カテゴリー「書籍・雑誌」の860件の記事

2017.04.18

追悼 渡部昇一さん

Th_41xw782ar2l 語学者にして保守派論客の重鎮、渡部昇一さんがお亡くなりになりました。
 「知的生活の方法」を読んだ高校生の頃から、言語、文化、思想、歴史観、いろいろな面で大きな影響を受けてきました。最近もネット番組等でお元気なお姿を拝見していたので、突然の訃報に驚いています。
 最も最近の動画がこれでした。渋沢栄一を紹介する渡部さん。渡部さんがご自身の人生を振り返るように、渋沢について語っています。
 私も昨年、仲小路彰研究の関係から、渋沢栄一記念財団の会員になりまして、遅ればせながら渋沢の偉業を知り、その人生訓を学ぶことになっております。
 そんな中、尊敬する渡部昇一先生が分かりやすく渋沢栄一を紹介するとあって、続編も楽しみにしておりました。完結編もおそらく収録済みと思われます。渡部さんが最後に渋沢を語ったというのは、本当にいろいろな意味において象徴的であったのかもしれません。
 ご冥福をお祈りします。

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2017.04.12

日本の危機と鈴木貫太郎-小堀桂一郎氏に聞く

 26分くらいから小堀桂一郎先生登場。当然のことながら、昨日も書いた二・二六事件、安藤輝三大尉の話も出てきますね。安藤輝三と出口王仁三郎という記事に書いたとおり、安藤輝三が二・二六事件において鈴木貫太郎侍従長を襲撃することを決意したその時、日本の運命は決まったと言えます。
 安藤でなければ、鈴木は完全に死んでいた。終戦の首相、御聖断を導いた首相鈴木貫太郎はいなかった。つまり、日本も死んでいたのです。
 この番組でも、静高の先輩でもある水島総さんが、このくだりのところに大いに感動していますね。
 さっそくこの本を注文しました。じっくり読みたいと思います。鈴木貫太郎の終戦工作に、はたして仲小路彰も関係しているのか。そのあたりも気になります。小堀さんはご存知ないでしょうけれども、高松宮さまを通じて、仲小路の意見も昭和天皇、あるいは鈴木貫太郎に伝わっていた可能性が大です。
 たしかに、鈴木貫太郎のようなスケールの大きな、しかし非常に緻密で繊細な、そしてある意味霊的な政治家というのは、今の時代にはいませんね。
 たしかに安倍総理にこの本を読んでいただきたいかも。

Amazon 鈴木貫太郎:用うるに玄黙より大なるはなし
 

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2017.03.17

『地学ノススメ』 鎌田浩毅 (講談社ブルーバックス)

Th_51zzvcqkdpl_sx314_bo1204203200_ 有引力…と言っても昨日の演劇実験室ではなく、本当の(?)万有引力の話題から始まるこの本。非常に面白くためになりました。
 意外に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、国語のセンセーをやっているワタクシは、実は地学の教師になろうとしていたのです。第一志望は某国立大学の地学専攻だったのですが、受験に見事に失敗して、なぜか文学部国文学科に進んだのがワタクシであります。
 まあ、今となってはですね、国語の先生で良かったと思うわけですが、相変わらず地学も好きでして、それが高じてとうとう富士山に住むようになってしまった。地震や火山、天文や気象に興味のある人間としては、富士山は最高の住処であります(笑)。
 そんなワタクシではありますが、たしかに地学の知識はあの頃の大学受験用の知識で止まっているかもしれません。つまり35年も前の知識なんですね。
 この本にも書かれているように、地学の教科書に載る知見は、数学、化学、生物、物理に比べて、ある意味非常に新しい。21世紀的であると。
 しかし面白いですよね。地層にせよ、化石にせよ、めちゃくちゃ昔の情報を研究している。天文学に至っては、超最先端の研究になればなるほど、どんどん古い情報と対峙するようになる。望遠鏡で観る星の光が何年〜何百万年前のものだというのは言うまでもなく、ビッグバンやそれ以前の研究となると、もうほとんど神話的な時間感覚にまで及んでしまう。
 そんなところが、地学の面白さでありましょう。どうしても、過去から学び、現在と未来に生かさざるを得ない。ちょっと歴史学的な、つまり人文科学的な「ロマン」とでも言いましょうか、そんな魅力がありますよね。
 鎌田さんのこの本は、そのあたりを非常に上手に表現しています。きっと鎌田さん自身もロマンティストなんだろうなあ。文章もお上手だし、語り口も人間を感じさせる。
 本来、そういう「人間」や「ロマン」などというモノを排除するのが科学のあり方だと思うのですが、昨日の「万有引力」がそうであったように、まさに「コト(情報・過去)を窮めてモノ(不可知・未来)に至る」世界がここにあるんですよね。
 だから、私は地学が好きなのだなあと、あらためて確認することができました。
 先日、私の「文系的地震予測」に対して、それこそ京都大学の某先生がずいぶんと辛辣に苦言を呈しておりましたが、正直、私は彼のことが心配ですよ(笑)。

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2017.03.13

『反知性主義と新宗教』 島田裕巳 (イースト新書)

Th_61psmaaaikl 日は島田裕巳さんとも懇意だという某出版社のカリスマ編集者の方と日本酒をがっつり飲みました。
 紹介してくださったのは、仲小路彰関係で知り合った方々です。また面白いご縁をいただきました。
 本当にいろいろな話をさせていただいたのですが、その中でこの本の話も出てきました。反知性主義そのものについて。また、生長の家を筆頭とする大本系宗教団体、日本会議、創価学会、天理教、松下幸之助、田中角栄…この本で紹介されている人々や団体が、出口王仁三郎や仲小路彰に深く関わっている人ばかりだという話などなど。それからオウムのこと。
 なるほど、この本のようにまとめていただきますと、私の今までの研究対象というか、人生そのものが、結局のところ「反知性主義」だったということになりそうです。納得です。
 いわゆる「知性」や「知識」よりも、「知能」あるいは「霊性」重視する。たしかに王仁三郎や仲小路は、純粋な学問の世界にはとても収まりきらない、妙なスケールと質感があります。
 それをもって、彼らは、そしてそれが好きなワタクシも、「トンデモ」というレッテルを貼られることもあります。いや、それも分かるんです。自分にも多少の「知性」はありますから。知性側からすると、まあ面倒くさい、変な人でしょうね(笑)。
 しかし、やっぱりそこにこだわりたい。なぜか。たぶん、「知性」で評価される学校という世界において、あまり居心地が良くなかった(成績が良くなかった)からでしょうね。学歴コンプレックスもありますし。
 なのに、こうして学校の教師になっているのも変と言えば変ですよね。まあウチの学校は、それこそ朝比奈宗源の息のかかった禅宗系の学校ですから、決して「知性主義」ではありませんが。だからやっていけるのか(苦笑)。
 私の「モノ・コト論」で言いますと、知性は「コト」です。反知性は「モノ」。モノと言っても、もちろん物質という意味ではありません。不随意、不可知、他者を表わす言葉です。いつも言うように私は「コト」よりも「モノ」を重視してきました。あるいは、「コト」を窮めて「モノ」に至るという意味での「コト」には非常に大きな価値があると思っている。
 結局のところ、明治維新以来の「コト」化…有り体に言えば近代西洋化…社会に対する、ある種の反発としての、王仁三郎のような新宗教であったり、あるいは仲小路のような「新哲学」であったりしたわけで、そういう意味では、それらは「新」であるけれども、ものすごく保守的であったり、「新」どころか「みろくの世(超未来)」的であったりしたのでしょう。
 この本を読んで、いろいろ納得しましたし、とっ散らかっていた頭の中がずいぶん整理されました。島田さんに感謝です。
 昨日の編集者さん、島田さんをいつかご紹介くださるとのこと。とっても楽しみにしております。

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2017.03.09

『鎌鼬 田代の土方巽』 (慶應義塾大学出版会)

Th_91pqx6n4jil 日3月9日は伝説的舞踏家土方巽の誕生日です。9日生まれなので、本名は米山九日生(くにお)です。
 彼と私の出会い…もちろん生前の彼とではなく、霊的な意味での出会い…は、家内と結婚した時に突然訪れました。ただ、しばらくは私も気づかなかった。
 それが明らかになってゆく過程については、ぜひともこちらから辿っていろいろご覧ください。
 そして、このたび、私たち夫婦の一つの夢が実現しました。「鎌鼬」の田代に土方巽の記念館を。それこそ、私たちが土方と出会った時には、単なる妄想でしかなかったことが、昨年秋、「鎌鼬美術館」として実現したのです。
 それも本当に不思議なご縁が重なり、私たち夫婦も本当にごく間接的ではありますが、この奇跡の実現に関わらせていただきました。本当に不思議な力が働いていると思います。
 思えば、カミさんの生まれ故郷「羽後町」に行ってから、本当に私自身人生が大きく動きました。秋田に全く縁がなかった若い頃に気になっていた、たとえばこの土方巽や細江英公、白井晟一、佐藤信淵、そして「角石」などが、みんな羽後町に関係した人々だった…もう、これは本当に偶然とは思えません。なにしろ、それぞれまあ「秋田」という意識というか知識はありましたけれども、みんな一つの町に収斂していくなんて、夢にも思っていなかったからです。
103_2 それも義母の実家の前で、あの「土方カラス」の写真が撮られていたとは…。
 そして、鎌鼬美術館オープンを祝して、慶應義塾大学アート・センター土方巽アーカイヴの森下隆さんらが、「鎌鼬」の中の「田代」篇を再編集して作り上げたのが、この写真集。
 ホンモノの「鎌鼬」は高価ですので、こちらでそのエッセンスを手に入れるのもいいと思います。貴重な文章もたくさんありますし、私としても格別な感慨がありました。こうして「田代」という地名がパブリッシュされる感動。
 この春休みには、久しぶりに田代に行く予定です。雪解けの田代を訪ね、もちろん鎌鼬美術館にも足を運んでみようと思っています。
 もう偶然なのか必然なのか。最近の仲小路彰との関わりも含めて、どうも私には「掘り起こす」天命があるようですね。ありがたいことです。

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2017.03.08

『世界の徳育の手本となった 教育勅語と修身』 小池松次 (日本館書房)

勅語が国際的に有名になった経緯が一目瞭然
Th__20170309_101542 日国会で、福島瑞穂さんが稲田防衛大臣に森友問題でいろいろ質問していました。その中で「教育勅語」に関する考えをただす質問がありましたね。
 いかにも福島さんらしい誘導的質問でしたが、稲田さんもまあ正直に持論を展開しておりました。動画がありますので、ちょっと見てみましょう。
 それにしても、この二人、女同士として絶対合わないでしょうね。友だちにならないでしょう。下世話な話ですが、思想的なことは抜きにして、男の立場からすると、圧倒的に…言わずもがなかな(笑)。

 さて、教育勅語に関しての私の意見は、ずいぶん前に逆・教育勅語教育勅語物語の記事に書きました。
 全肯定でも全否定でもない。そんなのは何に対しても普通の態度です。「全」…ALL or NOTHINGになるから、面倒な(無駄な)衝突が生まれる。
 というわけで、特に全否定(反対)派の方にぜひ読んでいただきたいのが、前掲の「教育勅語物語」の著者による、こちら「教育勅語と修身」です。反対派の絶対に知らない、見たことも、聞いたこともない資料が満載です。そう、これは学術的な資料集と言ってもよい。
 私は、発行者の方から直接いただいたのですが、今はちょっと手に入りにくいようですね。しかし、諸外国がどのように「教育勅語」や「修身」の教科書を評価し、それが現在どのような影響を残しているかを知るには、非常に良い資料となると思いますので、是非にかかわらず興味のある方には、それこそ是非読んでいただきたい。
 以下に内容紹介のパンフの写真を添付しておきます。興味のある方は連絡を入れてみるといいでしょう。

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2017.03.01

『日本を揺るがせた怪物たち』 田原総一朗 (KADOKAWA)

Th_51hjabrz5tl やぁ面白かった!昭和の怪物たちのエネルギーにやられました。
 で、結局、田原総一朗もまた怪物の一人であったということを確認。現役バリバリの怪物ですね。
 取り上げられている怪物たち。まずは政界…田中角栄、中曽根康弘、竹下登、小泉純一郎、岸信介。続いて財界…松下幸之助、本田宗一郎、盛田昭夫、稲盛和夫。最後が文化人…大島渚、野坂昭如、石原慎太郎。
 こうした怪物たちと対等に、いや場合によってはその怪物を裏で操る存在として田原さんの体験談集ですから、それは面白いはずです。
 これだけ大物揃いとなると、私自身もある程度の知識や先入観がありますが、それを一つ一つ、生々しく否定されたような、いや否定ではないな、さらに強化されたというような感じです。
 う〜ん、誰が一番印象に残ったかなあ…難しいなあ。みんなすごい。
 今の世の中では許されないような、いわば清濁併せ呑む迫力がありますよね。今の政治家も財界人も文化人も、スケールが小さくなってしまったなあと。
 まあ、昨日今日のニュースも見ても、実につまらないネタで盛り上がっているマスコミや世間が悪いんでしょうね。残念な時代になってしまいました。
 さてさて、上に挙げた怪物たちですが、そのほとんど全てが、私の研究している仲小路彰に関係しています。実際、彼らかの書簡もたくさんあるし(先日も石原慎太郎からの書簡を見つけました)、ある種の名簿類には上掲の人物の名がほとんど記載されています。
 田原さんもまあすごいけれど、実際裏で彼らを操っていた仲小路彰のすごさを改めて痛感する次第であります。
 中には仲小路に徹底的に嫌われた人もいます。それはそれでまたすごいのかもしれませんね。
 また、彼ら怪物たちは、自身が怪物であるからこそでしょうが、ある種の信仰心を持っているように感じます。そのあたりについては、また後日書きますね。仲小路彰と各宗教団体の関係についても、いずれ知られることとなるでしょう。
 宗教と言えば、田原総一朗さんと、かの幸福の科学の大川隆法との「対話」が面白いですよ。続きを観たい方は、数珠つなぎでどうぞ。

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2017.02.21

仲小路彰 『夢殿の幻〜聖徳太子の救世悲願』より「甲斐の黒駒」

Th_20101004100221 和の天才、いや人類史上最大の天才の一人と言ってもよい、歴史哲学者の仲小路彰。今、その思考と活動の全貌が明らかになろうとしています。いや、知れば知るほどその深さ、広さに全貌が見えなくなってしまうというのが正しいかもしれません。
 群盲象を撫ず。もうどうしようもないほどのスケールですので、群盲の数を無限に増やして、なんとか全体像を輪郭だけでも把握しなければなりません。
 とにかく感じるのは、一部の少数の人が、自分の立場だけで彼を解釈すると、大きな間違いを起こすということです。あまりにその言説が多様なので、ある意味都合の良いところだけを取り上げて、一つのストーリーを作ることができる。これは仲小路彰研究の陥穽であると思います。
 さて、膨大な仲小路の著作物の中でも、ひときわ強力な光芒を放っているのが「聖人伝シリーズ」です。
 釈迦、孔子、ソクラテス、イエス・キリスト、マホメット、聖徳太子という六聖人の未来的本質を示した戯曲調の文章群です。
 中でも白眉は、そうした世界の聖人の思想を融合した聖徳太子について書かれた「夢殿の幻」。これについては、以前こちらで少し紹介しましたが、このたび改めて読んでみました。
 その中で、富士山麓に住む者として、特別な感慨を覚えた部分があります。今日はそれを活字化して紹介いたします。
 山中湖畔に住み、富士山を未来の地球平和の象徴として観じていた仲小路彰ならではの内容です。地元に濃厚に残る徐福伝説などにも触れながらの、実に味わい深い文章となっております。弥勒の世という言葉も出てきますね。また、須弥山(シュメール)と富士山を重ね合わせているところも、仲小路彰らしいと言えましょう。
 では、どうぞお読みください。

 第四章 甲斐の黒駒

 朝に夕におよそ十年の間、休むことなく太子の愛馬、甲斐の黒駒は、おだやかに広がる飛鳥野をわが主太子をお乗せして、いともまめやかに蹄の音も高く、元気にかけめぐった。
 ある時は春のやわらかな微風のように、花々の間を黒々と毛並を光らせながら走りゆき、ある時は、すさまじい雷光の下をとどろきわたるいかずちにも負けず、その速さを競った。
 冴えわたる秋の月光をあびながら、もの思いにしずまれる太子を、いささかも揺がさぬようにしずかに足を運び、また吉野おろしに道も白く、いてつく上を決してすべらぬ、たしかな足どりでま冬の朝をかけすぎた。
 道のほとりの人々は、いつも太子を拝すると同じく、その黒駒を何よりも親しく送り迎えして、折々のさまざまな好物を馬にささげることもつねであった。
 太子のいますところ馬はあり、馬のいななきが高らかにひびけば、尊い太子のお姿が、人々の眼に何よりも喜ばしげに映じ出された。
 かくもけなげに忠実にお仕えする黒駒を太子はこよなく愛されて、もし季節の変り目に何か馬に異常があり、食のすすまぬ時があれば、太子はそれこそわが身の病い以上に案じられ、その回癒を切に祈られた。
 夜にあっても、時には厩戸を見廻わられ、いかにも御名にふさわしい馬への深い因縁の愛情を示された。
 かくて愛馬は太子のあつい信仰のままに、さながら霊の翼ある天馬と化して、空をしのぎ、雲を分けて天翔りゆくかと思われるほどに成長した。
 いかなる時にも黒駒は、太子をしたって高らかにいななき、そのひづめをひびかせて、太子をお待ちしていた。
 夢殿の夜は、まことに静かで、かなりへだたった厩戸の音が、かすかにひびいて来ることもしばしばである。
 ふと太子は、さえさえとした月光の中に、黒駒のつややかなたて髪と、そのつぶらな眼があさやかに光っているのを見られる。
 太子は軽やかに馬上の人となられー「さあ、行け」と凛然としたお声をかけられる。馬は、いかにもうれしげにその首を動かし、耳を立てて一散に走りゆく。たれもお供する者もない。大和三山は黒々とまなかいにあって、みるみる小さく去ってゆく。
 もはや地上を走るのではなく、さながら天上を風のように天翔ける如くである。山を越え、森をすぎて、河は白々と流れる大和の山河を一瞬にかけ去って、今やはたしもない海の上を雲とともに飛んでゆく。
 長い海浜に打ちよせる波は、白い糸となって連なり、星々は天上の音楽を奏でるかとま近にきらめく。
 はるか彼方には、かぐろくも山脈がさまざまな陰影をもってそびえ立ち、その大いなる自然は、いかにもわが国のたぐいない美の世界を展開している。
 まことに、これこそ地上の楽園であり、そのままが寂光の浄土であると、太子は讃美せられる。ー黒駒よ、汝の故郷はどこか、甲斐の国は、ーいかにも黒駒はそれを知るように、ひたすらに東北への道をひたかけりゆく。
 まさにその時、とうていこの世ならぬ荘厳な須弥山さながらの姿をもって、わがあこがれの富士の霊峰が、あのように鮮やかに鎮もっているのを、太子は展望される。
 しかも東の空は、ようやくほのかに曙の光を予兆するかと白みはじめる。ただ蒼茫たる未生の海原も、たちまち多彩な光のまんだらを現じはじめる。その光は、まさしく霊峰の上にかがやき、永遠の雪は神秘な赤に燃えはじめる。
 天も地も富士によって一つに結ばれ、一切は、その神の峰によって、目さめゆく。まことに天地の別れし時を再びここに相結ぶ、この一刻である。
 その麓には、ほの白く富士川はめぐり、それをさかのぼる所、わが黒駒の故郷の損するのか、今こそ一きわ高く愛馬はいななく。わが故郷はここにありと、心をこめて叫ぶごとく ‥ ‥
 これぞ神のいます聖なる峰か、美しく木花咲耶姫の舞い舞う万古の雪をいただく、白き峰か ‥ ‥
 ようやく山をめぐる霧は限りなく開け、その間に点々と光る首飾りの宝玉の如き湖のつらなり、あれこそが常世の神と称せられる神の姿か、緑なす森の中に生れし神の蚕と云われるものか、これを祭れば老いたるものも若さにかえり、いかに貧しきものも、幸ある恵みをうけるとされる信仰であるか ‥ ‥
 けれど常世とはどこであろうか。それはもと黄泉国とされたものではなかったか。そは死の国であり、死とは何であるか。ここに死を越えるものへのあこがれとして、不老不死への悲願がある。
 さればこそ、かつて、かの大陸の秦始皇は不老不死の妙薬を求めて、徐福らを東海の神仙の島に送ったとのことが司馬遷の「史記」に見られる。
 ついに彼らは帰らなかったが、あるいは、このあたり絹と光る湖のほとりに安住したのであろうか。
 この神の山の麓にこそ、わが夢に見た浄土の地か、常世とは、不死の国、そは弥陀が極楽浄土とされた仏国土か、さらにこの富士のあたりこそ次に来る末世の後の弥勒の世の現ずる地なるか、やがて果てしなき戦乱の世に、ここにこそ果してとこしへの平和の訪れるあたりか、まさしく富士への信仰は弥勒の信仰とともにあるのか。
 弥陀が念じられた須弥山とは、まさしくここ富士の峰か、我もまた徐福の如く、この山麓に、わが愛する黒駒を心ゆくままに走らせて寂光土をここに現ぜんかなーと太子は、明けゆく秀麗な大自然の中を御夢とともに限りなくかけめぐられたのである。

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2017.02.17

『大川隆法の霊言―神理百問百答』 米本和広・島田裕巳 (JICC出版局)

Th_81mbxx8vll こそ復刊を願う名著(?)。
 今から25年前の本ですが、基本的なことは何も変わっていませんので、ぜひとも皆さんに読んでいただきたい。
 「〜の霊言」シリーズのパロディで、大川隆法自身の守護霊を降ろしてしまった本。本人のホンネが聞けて実に面白い。
 私の、教団、教祖に対する考え方も四半世紀前から変わりません。申し訳ないが笑ってしまう。しかし、それがこうして生き残り、成長し、ワイドショーネタとなり、政治ネタとなるというのも事実でして、それは私が研究している大本、出口王仁三郎についても全く同じことが言えます。
 昨年、歴史学者の伊藤隆先生にお会いした時にも申し上げましたが、私はそうした民衆の裏の歴史に興味があるのです。なぜ、こんなバカげたこと、嘘っぱちに民衆は踊らされ、そしてその影響もあってか、政治家や実業家、軍人や皇室までが動かされ、事実としての歴史を紡いでしまうのか。
 そう、ある部分では「笑えない」わけですし、もしかすると、向こう側の世界が正しくて、こっち側が間違っているのかもしれない…。
 そういう可能性も含めて、私は宗教に対しては常に冷静でいたいと思っております。いちおうかつて新宗教研究会の会長でしたし。 今は「地獄で会おう会」会長(笑)。
 そう、だいたいの宗教は「天国」「極楽」を目指し、「地獄」に行かないためのものですから、「地獄で会おう会」に入っていれば、絶対に宗教に勧誘されることはありません。最強でしょ(笑)。
 この本では、やはり仏教のほかに、やはり出口王仁三郎や高橋信次の影響が語られています。まあその通りでしょう。現代の新々宗教で両者の影響を受けていないところはありませんよ。
 そのあたりにかなり詳しくなってしまっているワタクシ、おそらく「教祖」になるくらい簡単にできます(笑)。しかし、できるけれどもやらないところが、私の信仰心なのです(なんてね)。
 ところで、昨年公開された「金正恩の霊言」ですが、なんだかこれを聴くと金正男暗殺もさもありなんという感じですよね。なんだかんだ言ってトランプ当選も予言しているし、やっぱり大川隆法先生は、ワタクシと同じくらい立派な霊能者のようです(笑)。

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2017.02.08

『バッハ・古楽・チェロ アンナー・ビルスマは語る』 アンナー・ビルスマ&渡邊順生(著)加藤拓未(編集)

Th_512xlfqfcl_sx355_bo1204203200_ 晴らしすぎる!久しぶりに興奮しながら本を読みました。私が言いたいこと…なんていうと偉そうですが、感じていたことが全て書いてある。
 古楽というジャンルの様々な矛盾…それはあらゆる「ジャンル」に当てはまることですが…を軽く飛び越えて真実に迫っている。私はこういう発想と行動が大好きです。事実ではなく「真実」の探求。
 私はビルスマの演奏を生で聴いたこともありませんし、実際にお会いしたこともないのですが、その息吹というか、DNAというかは、多くの演奏家の方々から感じてきました。
 もちろん、この本での対談相手であり、共著者でもある渡邊順生さんからもいろいろ勉強させていただいています。
 「歌う」ではなく「語る(しゃべる)」。音楽は「物語」。この本における原点は、私の「モノ・コト論」にもつながってきますし、そういった音楽や世界観から感じている高次元宇宙のメッセージとも直結しています。
 そして、最近触れている歴史哲学が「歴史学」の対象ではなく、どちらかというと文学や音楽などの芸術と親和性が高いというのにも関係している。ビルスマのアンナ・マグダレーナ写本に対する姿勢は、まさに芸術家のそれ。
 そう、彼の語る「芸術」と「文化」の違いも面白かった。芸術は「今」生きているモノであると。文化は「コト」なんですね。その「芸術」の生命力の源である即興に関する論もなるほどでした。
 そういう流れの中で、ビルスマの音楽解釈が言語的というより映像的であるというのも納得できるところでした。言語は死んでいるんですよ。コトの葉ですから。固定化されている。映像は流動的です。
 楽譜というのは言語です。そこに生命を吹き込むのが人間の演奏です。ですから、彼が練習での決め事に執着しないというのは当然のことだと思いました。
 また、たとえば私もとらわれてしまっている、強拍(特に1拍目)はダウン・ボウで弾くべきだというような「常識」というコトからも、彼は全然自由です。かっこいいなあ。コトを極めてモノに至る。序破急ですよ。
 そしてワタクシ個人として大興奮したのは、バッハの無伴奏チェロ組曲のヴィオラによる演奏の可能性についての記述です。バッハ自身は当然ヴィオラで演奏した、あるいは作曲しただろうなというのが、私の実感でしたから。
 また、そういうことになると、私がここのところ演奏している5弦ヴィオラの存在もトンデモではなくなってくる。そう、組曲の第6番は5弦のための楽曲じゃないですか!ついでにモダン楽器にガット弦張って弾くことについても、ビルスマさんは私の味方です(笑)。
 そんなわけで、私も5弦ヴィオラでバッハのように(!)この名曲群を演奏してみようかと思っています。
 最後に、皆さんもおっしゃっていますが、この本のとんでもない素晴らしさのバッソ・コンティヌオは、訳・編者の加藤拓未の日本語力であると、私も強く思います。そして付録のCDの価値もとんでもありません。拝聴しながら美空ひばりを想起したことが全てですね。

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