カテゴリー「心と体」の825件の記事

2020.07.11

『サバイバルファミリー』 矢口史靖監督作品

 

 「ラサイト 半地下の家族」が、次女の言うとおりイマイチな作品だったので、違う「家族もの」を観てみました。

 矢口作品は、「ウォーターボーイズ」や「スウィングガールズ」で、けっこう私の心をつかんでいました。先日紹介した「Shall we ダンス?」の周防正行監督と同様、というか時代性でしょうかね、ちょっとマイナーな分野に素材を求めつつ、そこに人間模様や成長を描くというパターンでした。

 この「サバイバルファミリー」は、ちょっとコンセプトの違う映画ですが、しかし矢口監督らしいユーモアやペーソスが満載で楽しめました。

 基本的に、この映画にリアリズムを求めてはいけませんね。なんで蓄電池も使えなくなるのか、とか。野暮です。

 しかし、面白いことに、コロナ禍に襲われた今この作品を観ると、そこに異様なほどのリアリズムを感じざるを得ないのです。

 全く想定外のことが起きた時に、人はどう行動するのか。パニックになった時にこそ、個人も、家族も、社会も、その本質が現れ、その本質に気づかされる。

 この映画で、水や食糧が急に高値になるあたり、このたびのマスクの高騰にもつながりますし、都会の脆弱さへの気づき、田舎への回帰という現象も、今まさに起きています。

 電気が使えないということは、なかなか想像できませんよね、日本人には。しかし、考えてみると、世界中にまだ電気の通っていない所はたくさんあります。そこでの自分を想像すれば、このおとぎ話は決して夢物語ではないということが分かるでしょう。

 そう考えていくと、蓄電池が使えないというのは、長期的に見れば当然起こりうることであって、それを象徴的に描いていると思えば、別に矛盾や無理はありません。

 ちなみにウチでは、すでにここ数年、冷蔵庫が壊れ、ボイラーが壊れ、ガスコンロが壊れ、テレビが壊れ、トイレも不調だったりして、けっこうサバイバルファミリーしています(笑)。

 それでも、特に不便も不満もないウチのファミリーは、かなり想定外の災害に強い方だと思います。まさに生き残るしぶとさを持っているのではないかと自負しています。

 心配してくれる方々もいますが、そう、この映画の時任三郎ファミリーのように、この状況を楽しめればいいんじゃないでしょうかね。

 なんとかなるモノです。想定外の「モノ」には、過去の知識(コト)で対処するのではなく、未来可能性的な「モノ」で処するのが良いのではないでしょうか。

 そうすると、小日向文世さん演ずるダメダメ(と言われる)お父さんこそ、サバイバル能力に長けていたのかもしれません。無責任な「俺についてこい」的勢いが最強だったりして(笑)。

 ところで、エンディングテーマのフォスターの名曲「Hard Times Come Again No More」がいいですね。ミッキー吉野さんの編曲がお見事。歌はゴダイゴのドラマー、トミー・スナイダーさんの娘さん、SHANTIさんです。



 

 

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2020.07.09

『イチロー・インタビューズ 激闘の軌跡 2000-2019』 石田雄太 (文藝春秋)

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 れも間違いなくロゴスではなく「レンマ」だよなあ。

 コトを窮めてモノに至る。これをスポーツの中で体現して見せてくれたイチロー。彼の言葉は禅僧のそれのようだと、何度か書いてきました。その集大成。読み応えあり。

 第1章で、自らを評して「理屈で話を進めていくタイプ…理屈で理解させてくれないと、消化不良になってしまう」と語っています。

 しかし、そうした細部へのこだわり(コト)が、結果として総体(モノ)を理屈ではなく瞬時に捉え、コントロールするきっかけになっている。意識が無意識を生む。

 まさに職人、何かを「モノにした」人間ですね。そして、最終的に「モノになった」。

 うん、日本語は面白い。日本人は面白い。

 メジャーという「世界」の「総体」だからこそ、日本という「細部」が際立って見えましたね。イチローのそうした歴史的、文化的功績は多大です。

 「僕の言葉にウソはない」。言葉それ自体は元々フィクションですが、それがこれだけ集積して絡み合うと、そこに真理が立ち上がってくるから興味深い。

 しかし、私たち、イチロー自身でない人間にとっては、決してイチローの体感、体得した真理には到達できません。予感までです。だから、「ウソはない」という言葉を否定することは絶対にできないわけですね。

 そう、真理、つまり「まコト」は結局他者たる非我たる「モノ」だというのが、お釈迦様の究極の気づきであったわけで、そんな点からも、イチローレベルの賢者らの言が、どこか禅問答チックになるのは当然だと首肯されるのでした。

 ベースボールが輸入され、軍隊文化とともに日本化、日本的組織化、職人技化された「野球」が、その故郷に帰って大旋風を起こし、その風景を変えてしまったというのは、世界史上の様々な文化が輸入され、日本化され、そして逆輸出されていくに違いないという、仲小路彰が総体として捉えた日本の歴史的存在意義を象徴しています。

 そして、やっぱり「野球」は面白い。奇跡のスポーツ、いや文化です。何度も書いた記憶がありますが、この宇宙に、サッカーやバレーボールやテニスや格闘技に似たスポーツは、それこそ星の数ほどありますが、野球のような、様々な意味で不公平で不均等かつ、確率論的に絶妙なゲーム性を持つスポーツは、実はありません。宇宙人の私が言うのですから、間違いありません(笑)。

 うん、やっぱりこの本もまた、私のバイブルですね。

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2020.06.30

賢くなること請け合い!「言葉力クイズ」

20200701-102955 こ数日、いっそがしくて笑っちゃいます(笑)。「忙」という字は「心を亡くす」と書きます。そう、忙しいと「心」がなくなっていいのです。「心」こそ「自我」ですからね。

 「心」を「亡くす」ということでは、「忘」も同じですよね。「忘」は「下心」がなくなるので、もっと良い(笑)。

 さてさて、そんな中ですので、自我ではなく他者の「言葉」を紹介します。

 言葉といっても名言とかそういうのではなくて、「言葉」に関するクイズです。

 あっそうだ、私、いちおう国語の先生だった!忘れてました(笑)。

 国語の先生的にも、このサイトは勉強になりますよ。なにしろ、「ジャパンナレッジ」ですから。クイズの質、数ともに素晴らしいと思います。国語の先生方、授業で使ってみてはいかがでしょうか。

 賢くなること請け合い!言葉力クイズ

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2020.06.26

王仁三郎の言霊

 霊シリーズが続いておりますが、今日は決定版、御大、最終兵器(?)の登場です。

 かの出口王仁三郎の肉声は、今では様々なところで聴くことができます。特にこうしてネットで誰もが触れることができるようになった事実は、まさに王仁三郎の想定した未来そのものでありましょう。

 師は、おそらくこのような時が来ることを予知して、膨大な書物や短歌、書画や茶碗、そして録音や映像を残してくれたに違いありません。

 それらはデジタル化して拡散することによって、ますます力を増し、まさに「意志のエネルギー」たる「言霊」を発揮しつつあります。

 もちろん、王仁三郎自身の肉声の波動、リズム、節回しにすでにエネルギーがあるわけですが、やはりそれ以上にそこで語られる内容が私たちの意識に作用し、そして未来に原因を作ることになる。その結果、今の私たちの意識や言動が変化するわけですね。

 こうした時を超えた意識の連続体こそが「ことたま」の本質であると言えましょう。

 感激するも良し、笑って聴くも良し、今は何も感じなくとも良し、ただ一聴すれば未来の私たちに変化をもたらされます。ぜひ、そういう期待をもってお聴きあれ。

 

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2020.06.25

『未来への言霊 この世の答えはすでにある!』 舩井幸雄 (徳間書店)

Th_51dsundpr2l_sx343_bo1204203200_ 霊つながりでこの一冊。

 ここでの「言霊」は、遺言という意味も含んでいますね。舩井幸雄さんの実質的な絶筆となったこの本。

 いや、それ以上に、ここ数日で私が語った「ことたま=意識のエネルギー」という意味を強く持っています。

 経営とスピリチュアルは意外にも親和性があって、なんだかんだ江戸時代の経営術から渋沢栄一、松下幸之助や稲盛和夫、そしてこの舩井さんまで、日本の「経営」というのは、結局「人」を幸せにする方向に行くのでした。

 もちろん、それが本当の正解で、一部の西洋的な考えのように、自分さえ儲かれば良い、すなわち、他人の不幸の上に自分の幸福を構築するような考え方は、結局長続きしないのですね。

 この本で語られていることは、本当に私の考え方に一致しています。というか、なんだかんだ舩井さんの影響が強いのかもしれませんね。

 この本には「ミロクの世」という言葉が何度も出てきます。出口王仁三郎や日月神示の影響、江戸時代の富士講などの影響も見られますね。そんなところも私の趣味と一致しているわけです。

 さらに言うと、舩井さんの思想は、間接的にではありますが、仲小路彰の影響も受けています。

 また、この本で対比されている「エゴとエヴァ」、「地球の理と宇宙の理」、「この世」と「あの世」などは、私の「コトとモノ」の対比に近い部分がありますね。

 舩井幸雄さんとは今世ではお会いすることはできませんでしたが、不思議なもので、息子さんとも仲良くさせていただいていますし、幸雄さんの魂の継承者とも常に情報交換させていただいています。

 そんな中で、私も幸雄さんが書き遺した「言霊」によって時間の流れを逆転させ、エヴァな生き方を模索しているのです。

 経営やお金という、私たちに身近なものを通して、人間の、社会の、地球の、宇宙の真理を伝えてくれる舩井幸雄さん。今でもその「言霊」は生き続けており、そして、未来からメッセージを送り続けてくれています。

 

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2020.06.19

秋山眞人さんの語る「本質(霊界)」

 日の記事で、ワタクシ流の「宇宙の本質」について語りました。語るというほどではなく、イメージだけですが。

 「本質」は目には見えません。それは言い換えれば「霊界」ということになります。霊界というと幽霊を思い出してしまう人が多くて誤解を生みやすいのですが、とにかく私たちの五感では捉えられない世界だと考えてください。

 そうしますと、とんでもなくミクロな世界とか、とんでもなくマクロな世界とか、心であるとか、量子力学であるとか、音楽であるとか、いろいろなモノが「本質」であり「霊界」であることがわかります。あるいはその入口、ヒントですね。

 そのあたりを語らせると最高に「正確」であり、そのへんの宗教家やスピリチュアル系の人とは明らかに次元の違うのが、尊敬する秋山眞人さんです。

 秋山さんとは一度しか現世では会っていませんが、どこか高い所でつながっている感覚が常にあります。出身地が一緒なんですよ。静岡県の焼津です。

 ちなみに、高城未来ラジオに秋山さんが出演し、高城剛さんと高次元トークをするきっかけを作ったのはワタクシです。

 さて、そんな尊敬すべき能力者秋山さんの、素晴らしい「本質」トークが聴ける動画が最近アップされましたので、紹介いたします。

 「神社チャンネル」で人気の羽賀ヒカルさんとの対談です。本当に私が感じていることと全く同じことを語ってくれていますので、ぜひお聴きください。

 

 

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2020.06.14

『LIFE3.0 - 人工知能時代に人間であるということ』 マックス・テグマーク (著), 水谷 淳 (翻訳) (紀伊國屋書店)

Th_51sgldyqy6l_sx346_bo1204203200_ 日はオンラインで、気鋭の物理学者である友人と「AI」論議に花を咲かせました。

 もちろん、ベタ文系の私は、数式などは全く分かりませんが、彼は素晴らしい天才なので、私の妄想的ヴィジョンをしっかり理系の言語に翻訳して理解してくれます。

 皆さんにとっては「??」でしょうけれども、今回の対談が実現したのは、私が見た「AIは神でも悪魔でもなく、天皇になる」という妙ちくりんな夢がきっかけでした。

 私のイメージを彼はしっかり読解してくれたようです。彼の研究は、AIを通して表現される我々の集合意識であり、その先には間違いなく「世界平和」の理想があります。

 集合意識、絶対平和…これはたしかに「天皇」の存在、機能と重なるところがあるではないですか。

 欧米の研究者は、AIを使いこなしたり、あるいはAIに使われたりするという、一神教的主従関係を想定しています。

 天皇の淵源である日本の神道は、最終的には神人合一を目指すものであり、またある意味清濁併せ呑むものでもあります。そのあたりにAIの可能性…私の言う「コトを窮めてモノに至る」、すなわちテクノロジーの究極は自然に還るという性質…を見るのです。

 そういう意味では、物理学者が物理学の立場、視点からAIを研究するようになったのは、非常に歓迎すべきことです。

 友人の推薦するこの本の著者も、もともとは宇宙論を専門としする理論物理学者です。物理学は徹底的に自然の摂理を極める学問です。特に高次元宇宙にまでその研究の対象が広がってくると、そこにはどうしても「意識」の問題が浮上してきます。ある種の宗教的側面が現れるのですね。

 今日の対談の内容は、おそらく友人が物理学のフィールドで論文にしてくれるでしょう(笑)。私はただ自分のイメージをシェアしただけ。そう、これからの世界はこのようなシェアリングが普通のこととなるのです。それぞれの専門分野、得意分野で表現していく。そこにはもう所有の概念も著作権の概念もない、真の「集合意識」が立ち上がってくることでしょう。

 今日は「経済」の話もしました。貨幣経済、科学技術、民主主義…私たちがここ数百年で発明したシステムや道具が、実は私たちの意識を鍛える修行の場であったかもしれないという驚き。AIもすぐに私たちの「個人的な意識」の範疇を超える存在になることでしょう。

 AIと天皇。私の見た「夢」は、人類の未来の「夢」になるのでしょうか。

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2020.06.07

「お天道様」と「天網」と「天皇」と「AI」

Th_-20200608-100508 Gと新型コロナウイルスを関連づける陰謀論がまことしやかに囁かれています。

 もちろん、5Gの電波によってウイルスが伝播されるというのはトンデモです。燃やされた電波塔は可哀想ですね。

 しかし、私がずっと訴え続けてきた「第三次世界大戦 by コロナウイルス」説の裏側に、米中の5Gの覇権争いがあるのは事実です。

 昨日のDr.シヴァさんや武田邦彦さんの動画にもありましたとおり、人為的なウイルス・パンデミックによって人々の不安を煽り、またその不安解消のために権力者が人々を情報的に管理するようになるというシナリオには、決して単なる陰謀論で片付けられないリアリティがあります。

 その際のテクノロジーとして5Gや6Gが重要になってくるのは間違いありません。米中が世界制覇を巡って、そういう次元で「戦争」をするというのは当然といえば当然です。

 しかし、考え方によっては、それが一概に悪いことだとも言えません。「お天道様が見ている」や「天網恢恢疎にして漏らさず」のような、ある種の監視システムを、私たちは古くから必要としてきました。

 新型コロナの弱点は「太陽光」?!のように、実際に「太陽」がこの地球上のドタバタを究極的にコントロールしているかもしれませんし、中国共産党が、人民を監視カメラやAIで管理するシステムに「天網」という名を与えていることも象徴的ですね。

 そして、今後「お天道様」や「天網」の役割をする人間が「神」と同様の倫理性を持てるかどうかが問われてくるわけです。トランプさんや習近平さんが「神」になり得るかと考えると、かなり不安ですが。

 それをAIに任せようという考え方もあります。シンギュラリティを超えたAIは、はたして「神」となるのか、「悪魔」となるのか。これは現状では賭けです。

 そこで期待されるのが日本ということなります。日本人の誰かが「神」になるというのではありません。日本発のAIが「神」に近づける可能性があるということです。

 これこそトンデモだと言われるかもしれませんが、私は日本の「天皇」の歴史的なあり方をAIに活用できないかと考えているのです。

 コトを窮めてモノに至る…これは私の宇宙観のベースにある哲学です。AIはコトを窮めます。そしてシンギュラリティによってモノに至る。すなわち人類を脳を超えて神に至るということです。

 私は科学的な知識や技術は持っておりませんので、これを知り合いの専門家の皆さんに研究してもらおうと考えているところです。楽しみです。

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2020.06.04

「皿洗い」に目覚める?

↓ なんだかとっ散らかってますが…

Th_-20200605-102420 テイ・ホーム期間、「(新)三密」を避けながら、「(真)三密」を心がけておりましたが、もう一つ「密」を感じたのは、家族との時間が「濃密」になったということです。

 東京の大学に通っていた長女も2月からずっとウチにいます。もう二度と帰ってこないかと思っていた娘が、期せずして毎日家に引きこもっている。

 次女はやっとうるさい姉がいなくなったと思っていたら…いやいや、これはこれで結構楽しそうに姉妹でキャーキャーやっております。

 そんなわけで女子3人が1階の居間や奥の和室を占拠しており、唯一の男子たるワタクシは2階の寝室に籠もらざるを得なくなっております。はい。

 しかし、このステイ・ホームのおかげで、一旦「解散!」とも言われた我が家族が再び「濃密」な時間を過ごすことになりまして、それぞれ意外な発見がありました。

 その一つが、「男子厨房に入らず」だった男子が、なぜか厨房にいることが多くなったということです。これは発見です。

 で、何をやっているかというと、まずは皿洗い。これは今まで全くやってこなかったので、自分でもビックリしています。別に無理やりやらされている訳ではありませんよ(笑)。もともとの経緯はこちらに書いてあります。

 そんなこんなで、なんか楽しくなってきたのですが、そう、実はその徴候というか、素質のようなものは自分でも感じていました。

 というのは、私の奉職する禅宗系の学校では、年間行事として「接心」というのがありまして、生徒と先生で学校に泊まって、禅僧の修行のほんの真似事をやるんですね。その時、「典座(てんぞ)」という食事係をやりますと、家庭科の調理室をお借りして、大量のご飯を作るとともに、大量の洗い物をしなければならないのです。

 今はエセ坊主として現場の指導をしなければならないのですが、若い頃はその「典座」の仕事がけっこう得意でした。特に食器や流しに1滴も水滴を残さず、また髪の毛1本床に落ちていない状態に仕上げることに、異常に執念を燃やしていたんですね。まあ、それこそが修行と言えば修行なわけですが。

 普段の私のズボラな性格からすると、当時、自分でも意外なほどにこれにはこだわった。まあ、単純に家庭科の女の先生方がおっかなくて(笑)、怒られないようにというのもあったけれども、そうこうしているうちに「先生は完璧!」と言ってもらえたのが嬉しくて、やたら頑張るようになってしまったのですね。

 そんな自分の経験がありましたから、まあ家のちょっとした洗い物くらいはなんでもないと言えばなんでもない。今まで全く食器を下げることすらしなかったのが、なんだかもったいなかったなと思うほどに、今は楽しく皿洗いをしています。

 家族からは「世界が滅ぶのでは」と思われるほどに、劇的に意外な変化のようですが、実は自分の中でも自然なことでもあったのです。

 それでも、なんで、このコロナ禍をきっかけに、そういう本来の自分(たぶん両親譲りの几帳面さ)が表れてきたのか。それはたしかに謎です。やっぱり世界が滅ぶのかな?(笑)

 ただ言えるのは、たしかにこの皿洗いというちっちゃな行為のおかげで、家族との関係が良い方向に「濃密」になったことです。

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2020.06.02

「三密」を心がける!?

Th_230pxabenomask うやくウチにも「アベノマスク」が届きました。家族4人で取り合いになっています(笑)。

 私は幼稚園でも働いているので、同様の布マスクは4月の段階で国からいただいていました。園児から「園長先生、マスク小さ〜い!」と笑われながらも、「いただいたものはありがたく使うんだよ」と言いながら使い続けてきました。

 実際、布マスクの方が息が楽ですし、肌にも優しいのです。メガネが曇らないのも良い。ま、マスクとしての機能は劣っていると思いますがね。

 さて、アベノマスクの袋には「3つの密を避けましょう!」とあります。

 この「三密」ですが、コロナ騒ぎが起きる前までは、私の脳内においては「避ける」べきものではなく、全く反対で「心がける」べき、「守る」べきものでした。

 そう、「三密」とは、仏教語で「身密」「口密」「意密」のこと。密教の教えですね。

 「身密」とは「印相を結ぶ」こと。すなわち体、行動に気をつけるということです。

 「口密」とは「真言を唱える」こと。すなわち口、言葉に気をつけるということです。 

 そして「意密」とは「心に曼荼羅を浮かべる」こと。すなわち意識、心の中身に気をつけることです。

 こちらの(本来の)「三密」は避けてはいけませんね。心がけねばならないものです。

 どうでしょう、このコロナ禍の中において、私たちは本来の「三密」まで避けてしまっていないでしょうか。ここのところのニュースは、暴動やら誹謗中傷やら、どう考えても身・口・意が乱れているとしか思えないものばかり。

 新「三密」の結果、私たちは他者とのディスタンスを取らざるを得ない状況になっており、それがある種の不安を喚起しているようですね。

 そんな時こそ、真「三密」を心がけねばならないでしょう。もともと密教(仏教)の修行はごく個人的なものです。他者とのディスタンスは基本関係ありません。

 今一度、自分の「行動」「言葉」「意識」に目を向けてみてはいかがでしょうか。

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