カテゴリー「書籍・雑誌」の1000件の記事

2023.02.01

『愛国者は信用できるか』 鈴木邦男 (講談社現代新書)

Th_b00dkx4ihu01_sclzzzzzzz_sx500_ 木邦男さんが先月お亡くなりになりました。

 なんちゃって右翼を批判し、ある部分では左(&リベラル)側と共闘するという立場は、もしかすると私に近いものがあるかもしれません。

 また、プロレスファンという意味でも親近感を覚えます。というか、プロレスファンはバランス感覚に優れるんですよね。どちらかに偏りすぎない。

 この本も素晴らしいですよ。なにしろ、真正右翼でありながら、あとがきの最後に「いっそ日本一の『反日本』『売国本』と呼ばれたい」と記すくらいですからね。

 これもよくわかります。あまりに、なんちゃって右翼、いやなんちゃって保守が多すぎますので。というか、保守、リベラル、スピリチュアル、陰謀論者など、ネットの影響を受けた過ぎた方々はみんな、「なんちゃって」か「勘違い」か「金儲け」のいずれかです。

 皆さんはどれですか?(苦笑)

 鈴木さんは「愛国心」という言葉に嫌悪をいだきます。それは三島も同じでした。

 「愛」ではなく「恋」でいいのでは…これは最近書いた私の記事にも通じますね。

 恋と愛の違いとは…

 民権から国権へ。それは恋から愛への転換と相似形です。純粋な内的心情を離れ、強権的な外的規定にある意味安住する。

 日本は貴重な論客をまた一人失いましたね。いよいよ私たちの世代が頑張らねばならない。そう思いました。

 最後に、鈴木邦男さん、大変な読書家であられたこともあって文章が素晴らしい。文体がよい。

 それなのに、デジタル化した際、スキャナーを使ったのでしょうか、前半に看過できない誤植がありました。講談社さん、しっかり!

 ○征韓論 ×征韓諭

 ○違い ×遠い

 スキャンの際によくある誤認識です。 

Amazon 愛国者は信用できるか

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2022.12.04

『ジオサイコロジー 聖地の層構造とこころの古層』中沢新一・河合俊雄 (創元社)

Th_41ki6ffltal_sx350_bo1204203200_ の日はお昼にある作家さんとお食事し、夕方からはこの本の出版記念イベントに参加しました。

 最初に河合先生の講演、そしてそれを受ける形でのお二人の対談という流れでした。

 会場で発売されていたこの新著を購入し、お二人のサインをいただきつつ、中沢先生には私がテキスト化し校正した、仲小路彰の「世界戦略論」「日本防衛論」の二冊を献呈いたしました。

 こちらに書いた中沢先生との邂逅の夢が、グッドタイミングで実現した次第です。ありがたや。

 やはり中沢先生は仲小路彰には会えずじまいだったとのこと。昭和59年6月22日、細野晴臣さんらと山中湖を訪れた時、すでに仲小路先生は入院しておられたのです。それから数カ月後、仲小路先生はお亡くなりになりました。

 ちなみに訪問の証拠としてその時残した中沢先生、細野さんら4名のサイン色紙を、私は山中湖の仲小路邸で発見いたしました(!)。

 お二人は現世では会えなかったとはいえ、面白いもので、今日のお話、そしてこの本の内容にも、不思議と仲小路彰の影響を強く感じてしまいました。

 日本の、日本人の古層が、未来の地球にどんな影響を及ぼすのか、仲小路彰は数十年前から知っていたというわけです。

 今、仲小路彰の記した原典に触れることのできる数少ない者としての、単なる妄想、統合過剰なのかもしれませんが、それこそ言語や象徴を超えた層で、昭和の天才と中沢先生や河合先生はつながっているのではないかと感じずにはいられません。

 違う言い方をすれば、現代の最先端を行くお二人の先生の魂(霊)に、仲小路彰からの非言語情報(霊)が引き継がれているような気がするのです。

 それはこの本でも語られている、また仲小路が繰り返し語っている「生命の光」そのものなのではないでしょうか。

 歴史を見ても、超天才の仕事は、のちの天才たちによって分担分業されて生き続けます。それはある意味、国譲り神話のオオクニヌシのふるまいに似ているとも言えます。分身して分散し、そして必要な時に再び統合される。

 そういう観点からしても、このお二人の気づきと取り組みは、未来的にとても重要だと感じました。

 いろいろお話をうかがう中で、やはり出口王仁三郎も想起されたわけですが、王仁三郎といえば、17年前、河合先生のお父さまである河合隼雄さんのことを王仁三郎的だと評しましたっけ。そして、これが中沢新一さんとの対談であることも運命的ですね。

 ブッダの夢

 中沢先生のことを「まだ若い」とか、どんだけ自分は若気の至りなのか(笑)。まあ、このころはまだ仲小路彰に出会っていませんでしたから、私のOSのバージョンもかなり初期型です。失礼いたしました。

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2022.11.07

『日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く』 松岡正剛 (講談社現代新書)

Th_41ep423n4l カデミズムという狭隘な世界を俯瞰して泰然としている松岡正剛さん。

 こういう大人、好きですね。憧れです。

 私も彼に多大な影響を受けてきたのですが、なにしろ私は根っからの読書嫌い。そして記憶力も編集力も劣悪なので、なかなか同じような「仕事」はできません。

 ただ、先ほどの「俯瞰」というやつ、あるいは軽やかに時空を往来するスタイルは、おかげさまで多少身につけることができました。

 加えて私は、オリジナルとも言える「未来からの情報を思い出す」という変テコなワザを会得したおかげで、ある意味、師とは違う世界に飛翔してしまった…(のかな?)。

 まあ、それはいいとして、松岡さんの「編集」のおかげで、出口王仁三郎や仲小路彰という「異常な」天才アーティストによる、「統合過多な」超編集テキストを抵抗なく読むことができるようになったのは事実です。感謝。

 ということで、久しぶりに心の師の「日本文化論」を読んでみました。

 なるほど、未来の情報をダウンロードすることを標榜しているワタクシ的には、「なんとなく知っている話」でありました。そう、変な話で恐縮ですが、まるで自分が考えて書いているような錯覚に陥るのです(図々しくてゴメンナサイ)。

 もちろん、書けと言われたら書けっこないのです。しかし、それこそ、その「言の端」に宿る「物実(モノザネ)」は、すでに知っているような気がする。この感覚、最近とっても多いのです。

 だから、どんな歴史的な名著を読んでも、「あっ、知ってる。思い出した」という感覚なのです。おそらく未来のどこかで学んだことがあるのでしょう(笑)。

 曰く「日本人は日本文化の複合性や複雑性にもっと敢然と立ち向かっていったほうがいい」。その通りですよ。コトよりモノ。

 これこそ他人のふんどしですが(!)、私の「日本論」を知りたい方は、この「松岡日本論」の集大成をお読みになってください。ああ、本書かなくていいから楽だ(笑)。

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2022.11.03

『ひどい民話を語る会』 京極夏彦・多田克己・村上健司・黒史郎 (角川書店)

Th_41fqh996vl しかにこれはひどい!

 ひどすぎるw

 最初から最後までウンコばっかりじゃないですか!

 と言いつつ…実は最近、私もウンコを連発しています。いや、もちろん実際のブツを連発しているのではなく、言葉としてのそれですよ。

 ここのところ全国を講演したりして回ることが増えました。それでそこら中でウンコを連発しているのですよ。まったくひどいものです(笑)。

 子どもがウンコ大好きなのは言うまでもありません。幼稚園でも中学でも高校でもこれは私のキラーワードでした。

 が、最近わかったのです。大人も大好きなのですね!

 立派な方や上品な方も、私がそれを連発すると急に笑顔になる。そして、御自らもウンコ、ウンコと連発するようになる。そして、その場が平和な空気に包まれる。

 そう、だから実はちっともひどくないのです。逆に素晴らしいのです。

 子どものためにウンコを…いや話を盛る大人たちって、めちゃくちゃ嬉々としているじゃないですか。つまり、いわゆる大人のきれい事の世界が間違っていてひどいのです。

 たしかに私は講演やセミナーの中で、そうした大人の汚い(きれいな?)常識をひっくり返す話をしています。世の中がそれを望んでいるのでしょう。

 ちなみに「ひどい民話」のひどさはウンコのみに起因するのでありません。そのプロットやディテール、ストーリーや因果関係のいい加減さもまたひどすぎる。

 しかし、それがとんでもなく魅力的で、全国に語り継がれているということは、やっぱりきちんとしたきれいな大人世界というのが虚構であって、いい加減な子ども世界こそ真実なのかもしれませんね。

 私はその延長として、いわゆるトンデモ文献を読みあさっているのです。たとえば宮下文書とか、霊界物語とか。それはおそらくきちんとした清潔な近代へのアンチテーゼなのでしょう。

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2022.10.17

『プラセボ効果・ノセボ効果』 (サトマイ 謎解き統計学)

 

 師として自分がやってきたこと、今やっていること、また新しい事業や活動の方でも、「プラセボ効果」はとても重要です。

 というか、ほとんどそれが私の仕事という気もする(笑)。今日も生徒たちに対して、たくさんそういうことしたなあ。

 その気にさせる、暗示にかける、なんとなく効果があるような気にさせる、そして実際に結果が変わる。

 なんだか、これだと詐欺師みたいですが(実際そうかも?)、まあ多くの商業的な何かも基本そういう性質を持っているでしょう。

 もう少し拡大すると…たとえば私の扱うモノたちは、その原理がわからないが、しかし結果ははっきりしているモノが多いので、全くの嘘ではなく、ある意味演出的な効果というのも大きいかもしれません。

 それもまた誇大広告のような感じになりますけれど、それこそ商業的な世界では当たり前なことです。

 あるいは、自らに暗示をかけることも普通に私たちは行なっていますね。ほとんどそれで行動しているとも言えるくらい。

 そんな日常的な現象をこうしてたまに言語化してみるのも面白いでしょう。

 相変わらずサトマイさんのまとめ方、伝え方がうまい。

 言うまでもなく、こうした動画メディアにも、プラセボとノセボは常に働いています。

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2022.09.29

TOLAND VLOG が語る「宮下文書と富士王朝」(コヤッキースタジオ)

 

 近私もご縁をいただいた都市伝説系YouTubeチャンネル「コヤッキースタジオ」に宮下文書が登場しました。

 語るのはゲストとしてコラボしたTOLAND VLOGさん。TOLAND VLOGでここのところ宮下文書の深堀りをやっていて、大変興味深く拝見しておりましたが、こうしてわかりやすくダイジェスト的に語ってくれたのがまた良かった。

 ただ、最初に訂正させていただきますが、宮下文書が有識者が集まった「富士文庫」によって偽書認定されたというのは誤りです。富士文庫は逆に有識者たちが宮下文書を肯定的に研究したものです。

 その「富士文庫」がたった1冊の研究報告書を出しただけで解散してしまったという事実の方が「弾圧」かもしれないのです。そこだけは訂正させてください。

 また、かつて私が羽賀ヒカルさんとの対談で語ったとおり、超古代文献と言われる宮下文書ですが、その大部分は南朝・後南朝文献だといういうことも知っていただきたいと思います。

 まあ細かいことはいいとして、こうして若い人たちが都市伝説的であれ、楽しくこの謎の地方文書に興味を持ってくださることはうれしいことです。そう、これって都市伝説を超えた田舎伝説なんですよ(笑)。

 TOLAND VLOGさんも大変よく勉強されており、なおかつ分かりやすくまとめてくれていますので(実際専門家を自称する私も勉強になりました)、興味を持った方はそちらの動画も観ていただきたいと思います。

【幻の富士王朝】宮下文書シリーズ

【超超超考察】宮下文書シリーズ

 

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2022.09.15

『細胞の声を聴く超健康革命〜CS60が60兆個の細胞を蘇らせる!』 西村光久 (徳間書店)

Th_51offa75ol_sx338_bo1204203200_ 愛する西村先生の本。

 CS60という未来健康デバイスを発明し、人々の健康、地球の平和の実現を純粋に目指す先生。

 不思議なご縁から、ここ数年懇意にさせていただき、また大変お世話になっていますが、その「不思議なご縁」についても、この本には詳しく書かれています。

 私の名前があまりに何度も出てきて、正直こそばゆいくらいです(苦笑)。

 ありがたいことです。私はおそらく神様に使われ、このデバイスを世に広めるためのお手伝いをさせていただいているのでしょう。

 自分では意識しておりませんが、その出会いのタイミングの中で自然に人と人をつないできただけです。特に高城剛さんと安倍元総理夫妻を紹介できたのは良かった。

 まったく不思議なことですが、この本の中には私のライフワーク、研究対象である「宮下文書」「出口王仁三郎」「仲小路彰」のすべてが出てきます。そして、仏教やキリスト教、神道、それらを総合した聖徳太子に関することも…。

 つまり、CS60とはそういう人類史的な「事件」であり、またある種宗教的、哲学的な「真理」なのです。

 そういうスケールのものですから、正直現代の科学では説明できないことが起きます。しかし一方、そうした超科学的なモノにありがちな、オカルトや偏ったスピリチュアリズムに陥らない強さがあります。

 それはだれでも「体験」できるからです。それぞれの体験は、それぞれの中で否定できない「事実」としてまさしく「実在」するのです。

 当初、自らの常識にとらわれ、それすら信用せず、否定しようとすらした私の姿も、この本には出てきて懐かしく感じました(笑)。

 その疑念や誤解は、目の前で繰り広げられる「奇跡」によってのみ解消されたわけではありません。そこに大きく作用したのは、まぎれもなく西村先生やおかみさんのお人柄でした。

 本当に無垢なのです。純粋に利他。そして表裏なく、愛に溢れている。そんな大人に出会うのは初めてでした。

 これからCS60は世界に広がってゆくでしょう。大げさでなく、未来の人類を救済してゆくでしょう。過去と現在の無数の人々の願いと祈りの結晶として。

 やはり、西村先生は薬師如来、おかみさんは弥勒菩薩なのかもしれませんね。

Amazon 細胞の声を聴く超健康革命

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2022.08.31

『完本・哲学への回帰 人類の新しい文明観を求めて』 稲盛和夫・梅原猛 (PHP研究所)

Th_61doey88d7l 日亡くなった稲盛和夫さんの「哲学」を学ぶためには、まずこの本を読むことをおススメします。

 2019年に亡くなった文化・哲学の巨人、梅原猛さんとの対談ということで、お互いの「哲学」をお互いに咀嚼しながら解説してくださっているので、私たちにも分かりやすい。

 自利と利他の共存。徳と経営の両立。哲学と倫理と宗教の復権。

 20世紀人類がその反対、すなわち共産主義や科学万能主義、利益第一主義によって、自らを苦しめてきたことから、21世紀のテーマはやはり「回帰」となるのです。

 ここでお二人が述べていることは、まさに21世紀への遺言となってしまいましたが、こうして素晴らしい本としてまとめられたことは、私たちが常にそのメッセージを思い出すきっかけとなるでしょう。

 すなわち、これは21世紀日本人、そして22世紀日本人のバイブルとなるに違いありません。

 そう、今の子供たちは22世紀に生きるのです。だからこそ、私たち大人はこの21世紀を意味あるものにしなければなりません。

 繰り返し読みたいと思います。

Amazon 完本・哲学への回帰

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2022.08.26

『いままで起きたこと、これから起きること。』 高城剛 (光文社新書)

Th_b0b8mrrz6k01_sclzzzzzzz_sx500_ の日は八ヶ岳の青年小屋に到着。デジタル・デトックス生活が始まりました。

 自然の中に放り出されて感じる、この世のサイクル、リズム。面白いですね。

 さて、昨日の記事で、JFKの甥の発言に注目しつつ、歴史は繰り返されることについて少し書きました。

 この本には、世界中の自然と都市を巡りつつ、地球を俯瞰してきた高城剛さんがまとめた地球のサイクルについて詳しく書かれています。

 彼と私は不思議な宇宙的なご縁があって、ほとんど会うことはないのですが、いろいろと高次の情報を共有しております(と勝手に思っている)。

 彼には彼にしかできない仕事があり、私には私にしかできない仕事がありますが、それはおそらく分業というやつで、最終目標は一緒なのではないでしょうか。

 さてさて、高城さんがこの本で強調しているサイクルの一つに「80年周期」があります。

 これは近現代に当てはまるものであり、そういう意味では、昨日私が最後に何気なく語った「ある歴史的事件を知る世代が少なくなってきた時、再び似たような事件が繰り返されるのが歴史の必然なのでしょうか」という一文に、ある種の真理があるかもしれません。

 つまり、近現代になり、先進国での寿命は約80年となりました。近現代史に残る事件はもちろんいわゆる先進国で起きています。それを直接知る世代がほぼいなくなるのに、つまりは80年かかるということです。

 そして明確な記憶、体験だった「事件」が「歴史」となる。すなわち、そこで新たな「歴史」が生まれ、結果として「歴史が繰り返される」ことになるのです。

 そういう視点で考えますと、いずれ文明のサイクルは100年とか120年になるのかもしれません。それは良いことなのでしょうか。悪いことなのでしょうか。わかりません。

 ただ、そうした周期の変化する大きな波を感じることは、高城さんの言う通りとても大切であり、それに乗るのか呑まれるのかで、その人、その国の運命は大きく変わることでしょう。

 私はおかげさまで比較的大波に乗っている感覚があるのですが、そのコツはと聞かれると答えるのはなかなか難しい。

 ある部分では波にまかせるところも必要であり、また、あるタイミングでは波に抗うことも必要。その判断は直観、直感としか言いようがなく、それは(私はやったことがありませんが)実際の「波乗り」と同じなのではないでしょうか。

 ただ言えるのは、実際にそういう「大きな波」を俯瞰するための高い視点の獲得とその維持は、ある程度意識的に成し遂げられるということです。

Amazon いままで起きたこと、これから起きること。

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2022.08.08

誡太子書(花園天皇)現代語訳(5)

 たとえ学問の道に入るといっても、なおこのような失敗が多い。深く自らこれを慎み、有益な友を得て切磋されるべきである。学問でさえ誤りがあれば、道に遠い。ましてやその他のことは言うまでもない。深く誡めて必ずこれを防ぎなさい。そして、近ごろあなたが親しくするところ、すなわちつまらぬ人の慣れ親しむことはただ俗事のみで、本性は相近くとも、習いはすなわち遠い。たとえ生来の徳を備えるといえども、なお感化されることがあることを恐れる。ましてや上智に及ばないことを恐れないでよかろうか。徳を立て学識を成す道は、かつてより由るところがない。ああ、悲しいかな。先皇の諸業績は、今時たちまち堕落してしまうだろう。

 私は本性が拙く、智恵は浅いといえども、ほぼほぼ典籍を学び、徳義を成し、王道を興そうとしている。それはただ宗廟の祭祀を断絶させないためである。宗廟の祭祀を絶やさないかは、太子の徳にかかっている。だから、今あなたが徳を捨てて修めないならば、学ぶべき所を一旦溝に埋めて再び用いないようにしてしまうことである。これは私が胸を撃たれて号泣し、天に叫んで大きく嘆息するところである。五刑のたぐいは数多くあるが、罪として不孝よりも重大なものはない。その不孝の中でも、祭祀を断絶させることよりも甚だしいものはない。慎まねばならない。恐れねばならない。もし学問の功績が現れ、徳義を成就すれば、ただ帝の御業績を現世で盛んにするだけではなく、また美名を来世に残し、上は先祖に大孝を致し、下は庶民に厚徳を与えるだろう。そうすれば、高くしてしかも危うからず、満ちてしかも溢れない。なんと楽しいではないか。一日の屈辱を受けて、百年栄えを保つなら、忍従することができる。ましてや積み重なる古典に心を遊ばせれば、つまらない束縛もなく、本の中で故人に遭えば、ただ聖賢との交流がある。小さな部屋を出ずして千里を思い、あっという間に万古を旅する。楽しみに最も甚だしいものは、これに過ぎるものはない。道を楽しむと乱に遭遇するのと、憂い喜びの異なること、日を同じくして語ることはできない。あなた自身どちらを択ぶべきか、よく審らかに考えるべきである。

(完)

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