カテゴリー「旅行・地域」の1090件の記事

2017.10.12

人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!【わたなべ】ナベツナ伝説で全国へ (NHK)

Th__20171013_92148 覧になってくださった皆様、ありがとうございました。
 実に面白かったですね。私も知らないことがたくさんありまして、大変勉強になりました。
 17日(火)0時10分、つまり16日(月)深夜24時10分から再放送がありますので、今回見逃した方はぜひ御覧ください。
 ワタナベ氏は水軍(海賊?)でしたので、その移動力は凄まじいものがありました。そのあたりのワタナベパワーが上手に紹介されていましたね。
 私の職場がある富士吉田市は、たしかにワタナベさんが異様にたくさんいます。そのへんに昔から興味があって、いろいろこのブログにも書いていたからでしょうか、5月にNHKのディレクターさんから連絡がきまして、それで学校を巻き込んでの収録ということになりました。
 ちょうど、その時、TBSさんからもオファーがあって、例のギャラクシー賞をいただいた水曜日のダウンタウン「先生モノマネ」の話が進んでいた最中でしたので、ほとんど並行してテレビの全国放送の現場に立ち会うという幸運に恵まれました。
 で、水曜日のダウンタウンの時もいろいろな学校さんから電話やメールが来て、どうすると番組に出られるんですかという質問をいただきました。おそらくこちらから何か働きかけたと思ったのでしょう。
 いや、本当のところ、全くこちらからのアクションはありませんでした。偶然、向こうからの話が重なっただけです。
 今までテレビやラジオ出演の話がいくつかありましたが、考えてみると、そのいずれもこのブログの情報がきっかけになっています。
 今やSNSの時代で、ブログなんかほとんど誰もやっていない古臭いメディアになってしまった感もあります。しかし、完全にオープンでGoogle検索に引っかかる(すなわちずっとアクティヴな状態で保存されている)という意味で、ブログは今も発信力、影響力のあるメディアなのです。
 バカみたいに毎日書き続けてきてよかったなと、今日も思いました。
 実は今日は別のメディアでの発信もあったんです。それについては時機が来たら紹介しますね。
 面白いのは、今年、こういうオファーがとても多いということです。今までとは明らかに違う。そのおかげさまで、またいろいろな方々とご縁をいただき、それがまた新たなご縁につながるという、爆発的なエネルギーが生み出されています。
 反面、あんまり目立つことするな、本職をちゃんとしろとのお声も。全くそのとおりであります(苦笑)。

日本人のおなまえっ 公式

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.10.05

『天皇家秘伝の神術で見えた日本の未来』 出口恒 (ヒカルランド)

Th_51oo5nctwl_sx339_bo1204203200_ 日の出口王仁三郎「吉岡発言」についても書かれています。また、同時期に記録された「吉岡御啓示録」も付録として収載されています。
 そして、私の専門であるとも言える「富士高天原伝説」に関わる超重要な情報も含まれるこの本。
 王仁三郎の曾孫の一人である出口恒さんの最新刊です。私も一部参加させていただいたセミナーの内容を中心とした本。
 細かい内容については、とにかく読んでいただいて驚いていただくしかありません。ここには目次だけ掲載するにとどめましょう。

 第1部 皇室に隠された重大な真実!

孝明天皇は出口王仁三郎の出現を予言していた!
切紙神示によって日本の未来が予言されていた
宮中や大本以外でも知られていた切紙神示
「たまほこのひ可里」には書かれていない孝明天皇の予言

 第2部 大本事件と天皇家には深い因縁があった!

明治維新とは南朝革命のこと
「型の仕組み」によって日本を立直す
王仁三郎の目的は世界大家族制度
大和三山を天皇が踏むと「天と地の立替え」が起こる!
大本弾圧の背後には英米国の存在があった!
王仁三郎の吉岡発言が昭和天皇の人間宣言をもたらした

 第3部 地球を守るために引き起こされた世界大戦!

天皇は八岐大蛇、王仁三郎が本物の天子
昭憲皇太后から託された重要な秘密
米国が今の天皇家を操っている!
救世主とは個々人を救う存在ではなく、世を救う者
ドナルド・トランプが火力文明を終わらせる!

 一般の歴史書の読者からすると、かなり「トンデモ」な内容に感じられるでしょうね。しかし、私の知るかぎりにおいても、ここに書かれている恐るべき内容には、とても一笑に付すことのできない霊的な次元での「真実」がありますし、実際それが現実界に移写したと考えられる歴史的「事実」も多数あります。
 私が特に興味を持つのは、綾部の本宮山に鎮まっている「富士の霊石」の話です。今までも出口家の方々からいくつか資料をいただきましたが、この本にはさらに興味深い情報が書かれていました。王仁三郎の霊夢によって、富士吉田市は明見の舟久保家から運ばれた謎の霊石。
 富士北麓に住み、その文化・自然・歴史・宗教を研究してきた者として、王仁三郎の富士山観は、未来学的に非常に興味深いものがあります。つまり、過去の歴史的事実だけではなく、みろくの世の実現という未来の真実が、そこに秘されているように感じるのです。
 それはもちろん、仲小路彰の未来観、富士山観、日本観、世界観にもつながっていきます。
 そして、宮下文書(富士古文献)の存在。実は、今まで噴飯物の偽書とされてきた宮下文書の内容が、歴史学、考古学、神話学的に認められつつあるのです。それについては近く書くつもりです。
 この本でも重要な荒魂として登場するトランプ大統領。いよいよこの秋、私の妄想が現実化し、彼が富士山を訪れるかもしれません。
 そして、その時を同じくして、重要な神事が富士山で行われることになりました。さあ、日本は、世界はどんな方向に、どんな風に動いていくのか。お楽しみに。

Amazon 「切紙神示」「たまほこのひ可里」「八紘一宇の数表」 天皇家秘伝の神術で見えた日本の未来 王仁三郎の予言「吉岡御啓示録」も収録!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.10.03

御射山社(はらやまさま)

 日は選挙がらみで何人かの人に会いました。
 面白いもので、選挙の話にも五つの次元があって、それぞれに合わせて話さなきゃならない。
 一番下は「誰がお金を持ってきてくれるか」という田舎のおっちゃんたちの次元。これはこれで重要な現実的視点です。
 次が、特に地上波テレビの情報を鵜呑みにしている一般人の次元。これが一番多くて大変。
 真ん中が、政治の現場の次元。議員さんたちですね。右往左往してます(笑)。
 上から二番目が、政治の裏側の次元。これはこれで面白いけれど、結構こちらも命がけ。
 一番上が、今日も実は最も面白く時間をかけて話したところなんですが、「神」の次元での話。すなわち「まつりごと」レベルということでしょうかね。
 で、そこで話に上がったのが、東日本の龍神や蛇神の動きが活発化しているということです。すなわち「荒魂」が発動しているとのこと。
 実は、私もそれを感じてか、この前の日曜日に不思議な力で「上社御射山社」に引き寄せられました。言うまでもなく、諏訪大社上社や冨士浅間神社内諏訪神社、あるいは明見の社宮地神社、杓子山、さらには御正体山とも深い関係のある神社です。実は初めての参拝。
 いろいろ分かったことがあったのですが、今はまだ詳しく書けません。写真だけ並べておきます。写真の順番がバラバラになっていますが、気にしないでください(私の意思でこうなったのではありません)。

Img_1619

Img_1620

Img_1607

Img_1608

Img_1609

Img_1610

Img_1611

Img_1612

Img_1613

Img_1614

Img_1615

Img_1616

Img_1617

Img_1618

Img_1601

Img_1602

Img_1603

Img_1604

Img_1605

Img_1606


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.29

『心のうた 日本抒情歌』  (のばら社)

Th_41nm2pxaktl_sx332_bo1204203200_ 日、某高齢者福祉施設にて慰問演奏をした時に買った「歌本」。
 ふだんはカミさんだけが訪問してカラオケを熱唱するのですが、今回は急遽ワタクシもヴィオラを引っさげて参戦いたしました。
 これがあればリクエストにぱっと応えられます。今までなんで持ってなかったのかな。
 全部で228曲。Amazonのレビューさんから引用します。

日本の名歌 41曲 ・・・・赤とんぼ、花、叱られて、待ちぼうけ など
唱歌 46曲 ・・・・・ 故郷、汽車、春が来た、春の小川 など
童謡 44曲 ・・・・・たきび、春よ来い、背くらべ など
思い出のうた 36曲 ・・・・・影を慕いて、上を向いて歩こう、かあさんの歌、北国の春 など
学生歌 34曲 ・・・・・・若者たち、青春時代、青い山脈、夜明けの歌 など
フォークソング 27曲 ・・・・時には母のない子のように、神田川、いい日旅立ち など

 今ちょうど福祉施設にいらっしゃる方々には懐かしすぎて涙ちょちょぎれの選曲ですね。特に学生歌がいいですねえ。有名大学の校歌も入っている。
 先日はヴィオラで何曲か演奏しましたが、皆さん一緒に歌ってくださったり、涙を流して喜んでくださったり、本当に音楽って、特に歌って素晴らしいですねえ。
 早く退職して、夫婦で全国キャラバンしたいなあ(笑)。お金はいらないので、お弁当とお酒だけいただいて、あとは温泉に入って車中泊。ガソリン代は年金でなんとかする。全国の施設を回って、音楽と歌とお笑いと施術。理想的な生活です。
 ま、その頃には自分も老人になっているわけだし、聴衆も世代が代るので新たに歌本を購入しなければなりませんね。
 それまで、ぜひ「のばら社」さんには頑張ってもらいたい。昭和風情満載の装丁も含めて、一つの文化を築き上げている出版社さんですね。歌本は電子化しにくいですよ。やっぱりパラパラ、ペラペラめくれないと。

Amazon 心のうた日本抒情歌 心に生き続ける珠玉の名歌228曲 コードつき

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.23

バリ島アグン山が噴火間近?

Th_mount_agung_from_the_east グン山が噴火しそうだとのニュースが。
 アグン山はバリ島の最高峰。3000メートルを超える成層火山で、東側から見ると、写真のように富士山そっくり。
 アグン山は私が生まれる前年(1963年)から大規模な噴火をし、1000人以上の犠牲者が出ました。その時の噴火は火砕流や泥流を伴い、その噴出物量は富士山の宝永の噴火と同レベルだと言われています。
 それから50数年が経ち、再び同レベルの噴火を起こしそうな気配です。前回の経験を活かし、山麓に住む4万人近い住民が避難をしたということです。
 1963年の噴火の様子が記録されています。

 これを見ると山頂噴火だったことがわかりますね。そういう意味では側火山噴火であった富士山宝永噴火とはちょっとタイプが違います。
 動画の後半にも出てきますが、バリ島ではアグン山は神の山。アグンとは「火の神の山」という意味だそうです。信仰の山なのですね、富士山と同じように。
 1963年の噴火は、住民が山の神への祭祀を終えたすぐあとに発生したそうです。富士山で言えば、火祭りの終了直後という感じでしょうか。何らかの理由で、荒魂の鎮めることができなかったのか。
 ここのところ、メキシコの地震、バヌアツの地震、そしてバリ島アグン山の火山活動と、Ring of Fire(環太平洋火山帯)が元気です。
 日本ももちろんその環の一部。特に火山が集中している地域です。
 ここのところ、1年近く、富士山のラドン濃度が高めで、なかなか収束しません。これは大きな地殻変動や火山活動、それもやや遠いところの動きを捉えているものと推測されます。
 はたして、次に日本を襲う災害はどのようなものになるのか。
 外国での荒魂の発動を、対岸の火事とは考えず、自らのすぐ隣で起きたこととして、充分すぎる対策、心構えをしておくべきでしょう。
 とりあえずは、アグン山の活動に注目しなければなりません。富士山を代表とする日本の火山も、いつこのような状況になるか分かりません。それこそ「他山の石」に学ぶべきですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.19

メキシコでM7.1

Th__20170921_63501 いこの前、メキシコでM8.2・秋田で震度5強という記事を書いたばかり。そのチアパス地震の余震と考えるには、あまりに震源が離れている今回のプエブラ地震。
 地図で見ますと500キロほど離れていますから、東京と大阪ほども離れています。これは誘発地震と捉えた方がいいかもしれません。
 震源が首都メキシコシティーに近かった分、被害はチアパス地震よりも大きくなっている模様です。
 日本の感覚で言いますと、紀伊半島沖でM8.2が発生し、その2週間後くらいに神奈川でM7.1が発生したという感じでしょうか(あくまでイメージです)。
 それも関東大震災の日、すなわち防災の日に二つ目の地震が発生したという状況。すなわち、プエブラ地震は、32年前1985年のメキシコ大地震の日に発生したのです。これはあまりに皮肉な偶然です。
 32年前のメキシコ地震はメキシコシティーの西側の太平洋で発生しました。マグニチュードは8。メキシコシティーを長周期地震動が襲い、全壊3万棟以上、死者1万人を出しました。
 その教訓を忘れないように、避難訓練などをしている最中、本当の大地震が発生したわけですから、これは本当に驚きとしか言いようがありません。
 この前の記事にも書いたように、メキシコでの地震は決して「対岸の地震」ではありません。環太平洋火山帯(造山帯)として考えれば、日本も全く同じ環境にあるとも言えます。
 このように短期間で大規模な地震が、やや離れたところで発生することもありうるということを、私たちも意識しなければなりませんね。
 いち早い行方不明者の救出と復興を祈ります。日本からも救助チームが派遣されることでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.17

おさかべホームコンサート 200回記念演奏会

Th_img_1526 日に続き、ふじさんホールにて音楽鑑賞。
 期せずして、昨日書いたことを確認するコンサートとなりました。
 高校野球をずっと観ていたあと、プロ野球を観ると、独特の感動やら違和感やらがあるじゃないですか。あれと一緒だなあと実感。
 それぞれの年齢の音楽があって面白い。アマチュアとプロの両方の音楽のあり方が存在して当然。どちらも楽しければ良い。どちらも楽しくなければダメ。
 富士吉田のパインズパークのすぐ上にある刑部邸は、地元の音楽好きには有名なお宅です。なにしろ自宅を開放してのホームコンサートを22年続け、とうとうそれが200回にまで到達したのですから。
 文化不毛の地という自虐の言葉も聞かれる富士吉田において、特にクラシック分野においては孤軍奮闘されてきた刑部ご夫妻には感謝と敬意の念を禁じえません。
Th_img_1527 実はパンフレットをもらってビックリしたのですよ。なぜなら、21年前、第4回の時に出演したワタクシの、懐かしい(恥ずかしい)写真が掲載されていたもので(笑)。髪の毛がある!w
 私も若かりし頃(とは言っても30代ですが)、2回コンサートに参加させていただきました。当時としてはまだ多少珍しさのあった「古楽器」の演奏家としてです。チェンバロを運び入れてバロック音楽を演奏させていただきました。
 それからはずっとご無沙汰の状況。というか、出演者のレベルが世界的になって、ワタクシのような演奏者はお呼びいただけなくなったということですね。結構なことです。
 今日の演奏会は3部構成。1部はピアノによるクラシック。2部はマリンバによるバッハからピアソラまで。3部はジャズトリオによるスタンダード特集。
 それぞれいろいろなことを感じさせていただきましたが、やはり昨日のことからすると、高校野球とは違う、プロ野球の面白さを堪能させていただきましたね。その面白さは、場合によっては、面白くなさにもすぐに変わってしまうわけで、そういうプロ音楽の危うさみたいなものも感じました。
 実際、ここ数年、私はかつてあれほど好きだったプロ野球中継をほとんど見なくなっています。代わりにといってはなんですが、高校野球は娘の影響もあってよく観るようになっている。違う魅力があるからですね。逆に言うと、プロの面白さに飽きてしまったと。
 イベントとしても同じことが言えましょう。先月、31年続いた都留音楽祭が終わりました。一つの文化を作って安定したからこその決断でした。
 もしかすると、ホームコンサートもそういう難しさを抱えているかもしれません。刑部ご夫妻はご高齢となっても、相変わらず意気軒昂でいらっしゃいますが、いつまでもご夫妻におんぶにだっこでは、地元の文化もだめなのかもしれません。
 「初心忘るべからず」…なんとも深い言葉ですね。
 最後に本日のプログラムを掲載させていただきます。お聴きになれなかった方も、いろいろ想像してみてください。
 個人的にはピアソラの「バチンの少年」が良かったなあ。
 プロクラムにはないアンコール、全出演者によるチック・コリアの「スペイン」は、いろいろな意味で聴きごたえがありました。クラシックとジャズをつなぐものはなんなのか。その答えが垣間見えた演奏でした。

20170918_7_35_17_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.11

『原節子の真実』 石井妙子 (新潮社)

Th_51e8lrqjt5l 日の続き。優れた評伝。実に面白かった。文章も秀逸。
 原節子と、義兄熊谷久虎について、非常に詳しく書かれています。一箇所だけですが、仲小路彰の名前も出てくる。もちろんスメラ学塾主宰として。
 今、数人で仲小路彰邸内を整理しているのですが、その中で熊谷久虎の名前が入った文書が多数見つかっています。ちなみに原節子の名前が入ったものは、私の知る限り一つだけ。この本の著者の石井さんにもいずれお伝えしなければならないでしょう。
 原節子がなぜ独身を貫いたのか…その答は、仲小路彰がなぜ独身を貫いたのかという問いの中にあるような気がするのは、私だけでしょうか。
 実は、当時の関係者から、そういう噂を聞いたこともあります。今まで知られていた(知られていなかった)以上に、仲小路と原の関係は近かったのでしょう。
 この本の第六章「空白の一年」にあるように、熊谷久虎のスメラ学塾入塾(川添紫郎ルートでしょう)を通じて、原節子も仲小路彰と深く関わったと思われます。
 ただ、人気女優であったからでしょう、その名前はその当時の仲小路文書の中には出てきません。
 また、地元山中湖の方々に聞いても、原智恵子や三浦環が仲小路彰と一緒にいたことは覚えていても、原節子がいたとか来たとかいう話はありません。また、実際に智恵子と環の資料は山中湖で大量に見つかっていますが、原節子に関するものはほとんどありません。
 しかし、昭和19年から20年にかけて、お忍びで山中湖の「サロン」に来ていた確率は高いと思います。熊谷、川添との関係を考えれば、そう考えるほうが自然なほどです。
 原節子に関する資料が「ほとんどない」と書いたのは、私の知るかぎり、戦後になってのある文書(映画企画書)に、細川ガラシャをはじめとする日本の歴史上重要な女性を演ずるのは原節子しかいないというような内容があるのみです。
 この本にも書かれているとおり、原節子が映画人としての晩年に異常に「細川ガラシャ」にこだわったのは、仲小路彰の話を聞いたからに違いありません。仲小路は細川ガラシャに関する文章を多数残していますし、「ガラシア物語」という歌曲集まで作曲しています。
 そのあたりの富士山を取り巻くミッシングリンクには興味がわきますね。
 いずれ、この本の筆者石井さんにも山中湖に来ていただきましょうか。「原節子の真実」のそのまた真実が眠っている可能性がありますので。

Amazon 原節子の真実

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.08

メキシコでM8.2・秋田で震度5強

Th_mexicanearthquake_2 キシコで巨大地震が発生しました。太陽嵐と地震の関係については懐疑的なワタクシでありましたが、この巨大地震、そして夜の秋田県大仙市の震度5強などを見ると、なんだか単なる偶然とは思えなくなってきますね。
 自然、大宇宙のことは、人間はほとんど分かっていない…いつかの地球物理学者とのバトルを思い出しつつ、やっぱり「モノのあわれ」ってそういうことなんだよなと痛感しております。
 ところで、昨日の記事のノリで物語を紡いでみると、また妙な偶然があることに気づくんですよね。
 あまりニュースになりませんでしたが、実は昨日、メキシコ政府が北朝鮮大使を国外追放にしているんですね。核実験やミサイル発射に反発する形で。
 これは国際的にも非常に珍しいケースです。なぜメキシコがという感じ。かつては正男さん暗殺の件でマレーシアが断行したくらい。メキシコが基本的にまじめな反核国だからということになると思いますが、駐メキシコ大使を「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましくない奴)」と称したところからも分かるとおり、政府あげて北朝鮮嫌いという感じもあるようですね。
 で、ここであまりに自由な発想を持つ陰謀論者などは、「これは北朝鮮が対抗措置として地震兵器を使ったのだ」とか言い出しそうですよね。なにしろ、北朝鮮は人類で唯一、国民が太陽に降り立った経験のある国ですから(笑)。とすると、今回の巨大フレアも…?
 ま、死者も多数出ているようなので、冗談はこれくらいにしまして(しかし大きなスケールは忘れないで)、環太平洋造山帯(火山帯)として考えると、メキシコと日本は兄弟のようなものです。
 メキシコで起きることは日本で起きると言っても、決して間違いではありません。私の計測している富士山ラドン濃度も、ある意味環太平洋造山帯(火山帯)の動きを見張っているとも言えます。
 また、秋田の地震についても、あのあたり(大仙市)は、大正3年の秋田仙北地震(強首地震)の震源地に隣接しています。直下型のM7以上の地震で推定震度7の揺れがあり、94人が亡くなりました。その地震の際も、活発な前震活動があったようですが、今回の震源地付近でもここ数年小規模地震が継続的に発生していました。
 今回のM5.3が本震であるという証拠は何もありません。私たちは熊本地震で大切なことを学んでいるはずです。決して油断をしてはいけません。逆に最悪の状況を想定して準備をしておかねばなりません。
 すなわち、内陸のみならず、海域での巨大地震についても、「いつ起きてもおかしくない」と警戒しなければならないのです。それも地域を限定せず。なにしろ日本列島はすべて環太平洋造山帯(火山帯)の一部なのですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.09.02

第二次世界大戦終結から72年

 本人に、終戦の日はいつ?と聞くと、ほとんどすべてが8月15日と答えます。
 しかし、正確に言いますと、その日は玉音放送が流された日でしかなく、世界標準ではやはり日本が降伏文書に調印した9月2日が一般的だと言っていいでしょう。
 実際、アメリカでは9月2日は対日戦勝記念日(VJデー)としてお祝いします。
 今日で日本の降伏から72年ということになりますね。大東亜戦争(太平洋戦争)の価値評価は大変難しいところがありますが、今日を独立記念日としている国が複数あることからも分かるとおり、日本が列強国と戦った結果、多くの植民地が解放されたというのも事実です。
 上の動画は、その降伏文書調印式の様子をカラーでとらえた非常に珍しいフィルムです。戦勝65年を記念して公開されたもののようです。
 1ヶ月ほど前に、昭和32年の「ICBM」という記事にも書きましたが、この調印式には富岡定俊海軍少将も随員として参列しています。
 作戦部長として戦った富岡少将にとっては、これ以上の屈辱はなかったと思います。実際、式典終了後に自決しようとまで考えたそうです。
 ちなみに、この調印式が行われていたまさにその時、富岡少将の奥様操さんは山中湖にいました。そして、仲小路彰に誘われ「かじや荘」を訪れました。そこには、仲小路とともに、歌手の三浦環、ピアニストの原智恵子が待っていました。そして、小音楽会が開かれたといいます。
 戦争の象徴ともなっていた富士山が、再び平和の象徴に戻った日。穏やかな湖のほとりで、そのような音楽会が開かれたことは、私も最近まで全く知りませんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧