カテゴリー「心と体」の650件の記事

2017.06.21

日地月合せて作る串団子星の胡麻かけ喰ふ王仁口

Th_0432 口王仁三郎の短歌です。これ、いいですね。大好きです。
 「にっちげつあわせてつくるくしだんごほしのごまかけくらうわにぐち」と読みます。
 ウチの家族はこれを家訓(?)としています。マジです(笑)。
 先日も、カミさんが職場の会議か何かで、「太陽と地球と月で団子を作って星のゴマをかけて食べたい」と言ったら、みんなシーンとしてしまったとか(笑)。そりゃそうだ。
 いや、ウチはみんな、このくらいのスケールで生きたい!と思っているのですよ。
 どうも世の中セコセコしてていかん。目の前のことに心を奪われたり、ちっちゃなプライドに振り回されたり、隣の人に嫉妬したり、顔を合わせないで互いに中傷合戦したり、逆に身の回りの小さな幸せに満足してしまったり…。
 というわけで、皆さんもぜひご一緒にこのスペシャル団子を食べましょう。理屈抜きです。
 こういうスケールで生きていたら、凡夫の日常の悩みなんか吹っ飛んじゃいますよね。
 で、団子食べたらお茶じゃないですか。お茶のスケールもすごいですよ。
 のちに王仁三郎を次のような歌も詠んでいます。さすが。好きだわあ。

日地月星の団子も食ひ飽きて今や宇宙の天海を呑む
 

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2017.06.14

南伸坊、関川夏央、みうらじゅんが語らう「昭和のエロ」

「昭和のエロ」は温かく、熱心だった
Th__20170615_91324 せずして、一昨日は「昭和」のモーレツ社員、昨日は「昭和」のプロレス、そして今日は「昭和」のエロということになりました(笑)。ま、私も充分昭和の残滓人間だということですね。
 別に昔は良かったとか、今どきの若者は…とか言いたいわけではありません。いや、やっぱり言いたいのか。そういう年齢になったということですかね。やっと大人になったと(笑)。
 で、今日は「エロ」のお話。あんまり面白かったので、ここにそのまま紹介します。文藝春秋に掲載された、南伸坊さん、関川夏央さん、みうらじゅんさんという、それこそ昭和の「おバカな男(もちろんいい意味)」を代表するような方々によるエロ鼎談。

南伸坊、関川夏央、みうらじゅんが語らう「昭和のエロ」

 そうそう、皆さん、私たちが左右の手で大切に抱いているものって何かわかりますか?
 答えは…こちらに書いたとおり「エロ」です(笑)!
 最近の若者(ああ、言っちゃった)、特に男は、草食系とか言って「エロ」にさえ執着を持たなくなっている。草食系、肉食系についてはこちらに書きましたね。
 私は(エセ)僧職系です。この前、座禅して空っぽの状態にしてアキバに行ったら、一気に肉が流入して満杯になりましたよ(笑)。
 「エロ」は妄想が99%ですから、その時代ごとにそれぞれのメディアがリアルの代替になってきました。それが紙とか人形とかだった時代はまだしも、今ではデジタルになり、そしてVRになり、さらにAIになっていく。
 いったいどうなるんでしょうね。戦争とかではなくて、「エロ」のヴァーチャル化によって、人類は滅びるんでしょうかね。
 というわけで、皆さん、左右の手からエロがこぼれ落ちないように頑張りましょう。

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2017.06.12

「ブラック」はお好き?(コーヒーの話ではありません)

Images 日、こちらに書いたように、豆を挽くようになってから、すっかり「ブラック」コーヒー党になりました。やっぱり「ブラック」がいい。
 「ブラック」がいいと思う人もいれば、ミルク入りの「マイルド」がいいと思う人がいるのは、コーヒーの世界に限りません。
 この前、W大学に通っている教え子が「就職決まりました!」と報告に来ました。景気もだいぶ良くなったのか、完全に売り手市場で、いくつも内定もらったそうですが、結局一番「ブラック」な某ゼネコンに決めたと(笑)。
 そう、彼は根っからの「ブラック」好きなのです。面接でも、「残業OK、上司との飲みOK、地方飛ばしOK…」などとアピールしたそうです。
 なんでも昭和のモーレツ社員に憧れているそうで、仕事で死にたいとまで言う(笑)。
 そう、そういう人間にとっては、今やり玉にあげられている「ブラック」企業こそが理想であり、世の中全部がマイルドになってしまうことに危機感すら覚えるのです。
 逆に「ブラック」好きでない人がブラック的な組織に入ってしまうと、違う意味で死んでしまうことがある。電通の話とかはそれであって、私は個人的には電通には昔のまま鬼十則とか標榜してもらいたい。
 私はどちらかというと仕事に関してはマイルド派なんですが、多少のブラックもまたたしかに自己満足の種になっているんですね。これは否定できません。
 たとえば立場上私にはいろいろな(他人の)仕事が降り掛かってくるわけですが、それは全然嫌ではありません。頼まれたら断らないというのが私の仕事上の信条ですので、逆に燃えたりする。満足感、達成感があるんですね。
 余計な仕事によって自分のスキルが上がり、経験値が上がり、評価が上がるのであれば、損することなどありません。そういう観点からすると、「同じ給料もらっているんだったら仕事をたくさんした方が得」ということになるんです。お分かりになりますか?w
 これってまあ「ブラック」とも言えますよね。仕事が給料には反映しないんですから。しかし、金銭欲は満たされずとも、自己満欲や自己実現欲は達成されるわけですから、得と言えば得です。
 これでたまに誰かがほめてくれたりすれば、ボーナスまで付く(笑)。そう考えると、やっぱり私も「ブラック」派なのかもしれません。
 しかし、私は家に仕事は一切持ち帰らないし、土日もほとんど仕事はしません。夏休みもちゃんと取ります。そういう意味ではマイルドに見えるでしょう。
 というのは、世間で言われるようになった「ブラック部活」の顧問の先生に比べると、全然マイルドだということでもあります。
 教育現場の問題についての研究で有名な内田良さんがかつてこんな記事を書いていました。

部活動はなぜ過熱する?

 実は「麻薬」であると。なるほど。
 ウチの学校でも、それこそ休日返上、元旦以外は部活の指導という先生がいます。そこまでいかなくとも、休日は試合や本番でつぶれてしまうという先生がたくさんいます。
 私はその部分(休日)に関してはマイルド(逆に言うと趣味にハード)なので、世間ではいわゆる「ブラック」とされる環境にいる先生方を、心から尊敬しています。感謝もしています。自分にできないことをしてくださっているので。
 しかし一方で、内田さんの記事にあるように、その「ブラック」状態が「大変だ」と言いながら、どこか満足している、快感を感じている人もいておかしくないと思います。
 もちろん、それを否定的にとらえているわけではなく、ブラック企業をあえて選んだ学生くんのように、そこにやり甲斐という人生の推進力を感じる人もいて当然であり、そうすると、なんでも「ブラック」と言って普通の人かいやがる環境を排除していくのはどうかとも思うのです。
 つまり、「ブラック」が好きという才能を持っている人に関しては、ぜひともそういう環境で活躍してもらいたい。そう思うのです。
 私も、上記のような「むちゃぶり」に関しては耐性があるという「才能」があるようですし、お金に執着が全然ないので、たとえば出張の手当なんかも一切もらっていません。学校に寄付しますと言っているんです。これだって、他人から見れば、出張費も手当も払わないなんてブラックすぎる組織だということになりかねませんよね。ま、これは私の特殊すぎる「才能」のせいですが(笑)。
 というわけで、この「ブラック」問題だけでなく、世の中ですね、昭和の時代と違って「無理するかっこよさ」が認められなくなってきていることは残念でしかたありません。
 少数派かもしれませんが「ブラック」好きな人たちもいます。その人たちの活躍の場も残してもらいたいですね。そう、男らしさの表現の場を奪わないでもらいたいのです。

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2017.06.06

福来博士記念館

Th_img_0591 修旅行二日目は白川郷と高山散策。高山では念願の場所に行くことができました。今までも何回かチャンスがあったのですが、場所が分からなかったり、閉まっていたりだったところです。
 その名は「福来博士記念館」。福来友吉は知る人ぞ知る人物ですよね。日本のオカルト界では神のような存在です。
 戦前の心霊ブームを導いた元東大助教授、高野山大学教授。かの映画「リング」の伊熊助教授のモデルになった人。というか「リング」自体が福来らの「千里眼事件」をモデルにしています。
 この記念館にも「貞子」さんに関する展示が…。そう「リング」の貞子のモデルは悲劇の超能力者御船千鶴子だと言われていますが、事件の関係者には高橋貞子という超能力者もいるんです。
 さて、この記念館、高山市の反対に合いながらも、福来の遺志を継ぐ山本健造さんらによって建てられたもの。城山公園の入り口近く、オシャレな喫茶店の横に静かに鎮座しております。
 なんとなく町の公民館のような感じで、たった一部屋に福来博士や千里眼事件などに関する資料がパネル展示されております(こちら参照)。
Th_img_0624 もちろん誰もおらず、私一人で拝観。椅子に座ってゆっくり(鎖でつながれた)山本さんの興味深い著書なども読ませていただきました。
 この福来友吉の超心理学実験、かの筧克彦も同席したということで、ここで宮下文書や出口王仁三郎、そして貞明皇后との関係も出てくるわけでして、まあ戦前の日本のスーパーオカルトぶりには感動さえしてしまうわけであります。
 というか、それが本来の日本であったわけで、戦後、そういう「モノ」を排除されてしまった日本が異常なのではないかと、最近のワタクシは思うのです。アブナイとかトンデモとか言われてもめげませんぞ(笑)。この世はコトよりモノが本体ですから。
 というわけで、高山に行ったおりにはぜひ訪れてみて下さい。飛騨の国は元来霊的な土地ですが、その中でも異彩を放っております。ここで一人佇んで何も感じないとしたら…あなたは日本人ではないかもしれません(笑)。

飛騨福来心理学研究所
福来記念・山本資料館

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2017.06.05

一日不作一日不食

Th__20170607_6_14_27 校の研修旅行で岐阜に来ております。今日のメインは、本校の名誉校長である山川宗玄老師が住職をお務めの正眼寺参拝。私は5年ぶりくらいでしょうか。
 今日は夏の大摂心(作務摂心)中であり、いつにも増してピリッとした空気が漂っておりました。
 生徒たちと本堂にて読経、座禅をさせていただき、そして老師のご法話を聞きました。
 大変ためになるご法話でありました。「今ここ」を一所懸命に生きる。過去や未来にこだわってはいけない。
 私は未来学なんぞをやっておりますので、過去は簡単に捨てられても、なかなか未来は捨てられません。未来的な目的なくして現在はないという考えですので、ある意味禅の教えとは矛盾します。
 そう、たとえば摂心において作務をなさっている雲水の皆さんは、目の前の作務をすることだけに集中し、その結果やましてや報酬などは考えていません。行動自体が目的なのです。
 私はとてもそういう境地には至れませんね。
 「今ここ」を語る老師様のご法話で印象的だったのは、「一日不作一日不食」と関山慧玄さまのエピソード。慧玄さんの逸話についてはまたいつか書きます。今日は「一日不作一日不食」について少し。
 「一日作(な)さざれば一日食らはず」は百丈懐海禅師の逸話から生まれた言葉です。老師は「働かざる者食うべからず」は共産主義者の言として、その意味は「一日不作一日不食」とは全く違うとします。そのとおりだと思います。
 作とは作務のことであり、作務とは修行そのものです。修行しなければ食べる資格はないという厳しい意味です。
 ちなみに私は一日一食をもう14年ほど続けていますが、これはまさに二食分は「不作」によって「不食」になっているということであります。修行が足りん!ということで、そのうち二日一食になりそうです(苦笑)。
 そう、たとえば今日の研修旅行のように、お昼ごはんがスケジュールに組み込まれていて、普段食べない昼食を無理やり食べますと、実に調子が悪くなるんですね。これは「バチ」でしょう。いけませんな。
 今年は7月にも正眼寺を訪れる予定です。今度は一泊二日でしっかりプチ修行します。

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2017.05.16

結縁尊縁随縁

Th_2017051600000074san0002view 日、中曽根康弘元首相の「白寿」を祝う会が開かれたとのこと。
 総理大臣という重責を長期間担ったということだけでも、大変なストレスがあったでしょう。さらに引退後も政治力学の隠然たる中心点の一つとして、多くのご苦労があったと思いますが、このようなご長寿で、さらに健康、聡明でいらっしゃることに対し、純粋に尊敬の念をいだきます。
 今年の憲法記念日に中曽根さん作詞の憲法改正の歌を紹介しました。そこにも書いたとおり、憲法改正に対して、私は中曽根さんとは相容れないところがあるのですが、しかし、まさに白寿に至っても衰えない深い「祈り」の力にも、純粋に心を打たれます。
 そう、この会で中曽根さん自身が「この国をよりよくして未来へとつないでいく。それこそ人生の深い祈りにも似た願いだ。その強い思いを持って、最後のご奉公に励み、自らの天命を全うする所存だ」とおっしゃったんですね。
 「人生の深い祈りにも似た願い」…この言葉は重いですね。そして「未来」「天命」。こうした言葉を、私もついつい格好つけて使ってしまいますが、中曽根さんの半分しか生きていない、それも市井の輩とは、その深みが違いすぎますね。
 さらにいい言葉だなと思ったのは、「結縁尊縁随縁」です。「縁を結び、縁を尊び、縁に随う」…これは私もかなり分かってきました。縁によって生かされているというのは、まあ仏教の教えの根本の一つではありますが、それもまた、百年生きた、いや職業渡世の中で修行された中曽根さんがおっしゃると、やはり理屈ではなく体験の重さ、深さというものを感じさせますね。
 まずは縁を結ぶ。そこにはということもあるでしょう。それらも含めて全てを尊ぶ。結果として、「随う」という他者性(モノ性)に到達する。
 総理大臣をされた方でも百年かかるわけですから、私は最低でも二百年くらい生きないとなあ。それを30そこらで悟ったお釈迦様はやっぱり特別な天才ということにもなるでしょう。
 ところで、あくまでも「自主憲法制定」を志とする中曽根さん、安倍総理のあの「加憲的改正論」に対して、心の中ではどのように評価しているのでしょうか。
 

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2017.05.14

【追悼特番】渡部昇一先生を偲んで (チャンネル桜)

 日は東京でひと仕事。往復の車の中で、この動画の音声を流しておりました。
 番組の中で小堀桂一郎さんや水島総さんらもおっしゃておられましたが、渡部先生は本当に敵を作らない方でした。直接お会いすることは残念ながらありませんでしたが、多くの方から渡部先生のお人柄の素晴らしさについてうかがっておりました。
 そして、もちろん先生のご著書の言葉たちが、そのお人柄を雄弁に語ってくれていましたね。
 そう、左派、リベラルの皆さんからも尊敬されていましたね。文化は政治や思想を凌駕するということでしょうね。
 ご専門の英語学だけでなく、比較文化論、比較文明論…いやいや、そういう範疇にも収まらない、まさに博物誌的な該博さでしたね。そういう方は尊敬されます。憧れますね。
 そして、なんとも純粋なお茶目な面もお持ちだったことが、この番組でよく分かりますね。決して偉ぶらない。愛が深かったのでしょう。
 それにしても、朝日新聞との戦いは壮絶ですね。朝日新聞って、やっぱりああいう役どころなんですよ。異常じゃないないですか、執念が。ヒール。おかげで、渡部さんや小堀さんはいい仕事できたわけですから、結果として。
 そんな辛い体験も含めて、きっと天国で笑い飛ばしておられることと思います。改めてご冥福をお祈りします。
 足元にも及びませんが、できるかぎり、渡部先生のような人間になれるよう、私も精進していきたいと思います。

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2017.05.05

モーガン・フリーマン 時空を超えて 『第六感は存在するのか?』


第六感は存在するか 投稿者 Tokiomate

 年のゴールデンウィークは毎日大切なお客様がいらっしゃいます。今日も1ヶ月ぶりに「ただいま〜」とVIPが我が家を訪問されました。
 いつものとおり、未来的、地球的、宇宙的なお話で盛り上がったのですが、「第六感」も話題に上がりました。予知や予感、偶然とは思えない偶然、シンクロ、絶妙なタイミングのよさ…どうも、私たちはそういう中で生かされているようです。
 もちろん、そういう感覚が、単なる思い込みであったり、こじつけであったり、あるいは過度なポジティブシンキングだったりすることもあるでしょう。しかし、やはりどう考えても確率論的にありあえないことが重なりすぎています。
 一昨日遠方からいらっしゃった御夫婦との出会いや今回の来訪も、まさに偶然とは思えないものでした。ちなみにその御夫婦と今日のVIPの方、またそれこそタイミングよく昨夜ご連絡をくださったある天才科学者も、みな共通の知り合いであったという、ほとんどあり得ない事実。
 あっそうだ、その一昨日来訪された御夫婦と、昨日の朝、駅でばったり再会してしまったんですよ。私は別のお客様を迎えに行ったんですが。そして、実はなんとなくどこかでその御夫婦と会いそうな予感がしていたんですね。これは本当です。ですから、ああやっぱりと思いました(先方はビックリしていましたが)。
 「世間は狭い」という言葉は、もしかすると、この番組でいうところの「地球意識」というファミリーを意味するのかもしれませんね。
 そう、今日ちょうど話題の中に「八紘一宇(八紘為宇)」も出てきました。私はそれを「和」と同義とし、英語で「global familism」と表現していますが、それはまた「地球意識」と言い換えてもいいのかもしれません。
 ただ一つ言えることは、そうした「地球意識」という場で自然体で生きていると、いろいろな無駄がなくなってくるということです。それは今日のお客様方もみんな実感しているようでした。
 情報や意識がエネルギーとして存在しているであろう高次元宇宙と、素直につながること。これは実は科学技術が発展し、ニセの(4次元的な)情報社会になった現代においては逆に難しくなってしまっています。
 今日は、我が家に、そうした困難を乗り越えるための「道具(デバイス)」が二つ揃いました。未来的であり、かつ原始的でもあるそうした道具のおかげもあって、今の自分の人生があるのでした。
 「地球意識」あるいは「宇宙意識」へのもう一つのアプローチ方法として、「音楽」というものがあります。音楽における「意識」の存在は、アンサンブルという不思議な共鳴、そしてそれが生み出す感動、さらには言葉という情報との関係など、非常に興味深いものです。それについてはまたの機会に書きましょう。

第六感は存在するか…全文書き起こし

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2017.04.30

『渡部昇一と渋沢栄一』 最終章

 月18日に追悼 渡部昇一さんという記事を書きました。そこで紹介した渋沢栄一に関する動画の「最終章」が公開されましたので、ここに掲載いたします。
 本当に最後の映像でしょうね。たしかにお声がかすれていますが、しかしその言葉の力は全く衰えていません。それどころか、最後に振り絞るように渋沢の生き様を通じて、自らの人生を語ったおられる。
 多くの文人、偉人を紹介してきた中で、最後に渋沢栄一をお選びになったのは、これはきっと必然であったのでしょう。
 「交際術の中心に敬意を置け」
 「細かいことをゆるがせにするな」
 渋沢の男の流儀を通じて遺された渡部昇一さんのメッセージをしっかり心に、いや魂に刻みたいと思います。
 あらためてご冥福をお祈りましす。

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2017.04.25

ペヤング 『背脂MAXやきそば』

Th_51vi76e0lkl このところ、出張や外回りが多く車で移動することが多い。で、NHKラジオ第1を聞いておりましたら、「すっぴん」で「背徳メシ」というのをやっておりまして、思わず買ってしまったのが、このペヤング(笑)。
 「背徳メシ」とは、いかにも体に悪そうだが旨くてやめられない食べ物のこと。背徳感と多幸感を同時に味わえるという優れもの(?)であります。
 油こってりとか糖分たっぷりとか、基本カロリー高めなのが背徳の条件でしょうかね。
 その点、このペヤングはなかなかの背徳っぷり(笑)。だいたい、カップ麺という時点ですでに優位に立っている。そこに加えて、「背脂」そして「MAX」と来た。う〜む、この背徳感(笑)。
 実際、油ドロドロですよ。予想以上にテカテカなので、思わず納豆を投入して背徳感を緩和させてしまった(笑)。栄養価が高まってしまったではないか!
 そう、私、一日一食をもう14年ほど続けているし、ものすごく食にこだわったヘルシー派だと思われがちなんですけど、実際はけっこうジャンクフード大好きな背徳野郎なんです。
 特にこのブログでも何度か表明してきたように、ペヤングとベビースターが大好き。まるかとおやつ、両社ともにどんどん新作投入してくるじゃないですか。そのたびに背徳メシを楽しませていただいています。
 いや、基本は「まじめ」な食生活してると思いますが、たまにこういう極端な背徳を楽しむので、ますますその背徳感が増すというか、そういうものですよね。修行中の坊さんみたいなものです(?)。
 というわけで、この商品、なかなかの背徳レベルでした。そして、パッケージがいい。モノクロームなところが、不思議と昭和のアングラ感を醸し出している。ATGとかで「背徳の背脂」とかいう映画ありそうですよね(ないない)。
 皆さんもぜひ。多分そんなに寿命は長くない商品だと思いますし。そうか、自分自身の命を縮めてでも存在しているんだな、背脂MAX。ちょっとかっこいい生き方(笑)。

Amazon ペヤング 背脂MAXやきそば

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