カテゴリー「旅行・地域」の525件の記事

2012.01.28

山梨県東部・富士五湖地方で震度5弱

Large すがにビックリしました。しかし、直下型だな(震源近いな)とは思いつつ、いわゆる富士山直下(すなわち我が家直下)の揺れ方ではなかったので、それほど心配はしませんでした。
 たまたまパソコンの前に座っていたので、揺れている最中からツイッターで分析・解説してしまいました(笑)。気象庁なんか1時間もかかった上に大したこと言わないし。
 以下ワタクシのツイートでこの地震について復習してみましょう。

・おっと直下型だ。
・富士山ではないか。道志かな。
・でかい。
・物が倒れた。
・余震が続くな。@富士山
・道志川より東のような気もするな。
・また揺れた。
・富士山直下ではありません。
・やっぱり道志川断層だな。よくある地震だ。
・忍野村は地盤が弱いのでよく揺れます。昔、湖底だったから。
・正直兆候はなかったなあ。ちなみに富士山は平穏です。今朝のラドン濃度も13ベクレル。
・あと数回有感余震がありますが、これはこれで収束します。
・また揺れてるな。あえて言えば昨夜強烈な頭痛に襲われた。インフルエンザかと思った。今は治ったから体感だったのかもしれない。自分でもよくわからんが。
・富士山とは直接関係のない断層帯であることはたしかです。東部富士五湖って言われると知らない人は心配するよな。
・下の娘は3回目のでようやく起きたww
・まあたしかにこれだけ連発するのは珍しいかな。広い意味での3.11の余震(誘発地震)だろう。この辺もあの大地震で10センチ以上東に動いたわけだから、活断層に影響があるのは当たり前。

 このあと、我が家は富士山から逃げるように東京へ向かいました。私は半蔵門でコンサートの練習。カミさんと娘たちは東方グッズを買うために秋葉原へ(笑)。
 いや、富士山から逃げる気は全然なかったんです。逆にそれだけ緊張感や切迫感がないということです。本当に逃げるなら、猫たちを連れて行きます。
 結局、予想通り小規模の余震を重ねつつ収束に向かっていますね。
 さて、今回の地震の前兆については最後に記載します。まずは解説。
 今回の地震は、このあたりでは最も活発な地震の巣で起きました。10〜20年に1度M5クラスが発生する地域です。いわゆる道志川断層帯。私の記憶に鮮明なのは、あれは1996年の春だと思いますけど、やはり震度5がありました。あの頃はまだ独身でボロアパートでとんでもなく荒んだ生活をしていました。もともと被災したような部屋だったので被害の詳細は不明でしたが(笑)、いろいろ物が飛び散った記憶があります。
 それから都留の大学に入学した1988年の夏休み。M6が起きています。帰省後下宿に帰ったら、やはり物が散乱していましたっけ。
 その後も震度4以下の地震は多発していましたので、その揺れ方の特徴なども体に染みついています。だから、すぐに「道志かな」と判断できたのでしょう。我ながらすごいな(笑)。
 いつも書いているとおり、このあたりは、北米プレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートの交合点です。力学的に言えば、太平洋プレートの影響も大きいので、4枚の板が押し合いへし合いしている世界的にも特殊な地域と言えます。だから富士山という素晴らしい山が出来ちゃったんですよね。
 特に道志から丹沢にかけてはフィリピン海プレートの北端ということで、当然地震活動が盛んになります。
 ちなみに伊豆半島はですね、フィリピン海プレートに乗っかってどんぶらこドンブラコと南から流れてきた島でして、ただ火山活動が盛んだったからでしょうか、ちょっと比重が軽くてですね、北米プレートの下に潜り込めなかった。それでドカンとぶつかって半島になったのです。ぶつかった時のしわ寄せが箱根です。
 ですから、道志あたりは、伊豆半島の下の方の重い岩盤が表面から分離して潜り込んでいると言えるわけです。すごいスケールの話ですね。
 そういうスケールで言うと富士山と全く関係がないとは言えないわけですが、現実的には直接富士山の噴火に結びつく地震ではありません。ツイートしたように「東部・富士五湖地方」と言うと地元の人でも「えっ?富士山大丈夫?」と思ってしまいますよね。
 今回の地震で少し意外だったのは、大きな前震があったということです。最初のM5.0が本震だと思いました。ですからその後のM5.4は想定外でした。
 これはちょうど昨年の3.9と3.11の関係に近いのではないでしょうか。本震の震源に隣接する地域で比較的大きな前震が起きうるということを再確認。逆に言えば、どんな地震でも、続いてそれ以上大きな地震か起きることを想定して行動しなければならないということです。
 さてさて、ツイートの中では「前兆がなかった」と書いてしまいましたが、それは得意の地震雲や体感についてことであって、実はある意味科学的なデータを私自身が持っていました。それは大気中のラドン濃度です。
 昨年11月に測定機器を購入し計測を始めたラドン濃度。実は今月15日をピークに異常値が現れていたんです。その後急速に数値が低下、そして発震。典型的な前兆パターンです。それを栃木の研究者様が解析しまとめてくださったので、ぜひこちらでご覧ください。1月28日夜の臨時日報です。
 ボランティア観測網に参加しはじめて1ヶ月ほどで、このような成果をあげることができて良かったと思います。今後もラドン濃度の動向に注目していきたいと思います。
 体感と言えば、昨夜すごい頭痛に襲われたんですよね。インフルエンザかと思ったんです。朝には治っていましたから、もしかすると予感していたのかもしれません。このへんも科学とは別の次元で記録と検証が必要ですね。
 というわけで、このたびの地震は順調に収束していくでしょう。ただ、これから数十年にわたって活発な地震・火山活動期は続くと思いますので、富士山の噴火も含めて、もちろんしっかり想定に入れつつ、自然の声に耳を傾けていきたいと思います。
 特にここ富士山は日本の霊的丹田です。4枚のプレートの力を集中しているという意味では、科学的にもヘソに当たるでしょう。ここでしか分からないことがあると思います。私はそれをしっかり感じ取り、皆様に伝えていければと思っています。

 追記 これを機にラドン濃度の測定値を毎日朝晩2回ツイッターで公表します。よろしかったらフォローどうぞ(左上の黒猫の足元に入り口があります)。

 30日追記 すっかり地震活動が収束しました。富士山もいつもどおりです。もし心配があるとすれば、道志川断層群の南側にあたる、神縄・国府津-松田断層帯ですね。あそこはM7以上の地震を起こすパワーを持っています。もちろん、東側の立川断層なども同様に活性化している可能性があります。いずれにせよ、東日本を中心にかなり歪みがたまっている(すなわち今までのストレスを解放するきっかけが増えている)状態ですから、いつでもどこでも注意が必要でしょう。

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2012.01.23

神酒 『靖国』

Img_4381 して私は単純な「右」ではありませんので、そこんとこ世露死苦…とめちゃくちゃな始まり方ですが、気にしないでください(笑)。いろいろ事情があるのです。
 まずは世露死苦などという不謹慎な文字を書いたのは、今日授業で「万葉仮名」の勉強をした時にネタで使ったのと、昨日靖国でそういう人たちを見かけたからです。
 街宣車も数台いましたが、それより昨日はいわゆる暴走族の方々が大挙参拝されていて驚きました。皆さん、菊の御紋やら世露死苦などを背負っておりました。東京には今どきでもこういう人たちがいるんだ。
 で、数台いた街宣車もそうですが、彼ら靖国神社ではとっても静かなんですよね。バイクもエンジンかけてましたが、一生懸命アイドリング状態でソロソロと移動しておりました。
 そして、参拝を終えて神田方面に走っていきましたが、信号二つほど進行したところで、本来の豪快かつけたたましいエンジン音を響かせておりました。なるほど空気読んでるな(笑)。
 というわけで、日本の文化というのは面白いなと思いながら、そうした光景を見ておりました。それで、冒頭のような表現になったわけです。
 さてさて、ワタクシはどうして靖国に行ったのか。そう、ここのところ2週続けて靖国神社に参拝する機会がありましたよね。もしかしてこの人(ワタクシ)そういう人なのか?
 いえいえ、たまたま近くを通ったからです。日本人として、というよりも人間として、近くを通りながら参拝しないというわけにはいきません。
 政治的なことや信条的なことはどうでもいいのです。ある意味歴史もどうでもいい。その歴史とはまさに政治と信条と多分に個人的な心情によって捏造されたものだからです。
 ただ、戦争で亡くなった方がたくさんいるということは誰もが認めざるを得ない事実です。そういう意味では戦犯と言われる人たちも同じです。戦争がなければ戦犯も存在しません。罪を憎んで人を憎まず。
 さて、それはそれとしまして、今日の私の参拝目的の一つは、前から気になっていた「神酒」を購入することでした。ご存知ですか、境内で販売されているお神酒。
 桜の形と色を模した素敵な瓶に入った純米酒です。これがほしかったんですよ。
 まあ、日本酒好きとしてどんな味か味わってみたいというのもありましたけれども、それよりもやはり、この瓶がほしかった。
 300mlで御納めする浄財は1000円ですから、お酒としてはちょっと高めですけども、この瓶が手に入るとなればお安いものです。
 そう、私はですね、いつも買っている紙パックの純米酒をこの瓶に移し替えて呑みたかったのです。まあ、実はただそれだけ(笑)。
 ちなみにこのお神酒ですが、飲んでみると非常にあっさりした味であることが分かります。ちょっと驚くほどに淡麗というか、ある意味澄んだ水のようなお酒です。
 調べてみると、この中身は、あの「澤乃井」の小澤酒造さんの「純米本地酒」のようですね。「澤乃井」と言えば東京を代表する地酒の銘柄です。東京西部に行くと看板をよく見かけますね。会社は青梅にあります。
 さて、このお酒を入手した私は、靖国神社と書かれたカワイイ(娘もほしがっていた)袋を提げて、神保町の、ある意味思想的には正反対の団体のビルの前をうろちょろ(笑)。
Img_4379 その後、昨年3.11で悲しい事故があり、その結果皮肉なことにその長い役目を終えようとしている九段会館(軍人会館)に呼ばれるがままに向かいました。
 そして、写真を撮っていたところ、急に左胸の痛みを感じ苦しくなってしまったので、急いで帰宅の途につきました。
 あまりに多くの歴史を抱えた会館です。様々な人々の人生を翻弄したとも言えます。思えば出口王仁三郎の昭和神聖会の発足もここ九段会館(軍人会館)からでしたね。
 いろいろな「モノ」と感応したのでしょうか。富士山に帰り着き神酒をいただいて、ようやくホッとしました。

靖国神社公式

澤乃井 Web
 

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2011.12.24

志村正彦展〜路地裏の僕たち

K_img_render 晴らしい催しでした。そして感動よりも、やはり「切なさ」が残りました。
 お世辞抜きに世界に誇る音楽家であり詩人であった志村正彦。彼が亡くなって今日でちょうど2年。今日は三回忌の日です。
 この日にこうして、彼の友人たちが世界中のファンのために、また、彼のことを(悔しいほどに)知らない地元の人たちのために、そして、もちろん彼自身と彼のご家族のために開催されたということは、本当に素晴らしいことです。
 実際各地からたくさんのファンの方がいらっしゃり(地元の方もたくさんいらっしゃいました)、会場に入るのに数時間を要するほどの盛況ぶりでした。
 私も2時間近く並びましたが、その価値が充分にある展示内容であったと思います。友人たちの手によるということで、公的な、世界に開かれたアーティストの一面というよりも、本当に地元富士吉田に根ざした、私的な、人間志村正彦を感じることができるものでした。
 そこに実に大きな価値があると思います。よそゆきの彼のクロニクルに終始してしまえば、そこには彼自身を歴史にしてしまう残酷さが生まれてしまうと思うのです。
 しかし、こうして、ある意味普通の少年、つまり、お調子者でちょっと情けない、でも一方ではわがままで、夢見がちな少年像をリアルに紹介してくれることで、来場された方々にとっては、彼自身と彼の作品の新しい魅力を発見する機会となったのではないでしょうか。
 また、家族を愛し、友人を愛し、学校を愛し、富士吉田を愛し、ファンを愛した志村くんへ、それぞれが愛をお返しする場にもなったと感じました。彼は愛の総量がものすごく豊富だったんです。そして、それは彼が愛に飢えていたことの裏返しでもあります。
 彼の尊敬していたジョン・レノンの言うとおりです。志村くん自身も歌っているじゃないですか。Love is wanting to bo loved.


 
 この2年、ものすごく早く、そして密度の濃い時間の蓄積でした。
 この時間を過ごす間、彼の存在が薄まることはなく、逆にどんどん確かなものになっていくような気がしました。
 それこそが私にとっては「切なさ」なのです。
 私のモノ・コト論で言うならば、生きたモノであった彼と彼の言葉、音楽が、彼の死によってコトになっていってしまう、つまり、私たちの脳内の記憶や、残された情報としての「確か」なものになっていってしまうということなのです。
 それは実は志村くん自身が最も敏感に捉え、そして恐れていたことなのでした。「もののあはれ」ですね。
 それが、ここ「市民会館」で行われている…その事実に気づいた時、私は涙をこらえることができなくなってしまいました。彼がここにこういう形で帰ってきたんだなと。
 あの日、この市民会館が、私にとってのリアルな志村正彦くんとの出会いの場でした。そして別れの場ともなってしまいました。
 市民会館もリニューアルされました。あの楽屋はもうありません。そして三回忌にこうして帰ってきてくれたけれども、もう彼の時は止まってしまっているのでした。

 そう、今日は月江寺駅にあの日と同じ横断幕がかかっていましたね。あれって、あの当時私のクラスにいた女の子のお父さんが考えて作ったものなんですよ。当時の富士吉田駅の駅長さんです(うどんマイスターでもあります)。
 志村くん自身の時は止まってしまっても、彼の遺した作品たちは生き続けます。そして、私たちはそれを活かし続けなければなりません。
 私自身も彼から学んだこと、彼に勇気づけられたこと、本当にたくさんの恩があります。少しでも彼のことをたくさんの人に知ってもらえるよう、こうして私が生きていることを許されている限りは努めていきたいと思っています。
 ちょうど今日も、行列に並んでいる時、偶然ある方々にお会いし、この前突然降って湧いた「フジファブリック学」講座の件が一歩前進しました。また確実になったら告知します。これは私のお役目なのでしょう。頑張らせていただきます。
 志村くんのご家族、友人の皆さま、本当に素晴らしい会をありがとうございました。お疲れさまでした。


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2011.12.23

『地球の雛型「日本」は世界一切を救う』 伊達宗哲 (ヒカルランド)

20111225_74413 日、o'clockの話から、時に縛られない生活をしたいというようなことを書きましたが、今日はある意味時空を超えた一日を過ごさせていただきました。
 今日は天皇誕生日。私、初めて皇居の一般参賀に行きました(かなり遠巻きでしたが)。別に私は右でも左でもないし、なんの宗教にも属さない(あらゆる宗教に関係していますが…笑)人間ですけども、今年は妙に今上天皇陛下のお誕生日をお祝いしたくなったのです。
 というのも、今日は午後から四谷で「王仁魂復活祭」というものに参加することになっていて、その案内に「東京がスになる」ということで、このようなシンボルが描かれていたのです。これを見て、ここのところ東京の霊脈に興味があった私は、理屈抜きになるほど!と思いました。これはまず午前中は陽たる皇居に行かねばということを思ったわけです。
20111225_93904
 なんだか怪しい感じですよね(笑)。そう怪しいんです。東京、いや日本、そして世界は理屈だけで説明できないこと満載なんですよ。今日くらいそういう世界にどっぷり浸かるのもいいかなと。
 天皇制については私もかなりはっきり思うところがありますけれども、今日は細かいことは書きません。ただ、この陰陽図にあるように、天皇だけを見ていても、あるいは信奉していてもダメなんですよね。
 今の日本の「象徴」が天皇だとすれば、その対極にある、あるいはそれを補完する関係にある、その象徴が出口王仁三郎です。
 この陽たる天皇の誕生日に、陰たる王仁三郎の魂を復活させて、陰陽相和し、真に大和な日本、そして世界を作り出す、そのスタートの日にしようというのが、私なりに解釈したこの復活祭でした。
 上の案内にありますように、今回は船井幸雄さんの作られた「にんげんクラブ」と、憲法1条と9条の和合を解く「いっきゅう会」の協力を得ての開催。150名を超える方々が集まり、世の中をよくしようという基本的な志のもとに大きな上昇機運を作り上げました。
 祭の中心になった二つの講演は、それぞれなかなか興味深いものでした。伊達宗哲さんの世界観については、以前お会いしたこともありますし、また前著『王仁三郎と日月神示のひな型神劇』や、今日紹介する新著でよく理解しているつもりでしたので、お言葉一つ一つに納得。一方の「天皇の真実」…特に「憲法9条のご発案者は昭和天皇である」ということを熱弁された河内正臣さんの方は、まあパワフルで面白いこと。スケールが大きいですねえ。ある意味バカボンワールド(もちろん最大の賛辞です)。
 王仁三郎について静かに淡々と語る伊達さんと、天皇についてマイクを持っていながら使うのを忘れるほどの熱弁を繰り広げる河内さん。まさに陰陽でしたね。とってもめでたい感じがしました。
 陰陽と言えば…一次会終了後、会場におられた安倍元首相の奥様昭恵さんにご挨拶させていただきました。ある意味ご近所なので「不二の仕組み会」にお誘いしておきました。これから大きな動きが生まれるでしょう。楽しみです。
 昭恵さんは、まさに「陽」ですね。太陽のような方でした。そんな彼女は今「陰」の世界に触れつつあります。そのバランス感覚が見事だと感じました。さすがファーストレディーになられる方です。ご主人もきっといい影響を受けられることでしょう。こちらも楽しみですね。
 その後、二次会と三次会はずっと伊達さんとお話しさせていただきました。前も書いたように、伊達さんと私は王仁三郎だけでなく「禅(臨済宗妙心寺派)」という共通点があるので、ついつい話が盛り上がってしまいます。たぶん、他の方には全然分からないトークが展開されていたのではないでしょうか(笑)。
 というわけで、今日は伊達さんの最新刊を紹介します。震災を受けて書かれたこの本、前著との文体の違いを感じていた私の疑問も氷解しました。やはり震災がこの本を書かせたのですね。お役目のある方には、やはりそういう力が働くのでしょう。
 王仁三郎のこと、あるいは霊的な世界について、あまりご存知でない方でも、充分理解できる内容です。ぜひお読み下さい。2012年を迎えるにあたって、私たちが考えておかねばならないことがたくさん書かれていると思います。
 お話をしていて、伊達さんと私、共通の「夢」があることが分かりました。きっとそれは実現することでしょう。いや実現させねばなりません。そしてその時節は到来していると思います。

Amazon 地球の雛型「日本」は世界一切を救う


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2011.12.20

生きる力=死なない力

St02_katada 日は東京で歌会&「望年会」。仕事を終えてすぐに中央道に乗りました。車中、久しぶりにNHKのラジオ第一を(らじる★らじるで)聴いていました。
 その中で防災教育のスペシャリスト、群馬大学の片田敏孝教授の非常に興味深い話を聴くことができました。
 片田先生の指導のおかげで、岩手県釜石市では3000人近くの小中学生の命が救われました。生存率99.8%。救われたというのは正しくないかもしれません。子どもたちが自らの命を守ったということですね。
 とにかく逃げる。一人でも逃げる。まずは自分の命を守る。「想定」を信じない。瞬間の判断で最善のことをする。ここまで登れば安全…ではなく、まだ登れるならまだ登る。家族も逃げていると信じる。一番最初に逃げる人になる。その場に逃げる空気を促す。自然の豊かな恵みを享受するのと同時に、時々起こる災いを上手にやりすごす「作法」を身につける…。
 釜石市を襲った津波はまさに「想定外」でした。ハザードマップは全くあてにならないものでした。しかし、ほとんど全ての児童生徒が助かったのは、片田さんを中心とした日頃の防災教育と訓練が徹底していたからです。
 そうした教育がなされていないと、子どもはまず親に会おうとします。親も子どもに会おうとします。会えずとも連絡を取ろうとします。しかし、それはほとんどの場合、お互いの命を危険にさらす結果を招きます。
 実際、他の地域ではそのような形になってしまったケースが多かったのではないでしょうか。
 皆さんもぜひ、こちら(小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない 「想定外」を生き抜く力)をお読みください。今日の放送の内容とも重なる部分がたくさんあります。
 文科省はここのところ盛んに「生きる力」ということを言います。今日もたまたま文科省の「生きる力」パンフレットが学校に送られてきました。どうぞご覧下さい。先ほどの片田さんの文章と文科省の文章、比べてみてください。どうですか。
 どちらが本当の意味での「生きる力」でしょう。
 語弊があるのを承知であえて言うなら、私の考える「生きる力」は「死なない力」です。
 この世の中は私たちがなるべく「死なない」ように発達してきました。自然科学も社会科学も人文科学も、およそ学問というのものはそのために生まれてきた、そして発展してきたと言ってよいでしょう。
 しかし、今やその学問は形骸化し、断片化し、単なる知識の詰め込みとなり、「死なない力」の育成にはまるでなっていない状況です。そうした学校に向けて「生きる力を!」といくらお題目を唱えても、あるいは単なる流行りにすぎない「PISA型」なる学力観を叫んでも、はっきり言って根本は何も変わらないでしょう。
 我が校でも本当の意味での「生きる力(死なない力)」の育成は大きな課題です。そして、さらにそれを個人のレベルだけでなく、まずはクラス、そして学校、社会、さらに世界に広げるところまで考えています。
 まずは「体験」すること。そして「失敗」しておくこと。「想定内」も「想定外」も「想定」しておくこと。「勘」や「想像力」を養うこと。それらをどう教育の現場で適度に安全に行なうか。そして、もちろん必要な知識も身につけねばなりません。これは大変ですが、やりがいのある仕事です。

 追記 アントニオ猪木さんの説法もぜひお読みください。これもまた「生きる力」です!

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2011.12.18

初めての第九に思う

Img041 は第九を生で「聴く」のは初めてでした。もちろん舞台の上で演奏する「喜び」もある曲ですが、こうして客席で聴きますと、まさに瞬間瞬間が発見であり、あっという間に終わってしまったような気がしました。たしかにこれはすごい曲だ。そして素晴らしい演奏でした。
 音楽という「縁」の不思議さ。今日もそれを痛感しました。面白いですね、音楽というのは。自らが人生経験を積み、他者との豊かな縁を実感して初めて気づく「音どうしの縁」というものがあるのです。
 人類がどんどん複雑な音楽を作るようになったわけが、なんとなく分かったような気がしました。歴史は常に堆積し、我々の奏でる和声もどんどんぶ厚くなってきたのでしょう。
 というわけで、いきなり結論的な感想だけを書いてしまいましたね。今日は我がホームグランドとも言える都留市のうぐいすホールで行われた「市民第九演奏会2011~響け!歓喜の歌~」に生徒たちを連れて行ってきたです。
 きっかけは実に不思議なものでした。今、我が中学の弦楽合奏部のコーチとして、神奈川フィルのヴァイオリン奏者の方に来ていただいているのですが、なんとその方がたまたまトラとして今回の舞台に乗るというではありませんか。なんで…よりによって都留へ…。
 もともとその先生とは、私はなんの縁もありませんでした。人づての人づてで紹介していただき、私も初めてお会いしてみてビックリ。ご本人とはそれこそ初対面でなんの接点もなかったのですが、話していくと驚愕の事実が…。彼女のお母様とは、古楽関係であまりにピンポイントな接点がありまして、共通の知り合いがずいぶんいて驚くというか何と言うか。
 で、そっちの話は置いておいてですね、今回の第九の指揮をされる方が、神奈川フィルのヴィオラ奏者の方だったんですよね。そう言えばそうでした。そこに気づいてやっと分かった!そっか!
 私が都留の学生の時分から、その方がオケの指導にいらしていたんです。私は管弦楽団には所属せず、なぜか箏曲愛好会におりました(笑)が、時々エキストラで舞台に上がっていたので、よく存じ上げていました。
 そんな不思議な縁のことを、コーチが指揮者に話してくれたところ、私を含め弦楽合奏部の生徒たちを招待してくれたのです。なんとも不思議すぎるご縁であります。ありがたや、ありがたや。
 タイミングと言えば、こういうこともあります。合唱には都留文科大学の合唱団の一部も参加しています。ここのところ同合唱団の活躍は目を瞠るものがあります。今年も全国大会で金賞ですからね。その合唱団に今年の春我が高校を卒業した生徒も入団しておりまして、今日も舞台で歌っておりました。また、その合唱団の指導をされている先生も古楽祭でお世話になり(宴会芸なども一緒にやり)、よく存じ上げ、かつ尊敬している方です。
 まあ、もっと昔の話をすれば、その合唱団のメサイア公演で古楽器オケを編成しコンサートマスターをやったこともありましたっけ。そうだ、あの時はたまたま帰国中だった赤津さんも飛び入りでヴィオラを弾いて下さったんだっけ。
 さらに合唱団で歌われている方、ホールで運営をしている方、聴衆の方、多数の知り合いがいまして、とにかくたくさん挨拶しましたね。これこそ音楽の結ぶ縁であり、そして音楽の本質であり、音楽が象徴しているモノなのでありましょう。
 いつもは自分の演奏活動が忙しい時期でなかなか聴きに行けなかったのに、今年はどういうわけか、ポッカリこの日は空いていたというのも不思議と言えば不思議でした。たぶん今年というタイミングが最高だったのでしょう。
20111219_08_1 さて、改めてベートーヴェンの音楽をじっくり聴いてみまして、彼が天才である理由というのもよく分かりました。たしかに彼は歴史を踏まえ、そしてそれを破壊し、新たな生命を生みだしていました。バロック音楽の全盛期からたった100年でここまで芸術音楽は変わったのかと思いましたね。
 いつも書いているとおり、天才とは、歴史を全て知り尽くし、自分のモノにしつつ、それを破壊する勇気を持つ者のことを言います。破壊という言葉には一種の過激さや悪意が感じられますから、そうですねえ、別の言葉で言うなら、更新というかヴァージョンアップというか、部分的な進化というか、つまりは、我々生命が「縁」によって遺伝子を継承しつつ更新してきたような、そんなイメージでしょうかね。
 ベートーヴェンの音楽には、当時で言えば最も新しかった古典派はもちろん、その古典派が否定した(破壊した)バロック、そしてそのバロックが更新したルネサンス、さらにはそれらが破壊しきれなかった民族音楽(民俗音楽)の要素もたくさん聴かれました。
 あそこからまたロマン派やら印象派やらジャズやらロックやら、いろいろなモノたちがベートーヴェンを更新していって今があるわけですよね。そんな壮大な歴史という「縁」の流れを感じることができた70分でした。
 昨日のコーラスも、そういう意味では非常に「縁」を感じる素晴らしいものでした。演奏ばかりしていないで、こうして生の音楽に身をまかせることも大切だななんて、そんなことも改めて感じる昨日と今日でした。
 音楽、すなわち「縁」がこの世に存在することこそ「喜び」であります。
 それにしても指揮者の吉田さん、私のことをよくぞ覚えていてくれました。「髪の毛モジャモジャだったのに…」と笑っておられました(笑)。

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2011.12.17

河口湖北岸の夕景

 日連続で富士山の写真です。
 手抜き記事だと思われそうですが、実際は…そうかもしれません(笑)。学期末、そして募集の時期ということで正直落ち着きません。
 写真撮るよりも文章書く方が時間かからないんですよ、本当は。でも、この季節の富士山は本当にきれいなので、ぜひとも世界中の皆さまに見ていただきたいというのもありますね。
 それから、格安なんちゃってネオ一眼GE X500を買ったので、いろいろ撮ってみたいというのもあります。
 今日は夜、河口湖の北岸にある円形ホールで地元のコーラスを聴く機会がありましたので、開演前に湖岸に出て夕景を撮影してみました。
 夕焼け、富士山、ハクチョウ、ガン、カモ、そして金星…なかなか美しい光景でした。三脚を忘れたので手ブレしてるのもありますが、ぜひご覧下さい。

↓日没。昼間は湖面が荒れていましたが、だいぶ落ち着いたようです。
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↓パノラマ撮影。西の空はまだかなり明るいですね。
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↓鳥たちが集まってきました。岸辺で寝るのでしょう。
Gedc2455

↓色がうまく出ないので、夕陽モードにしてみました。
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↓かなりリアルな発色です。悪くないですね。
Gedc2470

↓見事な湖面のテクスチュア。
Gedc2480

↓向こうの山の明かりは天神山のスキー場です。最近行ってないな。
Gedc2481

↓ちょうどガンの群れがねぐらに向かって飛んでいきました。
Gedc2483

↓富士山をアップにしてみました。ぶどう色ですね。
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↓上空はだいぶ暗くなってきました。
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↓河口湖大橋の明かりもきれいですね。
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↓富士山と足和田山の間に金星が見えてきました。一番星です。
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↓毛づくろいをする鳥たち。
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↓近づいても動じませんな。
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↓鳥たちにも金星は見えているでしょうか。
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↓手持ちだとちょっときつくなってきました。
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↓うっとりする景色。しかし寒い…。
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↓ちなみに天神山は寄生火山です。あの貞観の噴火の時形成されました。
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↓金星以外にも星が見え始めました。そろそろ限界が。
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↓足和田山が湖面に映っています。
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↓最後の一枚。逆さ富士。ピントも甘いし手ブレもしています…限界だ。
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2011.12.16

ダイナミックな富士山の雲

 日は夜明けの富士山を紹介しました。とても穏やかな表情でしたよね。
 今日は打って変わって実にダイナミックな雲が発生していました。ものすごい動きで、ずっと見ていても飽きません。まるで生き物のようです。
 今日は西から湿った空気が流れ込んできていました。その気流が富士山を越える際に雲を発生させていたのです。独立峰を越える気流は非常に複雜な動きをします。写真を見ていただけると分かるとおり、吉田大沢の谷から雲が生まれていますね。まるで噴煙のようでしょう。
 山頂付近はいったいどれだけ強い風が吹いているのでしょう。こんな富士山に登る猛者もいるというのですから恐れ入ります。
 動画でお見せすれば、皆さんにもそんなダイナミズムを体験していただけるのですが、今日はあえて静止画で勝負です。はたしてこのエネルギーが伝わるのか。一つの挑戦ですね(成功しているとは言い難い)。
 ではどうぞ。一気に50枚以上行きます!途中1枚だけ「くじら」がいます(笑)。
 あと、ぜひこちらもぜひ合わせてご鑑賞ください。
 
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2011.12.15

富士吉田の夜景&夜明けの富士山(「いつもの丘」から)

 ろう いつもの丘に 満ちる欠ける月
 僕は浮雲の様 揺れる草の香り (志村正彦「浮雲」)

 昨夜から今朝にかけて、ふたご座流星群が極大を迎えました。今年は比較的大きな月が出ており、あまり観測条件はよくなかったのですが、そこを逆手に取りまして、月夜富士の撮影をかねて観測してきました。
 場所は富士吉田の新倉浅間公園、すなわち地元の人の言う忠霊塔、フジファブリックファンなら志村くんお気に入りの「いつもの丘」ということですね。
 朝3時半に起きまして、4時ごろからパシャパシャ写真を撮って参りました。残念ながら流星をとらえることはできませんでしたが、美しい富士山と富士吉田の街の灯を記録することができましたので、一部紹介いたします。
 撮影時刻や撮影データも載せるべきかもしれませんが、面倒なので(笑)割愛します。撮影に使ったカメラは月食の時と同様に格安なんちゃってネオ一眼GEのX500です。けっこう使えますよ、これ。
 では、解説もなしでただ並べます。いや、言葉はいらないでしょう。皆さんの感性でご鑑賞くださいませ。

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2011.12.13

未来へのキオク

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 Yahoo!ニュースなどでも紹介されていましたとおり、Googleのストリートビューで被災地の様子が公開されました。
 ストリートビューについては、いろいろな問題も取り沙汰されていましたが、こういう形で被災地の「今」と「昔」を記憶として残すという意味においては、たしかに画期的なことであり、また高く評価されるべきものであると感じました。
 ぜひ皆さんも海岸線を中心に「歩いて」みてください。私も今日、小一時間辺りを見回しながら歩いてみました。
 7月の風景がほとんどでした。いまだ津波の爪痕が克明に残っている中、多くのトラックやパワーショベル、そしてたくさんの作業員の方、住民の方が復興へ向けて必死に働いている様子がうかがえます。
 新聞やテレビで取りあげられる、あるいはネットの動画や写真などで見る光景とはまた違った「リアル」な現地の姿が(ほんの少しではありますが)分かったような気がしました。
 このストリートビューのみならず、Googleらしい情報収集力で被災地の様子を記録し、後世に伝えようとするのが、サイト「未来へのキオク」です。
 こうして、時間だけでなく空間をも超越して、このたびの大震災の記憶が世界中に刻印されていくのは、実に意味のあることだと思います。
 もちろん、視覚だけでは伝わらないモノもたくさんあるでしょう。あるいは興味本位で見られることに抵抗のある被災者の方もいらっしゃるでしょう。
 しかし、私たちの歴史が証明してしまっている、「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉に象徴されるような人類のある意味での愚かさを克服していくために、このGoogleのテクノロジーと思想は決して無意味ではないでしょう。
 今日はこのくらいにして、今からまた東北を旅してみたいと思います。

未来へのキオク ストリートビュー


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