カテゴリー「心と体」の733件の記事

2018.12.10

窮して変じ、変じて通ず。

20181211_160534 このところ、重い案件に関わってきました。疲れていないといえばウソになりますが、いろいろな気づきをいただいたという意味では、悪いことばかりではありませんでした。
 そう、「重い」による想定外のモノがいくつかあったのです。
 まず家内の方の親族に不幸がありました。とはいえ、結果としては大往生であり、語弊をおそれず言うなら、ある意味とても幸福な時間を提供してくれた。
 それから、まるでこちらのストレスを肩代わりしてくれたかのように、冷蔵庫とボイラーが故障しました。しかし、それもいつの間にか直っていた。不思議としか言いようがありません。
 あと、「重い」とバランスを取るためか、「軽い」ことに関して、自分の才能が爆発しました(笑)。普段では絶対にできない作品がポンポン生まれる。びっくりしました。
 そして、なんと言っても、自分が信じてきたことが生かされた、というか、生きていたのだなと実感できたことが大きかった。
 人間、やはり窮しないと変じないものなのですね。変ずるというか、生まれるというか。内在していたモノが生まれる。そして、変ずると通ず。
 結果論的に言うならば、「窮すると通ずる」ということです。困ると結果として何かが通じる。滞っていたコトに穴があき、新しいモノが噴出したり見えたりする。
 「窮して変じ、変じて通ず」とは、美濃は伊深の正眼寺元住職、昭和の名僧梶浦逸外老師の言葉です。こちらにも書きましたとおり、川上哲治さんもこの言葉を老師から聞かされたと言います。
 そう考えると、窮することも悪いことではないと。逆に窮している時こそチャンスだとも言えます。おそらく自分が変ずるチャンスでもありましょうし、自分を取り巻く環境が変ずるチャンスでもあるのでしょう。
 よく私も言うのですが、「今日はいろいろと平穏無事に終わった」ということは、昨日の自分と何ら変わっていない、成長していない証なので喜ぶべきことではないのです。
 「今日は大変だったなあ。なんとか乗り切った」という日こそ、昨日と違う自分になっているのです。
 そうしますと、いろいろなモノに感謝できます。このたびも本当にいろいろな方々に感謝しております。

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2018.12.05

追悼 ダイナマイト・キッド選手

 しい報せ。私にとっても最強外国人レスラーだったダイナマイト・キッド。タイガーマスクは彼なくしてはありえませんでした。すなわち、今の日本のプロレス、格闘技、さらにアメリカのプロレスもなかった。
 それほど偉大なるレスラーでした。
 この「アナザーストーリーズ」は2年前に放送されたものです。この映像だけでもかなり衝撃でした。しかし受け止めるしかない、とにかく少しでも長く幸せな人生を歩んでほしいと思っていましたが、そんな願いも今ははかないものとなってしまいました。残念です。
 しかし、しかし、彼の偉大な魂は不滅です。彼を尊敬し、愛するファン、若いレスラーたちが、彼の崇高な魂をこれからずっと引き継いでいってくれるものと思います。
 本当に命を懸けた闘いを見せてくれたキッド。私の青春時代の大切な風景を作ってもくれました。そして、今もプロレスファンでいます。心から感謝し、またご冥福をお祈りします。
 60歳の誕生日に亡くなるなんて、まるで小津安二郎ですね。天才の人生の終え方なのでしょうか。

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2018.11.24

宇宙人を囲む会(今どきの若者はすごい!)

Th_img_3148 日は駒場祭が終わってから下北沢へ移動。夜は初めて会う若者たちと楽しい飲み会でした。
 いちおう名目は「宇宙人を囲む会」(笑)。
 宇宙人とはすなわちワタクシであります。自称宇宙人の謎のおじさんに会うために、全国から若者たちがわざわざ集まってきてくれた(遠くはフランス、福岡、山形から…)。
 いや、実は最近、二十代後半から三十代前半の人たちとの交流が多い。多いというか、楽しいので、ついそういう機会が増えてしまうのです。
 今日はこちらで対談もした、プロ無職のるってぃさんが企画してくれました。
 何が楽しいかって、彼らの価値観、ライフスタイルが、宇宙人標準に近いんですよ。
 そう、おじさん世代で言うと、同郷(同星)の高城剛さんがちゃんとそういう生き方を実践してくれています。
 彼らに共通する要素はいろいろあります。
 ミニマリストであること、フットワークが軽すぎるほど軽いこと。お金や名誉に対する執着がない…というか、近代地球人とは違うこだわり方をしている。利他的である。だからシェアするのが当たり前。発信力がある。巷の情報に惑わされない。コミニュケーション力がある。さまざまな部分で壁を簡単に越える。もともとボーダーレスなのかもしれない。自我がない。悟っている。
 これらを一言でまとめるなら、「シェエリング」ということになるかもしれません。家や財産をシェアするのはもちろん、才能もシェアしあう。それはアウトソーシングという形で表れます。
 今日も若者たちに話しましたが、元祖プロ無職、シェアリングのプロ、アウトソーシングのプロはお釈迦様なんです。だから、本当に彼らは悟り世代なのかもしれない。
 いや、無欲ではないから、さとり世代とは違うな。ゆとりとさとりの間(なとり?)でしょうか。非常に面白い、これからの世界を変えていく力を持った世代だと思います。落合陽一さんなんかもその世代の代表格でしょう。軽く既成概念を超越していく。
Th_img_3149_2 今日もそんな彼らからたくさん学びました。お互い学びがあるんですよね。おまけで宇宙から降ろされたあの未来医療CS60も体験してもらいました。みんな感性豊かだし純粋だから効く効く。大笑いしながらみんなで楽しみました。
 軽やかでしなやかな若者たち。私も負けないようにがんばります。しかし、やはり基本は彼らにシェアリング、アウトソーシングしていきますよ。あとは彼らをやる気にさせることが宇宙人の仕事でしょうか。
 ちなみにそういう世代の方々との「宇宙人を囲む会」、いつでもどこでも開催します。もういくつか全く違うコミュニティーの若者たちと開催する予定があります。もし関心をお持ちになった方がおられましたら連絡ください!

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2018.11.08

『バカとつき合うな』 堀江貴文・西野亮廣 (徳間書店)

Th_51e7j5rqhel 常に面白かったし、勉強になった本。皆さんに読んでもらいたい。
 「バカ」という言葉は一見キツいようですが、読めばなるほどと思えます。「バカ」…本当の自由を奪うもの、邪魔するもの。うん、私も「バカ」とつきあいたくない。
 しかし、しかし!この本では、まさに「バカ」の代表として、「学校」がやり玉にに上がっております。学校にバカが集まるというのもありますが、学校というシステムそのもの、戦後の日本の教育こそが「バカ」であると。
 まったくそのとおりです。最近のワタクシはそこに毎日悩んでいるのであります!バカの巣窟でバカを代表するような立場にあるのですから(笑えねえ)。
 学校関係者(もちろん自分も含む)に対して大変失礼な結果になってしまいますが、私はホリエモンやキンコン西野の考え方に基本賛成です。
 いや、それは彼らのような、一部の現代的「天才」だから、そんなふうに言えるのだという、まあかなり想定内な反論もあると思いますよ。しかし、彼らが巻末で「自分もバカだ」と言っているように(それもあんただらか言えるのでは?という批判もあるでしょうが)、残念だけれども実際に学校は自由を奪うことを仕事としているようなバカな装置ですし、先生も生徒もそれの言いなりになっているバカがほとんどです。
 私ももちろんバカであり、またバカを育てる仕事をちゃんとしているわけですが、ただ、それに強い違和感を覚えていることだけはたしかです。
 現場では言われますよ。そういう人たちとのつきあいが多いから洗脳されてんじゃないの?って(笑)。
 しかし、意外に冷静に今の仕事をこなしている部分もあるし、守旧派、保守派と戦うだけでなく、ちゃんと協調してやっているところもあるし、それどころか、自分こそが守るべきものを守ろうとしているとも言える。
 特に我が校は禅宗の教えに基づく学校ですので、基本「型」を変えないことを良しとしてきました。変わらないことの重要性もたしかにあるし、よく理解しているつもりです。
 しかし、それでもやっぱりそろそろ変えなくてはならないなと感じています。バカでいつづけることが、どうも本能的に辛くなってきた。
 しかし、凡人である自分にはたして何ができるのか。今の仕事を通じて、何をどう変えていけばいいのか。それはまだ分かりきっていないというのが実情です。けっこう辛い。
 自分のためにも、また生徒たちのためにも、あえてこの本の目次を書き写しておきます。はたしてこのうちのいくつのバカに当てはまるのか。

01バカばっかりの環境に居続けるバカ
02人と同じことをやりたがるバカ
03学校を盲信するバカ
04目的とアプローチがずれているバカ
05我慢を美徳にしたがるバカ
06未熟なのに勘に頼るバカ
07欲望する力を失っているバカ
08「自分の常識」を平気で振りかざすバカ
09機会の代わりを進んでやるバカ
10付き合いを強要するバカ
11ひとつの仕事で一生やっていこうとするバカ
12先に設計図を描きすぎるバカ
13にわかを否定するバカ
14人生の配分ができないバカ
15新しさばかり追求するバカ
16無自覚に人の時間を奪うバカ
17善意なら何でもありのバカ
18マナーを重んじて消耗するバカ
19自分は老害にはならないと思っているバカ
20孤独を怖がるバカ
21一貫性にこだわるバカ
22未来に縛られるバカ
23空気を読むバカ
24バカを笑って、自分は棚上げのバカ

 ふむ、実に面白い。けっこう当てはまるぞ。
 あっちなみに、「先に設計図を描きすぎるバカ」や「未来に縛られるバカ」というのは、一見ワタクシの「時間は未来から…」哲学に反するようですが、よく読むと同じことを言っていることが分かりますよ。どういうことかは、ぜひ本書を購入してお読みください。
 さて、明日もバカな自分との戦いは続きます。諦めず戦い続けましょう。

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2018.11.04

『前祝いの法則』 ひすいこたろう・大嶋啓介(フォレスト出版)

予祝のススメ
Th_81mk6biz35l 年に続き、忍野村で行われた大嶋啓介さんの講演会に行ってきました。ベストセラーになっているこの本の出版記念という名目の講演会。
 居酒屋てっぺんの代表であり、独特の「朝礼」や「予祝」で夢を叶えることを説く伝道師。非常に魅力的な方です。
 高校野球のチームを多く甲子園に導いたり、オリンピックチームを金メダルに導いたり、スポーツの世界でも、彼のメンタルトレーニングは評判です。生徒や選手というよりも、指導者に変化を与えることを主目的としているのも特徴ですね。
 昨年同様に会場の聴衆を巻き込んだ魅力的な講演に、私も引き込まれながらいろいろな意味で勉強をさせていただきました。
 否定的な言葉や勝手な負の思い込みによって、生徒たちの可能性に蓋をしてしまっている…教師には耳の痛い話の連続だとも言えます。
 実は先日、学校でペップトークの講演が開かれたんです。似た部分もありますよね。とにかく肯定する。良い未来を想像する。それによって脳の働きが変わり、人生も変わっていく。
 私も真の日本の教育改革を目指す者として、それらの考え方、実践のほとんどに同意、賛同します。
 しかし、あえて、あえてですが、今日講演後に打ち上げ(来年への予祝の意味合いもあり)に参加させていただいた折、大嶋さんに申し上げたことがありました。
 それは集団心理としての予祝の危険性です。たとえば、先の大戦において、特攻に出発した若者たちは「予祝」をしました。それも、家族や天皇陛下が喜んでくれる思って、心から自分の死を祝ったのです。
 もちろん、全ての若者がそうだったとは言えませんが、しかし、多くがそういう心境で出発前夜に祝杯を上げたのは事実です。
 ですから、予祝がダメとか、みんなでテンションを上げあって、各自の内的な壁を乗り越えるのがダメとか、そういうことではありません。それらをより良いものにしていくために、これからバージョンアップしていくことを願っての苦言でした(本当に不躾に失礼しました)。
 自らの夢を実現することが、場合によっては戦争を引き起こすこともあります。そういう冷静な目をもって、これからの若者たちを導いてほしいのです。
 しかし、さすがは大嶋さん、ものすごく謙虚で繊細でいらっしゃる。しっかり考えてくださりました。悩んでくださいました。さすが一流は違うなと思いました。二流の人は必ず反撃してくるか、逃げます(笑)。
 教育の現場、毎日の教室の中では、こうした「祝」的な非日常性は継続できません。それもまた教師の悩みです。特に軍国主義的な要素の色濃く残る現在の学校制度の中では、大嶋さんのやり方はなかなか浸透していかないでしょう。
 やっぱり全く新しい学校を作るべきなのかなあ…最近、いろいろな人とそんな話もしています。はたしてどなるのやら、私の未来。
 ちなみに、この本のタイトルにある「予祝」という言葉自体は近代になってから生まれたものですし、「前祝い」も江戸時代に一般化した日本語です。もちろんだからと言って、そういう習慣がなかったというわけではない。あえて言語化する必要がないほど当たり前だったというのが、私の考えです。
 もちろん私の「未来から過去へと流れる」という時間観にもつながるところがあります。私自身も独自の人生哲学をしっかりブラッシュアップしていこうと思っています。
 ありがとうございました。

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大嶋啓介公式

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2018.10.25

『「違うこと」をしないこと』 吉本ばなな (角川書店)

Th_71x2fgve7ul ウトソーシングシリーズ。一番最近、私(宇宙人教頭)の頭の中の情報を代わりに発信してくれたのは、吉本ばななさん。
 昨日も紹介したCS60つながり…まだ直接つながっていませんが、高次元ではすでにつながっている?…とも言えますが、元をたどれば高城剛さんとのラジオ対談に行き着きます。
 この本に書かれている、ばななさんの生き方哲学、本当にたくさん共感できます。
 「些細な違和感」、「なんかいやだなという直感」…こういうモノを「違うこと」と言うのだと思います。そう、日本語としては「違うこと」と「コト」という言葉でも表現されますが、宇宙人的には、それこそが不随意、不如意、外部を表す「モノ」だと思うんですよね。
 あとで「あれはああだったんだ」と解釈、得心すると「コト」になる。だから、その時は「モノ」でしかないのです。言葉(コトの端)では表現できないモノ。
 そういう「モノ」をテキトーにごまかして生きるのではなく、ちゃんと拒否したり、回避したりする。これって、実はとっても「他力」だと思います。
 すなわち、向こうから流れてくるモノをしっかり峻別して、受け止めるのか、やりすごすのか、パンチして破壊するのか、そういう判断をいいかげんにしないということですね。
 そこで重要なのは、たしかに「直感」であったりします。実は「直感」という時点で、すでに自己ではないんですね。神様か仏様か何かわからないけれども、だれかが教えてくれているのでしょう。
 そうそう、それで、ばななさんが私の何を引用してくれているかというと、時間は未来から過去へと流れているという話です。「すごく感動したんです」なんて、とんでもない。こちらこそ感激です。ありがとうございます。
 この本を読んで、つくづく思ったのは、やはり吉本隆明さんの娘さんだなあということです。こちらに紹介しました吉本隆明さんの出口王仁三郎評、本当に大好きです。
 王仁三郎の霊界物語と一緒です。ばななさんも、本来コト(言語)で表せないモノを語ること、すなわち「物語すること」を、この世でのお仕事にされているのですね。素晴らしいと思います。

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2018.10.23

『120歳時代の生き方』 高橋呑舟・西村光久 (徳間書店)

Th_51t75ldp9l_sx338_bo1204203200_ 日からしばらく「アウトソーシング」特集です。
 昨年から、テレビやラジオ、インターネットなどに登場させていただくことが多く、そのおかげさまで、私が人生の中で考えてきたこと、実感してきたことを多くの方に知っていただく機会が激増しました。
 たとえばこのプログでの発信のような「自力」の影響力なんか、たかがしれているわけですが、こうして影響力のある方々が、ある意味私の代わりに発信してくださる、つまり「他力」は実に強力です。
 やはり自我にこだわりすぎない方がいいですね。
 さて、他力ということでいえば、私はこの本で紹介されているCS60という不思議な器具に出会って、それを痛感させられています。
 たしかに私がそれを手に持って動かしているが、そこには間違いなく「他者」のエネルギーが存在しています。それは私流の言い方をすれば、「コト(自我)」ではなく「モノ(他者)」ですね。
 「もの」という日本語の歴史を振り返ってみれば、「もののけ」や「ものいみ」、「もののあはれ」などの例を挙げるまでもなく、まさに人知を超えたエネルギーが存在するのは間違いありません。
 それを「超科学」と言うこともできるでしょう。ものすごく古くてものすごく新しい。CS60については、私は未来医療というい言い方もしています。
 かつて特殊なシャーマン的存在にのみ与えられていた能力…それを「神の手」と呼んでもよいでしょう…が、テクノロジーによって万人に与えられたとしたら、これは人類史上、大変な革命となります。
 私はこのCS60には間違いなくそのような可能性があると信じています。
 こちらに暗に書いたように、この未来医療を高城剛さんに紹介したのは、実は私です。彼がそれを気に入り発信してくれたことで、その革命は大きく前進したと思います。まさにアウトソーシングは「ご縁」そのものですね。
 ちなみに、究極のアウトソーシングということでは、この本に私のある「発見」が掲載されております。「ユニークな教頭先生」が発見したのは、CS60が「薬師如来の薬壷」であるということ。
 私がブログの以下の記事に書いた内容を引用してくださっています。ありがたいことです。

薬師如来が持っている薬壺は?

薬師如来の薬壺の秘密

 皆さんもぜひ体験してみてください。もちろん私のところに来ていただいてもOKです。ボランティアで施術させていただきます。
 最後に一言。私も宇宙人かもしれませんが、現代にこの薬壷を降ろした西村さんは、もっともっと宇宙人ですよ(笑)。

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2018.10.18

禅とインプロヴィゼーション

 このところ忙しいと言いつつ、音楽について熱く?語っておりますな。
 今日から二日間、禅宗の教えに基づく教育をしている先生方との交流をいたします。
 禅と言えば不立文字。あるいは以心伝心、教外別伝。つまり、言葉や文字を頼りにしてはいけないというのが基本。
 音楽で言えば、楽譜はダメということですよね。しきたり(為来り)再現をするにしても耳で覚えなければならない。
 では、勝手に即興をやっていいかというと、禅ではそれもダメ。しかし、茶道などもそうですが、型を忠実に再現する中で、生きた人間としての差異、誤差というのが、ある種のその場性になるというのはある。
 それが一期一会であります。
 おとといのキース・ジャレットの彼らしさというのは、ある意味では「型」とも言えます。それがその時、その場という中で微妙な、しかし無限の差異や誤差を生じて、まさに一期一会の音楽となる。
 そうそう、キースも禅に興味を持っているんですよね。京都大好きです。ステージでの最後の礼の時も、必ず合掌しますし。
 また、違う言い方をすると、キースは空っぽになっているとも言える。器としての型はあるけれども、そこに注がれる何ものかは、完全に自由です。
 不変なるコト(型)と流動するモノとの関係性はかくも面白い。それがこの世を作っている(…と私は思っている)。
 キースの演奏で言えば、西洋音楽の理論という制約、そしてピアノという楽器と人間の肉体という制約がコト(型・器)になっていて、そこに時の流れに根ざしたモノが流入して一期一会が成立している。
 キースはある種の瞑想状態で演奏するわけです。間違いなくガンマ波が出ています。私も何度か彼のライヴを鑑賞しましたが、彼の脳波に誘導され、プチ瞑想状態に陥りました。会場全体が波打つのです。量子論的波動の世界ですよ。
 そんな過酷な状況を続けたために、彼は慢性疲労症候群になってしまったこともありました。まあ、あの集中状態はやばいですよ。私なんか、この前たった6分弱の即興演奏をしただけで、ぐったり疲れてしまいました(苦笑)。
 というわけで、今日もまたキース・ジャレットのソロ・コンサートの動画を紹介します。動画からも波動が伝わってきますよね。いったいどういう意識の状態になっているのか、そして、どうやって戻ってくるのか、いつも不思議でしかたありません。


 
 

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2018.10.12

Power FemaleーMother Earth/神聖なる女性

Th_img_2770 人であるマシュー・エリクソンの写真展「Power FemaleーMother Earth/神聖なる女性」。本当に素晴らしい展覧会、いや「天」覧会でした。21世紀のアートが宇宙に発信されました。
 写真の歴史と可能性、絵画との接点と相違点、天地人の調和、女性の神聖…本当にいろいろなことを感じさせてくれる素晴らしい作品群でした。
 僭越ながら、多くの皆様の前で、そこで感じたことを言葉に変換してお話させていただきました。私が私の言葉を弄すれば弄するほど、それはアートから離れていってしまう。まさにアートとは言語を超えた存在であることを知らされました。
Th_img_2793 しかし、あえて引用させていただいた仲小路彰の文章は、そのままアートでしたね。天才の言葉は言葉を超えます。朗読させていただきながら感動してしまいました。
 ただ、トークの寸前に降りてきた「かげ」という言葉は、自分においても大きな発見であり、その「場」を表現するのにふさわしかったかなと思います。
 「かげ」…日本語では、「光」「影」「姿」、そして「おかげさま」という四つの意味がある。それがマシューの作品には全て含まれている…。
Th_img_2765 そして、私のエレクトリック・ヴァイオリンの即興演奏に合わせた、マシューの奥様アムリッタ朝子さんの即興舞の美しさ。それはまさに「女性の神聖」そのものでした。あの奇跡的な「場」で共演させていただき光栄です。
 たしかに世界が変わりつつあります。今日も不思議な出会いがいくつもありました。人と人のご縁は、全てこの地球のためにあり、宇宙に開かれており、神聖なるお役目のためだと思いました。
Th_img_2762 これはトークのお礼にといただいたマシューの作品「クリスタル・ジャズ」です。
 まさに私たちの世界はジャズの名手たちの奏でる音楽のように、自由であり、他者との関係性の中で豊かであり、陰陽があり、色彩がある。
 これからも友人たちと、この地球が平和であるために、できることをしっかりやっていきたいと思います。ありがとうございました。

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2018.09.27

ガンマ波(悟り)と音楽

Th__20180928_141812 TOCANAに「瞑想中のチベット仏教僧の脳波を調べてみたら大変なことになっていた! 瞑想が脳にもたらす7つの効能を徹底解説!」という記事があり、興味深く読みました。
 これってちょっと分かるんですよね。とても高僧のようにはいきませんが、最近坐禅中に時々「ゾーン」に入ることができるようになったんです。実に気持ち良い状態です。
 そうそう、先週、現代日本を代表する作曲家のお一人である権代敦彦さんとお会いしまして、短い時間ではありましたが、実に興味深いお話をさせていただきました。
 その中で座禅に関する体験をお話しさせてただきました。ゾーンに入った時は、「無」ではなく「音楽」がそこにあると。私はそこに音楽があることは分かるのですが、それをダウンロードできない。おそらく権代さんはダウンロードできるのでしょう。一流の作曲家とはそういうものです。
 その「無」ではないモノが「空」であるとも言えるわけですね。私の修行がもっと進んで、もっと自分が「空」になって器になれば、きっとそこに音楽がダウンロードできるのでしょうね。
 そうしますと、ガンマ波とはまさに「空」の状態を表す波であることがわかります。悟りというのものが、科学的に解明される、あるいは音楽の本質が科学的に分かる時が近づいているのかもしれません。
 高次元の波動なのでしょうか。それがもうすぐそこにあることは予感しています。未来の地球人のために、私は瞑想と音楽を通じて、そこへアクセスする努力をしていこうと思います。
 権代さんとの話の中にも出てきました。言語を超えるのだと。我々人類が自ら発明し、自らを縛り付けてきた言語。それを超越しないと、次の時代は訪れません。
 それは言語を否定したり無視したりすることとは違います。いつも言う通り、「コトを窮めてモノに至る」という方法しかないのです。

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