カテゴリー「経済・政治・国際」の1000件の記事

2024.05.20

FIRE?

 

 ベプラの「FIRE」特集面白かったですね。なにがFIREって話。

 FIREしたけど再就職するとか、めっちゃ節制生活するとか、憧れたけど現実は全然違ったっていうことですよね。

 結局、「火の車」という意味ではFIREだったということでしょうか(笑)。

 ちなみにひろゆきやミートたけしのような生き方は理想的なのでしょうか。すなわち好きな仕事だけして生きいけるということですね。

 そういう人はそんなにいないと思いますが、私は基本自分で仕事を選ばない、上流からやってきた仕事は全部受け取る人間なので、ある意味彼らより上を行っているかもしれません(?)。

 いずれにせよ、人間にとって最も辛いのは「やることがない」ことです。今日も学校の仕事で、全校生徒に座禅をさせましたが、たった10分でも何もしないことの辛さがわかったはずです。

 結局ないものねだりというか、隣の芝生は青いというか、働いている時は働かなくていい人がうらやましいし、いざ働かなくなると働く環境を欲したりする。わがままなものです、人間なんて。

 というわけで、私は「神(他人)」にすべておまかせという形を取っているわけです。結果として仕事がある時は全力でがんばるし、ない時はぐ〜たらする。

 そういうバランスは神(他人)が勝手に用意してくれるので、正直楽で楽しい。いわゆる惟神(かんながら)な仕事スタイル、ライフスタイルなのでした。

 そうすると面白いもので、(「やりたい仕事」ではなく)「やるべき仕事」が楽しい仕事に変わっていくのでした。

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2024.05.14

吉田松陰の大和魂

Img_5840 日は秋葉原でセミナー。格別に盛り上がりましたね〜。講演中、いろいろ不思議な現象が多発。特に落としたペンが絨毯の床に立った時には、鳥肌も立ちましたよ(笑)。

 そしてもっと鳥肌ものだったのが、セミナーが終わって懇親会会場へ向かう途中のできごと。

 数少ない男子メンバーでてくてく歩きながら「なにか起きそう」「途中に神社とかありそう」と言っていたところ、道の反対側に神社の幟が見えまして行ってみたところ…。

 なんと、そこは吉田松陰が処刑された場所だったのです。全く事前の知識なく知らない町(小伝馬町)を歩いていたものですから、みんな驚きました。

Img_5849 ちょうどセミナーで(本当の)「大和魂」について語ったあとでした。その文脈では、吉田松陰の有名な辞世の歌の「大和魂」は批判の対象になっていました。

 つまり、本居宣長からの間違った解釈を継いだのが吉田松陰であり、彼があまりに影響力があったために、のちの軍国主義にその「大和魂」が使われたという説です。

 今回の偶然の邂逅は、それに対する吉田松陰自身の反論なのかもしれません。そう、あらためて処刑場において、その歌を読み直すと、また違った解釈が降りてくるのでした。

 まず処刑前に詠まれた有名な歌「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」。これはやはり素直に読み取ると「命を捨てて国を守る」方向に解釈されますよね。

 では、辞世の歌「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」はどうでしょう。「身」が朽ちることと対比されて「魂」は留め置くわけですから、やはり「命を捨てて国を守る」と解釈されがちです。

 しかし冷静に観察すると、大和魂について松陰は「やむにやまれぬ」ものであるということ、また「留め置きたい」ものであるということしか言っていないわけですね。

 つまり、私のセミナーのテーマでもある自分の意志ではなく神の意志に従って動く(すなわち自己実現ではなく神実現)のことを言っているだけであると。世の人々が自分の利害によって動き始めた近代において、日本古来の「惟神(かんながら)」の精神を自分は守りたいと言っているのではないでしょうか。

 こうして改めて「大和魂」について考えさせられるきっかけを得たのも、まさに自分の意志ではなく、神(故人含む)の意志なのかもしれませんね。

 

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2024.05.11

西桂町役場新庁舎

Img_5828 は参加できませんでしたが、今日は西桂町新庁舎の落成記念式典が行われました。

 ウチの学校からはジャズバンド部がお祝いに駆けつけて記念の日にふさわしい楽しい演奏を奉納したとのこと。

 町産の木材や織物をふんだんに使ったこの斬新な新庁舎、あの隈研吾さんの設計です。

 実はですね、今回新庁舎が建った小沼1499番地は、私が2年間住んでいたところなんです!

 大学1年から2年まで、こちらにあったお宅の間借りをしておりました。1年目は3人の新入生との共同生活、そして2年目は私一人ここに残りまして生活しておりました。

 まさか自分の青春の棲家に隈研吾さんの作品が建つとは、さすがに夢にも思っていませんでした。

 大学卒業後はこの庁舎と線路を挟んだお寺(松寿庵)をまるごとお借りして3年間住んでおりました(住職ではない)。今はもうそのお寺もありませんが、あそこでもいろいろなことがあったなあ…。

 西桂町とはその後も深いご縁があります。特に、町出身の川合信水、高山良策、李良枝は私の人生に大きな影響を与えています。

 小さな町ではありますが、ちょうどよい大きさ美しさの富士山と、ちょうどよい距離感から生まれるおいしい湧水、信仰の対象としての三ツ峠など魅力あふれる町です。

 富士吉田市と都留市に挟まれ、どちらからも合併の誘いを受けてきましたが、ずっと独歩の道を選んできました。私はそれで良いと思っています。

 ますますの発展を祈ります。

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2024.05.10

北陸・中京新幹線

20240513-102630 日は小松から敦賀まで新幹線に乗り、敦賀から米原までは特急しらさぎを利用しました。

 しらさぎには初めて乗りましたが、あっという間に米原に着いたという感じでしたね。46km弱、34分ですからね。もう少しゆったり旅を楽しみたいところでした。

 そしてやはり思ったのは、北陸新幹線の延伸ルートは琵琶湖東岸(米原ルート)だなあということ。

 今のところ琵琶湖の西側を大きく回る小浜・京都ルートが有力ですが問題も山積しています。特に京都の山地を地下トンネルで貫くことを反対する地元住民は多い。

 小浜の方々には申し訳ないのですが、北陸から近畿に向かう際、米原で東海道新幹線に乗り換えるなり、あるいは乗り入れるなりしても、あまり所要時間は変わらないと思います。

 中京方面との連結を考えると、米原ルートの方が需要も多く利便性も高いのではないか。

 もちろん、逆に滋賀県民にも反対の声が上がるかもしれませんが、今日しらさぎで走ったかぎりでは、土地の取得も工事もそれほど難しくないのではないかと素人考えながらに感じてしまいました。

 特急サンダーバードの利用状況を見ても、関西と北陸を直接結ぶ価値がどれほどあるのか。さてどうなることやら。

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2024.05.04

追悼 唐十郎さん

20240505at09s_pjpg 日は朝早く九州小倉を出て東京へ。秋葉原でセミナーでした。昨日の山奥から今日の都会へ。そのギャップがたまりせまん(笑)。というか、日本の幅広さ、奥深さを感じる良い体験でした。

 久々に秋葉原の夜を体験しました。思ったよりも以前の感じが残っていて安心しました。つまり、オタクの皆さんが実に幸せそうに笑っていたということです(笑)。

 文化の多様化、分散化もあって、かつてのオタクの聖地としての秋葉原もだいぶ雰囲気が変わったと言われていますが、その根源的なエネルギー、核となるスピリットは全く失われてないなと感じましたよ。

 外国人の姿も多く見かけましたが、そららもちゃんとヲタ臭を漂わせておりまして、あらためてオタク文化のグローバル化を痛感させられる機会ともなりました。

 さて、そうしたオタク文化を象徴する街としての秋葉原が出現する前、若者のカルチャーの中心は新宿でした。

 そして今日、その新宿のアングラ・カルチャーの象徴、唐十郎さんがお亡くなりになったとのニュースが。

2bf022dc3ea70fc5dc1e27f4e6443b91_1 というか、5月4日って、唐さんのライバル寺山修司の命日じゃないですか!!

 すごい運命的なことですよ。唐さん、きっとその日を選んだんでしょう。

 寺山が亡くなったのは41年前。寺山の分まであの時代のカルチャーを現代に生かし成長させた唐十郎さん。本当にありがとうございました。お疲れさまでした。

 きっと今頃、寺山と再会して、また向こうでバチバチに競い合うのではないでしょうか。ホント、向こうの世界が楽しそうだよなあ。いろいろな人たちがあっちに行っちゃいましたからね。

 御冥福をお祈りいたします。私はまだしばらくこっちで頑張ります!

 

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2024.04.30

タイガー・ジェット・シン氏が「旭日双光章」受章

20240502-85212 しい知らせ!

 インドの狂虎、スーパーヒールのタイガー・ジェット・シンが「旭日双光章」を受章しました。

 私たち世代からすると、アントニオ猪木との抗争はまさに伝説レベル。

 本当に怖かったし、憎らしかった。もちろん、大人になってみて、それが演技であったことがわかるわけですが、それでがっかりするわけありませんでした。

 彼が大変な人格者、聡明な紳士であり、インドでは英雄、そしてのちにビジネスで成功したカナダ・トロントでも、慈善活動家として有名なのです。だからこそ、今回の受章ということですよね。

Tigerjeetsingh_1jpg ブッチャーや、最近では斉藤ブラザーズもそうですが、ヒールをやる人ほど実は良い人ということがあります。王仁三郎の言う「悪のフリをして善をなす」ということでしょうか。

 アンパンマンにおいて実はばいきんまんが最も素晴らしいと原作者が言うのと似ているかもしれません。日本では特に善悪二元論は好まれませんからね。愛すべき悪者がたくさんいますよ。

 スタン・ハンセンはシンを大変尊敬し、あのファイトスタイルを確立したと言います。もちろんレスリング・テクニックという基礎もしっかりしていたわけですし。

 猪木さんは「以心伝心ジェットシン」と冗談のように言っていましたが、まさに以心伝心で悪役、ライバル役を見事に演じ、猪木さんを輝かせた存在だったのです。

 いずれにせよ、こうして狂える虎の真の価値を、日本政府が認めた、天皇がお認めになったというのは、大変素晴らしいことです。おめでとうございます。

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2024.04.28

『おまえの罪を自白しろ』 水田伸生 監督作品

23 日明日と岐阜の長良川ぞいでセミナー。毎日8時間以上喋り続けるわけで、我ながら元気だなと思います(笑)。まだまだツアーは続きますよ〜。

 昨夜は京都のアパホテルに泊まりまして、恒例の映画鑑賞をいたしました。ちょっとした息抜き。

 この作品、まあまあ面白かったのですが、疲れていたこともあってか、途中ちょっとウツラウツラしてしまいました。ベッドの上で寝転がって鑑賞してましたしね。

 政治家の孫が誘拐されます。犯人の要求は身代金ではなく、政治家が自らが重ねてきた罪を自白すること。

 なかなか面白い設定で、はたしてどのようにその要求に応じるのか、応じないのか、楽しみに見始めました。それが案外淡々と記者会見を開いてしまい、予想されたような心の葛藤が描かれていなかった。原作もそうなんでしょうか。

 その代わりといってはなんですが、犯人側の複雑な動機が明らかになっていきます。そのあたりも、もう少しドラマチックにというか、驚きをもって明かされていけば眠くならなかったかなあ。

 あと、この映画に限らず多くの脚本にありがちな「文末の省略」…たとえば「そんなつもりじゃ…」(「ない」の省略)が気になってしかたなかった。リアルな会話ではそういう切り方って絶対しない。

 もう一度、しっかり頭を働かせて見てみようかな。

 あと、模倣犯が出なければいいなと思ってしまいました。政治家に限らず、言えない罪、墓場まで思っていく秘密を、私たちはみんな持っていますからね。怖い怖い。

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2024.04.25

ナトリウムイオン電池とナトリウムイオンキャパシタのハイブリッド

00top_m の日は岡崎で中級編セミナー。話すことを何も決めずに臨みましたが、結局8時間以上べらべらしゃべり続けました。皆さんの質問が素晴らしかったからです。

 さて、セミナーと懇親会が終わってホテルでネットニュースをチェックしておりましたら、個人的に大変興味深い記事を見つけました。

 数秒で充電できるナトリウムイオン電池が誕生

 ナトリウムイオンバッテリーとナトリウムイオンキャパシタのハイブリッドということですよね。

 実は私、14年も前にバッテリーとキャパシタのハイブリッドのアイデアを書いているんですよ!

 こちらの記事です。

 あの時の妄想が14年後に実現しそうだということですね。もし実現したらめちゃくちゃ嬉しいです。てか、特許取っときゃよかった(笑)。

 あの頃からリチウムイオン電池が一気に普及しましたが、ご存知のとおりリチウムは希少金属です。その点ナトリウムは豊富にある。しかし、ナトリウムイオンは大きいので、ちょっと技術的にまだ困難な部分があります。まあそれも数年のうちにかなり改善されるでしょう。その分野は日本が得意です。

 期待いたしましょう。

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2024.04.24

殉国七士廟(三ヶ根山)

Img_5497 の日は愛知県西尾市にてセミナー。

 セミナーが始まる前に、主催者の皆様と三ヶ根山に車で登りました。

 今までいろいろ不思議なことがあって、熱海伊豆山の興亜観音に何度も通い、殉国七士の御霊からいくつかのボールを受け取っていました。そんな中、最終的に遺骨が収まった三ヶ根山にはいつか行かねばと思っていたのですが、愛知県にあることはわかっていても全く地図上のイメージがなく、正直半分忘れていたところ、今回まさかの三ヶ根山の麓でのセミナーとなって参拝が実現した次第です。

Img_5533 私たちが山頂に到着すると、雨はほとんど止みましたが、風が強く霧が激しく動いています。興亜観音や靖国神社にも行った耀わんが三ヶ根にも来たからでしょうか。七士に限らずその地に眠っている多くの英霊たちが喜んでいるように感じました。

 殉国七士墓の字は岸信介の揮毫。安倍さんとのご縁もあります。大変厳粛な気持ちになりました。

Img_5509 愛知ゆかりの英霊たちの眠る場所は、ちょうど八重桜が散ったあとで、本当に美しいピンクの絨毯が敷かれていました。寒々としていた墓標に、なにか火が灯ったようでした。

 私たちは、たとえばお墓参りの時に「安らかにお眠りください」とか「いつも見守ってくれてありがとう」とか念じてしまうことが多いのですが、いつば各地のセミナーでも申し上げているように、実はそれでは御霊は浮かばれないのです。

 国のために殉じた七士はもちろん、若くして戦争で命を落とした英霊の皆さんは、本当にやり残したことがたくさんあるのです。それを私たちがしっかりやらねばなりません。彼らが投げたボールをしっかりキャッチしなければならないのです。

 私はもちろんそういう気持ちでお参りをさせていただきました。平和のためなら何でもしますと。

 凍えていた体が少しあたたかくなったような気がしました。

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2024.04.21

流線形 『Tokyo Sniper』

 ととい付けの記事で紹介したRYUSENKEI。「流線形」としてのアルバムの中でワタクシ的に一番好きなのがこの「Tokyo Sniper」です。

 2006年の作品。シティポップが再燃する前に、こういう作品を作っていたことがすごいですよね。

 80年代というのが戦後ポップスのある種の限界点だったというがわかりますよね。アナログ、人力の最終形態とも言えます。そこにバブル経済に伴う文化興隆というものがあり、センスが極まったとも言えます。

 その時代の、ある種「ぜいたく」な音楽が、こうして今でも力を持ち続けていることは歴史的必然なのかもしれません。経済的の豊かさが、文化的な豊かさを担保するというのは、少し皮肉にも感じますが。

 経済面でもそうでしたが、音楽においても、西洋的手法で西洋をを一瞬でも乗り越えてしまった時代。面白いですね。

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