カテゴリー「経済・政治・国際」の863件の記事

2018.06.14

孫正義 『就活生よ、君たちはどう生きるか』

20180615_85851 日に続き、超一流の方の講義(スピーチ)を味わってみましょう。
 ソフトバンクの孫正義さんのスピーチ。今日、記事として公開されました。

孫正義「就活生よ、君たちはどう生きるか」感動のスピーチを公開

 「夢」と「志」は違う。よく分かりますね。「感動したら即行動」。そうです、心が動いたら、次は体を動かさないと意味がない。感動した!で終わってしまう人が多いのです。というか、私も含めてほとんどの人がそうですよね。
 「死」を意識した瞬間、欲がなくなってしまう。誰もがそれを体験できるわけではありません。しかし、本気で行動していれば必ずあるのが「絶望」というものでしょう。その「絶望」こそが私たちを強くし、また純化する。もちろん、その逆に陥ってしまう人もたくさんいるでしょう。
 情報革命は人々の笑顔のため。スティーブ・ジョブズにも通じる考え方、感じ方でしょう。利他、布施の最大化に、テクノロジーは大いに役立ちます。見ず知らずの、地球の裏側の人々に対しても、テクノロジーを駆使すれば、布施することができます。
 見ず知らずだからこそ、お互いに匿名であり、個人は抽象化され、一対一のギブ・アンド・テイク関係ではない、純粋な贈与と感謝の感覚を持つことができる。もちろん、そこには金銭が絡むわけですが、高度に抽象化されているので、結果として我欲は個人間には働かなくなる。
 そういう意味で、今、人類は本当に新しいステージに入りつつあると感じます。テクノロジーが近代的経済の観念をぶち壊そうとしている。いいことだと思います。
 若者に負けないように、私も「志」を持って、地球のために尽力したいと思います。それが私自身の幸福でもあるのですから。
 

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2018.06.12

米朝首脳会談とプロレス

Th_2018061300000019reut0004view 当に「あっけなく」実現してしまいました。あまりのあっけなさに、感動はあまりありません。それもこの役者二人ですから(笑)。
 私も一度は米朝首脳会談中止という記事を書いてしまったことからも分かるとおり、すっかり二人にだまされました。
 いや、だまされて腹が立つとかではなく、変な話ですが、やっぱりプロレスってすごいなと感心した次第です。
 この「歴史的」な試合と和解、まるでプロレスじゃないですか。もちろん、プロレス信者の私は、悪い意味でそう言っているのではなく、「歴史的」な名場面というのは、ことごとくこのようなプロレス的な世界で展開しているのではないかと。
 昨日の朝日新聞のプロパガンダもそうですよ。今見ればバカバカしていけれども、あの時はそれで何百万の命が奪われたわけじゃないですか。
 だからそういう歴史もプロレス自体も、ぜったいにバカにできないんですよ。そういう「物語」こそがリアルであるというのは実に面白い。
 いわゆる正々堂々のスポーツ的な世界は、実はリアルではないということです。もちろん、今回のプロレスは三流の試合でしたよ。それはプロレスの名誉のために言っておきます。
 もうちょっとピリピリした雰囲気を作ってから、歴史的な和解に持っていくとか、プロレスのストーリーとしてはもっとやりようがあったでしょう。二人がそこまでの役者ではなかったというか…。
 そうそう、これも言うまでもありませんが、かつて「トランプとプロレス」に書いたとおり、トランプは(リンカーンも!)かつてはプロレスラーでした。それがアメリカという国の前近代性を象徴しています。神話の世界なんですね。
 そういう意味では、トランプにとっては、金正恩はヒールとして強力なライバル。その二人が初めて対戦して、まあ予想どおりタッグを組んだわけですよ。あの中身のない同意書を見れば、これはある種の共闘と言っていい。
 それにしてもですね、超ヒールの二人がノーベル平和賞候補のベビーフェイスになって、国際的にはベビーフェイス(赤ちゃんという意味でも)の安倍さんが、ますます国内ではヒールになっていくという、このパラドックスが面白いし、まさに神話的で楽しいですね。
 さて、脇役になってしまったヒール軍団、プーチン、習近平、ドゥテルテ…その他の、今後のプロレス的振る舞い方はどうなっていくのか、非常に楽しみです。

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2018.06.11

『勝たずして何の我等ぞ』 (昭和19年朝日新聞社)

Th_117815219_o1 日の続き。結局、RADの野田くんは謝罪してしまいました。
 なんと息苦しい世の中なのでしょう。これこそ、ある種の言論弾圧でしょう。一見逆のように見えますが、実際にはこの「勝たずして何の我等ぞ」の頃の日本と同じような状況とも言えますね(もちろん、全然違うのもわかりますが、あえて)。
 そう、なにしろですね、あの、あの朝日新聞社でさえこういうプロパガンダ本を出版していたわけですね。いや、朝日新聞の戦後の変節(?)を指弾しようとは思いませんよ。なにしろ、そういう時代の変化の中で、一企業としてやってきたわけですから、人間個人でもそうであるように過去との矛盾というのはお互いに目をつぶらなければならない。
 それにしても、あらためてこの本というか、写真集でしょうかね、これを見ると大変な時代だったなあ、今風に言えばフェイクニュースしかない時代だったのだなあと思います。
 昭和19年といえば、もう大東亜戦争も完全に下り坂、明治維新から現在までの150年戦争で考えても、ちょうと折り返し地点を過ぎたあたりです。
 未来の私たちからすると、本当にアホくさい状況ですが、それはあくまで未来から見ての話。当時の彼らにとっては、これこそがリアルであったわけです。だから「間違っていた」とは言えない。
 これに比べればですね、「HINOMARU」なんて、まさに子供のおもちゃレベルのことですよ。めくじら立てることもないし、謝るべきことでもない。
 というわけで、この時代の「リアル」をぜひ御覧ください。国会図書館のデジタルコレクションで読めますよ。

勝たずして何の我等ぞ

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2018.06.10

RADWIMPS 『HINOMARU』

Th_51nejr2hnl_ss500 ックのネタを続けます。こちらは男のロック。男のロックだから、政治だ、歴史だ、思想だという、芸術よりも低い次元で物議を醸しております。
 まあ、もともとロックというものは(フォークも)、政治的であり、歴史的であり、思想的なものでした。だから全然いいのです、本当は。
 特に歌詞というのは言語ですから、純粋な音楽よりも次元が低い(科学的な意味です)。そこにこだわるのは、ある意味J-ROCKのそれこそ伝統であり、文学と音楽を同列に配置する「和歌」の文化そのものです。
 さて、この曲どうでしょうね。聴いてみましたけれど、作家本人の意図は別として、音楽としてはとても「軍歌」とは言えないと感じました。逆にこれを「軍歌」と感じてしまうサヨク的感性の方がずっとアブナイのでは(笑)。
 いつも言うように、戦争反対を唱える人たちの方が、ずっと「あの」戦争を意識していて、つまりある意味では過剰に保存してくれているんですね。「あの戦争を忘れない」って。
 最近それが実に滑稽に見えてきた(失礼)。もちろん、逆の意味で流行っている「ホシュ」「右翼ごっこ」はもっと滑稽ですけれど。
 さて音楽(曲)は良いとして歌詞はどうか。これもある意味「滑稽」です。私も完全なる戦後ノンボリ世代でありますが、しかし、どういうわけか知られざる戦前、戦中、戦後の大量の歌たち、すなわち仲小路彰の作った歌曲をたくさん「読む」機会を得てしまい、もともと国語の教師であるし、またいちおう歌詠みの端くれであって文語を駆使していますから、この野田洋次郎くんのなっちゃってな日本語には、正直噴飯してしまいました。
 もちろん、こういう口語・文語の交錯し混濁する日本語が、今の若者にとって、その正誤がどうであるか以前に、ある種の「雰囲気」を持っていて、かえって新しく、カッコよく響くということもわかります。
 うん、たしかに、近代短歌の世界でもそんなことはしょっちゅうあるし、比較的近いところでは、たとえば松任谷由実の「春よ、来い」なんかも、結構なんちゃってだったりします。もちろん椎名林檎嬢にもたくさんある。
 それでも、なにかオジサンとしては、猛烈な違和感を抱かざるを得ないのは、「御国」とか「御霊」とかいう核心すぎるワードのセレクトセンスや、「日出づる国」だけ歴史的仮名遣いだというところなど、ある意味作者に悪意がなさすぎてですね、なんだか残念を通り超えて、ちょっといい加減にしろよ!と感情が動かされてしまうからでしょう。
 と、自分の日本語もちょっと破綻してきてしまいました。ロックなんだから細かいことはいいのだ!という自分もいますけれど、そんなこと言ったら、ホンモノの軍歌だってロックだぜ!という自分もいたりで、もう大変です(笑)。
 どうせやるなら、もっと本格的に「らしく」創るという選択肢もあったのではないでしょうか。う〜ん、どうなんでしょうねえ。
 いざゆかん!ということでは、仲小路彰の「スメラ民の歌」を思い出しますね。こちらからお聴きください。こっちはホンモノ?いや、ちょっと待てよ、こっちはこっちで…(笑)。

 追記…ホンモノの専門家、辻田真佐憲さんが期待通りの論評をしてくれました。似たこと感じてますね。

RADWIMPS衝撃の愛国ソング「HINOMARU」を徹底解剖する

 追追記…あらら謝っちゃんだ。軍歌もだけど、ロックも終わってんだな。

RAD野田「HINOMARU」歌詞について謝罪 「軍歌だという意図は1ミリもない」

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2018.06.08

バックキャスティング(未来から現在を観る)

 日は富士五湖青年会議所の例会にお呼びいただき、皆様と当地方の観光、国際交流の未来について語り合いました。こちらで告知したイベントです。
 客席の皆様からも多くの建設的なご意見をいただき、なかなか充実した会となったと思います。
 私としては、やはり前キヤノン副社長であり東大名誉教授の生駒さんのお話が刺激的でしたね。スケールが大きくて素晴らしい。完全同意です。
 特にお話の中に出てきた「バックキャスティング」は、今ちょうど自分にとっても重要なキーワードの一つです。
 というのは、私がずいぶん前から言っている「時間は未来から過去へと流れている」という考え方に近いからです。
 そうそう、最近プロ無職のるってぃさんが、ワタクシとの対談を上手に編集してくれまして、YouTubeに動画をアップしてくれました。こちらです。

 この動画をご覧になっても分かるとおり、ワタクシの時間観と「バックキャスティング」は本質的には似て非なるものです。だいいち、未来から現在を観ることを「バック」と言っていること自体、根本の時間の流れ方が逆ということですよね。
 しかし、結果としては、フォアキャスティングよりもバックキャスティングの方が、「未来に原因を作って、現在に結果を出す」という意味では(宇宙人的には)正しいわけです。
 言うまでもなく、バックキャスティングとは、もともと環境問題において持続可能な未来を想定し、その未来から現在を観て解決策、やるべきことを決定するという思考方法です。
 実際それをしていなければ、人類は20世紀中に滅亡していたでしょうね。
 この視点、立点の置き方というのは、仲小路彰の「光を背にして立って観る」という考え方と近いかもしれません。生駒さんにも仲小路の「未来学原論」を差し上げましたところ、さっそく興味深く読んでくださっているとのこと。少しお話しただけですが、さすがもうあの難解な書のテーマ、エッセンスは理解されているようでした。
 今後も地域の若者たち、そして世界のトップを走ってきた方々と、いろいろな話をしていきたいと思います。本日はありがとうございました。

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2018.06.02

告知 6/8 「YouとWin-Win!」国際交流で相互発展

Photo

 週のイベントの告知です。
 富士五湖青年会議所さんがご縁をつくってくださりまして、ワタクシも登壇させていただきます。
 ここ、富士北麓地方は、富士山の世界文化遺産登録を機会に、爆発的に外国人観光客が増えまして、昼間街で見かける人の半数以上が外国人なのではないかと見紛うほどです。
 世界から注目されていることは、地元にとっても大変うれしいことで、また、インバウンドによってこの地方が多少なりとも潤うというのはもちろん悪いことではありません。
 しかし、ただ観光で通り過ぎる人たちを対象に宿泊や物品販売で儲けようというのでは、本当の交流にはなりません。やはり、人と人が実際に交わって、そしてお互いの国の現状や歴史や文化を知り、未来的な互恵関係を創るよう努めねばなりません。
 とはいえ、現実にはそれはなかなか難しいことであります。やはり自治体や公的な団体が中心に;なって大きな旗を振らなくてはなりません。
 そういう意図で開催されるのが、このイベント。
 講演とトークセッションのスペシャルゲストとして、元テキサス・インスツルメンツ社長、キヤノン副社長、キヤノン財団理事長、そして現東京大学名誉教授であられる生駒俊明さんにおいでいただくこととなりました。
 今日、初めて生駒さんにお会いし、JCの皆さん、そして一緒に登壇するふじよしだ定住促進センターの代表理事滝口さんと打ち合わせをしました。
 さすが生駒さん、世界を股にかけて活躍されてきた方ですので、スケールが大きい。宇宙人の(?)ワタクシとしては、そのスケール感がぴったりでして、初対面ながらも大変共鳴させていただきました。
 地元の皆さんはちょっと引き気味だったかもしれませんが、こういうスケールでものごとを進めないと、本当のイノベーションは不可能です。
 ですから、当日の話はとっても面白くなると思いますよ。もちろん、地元の皆さんが「得する」話をします。どうぞお越しくださいませ。
 ところで、生駒さん、ウチのご近所にお住まいでして、音楽、特にオペラの話で大盛り上がりしてしまいました。帰りにはご自宅までお招きいただきまして、仲小路彰の話などもさせていただきました。もちろん技術者、科学者、教育者としてのお話も、実に深みがある。勉強になりました。これからのご縁の展開が非常に楽しみです。
 
 
 

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2018.05.29

ナナフシの「国譲り」

Th_wst1805290011p1 ナフシのナナフシギ…「昆虫のナナフシ、鳥に食べられ卵を拡散か 神戸大など研究チーム」というニュースは新しい不思議を提供してくれましたね。
 言われてみると、鳥などの動物に捕食されることによって子孫を拡散するというのは、植物では定番の作戦ですよね。動物にもそういうことがあるのではと、なんとなくですが私は思っていました。動物の糞の中に昆虫などの卵があってもおかしくないなと。
 しかし、実際には今回のナナフシの例が初めてなんですね。逆に驚きです。
 それから興味深かったのは、これがナナフシだったということです。言うまでもなく、ナナフシは「擬態」の王様。木の枝のような姿は、ある意味芸術的でもあります。
 記事にあるように、もしナナフシが繁殖のために鳥を積極的に利用するならば、もっと目立つ姿をしていいはずです。その点、一見矛盾した進化をしていますよね。
 そこがポイントだと思うのです。
 まず、擬態という進化はいわゆる進化論だけでは絶対に説明つきません。すなわち「枝のようになって身を守りたい」という切実なる「意志」がないと、ああはあらない。偶然の突然変異と自然淘汰では説明不能です。
 ここで、最近何度もお話している「時間は未来から過去へと流れている。原因は未来にある」という時間哲学が登場します。
 そう、つまり、ナナフシ(ナナフシ以前のある昆虫)は、過去のある時点において「枝のようになって身を守りたい」と切実に思い、未来のナナフシ像をイメージして、ボールを上流の未来に投げたんですね。で、結果ちゃんとナナフシになった。
 さらに、ナナフシになったのちなのか、その進化の途中なのかは分かりませんが、もう一つ強い未来のイメージを持った。それは、天敵のヒヨドリに食べられたのちも、卵は生き残り、子孫はどこかで繁栄するという妄想。
 その結果、卵の殻は丈夫になって今に至ると。そして羽は必要なくなったので退化してしまったのでは。羽がないから…ではなくて。
 というわけで、こういうことを言うと、またトンデモなことを言っている。全く科学的ではないといわれるのがオチなんですが、宇宙科学的にいうと別にトンデモなことではないんですね。
 おとといも書いたとおり、実際には未来も過去も現在も同時に「今ここ」に存在している。それぞれ並行しているブロックとのやりとりは、高次元のエネルギーによる。高次元のエネルギーには「意識」や「意志」、「感情」も含まれる。これが未来的な宇宙科学の常識です。
 ですから、ナナフシが強い意志をもって未来の自らの姿を理想形に変えていくことは、なんら不思議でもトンデモでもありません。選択肢は無限にあるのです。それを選ぶのが「意志」というエネルギー。
 さて、もう一つ、ナナフシさんと、ワタクシの哲学のコラボをお楽しみください。
 それは私がいつも言うところの「国譲り理論」です(5年前のこちらの記事参照)。譲ることによって、最も大切な何かを純化して相手の中に残す。ちょうど昨日の記事で三輪山のことを書きましたね。大物主は国譲りした大国主の「和魂(にぎみたま)」です。
 ナナフシで考えてみましょう。擬態もある意味では「譲り」です。羽を失うという損失を伴いながらも、自らを他者に似せることによって、自らの命を守らんとする。動物が植物のふりをするわけですから、これは「譲り」でしょう。
 そして、さらに今回の研究結果から分かるように、なんと自らの命を捧げ、相手の中に自らの最も大切なものを残していく。これこそ「国譲り」の精神、文化、作法です。
 大国主がそうでした。150年前、明治維新の日本もそうでした。もちろん、アメリカに捕食された戦後日本もそうです。
 つまり、生命にとって、「譲り」は最高の知恵であり、テクノロジーなのです。
 表面上は完全に欧米化してしまった日本、アメリカGHQによって骨抜きにされてしまった日本。まるでナナフシのようですね。情けないどころか、ちょっとカッコよかったりしませんか。私はそう思っています。したたかですよ、「国譲り」の使い手は。

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2018.05.24

米朝首脳会談中止

Th__20180525_82853 付が変わろうかという時間にこの書簡の内容が明らかにされました。
 ある意味予想通り、米朝首脳会談は中止となりました。まあ、あまりにトントン拍子に進みすぎていて、不自然の感は否めませんでしたよね。
 南北首脳会談が行われた時、朝鮮戦争終結?そして…という記事を書きました。そこにこんな一文があります。

…米朝会談は本当に実現するのか。その時も、金正恩はあの満面の笑みを浮かべるのか。
 北朝鮮が実質的に核放棄することはありえません。彼らにとっては、核がなければ国際社会と対等に戦えません。単なる極貧国になってしまいます。そんなことを金正恩が許すわけはありません。

 結論はもう出ていたわけです。アメリカにとっては非核化のためだけの会談。北朝鮮は最初から非核化するつもりはない。これで会談が成立するわけはありません。
 北朝鮮のうまいところは、この会談を先に持ちかけたことです。結果として、「私たちは会談の用意があったのに、アメリカが約束を反故にした」と言える。
 トランプさんはまんまとその作戦にひっかかったとも言えますし、よくあるように武力攻撃を正当化するために「交渉破談」を仕組んだとも言えます。どちらかというと後者かなあ。
 としますと、アメリカの北朝鮮に対する武力攻撃の可能性が高まったと考えるのが良いかと思います。
 言うまでもなく、北朝鮮の裏には中国とロシアがいます。彼らがそう簡単にアメリカとの会談を容認するとは思えません。当然、今回の北朝鮮側のシナリオはそうした大国の思惑を反映したものでしょう。トランプさんも、北朝鮮とやりあっているというより、中露とやりあっているつもりなのでしょう。
 さて、そんな絶妙のタイミングで、安倍総理はロシアを訪問し、なんと21回目になる日露首脳会談を行います。はたして北朝鮮情勢に関して、どのような話になるのか。
 プーチンさんは、安倍さんを通じて、トランプさんにメッセージを送ることになるでしょうね。その内容は…ここには書けません(笑)。
 あっそうそう、今回の「破談」によって最もダメージを受けるのは、もちろん韓国です。せっかくセッティングできていい気になっていたところ、あまりに簡単に中止になってしまった。面目丸つぶれですね。というか、もともと利用されただけですよ。
 いずれにせよ、まず注目すべきは、日露首脳会談です。地上波のニュースではあまりやらないと思いますが。

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2018.05.20

熱海(伊豆山)→池袋→中野→富士山

Th_img_1511 日は実に面白い日でした。海から都会、都会から山へという長距離移動の中、本当にいろいろな出会い、学びがありました。
 一つ一つを細かく書いている余裕がないので、ざっと流れだけ。
 実は昨日から熱海の伊豆山に泊まっておりました。恒例となっている親族の集まりです。熱海や伊豆山、そして興亜観音については、毎年記事にしてきましたので、そちらをご参照ください。神々の世から近現代に至るまで、霊的に大変重要な土地です。出口王仁三郎にも縁がある場所ですし、富士山ともつながっています。
 今日は素晴らしい好天、かつ久しぶりに寒気が流れ込んでくれたおかげで、まるで初秋のような爽やかな朝を迎えることができました。
 そんな中、上の娘を東京行きの新幹線に乗せ、両親や親族に別れを告げた我が家の残り3人は、車で上の娘を追いかけて上京いたしました。
 向かうは池袋西口公園。池袋ジャズフェスティバル2018に、我が富士学苑中学・高等学校ジャズバンド部のOB・OGなど関係者で結成された「富士山燦燦楽団」が出演するのです。
 ベースをやっているウチの娘も今春高校を卒業し、晴れて社会人ビッグバンドのメンバーとしてデビューいたしました。
Th_img_1520 池袋ジャズはかなりレベルが高い。アマチュアでもそれなりの実力者が揃っています。そんな中、見事結成したばかりの富士山燦燦楽団はAステージという場を与えられました。栄誉なことですね。
 ある意味同じ釜のメシを喰ってきたメンバーですので、練習の機会は少なくとも、なかなかに息の合った演奏を繰り広げてくれました。相変わらずお見事なボーカルも交えた演奏で、会場の方々も大変盛り上がっていい雰囲気でありました。
 あっそうそう、会場でめちゃくちゃ懐かしい人に会いました!10年ぶりくらいでしょうか。かつてヴァイオリンを教えていた小学生の女の子が、早稲田大学の2年生になって私の前に現れたのです。
 たまたまビッグバンドに参加していたOGの友だちだったということで、ステージを見に来てくれていたんですね。彼女は東京に引っ越してしまっていたので、正直もう会うことはないかなあと思っていたのに、音楽が結んでくれたご縁、感動的な再会でありました。
Th_img_1522 さて、次の目的地は中野です。まずは警察病院の近くに車を停めまして、同病院の敷地内にある「陸軍中野学校」の碑を(裏側からですが)拝見。なるほど、ここがエリートたちを育てた、ある意味あまりに自由な聖地か。
 現代の教育、学校のあり方を「軍国主義・軍隊文化」と批判しまくっているワタクシでありますが、皮肉なことに理想の教育機関は、その軍の中心にあった!…のかもしれませんね。面白いものです。
 さてさて、そこからまた少し移動しまして、来週土曜日(26日)のコンサートの最終練習。何度かプログでも宣伝したラモーのオペラ・バレエ「優雅なインドの国々」ですね。歌手の人たちの「踊り」も完成し、実に楽しいコンサートになりそうです。当日券もありますので、ぜひお越しくださいませ。必ずやご満足いただける内容です。
 たっぷり5時間近く練習したのち、中野にてもうひと仕事。これがまた楽しかった。
Th_img_1528 「プロ無職」の、るってぃさんと初めてお会いしてのいきなり対談。彼がプログに「時間は未来から過去に流れてることを意識できているか?」という記事を書いてくれたのがきっかけ。とってもよく理解してくれている内容だったので、私の方から連絡をさせていただきました。いい予感がしたので。そして、1週間で実際会うことになり、そして意気投合。面白すぎるご縁。
 はっきり言いましょう。るってぃさん、すごい若者です!私も大変刺激を受けました。きっとこれから面白いことが起きますよ。るってぃさんのファンの皆さんも、ぜひご期待ください。
 今日お話したことは、きっとるってぃさんが発信してくれると思います。無精者のワタクシは、こうしてアウトソーシング(笑)。
 最近本当に出会いにムダがない。タイミングが絶妙。初対面から意気投合でソウルメイトみたいな…。もう楽しくてしかたありませんよ。そして幸せだなあって思います。
 いろいろ余韻に浸りながら、疲れも吹っ飛び眠気にも襲われず富士山に戻ってきたのでありました。皆さん、ありがとうございました。おやすみなさい。
 

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2018.05.19

『分断した世界-逆転するグローバリズムの行方』 高城剛 (集英社)

Th_51rnorus5hl_sy346_ 日も登場した高城剛さんが最近出した興味深い本。
 高城さんのすごさは、とにかく自分の足で現地に行き、自分の五感(プラス第六感)で得た情報こそを信じるということです。逆に言えば、マスコミが垂れ流すニュースや、インターネット上の情報は基本信用していないということです。
 ですから、この本には、彼が体験して確かめた各国の実態、情報だけが載っていると言えます。そこから見えてくる、高城さん独自の未来予測がまた面白い。
 彼がこちらに遊びに来た時に、直接聞いた話もいくつかありました。またこの本にはまだ書かれていない情報も教えてくれました。
 もちろん、こちらからもレアな情報をお伝えしました。役にたったかどうかは分かりませんが。
 私たちに共通した話題としては、やはり欧州が分裂していくこと、そして、中東とアメリカの情勢、インターネットが今後障壁を築くであろうこと、日本の今後の立ち位置と役目、本当のグローバリズムとは何かということでしょうか。
 そのあたりも含め、この本に書かれなかったことは、後編の「再び一つになる…」で明かされることになるでしょう。
 高城さんと私とは、ライフスタイルは全く違いますが、なぜか共有できるモノがあります。それはなぜか…。おそらく故郷が同じだからでしょう(笑)。
 まあ、それは冗談としまして、あえて二人の違いを言うならば、地球と日本の未来に対して、私のほうが高城さんよりもやや楽観的だということでしょうか。
 いずれにしても、本当に彼は賢く、魅力的な男です。心から尊敬しています。また近いうちに高城さんにお会いして、じっくり情報交換したいと思います。
 
Amazon 分断した世界

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