カテゴリー「文化・芸術」の1512件の記事

2018.05.21

しにせ(仕似・老舗)

Th_51rly8k7fbl 日、下の娘は東京にて人間国宝野村四郎先生による能のお稽古でした。
 帰ってきた娘が言うには、「今日はあんまり怒られなかった。しにせるという言葉について教わった」とのこと。「まね」の体が「しにせ」であると。
 なんでも師匠がおっしゃるには、教えると理屈になってしまうのだそうで、そうならないためには弟子が「まねをする」ようにするのだとか。
 なるほど、これはよく分かりますね。言葉にならないモノを無理やり言葉にしてしまうと、いわばコト世界に限定されてしまい、モノの本質が伝わらないということでしょう。
 だから、世阿弥も「物まね」という言葉を重視した。「まね」は私の解釈では「招く」と同源であり、「もの」は他者、自己の補集合を表しますから、結果として「他者を招く」「何かをおろす・憑依させる」ということになりましょう。
 これは実に日本的な文化です。言語を否定する禅の教えにも通じます。言葉(コト)で分かった気になってしまってはいけない。最も大切なモノは言葉では表せません。
 さてさて、「しにせる(古語…しにす)」で気づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、「老舗(しにせ)」はこの「しにせる(しにす)」という動詞が語源です。動詞の連用形。
 と言いますか、「ニセモノ」の「偽(にせ)」も、もとは「似せる(古語…似す)」の連用形です。「偽」というと、どうしても悪いイメージがありますが、もともとはただ単に「似せたもの」ということです。本モノに対して似せモノとなると、たしかにフェイクなケースが多くなるため、いつのまにか悪い意味でしか使われなくなってしまいました。
 しかし、世阿弥の時代には、「まね」も「にせ」も決して悪い意味ではありませんでした。逆に良い意味だったとも言えます。自分が何かの真似をして、自分をなにかに似せるというのが、能の基本です。
 モノを招く(ものまねする)ことによって、自らが他者(モノ)の型にはまり、しかし、その型をはみ出してにじみ出るモノこそが、その演者の個性ということになります。
 そうそう、ちょうどこの前、プロ無職の方とも話したんですが、日本の学校は型にはめすぎるけれども、それが逆に個性を生んでいることがあります。
 カタの語源はコトと同じです。すなわち私がいつも言うところの「コトを窮めてモノに至る」というやつで、他者のカタ(コト)にはまりきると、いつのまにか、そこに自己というモノが立ち上がる。
 禅宗の修行も「なりきれ」と言います。作務(掃除などの作業)の時には、たとえば雑巾になりきれと言います。そうするとことによって、実は自我が立ち現れてくる。これは実に面白いパラドックスです。
 あっそうだ、「老舗」の話でしたね。
 「老舗」というのは、もう何代も同じことをしているお店などのことを言います。すなわちカタ(コト)にはまって、先代のやり方の真似をして、先代に似せて…の連続なんですね。だから「し似せ」なのです。
 もう予感がしているかもしれませんが、老舗こそ、それぞれの代によって微妙な個性があったりします。同じことをするからこそ個性が表れる。何代目の、それらしさが出る。
 だからこそ、ずっと伝統を守るわけです。これは生命の基本とも言えます。守ることが実は非常にクリエイティブなことになる。そう、保守と革新は全然反対語ではないんですよ。
 変わりたければ、変えたければ、まず守る。徹底して真似してみる。似せてみる。これは真に創造的な人生を送るための極意なのです。

Amazon 東京老舗名店120

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2018.05.20

熱海(伊豆山)→池袋→中野→富士山

Th_img_1511 日は実に面白い日でした。海から都会、都会から山へという長距離移動の中、本当にいろいろな出会い、学びがありました。
 一つ一つを細かく書いている余裕がないので、ざっと流れだけ。
 実は昨日から熱海の伊豆山に泊まっておりました。恒例となっている親族の集まりです。熱海や伊豆山、そして興亜観音については、毎年記事にしてきましたので、そちらをご参照ください。神々の世から近現代に至るまで、霊的に大変重要な土地です。出口王仁三郎にも縁がある場所ですし、富士山ともつながっています。
 今日は素晴らしい好天、かつ久しぶりに寒気が流れ込んでくれたおかげで、まるで初秋のような爽やかな朝を迎えることができました。
 そんな中、上の娘を東京行きの新幹線に乗せ、両親や親族に別れを告げた我が家の残り3人は、車で上の娘を追いかけて上京いたしました。
 向かうは池袋西口公園。池袋ジャズフェスティバル2018に、我が富士学苑中学・高等学校ジャズバンド部のOB・OGなど関係者で結成された「富士山燦燦楽団」が出演するのです。
 ベースをやっているウチの娘も今春高校を卒業し、晴れて社会人ビッグバンドのメンバーとしてデビューいたしました。
Th_img_1520 池袋ジャズはかなりレベルが高い。アマチュアでもそれなりの実力者が揃っています。そんな中、見事結成したばかりの富士山燦燦楽団はAステージという場を与えられました。栄誉なことですね。
 ある意味同じ釜のメシを喰ってきたメンバーですので、練習の機会は少なくとも、なかなかに息の合った演奏を繰り広げてくれました。相変わらずお見事なボーカルも交えた演奏で、会場の方々も大変盛り上がっていい雰囲気でありました。
 あっそうそう、会場でめちゃくちゃ懐かしい人に会いました!10年ぶりくらいでしょうか。かつてヴァイオリンを教えていた小学生の女の子が、早稲田大学の2年生になって私の前に現れたのです。
 たまたまビッグバンドに参加していたOGの友だちだったということで、ステージを見に来てくれていたんですね。彼女は東京に引っ越してしまっていたので、正直もう会うことはないかなあと思っていたのに、音楽が結んでくれたご縁、感動的な再会でありました。
Th_img_1522 さて、次の目的地は中野です。まずは警察病院の近くに車を停めまして、同病院の敷地内にある「陸軍中野学校」の碑を(裏側からですが)拝見。なるほど、ここがエリートたちを育てた、ある意味あまりに自由な聖地か。
 現代の教育、学校のあり方を「軍国主義・軍隊文化」と批判しまくっているワタクシでありますが、皮肉なことに理想の教育機関は、その軍の中心にあった!…のかもしれませんね。面白いものです。
 さてさて、そこからまた少し移動しまして、来週土曜日(26日)のコンサートの最終練習。何度かプログでも宣伝したラモーのオペラ・バレエ「優雅なインドの国々」ですね。歌手の人たちの「踊り」も完成し、実に楽しいコンサートになりそうです。当日券もありますので、ぜひお越しくださいませ。必ずやご満足いただける内容です。
 たっぷり5時間近く練習したのち、中野にてもうひと仕事。これがまた楽しかった。
Th_img_1528 「プロ無職」の、るってぃさんと初めてお会いしてのいきなり対談。彼がプログに「時間は未来から過去に流れてることを意識できているか?」という記事を書いてくれたのがきっかけ。とってもよく理解してくれている内容だったので、私の方から連絡をさせていただきました。いい予感がしたので。そして、1週間で実際会うことになり、そして意気投合。面白すぎるご縁。
 はっきり言いましょう。るってぃさん、すごい若者です!私も大変刺激を受けました。きっとこれから面白いことが起きますよ。るってぃさんのファンの皆さんも、ぜひご期待ください。
 今日お話したことは、きっとるってぃさんが発信してくれると思います。無精者のワタクシは、こうしてアウトソーシング(笑)。
 最近本当に出会いにムダがない。タイミングが絶妙。初対面から意気投合でソウルメイトみたいな…。もう楽しくてしかたありませんよ。そして幸せだなあって思います。
 いろいろ余韻に浸りながら、疲れも吹っ飛び眠気にも襲われず富士山に戻ってきたのでありました。皆さん、ありがとうございました。おやすみなさい。
 

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2018.05.18

Kindleの読み上げ機能

Th_51gadl1g53l 評だった高城剛さんとの対談がKindleで書籍化されました。
 『21世紀の「匿名」ハローワーク: 人には理解されないもうひとつの職業図鑑(未来文庫)』で、取り上げられた6人のうち、一番変な宇宙人が私です…って、「匿名」「仮名」なのに(笑)。
 いや、全然いいんです。別に間違ったこと言ってないですし、ある意味発言に責任を取らなきゃなとも思ったので。もともと実名でも良かったのですが、先方からの依頼が「仮名でぶっちゃけトーク」だったので、こういう形になりました。
 さてさて、最近ですね、たとえば自分の言葉が載っているこの本なんかも、いわゆる読む時間というのが大変少なくて困っているんですね。
 で、新しいスタイルとしての読書、いや聴書とでもいうのかな、口伝的な意味では原点回帰とも言えそうなスタイルを利用しています。
 趣味柄、車で長時間移動することが多いので、運転中に本を聴くわけです。
 本を聴く。昔だったら、だれかに朗読してもらわなければならなかった。それが今ではiPhoneでSiriのKyokoさんが読み上げてくれる。
 ちょっと日本語が不自然ですが…日本語の高低アクセントというのは(私の専門分野です)、案外難しい…、とっても明瞭に、そして要望どおりのスピードで読んでくれるので、とっても便利です。ちゃんとページをめくって先をどんどん読んでくれるし(少し止まるが)。
 これって案外使っている人が少ないようですね。設定→一般→アクセシビリティ→スピーチ→画面の読み上げonでOKです。あとは、Kindleの画面で上から指二本のスワイプでコントローラーが出てきます。
 読み上げ自体はバックグラウンドでも可能ですが、ページめくりをしてくれなくなってしまうので、たとえばナビを起動しながら本を聴くということができない。これが改善されれば最強なんですけれども。
 最近、こうして本を聴いたり、動画の音声を聴いたりしながら、別の仕事や趣味やゲームをやることが増えました。テクノロジーのおかげで、自分も多少なりともヴァージョンアップしているのかなとも思うのでした。
 いや、前に書いたように原点回帰していのかも。考えてみると、音楽だって楽譜を読むのではなく、聴く方が正統ですよね。文字ができて、読むという行為が生まれた。それも近代になって黙読という特殊な文化が入ってきて一般化してしまった。言霊、音霊のない世界が異常だったのかもしれません。
 皆さんもどうぞお試しあれ。

Amazon 21世紀の「匿名」ハローワーク: 人には理解されないもうひとつの職業図鑑

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2018.05.16

『外交と宗教:一外交官の経験から』 天江喜七郎

Th_img_650ed4e44f3c6c53baa7e6dca424 日は仲小路彰について、ここ地元でも理解が進むきっかけになりそうな吉事がありました。今こそ彼の思想が世に出る
 学生時代に仲小路彰に師事し、そこで得た知見をその後の外交官人生に遺憾なく発揮された天江喜七郎さん。一度だけお会いしお話させていただきましたが、本当に深い洞察力をお持ちの方だと感じました。
 その天江さんの10年前の講演記録が、非常に興味深い内容だったので紹介いたします。
 仲小路の影響もあってのことでしょう、天江さんは日本文化や日本人の宗教観についても非常によく理解し、また具体的には茶道や合気道などを実践しておられます。やはり外交のベースは日本人たるアイデンティティーなのでありましょう。
 そうしたベースをもとに、イギリス、ソ連、ウクライナ、イラン、シリア、韓国などで外交の最前線におられた天江さんが強く感じたのは、「やはり、宗教というものがしっかりと自分の心に根付いていない民族は、早晩崩壊してゆくのではないか?」ということだそうです。
 では、今の日本人、あるいは今の自分には宗教が根付いているのか…そんなことも考えながらぜひお読みいただきたいと思います。
 唯物弁証法に対する厳しい評価や、聖徳太子の和の精神でしめるところなど、やはり天江さんには仲小路の影響が大きいなとも感じます。
 またお会いして、いろいろと教えていただきたいと思います。

外交と宗教:一外交官の経験から

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2018.05.15

山梨に埼玉のマンホールが…

Th_as20180514004186_comm 日のYahooニュースに「山梨のマンホールに…ひっそり千葉のふた 30年設置か」というネタがありました。
 読んでみると、ウチの隣村、現在では富士河口湖町である勝山に千葉は松戸のマンホールがあったとのこと。
 あれ?なんで今さら?
 これってマンホーラーの中では知られていたことではないでしょうか。
 このように他地方のマンホールの蓋が見つかることは、全国的にはよくあることです。記事にあるように仮設したものがそのままになるということです。
 そうそう、勝山と言えば、京都のマンホールもあるんですよ。マンホール蓋学会のホームページでご確認ください。一番下です。
 それにしてもマンホールマニアの世界って面白いですね。楽しいだろうなあと思います。全国、世界中を回れるし、観光地ではなく、日常の生活圏を歩き回れます。
 もちろん産業遺産として、あるいは工業デザインとしての魅力もありますよね。最近では観光資源としても活用されています。また、マンホールカードなるものも人気だとか。
 こういう日常に潜む何気ない魅力を発見できると、人生は幸せになりますよね。
 

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2018.05.14

持田盛二 『剣道と気品』

 日東京の知り合いの方から、いろいろと貴重な史料をお預かりしました。その際、剣道をやっているウチの娘にということで、剣道の奥義に関する資料をいくつかいただきました。
 その中に、持田盛二十段の「剣道と気品」があり、大変感銘を受けました。気品と強さが表裏一体というのは、実に興味深いですね。日本文化の真髄でしょう。 
 どうぞお読みください。そして、持田十段の実際の剣さばきにおける「気品=殺気」を御覧ください。死と美とが結びつく不思議と納得。

 剣道と気品   大日本武徳会範士 持田盛二

 剣道を修行する上に、種々の目標を立てることができようと思う。昔から「大強速軽」ということがあるが、これなども誠によい教えで、大きい、強い、速い、軽妙な剣、それぞれ修行の目標となるものである。
 すなわち、この意味から「気品」ということも剣道修行上の一目標になろうかと思う。
 強いということももちろん重要なことであるが、強いだけでは物足らない。「強い剣道」であるとともに「気品のある剣道」でありたいものである。
 あの人の剣道に「気品」があるとか無いとかは誰にでも自然に感じられるものであるが、然らばその気品とはどんなものかという段になると、容易に謂いあらわし難い。気を花に譬えれば、気品はその香りのようなものではあるまいか、あるいは心を光になぞらえれば、気品はその映ろいのようなものではあるまいかと
思う。
 花鮮やかならざれば薫りを得がたく、光明らかならざればその映ろいを望みえないと同様に、気品は正しい心、澄んだ気から、自然に発する、得も言われぬ気高さである。何事によらず、真剣になっている時ほど、気高いものはなく、三昧の境地、無念無想の境地に入りこんだときほど気品のあるものはない。結局、真剣を離れて気品は得られぬものである。一本の稽古もいやしくもせず、ただ真剣、ただ一心、その心掛けがあったら求めずして上達し、求めずして「気品」のある稽古となるは請け斎戒沐浴、神の御前に出ずるが如き厳粛な気持ちをもって、日々の稽古を真剣に励みたいものである。合いである。
 「端正」ということも気品を養う上に大切な要素の一つである。心が端正でなければ気品は生まれない。形が端正でなければ気品は添わない。
 いたずらに勝敗に拘泥する時、品が悪くなる。私心、邪念にとらわれて、稽古に無理がある中は気品が添わない。
 剣道は「礼に始まって礼に終わる」といわれるが、礼儀を離れて気品はない。
 かく段々に考えて来ると、心も形も共に正しく相たすけるのでなければ、真に正しい立派な剣道、気品のある剣道となることはできないのである。「心正しければ剣亦正し」というのも、この意味に外ならないのである。
 気品を養う上に於いて「気位」というような事も考えられる。すなわち戦わずして敵を飲む気位、遂には宇宙を呑吐する底の気位に至って、いよいよ気品は高まるので
ある。
 さらに申したいことは剣道を単なる竹刀打ちと考えている中は、本当の気品は生まれないということである。 この道は天地自然の理法に貫通する大道であることを悟って、修行の上にも理想をもって進むことが肝要である。
 理想ある剣道と然らざる剣道とでは、気品の上にも天地雲泥の差が生じてくる。しかし無理に気品をつけようと気取っても見ても本当の気品にはならない。気品は朝に求めて夕に得られるものではない。絶えず心を練り気を養い、心と業とが進むに従って、自然に備わるべきものである。
 奥ゆかしき気品漂うところ、人格そのものに高き香薫じ、明るき光映ろい、誰しも、おのずから湧き起る尊敬を禁じえないものがある。
 折れず、曲がらず、鉄をも両断する切れ味と、にえ、におい、いうにいわれぬ気品をもつ名刀の如く、願わくは剣道においても「強さ」と「気品」の両者をあわせ得たいものである。

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2018.05.13

中沢新一「野生の科学」〜ラモーの「Les Sauvages」

 日は東京でした。いろいろなプロジェクトが並行して進行中でして、それらを一つ一つこなすのではなくて、それこそ混ぜこぜに処理していくからこそ、いろいろと面白いことが起きます。
 絶対に結びつかないようなことが、実は高次元(あるいは超低次元でw)結びつくことがあるから面白い。忙しいというのはいいことですね。
 さて、今日もまたいろいろなコトやモノが結びついた一日でしたが、そのうちの一つを紹介しましょう。
 まず東京へ向かう車の中で聴いたラジオ番組がこちら。中沢新一さんが語る「野生の思考」。中沢さんは山梨の出身でいらっしゃるし、若かりし頃、生前の仲小路彰に会うために、盟友の細野晴臣さんらと山中湖を訪ねたような方ですから、私も深いご縁を感じております。近い将来お会いできることを予感(確信)しております。

 若い頃から中沢さんの著作には大変大きな影響を受けてきました。特にいわゆるアカデミーの世界にはまりきらない、ワタクシ的な表現でいうところの「ホンモノのモノ学」は、今の私の土台を形成していると言っても過言ではありません。
 最近(と言っても2011年からですが)、中沢さんは明治大学の「野生の科学研究所」の所長さんを務めておられます。「野生」と「科学」はある意味矛盾する言葉どうしですね。これはワタクシの「モノ・コト論」で言いますと、まんま、「モノ」と「コト」ということになるので、まさに人類は「コトを窮めてモノに至る」という世紀を迎えているということですね。
 さてさて、そういう意味で、今日練習したラモーの「優雅なインドの国々」は実に象徴的です。18世紀ヨーロッパは、科学(コト)がある程度進行し、産業革命の前夜的な雰囲気でした。実はそういう流れに対抗するがごとく、野生(モノ)に対する興味が再興した時代でもあります。
 このラモーのオペラ・バレエも、そうした状況の中で生まれた名作です。中でも有名なこの曲。今日もしっかり練習しましたよ。26日の本番でもたっぷりお聴きいただくことになります。
 曲名は「「Les Sauvages」。日本語で言えば、野蛮・野生です。コトを構築する形で発展した西洋近代音楽の中で、はたして野生はどう表現されるのか。
 今となっては、そのオペラ・バレエの内容はツッコミどころ満載ですが、しかし、そこに生まれた音楽は実に魅力的です。まさに「野生の科学」。
 それを現代日本人の私たちが演奏するわけですから、まったく面白いことであります。


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2018.05.12

100分de名著 『般若心経』

 みません。公私共にとっても忙しく、なかなか長い文章を書く時間がありません。
 皆さんにとっては、そちらの方が嬉しいかもしれませんね(笑)。10年前の記事なんか見ると、まあ長い長い。読みたくなくなっちゃいますよね、あれじゃ。
 今や文字よりも映像の時代。これはある意味では「コトからモノへ」の回帰であります。そういう意味で、以心伝心、不立文字、教外別伝である仏教は、とっても未来的ですね。
 というわけで、そのへんも含めまして、般若心経のお勉強をしてみましょう。私も仕事柄、少なくとも週に一回はお唱えしております。全校生徒500人でお唱えする、それを先導するお仕事をさせていただいております。ご利益あるかな(笑)。
 この番組、なかなか分かりやすく、だからこそ分かったようで分からない感じを、伊集院さんが見事に表現されていて面白い。

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2018.05.11

武田鉄矢が落合陽一を語る

 こ数日、未来的な意味でとっても忙しい。いろいろなところに行って、いろいろな人と会い、いろいろと今までなかったモノを産み出す仕事をしています。正直楽しい!みんながドキドキ・ワクワクすることをしたいですね。
 というわけで、ちょっと時間がないので、今日はおじさん(じじい)の代弁者として、武田鉄矢さんに登場してもらいます。よろしくお願いします。

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2018.05.07

初代iMac誕生から20年

Th_img_1431 うあれから20年かあ。すなわちワタクシたち夫婦も結婚20年ということです。
 というのは、TOWNS使いだった私が、Mac使いのカミさんと結婚してすっかりMacにはまり、そして夫婦で初めて買ったパソコンがiMacだったということです。
 この写真はその歴史を物語っています。分かる人には分かるでしょうね。これ、今、私の寝室兼書斎に積み上がっている遺産たちです。
 ええと、下段左が独身時代の私が使っていた富士通のFM TOWNS II。なんだかプリクラのはしりみたいなシールが貼ってありますね。これは、最近コンデジからの撤退を表明したカシオの、あの初代コンデジQV-10で撮ったものです。懐かしい生徒たちの顔が見えます。
 今思うと、本当にTOWNSってすごかった。TOWNSで簡単にできて、今のパソコンで簡単にできないこともあります。
 その右がカミさんが独身時代使っていたAppleのMacintosh LC-630です。最後のLCシリーズ。TOWNSも使い心地良かったけれども、初めてしっかり触れたMacも衝撃的でしたね。一日いじっていたら、すっかりはまってしまった。
 そして、上段右側が言わずもがな、今年発売20年になる、まさにエポックメイキングな1台、ボンダイブルーの初代iMacです。
 今見ても、本当に魅力的なデザインですね。アップル社はこれによって完全に復活しました。それからの快進撃は説明するまでもないでしょう。
 その左に見えているのは、iMac G5です。これにも大変お世話になりました。現行のiMacも基本この路線ですよね。
 現在の、たとえばiPhoneやiPadにつながるコンセプトというのもは、まさにこのiMacの「i」にこめられていたということです。
 スティーブ・ジョブズは、初代iMacの発表の際、「i」には次のような意味があると語りました。

Internet
Individual
Instruct
Inform
Inspire

 たしかに、ここ20年の私の生活は、まさにAppleによってインターネットにつながり、個人的にコンピュータを手に入れ、教え導かれ、情報を手に入れ、インスパイアされてきました。「i」のない生活など想像がつきません。
 まさに、世界を変え、人々を豊かに、人類を幸福にしてきました。初代iMac発表20年のこの機に、この「i」の意味をあらためて味わってみたいと思います。

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