カテゴリー「書籍・雑誌」の867件の記事

2017.06.26

『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』 二宮敦人 (新潮社)

Th_61rsvqqq9l_sx346_bo1204203200_ ろいろな意味で憧れの東京藝大。私はとてもとても入れませんでしたが、教え子は入れました。また、最近は藝大卒の方々と共演することが多い。なんだか得した気分です(笑)。
 そうした皆さんは「音校」の方々。とってもまともな皆さんです(笑)。「美校」の知り合いは…あれ?いないかも。
 この本で言うところの「カオス」は正直「美校」の方ですよね。つまりカオスな天才の皆さんとは今のところご縁がないわけです。というか、私のような凡人は近づけない領域なのかもしれません。
 そんなわけで、私がもし藝大に入れるようなことがあったとしして、「音校」と「美校」どっちか選べと言われたとしたら、間違いなく「美校」を選びますね。てか、私の音楽や楽器との付き合い方というのは、ちっとも「藝大(音校)」的ではない(それ以前に音大的ではない)わけでし、どちらかというと「美校」的なカオスの方が自分の得意とする分野のような気がするのです。
 意外に思われるかもしれませんが、私は案外ちゃんと「絵」を勉強しました。先生について勉強したという意味では、音楽と同じくらいの期間(約10年)ということになりましょうか。
 今ではちっとも絵を描かず、あるいはモノを作るようなことはありませんが、かつては音楽よりも美術の方が得意だったし、そっち方面で創造的でした。
 実際、高校の芸術選択は美術を取ったんですよね、3年間。成績も良かった。中学では美術部でしたし。意外でしょ。
 ま、そんなこんなで、いちおう、本当にいちおう程度ですが、音楽も美術もそれなりに分かっているつもりです(あくまでつもり)。
 そう考えるとですね、なんで、「音校」と「美校」が対照的なのか、よく分からない部分もあるんですよね。違う言い方をすると、なんで「音校」はカオスにならないのか。これはある意味良くないことだと思うんですよ。
 ご存知のとおり、両分野ともに、基本基礎や論理やメソッドがあって、それを超えていくのが、いわゆる「天才」だと思うわけですが、なぜ「美校」はいとも簡単に超えていっているのに、「音校」は超えられない(ように見える)のか。
 もちろん、もともと音楽が「コスモス」に収斂してゆき、美術が「カオス」に拡散していく傾向があることは分かります。しかし、実際にはその逆もあり得るのに、なんとなく日本では芸術とアートが分離しているがごとく、両者がぐるっと回って一つになったり、止揚されたりすることがあまりないというのも不可思議なことです。
 いや、実際には音と美の境界線のあの道を軽くまたいで行き来する真の天才がいることも聞いています。しかし、やっぱりそこに分断がある、壁がある、溝があるのは事実でしょう。
 そういう意味で、私は古楽科に期待していたんですよ。ジャズ科みたいになってほしいなと。現状はどうなんでしょうかね。
 また、上野にない第三者的な新興の学部学科の存在も気になります。
 というわけで、藝大にスパイを送り込もうと思っています。上の娘はとっくに諦めているので、下の娘を洗脳して送り込もうかな(笑)。
 おっと、肝心な本の紹介を忘れていた。この本はインタビュー集です。入り口としては面白いんじゃないでしょうか。まさに入り口から中をちらっと見る程度でも、私は充分楽しめましたよ。

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2017.06.15

『治安維持法』 中澤俊輔 (中公新書)

Th_41x5t5bhlpl_sx319_bo1204203200_ 正組織犯罪処罰法が成立しました。
 私も単純には喜べない立場を取っていますが、しかし、一方で野党や人権派、リベラル派、さらにはマスコミが使う「共謀罪法」、「テロ等準備罪法」が成立したという不正確な言い方はやめてもらいたいと思います。
 ひどいものになると、「現代の治安維持法が強行採決によって成立!」などととんでもないことを言う。印象操作とかの以前に、勉強不足を露呈していて見苦しい。
 私は、戦前の出口王仁三郎や仲小路彰の動きを調べているので、自然と治安維持法にも興味を持ってきました。多少はリアルな当時の現場の様子を知っている者としては、今回の改正組織犯罪処罰法と戦前の治安維持法とは、似て非なるものであるとの実感がありました。
 ちょうどそんなモヤモヤを抱いていたところに、先月末ですか、この本の著者、秋田大学の中澤俊輔さんが、テロ等準備罪が「現代の治安維持法」と言われることへの大きな違和感…何が似ていて、何が違うのかという文章をネットで発表しました。
 皆さんにもぜひ読んでいただきたいですね。治安維持法が暴走したのは事実ですが、それを暴走させた「主体」がなんであったかを知ると、それがそのまま現代でも単純に繰り返されるかどうか、ある程度はっきり分かると思います。
 それ以上に、今回と同じく、治安維持法も生まれるべき理由があったことも理解すべきです。治安維持法がなかったら、どうなっていたかという想像力も必要でしょう。
 もちろん、その「暴走」の歴史は否定できませんし、今後私たちが特定の法律を暴走させる可能性がないとは言えません。しかし、だからこそ、そうした過ち(あえてそう言います)の歴史を感情的ではなく、相対的に、そして総体的に捉える必要があるでしょう。
 そうした高い大きな視点からのより正しい知識を身につけるために、中澤さんのこの本は必読書です。
 とりあえず反対派の方々、また真剣に不安を抱いている方にこそ、お読みいただきたいと思います。
 本当によくまとまっています。私たちの「治安維持法」に対する知識がいかに浅いものか、よくわかりますよ。

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2017.06.14

南伸坊、関川夏央、みうらじゅんが語らう「昭和のエロ」

「昭和のエロ」は温かく、熱心だった
Th__20170615_91324 せずして、一昨日は「昭和」のモーレツ社員、昨日は「昭和」のプロレス、そして今日は「昭和」のエロということになりました(笑)。ま、私も充分昭和の残滓人間だということですね。
 別に昔は良かったとか、今どきの若者は…とか言いたいわけではありません。いや、やっぱり言いたいのか。そういう年齢になったということですかね。やっと大人になったと(笑)。
 で、今日は「エロ」のお話。あんまり面白かったので、ここにそのまま紹介します。文藝春秋に掲載された、南伸坊さん、関川夏央さん、みうらじゅんさんという、それこそ昭和の「おバカな男(もちろんいい意味)」を代表するような方々によるエロ鼎談。

南伸坊、関川夏央、みうらじゅんが語らう「昭和のエロ」

 そうそう、皆さん、私たちが左右の手で大切に抱いているものって何かわかりますか?
 答えは…こちらに書いたとおり「エロ」です(笑)!
 最近の若者(ああ、言っちゃった)、特に男は、草食系とか言って「エロ」にさえ執着を持たなくなっている。草食系、肉食系についてはこちらに書きましたね。
 私は(エセ)僧職系です。この前、座禅して空っぽの状態にしてアキバに行ったら、一気に肉が流入して満杯になりましたよ(笑)。
 「エロ」は妄想が99%ですから、その時代ごとにそれぞれのメディアがリアルの代替になってきました。それが紙とか人形とかだった時代はまだしも、今ではデジタルになり、そしてVRになり、さらにAIになっていく。
 いったいどうなるんでしょうね。戦争とかではなくて、「エロ」のヴァーチャル化によって、人類は滅びるんでしょうかね。
 というわけで、皆さん、左右の手からエロがこぼれ落ちないように頑張りましょう。

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2017.05.23

『第二次大戦前夜史 一九三六・一九三七』 仲小路彰 (国書刊行会)

Th_41wmdwk5icl_sx359_bo1204203200_ 日、昭和11年、12年は歴史の転換点だというようなことを書きました。しかし、日本国民は案外明るい未来を展望しており、特に都市部はお祭り気分だったとも書きました。
 昭和11年は私の母が生まれた年でもあります。父は5歳。ですからその時の記憶はほとんどありません。時代の空気なんか分かるわけありませんし。
 かつて祖父母に聞いたところでは、やはりそれほど暗い雰囲気ではなかったようです。実際、世界恐慌に伴う昭和5年あたりの昭和恐慌からもいち早く脱し、昭和8年以降は一部の農村を除いて好景気だという感触があったようです。
 この高橋是清による昭和恐慌という大デフレ脱却政策が、アベノミクスに似ているとの見方もありますが、のちに高橋是清は昭和11年、二・二六事件で暗殺され、日本は戦争へまっしぐら…という、それこそ戦後歴史教育に洗脳された悪意ある解釈ですね。そんな単純な話ではありません。
 さて、そのように庶民は好景気に浮かれ、かつての戦争景気の記憶もまだ新しく、ある意味では戦争への期待さえあったとも言えます。そんな中、いったい世界や、世界と直接やりあっていた日本の上層部ではいったい何が起きていたのか。つまり、庶民が知らないうちに、いったい何が進行していたのか。
 それが恐ろしいほどによく分かる本が、この仲小路彰による「一九三六」と「一九三七」です。仲小路彰が高嶋辰彦陸軍中佐(当時)の支援を受け、戦争文化研究所の名の下に全121巻の刊行が予定されていた(実際は43巻まで刊行)「世界興廃大戦史」の一部。
Th_31ogxpnu8l_sx298_bo1204203200_ 昭和16年9月から17年4月までの間に刊行されていますから、間に真珠湾攻撃を挟んでいるわけですね。戦争が始まらんとしているその時に、およそ5年前の世界と日本の動きにその端緒を見ていたのです。
 内容としては、今では忘れ去られた事象も取り上げられており、いったい当時どのような情報源をして、ここまで詳細に世界情勢を分析し得たのか。非常に興味がありますね。
 実はまだ全部読んでいませんし、読んでも知識が足りないために理解できないでしょう。しかし、現代の研究成果よりも不思議とリアルな感じがするんですよね。情報の選択、そしてそれらの配置の妙は、世界史、特に戦争史を知り尽くした仲小路ならではのものでしょう。
 このような本が復刻されたということは、ようやく歴史学の戦後レジームが崩れる時が来たということでしょうか。
 一方で、仲小路彰の全貌を俯瞰した立場からしますと、こうした戦前、戦中の著作のみで彼の業績を評価してほしくないというのも事実です。
 こうした一見右寄りな活動の先にある、終戦工作、グローバリズム構想、未来学こそが、仲小路彰の「本体」であると、私は思っています。
 当然、逆の発想も必要です。つまり、戦後の仲小路彰のみ見ていても、やはりその本質には近づけない。未来から見れば、戦後も戦前も連続した過去であり、またその無限の過去は、その時の「現在」の無限の集合体なのですから。

Amazon 第二次大戦前夜史 一九三六 第二次大戦前夜史 一九三七

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2017.05.14

【追悼特番】渡部昇一先生を偲んで (チャンネル桜)

 日は東京でひと仕事。往復の車の中で、この動画の音声を流しておりました。
 番組の中で小堀桂一郎さんや水島総さんらもおっしゃておられましたが、渡部先生は本当に敵を作らない方でした。直接お会いすることは残念ながらありませんでしたが、多くの方から渡部先生のお人柄の素晴らしさについてうかがっておりました。
 そして、もちろん先生のご著書の言葉たちが、そのお人柄を雄弁に語ってくれていましたね。
 そう、左派、リベラルの皆さんからも尊敬されていましたね。文化は政治や思想を凌駕するということでしょうね。
 ご専門の英語学だけでなく、比較文化論、比較文明論…いやいや、そういう範疇にも収まらない、まさに博物誌的な該博さでしたね。そういう方は尊敬されます。憧れますね。
 そして、なんとも純粋なお茶目な面もお持ちだったことが、この番組でよく分かりますね。決して偉ぶらない。愛が深かったのでしょう。
 それにしても、朝日新聞との戦いは壮絶ですね。朝日新聞って、やっぱりああいう役どころなんですよ。異常じゃないないですか、執念が。ヒール。おかげで、渡部さんや小堀さんはいい仕事できたわけですから、結果として。
 そんな辛い体験も含めて、きっと天国で笑い飛ばしておられることと思います。改めてご冥福をお祈りします。
 足元にも及びませんが、できるかぎり、渡部先生のような人間になれるよう、私も精進していきたいと思います。

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2017.05.04

『大東亜戦争は日本が勝った』-英国人ジャーナリスト ヘンリー・ストークスが語る「世界史の中の日本」 (ハート出版)

Th_715i2nwjr2l 日の記事にも名前が出ましたが、ここ数年、昭和の吉田松陰とも世紀の天才とも称される、歴史哲学者仲小路彰の研究をしています。
 この本のタイトルどおりことを、また内容どおりのことを、仲小路彰は昭和20年の8月16日に「我等斯ク勝テリ」という文書にして、当時の重要な部署に配布しています(実際の配布時には「我等斯ク信ズ」に改題)。
 いまだほとんど世に知られていない仲小路の功績。一部の保守論者たちがいわゆる大東亜戦争肯定論を唱える際に仲小路の文献に触れるくらい。戦前戦中の戦争推進者、スーパー右翼のように言われることさえある。
 しかし実態はとてもそんな安易なくくりの中には収まりきらない本物の巨人であります。私も彼の思想、業績を把握、理解するのにはおそらく千年くらいかかると思います(冗談でなく)。
 特に知られざる戦後の彼の膨大かつ高次元な活動を知れば知るほど、戦前戦中の主張の本意がわかってくるというものです。それらはきっと時が来れば世に出るものと思われます。
 世に出ていないものをどう紹介すればいいか、非常に難しいわけですけれども、最近読んだこの本の主張は、かなり仲小路彰の大東亜戦争観に近いと感じましたので、ここにそういう意味も含めて紹介いたします。
 この本のサブタイトルに「世界史の中の日本」とありますね。それこそが仲小路彰の地球観、日本観、歴史観、戦争観、平和観、さらには天皇観の基礎となっています。そして、そのレベルが深く高く広く、最終的には世界を超えて宇宙の歴史にまで及んでいるという感じです。
 そういう意味では、著者のヘンリー・ストークさんには申し訳ないのですが、この本は仲小路彰の足元の部分だと言ってしまってもよい。もちろん、そうした深遠なる真実の歴史の入り口に、私たち日本凡夫を立たせてくれるということで言えば、ストークさんに大感謝と大敬意を表したいと思います。
 やはり、イギリスやアメリカを中心とする「白人」の歴史を、当のイギリス人ジャーナリストが白日の下に明らかにしてくれているところに価値がありますよね(ある意味、自虐史観を強調する日本人の裏返しとも言えますが)。
 ヨーロッパ、アジアを中心とする世界史を概観する部分に紙数を割いていますので、私なんかには良い復習ともなりました。
 もちろん、そうした記述には、専門の歴史研究者からすると多少の偏りや変形も指摘できることでしょう。そう、最新の歴史研究は、私たちの知らないところで大変進んでいます。先日も某大学の若手教授から、びっくりするような研究成果を聞かされました。
 たしかに、たとえばこの本に描かれていることは、仲小路が戦前からずっと言ってきたことと同じとも言えるわけで、そういう意味では、戦後のWGIPによる自虐史観よりも古臭い歴史観だとも言えるんですよね、最近の流行りは。
 そういうことも含めまして、今日仲小路研究仲間とも話したんですけれども、ストークさんにもぜひ仲小路彰の文献を読んでもらいたいなと。そして、それを英訳していただきたいなと。
 夢想ではなく、そういう秋(とき)が近づいているのかもしれません。そういう予感がします。

Amazon 大東亜戦争は日本が勝った

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2017.04.30

『渡部昇一と渋沢栄一』 最終章

 月18日に追悼 渡部昇一さんという記事を書きました。そこで紹介した渋沢栄一に関する動画の「最終章」が公開されましたので、ここに掲載いたします。
 本当に最後の映像でしょうね。たしかにお声がかすれていますが、しかしその言葉の力は全く衰えていません。それどころか、最後に振り絞るように渋沢の生き様を通じて、自らの人生を語ったおられる。
 多くの文人、偉人を紹介してきた中で、最後に渋沢栄一をお選びになったのは、これはきっと必然であったのでしょう。
 「交際術の中心に敬意を置け」
 「細かいことをゆるがせにするな」
 渋沢の男の流儀を通じて遺された渡部昇一さんのメッセージをしっかり心に、いや魂に刻みたいと思います。
 あらためてご冥福をお祈りましす。

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2017.04.18

追悼 渡部昇一さん

Th_41xw782ar2l 語学者にして保守派論客の重鎮、渡部昇一さんがお亡くなりになりました。
 「知的生活の方法」を読んだ高校生の頃から、言語、文化、思想、歴史観、いろいろな面で大きな影響を受けてきました。最近もネット番組等でお元気なお姿を拝見していたので、突然の訃報に驚いています。
 最も最近の動画がこれでした。渋沢栄一を紹介する渡部さん。渡部さんがご自身の人生を振り返るように、渋沢について語っています。
 私も昨年、仲小路彰研究の関係から、渋沢栄一記念財団の会員になりまして、遅ればせながら渋沢の偉業を知り、その人生訓を学ぶことになっております。
 そんな中、尊敬する渡部昇一先生が分かりやすく渋沢栄一を紹介するとあって、続編も楽しみにしておりました。完結編もおそらく収録済みと思われます。渡部さんが最後に渋沢を語ったというのは、本当にいろいろな意味において象徴的であったのかもしれません。
 ご冥福をお祈りします。

Amazon 知的生活の方法

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2017.04.12

日本の危機と鈴木貫太郎-小堀桂一郎氏に聞く

 26分くらいから小堀桂一郎先生登場。当然のことながら、昨日も書いた二・二六事件、安藤輝三大尉の話も出てきますね。安藤輝三と出口王仁三郎という記事に書いたとおり、安藤輝三が二・二六事件において鈴木貫太郎侍従長を襲撃することを決意したその時、日本の運命は決まったと言えます。
 安藤でなければ、鈴木は完全に死んでいた。終戦の首相、御聖断を導いた首相鈴木貫太郎はいなかった。つまり、日本も死んでいたのです。
 この番組でも、静高の先輩でもある水島総さんが、このくだりのところに大いに感動していますね。
 さっそくこの本を注文しました。じっくり読みたいと思います。鈴木貫太郎の終戦工作に、はたして仲小路彰も関係しているのか。そのあたりも気になります。小堀さんはご存知ないでしょうけれども、高松宮さまを通じて、仲小路の意見も昭和天皇、あるいは鈴木貫太郎に伝わっていた可能性が大です。
 たしかに、鈴木貫太郎のようなスケールの大きな、しかし非常に緻密で繊細な、そしてある意味霊的な政治家というのは、今の時代にはいませんね。
 たしかに安倍総理にこの本を読んでいただきたいかも。

Amazon 鈴木貫太郎:用うるに玄黙より大なるはなし
 

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2017.03.17

『地学ノススメ』 鎌田浩毅 (講談社ブルーバックス)

Th_51zzvcqkdpl_sx314_bo1204203200_ 有引力…と言っても昨日の演劇実験室ではなく、本当の(?)万有引力の話題から始まるこの本。非常に面白くためになりました。
 意外に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、国語のセンセーをやっているワタクシは、実は地学の教師になろうとしていたのです。第一志望は某国立大学の地学専攻だったのですが、受験に見事に失敗して、なぜか文学部国文学科に進んだのがワタクシであります。
 まあ、今となってはですね、国語の先生で良かったと思うわけですが、相変わらず地学も好きでして、それが高じてとうとう富士山に住むようになってしまった。地震や火山、天文や気象に興味のある人間としては、富士山は最高の住処であります(笑)。
 そんなワタクシではありますが、たしかに地学の知識はあの頃の大学受験用の知識で止まっているかもしれません。つまり35年も前の知識なんですね。
 この本にも書かれているように、地学の教科書に載る知見は、数学、化学、生物、物理に比べて、ある意味非常に新しい。21世紀的であると。
 しかし面白いですよね。地層にせよ、化石にせよ、めちゃくちゃ昔の情報を研究している。天文学に至っては、超最先端の研究になればなるほど、どんどん古い情報と対峙するようになる。望遠鏡で観る星の光が何年〜何百万年前のものだというのは言うまでもなく、ビッグバンやそれ以前の研究となると、もうほとんど神話的な時間感覚にまで及んでしまう。
 そんなところが、地学の面白さでありましょう。どうしても、過去から学び、現在と未来に生かさざるを得ない。ちょっと歴史学的な、つまり人文科学的な「ロマン」とでも言いましょうか、そんな魅力がありますよね。
 鎌田さんのこの本は、そのあたりを非常に上手に表現しています。きっと鎌田さん自身もロマンティストなんだろうなあ。文章もお上手だし、語り口も人間を感じさせる。
 本来、そういう「人間」や「ロマン」などというモノを排除するのが科学のあり方だと思うのですが、昨日の「万有引力」がそうであったように、まさに「コト(情報・過去)を窮めてモノ(不可知・未来)に至る」世界がここにあるんですよね。
 だから、私は地学が好きなのだなあと、あらためて確認することができました。
 先日、私の「文系的地震予測」に対して、それこそ京都大学の某先生がずいぶんと辛辣に苦言を呈しておりましたが、正直、私は彼のことが心配ですよ(笑)。

Amazon 地学ノススメ

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