カテゴリー「書籍・雑誌」の864件の記事

2017.05.23

『第二次大戦前夜史 一九三六・一九三七』 仲小路彰 (国書刊行会)

Th_41wmdwk5icl_sx359_bo1204203200_ 日、昭和11年、12年は歴史の転換点だというようなことを書きました。しかし、日本国民は案外明るい未来を展望しており、特に都市部はお祭り気分だったとも書きました。
 昭和11年は私の母が生まれた年でもあります。父は5歳。ですからその時の記憶はほとんどありません。時代の空気なんか分かるわけありませんし。
 かつて祖父母に聞いたところでは、やはりそれほど暗い雰囲気ではなかったようです。実際、世界恐慌に伴う昭和5年あたりの昭和恐慌からもいち早く脱し、昭和8年以降は一部の農村を除いて好景気だという感触があったようです。
 この高橋是清による昭和恐慌という大デフレ脱却政策が、アベノミクスに似ているとの見方もありますが、のちに高橋是清は昭和11年、二・二六事件で暗殺され、日本は戦争へまっしぐら…という、それこそ戦後歴史教育に洗脳された悪意ある解釈ですね。そんな単純な話ではありません。
 さて、そのように庶民は好景気に浮かれ、かつての戦争景気の記憶もまだ新しく、ある意味では戦争への期待さえあったとも言えます。そんな中、いったい世界や、世界と直接やりあっていた日本の上層部ではいったい何が起きていたのか。つまり、庶民が知らないうちに、いったい何が進行していたのか。
 それが恐ろしいほどによく分かる本が、この仲小路彰による「一九三六」と「一九三七」です。仲小路彰が高嶋辰彦陸軍中佐(当時)の支援を受け、戦争文化研究所の名の下に全121巻の刊行が予定されていた(実際は43巻まで刊行)「世界興廃大戦史」の一部。
Th_31ogxpnu8l_sx298_bo1204203200_ 昭和16年9月から17年4月までの間に刊行されていますから、間に真珠湾攻撃を挟んでいるわけですね。戦争が始まらんとしているその時に、およそ5年前の世界と日本の動きにその端緒を見ていたのです。
 内容としては、今では忘れ去られた事象も取り上げられており、いったい当時どのような情報源をして、ここまで詳細に世界情勢を分析し得たのか。非常に興味がありますね。
 実はまだ全部読んでいませんし、読んでも知識が足りないために理解できないでしょう。しかし、現代の研究成果よりも不思議とリアルな感じがするんですよね。情報の選択、そしてそれらの配置の妙は、世界史、特に戦争史を知り尽くした仲小路ならではのものでしょう。
 このような本が復刻されたということは、ようやく歴史学の戦後レジームが崩れる時が来たということでしょうか。
 一方で、仲小路彰の全貌を俯瞰した立場からしますと、こうした戦前、戦中の著作のみで彼の業績を評価してほしくないというのも事実です。
 こうした一見右寄りな活動の先にある、終戦工作、グローバリズム構想、未来学こそが、仲小路彰の「本体」であると、私は思っています。
 当然、逆の発想も必要です。つまり、戦後の仲小路彰のみ見ていても、やはりその本質には近づけない。未来から見れば、戦後も戦前も連続した過去であり、またその無限の過去は、その時の「現在」の無限の集合体なのですから。

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2017.05.14

【追悼特番】渡部昇一先生を偲んで (チャンネル桜)

 日は東京でひと仕事。往復の車の中で、この動画の音声を流しておりました。
 番組の中で小堀桂一郎さんや水島総さんらもおっしゃておられましたが、渡部先生は本当に敵を作らない方でした。直接お会いすることは残念ながらありませんでしたが、多くの方から渡部先生のお人柄の素晴らしさについてうかがっておりました。
 そして、もちろん先生のご著書の言葉たちが、そのお人柄を雄弁に語ってくれていましたね。
 そう、左派、リベラルの皆さんからも尊敬されていましたね。文化は政治や思想を凌駕するということでしょうね。
 ご専門の英語学だけでなく、比較文化論、比較文明論…いやいや、そういう範疇にも収まらない、まさに博物誌的な該博さでしたね。そういう方は尊敬されます。憧れますね。
 そして、なんとも純粋なお茶目な面もお持ちだったことが、この番組でよく分かりますね。決して偉ぶらない。愛が深かったのでしょう。
 それにしても、朝日新聞との戦いは壮絶ですね。朝日新聞って、やっぱりああいう役どころなんですよ。異常じゃないないですか、執念が。ヒール。おかげで、渡部さんや小堀さんはいい仕事できたわけですから、結果として。
 そんな辛い体験も含めて、きっと天国で笑い飛ばしておられることと思います。改めてご冥福をお祈りします。
 足元にも及びませんが、できるかぎり、渡部先生のような人間になれるよう、私も精進していきたいと思います。

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2017.05.04

『大東亜戦争は日本が勝った』-英国人ジャーナリスト ヘンリー・ストークスが語る「世界史の中の日本」 (ハート出版)

Th_715i2nwjr2l 日の記事にも名前が出ましたが、ここ数年、昭和の吉田松陰とも世紀の天才とも称される、歴史哲学者仲小路彰の研究をしています。
 この本のタイトルどおりことを、また内容どおりのことを、仲小路彰は昭和20年の8月16日に「我等斯ク勝テリ」という文書にして、当時の重要な部署に配布しています(実際の配布時には「我等斯ク信ズ」に改題)。
 いまだほとんど世に知られていない仲小路の功績。一部の保守論者たちがいわゆる大東亜戦争肯定論を唱える際に仲小路の文献に触れるくらい。戦前戦中の戦争推進者、スーパー右翼のように言われることさえある。
 しかし実態はとてもそんな安易なくくりの中には収まりきらない本物の巨人であります。私も彼の思想、業績を把握、理解するのにはおそらく千年くらいかかると思います(冗談でなく)。
 特に知られざる戦後の彼の膨大かつ高次元な活動を知れば知るほど、戦前戦中の主張の本意がわかってくるというものです。それらはきっと時が来れば世に出るものと思われます。
 世に出ていないものをどう紹介すればいいか、非常に難しいわけですけれども、最近読んだこの本の主張は、かなり仲小路彰の大東亜戦争観に近いと感じましたので、ここにそういう意味も含めて紹介いたします。
 この本のサブタイトルに「世界史の中の日本」とありますね。それこそが仲小路彰の地球観、日本観、歴史観、戦争観、平和観、さらには天皇観の基礎となっています。そして、そのレベルが深く高く広く、最終的には世界を超えて宇宙の歴史にまで及んでいるという感じです。
 そういう意味では、著者のヘンリー・ストークさんには申し訳ないのですが、この本は仲小路彰の足元の部分だと言ってしまってもよい。もちろん、そうした深遠なる真実の歴史の入り口に、私たち日本凡夫を立たせてくれるということで言えば、ストークさんに大感謝と大敬意を表したいと思います。
 やはり、イギリスやアメリカを中心とする「白人」の歴史を、当のイギリス人ジャーナリストが白日の下に明らかにしてくれているところに価値がありますよね(ある意味、自虐史観を強調する日本人の裏返しとも言えますが)。
 ヨーロッパ、アジアを中心とする世界史を概観する部分に紙数を割いていますので、私なんかには良い復習ともなりました。
 もちろん、そうした記述には、専門の歴史研究者からすると多少の偏りや変形も指摘できることでしょう。そう、最新の歴史研究は、私たちの知らないところで大変進んでいます。先日も某大学の若手教授から、びっくりするような研究成果を聞かされました。
 たしかに、たとえばこの本に描かれていることは、仲小路が戦前からずっと言ってきたことと同じとも言えるわけで、そういう意味では、戦後のWGIPによる自虐史観よりも古臭い歴史観だとも言えるんですよね、最近の流行りは。
 そういうことも含めまして、今日仲小路研究仲間とも話したんですけれども、ストークさんにもぜひ仲小路彰の文献を読んでもらいたいなと。そして、それを英訳していただきたいなと。
 夢想ではなく、そういう秋(とき)が近づいているのかもしれません。そういう予感がします。

Amazon 大東亜戦争は日本が勝った

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2017.04.30

『渡部昇一と渋沢栄一』 最終章

 月18日に追悼 渡部昇一さんという記事を書きました。そこで紹介した渋沢栄一に関する動画の「最終章」が公開されましたので、ここに掲載いたします。
 本当に最後の映像でしょうね。たしかにお声がかすれていますが、しかしその言葉の力は全く衰えていません。それどころか、最後に振り絞るように渋沢の生き様を通じて、自らの人生を語ったおられる。
 多くの文人、偉人を紹介してきた中で、最後に渋沢栄一をお選びになったのは、これはきっと必然であったのでしょう。
 「交際術の中心に敬意を置け」
 「細かいことをゆるがせにするな」
 渋沢の男の流儀を通じて遺された渡部昇一さんのメッセージをしっかり心に、いや魂に刻みたいと思います。
 あらためてご冥福をお祈りましす。

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2017.04.18

追悼 渡部昇一さん

Th_41xw782ar2l 語学者にして保守派論客の重鎮、渡部昇一さんがお亡くなりになりました。
 「知的生活の方法」を読んだ高校生の頃から、言語、文化、思想、歴史観、いろいろな面で大きな影響を受けてきました。最近もネット番組等でお元気なお姿を拝見していたので、突然の訃報に驚いています。
 最も最近の動画がこれでした。渋沢栄一を紹介する渡部さん。渡部さんがご自身の人生を振り返るように、渋沢について語っています。
 私も昨年、仲小路彰研究の関係から、渋沢栄一記念財団の会員になりまして、遅ればせながら渋沢の偉業を知り、その人生訓を学ぶことになっております。
 そんな中、尊敬する渡部昇一先生が分かりやすく渋沢栄一を紹介するとあって、続編も楽しみにしておりました。完結編もおそらく収録済みと思われます。渡部さんが最後に渋沢を語ったというのは、本当にいろいろな意味において象徴的であったのかもしれません。
 ご冥福をお祈りします。

Amazon 知的生活の方法

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2017.04.12

日本の危機と鈴木貫太郎-小堀桂一郎氏に聞く

 26分くらいから小堀桂一郎先生登場。当然のことながら、昨日も書いた二・二六事件、安藤輝三大尉の話も出てきますね。安藤輝三と出口王仁三郎という記事に書いたとおり、安藤輝三が二・二六事件において鈴木貫太郎侍従長を襲撃することを決意したその時、日本の運命は決まったと言えます。
 安藤でなければ、鈴木は完全に死んでいた。終戦の首相、御聖断を導いた首相鈴木貫太郎はいなかった。つまり、日本も死んでいたのです。
 この番組でも、静高の先輩でもある水島総さんが、このくだりのところに大いに感動していますね。
 さっそくこの本を注文しました。じっくり読みたいと思います。鈴木貫太郎の終戦工作に、はたして仲小路彰も関係しているのか。そのあたりも気になります。小堀さんはご存知ないでしょうけれども、高松宮さまを通じて、仲小路の意見も昭和天皇、あるいは鈴木貫太郎に伝わっていた可能性が大です。
 たしかに、鈴木貫太郎のようなスケールの大きな、しかし非常に緻密で繊細な、そしてある意味霊的な政治家というのは、今の時代にはいませんね。
 たしかに安倍総理にこの本を読んでいただきたいかも。

Amazon 鈴木貫太郎:用うるに玄黙より大なるはなし
 

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2017.03.17

『地学ノススメ』 鎌田浩毅 (講談社ブルーバックス)

Th_51zzvcqkdpl_sx314_bo1204203200_ 有引力…と言っても昨日の演劇実験室ではなく、本当の(?)万有引力の話題から始まるこの本。非常に面白くためになりました。
 意外に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、国語のセンセーをやっているワタクシは、実は地学の教師になろうとしていたのです。第一志望は某国立大学の地学専攻だったのですが、受験に見事に失敗して、なぜか文学部国文学科に進んだのがワタクシであります。
 まあ、今となってはですね、国語の先生で良かったと思うわけですが、相変わらず地学も好きでして、それが高じてとうとう富士山に住むようになってしまった。地震や火山、天文や気象に興味のある人間としては、富士山は最高の住処であります(笑)。
 そんなワタクシではありますが、たしかに地学の知識はあの頃の大学受験用の知識で止まっているかもしれません。つまり35年も前の知識なんですね。
 この本にも書かれているように、地学の教科書に載る知見は、数学、化学、生物、物理に比べて、ある意味非常に新しい。21世紀的であると。
 しかし面白いですよね。地層にせよ、化石にせよ、めちゃくちゃ昔の情報を研究している。天文学に至っては、超最先端の研究になればなるほど、どんどん古い情報と対峙するようになる。望遠鏡で観る星の光が何年〜何百万年前のものだというのは言うまでもなく、ビッグバンやそれ以前の研究となると、もうほとんど神話的な時間感覚にまで及んでしまう。
 そんなところが、地学の面白さでありましょう。どうしても、過去から学び、現在と未来に生かさざるを得ない。ちょっと歴史学的な、つまり人文科学的な「ロマン」とでも言いましょうか、そんな魅力がありますよね。
 鎌田さんのこの本は、そのあたりを非常に上手に表現しています。きっと鎌田さん自身もロマンティストなんだろうなあ。文章もお上手だし、語り口も人間を感じさせる。
 本来、そういう「人間」や「ロマン」などというモノを排除するのが科学のあり方だと思うのですが、昨日の「万有引力」がそうであったように、まさに「コト(情報・過去)を窮めてモノ(不可知・未来)に至る」世界がここにあるんですよね。
 だから、私は地学が好きなのだなあと、あらためて確認することができました。
 先日、私の「文系的地震予測」に対して、それこそ京都大学の某先生がずいぶんと辛辣に苦言を呈しておりましたが、正直、私は彼のことが心配ですよ(笑)。

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2017.03.13

『反知性主義と新宗教』 島田裕巳 (イースト新書)

Th_61psmaaaikl 日は島田裕巳さんとも懇意だという某出版社のカリスマ編集者の方と日本酒をがっつり飲みました。
 紹介してくださったのは、仲小路彰関係で知り合った方々です。また面白いご縁をいただきました。
 本当にいろいろな話をさせていただいたのですが、その中でこの本の話も出てきました。反知性主義そのものについて。また、生長の家を筆頭とする大本系宗教団体、日本会議、創価学会、天理教、松下幸之助、田中角栄…この本で紹介されている人々や団体が、出口王仁三郎や仲小路彰に深く関わっている人ばかりだという話などなど。それからオウムのこと。
 なるほど、この本のようにまとめていただきますと、私の今までの研究対象というか、人生そのものが、結局のところ「反知性主義」だったということになりそうです。納得です。
 いわゆる「知性」や「知識」よりも、「知能」あるいは「霊性」重視する。たしかに王仁三郎や仲小路は、純粋な学問の世界にはとても収まりきらない、妙なスケールと質感があります。
 それをもって、彼らは、そしてそれが好きなワタクシも、「トンデモ」というレッテルを貼られることもあります。いや、それも分かるんです。自分にも多少の「知性」はありますから。知性側からすると、まあ面倒くさい、変な人でしょうね(笑)。
 しかし、やっぱりそこにこだわりたい。なぜか。たぶん、「知性」で評価される学校という世界において、あまり居心地が良くなかった(成績が良くなかった)からでしょうね。学歴コンプレックスもありますし。
 なのに、こうして学校の教師になっているのも変と言えば変ですよね。まあウチの学校は、それこそ朝比奈宗源の息のかかった禅宗系の学校ですから、決して「知性主義」ではありませんが。だからやっていけるのか(苦笑)。
 私の「モノ・コト論」で言いますと、知性は「コト」です。反知性は「モノ」。モノと言っても、もちろん物質という意味ではありません。不随意、不可知、他者を表わす言葉です。いつも言うように私は「コト」よりも「モノ」を重視してきました。あるいは、「コト」を窮めて「モノ」に至るという意味での「コト」には非常に大きな価値があると思っている。
 結局のところ、明治維新以来の「コト」化…有り体に言えば近代西洋化…社会に対する、ある種の反発としての、王仁三郎のような新宗教であったり、あるいは仲小路のような「新哲学」であったりしたわけで、そういう意味では、それらは「新」であるけれども、ものすごく保守的であったり、「新」どころか「みろくの世(超未来)」的であったりしたのでしょう。
 この本を読んで、いろいろ納得しましたし、とっ散らかっていた頭の中がずいぶん整理されました。島田さんに感謝です。
 昨日の編集者さん、島田さんをいつかご紹介くださるとのこと。とっても楽しみにしております。

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2017.03.09

『鎌鼬 田代の土方巽』 (慶應義塾大学出版会)

Th_91pqx6n4jil 日3月9日は伝説的舞踏家土方巽の誕生日です。9日生まれなので、本名は米山九日生(くにお)です。
 彼と私の出会い…もちろん生前の彼とではなく、霊的な意味での出会い…は、家内と結婚した時に突然訪れました。ただ、しばらくは私も気づかなかった。
 それが明らかになってゆく過程については、ぜひともこちらから辿っていろいろご覧ください。
 そして、このたび、私たち夫婦の一つの夢が実現しました。「鎌鼬」の田代に土方巽の記念館を。それこそ、私たちが土方と出会った時には、単なる妄想でしかなかったことが、昨年秋、「鎌鼬美術館」として実現したのです。
 それも本当に不思議なご縁が重なり、私たち夫婦も本当にごく間接的ではありますが、この奇跡の実現に関わらせていただきました。本当に不思議な力が働いていると思います。
 思えば、カミさんの生まれ故郷「羽後町」に行ってから、本当に私自身人生が大きく動きました。秋田に全く縁がなかった若い頃に気になっていた、たとえばこの土方巽や細江英公、白井晟一、佐藤信淵、そして「角石」などが、みんな羽後町に関係した人々だった…もう、これは本当に偶然とは思えません。なにしろ、それぞれまあ「秋田」という意識というか知識はありましたけれども、みんな一つの町に収斂していくなんて、夢にも思っていなかったからです。
103_2 それも義母の実家の前で、あの「土方カラス」の写真が撮られていたとは…。
 そして、鎌鼬美術館オープンを祝して、慶應義塾大学アート・センター土方巽アーカイヴの森下隆さんらが、「鎌鼬」の中の「田代」篇を再編集して作り上げたのが、この写真集。
 ホンモノの「鎌鼬」は高価ですので、こちらでそのエッセンスを手に入れるのもいいと思います。貴重な文章もたくさんありますし、私としても格別な感慨がありました。こうして「田代」という地名がパブリッシュされる感動。
 この春休みには、久しぶりに田代に行く予定です。雪解けの田代を訪ね、もちろん鎌鼬美術館にも足を運んでみようと思っています。
 もう偶然なのか必然なのか。最近の仲小路彰との関わりも含めて、どうも私には「掘り起こす」天命があるようですね。ありがたいことです。

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2017.03.08

『世界の徳育の手本となった 教育勅語と修身』 小池松次 (日本館書房)

勅語が国際的に有名になった経緯が一目瞭然
Th__20170309_101542 日国会で、福島瑞穂さんが稲田防衛大臣に森友問題でいろいろ質問していました。その中で「教育勅語」に関する考えをただす質問がありましたね。
 いかにも福島さんらしい誘導的質問でしたが、稲田さんもまあ正直に持論を展開しておりました。動画がありますので、ちょっと見てみましょう。
 それにしても、この二人、女同士として絶対合わないでしょうね。友だちにならないでしょう。下世話な話ですが、思想的なことは抜きにして、男の立場からすると、圧倒的に…言わずもがなかな(笑)。

 さて、教育勅語に関しての私の意見は、ずいぶん前に逆・教育勅語教育勅語物語の記事に書きました。
 全肯定でも全否定でもない。そんなのは何に対しても普通の態度です。「全」…ALL or NOTHINGになるから、面倒な(無駄な)衝突が生まれる。
 というわけで、特に全否定(反対)派の方にぜひ読んでいただきたいのが、前掲の「教育勅語物語」の著者による、こちら「教育勅語と修身」です。反対派の絶対に知らない、見たことも、聞いたこともない資料が満載です。そう、これは学術的な資料集と言ってもよい。
 私は、発行者の方から直接いただいたのですが、今はちょっと手に入りにくいようですね。しかし、諸外国がどのように「教育勅語」や「修身」の教科書を評価し、それが現在どのような影響を残しているかを知るには、非常に良い資料となると思いますので、是非にかかわらず興味のある方には、それこそ是非読んでいただきたい。
 以下に内容紹介のパンフの写真を添付しておきます。興味のある方は連絡を入れてみるといいでしょう。

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