カテゴリー「心と体」の144件の記事

2010.02.07

『霊の発見』 五木寛之・鎌田東二 (角川文庫)

04129440 といいますと、なんとなく、胡散臭い、あるいは嘘臭い、あるいはただ恐い、そんな感じを持つ方も多いと思います。とにかくあんまりそういうことを言っていると、現代においてはかなり怪しまれるようです。あるいは逆にメチャクチャ尊敬されるか。
 この前、「鬼=もの」について書きましたね。昨日も「権現さま」の話を書きました。私はそんな感じで、自分の「モノ・コト論」の中で「モノ」を扱っているために、それほど抵抗はありません。また、もともと科学で証明できるものとか、目に見える、耳に聞こえるものの方が「全体の一部」であるという、実は当たり前のことを認めている立場というか、実感としてそれらに対する「その他」を認めて生きてきた人間ですから、一般の人よりもかなりそういう世界に近いところで生きている方かもしれません。
 さて、この本ですが、なかなか内容が濃い。あの五木寛之さんと、「霊学」や「言霊学」の専門家にして、神道ソングライター、そして現在は京都大学こころの未来研究センター教授としても御活躍の鎌田東二さんの対談ですから、それは面白くなりますよね。
 ここで語られる「霊」は、いわゆる死者の魂的なものだけではなく、神仏や物の怪など、それこそ「その他大勢」にわたっています。それは当然ですよね。我々の知っている「コト」より、知らない「モノ」の方が圧倒的に多いことだけは確実ですから。
 五木さんはまあ作家さんですから、そういう世界をいくらでも表現できる立場だと思いますが、鎌田さんは学者さんですから、なかなか難しいとも思うんですよ。なにしろ、「霊」は、まさに「学問」や「科学」の補集合だからです。
 鎌田さんの御著書は何冊も読んできています。特に「言霊」に関する学術的な研究書には大変お世話になっているとも言えます。それらでもそうでしたが、とにかく、そういう世界に対するアプローチのしかたがしなやかでしたたかなんですよね。自然体の強さというか。
 普通、そういう世界を対象にすると構えちゃうと思うんですよ。胡散臭くならないようにするために。しかし、さすが御本人も神主さんであられ、また、石笛などを演奏される、それこそ「霊的」な生活を普通にしている鎌田さんですから、その辺のアプローチが本当に自然なんです。正直うらやましく思います。
 この本が出版された2006年は、いわゆるスピリッチュアル・ブームの頃です。それらが商売になった、ちょっと異常な状況でした。それらがカネになり、そして一方で批判されていたのは、やはりそこに胡散臭さか伴っていたからでしょう。その胡散臭さとは、そうした本質的な実感を実は持っていない、すなわち霊的な生活体験を本当はしていない人々が、無責任に語りすぎた結果だと思います。
 私は美輪明宏さんや江原啓之さんに関しては、それなりに認めていたわけですが、ただその取り巻きというか、メディアの側というか、カネもうけをしようとした側の胡散臭さは、やはり感じていました。
 結果として、あのブームは、私たちから「霊的」な世界を遠ざけてしまったと思っています。
 おそらくそうした風潮を受けての対談であり、出版であったのでしょう。無責任なメディアとは大違いで、実に深く重い、しかし肩ひじ張らない対話が展開されています。つまり「善意」に満ち溢れているのです。やはり「畏敬」こそ「愛」であり、「魂」であり「善意」なのだなあと再確認。現代にはそれらが欠けているのです。
 今までそういう世界に抵抗があった方も、また逆に必要以上に(?)興味を持っていた方も、ぜひこの本を読んでいただきたい。私たちが知っている世界はあまりに狭いということもわかります。そして、「その他」の世界を知ることによって、我々の人生が確実に豊かになるということもお解りになるでしょう。
 私がいちおう専門に勉強している出口王仁三郎も、もちろん世界史上最強の霊能者として何度も登場します。また、私の運命を変えた、富士北麓に伝わる古文書のことも一言出てきます。
 私の心の中の風景を知りたい方もぜひお読みください…って、そんな人いないか(笑)。

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2010.02.06

病院 vs 権現さま

B0da0e000000f78k 梨県立中央病院に、下の娘とカミさんを迎えに行ってきました。下の娘が鼠径ヘルニアの手術で2泊3日の入院をしていたのです。
 まあ、「脱腸」ってやつですね。女性の鼠径ヘルニア率は2〜3%だといいますが、上の娘も手術しましたし、私の姉もそうでしたから、けっこう我が家系の脱腸率は高い方だと思います。ちなみに男性の鼠径ヘルニア率はなんと25%以上だとのこと。4人に一人ですよ。知りませんでした。
 ちょっとした設計ミスという程度ですから、手術と言っても軽く切って貼るようなものです。私も別に心配もしていませんでしたし、娘本人もママとのお泊まりということで、なんだか非常に楽しみにしていました。
 手術はもちろん問題なく終わったのですが、麻酔で寝ていた娘は寝ぼけて、というか全然記憶がないらしく、術後「手術は?今から?」と言っていたそうです(笑)。
 鼠径ヘルニアは病気というより、先ほども書いたように設計ミスのようなものですから、自然治癒はしません。ごくまれにそれが原因で面倒な病気になることもあるようなので、幼いうちに修繕しておいた方がいいですね。場所が場所ですから、大人になるとなんとなく躊躇されますし。
 で、そんなことをカミさんのお母さんに報告したところ、驚くべき事実が判明いたしました(笑)。
 以下、電話の内容を復元します(秋田弁のまま)。カ=カミさん 母=カミさんの母

カ「○○(娘の名)、しゅじゅつするがら、にゅういんさねねぐなった」
母「あら、なしてよ?」
カ「だっちょうだど。ひゃぐにんにふたりしかならねなだど」
母「あら、おれもだ」
カ「え〜しらねがった、いづしゅじゅつしたなよ」
母「しゅじゅつなさねえ。べってじぎ、ばあちゃんどもんぜんのごんげんさまさおがんできた…」
カ「え〜、しゅじゅつさねぱ、ぜったいなおらねんだど」
母「あや、おれなばえおの。おしてやればひっこむがら…」

Sany0033 お分かりになりますか?簡単に言えば、実は義母も鼠径ヘルニアであったと。そして、病院には行かず、村の権現様に拝みに行った。今でも出っ張ったら押して引っ込めているということです(笑)。
 いやあ、「権現様」ですか!?こっちは最新のホテルのような病院で至れり尽くせりの入院、最新医療の手術をしました(上の娘は静岡のこども病院でした)。それに対して、なんと古典的な対処法でしょう。素晴らしい!
 考えてみれば、昔の日本にはそんな手術はありませんでした。出たら手で引っ込めるしかなかったわけですよね。あとは、神仏にお願いするしかありません。みんなそうやっていたはずです。
 もう少し前なら、病気やケガは「物の怪」のしわざでしたから、それこそ祈るしかありません。貴族なら、医者を呼ぶかわりに坊さんや修験者を呼んで加持祈祷したわけです。庶民は村の社や祠に行って拝むしかありません。
 たしかに、今でも、あの神社は「目の神様」、あの地藏さんは「皮膚病の神様」などと、分業の痕跡が残っています。大きな寺や神社ですと、総合病院よろしくいろいろな「科」が集められていたりしますね。
 カミさんの実家があったあたりは、本当に時代を超えた田舎、絵にかいたような日本の原風景が広がるところです。いまだに「もののけ姫」の世界ですから。
 しかし、なんでも、科学や医療で片づける(すなわちお金で解決する)のではなく、そういう神仏に自分の運命を託す気持ちというのも大切なような気がします。我々現代人はすっかりそれを忘れてしまっていますね。子どもたちもそうです。「想像」や「妄想」、「祈り」、そして「畏怖」というモノから遠ざかっているのが、よくわかります。その結果、ウチの娘たちも「感謝」の気持ちが不足しているように感じます。
 「コト(自己・内部・情報・随意・不変)」と「モノ(他者・外部・現象・不随意・無常)」のバランスが崩れているんですよね。特に、デジタル化による「コト」化の行き過ぎは、たとえば病気やケガに対する人間の抵抗力、あるいは自然治癒力を奪っているように思えてなりません。今こそ、「権現さま」パワーを見直す時なのかもしれません。
 この笑い話は、実は深刻な問題をはらんでいるのでした。

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2010.02.03

心の鬼…モノノケハカランダ

P204mane03 日は節分。いつだかのこの日にも書きました通り、我ら出口王仁三郎ファンにとっては「鬼は内、福は内」の日です。
 皆さん、鬼を無反省にいじめていませんか?そろそろ艮(鬼門)に幽閉された国祖「国常立尊」の復権を待望してもいいのではないでしょうか。私たちの考える善悪のほとんどは、自分で判断したものではありません。
 という、ちょっと難しい宗教学的、いや民俗学的、あるいは哲学的な話は置いておいて、今日は文学のお話をしましょう。
 また最後はフジファブリックの志村くんの話になってしまいますが、ご了承ください。それほど、私にとって大切な人だったということです。今まで彼や彼の音楽に興味がなかった方も、これを機にぜひその世界に触れてみてください。
 さて、今日いつもの「モノ・コト論」研究のため、枕草子の注釈書を繰っていましたら、本当にたまたま「心の鬼」が出てきました。「故殿の御ために」という段です。ここには、イケメン藤原斉信が清少納言にかまかけるシーンがあるんです。それを軽くいなす清少納言。つまりはモテ話に振り話、いつもの通りの自慢話ですね(笑)。
 斉信は「夫婦になりませんか」とかまかけるのですが、清少納言は「夫婦になるとあなたをほめることができなくなる」と言って断ります。うん、たしかに人前ではなかなか配偶者をほめられませんよね。「あいつはダメで…」という物言いになります。
 で、そんな微妙な夫婦間の心情について、「心の鬼出で来て…」と表現しているんです。つまり、結婚すると、本当は好きでほめたいのだけれど、「心の鬼」が現れてそれができなくなる、ということです。
 では、この「心の鬼」とは何を指しているのでしょう。
 実は、枕草子の時代、「鬼」は、あの角のはえた赤や青の鬼(虎のパンツの鬼)とは全然違うイメージでした。あれが定着して、「鬼」が悪者になっていくのは平安末期だと思われます。それまでは、中国の「鬼」、すなわち死者の魂というイメージが強かったものと思われます。
 和語ではそれを「もの」と言いました。「鬼」の文字を「もの」と読ませる例が、万葉集なんかにもわんさか出てきます。
 私の「モノ・コト論」の出発点と終着点はまさにそこです。非常に単純です。簡単に言えば、今我々が「物体」「物質」「商品」のような意味で使う「モノ」という言葉も、実は「異界」「自分にとって外界」「思いどおりにならない外部」というような意味だととらえるのです。「もののあはれ」の解釈もそれにもとづき、「不随意(世の無常など)に対する嘆息」とします。これは他の人が全く言っていない盲点です。
 ですから、ここでも「心の鬼」というのは、自分の心の中の「意思に反する」あるいは「制御できない」何か、ということですね。たしかに、恋人どうしが夫婦になった瞬間から生じる、あの妙な違和感というか、変容というものは、なんとも説明がし難いですよね。それを「心の鬼」と言っている。別に恐いものではないのです。不安にはなるかもしれませんが。
 一般的に、たとえば私が読んだ注釈書なんかは、「心の鬼」を「良心の呵責」とか「気がとがめること」などと解釈しています。たしかにそう読めないこともないのですが、ここではそこまで善悪が関わっていないと思います。
 これが、中世以降、先ほどの角のはえた鬼のイメージ、すなわち「悪」のイメージが定着してきますと、「心の鬼」は「邪念」とか「妄想」とか「性的な欲求」などを表すようになるんですね。「豆とりて我も心の鬼うたん」なんていう節分の俳句も生まれたりします。邪念を消そうとしているわけです。
 あるいは恐い者の象徴として、自分の心を抑制する存在としてとらえられることもあります。「心の鬼が身を責める」という慣用句も生まれます。これなんか、やっぱり地獄の閻魔様のようなイメージから、悪事や良心の呵責と結びついているんでしょうね。
 というわけで、いきなり現代に話が飛んできます。
 先ほど書いたように、「鬼」=「もの」とは、自分のコントロールできない「何か」を広く表す言葉でした。そして、その「鬼」=「もの」を幽閉し、あるいは自らの制御下に置こうとしたのが「近代」であると言えます。ですから、我々現代人は、基本的にそうした「鬼」=「もの」を忌み嫌ってきたわけです。見ないようにする、あるいは、皆でいじめる。豆まきはその象徴です。
1 さて、そんな中、「鬼」=「もの」を、決して拒否せず、またそれから逃げずに、しっかり向かい合った青年がいました。それが志村正彦くんだったというわけです。
 彼を評するのによく使われる言葉は「叙情」「変態」などですが、それらはある意味「心の鬼」と言えます。「敏感」で「繊細」な「叙情」は、「説明できない孤独や切なさ」であり、「変態」は「妄想」や「性的な欲求」かもしれません。それらは、古文の時代においては「もののけ(物の怪・鬼の気)」と呼ばれました。
 そう考えると、彼らの代表曲の一つ(音楽的にも世界に不二な存在です)「モノノケハカランダ」は、まさに古典的な日本語、あるいは古典的な日本人の感性や世界観をそのまま継承していると言えますね。
 YouTubeで聴いてみましょう。

モノノケハカランダ

20100204_62102 すごい音楽ですね。イントロからして、私の常識ではありえない音楽です。天才。
 歌詞を読んでみましょう。「思いのほか」、「止まるなって言ってる」、「獣の俺」、「もうモノノケ」、「止まれなくなってる」…これこそまさに「心の鬼=モノ」世界です。
 昔ならこの感情を和歌で表現していたのです。あるいは、皆さん御存知の徒然草冒頭にある「ものぐるほし」という言葉もそうですね。あれなんかも、学校の先生や学者さんたちは、その真意をとらえていません。
 一方の「説明できない孤独や切なさ」についても、もう例を挙げるまでもなく、フジファブリックの曲に満載です。志村くん最後のアルバムとなってしまった「CHRONICLE」は、まさにその双方の「心の鬼=モノ」の競演、せめぎ合いであったと言えます。
 そういう我々がつい幽閉してしまう「モノ」に、正面から対峙したのが志村正彦くんだったわけですね。それを「天才」と言ってしまうのは、もしかすると安易なのかもしれません。彼のその「まじめすぎる」「不器用な」生き方は、すなわち「命を削る」生き方そのものだったわけですから…。

 PS 今日「鬼は内」と言ってマメを食べたら、皆さんが追い出した鬼がみんなウチに来てしまいました。カミさんがまさに鬼の形相になって、ものすごいことになりました(笑)。2時間ほどで正気に戻りましたが、全然覚えてないとのこと…おいおい(笑)。しかし、そういう手荒いカタルシスも必要なんです。あとには晴れ晴れしく澄んだ空気と心が残りました。ふぅ。

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2010.01.25

マカ(粉末1kg)

Img_0210 このところ、とにかく忙しい!例年この時期は受験生の指導と自校の入試が重なっててんやわんやなのですが、今年はそれに加えて来春(この春)開校の中学の関係を担当しているだけに、もうハチャメチャです。
 特に恋路大将たちのおかげでセンター試験の結果が散々だったので、いつものセンター逃げ切りパターンができず、二次試験の指導も手が抜けない(てか、抜いてたのか?今まで)。
 そして、突然入ってくる仕事もいろいろありまして…。今日もうれしいことに、自治医大の一次試験に予想外に(失礼)受験者全員が合格してくれちゃったもので、面接やら論文やらの指導が乱入してきました。まあだいたいがめでたいと忙しいものです。
 そんなこんなでテンテコマイな日々ですけれど、なんとか元気に乗りきっているのは、ドーピングしているからです(笑)。それも3種類!
 ちょっと先週体調を崩しましたが、1日で復帰できたのも、はっきり言ってこれらの「食品」のおかげです。ホント助かる。
 三つのうち二つはもう紹介しました。まずは、肩凝りや風邪に抜群の効果を発揮する葛根湯であります。毎日ボリボリ食べています(笑)。
 それから、この前紹介したスタミナのもとキヨーレオピン。ニンニクですね。これも毎日摂取。
 そしてそして、もう一つ。あっこれも「根」だな。全部根っこ系だ。それが「マカ」です。
 考えてみるとすごい三種(三根)の神器ですなあ。これをまとめて摂取しているわけですから、そりゃあ元気になるでしょう。
Img19586659 マカというと、男性の精力剤、強壮剤というイメージがあると思います。まあそういう面での効果も絶大(?)なんですけど、それ以上にホルモンバランスを整えるというのが一番の効果だそうです。
 私くらいの年齢になってきますと、そろそろ男の更年期障害が出始めてもおかしくない。ですから先手を打っているわけです。
 女性にもいいみたいですね。ま、ウチのカミさんにはこれ以上肉食になられても困るので、摂取を禁止してますが(笑)。
 で、普通、マカってけっこう高いんですよ。ドリンクや錠剤なんてもってのほか。ところが、このピュアな粉末は安い!1kg(1年分)で6000円ですから。これなら毎日モリモリ摂取できます。
 マカはまずいという評判でしたが、私はそんなにまずいと思いませんね。カブですよ。ちょっと苦いカブ。良薬口に苦しですから、このくらいじゃないと気分的にもダメです。葛根湯やニンニクもそうですね。ちょっときつめの方が体というか気持ちに効果的です。
 ただ、これは評判どおり、マカはとにかく溶けにくい。私は牛乳に解いて飲んでいますが、ちょっとしたコツが必要ですね。
 まず、牛乳をカップに入れ、そこにスプーン1杯のマカを投入。レンジで普通に温めて、一度カップを取り出し、スプーンでかきまぜます。それでもまだ「ダマ」になって溶けないのがかなり残ると思います。なるべくスプーンの腹などを使ってすりつぶしておいて、もう一度レンジでチン。今度は吹きこぼれる寸前まで加熱します。よく見ていないとマカミルクが噴火しますので注意。ボワッと盛り上がって吹きこぼれる寸前に加熱を止めます。そして、再びかきまぜると9割方溶けます。
 それでも底に塊がたまっていたりしますから、それはスプーンにこびりついたマカと一緒に、苦いのをこらえながら食べます。良薬口に苦し。
 このマカミルク、けっこうハマりますよ。私はかなりおいしいと思います。
 一日一食(夕食のみ)歴そろそろ6年の私の一日は、これら三種の神器の摂取から始まります(夜寝る前も三種の神器は摂取します)。これで若さを保ちつつ、元気百倍。
 最近、ちょっと元気がないとか、疲れ気味だと、気持ちが乗らない人、ぜひこの三種の神器を試してみてください。変な「薬」や「サプリ」に頼るより、やっぱり自然の「根っこ」が一番ですよ(大笑)。安上がりですし。
 
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2010.01.18

『いま20代女性はなぜ40代男性に惹かれるのか』 大屋洋子 (講談社+α新書)

20100119_64403 路大将のおかげで、仕事も忙しくなりました。
 あんまり憎らしいので、報復にこの本を読みました(笑)。お前には負けないぞ!と。現代の40代オヤジだってモテるんだ!ww
 というわけで、とっても忙しいので、あんまり詳しく書けませんが、ええと、結論から言いますと、20代の男がヘタレすぎるってことですね(笑)。分かります。卒業生なんか見てても、非常に男としてはがゆくてしかたない。草食系とも言えるけれど、それ以上に、いやそれ以下に精力的でない。いけませんね。
 やっぱり、なんだかんだ言って、昭和の男…いやいや、平安の男、つまり恋路大将みたいじゃなきゃダメってことでしょうか。
 以前、草食系?肉食系?という記事にも書きましたように、平安や江戸、戦後などの国民総貴族化時代には、男子は女性化するのですが、それでも、平成の男とはちょっと違うんですよね。
 その記事では、本来肉食であるはずの世の女性までもが草食化していることを憂えましたけれど、考えてみると、それもまた男性の責任であるとも言えるのですよ。
 つまり、今どきの男どもは、女の肉食性を引き出すことができないのです。それで、若い女は常に不満だし不安だし、半分あきらめムードになり、いよいよ草食化してしまう。そういうことです。
 で、この本では、肉食系…というよりは、ワタクシ的には「女性の肉食性を引き出す、あるいは活かせる草食系男子」の最後の世代40代に、ギリギリ光明を見出しているわけです。20代の女性たちも、自分たちの肉食性を自然に導き出してくれる男を求めているのだ、と私は解釈しました。
 大屋さんの論もなるほど納得できる部分が多い。さすが電通のやり手ですね。プレゼン力が半端ではない。この本自体が、立派なプレゼンテーションになっています。
 導入から構成、文体やグラフ・表、絶妙な実例(ちょっと不倫に偏りすぎてますけど)。非常に勉強になりました。
 広告はつまり「洗脳」でありますから、このようなプレゼン力というのは基礎の基礎です。読んでいる我々をその気にさせる力がこの本にはありますね。説得力というより、やっぱり洗脳力。
 もちろん、私はそんなプレゼンに躍らされたりはしません。先ほどのように、大屋さんの説を更なるステージ(まな板)に乗せちゃいます。
 ま、そんなわけで、俎上に乗せる食材としては、非常においしい、出来の良い本でしょう。世のいい加減きわまりない占い本やら、週刊誌の記事なんかに比べれば、ずっと立派な社会学のエッセイだと思いますよ。
 基本、女性に読んでもらいたい本ですが、20代男性にとっても耳の痛いテキストになるでしょうし、40代男性にとっては、ちょっとだけ夢を見ることのできる(実際はほとんど夢で終わるでしょう)ドキドキワクワクの「艶本」となりうるでしょう。
 それにしても、こうして話題になる40代や20代はいいとして、30代というのはなんか微妙ですなあ…。私自身の人生を顧みても、たしかにそんな感じではありましたが…。
 ま、世の中のためには40代が元気な方がいいでしょう。いい気付け薬になりますね。何度も書いてきたように、世の中に妄想(物語)が欠如していますからね。

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2010.01.13

稲盛和夫と出口王仁三郎

Biz1001132308048n1 盛和夫さんが日本航空の新しい最高経営責任者(CEO)になりましたね。はたして「日本の翼」は復活するのか。
 「経営の神」と言われる稲盛さんですが、彼の経営観には多分に本物の宗教色があります。
 私は、稲盛さんの考え方ややり方が好きですね。なぜなら、ワタクシ的には彼は「出口王仁三郎」の霊的世界を現界において体現していると思うからです。
 御本人はあまり意識されていないかもしれませんが、彼にはそうした霊脈が感じられます。私は最初、彼の「臨済宗妙心寺派円福寺にて得度」という経歴に注目しました。私も今、臨済宗系の学校で禅の勉強をさせてもらっているからです。しかし、のちある方からいろいろと示唆に富む情報をいただきまして、調べてみましたらたしかに王仁三郎の息吹を受け継いでいるように感じられるようになりました。
 稲盛さんは、昭和19年の末、12歳の時に結核の初期症状である肺湿潤に冒され、死の恐怖と闘っていました。その時、隣の奥さんが「読んでごらん」と言って渡してくれたのが、かの『生命の実相』でした。稲盛少年はこの本を読んで、自分の中で革命が起こるのを感じました。稲盛さんの現在の経営観、世界観は、ある意味この瞬間に出来上がったとも言えます。
 『生命の実相』は言うまでもなく、「生長の家」創立者谷口雅春の著書です。そして、谷口雅春(正春)は王仁三郎の霊界物語の筆記者の一人ですね。谷口にも、また現在の「生長の家」にも、王仁三郎の影響は実に色濃く表れています。
 昭和19年と言えば、王仁三郎が京都で、のちに「ようわん」と呼ばれる焼き物(楽焼)を祈りを込めて(ある意味狂ったように)焼いていた時期にあたりますね。
 そして昭和30年、不思議なことに、鹿児島で生まれ育った稲盛さんは、吸い寄せられるように京都に向かいます。碍子製造会社に就職するのです。そして、ニューセラミック(焼き物)の研究に携わり、のちに「京都セラミツク(京セラ)」を創業し、世界的な企業に成長させました。
 つまり、稲盛さんには、思想的(宗教的)にも、実業的にも、王仁三郎の魂が流れ込んでいるのです。
 「大本」の関係者の話によると、どうもこれは単なるこじつけではないようです。彼の著書などを読んでみると、宗派を超えた独特の宗教観、世界観を感じます。まさに出口王仁三郎(大本)の「万教同根」、谷口(生長の家)の「万教帰一」ですね。
 さて、そんな稲盛さんですが、今回CEOという仕事を通じて、きっと世界をつなぐ「日本の翼」の傷を癒してくれることでしょう。単なるお金の問題ではないのです。社員の幸福、利用者の幸福、日本の幸福、世界の幸福を見据えてのお仕事をしてくれることでしょう。
 昨日のプロレス界の話もそうなんですよね。「カミ」と「カネ」の関係。これはなかなか難しいのです。「神」が「金」をコントロールできているうちはいいのです。
 稲盛さんはもちろん、松下幸之助さんや船井幸雄さんなんかもそうですね。みんな宗教的な勉強をちゃんとしている。「カネ」という悪神の働きもよく分かっているのでしょう。
Ai そう考えると、王仁三郎の「金神」観というのも面白く感じられますね。もともと最強の祟り神である「艮の金神」を善神に転換する発想は、そのまま、貨幣経済、市場経済における「金」という「神」の両面性とその可能性を示唆しています。
 私の「モノ・コト論」で言いますと、現在は「モノ」より「コト」、つまり、目に見えない不随意な「モノ」よりも、目に見える随意な「コト」に偏りすぎているんですよね。いつも書いているように、見えない価値を見える数値に換える「カネ」は、「コト」の権化みたいなものです。それが威張りすぎているのが現代というわけですね。人間の脳内のフィクションが調子に乗っているというか。
 そんなわけで、私はこれからの教育には、ある程度宗教的なものが必要だと考えています。もちろん、私は特定の宗派に属しているわけでもなく、まさに「万教同根」を信じて、「万教帰一」を目指し、いや、王仁三郎の理想、「宗教のない世界」の実現を夢見ている者ですから、変に偏った宗教教育をしようだなんて考えていませんよ。ただ、やっぱり若いうちに、そういう「目に見えない」「教科書に載っていない」世界があるということをしっかり「体感」させてあげたいとは思います。
 これからは「コト」より「モノ」の時代です。もちろん、ここで言う「モノ」は「物質」とか「商品」とかいう意味ではありませんよ。世間では、これからは「物質文明」ではなく「精神文明」の時代だという意味で、「モノ」より「コト」と言われていますが、私はあえてワタクシ的観点から「コト」より「モノ」と宣言させてもらいます。平たく言うと、「カネ」より「カミ」、「自己」より「他者」ということでしょうかね。
 結局は双方のバランスの問題、主従の問題なのでしょう。王仁三郎の言う「霊主体従」ですね。
 とにかく、その辺りをよく理解しておられる稲盛和夫さんの手腕に期待いたしましょう。

稲盛和夫公式

Amazon 生き方―人間として一番大切なこと

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2010.01.11

『キヨーレオピン』 (湧永製薬)

Gds014_2_2 !まずは、我が中学校の第1期生として合格された皆さん、おめでとうございました。これから一緒に歴史を創っていきましょう。楽しみですね!
 そして、もう一つ初出場初優勝!山梨学院大学附属高校。素晴らしい試合でしたね。攻撃も守備もアグレッシヴで、実に高校生らしいチームでした。山梨学院は同じ県内の私学の雄、我が校とはライバルというよりも、盟友という感じですので、私自身も大変うれしく思いました。
 それにしても、あの高校生たちのスタミナはなんでしょう。若いにしてもすごすぎますね。体力的にはやっぱり高校生くらいがピークなのでしょうか。
 私なんか、もう高校卒業してから三十年間ほど生きてしまいましたから、当然当時のようなスタミナはなくなっています。体力と気力はほとんど比例しますから、精神的なスタミナもずいぶんと衰えたのでしょう。もちろん、それをカバーして余りある(ありすぎる)技術を身につけているので、感覚的には、往時よりも今の方が楽ですが…。いらぬ悩みも多かったからなあ。自分を諦めていなかったし(笑)。
 私、おそらく30代の頃が一番疲れていたと思います。なんとなく肉体的にも精神的にも今一つ乗りきれない感じがありました。
 その後、このブログで何度も書いているとおり、「一日一食」を始めまして、そうですね、もうすぐ丸6年くらいになるでしょうか、そのおかげでずいぶんと体調が良くなり、精神的にも、また運命的にも(?)かなり好調になりました。ドラスティックな変化でしたなあ。
 おかげで、比較的若々しく毎日を送らせていただいていますが、しかし、さすがにこの私という製品にも経年の劣化が現れてきていまして、まあ、世の御仁と同様に、近い物が見にくくなったとか、物忘れがひどくなったとか、その他もろもろですね。で、それをカバーするためというわけではありませんが、多少いわゆる「健康管理」というヤツを気にするようになりました。アンチエイジングという意味ではなく、いちおう若かりし時よりも社会的に重要なポジションについているわけですから、周囲に迷惑をかけないためです。ぶっ倒れたり、入院しているヒマはありませんから。
 そして実際始めたものがいくつかあります。基本、自然の力を借りるという感じです。いわゆるサプリメントではなく、古典的な食品や、そこから派生した薬品です。
 その一つがこの「キヨーレオピン」。熟成にんにくの濃縮エキスです。
 これ、ウチの母親がずっと飲んでたんですよね。とうとう、私もお世話になる時が来たかという感じです。母親もこれのおかげで、なんだかんだ健康に過ごしてきましたからね。そういうデータというか、実績というものがあります。
 キヨーレオピン、私と同じくらいの歴史を持っている滋養強壮剤です。昔からパッケージもほとんど変わっていません。そういうところがいいですね。
 自分でカプセルに液を注入するというのが、なんとも前近代的な祭祀を思わせます。タブレットもあるようですが、やはりこういう儀式的な部分というのは重要ですよ。医学の歴史の半分以上は、実はそういうところに依存していましたから。病は気からですが、治癒も気からです(笑)。
 あとですね、ワタクシ的に導入に踏み切ったきっかけはですね、みうらじゅんさんなんですよ。私は彼のセンスが大好きで、彼が好むものは私も好むという傾向があります。で、彼の独断で選定する、彼のマイブーム大賞「みうらじゅん賞」っていうのがあるんです。たいがい、その受賞者は「人間」なんですが、なんと2007年第10回の受賞者の一人(?)がこの「キヨーレオピン」だったのです。
 なんとなく分かりますね。この魔法の薬的な存在感と昭和のたたずまい。彼好みでしょう。授賞の理由は「どれだけ今年僕を励ましてくれたか」だそうです。
 それで、私も彼にあやかって始めてみました。さあ効果はいかに。
 もともと、疲れにはニンニクが効くなとは思っていたのです。ちょっとコンビニに寄ったりした時も、決して「タウリン1000mg(単に1gじゃん!)」とかを買わず、「ニンニクの力」とか買ってました。家にニンニクがある時は、丸ごと焼いて食べたりして。
 でも、さすが、みうらじゅん賞受賞者ですね。こちらはパワーが違う。体がポッポッと温かくなるのはもちろん、なんとなく元気がみなぎる感じがします。それがたとえ気分であっても、実際そう感じるのですから、やはり効果はあるのでしょう。
 ちなみに、ここ数日、我が家のある富士山では、早朝氷点下10度近くまで気温が下がっていますが、なんと私は寝ながら暑すぎてふとんを蹴とばしていました。寝汗をかいていました。去年までは寒すぎて目を覚ましていましたが、今年は暑くて目を覚まします(笑)。この温かさは間違いなくニンニクエキスによるものですね。
 体温が高ければ高い方が免疫力が増します。ガン細胞も熱には弱い。低体温の方、気をつけた方がいいですよ。
 とりあえず、体が熱いと気持ちも熱くなります。気持ちが熱くなれば、体も自然と動きます。まあ、単純なことですよ。単に萌える…じゃなくて燃える男になるということです(笑)。
 通販で買えば、一日分、約60円くらいの計算になりますから、変なサプリやドリンクを飲むより、ずっと経済的でしょう。
 ちょっと疲れ気味という方、だまされたと思って、だまされてみてください(笑)。ぜひぜひ。
 もう一つの天然ドーピングについては後日紹介します。

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2010.01.07

『Onaraはずかしくないよ』(テレビ東京 ピラメキーノ)

61qowcfelfl_sl500_aa240_ 日の「詩」の世界からいきなりこっちの「詩」の世界に。いや、こっちは「詞」でしょうか。あるいはある種の「シュレヒコール」でしょうか。
 たしかに画期的であります。今までのタブーを破る革命ソングです。大いに思想的、ある意味反社会的な歌ですね。これは力がある。
 ウチは変わった家庭でして、子どものテレビは、NHKとテレビ東京とBSデジタル各局(特にNHK3局)と、CSのプロレス専門局しか見せません。というより、娘たちがそれ以外を観たがりません。親の影響でしょう。
 私もそれでいいと思っています。他の局、つまりテレ東以外の地上波民放はうるさいだけで観る気がしません。
 テレ東のいいところは、低予算のおかげで、逆に内容が充実している、すなわちスタッフやタレントさんの実力がストレートに表現されているところです。派手な演出やネームバリューだけのタレントに頼らないわけですからね。
 娘たちが好んで観ている「ピラメキーノ」も、なかなか面白い企画やアイデアに満ちており、私も好きな番組です。馬鹿馬鹿しさもあそこまで行けば、一つの芸になりますからね。徹底ぶりが良い。
 この番組の中心的タレント(才能)は、はんにゃとフルーツポンチです。特にはんにゃの金田哲くんは、この番組で最も彼らしさを発揮していると思います。
 そんな彼が女装をして(これが妙にカワイイ)歌って踊るのが、この「Onaraはずかしくないよ」です。
 これがなかなかなのですよ。世の中には暗黙のルールというのがあって、それが常識化している、あるいは不文律化していることが多いわけです。我々は、そうした見えない力に呪縛されていることが多々あるわけですね。この「女の子のオナラ」というのも、実に微妙なタブーになっている。
 これは一種のジェンダーとも言えるわけで、男女共同参画社会とか夫婦別姓とかバカなこと言う前に、こういう生理的な問題を解決すべきだと、私はまじめに思うのであります(笑)。
 いや、実は私、この問題について、けっこう深く考えたことがあるんですよ。たとえば、ウチの夫婦というか家族なんかは、オナラ合戦で盛り上がったりするわけですが、反面、ごく最近、ある知り合いの女性が、おそらく私がそこにいることを知らなかったのでしょうね、けっこう豪快にオナラしちゃいまして、それで、私、自分の予想以上に引いちゃったというか、萎えちゃったというか、そういうこともあったりして、いったいこの気持ちの違いはなんなのだろう、ここのところの差というか、一線というか、そういうものが、いったいどこにどのように存するのか、ここ数十年考えてきたわけです。歴史的にどうなのか、世界的にどうなのかも含めて(笑)。
 で、その結論というのがなかなか出なかったところへ、こうして「ブー」…じゃなくて「プー」…この音韻的な感覚というのも面白い研究対象です…と発砲して風穴を空けてくれたのが、この歌だったわけです。
 ま、前にも、古くはサミー坊やの「ONARAソング」とか、近くはのだめの「おなら体操」とかありましたけど、「ONARAソング」はたしかオナラをしてしまった恥ずかしさを歌った歌だったし、「おなら体操」は、ジェンダーの生じる前の幼児を対象にしたものなので、実はなんの解決にもなっていなかったんです。
 今回は小学生以上が対象ですから、革命的なわけです。作詞は構成作家のオークラさんですね。素晴らしいお仕事をしました。
 ちょっと聴いてみてください。

 歌詞を記しておきましょう。
 
はずかしがらずにパペピプー
はずかしがってちゃダメピプー
女の子だって出るときゃ出るのよ
パピプペプープープープー
はずかしがらずにパペピプー
はずかしがってちゃダメピプー
オ・ナ・ラ・プリ(Oh! Nice Lovely)
マイステップアッププープープープー
女の子だってみんな1日
10や20のオナラするのよ
だからダメダメルールでしばっちゃ
みんなのオナカがSOSなの
お願いダーリン
許してもう出ちゃいそう
聞いてねダーリン
3・2・1でプップッププー
はずかしがらずにパペピプー
はずかしがってちゃダメピプー
女の子だって出るときゃ出るのよ
パピプペプープープープー
はずかしがらずにパペピプー
はずかしがってちゃダメピプー
オ・ナ・ラ・プリ(Oh! Nice Lovely)
マイステップアッププープープープー
オ・ナ・ラ・プリ(Oh! Nice Lovely)
マイステップアッププープープープー

 「女の子だってみんな1日10や20のオナラするのよ だからダメダメルールでしばっちゃ」という一節が実にいいですね。男も女も基本消化器官の構造は一緒でしょうから、同量の発酵ガスが発生し、対外に排出されているはずです(1日約1リットルだそうです…これを全部ためこんだらたしかにSOSですね)。
 しかし、現実には、その生理現象に対する社会的評価は、とてもとても男女平等とは言えない状況であるわけですね。それをこうして、女性の立場から(しかし、はんにゃの金田という男性が)明るくシュレヒコールしてくれたのです。
 はたして、我々「男女」という社会的言語に縛られた現代日本人は、その数千年(?)の呪縛から解き放たれるのでしょうか。たぶん、難しいとは思いますが…。でも、こういう暗黙のルールを茶化して、一種の緊張をほぐすという行為は、たぶんどの時代にも大切なことだと思います。
 考えてみると、「おなら」というのも「お鳴ら」という意味の女房詞ですから、江戸時代の女性もある意味ギャグ化していたわけですね。ちなみに、「へ」を「ひる」という言葉ですが、奈良時代くらいまでハ行の音は「p」音でしたから、今風に表記すれば、「ぺ」を「ぴる」ということで、実際の音を模したものなのです。まさに「パペピプー」ですね(笑)。

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2010.01.03

赤い糸

Bkoiob 「い糸」というと、最近では、ケータイ小説やそこから派生したドラマ、映画、ゲームを思い起こす人も多いことでしょう。
 あの話はずいぶんと入り組んでいて、ちょっとやりすぎ、さすがの運命もそこまで面倒なことはしないでしょうに。
 一般には、「運命の赤い糸で結ばれている」というと、夫婦になるべき男女の仲を示す言葉として使用されますね。
 ウチの夫婦なんかも、ある意味そんな感じの不思議な縁で結ばれたのですが、私はそうした男女の関係のみならず、様々な運命的な出会いに「赤い糸」を感じます。
 ネットがそのような「赤い糸」の役割を果たすことも多々あります。ネットは網ですからね。糸がたくさん張り巡らされているのでしょう。そういう意味では、現代人は、多くの赤い糸を見つけたり、たぐりよせたりできるようになりました。それらはいったい体のどの部分に結びつけられているのでしょうか。
 そう、日本では一般的に、互いの(左)手の小指に見えない赤い糸が結ばれていると言われますが、この話の原典である中国の故事(「続幽怪録」の中にある「定婚店」の話など)では、赤い縄を足首に結びつけるということになっています。なんとなく大陸的ですね。
 その「赤縄の縁」については、江戸時代にあの上田秋成が自著の中で紹介したり、昭和の初期に怪談研究家として知られる田中貢太郎が怪譚小説の話の中で紹介したりしています。
 つまり、この話、昭和の初めまでは怪異譚として伝来していた、つまり決してロマンチックなものではなく、どちらかというと怖い話として伝わっていたと思われるのです。
 それを見事に「ロマンチック」に仕立て上げて現在に至らしめたのは、やはりあの男です。
 ロマンチックの達人、太宰治。
 太宰の小説の中で、この話は二回出てきます。そして、そこでは「赤い縄」が「赤い糸」になっているんですね。「糸」になることで、急に日本的になり、そしてロマンチックになってしまう。すごいですね。
 まず、「思ひ出」の中に次のような印象的な一節があります。

 秋のはじめの或る月のない夜に、私たちは港の棧橋へ出て、海峽を渡つてくるいい風にはたはたと吹かれながら赤い絲について話合つた。それはいつか學校の國語の教師が授業中に生徒へ語つて聞かせたことであつて、私たちの右足の小指に眼に見えぬ赤い絲がむすばれてゐて、それがするすると長く伸びて一方の端がきつと或る女の子のおなじ足指にむすびつけられてゐるのである、ふたりがどんなに離れてゐてもその絲は切れない、どんなに近づいても、たとひ往來で逢つても、その絲はこんぐらかることがない、さうして私たちはその女の子を嫁にもらふことにきまつてゐるのである。私はこの話をはじめて聞いたときには、かなり興奮して、うちへ歸つてからもすぐ弟に物語つてやつたほどであつた。私たちはその夜も、波の音や、かもめの聲に耳傾けつつ、その話をした。お前のワイフは今ごろどうしてるべなあ、と弟に聞いたら、弟は棧橋のらんかんを二三度兩手でゆりうごかしてから、庭あるいてる、ときまり惡げに言つた。大きい庭下駄をはいて、團扇をもつて、月見草を眺めてゐる少女は、いかにも弟と似つかはしく思はれた。私のを語る番であつたが、私は眞暗い海に眼をやつたまま、赤い帶しめての、とだけ言つて口を噤んだ。海峽を渡つて來る連絡船が、大きい宿屋みたいにたくさんの部屋部屋へ黄色いあかりをともして、ゆらゆらと水平線から浮んで出た。
 これだけは弟にもかくしてゐた。私がそのとしの夏休みに故郷へ歸つたら、浴衣に赤い帶をしめたあたらしい小柄な小間使が、亂暴な動作で私の洋服を脱がせて呉れたのだ。みよと言つた。

 続いて、「津軽」にも同じような話が出てきます。

 秋のはじめの或る月のない夜に、私たちは港の桟橋へ出て、海峡を渡つてくるいい風にはたはたと吹かれながら赤い糸について話合つた。それはいつか学校の国語の教師が授業中に生徒へ語つて聞かせたことであつて、私たちの右足の小指に眼に見えぬ赤い糸がむすばれてゐて、それがするすると長く伸びて一方の端がきつと或る女の子のおなじ足指にむすびつけられてゐるのである。ふたりがどんなに離れてゐてもその糸は切れない、どんなに近づいても、たとひ往来で逢つても、その糸はこんぐらかることがない、さうして私たちはその女の子を嫁にもらふことにきまつてゐるのである。私はこの話をはじめて聞いたときには、かなり興奮して、うちへ帰つてからもすぐ弟に物語つてやつたほどであつた。私たちはその夜も、波の音や、かもめの声に耳傾けつつ、その話をした。お前のワイフは今ごろどうしてるべなあ、と弟に聞いたら、弟は桟橋のらんかんを二三度両手でゆりうごかしてから、庭あるいてる、ときまり悪げに言つた。大きい庭下駄をはいて、団扇をもつて、月見草を眺めてゐる少女は、いかにも弟と似つかはしく思はれた。私のを語る番であつたが、私は真暗い海に眼をやつたまま、赤い帯しめての、とだけ言つて口を噤んだ。海峡を渡つて来る連絡船が、大きい宿屋みたいにたくさんの部屋部屋へ黄色いあかりをともして、ゆらゆらと水平線から浮んで出た。
 この弟は、それから二、三年後に死んだが、当時、私たちは、この桟橋に行く事を好んだ。

 お読みの通り、完全に同じです。続く文は違いますが、この「赤い糸(絲)」に関する挿話に関しては完全に同じ文です。パクリですね(笑)。
 おそらく「思ひ出」でも、そこそここの話は読者の印象に残ったのでしょう。太宰自身も「こりゃいいぞ」と思ったのでしょうね。自らの作り出した「赤い糸」のロマンチシズムに酔ってしまったようです。それで、もう一回使おうと思ったと。
 比較的事実に近いと言われ、静かに感動的な「津軽」も、実はほとんどがフィクションあるいは事実のパロディーであるとのこと。さすが太宰ですね。この「赤い糸」を弟に語る話、どこまでが本当なのか。ま、小説にとっては、そんなことはどうでもいいのですが。
 ちなみに、ここでは「左手の小指」ではなくて、「右足の小指」になっていますね。皆さんは、「左手の小指」と「右足の小指」、どちらがよりロマンチックに感じられますか?このへんの変遷についても調べてみると面白いかもしれませんね。縄から糸へ、足首から右足の小指、そして左手の小指へ、どんどん「繊細」になっているような気がします。これじゃあ、せっかくの「運命」も切れてしまいそうですね(笑)。いや、その危うさ、はかなさがいいのか。切れそうで切れなかったからこそ、運命的な出会いなのか…日本人ですなあ。
 そうそう、この太宰、自分が作り出したこのロマンチックなお話に魅入られてしまったのか、昭和23年、愛人の山崎富栄さんをですね、「オレたちは赤い糸で結ばれていたんだよ。一緒に死のう」みたいなこと言って誘い、玉川上水で心中します。
 その時、赤い糸で二人の足の小指を結びつけていた…かと思いきや、「赤い紐」で二人の腰のあたりを結んでいたようですね。心中にとっては、より実際的なロマンチシズムです。そして、二人の遺体は、太宰の誕生日に発見されたのでした。出来過ぎです(実際は死後1週間ほど経っていたので、全然ロマンチックな風景ではなかったようですが)。やるな、太宰。

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2009.12.28

天に帰った才能とは…志村正彦くんに学ぶ

Img_0191 起きると、富士北麓ではこの季節珍しい涙雨。
 音もなく柔らかく大地に降り注ぎます。
 しばらくすると、雨はやみ、陽が差してきました。
 大地の潤いは絹のような無数の湯気となって、天に帰っていきます。
 こうして、全てのものは循環しているのですね。

 昨日、最後の対面と書きましたが、今日、本当に本当に最後にもう一度だけ、志村正彦くんに会うことができました。
 あいかわらず美しいそのお顔のすぐ脇に、花を手向けました。

 メンバーやご友人、そしてお父様のお言葉から、志村くんの人間性、才能、そして魅力を存分に感じ取ることができました。
 それらは繰り返すこともはばかられるような、美しい言葉たちでした。
 もちろん、その美しさの分だけ、悲しみも悔しさも寂しさも大きく強くなるのですが…。

Img_0193 先ほど、志村くんは本当に天に昇っていきました。
 どうにもならない空虚感、欠落感…。
 雲に覆われた富士山をぼんやり眺めていると、徐々に雲間から何本もの光条が差し始めました。
 そして、突然、太陽が姿を現したのです。
 どんより暗かった大地に明るく暖かい太陽の光が降り注ぎます。
 気づくと、そこにはまた絹のような湯気が立ち昇っていました。
 ああ、志村くんも富士山から天に昇っていったな、と思いました。
 ありがとう、さようなら。

 先日、天才とは「天に才能を返す」者であると書きました。
 彼の才能とは、我々が気づかない、日常に埋没した「大切なモノ」を拾い上げて、私たちに見せて、聴かせてくれることでした。
 そんな彼がこの地上からいなくなって、残された私たちはどういうふうに生きていけばいいのか、正直不安だったのですが、この富士山と雲と太陽と木々と鳥たちを見ていたら、何かふと安心したような気がしたのです。
 彼が見つけて提示してくれなくとも、その「大切なモノ」は確かにこの世に存在するのです。
 日常の営みの中に、私たちの言葉の中に、自分たちの経験の中に、それらはいつでもあるのです。
 何も不安に思うことはないじゃないか。
 
 私たちはいつも受け身だったのです。
 待っているばかりだったのです。
 志村くんを始めとする天才たちに甘えて、ただただ彼らの才能…それは彼らの、身を、命を削る大変な仕事の結果から逆算された「言葉(概念)」に過ぎないのですが…に頼って日々を送ってきたのです。

 私たちにそんな才能はないと、決めつけていてはいけないなとも思いました。
 別に特別なことをしろ、何万人もの人に感動を与えよ、と言っているのではありません。
 まず、自分自身の不安や不満や不足を、日々の生き方の中で救い上げていくだけでいいんです。

 私は、この歳になって、この若者の命からそんなことを学ばせていただきました。
 それこそ、今まで見えていなかった大切なモノに気づかせてもらった。
 だから、やっぱり、ありがとうと言いたいのです。
 ただ、今まで感動をありがとう、ということではないのです。

 さようならを言わなければならないのも一つの事実です。
 しかし、私は彼にいつでも会えます。
 彼が残してくれた大切なモノを、日々自分が実践していけば、すなわち彼は私と一緒にいてくれるのです。

 昨夜も今日も、お父様、お母様に優しい言葉をかけていただきました。こんな時に、まるで逆の立場です。申し訳ないくらいです。この大変な時にも関わらず、私のこのブログを読んでくれていたそうです。本当にありがたいことです。皆さんのコメントもきっと、親族の皆さまに、そして正彦くんに伝わったことと思います。私自身も、ブログを続けていてよかった、と思いました。
 先日書いた、志村くんに頼みたかったこと、最後の夢とは、新しい中学の校歌や愛唱歌を作ってもらうことでした。あそこで少年、青年時代を送り、そして人一倍少年時代、青年時代に愛情を持っていた志村くんなら、きっと素晴らしい歌を作ってくれると思ったからです。
 今日、そのお話をお母様にしましたところ、なんとお母様自身はそれを知っていたとのこと。直接そのようなお話はしていなかったのですが、私の気持ちは伝わっていたのですね。ありがたいことだと思いました。ただ、私もお母様も、彼には伝えられず終わってしまいました。残念です。
 いや、先ほど書いたように、いつまでも彼に頼っていてはいけない。彼の才能…すなわち日々の生き様…は天に帰ってしまったのですから。これからは私なりに生徒たちと頑張っていかねばなりません。まずは、来春出会う中学生たちと、志村くんの音楽を聴き、志村くんの言葉を読み、そして自分たちの生き方を日々考えていこうと思います。頑張ります。
 
PS 7月の富士急、ぜひトリビュートという形で実現してもらいたいですね。いや、それこそ、自分でもできることは何でもやっていかなければ。ファンの皆さんもぜひ。

お詫び ここ数日の記事に多数のコメントありがとうございます。今回はこのような状況でしたので、記事をもってお返事とさせていただきます。申し訳ございません。

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