カテゴリー「美術」の189件の記事

2019.05.22

『なぜ富士山は世界遺産になったのか』 小田全宏 (PHP研究所)

Th_51twhuoeazl  年のゴールデンウィークはエキサイティングな出会いがありました。そのうちのお一人、富士山を世界遺産にした男、小田全宏さん。

 2013年、6月22日。富士山が世界文化遺産になった日、私はこちらに書いたように、富士山は富士山でも違う富士山に登っていました。懐かしく思い出されます。

 まさか、その悲願成就の立役者、スーパー主人公の方と、こういうタイミングでご縁ができるとは思ってもみませんでしたね。ご紹介くださった総理夫人に大感謝です。

 さて、その時プレゼントとしていただいたのがこの本です。その「絶対無理」と言われた悲願を現実化した過程が書かれている本です。

 なにより、小田さんの実現力、体現力のすごさに驚きました。そして直観力。実際、初めてお会いしたわけですが、すぐに小田さんの並外れた能力を実感しました。ああ、こういう人が世界を変えるんだと。

 私も本当に見習いたい。ご自身が提唱し普及させようとしている「脳の使い方」を、当たり前ですが、まずご自身で実行し、その成果をしっかり見せてくれている。すごい前向きなエネルギーです。

 私も多少そういうところがあると自負していましたが、まあ全然レベルが違いました(当たり前か)。

 そんな尊敬すべき小田さん(&奥様)と、全く初対面ながら、本当に不思議と意気投合させていただき、早くも富士山に関する次の大きな夢の実現に向け、一緒に第一歩を踏み出させていただきました。ありがとうございます。これからの展開が楽しみすぎます!

 さて、この本ですが、後半は、「文化遺産」たる所以である、富士山を巡る宗教、美術、文学などが上手にまとめられています。大変わかりやすく勉強になりますので、そういう目的でもぜひお読みください。

Amazon なぜ富士山は世界遺産になったのか

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2019.05.20

日本建設工業CM (藤井亮監督作品)

Th_2019052300000108it_nlab0001view  <ろいろ忙しい中、癒やされたのがこの作品。う〜ん、やられた。
 藤井亮さんの映像作品、たとえば滋賀県の脱力系CM「石田三成」や、Eテレの「みっつカール」など、けっこう私も好きでしたが、これはまたお見事!
 キャラデザイン、画質、音楽なども、まんま昭和30年って感じじゃないですか。うまい!
 そこに絶妙なギャグを盛り込んでいるところがさらに秀逸。一瞬わからなかったけれども、「日本犬」「セツ子」「ウギョ〜」が素晴らしい!特に「ウギョ〜」にはやられました(笑)。
 これテレビでやってほしいなあ。



 藤井さんの過去作品はこちらでお楽しみください。


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2019.05.19

『仁光の受難』 庭月野議啓監督作品

Th_91fry7e30ul_sl1500_ 19日はお寺の行事で、100人以上のお坊さんと一緒にいました。壮観でした。老師レベルの方も何人もいらっしゃっておりまして、すごい空間になっていました。私はエセ坊主ですので、さすがに居心地が…(笑)。しかし、あるお坊さんには、「先生が一番お坊さんらしいですよ」と言われました。どういう意味かな。
 さて、そんな日にこんな映画を紹介するのはどうでしょうね。いや、けっこう「お坊さん」の本質的な部分に踏み込んだ名作だと思いますよ。面白かった!
 「もてすぎる坊主仁光」…お坊さんに限らず、人間として最大の煩悩との戦い。これは人類の永遠のテーマですよね。ちなみに「もてすぎる先生」も大変ですよ(私ではありません)。
 この映画の秀逸なところは、CGによる浮世絵、曼荼羅と実写が組み合わせているところですね。さらに語り手たるナレーションの割合が大きい。結果、中世説話絵巻的な雰囲気がうまい具合に醸し出されている。なるほど、この前のNHKによる「江戸川乱歩」もそうでしたが、実に日本的な「メディアミックス」になっていると感じました。
 「いたしかたない」…これ、やっぱり男の最終兵器ですね。自爆兵器とも言えますが(笑)。


 



 


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2019.04.30

アート作品? ソーラーパネルの「自然破壊」

 成最後の日。秋田で活発に地域おこしや文化活動をしている友人夫婦と晩餐。お酒は山梨からのお土産、甲斐の開運「令和」。いちはやく(ぬけめなく?)「令和」の名を冠したお酒。ちょっとフライング気味でしたが、おいしくいただきました。
 山梨と秋田、対照的なのは、日照時間です。年によっては、山梨が1位、秋田が最下位ということもあります。だいたい年間500時間くらい差がある。甲府市と秋田市では700時間くらい差がある時もあります。大まかに言って、秋田は山梨の7割以下。これは気質も違ってきますよね。
 そんなわけで、おひさまの恩恵多大な山梨は、ソーラーパネルの設置による「自然破壊」が進んでいます。最近でも近くの山の木が大規模に伐採され、気味の悪いソーラーパネルが「植えられ」ました。
 何が環境のためだ!おそらくこれら大量のパネルは15年後には全て粗大ゴミになっていることでしょう。
 一方、秋田は日照時間が少ない上に、大量の雪が積もるため、なかなか太陽光発電が普及しませんでした。
 しかし、最近は実に無責任な一部業者が、「雪が積もっても発電している」「大雪にも耐えられる」「楽して稼げる」といういい加減な営業文句を使って、特に農地を多く持つ農家の方に売り込んでいるようです。
Img_3941 その結果がこれです。秋田の中でも、日本一の豪雪地帯として有名な県南のある町の風景です。
 1年持たなかったのです。なんですか、この被災地のような風景は。
 これは業者の責任ですよ。設置した方にとっては、勇気を振り絞っての「挑戦」だったらしい。決して欲におぼれての決断ではない。本当に生活していくのに大変な地域なのです。
Img_3938 もうこうなると、そしてこうして放置されていると、ある種の「アート作品」のようにさえ見えてくる。ものすごいメッセージ性ありますよ。このまま、放置、いや保存してもらいたいくらいです。
 タイトル「自然破壊」。自然を破壊した報いに自然に破壊されたソーラーパネル群。自然を、大雪をなめるなっていうことでしょう。
 

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2019.04.19

BACH TO THE FUTURE

 昨日紹介したノートルダム大聖堂のパイプオルガン。その後の情報でも基本的に無事だったようで、とにかくは一安心。
 今日ご覧いただくのは、大聖堂オルガニスト、オリヴィエ・ラトリーの超カッコいいバッハです。まさに「BACH TO THE FUTURE」。未来への希望が感じられる演奏です。
 昨日はイエモンの超カッコいいロックを紹介しましたけれど、こっちも負けませんよ。バロックというかロックですね。たしかに、このいわゆる「トッカータとフーガニ短調」は、バッハの作品の中でもかなりの変わり種。若気の至りというか、かなり破天荒な音楽です。トッカータ部分もフーガの部分も、正直バッハらしくない。
 もとはヴァイオリンの無伴奏曲だったとか、他人の作品だとか、まあいろいろな説はありますが、それは実はどうでもよくて、この作品自体がかなり未来的な挑戦的な作品であることを認める方が重要です。いわば「ロック魂」で作られていると。
 だから、このロックな映像も見事ハマる。本当にロックのMVのようですね。カッコいい。
 そして、なんというか、因縁めいているのは、まるでノートルダム大聖堂が燃えているような感じではないですか。「BACH TO THE FUTURE」だったのかもしれません。映像の記録としてもかなり貴重なものとなるでしょう。

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2019.04.10

もう一つの富士山(その12)…松竹映画の「富士山」

Th_que12117966987 年ぶりの「もう一つの富士山」シリーズ。以前のものはこちらからどうぞ。
 松竹映画のオープニング富士山。だれもが一度は目にしたことがあるでしょう。2015年に松竹創立120年と、富士山の世界遺産登録を記念して、新しいものになるまで、この映像が使われていました。
 富士山の近くに住んでいる私はもちろん、そうでない方でも、この富士山、リアル富士山ではないということは分かるでしょう。実はこの富士山、大船のスタジオに作られた模型であることが、こちらに書いてありました。

下地に石膏で形作られた1m80cmの富士山のミニチュアは、30cm高の台上に置かれ、その廻りを浅い水槽で取り巻き、ドライアイスを流し、その手前に移動レールの上に1m80cm幅に綿を置き、キャメラと綿雲の間にフォグメーカーでスモークを流すという三重構造で雲を作った

 違う話だと、この富士山は「絵」とのことで、私も「絵」だと思っていたんですが、どうなんでしょうか。もっと古いモノクロのものは模型なのでしょうか。
 いずれにせよ、稜線の角度が実物より急なのは明らか。これは太宰治も指摘しているとおり、本物の富士山の稜線は意外になだらかなのですが、私たちの頭の中の富士山はもっと急なのです。ですから、子供でも大人でも、富士山の絵を描かせると必ず急になる。
 そういうイメージに合わせて作られたのが、この松竹富士ということです。もちろん北斎も横山大観もかなり急に描いていますね。それが「日本流リアリズム」ですね。西洋の印象派を生んだ「脳内リアリズム」です。
 しかし時代の流れというのもあります。私たちはたしかに富士山の映像を観る機会が増えました。結果として、ある意味西洋的なリアリズム、すなわち現実の富士山に記憶が近づいてきた。
 そういうこともあって、2015年に新ロゴが作られたというのもあるでしょう。よりリアルになった松竹の富士山。旧松竹富士は山梨県側忍野の富士山をモデルにしているそうですが、今度は河口湖ですね。新道峠。忍野の富士山よりもスマートに見えるスポットです。

 リアルなだけでなく、最新のデジタル技術によって映画にふさわしい「物語性」を生み出していますね。いいと思います。
 一方、日本の伝統的「脳内リアリズム」をさらに未来的にした、別のロゴも作られました。これはこれでかっこいいですね。

 ブルーライン用もあります。

 皆さんにとっての「リアル」な富士山とはどんな姿でしょうか。日本の象徴は、このようにそれぞれの人たちの心の象徴でもあるのでした。そういう意味では「もう一つの富士山」は無数にあるということですね。
 

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2018.10.31

『バロックの日本』 守安敏久 (国書刊行会)

Th_51f9sc9pdwl_sx325_bo1204203200_ ロック音楽愛好家として、最近いろいろと「違うな」と思うことが多い。「違うな」ではなく、「違っていたな」でしょうか。
 この前、紹介した佐藤俊介さんの「四季」なんか、その下品なまでの大げささがいかにも「バロック」ですが、かつての古楽器演奏は、どちらかというとお行儀よく、また純粋な響きを追求していたように思います。
 それは、いわゆるクラシック音楽演奏の悪弊に対するカウンターとしては、あるべき姿だったのだと思いますが、「バロック」の原義からしますと、やっぱり違っていたのではないかと思うのです。
 言うまでもなく、「バロック」とは「ゆがんだ真珠」という意味です。ルネサンス期の均衡の美を求める姿勢に反抗するかのように、あえてその均衡を崩したり、大げさにコントラストを作ったり、意図的な「ゆがみ」を「かっこいい!」と思ったのがバロック時代です。そういう意味ではやっぱりカウンター・カルチャーなんですね。
 その「バロック」的な要素というのは、実は日本の文化ではけっこう当たり前で、全然カウンターでもなんでもなく、どちらかというとベース・カルチャーだったと思うのは私だけではないでしょう。
 いや、侘び寂びの世界はその逆の境地だ、とおっしゃる御仁もおられるでしょうが、いやいや、ああいう極端な簡素化や、あるいは不完全性を愛でる態度というのは、非常に意図的でもあります。
 歌舞伎や浮世絵については、もうそのまんまバロック的です。例外を探す方が難しい。つまり、日本は世界で最もバロックを窮めた国だとも言えるのです。
 そんな「日本のバロック」の例を挙げて検証したのたがこの本です。いや、「日本のバロック」ではなく、「バロックの日本」です。このタイトルは正しい。日本の中に見出されるバロック的要素ではなくて、バロックこそ日本であり、日本こそバロックなのです。
 取り上げられている人たちは、次のとおり。たしかに魅力的です。私好みの奇人たち。

月岡芳年(浮世絵師)
牧野信一(小説家)
牧野邦夫(画家)
寺山修司(寺山修司)
横尾忠則(グラフィックデザイナー)

 寺山修司(寺山修司)としたのは、言わずもがな、彼の職業は「寺山修司」だからです。私は不勉強で、牧野邦夫はよく知りませんでした。いとこの牧野信一は、かつてセンター試験の小説問題に「地球儀」が全文採用されたことで初めて知りました。
 考えてみると、バロック作家である牧野信一の作品がセンター試験に出るなんてすごいですね。日本はなんとバロックなんだ!
 西洋のバロック音楽に話を戻しますと、たとえばバッハなんかはバロックの枠さえも超えてしまうほどの変態ぶりですよね。異常ですよ。いろいろと極端です。音楽の父とか神とか、私もそう思ってきましたが、ある種の悪魔性で捉え直した方がいいのではないでしょうかね。
 というわけで、私の生き方もけっこう「バロック」です。特に最近自分でも呆れるほど、はみ出しています。今日も某大学の先生たちと仲小路彰の話で大盛り上がりしました。仲小路彰もまた変態的とも言えるバロック人間ですね。まさに職業は「仲小路彰」。寺山修司と喧嘩するはずだわ…。
 これからもバロック人生を楽しみたいと思います。秩序や均整については、それこそ神様にお願いして、人間らしくゆがんで生きたいと思います。いや、日本の神様はけっこうバロック的か。

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2018.10.21

椎名林檎と宮本浩次 『獣ゆく細道』

Th__20181022_141505 岡エコパアリーナで行われた、椎名林檎デビュー20周年「椎名林檎 (生)林檎博'18 -不惑の余裕-」に遊びに行ってきました。
 いつもながらの総合的エンターテインメント。26曲を2時間弱で一気に歌い上げるという演出は、まさに演劇的(見世物的)世界。日常的なモードになってしまいがちなMCを極力排する意味はそこにあります。
 生林檎自身はもちろん、舞台装置、衣装、そして斎藤ネコオケ含む演奏者たちも、どこか異世界的であり続け、私たちをどこかに連れて行ってしまう。
 ふと現実に戻るかというと、それがなかなか戻れないし、それどころか、現実の方もいつのまにか天然色に彩られてしまう。そういうマジック、トリック、フェイクの天才ということでしょうね。
 さて、今日はサプライズでトータス松本さんが登場したのですが、もう一人、林檎に伍する男が登場しました。「生」ではなかったけれども、大画面に映された彼の顔はほとんど「獣」。とっても非現実的でした。
 その男はエレカシの宮本浩次。いやあ、この組み合わせ、なるほど想像していなかったけれども、たしかに合うわ。伍するわ。
 お二人とも、年を重ねてさらに「余裕」。余裕で現実を塗り替えます。かっこいいですね。私もそうありたい!

歌詞

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2018.10.12

Power FemaleーMother Earth/神聖なる女性

Th_img_2770 人であるマシュー・エリクソンの写真展「Power FemaleーMother Earth/神聖なる女性」。本当に素晴らしい展覧会、いや「天」覧会でした。21世紀のアートが宇宙に発信されました。
 写真の歴史と可能性、絵画との接点と相違点、天地人の調和、女性の神聖…本当にいろいろなことを感じさせてくれる素晴らしい作品群でした。
 僭越ながら、多くの皆様の前で、そこで感じたことを言葉に変換してお話させていただきました。私が私の言葉を弄すれば弄するほど、それはアートから離れていってしまう。まさにアートとは言語を超えた存在であることを知らされました。
Th_img_2793 しかし、あえて引用させていただいた仲小路彰の文章は、そのままアートでしたね。天才の言葉は言葉を超えます。朗読させていただきながら感動してしまいました。
 ただ、トークの寸前に降りてきた「かげ」という言葉は、自分においても大きな発見であり、その「場」を表現するのにふさわしかったかなと思います。
 「かげ」…日本語では、「光」「影」「姿」、そして「おかげさま」という四つの意味がある。それがマシューの作品には全て含まれている…。
Th_img_2765 そして、私のエレクトリック・ヴァイオリンの即興演奏に合わせた、マシューの奥様アムリッタ朝子さんの即興舞の美しさ。それはまさに「女性の神聖」そのものでした。あの奇跡的な「場」で共演させていただき光栄です。
 たしかに世界が変わりつつあります。今日も不思議な出会いがいくつもありました。人と人のご縁は、全てこの地球のためにあり、宇宙に開かれており、神聖なるお役目のためだと思いました。
Th_img_2762 これはトークのお礼にといただいたマシューの作品「クリスタル・ジャズ」です。
 まさに私たちの世界はジャズの名手たちの奏でる音楽のように、自由であり、他者との関係性の中で豊かであり、陰陽があり、色彩がある。
 これからも友人たちと、この地球が平和であるために、できることをしっかりやっていきたいと思います。ありがとうございました。

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2018.09.04

ウルトラ警備隊マグネットエンブレム

Th_31uqvmrmsvl 実の生活、主に仕事におきましては、いろいろと重い重い課題に襲われておりますが、心はいつも軽やかにいきたいと思います。重い荷物をずっと背負っていると大変ですが、その上に座って休んだり、場合によっては他人や宅配便に頼んだり、荷物を勝手に開いてその一部を見つからないように捨てたり(笑)、そんなふうにすると案外楽しいものです。
 で、そういうずるい方法の一つとして、スケールをめちゃくちゃデカくするというのがあります。
 日常の仕事の憂いなんていうのは、宇宙のレベルから見れば塵以下の存在。つまりそういうことです。
 というわけで、さっそく最近やったのが、自分の車にとんでもないステッカーを貼ること。みんなにバカにされています(笑)。
 それは…そう、番組ウルトラセブンにおける、地球防衛軍の極東基地に所属する精鋭部隊ウルトラ警備隊のあのマークです。
 ウルトラセブンの様々なデザインが秀逸であることは万人の認めるところでありますが、このウルトラ警備隊のマークも非常にかっこよく美しい。私の世代の男の子たちにとって憧れのマークであったと言えます。
 なんでこんなものを今更自分の車に恥ずかしげもなく貼ることにしたのかというと…よく皆さんに言うんですけど、私って永遠の中二病どころか、年中病なんですよ。年中病、すなわち幼稚園の年中さんのまんまってことです(笑)。
 そこに大きく関わってきているのがウルトラセブンです。ウルトラセブンが放映されたのが、1967年から1968年、私が4歳になる年です。つまり年少さんの時だったんですね。
 年中さんになる頃というのは、番組が再放送されたり、様々なグッズや書籍が発売されたり、また後継番組がより大人向けな怪奇大作戦だったりしたこともあって、私なりにウルトラセブンを消化する時代になったんですね。
 で、まじめな話、その時に今の私が形成されてしまった。すわなち、ウルトラセブン最終回のメッセージ「この地球は我々地球 人が自分たちの手で守らなければならないのだ!」が人生のテーマになってしまったと。
 いや、宇宙人を自称するワタクシですから、もしかして自分が地球のために戦っているウルトラセブンだと思っているのかも(笑)。
 まあ、いずれにせよ、宇宙の中の一つの星「地球」を意識するようになったのは事実です。世界ではなく地球。
 そうして最近になって、仲小路彰に出会い、再び世界ではなく「地球」を意識するようになった。仲小路彰も「地球」をデザインして、ある種のマーク、アイコンをいくつか考案しています。
 このウルトラ警備隊のエンブレムも、中央に地球が描かれていますよね。なんだか子どもの時のバカみたいなスケールの発想が、今よみがえっている感じがするんですよ。恥ずかしげもなく。
 で、そういう話をある人たちにしたら、じゃあみんなでこのエンブレムを貼ろう!ということになったんです。けっこうすごい人たちですよ。永遠の少年。永遠の年中病。自分の車がポインター○号であると思いこんで運転している。
 いや、大人がもう一度そういうスケールの発想を取り戻すことが、実は大切な気がしているのです。バカにしてくれても全然かまいません!
 趣旨に賛同していただける方がいらっしゃいましたら、ご連絡いただかなくとも、このステッカーを貼っていただければそれでOKです。街中にこれが広がる日がきっときますよ。

Amazon ウルトラ警備隊マグネットエンブレム

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