カテゴリー「旅行・地域」の1000件の記事

2020.07.04

藤圭子 『カスバの女』

Th_21497319 中湖村で三浦環の写真が大量に見つかったとのニュースを見て、さっそく「徳富蘇峰館」に行ってきました。発見された一部の写真が展示されていましたが、山中湖で撮られたものはほとんどないとのことで、私の興味のある仲小路彰や原智恵子との写真はありませんでした。

 正直、それよりも企画展の三島由紀夫の「詩」が面白すぎた。三島のフィクションの世界が現実に侵食していく感じがなんとも言えない。徳富蘇峰とは対照的ですね。

 さて、その当時の山中湖人脈についていろいろ書きたいことはありますが、今日はちょっとずれた記事にしてみます。

 夜、BSで藤圭子の秘蔵映像の番組がありまして、演歌マニアの家内と観て(聴いて)いたんですが、特に二人の印象に残った曲は、この「カスバの女」です。私は知らなかった。すごい歌詞ですなあ。

藤圭子

 

 めちゃくちゃ異国情緒ありますが、聴いた感じは「新宿の女」と変わらないところがすごい(笑)。「カスバ」とは、アルジェリアの要塞都市のこと。今では世界遺産になっています。

 映画「望郷」の舞台として日本でも知られていましたが、1955年に久我山明の曲に作詞家大高ひさをが詩を乗せて作られたこの曲、エト邦枝さんが歌って発売されましたが、ほとんど売れなかったと言います。

エト邦枝

 

 実はエト邦枝さんの師匠はオペラ界の重鎮、原信子さん。原信子さんの師匠は三浦環です。朝ドラ「エール」でも分かるとおり、三浦環もクラシックから歌謡曲まで幅広いジャンルの歌を歌いました。昔は今より自由だったんですよね。

 さて、このとってもグローバルな演歌「カスバの女」は、のちに緑川アコさんの歌唱で人気が出てから、本当にいろいろな方が歌っています。

 皆さんそれぞれ素晴らしいのですが、今日はあと二人だけ紹介します。

ちあきなおみ

 

八代亜紀

 

 やはりエト邦枝さんの声はきれいすぎたんでしょうね。上掲3人のほかも、青江三奈さんとか沢たまきさんとか、のちの人たちはみんなハスキーボイス。つまり非和声的な倍音の多い方々です。それがなんとも「場末」の「哀愁」を感じさせるわけですね。

 ウチのカミさんの声は、そういう意味では倍音が少ない、いわゆる「きれい」な声なので、どうもこういう味は出せないとのこと。その点、美空ひばりはすごいよなあ。

| | コメント (0)

2020.07.03

リニアはどうなる?…予言は当たるか

Th_yk_tetsu20070301 て、こっちの「(エセ)環境問題」も大変なことになっています。

 静岡出身、東京育ち、山梨在住のワタクシとしては、なんとも複雑な心境になりますね。

 川勝知事も大人げない。リニアに賛成、運命共同体と言いながら、結局はダメ出ししている。まあ、たしかに静岡県としては面白くない計画ですよね、リニアは。通過して環境破壊だけして駅も何もなしですから。今まで東海道新幹線で存分にいい思いしてたくせに(6駅もある)。

 とりあえず、2027年の東京ー名古屋間の開業は無理ということになっちゃいましたね。

 ちなみに私はリニアには反対の賛成の立場。

 6年前の『新幹線とナショナリズム』 藤井聡 (朝日新書)という記事を読んでいただければ分かると思います。

 さらにその記事の翌日、ある予言をしております。

 『リニアが日本を改造する本当の理由』 市川宏雄 (メディアファクトリー新書)

 この記事に書いた予言(?)を簡単にまとめてみます。

・南アルプスを貫通するトンネルを掘ることは霊的によろしくない。

・しかし、どうも貫通できないようなので心配しなくてよい。

・ならば、東京ー山梨間を先行開通させ、東京オリンピックに合わせて富士山観光の目玉の一つとする。

Th_yk_tetsu20070402 この予言、ある意味想定外の形で実現しそうな気配です(笑)。まず、伏兵静岡県が登場して南アルプス貫通を妨げてくれております。そして、川勝知事は東京ー山梨間を暫定開通させ、富士山周遊観光ルートを実現しようとしています。

 そして、そして、全く想定外でしたが、東京オリンピックが延期となり、事実上2021年の開催も無理、結果として2032年(以降)に改めて開催されることになりそう。

 そうなりますと、冗談抜きでワタクシの予言が成就することになってしまいますね。つまり2032年の段階でも東京ー名古屋間の開通はないということになってしまうわけです。

 それどころか、リニアも下手すると、富士急行線が当初の計画(富士山一周を目論んだ?)を頓挫させ、結果として富士山駅がスイッチバックになったり、河口湖駅より西に線路が伸びなかったりしたように、東京ー山梨間だけの中途半端な路線になってしまう可能性もあるわけです。

 あとは都留のリニア見学センターを「新富士山駅」にするだけですね。これも実現したら、私の予言は完全に成就です。そうなるんじゃないですか、マジで。

 ま、金丸信さんはじめ、山梨県民としてはそれで充分なわけですし。逆に独占できてラッキーと思ってしまいますね。ついでに東京都に編入してもらうというのはどうでしょう(笑)。

 さてさて、実際はどうなるんでしょうね。面白くなってきました。

| | コメント (0)

2020.06.21

『恋するトマト』 南部英夫 監督・大地康雄 企画 脚本 製作総指揮 主演作品

Th_51sn5k10l_ac_ 日も秀逸な邦画を1本。

 大地康雄さんが八面六臂の活躍をしているこの映画。大地さんの自然体かつ深みのある演技だけでも見ものですが、やはりそのストーリーというか、メッセージが心を打ちますね。

 最近の私のテーマの一つが「農業」。意外に思われるかもしれませんが、私は真剣に「農業の工業化」のことを考えています。

 たとえばこの映画が伝えたい農業とは、まさに「土と水と太陽、そしてあなた」ということになり、一見私の目指す「ポリマーシートとLEDとAI」のような世界とは対極にあるように感じられるでしょうね。

 しかし、「リアルな対面」でしか成り立たないと思っていた「学校」「教育」が、このコロナ禍のおかげで、実はそうばかりではなかったということが分かってしまったように、「農業」に対する私たちの信仰にも近い先入観も実は「幻想」なのかもしれないのです。

 この映画では、もちろん単なる「幻想」のみが描かれているのではなく、その「現実」…ストーリーの端緒となる「嫁不足」等々…についても雄弁に語っています。

 一見、ハッピーエンドのようですが、結局外国から嫁をとるという意味では、根本的には何も解決していないとも言えるのです。

 その他、ジャパゆきさんや買春ツアー、結婚詐欺の問題など、けっこう重いテーマをリアルに描いていますよね。

 ラストシーンに涙しながらも、ちょっと複雑な気持ちにならざるを得ないところこそ、大地康雄さんが伝えたかった「現実」なのだと思います。

 ところで、話を戻しますが、現在の「現実」の「農業」は、「幻想」とはかけ離れています。ある意味、工業化が究極まで進んでいるとも言えます。機械化、農薬、遺伝子組み換え…。いや、それ以前に、私たちが郷愁をそそられる農村の風景は、決して「自然」なものではありません。

 家内の実家も秋田の農家ですが、秋田に行って感じるのは、実は自然ではありません。見渡す限り見事に区画された田んぼ、その背景に広がる見事に植林された山々。それはある種の「不自然」なのでした。

Amazon 恋するトマト

| | コメント (0)

2020.06.13

秋田・仙北平野の「酒蔵と酒米農家」を応援するプロジェクト

Th_main

 ロナ禍は秋田の酒蔵をも直撃しています。出荷量は例年の半分まで落ち込んでいるとか。結果として酒米農家にも大きな打撃が。

 そこで、大仙市と美郷町の酒造会社8社が共同してクラウドファンディングを立ち上げました。

 7月20日までの期間に250万円を募る目標だったのですが、なんと3日間でその目標を突破したそうです。

 私もまずは奥田酒造店さんを応援することといたしました。

 奥田酒造店さんには2度ほど伺ったことがあります。かの唐松神社のすぐ近くにある酒蔵。なんと白井晟一の設計の建物なのです。

秋田行その3(2014.8.14)

 もちろん「千代緑」もとってもおいしいお酒です。今回は純米大吟醸新酒の直詰め生酒を2本。

 ほかの蔵元さんのお酒にも興味がありますので、これからまた期限までにいくつかの蔵元さんを応援しようかと思っています。実際、かなりお得なお値段で手に入りますし。

 皆さんもぜひ!

秋田・仙北平野の「酒蔵と酒米農家」を応援するプロジェクト

 やはり、これからはこういうふうに物を売る時代になりますね。ただ購入するだけでなく、応援するという、ある種の投資の気持ちを全面に押し出すような。そうすると、やっぱり国内の、顔が見えるお店が一番。お互いに幸せな気持ちになれますよね。

| | コメント (0)

2020.06.10

引き波と第二波に注意

20200611-104344 ロナ対策でいろいろ大変です。山梨県は緊急事態宣言解除後、感染者が相次いでいます(感染者率全国4位)。

 それにも関わらず、観光客は増える、公立学校は一斉登校が始まるなど、本当に「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ですね。まるで津波の引き波のように、ものすごい力で「かつての日常」に戻ろうとしています。

 「天災は忘れた頃にやってくる」ので、第二波は予想より早く押し寄せてくるかもしれません。

 私たちの「日常」は、人為的な「コト」でしかありません。それが自然の脅威(人工的なウイルスも含む)という「モノ」に触れると、大きく揺らぎます。そこに私たちは不安を感じます。まさに「ものおそろし」「ものぐるほし」です。

 安心を得たいがために、「コト」を手元に引き寄せようとします。つまり、「引き波」は自らが作り出しているのです。

 自然、つまり「モノ」にはアナロジーがあります。

 津波の引き波の恐ろしさ、また第二波、第三波、あるいは地震の余震、前震に対する本震、アウターライズ地震など本震に起因する関連地震による被害の大きさについて、私たちは知識としては知っていますが、日常的にはそれを忘れようとします。

 そうした天災が、繰り返し起きているのは、やはり私たちが「喉元過ぎれば熱さを忘れる」からでしょう。忘れなければ「天災は忘れた頃にやってくる」という慣用句は必要ありませんからね。

 日本語的にもう一つの観点から。「和魂(にぎみたま)」と「荒魂(あらみたま)」の関係です。

 たとえば日常は「和魂」の状態と言えます。それを破る、たとえばこのコロナ禍は「荒魂」です。私たちが「忘れる」のは、実はこの「荒魂」の存在を必要としているからかもしれません。

 そう、あえて「忘れる」のです。無意識の奥底には存在していますが、表層では意識しない。これは日本人の得意技であり、「国譲り」の作法とも関連しています。

 では、なぜ「荒魂」が必要なのか。それについてはいずれ詳しく書こうと思っていますが、以下の日本語の語源が全て同じだということがヒントとなりますね。

 荒し・嵐・新た・あらたか

 

| | コメント (0)

2020.06.01

ヴィヴァルディのヴィオラ・ダモーレ協奏曲(ダンスとコラボ)

 

 んちゃってですが、私もいちおう世界でも珍しい「ヴィオラ・ダモーレ奏者」の一人です。演奏歴、なんだかんだ30年になります。こんな演奏会もやりましたっけ。

 なにかと変わったマイナーな分野で…すなわち競争率の低いところで…目立とうとするずるい性格なんですね(笑)。いや、自分を客観的に見ると、あらゆる分野でそうなんですよ。困ったものです。

 いや、人々が忘れてしまったり、偏見から捨ててしまったものに光を当てるという意味では、それなりの社会貢献をしているかもしれない…かな?

 さて、ヴィオラ・ダモーレを弾いてみますとですね、やはり、そのオリエント的な魅力というのを感じるんですよね。その後の合理主義に絡め取られていく西洋の楽器たちの中で、明らかに異彩を放っています。調弦だけでも大変ですからね。

 多弦かつ共鳴弦を持つために生じる独特なレゾナンス…それはつまり不協和で混沌とした豊かな響きなわけですが、それこそがその後の和声音楽の発達に反しているところがある。

 また、多弦でありながらフレットレスなところ。これもまた、ある種の土俗性の匂いを遺している。ヴィブラート、音程のずらしなど、まあ、演歌みたいな演奏ができるんですね(笑)。

 ですから、バロック時代はもとより、その後の時代、現代に至るまで、時々音楽史に登場するのは、単なるノスタルジーというだけでなく、そういう反近代的なものへの過激な憧れのようなものがあったからではないかと思うのです。

 さてさて、そんなヴィオラ・ダモーレを主役に据えた作曲家としては、やはりヴィヴァルディを挙げねばならないでしょう。彼のヴィオラ・ダモーレ協奏曲は、前バロック的な楽器の特性をもって、逆に超バロック的な表現をしている魅力的な作品たちです。

 どうでしょうね。世界史的に言っても、モンゴルやトルコへの脅威や東洋(たとえばジパング)への憧れのようなものが、まだ残っていたのかもしれませんね。

 そんなヴィオラ・ダモーレの魅力を見事に表現しているのが、このビデオです。面白いですね。演奏(特にカデンツァ)はもちろん、コンテンポラリー・ダンスを採用した映像の不思議な世界観がなんともいい。なるほどなあ、と思った次第です。

 

| | コメント (0)

2020.05.28

『椿井文書ー日本最大級の偽文書』 馬部隆弘 (中公新書)

Th_41q2k5a3inl_sx314_bo1204203200_ 日の「トゥルーマン・ショー」の続きとも言えます。

 私は、いわゆる地元に残る偽書「宮下文書」にいろいろと関わってきました。そうした偽書、古史古伝、偽文書というモノは、ある種の「リアリティショー」でもあります。

 実際にそれを信じてきた人々が無数にいるわけで、たとえば私なんかも、宮下文書の内容を鵜呑みにしているわけではないのですが、少なくともその内容が私の人生、生活に大きな影響を与えているというのは事実です。

 「トゥルーマン・ショー」のディレクター、クリストフが思い通りの世界を作り上げたように、それらの文書では制作者のなんらかの意図のもと、アナザーワールドが形成されています。

 私はそのアナザーワールド自体というより、その制作者の「意図」の方に興味を持っているわけですが、そのような視点はもちろん、その内容がどのように伝播し信じられ続けてきたかにも注目しつつ、アカデミックな立場から偽文書を研究しているのが馬部先生です。

 正直、ワクワクしっぱなしで読みました。このような虚実皮膜世界、虚が実を侵食する世界、あるいはその逆の世界が根っから好きなんですね、私。

 椿井文書のすごいところは、まさに「受け入れられてきた」ということです。

 宮下文書においては、「受け入れた」人々はかなり限定的です。一部の好事家や宗教家、政治家に限定されていると言っていいでしょう。お膝元に長く住んでいる者として意外だったのは、地元の人たちには全く「受け入れられて」いないということです。そこがまた別の興味の対象なのですが。

 椿井文書が地元から拡大的に広く受け入れられ、引用され、研究されてきたということは、その「嘘」がいかに巧妙であったかということに加え、その嘘の「意図」が絶妙に現実的だったからだと思います。

 そのあたりの、まさに虚実皮膜のスリルは、それこそ「トゥルーマン・ショー」と同じくらい面白い。そして、ここへ来て、こうして長い長い物語が一つの完結を迎えるのだなあと思うと、何か感慨深いものがあります。

 巨視的に見れば、多くの公認文書たちにも、少なからず「意図」があり、「嘘」があります。当然のことです。では、いったい、どこまでが史料であり、どこからが偽文書になるのか。あるいは、ほかにも椿井文書のように史料から偽文書に格下げされる「史料」が出てくるのか。これは実に興味深いところであります。

 それにしても、「山梨(甲斐)」って偽文書と縁が深いですねえ。この本にもいくつか記述があります(網野善彦さんも含め)。さすが「生黄泉の国」。もともと虚実皮膜の国なんですよね(笑)。

 さらに言えば、私が最近関わっている近現代の「未知の新史料」とも「未知の偽文書」とも言える、山中湖に眠る仲小路彰文献群。これもまた、昭和の大物たちを動かしてきました。その未来的な「意図」を研究することが、どうも私のライフワークのようです。

 

Amazon 椿井文書

| | コメント (0)

2020.05.21

『めんたいぴりり』 江口カン監督・博多華丸 富田靖子主演作品

 

 えた恩は水に流せ。受けた恩は石に刻め。

 この一言だけでこの映画の全てを表しているとも言えますね。

 この言葉は深い。この映画、そしてドラマシリーズの「めんたいぴりり」もそうですが、そこには死んでいった人たちからの「恩送り」もあるのです。

 朝鮮、満州から始まるこの物語。一昨日紹介した「大日本帝国の推移」を見てからこの映画やドラマを見ると、また感慨深いものがあります。

 そう、あの戦争の犠牲になっていった人たちの霊、その思い、それは恨みや憎しみである場合もあるでしょうけれども、逆に「恩返し」の場合もあるわけで、それが戦後日本の奇跡的復興を実現したとも言えます。

 もちろん、単なるホームコメディ、人情喜劇、ビジネス成功譚として観ても十分に面白い。しかし、その向こう側にある本質的なこと、すなわち、「純粋に利他になると霊の力を借りることができる」という真実が見事に表現されている作品として鑑賞するのもありだと思います。

 ええと…実は最近、35年ぶりくらいに富田靖子さんブームが来ておりまして(笑)、昔の作品はもちろん、最近の作品も片っ端から観ております。

 ここへ来て、この「めんたいぴりり」、そして大ヒットして最近特別編が放送されている「逃げ恥」、さらには春まで放送されていた「スカーレット」などで、とんでもないお変人の男の妻の役が多い富田靖子さん。ある意味、ようやく適役を掴んだのかもしれません。

 なんとなく予感していたんですよ。若いウチはアイドルにも女優にもなりきれなかった。それは今という時を待っていたのですね。なにしろ、昔も今も基本変わっていませんから。見た目もキャラも。時代がようやく追いついたのかも(笑)。

 そう、「さびしんぼう」での、富田さんの未来役をやった藤田朋子さんの境地に至ったということですね。そういう意味ではあのキャスティングは、さすが大林宣彦監督ということになります。

 そんな富田さんの素晴らしい演技と、それに劣らぬ存在感を見せる博多華丸さんの演技にも注目です。

 いやあ、いい話でした。泣き笑いっていいですね。昨日の「先生モノマネ」もそんな世界でした。

 プライムビデオで、ドラマの方は無料で観ることができます。まずドラマで、それに魅せられたら映画という順番でもいいと思います。おススメです。

Amazon めんたいぴりり

 

| | コメント (0)

2020.05.19

大日本帝国〜敗戦国日本

 ットを騒がせている検察庁法のことも種苗法のことも、近視眼的に見ていてはその本質はわかりません。

 ずるい、逃げている、ごまかしていると言われるのを承知で言いますと、私の立場は「なんともいえない」です。

 TPPの時も、秘密保護法の時もそうでした。つまり、それ自体には反対であっても、ある意味不本意に前に進めなければならない事情もわかるということです。

 その事情こそが「敗戦国日本」です。

 残念ながらその事実を忘れて、反対反対、賛成賛成言っている人たちが多すぎて、そこにうんざりしてしまいます。

 たとえば検察庁、特に特捜部がアメリカと深い因縁があることは、知る人ぞ知る事実です。その成立自体がGHQの存在と一体ですからね。

 その他も問題も全てアメリカと日本(政府)の戦勝国と敗戦国の関係の延長線上にあります。残念ながら、日本は独立国ではありません。そのことを忘れてなんでも反対、あるいは賛成というのは、あまりに虚しい。

 このことは、戦後意図的にタブーにされてきました。ですから、国民がみな忘れているというより、もともと知らないのですよ。

 日本政府、特に総理は命がけのギリギリの交渉をしています。今回、ロッキード事件を担当した松尾元検事総長らが法案に反対の姿勢を示したのも、そういう視点から見なければ真意がわかりません。

 もちろん、これは陰謀論とは一線を画す事実です。残念ですが。

 さて、これ以上書くと危険なので、この話はここまでにして、日本が「敗戦国」となった事情を復習しておきましょう。いったい、私たちは、どこまで勝っていて、どこから負け始めたのでしょう。それを知ることは非常に重要です。

 なぜ重要か。それはいつかお話します。

 大日本帝国がいかにして敗戦国日本になり、そして今に至っているかを俯瞰できる、とてもいい動画がありましたので紹介します。ぜひ復習してみてください。

 

 

| | コメント (0)

2020.05.18

『永遠の最強王者 ジャンボ鶴田』 小佐野景浩 (ワニブックス)

Th_514qgq9r4vl_sx339_bo1204203200_

 イブル。この一言でしょう。私にとってのこの本の価値を表すのは。

 人生のテーマだったんですよ。「ジャンボ鶴田は最強か」というのが。

 いや、ただ単にプロレスラーとして強かったかということだけではないんです。

 自分でもよくわからなかったのです。なぜ、少年の頃から今まで、ジャンボ鶴田が私の中で大きな存在なのか。 

 その答えがこの本の中にありました。だからバイブル。本当に素晴らしい本です。

 プロレスとは何か、プロレスにおける強さとは何か。そんなことをずっと考えてきたわけですが、なるほど、それだけでなく、やはり人間の総体としての魅力、ある意味での「新しさ」というものが、私の魂を捉え続けてきたのですね。

 この歳になって、ジャンボが亡くなった年齢をとうに越えた今、ようやく分かりましたし、納得しましたし、安心もしました。やっぱり「ジャンボ鶴田は最強だ!」。

 人生の設計のしかたが、私の唱える「時間は未来から…」「未来に原因を作る」に見事に一致していました。いや、もしかすると、ジャンボの生き方、戦い方、チャレンジの仕方を見て、そういう逆説的な哲学を生み出したのかもしれません。

 そう、彼の未来的な生き方が、ある意味非常に保守的であるプロレス界だったからこそ、異様に映っていたのでしょう。それが、ファンの不満を催し、アンチさえも生んでしまったのかもしれません。

 そして、そうした旧来の生き方、人生設計の仕方、あるいは人生設計などしない生き方が「かっこいい」とされた時代の中で、周囲に合わせていながらも、しかし流されないという「最強」の処世術、仕事術を実現したのですから、たしかにそれは「チャレンジ」に違いありません。

 また、そうした特殊な「マイペース」が、どういうわけかライバルや後輩たちを輝かせる結果を生んだ。これって、最強の利他ですよ。自我が強いかのようで実はスーパー利他。

 本気を出すことを格好よしとしないというのも、たしかに「最強」の一つの方法です。私もどちらかというとそういう生き方、表現の仕方をしていますよね。余裕を見せるというか。

 たまたま山梨に住むことになった私ですが、ここでジャンボ鶴田、武藤敬司という、明らかに「最強」な、しかし全く色合いの違う「男」に出会えたのは幸運でした。

Th_img_6242 小佐野さん、本当に素晴らしいお仕事をされたと思います。600ページ近いこの厚さ、まさにバイブル。感服、感謝。

 そして、前書きで初めて知ったのですが、小佐野さんのルーツも山梨、それも南都留郡(ということは旧◯◯村ですかね)だったということに、個人的には感激しました。

 本当にありがとうございました。これで安心して、死ぬまでジャンボ鶴田ファンでいつづけます。そして堂々と「ジャンボ鶴田が最強だ!」と唱え続けます。

追伸 読みながら気になった試合はYouTubeで観戦。いい時代になったものです。おかげで読了に3日かかってしまいました。

Amazon 永遠の最強王者 ジャンボ鶴田

| | コメント (0)

より以前の記事一覧