カテゴリー「文化・芸術」の1566件の記事

2018.09.20

『水の瀬きよき 学校疎開の記録』 鈴木道子 (文芸社)

Th_61w1vfqslxl_sx335_bo1204203200_ チの夫婦と二・二六事件は深い因縁があります。というか、因縁ができてしまったのですね。
 細かいことはいろいろと書き散らしてきましたが、いつかしっかりまとめなければと思っています。物語としては面白いでしょう。小説や映画にしたら、「できすぎ」なストーリーと言われそうですが。
 さて、私は静岡の出身、家内は秋田、そして二人は今山梨に住んでいます。そうした土地の霊脈が二・二六との因縁を生んだわけです。よく地縛霊と言いますが、やはり場所(トポス)というのは「因」と「縁」にとって非常に重要なのですね。
 具体的に言いますと、静岡で安藤輝三(夫人が静岡市出身・本人の墓もある)、山梨で斎藤実(宮下文書関係)、そして秋田で渡辺錠太郎(某小学校との交流)というところで、いろいろ我らの身に「事件」が起きてきたわけですが、ここへ来て、より穏やかな形で、そうした地縁を感じることがありました。
 一つは、渡辺錠太郎の娘で、父親が惨殺された瞬間を目撃してしまった、あの渡辺和子さんが、山梨に疎開していて、山梨で洗礼を受けて、山梨のカトリック系の幼稚園に教諭として勤めていたという事実。今、そのあたりを調べています。彼女に多大な影響を与えた神父さんがいるはずです。
 そして、このたび、ひょんなことから知ったのが、この本の編者鈴木道子さんが秋田の石澤に疎開していたということ。鈴木道子さんは、安藤輝三が敬愛しつつ襲撃してしまった鈴木貫太郎のお孫さんにあたります。
 石澤と言えば、家内の出身地にほど近く、今でも義父はその地の山に山菜を採りに行っています。私たちも時々、本荘に抜ける時、石澤を通過していました。そして、いつも気になるトンネルがありました。それは「絆の茂里トンネル」。なにか素敵な名前だなあと思いつつくぐっていました。
 そのトンネルの上に、109本の桜が植えられているとは知りませんでした。それを植えたのは、かつて昭和20年に東京から疎開してきていたある女学校の学生たち。戦後50年を機に東京と秋田の絆を記念して植えられたとのこと。
 正直、これまた鳥海山を望む、そして八塩山のふもとというピンポイントでしたので驚きました。
 この本は、そんな時局の中、繊細な感性を持つ12、3歳だった彼女たちの手記などを中心にまとめられたものです。一通り読んでみました。そして驚きました。本当に素晴らしい文章ばかりだったからです。彼女たちが特別優秀だったということもあると思いますが、それ以上にその純粋な心と、さらに純粋とも言える秋田は石沢の皆さんの純粋さ、そして当たり前ですが、戦争などとは関係ない大自然の純粋さ、それらが共鳴して、実に美しい文章になっている。
 地味な本ではありますが、貴重な疎開資料でもありますし、なにより人の心の絆が歴史や時代や事件を超えてつながっていることに感動させられます。
 関係者のみならず、多くの方に手にとっていただきたい本ですね。
 来春には「絆の茂里」をゆっくり訪ねてみたいと思います。

Amazon 水の瀬きよき
 

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2018.09.19

マレビトと教育

Th_img_2613 日は北欧の学生たちがウチの幼稚園を訪問し、日本の幼児教育を見学しました。
 そうとうショックだったと思いますよ。というのは、来週幼稚園の運動会でして、そのための練習をしていたからです。
 ご存知のとおり、日本の「運動会」というのは世界的にも珍しい行事です。すなわち軍隊の教練の一部としての体錬(錬成)大会の流れと、ムラの祭の流れが見事に合流しているからです。
 日本人としては、やはりムラの祭というイメージが強いけれども、外国人から見ると、どう見ても子どもアーミーにしか見えない。
 そんな「日本的」な文化としての「運動会」の練習という、非常にマニアックなシーンをいきなり見たわけですか、それは北欧の皆さんは驚いたでしょう。
 ただし、マイナスイメージではなく、どちらかというとプラスにとらえてくれたようです。北欧は特に子どもを自由に育てる傾向があるので、そのある意味正反対である日本式集団競技的幼児教育は、とても新鮮に感じられ、また自分たちの知らなかった子どもの可能性を読み取ったようです。
 さらに引率した日本人の大学生たちも、自らが通ってきた「教育文化」について考えさせられる機会となったと喜んでいました。まさに国際交流の醍醐味ですね。
Th_img_2617 また今日はラッキーなことに、近所の下浅間さんで恒例の「やぶさめ祭」が行われていたんです。これもまた、日本人でもなかなか体験することができません。私も地元にいながら、ほとんど見たこと、参加したことがありませんでした。
 流鏑馬はもちろん、御神事、神楽、獅子舞など、私にとっても興味深いことが目の前に展開し、さらにそれを外国人に説明することよって、今までとは違った深さで日本という母国をとらえることができました。
 特に個人的に面白かったのは、獅子舞神楽が幼稚園を訪問してくれた時の様子ですね。いわゆる「マレビト」として訪問した神は、まず子どもたちを脅します。怖がらせます。泣きながら逃げ回る園児たち。
Th_img_2615 これなんか、外国から見ると「いじめ」に感じられるかもしれませんね。トラウマになるのではないかと。しかし、でも書いたように、それを大人が音曲やお金、お酒でもってもてなすことによって、「鬼」は最終的には穏やかな神に変化(へんげ)する。
 それによって、子どもたちは神(自然)の性格を知ることができ、また大人に対する敬意や憧れを持つようになる。これって究極の日本的教育ですよね。
 実際、最後、園児たちは獅子たちに「バイバイ」と手を振っていました。これこそが非日常たる祭の機能の一つでありましょう。社会教育ですよ。
 とても楽しかったし、勉強になりました。考えてみると、「外国人」も「客人=まろうど=マレビト」ですよね。大事ですね。外の文化と交流し非日常を作り出すことは。コト世界にあえてモノを招くのであります。

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2018.09.18

『三菱自動車“リコール隠し”の真実』 ドキュメント'04 スペシャル(日本テレビ)

 日の「カメラを止めるな!」とは、いろいろと違いますが、その面白さ、スリリングさにおいては、このドキュメンタリードラマも秀逸です。
 実はこの番組に関しては、13年も前のこの記事で紹介しています。
 13年前はまだ動画共有文化がなかったので、「みなさんに観ていただきたい作品なんですが、観れませんよね」と書いていますが、まあ便利な世の中になりまして、こうして皆さんと共有できるようになりました。 
 リアルタイムで観た番組は録画してDVDに焼き、授業で見せたりしていました。
 もちろん著作権の問題等ありますが、13年前にも書いたようにギャラクシー賞を獲ったような作品は、社会の共有財だと思いますので、ここに紹介しておきます。
 こういう体質は、今もどの企業も、あるいは個人も持っています。隠蔽体質ですね。日本だけではないと思いますが、日本にその傾向が強いのは、ここ数年のニュースを思い出すだけでもよく分かりますよね。
 まあ、自分もいざこういう立場になったら…。
 いずれにせよ、こうした社会の悪を暴き、世直しのきっかけとなるような番組は、どんどん共有してほしいと思います。再度言います。ギャラクシー賞を獲った番組だけでも、常に観られる環境にしてほしい。制作者にとっても、決してマイナスなことではないでしょう。
 出演者にとっても…と、ギャラクシー賞を獲った水曜日のダウンタウン「先生のモノマネプロがやったら死ぬほど子供にウケる説」の出演者であるワタクシは思うのであります(笑)。

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2018.09.17

『カメラを止めるな!』 上田慎一郎 脚本・監督作品

Th_320 度でも言います!傑作です!傑作です!本当に本当に面白かったし、泣けてしかたなかった。
 私の周りのマニアたちからも「すごい!絶対観て!」と盛んに言われていましたが、なかなか時間がなく、今日になってしまいました。密かに映画監督を目指している下の娘(高1)と、静岡は清水町まで行って観てきました。
 下の娘と私は、けっこうな映画マニアで、メジャー作からB級作まで、けっこうたくさん観ている方だと思いますが、正直言ってこの作品は私たちの人生の中のベスト3に入りますね。お見事!
 いろいろなことを感じながら鑑賞し、そして終了後はそれを言語化するように努めました。いろいろ気がついたことがありますので、とりあえず忘れないうちにメモしておきます。
 まず、この映画が超低予算で作られたということ。それがプラスに働くことがあるということを再確認しました。低予算を逆手にとって、いわゆるB級作品をあえて作るということはよくありますし、私自身、学校で映像作品を作る時、それを意識することがあります。
 この作品にもそういうスタンスは見え隠れしますが、基本はそうではなく、あえて言うなら舞台演劇のやり方、すなわち、限られたスタッフが一人ひとりの熱量を最大にして、その熱というか、愛というか、個性というか、それがにじみ出るような作り方をしている。
 考えてみると、前半の超長回しは舞台の芝居風だとも言えます。リハーサルのしかたなど想像するに、ほとんど舞台演劇のそれだったのではないかと想像されます。
 そうそう、私もあのブレブレのワンカットを観ながら自然と思ったのは、監督さんもおっしゃるとおり、「人生ワンカット」ですよね。人生は永遠なる長回し。カメラは止められない。カメラを止めたら死んでしまうので、まさに「カメラを止めるな!」ですよね(笑)。
 そう考えた時、もう一つキーワードになるのは、アクシデントとアドリブです。想定どおり、シナリオどおりいかないことこそが人生の本質であり、しかし、それによって、より豊かな何モノかが生まれる。それこそが感動だったりするわけです。
 そこをテーマにして、ある意味完璧にシナリオ化したところに、まずは感心しました。パラドックスですよね。シナリオとアドリブ。ワタクシの哲学でいうところの「コト」と「モノ」ですよ。
 前半の「モノ(不随意)」による不自然さを、後半の普通のカット割りのある「コト(言語)」で解説していくという、見事なシナリオです。
 そういう逆説を含めて、いろいろな重層構造があるのも、この作品の魅力です。特に視点の重層性。多層性。お気づきのとおり、カメラの「目」はエンディングのメイキング映像も含めて3台ある。さらにスクリーンを観ている私たちの目というカメラがあるわけですから、全体としては4重構造になっている。
 そして、それぞれの目に、それぞれの「愛」があるから、それが愛のアンサンブル、重奏を生んでいる。そう、映画愛、人間愛ですよ。こんなにも切ないほどの愛が輻輳している映画が、かつてあったでしょうか。
 また、ある意味、私たちが享受している「作品」には、裏に必ずアナザーストーリーズがあるという普遍性を表現しているとも言えます。
 作り手にしか分からない、分からなかった、そうした産みの苦しみを、こうしてさり気なく作品化してしまったことに、驚きすらおぼえます。そして、それが作り手にとっても、受け手にとっても全く不快でなかったという奇跡。
 ホラーであり、コメディであり、ドキュメンタリーであり、家族の物語であり、主人公たちの冒険と成長の物語であり…。本当に深く厚い作品です。それが超低予算で可能だという、それこそパラドックスを映画界につきつけてくれましたね。
 そうそう、最後に、ゾンビ映画として考えると、一番怖かったゾンビは、ずばり「カメラ」ですね。止まらない。どこまでも追いかけてくる。死なない。
 お見事としか言いようがありません。またすぐに観にいきます。何度でも観ます。監督さんはじめ、スタッフ、キャストの皆さん、本当にありがとう。映画は素晴らしい。人生は素晴らしい。人間は素晴らしい!
 
カメラを止めるな!公式

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2018.09.15

富士学苑中学・高等学校ジャズバンド部 第16回リサイタル

Th_img_2547 年もやってまいまりした、本校ジャズバンド部のリサイタル。立ち見の方も多くいらっしゃるほど超満員。ふじさんホールがこれほど埋まることはそうそうありません。
 それほどこのバンドは実力があり、人気があるのですね。実際、今年もまたとても素晴らしい楽しいステージでした。
 富士吉田市長さんも駆けつけてくれまして、祝辞といいますか、いろいろな市の行事で活躍していますから謝辞でしょうか、ありがたいお言葉をいただきました。
 いつも書いているとおり、学校のクラブ活動ということで、毎年メンバーが違うにもかかわらず、こうして高いレベルを維持し、かつその年度のメンバーの個性を活かすのは大変だと思います。
Th_img_2551 今年のバンドは決して派手さはありませんが、しかし、全体のバランスがよく、また音色がソフトで、心穏やかにじっくり音楽に浸ることができました。ていねいなアンサンブルに好感を持ちました。
 3年生はいちおうここで引退となり、それぞれの進路に向けて頑張ることになるのですが、今年はこのあとも横浜や東京ビッグサイトでの演奏、日本医師会でのアトラクションなど、まだまだ活躍の機会があるようです。
 演奏終了後、ある部員の保護者の方と話したのですが、こういう富士山麓の、ある意味田舎の自然の中でジャズをやっているからいいのではないかと。中高生の純粋な魂と自然環境がああいう音楽を生むのではないかと。なるほど。たしかに都会の大学生のバンドはつまらない(失礼)。
Th_img_2548_2 音楽って本来自然の中にあるべきなのかなと思いました。ジャズのソウルは大自然の中にあります。しかし、それが歴史的悲劇の中で皮肉にもアメリカの都会で成熟した。それがまたこうして日本で自然に還っているのだとすれば、それはそれで実に感動的なことですね。そういう歴史的事業に関与している生徒たちは幸せですし、それを享受できる私たちもラッキーです。
 今年の会場の雰囲気は、なにかそういう大きな「愛」とでも言うような揺りかごの中にいるようでした。演奏者たちもいい意味で力が抜けていましたね。前半の本格的ジャズナンバーも良かったけれども、後半、スティービー・ワンダーやサザンのように分かりやすい曲が並んだり、ダンス部とのコラボがあったのも良かった。
 さて、昨年まで6年間同部でベースを弾いていたウチの愚娘も、OGとしてステージに上がりました。そう、卒業生が富士山燦燦楽団というバンドを結成しまして、本格的に活動を始めたようです。
 その練習動画がありましたので、紹介しておきます。


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2018.09.14

ハンソンミンさん講演会

 国から結婚を機に来日し、山梨の市川三郷町の山奥で荒廃した桑畑を再興し、いまや大規模に桑の葉茶の事業を展開している、ハンソンミンさんの講演を聴きにいきました。
 日本を山梨を、祖国・故郷のように愛し、義理の父親をはじめ人生の先輩を、実の父親のように敬い、友人たちを家族のように大切にする男。
 会社「桑郷」の理念は、「百年を生きて千年の未来を輝かせる志で 地元山梨・日本・世界に貢献する」。まさに未来志向ですね。
 実際、ハンさんの講演は実に素晴らしかった。前向きで元気で愛に満ちていました。「志」という日本語を、ここまで体現している人がいるとは。今の日本人の私たちに足りないものをたくさん教えていただきました。
 私も刺激を受けまして、自らのぶっ飛んだ(笑)志を表明させていただきました。家内も泣きながら何か語っていました(笑)。
Th_img_2541 講演後、懇親会がありました。そこでもハンさんはもちろん、彼にインスパイアされた熱い人たちの、それぞれの志を聞くことができました。
 一緒に写真に写っているのは、金丸信&竹下登の孫、すなわちDAIGO&北川景子のいとこの方です。彼もなかなかのやり手と見ました。
 いろいろ楽しい出会いがあります。ここ山梨で、富士山麓で、夢の実現のために手を取り合って頑張っていきたいと思います。皆さん、よろしく!NEXT DREAM!

桑郷 公式

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2018.09.12

時間は未来から過去へと流れている…プロ無職との対話

 日、プロ無職の「るってぃ」さんが我が家に泊まりに来ました。その時の(たぶん)衝撃的な様々な出会いについて、熱く発信してくれています。るってぃさんにとっては新しい発見の連続でしょうし、私としては発信のアウトソーシング大成功ということで、まさにwin-winの関係であります。
 さて、そんな「るってぃ」さんに最初にお会いしたのは5月。その時の対談の様子がYouTubeで紹介されています。
 今日はその第3弾が公開されたということで、今までのものも含めて貼り付けておきます。ぜひご覧ください。
 時間は未来から過去へと流れている…を前提に、いろいろな話をしております。この考え方を身につければ、はっきり言って人生180度変わりますよ。おそらくるってぃさんもその変化を体験中だと思います。

 彼が我が家で出会ってましった「三種の神器」についてのアウトプットは、有料になりますが、こちらで読むことができます。他の記事もなかなか面白いですよ。私も若い人から多くを学ばせていただいています。

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2018.09.10

『若者のすべて』 奥田民生×斉藤和義×山内総一郎

 ジファブリック関係でご縁をいただいた知り合いの出身地である、新潟の片貝で、昨日今日と恒例の片貝まつりが行われました。
 昨夜の奉納花火はBSフジで生中継されました。家族とそれを観たのですが、本当に感動いたしました。一発一発にドラマがある。それを皆が共有する。生と死が自然に交錯する。花火が命の輝きと儚さをを体現する。
 まさにの世界そのものでした。
 知り合いの弟さんの友人で、片貝に惚れ込み、片貝まつりのドキュメンタリー映画を撮影した若者が、昨年不慮の事故でなくなりました。その彼の魂の追善供養として、友人たちの手によってスターマインが打ち上げられました。
 BSフジの番組では、彼らの花火の物語を取材し、短い映像作品に仕上げていたのですが、そこで使われた曲が、フジファブリックの「若者のすべて」でした。
 「最後の花火」…たしかに片貝の花火にふさわしい曲でもあります。花火に寄せた若者たちの様々な思い…自らも「若者」のうちに命を天に捧げた志村正彦くんの作品が、誕生以来10年を経て、こうして多くの若者たちの心を表現し続けていることに感動せずにはいられません。
 来年は志村くんが亡くなって10年という節目の年になります。早いものです。彼の残した名作の数々は、色褪せるどころか、さらに高く評価されていますね。
 特にこの「若者のすべて」は、いろいろなアーティストにカバーされていますし、最近もLINEモバイルのCMで使われました。夏の終わりの風物詩のような存在ともいえますし、永遠の青春を象徴する曲ともいえます。
 時代を超えて、多くの若者、そして昔若者だった人たちの共感を得ているのです。特に優れたアーティストたちからの支持は嬉しいですね。昔若者だった音楽家たち。
 その中でも、この組み合わせはすごかった。ギター&ボーカル山内総一郎、ベース奥田民生、ドラムス斉藤和義。志村くんへの敬愛、楽曲への愛情に満ちた素晴らしい演奏でした。
 おそらく、日本の夏に花火がある限り、この曲も歌い継がれていくことでしょう。あらためて地元の天才、志村正彦くんに感謝と尊敬の念を表したいと思います。
 そして、来年はぜったい片貝まつり浅原神社秋季例大祭奉納大煙火に行くぞ!志村くんのために尺玉を上げたいと思います。
 
 

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2018.09.09

第20回 かりんの会 朗読会

Th_img_2526 日は河口湖円形ホールにて地元の朗読の会をお手伝い。朗読に即興で音楽や効果音をつける役割です。
 いろいろな音楽活動をしておりますが、ある意味このお仕事が一番やりがいがあります。
 特に今回は本番寸前まで朗読の内容もわからず、リハーサルも基本なしでいきなりの本番だったからです。
 一度だけ朗読を聞かせていただき、そこでイメージしたものを、本番で実際に音にする。これはなかなか集中を強いられる作業であります。
 全く練習しなくてよいというメリットはあるのですが、その分本番が大変。当たり前のことですが、ある意味その緊張感というか、集中している感じが自分では好きですし、今日もそうでしたが、ありがたいことにこういうスタイルの方が、お客様や共演者に好評だったりする(つまりちゃんと練習を要するジャンルだと不評)。
 私は絶対音感がないので、たとえば浮かんだメロディーをその場で楽器で演奏することはできません。では、どうやって音楽を奏でるかというと、とりあえず最初の音を出して、そこからは勝手に音楽が動き出すままに演奏するのです。
 そういう意味では全く自我がない状態であり、自分はただ楽器を通じて音を具現化する、まさにメディア(ミーディアム)の役割しかしていません。
 音を出すタイミングなども、朗読を聞きながら、考えるのではなく感じてやっていますので、逆に言うと、二度と同じ演奏はできないんですね。それがまた面白い。再現性ゼロです。
 今日もそういう瞬間が何度かありましたが、朗読する方と波長があって、お互いに盛り上がる時があります。これはなんとも言えない体験です。
 さて、昨年は4種類の楽器を弾き分けましたけれど、今年はシンプルにヴィオラだけにしました。そのヴィオラで、音楽だけでなく、人が怒っている声、津波の音、鐘の音、心臓の鼓動、救急車のサイレンなども表現しました。どちらかというと、そういう擬音が得意なんですよね。宴会芸で鍛えられているので(笑)。
 いやあ、それにしても、今日朗読された作品、みんな良かったなあ。途中何回か泣いてしまいました。本当に。言葉の持つ力ってすごいなあ。
 音楽と言葉の関係、今とっても興味のある分野です。
 来月には東京で即興演奏をする機会があります。ダンスとの共演。楽しみです。またそれは告知したいと思います。

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2018.09.08

告知!9/29,30 『FUJISAN地球フェスタ WA 2018 in 牛久』

Th_img_2505 日は富士吉田にある歴史と伝説の湖、明見湖におりました。昨日告知した「明見湖環境フェスティバル」です。朝、湖の向こうの山並みに虹がかかっているというか、山自体が虹色になっていて感動しました。珍しい現象ですね。
 フェスティバル自体も、とっても平和でゆったりしたムードでして、なんとも心地よい時間を過ごさせていただきました。一方で学術的なプチ・シンポジウムもあったり、本当に素晴らしいイベントになったなと感慨深いものがありました。
Th_img_2507 そう、富士吉田、特に明見という地区は特別に閉鎖的であったり保守的であったりする(いい意味でも悪い意味でも)ので、こういう開かれたイベントが行われるというのは画期的だからです。ここまでイベントを育て上げてきた張本人をよく存じ上げているだけに、そのご苦労には本当に敬意を払いたいと思います。
 会場で、明見湖のほとりに本部のある阿祖山太神宮の大宮司さまにお会いしました。ずいぶん長い立ち話をすることになったのですが、彼の推し進めている全国規模の平和の祭典「FUJISAN地球(ちだま)フェスタ WA 2018」も、ずいぶん大きく発展しました。
 本来地元富士北麓地方で成長すべきイベントなのですが、それこそいろいろな壁があってなかなかうまく行きませんでした。しかし、阿蘇や御殿場などで行なったところ、大きく盛り上がり、そして今年は縁あって茨城県の牛久で開催されることになりました。
Th_top_img01 こちらもまた大変盛り上がっているとのこと。宮司さんともしみじみ話しましたが、本当に正しいことをやろうとすると必ず抵抗勢力が現れ、ある種の妨害活動さえも起きる。しかし、それはそれで相手側にも無意識のうちに守るべきものがあるからであって、決して悪いことではない。そういう時は、外から攻めるというか、外から囲い込む、場合によっては上から動かすことが必要だと。
 いたずらに衝突するのではなく、やり方を変える、視野を広げて外を動かしてみる、あるいは本丸に関しては時を待つ、過去にとらわれない若者の力を借りるというのが大切なのです。
 結果として、本丸もより高い次元において完成成就するというのが理想です。今日の「アスフェス」も実はそういう動きの結果でもあるのでした。
 というわけで、私はうかがえませんが、今年の牛久の地球フェスタをおススメしておきます。かつては私も副実行委員長を務めさせていただいておりました。いつか巡り巡って富士山に帰ってきた時は、また協力させていただきます。2021年かなあ。もっとかかるかもしれませんね。

FUJISAN地球フェスタ WA 2018 公式

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