カテゴリー「心と体」の977件の記事

2022.08.13

「みんな仲よく」の信念(サンリオ辻名誉会長)

20220814-94829 ンリオ名誉会長辻信太郎さんのロング・インタビューが素晴らしかった。

「戦争だから仕方ない」みんなそう思っていた──サンリオ辻名誉会長が語る軍国主義教育の恐ろしさと、「みんな仲よく」の信念 #戦争の記憶

 サンリオは「山梨王」という都市伝説が生まれることからもわかるとおり、山梨が誇る世界企業となったサンリオ。

 サンリオの前身である「山梨シルクセンター」と仲小路彰の関係についてはこちらに書きました。

 今、私も全く想定外のところでシルクと関わることになっており、まったく不思議な運命を感じずにはいられません。

 私も辻さんと同じく、「みんな仲よく」「世界平和」を目指してのシルク活動です。

 シルク産業からキャラクター産業へと転身したのは、まさに時代の変化を先読みした辻さんの先見の明でした。

 明治時代以降の絹織物産業は、結果として多くの武器を生むこととなり、あの戦争を遂行させる原動力となりました。また、一方で、機械化から取り残された地方の絹織物従事者から仕事を奪い、結果として天理や大本のような新宗教を生むに至りました。

 その点、戦後の絹織物産業は一気に衰退しましたが、一方でそれは新たな産業を生み、そのうちの一つがアニメやマンガなどに象徴されるキャラクター産業です。

 キャラクターという物語の力は、まさに象徴の力であり、それは象徴的であるからこそ、物質的な奪い合いがなく、結果として平和を招来するものです。

 そして、今、私が手掛けている「シルク絃」の開発は、音という象徴の世界を使って世界を変えようというものです。まさに「みんな仲よく」の調和の世界を作りたいのです。

 辻さんのような成功が待っているのか、それとも失敗に終わるのか。今年はその大切な年になりそうです。山梨の偉大なる先人に学びながら、負けないように信念を持って頑張りたいですね。

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2022.07.28

Origami-lite 蓮花 (カメヤマローソク)

Th_71t4cow4dql_ac_sl1200_ の初盆のために購入。

 これはシンプルですが、なかなか美しい。お盆の時だけ出してきて使うには、ある意味もったいない。

 インテリアとして間接照明的な使い方もあるでしょうし、乾電池式なので災害時の照明としても使えそうです。

 ポリプロピレンの花びらが重なっているだけの構造ですので、明るい時にまじまじとのぞき込むと興ざめしてしまうのですが、こうして明かり(LED)を灯すとその陰翳が美しく現れます。

 Origamiと称しているのは、まあイメージでしょう。蓮の花と称しているのもイメージと言えばイメージですね。

 リアルにこだわらないで、イメージに徹したところが良かったのでは。

Th_lay91_23040000 カメヤマローソクさん、地味なローソクやお線香の世界を現代的にアレンジして、とってもオシャレで楽しい製品をたくさん開発しています。

 ペットの供養用キャンドルやお線香なんか、面白すぎますよね(笑)。シローさんの1周忌のために買おうかな(もう過ぎちゃったけど)。

 LEDがリアルな炎を表現できるようになりつつあり、安全性の意味からも今後はそちらが主流になっていくでしょう。

 なんだかんだ言って、私たちはあの光のゆらぎが大好きなのですね。たしかに癒やされます。

 この蓮花はゆらぎませんが、いくつかのゆらぎモードを加えてもいいのではないでしょうか。基本的なコンセプトとデザインは秀逸ですので、AC電源と様々な光のアレンジを装備した上位機種が出てもいいかなと思いました。

カメヤマローソク公式

 

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2022.07.27

小人プロレスよ永遠に!

 

 役小人プロレスラーがたった二人になってしまい、どちらか一方が引退してしまったら、歴史の火が消えてしまうという危機的状況です。

 そんな中、クラウドファンディングでたくさんの支援を得て、新しく団体が設立され道場もできました。多様性が叫ばれる今、はたして、小人プロレスは復活するのか。

 現在頑張っておられる、ミスターブッタマン、プリティ太田両選手もレスラーとしてはかなりご高齢となってきました。とにかく、かつてのように若手が憧れるような仕事になってもらいたいですね。

 私も小人プロレスの大ファンでした。何度も生で観戦しました。故リトル・フランキー選手とは何度かお話したこともありました。

 あの頃の、すなわち小人プロレス全盛期の貴重な映像がありましたので、改めて観てみました。

 プリティアトム・リトルフランキー・ハイチキッドvs スモールブッチャー(隼大五郎)・天草海坊主・ミスターポーンですか。素晴らしい試合内容ですよね。本当によく体を鍛え、そして練習している。やっぱりいいなあ、この世界。

 笑われてるんじゃない、笑わせてるんだ!…彼らの力強い言葉を思い出しました。

 現代の(一部の)異様で過多な人権主義が、ここ十数年、本当に痛々しい逆差別を生んできました。さすがにそろそろ皆さん気づきましょう。

 偏ったヒューマニズムはある意味カルトです。

 

 

 

 義足のレスラー谷津嘉章さんが小人プロレスについて、愛と敬意たっぷりに語ってくれている動画もぜひ。

 

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2022.07.26

安倍元首相は旧統一教会の天敵!?

 

 スコミによる旧統一教会批判が止まりません。もちろん、それは批判されてしかるべき団体ですが、その批判の最終着地点が被害者に及ぶ状況はさすがに異常です。

 ここにどういう策謀が働いているかは、事件直後こちらに書きました。その策謀の主体はいまだ霧の中ですが、少なくともそれがあえて目に見えるところに押し出している「現象」については、よく目を凝らして見なければなりません。

 そんな中、今日の虎ノ門ニュースの、火曜特集における門田隆将さん発の情報は非常に重要な内容でした。

 安倍元首相が旧統一教会の「天敵」だったかは別として、有田芳生さんのことも含めて、こうした情報がしっかり発信されることは、とても大切なことです。

 統一教会のことだけでなく、後半では創価学会と中共との関係を述べてくれています。

 表のメディアでは絶対に語れない内容ですね。

 新聞、地上波を中心とするメインストリームメディアは、霧の中から巧みにコントロールされてきた歴史があります(それこそ洗脳の歴史です)。

 ネット時代になって、この虎ノ門ニュースのような保守系メディアも出現しましたが、実はこうした保守系メディアの出現とその動きも、霧の中では想定済みであり、あるいはそれを泳がせることによって利用し、国民の分断と対立を煽ることに利用しているのです。

 私も若い頃には完全に左寄りでした。父親もかなり傾いていましたし。その後、その反動でかなり右に寄った時代もあります。その逆の方のパターンを踏んだ知り合いもたくさんいますね。

 そう、そして、自己の中に矛盾を生み、分断と対立を招くことこそ、究極の策謀なのです。

 私は幸運なことに、出口王仁三郎と仲小路彰に出会いました。彼らは、その矛盾・対立を見事に高次元で昇華して見せてくれます。そういう高い視点から、理想のために現実にどう対処するかを示してくれました。

 近く、仲小路彰の新発見文献が刊行されます。ご期待ください。

 

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2022.07.12

追悼 安倍元首相 (4)

 日も安倍さんの追悼記事を書きます。

 個人的には、我が家のせいでゴルフが終わってから別荘から締め出されてしまったことがありまして、それについては心よりお詫び申し上げたいと思います(スミマセンでした)。

 また、別荘にお招きいただいた時には、娘が晋三さんのブラックサンダーを全部食べてしまったこともありました(スミマセンでした)。

 不思議なご縁でそのようなおつきあいをさせていただいた中、このたびの悲劇に至るサインが多数あったにも関わらず、それに気づくことができなかったことに大変心を痛めております。

 ここには詳しく書くことはできませんが、私たちの知らないところで着々と進行していた策謀に対して、天界の方々が警鐘を鳴らしてくださっていたにも関わらず、それをしっかり聴くことができなかった自らの至らなさに、本当に情けなく思う次第です。

 これを教訓に、そうした天界からのメッセージにしっかり耳を傾けることができるよう、しっかり精進していきたいと思います。

 いわゆる陰謀論とは違う次元で、このたびの悲劇はケネディ、ジョン・レノンの事件に匹敵する世界史的謎になることでしょう。

 数十年経ってもそれらの事件の真相は霧の中です。見事な策謀なのです。

 気をつけねばならないのは、そうした策謀は事件後も続くということです。それについ乗っかってしまうのが私たちです。

 そう、昨日も書きましたように、その後の報道の内容は完全にコントロールされています。無意識のうちにコントロールされているのです。

 それがおそらく、仲小路彰が70年前に予言した「高次深層心理戦」「高度情報戦」なのでしょう。恐るべしです。

 それに抗するには、それを分析的に察知するしかありませんが、その対抗策を妨げるのが「高度感情戦」なのです。今皆さんは、いずれに立場にあれど、その策謀にはまっています。恐るべしです。

 こういうことをはっきり書くと命を狙われかねませんが、もう私は「懸命」に関しては躊躇ありません。

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2022.07.11

追悼 安倍元首相 (3)

 スコミの報道、そしてネットの世界では、さかんに犯人の犯行の動機が詮索されています。

 (旧)統一教会の名前が公開され、同団体も記者会見をしました。

 なるほど、一見、犯人の動機には一つの脈絡があるかのように感じます。そして、それに納得してしまいがちです。

 その証拠に、なぜかネットでは統一教会批判が始まっています。しかし今、恨むべきはそこでしょうか。

 あえて勇気をもって書きますが、日本国民が、犯人ではなく、その悪意のきっかけとなった背後を批判するようになることは、「ある人たち」にとってはシナリオ通りであり、逆に言うと、私たちはまんまとそれに乗っかっていることになるのです。

 ああ、陰謀論かと言われてもしかたありません。しかし、これはいわゆる陰謀論とは違う次元の話です。

 この前書いたように、あまりに分かりやすい因果関係は、それは陰謀ではありません。目に見える陽なたの世界です。

 そんなに世の中単純ではありません。私たちの無意識に働きかけ、数十年、数百年かけて実現する策謀もあるのです。おそらくそれが進行しているうちは、それは「陰謀」なのでしょう。

 さて、今回、命を奪われるという意味で最大の被害者は安倍元首相です。もちろんです。そして、今、なぜか犯人ではなく統一教会への批判が強まってきている。

 安倍さんと統一教会に関係がなかったとは言えません。それは戦後の日米の関係、そして朝鮮戦争および冷戦について学べば、時代的当然ということになるでしょう。

 単純化して(陰謀論的に?)言えば、そこにはアメリカの「反共」政策が見て取れるのです。

 アメリカは戦後、日本にキリスト教を普及させ、それをもって反共産主義の砦にしようと画策した。しかし、日本にはキリスト教は広がらなかった。

 1953年、朝鮮戦争は休戦。翌年、文鮮明によって統一教会は発足します。そして1968年には、岸信介らの協力によって「国際勝共連合」が発足するわけです。

 そういうことですから、今回、命を奪われ、また批判されているのは、両方とも「反共」の流れということになるわけです。

 これこそ都合の良い状況であるとほくそ笑む「ある人たち」とは誰か。

 しかし、単純に、目に見えている共産主義者ではないところが、歴史と策謀の複雑怪奇、陰謀の陰謀たる所以です。

 もちろん、私もわかっているわけではありません。ただ、ちょうどあの頃書かれた知られざる書物を読む機会をいただいているので、その一部が見えるだけです。

 ちなみにその書物は来月、発売される予定です。安倍さんにも読んでいただく約束をしていたのですが、間に合いませんでした。残念です。

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2022.07.10

追悼 安倍元首相 (2)

 然の悲報に昭恵夫人のご心痛いかばかりか、推するだに胸が苦しくなります。

 ご心配を申し上げる連絡を差し上げましたところ、気丈にも返信をくださりました。余計なことをしてしまったかと、ますます胸が痛みます。

 時間が経過し、報道にもいろいろな憶測が流れておりますが、こんな時こそ私たちは、その細部ではなく大局を見据えねばなりません。

 今日は一つ、安倍さんが遺してくれた大切なメッセージについて一言書きましょう。

 このたびの痛ましい事件は、非常に厳しい現実のひな型になっていると感じました。

 平和の中、民主主義を謳歌しているかのごとく感じられているこの日本の現状において、あのような卑劣なテロがあのような形で起きたことを、皆さんにはぜひ国家間の問題に照らして考えていただきたい。

 そう、いくらこちらが平和を望み、他者を信用して警備(防衛)を最低限にしたところで、邪悪な他者にとって単にテロ(戦争)を起こしやすい環境を作ってしまっていることになるのです。

 日常的な風景を一人の邪悪なものが破り、背後から自作の銃器でターゲットを一発で仕留めてしまった。それと同じように、邪悪な国家が背後からいきなり攻撃してくるかもしれない。その時、日本がそれを防ぐには、現実の防衛体制は実に心もとない。

 そうした現実を、安倍さんは、身を以て、命を捨てて私たちに教えてくれました。

 しかし、それに気づいていない国民のいかに多いことか!

 私はそこに怒りと失望を感じるのでした。

 こういうことを書くと、必ず批判を浴びます。今回はそれでも構いません。そんなことに怯んでいては、大切な人、大切な日本を守れませんから。

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2022.07.09

追悼 安倍元首相 (1)

 んでもない事件が起きてしまいました。

 私の友人たちがヘリで奈良の病院へ駆けつけましたが、残念ながら間に合いませんでした。

 心より安倍晋三元総理のご冥福をお祈り申し上げます。

 安倍さん御夫妻と、富士山にて深いご縁を頂いていた私たち家族は、今までの御恩に報いることができるよう、これから晋三さんの御遺志のその一部でも継ぐことができるよう、命の限り尽力させていただきます。

 本当に今まで日本のため、世界のためにありがとうございました。どうか、神となられ、天にて私たち地人を見守っていてください。

 私たちは絶対に間違った道へは進みません。日本が真に地球の光となることを信じています。

 安らかにお休みください。本当にお疲れさまでした。

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2022.07.05

羽賀ヒカル怒る!? 『メディアの闇を暴く』

 

 社チャンネルの羽賀ヒカルさん、最近気合い入っていますね。これは「怒り」でしょう。

 もしかして、オニさんの耀わんでお水飲んだから?(こちら参照)

 いやいや(笑)じゃなくて、本当かもしれませんね。ここのところ耀わんのお水を飲んだ方々の変容ぶりがすごくて、ちょっと怖いくらいです。あの人もあの人も。

 まさに「闇を暴く」人たちが増えています。そして、「闇」から足を洗う人たちも。

 世の中、現世というのは実はわかりやすくて(つまり全然陰謀ではなくて)、批判されたり攻撃されたりする人こそ、正しいことをやっているのです。

 そしてホンモノはその攻撃すら「言向け和し」てしまう。これからの時代は必ずそういう方向に進んでいきます。相手の敵意を愛に変換してしまうのです。

 もともと敵意、悪意というのは「自己愛」に基づくものです。おわかりになりますか。戦争でもそうです。つまり元は「愛」のエネルギーなのです。

 それをこちらも「自己愛」で敵視してしまうと、これはもう衝突と破壊しかありません。お互いに刺し違えてしまうだけ。

 イエスの語った「汝の敵を愛せよ」や「右の頬を打たれたら、左の頬をも差し出せ」というのは、単なる「赦し」の推奨ではありません。

 相手の利己的な敵愾心を、愛の力で言向け和せということなのです。

 右の頬を打たれたということは、右利きの人に裏拳で殴られたということです。これは、殴る方は表拳(?)で殴ることは汚らわしいので裏拳で殴ったということ。これは奴隷に対する態度です。

 その打たれた奴隷が左の頬を差し出すということは、表拳で殴れということです。そこで思わず表拳で殴ってしまったら、両者の関係は対等になってしまいます。

 つまり、相手の攻撃性を利用して、その奥に潜む全てが平等な「愛」の世界に気づかせなさいという教えなのです。

 さて、話を戻しますが、最近の羽賀ヒカルさんの「怒り」に似た激しさは、まさに利他的な「怒り」であり、利己に対する「怒り」です。

 すなわち全ての「怒り」は「愛」に基づいているということ。その「怒り」の本質に気づくことこそ、衝突のない和合した世界への第一歩です。

 お釈迦様は「怒り」を最悪の煩悩として諌めていますが、ある意味それは間違いです。10年前、私はこんな記事を書きました。

 怒り=生かり

 怒りが革新、進化のエネルギー、すなわち生命エネルギーの根幹にあるのも事実でしょう。しかし、利己的な怒りの連鎖はいけません。また、利他的な怒りが利己的な怒りを言向け和すこともあるでしょう。

 そう考えていくと、孔子が弟子の顔回に対して言った言葉は深い。

「怒りを遷(うつ)さず、過ちを貳(ふたた)びせず」

 なるほど。

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2022.06.30

人間の知性について 〜ひとくくりにできない才能と広がる未来への可能性〜 (COTEN RADIO)

 

 岡から山梨に戻る車の中で聴きまして、運転しながら思わず膝を打ってしまいました。

 そう、これって最近私がいろいろなところで語っているところです。

 こうして若い人たち、それもいわゆる言語的、論理的な頭の良い人たちが、ある意味自己否定的に問題提起するのは素晴らしい。

 ワタクシのモノ・コト論的に言いますと、いわばコト的な頭の良さだけではなく、モノ的な頭の良さがようやく再評価されてきているということです。

 最近私は言語、中でも文字に対する不信感を訴え、結果として古代日本のような無文字社会の優位性について語ることが多い。あるいは絵画、多くの音楽のように言語によらない芸術の価値、また言語をあえて混乱させた無意味性について考えることも多い。

 ようやくですよ。近代が終わろうとしているわけです。近代の洗脳から解放された若者たちが生まれてきたのは大きい。

 ここで否定されるべきなのは、やはり「学校」でしょう。学校、近代教育こそが、知性の意味を矮小化してしまった。この動画でも語られているように、スポーツをしたり楽器を演奏したり、つまり体を動かすのも「脳」ですから、「頭の良さ」は言語・論理、いわばお勉強だけではないはずです。

 そして、直観や社交性もまた「頭の良さ」の基準となってもいい。そうすると、おそらくどんな人たちもそれぞれの「頭の良さ」を持っているはずであり、現代日本のような偏った基準によるカーストなど意味がないことがわかるはずです。

 もちろん「知性」の「知」が、「知識」すなわち過去の情報の記録を意味することも確かですが、そういう狭義の「知性」の時代は終りつつあるとも言えましょう

 狭義の「知性」において、かなり強いコンプレックスを持ってきたワタクシとしては、やっと自分の時代が来たのだとも感じます。未来の情報の直観に関しては自信がありますので。

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