますね。復習してみましょう。

 《自己実現者の15の特徴》
・現実をより有効に知覚し、より快適な関係を保つ
・自己、他者、自然に対する受容
・自発性、素朴さ、自然さ
・課題中心的
・プライバシーの欲求からの超越
・文化と環境からの独立、能動的人間、自律性
・認識が絶えず新鮮である
・至高なものに触れる神秘的体験がある
・共同社会感情
・対人関係において心が広くて深い
・民主主義的な性格構造
・手段と目的、善悪の判断の区別
・哲学的で悪意のないユーモアセンス
・創造性
・文化に組み込まれることに対する抵抗、文化の超越

 国司さんの言い方をお借りすれば、「自己実現=世界人類のために自己を活かす」ということになります。そのとおりだと思います。
 私もようやく最近そういう境地に近づいてきたようで、そのおかげか、ピラミッドの下部(欠乏欲求)、承認(尊重)の欲求 、社会的欲求、所属と愛の欲求、安全の欲求、生理的欲求へのこだわりはずいぶん少なくなりました(もちろんまだまだですが)。
 晩年、マズローは5段階の頂点の「自己実現」の先に「自己超越」を想定しました。次に挙げる「自己超越者の特徴」を見ると、より宗教的な世界に近づいていることがわかります。

 《自己超越者の11の特徴》
・「在ること」 (Being) の世界について、よく知っている
・「在ること」 (Being) のレベルにおいて生きている
・統合された意識を持つ
・落ち着いていて、瞑想的な認知をする
・深い洞察を得た経験が、今までにある
・他者の不幸に罪悪感を抱く
・創造的である
・謙虚である
・聡明である
・多視点的な思考ができる
・外見は普通である

 たとえば仲小路彰などは、この境地に至っていたと思います。外見が普通であったかどうかは微妙ですが。
 私たち人間は、欲求のピラミッドを年齢とともに登っていくとも言えます。頂上の先に「自己超越」があるとして、皆さんは今何合目くらいにいますか。
 私も含めて、「承認の欲求」、それも他者から「いいね!」されたいという程度の低次な承認欲求あたりでウロウロしている大人が多いような気もしますが(苦笑)。

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