カテゴリー「旅行・地域」の1000件の記事

2021.06.11

Q-POP TOP50

 

 日紹介したアジアンPOPのコンピが面白すぎました。

 ウチの娘たち…長女はK-POPマニア、次女はKからC-POPまで網羅。最近は日本の古いポピュラー音楽にはまり、アナログレコードの沼にはまりつつあります。

 で、私はというと、にわかQ-POPマニアになりました(笑)。

 カザフスタンでも韓流ブームがあったそうで、そこから独自のQ-POPが発達したとのこと。

 カザフの微妙な位置もあって、アジア、ヨーロッパ、ロシアが混ざりあった独特な音楽になっていますね。登場する皆さんの顔を見ても、かなりの多様性を感じます。

 まあ、こうして知らない音楽を聴きまして、あらためて韓国の国策音楽の影響力の大きさを感じますね。

 というか、好き嫌いは別として、アジアの若者たちに大きな勇気を与えたことは事実ですよね。ドラマや映画の上でもそうです。

 完全に日本は韓国の後塵を拝する格好になってしまいました。もうそれは仕方ない。負けを認めましょう。

 ただ、かつての歴史でもそうであったように、日本はガラパゴス化、鎖国化を通じて、様々な文化を長い時間かけて熟成、発酵するのが得意です…と書いてはみましたが、このグローバル化した文化の中では、かなり厳しい状況ですよね。もちろん、世界を市場にしなければいけないというルールはないし、そのようなゲームに乗らなければならない決まりもないので、まあ独自の文化を千年くらいやっていけばいいんじゃないでしょうかね。

 それが日本の役割なのではないでしょうか。そう考えると、やはり昭和の日本の音楽をもっと味わい尽くさねばなりませんね。このブログもそういう方向に行きそうな気がします。

 ということは、日本の伝統芸能を専門で学んでいる最近の次女の動向は、案外合っているのかも…さすが芸大ということか。

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2021.06.09

アンドレア・ファルコニエーリ 『シャコンヌ』

Th_unknown1_20210613171801 楽ファンなら皆さんよくご存知のこの曲。イタリア17世紀初頭の作曲家ファルコニエーリのシャコンヌです。

 最近、アジアの古い音楽を漁ることが多くありまして、そんな中でこの「バンド」の演奏を見つけました。

 カザフスタンで最初の古楽団体と紹介されていますが、どう見ても古楽器ではありませんね(笑)。

 しかし、それが良いのです。古楽というと、ただ古いタイプの楽器を使って、それでモダンとの違いを強調するだけで終わってしまう演奏が多いのも事実。

 使用する楽器よりも、古楽のスピリットが大事ですよ。つまりそれは「アジア」のスピリットだと思うのですが。

 そういう意味で、この演奏はとってもいいと思います!カザフスタンというのは実に絶妙な立ち位置ですよね。

 

 ファルコニエーリはイタリアの作曲家で、上の絵にあるとおり、リュートが得意だったようです。で、カザフスタンの楽団にはリュートはあるのかというと、ん?これは電気リュートか?(笑)

 電子ピアノやカホンも見え隠れしていますが、これでいいと思いますよ。でも、ヴァイオリンの絃はぜひシルクに!いや、カザフスタンと言えば羊だから、やっぱりガットだったのかなあ…。

 馬頭琴に似た楽器もあって、それは馬頭琴と同様に、絃も弓の毛も馬の尻尾や髪を使ったそうですから、シルクは必要なかったのかもしれませんね。

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2021.06.08

喜多郎 『GAIA ONBASHIRA』

Th_81o5grlkwcl_ac_ul320_ 日からの流れです。世界で最も有名な日本人ミュージシャンの一人である喜多郎さん。なにしろグラミー賞受賞、ノミネート17回!ですからね。

 喜多郎さんのすごいところは、日本の「核心部分」を知っていらっしゃることです。それをもって世界に出ていった。

 それはどこから学んだかというと、最初の奥さんの田岡由伎さんからです。言わずとしれた山口組三代目田岡一雄組長の娘さん。

 そんな彼が奥さんと別れてアメリカに移住し、そして現在に到るのです。

 決して日本から逃げたのではありません。日本の核心を世界に発信する最高のステージに移っただけです。

 そんな喜多郎さんの作品の中でも、特に好きななのがこの「諏訪の御柱祭」をテーマにしたアルバムです。1998年、このアルバムもグラミー賞にノミネートされました。単純に、純粋にすごいことですよね。この内容ですよ。

 来年、御柱の本祭ですね。あれから7年経ったのかあ…。前回は幸運なことに、そして運命的に「富士山からの使者」として、霧ヶ峰での「本見立て」に参加させていただきました。あの体験は、私の人生に決定的な転機を与えてくれました。

 あの時、生で聴いた、山々にこだまする「木遣り唄」たち。それもこのアルバムの重要な素材の一つとなっています。

 あの時の感動…いや感動なんていう軽い言葉では表現できない心の震えは、こうして音楽となることによって再現されるのでした。

 もちろん本祭の「木落し」も素晴らしいエネルギーの発散ですが、そこに至るまでの、様々なモノとコトとヒトのエネルギーは、こうして音楽でしか表現でいないかもしれません。

 来年、また諏訪を訪れましょう。前回とは全く違う自分になっています。どんなことが起きるのか…楽しみです。

 

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2021.06.07

喜多郎 『シルクロードのテーマ』

 

 

 日ちょこっと触れたNHK特集「シルクロード」のテーマ。当時は番組にも興味がなく、この曲もあまり好きではありませんでした。

 そんな私が、今「シルク」や「シルクロード」に深く深く関わることになろうとは。当時の私に教えてやりたい。そして、ちゃんと番組見とけよ!と言ってやりたい。

 シルクロードという東西の交流・融合と、日本独自のシンセサイザー音楽という東西の交流・融合が、見事にマッチしたのが、この曲でしょうね。

 言うまでもなく、YMOもそのような系譜の上にあったバンドですし、そこには西のものを吸収して消化し、さらに昇華して西に返す、極東の島国日本の役割という、まさに仲小路彰の思想が影響していたことは、あまり知られていません。

 60年代のシルクセンターや、シルクギャラリー、シルクソサイエティなどの創立、設立にも仲小路彰は関わっていました。70年代の万博や中国、中東との交流にも仲小路は大きな影響を与えました。

 小池百合子都知事のお父さん勇二郎さんも仲小路の教えを受けた一人です。彼がエジプトで事業を起こし、娘をカイロ大学に入れることになった遠因もそこにあります。もっと言えば、三笠宮さまのオリエント研究にも仲小路彰の影がちらつきます。

 そして、私も導かれるようにその「道」を旅することになったというわけです。

 そう考えると、この曲もまた、ちょっと違った色調を帯びてくるというものです。83年と言えば、それこそ期せずして富士山麓に来ることになった年。もう運命は決まっていたのでしょうね。

 このライヴ演奏、6弦のエレクトリック・ヴァイオリンがかっこいいですね。シルク絃を張ったら、もっと良かったのに。というか、この曲を私のシルク・ヴァイオリンのレパートリーにすればいいのか(笑)。

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2021.05.14

「ありがとう寺」にて

 日から今日にかけて、御殿場の「ありがとう寺」にて、町田宗鳳先生とじっくり楽しくお話させていただきました。

 こちらに書いた「お酒など酌み交わしながらマニアック談義に花を咲かそう」という約束が叶えられました。

 僧侶にしてハーバード大学卒業、多くの大学で教鞭をとり、日本中、世界中の聖地をめぐっている町田先生もかなりビックリの情報をたくさん提供させていただきました。

 おかげさまで、町田先生も、仲小路彰などいろいろと興味を持ってくださり、これからの展開が楽しみであります(比叡山での修行をすすめられましたが、それだけはちょっと…笑)。

 私として特に格別な体験となりましたのは、あの富士山を仰ぐガラス張りの禅堂にて、龍神様の前で絹絃のヴァイオリンの即興演奏をさせていただいたことです。

 絹絃の倍音豊かな音が聖堂に響き、まさに宇宙とつながる感覚を味わうことができました。これぞ音楽の本来の在り方であると感じた次第です。

 実は、町田先生も「倍音」について深い知識と認識をお持ちでいらして、それを実際の瞑想などにお使いになっているとのこと。全く不思議なご縁であります。

 また、出口王仁三郎についての知見も並みではありませんでした。持参した我が家の耀わんでお酒をお飲みになって、大変感動なさっておられました。

Th_img_9247 写真は、今朝のお勤めの護摩法要のあとの祭壇と富士山です。弘法大師と出口王仁三郎が並んでいる姿は、何かこれまでとこれからの世界の高次元精神世界を象徴するような時空間でありました。

 まさに「ありがとう」の一言の二日間。また来週、町田先生にお会いする予定です。間を取り持ってくださった先生にも「ありがとう」!

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2021.05.11

常味裕司アラブ音楽講座 入門編

 日の「西洋音楽の正体」からの、今日はあえてのアラブ音楽です。

 端的に申しますが、たとえばこのアラブ音楽の微分音やマカームの中に、西洋音楽理論は取り込まれますよね。

 和音(和声)も、脇役ではありますが、ちゃんと存在していますし、リズムにもより多様性があります。

 そして、だからこそ残った「モノ(何か)」。楽器に残された機能。

 わかりやすく言えば、(アラブではありませんが)三味線の「さわり」。なぜ「障り(雑音)」を発生させる装置をあえてつけるのか。

 そう考えると、西洋音楽がこれほど世界中に広まった理由もわかってくるというものです。つまり、「わかりやすい」「複雑ではない」。

 モーツァルトを聞かせると赤ちゃんが泣き止んだり、牛の乳がたくさん出たりする(笑)。

 西洋音楽の方法論を借用しつつ、その単純性に反発して複雑化したジャズでは、そうはいかないでしょう。

 まあそのあたりのことも含めて、とにかくこの、私の尊敬する常味さんの講座を全部聴いてみてください。この世界を知っていて、その上で西洋音楽や日本の音楽をやるのが、歴史的に見ても正解だと思いますので。

 

 

 

 

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2021.04.27

「用宗」の語源からいろいろと

Th_img_7692 日は両親を連れて静岡は用宗の歯医者さんへ。

 ものすごく久しぶりに用宗で海を眺めました。

 しらすと海水浴で有名な用宗。昨年はコロナで海水浴場もクローズだったとか。ただでさえ静かな街ですが、今日もなんともゆったりとした時間が流れる異空間でした。

 静岡の市街地から安倍川を越えてすぐのところということもあり、最近ではこの静けさやまったり感を楽しむために東京からわざわざ来る人もいるとのこと。

 それから、イエモンの吉井和哉さんゆかりの地としても、ファンにとっては聖地化しているんですよね。

 静岡市時代の吉井くん(中学の後輩なので)、とは7年ほど前に某所でばったり(?)再会し、静岡市内のマニアックすぎるスポットの話で盛り上がりましたが(笑)、そこでも用宗の話が出ましたっけ。

 さてさて、そんな「用宗」ですが、これを読んでいる方、この地名読めますか?

 そう、正解は「もちむね」です。

 今日はその語源について書きましょう。地元の方はご存知と思いますが、この地にはかつてお城がありました。今川氏の居城をのちに駿河侵攻した武田氏が奪い取ったもので、その頃、港を持っていたことから「持舟(船)城」と呼ばれたようです。

 その「もちぶね」の「ぶ」が「む」に転訛したのが「もちむね」でしょう。バ行とマ行の交替はよく起きます。「さみしい」と「さびしい」とか。

 その傾向は、次の漢字の読みからもわかりますよね。

馬(ば・ま)

美(び・み)

武(ぶ・む)

米(べい・め)

母(ぼ・も)

 ちなみに「あっかんべー」は「赤目」なんですよ。これも「めー」が「べー」に転訛しています。「上達部」を「かんだちめ」と読むのもそうした現象の例です。

 たしかにバ行とマ行を発音してみると、唇の合わせ方がほぼ一緒ですよね。ですから読唇術ではこの両行の発音は見分けにくいとのことです。

 その難しい発音の使い分けですが、日本人は赤ちゃんの時に「ママ」と「バーバ」で訓練するんですよね。

 さらに似た唇の形をして発音するのがP音。つまり「パパ」も加わって、その微妙な発音の方法を覚えていくのです。

 とは言え、それは「パパ・ママ」時代、すなわち現代の話です。一昨日の「うぐひす」が「ウクィピチュ」だったところでも書いたように、かつてのハ行はP音だったのですから、奈良時代以前にはお母さんのことは「パパ(母)」と発音しておりました(!)。

 つまり、そこからの転訛(劣化?)で「ババ」という言葉が生れたのでしょう。同様に「ちち」から「ぢぢ」が、というわけです。

 「はは→ばば」「ちち→ぢぢ」と濁点がつくわけですが、なんとなく顔にシワやシミが出ているイメージと重なって面白いですね。

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2021.04.25

「うぐいす」の語源

Th_unknown_20210428085501 士山麓はウグイスが盛んに鳴く季節となりました。いわゆる街場での「初音」の季節とは違い、かなり鳴き方もうまくなっており、いよいよ繁殖期の本番という雰囲気であります。

 ホーホケキョ(宝法華経)のあとの「ケキョケキョケキョ…」はライバルを威嚇する鳴き声。富士山麓ではその「華経」の部分もたくさん聴かれます。まさに実戦モードですね。

 ちなみに「鳴き方がうまくなる」というのは、実際そうでして、先輩たちの鳴き方を真似しているうちに上手になっていくという「口伝」「稽古」のシステムがあるのです。

 ですから、ハワイに持ち込まれたうぐいすはホーホケキョとは鳴かないとのこと。いわば方言的にだいぶ簡略化されているそうです。

 そういえば、こんな話もありました。次女が今、上野の寛永寺のすぐそばに住んでいるのですが、ある時、お寺の偉い関係者が「上野の森のうぐいすは訛っていていかん」と、京都から大量のうぐいすを運びこませたそうで、それ以来京風な「正しい」鳴き声になったと。

 それで、あのあたりを「鶯谷」と呼ぶのだそうです。面白いですね。

 さて、ホーホケキョが宝法華経であることは、まあ分かるわけですが、では「うぐいす」という名前はどこから来たものでしょうか。

 実はこれも鳴き声から来たという説があるのです。そして、私はそれを支持しています。

 古い表記では「うくひす」です。そして、古い発音を現代風に書けば「ウクィピチュ」となります。つまり、うぐいすの鳴き声を「ウ〜クィピチュ」と昔の人は聞いたのではないかということです。ちょっと声に出してやってみてください。けっこうリアルですよ。ホーホケキョよりも。

 「はひふへほ」の発音の変化は非常に複雑なのですが、一番古いところではP音であったことがわかっています。

 ですから、たとえば鳥で言うのなら、「ひよこ」は「ピヨピヨ」鳴くので「ピヨコ」ですし、おそらく「ひな」も「ピーピー」鳴くところから「ピナ」であったと思います。

 また、サ行は「チャチィチュチェチョ」だったこともわかっていますので、たとえば「すずめ」は「チュンチュン」鳴くところからついた名前だと言えます。

 このように鳴き声がそのまま名前になることは、「かっこう」の例などを考えても普通なことであったことがわかりますね。

 ちなみに、繁殖期以外のうぐいすや、うぐいすの子供のことを「ささご(笹子)」と呼ぶのですが、それは藪の中で「チャッチャッ」と鳴くからだと思われます。「ちゃちゃご」ということですね。山梨県の笹子峠、笹子トンネル、笹子駅の「笹子」はこれです。

 それにしても、これほどメジャーな鳴き方をする鶯ですが、基本日本にしかいないんですよね。朝鮮半島や満州にも分布していますが、やはり鳴き方が違うそうです。

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2021.04.13

追悼 麒麟児関

 

 関脇麒麟児の垂澤和春さんが67歳という若さでお亡くなりになったとのこと。

 麒麟児関といえば、やはり心に残っているのは、昭和50年夏場所の中日の天覧相撲ですね。伝説の富士桜戦。

 両者の素晴らしい回転のつっぱり合いに、私と同様、先帝陛下も身を乗り出して興奮されていました。

 当時は横綱北の湖や大関貴ノ花らが人気で、小学生の間でも大の相撲ブーム。私も小学校の砂場で毎日相撲取っていました。

 友人の中にも、つっぱりを得意としているやつがいて、そいつとの取り組みでは私もムキになってつっぱりました。それが次第に本気になってきて、しまいには取っ組み合いのケンカになり、土俵がプロレスのリングに変わってしまうなんてこともありましたっけ(笑)。

 今、こういう相撲ないですよね。水入りもほとんど見ないし。スタイルが変わったというより、まあいろいろ八百長問題等があって、いわゆる興行的な部分…それは天皇陛下をも喜ばせる神事でもあるのですが…がなくなってしまったということでしょうかね。残念です。

 それにしてもこの一番、本当に久しぶりに観ましたが、立ち合いからしてすごいですね。そして二人の息遣い。最後の麒麟児の上手投げのタイミングも見事ですし、単なるつっぱり合いとしてだけではなく、見るべきところがたくさんあります。古き良き時代かあ。

 余談になりますが、富士桜関は山梨出身です。当時の私は東京に住んでいましたが、まさか未来に山梨県人になろうとは思いませんでした。そして、住んでいるところは「富士桜高原」ですからね。不思議な感じがします。

 ということで、様々な感慨とともに、麒麟児関のご冥福をお祈り申し上げます。

 

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2021.04.02

南海トラフ地震や首都直下地震、富士山噴火。天災リスクのリアル

 

 このところ、富士山ラドン濃度が乱高下しております。10年の経験上、このような時は比較的近場の地下で何か動きがある可能性があります。

 富士山本体の火山活動ですともっと高い数値になると思いますので、どこかの地震活動の予兆かもしれません。

 先日、駿河湾震源の地震があり、当地もドンと揺れました。もう半世紀近く言われている東海大地震も含んだ東南海地震の発生も、いよいよ秒読みになってきたと感じます。

 まあ、富士山噴火にせよ、東南海・南海地震にせよ、首都圏直下地震にせよ、私が生きているうちに起きる可能性は(自分が明日にでも死なないかぎり)100%に近い。

 これほど確度の高い未来の事象なのですから、当然その準備をすべきです。たとえば、今乗っている車が数分後に事故を起こすことがわかっていたら、みなシートベルトをしますよね。

 それなのに、自然災害に関しては、なぜか私たち人間はある種の諦めというか、みんなで見て見ぬふりをするというか。

 そんなことをこの番組では厳しく指摘してくれています。多少脱線しているところもありますが、そこも含めて日本人の問題点が浮かび上がっていますね。

 自然の脅威に関してある種の諦めを持つことは、昨日の内田さんや先日の鈴木大明神が語っているように、一方では美徳になりうると思いますが、それが行き過ぎると弱点に転じます。

 この対談の中でもどなたかが言っているように、私たちの生活がテクノロジーによって「平時」は非常に便利で、快適で、不安が少なくなっています。では、「非常時」はどうでしょうか。平和ボケではありませんが、どうにも私たちは意図的に忘れようとしているようです。

 10年前の、あの大災害でさえ、すっかり過去のこと、他人事になってしまっていないでしょうか。

 天災は忘れた頃にやってくる。その「忘れた」は、記憶が薄れるという意味ではなく、見て見ぬふりをするようになったという意味なのです。

 最後に、私は鎌田浩毅さんのファンです(笑)。以前紹介したこの本おススメですよ。

 地学ノススメ

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