カテゴリー「旅行・地域」の1165件の記事

2018.11.05

分裂から融合へ

超越融合!
Unknown 日は重いテーマを軽いメモ風に。
 時代は明らかに「分裂」から「融合」へと変化しつつあります。
 仲小路彰は言いました。「21世紀は太陽の時代である」と。そこには大きく二つの意味があります。
 一つは「女性性」の時代。そして、もう一つは「核融合」の時代。
 たしかに「女性」も「融合」という生命の本質を担う存在ですね。
 私は何度も書いているとおり、ワシは原発には反対の賛成なのだ!という立場を取っています。
 まさにそれを研究している私の友人たちによると、もうすぐ核融合は画期的な方法によって現実的になるそうです。「分裂」から「融合」です。期待しています。
 そして、一昨日も触れました、天皇の譲位の本質。ちょうど700年前から南北朝に「分裂」していた天皇家が、ある方法によって「融合」します。まさに象徴的ですね。
 さらに身近なところで、興味深い「分裂→融合」の動きがありました。保守分裂と言われて久しい、山梨2区を巡る自民党内の対立。そこに大きな変化が。

山梨知事選で自民推薦の長崎氏「憎み合う状況では発展ない」

 超手前味噌ですが、絶対に和解は無理だと言われていた両者を、ある象徴的場で無理やり「呉越同舟」させたのは、このワタクシです。それはまたすぐに分裂してしまいましたが、その時御本人に、そして自民党のトップに、また神様に訴えかけたことが、こうして予想以上に早く実現することになるとは。勝手に感無量です(笑)。
 私の中でも、実は「分裂→融合」がたくさん起きています。たとえば音楽とか。今までの自分内対立はなんだったのかと思うくらい、いとも簡単に融合できるようになった。なんなんでしょうね。
 これらの動きは歓迎すべきものです。今日もたくさんの「融合」を見つけて生きたいと思います。
 今日はここまで。

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2018.11.03

【討論】明治維新とは何だったのか? (チャンネル桜)

 化の日。つまり明治天長節。今年は明治維新(戊辰戦争)150年ですから、特別な文化の日であると思います。そして、平成最後の文化の日でもあります。
 そんな日にふさわしい素晴らしい討論を聴くことができました。いやあ、本当に面白かった。いろいろな角度、立場から、いろいろな解釈ができる「明治維新」。たった150年前の出来事なのに、まだまだ分からないことばかり。
 私は今年を、明治維新以来の「150年戦争」終結の年であるととらえています。それは歴史学的な意味ではなく、あくまでも霊的な意味ですが。
 また、何度か書いてきたように、そして冒頭で小堀先生も触れていますが、今年は後醍醐天皇即位から700年、すなわち、天皇家が実質的に南北に分かれてしまう、「統合の象徴」であるべき天皇、皇室が「分裂」してしまってから700年なんです。
 ほとんど誰も同調してくれませんが、宇宙人である(笑)ワタクシは、来年に迫った「譲位」をそのような視点から見ております。
 それはまた、この討論でも何度か出てきている、「国譲り」の作法に基づくものであるとも思っています。
 それから…これはタブーですけれども、明治天皇すり替え説と出口王仁三郎の関係、その父とも言われる有栖川宮熾仁親王の存在…そこまで行ってしまうと、ほとんど誰もついて来れませんね(苦笑)。
 まあ、歴史的な事実はいかなりとも、たとえばここ富士北麓地方でも報国蒼龍隊など、錦の御旗を掲げた部隊がありましたが、彼らを突き動かしたエネルギーというのは、実は非常にローカルな「物語」から発したものでした。
 この討論の一つの論点でもありますが、薩長と会津でも、それぞれの「物語」が全く違っていて噛み合うはずもなく、それが武力衝突にもなるし、今に至る微妙な分断にもつながっている。
 こんなに小さな国でも、こういう矛盾を抱えながらやってきた。縄文と弥生まで遡るかもしれない、いや、もっと古いのかもしれない。そこを「和」してきたのが日本だったはずです。そして、その「和」の象徴が天皇であったと思います。
 結果として、明治維新によって、その「天皇」の本質が変わってしまった。そここそが、この討論の基底となっている「保守」の精神をお持ちの方々にはなかなか論難できない、大きな大きな問題であると思います。
 それを本来のあり方に戻す第一歩が、今年始まっているということでしょう。天皇自らの手によって。
 そう考えると、「150年戦争」とは、天皇自らの戦いそのものであったのかもしれませんね。

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2018.10.28

『偽書が描いた日本の超古代史』 原田実 (KAWADE夢文庫)

Th_unknown 信のアウトソーシング特集、とりあえずこれで一段落でしょうか。
 今日、ウチの近所の安倍総理の別荘に、インドのモディ首相がいらっしゃいました。これも元をたどると、私の妄想が実を結んだとも言えます。そこには、ある「トンデモ」が関わっています。その話はまた最後に。
 少し前に、原田さんの最近のお仕事「江戸しぐさ批判」を含む『オカルト化する日本の教育』を紹介しました。あれもとっても面白かった。どうも、私はこういうモノに反応してしまうんですね。
 たしかに自分も子供の時から嘘つきです。今でも生徒に「はったり、ちゃっかり、ぼったくり」とか言われています(笑)。
 もしかすると、これは社会的にはかなりヤバイのかもしれませんが、とりあえず小さなの嘘でも、それが世の中を大きく動かすことがある、いや、世界史の大事件のほとんどは、ある種の嘘が生み出したとも言えるのではないか、と思うとどうにもワクワクしてしまうんですね(笑)。
 まあ、たとえばある人が未来はこうなる、未来をこうすると言って、人を動かし世の中を動かしたとすると、未来なんていうのはまだ起きていないという意味では、現在においては「嘘」になってしまいますよね。あるいは小説などの芸術作品も嘘っちゃ嘘。それが人や世を動かすこともよくあります。
 そういうスケールでの「嘘」にワクワクするということです。
 さて、この本には、どう見てもバレバレな嘘なのに、それなりに世の中を動かしてしまった、という例がたくさん紹介されています。
 いわゆる「古史古伝」です。それはほとんどの場合「超古代史」を含む内容になっています。それはそうでしょう。最近のことについて嘘をつくとすぐバレるけれども、超大昔のことは誰にも分からないので、嘘というか妄想を書きやすい。
 これって、たとえば幽霊が見えるという話をするのと似ています。つまり、肯定派も否定派も科学的根拠を提示できず、ただ「なんとなく信じる」か「なんとなく信じない」ことしかできないから、発信者としては絶対的肯定も絶対的否定からも逃れられる。
 そういう意味では、「江戸しぐさ」は近すぎた。いや、近いからこそ自分に都合の良い嘘につなげたくなるというのもありますね。超大昔を語るより、とりあえず信用されやすい(つまり生活レベルで騙しやすい)。
 いわゆるユダヤ陰謀論や、大東亜戦争の解釈なんかにも、たくさんの「妄想」や我田引水が混入していますね。いや、一番近いところでは今の政権も…。
 そう、この本の「富士宮下文書」のところに、実は私が大きく関わっている「事実」が紹介されていました。ある人を通して、そことモディさんもつながっている。トンデモな話に聞こえるでしょうけれども、起きたことは本当だからしかたありません。
 と、そんなわけで、この本に書かれていることは、ほとんど事実ですし、本当に客観的に書かれているという意味で、この種の本の決定版だと思います。さすがです。
 それを実現したのは、やはり原田さんの人間への「愛」でしょう。単に嘘つきを糾弾したり、揶揄したり、無視したりするのではない…。
 さて、私は今、こうした歴史的「嘘」や現在的「嘘」、そして未来的「嘘」を総合して、戦後日本において国家や国民、そしてそれを取り巻く世界をも動かしてしまった人物、仲小路彰の研究をしています。
 仲小路は賢かった。なぜなら、完全に黒幕として隠遁していたからです。その存在は当時からすでにミステリアスであり、だからこそ人を惹きつけてしまった。
 仲小路は、これら古史古伝が「発見」され、流布し、利用された時代に生きながら、その内容をかなり深く研究していました。そして、それは彼独特の「日本世界主義」「グローバリズム」「未来学」を構築することに大きく寄与しています。
 その潮流はまだいろいろなところに息づいてます。とても一笑に付すわけにはいきません。面白いけれども、笑ってばかりはいられないのです。
 物語の力、すなわちモノを騙る力は、事実よりも奇であります。

Amazon 偽書が描いた日本の超古代史

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2018.10.17

モニカ・ゼタールンド

 日はスェーデンのウプサラ大学の先生方が我が校を訪問されまして、教育についてものすごく濃い討議をさせていただきました。お互いの教育観、あるいは方法論がまさに正反対。だからこそ学ぶところも多く、両方の良いところをミックスしていくことが大切だという話になりました。
 ないものねだり、隣の芝生は青いということもあるでしょう。いや、隣ではなく、お互い地理的にも歴史的にも遠いので、どこか理想郷のようなイメージがあるんでしょうかね。
 さて、昨日までの即興つながり、ジャズつながりで言いますと、スウェーデンと言えばモニカ・ゼタールンドでしょうね。とってもチャーミングなボーカリストです。
 彼女の半生がおしゃれな映画「ストックホルムでワルツを」にもなりましたので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

 この映画のタイトルにもなっていますように、彼女はジャズ界の大御所であり、憧れの存在でもあった、あのビル・エバンスと共演しています。これがまたいいんですよ。彼女の人柄が音楽に表れていますね。

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2018.10.08

『大宏池会の逆襲』 大下英治 (角川新書)

Th_71pglillrl 倍一強という、自民党として、いや日本として今までになかった状況が続いています。それが良いことなのか、悪いことなのかは、のちに歴史が教えてくれることでしょう。
 そうした現状は「宏池会」の弱体化であるとも言えます。保守本流、穏健ハト派である「宏池会」が、その内部分裂などによって自らの力を弱めてしまったのは事実です。
 そして、だからこそ「大宏池会の逆襲」なのです。歴史は繰り返す。偏りすぎたものは揺り戻す。これは政治の力学だけでなく、宇宙の法則でもあります。
 そう考えると、今の安倍一強というのは、未来のスウィングのためのバックスウィングということになります。
 今年の夏、バックスウィングの当事者の別荘にお招きいただき、そして2021年以降の話をさせていただきました。
 実はもうそういう方向で動いているのです。政治の現場というのはそういうものです。未来的に今動いている。
 岸田さんが昨年「未来戦略研究会」を設立し、この夏に2050年のヴィジョンを発表したのは象徴的でした。
 そこで私が思い出さずにいられないのは仲小路彰のことです。知られざる黒幕ですから、もちろんこの本にも出てきませんが、宏池会の誕生と成長に、間接的であれ仲小路が影響を与えたのは間違いありません。
 仲小路彰は、熊本の五高で、池田勇人、佐藤栄作と同級生でした。そして、彼らよりはるかに成績が良かった。言うまでもなく、池田と佐藤は宏池会と深い関係があります。
 また、山中湖での隠棲(ある意味院政)にあたっては、富士急行創始者の堀内良平やその子孫たちの援助がありました。堀内家も宏池会の歴史のど真ん中に存在しています。
 戦後、仲小路は吉田茂に多くの提言をしています。仲小路の言う「グローバリズム」や「地球平和」、さらに「未来学」、そしてそれらの中における対米政策などが、吉田に大きな影響を与えたことも間違いありません。そして、それが吉田学校を通じて宏池会の精神につながっている。
 この大下さんの著書が表の宏池会史だとすると、私がここに書いていることは裏の宏池会史ということになるかもしれませんね。
 そろそろバックスウィングも折り返し点に至りつつあります。2021年以降、はたしてどんなスウィングが様々な逆境を打ち返すことになるのか。私は非常に楽しみにしているのであります。
 その時代はきっと(また)富士山が鍵を握ることになるでしょう。仲小路が富士山麓に40年間蟄居していたのには、そういう未来的な意味があったのです。

Amazon 大宏池会の逆襲

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2018.10.07

富士山世界文化遺産登録5周年記念「Mt.FUJIMAKI 2018」

Th_img_2727 に素晴らしいフェスでした。楽しいだけでなく、なんというか深く染み渡るというか、自らのここ10年をも振り返るというか、本当に濃密な時間を過ごさせていただきました。
 まさに10年前、一緒にレミオロメンを追いかけ、このブログがきっかけで知り合い、輪が広がった懐かしい皆さんと再会し、そして、藤巻くんのご両親を始めとする親族の方々(10年の間にめちゃくちゃ増えた!)の隣に陣取らせていただき、いろいろと懐かしい話をしながら、また、「この曲をこの人が歌うなんて、10年前夢にも思わなかったね」という言葉を何度も繰り返しながら、素晴らしいミュージシャンたちの素晴らしい楽曲に涙しておりました。
 セットリストやそのパフォーマンスについては、いろいろな方が報告してくれているので、そちらに任せます。ここは極私的な感想だけ書かせていただきます。
 仲間たちもそれぞれいろいろあったようですが、私たち夫婦も、この10年の間に全く想定外のことをたくさん経験させていただきました。
 特に憧れの人たちとのご縁をたくさんいただいたことには、本当に感謝あるのみです。もとを辿ると、全てが「アレ」に至るのですがね。昨日の記事に出てきた人が作ったモノです。
Th_img_2726 考えてみると、音楽だけとっても、志村正彦くん、藤巻亮太くん、そして昨日お花を届けてくれた吉井和哉くん(中学の後輩なので「さん」はやめます)と、この富士山の麓富士吉田で立て続けにお会いして、お話する機会をいただきました。それだけでも夢のような話ですよね。
 もちろん、今日は天に帰ってしまった志村くんのことも思いながら涙していました。特に山内総一郎くんの「今」にこだわる選曲と演奏、歌唱には、なにか逆に癒やされたというか、そう、山中湖だし、志村くんの曲をやるかもなと期待していた部分もあったんですが、やはり「今」の方が輝いているし、志村くんも天から彼らの音楽を楽しんでくれたと思います。
 和田唱くんが最初に言ってくれましたが、ここ富士山麓には不思議なパワーが流れているんです。彼が大地からそれを感じていることを表現してくれましたが、そのとおりなんです。富士山から直接来ているのではなく、大地にその気が流れている。
 そこに住まわせていただき、そして音楽に少しでも関係させていただいている自分は、これからもその大地からの波動と、宇宙からの波動と、そして私たち生命の波動を調和させ、「もののね」を発信していこうと誓いました。
 そんな大切な節目の日を作ってくれた藤巻亮太くんの純粋な魂に感謝。ご両親にも心よりの感謝を申し上げました。奇跡的に天候に恵まれたのも、藤巻くんの生き様のおかげですし、彼のことを慕い祈ってくれていた人々のおかげだと思います。本当にありがとう。来年も楽しみにしています。

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2018.10.01

異常気象は人為か天意か

Th_img_2694 日の夜から今日の未明にかけて、台風24号が接近しました。
 当地富士山北麓でも大変な風雨となり、多数の倒木が発生し、長時間にわたって停電しております。
 我が家では、地震、噴火、台風などで被災した時のために、いろいろと防災グッズを準備しておりますので、そこそこ快適な生活を維持しています。
 とはいえ、灯油ボイラーが使えず、結果として風呂に入れない状況です。今日は、とりあえず私と娘は風呂割愛ですが、秋田出身温泉大好きな家内はここぞとばかりに近くの温泉施設でゆっくりしてきたようです。
 近くの携帯電話の基地局も機能しておらず、スマホもポケットWi-Fiも圏外で、インターネットに接続されない状況です。まあ、それでもなんとかなると言えばなりますが。
 今年は豪雨、酷暑、台風など、明らかに異常気象ですね。実は毎年のようにいろいろあるのですが、私たちは喉元すぎれば「暑さ」忘れる存在です。去年のことも覚えていないので、来年になると今年の災害のことも忘れてしまうんでしょうかね。
 さて、先日のイノフェスで高城剛さんが、最近の地球的な異常気象は太陽の活動に起因する「宇宙気候変動」であるという、天文学者の説を紹介していました。なんと、温暖化ではなく「ミニ氷河期」が訪れると。
 私もかねてから、二酸化炭素などの温暖化ガス排出による温暖化よりも、太陽活動による寒冷化の方が勝るのではないか、その日のために、今はなるべく温暖化させておいた方が良い、などと極端なことを言ってきました。
 一方で、標高の高い寒冷地に住んでいることを、短期的人為的な温暖化の中においては「勝ち組」だ、あるいは、2020年東京オリンピックの夏は「冷夏」になって全てがうまくいく、などという無責任な楽観論を言ったりして、温暖化反対派を故意に刺激してきました。まあ、軽い戯れのつもりなんですがね。
 しかし、どうもそれは冗談のレベルではなかったようです。実際に寒冷化が進む可能性が高いとか。
 実際、私が上のような戯言を言ってきたのは、地球レベル、あるいは宇宙レベルと、いわゆる人間レベルとを比べると、圧倒的に前者の方が上位にあると認識しているからです。逆に言うと、良いことにおいても、悪いことにおいても人間がなんでもできると思うのは、それは完全なる思い上がりです。
 日本には宗教がないと言っていいと思いますが、この確信において、おそらく本来の日本人は「神」を共有していたのだと思います。
 言うまでもなく「かみ」は「上」という意味であり、それは「天」そのものを指します。つまり「宇宙」ですね。それを忘れてはいけません。
 そういう意味において、このプチ被災状況をも天意であると受け入れ、ある意味楽しんでいきたいと思います。


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2018.09.30

マルチ・スズキ 『ジプシー』

Th_img_2679 ょうど246を走る用事があったので、寄って見てきました!
 最近気になっていた、新型ジムニー…ではなく、旧型(二世代前)ジムニーの「新車」。
 インド製です。インドでは「ジプシー」として絶対的な信頼と人気を誇る、第2世代ジムニー。まだ新車として生産されているのです!
 それをあのワイルドグースさんが輸入して2年かけて日本の車検を通したという一品(逸品)!
 もう見てしまったが最後、欲しい!となってしまいました。
 新型(第4世代)ジムニーの納車が半年以上先というのなら、思い切ってこいつを買ってしまおう!なんて思ってしまいました。
 まあ、とにかく紹介動画を見てください。

 そうそう、インドのジプシーと言えば、昨年安倍総理と昭恵さんがインドを訪問した時、日印の友好の印としてジプシーに乗ってパレードしました。
 普通、大きな高級車のオープンカーですよね。それを日本製の元来軽自動車であるジプシー(ジムニー)でやっちゃうところが、なんともインドらしいというか、逆にオツなおもてなしでした。

 この車も警察車両だということで、助手席ドアの下に謎のステップがついています。すなわち、立ち乗り用のステップのようです。面白すぎ。
 私は第二世代ジムニーを3台乗り継ぎましたが、第三世代はちょうど子育ての期間と重なったため、全く縁がありませんでした。ですから、ジムニーと言えばこれしか知らないわけで、実際久しぶりに乗ってみて、なんか懐かしいというよりも、普通に受け入れられたのです。
 部品もほとんど日本で調達できますし、専門店も多い。インドでもほとんど故障しないというのが売りということもあって、かつて乗っていた最新のイタリア車よりはストレスが少なそうです(笑)。
Th_img_2676 ただ、レジントップの品質はあまり期待できません。実際のところ見た感じ、触った感じは、さすがインドクオリティーという感じでした。
 そこも含めて、本当に好きな人じゃないと乗れないでしょう、とお店の方もおっしゃっていました。はたして、自分はそれに該当するのか?
 しかし、ロング化され、さらに背高のトップのおかげで、荷台の広さはジムニーとしてはあまりに画期的でした。車中泊もOKでしょう。
 というわけで、かなり迷っているので、ある方、すなわちこの車に乗ったことのある方に背中を押してもらおうと思っています。さてどうなるか?最新型になるのか、それとも…。


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2018.09.20

『水の瀬きよき 学校疎開の記録』 鈴木道子 (文芸社)

Th_61w1vfqslxl_sx335_bo1204203200_ チの夫婦と二・二六事件は深い因縁があります。というか、因縁ができてしまったのですね。
 細かいことはいろいろと書き散らしてきましたが、いつかしっかりまとめなければと思っています。物語としては面白いでしょう。小説や映画にしたら、「できすぎ」なストーリーと言われそうですが。
 さて、私は静岡の出身、家内は秋田、そして二人は今山梨に住んでいます。そうした土地の霊脈が二・二六との因縁を生んだわけです。よく地縛霊と言いますが、やはり場所(トポス)というのは「因」と「縁」にとって非常に重要なのですね。
 具体的に言いますと、静岡で安藤輝三(夫人が静岡市出身・本人の墓もある)、山梨で斎藤実(宮下文書関係)、そして秋田で渡辺錠太郎(某小学校との交流)というところで、いろいろ我らの身に「事件」が起きてきたわけですが、ここへ来て、より穏やかな形で、そうした地縁を感じることがありました。
 一つは、渡辺錠太郎の娘で、父親が惨殺された瞬間を目撃してしまった、あの渡辺和子さんが、山梨に疎開していて、山梨で洗礼を受けて、山梨のカトリック系の幼稚園に教諭として勤めていたという事実。今、そのあたりを調べています。彼女に多大な影響を与えた神父さんがいるはずです。
 そして、このたび、ひょんなことから知ったのが、この本の編者鈴木道子さんが秋田の石澤に疎開していたということ。鈴木道子さんは、安藤輝三が敬愛しつつ襲撃してしまった鈴木貫太郎のお孫さんにあたります。
 石澤と言えば、家内の出身地にほど近く、今でも義父はその地の山に山菜を採りに行っています。私たちも時々、本荘に抜ける時、石澤を通過していました。そして、いつも気になるトンネルがありました。それは「絆の茂里トンネル」。なにか素敵な名前だなあと思いつつくぐっていました。
 そのトンネルの上に、109本の桜が植えられているとは知りませんでした。それを植えたのは、かつて昭和20年に東京から疎開してきていたある女学校の学生たち。戦後50年を機に東京と秋田の絆を記念して植えられたとのこと。
 正直、これまた鳥海山を望む、そして八塩山のふもとというピンポイントでしたので驚きました。
 この本は、そんな時局の中、繊細な感性を持つ12、3歳だった彼女たちの手記などを中心にまとめられたものです。一通り読んでみました。そして驚きました。本当に素晴らしい文章ばかりだったからです。彼女たちが特別優秀だったということもあると思いますが、それ以上にその純粋な心と、さらに純粋とも言える秋田は石沢の皆さんの純粋さ、そして当たり前ですが、戦争などとは関係ない大自然の純粋さ、それらが共鳴して、実に美しい文章になっている。
 地味な本ではありますが、貴重な疎開資料でもありますし、なにより人の心の絆が歴史や時代や事件を超えてつながっていることに感動させられます。
 関係者のみならず、多くの方に手にとっていただきたい本ですね。
 来春には「絆の茂里」をゆっくり訪ねてみたいと思います。

Amazon 水の瀬きよき
 

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2018.09.19

マレビトと教育

Th_img_2613 日は北欧の学生たちがウチの幼稚園を訪問し、日本の幼児教育を見学しました。
 そうとうショックだったと思いますよ。というのは、来週幼稚園の運動会でして、そのための練習をしていたからです。
 ご存知のとおり、日本の「運動会」というのは世界的にも珍しい行事です。すなわち軍隊の教練の一部としての体錬(錬成)大会の流れと、ムラの祭の流れが見事に合流しているからです。
 日本人としては、やはりムラの祭というイメージが強いけれども、外国人から見ると、どう見ても子どもアーミーにしか見えない。
 そんな「日本的」な文化としての「運動会」の練習という、非常にマニアックなシーンをいきなり見たわけですか、それは北欧の皆さんは驚いたでしょう。
 ただし、マイナスイメージではなく、どちらかというとプラスにとらえてくれたようです。北欧は特に子どもを自由に育てる傾向があるので、そのある意味正反対である日本式集団競技的幼児教育は、とても新鮮に感じられ、また自分たちの知らなかった子どもの可能性を読み取ったようです。
 さらに引率した日本人の大学生たちも、自らが通ってきた「教育文化」について考えさせられる機会となったと喜んでいました。まさに国際交流の醍醐味ですね。
Th_img_2617 また今日はラッキーなことに、近所の下浅間さんで恒例の「やぶさめ祭」が行われていたんです。これもまた、日本人でもなかなか体験することができません。私も地元にいながら、ほとんど見たこと、参加したことがありませんでした。
 流鏑馬はもちろん、御神事、神楽、獅子舞など、私にとっても興味深いことが目の前に展開し、さらにそれを外国人に説明することよって、今までとは違った深さで日本という母国をとらえることができました。
 特に個人的に面白かったのは、獅子舞神楽が幼稚園を訪問してくれた時の様子ですね。いわゆる「マレビト」として訪問した神は、まず子どもたちを脅します。怖がらせます。泣きながら逃げ回る園児たち。
Th_img_2615 これなんか、外国から見ると「いじめ」に感じられるかもしれませんね。トラウマになるのではないかと。しかし、でも書いたように、それを大人が音曲やお金、お酒でもってもてなすことによって、「鬼」は最終的には穏やかな神に変化(へんげ)する。
 それによって、子どもたちは神(自然)の性格を知ることができ、また大人に対する敬意や憧れを持つようになる。これって究極の日本的教育ですよね。
 実際、最後、園児たちは獅子たちに「バイバイ」と手を振っていました。これこそが非日常たる祭の機能の一つでありましょう。社会教育ですよ。
 とても楽しかったし、勉強になりました。考えてみると、「外国人」も「客人=まろうど=マレビト」ですよね。大事ですね。外の文化と交流し非日常を作り出すことは。コト世界にあえてモノを招くのであります。

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