カテゴリー「経済・政治・国際」の733件の記事

2017.04.22

討論 『明治維新とは何だったのか?』

 日は、明治維新以来の日本の「150年戦争」にまつわる重要人物に関する勉強をいたしました。
 そんな折、ちょうどいいタイミングで、チャンネル桜がこのような討論番組を放送してくれました。大いに勉強になります。
 この重厚な討論番組、たしかに素晴らしい内容であることが多いのですが、どうしても保守派の論客同士の内輪の盛り上がりになってしまうこともたしか。
 そんな中、今回は西部邁先生が大いに暴れまくって面白かったですね。ちょっと極端かなとも思いましたが、まあ多勢に無勢ですので(笑)、このくらい憎まれ役に徹しないといけなかったのでしょう。
 おそらく明治維新というのも、とても一言ではくくりきれないほどの多様な側面があって、西部さんの言うとおりの部分もあるし、ほかの人たちが「信じたい」部分もあったことと思います。
 歴史というのは総じてそういうものでしょう。
 そういう意味でも、今発掘中の新資料たちは、大いに21世紀的に意味を持つことと信じます。
 いずれにせよ、明治維新以来の150年戦争がもうすぐ一つの終結を迎えます。その150年の中間地点が、まさに昭和18年あたり。大東亜戦争(太平洋戦争)のど真ん中ということになるわけです。
 ある意味、あの頃の戦況の悪化こそが折り返し地点であったと。
 そして、仲小路彰は「勝った」と言ったわけですね。そう言えば、英国人ジャーナリスト、ヘンリー・S・ストークスも実は大東亜戦争の勝者は日本であったと言っていますね。

Amazon 戦争犯罪国はアメリカだった! ─ 英国人ジャーナリストが明かす東京裁判70年の虚妄
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.04.21

分かりやすいイスラム教講座…加瀬英明x馬渕睦夫『日本らしい国づくり』

 スラム教…みなさんはどういう印象をお持ちでしょうか。なんとなく怖い、あるいはキリスト教より縁遠い感じがする…私も実はそんなふうに思っていました。
 しかし、2年前に仲小路彰の砂漠の光を手に入れて読んでから、すっかり印象が変わりました。
 仲小路彰がこの戯曲を執筆したのは旧制高校から大学時代にかけてといいます。1920年前後のことでしょうか。出版は大正11年です。その時代にすでに決定版とも言える(のちに昭和50年に仲小路自身によって再版されている)ものを作り上げた天才の偉業に驚きますね。
 と言いますか、大正時代にはすでにイスラム教は日本に入ってきており、ある程度定着していたということです。この動画にもありますが、ロシア革命によって多くのイスラム教徒が日本に亡命してきたのですね。大川周明などもその影響下にイスラム研究をしていました。
 というわけで、私たちのイスラム教に対する偏見というのは、案外最近作られたものであるわけですが、その原因も含めて、まさに現代的、未来的な視点からイスラム教を正しく理解するために、ぜひ皆さんにこの動画を観ていただきたいと思うわけです。
 仲小路彰が「預言」したごとく、聖徳太子とマホメット(ムハンマド)は共振しています。そういう意味でも、今こそ私たちはイスラム教を正しく理解し、尊重の心を持たねばならないと思います。私もいよいよコーランを読もうかな。
 ちなみにこの講座のタイトルは「イスラム教と反グローバリズム」であり、また番組の後半の質問コーナーで、加瀬さんが「八紘一宇とグローバリズムは全く違う」という説明をしていますが、仲小路彰的に言えば、「本来の(オリジナルな)」グローバリズム(地球主義)は「八紘一宇」「八紘為宇」と同じだと思います。
 そのあたりは、まだ仲小路彰が表に出ていないのでしかたありません。今世の中でいうグローバリズムとは、ユダヤ金融資本的な経済のグローバリズムのことですからね。
 きっと近い将来には、加瀬さんや馬淵さんも本当のグローバリズムの意味と、その発祥が日本であるという驚愕の事実を知ることになるだろうと信じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.04.20

ボリティカル・コレクトネス?

Th_images 野綾子さんが「大人の言葉遣い わからぬ幼稚」というコラムを書いておられました。いわゆるポリティカル・コレクトネスに対する懐疑を主張されていました。
 言葉尻をとらえて、そして場合によっては謝罪させることが普通になる社会が、いかに幼稚なのものであるか、心の奥底を表現できない世界がいかに硬直化したものとなるかを述べておられました。
 曽野さん、2月だったかの南アに関するエッセイなど、それこそ「政治的」にはちょっと不用意だったかなという言説もありましたが、今回の「言葉狩り」に関する考えには全面的に賛成します。いちおう言葉を専門にしている立場としてです。
 「ポリティカル」な世界は、私に言わせてもらえば「コト」世界ですね。法律における言語はそういう性質のものです。あえて言うなら数字、数式に近づけようとしています。ぶれや余白のない絶対言語に近い世界。
 一方、私たちが使う「言葉」は、まさに「コトの端」であり、せいぜいそうした絶対世界の端っこをかじるくらい、そのほとんどは曖昧模糊とした、しかし豊かな「モノ」世界が広がっています。
 それを、差別だとかいう過剰な「忖度」によって制限することに、私も反対です。
 学校現場なんか、本当に最近は堅苦しくなってきています。愛情と信頼に根ざしたコミュニケーションの中には、あえての「悪い言葉」もたくさん存在します。活字にしてしまって、第三者が見れば、とんでもない「いじめ」や「虐待」と取られかねない言葉も日常的に行き交っています。
 もちろん、そこにはお互いの関係性があり、そこに至る文脈があり、言語的な意味論を超えた「創造的忖度」があり、肉体的表情もあります。そんな「コト」にはまらない「モノ」があるからこそ、私たちは教育をすることができます。
 また、それら「モノ」世界を含む可能性を秘めているのが、まさに言葉の力であり魅力であるわけで、それをまるで法律用語のように、堅苦しく縛ってしまうのは、結局人間の「心」をも縛ってしまう結果になると思います。
 英語では「〜マン」という言い方はやめて、「〜パーソン」というようになっていますよね。女性もいるからということでしょう。日本語の「看護師」などと一緒です。
 笑い話ですが、それでは「スーパーマン」も「ウルトラマン」も「アンパンマン」もダメなのかということになってしまいますね。
 スチュワーデスも今はダメですが、スチュワードという言い方もあったわけで、それはそれでいいような気がするんですが。同様に保母と保父でもいいようにも思います。
 なんでも平等、非差別ということになっていくと、結局極端な共産主義国のような「言いたいことが言えない国」「きれいごとだけしか許されない国」になってしまう可能性があります。こわいですよね。
 言葉は生き物です。生き物を人間の都合で縛る、制限するということがどういうことか考えておきたいところです。
 もちろん、逆に全て自由にというわけにもいかないのは言うまでもありません。野放しではなく、自分の「飼い言葉」として、それなりのしつけをしなければなりませんね。お互いに。
 ちなみに、内田樹さんも「政治的に正しいこと」は正しいのか?でポリティカル・コレクトネスに対して鋭い指摘をしています。ぜひご一読を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.04.19

『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』 役所広司主演・成島出監督作品

Th_81aspamovyl_sl1500_ 日は山本五十六の命日でした。それにちなんで今日は2011年公開のこの映画を鑑賞いたしました。
 映画としてはまあ及第点。淡々と人間山本五十六を描いたという感じ。平成になってからの戦争映画にありがちな視点であり、また戦闘シーンのほとんどがCGということもあり、昭和の(すなわち戦争体験者たちが作った)戦争映画に比べると、どうしても軽くなってしまっていることは否めません。
 しかし、こうしてあの戦争が遠い過去の出来事になり、ある種「物語」化していくことも致し方ないところであり、また、そのような客観性、他者性をもってして発見される新事実(真事実)もあるのもたしかです。
 そういう意味では、三船敏郎版も必ず観ていただきたいと思うわけです。両方観て初めてこの映画の価値が分かるというものです。製作者は当然、前作を意識しているわけですから。
 そうした比較や補完ができるのは、歴史における「未来人」の絶対的幸福ですし、まただからこそ、そこに絶対的責任や使命も加わってくるのであります。
 大げさでなく、人類の進化とはそうした「解釈」の上に成り立っているのです。
 さて、山本五十六といえば、軍人の中でもその解釈が分かれる存在ですよね。名将か凡将か、あるいは売国奴か…。
 知識不足な私は、その判断をしかねていますし、戦争においては特によくあるように、視点の設定によって、まるっきり反対の解釈や評価をされてしまっているのかなとも思います。本当に難しい。
 この映画もなんとなくそのあたり煮え切らない感じです。親米派であり、戦争反対派であったことは確かですし、人格的にも優れていたのでしょうが、日米戦争の将としてはどうだったのか。自己の中に大きな矛盾を抱えていたわけですから、それは迷いだらけだったでしょう。
 それが歴史という記述の上において、様々な解釈を生む原因になっているのは間違いありません。きっと善良な賢人だったからこそ、ふらふらしてしまったのでしょう。だから、これからも一つの言葉で「コト」化することはできないでしょう。そういうモノなのです。
 だからこそ「物語」として魅力的だとも言えます。二・二六事件もそうです。当の本人(たとえば安藤輝三)たちが、善良で純粋な人間だからこそふらふらしている。だから評価もふらふらするし、煮え切らない。
 おそらく、記述された歴史ではない、人間の営みの重奏する本当の歴史とは、全てそういうモノなのでしょう。
 70年目の真実とは、結局そういうコトなのではないでしょうか。お釈迦様が説かれたように、世の真理(コト)はたった一つ、無常(モノ)だということです。

Amazon 聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.04.18

追悼 渡部昇一さん

Th_41xw782ar2l 語学者にして保守派論客の重鎮、渡部昇一さんがお亡くなりになりました。
 「知的生活の方法」を読んだ高校生の頃から、言語、文化、思想、歴史観、いろいろな面で大きな影響を受けてきました。最近もネット番組等でお元気なお姿を拝見していたので、突然の訃報に驚いています。
 最も最近の動画がこれでした。渋沢栄一を紹介する渡部さん。渡部さんがご自身の人生を振り返るように、渋沢について語っています。
 私も昨年、仲小路彰研究の関係から、渋沢栄一記念財団の会員になりまして、遅ればせながら渋沢の偉業を知り、その人生訓を学ぶことになっております。
 そんな中、尊敬する渡部昇一先生が分かりやすく渋沢栄一を紹介するとあって、続編も楽しみにしておりました。完結編もおそらく収録済みと思われます。渡部さんが最後に渋沢を語ったというのは、本当にいろいろな意味において象徴的であったのかもしれません。
 ご冥福をお祈りします。

Amazon 知的生活の方法

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.04.16

Jアラート(全国瞬時警報システム)

 朝やはり北朝鮮がミサイルを発射しましたね。結局「失敗」となりましたが、これは正確に言うと「失敗」ではなく、アメリカによるサイバー攻撃、あるいは電磁波攻撃による「撃墜」ということになります。
 北朝鮮って、やたらミサイル発射に失敗しますよね。さすがに威信にかかわりますよ。まあ、撃墜と言われても悔しいでしょうけれども。
 もう戦争というのはそういう次元なんですよ。白兵戦なんて昔の話です。
 さて、今回のミサイルの件で初めて聞いたという方もいらっしゃるかもしれませんが、日本にはJアラートという警報システムがあるんですよね。もう10年も前からの話です。
 皆さんよくご存知の「緊急地震速報」もその一つです。そのほか、津波や噴火、気象情報などの自然災害、そして、今回のミサイルのほか、テロや空襲警報などがあるんですね。
 もちろん、これが鳴らないに越したことはありませんが、自然災害のみならず、いわゆる有事に関しても、「想定外」は許されません。
 今日は期せずして、熊本地震の「本震」の日でした。昨年の今日の記事がこちらです。たまたま私は東日本大震災の教訓から、14日の地震が「前震」である可能性を示していたわけですが、実際その予想が当たったことを受けて、私としても改めて「最悪の事態を想定する」ということを心がけるようになりました。
 ですから、上の動画を見たり聞いたりして、「その時」冷静に対処できるよう訓練しておくつもりです。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.04.15

報道特注(右)『北朝鮮危機!』

 日の夜、「とある筋から明日は自宅待機せよとの情報が。大事に至らなければ良いのですが。日本を取り巻く情勢は私たちが考える以上に深刻です」とツイートしました。今日15日はもうすぐ終わります。おそらく無事に今日は終わるでしょう。
 「とある筋」がどういう筋であるかはここには書けませんが、とりあえず同筋から、しばらくは同じ危険状態が続きますとの続報をいただきました。
 今日はなんとか無事にすみそうですが、明日は朝から騒がしくなる可能性があります。
 情報の内容は上に紹介した「報道特注」の内容にかなり近いものです。核実験、ミサイル、テロ。アメリカの先制攻撃。
 もちろん、この番組の出演者の皆さんとは、私は立場も考え方も微妙に違いますので、「言葉遣い」は違いますが、情報は共通しています。解釈の問題ですね。
 そういう意味で、皆さんもこの番組の内容を、ぜひ「情報」として捉えて下さい。そして、それを活用してください。
 結局は中国にいろいろお願いするしかないんですよね。日本もアメリカも。そういう中で、北朝鮮問題を利用して中国が発言力を強めていくということも認識しておかねばなりません。
 また、現中国にとって、朝鮮半島と旧満州地域は「清」の亡霊であるということも忘れてはなりませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.04.14

嫉妬心という人類の難敵

Th_rgn1704140001p1 日、甲府で櫻井よしこさんが改憲に関する講演をしたそうです。
 北朝鮮情勢も風雲急を告げております。金正恩、トランプ、習近平、プーチンなどの「荒魂」がぶつかり合う世界の中で、9条を中心に改憲論議が高まるのも当然と言えましょう。
 ところが、最近の私は、改憲には慎重な立場になっています。仲小路彰の憲法観に触れることが増えたからでしょうか。彼の改憲論は実に高度、高次元であり、今こそ多くの人に読んでもらいたいものがあります。
 アメリカに押し付けられたと言われる「非自主憲法」であるということが、はたして本当に日本にとってマイナスなことなのでしょうか。他者性(モノ性)を重んじ、それを自己の内部に包摂し、融合することによって日常的な「コト」に成してきた日本人の本質を忘れて論議すべきではありません。
 今日も、ベテランの共産党員の方とじっくり話しましたが、天皇の存在と絶対平和主義は本来共存できるものであり、今まで右と左という対立軸でもめてきたこと自体、人類のレベルの低さを示しているとの結論に至りました。
 そうそう、最近の共産党は変わりましたよね。赤旗に年号を使うようにもなりました。戦後の日本共産党の変化の歴史を見ると、ある意味健全に進化しているなと思うわけです。まさに「日本」共産党になってきたなと。
 異論はあるでしょうが、天皇や皇室というのは、ある意味原始共産制の象徴のようなところがあります。庶民と同じかそれ以上に質素な生活をなさっていたり、歴史的に見ると、最下位層、すなわち被差別民と直接的に結びついていたり。
 資本主義も共産主義も共通の弱点によって破綻しました。それは私たち人民の「嫉妬心」であります。
 資本主義においては、持たざる者が持つ者に対して嫉妬心を持ちます。共産主義においては、働く者が働かざる者に対して嫉妬心をいだきます。
 そうした人民の負のエネルギーを抑えるために、結局は独裁的な神や人間が圧倒的な圧力、すなわち戒律や法律や武力を使う結果になってしまった。
 実は最も穏やかにその嫉妬心を抑えるのは、絶対的な神への信仰心を持つことが一番効果的なのですが、残念ながら共産主義には唯物論という属性が伴っていたために、それが基本不可能になっていました。
 一方、資本主義においては、旧来の宗教よりも、マネーというモンスター(ちなみに両語の語源は一緒です)に対する信仰心の方が強大になってしまったため、こちらも嫉妬心が増長してしまった。
 そこで登場するのが「天皇」ということになるのです。わかりやすく極論しますと、「天皇さまがあのような生活をされ、利他的に生きていらっしゃるのだから、私たち人民も…」という心の動きが生まれるというわけです。
 これは非常に高度な文化だと思います。そこをもう一度しっかり考えてみる必要があるでしょう。
 仲小路彰の天皇論、そしてそこから発展していく地球平和、グローバリズム、コスミカリズムというのも、また、それとはまた次元が違いますが、やはり天皇から発していると言える出口王仁三郎のみろくの世観というのも、この時代だからこそ顧みられて良いものと思われます。
 そのような発想をしてみますと、日本国憲法というのは、そうした未来的な可能性を示すものであるとも言えると思います。一条と九条は自然に両立するどころか、お互いを活かすものであるとも言えるのです。
 いずれにせよ、私たちにとって「嫉妬心」というのは大変な難敵ですね。なにしろ、お釈迦様が2500年前に「嫉妬心を捨てよ」とおっしゃって以来、ほとんど誰もそれを実現していないわけですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.04.13

金足農業 vs PL学園 (昭和59年夏)

 分がちょっと(かなり)忙しい&国家が危険な状況なので、今日は軽くて重い記事で。
 この甲子園の名勝負、いいですねえ。
 なんだかんだ言って、秋田って名勝負生んでますよね。本当に雑草軍団というか、素朴な田舎軍団(失礼)というか。
 それが強大な敵を追い詰める。しかし、最後は逆転負け…みたいな。6年前の能代商業もそうでしたね。
 こちらに書いたとおり、高校野球(甲子園)は先の大戦のノスタルジーを投影した「文化」です。
 そういう点でも、弱小チームが一丸となって強大な敵にぶつかり、そして玉砕する…というストーリーは感動を呼びます。すなわち秋田のチームは、あの時の日本の象徴というわけです。
 それにしてもですね、かつて強大な「帝国」であったPL学園の野球部が滅ぶとは、まさに21世紀の世界史を予言しているかのようでもあります。
 高校野球(甲子園)は、実に面白いですね。スポーツをこうして「文化」「歴史」化する日本。私は次元が高いと思いますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.04.12

日本の危機と鈴木貫太郎-小堀桂一郎氏に聞く

 26分くらいから小堀桂一郎先生登場。当然のことながら、昨日も書いた二・二六事件、安藤輝三大尉の話も出てきますね。安藤輝三と出口王仁三郎という記事に書いたとおり、安藤輝三が二・二六事件において鈴木貫太郎侍従長を襲撃することを決意したその時、日本の運命は決まったと言えます。
 安藤でなければ、鈴木は完全に死んでいた。終戦の首相、御聖断を導いた首相鈴木貫太郎はいなかった。つまり、日本も死んでいたのです。
 この番組でも、静高の先輩でもある水島総さんが、このくだりのところに大いに感動していますね。
 さっそくこの本を注文しました。じっくり読みたいと思います。鈴木貫太郎の終戦工作に、はたして仲小路彰も関係しているのか。そのあたりも気になります。小堀さんはご存知ないでしょうけれども、高松宮さまを通じて、仲小路の意見も昭和天皇、あるいは鈴木貫太郎に伝わっていた可能性が大です。
 たしかに、鈴木貫太郎のようなスケールの大きな、しかし非常に緻密で繊細な、そしてある意味霊的な政治家というのは、今の時代にはいませんね。
 たしかに安倍総理にこの本を読んでいただきたいかも。

Amazon 鈴木貫太郎:用うるに玄黙より大なるはなし
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧