カテゴリー「芸能・アイドル」の244件の記事

2017.04.17

小柳ルミ子 『わたしの城下町』

 る歌番組の録画を観ていましたら、この曲がかかりました。御本人の歌唱ではありませんでしたが。
 珍しく生演奏の番組でして、この曲のベースがものすごくかっこよかったのでビックリ。おお、編曲は森岡賢一郎ですか。途中からすごいグルーヴ感ですね。この頃の楽曲には、こういう編曲がよくありましたよね。中間部だけエネルギッシュに動く。
 あらためて、この年になって聴いてみますと、まあ素晴らしい、素晴らしすぎる歌詞とメロディー、そして編曲ですね。詩はズズ(安井かずみ)さん、曲は平尾昌晃さん。

 この「城下町」とはどこの城下町なのか…それを知ろうとするのは、ある意味野暮でもありますが…ずばり、長野県諏訪市高島城下なのですね。平尾さんが岡谷で療養していた時のことを思い出しながら作曲したとか。
 まあ、歌詞はズズさんですから、曲のイメージとしての高島城ということでしょうかね。
 下の動画は、そう、1971年のレコード大賞、最優秀新人賞受賞のシーンです。期せずして平尾さんのお上手な歌を聴くことができます。それにしてもすごい新人だなあ…。

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2017.03.29

かがり火にて「天城越え」

Th_17554216_627324930806183_8895855 日は羽後町のショートステイ施設にて「旅芸人」してまいりました。
 基本、昨日と同じ演目でしたが、リクエストで家内が「天城越え」を歌いました。たまたま「天城越え」に「くらくら燃える火をくぐり」とあるので、まあ「かがり火」かなと思いまして、昨日の「りんごの里でリンゴの唄」に対抗しまして、このようなタイトルにいたしました。
 現地入りする前には、土方巽の鎌鼬美術館開館に尽力された方にお会いし、熱い熱い話をさせていただきました。
 その方のお誘いで、昨年できたばかりの道の駅うご「端縫いの郷」で、おいしい西馬音内そばをいただきました。
 この道の駅も大変センスよく、羽後町、とても上手に町おこしされているなあと思っていたところ、たまたまその日は、その道の駅で50万人目の来訪者があったとのことでおいでになっていた、羽後町長さまともお話させていただきました。
 何度も書いているとおり、土方巽、佐藤信淵、白井晟一、かど石などなど、本当に羽後町とは不思議なご縁があるんですよね〜。
 今日もお話させていただいたのですが、最近はまっている仲小路彰も実は佐藤信淵を非常に重要視してるんですよね。
 今日は羽後町のお年寄りの皆さんに楽しんでいただけたかと思います。歌を聴いて号泣されているおじいさんもいらっしゃいました。
 また、親戚の皆さんに私からもとある施術をさせていただき、お元気になってもらいました。秋田の皆さんと、こういうおつきあいができるのは、大変ありがたいことであります。
 皆さま、これからもよろしくお願い申し上げます。「日本を取り戻す」ために、秋田はとても重要な県なのです。

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2017.03.28

りんごの里で「リンゴの唄」

Th__20170329_9_03_51 回の秋田訪問の一つの目的は「旅芸人」。我が家四人、軽貨物車に楽器などを積み込んで、全国どこへでも(?)馳せ参じて、歌や演奏を提供いたします。
 今日は横手市増田町の介護老人福祉施設「りんごの里」に行ってまいりました。義妹らも住んでいる増田町、実はあの戦後初の国産映画「そよかぜ」のロケ地なんですよね。そう、焼け跡の日本人を励ました、並木路子さん歌うあの「リンゴの唄」の発祥の地でもあるわけです。今日は、そんな「本場」「聖地」において、「リンゴの唄」を披露いたしました。
 家内と長女は歌、次女は琴(文化箏)、ワタクシはヴァイオリンを担当いたしまして、次のような曲を演奏いたしました。

 ふたり酒
 さくら変奏曲
 荒城の月
 赤い花束
 ひでこ節
 アイネ・クライネ・ナハトムジークより
 河内おとこ節
 ふるさと
 時の流れに身をまかせ
 青い珊瑚礁

 演歌、民謡、クラシック、歌謡曲、唱歌…なかなか幅広いですね(笑)。
 お年寄りの皆さんのお元気そうな笑顔と歌声に、私たちもすっかり癒やされました。
 実は今日はワタクシたち夫婦の結婚記念日だったのですが、結婚当初、子どもが生まれたら家族で旅芸人をやりたいねと言っていたことが、こうして現実化していることに幸せを感じます。
 明日もまた別の町で旅芸人いたします。楽しみです。
 長女は本来ならベースを演奏するところなのですが、今回は旅芸人用ZO-3の入手が間に合わず歌での参加となりました。夏に秋田に来る時には、さらにグレードアップした演奏を披露できるかと思います。

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2017.02.27

福岡詩二さん(提琴芸人)

 日も忙しいので軽いネタで。
 尊敬するヴァイオリニストさんはたくさんいますが、特にワタクシ的には提琴芸人さんたちが好きです。
 以前紹介したところでは、桜井敏雄さんマグナム小林さんがいますが、やっぱり大御所を紹介しておかねば。
 ストラディバリを豪快にぶっ壊しながら、ネギで哀愁の荒城の月を演奏する…その音色が素晴らしいじゃないですか。なかなか真似できませぬ。
 私もこのストラディバリ、ほしいな。ウチにはガラクタ・ヴァイオリンがたくさん転がっているので、作ってみようかな(笑)。

 そして、大正演歌。福岡さんの風情がぴったりですよね。私もいわゆる「演歌」をやってみたい。弾き語りですね。

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2017.01.03

『ジャニーズと日本』 矢野利裕 (講談社現代新書)

Th_510zvmnpqsl_sx301_bo1204203200_ 日の続きともなりましょうか。渡辺和子さんは「置かれた場所で咲きなさい」と言いました。それはSMAPの「世界に一つだけの花」につながると言えます。
 渡辺和子さんは父親が背負った「日本の悲劇」からクリスチャンになり、そしてキリスト教に自由と個性と民主主義を見出しました。
 ジャニー喜多川さんは、日系二世としてアメリカのエンターテインメント(特にミュージカル…最初はベースボール)を通して、日本人に自由と個性と民主主義を伝えようとしました。
 そうした戦後のアメリカ文化受容(もちろん押し付けという反面もあるわけですが)の様子を、特に音楽的な背景を詳細に記述することによって明らかにした本です。とても面白かったし、勉強になりました。一気に読んでしまった。
 実は今日、たまたまですが、上の娘が帝国劇場で行われた「ジャニーズ・オールスターズ・アイランド」に行ってきたんですよ。それで大興奮で帰ってきた。なんだか、大好きな永瀬廉くん(と誰か)とハイタッチしただとか…よく分かりませんが(笑)。
 娘は午前中、村の厄払い行事に参加してからの上京でしたから、「神様に感謝!」と言っておりました。まあ、間違ってないな。芸能と神事とは深いつながりがあるのが日本ですから。実際、厄払いをした八幡神社には、立派な回り舞台があります。かつてお隣静岡から芸能集団が来たのだとか(非日常のマレビトですね)。
 さらに面白かったのは、その舞台の内容です。いや、厄払いじゃなくて、ジャニーズの方。なんでも、戦争中の話、大東亜共栄圏のこととか、硫黄島での玉砕(徹底抗戦)の話とか、戦後の復興、過去と未来の東京オリンピックの話などが満載の内容だったとか。
 昨年の舞台も特攻隊の話とか、そういう感じだったそうで、さらに太鼓や三味線の演奏などが繰り広げられたのだとか。
 そう、この本でいうところの「ジャパニズム」満開なわけですよ。アメリカ文化を伝えようとしたジャニーさんが行き着いたのが、実は非常に日本的な、ある意味保守的な世界だったというが面白い(インターネットに消極的な商売の姿勢も保守的と言えば保守的ですよね)。
 これは日本文化の特徴です。浮世絵とフランスのジャポニスムの関係を挙げるまでもなく、日本というのは「逆輸入」によって自己の価値を知ることが多い。また、外来文化を自由に取り入れつつ、いつのまにか、オリジナルより高度な独自の文化に昇華してしまうのが得意。
 そういう意味では、まさにジャニーズ文化というのは、宝塚と同様に、結果として非常に「日本的」な世界を築くに至っているわけですね。面白いことです。
 矢野さんが指摘している、日本のアイドル文化は単なる「未成熟」ではないというのは、ある意味では神道的な「常若(とこわか)」の価値観、思想に近いものがあると感じました。
 そう、SMAPやTOKIOや嵐が実現した世界観、アイドル像は、世阿弥が風姿花伝の「年来稽古条々」で語った、まさにその年齢なりの「花」に該当すると思います。
 そうした、固定概念、社会通念から自由になった「花」のあり方という観点からすると、実は日本はすでに充分に自由や個性を重んじた民主主義の世界であったとも言えましょう。
 逆説的になりますが、ジャニー喜多川さんが示してきた、あるいはこれからも示し続けるであろうモノは、実は、日本人が忘れてしまった「純日本的なるもの」なのかもしれません。それはいつものように「外から観た日本」として意識化されるのです。
 それもまた、世阿弥の「離見の見」に近いところがある。日本人はいつも大切なモノを忘れてきました。それは決して悪いことではなく、私の言うところの「国譲り」の作法ということになります。無意識化することによって純粋保存する、忘れることによって遺すという最強の作法。
 そう考えると、ジャニーズの掟からはみ出して、それぞれの「自我」を発揮してしまいながら「国民的アイドル」となったSMAPという存在と、その解散劇が意味するところが分かってくるように気もします。
 そういう視点で戦後を見直すのに、この本は最適だと思います。ジャニーズのみならず、その背後にある音楽的、芸能的、政治的背景が上手にまとめられています。
 もしかすると、本当に「戦後」は終わろうとしているのかもれません。そのあたりについて、今私は仲小路彰の戦後対米政策を通して勉強しているところです。アメリカの言いなりになっているように見せかけて実は利用していた…そのあたりについて、ぜひジャニーさんとも話をしたいところです。

Amazon ジャニーズと日本

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2016.12.31

平成28年紅白歌合戦

Th__20170101_105029 年は珍しく紅白を最初から最後まで観ました(前半は車の中だったので聴いていたというのが正しい)。
 まあいろいろありましたが、それなりに楽しかったかもしれません。
 個人的には東京事変とイエモンの再集結が嬉しかったですね。あとはYOSHIKIと松田聖子の共演かな。
 あとはNHKらしい「痛い」演出は相変わらずでありましたが、PPAPもあそこまでやると面白いかも(笑)。
 ベートーヴェン第九との共演、そして武田アナのまさかの「ゴジラマイク」(笑)。
 それにしても最後、なんで紅組が優勝なのかな?どういうシステムなんだ(笑)。あの玉一個何点なんだ?
 ここのところずっとそうですけれど、女性歌手が下手になりましたよね。演歌歌手も含めて。その点、男性は安定している。そういう意味では、昨日の紅白ビデオ合戦じゃないけれども、やっぱり白組優勝でしょう。
 ま、いいか。
 とにかく今年もいろいろなことがありました。皆さんのおかげさまで、本当に楽しい年となりました。ありがとうございました。
 この勢いだと、来年の紅白には出演しているかもしれません(笑)。

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2016.12.29

追悼 根津甚八さん

Th__20161231_133327 俳優の根津甚八さんがお亡くなりになりました。
 長いこと闘病生活を送られていたとのこと。お疲れ様でしたと申し上げたいと思います。
 根津さんは私の通った大学のある山梨県都留市出身。大学時代には根津さんのご親戚の方に大変お世話になりました。
 私は大学時代演劇も少しやっていましたし、状況劇場で唐十郎さんに可愛がられていた根津さんは憧れの存在でした。
 舞台を観る機会は結局ないままでしたが、映画やドラマでの「渋い」演技に何度もしびれました。
 輝かしい演技歴の中で、今日は私の脳裏に焼き付いている「新田義貞」を観ながらご冥福をお祈りしたいと思います。
 大河ドラマ「太平記」の新田義貞役は、開始当初は萩原健一さんが演じていましたが、ご病気のため途中降板。そのあとを引き継いだのが根津さんでした。
 ショーケンのイメージがある程度出来上がっていた中での継投でしたので、より大変だったとは思います。しかし、さすが根津さん、しっかり雰囲気は踏襲しながらも、どんどん根津流新田義貞を作り上げていったことを思い出します。
 今日は第30話「悲劇の皇子」を御覧いただきましょう。

 ちなみに、ここで非業の死を遂げる護良親王と都留市とは深い縁があります。護良親王の首級は雛鶴姫によって持ち運ばれ、裏鎌倉街道を通って都留市にある石船神社にやってきたという伝説があります(実際復顔首級があります)。 


 

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2016.12.27

SMAPは奴隷だった!?

Th_unknown 夜のスマスマ『SMAP×SMAP』の最終回、ウチはフジテレビが映らないので(笑)観ていません。
 これで一つの区切りとなったのは事実ですね。個人的には、かつて草彅くんと映画で共演した(睨み合った)仲でもありますし、キムタクとはある意味ご近所だったりするわけで、とても他人事とは思えないのも事実です。
 しかし、一方で、どこかで区切りをつけなければならなかったとすると、このタイミングで良かったのかもしれないとも思います。いすれのタイミングにせよ、厳しい状況になったと思われます。
 かつて、私はSMAP(スケートボーイズ)解散騒動の原因という記事を、半分おふざけのように書いていますが、実はあそこに書いたことにこそコトの本質があるのです。ワタクシ曰く「お上をなめたらアカン」。
 さて、そのお上とはなんなのか。そのあたりについて、歯に衣着せてしまうワタクシと違って、苫米地英人博士は実にストレートに説明してくれています。博士曰く「SMAPは奴隷」。
 今ちょうど、この動画で紹介されている「明治維新という名の洗脳」を読んでおります。大変面白い。来年、再来年のワタクシのテーマである「150年戦争の終結」にとっても非常に有益な内容であります。
 とにかくSMAPファンもそうでない方々も、この衝撃的な、しかし考え方によっては常識的な、博士の御説に耳を傾けてみて下さい。

Amazon 明治維新という名の洗脳

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2016.12.12

森高千里 『渡良瀬橋』

 日も忙しいので他人の褌で…いやいや、森高千里さんの歌で記事を書きます。
 森高さんの代表曲の一つ、「渡良瀬橋」。作詩は御本人。作曲は職人斉藤英夫さん。一昨日紹介した「Snow Again」の高橋諭一さん同様、森高さんに素晴らしい楽曲や編曲を提供している方です。
 まずは、森高さん本人がピアノ、ドラムス、リコーダーを演奏して、ビートルズのレット・イット・ビーを彷彿とさせる映像に仕上がっているオリジナル・ヴァージョンをどうぞ。

 森高さん自身が、この曲が生まれてから20年目となる2012年に次のようなメッセージを残してくれています。なんともしみじみとしたいい話ですね。

 足利市には親戚がいることもあり、また、この歌にも深い関わりがあると言える、「スサノヲの到来」展が開催されたこともあって、何度か訪れたことがあります。
 しかし、まだ歌詞に登場する八雲神社には参拝しておりません。御存知のとおり、(最も有名な)八雲神社の社殿は、2012年、森高さんが参拝した数ヶ月後に不審火で全焼してしまいました。
 再建計画は多難だったようですが、森高さんを始めとする多く方々からの寄付も集まり、そして、昨年、なんと式年造替で解体された、伊勢神宮の伊勢神宮「月読荒御魂宮」の移築という形で再建されることになりました。
 八雲はスサノオ、出雲の象徴。実際、祭神はスサノオです。
 う〜ん、スサノオの力はすごい。天照大神、そして月読命の荒御魂を動かしたか…。結果として、本当に素晴らしい受け継ぎとなりましたね。まさに火事は「国譲り理論」に基づいた必然であったと。
 私も、近いうちに八雲琴を引っさげて参拝し、奉納演奏などさせていただければと思います。もちろん、出口王仁三郎の耀わん「十和田」も持っていきます。あっ、最近出ました歌集「スサノオの海」も奉納します。
 さて、この名曲、いろいろな方がカバーしていますね。まず私が好きなのは、城之内早苗さんの歌唱。大人な雰囲気ですね。

 また、元「実力派」アイドル、松浦亜弥(あやや)さんのカバーも有名です。これもまたいいなあ。

八雲神社公式

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2016.12.10

森高千里 『SNOW AGAIN』

 日は東京でバッハとモーツァルトの練習。2月4日に横浜で本番です(コンサートの詳細はこちら)。
 で、行き帰りの車の中では予習と復習のためにバッハとモーツァルトを聴きまくったかというと…全然違いまして、オール森高千里でした(笑)。
 というのは、7日のFNS歌謡祭で、森高さんがドラムを叩きながら私の大好きな「SNOW AGAIN」を歌ってくれたからです。それで森高熱が再燃。
 12年前(!)にこのブログのベストクリスマスソングは?という記事で紹介した「Snow Again」。いやあ、いつ聴いてもいい曲です。切ないなあ。
 FNSの動画、いつまで見られるか分かりませんが貼っておきます。森高千里さん、「私がオバさんになっても」と言ってましたが、オバサンにならないじゃないですか!より美しくなられている(笑)。声も変わらない。


 ちなみに1997年、すなわち19年前の公式PVはこれ。なんか泣けます(涙)。

 こちらの「SNOW AGAIN」もいいですよ〜。2年ほど前、なんとブルーノート東京でのライヴです。

 作曲の高橋諭一さんの素晴らしいお仕事ぶり。この転調は実に効果的ですね。
 最近の森高さんと言えば、素晴らしいセルフカバー。この曲は2回カバーしています。
 まず2012年バージョン。

 そして、2014年バージョン。それぞれの年代でそれぞれの味わいがありますな。

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