カテゴリー「旅行・地域」の1000件の記事

2022.05.18

みうらじゅん×山田五郎 『仏像トーク』

 

 

 岡市の実家におります。そういえば山田五郎さんのご両親は静岡市の出身でしたね。

 ご本人の生まれは東京ですが、少年青年期を大阪で過ごされたので関西弁は流暢です。みうらじゅんさんは京都市の出身ということで、この対談は関西弁で始まりますが、最後の方はお二人とも東京弁(標準語)になっているのが面白かった。

 お二人は、私にとって「独自研究」の師匠であります。昨年みうらじゅん賞を獲った竹倉史人さんもそうですが、「独自研究」とアカデミズムのバランスというのは難しい。

 対談前半の関西弁パートは「独自研究」というより「自分語り」が全開ですが、後半の仏像に関する「独自研究」に至ると、そこはアカデミズムへの挑戦的な意味合いも出てくるので、標準語モードになっていくのでしょう。

 私は残念ながら母語が標準語なので(どこの方言も話せないので)、話の次元(レイヤー)によって言語を使い分けることができず面白くありません。幼少期までは宇宙語話せましたけどね(笑)。

 この対談を見て聴いて思ったんですけど、文系の学問って全部「独自研究」でいいんじゃないですかね。暴論でしょうか。

 結局のところ、文化に普遍的な意味や価値やシステムを見出すことって無理でしょう。それぞれの時代のそれぞれの人間が関わっているわけですから。そして、それらをそれぞれの時代のそれぞれの人間が研究するわけですから。

 その固定化されない「ゆるさ」こそが、文化の人間の生命力そのものなのではないでしょうか。

 それにしてもこのトーク面白かった。元気をもらいました。

 そう、仏像って最終的に人を元気にするものなんじゃないでしょうかね。

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2022.05.17

マカロニえんぴつ 『星が泳ぐ』

 日の「島唄」に続き、山梨発の音楽を一つ。

 宮沢和史さん、藤巻亮太くん、志村正彦くんと、叙情的な歌詞と旋律が印象的な山梨のソングメーカーたち。やはり、独特の自然環境と風土、生活文化が反映しているのでしょう。

 今日紹介するマカロニえんぴつのリーダーはっとりくんは、鹿児島生まれだそうですが、育ちは幼少期から高校時代まで山梨。彼もまた独特な感性を持っているように感じます。

 特に志村くんへのリスペクトは大きいようで、曲作りだけでなくその歌唱にも影響を感じます。

 さて、この最新曲「星が泳ぐ」は、現在放映中のアニメ「サマータイムレンダ」のオープニング曲となっています。「サマータイムレンダ」は和歌山の離島を舞台にしたSFホラー(なのかな)。日本的な風景と文化の中に潜む見えない「影」がテーマということで、特に「影」の濃い山梨発の音楽がぴったりマッチしています。

 なんとなくクセにてなる曲ですよね。シンプルですが、ちょっとしたベースの半音進行が明るさの中に「影」を感じさせます。

 やっぱりJ-Rockって世界的に得意な進化を遂げちゃいましたね。つまり「和歌」や「私小説」の文化、日本文学の正当進化型がそこにあるということです。もっと言うと日本の目に見えない「宗教性」の発現でもあると。

 ですから、アニメと一緒に世界に出ていくのです。40年後にはきっとこれが世界の大きな潮流になると信じています。

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2022.05.16

THE BOOM 『島唄』

Th_-20220517-73402 日は沖縄返還から50年の日でした。

 沖縄と山梨、遠く離れ、特に深い関係はないかのように思われますが、実はそうでもないのです。

 まず、50年前の沖縄返還に際しては、山中湖に蟄居していた仲小路彰が大きな影響を与えています。

 仲小路と佐藤は五高時代の同級生。総理となった佐藤はことあるごとに山中湖へ通い、仲小路から重要な情報・アイデアを授けられました。

 この写真は山中湖での貴重な二人の写真です。

 佐藤のノーベル平和賞は非核三原則と沖縄返還が主たるその受賞理由でしたが、その裏には(密約部分も含めて)仲小路の助言があったのでした。

 そうした助言の具体的な内容については現在研究中です。

 さて、時代は移り、返還から20年経った1992年、発表されたのがTHE BOOMの「島唄」です。

 作詞・作曲の宮沢和史さんは山梨県甲府市出身。

 発表当初は、現地の人たちには「なんちゃって沖縄音楽」と揶揄され批判されましたが、今では本土の人たちにとっても、沖縄の人たちにとっても大切な歌の一つになりました。

 この曲の画期的というか巧みなのは、さまざまな音楽的要素が融合・和合しているところです。

 メロディーで言えば、沖縄音階と、本土のヨナ抜き音階と、西洋音階が絶妙にミックスされています。また和音で言えば、冒頭ではノンコード、そして続いてディミニッシュを効果的に使い、またサビではいわゆるカノン進行をベタに使う。それこそ沖縄と本土とヨーロッパ(アメリカ)を見事に組み合わせたと言えましょう。

 そしてそこに乗る歌詞ですね。いや、歌詞が先にあって、そこにそれぞれの「国」の音楽が乗ったのでしょう。たしかに見事です。「和」を基調とする日本らしい音楽なのです。

 

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2022.05.14

出口王仁三郎 「天災と人震」(『惟神の道』より)

Th_-20220515-154433 このところ、各地で地震が頻発しております。特に注目は京都の亀岡周辺を震源とする群発地震です。

 3月31日のM4.3震度4に始まり、ほぼ同じところを震源とする地震が続いております。

 亀岡周辺には三峠・京都西山断層帯が走っており、1968年、1972年にはM5を超える中規模の地震が発生していますし、古記録に残る京都盆地に被害を及ぼした大地震のいくつかの震源は亀岡周辺とも考えられています。

 気象庁も注意を促しました。気をつけたいところです。

 さて、亀岡といえば大本の天恩郷。出口王仁三郎は地震についてどんなことを述べているのでしょう。今日はいくつかある言及のうち、昭和10年刊の「惟神の道」から抜粋して紹介しましょう。「天災と人震」という文章です。

 なるほど、我が国の文化は「地震の花」であり、日本は自然(神)の恩寵を多く受けるからこそ、それに背くと天災が起きるというわけですね。そして、天災がなければ「人震」が起きるというのも面白い考え方であります。

 冒頭の部分も含めて、なかなか良い文章ですので、ぜひお読みください。

(以下引用)

 日本の国民は古来抱擁性に富み、世界の文化をことごとく吸収して同化し精錬して更により以上美はしきものとしてこれを世界に頒与する所に日本人の生命があり、使命があり、権威があるのである。しかして緯に世界文化を吸収してこれを精錬すればするほど、経に民族性が深めらるべきはずだのに、現代の日本は外来文化の暴風に吹きつけられるほど固有の民族性の特長を喪ひつつある状態は、あだかも根の枯れたる樹木に等しいものである。日本人は日本人として決して何れのものによっても冒されない天賦固有の文化的精神を持ってをるのである。それが外来文化の侵食によって失はれむとする事は、祖国の山河が黙視するに忍びざるところで無くてはならぬ。
 かくの如き時に際して天災地妖が忽焉として起こり国民に大なる警告と反省を促したことは今代に始まつたことでなく、実に建国以来の災変史が黙示する所の真理である。近くは元和、寛永、慶安、元禄、宝永、天明、安政、大正に起った大地震と当時の世態人情との関係を回顧するも、けだし思ひ半ばに過ぐるものがあるではないか。
 さて、我が国の記録に存するもののみにても大小一千有余の震災を数へることが出来る。その中で最も大地震と称されてゐるものが、百二十三回、鎌倉時代の如きは平均五年目ごとに大地震があったのである。覇府時代には、大小三十六回の震災があった。しかも我が国の発展が何時もこれらの地震に負ふところが多いのも不思議な現象であるのだ。奈良が滅び、京都が衰へ、そして江戸が発展した歴史の過程を辿ってみれば、その間の消息がよく窺はれるのである。
 全体我が国の文化そのものは全く地震から咲き出した花のやうにも思はれる。天祖、国祖の大神の我が国を見捨て給はぬ限り、国民の生活が固定して、腐敗堕落の極に達したたびごとに地震の浄化が忽焉と見舞って来て一切の汚穢を洗浄するのは、神国の神国たる所以である。
 古語に「小人をして天下を治めしむれば天禄永く絶えむ、国家混乱すれば、天災地妖臻る」とあるのは、自然と人生の一体たることを語ったものである。人間が堕落して奢侈淫逸に流れた時は、自然なる母は、その覚醒を促すために諸種の災害を降し給ふのであった。しかも地震はその極罰である。
 我が国に地震の多いのも、神の寵児なるが故である。自然否天神地祇の恩寵を被ることの多いだけ、それだけにその恩寵に背いた時の懲罰は、一層烈しい道理である。もし地震が起らなければ人震が起ってその忿怒を漏らすに至る。近くは天草四郎や由良民部之介、大塩平八郎乃至西郷隆盛の如き、みなこの人震に属するものである。

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2022.05.12

『教祖・出口王仁三郎』 城山三郎(その10・完)

Th_images_20220513080001本脱出と蒙古進軍

 王仁三郎の表情は、どの写真を見ても明るい。極端に云うなら、いつも、得意絶頂の顔である。

 だが、王仁三郎が心の底から最も痛快さを味わったのは、大正十三年の蒙古入りのときではなかろうか。

 このとき、王仁三郎は、第一次弾圧事件による保釈中の身であったが、ひそかに日本を脱出、奉天に赴いた。そこには、蒙古軍の将軍盧占魁が待っていた。張作霖の了解の下で、日月地星の大本の神旗をひるがえし、蒙古に向って進軍する。

 盧の軍隊には掠奪暴行を禁じ、王仁三郎らは武器を持たず、米塩を与えながら、宣教と医療をつづける。蒙古人たちは、救世主の再来として歓迎してくれた。

 果てしもない曠野を行く大本の神旗――それは演技ではなかった。宗教上の必要とともに、「『狭い日本にゃ住みあきた』というような、貧乏と縄張りと天皇と警察の日本を離れて『広い満蒙に進出』し、アジアの精神的統一をはかりたいというような「『大陸浪人』式の夢」(乾・小口・佐木・松島共著『教祖』)もあったであろう。

 取り巻きにわずらわされることなく、そうした夢を現実の曠野の上に踏みしめて行く。

 そのとき、彼ははじめて、自分自身が無限に自由になって行くのを感じたであろう。風雲児であることの実感を、しみじみ噛みしめたことであろう。

 だが、それも四カ月間のことであった。盧の西北自治軍の評判が上るにつれ、張作霖は心変りし、パインタラに於て盧軍を討ち、盧以下三百人を銃殺。王仁三郎も、足枷をはめられ銃殺寸前まで行ってから、日本領事館に救出された。

 他愛のない夢ともいえる。このとき、王仁三郎は、すでに五十四歳。

 そういう他愛なさが、最後まで失われなかったのも、人間王仁三郎の魅力であろう。

 晩年は、黄・青・赤と思い切った色を使って型紙破りの茶碗を焼くのをたのしみにしていた。その茶碗を少しでも人がほめると、やってしまう。「あんたには、いちばんいいのをあげるで」と云って。

 雀や魚をとらえるのが得意であり、沢蟹をとらえて口の中で歩かせながら、そのまま噛み砕いてしまったりした男。童心と見るのも、演出と見るのも、自由である。とにかく、人間くさい男、人一倍人間くさく生れた男に思える。

 大本教徒には不満ではあろうが、教義についての門外漢であるわたしは、作家として理解できる限りの人間像の秘密を追ってみた。

 そして、世間的には怪物であるかも知れぬが、怪物という言葉の持つ非情さとはおよそ程遠い人物をそこに見たのである。

(完)

 

 いかがでしたか。城山三郎による出口王仁三郎伝。気宇壮大な人物像と人生を短くまとめるのは難しいと思いますが、文学者ならではの視点で上手に「予告編」を作ってくれましたね。

 そう、出口王仁三郎は本当にいくつもの「入口」を私たちに提供してくれるのです。本編はその先、それぞれの方々の人生に投影されて現出します。

 私もそんな体験をしている一人。最近、羽賀ヒカルさんと対談でその一端をお話しましたので、どうぞご覧ください。

 

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2022.04.24

『都道府県別 にっぽんオニ図鑑』 山崎敬子(ぶん)・スズキテツコ(え) (じゃこめてい出版)

Th_51jpekm72vl_sx339_bo1204203200_ 本では鬼は大人気ですね。いや、いまや世界でも大人気。

 日本の漫画やアニメの「愛すべき悪役」たちの原点は、おそらく鬼たちでしょう。

 西洋の善悪二元論では割り切れない、悪さもするが幸せも運んでくる。その善悪不二、表裏一体、好悪一味のところが実に日本的であります。

 だから、鬼と書くよりも「オニ」と書きたくなる。カタカナにすることによって、ある種のキャラ化がなされるわけですね。キャラ化することで、初めて私たちの友達になる。

 土偶とかもそうです。目に見えない精霊、自然神にカワイイ姿を与えて友達にしてしまう。モノのコト化、モノガタリですよ。

 この本でも、とにかくオニたちは「カワイイ」。怖いけどカワイイ。

 私たちの中にもオニは棲んでいて、時々アンコントローラブルに現れる。しかし、それはそれでやっぱり愛すべき自分の一部なので仲良く共存していくしかない。

 そういう私たちの、あるい自然界の隠れた(隠がオニの語源とも)荒魂を象徴するのがオニなのでしょう。

 そうしますと、上田喜三郎が鬼三郎に、そして王仁三郎に変身していくことの面白さが分かりますよね。「喜」と「鬼」が昇華して「王仁」になるという。

 王仁三郎がどこか憎めない可愛さのオーラを放っているのは、なるほど文化的、歴史的理由のあることなのでした。

 さて、そうしてこの現代に至り、いよいよキャラ化、カワイイ化が進みつつある愛すべきオニたちを、県別に、これまた可愛いイラストと軽妙な文章で紹介したこの本、眺めているだけで幸せな気分になります。

 それぞれの国々、土地土地で愛され、畏怖され、祀られているオニたちと同様に、私たちの体や心の至るところにそうした「モノ」が棲んでいて、ちゃんとそれと共存しているという事実(マコト)に気づくことができるのです。

 そして、全てに会ってみたくなる。来訪神に会うために、私たちもそこにマレビトとして来訪するのだという、旅の欲求の原点がそこにあります。

 そうそう、この本にも紹介されている「鬼をおがんだおばあさん」、いい話ですよね。オニたちもカワイイけど、おばあさんが最強すぎて(笑)。

 私、若い頃に「地獄で会おう会」というのを発足させました。どうせ地獄に落ちるんだから、うまく閻魔大王や鬼たちにとりいったりして、様々な「アトラクション」を楽しんじゃえ!という趣旨の会でしたが、そのアイデアの源泉はこのおばあさんだったのです。

 

 

 

Th_-20220426-75128 あっ、最後に。香川県の「牛鬼」って、うる星やつらのレイですよね(笑)。残念なイケメンの象徴としての牛鬼。なるほど。そういうギャップというか、内在的なマイナス面がやっぱり鬼の本質なのですね。

 そっか、うる星やつらこそ、愛すべきオニたちの未来的なお話なのか。

 ラムちゃんが最強ってことですね。ラムちゃんは方言からすると宮城県のオニでしょうか。

Amazon 都道府県別 にっぽんオニ図鑑

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2022.04.21

龍神が報護する国 日本

0234 日、徐福や、富士山=蓬莱山の話を書きました。

 徐福の物語はすでに史記によって日本にもたらされていましたが、富士山を蓬莱山に比定し、徐福がそこに住み着いて秦氏の祖先となったという伝承は、973年に刊行された中国の書「義楚六帖」が初出です。

 その情報を義楚という僧に伝えたのは、入宋していた日本の僧寛輔です。958年のこと。

 寛輔は927年には入宋していますから、それ以前にすでにその情報は日本の一部で語られていたのかもしれません。

 「義楚六帖」の「日本国」の後半部分を読んでみましょうか。

 

 又東北千余里有山。名富士亦名蓬莱。

 其山峻三面是海、一朶上聳。頂有火燒。

 日中上有諸宝流下、夜則却上。常聞音楽。

 徐福止此謂蓬莱。至今子称皆曰秦氏。

 彼國古今無侵奪者。龍神報護。

 法不殺人、爲過者配在犯人島。

 

 ワタクシ流に意訳してみます。

 

 また(都の)東北千余里に山がある。富士という名である。また蓬莱ともいう。

 その山は険しく三方は海に面し、山々の上にそびえている。頂上には火焔が見える。

 日中は山上にある諸々の宝が流れ下り、夜にはそれらが山上に帰る。常に音楽が聞こえる。

 徐福はここにとどまり、ここを蓬莱と言った。現在その子孫は皆秦氏を名乗っている。

 その国(日本)は今も昔も侵略されたことがない。龍神が守っているのである。

 その国の法は人を殺さず、犯罪者は島流しとする。

 

 富士山についての記述も興味深いですね。そのあたりについては、宮下文書の伝承とからめていつか書きましょう。

 今日は、その富士山や徐福に関する部分のすぐあとに出てくる、興味深い記述に注目してみようと思います。

 最後の2行。日本は龍神が守っているので侵略されたことがないという部分です。

 ご存知のとおり、中国では古代から龍神を非常に重視してきました。ある意味国家、王、国民の象徴的な扱いですよね。

 その龍神が日本を守っていると。

 日本人が語った話としてですが、中国の僧がそれを公的に引用して公刊しているというのは珍しいことではないでしょうか。

 そして、龍神のおかげで侵略されたことがないと。これは侵略の歴史に満ちたかの国に対しては、ある意味挑戦的な言葉とも言えましょう。

 その証拠として、次の文章にも注目です。日本では死刑がなくて島流しであると。これまた死刑、一族根絶やしが当たり前のかの国からすると不思議なことだったのではないでしょうか。

 侵略もなく死刑もない…蓬莱という理想郷につながる面白い記述であると思います。

 日本人である寛輔がそのような内容を伝えたというのも興味深い。もちろん母国を美化して伝えたのでしょうし、それがたとえ針小棒大だったとしても、「針」あっての棒でしょうから、当時の日本人にはそういう自己イメージがあったのでしょう。というか、大陸の実態を知って、我が国は平和だなあと実感したのでしょうね。

 はたして、その伝統は今でも引き継がれているのでしょうか。侵略したり、侵略されたりもありましたし、死刑もありますからね。

 では、未来の日本はどうなのか。「義楚六帖」の「日本国」の冒頭には、「日本国はまたの名を倭国という」とあります。

 「倭」という文字は卑字だと言われますが、本当にそうでしょうか。「倭」には自己中心的ではない、謙虚だという意味があるのですよ。

 そのあたりについても、いつか書きましょう。

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2022.04.20

国宝 藤原定家「源氏物語 胡蝶」注釈書発見!

Th_-20220421-112730 2019年に定家の「若紫」写本が発見され大ニュースになりました。それに続き、こちら「定家筆源氏物語奥入」もまた大発見ですね。

  ニュース記事

 掛け軸に貼られた形での発見。昔はこうして貴重な古い文献の一部を切り取って観賞用に仕立てるということはよくあったこと。

 ある意味大胆な行為ですが、そのおかげで断簡が残っているケースも多く、文化財保存の観点からすると一定の価値あることでもあります。

 ところで、この画像を見てふと思ったことがあります。

 まず目についたのが「徐福」の文字。源氏になんで徐福?と思ったら、胡蝶の中の舟中の遊びの際の歌、

 亀の上の山も尋ねじ舟のうちに
   老いせぬ名をばここに残さむ

 が、白居易の白氏文集の中の「海漫漫」の影響を受けていると註釈しているわけですね。なるほど。

 たしかに蓬莱山は霊亀が甲羅の上に背負われていますし、不老不死の薬を求めた徐福の物語は当時すでに中国、日本で人気がありましたから、それをふまえての「蓬莱山を尋ねるまでもない。舟の中で不老の名を残そう」と詠んだというわけです。

 上の写真にある定家の注にも引用されているとおり、「海漫漫」では徐福は詐欺師のような扱いを受けています。「蓬莱山は見つからず空しく舟の中で年老いた」と。

 しかし、そうした記述は当時の権力者に忖度してのこと。書き残されたものとは反対に、徐福は独裁者をうまくだましその権力下から脱出した英雄ととらえられているのが面白い。現代中国でもそうなのです(現代中国だからこそかも)。

 平安時代にはすでに徐福は日本に到達したという説が支持されており、源氏物語が書かれたころにはさらに「蓬莱山=富士山」という説も少しずつ一般化しつつあったと思われます。

 源氏物語にはさりげない「富士」に対する言及が2ヶ所あるのですが、上記をふまえますとこの部分は間接的な富士山についての記述ということもできるかもしれません。

 富士山麓に永住した徐福が書いた(ものも含まれる)と伝えられる、トンデモ文献「宮下文書」を愛読する者としては、そんな妄想までしてしまうのでありました。相変わらずの「統合過剰」なワタクシであります。

 

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2022.04.05

『古典と新作に見る 能と聖徳太子信仰』 (武蔵野大学オンライン講座)

Hqdefault 年二月、期せずしてある方に「安宅の関」近くの超高級料亭にお招きいただいたのですが、その時に何かが降りてきたのでした。それからというもの、急に能「安宅」にはまってしまいました。

 歌舞伎の勧進帳や、義経や弁慶を描いたいくつかのドラマを通して、あの日本人の大好きなストーリーはもちろん知っていましたが、その原作となった能「安宅」は鑑賞したことがなかったのです。

 実はいまだ生では鑑賞していないのですが、YouTubeでいくつかの舞台を拝見いたしました。これは良い!

 芸大で能を勉強している次女も、まだまだ「安宅」にはほど遠いところをさまよっている感じですが、さっそく謡本を借りて例の勧進帳の謡を練習してみました。

 全くのシロウトが臨むようなモノではないのですが、まあ逆にシロウトならではの無鉄砲さ(高校の時にバッハの無伴奏をいきなり弾いたりしたのと同じ)で楽しんでおります。

 さて、そんなこんなでYouTubeをいろいろ検索しておりましたら、この素晴らしい講座の動画に出会いました。

 なんと、「安宅」と聖徳太子が結びついていたとは!

 「俊乗坊重源」という僧名も謡っていたけれども、それが誰かなんて全然気にしなかった。東大寺の坊さんだろうな程度の意識でした。

 そして、この講座の後半の、土岐善麿と喜多実による新作能「夢殿」。これも名前だけは知っていたけれども、全く触れる機会がありませんでした。それがこうして解説していただけた上に、富士山と黒駒のシーンを見ることができ、さらに最後の部分を仕舞で鑑賞できるとは。これも仏縁ですね。

 両方ともに、ぜひとも生で鑑賞したいところです。今年もまだ聖徳太子1400年遠忌イヤーは継続していますからね。

 

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2022.04.04

菅義偉 前首相を正しく評価せよ!

Th_hqdefault こ最近のことですが、菅前首相がインターネット番組に積極的に出演し、舌鋒鋭いあの人たちの意地悪な攻撃にひるむことなく、いや完全に自らがペースを握って、最後には完全にあの人たちを味方としてしまっているのを観ました。

 なるほど決して目立つ方ではありませんでしたが、静かなる熱意をもって自らの志を貫かれた方だったなと、あらためて感服しているところです。

 ウチのカミさんの故郷の地域出身。カミさんの出身高校の大先輩であり、またおじさんは高校の同級生だったりして、官房長官時代からなんとなく身近に感じていました。義父は菅さんのお父さんのことを仕事柄(農業関係です)よく知っていましたし。

 御本人もおっしゃるとおり、国民もまた菅さんが総理大臣になるとは思っていなかった。そして、総理としてはどうなのかななどと勝手に思っていましたが、こういう静かなる闘志を持った政治家もいいものですね。

 特に安倍さんのあとを受け継ぐ形でしたから、その対比が明確でよかった。安倍政権の裏方、縁の下の力持ち的な部分が表に出てきまして、そういう意味では、艮(東北)に幽閉された国常立大神の復権という神話的な意味合いもあったと思います。

 実際、安倍政権時代、昭恵夫人を同地域にご案内し、当時の菅官房長官の話になった時、ニギハヤヒとクニトコタチの話で持ち切りになりましたっけ。現代の政治もいまだに神話的世界とつながっていると実感できた瞬間でした。菅さんのお母様のご実家はニギハヤヒと深いつながりがあるのです(菅さん自身も知らないと思いますが)。

 いずれにせよ、陰陽のバランスこそ日本文化の根幹であり、陰が表に出て光り輝くこともまた歴史上必要なことなのでありました(日本語で「かげ」は光と影両方の意味があることが象徴的です)。

 さてさて、前置きが長くなりましたが、まずは日経テレ東大学にて、ひろゆき&成田悠輔と対談する菅前総理。もともとひろゆきさんも成田さんも菅さんを高く評価していたからとも言えますが、非常に実務的でありながら一方で霊的な(?)お話を聞くことができたと思います。

 まさに菅さんを突き動かす「モノ」のお話ですよ。はっきり言わないのではなく、言えないのです。なぜなら何モノかに動かされているからです。

 

 

 

 つづいて、ホリエモンとの対話。こちらも非常に安定感ある軸のしっかりしたお話に終始していますね。一方で痛感するのは、本当に私たちは「切り取られた」マスコミ情報に振り回されているということ。そして感情的に価値判断しているということ。

 そう、菅さんにそれがないのは、彼自身が何モノかに動かされており、そこには自己がないからです。人生の本質が明確なコトではなく、ぼんやりしたモノの方に宿るということを改めて痛感させられました。

 そういう意味では、本物の政治家(まつりごとを執り行う人)なのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

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