カテゴリー「経済・政治・国際」の905件の記事

2018.11.14

『自衛隊戦力と交戦権を肯定せよ』 小山常実 (自由社ブックレット)

Th_81p1kirgrdl 守派を自称する方々の劣化が激しい。もちろん劣化左翼としてのリベラルもひどい状況で、今の日本は両翼とも腐ってしまい飛翔することができなくなっています。
 なんて過激な言い方をすると、お前は何者だ!と言われますので、あらかじめことわっておきますが、私は「愛国左翼」です(笑)。
 ま、それも半分冗談、半分本気。つまり両翼を止揚したところに私はいたいのです。出口王仁三郎や仲小路彰、頭山満などに学んでいる者としては当然です。彼らからするととっくに周回遅れですが、それでもジタバタしていきたい。
 さて、劣化保守の中で、地味に燦然と?輝いているのが、これまた地元山梨の郡内地方で地味に輝いている大月短期大学の名誉教授手ある小山常実さん。ブレない筋金入りの保守派です。
 この本も実に論理がすっきりしており、賛成するかどうか別として、大いに納得する内容となっています。
 自民党の改憲案や安倍総理の自衛隊観でさえイマイチ、イマニ、イマサンなのだから、その他は推して知るべし…なんて言っている矢先に私の上空を自衛隊機が低空飛行していきました。
 ここ富士山麓を低空で飛ぶのは自衛隊機か米軍機。高空には旅客機が飛びます。富士山があるおかげで、軍用機、民間機ともに特別待遇されています。日本の上空はアメリカのものですからね。
 ちなみにこの本の目次を次のようになっています。面白そうでしょう。

第一章 自衛戦力と交戦権を持たない国
 一 自衛隊員の捕虜資格
 二 交戦権を持たない国の戦闘自体ーミニ国家にも勝てない
 三 交戦権を持たない国の補給戦ー敗北は最初から決まっている
 四 その他の交戦権否認の不都合
 五 第九条第二項は属国化を招来した

第二章 自衛戦力と交戦権を肯定せよ
 六 正しい第九条解釈をー自衛戦力と交戦権を肯定せよ
 七 「日本国憲法」は憲法として無効である
 八 「日本国憲法」改正では自衛戦力と交戦権は取り戻せない
 九 「日本国憲法」に正しい名前を与えよう

 この本こそ、左派やなんとなくリベラルの方々、そしてなっちゃって保守の方々に読んでもらいたいですね。そして、まじめに反論、あるいは賛成するために真剣に勉強してほしいですね。
 もちろん私もなっちゃって「愛国左翼」なので、もっと勉強が必要です。たしかに戦争が嫌いでもなんでも、学校で「戦時国際法」についてちゃんと教えられるようにならなくちゃなあ。現実を知った上で、未来のことを考えなければ。
 そにしても、今日は上空がにぎやかだなあ。何かあったんでしょうか。

Amazon 自衛戦力と交戦権を肯定せよ

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2018.11.13

言語道断とは

Th_7a8cef25b46f69b394b2ca6caac3e5e7 「ランプ大統領のやることは言語道断なことばかり」…政権内の高官がこんな告発文を出したとか。
 まあ普通に考えて、ここでの言語道断とは「かなりひどい」という意味でしょう。表現できないくらいひどいと。
 一般的に四字熟語としての「言語道断」は、たしかにそういう意味です。
 しかし、仏教語としての、すなわちオリジナルな意味は正反対なのでした。

「仏法の深遠な真理は言葉で説明できない」

 これが本来の意味です。禅が言葉を排除するのはこの原理によるもの。
 日蓮も「言語道断の経王、心行所滅の妙法也」と言っています。法華経は素晴らしいと。ブッダのお悟りは言葉にできないどころか、我々人間の心さえも及ばないのです。
 言語道断の「言語」は、まあ普通に「言葉」でいいと思います。あるは「言う」「語る」という行為。
 「道」は、これはroadやwayではなく、報道の「道」、唱道の「道」ですね。漢文でも「道ふ」は「いふ」と訓読します。
 言語断とも言います。つまり、「言語」も「道」も同じ意味なんですね。それら全てが「断」たれるとということです。言葉を受け付けない。言葉で説明できるようなものではない。説明しようとしてはいけない。説明できたら偽物。
 仏教の教えというのは、常にそういう矛盾を抱えています。なにしろ、たとえば「法華経」という言語で書かれたものが言語道断なんですから(笑)。
 座禅も言語道断を体験するためのものです。しゃべっていはいけないし、考えてもいけない。徹底的に言語を追い出すのです。
 ということは…もしかして、トランプさんの行いは深遠すぎて言葉で説明できないのかも?
 だから、我々凡夫には理解できないんですね(笑)。


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2018.11.08

『バカとつき合うな』 堀江貴文・西野亮廣 (徳間書店)

Th_51e7j5rqhel 常に面白かったし、勉強になった本。皆さんに読んでもらいたい。
 「バカ」という言葉は一見キツいようですが、読めばなるほどと思えます。「バカ」…本当の自由を奪うもの、邪魔するもの。うん、私も「バカ」とつきあいたくない。
 しかし、しかし!この本では、まさに「バカ」の代表として、「学校」がやり玉にに上がっております。学校にバカが集まるというのもありますが、学校というシステムそのもの、戦後の日本の教育こそが「バカ」であると。
 まったくそのとおりです。最近のワタクシはそこに毎日悩んでいるのであります!バカの巣窟でバカを代表するような立場にあるのですから(笑えねえ)。
 学校関係者(もちろん自分も含む)に対して大変失礼な結果になってしまいますが、私はホリエモンやキンコン西野の考え方に基本賛成です。
 いや、それは彼らのような、一部の現代的「天才」だから、そんなふうに言えるのだという、まあかなり想定内な反論もあると思いますよ。しかし、彼らが巻末で「自分もバカだ」と言っているように(それもあんただらか言えるのでは?という批判もあるでしょうが)、残念だけれども実際に学校は自由を奪うことを仕事としているようなバカな装置ですし、先生も生徒もそれの言いなりになっているバカがほとんどです。
 私ももちろんバカであり、またバカを育てる仕事をちゃんとしているわけですが、ただ、それに強い違和感を覚えていることだけはたしかです。
 現場では言われますよ。そういう人たちとのつきあいが多いから洗脳されてんじゃないの?って(笑)。
 しかし、意外に冷静に今の仕事をこなしている部分もあるし、守旧派、保守派と戦うだけでなく、ちゃんと協調してやっているところもあるし、それどころか、自分こそが守るべきものを守ろうとしているとも言える。
 特に我が校は禅宗の教えに基づく学校ですので、基本「型」を変えないことを良しとしてきました。変わらないことの重要性もたしかにあるし、よく理解しているつもりです。
 しかし、それでもやっぱりそろそろ変えなくてはならないなと感じています。バカでいつづけることが、どうも本能的に辛くなってきた。
 しかし、凡人である自分にはたして何ができるのか。今の仕事を通じて、何をどう変えていけばいいのか。それはまだ分かりきっていないというのが実情です。けっこう辛い。
 自分のためにも、また生徒たちのためにも、あえてこの本の目次を書き写しておきます。はたしてこのうちのいくつのバカに当てはまるのか。

01バカばっかりの環境に居続けるバカ
02人と同じことをやりたがるバカ
03学校を盲信するバカ
04目的とアプローチがずれているバカ
05我慢を美徳にしたがるバカ
06未熟なのに勘に頼るバカ
07欲望する力を失っているバカ
08「自分の常識」を平気で振りかざすバカ
09機会の代わりを進んでやるバカ
10付き合いを強要するバカ
11ひとつの仕事で一生やっていこうとするバカ
12先に設計図を描きすぎるバカ
13にわかを否定するバカ
14人生の配分ができないバカ
15新しさばかり追求するバカ
16無自覚に人の時間を奪うバカ
17善意なら何でもありのバカ
18マナーを重んじて消耗するバカ
19自分は老害にはならないと思っているバカ
20孤独を怖がるバカ
21一貫性にこだわるバカ
22未来に縛られるバカ
23空気を読むバカ
24バカを笑って、自分は棚上げのバカ

 ふむ、実に面白い。けっこう当てはまるぞ。
 あっちなみに、「先に設計図を描きすぎるバカ」や「未来に縛られるバカ」というのは、一見ワタクシの「時間は未来から…」哲学に反するようですが、よく読むと同じことを言っていることが分かりますよ。どういうことかは、ぜひ本書を購入してお読みください。
 さて、明日もバカな自分との戦いは続きます。諦めず戦い続けましょう。

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2018.11.05

分裂から融合へ

超越融合!
Unknown 日は重いテーマを軽いメモ風に。
 時代は明らかに「分裂」から「融合」へと変化しつつあります。
 仲小路彰は言いました。「21世紀は太陽の時代である」と。そこには大きく二つの意味があります。
 一つは「女性性」の時代。そして、もう一つは「核融合」の時代。
 たしかに「女性」も「融合」という生命の本質を担う存在ですね。
 私は何度も書いているとおり、ワシは原発には反対の賛成なのだ!という立場を取っています。
 まさにそれを研究している私の友人たちによると、もうすぐ核融合は画期的な方法によって現実的になるそうです。「分裂」から「融合」です。期待しています。
 そして、一昨日も触れました、天皇の譲位の本質。ちょうど700年前から南北朝に「分裂」していた天皇家が、ある方法によって「融合」します。まさに象徴的ですね。
 さらに身近なところで、興味深い「分裂→融合」の動きがありました。保守分裂と言われて久しい、山梨2区を巡る自民党内の対立。そこに大きな変化が。

山梨知事選で自民推薦の長崎氏「憎み合う状況では発展ない」

 超手前味噌ですが、絶対に和解は無理だと言われていた両者を、ある象徴的場で無理やり「呉越同舟」させたのは、このワタクシです。それはまたすぐに分裂してしまいましたが、その時御本人に、そして自民党のトップに、また神様に訴えかけたことが、こうして予想以上に早く実現することになるとは。勝手に感無量です(笑)。
 私の中でも、実は「分裂→融合」がたくさん起きています。たとえば音楽とか。今までの自分内対立はなんだったのかと思うくらい、いとも簡単に融合できるようになった。なんなんでしょうね。
 これらの動きは歓迎すべきものです。今日もたくさんの「融合」を見つけて生きたいと思います。
 今日はここまで。

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2018.11.03

【討論】明治維新とは何だったのか? (チャンネル桜)

 化の日。つまり明治天長節。今年は明治維新(戊辰戦争)150年ですから、特別な文化の日であると思います。そして、平成最後の文化の日でもあります。
 そんな日にふさわしい素晴らしい討論を聴くことができました。いやあ、本当に面白かった。いろいろな角度、立場から、いろいろな解釈ができる「明治維新」。たった150年前の出来事なのに、まだまだ分からないことばかり。
 私は今年を、明治維新以来の「150年戦争」終結の年であるととらえています。それは歴史学的な意味ではなく、あくまでも霊的な意味ですが。
 また、何度か書いてきたように、そして冒頭で小堀先生も触れていますが、今年は後醍醐天皇即位から700年、すなわち、天皇家が実質的に南北に分かれてしまう、「統合の象徴」であるべき天皇、皇室が「分裂」してしまってから700年なんです。
 ほとんど誰も同調してくれませんが、宇宙人である(笑)ワタクシは、来年に迫った「譲位」をそのような視点から見ております。
 それはまた、この討論でも何度か出てきている、「国譲り」の作法に基づくものであるとも思っています。
 それから…これはタブーですけれども、明治天皇すり替え説と出口王仁三郎の関係、その父とも言われる有栖川宮熾仁親王の存在…そこまで行ってしまうと、ほとんど誰もついて来れませんね(苦笑)。
 まあ、歴史的な事実はいかなりとも、たとえばここ富士北麓地方でも報国蒼龍隊など、錦の御旗を掲げた部隊がありましたが、彼らを突き動かしたエネルギーというのは、実は非常にローカルな「物語」から発したものでした。
 この討論の一つの論点でもありますが、薩長と会津でも、それぞれの「物語」が全く違っていて噛み合うはずもなく、それが武力衝突にもなるし、今に至る微妙な分断にもつながっている。
 こんなに小さな国でも、こういう矛盾を抱えながらやってきた。縄文と弥生まで遡るかもしれない、いや、もっと古いのかもしれない。そこを「和」してきたのが日本だったはずです。そして、その「和」の象徴が天皇であったと思います。
 結果として、明治維新によって、その「天皇」の本質が変わってしまった。そここそが、この討論の基底となっている「保守」の精神をお持ちの方々にはなかなか論難できない、大きな大きな問題であると思います。
 それを本来のあり方に戻す第一歩が、今年始まっているということでしょう。天皇自らの手によって。
 そう考えると、「150年戦争」とは、天皇自らの戦いそのものであったのかもしれませんね。

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2018.10.28

『偽書が描いた日本の超古代史』 原田実 (KAWADE夢文庫)

Th_unknown 信のアウトソーシング特集、とりあえずこれで一段落でしょうか。
 今日、ウチの近所の安倍総理の別荘に、インドのモディ首相がいらっしゃいました。これも元をたどると、私の妄想が実を結んだとも言えます。そこには、ある「トンデモ」が関わっています。その話はまた最後に。
 少し前に、原田さんの最近のお仕事「江戸しぐさ批判」を含む『オカルト化する日本の教育』を紹介しました。あれもとっても面白かった。どうも、私はこういうモノに反応してしまうんですね。
 たしかに自分も子供の時から嘘つきです。今でも生徒に「はったり、ちゃっかり、ぼったくり」とか言われています(笑)。
 もしかすると、これは社会的にはかなりヤバイのかもしれませんが、とりあえず小さなの嘘でも、それが世の中を大きく動かすことがある、いや、世界史の大事件のほとんどは、ある種の嘘が生み出したとも言えるのではないか、と思うとどうにもワクワクしてしまうんですね(笑)。
 まあ、たとえばある人が未来はこうなる、未来をこうすると言って、人を動かし世の中を動かしたとすると、未来なんていうのはまだ起きていないという意味では、現在においては「嘘」になってしまいますよね。あるいは小説などの芸術作品も嘘っちゃ嘘。それが人や世を動かすこともよくあります。
 そういうスケールでの「嘘」にワクワクするということです。
 さて、この本には、どう見てもバレバレな嘘なのに、それなりに世の中を動かしてしまった、という例がたくさん紹介されています。
 いわゆる「古史古伝」です。それはほとんどの場合「超古代史」を含む内容になっています。それはそうでしょう。最近のことについて嘘をつくとすぐバレるけれども、超大昔のことは誰にも分からないので、嘘というか妄想を書きやすい。
 これって、たとえば幽霊が見えるという話をするのと似ています。つまり、肯定派も否定派も科学的根拠を提示できず、ただ「なんとなく信じる」か「なんとなく信じない」ことしかできないから、発信者としては絶対的肯定も絶対的否定からも逃れられる。
 そういう意味では、「江戸しぐさ」は近すぎた。いや、近いからこそ自分に都合の良い嘘につなげたくなるというのもありますね。超大昔を語るより、とりあえず信用されやすい(つまり生活レベルで騙しやすい)。
 いわゆるユダヤ陰謀論や、大東亜戦争の解釈なんかにも、たくさんの「妄想」や我田引水が混入していますね。いや、一番近いところでは今の政権も…。
 そう、この本の「富士宮下文書」のところに、実は私が大きく関わっている「事実」が紹介されていました。ある人を通して、そことモディさんもつながっている。トンデモな話に聞こえるでしょうけれども、起きたことは本当だからしかたありません。
 と、そんなわけで、この本に書かれていることは、ほとんど事実ですし、本当に客観的に書かれているという意味で、この種の本の決定版だと思います。さすがです。
 それを実現したのは、やはり原田さんの人間への「愛」でしょう。単に嘘つきを糾弾したり、揶揄したり、無視したりするのではない…。
 さて、私は今、こうした歴史的「嘘」や現在的「嘘」、そして未来的「嘘」を総合して、戦後日本において国家や国民、そしてそれを取り巻く世界をも動かしてしまった人物、仲小路彰の研究をしています。
 仲小路は賢かった。なぜなら、完全に黒幕として隠遁していたからです。その存在は当時からすでにミステリアスであり、だからこそ人を惹きつけてしまった。
 仲小路は、これら古史古伝が「発見」され、流布し、利用された時代に生きながら、その内容をかなり深く研究していました。そして、それは彼独特の「日本世界主義」「グローバリズム」「未来学」を構築することに大きく寄与しています。
 その潮流はまだいろいろなところに息づいてます。とても一笑に付すわけにはいきません。面白いけれども、笑ってばかりはいられないのです。
 物語の力、すなわちモノを騙る力は、事実よりも奇であります。

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2018.10.20

高城剛 KEYNOTE SPEECH 『30年後の未来へ』(INNOVATION WORLD 2018)

20181022_131745 うそう、この前のイノフェスの高城さんの講演が本当にすごかったんですが、やっぱりあれも「即興」だったそうな。空っぽでその場に立つと、ちゃんと流入してくるらしい。それであれだけ淀みなくしゃべれるんだら、まあ天才ですわ。キース・ジャレットと同レベルですね。
 その基調講演の一部がラジオでオンエアされました。今日はそれを紹介します。全体の3分の1くらいですが、それでもかなり衝撃的な未来像が紹介されていますし、私たちが考えるべき課題も提示されています。
 高城さんは、基本、実際に現場に行って自らの五感(+六感)で確認したこと、あるいは実際に会って聴いて納得した情報以外は信用しません。インターネットの寵児のように思われがちですが、逆に彼はインターネットの情報は信用しません。
 そこに彼の発信する情報の価値の基盤があります。ぜひお聞きください。

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2018.10.08

『大宏池会の逆襲』 大下英治 (角川新書)

Th_71pglillrl 倍一強という、自民党として、いや日本として今までになかった状況が続いています。それが良いことなのか、悪いことなのかは、のちに歴史が教えてくれることでしょう。
 そうした現状は「宏池会」の弱体化であるとも言えます。保守本流、穏健ハト派である「宏池会」が、その内部分裂などによって自らの力を弱めてしまったのは事実です。
 そして、だからこそ「大宏池会の逆襲」なのです。歴史は繰り返す。偏りすぎたものは揺り戻す。これは政治の力学だけでなく、宇宙の法則でもあります。
 そう考えると、今の安倍一強というのは、未来のスウィングのためのバックスウィングということになります。
 今年の夏、バックスウィングの当事者の別荘にお招きいただき、そして2021年以降の話をさせていただきました。
 実はもうそういう方向で動いているのです。政治の現場というのはそういうものです。未来的に今動いている。
 岸田さんが昨年「未来戦略研究会」を設立し、この夏に2050年のヴィジョンを発表したのは象徴的でした。
 そこで私が思い出さずにいられないのは仲小路彰のことです。知られざる黒幕ですから、もちろんこの本にも出てきませんが、宏池会の誕生と成長に、間接的であれ仲小路が影響を与えたのは間違いありません。
 仲小路彰は、熊本の五高で、池田勇人、佐藤栄作と同級生でした。そして、彼らよりはるかに成績が良かった。言うまでもなく、池田と佐藤は宏池会と深い関係があります。
 また、山中湖での隠棲(ある意味院政)にあたっては、富士急行創始者の堀内良平やその子孫たちの援助がありました。堀内家も宏池会の歴史のど真ん中に存在しています。
 戦後、仲小路は吉田茂に多くの提言をしています。仲小路の言う「グローバリズム」や「地球平和」、さらに「未来学」、そしてそれらの中における対米政策などが、吉田に大きな影響を与えたことも間違いありません。そして、それが吉田学校を通じて宏池会の精神につながっている。
 この大下さんの著書が表の宏池会史だとすると、私がここに書いていることは裏の宏池会史ということになるかもしれませんね。
 そろそろバックスウィングも折り返し点に至りつつあります。2021年以降、はたしてどんなスウィングが様々な逆境を打ち返すことになるのか。私は非常に楽しみにしているのであります。
 その時代はきっと(また)富士山が鍵を握ることになるでしょう。仲小路が富士山麓に40年間蟄居していたのには、そういう未来的な意味があったのです。

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2018.10.06

『大正天皇』原武史(朝日文庫)

Th_41uwic3gryl_sy346_ 々大正天皇のお墓参りをしております。なぜか分かりませんが、ふと思い立ってお参りすると、必ずなにか不思議なことが我が身に起きます。
 もともとは出口王仁三郎を通じて大正天皇に興味を持ちました。王仁三郎は一説では有栖川宮熾仁親王のご落胤とも言われております。
 大正天皇は有栖川宮威仁親王を心から信頼し敬慕していました。結果、有栖川宮家は断絶するわけですが、大正天皇はその祭祀をのちの高松宮に託すことになります。
 その高松宮のブレーンだったのが仲小路彰ということで、私の半生におけるキーパーソンは全てリンクすることになります。
 まあ、それはごく個人的なことであって、そこになんの意味があるかはよく分かりません。しかし、その不思議なリンクを考える上で、大正天皇というのはどうしても外せない存在です。
 一般には病弱でちょっと頭も…というとんでもない評価をされてしまっている大正天皇ですが、10年前こちらにも書いたとおり、大正天皇は素晴らしい漢詩人でありました。そこ一つをとっても、とても暗愚の方とは言えません。
 ある意味、時代が強制的に大正天皇を追いやり、まさに暗愚な時代というべき昭和の初期が到来することになります。明治維新150年の今年、大きな流れの中で見ますと、大正天皇は軍事を嫌い平和的世界を切望した方だったことが分かってきます。
 そんな心優しきお人柄をしっかり描写、紹介してくれているのがこの本です。今、考えるべきは、いったい何が、誰が、大正天皇を日本の歴史から追いやったのか、大正天皇が高松宮さまに託した思いはなんだったのか、そして高松宮家も断絶してしまった今、その大正天皇の想起した「国体」はどこにあるのか、ということでありましょう。
 ちなみに大正天皇のお后さま、節子皇后については、同じ原さんの「皇后考」に詳しく書かれています。そちらもおススメです。

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2018.09.30

マルチ・スズキ 『ジプシー』

Th_img_2679 ょうど246を走る用事があったので、寄って見てきました!
 最近気になっていた、新型ジムニー…ではなく、旧型(二世代前)ジムニーの「新車」。
 インド製です。インドでは「ジプシー」として絶対的な信頼と人気を誇る、第2世代ジムニー。まだ新車として生産されているのです!
 それをあのワイルドグースさんが輸入して2年かけて日本の車検を通したという一品(逸品)!
 もう見てしまったが最後、欲しい!となってしまいました。
 新型(第4世代)ジムニーの納車が半年以上先というのなら、思い切ってこいつを買ってしまおう!なんて思ってしまいました。
 まあ、とにかく紹介動画を見てください。

 そうそう、インドのジプシーと言えば、昨年安倍総理と昭恵さんがインドを訪問した時、日印の友好の印としてジプシーに乗ってパレードしました。
 普通、大きな高級車のオープンカーですよね。それを日本製の元来軽自動車であるジプシー(ジムニー)でやっちゃうところが、なんともインドらしいというか、逆にオツなおもてなしでした。

 この車も警察車両だということで、助手席ドアの下に謎のステップがついています。すなわち、立ち乗り用のステップのようです。面白すぎ。
 私は第二世代ジムニーを3台乗り継ぎましたが、第三世代はちょうど子育ての期間と重なったため、全く縁がありませんでした。ですから、ジムニーと言えばこれしか知らないわけで、実際久しぶりに乗ってみて、なんか懐かしいというよりも、普通に受け入れられたのです。
 部品もほとんど日本で調達できますし、専門店も多い。インドでもほとんど故障しないというのが売りということもあって、かつて乗っていた最新のイタリア車よりはストレスが少なそうです(笑)。
Th_img_2676 ただ、レジントップの品質はあまり期待できません。実際のところ見た感じ、触った感じは、さすがインドクオリティーという感じでした。
 そこも含めて、本当に好きな人じゃないと乗れないでしょう、とお店の方もおっしゃっていました。はたして、自分はそれに該当するのか?
 しかし、ロング化され、さらに背高のトップのおかげで、荷台の広さはジムニーとしてはあまりに画期的でした。車中泊もOKでしょう。
 というわけで、かなり迷っているので、ある方、すなわちこの車に乗ったことのある方に背中を押してもらおうと思っています。さてどうなるか?最新型になるのか、それとも…。


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