偶然はもう偶然ではなく、間違いなく必然です。昨日新幹線で仕事中、昭恵さんからのメールに続き、久しぶりにある知人からメールが届きました。
彼は4月の博多セミナーに参加してくれた一人で、その後私の話や耀わんの水の影響もあってか、本格的な書籍を出版する運びとなりました。
クラウドファンディングで資金を調達したところ、一晩で(!)目標を達成したという報告のメールだったのです。
「本學ノスゝメ」
現代にあふれる「末学」ではなく「本學」に立ち返ることを勧める内容とのことで、私も大変興味があります。
光栄なことに、私自身が彼に伝えた「時間の流れ」に関する話や、出口王仁三郎の耀わんに関するエピソードも収載されるとのことです。
クラウドファンディングのメインページはこちらになります。
豊かに暮らせる日本を描く!
誰も言わない日本のあるべき未来を描く一冊を発刊したい
その素晴らしい内容を垣間見ることができる、目次含む冒頭部分はこちらで読めます。また、動画での紹介もあります。
皆さんもぜひ応援してください!私からもお願い致します。
私の「事業」は全て人任せです。セミナーも講演も、一つも自分で企画・集客・運営したものはありません。どなたかのひらめきに乗っかるだけ。ズルいなあと自分でも思います(笑)。しかし、実はそれが「脱自我」のために有効なのです。
こんなやり方を、ある有名経営コンサルタントさんは「新しいビジネスモデル」と言ってくれました。まあ、たしかにそうかもしれません。神意に従って動かされるだけだから、本当に楽なのですが(笑)。
書籍、本に関してもそうなのです。私、文章を書くのは全く苦手ではないのですが、どうも一冊の本を書こうとは思えないのです。本当にいろいろな方から「書け!書け!」言われるのですが。
そんな時に、こうして私の言いたいこと(の一部)を「代筆」してくれる方が現れるとは。本当にありがたい。
ちなみにいつも申していますが、私には著作権という概念がありません。私の話す内容はかなりオリジナリティにあふれているようですね。他の人は言っていないこと、検索しても出てこないこと、古典作品にも登場しないことが多いらしい。
しかし、それらについても「自分で考えた末の自分の所有物」ではない感覚が強いので、引用や改変は自由なのです。ただし「改悪」は許しません(笑)。
そうそう、12年前に書いたこの記事の感覚です。
このブログの著作権について
それはいいとして、とにかくこの「自分の書きたいことを誰かに書いてもらう」ということ、これは重要なことです。なぜなら、全ての「執筆」は「誰かに書かされている」からです。
私がちょうど博多に行く機会にこういうプロジェクトが始動し、結果としてたった30分ほどでしたが、この日御本人に博多駅でお会いしてお話することができました。偶然ではなく必然ですね。私たちはより大きな存在に「言わされ」「書かされている」のでしょう。
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