カテゴリー「文化・芸術」の1358件の記事

2017.02.21

仲小路彰 『夢殿の幻〜聖徳太子の救世悲願』より「甲斐の黒駒」

Th_20101004100221 和の天才、いや人類史上最大の天才の一人と言ってもよい、歴史哲学者の仲小路彰。今、その思考と活動の全貌が明らかになろうとしています。いや、知れば知るほどその深さ、広さに全貌が見えなくなってしまうというのが正しいかもしれません。
 群盲象を撫ず。もうどうしようもないほどのスケールですので、群盲の数を無限に増やして、なんとか全体像を輪郭だけでも把握しなければなりません。
 とにかく感じるのは、一部の少数の人が、自分の立場だけで彼を解釈すると、大きな間違いを起こすということです。あまりにその言説が多様なので、ある意味都合の良いところだけを取り上げて、一つのストーリーを作ることができる。これは仲小路彰研究の陥穽であると思います。
 さて、膨大な仲小路の著作物の中でも、ひときわ強力な光芒を放っているのが「聖人伝シリーズ」です。
 釈迦、孔子、ソクラテス、イエス・キリスト、マホメット、聖徳太子という六聖人の未来的本質を示した戯曲調の文章群です。
 中でも白眉は、そうした世界の聖人の思想を融合した聖徳太子について書かれた「夢殿の幻」。これについては、以前こちらで少し紹介しましたが、このたび改めて読んでみました。
 その中で、富士山麓に住む者として、特別な感慨を覚えた部分があります。今日はそれを活字化して紹介いたします。
 山中湖畔に住み、富士山を未来の地球平和の象徴として観じていた仲小路彰ならではの内容です。地元に濃厚に残る徐福伝説などにも触れながらの、実に味わい深い文章となっております。弥勒の世という言葉も出てきますね。また、須弥山(シュメール)と富士山を重ね合わせているところも、仲小路彰らしいと言えましょう。
 では、どうぞお読みください。

 第四章 甲斐の黒駒

 朝に夕におよそ十年の間、休むことなく太子の愛馬、甲斐の黒駒は、おだやかに広がる飛鳥野をわが主太子をお乗せして、いともまめやかに蹄の音も高く、元気にかけめぐった。
 ある時は春のやわらかな微風のように、花々の間を黒々と毛並を光らせながら走りゆき、ある時は、すさまじい雷光の下をとどろきわたるいかずちにも負けず、その速さを競った。
 冴えわたる秋の月光をあびながら、もの思いにしずまれる太子を、いささかも揺がさぬようにしずかに足を運び、また吉野おろしに道も白く、いてつく上を決してすべらぬ、たしかな足どりでま冬の朝をかけすぎた。
 道のほとりの人々は、いつも太子を拝すると同じく、その黒駒を何よりも親しく送り迎えして、折々のさまざまな好物を馬にささげることもつねであった。
 太子のいますところ馬はあり、馬のいななきが高らかにひびけば、尊い太子のお姿が、人々の眼に何よりも喜ばしげに映じ出された。
 かくもけなげに忠実にお仕えする黒駒を太子はこよなく愛されて、もし季節の変り目に何か馬に異常があり、食のすすまぬ時があれば、太子はそれこそわが身の病い以上に案じられ、その回癒を切に祈られた。
 夜にあっても、時には厩戸を見廻わられ、いかにも御名にふさわしい馬への深い因縁の愛情を示された。
 かくて愛馬は太子のあつい信仰のままに、さながら霊の翼ある天馬と化して、空をしのぎ、雲を分けて天翔りゆくかと思われるほどに成長した。
 いかなる時にも黒駒は、太子をしたって高らかにいななき、そのひづめをひびかせて、太子をお待ちしていた。
 夢殿の夜は、まことに静かで、かなりへだたった厩戸の音が、かすかにひびいて来ることもしばしばである。
 ふと太子は、さえさえとした月光の中に、黒駒のつややかなたて髪と、そのつぶらな眼があさやかに光っているのを見られる。
 太子は軽やかに馬上の人となられー「さあ、行け」と凛然としたお声をかけられる。馬は、いかにもうれしげにその首を動かし、耳を立てて一散に走りゆく。たれもお供する者もない。大和三山は黒々とまなかいにあって、みるみる小さく去ってゆく。
 もはや地上を走るのではなく、さながら天上を風のように天翔ける如くである。山を越え、森をすぎて、河は白々と流れる大和の山河を一瞬にかけ去って、今やはたしもない海の上を雲とともに飛んでゆく。
 長い海浜に打ちよせる波は、白い糸となって連なり、星々は天上の音楽を奏でるかとま近にきらめく。
 はるか彼方には、かぐろくも山脈がさまざまな陰影をもってそびえ立ち、その大いなる自然は、いかにもわが国のたぐいない美の世界を展開している。
 まことに、これこそ地上の楽園であり、そのままが寂光の浄土であると、太子は讃美せられる。ー黒駒よ、汝の故郷はどこか、甲斐の国は、ーいかにも黒駒はそれを知るように、ひたすらに東北への道をひたかけりゆく。
 まさにその時、とうていこの世ならぬ荘厳な須弥山さながらの姿をもって、わがあこがれの富士の霊峰が、あのように鮮やかに鎮もっているのを、太子は展望される。
 しかも東の空は、ようやくほのかに曙の光を予兆するかと白みはじめる。ただ蒼茫たる未生の海原も、たちまち多彩な光のまんだらを現じはじめる。その光は、まさしく霊峰の上にかがやき、永遠の雪は神秘な赤に燃えはじめる。
 天も地も富士によって一つに結ばれ、一切は、その神の峰によって、目さめゆく。まことに天地の別れし時を再びここに相結ぶ、この一刻である。
 その麓には、ほの白く富士川はめぐり、それをさかのぼる所、わが黒駒の故郷の損するのか、今こそ一きわ高く愛馬はいななく。わが故郷はここにありと、心をこめて叫ぶごとく ‥ ‥
 これぞ神のいます聖なる峰か、美しく木花咲耶姫の舞い舞う万古の雪をいただく、白き峰か ‥ ‥
 ようやく山をめぐる霧は限りなく開け、その間に点々と光る首飾りの宝玉の如き湖のつらなり、あれこそが常世の神と称せられる神の姿か、緑なす森の中に生れし神の蚕と云われるものか、これを祭れば老いたるものも若さにかえり、いかに貧しきものも、幸ある恵みをうけるとされる信仰であるか ‥ ‥
 けれど常世とはどこであろうか。それはもと黄泉国とされたものではなかったか。そは死の国であり、死とは何であるか。ここに死を越えるものへのあこがれとして、不老不死への悲願がある。
 さればこそ、かつて、かの大陸の秦始皇は不老不死の妙薬を求めて、徐福らを東海の神仙の島に送ったとのことが司馬遷の「史記」に見られる。
 ついに彼らは帰らなかったが、あるいは、このあたり絹と光る湖のほとりに安住したのであろうか。
 この神の山の麓にこそ、わが夢に見た浄土の地か、常世とは、不死の国、そは弥陀が極楽浄土とされた仏国土か、さらにこの富士のあたりこそ次に来る末世の後の弥勒の世の現ずる地なるか、やがて果てしなき戦乱の世に、ここにこそ果してとこしへの平和の訪れるあたりか、まさしく富士への信仰は弥勒の信仰とともにあるのか。
 弥陀が念じられた須弥山とは、まさしくここ富士の峰か、我もまた徐福の如く、この山麓に、わが愛する黒駒を心ゆくままに走らせて寂光土をここに現ぜんかなーと太子は、明けゆく秀麗な大自然の中を御夢とともに限りなくかけめぐられたのである。

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2017.02.15

アンナー・ビルスマ 『バッハ 無伴奏チェロ組曲』

 日紹介した『バッハ・古楽・チェロ アンナー・ビルスマは語る』、バッハ演奏家(の端くれ)としては、本当にたまらない内容ですね。実際に演奏しながらビルスマの言葉にいちいち納得しています。もちろん私は5弦ヴィオラ(ガット弦@モダン楽器)で演奏しております(笑)。
 さて、その本の中でも紹介されていたビルスマの韓国でのライヴ動画。たしかにこうして聴く&観ると、実に自由な解釈ですね。
 若い頃のビルスマは、組曲が舞曲であることにこだわった風もありましたが、そうした立場とは明らかに違う境地に達していることが分かります。
 それにしても、このボウイング(アップ&ダウン)は古楽人からすると、ある意味ショックですよね。私には無理です(笑)。特にヴィオラだとすると本当の意味でアップとダウン、すなわち引力に抗うか従うかの力学的違いが明確になりますので。
 最近は私もチェロをよく弾きますが、たしかにチェロだとあまりアップとダウンにこだわらなくても、同じような表現ができますね。
 結局のところ、モダン・ヴァイオリンやヴィオラの奏法というのは、そうした引力と私たちとの物理的関係性を感じさせない、すなわち「均質」な音が出るような方向に発達したということですね。
 私としては、やはり「歌」や「語り」が楽器の基本だと思いますので、ビルスマもこの本で語っていた「呼吸」、すなわち吸うエネルギーと吐くエネルギーによる「波動」が大事だと思いますので、やはり運弓にはこだわりたいと思いますね。
 私がこの動画のようなビルスマの演奏をテレビで観た時、そうしたことを無視したボウイングだと思ったので、大変ショックを受けた覚えがあります。
 しかし、この本を読んで、それは私のようなシロウトの次元とは全く違うところでの「選択」、それも必然的選択であったことが分かりました。いやはや、これだから古楽は面白い。
 そして、ガット弦の表現力の豊かさ、これは素晴らしすぎますね。やっぱり私はガット派だなあ。

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2017.02.12

追悼 チャボ・ゲレロさん

 た往年の名プロレスラーの訃報が。新日本で藤波選手と、全日本では大仁田選手と死闘を繰り広げた実力派チャボ・ゲレロさんが68歳でお亡くなりになったとのこと。肝臓ガンだったそうです。
 チャボ・ゲレロさんと言えば、やはり上掲の大仁田戦でしょうね。試合後の惨劇には、当時テレビ観戦していた17歳の私も強烈な衝撃を受けました。
 結果として、大仁田選手はデスマッチ王という邪道に走ることになり、そして今でも現役で(今度は本当に引退するらしいが)頑張っています。
Th_d_09429040 そう、昨年8月にチャボ・ゲレロさんは来日し、そして大仁田選手とタッグを組んで、往年の得意技ジャーマン・スープレックス・ホールドで勝利してるんですよね。
 そんな新しい記憶もありましたから、この突然の訃報には本当に驚きました。
 上掲の試合からも分かるとおり、本当に基礎のしっかりしたいい選手だったと思います。体はそれほど大きくありませんが、パワーもあるし、スタミナもある。気持ちも強い。スーパーヘビー級にも真正面から挑む姿には、心から感動した覚えがあります。
 大仁田選手が回想するように、たしかに彼のような存在が、のちにジュニアの選手のヘビー級への挑戦という道を切り開くきっかけになったのかもしれません。そのことによって、プロレスは非常に幅が広がりましたし、新しいヒーローがたくさん生まれました(もちろんその半面マイナスもありましたが)。
 そして、この試合を改めて観ると、大仁田選手のレスラーとしての素質、センスの良さ(ある意味でのなさ?)を再確認しますね。今の姿と重ねることにより、ますますプロレスの深さというのを感じずにはいられません。
 今ちょうど日米の首脳が会っていますが、かつての因縁のライバルが、時を経て盟友としてリングに立つというのもまた、ある意味プロレスが歴史の象徴である、いや歴史は実にプロレス的であるということを思い起こさせてくれますね。トランプさんもプロレス人ですし。
 あらためてチャボ・ゲレロさんの功績に思いをいたし、ご冥福をお祈りいたします。


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2017.02.10

銀谷翠 「認知症は治る!」

 田の素敵な女性たちを集めていろいろ未来的なことをやろうと(勝手に)画策しております。お誘いしたい秋田美人のお一人が「闘う女医」こと精神科医の銀谷翠さんです。
 実はまだ銀谷さんとはお会いしたことはないのですが、今ちょっと関わっている未来医療の関係で、とっても近い位置におられます。ある意味同じ世界にいますので、きっと今年は秋田の美味しいお酒を酌み交わす時が来ることと思います。
 そんな銀谷さんがチャンネル桜の女子会に登場され、現代医療、特に薬漬けの精神科医療に対して、「本当のこと」という爆弾を投下してくださりました。
 私もほぼ100%同意いたします。そして、賢い製薬会社の方々から攻撃どころか理解をいただいているというところに、一筋の光明を見たような気がいたします。
 そして、やっぱり秋田と言えば「納豆」ですよね(笑)。伝統的な和食が一番です。
 いよいよ医療、福祉の世界が変わりますよ。日本が変えていく時が来たようです。
 

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2017.02.09

その八重垣を…

Th_2017020900050146yom0004view 倍首相夫妻がトランプ大統領との会談のためアメリカに向けて出発しました。
 この歴史的一大事にあたりまして、昭恵夫人にメッセージを送らせていただきました。
 昨夜、昭恵さんがFacebookにて「人との垣根が全て取っ払われ」というようなことをつぶやかれていました。そのお言葉と、昨年の天皇誕生日の日の「望」年会で昭恵さんとお話した内容から、ある種の直観を得たのです。
 詳しくは国家機密なので書けませんけれども(笑)、出口王仁三郎の以下の名文を参考として添付いたしました。
 今年はスサノヲの年となります。トランプさんも間違いなくスサノヲの系統ですね。ですから、この王仁三郎の「八重垣」に関する解釈は、非常に深い意味を持つと思います。八重垣をつくり、その八重垣をどうするのか…。
 皆さんもぜひ味わってお読みください。そして、何かを読み取ってください。この文は大本の機関誌『明光』昭和10年12月号に掲載された「歌まつり」の一部です。

(以下引用)

…素盞嗚尊(すさのをのみこと)が出雲の簸(ひ)の川の川上で八岐(やまた)の大蛇(おろち)を退治されて、ほっと一息おつきなされた。その時に、お祝いとして詠まれた歌が「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」の歌であります。

 このお歌の意味は、言霊(ことたま)によって解釈すると、「出雲八重垣」の「出雲」というのは「いづくも」のこと、「どこの国も」ということでありますが、つまり、大蛇は退治したけれども、まだ世界各国には八重垣(やえがき)が築かれ、そして八雲(やくも)が立ち昇っている。「八雲」というのは「いやくも」ということである──。それで、この「いやくも」をすっかりはらわねばならぬし、また、この垣も払わねばならぬ。

 今日も「八重垣」はたくさんあります。日本の物を外国に持ってゆこうと思えば、「税関」という八重垣ができている。「つまごみに」というのは──日本の国は「秀妻(ほつま)の国」というのである──日本の国もまた一緒になって八重垣をつくっているということであって、これは世界万民が一つになって、一天、一地、一君の政治にならなくては、この八重垣は取り払われないのであり、「八雲」を払い、「八重垣」を取り払って、はじめて一天、一地、一君の世界になるのであります。

 これが一つの意味でありますが、もう一つの意味があります。神さまがお鎮まりになっているその神さまを中心として「八重垣」を築く。その「八重垣」は「瑞垣(みづがき)」という意味になり、外から悪魔が入れない。ここでは神さまを守る「ひもろぎ」となるのであります。八重雲(八雲)も、幾重にも紫雲がたなびいている意味にもなるし、また、真っ黒な雲が二重にも三重にも包囲しているという意味にもなるのであります。

 それで、この歌は、「八重垣作るその八重垣を」で切れていて、あとがまだ残っているのであります。
 内外を問わず悪い「その八重垣を」今度は取り払わねばならぬということを残して、「を」の字でおさまっているのであります。

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2017.02.08

『バッハ・古楽・チェロ アンナー・ビルスマは語る』 アンナー・ビルスマ&渡邊順生(著)加藤拓未(編集)

Th_512xlfqfcl_sx355_bo1204203200_ 晴らしすぎる!久しぶりに興奮しながら本を読みました。私が言いたいこと…なんていうと偉そうですが、感じていたことが全て書いてある。
 古楽というジャンルの様々な矛盾…それはあらゆる「ジャンル」に当てはまることですが…を軽く飛び越えて真実に迫っている。私はこういう発想と行動が大好きです。事実ではなく「真実」の探求。
 私はビルスマの演奏を生で聴いたこともありませんし、実際にお会いしたこともないのですが、その息吹というか、DNAというかは、多くの演奏家の方々から感じてきました。
 もちろん、この本での対談相手であり、共著者でもある渡邊順生さんからもいろいろ勉強させていただいています。
 「歌う」ではなく「語る(しゃべる)」。音楽は「物語」。この本における原点は、私の「モノ・コト論」にもつながってきますし、そういった音楽や世界観から感じている高次元宇宙のメッセージとも直結しています。
 そして、最近触れている歴史哲学が「歴史学」の対象ではなく、どちらかというと文学や音楽などの芸術と親和性が高いというのにも関係している。ビルスマのアンナ・マグダレーナ写本に対する姿勢は、まさに芸術家のそれ。
 そう、彼の語る「芸術」と「文化」の違いも面白かった。芸術は「今」生きているモノであると。文化は「コト」なんですね。その「芸術」の生命力の源である即興に関する論もなるほどでした。
 そういう流れの中で、ビルスマの音楽解釈が言語的というより映像的であるというのも納得できるところでした。言語は死んでいるんですよ。コトの葉ですから。固定化されている。映像は流動的です。
 楽譜というのは言語です。そこに生命を吹き込むのが人間の演奏です。ですから、彼が練習での決め事に執着しないというのは当然のことだと思いました。
 また、たとえば私もとらわれてしまっている、強拍(特に1拍目)はダウン・ボウで弾くべきだというような「常識」というコトからも、彼は全然自由です。かっこいいなあ。コトを極めてモノに至る。序破急ですよ。
 そしてワタクシ個人として大興奮したのは、バッハの無伴奏チェロ組曲のヴィオラによる演奏の可能性についての記述です。バッハ自身は当然ヴィオラで演奏した、あるいは作曲しただろうなというのが、私の実感でしたから。
 また、そういうことになると、私がここのところ演奏している5弦ヴィオラの存在もトンデモではなくなってくる。そう、組曲の第6番は5弦のための楽曲じゃないですか!ついでにモダン楽器にガット弦張って弾くことについても、ビルスマさんは私の味方です(笑)。
 そんなわけで、私も5弦ヴィオラでバッハのように(!)この名曲群を演奏してみようかと思っています。
 最後に、皆さんもおっしゃっていますが、この本のとんでもない素晴らしさのバッソ・コンティヌオは、訳・編者の加藤拓未の日本語力であると、私も強く思います。そして付録のCDの価値もとんでもありません。拝聴しながら美空ひばりを想起したことが全てですね。

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2017.02.07

追悼 泉田純さん

 アの倒産のニュースに続き、かつて全日本、ノアで活躍したレスラー泉田純さんの訃報が届きました。51歳ですか…。
 地味な役どころが多かった泉田選手ですが、印象に残る試合もいくつかあります。上掲の動画は負け試合ですが、泉田選手のパワーファイトぶりが、比較的小柄なインディー相手によく表現された試合だと思います。
 あまり書きたくありませんが、泉田さんはノアを取り巻く詐欺事件の被害者となり、大変な人生を送ってきました。このたびの死も直接的かどうかは別として、その件と関係しているのは間違いありません。
 まあ、たしかに仲田龍さん、永源遥さん、そして泉田純さんと、あまりに突然な死が重なりました。お三人ともそちらの世界との関係がありましたし、それぞれ不審死とも取れるような状況ですから、世の中からいらぬ詮索を受けるのも致し方ないかもしれません。
 いずれにせよ、全日系のレスラーたちが比較的若くして非業の死を遂げているのは事実であり、そこにプロレスのある種の残酷さや非情さ、そして切なさが漂いますね。この時代には珍しい「命を懸けた」お仕事なのです。
 ご冥福をお祈りします。

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2017.02.03

渡辺さんは豆まきをしない?

Th_img_9185 日は節分。我が家の節分についてはこちらに書きました。鬼も内です。
 さて、今日職場でも話題になったんですが、なんだかテレビで「渡辺さんは豆まきをしなくていい」という話題が取り上げられたそうですね。
 全国でも特に渡辺姓が多いことで有名な、我が校のある山梨県富士吉田市ではどうでしょうか。いや、なにしろ、あるクラスなんか生徒の3分の1が渡辺(字はいろいろ)だったこともあるほどです。そんなわけで、この地域ではお互いを姓ではなくて下の名前で呼びます。先生にも渡辺がたくさんいるので苗字では呼ばず、下の名前に先生をつけて呼びます。
 なんでこんなに渡辺が多いかというと、私の調べでは、南北朝時代に落ちてきた長慶天皇のお伴として、摂津の渡辺氏が移住してきたらしい。全国の渡辺氏と同様に家紋は三ツ星に一文字です。
 いろいろな字がある「ワタナベ」さんですが、特に「渡邊」と書く家系は、渡辺綱の末裔を自負しています。渡辺綱は言うまでもなく、大江山の酒天童子退治、一条戻橋で鬼の腕を切り落としたなどの武勇伝で有名な武将。
 まあ、そんな事情で、鬼は「ワタナベ」さんを恐れて近づかないというのが、豆まき不要伝説の根拠のようです。
 で、結論から言いますと、当地のワタナベさんたちは、なんだかんだ言って豆まきをしているようです。豆まき不要伝説を知っている人はいますが、厄払いを重視する土地柄でもあるため、比較的豆まきには積極的なのです。
 その豆まきのしかたについても、部落ごとにいろいろと個性があるようですが、それはまたいつか調べて書きましょう。
 当地で、不要というか禁忌としてもっと根強いのは、小林家が年末の餅つきをしないという話ですね。それは武田と北条の争いに関わる話なんですが、それについてもまた後日。
 さて、富士吉田市下吉田には、そんな渡辺綱を祀った「渡邊大明神」があります。ここは非常に不思議な神社です。
 これも今日は簡単に説明するだけにしますけれど、祭神がですね、まずは渡辺綱というのはいいとして、寒川の神を祀っているんですね。さらになぜか歴代の総理大臣の揮毫が複数ある。
Th_img_7959 上の写真は渡邊大明神・福地八幡神社の扁額ですが、佐藤栄作元総理の揮毫です。拝殿の額は岸信介の書。そんなこともあって、一昨年、安倍総理夫人の昭恵さんと参拝しました。その日の記事にちょこっとそのへんの事情を書いています。お読みください。
 まあとにかく、ここ富士北麓にはいろいろとドロドロとした裏の歴史が渦巻いているんですよ。興味のおありの方は、ご案内しますのでぜひ遊びにおいでください(ご遠慮なくご連絡ください)。

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2017.02.02

「〜がないからできない」=「〜があってもできない」

 日は録画してあったBS朝日「昭和偉人伝〜小林一三」を家族と観ました。
 阪急電鉄の生みの親、いや、近代大衆社会の生みの親、そしてかの宝塚歌劇団の生みの親。そんな一三を生んだのはこの山梨県です。
 山梨が誇る実業家であり、芸術家であったと思います。このたびの番組もよくまとまっていたのですが、残念ながら動画はないので、NHKの「その時歴史が動いた」をご覧ください。
 ああ、山口昌男さんももうお亡くなりになったんですよね。小林一三を「シャーマン」と言うあたり、いかにも山口昌男さんらしい。私も同意します。番組の末尾にある一三の言葉は輝いていますね。私もずっと青春時代でいたいし、夢を、良き未来を妄想して実現していきたいと思っています。

 さて、「昭和偉人伝」では、「金がないから何もできなという人間は、金があっても何もできない人間である」という一三の名言が紹介されていました。なるほどですね。
 これは「金」に限らず、たとえば「時間がないからできない」という場合にも当てはまりますね。私も「時間がない」とか「お金がない」と言ってしまうことがありますが、それはたしかに全て「言い訳」です。かっこ悪いですね(笑)。
 この番組を観て、これからはそういう「〜がないからできない」とは絶対に言わないようにしようと決心しました。
 今、仕事もそうですが、仕事以外でも大きな事業に関わっているので、ついつい「〜がなくて」と愚痴をこぼしがちです。
 やはり、お金も時間も自ら作らなければいけません。「〜がない」ということは、それを作る努力をしていないことを表明しているわけですから、まさに恥ずかしいですよね。
 「才能がない」というのもダメです。才能も作るべきものですし、もっと言えば、お金も時間も才能も、人のものをお借りすることができる。人を使うということも大切なのです。
 ここのところ、戦前の偉人の人生に触れることが多いわけですが、そこから学ぶことは非常に多いですね。単なる懐古趣味や保守主義ではなく、純粋に人間としてそこに学んでいきたいし、それらを真似をしていきたいと思っています。

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2017.02.01

『ビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』 鈴木秀樹 (日貿出版社)

Th_51isbddgfrl_sx357_bo1204203200_ れはすごい本!マニアにはたまらないでしょう。また昨日のDVDと同様、他の格闘技をやっている方々にも非常に有用でしょう。
 実際昨日の我が校柔道部のDVDの世界ともつながっています。技術的なこともそうですが、この本の著者である真のプロレスラー鈴木秀樹選手の盟友であり、今はプロレスラーにして我孫子市議会議員でもある澤田敦士は、昨日のDVDの主役矢嵜雄大監督の明大柔道部の後輩、それも特別にカワイイ後輩ですからね。
 こちらに実はちょこっと書いたんですが、先日の本校柔道部の祝賀会にも、シャレた(シャレにならない?)電報をくださりました(本当は出席予定だった)。
 もうだいぶ前になりますが、鈴木・澤田両選手は本校の餅つき(笑)に参加してくれたこともあり、その時は矢嵜監督も一緒でした。
 この本、格闘技は観る専門のワタクシには、いわば「実益」というのはほとんどないのですが、もう連続写真を見ているだけでも、それこそスパーリングや試合を間近で(それも解説付きで)観ているがごとき贅沢な興奮がありました。
Th__20170124_7_56_53 というわけで、これはワタクシがにやにやしながら眺めているよりも実益のあるところに置いておいた方がよかろうと思い、矢嵜監督率いる柔道部にこの本を贈呈いたしました。
 そして、さっそく選手たちがこの本を参考に体のさばきやスープレックス(笑)の練習を始めております。いやいや(笑)じゃないですよ。先日も全日本の柔道女子がレスリングの金メダリストたちに、また昨年は男子が青木真也選手に学んでいたではないですか。
 それは本来の柔道ではない!という頭の硬い方もいますが、私や矢嵜先生は逆に本来の柔道は「なんでもあり」「なんでもこい」的な世界であり、今の柔道こそ伝統と言いながら狭い世界に閉じこもってしまったと思っているので、逆に自然な流れに感じられるんですよね。
Th__20170202_10_55_53 今日もサムライTVバトルメンに乱入して本書を押し売りしていた(笑)鈴木秀樹選手。ぜひとも我が校を再訪していただき、柔道部にてセミナーをやっていただきたいものです(押し売りお断り…笑)。
 ビル・ロビンソン先生とアントニオ猪木先生直伝の技術とスピリットを受け継ぐ男、鈴木秀樹選手のこれからの活躍にも期待したいと思います。ワタクシとしては、某メジャー団体に殴り込みをかけてほしいなあ。ぜひ押し売りしに乱入していただきたいと思います。

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