カテゴリー「芸能・アイドル」の115件の記事

2011.12.29

たこ八郎 『たこでーす。』

 曲・編曲は久石譲。私は久石さんの音楽ダメなんですが、この曲だけはいい曲だと思いました(笑)。なかなかセンスの良いテクノポップ歌謡に仕上がっていますね。久石さんのチープな(失礼)感覚が見事に昇華しています。
 テクノにソウルフルなコーラス、そして実にブルージーなたこ八郎さんのボーカル。この独特のリズム感、音程感、これは意識してできるものではない。間違いなく隠れた名盤。カラオケで歌いたいけど、ないだろうな。
 カミさんが突然はまったんです。あんまりはまって、ほとんど泣きそうなくらいなので、今日の記事にしてあげることにしました。
 なんで突然…?
 実は、年末恒例の「今年亡くなった人」追悼番組を観ていたら、細川俊之さんと一緒にたこさんがちょっと映ったんですね。それを観て、急にカミさんに何かが降りてきたらしい(たぶん、タコ…笑)。
 カミさんはたこさんのこと、あんまり知らなかったらしく、その後ずっとネットで調べていました。そして調べれば調べるほど、彼のすごさ、深さにはまっていったというワケです。
 なんで年末のこの忙しい時(カミさんは大掃除しながらお節料理を作っている)に、たこ八郎なんだ?wwww
 しかし、たしかに久々に彼のことを思うと、なんとも切ない気持ちになりますね。昭和は遠くなりにけり。
 天才ボクサー、フライ級チャンピオン、ピンク映画俳優、普通の映画俳優、コメディアン、そして「現代の妖精」…。本当にいろいろな側面を持っていた人物ですね。 
 師匠の由利徹さんはもちろん、赤塚不二夫さんやタモリ、たけしなど、大物に愛されました。昭和の芸人さん、スポーツ選手、芸術家は、みんなこんな感じに自由で奔放でした。古き良き時代です。
 人気絶頂の中、海で心臓マヒを起こし亡くなりました。タモリは葬式で「たこが海で死んだ。何にも悲しいことはない」と言ったそうです。
 そんなたこ八郎さんの才能と魅力の一面を垣間見られる映像があったので紹介します。ビートたけしもお手上げという感じですね。ボクサー斉藤清作(河童の清作)の貴重なフィルムも紹介されています。
 なんか泣けますね。本当の笑いにはこういう哀愁が必要なのではないでしょうか。先ほどやっていた某お笑い番組とはあまりに違いますね…。

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2011.11.20

由紀さおり&ピンク・マルティーニ 『1969』

31jyobcxh8l れは素晴らしいアルバムですね。今、世界中で評判の1枚です。
 由紀さおりさんについては、こちらで『う・ふ・ふ』を紹介しました。日本を代表する歌手の一人ですね。
 由紀さんの歌のうまさ、声の美しさはもう言うまでもありません。このアルバムでも驚異的な歌唱力を存分に発揮しています。
 もとはと言えば、アメリカの人気ジャズオーケストラ「PINK MARTINI」のリーダー、トーマス・M・ローダーデールが由紀さんのLPをレコード屋さんでジャケ買いし、それを聴いてその歌唱力と楽曲のレベルの高さに驚いたところから始まった縁だそうですね。
 由紀さんのレコードをジャケ買いするアメリカ人もすごい…いや、アメリカのトップミュージシャンを魅了してしまった由紀さんと日本の歌謡曲がすごいってことでしょうか。
 このアルバム、とにかく驚きでした。何がって、ある意味全然ジャズじゃなかったからです。まんま歌謡曲なんです。
 「PINK MARTINI」のイメージからは全く程遠いからビックリしたわけですね。まさに日本の歌謡曲アレンジ。文句なしの昭和歌謡。
 もちろん、このブログで何度も強調してきたように、日本の昭和歌謡は本当の意味でのワールドミュージックであり、またその伴奏は日本を代表するジャズのビッグバンドが務めてきたわけですから、大きなくくりでは「ジャズ」と言えなくもありません。
 しかし、ここまで「まんま」だとは。普通日本人が歌謡曲のジャズカバーをやれば、「ああいうふうに」なるじゃないですか。ジャジーにね。ところが、これはまんま歌謡曲だった。
 アメリカのトップジャズミュージシャンが、ここまで日本の昭和歌謡のアレンジを研究してくるとは。いかにも演歌風な部分もあって、ちょっと笑っちゃいました。
 もしかすると、昭和歌謡が世界的なブームになっていくのかもしれません。実際このアルバム、イギリスをはじめとしたヨーロッパやアメリカのチャートを席巻しつつあります。
 あらためて歌謡曲のバックオーケストラを聴きますと、ゴージャスかつ歌を引き立てるアレンジという意味では「イタリア」を感じますね。オペラの歴史です。もちろんそこから流れるヘンリー・マンシーニのような映画音楽やムード音楽の世界。
 まあホントにワールドワイドな音楽ですわ。いかにも日本文化らしいですね。博覧会状態でありながら、やっぱり「日本」なんですよ。すごいなあ。
 これをきっかけに、世界中に昭和歌謡やJ-POP、J-ROCKのブームが起きるといいなあ。そのまた集大成であるフジファブリックの楽曲なんか一番ウケそうですし。期待しましょう。

Amazon 1969


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2011.10.02

山口組組長 一問一答

Tumblr_ljfcmziirc1qzpqkyo1_250 読みになった方も多いと思いますが、あえてここでも紹介しておきます。
 しかしビックリしました。産経新聞にここまでの勇気があるとは。いちおう全国紙ですからね。
 このインタビューの内容をどうとらえるかは、それぞれの思想や体験、そして立場によって違って当然です。ただ、単純に「感動した。暴排条例は行きすぎだ」とか「暴力団美化でとんでもない」とか、そんな単純な問題ではありませんのでご注意を。
 ヤクザ(あえて暴力団とは言いません)について、その歴史的側面、文化的側面、そして宗教的側面からそれなりに研究をしてきた私としては、その世界はまさに白黒二分法にあてはまらない「グレー」な存在であり、だからこそ世の中で必要とされてきたということだけは信じていますので、今回の「排除」という「暴力的」な条例の全国的な完成に関しては、やはり非常に憂慮していることはたしかです。
 今日も東京でその道にも詳しい方といろいろお話をしてきましたけれども、目に見えやすい、すなわちあえて舞台の上で演じている彼らを取り締まり、地下や舞台の裏側で利益をむさぼる「団体」を取り締まらないのは、これはおかしいと感じます。
 このブログでも何度も書いてきていますから繰り返しませんが、舞台の上を一掃するのは、その地下や裏側をのさばらせることになりますから、これからの日本、特に東京は非常に危険になると考えています。
 彼らに「暴力団」という名を与え、また実際に「暴力」の部分を助長する方向に動かしたのは、間違いなく警察です。そうして警察は表に裏に仕事を得ました。
 また、警察を動かしたのは国家権力者の一部であり、またそれを動かしたのはアメリカであったと言っても過言ではありません。そういう一面も否定できないはずです。
 言うまでもなく、現代は「ダニ」やら「ウジ虫」やらを害虫として徹底的に駆除する方向に動いてきました。自然界でもそれが非常に暴力的な行為であり、その歪みが様々なところに現れつつあるように、人間界においても近い将来において大きな問題が生じると予想されます。
 本来の仁侠道と暴力というのは相容れないものかというと、そうでもないところがこの問題を複雑化しています。日本の神話、いや世界の神話に「荒ぶる神」が不可欠であること、またこのたびの震災も含めて、自然界においてはある種の暴力性が不可避であることなどを考えれば、私たち人間の日常レベルでの価値判断だけで世界は割り切れないことが分かりますね。
 山口組三代目田岡組長の頃は、ある意味世間が賢く、そういう「世界の本質」を受け入れる土壌があり、そこにまた彼らは義理を感じ、人情を発揮していたのです。
 六代目組長は必死にその頃のよき伝統を守ろうとしているように感じます。しかし、末端はそんな理想論、いわば神話のレベルではどうしようもないほどに疲弊し困窮しています。だからこそ、組長の言葉は美しくも虚しく響きますね。 
 ヤクザはもしかすると、伝統文化として国家に守られ保存される立場になるのかもしれません。それもまた皮肉なことですね。
 昨日のジャズの話とも重なる部分はあります。対立なのか融和なのか、はたまた止揚なのか。
 久しぶりに「YOUNG YAKUZA」を観てみようかと思います。これも皮肉なことですが、今、教育現場に足りないモノがここにはあります。

【山口組組長 一問一答】上 全国で暴排条例施行「異様な時代が来た」

【山口組組長 一問一答】下 芸能界との関係「恩恵受けること一つもない」


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2011.09.02

『笑神降臨…鳥居みゆき』 (NHK)

狂宴封鎖的世界「穴」
Photo01 がいい。感性が鋭い。演技がうまい。プロ根性がすごい。そして美しい。
 録画しておいたものを家族で観ました。久々に重く感動する笑いを体験したなあ。最近の単発ネタ系のお笑いにはうんざりしているせいもあって、こうしたしっかり構築されたシナリオ系の笑いには、惹きつけられますね。
 そういう意味では、私は最近NHKの笑いしか観ていないかもしれません。定期的に笑っているのは「サラリーマンNEO」ですね。今週の「クラシック」は抜群に良かった(笑)。
 しっかりした脚本としっかりした演技。そして世相を映すアイロニーとペーソス。お笑いと演劇は本来同一のものであるべきです。
 そうですね、そういう意味では、NEOのほかでは2年前の小林賢太郎テレビもそれなりに面白かったのですが、逆に微妙な面もありました(彼やウッチャンやまっちゃんがNHKと関わって「微妙」になってしまった原因についてはこちらに書いてあります。ぜひお読み下さい)。
 その点、鳥居みゆき、かなりの天才ですね。知性で「知」をコントロールするのではなく、感性で「知」をコントロールしたために見事なバランスになっていました。
 狂宴封鎖的世界「穴」と題された全体像の中に浮かび上がった「現代の閉鎖性」「現代の孤独」。そして四つのエピソードそれぞれの微妙な統一と変化。そして一つ一つの言葉のセンスとナンセンス。
 30分の壮大かつ軽妙な交響楽を聴いたような感覚が残りましたね。素晴らしい。
 同じ秋田県出身ということもあってか、カミさんは今までも彼女に興味を持っていたようです。私は実はあまりよく知りませんでした。しかし、今日のこの番組ですっかりファンになってしまいました。
 こちらの公式ページにあるスタッフのメモを読むと、彼女のプロ根性がよく分かりますね。
 ぜひ単独ライブにも行ってみたいと思いました。カミさんと話しました。こういう授業したいよねって。部分で惹きつけつつ、全体でメッセージを伝えられるようなパフォーマンス。終わったあとに何かが心に残り、もう一度体験したいなと思わせるような内容。う〜ん、難しいなあ。ちゃんと訓練しなきゃいけないだろうなあ。

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2011.08.25

『みくせん』 (志満秀)

瀬戸内発! 初音ミク の ネギ入り えびせん 『みくせん』 Powered by ピアプロ users
110826_6_51_05_hdr 日、志村正彦くんのファンという方とお会いしました。ご夫婦で我が村にお泊まりになっており、明日吉田の火祭りなどを堪能されるとのこと。
 その方々は遠く香川県よりわざわざお車でいらっしゃったとのことで、富士山住人としてはうれしいかぎりですね。富士山も雲の間から顔を出してくれました。
 いろいろとお土産までいただきました。恐縮です。その中で、インパクトという意味では最高だったのがこれ。これは素晴らしい。素晴らしすぎて食べられない(苦笑)。
 ご覧のように初音ミクのえびせんです。しかし、よくあるようにパッケージだけキャラクターデザインで、本体はまあせいぜいそれらしいレリーフというようなのとは大違い。あまりにクオリティーが高くて飾っておきたいくらいです。
 箱を開けると真ん中にQRコードがプリントされたえびせんが堂々と鎮座しております。これは当然本物のコードでして、さっそくiPhoneのアプリで読み込んでみますと「ミクモバ」に飛びました。
Gn2009071904 ほかのせんべいにはそれぞれ違ったミク(&関係者)のかわいいイラストが美しくプリントされています。ホント、紙にプリントされているがごとく鮮明です。この印刷技術もすごいよなあ。なにしろベースが「せんべい」ですからねえ。
 そのミクたちはさすがにパリッとかガリッとかできませんので、まだ抵抗の少ないQRコードをさっそく賞味してみました。
 これがまたおいしいのです。さすが老舗のこだわり商品です。ちゃんとネギも入っている(笑)。
 ここまでのこだわりミクせんべいが存在するとは私は知りませんでした。たまにアキバとかでも売っているようですが、基本はやはり地元香川のお土産として販売されているようです。てか、ミクと香川って何か関係あるんでしょうか(笑)。
 自分で食べるもよし、コレクションするもよし、お土産にもよし。ある意味とても日本らしいこだわり、職人技を感じる商品ですね。おススメです。アマゾンで買えますよ。

みくせん公式

Amazon みくせん

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2011.08.23

島田紳助引退の裏に何が…

B_04399274 田紳助さんについては、実は全く興味もなく、好きでも嫌いでもない芸人さんでしたが、さすがにこの電撃引退の裏には何かあると感じて、あえて記事にいたします。
 なんでこのタイミングなのか、そこが問題です。世の中の人もみんな、会見で話された内容が全てであるとは思っていないでしょう。えっ?その程度のことで…というのが実感ではないでしょうか。
 それはその通りだと思います。私もずいぶんと「ヤクザと芸能界」の研究(?)をしてきました。このブログでもそのあたりについてはけっこう書いてきましたね。
 私の論調としては、「芸能もヤクザ稼業もマツリゴトの一つであり、表社会から見ると必要悪的な部分がある。それをアメリカ的な意味づけでこの世から消そうとして、今のこの世の中を作ってしまった」という感じでしょうか。
 その考えというか実感というのは今でも変わりありません。
 そうしますと、今回の紳助の引退はどういう意味があるのか、当然気になるところであります。
 いちおう会見を全て見ましたけれども、まず感じたのは「典型的」だということです。あの会見の内容は、ご覧になった方ならお感じになったとおり、紳助にはほとんどキズのつかない内容でした。
 数年前のヤクザとの親密なメール、それも芸能界のルール以前に人間としての「仁義」を通した内容でしたから、我々聞かされた一般人としては、「なんだ、そんなことくらいで引退するのか。そんなこと言ったらもっとひどい奴らたくさんいるだろ。後輩たちにしめしをつけるとか、恩に報いるとか、人間としては間違っていないじゃないか。それに、渡辺二郎にしても、その知り合いにしても基本紳助のことを思って骨を折ったわけで、いい奴らじゃないか」と思ってしまうのも当然です。
 つまり、そういうふうに世間が感じるように、見事に設計された、しかし一方でコテコテの浪花節的な一世一代の大芝居が打たれたということです。
 では、なぜそのような芝居を打つ必要があったのか。
 一般に大物芸能人の突然の引退には二つのケースがあります。一つは、芸能人本人がとんでもないことをしでかしてしまい、それを隠蔽するために、引退を条件にヤクザさんが裏で手打ちに持ち込むというケースです。
 つまり、今回で言えば、紳助自身が何かとんでもないこと(暴力事件以上のこと)をしでかしてしまった、あるいはヤクザ関係の大物を相当に怒らせるようなことをしでかしてしまい、それをそういう形で解決したということです。
 もう一つのケースは、芸能界とは一見違う世界で何か大きなことが起き、あるいはこれから起きるとして、世間の目をそらすために、大物芸能人のスキャンダルが利用されるということです。
 つまり、紳助にある世界の超大物が「今後の生活の保証をするから引退してくれ」という取引を持ち込んだということです。
 そんなことあるの?とお思いになる方も多いでしょうが、実際こういうことは昔からあります。世間をだますために、世間に一番近いところで事件を起こすのは、ある意味世界中の政治家やフィクサーが行なってきたことです。目先をそらす、めくらましをしかけるということです。
 では、今回はどちらのケースなのでしょうか。
 今の段階では、あまりに情報不足なのでなんとも言えませんけれど、あの美談的な会見内容、すなわち紳助にも渡辺二郎にもBさんにもほとんどキズのつかない内容を見るかぎり、後者のケースではないかと感じます。
 前者の場合には、会見内容は自己の責任問題に終始し、涙涙の会見になることが多い。しかし、今回は明らかに違いました。具体的な他者も登場し、具体的な内容も明かされているからこそ、お芝居がかった感じがしました。
 そうしますと、今回の引退の裏で、何か大きなモノがうごめき、重大なコトが進行する可能性が高いということになります。それはいったいなんなのでしょう。
 今私の頭の中にはいくつかのことが浮かびますが、おそらくこれらは正解ではないでしょう。そんな誰でも分かるような簡単なことではないような気がします。
 こういう時こそ、私たちは自らのミーハー野次馬精神を抑えて、冷静にその裏で何が起きているのか注視していかねばなりません。
 表で国民(衆愚)を煽動しておいて、裏で秘密裏に重大事が進行するということが、過去日本史において何度も繰り返されています。
 現代の情報社会、私たちはなんでも知ることができると勘違いしがちです。原発に関する情報の例を挙げるまでもありません。私たちにとって「自由」な時代とは、悪意を抱く者にとっても実に「自由」な時代なのです。

ps こちらで後藤忠政組長に小チンピラは言われていたのは、まさに島田紳助でした。

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2011.08.06

教え子(村尾ひかる)出演のDHCのCM

20110807_71048 日はスペースラブシャワーTVの「爆裂エレキングダム」にて我が校を舞台にした企画が放送されました。
 今日は山中湖のスカジャンボリーに本校のジャズバンド部が出演しました。スカパラの一つ前のステージでした。
 残念ながら私は行けなかったのですが、現地にいた知り合いによると、大変盛り上がったとのこと。こうして学校の名前を知ってもらえることはうれしいですね。田舎の小さな学校ですので。
 さて、そんな在校生の活躍もうれしいのですが、卒業生もいろんな分野で頑張ってくれています。
 今日は昨年春卒業した女の子からメールが来ました。「福田沙紀さんメインのDHCのCMに出演させて頂いています」とのこと。
 さっそくDHCのホームページで観てみたのですが、最初気づきませんでした。というのはあんまりにも小さく映っている…のではなく、あまりにもアップだったので逆に気づかなかったのです(笑)。福田沙紀よりもデカイじゃん(笑)。
 ということで、YouTubeにもあったのでどうぞ。

 彼女「村尾ひかる」については、昨年初舞台を観にいった時に少し紹介しました。その後オスカープロモーションに移ってタレント(モデル)として頑張っています。
 最近どうしてるかなと思っていたところだったので、こうしてメジャーな場で顔を見ることになってうれしく思います。
 彼女のこれまでの人生は決して順風満帆ではなかったと思います。楽しいこと嬉しいことだけでなく、いろいろ悩みも苦しみもありました。だからこそ頑張れるものがあるのでしょうし、演技や表情にも幅や深みがあるのだと思います。
 それを見てきた私としては、彼女の夢の実現には全面的に協力してあげたいと思っています。この記事も彼女の許可を得て応援のつもりで書いています。
 業界の皆さん、ぜひ彼女を使ってやって下さい!ミュージック・ビデオなんかでもいい味出すんじゃないかなあ。たとえばJ-ROCKに必須な笑顔の裏の愁いのようなものを表現できると思うのですが。
 去年の記事にも書いた通り、とにかく厳しい業界ですから、人の縁を大切にぜひ頑張ってもらいたいものです。
 そうだ、CMを作る側で仕事してる教え子もいるので、そっちにも声かけてみよっと。結局は縁だからなあ。そしてその縁をつないだり動かしたりする人が必要なんだよなあ。これからは自分がそういうことができるようになりたいと思っています。今までは自分がそういう方々のお世話になりっぱなしだったので。


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2011.07.01

『~ものまねグランプリ特別編~ コロッケVS青木隆治 珠玉のものまねベスト10』 金曜スーパープライム(日本テレビ)

0000033 れまた一昨日、昨日の続き。禅→数学→ものまね。
 今日たまたまテレビをつけたらやってました。「コロッケ vs 青木隆治」。ものすごく面白かった。
 青木隆治さんに関しては、やっぱり美空ひばりの真似がいいですね。ほかのもそこそこ上手いというか、とっても上手いんですけど、なんというか、彼って超正統派じゃないですか。コロッケさんはデフォルメとネタで勝負ですから、ある意味邪道とも言えないこともない。
 しかし、「モノマネ」の面白いところは、単なる「声帯模写」や「形態模写」じゃないというところなんですね。
 この前俳優の上杉祥三さんとも話したんですけど、結局役者って全て「物真似」なわけですよ。もちろん、それは観阿弥・世阿弥流の「物学」ですよ。
 それを私は「モノを招く」と解釈しているわけです。つまり、「モノ=他者=外界=自然=霊」を自らの器に招くのです。招霊、憑依と言ってもいいかもしれません。自分が「ミーディアム(メディア)」になるわけです。
 で、たとえば今日の対決では、ワタクシ的には完全にコロッケさんの勝ちに見えるわけです。あの大げさで「やりすぎ」な方が、より本人らしい。逆に青木さんがコピー的精度を高めれば高めるほど、本物との違いの方が際立ってしまうというジレンマに陥ってしまう。
 これは実に面白いことだと思って観ていました。

 「他人の方が本人よりも本人らしい」

 不思議ですよね。しかし、ちょっと考えを変えて、一昨日の「禅」やら昨日の「数学」についての考察を思い出し、その本質を援用してみると、面白い真実に到達できるんですよ。
 それはこういうことです。

 「本人は自分へのこだわりがあるために自分自身になりきれない」

 お分かりになりますか?
 私たちは、他者(社会)によって作られたイメージに縛られて「自分」を演じています。たとえば、私だったら、中学の教頭先生という社会的なレッテルとイメージの中で自分を演じています。これは社会が規定した「コト」を憑依させているとも言えます。
Images もし、そうした無数の「コト」が自分から全てはがれ落ちたら、いったい自分はどういう自分になるのでしょうか。皆さん想像してみてください。「先生らしい」とか「男らしい」とか「日本人らしい」とか「父親らしい」とか、そういう「コト」を全部捨てるのです。
 これは、ある意味では「禅」的な境地とも言えますね。そして、唯一の「コト」として「数の法則」を残して、あとは全て捨ててしまうのが「数学」的境地です。
 そうして、なるべく裸になったところには「モノ」が残るわけですよ。それを一昨日、昨日と書いてきました。
 で、「物真似」って、その「モノ」の部分を「マネく」わけですから、より本人の本質的な部分が強調されることになるわけじゃないですか。その一つの形がコロッケさんの芸だと思うんです。
 だから、ご本人もたいがい喜ぶ。面白がる。本当はここまでやりたいけれど、いろいろな「コト」によって縛られてはっちゃけられない自分といつも一緒にいるからです。
 そういう意味で、昔からいるイタコや霊媒師や審神なんかの役割と、物真似芸人さんの役割って、案外近いんじゃないかとも思うわけです。けっこう、カウンセリングなんかにも使えるかもしれませんね。本当の自分と出会う…。
 というわけで、自分の物真似ができる人ってあんまりいないと思うんです。自分なんてマネしなくても自分じゃん!?と言われそうですが、上述した意味において、「本当の自分」を真似できる方いらっしゃいますか?
 天才アーティストとかスポーツ選手とかって、それができるのかもしれませんね。それはそれで辛いかも。
 そして、「ものまねグランプリ」が終わってすぐに「もののけ姫」が始まりました。「もののけ姫」について語り出すとキリがないのでこのへんで終わり。


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2011.06.09

AKB総選挙に思う

Photo_2 AKB48 22ndシングル 選抜総選挙『今年もガチです』…まったく、こんなご時世にこちらの「総選挙」の方が盛り上がるのだから、不思議な国です、日本は。
 いや、それがいけないと言っているのではありません。私の彼女たちに対する考え方は、今年の初めに書いた『1ミリ先の未来~ドキュメントAKB48~』という記事をご覧下さい。
 ああした大災害が起きたあとでも、私の考え方は変わっていません。それどころか、ある意味ではより彼女たちの役割を重く見るようになったと言ってもいいかもしれません。
 彼女たち自身や今回の「総選挙」が、このブログで書いてきた神道的な意味における「芸能」の価値を体現していると言えるからです。
 本来ならそうした「まつりごと」は政治の役割の一つでした。しかし、今や男による政治があんな具合になってしまっていますから、たとえ半分はフィクションであっても「女」による「ガチ」な闘いの方に興味が行ってしまうのは致し方ないことかもしれません。
 肚をくくって、筋を通し、かつ自分が属する集団への愛情も忘れず、またライバルへの敬意も忘れないあの姿には、それが芝居であっても、いや芝居だからこそでしょうか、私たちは感情移入することができるわけです。
 今の男の政治に感情移入できますか?
 男の闘いということで言えば、総選挙の速報を気にしながら観たサムライTVの「ザ・グレート・サスケ vs 飯伏幸太」は素晴らしかった。まさに感情移入できる闘いでした。飯伏選手、憧れのサスケ選手と戦うということで、試合が始まる前から泣いていました。あれは男のガチの涙です。そして勝ってまた泣いた。
 そういうまさにサムライの涙というものが、男のリアル政治家にあるんでしょうか。私には女であるはずのAKBたちにこそ、そんな涙を見たような気がしました。男として残念でなりません。
 それこそ、こんな馬鹿げたことを言っている大人の男(私)に対して呆れる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は真剣なんです。
 おととい、中学総体のバスケットボールの会場長をおおせつかり、開会の挨拶をしました。東北で大好きなスポーツをやりたくてもできない仲間がいることに思いを馳せるように話をしたつもりです。
 その意味が中学生に伝わったかどうかは分かりませんが、しかし、スポーツ、特に子どもたちによる真剣で純粋な闘いには、ある種の「力」があると信じて語らせていただきました。
 リアルな政治にも、こうした芸能や音楽やスポーツのように、世の中に大きなうねりを作り出すダイナミズムというか生命力のようなモノがほしいんですよね。そこに必要なのは、もちろん保身でも利権でもなく、純粋なる「志」です。それを自らが演出して発信し伝染させていかないと、国は動きません。そういう器の政治家っているんでしょうか。
10_2_3 そのあたりを当然意識しての今回の「総選挙」だったと思います。秋元康という天才プロデューサーは、私たちのように政治に呆れてしまうのではなく、違った方向から強烈な批判と揶揄をしたとも考えられます。真っ正面からではいけれども、一つのダイナミズムを作り出すきっかけを投下したのかもしれません。
 実際、どこまでがガチでどこまでヤラセか分かりませんが、芸能にはそんなつまらん二元論は無用ですね。
 現実的には、『TOP10は神7+柏木で残る枠を指原・宮澤・R・高城が争う構図だろう』という大方の予想に反して、昨年4位だった板野友美が8位にダウンして「神7」の一角が崩れ、その代わりに昨年8位だった柏木由紀が3位に浮上、指原莉乃が昨年19位から9位に躍進して、「世代交代」を印象づけるなど、お見事な「想定外」な結果となりました。
 もちろん、前田敦子と大島優子による1位2位争いの行方にも関心が集中し、いわゆる「政権交代」的な結果にも心動かされました。
 40位に入るかどうかや、中堅どころのアップダウンも含めて、全体として非常に大きなうねりを作ることに成功していましたね。秋元康おそるべしです。
 それがまた、法隆寺夢殿や富士山をイメージして建てられ、多くの「スポーツ」と「芸能」(たとえばプロレス興行やコンサート)という「まつりごと」の場となった日本武道館で行われていることの意味は実に大きいと思います(ま、そんなこと思うの私だけかもしれませんが)。
 いずれにしても初回には6万だった投票数が、3回目の今回は108万になったというだけでも、実に強力なダイナミズムを感じます。それも男女比に大きな偏りがない。つまり、若い世代の日本人は、あの八百万的な女神たちに「何か」を感じ「何か」を期待しているのでしょう。
 こうした本来の「祭」的なエネルギーこそ、こういう時代に、そして政治の世界に必要なのかもしれないなあなどと思いながら、前田、大島両名の、そして飯伏とサスケの涙を見ていたのでありました。


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2011.06.04

満員御礼!バッハとヘンデルとポケモンと…

Chirashi1 来場くださった皆さんありがとうございました。おかげさまで大盛況の中、無事終了することができました。
 今回も超豪華なプログラムでしたね。私たち演奏する方といたしましても、このような大曲、名曲を一度に演奏する機会というのはなかなかありません。ありがたいことです。私たちのようなアマチュアにおつきあいくださるプロの演奏家の皆さんには、心から感謝と敬意を申し上げます。
 今回は私は久々にヴァイオリンがメインということで、いつもと違った緊張感がありました。いえいえ、ヴィオラだと気が楽ということではありませんよ(笑)。役割が全く違うのです。今回は、1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、そしてヴィオラと、三つの役割を演じ分けなければならないわけですから、けっこう大変と言えば大変でした。ま、それが面白くもあるんですが。
385_2 いずれにせよ、バッハやヘンデルといった大家の作品は、どのパートを弾いてもやり甲斐があり、発見も多いわけです。アマチュアとしてこのような体験ができること、本当に幸せに思います。
 コンサートの詳細は早くも公式サイトに写真入りでアップされていますのでご覧下さい。こちらです。
 そんな音楽の面白さ、ヴァイオリンの楽しさ、そして人の縁の素晴らしさを体験してもらおうと企画しているのが我が中学校の横浜遠足&芸術鑑賞です。なんて言えばかっこいいですけど、実際のところは…教頭先生の趣味におつきあいくださった生徒、保護者の皆さん、ありがとうございました(笑)。まあ、天気も良かったし、開港祭も開催中でそれなりに楽しかったのではなないでしょうか。
 ええと…またワタクシの変な趣味の話で申し訳ないのですが…今日、自らのコンサート以外にも感動したライヴがありました。まったく想定外だったんですけどね。
 というのは、リハーサルが終わってお昼の時間にですね、生徒たちがいないかなと思って会場近くのお祭会場の方に行ってみたんです。そうしたら近くから聴いたことのある「歌」が聞こえてくるではないですか!?
20110604_12_51_57 むむ、この声は…もしかして!?松本梨香さん!?
 皆さん、ご存知ですか?マニアな人は知っているでしょう。神です(笑)。
 そう、あのポケモンの主役たるサトシの声を演っている声優さんです。声優界の重鎮ですね。そして、彼女は歌もめっちゃうまい。
 そう、そんな彼女の声がすぐそこに聞こえるんです。歌はポケモンのオープニング・メドレーだ!それもこれは録音ではなく生声です。私はすぐに走っていきました。
 うわっ!ホンモノだ!姐御がいる!そっかあ、そういえば松本さん横浜出身で横浜ベイスターズの大ファンだったっけ。彼女が始球式をした年にベイスターズは38年ぶりに優勝しました(ちなみに私も隠れベイスターズファンです)。
 めっちゃうまい…生で聴いちゃった。ラッキーです。さっそくポケマニアの娘と松本さんを心から尊敬しているカミさんに自慢メールを送っちゃいました(笑)。
 というわけで、まさに「古今東西・硬軟聖俗なんでもござれ」の音楽三昧の一日でした。ああ、音楽っていいなあ。そして、皆さんありがとう。一人ではこんな幸せは味わえませんから。

アンサンブル山手バロッコ公式

松本梨香公式


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