カテゴリー「美術」の216件の記事

2021.01.14

『芸術は宗教の母なり~耀盌に見る王仁三郎の世界~』 (出口飛鳥)

 

 口王仁三郎ネタが続きます。

 王仁三郎の残した「耀わん」の数々。その魅力と威力を、もしかすると世界で最も実感しているのが私かもしれません。

 また、私なりの解釈ですが「芸術は宗教の母」という王仁三郎の名言についても、ある程度理解しているつもりです。

 しかし、これはあくまでも「かも」「つもり」であって、まだまだ学び、気づくべきことはたくさんあります。無限でしょう。

 この出口飛鳥さんの講義を聴いて、ますますそんな気持ちになりました。それこそ、思い込みや勘違いもあります。日々更新されることこそが、生命ある芸術や宗教のあり方なのではないでしょうか。

 思い込みやドグマは過去へのこだわりでしかありません。それは「死」を意味します。未来から流れてくるメッセージを常に受け取ることが生きること。そのためには、自分を「うつわ(空輪)」にしておかねばなりません。過去の情報は水に流しましょう。

 それにしても、いいお話です。ぜひ一度、ゆったりと耀わんの世界に浸ってみてください。そして、亀岡のギャラリーおほもとへ足を運んでみてください(緊急事態宣言のため一時観覧停止になるようですが)。3月31日までです。

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2021.01.01

あけましておめでとうございます(2021年年賀状公開)

2021

 

 様、あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

 今年は…いや去年はとっても忙しく、なんと年賀状を今デザインしました!いかん、いかん。

 昨年もけっこう時間をかけず作ってしまいましたが、今年はなんと1時間だけ。スミマセン年々手抜きになっておりまして(苦笑)。

 ただ、今年は世界も自分も変革の年になりそうなので、ちょっとしたメッセージ性を持たせてみました。

 謎の絵、何かわかりますか。

 画面上ではハガキをぐるぐる回すことができませんから、難しいかもしれませんね。周りの言葉を最後まで読むと何かが見えてくると思います(よくあるやつを自分で作ってみました)。

 どうしても見えてこない方は、こちらに答えがありますよ。

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2020.12.08

鈴木大拙館(金沢市)

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 行の自由散策時間に、金沢在住の友人が案内してくれました。

 いやあ、本当に素晴らしかった。今年最大級の感動。奇しくも今日はお釈迦様がお悟りを開いた日。

 鈴木大拙館、絶対に行くべき場所です。このような「場」が市内の中心部に、さり気なくあるところこそ、金沢という街の魅力であり、すごいところです。

 この1ヶ月で2回金沢を訪れる機会がありましたが、本当に文化の香り漂う良い街ですね。

 鈴木大拙に関しては、私が説明するまでもありませんね。個人的には、昭和12年に山中湖で開催された(らしい)「世界教育会議」で、大拙が講演したことが最近わかりました。

 大拙の功績は、伝統的な「禅」を世界の哲学・思想のステージに一気に引き入れたことでしょう。保守的で硬直化していた禅の世界を一つ上の次元に解放したとも言えます。

 そんな大拙の思想を見事に現代に表現し、継承しているのが、この鈴木大拙館。

 金沢に縁のある谷口吉生による実に見事なデザイン。正直、どんな禅堂よりも現代人を三昧境に導いてくれると感じました。

 様々なデザインが私たちの心の次元上昇を助けることには、今までもずっと注目し続けてきましたが、ここまですんなりと無駄なく実現しているデザインには初めて出会いました。

 もちろん、それは総合的なデザインです。建物だけではありません。借景、水鏡、そして自然の変化をも計算に入れたデザインです。

 いや、計算ではないな。計算できない、まさに「もののあはれ(不随意・不如意への嘆息)」ですね。

 今日も実に見事な時と場がデザインされていました。夕暮時、雨上がり、本多の森公園の見事な紅葉。特に方丈の屋根に降った雨が少しずつ水鏡に落ち、そのたびに規則的な、かつ不規則な波紋が拡がり、重なり、それが時の流れと交差する、あのデザインはまさに「禅」の世界そのものと感じました。

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 ただそれを眺めるだけで、何時間も座禅するのと同様かそれ以上の感覚を味わうことができました。

 自分は止まっていて、自然が動いているのか、はたまた自然は動じず、自分が動いているのか。デザインとは常に相対的なものであることを悟りました。

 おそらく、鈴木大拙館は、どんな季節、どんな日、どんな時にも、最高のデザインを示してくれるでしょう。すなわち、私たちの心のデザインも、ここにいれば常に最高なのです。そして、それこそが本当のアートなのでありましょう。

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 こんなす素晴らしい時と場が、世界中の街にあるといいですね。心からそう思いました。

 これから何度でも訪れることでしょう。皆さんもぜひ。

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2020.11.21

出口王仁三郎 耀わん特別展(あと2ヶ月)

 日は我が家に大勢の霊能者の方々がお集まりになられました。すごいことになりました(笑)。

 そんな中で、やはり話題の中心になるのは出口王仁三郎。特に、我が家では王仁三郎の耀わんを二つお預かりしておりますので、それを巡って感動的なことがたくさん起きました。

 一流の霊能者たちがぶっ飛ぶのですから、どんだけのパワー、エネルギーなのでしょうか。恐るべしです。

 今回は、我が家の二つの耀わんが陰陽の関係にあって、今は一緒にいることに意味があること、いずれは別れ別れになるであろうことなどが分かりました。なるほど。

 さて、今日は霊能者の方々にも紹介いたしましたが、昨年から始まっています大本の耀わん特別展の会期が残り2ヶ月弱になりましたので、あらためて皆さんにご紹介します。

 耀わん50点近くが勢揃いし、さらには伊都能売観音像、なおさんのお筆先などを拝観することができますので、ぜひともこのコロナ禍のもとであるからこそ、亀岡に足をお運びいただきたい。麒麟がくる関係も楽しめますよ。300円という破格の拝観料ですし。ぜひぜひ。

 私ももう一度行きたいなあ。

 耀盌顕現70周年記念展(亀岡天恩郷)

 

 

 

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2020.11.14

富士御神火文黒黄羅紗陣羽織

Th_fd6ea410722d3de27a5014b8d60b759c201x3 士山に帰ってきました。

 昨日の大阪城ではいろいろと収穫がありました。中でも、憧れの「富士御神火文黒黄羅紗陣羽織」を生で観られたことは幸運でした。

 富士山在住の者としてはたまりませんね。三峰ですし。

 そにしても素晴らしいデザイン。モダンというのも憚られる。これを実際に秀吉が着用していたというのが凄い。かぶいてますなあ。

 三峰富士山の意匠はもちろん、御神火がいい。そして、麓の謎の黒丸群の配置が絶妙。

10 ついつい背中側に目が行ってしまいますが、表も和洋折衷で素晴らしいんですよね。いったいデザイナーは誰なのでしょう。

 この陣羽織が有名になったのは、NHKのびじゅチューンで採り上げられたからでしょうね。たしかにインパクト大。井上涼さんもかぶいてますな(笑)。

 

 

 この富士御神火文黒黄羅紗のデザインを用いたいろいろなグッズが販売されております。ちょっとほしいかも。

リゲル社

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2020.11.05

金沢能楽美術館

Th_img_6963 川県2日目。お昼はモーゼの墓があるという(?)宝達山を望みながら、UFOで有名な(?)羽咋へ。とうとう宇宙人がやってきましたよ(笑)。

 そして金沢へ戻ってきまして、21世紀美術館へ。あまりに混雑していてびっくり。平日の夕方ですよ。特にプールの底に行くのに2時間待ち!?

 というわけで、いちおう現代アートを楽しんだ(正直なんだかザワザワした)あとに、お隣の金沢能楽美術館へ。およそ1時間にわたって他に誰もおらず一人で独占してまいりました。

 昨日の話の続きで言いますなら、加賀宝生も含む宝生流にのみ伝わる能「草薙」。まさにヤマトタケルのお話です。恵心僧都が熱田神宮でヤマトタケルとタチバナヒメの霊に出会うというストーリー。

 そんなこともあって、金沢の人々にとってヤマトタケルは身近な存在であったとも言えましょう。そのあたりを指摘する人はいるのかな。

 「草薙」に関する展示はほんの少し、思わず見逃してしまいそうなところにしかありませんでした。もう少し前面に押し出してもいいのでは。

 まあそれはいいとして、いやあ、本当に1時間どっぷり能の世界に浸かりまして、実に気持ち良かった。現代アートよりずっとアバンギャルドですよね。

 あの現代アートのザワザワ感の正反対、静かなる高揚感。次元が違うなあと感じました。

 正直、21世紀美術館はとっても20世紀という感じがしました。つまり「人間」が主役になっているなと。それに比して能の世界はまずは「神」「霊」の世界。人間はあくまでミーディアムでしかない(たとえば「翁」)。

 つまり、コトとモノの違いなわけです。もちろん、現代アートにも「モノ」性を感じるものがあります。しかし、全体としてはやはり「あえて仕組まれたコト」を感じてしまう。

 それは「カタ(=コト)」にはまらないように見せているところが、どこか意識的(コト的)に感じられてしまうということです。一方、能は「カタ(=コト)」にはまりまくることによって「モノ」を表現している。このパラドックスは面白い。

 21世紀美術館に展示されていた作品群、はたして600年後にも人の心を動かすことができるのでしょうか。

 金沢においでの際には、ぜひ両方の両極端の美術館を訪れていただきたいと思いました。

 それにしても、本当に金沢というのはいい街ですね。文化の香りがなんとも言えない。今回期せずして紅葉の季節に訪問することができ幸運でした。また来月来る予定です(仕事ですよ)。

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2020.11.04

兼六園のヤマトタケル像の不思議 その2

Th_img_6929 沢に初めて来ております。

 というわけで、8年前にこのブログで紹介したあのヤマトタケルさんと初めて対面いたしました。

兼六園のヤマトタケル像の不思議

 実際お会いしてみると、たしかに不思議な魅力(?)のある金仏さんですね。

 上の記事で紹介した不思議については、今でも「鳥に嫌われている」とか「ブサイクすぎて近づけない」とか、けっこう無礼なことを言う人もいるようですが、そこにはこの銅像の建立にあたっての「不思議」が深く関わっているようです。

 というのは…今日の観光ガイドの方の話にもあったとおり、この像の鋳造者はお隣富山県高岡の鋳物師なのです。日本中、いや世界中そうであるように、だいたいお隣同士というのは仲が悪い(笑)。

 石川と富山もご多分に漏れず、特にかつては妙なライバル意識というか、不毛なマウントの取り合いがあったようですね。

 兼六園という、まさに加賀百万石を象徴する庭園の中心に、なぜお隣で鋳造された銅像が堂々と立っているのか。これは大きな不思議です。

Th_57fd7d9c640d5a13272512c296d32d78 実はこのあたりの事情については、よく分からないことも多いのだと。ただ、分かっているのは、当初、当時石川県を代表する彫刻家であった松井乗雲が原型を作ったのにもかかわらず、なぜかそれが採用されずお隣高岡の無名の作家(特定できていない)の原型をもとに高岡で鋳造されたということです。

 せめて松井乗雲の原型を使って高岡で鋳造すればよかったのに。松井乗雲の木彫は石川県立美術館に保存されています。どう見ても現在のヤマトタケル像よりも優れていると思うのですが、どうでしょうか。

 たしかに高岡は加賀藩主前田利長が開いた街ですし、それこそ石川県に隣接していますから、実際に鋳物業が日本一のレベルであったことを考えれば、鋳造は高岡でも構わなかったと思うのです。

 しかし、なぜデザインの部分までそちらに行ってしまったのか。そこは「不思議」ですね。

 金沢側の高岡側へのやっかみを抜きにしても、やはり現在のヤマトタケル像は「不思議な魅力(?)」と言われてもしかたないほどツッコミどころ満載です。

 まあ、なんだかんだ言って今では金沢の人たちにも愛され、世界中の人たちが見に来ることになったので、結果オーライということなのでしょうか。

 ちなみに、言うまでもなくこの像は西南戦争での石川県出身の戦没者を慰霊するために建立されたものです。西南戦争を率いたのは有栖川熾仁親王。実際、台座の「明治紀念之標」の文字は熾仁親王の揮毫です。熾仁親王は出口王仁三郎の本当の父親だという説があります。

 

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2020.08.30

『ピクニック』 ジャン・ルノワール監督作品

Th_71cca5cdrml_ac_ul320_ 象派の巨匠ルノワールの次男、ジャン・ルノワールの名作。

 今日、そのジャンに来日を促した川添紫郎の手紙の原稿を目にする機会がありました。

 結局、ジャンの来日は叶いませんでした。しかしジャンは、フランスで川添の妻であるピアニストの原智恵子や画家の藤田嗣治と交流を持ち、日本への興味は尽きなかったようです。

 言うまでもなく、父ルノワールも日本の絵画、特に浮世絵の影響を受けています。特に色彩の面において、それが顕著でした。

 次男のジャンのこの映画はモノクロですが、不思議ときらびやかな色彩を感じさせます。おそらく、父と同様に「光」を重視したからでしょう。結局、白と黒には全ての色が入っているということです。

 これまた言うまでもなく、モノクロの写真や映画、そしてマンガなどが持つ、無限の可能性というものですね。

 そして、この映画のなんとも切ないストーリーも、そしてこの映画自体の数奇な運命も、どこか能のような象徴性、写実ではないリアリズムを感じさせます。

 それこそ「印象」なのでしょう。そう、息子の映画を鑑賞することによって、父の絵画の見方も変わります。絵に命が吹きこまれ、躍動し、時間が流れ出し、ドラマが生れます。

 そして、その数奇な運命の結果でもある唐突な場面転換や時間の経過が、結果としてですが、功を奏しているようです。何かあの時代の残酷さをも象徴しているある種奇跡的な作品と言えるでしょう。

 たった40分あまりの作品です。その中に、あの時代のフランスの光と影が全て表現されていると言っても過言ではありません。

 そんな時代を生き抜き、そんなジャン・ルノワールと交流のあった日本人たちの知られざる人生を発掘することは、私にとっては実に楽しく感動的なことです。まるで、いくつもの優れた作品を鑑賞するがごとくに。

 そうそう、川添の手紙に『ミカド』という言葉が出てきました。ジャン・ルノワールは天皇に興味を持っていたようですね。

ピクニック公式

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2020.08.10

『MAGI 天正遣欧少年使節』

 

 

 日の長崎の話の続きというか、そのルーツ。

 こちらにも書いたとおり、私は「千々石ミゲル」のことが気になってしかたありません。有馬晴信との関係や音楽のことだけでなく、彼は本当に棄教したのかという謎…。

 さて、ミゲルも含めた天正遣欧少年使節団の4人の物語。いつか映画化されるといいなと思っていましたが、こういう形でそれが実現するとは。

 いろいろとツッコミどころはありますが、そんな外面のことではなく、やはり純粋に少年らの過酷かつ豊かな旅自体について、こうしてイメージ化してくれたこと、そしてキリスト教や西洋文化の矛盾、日本という国の本質をかなりきわどいところまで描いてくれたことには感動いたしました。

 キリスト教が内包する「死」への憧れと「赦し」の構造が、隠れキリシタンの悲劇を生み、のちには長崎原爆の悲劇を生み、昨日紹介した「浦上燔祭説」を生んだとも言えますね。そのあたりをこのドラマからも考えさせられました。

 彼らが音楽理論を学び、多くの楽器の演奏技術を習得し、貴重な楽器を持ち帰ったこと、そして聚楽第にて秀吉に演奏を披露したことには触れられていませんでした(それは後日譚なのでシーズン2で?)。古楽ファンとしては、そこは少し残念でしたが、実は音楽はその一面に過ぎず、本当に多様な分野において彼らは本当によく学び、それを伝えたと思います。

 ミゲルが、帰国後どのように棄教に至ったのか(あるいは最近の説のように実は棄教していなかったのか)、関ヶ原の戦いから江戸開幕、そして有馬晴信の刑死などが、ミゲルにどんな影響を与えたのか。

 明治以降の日本と西洋との関係、そして未来の日本人のあり方を考える時、彼のキリスト教体験の変遷は大きなヒントとなるような予感がするのです。

 ちょっと私も研究してみます。独自の視点で。

MAGI 天正遣欧少年使節 公式サイト

400年前の西洋音楽と古楽器

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2020.05.08

出口王仁三郎の漢詩

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 年の末、ご縁あって(ヤフオクですが)、出口王仁三郎の漢詩額を入手しました。

 富士山(天教山)を題材にした色紙はたくさんありますが、漢詩が添えられているものは珍しい。

 王仁三郎といえば数十万と言われる短歌が有名ですが、このように漢詩もたしなんでいたんですね。

 いわゆる「スの拇印」も捺されており、なかなかの逸品だと思います。ここ富士山に逢着して喜んでいるのではないでしょうか。

 そういえば、王仁三郎とは因縁の深い大正天皇も漢詩の名人でした。

今日は何の日?…大正天皇の漢詩一首

 さて、王仁三郎の漢詩、どんなことが書かれているのでしょうか。

 なんとか解読しましたので、紹介します。

東海卓立 (東海卓立)
正芙蓉(正しく芙蓉)
万古千秋(万古千秋)
不改容(容を改めず)
清岳鮮山(清岳鮮山)
形撰處(形處を撰ぶ)
五洲高聳(五洲に高く聳へ)
書仙峰(仙峰を書す)

 七言絶句ですね。もちろんちゃんと押韻もしています(蓉・容・峰)。

 王仁三郎の教義の中では、富士山(天教山)は高天原であり地球救済の中心であり宇宙の中心です。天の岩戸も富士山にあるとしているあたりも含め、宮下文書の影響を感じます。そして、仲小路彰のグローバリズムにも見事につながっていきます。

 このあたりの霊的な文脈が、ようやく明らかになってきました。昨日もちょっと書きましたが、そういった一次資料に触れることができる私は幸せ者ですね。この漢詩額も一次資料の一つですし。

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