カテゴリー「心と体」の682件の記事

2018.02.17

羽生結弦は自ら陰陽師になった

Th_img_1065 ?結局藤井くんが最強ってこと?w
 本当にすごい戦いでしたね。最高の結末。たしかにマンガだったらやり過ぎと言われてしまいそうな展開。まさに事実は小説よりも奇なり、ですね。
 さて、もう私がいろいろ書く必要はないわけですが、これはさすがに驚いたので書いておきます。
 6年前、ロンドンオリンピックの時、私は内村航平は宇宙人か!?という記事を書きました。また、ソチの真央ちゃんのことでは、オリンピックに棲む魔物とは…という記事を書きました。
 それらの中で、実はオリンピックというのはサイキック戦争であるという衝撃的な事実?を暴露しております。
 そして、日本は複数の「陰陽師」を雇っていると書きましたが、そう、今回はななななんと、羽生結弦選手自らが陰陽師になるという、とんでもない裏技を使ってきたのです!
 なるほど、その手があったか!
 これはフィギュアスケートならでは作戦です。他の競技では無理。いったいこれって誰のアイデアなんでしょう。
 ご存知のとおり、「SEIMEI」という曲、プログラムは2015年から使い始めていました。ある意味オリンピックに向けて、その裏技の効果を図ってきたとも言えます。
 まさかの怪我、これもまたオリンピックへ向けたサイキック攻撃を被弾した結果だったのかもしれません。
 なんだか、トンデモな話になってきましたね。まあ、それでもそういう世界があるというのは、これは事実です。
 ちなみに現地につめかけているファンの皆さんは、もちろん真剣に結界を張りに行っているのだそうです。羽生くん、世界中で人気ですから、そうしたファンの方々の意識が、サイキック攻撃を防いだというのも、実際あると思いますよ。
 面白いですね。

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2018.02.12

自立なんて「しないほうがいい」!?

Th_img_5821 総研の深津武馬さんのインタビュー記事オスなんて「いないほうがいい」!? 性を操る細菌の不思議が面白かった。
 オスがいないほうがいいという以前に、昆虫と菌との共生、寄生の奥深さに、ちょっと感動してしまいました。
 意識しているかいないかは別として、互恵関係を作って生き延びる道を選んだ生物たちに、なんとなく敬意すら抱いてしまった。
 そう、生物学とは全然関係ないのですが、最近、近代日本の教育が子どもたちに促してきた「自立」というのが、本当に大切なことなのか、よく分からなくなっていたんですよね。
 それはもしかすると、おとといの西部邁さん追悼番組のところでも書いた、「国家の自立」にも関わってくるかもしれない。本当に自立すべきなのかと。
 変な話、戦後の日本は、アメリカに寄生することによって生き延びる道を選んだとも言えますし、アメリカはアメリカで宿主としてのメリットも計算していたとも言える。お分かりになりますよね。
 主に反米嫌米保守の皆さんは、そんな状態を「情けない」として、盛んに自立を促すわけですね。
 ただ、したたかに、そして賢く宿主の中で生きる細菌の世界を見ると、なんだか、寄生も悪くないなと思うわけです。寄生なのか共生なのかの境界線は、生物の世界でも難しいとのことですが、人間どうしや国家どうしにおいても、その判断は不可能に近い。
 私は、現在の日米関係というのは、けっこう高度な互恵関係にあって、そういう意味では、結果として生命保持手段としてはかなり対等に近い「共生」だと思っているんですね。
 それこそ宇宙からの視点で見ればですね、もしかすると日韓関係も米中関係も「共生」ということになるかもしれない。かつての米ソ関係が非常に高度な両者の生き残り作戦であったように。
 ま、冬虫夏草みたいに、結局宿主を殺してしまうのはどうかと思いますが、基本的に他者の力を拝借するというのは、ある種の知恵と言っていいでしょう。
 あまりに強く自立を志向するというのは、結局お釈迦様の言う縁起する世界観を否定することになりかねません。互いに利用しあい、譲りあって、与えあうというのが、この世の、特に生き物の世界の究極の知恵なのではないでしょうか。
 私がよく言う「国譲り」の作法や理論というのも、ここにつながっているような気がします。
 ところで、人間界でもオスの存在感はどんどん小さくなっていますね。ある意味、最近の男は女に寄生しているとも言える(笑)。
 まあ、男が強くなるのは、戦争の時代だけとも言えますよね。つまり、そんな時も、結果としては死にゆくのは男だということでして(苦笑)。
 はてさて、教育者はどういうふうに教えればいいのでしょうね、これからの時代。とりあえず、自分のことを棚に上げて「自立しろ!」というのはやめようかと思います。
 世話になるというのは、世話する喜びを与えるということでもあります。禅語の「恩を知る者は恩に報いることを解す」ですね。
 そういう意味では、私たち日本はアメリカに依存しつつ、アメリカに布施の喜びを与えている、すなわち方便によって智慧を得るという修行の機会を与えているのです(なんちゃって?)。
 

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2018.01.21

追悼 西部邁さん

Th_2018012100000512san0007view 西部さん、本当に死んでしまったらダメですよ!全然かっこよくないですよ!
 10月22日に死ぬつもりだったけれど、選挙のこともあって死に損なったみたいなこと言ってましたよね。その時、ああこの人は病んでしまったなと思いました。それでもどこかでずっと死に損なってくれることを期待していた。
 そういう意味で裏切られた気がします。悔しいというか、虚しいというか。
 言論は虚しい…最近自虐的によくおっしゃっていましたね。たしかに言論を虚しいですよ。コトは究極的に虚無ですから。でも、肉体としての人間の存在はモノじゃないですか。なのにモノを虚しくしてどうするんですか。
 嫌いではないけれども尊敬をしていたわけでもない。ちょうど西部さんが死のうと思っていた頃に、こんな記事を書いていました。西部さんに反論したいと。
 三島の時代はとっくに終わっています。ごめんなさい、あえて言わせていただきます。かっこよくないです。
 昭和保守は終わりましたね。自死しました。自裁しました。
 いや、終わらせてくれたのでしょうか…。
 昨日ちょうど私は「ホシュ」は「ホシュ」でも「保守」ではなくて「捕手」、みたいなことを書きました。ふざけているように感じられますが本気ですよ。
 左翼から保守へ転向して、そして自ら命を絶つ…そういう時代ごと全部終わりにするつもりだったのか。それとももっと個人的な決断なのか。
 死者に対して失礼と知りながら、あんまり悔しいので書かせいただきます。やっぱりコトにこだわりすぎた。西洋の言葉遊びをしすぎた。そういう意味では、全然保守ではなかった。そういうことでしょう。
 数年前にこちらでも、私はちょっとした批判を書いていました。それこそ庶民の独言レベルですけれども。
 実はここ数日、西部さんの出演している動画をいくつか見ていたんです。お風呂でウトウトしながら話を聴いていた。軽い調子で今日の自裁を予感させてるようなこと言っていましたが、あんまり軽い調子なので、ああこの人は結局死なないなと思っていました。そんな矢先、私のある種の期待を裏切る行動に出るとは。

 多摩川、丸子橋のあたりと言えば、私が少年時代を送った場所。そして、丸子橋と言えば、5年ほど前に牧伸二さんが同じく78歳で自裁した場所です。
 西部邁さんと牧伸二さん。お二人とも78歳になって何に「やんなんちゃった」んでしょうか…。
 ご冥福をお祈りするしかありません。日本は、日本人はまだまだ頑張りますよ。あちらで見ていて下さい。

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2018.01.19

小室哲哉さん引退について

Th_2018012100000098spnannex0002view 春砲によって、一人の天才の音楽が聴けなくなりました。
 私はTKの音楽はあまり好きではありませんでしたが、それでも日本の音楽界に多大な功績と影響を残した彼が、こういう形で引退してしまうのは残念です。
 世の中がより高い倫理性を求めるようになったのはいいことです。それもそれなりの立場にある人たちが、庶民を先導する形で、そのような精神性を持つようになるのは悪いことではありません。
 しかし、一方で、このように大手メディアが庶民のバックアップを受けて、庶民でない特別な功績を残した人を、ある意味抹殺してしまうことには、少なからず抵抗があります。
 というのは、私も含めて庶民の感情や言説、特に非庶民に対する批判の根底には、凡夫ならではの「嫉妬心」があるからです。
 21世紀に入って、弱者たる庶民が、たとえばSNSという自由な言論の場を得て、自らのことは棚に上げて、あるいは庶民という匿名性を盾にして、感情的な言葉をもって非庶民を総攻撃する(もちろんその逆の立場の言説も同数近くありますが)という状況が生まれました。
 これには当然良い面もあったわけですが、私の意地悪な視点からすると、共産主義の悪い点、すなわち下克上的革命思想や過剰な平等主義の表れにも見えてしまいます。
 そのあたりについて、私たち庶民はもっと冷静であるべきだと思います。政治家や芸能人、そして教師などに対しての熱狂的とも言えるバッシングのほとんどが、私たち庶民からある権利や利益を奪っているようにしか見えません。
 まあ、庶民なんて言葉をある意味階層的に使っている時点で、私もバッシングの対象になってしまうんですけどね(苦笑)。
 1年とちょっと前の、小室哲哉さんのこのインタビューをぜひ観て聴いていただきたい。彼が未来に創造しようとしたモノは、もう手に入りません。

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2018.01.09

『あまりに呑気で危うい日本のエネルギー事情』

 ず最初に書いておきましょう。何度も言っているとおり、私は「ワシは原発には反対の賛成なのだ!」という立場をとる人間です。
 そのことをご理解いただいた上で、上の動画を御覧ください。非常に勉強になると思います。知らなかったことがいかにたくさんあるか。
 エネルギー問題は、そのまま広い意味での国家の安全保障の問題だと思っています。
 このエネルギー大量消費社会においては、どんな方法であれ一定のリスクを背負っていかなければなりません。
 世界的、長期的に見て、はたしてどのリスクをとり、どのリスクを回避、排除すべきかを、私たちは真剣に考えなければなりません。もちろん、単なる好き嫌い、感情論、利己主義で論じてはいけません。
 誤解を恐れずあえてたとえれば、国家のエネルギー問題というのは、個人の食の問題に近いものがあります。個人の食の問題もエネルギー問題ですよね。
 食に関しても、私たちはずいぶんと贅沢になっています。たとえば江戸時代の庶民の食事に戻れるかというと難しいでしょう。
 結果として、食料自給率は非常に低く、多くを輸入の食材に頼っています。もしそれが絶たれたら…国家のエネルギー問題と同じですよね。
 一方、健康志向や自然志向で食にこだわる人もいます。同様に、国家のエネルギー問題、たとえば発電方法についても、いろいろな趣味、嗜好があるようです。原発はなんとしてもイヤだという人もいれば、原発もやむを得ないのではないかという人もいる。食(農業)における農薬や遺伝子組み換えに対する姿勢と似ていなくもない。
 個人の問題は、個人それぞれが自分の責任で決めればいいことですが、国家のエネルギー問題となると、ある程度の「総意」を形成しなければならない。今、そういう段階であると思うのです。
 たとえばこの動画のような事実も知らなくては議論できません。食の趣味のレベルではダメなんですよね。
 そして、理想と現実というのがある。私の「反対の賛成」なんか、まさに理想と現実を両方語っているわけですね。どっちはっきり知ろではなくて、未来的にはこういう方向性だけれども、それが実現するまでは、とりあえずある種のリスクをとると。
 繰り返しになりますが、食にせよ、エネルギー問題にせよ、私たち人間が生きる源の話ですから、単なる好き嫌い、感情論、利己主義は避けなければなりませんね。
 命に関わることとなると、人は一生懸命なあまりに視野狭窄に陥ります。脳みそがそのようにプログラミングされている、すなわち進化してきたのでしょうから、ある意味しかたありません。
 しかし、それが結果として、自らの命を危険にさらすこともあります。そのことに気づき、まずは違う考えの人たちの意見をしっかり冷静に聞きたいものです。

日本エネルギー会議
 

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2017.12.27

大野雄二作曲 『小さな旅(のテーマ)』

Th_637898a982844830b18e4b0991882c60 さな旅「三ツ峠」の録画を観ていたら、横で上の娘が「ルパン三世のテーマ」の各種アレンジを聴きながら「かっこいい!」を連発していたので、「この曲とこの曲はおんなじ人が作ったんだよ」と教えてやりました。めちゃくちゃ驚いていました。
 和製ジャズ、フュージョン、そしてアニメやドラマ、映画などのテーマ曲と言ったら、「W大野」さんですよね。
 大野雄二さんと大野克夫さん。時々、どっちがどっちだっけ?となる(笑)。そのたびにウィキ調べたりして。
 それほどお二人の残した名曲たちは、同じようなイメージで私たちの心に刻まれているのです。
 自分のためにもごく簡単にまとめてみましょう。
 大野雄二…ルパン三世のテーマ、小さな旅のテーマ。
 大野克夫…太陽にほえろ!のテーマ、名探偵コナンのテーマ。
 もちろん、ほかにもた〜くさん名曲はありますが、これだけでもお二人すごいですよね。お二人のすごいところは、ジャズ、フュージョンという様式の中に、日本的な情緒あふれるメロディーを乗せたところです。歌詞はなくとも、美しい歌があるということです。
 で、今日はあらためて「小さな旅」のテーマを聴いてみましょう。まずはテレビ尺。

 この曲の魅力はなんと言ってもその旋律でありますが、そのハーモナイゼーション、そしてオーケストレーションもお見事です。
 実は長尺バージョンもあります。

 これをお聴きになるとわかりますが、後半の展開もいいですよね。これは歌詞をつけて歌ってみたくなる。まさに歌心あふれる佳曲です。
 と、実は正式に歌詞をつけたバージョンがあるんです。ご存知でしたか?岩崎宏美さんが1986年に出しました。
 「なぜ」のところは、このバージョンが出る前から、絶対「なぜ」だと思っていたら、本当に「なぜ」だった。不思議だなあ。

 ちなみにこの動画も貴重ですよ。コーラスが…。
 最後に作曲者自身によるジャズピアノバージョン。これまたすごい。さすが大野雄二さん。

 こういう名曲をどういうふうに作るんでしょうね。W大野さんたち、やはり、先に映像作品があって、そこからイメージするのでしょう。それってすごいですよね。特にこの小さな旅のテーマは、みごとすぎるほどに「旅情」を表現しています。旅の出会いと別れの切なさが、プチ転調や偽終止にうまく表現されていると思います。
 ああ、日本人で良かったなあ。

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2017.12.25

ネオテニーは地球を救う!?

Th_71aknc8lz9l 経新聞の正論に、動物行動学者の竹内久美子さんが日本人が持ち合わせる「人類最強」の性質とは…を投稿しておりました。
 最近竹内さんの本を読んでないなあ。かつてはずいぶん勇気づけられたものだが。
 というのは、竹内さん、たとえば「女は男の指を見る」のような男の指にこだわったエッセイをたくさん書いていまして、まさに「薬指が人差し指より長い」、すなわち男らしい(?)ワタクシとしては、大変いい気にさせられたのであります(笑)。
 それらの本には、「ハゲは胃がんになりにくい」とか、そういう、ワタクシに有利な言説がけっこう散りばめられていて、ようやく援軍を得たような気がしていた。
 いや、たしかにですね、ワタクシ、手だけはほめられることが多いのですよ。薬指が長いだけでなく、血管が適度に浮き出ているし、まあいちおうヴァイオリンなんかやってますから、繊細かつ器用に動いているのでしょうかね。
 男としては手だけほめられても実はあんまりうれしくなかったのですが、この本を読んで、なるほど女性は男性の指に本体のセクシーさを見出しているのだと、まあ都合よくほかのことは忘れて得心したりしていたわけです。
 で、もう一つ、竹内さんがよく語っているのが「ネオテニー」についてで、それもある意味私にも当てはまる特性でありました。というか、ワタクシに限らず日本人はみんな子供っぽいと。今回の正論もその話。
 子供っぽいことはマイナスではなく、純粋、好奇心旺盛、発想が柔軟、優しいなど、プラスの側面もあり、それを再評価すべきとのこと。
 私も全くいい年してバカみたいなこと言ってばかりで、それこそネオテニーのチャンピオンみたいな人間ですが、たしかにそれも徹底していると、それなりに価値を発揮しはじめたというか、人様にありがたがられる(めったにないと珍重される)ようになってきたとも言えます。
 もちろんご迷惑もおかけしていて、立派な常識ある大人にいろいろカバーしてもらっているのは分かるのですが、これはしかたないですね。
 そして類は友を呼ぶということでしょうね、一昨日の忘年会なんか、まあ素晴らしいネオテニー・パーティーでありましたよ。高城剛さんも少年のまんまですよね。
 10年前にオーストラリアで「姉妹校訪問…ネオテニー再確認」という記事を書いておりました。
 そこにこんなこと一節がありますね。

 考えてみますと、日本のオタク文化は、大人による子ども文化なわけで、今やそれが日本文化を支える土台にすらなっているわけです。あるいは日本の産業の基幹である職人的な手仕事的な部分というのは、以前からある意味オタク的、幼児的、自閉症的でありまして、日本文化の分析にはどうしてもそういう視点が必要なような気がしてきます。

 これなんか、竹内さんの説に近いかもしれません。
 はたして未来、日本人のネオテニー性は地球を救うのでしょうか。それとも自らを絶滅に追いやるのでしょうか。私は竹内さんと同様に前者だと思ってますよ。
 近代的な意味における「おとな」が、この地球を破壊していたのは事実です。コト(自我)に執着してモノ(他者)への共感を忘れた「おとな」の描いた利己的な夢は、もうそろそろ醒めることでしょう。

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2017.12.11

『未来への7か条』 益川敏英

Th_yoko 日も生徒とAIの話をしました。世間でもブームですね。
 夏に「シンギュラリティ」はあり得るのかに書いたとおり、私はAIが人間を超えることに懐疑的です。AIはコトであり、人間はモノであると。
 そこに書き忘れましたが、正確に言いますと、AIは人間の脳みそのある部分については、すでにはるかにそれを凌駕しています。
 少し考えれば分かるとおり、計算能力や単純記憶能力においては、どうみても人間よりも優れている。まさにコト世界ですね。
 で、「人間はモノ」という表現の中には、「人間には体がある」という意味も含まれています。いくらAIが発達しても、体の制御という面では、まあ永遠に人間のレベルには追いつかないでしょう。それはある意味、AIというよりもロボットの問題なんですがね。
 ただ、人間と…と比較するならば、当然「肉体」というモノ部分も含めての比較でなければ、アンフェアです。
 現在、最先端のAIとロボットの技術を総合しても、やはり人間の子どものように自転車を乗りこなすことはできませんし、サッカーや野球に興じることもできませんよね。
 生徒にそんな話をしていた中、少し前にノーベル物理学賞受賞者である益川敏英さんの、こんなお話が記事になっていたことを思い出しました。

ノーベル物理学賞受賞 益川教授が証言! AIが絶対に人間にかなわないもの

 益川さんは、私とは違った視点で、「AIは人間を超えられない」と言います。AIが人間に絶対敵わないもの。それは「好奇心」であると。
 なるほど、そうですね。私たち人間は、それぞれ全く異なる好奇心を持っています。その対象を選んだ理由など、誰も分かりません。私たちは各自の好奇心を神様から授けられているのです。
 もしかすると好奇心の一つとしてとらえれるかもしれませんが、「愛」というものもAIには欠けていますね。「AI」なのに「愛」がないとは、これいかに(笑)。
 先ほどの記事の中で、益川さんは「未来への7か条」を挙げてくれています。共感いたします。

< 未来への7か条 >
1:現状に満足せず、常に挑戦的な気持ちを持つ
2:科学者に対し、充分な研究環境
3:科学の発見は本筋から外れた脇道からも生まれる
4:人間の知的好奇心はAIに勝る
5:科学技術がどう使われるのか、監視する
6:純粋な若い芽が育つ環境を作る
7:「夢とロマン」を真摯に追い求めるべし

Amazon 驚愕! 日本の未来年表

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2017.12.07

『ゴッチ式トレーニング』 藤原喜明 (新紀元社)

Th_513hs8kogil_sx349_bo1204203200_ ロレスの神様(の一人)、カール・ゴッチ没後10年。
 まだまだ現役で頑張っている、ゴッチの愛弟子の一人である藤原喜明組長が伝え、語る「ゴッチ流の鍛え方」。また、アントニオ猪木さんをはじめ、ゴッチの洗礼を受けた内外のプロレスラーたちが師匠について語る、語り合う貴重な話が満載のこの本。大変興味深く読ませていただきました。
 ここでちょっとワタクシごととなりますが、実はこの本の奥書にはウチのカミさんの名前が出ております。
 う〜ん、まさか自分の嫁の名前がプロレスの神様ゴッチの本に載るとは、プロレス大好き少年(青年)だったワタクシは、まさに夢にも思わなかったなあ。人生は何が起きるか分かりません。まさに一寸先はハプニング(笑)。
 実はカミさん、ゴッチについて語ってくれた外国人レスラーの皆さんの英語を翻訳するという大役を仰せつかっていたのです。
 たしかに、毎晩毎晩、苦労しながら訳していましたっけ。私もちょっとだけアドバイスなどしましたが、ほとんど自力でやっておりました。
 いくらプロレス、格闘技大好き女とはいえ、専門用語など出てくると、さすがに困惑していました。私だって分からない。で、そういうところは、きっと編集者の方が適語に直してくれるだろうということで、なんちゃって直訳でごまかしていたんですね。
 そうしたら、結局ほとんどがそのまんま活字になってしまった。ですから、ちょっと細かく読むと変なところがあります。ごめんなさい。
 ま、それはいいとして、やっぱり昭和の天才のことになってしまいますね。外国人ですから昭和というのは変かもしれませんが、彼ら天才たち、たとえばこのカール・ゴッチやルー・テーズ、そしてビル・ロビンソンなんかは、昭和の日本で輝いたとも言えますね。
 もちろん、当時の日本が経済的に栄えており、よってプロレス界のギャラもかなり高かったから、彼らが日本に稼ぎに来ていたという側面もありますが、それと同時に、いやそれ以上に、日本のファンが、彼らのような「職人」や「努力家」、「苦労人」が好きだったし、よく理解していたという部分もありました。
 ゴッチの没後10年にあたり、日本のレスラーたちが中心となって、荒川区の回向院にお墓が建立されました。こういうところもまた日本的ですよね。
 今、再びプロレスブームが起きつつあります。この前書いたお笑いの世界と同様に、あの頃、すなわち昭和をもう一度と言うわけではありません。若い人たちは、常に新しい世界を模索し、切り開いていかなければなりません。
 しかし、だからこそ、まさに「温故知新」、かつての大物たちに学ばねばなりません。
 くり返しになりますが、当時と同じ練習をして、同じ闘いを見せるということではありません。ただ、もし彼らが現代において現役バリバリだったら、時代の要請にどう応えるのかを想像するのは大切なことだと思います。
 そういう意味で、この本に登場するゴッチの遺伝子たちが、こうして現代のリングに何かを残し、何かを語りかけ、何かを問いかけようとしていることに、心から感謝と敬意を抱かねばなりません。
 レスラーはもとより、私たち観戦する側も、もう一度原点や本質に帰ってみる必要がありますね。私は今はなんのスポーツもしていませんし、体をほとんど動かしませんが、なぜかこの本や、以前紹介した鈴木秀樹選手のビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』など、具体的な体の動かし方、つまり文字とは違う言語…肉体言語…で語られた本に、ものすごく大きな刺激を受け、そして学びました。
 プロレスに限らず、いろいろな分野で、かつての天才や職人たちの「体の動き」を紹介する本が刊行されることを期待します。
 不思議ですね。ビデオとは違う良さがあるんですよ。ポイントを抽象してあるから、シロウトでもじっくり真似てみることができます。実際に体は動かさずとも、脳内の自分の別の体を動かすことができるんですね。そこから学ぶモノは、あきらかに文字言語から学ぶコトとは大違いなのです。

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2017.12.01

加速する人生

Th_unknown 走に入りました。俗説のとおり、教師であるワタクシはたしかに走らずにはいられないほど忙しい。
 今年は公私ともに忙しかったため、本当に時間が早く過ぎました。
 皆さんもというか、人類のほとんどが体感しているように、年をとると時間が早く進むようになります。
 これがなぜなのか、今までもいろいろな解釈がなされてきました。たとえばこの記事などよくまとまっていますよね。

大人はなぜ時間を短く感じる?

 なるほど、たしかにありそうな話ではあります。
 しかし、私はちょっと違った解釈をしておりまして、最近はそれを証明しようと企んでいるところです。
 時間というのは、目に見えない、触ることができない、いわば「情報」に近いものだと思います。
 物体の質量に比例して引力が大きくなるのと似て、私たちの脳内に情報が増えると、「情報引力」も大きくなり、流入してくる情報量も増えてきますし、まるでブラックホールが物質を飲み込むように、情報の流入スピードも早くなってきます。
 その、情報の流入スピードこそ、私たちが感じる「時間」であると考えるのです。
 もちろん、こんな説は地球上には存在しません。あくまで宇宙人の「時間観」であります(笑)。
 しかし、地球人にとっても、おそらくは「忙しい」というのは「情報流入過多」の状況を言うのでしょうし、大人になると、蓄積されている「情報質量」も大きくなっているというのは、なんとなく実感としてあるのではないでしょうか。
 最近ウチの父親はボケてきていまして、蓄積されていた情報がダダ漏れになり、また新しい情報の流入も巧みにやりすごしているように見えます。今度確かめてみようと思うのですが、たぶん今の父にとっては、時間は昔よりゆっくり流れているかもしれないし、あるいは時間の流れすら感じていないかもしれません。ちょっとうらやましいかも(笑)。
 ま、私はもう少し大人として頑張らねばならないので、自分の加速する人生について、このように考えるようにしています(方便)。
 「普通走り続けていると疲れてだんだん速度が落ちるものだ。それなのに日々加速するなんて、オレっすごいな!」
 

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