カテゴリー「文化・芸術」の308件の記事

2008.05.13

「おかえりなさいませ、ご主人様」の不思議

Fig200501305 〜、本格メイドカフェメイド教室(?)には行ったことはありますが、実はホンモノのメイド喫茶には行ったことがありません。ですから、「おかえりなさいませ、ご主人様」などと言われたことはありません。もちろんウチに帰ってきても、妻も二人の娘もそんなこと言うわけありません(「言え」と言えばギャグで言ってくれるでしょうけど、むなしいのでやめときます)。
 さて、そんなメイド喫茶での常套句「おかえりなさいませ、ご主人様」でありますが、これって不思議じゃないですか?いや、別にメイド喫茶じゃなくてもいいんですよ。とにかく「ただいま」「おかえり」の「おかえり」です。
 今日授業中、ウチのメイド…ではなくてギャルどもと漢文の問題を解いてる時、なんだかまた話が脱線して、挨拶の話になったんですね。それでふと気づいたんです。

 「おかえり」「おかえりなさい」「おかえりなさいませ」
 これって命令形じゃん!?
 帰ってきた人に「帰れ!」って言ってるってこと?

 私四十ウン年生きてきまして、もうおそらく何万回も言ったり言われたりしてきたんでしょうけど、今まで気づきませんでした。
 たとえば「おやすみなさい」。これは命令形の尊敬表現として不自然ではないですよね、状況的に。もうそろそろ寝なさいということですね。お互いにそう言い合っても変ではない。
 しかし、帰ってきた人に対して、「帰れ」とはどういうことでしょう。「なんだよ、もう家に帰ってきたのかよ。さっさと会社に(学校に)帰れや!」ってことでしょうか(笑)。
 メイドカフェ風に言いますと、「なんだよ、このキモヲタ!さっさとジュースでも飲んでおウチに帰ってゲームでもしてろや!」っていうことしょうか(冗談ですよ)。
 まあ、「おはよう」とか「こんにちは」とか「さようなら」とか「ただいま」とか「Hello」とか、とにかく挨拶語というのは、本来の意味を失った形式的なものになるんですけど、それでも今挙げたものたちなんか、語源に遡ればそれぞれ「なるほどね」と納得できます。しかし、「お帰りなさい」は納得できないぞ。どういうわけでしょう。
 似たような命令形の尊敬表現では、「いらっしゃいませ」というのがありますね。これも似たような矛盾をはらんでいるんですけど、でもちょっと違うような気もする。基本、店の前を通過する人たちに「いらっしゃい、いらっしゃい(お店に入れ)!」と言って呼びかけるわけじゃないですか。それで実際店に入ってきた時に「いらっしゃい(ませ)」と言う。家で客人を迎える時も、基本玄関先で「いらっしゃい(ませ)」と言うわけですよね。そうすると、「Come in!」的なニュアンスで、「さあさあ、どうぞ中までいらっしゃい」という意味で使っているともとれます。店でも入り口から店の奥へ誘う感じがあるとも言えますよね。
1123580060 それに比べると「おかえりなさい(ませ)」というのは、やっぱり異質です。たしかに玄関が開いた音を聞いて「おかえり!」と言う時もあります。それを「いらっしゃい」と同じように考えることも可能ですけれど、我々はもちろんそんな意識をもってこの言葉を使っているわけではありません。
 歴史的に見ますと、どうも江戸時代にはこの表現があったようです。明治の初期の小説にもけっこう多くサンプルを拾うことができそうです。古いものを読んでいると、時々「今、おかえり」みたいなのも見かけます。これは「今、帰ったんですね?」的なニュアンスで分かる気がします。また、「おかえりなさい」の「なさい」を「なされ」の音便ととらえるのではなく、「なさる」の連用形「なさり」の音便と考えて、「お帰りなさりましたね」的に考えると、なんとなく納得できます。
 しかし、「おかえりなさいませ」と「ませ」まで付きますと、これはもう命令としか考えられなくなります。あるいは「ませ」を已然形と考え、すなわち係り結びの係り部分の欠落と考える…こりゃあ、無理だな(笑)。
 あと、出かける人に対して「お早くお帰り(なさい)」みたいな挨拶というのも実在しますね。これは完全に命令表現です。そういう願望があるからで、実現してほしいことだからです。しかし、帰宅時の「おかえりなさいませ」はそういうことではない…。
 う〜ん、なんだか分からなくなってきたぞ。「おかえり」の意味の他の表現、古語や方言なんかを調べてみても面白いでしょうね。あるいはこういう不思議な命令表現がほかにもあるかもしれない。まあ、もちろんちゃんと調べて論文書いてる人もいるでしょうけど。
 英語ではどうなんでしょうね。「ただいま」は「Hi, I'm home [back].」らしいけど、本当にそういうふうに言うんでしょうか。で、それに対する「おかえり」は、辞書にはただ「Hello!」と書いてある。実際のところどうなのか、今日ALTに聞いてみます。
 というわけで、かなり気になり始めたので、私なりに研究し、いずれ「メイド喫茶における挨拶語に関する一考察」という論文を書きます(笑)。

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2008.05.12

『プロレス黄金期伝説の名勝負』 (別冊宝島スペシャル)

Typ6 っと、またプロレスネタだぞ。どうした自分。それも昭和プロレスへのノスタルジー的記事、多くないか?
 今日、昭和プロレス旗揚げ戦という興行が行われました。本当は行きたかったけれど、平日ではとても無理です。行った方の報告を見ますと、往年の名選手たちは、皆それなりに加齢な(!)動きを見せてくれたようですが、なにしろ客席の雰囲気が、あの昭和のプロレス会場そのままだったとか。温かい野次が飛び交う交響的空間。
 会場に行けなかった私は、そんな昭和プロレスを懐かしむため、この本をじっくり読んでみました。う〜、なんか懐かしいとともに、ほのかな哀しさが…。もののあはれかあ。
 昭和が終わって20年。いや、昭和の余韻が消えて10年。10年ひと昔とはよく言ったものです。昔語りを始めるようになった私も、そろそろ後期中齢者(?)になろうとしています。
 多くの語り手がそうであるように、私もまた、あの頃は良かったという時、あの頃の日本は良かったという感慨とともに、「あの頃の自分は良かった」という感懐をも、そこに含ませています。
 先日『プロレス「悪夢の10年」を問う』の記事に書きましたように、まず変ったのは社会であり、それにつれて「私たち」も変り、そして、それに迎合する形でプロレスという商品も変ってしまいました。
 「私たち」が社会やプロレスを変えてしまったのだという、そういう言い方もレトリックとしては可能でしょうが、やはりそれは事実ではないでしょう。私たちにそんな意思などなかった。あくまで、政治という「集団気分」を醸成するメディアに流されてしまったのです。
 私は何度も小泉劇場を評価する文章を書いてきました(検索すればたくさん出てきます)。その一方で、たとえば「談合」を肯定し、アメリカ的な(エセ)ガチンコ市場至上主義を否定するような文章もたくさん書きました。そこに矛盾を感じる方もいらっしゃるとは思いますけれど、あくまで、私は小泉さんを役者として高く評価しているのであって、彼の騙ったシナリオの内容を賛美するものではありません。
 談合や根回しのような、まさにプロレス的世界を否定し排除しようとし続けたこの10年で、日本はさらに疲弊してしまった。なんだか「遊び」がなくなって、そう、柔道着から「遊び」が消えて柔道がJUDOになってしまったように、私たちも、みんなただの人間として窮屈に自分のなわばりを守ろうとするようになってしまった。常に緊張して相手のスキを狙っているような、そんな貧しい動物のようになってしまった。
 プロレスの凋落と総合格闘技の興隆の裏には、たとえばヤクザさんのお仕事事情の変化もありますよね。いわゆる「興行」という、地方の伝統に根ざした旧来のお仕事がしにくくなったおかげで、彼ら(の一部)は違うスタイルのお仕事をするようになりました。
 昭和の時代に誰が、さいたまスーパーアリーナに数万人の人を集めて地下プロレスをやるようになるなんて想像したでしょう。プロレスや柔道やその他の格闘技の領域で、人を傷つけない、また他の領域を傷つけない「道」を極めていた人たちが、ほとんど素手で本気で殴り合って潰し合いをするなんて、誰が考えたでしょう。
 それは夢として、妄想として、物語としてはありました。しかし、それはある意味侵すべからざる領域、すなわち聖域であったはずです。歴史的にもそういう聖域を守ってきたはずのヤクザさん自らが、俗世間の悪神たちに魂を売って、今のような状況を生んでしまった。あの法外な放映料はなんですか。リングサイド席ウン十万円とかいうそれこそヤクザなチケットはなんですか。
 さて、こんなふうにグチをこぼしても、もう時間は戻ってはくれません。ただ、私に出来ることは、「あの頃は良かった」という気分を醸成すべく、自分を演出していくことだけです。おじさんとか年寄りとか言われても全然構いません。なぜなら、歴史は常にそうしたうねりを繰りかえしてきたからです。その時に必要なのはやはりノスタルジーなんです。
 現状に早く飽きてしまえ。そして、反省して昔に戻れ、社会よ、自分よ、プロレスよ(その他、音楽や秋葉原やプロ野球や…いくらでも出てきますね)。
 そういう意味で、この本のような昭和の余韻が復刻されて、コンビニに並べられているというのは、実に結構なことです。気分の醸成に、最先端の商売が協力してくれているわけですから。
 この本の元本は、1993年すなわち15年前に発行された別冊宝島179号『プロレス名勝負読本』です。大きな変革期を迎えようとしていた、だからこそ古いものと新しいものがぶつかり合ってエキサイティングであった、80年代、90年代初期のプロレス名勝負について、そうそうたる人々がそれぞれ濃く熱く語っています。ああ、ライターも昭和してるなあ。そこにはまだまだ物語が息づいています。
 特に私が面白く読んだのは、今や東大の大学院の先生でもある松原隆一郎さんの文章ですね。今でも彼の格闘技論はなかなか本質を突いていて勉強になるんですけど、この頃からやっぱり視点が鋭いですね。社会学的、コミュニケーション論的な視点というのは、どちらかというと私のセンスに近い気がします。彼はジャズのマニアとしても有名ですし、ジャズと格闘技を本質的に同じものだと考えているあたり、私と気が合いそうです。一度お話してみたいですね。盛り上がると思うんですけど…なんて、東大大学院の先生をつかまえて何を妄想してるんだ(笑)。いや、こういう夢、妄想こそが「遊び」であり、明日へのエネルギーになるんですよね。
 それにしても、全編を通して読んでみますとね、猪木という男と前田という男、この二人がいかに天才的なアホだったか、よく分かりますよ。彼らが時代を動かしてしまった。政治的な動きと格闘技界を結びつけてしまった。もちろんヤクザの世界も含めてね。う〜ん、功罪半ばでしょうか。一つの文化を殺してしまったとも言えるけれども、一方で格闘家の食いぶちを供給したとも言えるしなあ。難しいところです。
 ということで、今日もすっかり懐古的な一日でした。しかし、先ほども書いた通り、こうした負方向への気分こそが次の時代への動力になるんです。そう、ゴムを引っ張ってパチンコ玉を飛ばすように、まずは逆ベクトルに加担しなくちゃ。

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プロレス黄金期伝説の名勝負

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2008.05.09

障子に桜咲く

Syouji 子というのはよく考えるとすごいモノですね。世界中探しても、なかなかこういうものはない。なにしろ紙ですからね。昔はもちろんガラス戸なんかありませんから、紙一枚で内と外を画していたわけです。
 通気性があり、また、外界の光をおよそ半分透過拡散し、案外断熱性も高く、湿度の調整までしてしまう。紙だから破損しやすいかと思うと、専用の障子紙はなかなかの強度を持っています。適度な弾力がその強さの秘訣ですね。
 あと、格子状の直線的デザインも和室には欠かせない要素の一つです。この写真は拾ってきたものですけど、円窓の曲線と障子の直線の対比が美しいですね。
 さて、今日は先週に続き実家に来ております。いよいよ実家もブロードバンドになるということで、無線LANやら何やらの設定をしに来ております。
 家族みんなついてきまして、オマケに黒猫のミーも来ました。彼女はまだ子猫なんですが、下半身不随なので、泊まりのお出かけとなると、どこにでも連れていかなければなりません。自力で排尿ができないので、置いてけないんですね。
0093 で、ミーがですねえ、なんだかいつのまにかケージから脱出しまして、実家の和室の障子をガリッとやってしまったんですよ。ガーン。
 そこで登場するのが「ザ・障子張り職人」ウチの親父です。この前、iBookをハサミでジョキジョキ切り刻んだ恐ろしい人です。しかし、あの大胆な行動とは対照的に、障子張りに関しては、非常に繊細な仕事ぶりでありました。
 だいたい、「障子張り用」と書かれた箱にいろいろとマニアックな道具が入っている時点ですごい。私なんか面倒だからアイロンで貼るタイプでてきとうにごまかしちゃうんですが、父はちゃんと昔ながらに障子貼り糊から作ります。なんだか見たこともない障子張り用の定規なんかもあるぞ。
 なのにカッターの刃が逆さにつけてあって、つまり上下前後が逆、すなわち持つ方から刃が出ていたりするのは、まあご愛嬌(笑)。さすがにちょっとボケて来ているのか、あるいは職人的にはそこはこだわらない部分なのか…。
0094 で、今回は被害が小さめでしたので、すでに数枚用意されている桜の花の形をした当て紙で補修いたしました。これもまたいかにも日本的な世界観ですね。張りたての完全なる障子世界も美しいものですが、こうして、完全の欠けてしまった、いわば不完全な世界を、一つ発想を変えて、一つ何かを加えることによって、違う完全世界を作ってしまうんですね。
 こうして桜が咲きますと、障子世界のみならず、部屋の風景や、こちらの気持ちまでも変ってしまうから不思議です。また、咲いた桜に、この日のミーや私たち家族の記憶が残るわけですよね。この桜の花を見るたびに、この日を思い出すことができるわけですから、これまたオツなものであります。
 最近ではこのように猫でも破れない障子紙が発売されていますけど、ある意味味わいがないとも言えますね。こうなると逆に猫ちゃんガンバレ!と言いたくなるかも。

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2008.05.07

『プロレス「悪夢の10年」を問う』 (別冊宝島)

世紀の「大沈没劇」を検証する
Seuyuy たプロレスネタですみません。でも、これは私にとって、自分の生き方そして社会の変化について考える、非常に重要なヒントを与えてくれるもの、いやほとんどテーマそのものなので、どうしても避けて通れないんです。
 やはり、プロレスは自分や社会を映す鏡なんですよね。ですから、プロレスの凋落激しかったこの10年というのは、まさに自分たちや社会が、そういうふうに変わった10年だったということなんです。
 世間ではいったい犯人は誰だ!?のような議論が盛んに行われました。そして、実際にいくつかの原因が取りざたされましたが、どうもすっきりしない。そう、最も激しく犯人扱いされたのは、ミスター高橋の暴露本でしょう。もちろん私もそれを読みましたが、それはまあ不文法を明文化しただけであって、何を今さらとは思いましたが、世の中を改革してしまうほどの力は感じませんでした。やっぱり原因はそれじゃあない。
 このムックも基本、一般論に対する懐疑的な立場をとっています。しかし、だからと言って何か一つの結論が提示されているわけでもない。冒頭に「変わったのはプロレスか、自分か、それとも−」とある通り、結局よく分からないまま終わっています。というか、ずいぶんと話がそれていって、あれ?この本って何の本だっけ?という感じ。そして、なぜかそのそれた部分の方が読み物としては面白かった。
 特に、昭和を彩った怪物記者、怪物編集者の皆さんのくだらない(失礼)ぶっちゃけ話と、彼らに対するある意味プロレス的なわざとらしさを伴った宝島側のツッコミには、大いに興奮させられました(笑)。
 あと、「大沈没劇」のおかげで味わえる哀愁という意味では、最後の阿修羅原のインタビューと劇画が秀逸でした。もうほとんど演歌の世界ですよ。そうそう、去年泣いたラッシャー木村の劇画と同じ「もののあはれ」だな。沈没の美…国際プロレスって本当にいいですねえ。カミさん曰く「人生の春夏秋冬…(涙)」。
 さて、いきなりですが、私はよく分かってるんですよ。なんでプロレスが凋落したか。変わったのは、プロレスであり、自分であり、社会なんです。そうですねえ、順番としては、まず社会が変わった。そして自分(私たち)、最後にプロレスなんじゃないでしょうか。
 2001年、ミスター高橋の暴露本が出版された年ですね、この年は小泉構造改革が始まった年でもあります。そして、どんどん世の中のいわゆる「ムダ」が排除されていきました。全てがリアルにオープンの方向を目指し、それこそがいいという神話が形成されていきました。ガチンコ社会こそが「機会の平等」を生むという幻想が生まれたんです。
 そこで消えたのが例えば談合です。私はこちらで書いた通り、談合こそプロレスであり、それが人間の本質と智恵であると考え、行きすぎた談合はですね、それはいかんとは思いますが、だからと言って、それを徹底的に排除して自分たち個人個人の欲望と無力さを露呈させるのには大反対なんです。
 でも、世の中はみんなそっちの方向に行ってしまった。リアルを求めてしまった。総合格闘技の人気が出たのも、そういう我々の意識が商売になるからでしょう。談合じゃなくて、ガチンコでオープンのオークションの方が正しいし、面白いと思ってしまった。
 レスラーたちも喰っていかねばなりませんから、市場がそちらに流れれば、自然とそういう方向に行きたくなります。特に体の小さな人たちはそうでした。体が小さいと、プロレス的にはルチャをやるしかないわけですから。
 そういう意味で、このムックで一番勉強になったのは元UWFインター山本喧一選手のインタビューでした。彼は本当にいいことを言っています。今、彼は格闘技の世界で頑張っているわけですけど、彼も体が小さかったので、いわゆるプロレスラーにはなれなかったクチです。自分でもそう言っています。彼は「プロレスは化け物の世界」と語っていますが、まさにそれですね。今のプロレス界には馬場や猪木やアンドレや鶴田のような化け物がいません。プチ化け物やシロウトがずいぶんと増えてしまいました。それも凋落の原因でしょうね。
 逆に言えば、それは「見世物文化」の衰退とも言えます。世の中のエセ福祉、エセ思いやり、エセ平等、エセ人権、エセヒューマニズムが、そういう「モノ」を幽閉しつつあります。教育現場でもモノノケはずいぶんと生きにくくなってますよ。まったくねえ。
 大相撲の凋落も、まったく同じ原因でしょうね。日本古来の素晴らしき神道的伝統である、談合的全体主義と見世物的福祉と物の怪への畏敬の念が消えてしまった。残ったのは、我々人間個人の不純なる「自己」と単純な勝ち負けの図式だけでした。そういう「コト」を包み込んでいた母性のようなモノはどこに行ってしまったのでしょうか。人間のデジタル化なんでしょうかね。アナログ的なあいまいさと、美しきムダやムラはもう評価されないんでしょうか。
 …と、話がふくらみすぎてしまいましたね。なんだか自分でも何を言っているのかわからなくなりました。とにかく、とんでもない怪物が現れて、総合でも完全王者になってくれるしかないですね。私たちの欠落感を埋める物語を紡ぐ、そういうある意味天皇みたいな、恒星みたいな、そういう存在が現れねば。朝青龍もジョシュ・バーネットもいいけど、やっぱり日本人のそういう怪物が現れてくれないかなあ…やっぱり三沢さん?

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2008.05.04

日本平動物園

080504 日より、ワタクシの実家のある静岡市に来ております。山梨はなんとなく寒くてストーブなんてたいたりしてたんですけど、こっちはもう完全に夏です。寝苦しいなんてもんじゃない。いやあ、隣の県なのにこうも違うか…。
 さて、今日は私の母と私のカミさんは東京へ行っております。シャンソン歌手のしますえよしおさんのコンサートに行ってるんです。きっと感動して帰ってくることでしょう。そして、カミさんによるものまねショーが絶対始まります(結果、やっぱり始まりました…笑)。
 で、残された私と娘たちと父は、4人で日本平動物園に行ってきました。私は、そうですねえ、まじで40年ぶりくらいに行くんじゃないでしょうか。日本平動物園と言えば直立レッサーパンダの風太ですね。そう、彼はここ日本平動物園で生まれたんですが、千葉の動物園に連れていかれて、そこで大人気になりました。日本平としては複雑な心境だったでしょうね。
 日本平動物園は、静岡市営の動物園として1969年に開園しました。全国で動物園ブームが起こっていた時期ですね。まさに私の幼少期のことです。それから、なんだかんだ言って、動物園というのは家族レジャーの定番施設として、脈々とその命をつないできました。最近は経営難のところが多いようですけど。
 よく言われるように、動物園というのは実に近代的、暴力的、植民地支配的な発想による歓楽施設なわけでして、それについてはある意味いろいろと問題もあるわけですね。動物愛護どころか動物虐待ではないかと。
 まあそんなふうにも言おうと思えば言えますが、まあ動物の気持ちなんて案外分からないものでして、彼らも、命の危険にさらされず、それこそ近代的な生活を満喫しているとも言えるわけですから、もしかすると幸せだ、ラッキーだったかも、と思ってるやもしれません。
 そして、これもまたよくある言い方ですが、オリの中から我々人間をウォッチングしているのかもしれませんね。オリの中にいるのは私たち人間たちなのかも…。まあ、なんとでも言えますな。
 さて、そんな動物園に久々に行ったわけですけど、なんだか、私は違った意味で衝撃(笑撃)を受けましたねえ。全く、ウチの娘たちと来たら、本当におかしい。本物の動物たちに、まあそれなりに感動はしてましたけれど、それ以上に、なんだか違うことで盛り上がってる。
 それはすなわち、ポケモンであります。えっ?動物園でポケモン?
 そうなんですよ〜。それぞれの動物を見るなり、ほとんど全てポケモン化するわけです。サルはヒコザルとか、カメはカメックスとか、キリンはキリンリキとか、ペンギンはポッチャマとか…よくわかりませんが、なんでも32体ゲットしたらしい。
 おいおい、どっちがオリジナルなのか分かってるのか!?リアルよりフィクション、ファンタジーの世界の方が大事なのか!?
 ま、考えようによっては、子どもというのはこのくらい妄想的な方がいいのかなあ。夢があるというか、物語的世界に生きるというのか。なんだか、いろいろ考えちゃいましたよ。
 だいたい、ポケモンだって、実に近代的な支配被支配関係に成り立つ物語ですよね。物の怪を飼いならし、そして闘犬、闘鶏的バトルをさせるわけですからね。いかんなあ。たしかに、ポケモンには人とポケモンとの信頼関係や、相互的な成長なんかも見られるわけで、まあリアルな動物園的世界よりは多少救いがあるのかもしれませんね。いや、そうでもないか…笑。
 今思い出してみれば、幼少のワタクシも、動物を見てはウルトラマンの怪獣の名を叫んでいたような気もします。ああ、こうしてヲタの遺伝子は継承されていくのでしょうか(笑)。
0805042 あと、面白かったのは併設されている遊園地(?)でしょうか。それこそ昭和を感じさせる遊具がたくさん。一番笑ったのはメリーゴーランドです。遊具自体の渋さは言うまでもありませんが、なぜか回転中ずっと「山口さんちのツトムくん」がかかってました(笑)。
 ところで、よく見るとメリーゴーランドの馬って、テオドール・ジェリコーの「エプソムの競馬」風のデザイン、すなわちあり得ない走り方してるんですね…なんて、そんなとこにツッコミを入れるなんて、私も野暮な大人になったものですね。

日本平動物園公式

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2008.05.02

アンサンブル・ラルバ 『ソプラノとリュートで紡ぐ 中世の愛の歌』

542ga 士吉田パプテスト教会で行われたヨーロッパ中世音楽のコンサートに行ってまいりました。
 歌とサンフォニーは夏山美加恵さん、リュートはルネ・ジェニス=フォルジャさん。
 セフェルディックやトルバドゥールの歌といった、11世紀から13世紀にかけてのイベリア半島の音楽を中心とする大変渋いプログラムでしたが、会場は満員大盛況。私のような古楽人でもなかなか生で聴く機会のないジャンルでしたから、一般の方はどのような印象を持たれたのでしょうね。きっと不思議な感じがしたのではないでしょうか。いわゆるヨーロッパのクラシック音楽のイメージを抱いて会場にいらした方々は、あの非和声的、旋法的、即興的、詩的な世界は、全くの新しい体験だったのでは。
 当時のイベリア半島には、イスラムやユダヤの文化が多く流入し、中世キリスト教音楽と、現地の民俗音楽が混ざり合う、大変に個性的な音楽や詩、そして言語が発達していました。近代的なそれらに統合される前の一種カオスの状況とも言えますね。そこに立ち現れるエネルギーはどこかアジア的でもあります。ああ、そうか、その頃はまだ、「西洋」は確立してなかったんだよなあ。西洋以前、西洋はまだ世界の一地域に過ぎなかったわけでして。
Nm 今日演奏された曲、そして楽器は、明らかに西アジアを発祥としています。リュートと称された復元楽器はほとんどウードですし、歌われる旋律にもアラブ音階が多く混入していました。私は当時のヨーロッパ語についてはほとんど分かりませんけれど、歌われた詩における言葉もかなり古い形なのだと思われます。いちおう私、古い日本語を専門していますから想像はつきます。1000年前の日本語はつまり平安のそれですからね。語彙、文法だけでなく、音韻的にもとんでもなく今と違います。
 そのへんの復元について、どのように行われているのか、夏山さんにいろいろとうかがいたかったのですが、終演後子どもが早く帰りたがっていたので、充分な時間が取れませんでした。残念。
 そうそう、お客さんから「楽譜が残っていないのに、どうやって当時の音楽を復元するのか」というするどい質問が飛んでいましたね。夏山さんは「企業秘密」とおっしゃっていましたが、まあそのへんの事情については私はよくわかります。そして、その企業秘密の部分こそが、いわゆるクラシック的な発想とは違う古楽的な部分であると思いますし、その現代性とも、またその自己撞着性とも言えると思いますね。そうしたファンタジックなところや、フィクショナルなところが面白いんですよね。
Rgf 西アジアで生まれた音楽が、かたやシルクロードを通って東の果て日本(わかりやく言えば正倉院)にたどりつき、かたや西進してイベリア半島にたどりついた。そこでしばらく醸されたのちに、16世紀に両者はグルッと回って(裏側を回ったわけではありませんけど)九州で出会うわけですよね。う〜む。
 そんなことに思いを馳せながら今日の演奏を聴きますと、普段我々が接している近代ヨーロッパ音楽がいかに特殊なものであるか、再び確認されるのでした。それはまるで共通語としての英語のように世界を席巻しておりますね。英語だけが言葉ではありません。それと同様に音楽も実に多様であるわけです。
 英語が機能的で便利であるのと同じように、近代西洋音楽は「便利」で「共有しやすい」、つまり近代合理主義的価値は高いわけですし、実際その特長を活かして我々は高度な作品を構築したのですが、違った価値基準からすれば、それ以上の言葉や音楽は無数にありますね。私たちがそうした別の価値に気づくよう努力しなければなりません。夏山さんもおっしゃっていました。そのために活動しているのだと。
 あと、「詩=言葉が先」ということに関して。これは日本の歌(和歌)の世界も全く同じです。テキストは残っているけれども、旋律は記録されていません。記録する必要がなかったと言うよりも、記録できなかったわけですね。毎回違っていたわけですから。古い日本語では楽器の音色のことを「もののね」と言いました。歌詞は「コト」として言の葉で固定されましたが、メロディーは常に更新されては消えていく「モノ」であったわけです。そして、コトからモノが発するという、我々の一般的な活動(コト化)と逆のエネルギーの流れこそが、芸術の本質であります。
 今までも何度も書いてきましたので、繰り返しになりますが、「モノ」を「カタル(コト化)」して「コト(作品)」が生まれ、それを受容した人から新たな「モノ」が生まれる、そうした循環がすなわち芸術の生命力であり、人間の生命力であるのです。
 と、こんなふうにいろいろなことを考えさせてくれるいい演奏会でした。私の音楽的後半生のテーマがまた明らかになったような気がしました。ありがとうございました。

アンサンブル・ラルバ公式(視聴も可…ぜひお聴きください)

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2008.04.30

中吊り広告

Yhhjs のように田舎に住んでますと、あんまりお目にかからない電車内の中吊り広告。電車に乗らないし、それ以前に富士急行線には中吊り広告なんかありませんね。車両の壁に渋〜い広告はありますけど。
 昨日、久々に東京の電車に乗ったので、じろじろと見ながらいろいろと考えました。また、考えたのと同時に、見事に購買意欲をかき立てられ、あるものを買うハメになりました。いやあ、都会の人は大変だなあ。いろんな欲望をかき立てられる。それに従うとお金がかかる。ある意味修行だな。
 と、タイミング良く、今日のNHK「cool japan」で「広告」が取り上げられ、その中で中吊り広告も紹介されていました。外国人から見ますと、あの中吊り広告はかなり不思議な存在らしい。彼らの中でも意見が分かれ、華やかだしヒマつぶしになるしカワイイ女の子はいるし、とってもcool!という人と、邪魔だ!not cool!という人と、両方いましたね。とりあえず、海外にはこういうのはないらしい。
 たしかに、部屋の中央にあんなにいろんなポスターがぶら下げてあったら、邪魔は邪魔ですね。でも、無視しようと思えば無視できるし、最近ではデザインに凝ったものも多く、一つの表現の場になっていますよね。実際目を楽しませてくれるものも多い。
1774048028_2100cc3c82_m 今日の番組でも、上に載せたお茶の広告や、右のNHKきょうの料理のテキストの広告などが紹介されていました。こうなると、電車の車内が一つのアート空間になるわけで、日常空間…いや、会社への(あるいは家庭への)道のりという特殊な時空に新たな意味が付加されることになるのかもしれませんね。
 同じく番組で取り上げられていた都会のネオンサインもそうですけど、とにかく全体のことを考えない、あるいは周辺との調和をあえて図らない、ああいう雑多なカオスな表現というのが、日本の風景の特徴になっていることはたしかです。以前はそういうコーディネイトの存在しない街並みなど、私はあんまり好きではなかったのですが、最近はこうやって外国人がcool!と言ってくれるし、なんとなくこれこそ自然な美なのかなと思うようになりました。
 自然界も基本自己中心的だし、隙間や油断があればそこに蔓延る存在ですよね。それが全体として俯瞰すると一つの美を構成したりする。そういう、ある意味「コト化」されない多様性の美しさ、豊かさ、そしてそこに自然に溶け込んで生きる日本人というのは、案外cool!なのかもしれませんね。
 それにしてもですね、日本にはビキニ姿が本当に蔓延してますなあ。この前の「オタクはすでに死んでいる」にも書いてありましたっけ。そして、番組で外国人も言ってましたよ。子どもの雑誌から大人の雑誌まで、とにかく半裸の女ばっかり。言われてみると世界的には異常な事態ですね。実際の街中では、女性のボリューム感、そして露出度の比較的低い日本ですが、なぜか2次元世界になると異様にセクシー満載になりますよね。さすが妄想王国ですね。実は国民総オタク、総萌えなんですかね。
 ああ、そう考えれば、ネットの世界なんか、ある意味世界の中吊り広告みたいなもんだな。カオスにしてセクシー、欲望をかき立てられるし、偶然性も高い。無視しようと思えば無視できるし。ネットは自然のアフォーダンスを再現なのかもしれませんね。
 そうそう、ネットで中吊り広告を実現しようとしたこのサイト、今のところ全く広告主が現れず、ものすごく閑散としてますよ。やっぱり中吊りがないと落ち着かないよな…。
 ちなみにリアル山手線の中吊り広告、2日間で210万円(各車両1枚ずつ)だそうです。案外安い?

Amazon NHK Cool Japan 外国人が感激するニッポンの魅力

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2008.04.28

『正則 ニューナショナル 第三リードル獨案内』 森修一 訳著 (大阪書房)

3reader の前の「哲学の東北」にも、南方熊楠はものすごく英語が上手だったという話がありました。明治の知識人はけっこう外国語得意でしたよね。いったいどういう勉強をしていたんでしょう。今の日本の英語教育はなんだか迷走していますけど、あの頃はどうだったんでしょうね。
 と思っていたら、今日あるクラスの生徒が「ひいおじいちゃんが使ってたテキストが見つかった」ということで、何冊かの古い本を貸してくれました。そのうちの一冊がこれです。
 これはリーダーのテキストの虎の巻ですね。先生用のようです。今の教科書ガイドのように生徒も使ったんでしょうか。当時の学生や先生たちがどのように英語を学習していたかよく分かる貴重な資料です。
Catmouse_2 ちょっと右の写真をクリックしてみてください。ネコとネズミの会話ですね。ご覧のように、本文の上にカタカナで発音が、下には訳が載っています。そして訳の下には漢数字で訳す順番が書いてあります。まるで漢文の書き下しですよね。
 発音のカタカナをよく見ると今の感覚とはちょっと違うものもあって興味深い。「t」を「ツ」に半濁音の○をつけて表したり、独自のルールがあるようです。ただ、カタカナをそのまま読めばいいわけではありません。時々、「生徒に発音の練習をさせよ」みたいな注記がありますから、やはりカタカナ英語ではダメだという感覚があったんでしょうね。でも、こうしてカナで発音を示すのは悪いことではありせまんね。当時のルビ文化と同じで、私はそこに積極的な意義を認めます。
 日本語訳がそれこそ漢文訓読調(文語文)で面白いですね。このシーンは会話ですのでまだ分かり易い。ほかのところではまず日本語が難しくて生徒たちは面食らってましたよ。時々「意訳」が載ってるんですけど、それでもまだ難しい。我々は、英語を漢文訓読調に訳したものの意訳をさらに現代語訳しなくてはならないわけです。面白いですねえ。
 そして、なんといっても漢文の返り点のような漢数字の存在ですね。これは今の英語教育的観点からしますと、どうなんでしょうね。私はけっこう目からウロコでしたよ。漢文もそうなんですけど、とにかくこうして語順を日本語調にしながら解釈していくと、いつのまにか外国語の文法的構造がわかるようになるんですよね。遠回りのようですが、実は効率的な学習方法のような気もします。
 昔の人は、漢文や英語をこのようにしてとにかく多読して、そしていつのまにか白文でも理解できるようになっていったんでしょうね。発音はできなくとも意味がわかる、すなわちリーディングとライティングを先に完璧にして、そして必要があればスピーキングやリスニングに移行したんでしょう。今の外国語教育は逆のケースが多い。とにかく会話から入りたがる。もちろん、国際関係の状況が今と昔とでは全く違うわけですから、一概にどちらがいいとは言えませんけどね。でも、なんか私たちが忘れている大切な智恵がそこにあるような気もします。
Newwords あと、面白かったのは、新しい単語の学習の部分ですね。左の写真をクリックしてみてください。ご覧のように、新しい単語のスペリングが同時に発音記号になっているんです。いろいろな記号や異字体を使ってスペルと発音を有機的に関係づけて学習させてますね。この発想は私の中にはありませんでした。なるほどなあ、と思いました。もしかすると、ネイティヴの感覚に近いのかもしれませんね。無意識的でしょうけれど、つづりと発音の関係はこのように把握されているのかもしれない。これは学校教育の現場で復活させてもいいのでは。
 途中、国語教師に対するアドバイスも載っています。英語と国語、今よりももっと上手に連携していたみたいですね。なるほど。
Sanjutu この本のほかに、数学(算術)のテキストもありました。「受験問答叢書 新撰算術問答」という本です。これもなかなか興味深い内容でした。「算術とは何か」「数とは何か」というところからスタートして、四則計算、小数、分数、比例、歩合、利率といった内容に進んでいきます。最後には当時の高等学校や師範学校、陸軍士官学校や海軍兵学校の入試問題が載っていまして、それを見ますと、今の数学の試験とは違って、生活に根ざしたより実用的な問題が課されているのがわかります。今の数学はずいぶんと抽象的な世界になっているんだなあと思いました。それがいいのか悪いのか、なんとも言えません。
Oshibana さて、この算術のテキストを繰っていたら、とっても素敵なものを見つけました。押し花です。きっと若かりしひいおじいちゃんが、勉強の合間に野の花を摘んできて、なんからの気持ちをこめて押し花にしたものでしょう。なんかジーンとしちゃいました。明治のロマンですね。今の若い男で、こういうシャレたことする人いませんよね。私はそこに本当の「日本男児らしさ」を感じましたね。おそらくこの名もない花、百年ぶりくらいに陽の光を浴びたのではないでしょうか。美しいなあ。豊かだなあ。ちょっとうらやましくも思いました。

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2008.04.27

ツタサラダ(特別仕様マカロニサラダ)

 は今、学校にお泊まりしてます。先日の非ヲタの祭典球技会が終わってそのまま、宿泊学習会に入っております。すごいスケジュール設定だなあ。文武両道ということでしょう。生徒たちは若いので、あれだけ騒いどいて、夜遅くまで勉強、そして朝までまた騒いでる。すげえなあ。こっちは死にそうです。
Erty さて、その球技会では、ウチのギャルどもは恒例のお弁当の持ち寄りをやってました。一人一品ずつというやつですね。で、その輪の中に参加させていただきまして、私としては珍しく昼食を食べました。
 どの一品も逸品でありましたが、中でも激ウマだったのが、ある生徒が持ってきたマカロニサラダです。え〜、最近のJK(女子高生)は料理も上手…なわけなく、ほとんどの逸品はお母さんの手作りだったりするわけですけど、こちらのマカロニサラダはおばあちゃんの作品であります。
 その生徒の住む地域では、というか、日本の田舎ではけっこうあることではないでしょうか、何かイベントがあった時、例えばお祭りとか、田植えとか、法事とかあった時にですね、子どもが家に集まったりするじゃないですか、そういう時に、大量のマカロニサラダとカレーを作るんですね。それをみんなで食べる。車座になって、子どもだけじゃなくて、大人も食べる。
 なぜマカロニサラダなんでしょう。それも必ずフルーツが入っていて甘い。りんごのスライスとか、みかんの缶詰めとかパイナップルの缶詰めとか、場合によっては干しぶどうなんか入ってたりする(今、聞いたら砂糖も入れるんだとか。あと○○も…企業秘密だそうです)。
 その甘さが祝祭性を感じさせるんですね。ふだんは甘いサラダはちょっと苦手なんですけど、こういうハレの日にはそれが異常に美味く感じられる。まさに非常にして異常なる甘さ美味さであります。そうそう、「うまい」は本来「あまい」なんですよね。昔の日本ではたしかに甘いものを食べる機会なんて、そうそうありませんでしたからね。やっぱりハレの日の味覚ですよ。
Tuta で、なぜマカロニサラダかってことです。というか、マカロニサラダって日本独自の料理ですよね。あんパンみたいなものでしょう。ポテトサラダにマカロニが混入している。ポテトサラダが主体なのか、それともマカロニが主体なのか。そのへんも微妙ですよね。サラダパスタとは格というか品格が違います。魚肉ソーセージなんか入ってたりして、聖俗で言えば俗なのに、しかしハレの日にふるまわれる。これは文化的に興味深い現象ですね。
 あんまりうまいので、みんなで大量に食べてしまいました。マカロニやジャガイモが入っているおかげで腹持ちもいいですよね。また、フルーツも入っていますからある意味デザートとしても楽しめる。ある意味、ごはんとおかずとデザートをいっぺんに食べられる、とも言えますね。
 このマカロニサラダを作ったのは、生徒のおばあちゃん「ツタ」さんですので、この逸品に「ツタサラダ」という名前を付けさせていただきました。で、みんながおいしいおいしいと言って食べたというのをツタさんが聞いて、とっても喜んでくれまして、今日の朝食もまたツタサラダでした。ありがたや、ありがたや。またハレの日にぜひ作っていただきたいですね。
 いや、まずは孫がこのワザを継承しなくてはなりませんな。聞くところによると、味付けは長年の勘としか言えないとのことです。これこそ文化ですな。

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2008.04.26

『哲学の東北』 中沢新一 (青土社)

Tohoku 沢新一さんも、私と同じモノを東北に感じているんですね。やはり何かあるんです。あそこには。
 「東北の哲学」でなくて「哲学の東北」。これもよくわかります。艮ですよ。鬼門。出口王仁三郎も言います。日本は世界の艮(東北)だと。そこになにかが幽閉されている。それは…。
 私もどういうわけか東北に惹かれていました。若い時にも何回か足を運んでいます。そこには啄木や賢治寺山太宰がいました。彼らの言葉を通じて知った東北はなぜか我々都会人よりずっとオシャレでした。この本でいうアヴァンギャルドというヤツでしょう。
 しかし、矛盾も深く感じていました。彼の記した言葉と、実際に東北の人たちが語る言葉、あるいは村々に記された言葉とのとんでもない(!)乖離。いったい何が起きているのだ。
 その後、棟方志功や土方巽に出会い、そして縁あって東北の女を嫁にして、そうして違った意味で東北に通うようになってようやく分かりました。ああ、ここは「モノ」の国だと。「コト」の国ではない。懐かしい物の怪の国だ。
 「モノ」の国だからこそ、そこに現れる「コト」はみんなウソくさい。ウソであることをはばからない。それがエロティシズムであり、フィクションであり、ユーモアであり、いかがわしさであり。まるで人間の活動が全て見世物であるように輝いている。
 賢治や啄木や太宰や寺山や土方の言葉が特別なのは、そうか、単に外国語だからだ。カミさんはそれをいとも簡単に私に教えてくれました。なんだ、それだけのことか。あれは全部ウソだから輝いていたのか。だからタモリの寺山はあまりにそれらしくて面白いのか。
 この本でも、そうした言葉の問題が取り上げられています。東北があいさつとことわざの世界だというには大賛成です。あいさつしかない。それはよくわかります。私なんか東北にいるとしゃべりすぎてしまいます。彼らがしゃべる時は、それはフィクションとしての作品を生む時です。そうそう、あの時の皆さんの武勇伝大会は面白かったなあ。どこまでが本当かわからない、本当の物語を聞いたような気がしましたっけ。
1 中沢さんと対談者たちは言います。異質の「もの」どうしが結びつくエロティックな力。それはロゴスでもコスモスでもない。贈与の力。イマジネールからリアルへ。客観の方へ。物の方へ。コミュニケーションとしての言語ではない。モノとしての言語。嘘こそが存在の様式。
 唯物論的な物言いはあんまり好きではないのですが、しかし、やはり「モノ」がベースであるような気がするのです。「コト」は我々の意識であり、だからこそ存在はフィクションであると。「モノ」という大地に咲く「コト」という花だから美しい。本書にもありましたが、まさに仏教を象徴する蓮の華ですよね。
 土方巽のよき理解者であり、よき継承者であり、よき体現者である森繁哉さんとの対談が刺激的でした。「物」と一体化するんではなく、「物」は他者のままにしておかねばならないと。接続はするけれども一体化はしない。できない。私たちの肉体からしてそうだと。舞踏の基本姿勢ですね。
 思い通りにならないことの素晴らしさでしょうね。あっそうか。「ものにする」という言葉、あるいは「ものになる」という言葉、なんとなく自分の「モノ・コト論」とは矛盾しているような気がしていたんですが、そんなことなかったんだ。一体化ではなく、あくまでも外部の他者と接続するという意味なんだ。そうすると「仕事は体で覚えるな」「習熟するな」という言葉の意味もよくわかるというものです。
 やはり東北(艮)には、近代が忌み嫌った「モノ」が幽閉されていました。だから懐かしく恐ろしいのですね。大物忌神社はその総本宮なんですね。私の後半生は間違いなく「東北」とともにあるでしょう。東北というブラックホールに吸い取られて良かったなあ。
 
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2008.04.24

『オタクはすでに死んでいる』 岡田斗司夫 (新潮新書)

10610258 なたは(オレたちは)頑張った。よくやった。安らかに眠れ。オタキングによるオタクへの追悼文です。
 独自の(無手勝流な)オタク論を展開しているワタクシとしては、あるいは、オタクになりきれずコンプレックスを抱いているワタクシとしては、なんだかこのライト評論もまた、オタク的だなあ、感傷的にすぎるよ、と思われました。しかし、そして、そこが実に面白かった。
 つまり、私は岡田センセイの説にいちいち賛同はしたけれども、共感のようなものはなかったのです。なんというかなあ、オタクの一つの属性としてですねえ、私は「ナルシシズム」というのを重要視しているんですよ。自己愛ですね。
 世界の歴史を見てもよくわかります。被差別集団や少数民族、迫害された宗徒に見える矜持や一体感は、これは物語的ナルシシズムに基づくものです。いつかも書いた通り、物語は欠落の上に成り立ちますから、やはりそういう意味では彼らは社会的に何かが欠落していたんですね。
 ところが、その欠落部分にここのところ恐ろしい量の価値が注入されてしまったんです。それは社会的(さらには国際的)認知であったり、文化的評価であったり、経済的価値であったり。そうなると物語は醸成されません。つまり、ナルシシズムさえ生まれなくなってしまった。
 ナルシシズムって自信の表現ではないんですよね。逆です。たいがいコンプレックスの裏返しなんです。
 そういう物語的ナルシシズムという基盤が喪失して、それである社会や国家や集団や個人や文化の勢いがなくなっていくというのは、本当に普通なことですね。そうして新しいナルシシズムが台頭してゆき、いつのまにか、かつてのそれは前時代の遺産になっていく。あるものは忘れられ、あるものは伝統文化として研究対象になっていく。
 ですから、岡田センセイが盛んに「昭和は死んだ。だからオタクは死んだ」と言っても、それはそうだよ、としか言いようがないわけです。それはあまりに自明なことで、あるいはどちらかというとセンチメンタルになるよりも、めでたがるべきものだと思うんです。
 それはですねえ、岡田センセイがダイエットに成功して、見事にオシャレになっちゃったのと同じことですよ。デブというコンプレックスが生み続けた濃厚なナルシシズムは死に、新たにオシャレなナルシシズムが彼に棲みついたってことです。めでたいですよね…いや、たしかにちょっとさみしいかもしれない(笑)。
 私はこのブログに書き散らしているように、オタク文化とは平安時代(あるいはそれ以前の)貴族文化、国風文化の系統だと思っているんですね。そのへんは岡田センセイの説とも重なる部分が多い。そうそう、そう言えばセンセイ、昔、私の萌え論に賛同しかけたけど、結局ピンと来なかったようですね。この本でも岡田センセイは「萌えがわからん」と何度も言ってます。たぶん、旧ナルシシズムの亡霊が理解を妨げてるんでしょう(笑)。
 私は「萌え」は本当によくわかるんですよ。それはこちらに書いたとおりです。全然新しい価値観でも言葉でもない。歴史の中で時々言語化される普遍的な感情なんですよね。私はオタクではない(と自他ともに認めます)のに、「萌え」はあるんです。だからもちろん岡田センセイの言うとおり、「萌え」=オタクだとは思いません。
 で、平安から鎌倉、戦国時代への流れや、江戸から明治、昭和への流れを見ると分かるように、国風文化の爛熟と腐敗が進みますと、次に民衆宗教が流行るんですよ。で、そのうちになぜか戦争が始まる。だから、今ちょっと危険な時期に入ったんだと思いますよ、日本は。その点はちょっと憂慮します。今ふたたび宗教ブームですよ。
 オタク的(貴族的)文化って、どうしても妄想系ですので、宗教と結びつきやすいんですよねえ。疑似科学や超能力や妙な神仏が跋扈しがちです。岡田センセイの言うオタクの共同幻想、それはとっても平和的なものなんです。で、その次に来る共同幻想はちょっと危険。今そういうところに我々はいるわけです。
 いつもの繰り返しになりますけれど、また書きます。
 我々は時間を微分し、対象を分析し、疑似的な永遠性を求めて、そこに耽溺したがります。「コト化」の欲求です。「萌え=をかし(こちらに招きたい)」の感情です。それを反社会的になってまで徹底するのがオタクの人たちです。それはたしかに修行に似ています。そして、それを続けているとある時むなしさにとらわれ、「もののあはれ」を感じるようになる。「コト」の極めて「モノ」の本質を知る。本当に「物心がつく」わけです。
 そうしたら、宗教家になって瞑想するか、戦争でも起こして自ら築いた「コト」的文明を破壊するしかないんですね。悟るか自傷行為(あるいは自死行為)に走るしかない。私は痛いの嫌いなので瞑想したいんです。世の中は瞑想なんて退屈なんで戦争の方に行っちゃうんですけどね。
 話が前後しますが、修行僧のようなオタクがいなくなったのは、これはもちろんオタクの一般化、大衆化のおかげです。簡単に「をく(招く)」ことができるようになってしまった。メディアの発達と同時に商品としてのコピーが増殖しちゃったわけです。だから、当然それぞれの価値は下がりますし、求道者も求道しようにもできなくなってしまいます。そこに必ず昔は良かった的な反勢力も登場しますけど、まあ世の流れは止められませんね。鎌倉仏教なんか見るとよくわかります。大衆は楽な方に進みますから。
 そうすると、岡田センセイみたいなちょっとセンチメンタルな諦め派も現れる。一方、日蓮みたいな過激な人も現れたりするかもしれません。これから、日本の文化…というか、日本人の精神はどうなっていくんでしょうね。
 ということで、なんだか話が壮大になってしまいましたね。でも、私は本気でそんなことを考えてるんですよ。馬鹿みたいでしょう。
 さてさて、最後にもっと現実的なお話。
 今日は新入生歓迎球技大会というイベントの第1日目でした。ヲタ率70%、スポーツマン率30%の我が校としては、多くの生徒にとって辛いイベントです(笑)。一部の活発な非ヲタの先輩が大活躍して、新入生の女子をかっさらっていってしまう大会です(笑)。4月にしてすでにヲタは負け組…orz。
 だから、私は常に言ってるんです。新入生歓迎コミケとか、新入生歓迎ギャルゲー大会とかやれよって(笑)。たまにはスポーツマンに肩身の狭い思いをさせたいなあ。

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2008.04.20

『木喰展−庶民の信仰・微笑仏』(山梨県立博物館)

Mokujikiten 梨県立博物館で開かれている「木喰展」に行ってまいりました。ここ数日の悲しみに沈んだ心が、少し救われたような気がします。そんなことからも、信仰の本質というものがなんなのか、知ることができたのかもしれません。
 昨年「木喰仏の笑み」という記事を書きまして、ぜひとも実際にあの笑顔にお会いしたいと願っておりました。それが、春爛漫の美しい御坂の、私の大好きな山梨県立博物館で実現しました。
 それぞれの「場」の風土と時間と心を吸収し、木喰さんのふるさとに帰って来たとも言える、100体に及ぼうかという仏像たち。大変に素晴らしい展覧会であり、そして私にとっては巡礼となりました。
 「場」には時間が堆積する…昨日もそのようなことを書きました。そういう意味では、こうして本来「場」にあるべき仏像群が一所に会するというのは、正しいあり方ではないのでは、とも思いながら博物館に向かったのですが、それを超える「モノ」がそこに存在しました。
 つまり、「モノ」に「場」が浸透しているということなのでしょう。「場」には時間が堆積しているわけですから、すなわち「モノ」には時間がしみ込んでいるということですね。人間もまた「モノ」ですから、それと同じ現象が起きるわけですけれど、しかし人間の一生は短いし、妙な意思というものまであるので、自分から「場」の記憶を拒否したり、それをあえて忘却したりします。
2208 その点、こうした物たちは、素直に時間を経過させますね。「場」に集う人々の心までも全て吸収し、風雪に耐え、場合によっては自らを削り与えることによってそれを為してそこにある。
 そんな物の偉さを感じました。しかもみんな笑ってそれをこなしている。なんと美しいのでしょうか。人間はつまらぬ顔をしてそれを怠っている。恥ずかしいことだと思いました。
 今日は、博物館のお隣の施設で、ちょうど記念講演がありまして、木喰研究家として著名な小島梯次さんのお話を聞くことができました。たいへん興味深いお話で、今まで知らなかった木喰像に触れることができました。講演の前に一度展覧会を観たのですが、お話を聞いてもう一度観たくなり、再び入館してじっくり拝見(こういう時パスポートを持っていると得ですね)。やはり同じ像や書画が違って見えました。これこそ、小島さんのお話によって縁起した自分が見た新しい木喰の作品なのでしょう。そして、その感動もまた、あの物たちに吸収されていくのでしょうね。
9708 さて、ここからはあえて表現として、あるいは造形としての木喰作品について書きたいと思います。信仰とは違った視点です。
 昨日の田中泯さんの舞踏では、「前衛は古典」と感じましたが、木喰さんの表現はその逆「古典は前衛」でしたね。ものすごく新しく感じました。
 庶民信仰の象徴的存在ということで言えば、身近なアイドル(偶像)とも言えるわけでして、たしかにキャラクターデザインとして見ますと(失礼)、いわゆる「カワイイ」とも言えます。実際、その曲面(曲線)を中心にした全体的なデザインと、そして時々対照的に配される直線、あるいは全体的なプロポーションや顔の表現におけるデフォルメは、それこそアニメキャラのようでもあります。神像などほとんど「ビックリマン」の世界そのものだと思ってしまいました。
 いや、アニメキャラ(すなわち日本的デザイン)のルーツは実は木喰さんたちにあったのでは。そんなことすら思ってしまうほどある意味斬新でしたね。
 親しみやすさや慈悲という表現が、そうした主に子どもを対象にした現代大衆作品には非常に重要なわけですが、木喰仏にはそれが見事に備わってる。特にお薬師さんや子安地蔵さんには、その要素が強く現れているように思われました。
 体に比して顔が大きめであり、目鼻口にはある種の記号化がなされています。また、首を少し前に出して猫背になって、まるでこちらの話に一生懸命に耳を傾けているような姿には、それこそこちらが子どもに帰ったような気さえするのでした。それにしても、多くの子安地蔵がマリア像のように感じられたのは、これは偶然ではないように思いましたね。九州にも長くいらした方ですし、宗派にこだわらなかった方ですので、あるいは…。
1908 さて、もう一つデザインとして衝撃的だったのは、木喰さんの書画でした。特に利剣名号などに見られるフォントのデザインにはショックを受けました。木像群とは明らかに違う表現です。そのコントラストもあってか、鳥肌が立ちまくり。利剣名号は他にも見たことがありましたが、これは抜群のデザインセンスですよ。すごい。かっこいい。煩悩を断ち切り続ける鋭利な現代性。
 それにしても、木喰さんのバイタリティーは素晴らしいですね。小島さんもさかんに強調していましたが、80歳、90歳過ぎてからのさらなるパワーアップはすごい。本人は600歳まで生きる予定だったようです。歳とともに「願」が増えていくというのもいいですね。「願」というのは願望や欲望ではありません。自らの生の目的です。それも利他を基礎にしている。私もそのように歳をとりたいですね。木食行しようかな。そして廻国。
2021 ああ、そうだ。最後に気になったこと一つ。書画に多く「禁常皇帝」と書かれている(上の写真では珍しく今上ですが)、あれはどういう意味を込めていたのでしょう。「今上皇帝」は、たとえば円空などもたくさん今上皇帝像を彫ったりしてますから、まあ当時としてはメジャーなアイドルだったわけですが、「禁常」という当て字は珍しいのではないでしょうか。その真意を知りたいところです。
 あとなあ、木喰が残した和歌についても書きたいところですが、長くなりますので、またいつか。

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2008.04.19

田中泯 『場踊り〜森の奥へ』

 ー私は、場所で踊るのではなく場所を踊るー
000033910 方巽の舞踏の重要な継承者の一人である田中泯さんの場踊りに行ってまいりました。場は富士吉田市のナノリウム裏の森の中。
 本当にここのところ、土方との縁から舞踏の世界に半ば強制的に引き込まれている私です。自らのキャリアから、私は舞踏と言語の関係について、あるいは舞踏と音楽の関係について考えることが多いのですが、今日はそんな小さな試みに対する大きなヒントを多く得ることができました。また、最近の一つのキーワードである「場」についても。
 それにしてもこれほど語るのが難しい体験というのも珍しい。たしかな実感があるのに「コト化」できないとはいかなることなのか。しかたがないので、私の脳に生起した言葉の断片をここに記しておきます。語ることはできずとも、記すことはできましょう。

 我々は重力でつながっている
 時機よく降り出した小雨もまっすぐに地に落ちる
 我々はなぜそれに逆らおうとするのか
 人間という根無し草
 言語もまた重力に従う
 土方の言葉を聞け
 文脈という社会性などいらない
 楽譜の呪縛と恍惚
 我々は自由を得ようとして死にさらされる
 なぜに我々は表現にまでアフォーダンスを求めるのか
 プラグマティズムという名の自傷行為
 さまよう人間の不安定さと
 そこにあり続ける木々のしなやかさ
 そしてしたたかさ
 頭上に飛行機の音の軌跡
 我々はそこまで飛ばねば不幸なのか
 目の前の障害物から逃げ続け
 森を切り開き道を作る
 それでも不安なら
 雲の上まで飛んでしまえ
 そして気づけ
 大地から遠く遠く見放されたことを
 話すとは放すことであった
 無責任に放された言葉たちが
 無意味に充満する世界
 なら黙ってしまうのも一つの手だ
 そこに現れるのは無言の音楽
 見事な緩急を蔵した分子の振動
 それがあればもう充分だ
 今までと違う耳と目と皮膚と
 そして呼吸
 人間はもっと隠れて生きるべき存在なのかもしれない
 木々の間に不安そうに擬態して
 息を潜めることの安心と興奮
 発見されることの不幸
 言語以前の言語
 前衛という名の古典
 田中泯は
 大きく動揺して
 再び
 大地と自らを断絶する靴を履き
 宇宙と自らを断絶する帽子を被り
 そして森の奥へ帰っていった

Ba08 写真は彼の舞踏が堆積したのちの「場」の風景です。

田中泯 公式

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