カテゴリー「美術」の168件の記事

2017.08.12

鎌鼬美術館(羽後町田代)

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 うやく訪問することができました。素晴らしい美術館でした。感無量です。
 伝説の舞踏家土方巽。若い頃彼の大ファンだった私が、まさか美術館設立に(ほんのちょっとですが)関わることになろうとは。
 というか、それ以前に、まさか自分の嫁さんのお母さんの実家前が、あの「鎌鼬」の撮影場所だったとは…。
 そのあたりの驚きの連続は、こちらからお読みください。まったく人生とは不思議なものです。
 そんな舞踏の聖地、写真の聖地に、本当に素敵な美術館ができました。設立に尽力されたお二人の地元の方とも春に、そして今日もお話させていただきましたが、やはり「場」というのはとても重要です。「場」には「魂」が記録されるのです。
 それはおそらく7次元的意識の世界が、5次元的情報の世界、3次元的物質世界に投射されるということなのだと思います。
 歴史的な作品が生まれた場、その「リアル」を超えるのは難しい。別の場所にいくらお金をかけて資料を集めてもだめです。そこには「魂」が刻印されていないからです。
 土方を研究するある外国人舞踏家は、それこそ義母の実家の前の田んぼの泥を体に塗りつけて舞ったといいます。それはたしかに正しい。50年の時を超えても、そこには間違いなく「魂」が生きていると思うからです。
 鎌鼬の撮影場所ともなった、旧長谷山邸の蔵を改装して作られた鎌鼬美術館。そこに土方がいるかのような「リアル」さを体験できました。
 もちろん、貴重な展示物や美しい田代紹介のビデオも素晴らしかったのですが、やはり、その「体感」ですね。これぞ本当の聖地、メッカであると感じました。
 昨秋の開館以来、冬期は休館、基本土日のみ開館にも関わらず、すでに世界中から1000人以上の人が、この知られざる山村を訪れたとのこと。
 慶應義塾大学という中央と、地元の協力体制、愛情、行動力が、このような遺産を現代に、そして未来に甦らせたのだとも感じました。
 今、富士山麓のいくつかの遺産の保存、顕彰に携わっていますが、なるほど、こういう形を取るのが一番だなと痛感しました。そちらも頑張らねば。
 どうそ、皆さんも、この美術館を中心とした村全体を舞台に、今に生きる土方巽、そして細江英公の魂を体験してみてください。
 私も秋田を訪問したおりには、必ず訪れたいと思います。関係者の皆さん、本当にありがとうございました。
 最後に…ワタクシ的に最も感激したのは、写真集鎌鼬のために撮影され、しかしボツになった、多くの写真をペタ焼きの形でたくさん見ることができたことです。それはまたまた実にリアルな作品群でありました。
 公開することを前提に許可をいただき写真を撮らせていただいたので、どうぞご覧ください。

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『鎌鼬 田代の土方巽』 (慶應義塾大学出版会)

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2017.08.08

やわらかプラスチック

20170810_54405 昨日学校のBBQがあって、その最中、生徒たちとはしゃぎすぎ、森のなかであるモノをなくしました。
 そのあるモノは買うととっても高いものなので、自分で作ることにしました。私は他人が作れるものは自分でも作れるという考えの持ち主なので(笑)、今までも何かをなくしたり、忘れてきたりした時は、即座にそれらしいモノを作ってきました(つまりごまかしてきた)。
 というわけで、今回そのごまかしのために購入したのがコレ。
 けっこう今はやってますよね。100円ショップで「おゆまる」なんか手に入ります。いろいろ検討して、この商品が一番安く、信頼性も高そうだったのでAmazonで注文しました。
 それが今日さっそく届いたので成形に挑戦。いやあ、これは楽しい。面白い。
 つまり60度以上のお湯に入れると、透明なゲル状になってどんな形にもなり、冷えるとかなり硬質な白いプラスチックになるというものです。
 60度以下になると急に固まるというわけではないので、それなりに成形の時間があるし、それでも固くなってしまったら、もう一度お湯に入れれば再び少しずつ柔らかくなる。
 逆にすぐに固めたい時は冷水などで冷やせばよい。表面的に修正したければドライヤーを使うと便利。
 やけどに気をつければ、子供たちの工作やアクセサリー作りにも最適ですね。
 ちょっとした部品が割れたりした時に、これがソックリなものを作るのもいいでしょう。プラスチック用の接着剤が普通に使えます。
 そんなわけで、今回はヘタすると10万円するようなものを10円くらいで作ってしまいました。それも10分で(笑)。そのできもなかなかで、家族も感心していました(?)。
 ぜひ皆さんもいろいろなモノを作ってみて下さい。色もつけられますよ。

Amazon chalt やわらかプラスチック お湯につけて何度でも使える (100g)


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2017.06.26

『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』 二宮敦人 (新潮社)

Th_61rsvqqq9l_sx346_bo1204203200_ ろいろな意味で憧れの東京藝大。私はとてもとても入れませんでしたが、教え子は入れました。また、最近は藝大卒の方々と共演することが多い。なんだか得した気分です(笑)。
 そうした皆さんは「音校」の方々。とってもまともな皆さんです(笑)。「美校」の知り合いは…あれ?いないかも。
 この本で言うところの「カオス」は正直「美校」の方ですよね。つまりカオスな天才の皆さんとは今のところご縁がないわけです。というか、私のような凡人は近づけない領域なのかもしれません。
 そんなわけで、私がもし藝大に入れるようなことがあったとしして、「音校」と「美校」どっちか選べと言われたとしたら、間違いなく「美校」を選びますね。てか、私の音楽や楽器との付き合い方というのは、ちっとも「藝大(音校)」的ではない(それ以前に音大的ではない)わけでし、どちらかというと「美校」的なカオスの方が自分の得意とする分野のような気がするのです。
 意外に思われるかもしれませんが、私は案外ちゃんと「絵」を勉強しました。先生について勉強したという意味では、音楽と同じくらいの期間(約10年)ということになりましょうか。
 今ではちっとも絵を描かず、あるいはモノを作るようなことはありませんが、かつては音楽よりも美術の方が得意だったし、そっち方面で創造的でした。
 実際、高校の芸術選択は美術を取ったんですよね、3年間。成績も良かった。中学では美術部でしたし。意外でしょ。
 ま、そんなこんなで、いちおう、本当にいちおう程度ですが、音楽も美術もそれなりに分かっているつもりです(あくまでつもり)。
 そう考えるとですね、なんで、「音校」と「美校」が対照的なのか、よく分からない部分もあるんですよね。違う言い方をすると、なんで「音校」はカオスにならないのか。これはある意味良くないことだと思うんですよ。
 ご存知のとおり、両分野ともに、基本基礎や論理やメソッドがあって、それを超えていくのが、いわゆる「天才」だと思うわけですが、なぜ「美校」はいとも簡単に超えていっているのに、「音校」は超えられない(ように見える)のか。
 もちろん、もともと音楽が「コスモス」に収斂してゆき、美術が「カオス」に拡散していく傾向があることは分かります。しかし、実際にはその逆もあり得るのに、なんとなく日本では芸術とアートが分離しているがごとく、両者がぐるっと回って一つになったり、止揚されたりすることがあまりないというのも不可思議なことです。
 いや、実際には音と美の境界線のあの道を軽くまたいで行き来する真の天才がいることも聞いています。しかし、やっぱりそこに分断がある、壁がある、溝があるのは事実でしょう。
 そういう意味で、私は古楽科に期待していたんですよ。ジャズ科みたいになってほしいなと。現状はどうなんでしょうかね。
 また、上野にない第三者的な新興の学部学科の存在も気になります。
 というわけで、藝大にスパイを送り込もうと思っています。上の娘はとっくに諦めているので、下の娘を洗脳して送り込もうかな(笑)。
 おっと、肝心な本の紹介を忘れていた。この本はインタビュー集です。入り口としては面白いんじゃないでしょうか。まさに入り口から中をちらっと見る程度でも、私は充分楽しめましたよ。

Amazon 最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

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2016.10.16

第28回 高松宮殿下記念世界文化賞

Th_img_6028 うすぐ高松宮殿下記念世界文化賞の授賞式がありますね。昨年こちら書いたように、ある意味ノーベル賞の芸術部門を補完する役割を果たしているこの世界文化賞。
 まさに文化人と呼ぶにふさわしかった高松宮殿下が創設されたこの賞でありますが、今ちょうど私は高松宮さまと文化に関わる部分について研究しているところです。
 たまたまですが、今日もある方から貴重なお写真をお預かりしました。これはかの仲小路彰が裏で脚本を書いたと思われる舞踊詩劇「静物語」を、殿下が喜久子妃殿下と一緒にご鑑賞になっているお写真です(昭和23年)。
 実際のところ、ノーベル賞を補完する世界文化賞を創設されるにあたっては、仲小路彰や川添紫郎の提言があったことは間違いありません。そのあたりの事情は従来全く世に出てきませんでした。
 さて、そんな世界文化賞、今年も素晴らしいアーティストたちが受賞しています。

第28回 高松宮殿下記念世界文化賞 受賞者
■ 絵画部門    シンディ・シャーマン (アメリカ)
■ 彫刻部門    アネット・メサジェ (フランス)
■ 建築部門    パウロ・メンデス・ダ・ホッシャ (ブラジル)
■ 音楽部門    ギドン・クレーメル (ラトビア/ドイツ)
■ 演劇・映像部門 マーティン・スコセッシ (アメリカ)

第20回 若手芸術家奨励制度 対象団体
■ ファイブ・アーツ・センター (マレーシア)

 ワタクシ的には、やはりクレーメルとスコセッシの受賞が嬉しいですね。素晴らしい人選だと思いますよ。
 それに対して…ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞には驚きましたね。本人も驚いているというか、困惑しているのではないでしょうか。
 ノーベル賞は文学部門しかないので、こうして他分野の人物を文学賞にあてがうこともできてしまいます。当然、それに対する反発も大きく、本人が文学という意思がないのにいいのかとか、純粋な文学分野で受賞すべき人がいるだろ(村上春樹ら)とか、いろいろな意見が飛び交っていますね。
 一方、そちらの騒ぎや、ノーベル賞の権威低下などを尻目に、安定の信頼度および品格を保っているのが高松宮殿下記念世界文化賞であります。
 本国日本ではノーベル賞ほどの騒ぎにはなりませんが、世界的に見ると大変名誉ある賞であって、ノーベル賞受賞よりも価値が高いと捉える受賞者も多いとか。
 ボブ・ディランもこちらの音楽部門を獲りたかったかもしれませんね。来年、あえて彼に世界文化賞を授与するとかどうでしょう(笑)。

高松宮殿下記念世界文化賞

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2016.09.23

『八つ墓村』〜『君の名は。』に感動する方法

Th_51r1g577qhl_sy445_ 日の「犬神家の一族」に続き、我が家ではドラマ版「八つ墓村」を鑑賞。変な家族ですね。
 父親と母親はまあいいとして、娘たちはなんで興味を持つのでしょうか。
 まず高校2年の長女は…幼い頃から「怖いものを怖がりたい」タイプでして、最近はネットで「怖い村」について検索しまくっています。全滅した村とか、猟奇的殺人事件があった村とか。変な趣味ですね(笑)。
 で、当然のことながら、津山事件を知っているわけですよ。津山と言えば「八つ墓村」のモデルになった岡山県の村ですね。例の大量殺人事件があった村です。戦前の話。
 だからドラマ「八つ墓村」は当然観たい。
 中二の下の娘は、映画マニアですし、特にサスペンス、ミステリーが大好き。ドラマではCSIを毎日のように観ております。グロいのも大好き(笑)。
 将来は映画監督になりたいなんて、まさに中二病満開な彼女にとっても、「八つ墓村」は当然通らねばならない関門ですね。
 そんなわけで、家族全員が共有できるというわけです。
 いやあ、面白かったなあ。やっぱり横溝正史の原作が素晴らしいわけですが、それをこうしてテレビドラマとして重厚に描けた時代もまた素晴らしいですね。娘たちもますます昭和に生まれたかったなあと思うようになっております。
昭和人である我等夫婦としては嬉しいかぎりです。
 さてさて、そんな昭和家族?は、昭和なだけに、現代にはついていけないところがあるわけでして、その代表的なケースが、に感動できない親子なのでした。
 あれ以来、どうにもスッキリしない日々を送っていたのですが、今日、齋藤あきこさんが、素晴らしい分析をしてくださっておかげで、「なるほど」と納得することができました。
 「君の名は。」に感動した人も、感動できなかった人も、観てない人もぜひお読みください。

『君の名は。』に感動する方法

 昭和の感性じゃあ、あれは分かるはずはないわけですね。そっか。たとえば自分が昨夜見た夢のディテールの矛盾にツッコミを入れちゃあいけないってことですね。なるほど、たしかにそうだ。
 新しい映画、アニメにとってのリアリズムは、ようやく源氏物語や浮世絵のレベルになってきたということでしょう。すなわち「脳内リアリズム」が「リアリズム」を超えたというわけです。
 私たち親子が「君の名は。」にいちゃもんをつけたのは、それこそ浮世絵やピカソに「全然現実味がない!感情移入できない」って言っていたのと同じということですね(苦笑)。

Amazon 八つ墓村

文化・芸術, 映画・テレビ, 美術 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.09

『宇宙人東京に現わる』 島耕二監督作品

Th_913abpimshl_sl1500_ 朝鮮が核実験をしました。それなりの技術力を獲得しているということですね。この時代になって、これほど近くに核の脅威があるというのは、これはたしかに異常事態です。
 そんなニュースを聞きながら、ふと思い出したのがこの映画。1956年(昭和31年)公開の、日本初の本格カラー空想特撮映画。
 テーマはずばり「原子力の平和利用」。しかし、結末は大いに矛盾のあるものになってしまっています。唯一の被爆国である日本の苦悩が、ある意味未来的に描かれている作品です。
 この映画に出てくる宇宙人は、その筋では有名なパイラ人。かの岡本太郎デザインと言われていますが、本当なのでしょうか(岡本太郎は「色彩指導」としてクレジットされている)。
Th__20160911_73301 まあ、岡本太郎的なデザインとも言えるし、一方であまりに安易でチープなデザインとも言える。もちろんだからこそ「カワイイ」のですが(笑)。
 パイラ人も核戦争を体験し、そして反省して原子力を平和利用することになったという歴史を持っています。そして、「宇宙道徳」に従って、地球の危機を救おうとします。つまり、「いい宇宙人」。
 ネタバレしてしまうと、結果として日本人は、核保有国の協力を得て、地球を滅亡に追い込む強大な「敵」を攻撃することになります。しかし、それが効果なしと分かると、原水爆を超えた兵器をパイラ人とともに作り、結果として「敵」を粉砕してめでたしめでたしとなる…。
 これって「平和利用」なんでしょうかね。もちろん、その矛盾をテーマにしたのでしょう。
 戦後10年が経ち、敗戦、被爆という過去の現実を肯定する、いや忘れるために、この時代はとにかく「原子力の平和利用」が謳われました。もちろんそこから原子力発電という未来が生まれていくわけですね。
 たとえばこの時代に日本の裏面で活躍していた仲小路彰も、原子力こそ未来を切り開く「光」であると力説していました。もちろん、彼はすでに「核分裂」ではなく「核融合」こそが、その「光」の本体であると考えていたわけで、のちの原子力発電とは一線を画しますが。
 このたびの北朝鮮の脅威をこの映画に無理やり重ねるとすると、そういう地球を破壊するような「敵」に対しては、各国が核兵器をもって粉砕していいということになりますよね。
 極論とは言え、この映画の時代性からすると、それもまた「平和利用」の一部となるということでしょうか。極論すぎますかね。
Th__20160911_72659 その他、高度経済成長が始まらんとする頃の日本の風景をいろいろ見ることができて、なかなか面白い映画です。
 マニアックな視点で私が「お〜」と思ったのは、奥田宗宏とブルー・スカイ楽団の演奏のシーンがけっこう長くあるところです。
 先日、奥田宗宏さんの息子さんである奥田英人さんのライヴに行きました。あの頃から60年が経ち、日本の音楽事情、ジャズ事情、ビッグバンド事情も大きく変わった中で、奥田英人さんがザ・ブルースカイオーケストラを存続しているのは立派なことだと思います。

Amazon 宇宙人東京に現わる

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2016.08.22

トーキョーショー

 オデジャネイロ・オリンピックが閉幕しました。日本人選手たちの活躍は本当に素晴らしいものがありましたね。4年後の東京オリンピックへの期待が高まりました。
 一方で、エンブレム問題に端を発し、国立競技場問題、そして都知事交代など、運営に関してはいろいろと不安があったのは確かです。
 しかし、どうでしょう。今日の閉会式での「トーキョーショー」をご覧になった皆さんは、一気にその不安よりも期待の方が上回ったのではないでしょうか。
 私もとにかく感動してしまい、涙が止まらなくなってしまいました。正直予想をはるかに上回る素晴らしい内容でしたね。
 上の動画の冒頭にある五輪旗のハンドオーバーからして、「小池さんで良かった」と思った方が多かったのでは。なんだか、いろいろと神の采配があったのかなとさえ思えてきます。
 そして、「君が代」と「日の丸」。ここでまず泣けてしまった。あの素晴らしい君が代、そう雅楽風とも言えるし、ブルガリアン・ヴォイス風とも言える画期的な編曲をしたのは、フランス在住のジャズ・トランペット奏者である三宅純さんとのこと。
 未来的「君が代」、しかし、ちゃんと過去も大切にしている新しい国歌という感じがしました。本当に素晴らしいお仕事をなさったと思います。
 あの日の丸の現れ方も良かったなあ。なるほどと思いました。
 このトーキョーショー、綜合プロデュースはなんと椎名林檎さんだということ。先月、バンプのライヴの記事に「私の一つの妄想は、東京オリンピックの開会式に、そんなグローバル&ローカルな、すなわち極日本的な彼らと椎名林檎さんを登場させることです(たぶん実現するでしょう)と書きましたが、一足先にその妄想の一部が実現してしまいましたね。感動です。
 安倍マリオの部分については、実はちょっとウワサのようなものは聞いていましたが、ここつで完成度が高いとは…。あの2分の動画で、充分にクールでポップな東京のイメージが世界に伝わったことでしょう。いやあ、よくできていたし、総理もよくやってくれました(笑)。
 そして、圧巻は後半のパフォーマンスですね。ハイテクとローテク(シンプルな人力と道具)のバランスが良かった。中田ヤスタカさん、MIKIKOさんのセンスは、やはり我々凡人のそれをはるかに超えていました。部分と全体が有機的に関連し、まさに生き物のような作品に仕上がっていました。もちろん、青森大学男子新体操部をはじめとするパフォーマーさんたちもグッジョブ!
 なんだか、自分が日本人であることに誇りを覚えた瞬間でしたね。これぞ国際的な一大イベントにおける国家的パフォーマンスのあるべき姿です。
 ホント何度でも観たい、そして何度観ても泣いてしまう。久々に心が震えました。なるほど、このトーキョーショーは、世界に向けての発信であるとともに、私たち日本人自身へのメッセージでもあったわけですね。俄然、4年後へ向けて盛り上がることでしょう。
 私もほんの少し東京五輪に関わらせていただいている者として、このたびの「日本の天才(職人)」たちのお仕事を見習って、「地球平和」のために頑張ろうと思います。
 何度も書きますが、オリンピックは祭です。特に日本にとっては「まつりごと」の一つです。そういう意味で、絶対に成功させなければならないのです。

 追伸 安倍マリオのアイデアって森喜朗さんが出どころなんですね(笑)。
 

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2016.04.11

追悼 岩崎富士男さん

 阪芸大教授で、キューティーハニーの主題歌の作詞者(変名クロード・Q)としても有名なクリエイティブ・ディレクター、岩崎富士男さんが亡くなりました。
 私は6年ほど前に、それが岩崎さんの作品だとは知らずに、モノ・コト論の視点から「だってなんだかだってだってなんだもん」という記事を書いています。
 岩崎さん、コピーについて、「出し尽くして空っぽになった時に降りてくる。日常の言葉が特別な意味を持つ」というようなことをおっしゃっていたと記憶しますが、「だって…」なんか、たしかにその最たるものですね。「コトを窮めてモノに至る」そのもの。
 さて、その岩崎さんの様々な経歴の中で、特に重要であり、しかしあまり知られていないのが、カンヌ国際広告祭でグランプリを受賞した、ナショナルのCM「光のメニュー」でしょう。
 いろいろな方が関わって出来た名作ではありますが、その中心にいたのは岩崎さんであったのはたしかでしょう。

 LED時代になってから見ますと、蛍光灯でさえ温かさを感じますね。
 ご冥福をお祈りします。

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2016.03.25

妙心寺塔頭如是院さんの襖絵

Th_514ajjdyjql_sx347_bo1204203200_ が校の修学旅行の最大の目的は、本山たる妙心寺への参拝であります。開山さまへの卒業の報告と、座禅を主とする特別参拝です。
 今年はちょっとしたアクシデントで、いつもの微妙殿ではなく、塔頭の一つ如是院さんでの座禅および法話となりました。それがまたワタクシにとっては大変な幸運。
 いや、もともと微妙殿が使えないとなった時に、代わりにと言ってはなんですが、私としてはぜひとも如是院さんで座禅したいと思ったのであります。
 というのは、知り合いから日本とフランスのあるシンポジウムについて聞いていたからです。その一連の内容は、最近「霊性と東西文明」という立派な本になりました。私もさっそく手に入れましたので、これからじっくり読んでみたいと思います。
 そのシンポジウムや本のことを、中心人物であった竹本忠雄さんが語った番組があります。昨日の春画の記事にも出てきた、アンドレ・マルローと深い仲にあった竹本さん。この動画の20分くらいのところから、如是院さんの襖絵の話を聞くことができます。

 そう、かの天才パーカッショニストであるツトム・ヤマシタさんが、鴨川でサヌカイトを演奏し、その音波を友禅染で染め上げ、それをまたデジタル出力して襖絵にした、その襖絵が如是院さんにあるのです。
 これはもううかがうしかない!というわけで、事前に電凸いたしましたら、ご住職が快諾くださったというわけです。
 いやあ、本当に幸せですよね。思ったことが実現してしまう。ありがたいとしか言いようがありません。
 のちにご住職と我が校の母体となっているお寺の住職とは、修行の先輩後輩の関係で、つい先日もお会いになっていたことが分かったり、まさに仏縁を感じないではいられない僥倖でありました。
 その襖絵に囲まれての座禅がまた素晴らしかった。まさに「波動」の中での瞑想です。悠久の地球の波動を感じながらの座禅。最高でしたね。
 音がそのまま絵になっている。すなわち、音を見る、ずばり「観音」です。楽譜とは違う、音そのものが視覚に訴えかけてくる。いや、聴覚や視覚を超えた共鳴ですね。魂の共鳴。
 ご住職ともお話しましたが、こういう世界になると、アナログもデジタルもありません。ホンモノがそこに焼き付けられているとともに、常に動いていて、波を発している。生きている。
 最高の体験をありがとうございました。
 座禅ののちには、法堂にて狩野探幽の雲龍図を拝観。これはこれでもちろんすごすぎ。やはり生きている。超一流の仕事というのは、コトをして、なおかつモノを活かすのですね。

Amazon 霊性と東西文明 日本とフランス「ルーツとルーツ」対話

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2016.03.24

春画展(細見美術館)

Th__20160326_102947 京の永青文庫での「春画展」。あまりに混んでいて、何度か諦めて帰ってきてしまったのですが、なんとラッキーなことに、京都の細見美術館で拝観することができました。まさに「拝観」ですな。
 このたびは、修学旅行の自由散策時間を利用して、この「春画展」と、近くの京都市美術館で同時開催している「モネ展」「ルノワール展」をはしご。実に面白い体験でありました。
 関西在住の方、とにかく「春画展」はご覧になった方がいいですよ。できれば、私のようにはしごされると良い。
 いろいろな流れ、本質がよくわかると思います。日本的な職人文化と西洋的な芸術の違いですね。
 正直言って、その想像力&創造力のスケールの違いというか、クオリティーの違いというか、いや、ジャンルの違いかなあ、単純に比較できないことが確認できました。
 もちろん、春画の勝ちです。生命力でしょうか、いろいろな意味でね。
 先に書いておきますが、ちょっとした違和感があって笑ってしまったのは、春画もまた、印象派の巨匠たちのごとく、「美術館」に「展示」されて、大真面目に解説などされ、列をなした人々によって鑑賞、観察されているこということでした。
 私は列には加わらず、すきまからのぞき見しましたが(笑)。
 そういう意味では、生命力というのは少しそがれていたかもしれません。まあ、それでも、それこそ「笑い絵」というくらいですからね、なんだか作品にこっちが笑われているというか、非常に挑戦的にも見えましたよ。
 特に若い女性のお客様が多かったので、なんだかこっち(男)としては、逆に気恥ずかしいというか…そうそう、春画の男性のシンボルの描き方って、あれは女性目線…いや女性の妄想目線だと思いますよ。男性としては、あそこまで猛々しく描かれると、なんだかショボンとしちゃう(笑)。
 一方で、挑戦されてるなと思ったのは、やはり、その局部の強調、デフォルメされた表現と対照的に、その他の部分、たとえば顔の表情や着物の表現などに、非常に繊細なこだわりが感じられ、じっくり見れば見るほど、私たちの関心が局部ではなくて、ある意味その背景の方に行ってしまう。
 全体の構図や、顔や局部の見せ方という意味では、世界に誇る(?)現代日本文化の一つであるAVと共通しているものがあって、それはそれで興味深かったのですが、そうした「背景」へのこだわりは、昔の人の方が旺盛だったなと感じました。
 現代における、そういう「挑戦的」な作品としては、実相寺昭雄の「アリエッタ」くらいしか、私は思いつきません。実相寺は現代の春画を描きたかったのでしょうね。
Th__20160326_103435 それにしても、すごい人気でした。平日の早朝だったにも関わらず、すでに入場制限ありでした。館内もギュウギュウ。
 北斎や哥麿の超絶的な名作も見ることができますが、やはり匿名性のある、まさに日本的な職人文化を堪能できるのも魅力です。
 自分へのお土産に、一番露骨ではないけれども、とってもセクシーな絵の手ぬぐいを買ってきました。それが右の写真です。
 モネもルノワールもたしかに良かったけれども、さすがにインパクトが小さくなってしまった。お二人には申し訳なかったかも。まあ、ご本人たちもきっとこればかりは納得だと思いますけどね。
 マルローの言ったことは間違っていませんね。印象派が浮世絵を発見したのではない。浮世絵が印象派を生んだのだ。

春画展公式

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