カテゴリー「書籍・雑誌」の1000件の記事

2021.05.27

『実相寺昭雄 才気の伽藍』 樋口尚文 (アルファベータブックス)

Th_51ck6hlvbl 日、NHKのBSでウルトラセブンの名作「狙われた街」が放映されました。

 録画したものを、もう3回観てしまいました。何度観ても素晴らしいですね。

 こんな鬼才の作品を幼少期に観ちゃったから、こんな大人になってしまったんですよ(笑)。どうしてくれるんですか。

 有名なちゃぶ台シーンや夕景での対決シーンだけでなく、全体にわたって実相寺節満開ですよね。

 冒頭で小学生たちがみんなマスクしているのは、なんだか今の世の中からすると象徴的です。まあ、私も当時京浜工業地帯の際に住んでいまして、光化学スモッグで何度か倒れましたから、そう考えるとあの頃の方がもっとひどかった。

 公害だけでなく、交通事故、爆破事件、誘拐など、たしかに日常が異様にスリリングでした。だから、セブンの世界観は本当に現実と重なっていたのです。そして今に至ると。

 この本もまた、素晴らしいですよ。決定版ですね。「才気の伽藍」というタイトルの時点で、私はノックダウンでした。分かる!たしかに伽藍だ!

 総門から、山門、回路、仏殿、法堂、鐘楼、禅堂、そして「後餓鬼」、大庫裏。見事な構成です。そして、それぞれに配置された仏像や仏具、そして経文からに至るまで、まさに「実相寺」の全体像と細部を見事にまとめ上げてくれています。

 様々な「文化財」に触れながら、私たちは最終的にその「教え」に触れることができるのです。

 そして、その「教え」によって、今の私が生きていることを実感しました。

 また、私たちは「実相寺」での修行を終えて、そこから先に進むことができているのだろうか…そんなことも考えさせられてしまいました。

 映像、音楽、さらにはAVの世界まで、はたして彼を超える作品がその後生まれているのか。百年後、千年後にも語られる作品が、どれほどあるのか。

 仏教、音楽、宇宙人、地球防衛、虚実皮膜、日本文化、映画…今の私の充実した人生を創り出してくれた実相寺昭雄。こうして人の人生まで創り上げるのが、本当の芸術家、クリエイターなのでしょう。

 どうしてくれるんですか…と書きましたが、ここからは自分自身で始末をつけるしかありませんね。感謝を胸に頑張ります。

 

Amazon 実相寺昭雄 才気の伽藍

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2021.05.10

『西洋音楽の正体〜調と和声の不思議を探る』 伊藤友計 (講談社選書メチエ)

Th_51gxx21klbl_sx338_bo1204203200_ 近の私はまさに「西洋音楽の正体」に迫ろうとしております。もちろん私はシロウト音楽家ですから、伊藤先生のようなアプローチとはちょっと違います。

 さらに言うなら、シロウトならではの無責任さをもって、「西洋音楽こそが世界をダメにしている元凶である」という仮説に基づいての活動を進行させているのでした。

 しかし、ご存知のとおり、私自身はモロに西洋音楽を愛好し、また演奏している者であります。そう、学校の先生でありながら「学校をぶっ壊す!」とか言っているのと同じ構図ですね。どうもそういう人らしい。私は(笑)。

 で、具体的に何をやっているかというと、まずヴァイオリンに絹絃を張っています。これがなんで「西洋音楽をぶっ壊す」ことにつながるかというのは、またいつか結果が出始めたら報告します。

 まあ、簡単に言えば、西洋音楽が切り捨てていった「モノ(何か)」を復権させようということです。

 昨日までの「イノベーション」の話にもつながりますが、「もう戻れない」というイノベーションには、多分に洗脳的要素、麻薬的要素が存するものです。

 たとえば、私たちの食生活や、交通手段や、通信手段などを考えればわかりますよね。もう戻れない。

 そういう視点で、この世界に席捲し、ほとんど暴力的に我々を支配下に置いてしまった「西洋音楽」というヤツの正体を知りたいのです。そいつと戦うために。

 音楽において、そんな洗脳的なイノベーションを起こしたのが、かのモンテヴェルディです。一言でいえば、「属七の和音」から主和音で終止する形を発明してしまった人です。「属七の和音」は私たち現代人にとっては、非常に指向性の強い慣れ親しんだ和音ですが、モンテヴェルディ以前には、「悪魔」と「塩」がまぶされた最悪な不協和音だったのです。

 そこがこの本のキモ。実に面白いところであり、それこそ西洋音楽の正体の最もわかりやすい点(弱点)なのです。

 そして、それは「自然」なのか「不自然(人為)」なのか。そのあたりの話が実に面白かった。

 私も、もう生れた時から西洋音楽のシャワーを浴びていましたし、幼少期にヤマハ音楽教室に通ってしまったので、それこそ化学調味料のような属七の和音をずっと摂取しまくってきました。

 その後ビートルズにはまり、洋楽ロックにどっぷり浸かる青春時代を送り、ジャズも聴くようになり、さらに複雑な和音を聴くようになりました。また、大学に入って、きれいな女の先輩たちにだまされて(笑)箏曲の同好会に入って邦楽も始めましたが、全くその価格調味料というか麻薬の呪縛から逃れることができていません。

 しかし、この歳になって、いろいろ変化が現われてきました。まあ、家内が東北の山奥で民謡や労働歌や演歌にまみれて育って、いまだに属七の和音や長三和音に違和感を抱くような人だということもありますし、あとその血を引いた下の娘の影響もありますかね(長女は完全に西洋音楽派です)。

 この春、その下の娘がどういうわけか東京芸大に合格してしまいました。急遽決まった受験に向けて、付け焼き刃で、たったの三日間(!)で「楽典」を教え込みました(逆に言えば三日で西洋音楽の骨組みはわかってしまうということです)。

 実は芸大とはいっても、娘は邦楽科の能楽専攻ですから、それまで楽典なんてものがこの世にあることも知りませんでしたし、これからも楽典的な音楽理論を使う可能性はほとんど皆無です。

 西洋音楽の殿堂で、西洋音楽とは全く違う音楽世界で勉強している。私もその世界にすっかり引き込まれてしまい、なにかそっちの方が(特に私たち日本人にとって)本当の音楽なのではないかと思うようになったのです。

Th_-20210512-94027 というわけで、一方で五線譜の音楽を奏でつつ、一方で娘が学んでいるこんな楽譜にも興味津々の最近の私。

 はたして理論ではなく、実践によって、この世界の洗脳を解くことができるのか。ちょっと楽しみにしていてください。

 まずは、シルク絃を使うことによって西洋音楽が和声のために捨象してしまったモノ(何か)を復活させて、それを西洋音楽にまぶして演奏していこうと思っています。

 あっ、オマケに一言。私は「長三和音」のルーツは「かっこう」の鳴き声だと真剣に考えています。ついでに言えば「短三和音」も、下手な「かっこう」ですよ(笑)。

Amazon 西洋音楽の正体

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2021.05.05

思想家・仲小路彰さんとの思い出(村井邦彦×細野晴臣「メイキング・オブ・モンパルナス1934」対談)

Th_04_20210508085001 小路彰の研究を進めておりますが、そこで欠かせないのが川添浩史(紫郎)の存在です。仲小路彰の思想、策略を、実働部隊として具現化したのが川添さんです。

 音楽に興味のある私は、当然そこにも多大な興味を持っているのですが、なかなか手が回らない状況です。

 そんな折、まさに生きた仲小路師や川添さんから薫陶を受けていた、アルファレコード創始者村井邦彦さんが、昨年からそのお仕事をやってくださることになりました。

 その取材過程を紹介するReal Soundのインタビュー記事に仲小路彰のことが出ていたので、ここに紹介しておきます。非常に貴重な証言ですね。

 村井邦彦×細野晴臣「メイキング・オブ・モンパルナス1934」対談

 というか、YMOが「アヅマカブキ」をイメージしたものだったとは!

 今まさに「アヅマカブキ」の資料を整理しているところであり、また細野さんにも間接的にですが、背中を押してもらっていたところでしたので、感動、興奮しました。

 これは村井さんにもお会いして、いろいろお話をうかがわねば。

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2021.04.30

『未来は決まっており、自分の意志など存在しない。~心理学的決定論~』 妹尾武治 (光文社新書)

Th_b08z3gg65b01_sclzzzzzzz_sx500_ 日のプロレスリング・ノア名古屋大会、抜群に面白かった!プロレスの楽しさ、激しさ、深さを堪能いたしました。

 私と同様プロレス・マニアを標榜している気鋭の心理学者、妹尾武治さんの自称「トンデモ本」。これがまた抜群に面白く、あっという間に読了。アカデミック味だけれども、ぷんぷんサブカル臭がするという絶品(笑)。

 タイトルの通り、「未来はビッグバンから全て決まっており、私たちの意志では変えられない」というお話です。

 たしかに全てが物理法則(宇宙法則)に則っているならば、そのとおりですよね。宇宙人である(?)私もそう思っています。

 しかし、人間(地球人)の感覚からすると、どうもそれだと納得いかない。そして、虚しさすら感じてしまう。

 その私たちの「意志」こそ幻であるというのもわかります。ワタクシの「モノ・コト論」で解釈するところの、「もののあはれ」こそ真理。まさに「意志」「意識」「情報」「言語」を表わす古い日本語「コト」はフィクションなのです。宇宙の法則たる「モノ=不随意」のみが真理。

 お釈迦様もそれにお気づきになったのです。

 ということで、私にとっては全然「トンデモ本」ではありませんでした。著者の言うとおり「トンデモなく面白い本」ではありましたが。

 さて、その面白さは読んでいただけばわかるわけですが、「モノ・コト・トキ論」を展開し、まさにアマノジャク的なトンデモ理論「時間は未来から流れてくる」を訴え続けている私にとって大きな発見は、妹尾さんの専門分野「ベクション」についてでした。

 「ベクション」とは、あの電車や車に乗っていて、並走している車輌が動くと、自分か反対方向に動いているかのように感じてしまう錯覚のことです。

 この空間的なベクションが、時間においても起きているのではないか。いや、起き続けているのではないか。つまり、本当は時間が未来からこちらに流れてきているのに、人間(地球人)は、まるで自分が人生の主役になって、人生の道のりを歩いていると錯覚していると。本当は自分が止まっていて、時間が動いているのに。

 ぜひ、この辺に関しまして、妹尾さんといつか直接お話してみたいと思います。

 最後に、もう一度プロレスについて。妹尾さんは「人生はプロレスである」と書いています。納得です。最初から勝敗が決まっていても、つまり決定論でもこれだけ楽しめるわけですから、同様に人生の結末が決まっていても、あるいは過程(筋書)が決まっていても、全然いいじゃないですか。楽しみましょうよ。その一つの方法として、私の「モノ・コト・トキ論」もあるのでした。

Amazon 未来は決まっており、自分の意志など存在しない。

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2021.04.28

「ヤスクニの思想」の起源

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 日は主権回復の日。ワタクシごとですが、期せずして今日、未来の主権回復に関わる一つの大きな仕事が終りました。偶然とは言え、何か歴史的な運命を感じている次第です。

 その仕事の結果はのちのち紹介できると思います。今日はそれにも関係していますところの、主権回復の近代的象徴の一つとなっている靖国神社について私見を書きます。

 私は、靖国神社には比較的親しんでいる方です。近くを通れば必ず参拝しますし、子どもたちを遊就館にも何度か連れていきました。

 では、ガチガチの保守かというと、ご存知のとおり全然そんなことはありません。

 変な話で恐縮ですが、私は多少霊感というか、いわゆるチャネリング的なことができるところがあります(もちろん単なる思い込みかもとも思っていますが)。

 それで何度か書いたとおり、私は靖国に行くと、とにかく厖大な多様な声を聴くのです。

 それをやや斜めから一言で言えば、「俺たちいろいろな思いがあるのだから、英霊、英霊って一絡げにしないでくれ」というものです。

 つまり、多くの参拝者の思いとズレのある思いを抱いている「英霊」もたくさんいらっしゃるということです。

 もちろん霊界では現界のように、それで英霊たちが喧嘩することはないわけですが、現界的な分類をすれば、「英霊」の皆様には保守もリベラルも中立派もいろいろいるわけで、たとえば彼らの大東亜戦争についての評価もまちまちなのです。

 そういう、ある意味当たり前の発想もなく、ただただ「純粋」な気持ちで参拝してしまったり、「純粋」な気持ちで忌避してしまったりする現界の人が多すぎて、私は少しうんざりします。

 出口王仁三郎は戦後すぐ、有名な吉岡発言で、『ほんとうの存在を忘れ、自分に都合のよい神社を偶像化してこれを国民に無理に崇拝させたことが、日本を誤らせた、殊に日本の官国幣社の祭神が神様でなく、唯の人間を祀っていることが間違いの根本だった』と語っています。

 その王仁三郎の大本についても記述されている、次の記事をお読み下さい。私たちの当たり前の信仰心や善意やシンパシーや敬意というものも、それが近視眼的なものでは、価値がすっかり下がってしまうのではないでしょうか。

 佐藤弘夫さんの「日本人と神」から。

靖国神社と「神国」日本を生んだ、人を「神」に祀り上げる思想の正体

Amazon 日本人と神

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2021.04.23

『細野晴臣と彼らの時代』 門間雄介 (文藝春秋)

Th_img_7686 日のユーミンのお宝ライヴでベースを弾いていたのは細野晴臣さん。

 先日、友人を通じて細野さんがこの本にサインしてくれました。細野さんが私の名前を記すなんて、まさに夢のようなことです。ありがたや。

 今、私がやっている仕事が細野さんにとっても興味深いものであるようでして、こうして応援していただいたおかげで、ますますやる気満々になっているところです。ありがたや。

 この門間さんの評伝、たしかに決定版と言っていい内容ですね。細野晴臣という一人の人間の評伝が、これほどに日本の現代史を反映し、そして人生論にもなっており、ある種の宗教書、哲学書でもある…これは本当に感動的なことです。

 どこか飄々としており、好きなことを好きな人と好きな時にやってきたというイメージもある細野さん。

 実際には、「無我」な存在であり、未来から流れてきたモノをただキャッチし続けてきた人であったことが理解できます。

 「無我」「空」であるということは、自他不二ですから、結果として自我が世界にまで、あるいは宇宙にまで拡張するというパラドックス、いや真理を体現してくださったのです。

 その真理に関して、心に残った言葉を二つだけ。

 細野さん「パーソナルな曲は作ったその人でないと歌えない。自分の曲はほかの誰かでも歌うことのできる作品であってほしい」

 松任谷正隆さん「普通は音楽って、誰もが正面から聴くことしかしないんです。なぜならそうやって聴こえてくるから。でも細野さんは音楽を斜めから聴いたりできる。音楽にちがうかたちを見ることができるんです」

 私もこの歳になり、ちっぽけですが私なりの転機を迎えている今、この本に出会えたことに本当に感謝です。細野さん、門間さん、そして友人に心から感謝したいと思います。

 もう一つ、今取り組んでいることも、どこかで細野さんとつながるかもしれません。それは絹絃です。シルク・ストリングス。この本を読んで、はっと思い出しましたが、細野さんの「絹街道」…これが私の古くて新しいテーマ・ソングになりました。今後の展開が実に楽しみです。

Amazon 細野晴臣と彼らの時代

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2021.04.01

『日本習合論』 内田樹 (ミシマ社)

Th_41rifxmlql の本のクライマックスに登場する、次の一節こそ、この本で内田さんがおっしゃりたかった「可能性」でしょう。

 「氷炭相容れず」というほどに隔たったものを「水波の隔て」に過ぎないと見立てること、遠いものを近づけ、異質なもののうちの共生可能性を見出すこと、僕はそれが「できる」というところに日本人の可能性があると思っています。

 先日の鈴木孝夫先生の「日本の感性が世界を変える」に深くつながる本。そして、三島由紀夫と東大全共闘の話もでてきます。

 内田先生のいう「習合」「雑種」「ハイブリッド」等は、ワタクシのモノ・コト論ではもちろん「モノ」に属し、作られた「純粋」や「純血」は「コト」に属しますね。

 「これからはコトよりモノの時代」という、一般論とは一見逆に感じられる私のスローガンも、こうして解釈すれば多少は理解されることでしょう。

 私の言説は内田先生に比べるとかなり乱暴で粗悪ですが、言いたいことは完全に一致していると感じました。私は日本語のモノ、コト、トキを通して、いつか日本論、日本人論、日本文化論を書いてみたいと思います。

 「モノ」という言葉が持つそうした深い性質、論理では説明できない性質は、「物語」「物の怪」「物寂しさ」「もののあはれ」さらには「〜なんだもん(の)」に至るまで、私たちのよく知る日本語に生きています。

 さらに言えば、物部氏が信仰した「大物主」にも、そしてその神が象徴する「和魂(にぎみたま)」ともつながってきます。また、その物部氏を倒してしまった聖徳太子が憲法の第一条に置かざるを得なかった「和」に、そのエッセンスが凝縮しているとも言えます。そして、それが「習合」の起点とも言える。

 この本を読みながら、私自身がずっと考えてきた、いや感じてきた何か(=モノ)がはっきりとコト化されたような気がしました。おそらくはそれこそが内田さんの「物語」そのものの機能であるのでしょう。

 実に楽しかった。私もぜひ「頭がでかい」人間になりいモノです(このモノも他者性を表していますね)。

Amazon 日本集合論

 

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2021.03.30

『日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論』 鈴木孝夫 (新潮選書)

Th_41k1wdaipyl 年2月に、私の心の師匠、鈴木孝夫大明神が帰幽されました。

 大明神と称させていただくのは、まさに偉大な底ぬけに明るい神であったからです。

 最後の単行本となったこの本を読むにつけ、私の世界観、地球観、生命観、人生観が、大明神さまの影響を強く受けていることに改めて気づかされます。

 私が大明神を勝手に師と仰ぐのには理由があります。そう、一度家内とともに富士山麓の我が村にて酒席を共にさせていただいたことがあるのです。

Th_img_5698 その夢のような時間のことは、本当に忘れられません。まだ髪の毛のあった頃の私の(笑)、その表情を見れば、それがいかに素晴らしかったかお分かりになると思います。

 この本に述べられている言語論、文明論、日本論を、それこそ滔々と溢れ出る泉のごとく語られた大明神。そのコトタマを全身で浴びた私たち。

 思えば、この奇跡的な邂逅の直後から、本当に信じられないような人生の展開が訪れました。まさに神託を受けたごとくです。

 その当時にはその名さえも知らなかった仲小路彰に出会ったのは10年以上あとのことですが、考えてみると、鈴木孝夫大明神の師はかの井筒俊彦。おそらくは井筒氏はイスラーム学者として仲小路彰をよく知っていたと思われます。

 この本で述べられている内容は、たしかに仲小路彰の思想、哲学に非常に近いと言えます。まさに学統という遺伝子のごとき連関を感じずにはいられません。

 そうした大明神さまの思想に触れていたからこそ、私も仲小路の世界にすんなり入っていけたのだと思います。そういう意味でも感謝しかありません。

 私も、大明神さまの遺志のほんの一部でも嗣ぐことができるよう、ますます精進したいと思います。

 さて、この本、本当に全国民の教科書にしたいくらい素晴らしい内容です。そのエッセンスが皆様に伝わりますよう、「結語」の部分を抜粋引用させていただきます。

 このコトタマたちに感じるところがありましたら、ぜひこの本を購入してお読みください。これから私たち日本人がどのように世界に貢献してゆけばよいか、本当に分かりやすく説明されています。ぜひ。ぜひ。

(以下引用)

一、近時のあまりにも急激な人口増を主な原因とする、あらゆる資源の不足と地球環境の劣化のために、人類は産業革命以来これまでたゆまず続けてきた右肩上がりの経済発展を、最早これ以上続けることは不可能となっている。もし無理してこのまま発展を続行すれば、人類社会は収集のつかない大混乱に早晩陥ることは確実である。

二、従ってこのような破局を回避するために人類は、文明の進む方向をできるだけ早く逆転させる必要がある。人類は今や経済の更なる一層の発展拡大ではなく、むしろ縮小後退を目指すべき段階に来ている。比喩的に言うならば、人類はまさに「下山の時代」を迎えたのである。

三、一つの閉鎖系である宇宙船地球号内で人類がこれまで行ってきた、他の生物との協調を欠く自己中心的な活動は、地上にその悪影響を吸収できるフロンティア、つまりゆとりがある間は、弊害があまり顕在化しなかったが、あらゆる意味でのフロンティアが消滅している現在、すべてが一触即発の危機的状態にある。

四、現在我々が享受している生活の豊かさ、便利さ、快適さ、その結果としての長寿社会の到来、そしてそれを支えてきた、食料を始めとするあらゆる物資の増産、経済の拡大、科学技術の進歩のすべては、人類だけの限られた立場から言えば、善であり歓迎すべきことと言える。

 しかしこれらは皆、我々が美しいと思うこの現在の世界、まだ辛うじていくらかは残っている貴重な原生林や、素晴らしい何千万種といる貴重な動植物、空を舞う大型の鷲や鷹、そして海中の美しい魚の群れまでが、恐ろしいスピードで地球上から永遠に姿を消してゆくことと引き換えに人類が手に入れたものであることを知れば、手放しでは喜べない。このことは遅かれ早かれ人類の生存基盤そのものまでが崩れ落ちることを意味するからだ。この美しい地球を今のままの形で子孫に残したいという願望と、人間の限りのない欲望の追求とは両立し得ないことが、今では誰の目にも明らかとなってしまったのである。

五、言うまでもなく現在の人類の在り方、人々の目指す目標に最も強い影響力をもつ文明は、西欧文明、とりわけアメリカ文明である。ところがこれらの文明は極めて強固な人間中心主義的な世界観に基づく、極めて不寛容な排他(折伏)性を本質とする一神教的正確の強いものである。このような性格の欧米の文明が牽引車となって、二〇世紀の人類社会は未曾有の発展を遂げたが、同時に世界は刻一刻と深刻さを増す破壊的な生態学的混乱に加えて、欧米を主役とする植民地獲得競争と様々な対立するイデオロギーに基づく凄惨な抗争の絶えない動乱激動の時代でもあった。

六、一九世紀半ばまでは世界最長の「外国との不戦期間」を誇る辺境の小国であった我が日本も、欧米諸国の強烈な砲艦外交により「国際」社会に引きずり出された結果、イギリスとロシアの演じる中央アジアの覇権をめぐるグレートゲームの片棒を担がされてしまい、当の日本人自身も驚き戸惑うほどの、戦争をこととする並の欧米型国家になることを余儀なくされたのである。

七、このように日本は中華文明の国として優に千年を超す歴史を持つ国から、西欧型文明国家へのパラダイム・シフトを、明治維新という形の無血革命によって成し遂げ、ついで恵まれた地政学的な諸条件と欧米列強間の様々な対立抗争のおかげで、大東亜戦争に大敗北したにもかかわらず、西欧型の、それも経済技術超大国の一員とまでなって現在に至っている。

八、ところがこの日本は「生きとし生けるもの」との共感を未だ保持する唯一の文明国であり、宗教的にも日本人の圧倒的多数は、一神教の持つ執拗な他者攻撃性を本質的に欠く、神道や仏教的な世界観を失わずにもっている。したがってうわべは強力な西欧型の近代的国家でありながら、文化的には対立抗争を好まぬ柔らかな心性、「和をもって貴しとなす」の伝統を、日本はまだ完全には失っていないのである。

九、私はこの文明論で、いま述べたような性格を持った日本という大国が、現在大きく言って二つの、解決のめどさえ立たない大問題ー環境破壊と宗教対立ーに直面している人類社会が、今後進むべき正しい道を示すことのできる資質と、二世紀半にわたる鎖国の江戸時代の豊富な経験を持つ、教導者の立場に立っているのだということ主張している。江戸時代は、対外戦争がなく、持続可能で公害の伴わない太陽エネルギーのみに依存し、無駄なしかも処理に困る廃棄物を一切出さない、理想に近い循環社会であった。

 そして日本が自らの文明の特性を進んで広く世界に知らせ広めることは、要らぬお節介でも軽率な勇み足でもなく、今や大国となった日本がこれまで世界の諸文明から受けた数え切れない恩恵に、日本として初めて報いる、お返しをすることでもあると考えている。

 

Amazon 日本の感性が世界を変える

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2021.03.20

地下鉄サリン事件から26年

 

 の日から26年ですか。当時私は30歳。事件を起こした人たちと同世代。そして富士山麓に住み、仏教をはじめとする宗教に興味を持ち、世の中に違和感を抱いていました。

 すなわち、この事件は全く他人事ではなかった。実際、オウムに興味を持ち、今は亡き信者の方々何人かに会ってもいました。まさに紙一重。

 10年前にある本を読んでこんな記事を書きました。

『革命か戦争か オウムはグローバル資本主義への警鐘だった』 野田成人 (サイゾー)

 この記事を書いた時、まだ私は仲小路彰に出会っていませんでした。グローバル資本主義のアンチテーゼとしての革命と戦争というのは、まさに仲小路彰が戦前から取り組んでいたテーマでした。そう、その3者をどのように避ければ良いのか、高次元から考察し続けたのが仲小路でした。

 そう考えると、ある意味オウム事件があったからこそ、私は仲小路彰に出会えたのかもしれません。私(や彼ら)のような低次元の宗教理解では到達し得ない答えを与えられた私は幸運でした。

 もちろん、その答えは目の前に提示されてはいますが、完全に理解できているわけでも、実践できているわけでもありません。それはこれからの私に課せられた大きな大きな課題であります。 

 映画『AGANAI 地下鉄サリン事件と私』、ぜひ観てみたいですね。正直あれから世の中も私たちもほとんど変わっていない。その中で、こうして当事者同士が語り合うということは非常に重要なことです。時間が経つということは、こういうことが可能になるということでもあるのです。

 そうして過去に流れ去っていく「事実」を思い出すだけではなく、未来から流れてくるモノをしっかり捉えることによって、ようやくその流れていったそのコトの意味が分かってくるのです。

 私自身の葛藤もまだまだ続きます。ただその解決策が、自分自身の中の革命でも、自分自身との戦いでもないということだけはわかりました。時がもたらす出会いのおかげで。

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2021.03.01

『ゲンロン戦記ー「知の観客」をつくる』 東浩紀 (中公新書ラクレ)

Th_51wn470pul_sx315_bo1204203200_ 日紹介のホリエモンとの対談でも話題になっていたこの本。

 いわゆる内容については他の方におまかせします(たとえばAmazonのレビュー)。面白かった…というのはやや憚られますが、最近読んだ本の中では抜群にひきつけられました。

 皮肉なことですが、東さんのご著書の中で最もしっかり「哲学書」になっていました。

 いや、それってとても本質的なことですよね。

 やはり、哲学は実生活、実社会から乖離してしまってはいけないのです。また、一人の人間の生々しい人生から離れても成立しないのです。

 ここまで自らの失敗や弱点をさらけ出すには、ある種の修行が必要です。そう、宗教的な悟りもそうなのです。

 ですから、この本の何が私をひきつけたかというと、そうした東さんの悟りの境地と、それに至る修行の過程のリアルさです。

 私も、今までたくさんの哲学書や宗教書を読んできましたが、この本ほど実用的な力を感じたものはありませんでした。

 私も、哲学や宗教や芸術の世界に逃げてきた。こちらの方が上で、世間を見下しているようなところもあった。そんなことを、こうして告白してしまうほどに、東さんのこの本は、私を開眼させてくれました。

 おそらく私自身も、経営的なこと、お金のことはもちろん、その他の面倒なことも苦手なことも人任せにしてきたのだと思います。ですから、ここでもし私が独立でもして会社でも作ったら、おそらく東さんと同じ道を歩んだことでしょう。

 まあ、それが真の修行となり、結果として悟りや哲学が得られるのなら、それもいいかもしれませんが、やはり私たち人間は、こうして他者の経験、特に失敗から学ぶことができるわけですから、轍を踏むわけにはいきませんね。

 というわけで、本当に「有難い」本でした。

Amazon ゲンロン戦記

 

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