カテゴリー「経済・政治・国際」の880件の記事

2018.08.15

スカイタワー41 (山形県上山市)

Th_unknown 日から、このたびの東北(特に秋田)マジカル・ミステリー・ツアーで心に残った「モノ」を少しずつ紹介していきましょう。モノの性質上、書けないコトも多いので、なんとなく分かりにくい記事が続くことになりますがお許しくださいませ。
 さてさて、15日の往路にして最も興味をそそられたのは、山形県上山市の「スカイタワー41」です。ウワサの高層マンションを初めてこの目で見ました。たしかにすごい!
 何がすごいって、写真のとおり、山形の田舎、のどかな田んぼの中に突如現れた(生えたのか、降ってきて刺さったのか?)タワーの、その存在感がすごいのであります。
 41階と言えば、東北地方でも最も高いビルということになります。それがこの田舎に突然現れたのだから、それはたしかに衝撃的であります。
 よくあるリゾート地、スキー場周辺の、バブルの墓標かと思いきや、いやいや、建ったのはバブル崩壊後。そして、今ではちゃんと完売して、ほとんど全ての部屋に人が住んでいる!
 いやあ、これはですね、もしかすると全国的にこういう風景が増えてもおかしくないのかもしれないなと思いましたよ。
 田舎にいながら、田舎特有のさまざまなしがらみを避けて、ある種都会的な生活をしたいという若い人たちも多いことでしょう。
 考えてみると、私もそういう田舎都会人の一人であり、だからこそ富士山という超高層建造物?の中層階に住んでいるのでした。
 なんでも当初は販売価格が高すぎて売れなかったとのこと。今では3LDKで一千万円以下がほとんどということですので、それならたしかに一般人が買えますね。+維持管理費で採算が合うのであれば、こういうマンションがいろいろな地方にあってもおかしくないことになります。
 私たちが、こういう風景を不自然に感じるのは、ある意味では妙な常識にとらわれているからですよね。逆に高層マンションは田園の中にあることが常識になれば、自然な風景になるのでしょう。
 では、なぜこの上山で常識を破るようなことができたのか。それについてはいろいろ地元の政治家が関わっていたようなので、ちょっと踏み込めないグレーゾーンなのですが、まあ結果として我々の常識を破った成功例となったという意味で、やはりすごいランドマークですよね。
 これ、全国展開したら絶対流行りますよ。時代がスカイタワー41に追いついてきているのかもしれません。

参考 山形県上山市ののどかな街に41階の超高層マンション 住み心地は
 

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2018.08.14

東北中央自動車道

Th__20180819_94614 日はもう19日です。たまった記事を書きます。15日に秋田に入り、16、17は仲間と秋田マジカル・ミステリー・ツアー。で、18日に富士山に戻ってきました。
 行き帰りはいつものとおり、愛車エブリィ貨物車で往復。今年は初めて東北道福島ジャンクションから東北中央自動車道を通って北上いたしました。
 東北中央自動車道は、福島県相馬市から秋田県横手市まで、基本的に国道13号線をなぞるように完成を目指している高速道路です。
 まだまだ断続的にしか完成しておらず、上ったり降りたり運用ですが、今回の往復ではそんな凸凹も楽しませていただきました。今年度中に供用開始の区間も多いので、来年にはもっと快適に運転できることになりそうです。
 今年は長く続いた都留音楽祭がないため、お盆の時期を少しずらして秋田に行くことになりましたので、帰省渋滞、Uターン渋滞を避けられました。
 そうしますと、富士山から秋田に行くには、中央道→圏央道→東北道→東北中央道というコースが最も近く、また安くなります。
 かつてはよく長野→新潟を回る日本海ルートを使いましたが、そちらよりも、時間にして2時間は短縮できました。とは言っても休憩入れて約9時間。日本は狭いとは言っても、遠いものは遠い。
 福島から米沢に抜けるルート上にある、東北最長のトンネル「栗子トンネル」は約9キロ。今回初めて通ってみた
わけですが、まあよくこれだけのものを掘りましたね。日本のトンネル掘削技術は本当にすごい。
 山形と秋田の県境には雄勝峠という難所が待っていますよね。あそこはどうするんでしょうかね。はたして全線開通はいつのことになるのか。
 しかし、毎年通るたびに道路ができ、つながっていくことに、ある種の感動を覚えます。人の力ってすごいですね。そして道路を造ってくださっている皆様に、本当に感謝です。

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2018.08.13

討論 『もし大東亜戦争の開戦が無かったら」

 後の日本にとっての「夏」は、戦争の反省の季節でした。
 もちろん戦争は悲惨ですが、いつまでその戦後は続き、私たちは反省をし続けなければならないのでしょう。
 というような皆さんの意見もよ〜く分かります。私も感情的にはそういう気がします。
 しかし、一方で、やはり忘れてはならない、二度と過ちを繰り返してはいないという方々の意見ももっともだと思います。
 正直双方ともセンチメンタリズムに基づくもので、そこが私にはいかにも日本的に映るのであります。
 いつも書いているように、たとえば靖国の御魂も私たちと同様に十人十色。勝手に「英霊」と十把一絡げにするのは間違っています。心を無にして靖国をお参りすれば、それこそ様々な声が聞こえてくるはずです。
 さて、そんな夏。平成最後の夏。そして、150年戦争最後の夏。いよいよこの夏の意味も来年あたりから大きく変わってくるものと思われます。
 変な話で恐縮ですが、その「最後の夏」がこれだけ暑く、甲子園の、すなわち高校生の野球を通じた軍隊文化ノスタルジーまでもが灼熱地獄となっているのは、これは偶然ではないと思っています。本当にこれで終わるのかもしれません。
 さて、そんな折、タイムリーな討論企画。「もし大東亜戦争開戦がなかったら」。たしかに漠然としたテーマであり、また歴史に「もし」は認められないとするなら、根本的に無理のあるテーマでありますが、だからこそ、保守派の皆さんの、歴史でなはい「物語」が全開していくことになっています。
 ちょうど、先日、国際関係論を学んでいる娘が、同様のテーマを大学のゼミかなにかで提起したようです。まあ、私がさしむけたわけですが(笑)。そこではいったいどういう議論になったのでしょう。あんまり盛り上がらなかったとの報告だけ受けていますが。
 よく「あの戦争は間違っていた」と言う人がいますが、では、はっきり言って避けられたのか。開戦しないでいたらどうなっていたのか。日本は日本でいられたのだろうか。
 また、「あの戦争に勝っていたら」という妄想も広がりますが、そうすると、今ここは大日本帝国ですか?
 結果としては、歴史は全て必然です。まるで、ほんの七十数年前の、祖父の時代の日本人が、今の我々よりも愚かだったような言い方だけは、私は許したくありません。
 一方で、人類の歴史を俯瞰して分かるとおり、大方の面においては、私たちは確実に進化してきており、戦争のみらなず命を奪われる機会というのは、ぐんと減っていると思います。
 また、あとからいろいろ言うのは、後出しジャンケンのようなもので、あの時グーを出したから負けたんだ、パーを出していればというのと同じです。
 そう、歴史というか、私たちの「今ここ」の生活のほとんどは、ジャンケンのような運を天にまかせるような選択の連続でもあるのです。常に相手のあること、縁の中で自身が生起してくるものであり、ある意味常に賭けをしているようなものです。
 ここのところいろいろなところで言っていますが、歴史を見る時に、「こういう選択をしたからこうなった」という因果関係で捉えるのではなく、その時の選択者がどのような未来を想定したのかという、逆因果で捉えるのことが大切です。
 なぜなら、「今ここ」の自分自身がそうやって生きているからです。その集合体をのちに過去から現在という、ある意味フィクションである時間軸の上に並べ直したのが、「歴史」という記録です。
 さてさて、そういう視点をもって、この討論を聞きしますと、なるほど保守派の皆さんの思考の限界というのが見えてきますね。大変面白いことです。
 当たり前ですが、さまざまな側面から「開戦がなかったら」と突き詰めていくと、「開戦しかなかった」ということが分かるでしょう。もちろん、その後の作戦ミスや、情報戦での敗北は、相手のある中での縁起ですから、やはり間違いだとは言えないでしょう。

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2018.08.08

どてらYMO 『RYDEEN』

 昨日、仲小路彰の文献の一つを紹介しました。政治の世界で厳然かつ暗然たる力を持っていた仲小路。
 しかし、彼が文化面、特に音楽に関しても厳然かつ暗然たる力を持っていたことはあまり知られていません。
 今日紹介するYMOというグローバルなバンドのコンセプトは、実は仲小路彰が創ったとも言えます。彼らは、仲小路の実働隊であり、キャンティのオーナーだった川添浩史(紫郎)を通じて、仲小路の「未来学原論」を読み、そこに展開する未来学、グローバリズムを、音楽によって具現化しました。
 それが世界に大きな衝撃を与えたことは言うまでもありません。
 今日紹介するのは、ご覧になった方、ご存知の方も多いであろう、「どてらYMO」です。NHKもさることながら、やっぱりスケールの大きなお三人は純粋に面白い(笑)。
 その三人が久しぶりに生で共演した貴重な映像がこれ。どてらと、すさまじいプロフェッショナルな演奏との対比がすごすぎますね。ホント、三人ともやばい。こういう演奏家、今いませんね。

 ちなみにこの妙なシチュエーションへの展開は次の動画のとおりです(笑)。いろいろやばいですなあ。

 コメント欄でも何人かが書いていますが、2020年東京オリンピックの開会式で、ぜひこの三人にどてらで演奏してほしいです!
 それが実現すれば、仲小路先生もきっと喜ばれることでしょう。いや、これは冗談でなく実現したいですね。

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2018.08.06

『広島、長崎戦跡善後処置緊急具体案」 (仲小路彰)

Th__20180808_84318 島原爆忌。今日はある研修に講師指導者として参加しておりますが、たまたま広島からいらした先生とじっくりお話する機会がありました。
 被爆地ゆえの特殊な教育事情。このたびの豪雨被害について。広島は特別な試練の上に崇高な使命を持っているように感じました。
 仲小路彰は戦後すぐに、広島・長崎両被爆地について提言を行っています。はたしてこれが誰にあてられたものか分かりませんが、結果として、平和記念公園や資料館、そして原爆ドームの保存へとつながっていったことは間違いありません。
 今日はその貴重な文書の一部を翻刻して紹介したいと思います。お読みになっていただければ、仲小路がいかに進歩的、未来的な思想を持っていたかが理解できると思います。メディア戦略や経済戦略なども含め、当時の常識とはかなりかけ離れた、しかし未来的には実際に実現したアイデアが満載です。
 なお、旧字体は新字体に直しました。

 厳秘
  広島、長崎戦跡善後処置緊急具体案
 主要目標
  第一方法
 ウラニユーム原子爆弾を広島及長崎の両都市に使用したる結果を極めて広範囲に渉る各種科学の方面より整然と調査整理して之れを詳細に何等区々たる感情を混ふる事なく大胆率直に全世界に発表すること。
 之れに依りて自ら全世界の各所に軍事的方面より又は道徳的観念より或は宗教思想等の角度より各種の議論多出すべく之等は総て之れを大乗的見地よりなすに委せて唯その究極を之れに依りて最も深刻に人類を反省せしめ、物質文明特に近代科学の飛躍的に進歩せるに比して精神文化の発達甚だしく遅れ、殊に各国家間の国際道義の低下を今後如何に為すべきか、又社会道徳の混乱頽廃せる真相を如何にして正しく進歩向上せしむるかを自ら深刻に考慮せざるを得ざらしむる事。
  第二方法
 世界の宣伝網を活用すべくその中心勢力と協力する事。
 全世界のあらゆる交通及観光会社と提携する事。
 之れを映画化して極力活用する事。
 見学及観覧の為に完備せる大設備をなす事。
  第三方法
 之等のあらゆる方法を活発且つ有意義に実現し、而も之れを我国復興の一大財源たらしむる為に国家直接の機構は之れを唯背景となすに止め、公共又は私設団体或は特設会社を創設して之れに当らしむること。
 国家は即刻撮影、上映其他の権利を之れに与へて確保せしめ、外国人及それ等の会社との交渉は尽く之れに当らしめ今後の大計画及び相互の事情をよく懇談の上少くとも第一回の撮影許可料壱千万弗以上を入手し、直ちに之れを二分し、その一は直接罹災者の救助費の一部となし、その一はあらゆる設備の費用となす事。猶世界に之等の映画を上映する場合の純益の三割以上を提供せしむる事。

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2018.08.02

辻田真佐憲 『東京オリンピックは「太平洋戦争化」してしまうのか?』

20180803_84847 日は約40年ぶりに野球場のグランドに立ちました。最近野球熱が再燃しているという話は何度か書きましたが、それがなぜなのか、全く分かりません。自分でも不思議です。
 今日はグランドで高校生球児たちに話をする機会もありました。そこで、「新しい高校野球の歴史」という言葉を使わせていただきました。
 先日の校長先生方対象の講演では、「甲子園も今回の100回記念大会を期に大きく変わる」と予言?しました。
 実際、軍隊文化を最も引きずっている、いやそれを死守してきた甲子園も、自然の猛威という「神」の力によって修正を迫られているのです。
 まさに150年戦争の集結を象徴しているようですね。
 しかし、150年続いてきた頑固なその文化も、その往生際の悪さという最強最狂の捨身作戦で、最後の抵抗をしてくることでしょう。
 ある意味、その戦場となることが予想されているのが、2020年の東京オリンピックです。辻田真佐憲さんが、それを上手に記事にしてくれました。

「暑さはチャンス」なぜ東京オリンピックは「太平洋戦争化」してしまうのか? 森喜朗、小池百合子、東条英機……今も昔も「竹槍精神」

 講演でもあえて話させていただいたのですが、私はそういう根性論や精神論、神風的なモノが嫌いではありません。どちらかというと、そういう物語が好きです。また、そうした世界がもしかすると合理的な世界、科学的な世界を凌駕するのではないか、高次元物理学における意識の領域で説明できるのではないかとも思っています。
 しかし、実際問題として、人の命、特に若い人たちの命が危険にさらされていることは、学校現場で働くものとして看過できません。
 なぜ五輪を酷暑の時を選んで行うのか。いろいろ事情があります。それは20世紀的な価値観にのっとるものかもしれません。いったいどの「価値」が勝つのか。
 案外ですね、「神風」が吹くかもしれませんよ。つまり冷夏になる。ホントにありそうだから、日本という国は恐ろしい(笑)。
 昨日、ある政治家秘書の方から、「先生、出番ですよ!」と言われました。五輪に関する話です。もしかして、私のお役目は「神風」すなわち「涼風」を吹かせることなのかもしれませんね。

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2018.08.01

白井聡・國分功一郎 『日本人から思考を奪う「国体の正体」とは何か』

Th__20180802_90604 日の講演で「150年戦争」論を少し披瀝しました。日本は何と戦ってきたのか。そして勝ったのか、負けたのか。
 明治維新以来150年の見えない敵との戦いは今年終結します。折り返し地点は昭和17年から18年。まさに大東亜戦争の負け始め。
 そして昭和20年の「敗戦」。仲小路彰は「勝利」したと言いました。だから「終戦」であると。その本当の意味は、そこからの70数年、つまり戦後日本の戦いを視野に入れないと分かりません。ただ単に大東亜戦争の目的を達成したから勝利というのでは、あまりに都合が良すぎる。
 戦争が終わって、日本人は兵士であることをやめたかと思いきや、とんでもない。今度は企業戦士となって欧米と対等以上に戦いました。
 しかし、その戦いにも「負け始め」が訪れます。それがいつだったのか、バブル崩壊なのか、いや、もう少ししないと分からないでしょう。俯瞰しないと。
 つまり、私たち日本人は、この150年間において、少なくとも二度負けているのです。その無謀な戦いを支えたのは、根性論であり、精神論であり、滅私奉公であり、そして「国体」でした。
 …と、これは私の勝手な妄想であり、多くの方々の賛同は得られないと思いますが。
 しかし、この白井聡さんと 國分功一郎さんの対談では、多少似た論が展開されていると感じました。もちろん細かい部分では、私はとても彼らには敵わないわけですが、全体としては共感できる部分が多くありました。

日本人から思考を奪う「国体の正体」とは何か

 「国体」という概念自体が、もちろん明治以降に生まれたものです。教育勅語で明示され、その後国体明徴運動が起こり、国家として「国体の本義」まで発表されました。
 今の人たちにとって「国体」とは「国民体育大会」にほらならないのですが、それは笑い話ではなく、その「体育」の中に見事に戦前、戦中の文化が残っているという話も、少しですが昨日させていただきました。
 「国体」という、本義を明徴しなければ何が何やら分からないモノに支配され、結果として平和を築いてきたと同時に戦争もしてきた日本。なんとも不思議としか言いようのない歴史を持つ日本が、これから世界においてどういう価値を発揮していくのか。それは仲小路彰が示してくれています。そして、私はそれが正しくそのとおりになると信じています。

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2018.07.29

落合陽一 「ユビキタスからデジタルネイチャーへ:アート・エンターテイメント・デザイン」

20180730_91348 画の紹介が続きます。そういう時代です。
 そういう時代の象徴の一人が落合陽一さん。言語によるコミュニケーションは決して次元が高いわけではなく、たとえば動画のように視覚と聴覚に直接訴えかける方がより良いという考え方もある。
 そして、その先にはさらなる情報伝達、共有手段の世界が広がっている。デジタルネイチャーの時代。
 旧世代の私たちはそれを拒否するのか、受け入れるのか。教育はどうなっていくべきなのか。いろいろ悩みがあります。
 ただ、彼の話はとっても面白いのです。私は拒否反応どころか非常に興味がわく。しかし、そちら側にいくためには、とにかく自分の常識、過去を捨て去らなければならない。悩ましくも楽しいことです。なにしろ、この歳になって、まるで子どもの時の、あの未知の世界に出会った瞬間のようなドキドキ・ワクワクを感じることができるのですから。
 こういう世界観を、はたして学校は教えることができるのでしょうか。教育は常に最先端を行かねばならないのに、実態は全く逆で旧態依然、非常に保守的なムラ社会になってしまっています。
 今、筑波大学は面白いですね。こういう人が学長補佐とかやってるんですから。大学、特に国立大学が変わらないと、その下の高校、中学、小学校、そして幼児教育は変わりませんよ。やはり、未来に原因を作っていかなければ。

 落合さんのすごいところは、最先端のテクノロジーを荘子や侘び寂びと結び付けられるところですね。スマートです。

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2018.07.28

朝まで生テレビ「激論!宗教と若者」(1991.9.28)

20180730_85806 ましい記事が続きます。いいことです。
 私自身の戦後教育を考える上で避けて通れないのが、オウム真理教事件です。こちらに書いたように、全く他人事ではなかったこの事件。ある意味紙一重のところで、今私はこうして「普通」の生活をしています。
 決して目を背けることなく、今後もこの問題とは真剣に対峙していかねばならないと思っています。
 この番組が放送されたのが1991年。バブルが終焉し、失われた10年が始まる年。祭のあとの虚しさ、不安のようなものが世の中を覆い始めていました。
 幸福の科学は講談社ともめ、オウム真理教はすでに坂本弁護士家族を殺害し、選挙で出て負け、波野村などで住民と衝突をはじめていました。
 そんな時、麻原彰晃も出演して、この番組が放送されました。今観ても非常に興味深い内容です。当時、私はリアルタイムで観ていましたが、正直、どちらかといえば幸福の科学よりもオウムの方にシンパシーを感じていました。
 それにしても、この回の出演者はすごいですね。麻原、村井、景山、池田、西部はすでに故人です。みんな若くして死んだ。殺された。または自裁した。もちろん死刑になった人もいます。
 その他、のちにいろいろ大変な目にあった人たちもいます。ある意味変わらないのは田原総一朗だけかな(笑)。
 個人的には、池田晶子さんがすごくいい。こういう言い方は失礼かもしれませんが、危ない美しさがありますね。言ってることも一番真理に近いかも。

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2018.07.27

「どーせむり」をなくそう

Th__20180728_100655 育者としての悩みシリーズ(苦笑)。どんどん悩みますよ。悩むことは楽しいことです。悩むのは矛盾があるからです。対立するナニモノとナニモノかがあるからです。
 先ほど、仲小路彰の研究・顕彰を主導してくださっている方から久しぶりにお電話をいただいたのですが、やはり仲小路彰を理解するにはヘーゲルの弁証法を勉強しなくてはならないとのこと。
 今、いろいろな意味で矛盾、対立に悩んでいる自分にとって、たしかにその解決法は弁証法しかないなと思います。そして、弁証法こそ、未来的な思考方法です。
 考えてみれば、弁証法によって未来的発展を遂げるためには、現在において矛盾や対立がなくてはならないわけですね。ですから悩みに感謝なのであります。
 さてさて、そんな素晴らしい悩みと、その先にある希望を与えてくれるプレゼンを紹介しましょう。
 北海道の実業家植松努さんのTED。本当にいいですよ。植松さんのお人柄もよく分かる。
 学校の先生としては実に耳の痛い素晴らしいお話の連続です(苦笑)。
 たしかにほとんど学校の先生は「どーせむり」のプロになってしまっている。まず自分に対してもそうです。植松さんの言うとおり、教育(学校)とは「死に至らない失敗を安全に経験させる」ものであるべきです。
 失敗を避けるために私たちは「どーせむり」という魔のワードを使ってしまうのですね。
 私も「どーせむり」は人にも自分にも絶対使わず、「だったら〜してみたら」と言い続けたいと思います。

 

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