カテゴリー「経済・政治・国際」の757件の記事

2017.06.25

佐藤栄作ノーベル平和賞受賞記念講演

Th__20170626_130817 日の「そこまで言って委員会NP」は歴代長期政権総理の功罪を話し合う内容でした。
 その中で、吉田茂に続いて2番目に紹介されたのが佐藤栄作。沖縄返還と経済成長は高く評価されましたが、ノーベル平和賞については皆さん「?」でしたね。
 たしかに「なんで佐藤さんが?」的なムードがあったことを、少年だった私もなんとなく覚えています。天才バカボンにも佐藤元総理の受賞を揶揄するセリフがいくつかありましたよね。
 当時、実際そんな感じだったわけですし、のちには例の「密約」も明らかになり、また佐藤さん自身が核保有論者だったことも分かり、今でも「なんで?」というのが一般論です。
 しかし、その裏側、すなわち非核三原則や小笠原・沖縄返還、日韓基本条約には、かの仲小路彰が深く関わっていたことが分かり、私の印象は大きく変わりつつあります。
 そう、番組で竹中平蔵さんも言ってましたね、「CPU(Communication Policy Unit)」のことを。つまり、総理周辺の「政策グループ」が具体的なことを進めていたと。また、そうしたいわゆる「影のブレーン」がしっかりしていると、長期政権になると。
 佐藤さんに関しては、そうしたグループの中心に仲小路彰がいたということになりましょう。ほとんど表に出てきませんでしたが。
 佐藤さんは総理時代に何度も山中湖の仲小路彰を訪ねています。非核三原則も沖縄返還も、また日米安保の件も仲小路の「未来的」な発想から生まれたものです。
 今日、あらためて佐藤さんのノーベル賞受賞記念講演を読んでみましたが、たしかにいかにも仲小路彰的ですね。聖徳太子や核融合の話まで出てくる。
 この講演は英語で行われましたが、のちに日本語訳されて出版されました。その講演集を佐藤さんは仲小路にサイン入りで送っています。
 ちなみに英語版はこちらで読むことができます。興味のある方はぜひお読みください。

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2017.06.23

大田實少将 『沖縄県民斯ク戦ヘリ』

Th_2017062300014031houdouk0001view 後72年の沖縄慰霊の日。沖縄戦終結の日です。
 沖縄戦で命を落とした兵士、そして一般市民の方々のご冥福をお祈りいたします。
 今日はこの日にちなみ、あらためまして大田実少将(当時)の残した言葉について想いを馳せてみました。
 ご存知でしょうか。大田実少将自決前の電文。原文はこちらでご確認ください。
 末尾の「沖繩縣民斯ク戰ヘリ 縣民ニ對シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」。現在の沖縄の様子を見たとしたら、大田実中将(没後中将に昇格)は、いったいどのようにお思いになるのでしょう。
 大田中将の娘さんたちは、辺野古で「平和運動」をする方々の姿を見て、父は喜んでいるだろうとおっしゃっていました。
 はたして、そうなのか、これは確かめようがありません。
 ほとんど知られていませんが、戦後の沖縄返還や海洋博に、仲小路彰が果たした役割は大変大きい。仲小路は大田中将の「県民に対し後世特別の御高配を賜らんことを」の気持ちに最大限に応えようとしたのでしょう。仲小路彰は海軍と格別に深い関係にありましたから、当然この電文を知っていたと考えられます。
 さて、以前チャンネル桜で放送された動画を紹介します。将旗がアメリカから返還された時のものです。こうした、魂のこもる「モノ」が日本に、沖縄に帰ってきたことには、大きな意味があると思います。

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2017.06.20

竹島か独島か?

 国の迷走ぶりがすさまじい。このままですと、本当に北朝鮮による半島統一が実現してしまうでしょう。
 日韓関係もいったいどうなるのか。今日も文在寅大統領が日韓合意を反故にするような内容、すなわち慰安婦問題などについて正式に謝罪せよとの声明を出しました。
 隣国とのギクシャクした関係に終わりが見えないことを、非常に残念に思います。
 その微妙な関係の象徴の一つが「竹島」でしょう。
 今日はそのことについて、いかに両国の主張が噛み合わないか、また噛み合わない結果、互いに感情的になっているかが分かる動画を紹介しましょう。
 青山さんは非常に冷静に語っていますが、それを受け取る両国サイドのコメントが非常に醜い。この動画は他の形でも複製されていますが、どれも同じようなコメントが並んでいてガッカリしますね。

 同時期に金慶珠が韓国側の主張を述べた動画がこれ。これもまた、金さんはいつもより冷静ですが、周りが興奮している。それこそ噛み合いませんね。証拠となる文書の評価が正反対なんですから。

 最後は、大韓民国外交部制作の動画。これが韓国民の一致した認識でしょう。学校でこのように教えられれば、誰だって自国の領土であり、日本が侵略者だと思ってしまうでしょうね。

 ちなみに李承晩ラインについて、最近仲小路彰による新文書が見つかりましたので、近いうちに紹介したいと思います。

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2017.06.15

『治安維持法』 中澤俊輔 (中公新書)

Th_41x5t5bhlpl_sx319_bo1204203200_ 正組織犯罪処罰法が成立しました。
 私も単純には喜べない立場を取っていますが、しかし、一方で野党や人権派、リベラル派、さらにはマスコミが使う「共謀罪法」、「テロ等準備罪法」が成立したという不正確な言い方はやめてもらいたいと思います。
 ひどいものになると、「現代の治安維持法が強行採決によって成立!」などととんでもないことを言う。印象操作とかの以前に、勉強不足を露呈していて見苦しい。
 私は、戦前の出口王仁三郎や仲小路彰の動きを調べているので、自然と治安維持法にも興味を持ってきました。多少はリアルな当時の現場の様子を知っている者としては、今回の改正組織犯罪処罰法と戦前の治安維持法とは、似て非なるものであるとの実感がありました。
 ちょうどそんなモヤモヤを抱いていたところに、先月末ですか、この本の著者、秋田大学の中澤俊輔さんが、テロ等準備罪が「現代の治安維持法」と言われることへの大きな違和感…何が似ていて、何が違うのかという文章をネットで発表しました。
 皆さんにもぜひ読んでいただきたいですね。治安維持法が暴走したのは事実ですが、それを暴走させた「主体」がなんであったかを知ると、それがそのまま現代でも単純に繰り返されるかどうか、ある程度はっきり分かると思います。
 それ以上に、今回と同じく、治安維持法も生まれるべき理由があったことも理解すべきです。治安維持法がなかったら、どうなっていたかという想像力も必要でしょう。
 もちろん、その「暴走」の歴史は否定できませんし、今後私たちが特定の法律を暴走させる可能性がないとは言えません。しかし、だからこそ、そうした過ち(あえてそう言います)の歴史を感情的ではなく、相対的に、そして総体的に捉える必要があるでしょう。
 そうした高い大きな視点からのより正しい知識を身につけるために、中澤さんのこの本は必読書です。
 とりあえず反対派の方々、また真剣に不安を抱いている方にこそ、お読みいただきたいと思います。
 本当によくまとまっています。私たちの「治安維持法」に対する知識がいかに浅いものか、よくわかりますよ。

Amazon 治安維持法

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2017.06.12

「ブラック」はお好き?(コーヒーの話ではありません)

Images 日、こちらに書いたように、豆を挽くようになってから、すっかり「ブラック」コーヒー党になりました。やっぱり「ブラック」がいい。
 「ブラック」がいいと思う人もいれば、ミルク入りの「マイルド」がいいと思う人がいるのは、コーヒーの世界に限りません。
 この前、W大学に通っている教え子が「就職決まりました!」と報告に来ました。景気もだいぶ良くなったのか、完全に売り手市場で、いくつも内定もらったそうですが、結局一番「ブラック」な某ゼネコンに決めたと(笑)。
 そう、彼は根っからの「ブラック」好きなのです。面接でも、「残業OK、上司との飲みOK、地方飛ばしOK…」などとアピールしたそうです。
 なんでも昭和のモーレツ社員に憧れているそうで、仕事で死にたいとまで言う(笑)。
 そう、そういう人間にとっては、今やり玉にあげられている「ブラック」企業こそが理想であり、世の中全部がマイルドになってしまうことに危機感すら覚えるのです。
 逆に「ブラック」好きでない人がブラック的な組織に入ってしまうと、違う意味で死んでしまうことがある。電通の話とかはそれであって、私は個人的には電通には昔のまま鬼十則とか標榜してもらいたい。
 私はどちらかというと仕事に関してはマイルド派なんですが、多少のブラックもまたたしかに自己満足の種になっているんですね。これは否定できません。
 たとえば立場上私にはいろいろな(他人の)仕事が降り掛かってくるわけですが、それは全然嫌ではありません。頼まれたら断らないというのが私の仕事上の信条ですので、逆に燃えたりする。満足感、達成感があるんですね。
 余計な仕事によって自分のスキルが上がり、経験値が上がり、評価が上がるのであれば、損することなどありません。そういう観点からすると、「同じ給料もらっているんだったら仕事をたくさんした方が得」ということになるんです。お分かりになりますか?w
 これってまあ「ブラック」とも言えますよね。仕事が給料には反映しないんですから。しかし、金銭欲は満たされずとも、自己満欲や自己実現欲は達成されるわけですから、得と言えば得です。
 これでたまに誰かがほめてくれたりすれば、ボーナスまで付く(笑)。そう考えると、やっぱり私も「ブラック」派なのかもしれません。
 しかし、私は家に仕事は一切持ち帰らないし、土日もほとんど仕事はしません。夏休みもちゃんと取ります。そういう意味ではマイルドに見えるでしょう。
 というのは、世間で言われるようになった「ブラック部活」の顧問の先生に比べると、全然マイルドだということでもあります。
 教育現場の問題についての研究で有名な内田良さんがかつてこんな記事を書いていました。

部活動はなぜ過熱する?

 実は「麻薬」であると。なるほど。
 ウチの学校でも、それこそ休日返上、元旦以外は部活の指導という先生がいます。そこまでいかなくとも、休日は試合や本番でつぶれてしまうという先生がたくさんいます。
 私はその部分(休日)に関してはマイルド(逆に言うと趣味にハード)なので、世間ではいわゆる「ブラック」とされる環境にいる先生方を、心から尊敬しています。感謝もしています。自分にできないことをしてくださっているので。
 しかし一方で、内田さんの記事にあるように、その「ブラック」状態が「大変だ」と言いながら、どこか満足している、快感を感じている人もいておかしくないと思います。
 もちろん、それを否定的にとらえているわけではなく、ブラック企業をあえて選んだ学生くんのように、そこにやり甲斐という人生の推進力を感じる人もいて当然であり、そうすると、なんでも「ブラック」と言って普通の人かいやがる環境を排除していくのはどうかとも思うのです。
 つまり、「ブラック」が好きという才能を持っている人に関しては、ぜひともそういう環境で活躍してもらいたい。そう思うのです。
 私も、上記のような「むちゃぶり」に関しては耐性があるという「才能」があるようですし、お金に執着が全然ないので、たとえば出張の手当なんかも一切もらっていません。学校に寄付しますと言っているんです。これだって、他人から見れば、出張費も手当も払わないなんてブラックすぎる組織だということになりかねませんよね。ま、これは私の特殊すぎる「才能」のせいですが(笑)。
 というわけで、この「ブラック」問題だけでなく、世の中ですね、昭和の時代と違って「無理するかっこよさ」が認められなくなってきていることは残念でしかたありません。
 少数派かもしれませんが「ブラック」好きな人たちもいます。その人たちの活躍の場も残してもらいたいですね。そう、男らしさの表現の場を奪わないでもらいたいのです。

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2017.06.08

渡辺大明神と歴代総理たち

 日、初めて拝殿の中に入らせていただきました。下吉田の「渡辺大明神」。3000件近くある下吉田(旧瑞穂村)地区の渡辺氏をまとめる氏神さまです。
 福地八幡宮といういわくつきの(宮下文書に関わる)神社に合祀されたという関係上、その縁起にはいろいろと難しい問題があるのですが、とりあえずは渡辺氏の始祖であるかの渡辺綱を祀っている神社ということにしておきましょう。
  2年前の吉田の火祭りの日 に、今、時の人である安倍昭恵さんをお連れしました。というのは、この神社には岸信介、佐藤栄作ご兄弟、すなわち安倍首相の祖父と大おじ揮毫の扁額があるからです。
 そして、今日ウワサには聞いていましたが、さらに二人の総理大臣経験者の書が奉納されていることを確認しました。
 なぜ、この田舎のマイナーな神社に、4人もの総理大臣が書を奉納しているのか。
 宮下文書、福地八幡宮にゆかりのある不二阿祖山太神宮さんの作った資料をご覧ください。

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 どうですか。すごいですよね。不思議としか言いようがありません。ちなみに「内閣総理大臣 岸信介」の文字は、かの書家、榊莫山先生のものです。
 一つ分かっているのは、田中角栄と同期の新潟出身国会議員、渡辺良夫という方が佐藤派に属し、そして第二次岸内閣で厚生大臣をやっているんです。その渡辺さんがなぜかこの渡辺大明神を崇敬していた。おそらくは渡辺氏のルーツなどを調べているうちに、山梨県富士吉田市下吉田に渡辺氏がたくさんおり、そして渡辺大明神という神社があることを知って参拝したのでしょう。
 そこでなんらかのパワー(おそらくは渡辺綱のパワーと、宮下文書にまつわる富士高天原のパワー)を感じて、すっかりはまってしまったと。そして、佐藤さんや岸さん、さらには自民党の後輩の中曽根さんや細川さんにも紹介したのではないでしょうか。
 渡辺良夫さんについては、まだまだ調べが進んでいないので、これからまた何か分かったらここで報告いたします。

 


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2017.05.26

『論戦「女性宮家創設」 公務負担と皇統の継続』 (BSフジ プライムニュース)

Th__20170601_105257 に難しい問題ですね。このまま行けば悠仁親王が即位した時、公務を補助する皇族がいなくなる可能性がある…。
 有史以来初めてと言っていい、このような意味での皇統継続の危機でもあります。
 この問題の難しさの理由はいろいろあるのですが、やはり私たち国民としての難しさは、天皇陛下や皇族の皆様がこのことについて、どのようにお考えなのか分からないというところではないでしょうか。
 このたびの「譲位」の問題についても、保守派の中でさえ意見がまとまらないどころか、ほとんど喧嘩のような状態になり、また結果的に良かれと考え絞り出した案について、実は天皇陛下や皇族の方々が不快感をお示しになったという「ウワサ」までも伝わってきました。
 ちなみに私は女性宮家の創設には完全に反対ではありませんが、やはりその前に旧宮家の復活が先だと思いますね。
 女性宮家が女系天皇につながるという意味で反対する方が多いようですが、それこそ皇室典範や、あるいは憲法の解釈、あるいは改正をもって男系を守ればよいと思います。
 もっと言ってしまえば、皇統というのは「血筋」だけの問題ではありません。私は「文化」というものを重視しています。皇室と一般社会を一緒に語るのは不敬にあたるかもしれませんが、さまざまな組織の継続の在り方を考えると、その「文化」の意味がわかってくると思います。
 私は、いろいろな事情から、有栖川家、高松宮家に興味を持っています。ご存知のとおり、両家とも男系男子に恵まれず断絶してしまいました。
 高松宮家は、先に断絶した有栖川家の「文化」を継承しました。しかし、残念ながら高松宮家も断絶。では、有栖川家の「文化」は絶えてしまったのかというと、そんなことはありません。いくつかの形でちゃんと継承されています。その継承者一つが秋篠宮家です。また、民間のある宗教団体系統にも継承されています。
 そういうことも含めての「皇統」であると思うのです。だから具体的にどうなのかというのは、今は述べるべきではありません。ただ、そのようないわば「霊統」というのも考えに入れないと、たとえばこの番組の議論のようなことになってしまうと思います。
 天皇は高次元の存在なのであり、私たちの日常的な言語では語りきれないわけです。だから、実に難しい。

動画はこちら
 

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2017.05.23

『第二次大戦前夜史 一九三六・一九三七』 仲小路彰 (国書刊行会)

Th_41wmdwk5icl_sx359_bo1204203200_ 日、昭和11年、12年は歴史の転換点だというようなことを書きました。しかし、日本国民は案外明るい未来を展望しており、特に都市部はお祭り気分だったとも書きました。
 昭和11年は私の母が生まれた年でもあります。父は5歳。ですからその時の記憶はほとんどありません。時代の空気なんか分かるわけありませんし。
 かつて祖父母に聞いたところでは、やはりそれほど暗い雰囲気ではなかったようです。実際、世界恐慌に伴う昭和5年あたりの昭和恐慌からもいち早く脱し、昭和8年以降は一部の農村を除いて好景気だという感触があったようです。
 この高橋是清による昭和恐慌という大デフレ脱却政策が、アベノミクスに似ているとの見方もありますが、のちに高橋是清は昭和11年、二・二六事件で暗殺され、日本は戦争へまっしぐら…という、それこそ戦後歴史教育に洗脳された悪意ある解釈ですね。そんな単純な話ではありません。
 さて、そのように庶民は好景気に浮かれ、かつての戦争景気の記憶もまだ新しく、ある意味では戦争への期待さえあったとも言えます。そんな中、いったい世界や、世界と直接やりあっていた日本の上層部ではいったい何が起きていたのか。つまり、庶民が知らないうちに、いったい何が進行していたのか。
 それが恐ろしいほどによく分かる本が、この仲小路彰による「一九三六」と「一九三七」です。仲小路彰が高嶋辰彦陸軍中佐(当時)の支援を受け、戦争文化研究所の名の下に全121巻の刊行が予定されていた(実際は43巻まで刊行)「世界興廃大戦史」の一部。
Th_31ogxpnu8l_sx298_bo1204203200_ 昭和16年9月から17年4月までの間に刊行されていますから、間に真珠湾攻撃を挟んでいるわけですね。戦争が始まらんとしているその時に、およそ5年前の世界と日本の動きにその端緒を見ていたのです。
 内容としては、今では忘れ去られた事象も取り上げられており、いったい当時どのような情報源をして、ここまで詳細に世界情勢を分析し得たのか。非常に興味がありますね。
 実はまだ全部読んでいませんし、読んでも知識が足りないために理解できないでしょう。しかし、現代の研究成果よりも不思議とリアルな感じがするんですよね。情報の選択、そしてそれらの配置の妙は、世界史、特に戦争史を知り尽くした仲小路ならではのものでしょう。
 このような本が復刻されたということは、ようやく歴史学の戦後レジームが崩れる時が来たということでしょうか。
 一方で、仲小路彰の全貌を俯瞰した立場からしますと、こうした戦前、戦中の著作のみで彼の業績を評価してほしくないというのも事実です。
 こうした一見右寄りな活動の先にある、終戦工作、グローバリズム構想、未来学こそが、仲小路彰の「本体」であると、私は思っています。
 当然、逆の発想も必要です。つまり、戦後の仲小路彰のみ見ていても、やはりその本質には近づけない。未来から見れば、戦後も戦前も連続した過去であり、またその無限の過去は、その時の「現在」の無限の集合体なのですから。

Amazon 第二次大戦前夜史 一九三六 第二次大戦前夜史 一九三七

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2017.05.22

第7回世界教育会議〜日本文化講座

Th_sekaikyouiku201409171 日紹介した徳富蘇峰の「経天緯地」の研究をされた方からの情報。その扁額が奉納されたのは昭和11年。
 昭和11年は日本の近代史を考える上で、一つの分岐点となった重要な年ですね。二・二六事件があり、一般的にはその頃から一気に戦争へ向けての右傾化が進行したというイメージかと思います。
 しかし、どうも実際にはだいぶ違う雰囲気が世の中を支配していたようですね。だいたい、二・二六事件の時の東京も、「せっかく景気がよくてお祭ムードだったのに…水を差しやがって」という感じだったとか。戒厳令で遊びに行けない。東京音頭の時代ですからね。
 事件と言えば、二・二六よりも同年に起きた阿部定事件の方が巷間の話題だったのでは。
 実際、軍部の一部以外はどちらかというと国際的お祭ムードであり、あえて言うならずいぶんとリベラルな雰囲気があったと言えます。
 中止になった1940年の東京オリンピックの開催が決定したのもこの年ですし、紀元2600年に向けて多くの催し物が企画され始めています。その紀元2800年節にしても、今では天皇中心の国家観を象徴しているようなイメージがありますが、庶民にとっては単純にお祝いムードだったようです。
 ただ、昭和12年になりますと、少し雰囲気が変わり始めます。庶民はまだまだ呑気でしたけれども。
 昨日も名前が出てきた和平派の宇垣一成に組閣命令が下りながら、陸軍内の反対によって流産したのは象徴的だったかもしれません。ヨーロッパではスペイン戦線が喧しくなり、年の終わり頃には日独伊防共協定が締結されます。ちょっときな臭くなってきましたよね。
 一方、そんな昭和12年、すなわち今からちょうど80年前の1937年に、なんと日本で第7回世界教育会議が開催されています。アメリカを筆頭に世界中から教育関係者が東京に千人単位で終結し、実に高度な教育会議が行われました。
 どれほど平和的で、リベラルな内容であったかについては、国会図書館のデジタル資料を垣間見るだけでもよく分かります。
 で、その会議の一環というか、プレイベントとして、なんと山中湖で「日本文化講座」が開催されているんですね。10名以上の外国人が山中湖を訪れ、鈴木大拙や谷川徹三らの講演を聞いたり、地元の皆さんと交流したようです。
 たしかにこんなことがあったとはほとんど知られていませんし、もちろん私も全く知りませんでした。地元の人も全く知らない。
 この「日本文化講座」は国際文化振興会(今の国際交流基金)が主催したもののようですが、山梨の山中湖での開催にあたっては、私の勘ですとやはり徳富蘇峰や宇垣一成、そして富士吉田にいた川合信水、また山梨の生んだ鉄道王根津嘉一郎が関わっていると思います。
 この「日本文化講座」については、昨年山中湖で企画展が行われ、新聞記事としてもこのように紹介されました。第1回全日本カーリング大会にもびっくり。
 う〜ん、学校で学んだ歴史とはかなり違う雰囲気だなあ。自分で調べることがいかに大切か思い知らされます。
 この世界教育会議に関する記録などをじっくり読んでみたいですね。鈴木大拙の講演の内容も知りたい。どうも記録映画が製作されたようですから、それの再発見にも期待したいところです。
 のちに疎開してくる仲小路彰は、当然この会議、講座のことを知っていたでしょう。仲小路が富士北麓に一大教育都市を構想したのにも、それが影響しているかもしれません。
 いやあ、近過去の歴史の勉強は実に面白い。


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2017.05.21

徳富蘇峰 『経天緯地』の扁額

Th_img_0429 日は全く想定外のお導きによって幸運に恵まれました。不思議としか言いようがありません。
 上の娘が池袋ジャズフェスに出演するということで、朝学校に送り届けました。そのあとすぐに帰宅しようと思ったのですが、昨日から家のWiFiの調子が悪く、ずいぶん長く使っているのでそろそろ寿命かなと思い、近くの家電量販店に寄っていくことにしました。
 ただ、朝早かったので開店まで小一時間あったんです。で、ふと思いついて地域の神社参りをすることにしました。まずは学校の近くの小室浅間神社(下浅間)へ。次に町内の渡辺大明神へ。ここはいわくつきの神社ですよ(こちら参照)。
 そして、いよいよ家電量販店に行こうと移動をするその途上、ふと「あそこにもお参りしよう」とひらめき、久しぶりに天神社(機神社)へ。
Th_img_0439 すると、いつもは閉ざされている機神社の入り口が開いている。そして、正面の祭壇の上に、徳富蘇峰が揮毫した「経天緯地」の扁額が見えるではないですか。
 お参りをすませてしげしげと中を覗いていると、氏子の方が私に声をかけてくださりました。そう、なんと今日は機神社(と軍刀利神社)の例大祭の日だったのです。全く知りませんでしたし、本来は5月15日に行われるべき例祭が、時代の流れで5月の第3日曜日に催されることになったとか。
 いろいろ興味深いお話をうかがえた上に、「正午に神事があるから来てください」と、あまりに自然に言われてしまいました。なんというお導きでしょう。どこの誰とも分からぬ者に温かいお誘い、本当にありがたいと思いました。
 さっそく家内と、神社の近所で織物業を営む家内の友人親子を誘って、正午に境内に行ってみますと、祭礼を執り行う神主さんと数人の氏子さんらが集まっていました。そして、なぜか私たちはゲスト(?)として神事に同席させていただき、さらに玉串奉奠まで仰せつかるという僥倖に恵まれました。
 徳富蘇峰の扁額も間近に拝見することができ大感激。なにしろ、年に1回、この例大祭の日にしか一般の人は拝むことができないのですから。不思議すぎます。
 さらに本殿右にあった奉納札を見ると、これまた驚きの事実が。
Th_img_0434 左から「金一封 県会議員 天野義近殿」、「金一封 衆議院議員 堀内良平殿」、「扁額揮毫 徳富蘇峰殿」、「扁額揮毫 陸軍少将 久世為次郎閣下」、「扁額揮毫 陸軍大将 宇垣一成閣下」。
 蘇峰と久世と宇垣の両軍人は、山中湖に別荘を持っていました。蘇峰については説明するまでもありませんね。山中湖に住む文化人として、当時絹織物で隆盛していた下吉田の神社に関係したのはありえること。一方、和平派である意味陸軍の中では悲運であった宇垣一成が、この小さな神社に関わっていたのは意外でしたね。総理大臣になりそこねた人物です。
 また宇垣は、のちに山中湖に疎開してきた仲小路彰とは昵懇の仲となり、時に仲小路に叱責されたとも伝えらています。最近仲小路彰を研究している私が、こんなところで宇垣一成の名前に出会うとは思いもよりませんでした。
 まったく不思議な霊縁であります。そう、この一連のお導きのオチもありました。夜、ある人から久しぶりに電話があったのですが、その方は徳富蘇峰の研究家であり、この機神社の扁額の「再発見者」だったのです。
 今日の話をすると先方も驚いておりました。こういう人知を超えた流れがある時は、何かの使命をいただいた時です。それをしっかり見極めて役目を果たしていきたいと思います。本当にありがとうございました。


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