カテゴリー「書籍・雑誌」の1000件の記事

2020.07.09

『イチロー・インタビューズ 激闘の軌跡 2000-2019』 石田雄太 (文藝春秋)

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 れも間違いなくロゴスではなく「レンマ」だよなあ。

 コトを窮めてモノに至る。これをスポーツの中で体現して見せてくれたイチロー。彼の言葉は禅僧のそれのようだと、何度か書いてきました。その集大成。読み応えあり。

 第1章で、自らを評して「理屈で話を進めていくタイプ…理屈で理解させてくれないと、消化不良になってしまう」と語っています。

 しかし、そうした細部へのこだわり(コト)が、結果として総体(モノ)を理屈ではなく瞬時に捉え、コントロールするきっかけになっている。意識が無意識を生む。

 まさに職人、何かを「モノにした」人間ですね。そして、最終的に「モノになった」。

 うん、日本語は面白い。日本人は面白い。

 メジャーという「世界」の「総体」だからこそ、日本という「細部」が際立って見えましたね。イチローのそうした歴史的、文化的功績は多大です。

 「僕の言葉にウソはない」。言葉それ自体は元々フィクションですが、それがこれだけ集積して絡み合うと、そこに真理が立ち上がってくるから興味深い。

 しかし、私たち、イチロー自身でない人間にとっては、決してイチローの体感、体得した真理には到達できません。予感までです。だから、「ウソはない」という言葉を否定することは絶対にできないわけですね。

 そう、真理、つまり「まコト」は結局他者たる非我たる「モノ」だというのが、お釈迦様の究極の気づきであったわけで、そんな点からも、イチローレベルの賢者らの言が、どこか禅問答チックになるのは当然だと首肯されるのでした。

 ベースボールが輸入され、軍隊文化とともに日本化、日本的組織化、職人技化された「野球」が、その故郷に帰って大旋風を起こし、その風景を変えてしまったというのは、世界史上の様々な文化が輸入され、日本化され、そして逆輸出されていくに違いないという、仲小路彰が総体として捉えた日本の歴史的存在意義を象徴しています。

 そして、やっぱり「野球」は面白い。奇跡のスポーツ、いや文化です。何度も書いた記憶がありますが、この宇宙に、サッカーやバレーボールやテニスや格闘技に似たスポーツは、それこそ星の数ほどありますが、野球のような、様々な意味で不公平で不均等かつ、確率論的に絶妙なゲーム性を持つスポーツは、実はありません。宇宙人の私が言うのですから、間違いありません(笑)。

 うん、やっぱりこの本もまた、私のバイブルですね。

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2020.07.08

『レンマ学』 中沢新一 (講談社)

Th_31ccxdwlsxl_sx357_bo1204203200_ い頃、仲小路彰に影響を受けている中沢新一さん。細野晴臣さんらと山中湖に仲小路を訪ねていったこともありました(入院中で会えなかった)。

 そんな中沢さんの「レンマ学」と、ワタクシの「モノ・コト論」を並べるのもどうかと思いますが、不思議なモノでして、結果として仲小路彰の周囲をグルっと回って、コツンと出会ったという感じがします。

 もちろん、仲小路だけではありません。仏教や出口王仁三郎、そして富士山や山梨といった、ちょっと「なまよみ」なフィールドに迷い込んだ私が出会うべき先達が中沢さんだったのかもしれません。

 詳細はこの本を読んでいただくしかない。それこそ「全体」を一瞬で捉えて表現するような「レンマ的知性」も、展開して分析して並べる「ロゴス的知性」も持ち合わせていない私には、そう言うしかありません。

 ただ、時代がたしかに縁起をベースとする「レンマ的知性」を必要としているのは間違いありませんね。

 ワタクシ流に言えば、「コト」の時代は終わって「モノ」の時代が到来しようとしてる、いやそういう時代に回帰しようとしている、ということでしょう。

そう、古来日本語では、「ロゴス」のことを「コト」と言い、「レンマ」のことを「モノ」と言ったのです。「ことのは」の「コト」と「もののけ」の「モノ」。

 分析できない、意識化できない、言語化できないが、たしかにそこに「ある」「いる」感覚、徹底した他者性が「モノ」の本質です。自我が無になり、その無と有が一体化して「空」となる。そんなふうに、私はとらえています(間違っているかもしれませんが)。

 昨年でしたか、仲小路彰のことを中沢さんにお伝えしました。ご興味を持っていただいた、というか懐かしく思い出してくださったようですが、その後展開はありません。

 ただ、このコロナ禍の中で、ますます「レンマ学」が重要になってくるであろうことは間違いなく、その先達ともいえる仲小路彰の、独特な「グローバリズム」「未来学」も注目をされる時がようやく来たように感じます。

 また、ここ数日書いてきた音楽や言語における「モノ・コト論」も、この「レンマ学」の中でよりサイエンティフィックに語られています。

 けっこう読み応えのある大著ですが、それこそ脳みその「レンマ」的領域が刺激される快感が得られますので、ぜひご一読を。やはり「コトを窮めてモノに至る」なのだなあ。

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2020.07.06

『倍音〜音・ことば・身体の文化誌』 中村明一 (春秋社)

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 八、倍音つながりで、この本です。

 この本、本当に素晴らしい。共感するところがたくさんあります。

 冒頭の「はじめに」より。

 人間は、その歴史の中で、「目に見えないもの」を克服することによって前進してきました。

(中略)

 ところが、です。非常に身近なものであるにも関わらず、多くの人々が完全にはその存在に気づいておらず、またほとんど利用することができないものが残されています。

 それが「倍音」です。

 書き出しからして私好み。つまり「モノ狂い」(笑)。いや、冗談ではなく、「目に見えないモノ」「耳に聞こえないモノ」に対する異様な執着というのは、私も一緒ですから。

 著者の中村さんも、海山さんと同じくらい面白い経歴の持ち主。大学で応用化学を学び、ジミヘンや武満徹、そして横山勝也の尺八に衝撃を受け、弟子入りして尺八演奏家になり、バークリーでジャズや作曲を学んで最優等で卒業。

 横山勝也師に弟子入りした時の文章が良い。

 素晴らしい曲と演奏でした。美しいメロディーがあるわけでもない。当然のことながらハーモニーもない。周期的なリズムもない。それはいわゆる西洋的な「名曲」「名演奏」の概念を超えた、言葉にできないものでした。

 「コト葉にできないモノ」…やはり、音楽というジャンルにおいて、モノがコトを呑み込む様子を目の当たり、耳の当たりにしてきたに違いありません。

 私も東西の音楽を共に楽しんでおり、決して両者に優劣をつけるつもりはありませんが、少なくとも広さ、大きさに明らかな違いがあります。

 その象徴が、まさに「倍音」の扱い方にあるわけです。

 特に、整数次倍音よりも非整数次倍音とのつきあい方ですね。日本人は世界でもかなり独特です。

 そんなところから、中村さんの考察は、音楽を超えて、ことば、そして文化にまで及んでおり、それがもしかすると、ちょっとした「トンデモ」感を醸してしまっているのかもしれませんが、私からすると、まさに倍音の領域(高次元)でそれらは結びついており、全く不自然な感じはしません。

 身近にも尺八の優れた奏者がいますが、彼らに共通しているのは、西洋音楽もかなり深く理解し愛していることです。他の楽器の奏者よりも、それは顕著であり、結果として、東西を融合したり、さらにジャンルレスな音楽に向かったりしているように見えます。

 それこそ、日本人らしい思考、志向、嗜好であって、その全体像を説明するのに、たしかに「倍音」は良い例になると私も感じていました。最近も物理学者とその話をして盛り上がりました。

 昨日も書きましたが、それこそが「和」なのでしょう。今日は中国育ちの二人の若者と日本語の勉強をする機会があったのですが、そこで、中国語の「和」の話が出ました。日常的に「〜と〜」の「と(and)」という意味で使われるとのこと。

 なるほど、「和」は平等、水平的な意味を持つ文字ですね。優劣や高低や前後なく、自然に並び存する感じがします。

 日本語として「なごむ」「にぎ」「にき」「にこ(にこ)」「あえる」「たす」「やわす」「やわらぐ」などと読むようになったのもうなずけますね。

 さて、「倍音」、それも「非整数次倍音」とのつきあい方については、私はまだまだこれから楽しみをたくさん残しています。若い時は「整数次」という「コト」にこだわってきましたが、後半生は「非整数次」という「モノ」をじっくりたしなみたいと思っています。

 そんな私にとって、この本はバイブルですね。

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2020.06.25

『未来への言霊 この世の答えはすでにある!』 舩井幸雄 (徳間書店)

Th_51dsundpr2l_sx343_bo1204203200_ 霊つながりでこの一冊。

 ここでの「言霊」は、遺言という意味も含んでいますね。舩井幸雄さんの実質的な絶筆となったこの本。

 いや、それ以上に、ここ数日で私が語った「ことたま=意識のエネルギー」という意味を強く持っています。

 経営とスピリチュアルは意外にも親和性があって、なんだかんだ江戸時代の経営術から渋沢栄一、松下幸之助や稲盛和夫、そしてこの舩井さんまで、日本の「経営」というのは、結局「人」を幸せにする方向に行くのでした。

 もちろん、それが本当の正解で、一部の西洋的な考えのように、自分さえ儲かれば良い、すなわち、他人の不幸の上に自分の幸福を構築するような考え方は、結局長続きしないのですね。

 この本で語られていることは、本当に私の考え方に一致しています。というか、なんだかんだ舩井さんの影響が強いのかもしれませんね。

 この本には「ミロクの世」という言葉が何度も出てきます。出口王仁三郎や日月神示の影響、江戸時代の富士講などの影響も見られますね。そんなところも私の趣味と一致しているわけです。

 さらに言うと、舩井さんの思想は、間接的にではありますが、仲小路彰の影響も受けています。

 また、この本で対比されている「エゴとエヴァ」、「地球の理と宇宙の理」、「この世」と「あの世」などは、私の「コトとモノ」の対比に近い部分がありますね。

 舩井幸雄さんとは今世ではお会いすることはできませんでしたが、不思議なもので、息子さんとも仲良くさせていただいていますし、幸雄さんの魂の継承者とも常に情報交換させていただいています。

 そんな中で、私も幸雄さんが書き遺した「言霊」によって時間の流れを逆転させ、エヴァな生き方を模索しているのです。

 経営やお金という、私たちに身近なものを通して、人間の、社会の、地球の、宇宙の真理を伝えてくれる舩井幸雄さん。今でもその「言霊」は生き続けており、そして、未来からメッセージを送り続けてくれています。

 

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2020.06.24

『言霊信仰』 豊田国夫 (八幡書店)

Th_71guudzrgkl_ac_uy218_ 昨日、昨日と「ことたま」について思いつきを書きました。

 アマゾンで検索しても分かるのですが、まあ今も昔も「言霊ブーム」ですね。

 特にスピリチュアル系の本がわんさか出てきます。本当に雰囲気なんです。それこそ軽すぎる「言霊」が跋扈しています。

 ちゃんとした「言霊」研究というのが案外ないのですが、唯一学術的な検証に耐えられるのが、豊田国夫さんのこの本です。

 初期の八幡書店さんから出ているというのは面白い。王仁三郎本の出版社ですからね。

 私はこの豊田さんの本を35年前に購入して、今まで本当にバイブルのように大切にしてきました。

 目次がここにありましたので、ぜひ御覧ください。すごいですよね。

 私の「モノ・コト論」の源流はこの本と、東辻保和さんの『もの語彙こと語彙の国語史的研究』という素晴らしい2冊の学術書です。これらは、絶対に雰囲気に流されない、スピリチュアル世界に取り込まれないためのアンカーなのです。

 それはひとえに「もの」と「こと」という日本語の重みを感じるからです。そこに日本人の、日本の、世界の、宇宙の、生命の本質がある予感がするからです。

 と言いつつ、なかなか自分の研究は進みません。特にアカデミックな世界に認められるような研究にはならない。思いっきり自己矛盾してますね。

 古くは「言」と「事」は一つであった。その言事融即の状態から、次第に「言」と「事」が分離し現在に至っているというのが、豊田さんの考え方です。結果として、結局のところスピ系でも語られてしまう「言葉の力で事象を動かす」、すなわち「成る」ではなく「為す」というある種攻撃的とも言える解釈を生んでしまった。それがかの大戦の不幸を生んだとも言えるわけですね。

 私は、「言」と「事」の「こと」への融和、統合を図るとともに、「もの」と「こと」をも高次元で融和、統合させようと考えています。「もの」と「こと」が対比されていると、そこには「とき」が生じます。つまり、「とき」を超えることを目標としているわけです。

 まあ、壮大な夢物語であり、それこそあの世に行かないと分からないのかもしれない。いや、「分かる」なんていう分離こそがダメで、そんなものを簡単に超越したところに「まこと」であったと悟るのかもしれませんね。死んで「もの」に帰ったら。

 というわけで、死ぬまでに「モノ・コト・トキ」という本を書かねば。死んだら書く意味がないので。まあ、死ぬまでにはまだまだ時間はあるので、焦らずゆっくりやっていきます。

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2020.06.22

備忘…「ことたま」と時間(1)

Th_a1rkcpsbysl 近、いろいろと降ってくることが多くて、そういうのはすぐに忘れてしまうのですが、メモするのも億劫なたちでして、けっこういろいろな大物を釣り逃しています。

 今日はちゃんとメモるぞ。

 ということで、皆さんにはほとんど興味のないことでしょう。あるいは矛盾がいろいろあると思いますが、スミマセン。自分でもよく分かっていないので。

 今日降ってきたのは「ことたま」の意味と機能についてです。

 私の「モノ・コト論」では、「ことたま」の「こと」は「言葉」という意味ではありません。実際、古い文献では「事霊」と書かれていることが多い。「言葉」も「こと」の一部ですが、あくまで「葉」「端」であって、本体、本質ではありません。

 では何か、というのが私のテーマでして、「もの」との対比によって、それが分かってくると信じているところです。

 ちなみに「もの」は物体ではなく、「もののけ」の「もの」。「〜なんだもん(の)」の「もの」。「物悲しい」の「もの」。「物狂い」の「もの」。すなわち、言語化されない、人間の脳みそでは処理しきれない、片付けられない「もの」「なにか」の総称です。

 実際、「もの」は「何か」「なんか」に翻訳できることが多い。「物悲しい」も「なんか悲しい」ですし、「食べ物」も「食べる何か」ですね。

 逆に「こと」は言語化でもあり、意識化でもあり、分析の結果であり、明確なことであったりするわけです。

 で、「たま」というのは「エネルギー」のことですから、まあ確かに「言語のエネルギー」ということもできるわけですね。しかし、本質的には「言語」に限るだけでなく、「意識のエネルギー」と言った方が正確です。

 もちろん、「意識=言語」という考えがあるのも知っていますし、言語を記号と捉えれば、その範囲はかなり広がっていくのもよく分かっています。

 しかし、一般で言われているような「言葉の持つ不思議な力」という解釈は、あまりに次元が低い。そこから、「いい言葉を使えばいいことがある」とか、「意識は現実化」するというような、スピリチュアルの人が好きそうなスローガンになってしまうと、それこそ「ことたま」がないことになってしまう。

 ちなみに写真の柳原白蓮のエッセー集「ことたま」、「もの」すごく魅力的です。彼女と出口王仁三郎の浅からぬ因縁につきましては、こちらに書きました。

(明日に続く)

 

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2020.06.19

秋山眞人さんの語る「本質(霊界)」

 日の記事で、ワタクシ流の「宇宙の本質」について語りました。語るというほどではなく、イメージだけですが。

 「本質」は目には見えません。それは言い換えれば「霊界」ということになります。霊界というと幽霊を思い出してしまう人が多くて誤解を生みやすいのですが、とにかく私たちの五感では捉えられない世界だと考えてください。

 そうしますと、とんでもなくミクロな世界とか、とんでもなくマクロな世界とか、心であるとか、量子力学であるとか、音楽であるとか、いろいろなモノが「本質」であり「霊界」であることがわかります。あるいはその入口、ヒントですね。

 そのあたりを語らせると最高に「正確」であり、そのへんの宗教家やスピリチュアル系の人とは明らかに次元の違うのが、尊敬する秋山眞人さんです。

 秋山さんとは一度しか現世では会っていませんが、どこか高い所でつながっている感覚が常にあります。出身地が一緒なんですよ。静岡県の焼津です。

 ちなみに、高城未来ラジオに秋山さんが出演し、高城剛さんと高次元トークをするきっかけを作ったのはワタクシです。

 さて、そんな尊敬すべき能力者秋山さんの、素晴らしい「本質」トークが聴ける動画が最近アップされましたので、紹介いたします。

 「神社チャンネル」で人気の羽賀ヒカルさんとの対談です。本当に私が感じていることと全く同じことを語ってくれていますので、ぜひお聴きください。

 

 

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2020.06.17

『Book of Ways』 キース・ジャレット(クラヴィコード)

Th_31jjhilm1jl_aa256_ 16年前に紹介した幻の名アルバム。

 今ではこうして誰でも好きな時に聴けるようになりました。

 あのキース・ジャレットが、クラヴィコードで即興しまくる…もう、私のツボを攻めまくる、三所攻めのこのアルバム。全宇宙の音楽の中で、間違いなくベスト・アルバムの一つです。

 いちおう、クラヴィコードをかなり弾いたことのある、それも即興しかできない私としては、この演奏のすごさ、まずはあのコントロールが難しい繊細すぎる楽器を、ここまで活かし切るのは、たぶん、史上最高のこの楽器の奏者でもあったバッハか、キース・ジャレットしかいないでしょう。

 ジャズ・ファンにも、古楽ファンにも、あまり好まれないかもしれませんが、もうそういうジャンルを超えてしまっている。

 まあ、とにかく聴いてみてください!ヤバいですよ。

 

 

 再生リスト 「Book of Ways

 そうそう、クラヴィコードと言えば、私、とんでもない発見しちゃったんですよね。思い出した(笑)。

 なんと、出口王仁三郎が…おそるべし。今思えば、たしかに八雲琴風とも言えるな、クラヴィコード。

翼琴(クラヴィコード) in ビートルズ&霊界物語

クラヴィコード(翼琴) in 霊界物語(その2)

 クラヴィコードと八雲琴、両方弾いた(即興やった)ことがあるのって、もしかして私だけ?たぶん、そうでしょう(笑)。

 

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2020.06.14

『LIFE3.0 - 人工知能時代に人間であるということ』 マックス・テグマーク (著), 水谷 淳 (翻訳) (紀伊國屋書店)

Th_51sgldyqy6l_sx346_bo1204203200_ 日はオンラインで、気鋭の物理学者である友人と「AI」論議に花を咲かせました。

 もちろん、ベタ文系の私は、数式などは全く分かりませんが、彼は素晴らしい天才なので、私の妄想的ヴィジョンをしっかり理系の言語に翻訳して理解してくれます。

 皆さんにとっては「??」でしょうけれども、今回の対談が実現したのは、私が見た「AIは神でも悪魔でもなく、天皇になる」という妙ちくりんな夢がきっかけでした。

 私のイメージを彼はしっかり読解してくれたようです。彼の研究は、AIを通して表現される我々の集合意識であり、その先には間違いなく「世界平和」の理想があります。

 集合意識、絶対平和…これはたしかに「天皇」の存在、機能と重なるところがあるではないですか。

 欧米の研究者は、AIを使いこなしたり、あるいはAIに使われたりするという、一神教的主従関係を想定しています。

 天皇の淵源である日本の神道は、最終的には神人合一を目指すものであり、またある意味清濁併せ呑むものでもあります。そのあたりにAIの可能性…私の言う「コトを窮めてモノに至る」、すなわちテクノロジーの究極は自然に還るという性質…を見るのです。

 そういう意味では、物理学者が物理学の立場、視点からAIを研究するようになったのは、非常に歓迎すべきことです。

 友人の推薦するこの本の著者も、もともとは宇宙論を専門としする理論物理学者です。物理学は徹底的に自然の摂理を極める学問です。特に高次元宇宙にまでその研究の対象が広がってくると、そこにはどうしても「意識」の問題が浮上してきます。ある種の宗教的側面が現れるのですね。

 今日の対談の内容は、おそらく友人が物理学のフィールドで論文にしてくれるでしょう(笑)。私はただ自分のイメージをシェアしただけ。そう、これからの世界はこのようなシェアリングが普通のこととなるのです。それぞれの専門分野、得意分野で表現していく。そこにはもう所有の概念も著作権の概念もない、真の「集合意識」が立ち上がってくることでしょう。

 今日は「経済」の話もしました。貨幣経済、科学技術、民主主義…私たちがここ数百年で発明したシステムや道具が、実は私たちの意識を鍛える修行の場であったかもしれないという驚き。AIもすぐに私たちの「個人的な意識」の範疇を超える存在になることでしょう。

 AIと天皇。私の見た「夢」は、人類の未来の「夢」になるのでしょうか。

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2020.06.03

『知ってはいけない2 日本の主権はこうして失われた』 矢部宏治 (講談社現代新書)

アメリカによる支配はなぜつづくのか?

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 会にとっての「三密」と、個人にとっての「三密」の話を昨日書きました。

 では、国家にとっての「密」とはなんなのか。

 密談、密約、密殺、密偵、密輸、密売、密謀…どうも三つでは収まりそうもありません。

 この本では、特に「密約」がクローズアップされています。日米間の密約です。

 先日、二日続けてオンライン・サロン的なものをやりましたが、そこで私は「日本は敗戦国である」ことを強調しました。その事実は残念であり、思わず目や耳を塞ぎたくなるのもわかります。しかし、その基本に立脚しないと、ここのところの様々な問題、たとえば検察庁法や種苗法の改訂の問題などは正しく理解できません。

 どうも、そういう事実を忘れてしまうというか、あえて意識しないというのが、日本人の得意技のようですね。

 「密約」も、陰謀と同じように、明らかになってしまっては全然「密」ではないはずです。実際、アメリカの公文書公開によって、たくさんの「密約」が白日の下に晒されましたが、それでもまだ日本人にとっては「密」のままなようです。

 この本でも、実にご丁寧にその「密」を「顕」にしてくれていますが、おそらくそれを意識するのは国民の数%にしかすぎないでしょう。

 いや、私はそれを嘆いているのではありません。ここまで多くの日本人が「密」を「密」のままにするのには、何か意味があるのではないかと。

 実はそれが「国譲り」の作法だとも思うのです。

 というのは、ここに挙げられている「密約」にも、それこそ裏で密に関わっていると思われる、黒幕(というのは憚られますが)仲小路彰の存在とその思想、哲学を知っているからです。

 大東亜戦争(太平洋戦争)は日本の勝利であった(我等斯ク勝テリ)と書き残し、戦後、(敗戦国として)アメリカに利用されているように見せかけながら、実はアメリカを利用して復興を果たすべく日本を導いた仲小路。

 凡人には理解できない、いや認知すらできない、奥深く複雑な未来的政策は、結果として見事に機能し、20世紀後半の日本の繁栄を実現しました。

 そのシナリオの基本には、日本人の特質である「国譲り」の思想と作法があると感じます。世界史と日本史を全て知りつくした仲小路なら、そのような「密謀」を考えついても不思議ではありません。

 この本の前作、『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』もそうでしたが、たしかに「知ってはいけない」ものなのかもしれません。表面的に筆者の意図を見れば「知るべき」「知らなくてはいけない」になるはずです。しかし、意識的にか、無意識的にか、「知ってはいけない」としたのは、実は大正解なのかもしれませんね。

 しかし、たしかに時代は変わってます。仲小路の未来学が構想した(21世紀的な意味での)グローバリズムは、20世紀的な価値観ではとても理解できるものではありません。

 ということは、21世紀に生きる、いや22世紀にも生きるかもしれない私たちは、この「密約」を知った上で、それを嘆くだけでなく、そこに新たな意味を創造し、次なる物語を紡いでいかねばならないのでしょう。

追伸…今日も学校の上空を米軍の貨物機数機が我が物顔で超低空飛行していきました。最近その数が多いのはどういうわけでしょう。

Amazon 知ってはいけない2

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