カテゴリー「旅行・地域」の1047件の記事

2017.04.13

金足農業 vs PL学園 (昭和59年夏)

 分がちょっと(かなり)忙しい&国家が危険な状況なので、今日は軽くて重い記事で。
 この甲子園の名勝負、いいですねえ。
 なんだかんだ言って、秋田って名勝負生んでますよね。本当に雑草軍団というか、素朴な田舎軍団(失礼)というか。
 それが強大な敵を追い詰める。しかし、最後は逆転負け…みたいな。6年前の能代商業もそうでしたね。
 こちらに書いたとおり、高校野球(甲子園)は先の大戦のノスタルジーを投影した「文化」です。
 そういう点でも、弱小チームが一丸となって強大な敵にぶつかり、そして玉砕する…というストーリーは感動を呼びます。すなわち秋田のチームは、あの時の日本の象徴というわけです。
 それにしてもですね、かつて強大な「帝国」であったPL学園の野球部が滅ぶとは、まさに21世紀の世界史を予言しているかのようでもあります。
 高校野球(甲子園)は、実に面白いですね。スポーツをこうして「文化」「歴史」化する日本。私は次元が高いと思いますよ。

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2017.04.05

報道特注(右)【辻元疑惑追及SP 後編】深い闇!

 日公開された動画。実に面白い。
 今回の森友学園問題。私も先日一方の当事者の方とお会いし、いろいろお話させていただきましたが、まあ、ある角度から見ますと、たしかにこの動画のとおりでもあります。
 「でも」と言ったのには、別の角度もいくつかあるからでして、私はそれのどちらにも偏らない、というか、その当事者の方にもお話しましたが、稀勢の里の大阪場所奇跡の優勝とも絡めてこの問題を捉えるほどの「トンデモ」なので、まあニュースやワイドショー的な「事実(ファクト)」はどうでもいいのでした。
 そう、誰も言いませんが、稀勢の里の奇跡の逆転優勝、あの瞬間、ああこの問題は終わったなと思ったのですよ。
 相撲は地鎮の神事です。ああして、大阪場所で「日本人の」横綱が一厘の仕組さながらの奇跡の大逆転を成し遂げたことの、歴史的、神話的意味を捉えねばなりません(すみません、トンデモで)。
 三月場所ということで言えば、あの平成23年(2011年)のことを思い出さねばなりませんね。あの時こちらに書いたとおり、地鎮の神事(具体的には横綱の四股踏み)が行われなかったがために、あの大震災が起きてしまいました(すみません、トンデモで…笑)。
 いや、そういう視点というのも大切なのですよ。今回の問題の土地は、それこそ「地歴」の複雑に積み重なった土地です。ある種の荒魂が表面化し、それを横綱稀勢の里が踏み固めたというストーリーも、それはそれで面白くないですか?
 奇しくも、横綱は「見えない力を感じた」と言いました。「見えない力」ということを、たとえば政治家や私のような教育者が口にすると、やれスピリチュアルだ、やれトンデモだ、非科学的打などと言われてしまいますが、真のマツリゴトを行う神人とる横綱がそういうことを言っても誰も責めないどころか、共感や感動を呼び、いい意味でニュースのタイトルになる。面白いですね。
 私は、教育者である以前に人間ですし、日本人ですので、そういう「見えない力」すなわち「モノ」を大切にしたいと思っているのです。
 今回の森友問題は「モノ」世界での出来事が、現実界、特に法律や文書などの「コト」世界に噴出してしまったものなので、まあ、皆さんいろいろはっきり言えませんよね(笑)。はっきり言うとしたら、籠池さんのように大嘘つきにならざるを得ません。
 そういう意味では、総理もあまりにもはっきりと「言挙げ」してしまったという落ち度があったのです。日本は「言挙げせぬ国」なんですよね。私もこれ以上語るのはやめます。

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2017.04.01

純米大吟醸『やまとのこころ』 (末廣酒造)

Th_img_9965 イプリルフール。今日は我が家にとんでもないお客様がいらっしゃいました。
 その方がお土産に持ってきてくださったのが、このお酒。ご相伴させていただきました。
 犬猿の仲と言われる長州と会津。その長州のお米を、会津の酒蔵で醸した、まさに「大和(great harmony)」なお酒。東北の復興、そして150年の恩讐を超えた、未来へ向けての和解を願って構想されたこのお酒の味は格別でした。
 実に柔らかい。まさに和合ですね。さまに荒魂があったからこそ醸された和魂です。日本の素晴らしい文化と歴史を味わうことができました。
 ちょうどその前に、我が鳴沢村のおばあちゃんが作られた「とぶろく」を飲んでいたので、その味も加わり、富士山を中心とした、東と西、北と南の和合も実現いたしまして、それこそ今日にふさわしいウソのようなホントの空間が現出いたしました。
 山口県で作られているこのお米、無農薬にこだわっているために、なかなか出来具合が安定しないとのこと。そのため、今年はにごり酒になってしまったとか。それもまた、自然のリズムの一つなのでしょう。
 そう、私たち人間は最後は「祈る」しかないのですよ。そして、その結果はそのまま受け止め、自分が変化するきっかけにするしかないのです。荒魂と和魂。そこに生かされている私たち。今日はこのお酒を飲みながら、6時間にわたって、そんな話をさせていただきました。ありがとうございました。ごちそうさまでした。

「やまとのこころ」完成

にごり酒 やまとのこころ

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2017.03.30

圏央道一部開通

Th_map 月、226の日に圏央道の茨城区間が開通しまして、全線300kmのうち、9割にあたる270kmが完成いたしました。
 今日は秋田からの帰り道、昨年秋に開通した埼玉区間を通って、東北道から中央道まで走りました。いやあ、これは便利になりましたね。
 今までは都区内の渋滞を避けて、超遠回りしまして、新潟経由日本海側コースで秋田入りすることが多かったのですが、特別な渋滞の季節を除いて、これからは東北道を使うことが増えそうです。
 やはり早いですね。ノンストップで8時間。日本海コースに比べると3時間近く短縮となります。実際、いつもは朝出て夜帰ってくるというイメージだったのが、夕方には富士山に到着していました。
 ちなみに、6匹の猫たち、丸五日間にわたってちゃんとお留守番していましたよ。もちろん、エサと水とトイレは大量に用意していきましたが。予想通り、部屋がめっちゃいい匂いに包まれていましたが(笑)。夏はさすがに無理だなと。
 さてさて、そんな圏央道ですが、未開通区間は神奈川と千葉のほんの一部となりました。しかし、これの開通にはまだまだ時間がかかりそうです。土地の買収、埋蔵文化財の調査、着工、完成…いちおう事業主としては2020年の完成、全線開通を目指すそうですが、おそらく3年以上後ろにずれ込むのではないでしょうか。
 東京の一極集中を防ぐという意味でも、また、東京を経由せずに地方どうしがつながるという意味でも、この道路の価値は非常に大きいと思います。
 もちろん、首都直下地震ほか、想定される地震に対しても、日本の最新最強技術をもって対処していると聞きます。もしもの場合にも、大変大きな意味を持つことになるでしょう。期待しています。
 そう言えば、秋田や山形の山の中でも、大変立派な道路が年々出来上がり伸びていっています。日本ってすごいなあと思います。それぞれ、素晴らしい職人技を結集させているなと思うのです。いろいろな環境に合わせて、いろいろな技術が駆使されている。施工者だけでなく、研究者の方々の影のご努力にも、心より敬意を表したいと思います。

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2017.03.29

かがり火にて「天城越え」

Th_17554216_627324930806183_8895855 日は羽後町のショートステイ施設にて「旅芸人」してまいりました。
 基本、昨日と同じ演目でしたが、リクエストで家内が「天城越え」を歌いました。たまたま「天城越え」に「くらくら燃える火をくぐり」とあるので、まあ「かがり火」かなと思いまして、昨日の「りんごの里でリンゴの唄」に対抗しまして、このようなタイトルにいたしました。
 現地入りする前には、土方巽の鎌鼬美術館開館に尽力された方にお会いし、熱い熱い話をさせていただきました。
 その方のお誘いで、昨年できたばかりの道の駅うご「端縫いの郷」で、おいしい西馬音内そばをいただきました。
 この道の駅も大変センスよく、羽後町、とても上手に町おこしされているなあと思っていたところ、たまたまその日は、その道の駅で50万人目の来訪者があったとのことでおいでになっていた、羽後町長さまともお話させていただきました。
 何度も書いているとおり、土方巽、佐藤信淵、白井晟一、かど石などなど、本当に羽後町とは不思議なご縁があるんですよね〜。
 今日もお話させていただいたのですが、最近はまっている仲小路彰も実は佐藤信淵を非常に重要視してるんですよね。
 今日は羽後町のお年寄りの皆さんに楽しんでいただけたかと思います。歌を聴いて号泣されているおじいさんもいらっしゃいました。
 また、親戚の皆さんに私からもとある施術をさせていただき、お元気になってもらいました。秋田の皆さんと、こういうおつきあいができるのは、大変ありがたいことであります。
 皆さま、これからもよろしくお願い申し上げます。「日本を取り戻す」ために、秋田はとても重要な県なのです。

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2017.03.28

りんごの里で「リンゴの唄」

Th__20170329_9_03_51 回の秋田訪問の一つの目的は「旅芸人」。我が家四人、軽貨物車に楽器などを積み込んで、全国どこへでも(?)馳せ参じて、歌や演奏を提供いたします。
 今日は横手市増田町の介護老人福祉施設「りんごの里」に行ってまいりました。義妹らも住んでいる増田町、実はあの戦後初の国産映画「そよかぜ」のロケ地なんですよね。そう、焼け跡の日本人を励ました、並木路子さん歌うあの「リンゴの唄」の発祥の地でもあるわけです。今日は、そんな「本場」「聖地」において、「リンゴの唄」を披露いたしました。
 家内と長女は歌、次女は琴(文化箏)、ワタクシはヴァイオリンを担当いたしまして、次のような曲を演奏いたしました。

 ふたり酒
 さくら変奏曲
 荒城の月
 赤い花束
 ひでこ節
 アイネ・クライネ・ナハトムジークより
 河内おとこ節
 ふるさと
 時の流れに身をまかせ
 青い珊瑚礁

 演歌、民謡、クラシック、歌謡曲、唱歌…なかなか幅広いですね(笑)。
 お年寄りの皆さんのお元気そうな笑顔と歌声に、私たちもすっかり癒やされました。
 実は今日はワタクシたち夫婦の結婚記念日だったのですが、結婚当初、子どもが生まれたら家族で旅芸人をやりたいねと言っていたことが、こうして現実化していることに幸せを感じます。
 明日もまた別の町で旅芸人いたします。楽しみです。
 長女は本来ならベースを演奏するところなのですが、今回は旅芸人用ZO-3の入手が間に合わず歌での参加となりました。夏に秋田に来る時には、さらにグレードアップした演奏を披露できるかと思います。

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2017.03.27

「あきない歌」〜秋田の魅力まるごとPR動画

 日夜遅く秋田に到着しまして、なんとそこから今日の明け方まで飲んでました。このたび初めてお会いする素敵な秋田美人との話は尽きず、第2ラウンドは5月に今度は山梨は富士山でということになりました。
 本当に秋田って魅力的なんですよ。外の人間からすると。では中の人たちにとってはどうかというと、なんともどんよりした感じになりがちなんですね。
 地政学的に、たしかに難しいところはあります。しかし、だからこそある伝統、歴史、文化は、これは格別というか別格というか。
 それを現代にどう活かしていくかというのは、正直そんなに簡単な話ではありません。しかし、何か方法はあると思うのです。
 秋田人の家内と結婚する前から、なんとなく魅力を感じて、何年に一回かは旅をしていた秋田を含む東北地方。不思議なご縁で羽後町出身の家内と結婚してから、年に二度は訪れ、どんどんのその深み(?)にはまっております。
 今日のお酒のお相手の女性は非常にアクティヴな方。ちょっと秋田県人としては珍しいタイプかなと思いました。たしかにちょっと浮いてしまうこともあるとか。
 お話の中で、「秋田県知事に立候補しようかな」などと冗談半分で言ってしまいましたが、もしかすると将来それも実現するかも!?
 さて、最近秋田県が制作し公開した動画があります。農業・林業・水産業就労を中心とした移住者を募る目的で作られた動画たちには、たしかに秋田の魅力が満載。けっこうたくさんありますので、ぜひ数珠つなぎで観てみてください。
 よく人からは意外だと言われるのですが、私は農業の工業化に大賛成です。伝統的な農業の技術や精神も大切ですが、これからの時代は、農業・工業・商業の融合が大事だと信じています。ちなみに昭和の大哲学者仲小路彰も同様の意見なんですよ。彼の農業政策に関する提言は、まさに21世紀的です。
 動画で「あきない歌」を歌うのは秋田県出身の柳葉敏郎さん。「浜辺の歌」の作曲者成田為三も秋田の出身です。

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2017.03.24

修学旅行最終日〜テレマン最後の受難曲

 学旅行も最終日。午前中金閣寺と嵐山を訪れ、新幹線にて帰途につきました。
 生徒たちは仲間たちと非常に楽しい時間を過ごし、また多くのことを学んだようです。本校では、卒業式を終えたのちに修学旅行ですので、半分は卒業旅行という感じです。高校に行くと、それぞれクラスがバラバラになりますので、本当に友人たちと最後の思い出づくりとなるわけですね。
 今や修学旅行は2年生の時に行く、あるいは3年生になってすぐに行くというのが定番ですが、こういう本当の「修学」旅行もいいですね。
 ちなみに「修学旅行」は明治の初期から長途遠足や行軍旅行という形で行われていました。昭和に入ると、国家神道教育の一環として、たとえば伊勢神宮に参拝するというこような形で定着していきました。
 戦後は当然、そうした目的ではなく、歴史学習、平和学習という目的で行われるようになりました。本校も基本そういう形態をとっています。
 私は団長として毎年引率しておりまして、結果として1年に1回は同じところを訪れることになるわけですね。そのたびにいろいろ感じることが違うわけですが、今年は特に、19日の熱海行きからの流れで、まさに近過去の大東亜戦争史を振り返るような旅になりました。
 そして最終日。どういうわけか新幹線の中でテレマンの受難曲を聴きたくなったんですね。
 テレマンは50曲近い受難曲を書いています。それぞれなかなか興味深い音楽なのですが、特に私がすごいなと思うのは、テレマンの生涯最後の受難曲です。
 このマルコ受難曲、1767年の作といいますから、最晩年も最晩年。亡くなる年に作られています。
 1767年と言えば、ハイドンは35歳、モーツァルトも11歳、あと少しするとベートーヴェンも生まれるというような、古典派の黎明期になります。
 保守的なバッハに比べ、進取の精神に富んだテレマンは、新しい時代の音楽にも敏感でしたから、たとえばこの最後の受難曲なんかも、バロック音楽という枠をはみ出していて、それが不思議な魅力になっています。
 この曲の録音は、1996年のライヴ盤がありまして、Google Play Musicなどで聴くことができます。コラールの和声なんか、かなり新しく、まるでロマン派のような響きがする瞬間まであります。
 自らの死期もある程度意識したのか、他の受難曲よりも力を入れて作曲しているように聞こえます。
 残念ながらYouTubeなどに全曲の演奏はないのですが、第14曲の「Lamento」だけありましたので、ぜひお聴き下さい。この「涙」の表現、今聴いても新しいというか、不思議な感覚になりますね。
 今日はこの曲を英霊たちに捧げたいと思います。

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2017.03.23

修学旅行3日目京都

 学旅行は3日目。生徒たちは午前中清水寺付近を自由散策。午後は妙心寺にて特別参拝&塔頭如是院さんにて座禅です。
 私は、毎年のことですが、清水寺近くの京都霊山護国神社の昭和の杜を参拝いたします。
 霊山護国神社と言えば、坂本龍馬のお墓があったりなど、維新の志士関係の神社というイメージがあります。今年は大政奉還150年ですし、来年は明治維新150年というこもあって、たしかにそちら関係の参拝者(ファン)の姿が、例年より多かったように感じました。
 150年戦争という観点を持つ私にとっても、維新は重要な歴史でありますが、王仁三郎関係でそのあたりの謎は深まったままになっておりますので、そこはひとまず置いておいて、さらに近過去であり、150年戦争の中間地点である、大東亜戦争について思いを深くしているところです。
 ここには、先日の熱海伊豆山興亜観音にもおいでになったというインドのパール判事の顕彰碑があります。地元の方もほとんどご存知ないようなので、今日はここに紹介いたします。
 また、最後に加えて、「昭和の杜」造園建設の趣意の記された銘板も紹介しておきます。大切なことが簡潔に書かれていると思いますので。

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2017.03.22

修学旅行2日目奈良

Th__20170322_13_15_20 連の「地球平和シリーズ」。やはりここで完結でしょうか。
 聖徳太子の命日であるお会式の日に、毎年法隆寺と中宮寺を参拝させていただいています。職権濫用とも言えますな(笑)。
 今日もまた、「八紘為宇」の夢殿で、強烈な霊感を得ました。苫米地さんに言わせると、こういう厨二病的思い込みというのは統合失調症…いや、統合過剰症らしいのですが、彼の言葉をそのまま使わせていただくと、いわゆる「order」(私の言うコト)にはまらない「disorder」(モノ)受信のためには、世間で言われる「過剰さ」が必要ではないかと思う次第です。なぜなら、それが事実とか真実とか科学的とかいうのを超えて、人を世界を動かしてきたからです。
 そういう意味では、仲小路彰の「夢殿の幻〜聖徳太子の救世悲願」に描かれている世界も非常に過剰に統合されていますね。だからこそ、訴えかける力があるのだと思います。
 ある意味、科学にせよ、文学にせよ、音楽にせよ、人間に与えられた「過剰なる統合意識」によって生まれたコトであって、しかし、いつも言うように、「コトを窮めてモノに至る」わけで、宇宙の真理に近づくための条件を得て私たちはどうすればよいのか、そう、ワイドショーレベルではない、もっと高次元の「興味」を持つべきなのではないかと思うのです。
Th__20170322_13_30_25 仲小路彰は、川添史郎の光輪閣を通じて、高松宮さま、そして高松宮妃喜久子さまを通じて、法隆寺、中宮寺とつながり、「本当の」グローバリズム、すわなち「八紘為宇」を構想しました。21世紀のために。
 いよいよ時代は21世紀となり、「偽物の」グローバリズムは衰退しつつあります。なるほど、まさに今こそ、彼の説いた「グローバリズムからコスミカリズムへ」の実現の時代なのかもしれません。
 そんなことを夢殿の中の救世観音さまと、中宮寺の如意輪観音さま(弥勒菩薩さま)からお伝えいただきました。中二病だろうと、統合失調症だろうと構いません。自分にとっては紛うことなき真実ですし、明らかに自我を超えたところでの理想だと感じていますので。
Th__20170322_12_48_44 お会式…まさに聖徳太子の「和」の精神を象徴していました。仲小路彰によれば、「和」は出雲のオオクニヌシの「和魂(にぎみたま)」。それが憲法の第一条。第二条が仏法。すなわち、日本古来の神道がベースになって、表面上仏教に譲っている(国譲り)ように見えるけれども、あくまでベース(無意識領域)は神道。縄文。
 お会式の音楽は素晴らしいですよ。表向き、すなわちお客様に見えるところでは、僧侶が経を諷誦し、聲明を歌いますが、その裏では伶人たちがずっと雅楽を奏しているわけです。
 同様に、法隆寺も中宮寺も、あるいは東大寺もそうでしたが、寺院は豪華絢爛で大規模ですが、その片隅に無名の神社が点在している。
 私たちの意識の上、すなわちコト領域では、仏教が主体で神道がオマケに見える。違うんです。モノ領域においては、明らかに神道の方が主なのです。
 コトはあくまで人間の脳ミソによる限定された世界。その他、無限の補集合がモノなんです。だから、逆に言えば、全然小さくて良いし、名前なんかいらない。それが神道の世界なのです。
 今日はそんなことを奈良で強く感じました。理屈ではないけれど、間違いないなと。日本はすごい。やっばり聖徳太子は厩戸皇子ではなく、聖徳太子ですよ。

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