カテゴリー「書籍・雑誌」の935件の記事

2018.11.21

田中英道 『日本らしさの基礎を築いた聖徳太子(その7)』

 リーズ最後。なるほど、「遣隋使」「遣唐使」と対等に「遣日使」を想定すべきか。たしかに鑑真はなぜ命懸けで日本に来たのか。なぜ帰化人がこんなに多いのか。渡来人ではなく帰化人ですよ。
 学校の歴史学習においては、とにかく日本は中国から学んだと教わります。しかし冷静に見れば、その逆もあったはず。
 そう言えば、今、百田尚樹さんの「日本国紀」が大変な騒ぎを巻き起こしていますね。読まなくてもだいたい内容が予想される、すなわち、保守派の語る歴史というのはパターン化していて、私もそれをいやというほど読んできたのです。
 それを一つまとめたことに関しては、まあ百田さんの一つの功績だと思いますよ。また、ぜったいに毀誉褒貶があることは予想されたわけですから、さすが幻冬舎さんの商売はうまいということでしょう。
 まあ歴史というのは元来解釈する立場によってその景色が違うのは当たり前です。なにしろ、その時代時代にも、ほとんど無限の多様性を持つ人々が生きていたわけですから。
 それを十把一絡げにして「正解」を得ようというのですから、それは全て「でっちあげ」「捏造」「パクリ」になりますよ。ですから、議論することは意味ありと言えども、それによって勝敗を決しようとするのは、それこそ戦争の歴史に学ばないバカということになるでしょう。
 

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2018.11.14

『自衛隊戦力と交戦権を肯定せよ』 小山常実 (自由社ブックレット)

Th_81p1kirgrdl 守派を自称する方々の劣化が激しい。もちろん劣化左翼としてのリベラルもひどい状況で、今の日本は両翼とも腐ってしまい飛翔することができなくなっています。
 なんて過激な言い方をすると、お前は何者だ!と言われますので、あらかじめことわっておきますが、私は「愛国左翼」です(笑)。
 ま、それも半分冗談、半分本気。つまり両翼を止揚したところに私はいたいのです。出口王仁三郎や仲小路彰、頭山満などに学んでいる者としては当然です。彼らからするととっくに周回遅れですが、それでもジタバタしていきたい。
 さて、劣化保守の中で、地味に燦然と?輝いているのが、これまた地元山梨の郡内地方で地味に輝いている大月短期大学の名誉教授手ある小山常実さん。ブレない筋金入りの保守派です。
 この本も実に論理がすっきりしており、賛成するかどうか別として、大いに納得する内容となっています。
 自民党の改憲案や安倍総理の自衛隊観でさえイマイチ、イマニ、イマサンなのだから、その他は推して知るべし…なんて言っている矢先に私の上空を自衛隊機が低空飛行していきました。
 ここ富士山麓を低空で飛ぶのは自衛隊機か米軍機。高空には旅客機が飛びます。富士山があるおかげで、軍用機、民間機ともに特別待遇されています。日本の上空はアメリカのものですからね。
 ちなみにこの本の目次を次のようになっています。面白そうでしょう。

第一章 自衛戦力と交戦権を持たない国
 一 自衛隊員の捕虜資格
 二 交戦権を持たない国の戦闘自体ーミニ国家にも勝てない
 三 交戦権を持たない国の補給戦ー敗北は最初から決まっている
 四 その他の交戦権否認の不都合
 五 第九条第二項は属国化を招来した

第二章 自衛戦力と交戦権を肯定せよ
 六 正しい第九条解釈をー自衛戦力と交戦権を肯定せよ
 七 「日本国憲法」は憲法として無効である
 八 「日本国憲法」改正では自衛戦力と交戦権は取り戻せない
 九 「日本国憲法」に正しい名前を与えよう

 この本こそ、左派やなんとなくリベラルの方々、そしてなんちゃって保守(&なっちゃんて保守?)の方々に読んでもらいたいですね。そして、まじめに反論、あるいは賛成するために真剣に勉強してほしいですね。
 もちろん私もなんちゃって「愛国左翼」なので、もっと勉強が必要です。たしかに戦争が嫌いでもなんでも、学校で「戦時国際法」についてちゃんと教えられるようにならなくちゃなあ。現実を知った上で、未来のことを考えなければ。
 それにしても、今日は上空がにぎやかだなあ。何かあったんでしょうか。

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2018.11.08

『バカとつき合うな』 堀江貴文・西野亮廣 (徳間書店)

Th_51e7j5rqhel 常に面白かったし、勉強になった本。皆さんに読んでもらいたい。
 「バカ」という言葉は一見キツいようですが、読めばなるほどと思えます。「バカ」…本当の自由を奪うもの、邪魔するもの。うん、私も「バカ」とつきあいたくない。
 しかし、しかし!この本では、まさに「バカ」の代表として、「学校」がやり玉にに上がっております。学校にバカが集まるというのもありますが、学校というシステムそのもの、戦後の日本の教育こそが「バカ」であると。
 まったくそのとおりです。最近のワタクシはそこに毎日悩んでいるのであります!バカの巣窟でバカを代表するような立場にあるのですから(笑えねえ)。
 学校関係者(もちろん自分も含む)に対して大変失礼な結果になってしまいますが、私はホリエモンやキンコン西野の考え方に基本賛成です。
 いや、それは彼らのような、一部の現代的「天才」だから、そんなふうに言えるのだという、まあかなり想定内な反論もあると思いますよ。しかし、彼らが巻末で「自分もバカだ」と言っているように(それもあんただらか言えるのでは?という批判もあるでしょうが)、残念だけれども実際に学校は自由を奪うことを仕事としているようなバカな装置ですし、先生も生徒もそれの言いなりになっているバカがほとんどです。
 私ももちろんバカであり、またバカを育てる仕事をちゃんとしているわけですが、ただ、それに強い違和感を覚えていることだけはたしかです。
 現場では言われますよ。そういう人たちとのつきあいが多いから洗脳されてんじゃないの?って(笑)。
 しかし、意外に冷静に今の仕事をこなしている部分もあるし、守旧派、保守派と戦うだけでなく、ちゃんと協調してやっているところもあるし、それどころか、自分こそが守るべきものを守ろうとしているとも言える。
 特に我が校は禅宗の教えに基づく学校ですので、基本「型」を変えないことを良しとしてきました。変わらないことの重要性もたしかにあるし、よく理解しているつもりです。
 しかし、それでもやっぱりそろそろ変えなくてはならないなと感じています。バカでいつづけることが、どうも本能的に辛くなってきた。
 しかし、凡人である自分にはたして何ができるのか。今の仕事を通じて、何をどう変えていけばいいのか。それはまだ分かりきっていないというのが実情です。けっこう辛い。
 自分のためにも、また生徒たちのためにも、あえてこの本の目次を書き写しておきます。はたしてこのうちのいくつのバカに当てはまるのか。

01バカばっかりの環境に居続けるバカ
02人と同じことをやりたがるバカ
03学校を盲信するバカ
04目的とアプローチがずれているバカ
05我慢を美徳にしたがるバカ
06未熟なのに勘に頼るバカ
07欲望する力を失っているバカ
08「自分の常識」を平気で振りかざすバカ
09機会の代わりを進んでやるバカ
10付き合いを強要するバカ
11ひとつの仕事で一生やっていこうとするバカ
12先に設計図を描きすぎるバカ
13にわかを否定するバカ
14人生の配分ができないバカ
15新しさばかり追求するバカ
16無自覚に人の時間を奪うバカ
17善意なら何でもありのバカ
18マナーを重んじて消耗するバカ
19自分は老害にはならないと思っているバカ
20孤独を怖がるバカ
21一貫性にこだわるバカ
22未来に縛られるバカ
23空気を読むバカ
24バカを笑って、自分は棚上げのバカ

 ふむ、実に面白い。けっこう当てはまるぞ。
 あっちなみに、「先に設計図を描きすぎるバカ」や「未来に縛られるバカ」というのは、一見ワタクシの「時間は未来から…」哲学に反するようですが、よく読むと同じことを言っていることが分かりますよ。どういうことかは、ぜひ本書を購入してお読みください。
 さて、明日もバカな自分との戦いは続きます。諦めず戦い続けましょう。

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2018.11.04

『前祝いの法則』 ひすいこたろう・大嶋啓介(フォレスト出版)

予祝のススメ
Th_81mk6biz35l 年に続き、忍野村で行われた大嶋啓介さんの講演会に行ってきました。ベストセラーになっているこの本の出版記念という名目の講演会。
 居酒屋てっぺんの代表であり、独特の「朝礼」や「予祝」で夢を叶えることを説く伝道師。非常に魅力的な方です。
 高校野球のチームを多く甲子園に導いたり、オリンピックチームを金メダルに導いたり、スポーツの世界でも、彼のメンタルトレーニングは評判です。生徒や選手というよりも、指導者に変化を与えることを主目的としているのも特徴ですね。
 昨年同様に会場の聴衆を巻き込んだ魅力的な講演に、私も引き込まれながらいろいろな意味で勉強をさせていただきました。
 否定的な言葉や勝手な負の思い込みによって、生徒たちの可能性に蓋をしてしまっている…教師には耳の痛い話の連続だとも言えます。
 実は先日、学校でペップトークの講演が開かれたんです。似た部分もありますよね。とにかく肯定する。良い未来を想像する。それによって脳の働きが変わり、人生も変わっていく。
 私も真の日本の教育改革を目指す者として、それらの考え方、実践のほとんどに同意、賛同します。
 しかし、あえて、あえてですが、今日講演後に打ち上げ(来年への予祝の意味合いもあり)に参加させていただいた折、大嶋さんに申し上げたことがありました。
 それは集団心理としての予祝の危険性です。たとえば、先の大戦において、特攻に出発した若者たちは「予祝」をしました。それも、家族や天皇陛下が喜んでくれる思って、心から自分の死を祝ったのです。
 もちろん、全ての若者がそうだったとは言えませんが、しかし、多くがそういう心境で出発前夜に祝杯を上げたのは事実です。
 ですから、予祝がダメとか、みんなでテンションを上げあって、各自の内的な壁を乗り越えるのがダメとか、そういうことではありません。それらをより良いものにしていくために、これからバージョンアップしていくことを願っての苦言でした(本当に不躾に失礼しました)。
 自らの夢を実現することが、場合によっては戦争を引き起こすこともあります。そういう冷静な目をもって、これからの若者たちを導いてほしいのです。
 しかし、さすがは大嶋さん、ものすごく謙虚で繊細でいらっしゃる。しっかり考えてくださりました。悩んでくださいました。さすが一流は違うなと思いました。二流の人は必ず反撃してくるか、逃げます(笑)。
 教育の現場、毎日の教室の中では、こうした「祝」的な非日常性は継続できません。それもまた教師の悩みです。特に軍国主義的な要素の色濃く残る現在の学校制度の中では、大嶋さんのやり方はなかなか浸透していかないでしょう。
 やっぱり全く新しい学校を作るべきなのかなあ…最近、いろいろな人とそんな話もしています。はたしてどなるのやら、私の未来。
 ちなみに、この本のタイトルにある「予祝」という言葉自体は近代になってから生まれたものですし、「前祝い」も江戸時代に一般化した日本語です。もちろんだからと言って、そういう習慣がなかったというわけではない。あえて言語化する必要がないほど当たり前だったというのが、私の考えです。
 もちろん私の「未来から過去へと流れる」という時間観にもつながるところがあります。私自身も独自の人生哲学をしっかりブラッシュアップしていこうと思っています。
 ありがとうございました。

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大嶋啓介公式

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2018.10.31

『バロックの日本』 守安敏久 (国書刊行会)

Th_51f9sc9pdwl_sx325_bo1204203200_ ロック音楽愛好家として、最近いろいろと「違うな」と思うことが多い。「違うな」ではなく、「違っていたな」でしょうか。
 この前、紹介した佐藤俊介さんの「四季」なんか、その下品なまでの大げささがいかにも「バロック」ですが、かつての古楽器演奏は、どちらかというとお行儀よく、また純粋な響きを追求していたように思います。
 それは、いわゆるクラシック音楽演奏の悪弊に対するカウンターとしては、あるべき姿だったのだと思いますが、「バロック」の原義からしますと、やっぱり違っていたのではないかと思うのです。
 言うまでもなく、「バロック」とは「ゆがんだ真珠」という意味です。ルネサンス期の均衡の美を求める姿勢に反抗するかのように、あえてその均衡を崩したり、大げさにコントラストを作ったり、意図的な「ゆがみ」を「かっこいい!」と思ったのがバロック時代です。そういう意味ではやっぱりカウンター・カルチャーなんですね。
 その「バロック」的な要素というのは、実は日本の文化ではけっこう当たり前で、全然カウンターでもなんでもなく、どちらかというとベース・カルチャーだったと思うのは私だけではないでしょう。
 いや、侘び寂びの世界はその逆の境地だ、とおっしゃる御仁もおられるでしょうが、いやいや、ああいう極端な簡素化や、あるいは不完全性を愛でる態度というのは、非常に意図的でもあります。
 歌舞伎や浮世絵については、もうそのまんまバロック的です。例外を探す方が難しい。つまり、日本は世界で最もバロックを窮めた国だとも言えるのです。
 そんな「日本のバロック」の例を挙げて検証したのたがこの本です。いや、「日本のバロック」ではなく、「バロックの日本」です。このタイトルは正しい。日本の中に見出されるバロック的要素ではなくて、バロックこそ日本であり、日本こそバロックなのです。
 取り上げられている人たちは、次のとおり。たしかに魅力的です。私好みの奇人たち。

月岡芳年(浮世絵師)
牧野信一(小説家)
牧野邦夫(画家)
寺山修司(寺山修司)
横尾忠則(グラフィックデザイナー)

 寺山修司(寺山修司)としたのは、言わずもがな、彼の職業は「寺山修司」だからです。私は不勉強で、牧野邦夫はよく知りませんでした。いとこの牧野信一は、かつてセンター試験の小説問題に「地球儀」が全文採用されたことで初めて知りました。
 考えてみると、バロック作家である牧野信一の作品がセンター試験に出るなんてすごいですね。日本はなんとバロックなんだ!
 西洋のバロック音楽に話を戻しますと、たとえばバッハなんかはバロックの枠さえも超えてしまうほどの変態ぶりですよね。異常ですよ。いろいろと極端です。音楽の父とか神とか、私もそう思ってきましたが、ある種の悪魔性で捉え直した方がいいのではないでしょうかね。
 というわけで、私の生き方もけっこう「バロック」です。特に最近自分でも呆れるほど、はみ出しています。今日も某大学の先生たちと仲小路彰の話で大盛り上がりしました。仲小路彰もまた変態的とも言えるバロック人間ですね。まさに職業は「仲小路彰」。寺山修司と喧嘩するはずだわ…。
 これからもバロック人生を楽しみたいと思います。秩序や均整については、それこそ神様にお願いして、人間らしくゆがんで生きたいと思います。いや、日本の神様はけっこうバロック的か。

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2018.10.28

『偽書が描いた日本の超古代史』 原田実 (KAWADE夢文庫)

Th_unknown 信のアウトソーシング特集、とりあえずこれで一段落でしょうか。
 今日、ウチの近所の安倍総理の別荘に、インドのモディ首相がいらっしゃいました。これも元をたどると、私の妄想が実を結んだとも言えます。そこには、ある「トンデモ」が関わっています。その話はまた最後に。
 少し前に、原田さんの最近のお仕事「江戸しぐさ批判」を含む『オカルト化する日本の教育』を紹介しました。あれもとっても面白かった。どうも、私はこういうモノに反応してしまうんですね。
 たしかに自分も子供の時から嘘つきです。今でも生徒に「はったり、ちゃっかり、ぼったくり」とか言われています(笑)。
 もしかすると、これは社会的にはかなりヤバイのかもしれませんが、とりあえず小さなの嘘でも、それが世の中を大きく動かすことがある、いや、世界史の大事件のほとんどは、ある種の嘘が生み出したとも言えるのではないか、と思うとどうにもワクワクしてしまうんですね(笑)。
 まあ、たとえばある人が未来はこうなる、未来をこうすると言って、人を動かし世の中を動かしたとすると、未来なんていうのはまだ起きていないという意味では、現在においては「嘘」になってしまいますよね。あるいは小説などの芸術作品も嘘っちゃ嘘。それが人や世を動かすこともよくあります。
 そういうスケールでの「嘘」にワクワクするということです。
 さて、この本には、どう見てもバレバレな嘘なのに、それなりに世の中を動かしてしまった、という例がたくさん紹介されています。
 いわゆる「古史古伝」です。それはほとんどの場合「超古代史」を含む内容になっています。それはそうでしょう。最近のことについて嘘をつくとすぐバレるけれども、超大昔のことは誰にも分からないので、嘘というか妄想を書きやすい。
 これって、たとえば幽霊が見えるという話をするのと似ています。つまり、肯定派も否定派も科学的根拠を提示できず、ただ「なんとなく信じる」か「なんとなく信じない」ことしかできないから、発信者としては絶対的肯定も絶対的否定からも逃れられる。
 そういう意味では、「江戸しぐさ」は近すぎた。いや、近いからこそ自分に都合の良い嘘につなげたくなるというのもありますね。超大昔を語るより、とりあえず信用されやすい(つまり生活レベルで騙しやすい)。
 いわゆるユダヤ陰謀論や、大東亜戦争の解釈なんかにも、たくさんの「妄想」や我田引水が混入していますね。いや、一番近いところでは今の政権も…。
 そう、この本の「富士宮下文書」のところに、実は私が大きく関わっている「事実」が紹介されていました。ある人を通して、そことモディさんもつながっている。トンデモな話に聞こえるでしょうけれども、起きたことは本当だからしかたありません。
 と、そんなわけで、この本に書かれていることは、ほとんど事実ですし、本当に客観的に書かれているという意味で、この種の本の決定版だと思います。さすがです。
 それを実現したのは、やはり原田さんの人間への「愛」でしょう。単に嘘つきを糾弾したり、揶揄したり、無視したりするのではない…。
 さて、私は今、こうした歴史的「嘘」や現在的「嘘」、そして未来的「嘘」を総合して、戦後日本において国家や国民、そしてそれを取り巻く世界をも動かしてしまった人物、仲小路彰の研究をしています。
 仲小路は賢かった。なぜなら、完全に黒幕として隠遁していたからです。その存在は当時からすでにミステリアスであり、だからこそ人を惹きつけてしまった。
 仲小路は、これら古史古伝が「発見」され、流布し、利用された時代に生きながら、その内容をかなり深く研究していました。そして、それは彼独特の「日本世界主義」「グローバリズム」「未来学」を構築することに大きく寄与しています。
 その潮流はまだいろいろなところに息づいてます。とても一笑に付すわけにはいきません。面白いけれども、笑ってばかりはいられないのです。
 物語の力、すなわちモノを騙る力は、事実よりも奇であります。

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2018.10.25

『「違うこと」をしないこと』 吉本ばなな (角川書店)

Th_71x2fgve7ul ウトソーシングシリーズ。一番最近、私(宇宙人教頭)の頭の中の情報を代わりに発信してくれたのは、吉本ばななさん。
 昨日も紹介したCS60つながり…まだ直接つながっていませんが、高次元ではすでにつながっている?…とも言えますが、元をたどれば高城剛さんとのラジオ対談に行き着きます。
 この本に書かれている、ばななさんの生き方哲学、本当にたくさん共感できます。
 「些細な違和感」、「なんかいやだなという直感」…こういうモノを「違うこと」と言うのだと思います。そう、日本語としては「違うこと」と「コト」という言葉でも表現されますが、宇宙人的には、それこそが不随意、不如意、外部を表す「モノ」だと思うんですよね。
 あとで「あれはああだったんだ」と解釈、得心すると「コト」になる。だから、その時は「モノ」でしかないのです。言葉(コトの端)では表現できないモノ。
 そういう「モノ」をテキトーにごまかして生きるのではなく、ちゃんと拒否したり、回避したりする。これって、実はとっても「他力」だと思います。
 すなわち、向こうから流れてくるモノをしっかり峻別して、受け止めるのか、やりすごすのか、パンチして破壊するのか、そういう判断をいいかげんにしないということですね。
 そこで重要なのは、たしかに「直感」であったりします。実は「直感」という時点で、すでに自己ではないんですね。神様か仏様か何かわからないけれども、だれかが教えてくれているのでしょう。
 そうそう、それで、ばななさんが私の何を引用してくれているかというと、時間は未来から過去へと流れているという話です。「すごく感動したんです」なんて、とんでもない。こちらこそ感激です。ありがとうございます。
 この本を読んで、つくづく思ったのは、やはり吉本隆明さんの娘さんだなあということです。こちらに紹介しました吉本隆明さんの出口王仁三郎評、本当に大好きです。
 王仁三郎の霊界物語と一緒です。ばななさんも、本来コト(言語)で表せないモノを語ること、すなわち「物語すること」を、この世でのお仕事にされているのですね。素晴らしいと思います。

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2018.10.23

『120歳時代の生き方』 高橋呑舟・西村光久 (徳間書店)

Th_51t75ldp9l_sx338_bo1204203200_ 日からしばらく「アウトソーシング」特集です。
 昨年から、テレビやラジオ、インターネットなどに登場させていただくことが多く、そのおかげさまで、私が人生の中で考えてきたこと、実感してきたことを多くの方に知っていただく機会が激増しました。
 たとえばこのプログでの発信のような「自力」の影響力なんか、たかがしれているわけですが、こうして影響力のある方々が、ある意味私の代わりに発信してくださる、つまり「他力」は実に強力です。
 やはり自我にこだわりすぎない方がいいですね。
 さて、他力ということでいえば、私はこの本で紹介されているCS60という不思議な器具に出会って、それを痛感させられています。
 たしかに私がそれを手に持って動かしているが、そこには間違いなく「他者」のエネルギーが存在しています。それは私流の言い方をすれば、「コト(自我)」ではなく「モノ(他者)」ですね。
 「もの」という日本語の歴史を振り返ってみれば、「もののけ」や「ものいみ」、「もののあはれ」などの例を挙げるまでもなく、まさに人知を超えたエネルギーが存在するのは間違いありません。
 それを「超科学」と言うこともできるでしょう。ものすごく古くてものすごく新しい。CS60については、私は未来医療というい言い方もしています。
 かつて特殊なシャーマン的存在にのみ与えられていた能力…それを「神の手」と呼んでもよいでしょう…が、テクノロジーによって万人に与えられたとしたら、これは人類史上、大変な革命となります。
 私はこのCS60には間違いなくそのような可能性があると信じています。
 こちらに暗に書いたように、この未来医療を高城剛さんに紹介したのは、実は私です。彼がそれを気に入り発信してくれたことで、その革命は大きく前進したと思います。まさにアウトソーシングは「ご縁」そのものですね。
 ちなみに、究極のアウトソーシングということでは、この本に私のある「発見」が掲載されております。「ユニークな教頭先生」が発見したのは、CS60が「薬師如来の薬壷」であるということ。
 私がブログの以下の記事に書いた内容を引用してくださっています。ありがたいことです。

薬師如来が持っている薬壺は?

薬師如来の薬壺の秘密

 皆さんもぜひ体験してみてください。もちろん私のところに来ていただいてもOKです。ボランティアで施術させていただきます。
 最後に一言。私も宇宙人かもしれませんが、現代にこの薬壷を降ろした西村さんは、もっともっと宇宙人ですよ(笑)。

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2018.10.08

『大宏池会の逆襲』 大下英治 (角川新書)

Th_71pglillrl 倍一強という、自民党として、いや日本として今までになかった状況が続いています。それが良いことなのか、悪いことなのかは、のちに歴史が教えてくれることでしょう。
 そうした現状は「宏池会」の弱体化であるとも言えます。保守本流、穏健ハト派である「宏池会」が、その内部分裂などによって自らの力を弱めてしまったのは事実です。
 そして、だからこそ「大宏池会の逆襲」なのです。歴史は繰り返す。偏りすぎたものは揺り戻す。これは政治の力学だけでなく、宇宙の法則でもあります。
 そう考えると、今の安倍一強というのは、未来のスウィングのためのバックスウィングということになります。
 今年の夏、バックスウィングの当事者の別荘にお招きいただき、そして2021年以降の話をさせていただきました。
 実はもうそういう方向で動いているのです。政治の現場というのはそういうものです。未来的に今動いている。
 岸田さんが昨年「未来戦略研究会」を設立し、この夏に2050年のヴィジョンを発表したのは象徴的でした。
 そこで私が思い出さずにいられないのは仲小路彰のことです。知られざる黒幕ですから、もちろんこの本にも出てきませんが、宏池会の誕生と成長に、間接的であれ仲小路が影響を与えたのは間違いありません。
 仲小路彰は、熊本の五高で、池田勇人、佐藤栄作と同級生でした。そして、彼らよりはるかに成績が良かった。言うまでもなく、池田と佐藤は宏池会と深い関係があります。
 また、山中湖での隠棲(ある意味院政)にあたっては、富士急行創始者の堀内良平やその子孫たちの援助がありました。堀内家も宏池会の歴史のど真ん中に存在しています。
 戦後、仲小路は吉田茂に多くの提言をしています。仲小路の言う「グローバリズム」や「地球平和」、さらに「未来学」、そしてそれらの中における対米政策などが、吉田に大きな影響を与えたことも間違いありません。そして、それが吉田学校を通じて宏池会の精神につながっている。
 この大下さんの著書が表の宏池会史だとすると、私がここに書いていることは裏の宏池会史ということになるかもしれませんね。
 そろそろバックスウィングも折り返し点に至りつつあります。2021年以降、はたしてどんなスウィングが様々な逆境を打ち返すことになるのか。私は非常に楽しみにしているのであります。
 その時代はきっと(また)富士山が鍵を握ることになるでしょう。仲小路が富士山麓に40年間蟄居していたのには、そういう未来的な意味があったのです。

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2018.10.06

『大正天皇』原武史(朝日文庫)

Th_41uwic3gryl_sy346_ 々大正天皇のお墓参りをしております。なぜか分かりませんが、ふと思い立ってお参りすると、必ずなにか不思議なことが我が身に起きます。
 もともとは出口王仁三郎を通じて大正天皇に興味を持ちました。王仁三郎は一説では有栖川宮熾仁親王のご落胤とも言われております。
 大正天皇は有栖川宮威仁親王を心から信頼し敬慕していました。結果、有栖川宮家は断絶するわけですが、大正天皇はその祭祀をのちの高松宮に託すことになります。
 その高松宮のブレーンだったのが仲小路彰ということで、私の半生におけるキーパーソンは全てリンクすることになります。
 まあ、それはごく個人的なことであって、そこになんの意味があるかはよく分かりません。しかし、その不思議なリンクを考える上で、大正天皇というのはどうしても外せない存在です。
 一般には病弱でちょっと頭も…というとんでもない評価をされてしまっている大正天皇ですが、10年前こちらにも書いたとおり、大正天皇は素晴らしい漢詩人でありました。そこ一つをとっても、とても暗愚の方とは言えません。
 ある意味、時代が強制的に大正天皇を追いやり、まさに暗愚な時代というべき昭和の初期が到来することになります。明治維新150年の今年、大きな流れの中で見ますと、大正天皇は軍事を嫌い平和的世界を切望した方だったことが分かってきます。
 そんな心優しきお人柄をしっかり描写、紹介してくれているのがこの本です。今、考えるべきは、いったい何が、誰が、大正天皇を日本の歴史から追いやったのか、大正天皇が高松宮さまに託した思いはなんだったのか、そして高松宮家も断絶してしまった今、その大正天皇の想起した「国体」はどこにあるのか、ということでありましょう。
 ちなみに大正天皇のお后さま、節子皇后については、同じ原さんの「皇后考」に詳しく書かれています。そちらもおススメです。

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