カテゴリー「経済・政治・国際」の813件の記事

2017.11.30

絶対に聞いたことある身近な音 ピアノで再現

 日もまた音楽のお話。それも昨日の続きで、チャイムや効果音など、短い音楽についてです。
 昨日も書いたように、私は宴会芸というか大道芸的に、ヴァイオリンで町のいろいろな音を再現します。ピアノなどでは絶対無理な、各種ドップラー効果や人の話し声なども、フレットレスで継続音が可能なヴァイオリンならある程度再現できます。
 逆に、ヴァイオリンは和音が苦手ですので、なかなかうまく再現できないものもあります。
 今日は、家の中や街の中にあふれる様々な短い音楽を、それこそ耳コピしてピアノで再現した動画を紹介します。
 すごいですねえ。絶対音感のないワタクシには絶対無理なワザです。だいいちピアノちゃんと弾けませんし。
 中には私の知らない音もありますね。まあ、とにかく聴いてみてください。

 今回、一つ大発見だったのは、ウチの中学校のチャイム、なんとなく電車の発車メロディーっぽいなと思ったら、なんだ、東武鉄道の汎用発車メロディーだったんですね。
 それぞれの音たちに、昨日の「大盛況」のように作曲家がいるんですね。作者不詳ってある意味かっこいいじゃないですか。
 みんな知ってる、みんなお世話になってるけど、誰が作ったか分からない。そんな何かの作者になってみたいものです。名を残すよりも、作品を残す方がカッコイイですよね。

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2017.11.29

ファミマ入店音=稲田康作曲 メロディーチャイムNO.1 ニ長調 作品17 『大盛況』

 日も音楽の話。
 この前もファミリーマートに行った時、あの入店チャイムを耳コピしようとしている自分がいました。
 宴会芸やドサ回りで、ヴァイオリンを使っていろいろな音を出したりして遊ぶんですが、そのうちの一つにチャイム(効果音)クイズというネタがありまして、その一つにこれを加えようと企んでいたんです。
 ご存知のように、このファミマのチャイム、単音ではなくて微妙に和音なんですよね。そこをちゃんと再現したい。
 で、いろいろ調べていたら、実に面白いことが分かりました。(当たり前ですが)ちゃんと作曲者がいて、作曲者自身によって曲名も新たに命名されていたとは…(笑)。
 詳しくは、ぜひぜひこちらをお読みください。面白いですよ〜。
 上のサイトには、作曲者自身の自筆譜や本人による演奏もあります。感動ですね(笑)。

 自筆譜を見ると分かるとおり、まさに無伴奏ヴァイオリンのために書かれたかのような調性と和音構成です。そのまますぐに宴会芸に使えますね。
 てか、実際のファミマのチャイム、ちょっとピッチが低めですね。これはバロック・ヴァイオリンでの宴会芸にピッタリですわ(笑)。

 私、このあまりに有名なメロディーを使ってフーガでも作ろうかなと思っていたら、同じこと考えるお変人さん(失礼)がいてビックリしました(笑)。それがまたなかなかよくできている。

 さらに面白いものが出てきた。モーツァルトとベートーベン(笑)。

 日本人てホントいい意味でおバカで素晴らしいですね。みんなすごい。

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2017.11.25

『アドラー心理学で読み解く 田中角栄 天才の流儀』 (ダイアプレス)

Th_51aksmgjonl 日、車の中で小一時間人を待つ時間ができましたので、KindleUnlimitedでダウンロードして読んでみました。
 昨年ブームになった田中角栄とアドラーを組み合わせた本。無理やり感があるかと思いきや、案外自然に感じられましたね。
 つまり、田中角栄レベルになると、発想や行動がアドラー心理学的になって当然というか、いやそれこそ因果関係が逆かな、アドラー的にならないと超一流にはならないということでしょうか。
 ちなみに、私のものの考え方はアドラーにかなり近い。アドラーを読む前から似たような発想をしてました。ってことは、私も超一流になれるかも(?)。ま、さすがにそこまではいきませんが、そうですねえ、まあ超二流くらいにはなりたいかな(笑)。
 この前の高城剛さんとの対話でも、「時間は未来から過去へと流れている」という宇宙スタンダードの話をしました。同じようなことを言っている宇宙人(?)は、あと苫米地英人さん。
 アドラーも実はそれに近いところがある。アドラーの目的論や自己決定性は未来から現在を観るということが前提になっていると感じます。
 田中角栄もそうですよね。ある意味巨大な妄想を未来に置いて、今やるべきことを決定していった。過去の経験からしか判断できないお役人とは違った。
 この本は、田中角栄やアドラーの入門書としてはなかなか有用だと思いますよ。田中角栄をアドラー心理学からとらえるというコンセプトが秀逸なのはもちろん、結果として、田中角栄が、少し抽象的で難解なアドラー心理学の実例となっているというのも面白い。
 現場のサラリーマン対象の構成ですが、どっちかというと管理職が読むと勉強になるんじゃないだろうか。そんな気がしました。やっぱり田中角栄は人を動かす天才ですから。
 ただちょっと誤植が多くて気になりましたね。最近の本の校正はどうなってるんだろう。そのうち校正もAIがやるようになるのかな。

Amazon アドラー心理学で読み解く 田中角栄 天才の流儀

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2017.11.19

【討論】桜国防戦略会議 『習近平体制と危険水域の日本防衛』

 日は日本武道館にて「自衛隊音楽まつり」を堪能いたしました。
 音楽を通じて、陸海空軍、そして米軍、タイ王国軍が一つになるという、素晴らしいコンサートでありました。
 ちょうどそのお祭りが終わった時間に放送が始まったのがこの番組。今日は朝からこれを拝聴いたしました。
 音楽は音楽。そこには大切な理想的イメージが表現されていたと思いますが、現実は現実です。
 音楽は平和の象徴と思われがちですね。実際は、様々な音の衝突と、その解決によって成り立っています。お花畑な協和音だけの音楽は、幼稚園で卒業です。
 そういう意味では、音楽にも現実が表現されている、あるいは現実の衝突の解決に向けてのヒントが隠されているかもしれません。
 それはそれとして、この討論はなかなか聴きごたえがありましたね。元自衛隊の重鎮の方々を中心に、これほど現実的な討論が聴けるのは、チャンネル桜ならではでしょう。
 今年は北朝鮮や中国の動き、そしてトランプ大統領誕生によって、戦後最大の危機が日本を襲っています。しかし、相変わらず地上波テレビはくだらない芸能ニュースか、せいぜいモリカケ問題に終始。
 戦後日本という国の情けない実態がここにあります。
 ただ、私はいつも書いているように、いわゆる保守派でも右翼ではありません。若い頃は左、途中右、そして、今は様々な賢人との出会いによって、両翼をもって多少は高いところまで飛ぶことができるようになっていると思います。
 つまり、どちらかというと、現実派ではなく理想派なんですね。ですから、こうして現実の最前線で、なかなか理解を得られない、あるいは無関心に囲まれる中で、頑張っておられる皆さんを、心から尊敬します。
 いちおう教育者のはしくれとしましては、未来の日本人である若者たちに、今の現実を知ってもらうだけでなく、その先、50年後、100年後、あるいは1000年後にどういう世界を創っていくべきかを語らねばならない。そういう意味では、夢想家であるだけではだめなんですね。
 だから、現実を無視する地上波や新聞の情報、そして自分が走りがちな夢想とのバランスを取るために、こうして保守系の情報を定期的に得るようにしているのです。
 今、私の心の師匠は思想家仲小路彰です。彼は、まさに現実と理想をバランスよく知っていた人物です。未来という理想から今という現実を観るという方法を、私に教えてくれたのは仲小路彰なのです。
 未来から今を観る、未来からの光で今や過去を照らすことによって、今の現実への対処の方法が変わってきます。あるいは今に対する解釈も変わってきます。そこが重要なんですね。
 そして、私たちが歴史を勉強する、過去に学ぶということは、まさに未来から今を観るのと同じベクトルの演習をたくさん重ねるのです。また、過去のその当時の「今」を生きていた人たちが、どういう未来からその「今」を観ていたのかを学ぶ機会なのです。
 目の前の危機、すわなち「近未来」から今を観ることとともに、「遠未来」から「近未来」を観たり、今を観たりすること、これこそがこれからの私たちに必要なことであり、若者に教えなければいけないことだと思います。
 この討論で示された「近未来」や「今」を、皆さんはどのように受け取るでしょうか。いわゆる自分の視座をどこに置くのか。私たち人間には、その視座を自由に移動させる能力が与えられています。
 音楽の作曲という作業は、実は「遠未来」や「近未来」から(一般的な過去→未来という時間軸からすると)逆算して「今」を構築していくものですね。やはり、音楽には多くのヒントが詰まっていますね。

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2017.11.18

平成29年度 自衛隊音楽まつり 「ONE ~音が結ぶ、ひとつの想い~」

Th_img_0304 日のシン・ゴジラからの奇跡的な展開。まさか、伊福部さんのゴジラのテーマやヤシオリ作戦の音楽を自衛隊の生演奏で聴くことになるとは…。
 そう、実は、自衛官をされている生徒の保護者の方からチケットをお譲りいただき、急遽、下の娘と一緒に日本武道館にて、初めて生で鑑賞(参戦)させていただくことになったのです。
 う〜ん、もう、言葉にならないほど感動いたしました。久々にコンサートで泣きました。冒頭からもうウルウル。
 ウワサには聴いておりましたし、ネット配信では生鑑賞したこともあったのですが、やっぱり生はすごい。すごすぎる。たしかにこれは抽選倍率高くなりますよ。
 譲ってくださった方から、とにかく早めに行って並んだほうがいいとのアドバイスをいただいていたので、仕事を終えてすぐに富士山を発ち、いつもの初台の駐車場に車をとめ市ヶ谷へ。途中靖國神社に立ち寄り参拝しつつ、開演2時間前には現地に到着していました。
 しかし、そこにはすでに長蛇の列が。すごい人気であることがわかります。ちなみに私たちは最終の第5回公演を聴くことができました。これもまた、きっと格別なことなのでしょうね。
 持ち物チェックを受け入場し、早足でなるべく前方の席へ。偶然南東側の前から3列目の席をとることができました。結果としてここが実にいいポジションだったのです。
 もうプログラムの内容一つ一つについて語っていたらキリがありません。また配信された動画をここに貼り付けても、たぶんあの臨場感は伝わらないので、それも割愛します。そうだ、あえて告知動画だけ載せておこう。

 それぞれの音楽隊、太鼓隊、儀仗隊、歌手の皆さん、スタッフの皆さん、本当にみんな素晴らしかったのですが、今日はちょっと違う視点(次元)で感じたことがあったので、それを書いておきましょう。
 ちょうど今日も学校の職員室で、最近の教育現場に足りないものは何かという話をしていたんです。誤解をおそれず言いますが、体罰もだめ、恫喝もだめ、しまいには「指導」すらだめ(「指導死」なんて言葉が登場したため)、ひたすら生徒や親御さんの言うことやることに寄り添えという風潮に、強烈に違和感を持っているワタクシです。
 そうそう、この前、高城剛さんとラジオで対談した時も、「日本の教育現場では150年前からずっと軍国主義、軍隊文化が続いている」と言わせてもらいました。しかし、それはですね、決して「悪い」「ダメ」という意味で言ったのではないのです。実際「これはもしかすると、これから世界に誇るべき、広げるべき文化かもしれない」と言っています。
 いったいどんな教師なんだと言われそうですが、この平和な時代において、軍隊文化はかつてとはまた違った意味、意義を持ち始めていると感じているのです。
 ラジオでも言いましたが、なんだかんだ言って、右派だけでなく左派である日教組やメディアまでもが、「批判」という形をとりながら、あの頃の記憶を忘れないように保存してきたのですね。そこに私は大きな意味を見出します。
 私も少しかじっている、禅の修行にも通じますが、今日、自衛隊の皆さんのお姿を観ていて心震えたのは、統率される、統御される、ある意味強制される、型にはまることによって生まれる全体の美しさと、個性の表出です。
 型にはめることは、没個性につながるどころか、その型(器)からこぼれ落ちる個性を表現することになるのです。このパラドックスは、実は私たちの生活のいたるところにあります。
 学校の制服や校則などもそうなんですね。世阿弥が言う序破急にも通じる人間の智恵がそこにある。
 今日の自衛隊の皆さん、音楽、フォーメーションという型にはまる中で、本当に驚くほどに一人一人の個性を発揮していたのです。これは大げさでもなんでもなく、本当に一人一人に鑑賞移入してしまった。自分でも驚きました。
 ここに日本の文化や教育の本質があるなと、真剣に感じました。大切なモノがある。「コト(カタ)を窮めてモノに至る」という、私の得意な理論が、ここでも証明されているなと思いました。
 だから、私は感動して涙したのです。不自由の中にある本当の自由。一つのカタの中にある無限の可能性。秩序におさまる美しさと、おさまらないエネルギー。それらがたしかにありました。
 「荒魂」が昇華されて「和魂」になるのが、日本の伝統的な文化です。一見、荒々しい、たとえば戦いなどが、より高い次元の平和を生んでいく。武道のあり方や、音楽における不協和音の果たす役割を考えてみて下さい。あるいは日本の歴史における、戦争や災害の意味。そこと常に前線で関わってきた軍隊、自衛隊…。
 教育者の、そして音楽家のはしくれとして、本当に学ぶことの多い2時間でした。人間はすごい。美しい。音楽はすごい。美しい。自衛隊はすごい。美しい。尊敬します。
 あっそうそう、南東側で良かったのは、自衛隊の歌姫、三宅由佳莉さんがすぐ近くで歌ってくださったからです。私の席の周囲もゆかりんマニアがたくさんいて、カメラのシャッターをしきりに切っておりました(笑)。
 また来年もぜひ行きたい。娘もすっかり自衛隊ファンになってしまいました。もしかして自衛官になるかも?
 感謝。感謝。私も地球平和のために頑張りますよ。

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2017.11.17

『シン・ゴジラ』 庵野秀明脚本・監督作品

Th_unknown ちゃめちゃ遅ればせながら鑑賞いたしました。この前ついに地上波でも放送したようですが、ウチはテレ朝が映らないので(笑)、Amazonビデオでレンタルしました。
 なにしろ、公開当時あえてライバル映画(?)の「大怪獣モノ」を観に行き、最近も再びビデオで観てしまったような私なので仕方ないですね(笑)。
 で、結論から言いましょう。やっぱり私はモノ派ですね。モノは2回観ましたが、シン・ゴジラはもう一回観るかなあ。
 結局のところ、私はもう時代についていけないオジイサンなのですね。「君の名は。」の時と全く同じ不快感が残ってしまった。
 つまり、テンポが早すぎる。情報(セリフ・テロップ・映像表現)が多すぎる。今どきのそういうテンポ感に全くついていけない自分にガッカリすらしました。
 テンポが早いために人物描写や心情表現が少なく感じてしまう。実際はちゃんとやってるのかもしれないけれど、読み取れないのです。
 やっぱり庵野さんだから、いわばアニメ風な表現なのでしょう。古臭い日本映画にどっぷり浸かってきた私としては、もうなんだかジェットコースターに乗ってるみたいで、あっという間にワケがわからんうちに終わっていたという感じ。
 まあ、テーマも政治的で面白かったですよ。そうそう、面白いとも、技術的にすごいなとか、そういう感想は持ちしましたよ。
 しかし、なんかモノ足りない。余韻がないというか。もっとじっくり苦労してゴジラを倒してほしいというか。5時間くらいの作品になってもいいと思います。いや、連続ドラマで12時間くらいやってほしい内容の濃さだと思ったのですよ。
 モノ足りたのは、やっぱり昔ながらのお馬鹿さ、無駄の多さで「モノ」の方だったということでしょうか。ごめんなさい、変な人で。
 だから結局、作品が悪いのではなく、私が悪いのでしょう。いちおう、歴代のゴジラを観てきたつもりですが、正直シン・ゴジラが一番消化不良でした。批判もあまりできません(ほかの作品には正直駄作もあります)。
 う〜ん、時代に置いて行かれている感じがしてやだなあ。
 唯一、感心したのは、自衛隊が全面協力していることですね。その自衛隊が、ある意味日本軍らしい、昔ながらのやり方で戦っているのが頼もしかった。素晴らしい。
 昨日紹介した陸軍大将宇垣一成さんが、この映画観たら何て言うかなあ…。

Amazon シン・ゴジラ

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2017.11.16

宇垣一成揮毫「機神社」扁額

Th_img_0205 日のシルクサミット実現のきっかけとなった、下吉田機神社での不思議なできごと。まさかこんな展開となるとは思いませんでした。
 その時は徳富蘇峰の「経天緯地」について書きましたが、今になって「機神社」の扁額こそが、宇垣一成の揮毫であったことに気づきました。
 社内にたしかに「扁額揮毫 陸軍大将 宇垣一成閣下」という札がありましたからね。単純に私が「成」の草書体を知らなかったために、扁額のサインを読めなかったということです。
 宇垣一成は、知る人ぞ知る和平派陸軍人であり、総理大臣になりそこねた人物です。よく言われるように、あの時(昭和11年、12年)宇垣が総理大臣になっていたら、あの戦争が起きなかった…とは言えませんが、かなり歴史は変わっていたでしょう。
 宇垣は和平派であったということで、戦後もマッカーサーらのお気に入りとなりました。
 また、かの仲小路彰とも懇意の仲でした。仲小路が宇垣を叱責し、宇垣が恐縮したというエピソードが伝わっています。そのあたりについては、また後日書きますね。
Th_mig 忙しいので、今日はここまで。あっそうそう、TBSの人気女子アナ宇垣美里さんて、宇垣一成のご親戚らしいですよ。
 それにしても、なんで、こんな田舎の小さな神社に、偉人宇垣一成の書があるんでしょうね。徳富蘇峰との関係も調べる必要がありそうです。

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2017.11.15

横田めぐみさん拉致から40年

Th__20171116_113251 日で40年。40年ですよ。あまりに痛々しい残酷な現実です。
 何度か書いているように、めぐみさんと私は一緒に遊んだ幼なじみです。たまたま、父親の仕事が同じで、同じ社宅に住んでいた時代があったのです。
 ですから、この拉致事件は全く他人事ではありません。教員になってからも、常に自分のことのように生徒たちにこの不条理すぎる現実について語ってきたつもりです。
 しかし、私のできることは、せいぜいそのように語り継ぐこと、あるいは毎日ブルーリボンをつけることくらいしかありません。悔しい気持ちでいっぱいです。
 5年前、こちらに書いたように、横田滋さん、早紀江さんに45年ぶりにお会いしました。その時は、ちょうど私も安倍昭恵さんと出会った直後でしたし、その年末には政権交代があり安倍政権が再誕生しましたので、横田ご夫妻も私も正直大きな期待を抱いきました。
 しかし、その後5年間、ほとんど解決に向けての進展はありません。途中、時々良き情報が漏れ聞こえてきましたが、最近ではそれも途絶えてしまいました。
 横田ご夫妻もお年を召されました。ご夫妻はウチの両親とほぼ同い年です。ウチの父親もここ5年ですっかり衰えました。母親が気丈に頑張っている姿もかぶって見えるところがあります。
 なんとか、いや絶対にご両親がお元気なうちに、愛娘との再開を実現しなければなりません。
 本当に私にできることは祈ることくらいありません。もう一つあるとすれば…いずれせよ、ある意味自分の人生の集大成として、めぐみさんの帰国の実現に全霊を注いでいきたいと思います。


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2017.11.14

スマホに免許制を!?

Th_2014100210 もスマホ(iPhone)のない生活が考えられないほど、スマホに依存しています。
 もちろん便利だからそうなるのであり、私たちが世界中の人たちの脳みその中の情報を共有できるという意味で、インターネット端末をポケットに携帯することになったということは、あまりにも画期的なことです。
 その反面、「なんでもできる」「なんでも教えてくれる」という意味でのマイナス面も指摘されていますし、私たち自身も実は体感していますよね。
 それについていちいち書きませんが、全体としてそうした危険を回避するために、私はスマホの免許制を提案したいと思っていました。
 で、今日それをここに書こうと思ったきっかけは、職場でそういう話になったからです。中高生がスマホを使う問題点だけでなく、最近近所でもあった教員による盗撮事件に関しても「スマホがなければ起きなかったよな」的な話をしたんです。
 スマホは、先ほど述べたように脳みその拡張デバイスです。かつては妄想にすぎなかったことが実現できてしまう。
 それは、たとえば自動車が身体の拡張であることと似ています。メリットがある反面、デメリットもあるわけです。
 だから、自動車の運転には免許制が採用されている。間違った使い方をすれば命を奪う可能性がありますし、ルールに則らなければ社会に混乱をきたします。
 現在のスマホの状況はそれに似ているように感じるのです。それも一気に世界中に広がったために、ルールの整備もままならない状況です。
 脳みその拡張は、すなわち身体の仮想的な拡張にもつながります。どこへでも行けてしまうし、現実世界の撮影や録音、録画なども可能。擬似的なコミュニケーションも、あるいはディスコミュニケーションも簡単にできてしまう。
 また、子どもたちに、違法ダウロードなどの犯罪行為を簡単に許してしまう環境を与えてしまっているのも事実です。
 車の免許に年齢制限があるのと同じように、スマホにも年齢制限が必要かもしれません。現代の子どもたちは、免許も持っていないのに、便利で危険な自動車を親に買ってもらって、勝手気ままにルールも知らず公道を走り回っているようなものです。
 このように、スマホの持つ便利さと危険は、自動車のそれらと重ねて考えるとわかりやすくなり、そして、そこにルールの策定や、免許制の導入、モラル・リテラシー教育などが必要であることを実感できるようになります。
 もしかすると法整備が必要かもしれません。それに伴う罰則、あるいは違反金、点数制度などもありかもしれません。
 そのうち、中学生が無免許スマホで補導されたり、大人がなにか事件を起こして免停になってスマホ没収されたり、そんなニュースが流れる日が来るかもしれません。
 というか、その方が正常なのかもしれません。ある星ではかつてそうであったと聞いています(笑)。

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2017.11.11

地球のむすび〜未来の光

Th_img_0114 日、椿山荘東京にて友人の結婚式がありました。
 仕事柄たくさんの結婚式に参列させていただいておりますが、今日は本当に格別な感動をもって大切な時間を共有させていただきました。
 ご臨席されたゲストの皆さんのメンバーのすごいこと。私たち夫婦は、たまたま今回の結びのご縁を作る、そのまたきっかけを作る立場であったためご一緒させていただきましたが、本来ならばこのようなそうそうたる皆さまの末席を汚すことはできないはずです。
 しかし、不思議なご縁ですね。お祝いの挨拶の中で、総理夫人も私たち夫婦の名前を出してくださりました。2年前のあの日、まさかこのような素晴らしい「むすび」が生まれるとは、正直夢にも思いませんでした。まさに、神様に導かれ、大切なお役目をさせていただいたのだなと、ひたすら感謝であります。
 本当に、このご結婚は、日本の、地球の、宇宙の弥栄のために、実に重要な「結び」「産び」であります。新しい時代の幕開けにふさわしい「融合」であり「昇華」ですね。
 世界の「モノ」世界、「コト」世界、そしてその両方を扱う世界で、まさに最先端、最高峰の皆さんも、きっと私と同じ予感をもってこの式に臨んでいたことでしょう。
 ワタクシも、おかげさまで旧交を温めさせていただき、また新しいご縁をたくさんいただき、ますます自らの天命を確かなものとすることができました。
 日本の、地球の、宇宙の未来を照らす光。そして、その中心に富士山があるのだということも確認いたしました。そしてまた、音楽の重要性をも再確認。
 お二人、本当におめでとうございました。そして、ありがとうと心から申したい。
 そして皆さん、ぜひ富士山へ遊びにいらしてください。未来へのデバイスをたくさん用意してお待ちしております。

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