カテゴリー「心と体」の675件の記事

2017.12.11

『未来への7か条』 益川敏英

Th_yoko 日も生徒とAIの話をしました。世間でもブームですね。
 夏に「シンギュラリティ」はあり得るのかに書いたとおり、私はAIが人間を超えることに懐疑的です。AIはコトであり、人間はモノであると。
 そこに書き忘れましたが、正確に言いますと、AIは人間の脳みそのある部分については、すでにはるかにそれを凌駕しています。
 少し考えれば分かるとおり、計算能力や単純記憶能力においては、どうみても人間よりも優れている。まさにコト世界ですね。
 で、「人間はモノ」という表現の中には、「人間には体がある」という意味も含まれています。いくらAIが発達しても、体の制御という面では、まあ永遠に人間のレベルには追いつかないでしょう。それはある意味、AIというよりもロボットの問題なんですがね。
 ただ、人間と…と比較するならば、当然「肉体」というモノ部分も含めての比較でなければ、アンフェアです。
 現在、最先端のAIとロボットの技術を総合しても、やはり人間の子どものように自転車を乗りこなすことはできませんし、サッカーや野球に興じることもできませんよね。
 生徒にそんな話をしていた中、少し前にノーベル物理学賞受賞者である益川敏英さんの、こんなお話が記事になっていたことを思い出しました。

ノーベル物理学賞受賞 益川教授が証言! AIが絶対に人間にかなわないもの

 益川さんは、私とは違った視点で、「AIは人間を超えられない」と言います。AIが人間に絶対敵わないもの。それは「好奇心」であると。
 なるほど、そうですね。私たち人間は、それぞれ全く異なる好奇心を持っています。その対象を選んだ理由など、誰も分かりません。私たちは各自の好奇心を神様から授けられているのです。
 もしかすると好奇心の一つとしてとらえれるかもしれませんが、「愛」というものもAIには欠けていますね。「AI」なのに「愛」がないとは、これいかに(笑)。
 先ほどの記事の中で、益川さんは「未来への7か条」を挙げてくれています。共感いたします。

< 未来への7か条 >
1:現状に満足せず、常に挑戦的な気持ちを持つ
2:科学者に対し、充分な研究環境
3:科学の発見は本筋から外れた脇道からも生まれる
4:人間の知的好奇心はAIに勝る
5:科学技術がどう使われるのか、監視する
6:純粋な若い芽が育つ環境を作る
7:「夢とロマン」を真摯に追い求めるべし

Amazon 驚愕! 日本の未来年表

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2017.12.07

『ゴッチ式トレーニング』 藤原喜明 (新紀元社)

Th_513hs8kogil_sx349_bo1204203200_ ロレスの神様(の一人)、カール・ゴッチ没後10年。
 まだまだ現役で頑張っている、ゴッチの愛弟子の一人である藤原喜明組長が伝え、語る「ゴッチ流の鍛え方」。また、アントニオ猪木さんをはじめ、ゴッチの洗礼を受けた内外のプロレスラーたちが師匠について語る、語り合う貴重な話が満載のこの本。大変興味深く読ませていただきました。
 ここでちょっとワタクシごととなりますが、実はこの本の奥書にはウチのカミさんの名前が出ております。
 う〜ん、まさか自分の嫁の名前がプロレスの神様ゴッチの本に載るとは、プロレス大好き少年(青年)だったワタクシは、まさに夢にも思わなかったなあ。人生は何が起きるか分かりません。まさに一寸先はハプニング(笑)。
 実はカミさん、ゴッチについて語ってくれた外国人レスラーの皆さんの英語を翻訳するという大役を仰せつかっていたのです。
 たしかに、毎晩毎晩、苦労しながら訳していましたっけ。私もちょっとだけアドバイスなどしましたが、ほとんど自力でやっておりました。
 いくらプロレス、格闘技大好き女とはいえ、専門用語など出てくると、さすがに困惑していました。私だって分からない。で、そういうところは、きっと編集者の方が適語に直してくれるだろうということで、なんちゃって直訳でごまかしていたんですね。
 そうしたら、結局ほとんどがそのまんま活字になってしまった。ですから、ちょっと細かく読むと変なところがあります。ごめんなさい。
 ま、それはいいとして、やっぱり昭和の天才のことになってしまいますね。外国人ですから昭和というのは変かもしれませんが、彼ら天才たち、たとえばこのカール・ゴッチやルー・テーズ、そしてビル・ロビンソンなんかは、昭和の日本で輝いたとも言えますね。
 もちろん、当時の日本が経済的に栄えており、よってプロレス界のギャラもかなり高かったから、彼らが日本に稼ぎに来ていたという側面もありますが、それと同時に、いやそれ以上に、日本のファンが、彼らのような「職人」や「努力家」、「苦労人」が好きだったし、よく理解していたという部分もありました。
 ゴッチの没後10年にあたり、日本のレスラーたちが中心となって、荒川区の回向院にお墓が建立されました。こういうところもまた日本的ですよね。
 今、再びプロレスブームが起きつつあります。この前書いたお笑いの世界と同様に、あの頃、すなわち昭和をもう一度と言うわけではありません。若い人たちは、常に新しい世界を模索し、切り開いていかなければなりません。
 しかし、だからこそ、まさに「温故知新」、かつての大物たちに学ばねばなりません。
 くり返しになりますが、当時と同じ練習をして、同じ闘いを見せるということではありません。ただ、もし彼らが現代において現役バリバリだったら、時代の要請にどう応えるのかを想像するのは大切なことだと思います。
 そういう意味で、この本に登場するゴッチの遺伝子たちが、こうして現代のリングに何かを残し、何かを語りかけ、何かを問いかけようとしていることに、心から感謝と敬意を抱かねばなりません。
 レスラーはもとより、私たち観戦する側も、もう一度原点や本質に帰ってみる必要がありますね。私は今はなんのスポーツもしていませんし、体をほとんど動かしませんが、なぜかこの本や、以前紹介した鈴木秀樹選手のビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』など、具体的な体の動かし方、つまり文字とは違う言語…肉体言語…で語られた本に、ものすごく大きな刺激を受け、そして学びました。
 プロレスに限らず、いろいろな分野で、かつての天才や職人たちの「体の動き」を紹介する本が刊行されることを期待します。
 不思議ですね。ビデオとは違う良さがあるんですよ。ポイントを抽象してあるから、シロウトでもじっくり真似てみることができます。実際に体は動かさずとも、脳内の自分の別の体を動かすことができるんですね。そこから学ぶモノは、あきらかに文字言語から学ぶコトとは大違いなのです。

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2017.12.01

加速する人生

Th_unknown 走に入りました。俗説のとおり、教師であるワタクシはたしかに走らずにはいられないほど忙しい。
 今年は公私ともに忙しかったため、本当に時間が早く過ぎました。
 皆さんもというか、人類のほとんどが体感しているように、年をとると時間が早く進むようになります。
 これがなぜなのか、今までもいろいろな解釈がなされてきました。たとえばこの記事などよくまとまっていますよね。

大人はなぜ時間を短く感じる?

 なるほど、たしかにありそうな話ではあります。
 しかし、私はちょっと違った解釈をしておりまして、最近はそれを証明しようと企んでいるところです。
 時間というのは、目に見えない、触ることができない、いわば「情報」に近いものだと思います。
 物体の質量に比例して引力が大きくなるのと似て、私たちの脳内に情報が増えると、「情報引力」も大きくなり、流入してくる情報量も増えてきますし、まるでブラックホールが物質を飲み込むように、情報の流入スピードも早くなってきます。
 その、情報の流入スピードこそ、私たちが感じる「時間」であると考えるのです。
 もちろん、こんな説は地球上には存在しません。あくまで宇宙人の「時間観」であります(笑)。
 しかし、地球人にとっても、おそらくは「忙しい」というのは「情報流入過多」の状況を言うのでしょうし、大人になると、蓄積されている「情報質量」も大きくなっているというのは、なんとなく実感としてあるのではないでしょうか。
 最近ウチの父親はボケてきていまして、蓄積されていた情報がダダ漏れになり、また新しい情報の流入も巧みにやりすごしているように見えます。今度確かめてみようと思うのですが、たぶん今の父にとっては、時間は昔よりゆっくり流れているかもしれないし、あるいは時間の流れすら感じていないかもしれません。ちょっとうらやましいかも(笑)。
 ま、私はもう少し大人として頑張らねばならないので、自分の加速する人生について、このように考えるようにしています(方便)。
 「普通走り続けていると疲れてだんだん速度が落ちるものだ。それなのに日々加速するなんて、オレっすごいな!」
 

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2017.11.25

『アドラー心理学で読み解く 田中角栄 天才の流儀』 (ダイアプレス)

Th_51aksmgjonl 日、車の中で小一時間人を待つ時間ができましたので、KindleUnlimitedでダウンロードして読んでみました。
 昨年ブームになった田中角栄とアドラーを組み合わせた本。無理やり感があるかと思いきや、案外自然に感じられましたね。
 つまり、田中角栄レベルになると、発想や行動がアドラー心理学的になって当然というか、いやそれこそ因果関係が逆かな、アドラー的にならないと超一流にはならないということでしょうか。
 ちなみに、私のものの考え方はアドラーにかなり近い。アドラーを読む前から似たような発想をしてました。ってことは、私も超一流になれるかも(?)。ま、さすがにそこまではいきませんが、そうですねえ、まあ超二流くらいにはなりたいかな(笑)。
 この前の高城剛さんとの対話でも、「時間は未来から過去へと流れている」という宇宙スタンダードの話をしました。同じようなことを言っている宇宙人(?)は、あと苫米地英人さん。
 アドラーも実はそれに近いところがある。アドラーの目的論や自己決定性は未来から現在を観るということが前提になっていると感じます。
 田中角栄もそうですよね。ある意味巨大な妄想を未来に置いて、今やるべきことを決定していった。過去の経験からしか判断できないお役人とは違った。
 この本は、田中角栄やアドラーの入門書としてはなかなか有用だと思いますよ。田中角栄をアドラー心理学からとらえるというコンセプトが秀逸なのはもちろん、結果として、田中角栄が、少し抽象的で難解なアドラー心理学の実例となっているというのも面白い。
 現場のサラリーマン対象の構成ですが、どっちかというと管理職が読むと勉強になるんじゃないだろうか。そんな気がしました。やっぱり田中角栄は人を動かす天才ですから。
 ただちょっと誤植が多くて気になりましたね。最近の本の校正はどうなってるんだろう。そのうち校正もAIがやるようになるのかな。

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2017.11.23

無限の可能性

Th_img_0388 日は我が中学校の文化祭「葵江祭」が行われました。毎年のことですが、本当にこの行事を通じての生徒たちの成長には驚かされます。
 今年のテーマは「心」でした。まさに心の成長と、心の共鳴に感動する5時間でした。子どもの可能性はたしかに無限ですね。
 私はかつては「無限の可能性」という言葉があまり好きではありませんでした。可能性は最大100%だと思っていたからです。無限ではない。有限だ。
 しかし、今日はそれが間違いであったことに気づきました。
 たとえば今回、どの学年も新しい挑戦があり、それが決まった時には正直「無理だろう」と思いました。厳しいなと。
 しかし、結果は見事その挑戦を成し遂げ、まったく想定外の大成功を収めました。
 そう、私が想定していなかったという意味では、やはり可能性は「無限」だったのです。
 想定しているから、0%から100%の可能性が計れる。想定していなければ、それは0でもなく「無」ですから、なんらかの結果が出れば、それはたしかに∞%の確率で実現したということになりましょう。
 よく考えてみれば、子どもをはじめ、他人の人生にはもちろんのこと、自分の人生にも想定外のことばかり起きています。まさに未来から未知のモノが流れてくるわけで、私たちがつい語ってしまう過去の経験則(コト)としての可能性とは、全く違う次元での未来の可能性というモノがあるわけですね。
 そういう意味では、やはり自分に対しても他人に対しても「無理だ」と思った瞬間に、未来の可能性とはいうのはゼロになってしまうということです。
 当たり前といえば当たり前だけれども、つい過去のコトにとらわれて忘れがち、あるいは勝手に諦めがちな大切なモノに気づかせてくれた子どもたちに、心から感謝したいと思います。
 教育者(先生)というのは、他人に対しても、自分に対しても、社会に対しても、決して「無理だ」といわない人であるべきです。いや、先生に限らず、大人はそうであるべきなのでしょうね。

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2017.11.18

平成29年度 自衛隊音楽まつり 「ONE ~音が結ぶ、ひとつの想い~」

Th_img_0304 日のシン・ゴジラからの奇跡的な展開。まさか、伊福部さんのゴジラのテーマやヤシオリ作戦の音楽を自衛隊の生演奏で聴くことになるとは…。
 そう、実は、自衛官をされている生徒の保護者の方からチケットをお譲りいただき、急遽、下の娘と一緒に日本武道館にて、初めて生で鑑賞(参戦)させていただくことになったのです。
 う〜ん、もう、言葉にならないほど感動いたしました。久々にコンサートで泣きました。冒頭からもうウルウル。
 ウワサには聴いておりましたし、ネット配信では生鑑賞したこともあったのですが、やっぱり生はすごい。すごすぎる。たしかにこれは抽選倍率高くなりますよ。
 譲ってくださった方から、とにかく早めに行って並んだほうがいいとのアドバイスをいただいていたので、仕事を終えてすぐに富士山を発ち、いつもの初台の駐車場に車をとめ市ヶ谷へ。途中靖國神社に立ち寄り参拝しつつ、開演2時間前には現地に到着していました。
 しかし、そこにはすでに長蛇の列が。すごい人気であることがわかります。ちなみに私たちは最終の第5回公演を聴くことができました。これもまた、きっと格別なことなのでしょうね。
 持ち物チェックを受け入場し、早足でなるべく前方の席へ。偶然南東側の前から3列目の席をとることができました。結果としてここが実にいいポジションだったのです。
 もうプログラムの内容一つ一つについて語っていたらキリがありません。また配信された動画をここに貼り付けても、たぶんあの臨場感は伝わらないので、それも割愛します。そうだ、あえて告知動画だけ載せておこう。

 それぞれの音楽隊、太鼓隊、儀仗隊、歌手の皆さん、スタッフの皆さん、本当にみんな素晴らしかったのですが、今日はちょっと違う視点(次元)で感じたことがあったので、それを書いておきましょう。
 ちょうど今日も学校の職員室で、最近の教育現場に足りないものは何かという話をしていたんです。誤解をおそれず言いますが、体罰もだめ、恫喝もだめ、しまいには「指導」すらだめ(「指導死」なんて言葉が登場したため)、ひたすら生徒や親御さんの言うことやることに寄り添えという風潮に、強烈に違和感を持っているワタクシです。
 そうそう、この前、高城剛さんとラジオで対談した時も、「日本の教育現場では150年前からずっと軍国主義、軍隊文化が続いている」と言わせてもらいました。しかし、それはですね、決して「悪い」「ダメ」という意味で言ったのではないのです。実際「これはもしかすると、これから世界に誇るべき、広げるべき文化かもしれない」と言っています。
 いったいどんな教師なんだと言われそうですが、この平和な時代において、軍隊文化はかつてとはまた違った意味、意義を持ち始めていると感じているのです。
 ラジオでも言いましたが、なんだかんだ言って、右派だけでなく左派である日教組やメディアまでもが、「批判」という形をとりながら、あの頃の記憶を忘れないように保存してきたのですね。そこに私は大きな意味を見出します。
 私も少しかじっている、禅の修行にも通じますが、今日、自衛隊の皆さんのお姿を観ていて心震えたのは、統率される、統御される、ある意味強制される、型にはまることによって生まれる全体の美しさと、個性の表出です。
 型にはめることは、没個性につながるどころか、その型(器)からこぼれ落ちる個性を表現することになるのです。このパラドックスは、実は私たちの生活のいたるところにあります。
 学校の制服や校則などもそうなんですね。世阿弥が言う序破急にも通じる人間の智恵がそこにある。
 今日の自衛隊の皆さん、音楽、フォーメーションという型にはまる中で、本当に驚くほどに一人一人の個性を発揮していたのです。これは大げさでもなんでもなく、本当に一人一人に鑑賞移入してしまった。自分でも驚きました。
 ここに日本の文化や教育の本質があるなと、真剣に感じました。大切なモノがある。「コト(カタ)を窮めてモノに至る」という、私の得意な理論が、ここでも証明されているなと思いました。
 だから、私は感動して涙したのです。不自由の中にある本当の自由。一つのカタの中にある無限の可能性。秩序におさまる美しさと、おさまらないエネルギー。それらがたしかにありました。
 「荒魂」が昇華されて「和魂」になるのが、日本の伝統的な文化です。一見、荒々しい、たとえば戦いなどが、より高い次元の平和を生んでいく。武道のあり方や、音楽における不協和音の果たす役割を考えてみて下さい。あるいは日本の歴史における、戦争や災害の意味。そこと常に前線で関わってきた軍隊、自衛隊…。
 教育者の、そして音楽家のはしくれとして、本当に学ぶことの多い2時間でした。人間はすごい。美しい。音楽はすごい。美しい。自衛隊はすごい。美しい。尊敬します。
 あっそうそう、南東側で良かったのは、自衛隊の歌姫、三宅由佳莉さんがすぐ近くで歌ってくださったからです。私の席の周囲もゆかりんマニアがたくさんいて、カメラのシャッターをしきりに切っておりました(笑)。
 また来年もぜひ行きたい。娘もすっかり自衛隊ファンになってしまいました。もしかして自衛官になるかも?
 感謝。感謝。私も地球平和のために頑張りますよ。

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2017.11.14

スマホに免許制を!?

Th_2014100210 もスマホ(iPhone)のない生活が考えられないほど、スマホに依存しています。
 もちろん便利だからそうなるのであり、私たちが世界中の人たちの脳みその中の情報を共有できるという意味で、インターネット端末をポケットに携帯することになったということは、あまりにも画期的なことです。
 その反面、「なんでもできる」「なんでも教えてくれる」という意味でのマイナス面も指摘されていますし、私たち自身も実は体感していますよね。
 それについていちいち書きませんが、全体としてそうした危険を回避するために、私はスマホの免許制を提案したいと思っていました。
 で、今日それをここに書こうと思ったきっかけは、職場でそういう話になったからです。中高生がスマホを使う問題点だけでなく、最近近所でもあった教員による盗撮事件に関しても「スマホがなければ起きなかったよな」的な話をしたんです。
 スマホは、先ほど述べたように脳みその拡張デバイスです。かつては妄想にすぎなかったことが実現できてしまう。
 それは、たとえば自動車が身体の拡張であることと似ています。メリットがある反面、デメリットもあるわけです。
 だから、自動車の運転には免許制が採用されている。間違った使い方をすれば命を奪う可能性がありますし、ルールに則らなければ社会に混乱をきたします。
 現在のスマホの状況はそれに似ているように感じるのです。それも一気に世界中に広がったために、ルールの整備もままならない状況です。
 脳みその拡張は、すなわち身体の仮想的な拡張にもつながります。どこへでも行けてしまうし、現実世界の撮影や録音、録画なども可能。擬似的なコミュニケーションも、あるいはディスコミュニケーションも簡単にできてしまう。
 また、子どもたちに、違法ダウロードなどの犯罪行為を簡単に許してしまう環境を与えてしまっているのも事実です。
 車の免許に年齢制限があるのと同じように、スマホにも年齢制限が必要かもしれません。現代の子どもたちは、免許も持っていないのに、便利で危険な自動車を親に買ってもらって、勝手気ままにルールも知らず公道を走り回っているようなものです。
 このように、スマホの持つ便利さと危険は、自動車のそれらと重ねて考えるとわかりやすくなり、そして、そこにルールの策定や、免許制の導入、モラル・リテラシー教育などが必要であることを実感できるようになります。
 もしかすると法整備が必要かもしれません。それに伴う罰則、あるいは違反金、点数制度などもありかもしれません。
 そのうち、中学生が無免許スマホで補導されたり、大人がなにか事件を起こして免停になってスマホ没収されたり、そんなニュースが流れる日が来るかもしれません。
 というか、その方が正常なのかもしれません。ある星ではかつてそうであったと聞いています(笑)。

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2017.11.11

地球のむすび〜未来の光

Th_img_0114 日、椿山荘東京にて友人の結婚式がありました。
 仕事柄たくさんの結婚式に参列させていただいておりますが、今日は本当に格別な感動をもって大切な時間を共有させていただきました。
 ご臨席されたゲストの皆さんのメンバーのすごいこと。私たち夫婦は、たまたま今回の結びのご縁を作る、そのまたきっかけを作る立場であったためご一緒させていただきましたが、本来ならばこのようなそうそうたる皆さまの末席を汚すことはできないはずです。
 しかし、不思議なご縁ですね。お祝いの挨拶の中で、総理夫人も私たち夫婦の名前を出してくださりました。2年前のあの日、まさかこのような素晴らしい「むすび」が生まれるとは、正直夢にも思いませんでした。まさに、神様に導かれ、大切なお役目をさせていただいたのだなと、ひたすら感謝であります。
 本当に、このご結婚は、日本の、地球の、宇宙の弥栄のために、実に重要な「結び」「産び」であります。新しい時代の幕開けにふさわしい「融合」であり「昇華」ですね。
 世界の「モノ」世界、「コト」世界、そしてその両方を扱う世界で、まさに最先端、最高峰の皆さんも、きっと私と同じ予感をもってこの式に臨んでいたことでしょう。
 ワタクシも、おかげさまで旧交を温めさせていただき、また新しいご縁をたくさんいただき、ますます自らの天命を確かなものとすることができました。
 日本の、地球の、宇宙の未来を照らす光。そして、その中心に富士山があるのだということも確認いたしました。そしてまた、音楽の重要性をも再確認。
 お二人、本当におめでとうございました。そして、ありがとうと心から申したい。
 そして皆さん、ぜひ富士山へ遊びにいらしてください。未来へのデバイスをたくさん用意してお待ちしております。

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2017.10.29

高城未来研究所メールマガジン『Future Report』

Th_img_0020 日は嵐の中、また大変忙しい中、高城剛さんが富士山北麓まで遊びに来てくれました。
 世界中を旅して、もう地球を100周以上回っているという高城さん、いくらフットワークが軽いとはいっても、たった6時間弱の滞在のためにわざわざいらしてくれるとは。ありがたいかぎりです。
 高城さんとは2ヶ月ほど前、不思議なご縁でお会いして話して以来(こちらの記事参照)。2度めというか、3度めというか…もっと会ってるのかな、もしかして(笑)。
 先週はヨーロッパやアフリカにいらしたとのこと。また数日後には海外だそうです。まるで回遊魚のように、一箇所にとどまっていると死んでしまうらしい。
 しかし、その好奇心と行動力、そして実地での見聞・体験による情報収集力は、本当に天才的。だから、高城さんの言葉には重みがある。インターネット上の情報から得た「耳学問」ではない生の知識。
 今日もた〜くさん私の知らない世界の話をしてくれました。本当にすごい。
 こちらとしても、せっかく来ていただいたので、世界のどこでも体験できないモノを提供いたしました。アレとアレとアレです(笑)。さすがに満足いただけたようで、満腹になってお帰りになりました(たぶん)。
 そうした実地体験による新鮮な情報の宝庫なのが、高城さんのメールマガジン。大人気です。購読者は何万人、いや何十万人なんだろう。
 ちなみに私も密かに出演させていただいた「高城未来ラジオ」のリスナー数は10万人だそうです。すごすぎる。
 それもそのはず、とにかく情報量が多いだけでなく質が高い。そして、購読者と直接つながるQ&Aがまた面白い。
 既存のメディアはもちろん、インターネットにもない、レア(稀少)かつレア(生)な情報、特に「未来」に直結する「世界の今」を知りたい人は、ぜひ購読してみてください。
 もしかすると、今日の出来事の一部も近々発信されるかもしれません。どうかな。まだしばらく無理かな?

高城未来研究所メールマガジン

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2017.10.16

『粋な日本人の心得帳』 (枻出版社)

Th_81mbvcd4n8l ろいろ忙しいところに加え、全国でも注目の山梨2区の混沌選挙に関わらざるを得ず、自分もかなりカオスな状況となっております。
 とにかくいろいろな人に会う機会が多い。いろいろなレイヤーの方々。それぞれにしきたりがあったりなかったり。
 いろいろ無礼、不躾があっては申し訳ないと思い、時々確認するのがこの本。
 男性の、様々なシーンにおける「心得」が写真入りでわかりやすく解説されており、大変役に立っております。
 学校で生徒たちが小笠原流の礼法を勉強しているので、私もそちらの授業を見学したり、紹介していただいた本を読んだりして勉強していますが、ちょっと格式が高すぎて、日常の場面でそのまま使うと逆に不自然だったり、ドン引きされたりしそうです。
 その点、この本のレベルはちょうどいいかもしれない。最低限のマナーという感じ。
 でですね、いろいろ勉強し、体験したワタクシの実感を申しあげますとですね、実は、こういう本の内容なんかを完全にマスターする必要はないと。
 どういうわけか、超一流の方々とおつきあいすることが最近多いわけですが、そういう方々も実際はかなりフリーな立ち居振る舞いをされますよ。
 たとえば超一流シェフと一緒にフレンチを食べたり、超一流料亭の主人と和食を食べたり、そういう機会で、こちらはめちゃくちゃ緊張して、相手の方の振る舞いをチラチラ見ながら真似しようと思っていると、案外フリーな感じでいらっしゃったりする。それで安心して、ようやくおいしい料理を堪能することができたりするんですね。
 もちろん、やってはいけないことというのは最低のマナーとしてあると思いますよ。でも、実際のところ、案外ハードルは低くてですね、決してマニュアルどおりにやる必要はないわけです。
 だから、時々こういうマニュアルをちらっと見て、なんとなく覚えている程度がちょうど良かったりします。あんまり堅苦しくやると、逆に不自然、なんかいかにも予習してきました感が出てしまう。
 先日も人間国宝の方に和室でご挨拶することがありました。周囲のお弟子さんやらがガチガチの中、あえてちょっとやわらかい感じで振る舞いましたら、お話が大変はずみました。
 こういう本を手元に置きつつ、そういうことも覚えておくとよろしいかと。

Amazon 粋な日本人の心得帳

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