カテゴリー「経済・政治・国際」の845件の記事

2018.04.22

松任谷ビル〜新宿西口(仲小路彰の残影)

Th_img_1356 夜は東京に泊まり、久々に会う友人とお酒を飲みながら深く楽しい会話。やはり魂のカラーが似ている人との対話は楽しいですね。時間が経つのを忘れてしまいました。
 そして今日は千駄ヶ谷にて5/26横浜ラモーの練習。いよいよ歌手の方々との合同練習が始まりました。やっぱり歌と合わせるのは難しいけれど、実に勉強にてなります。
 ところで、練習が始まる前に、練習場所のすぐ近いにある「松任谷ビル」に行ってみました。
 そう、『愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家』 に紹介されている、歴史的因縁の深〜いビルです。松任谷とは、言うまでもなく松任谷正隆、ユーミンにごく近い松任谷家です。
 このビルが建ったのが、昭和38年。すなわち東京オリンピックの前年です。まさに旧国立競技場が目の前で完成していくのを見ながらのこと。
 前掲の本にも書かれていたとおり、かの頭山満が愛する孫娘が松任谷家に嫁ぐにあたり、はなむけとしてこのビルを建ててあげたそうです。
 そして、このビルの地下には、伝説の会員制クラブ「易俗化(エキゾチカ)」があり、三島由紀夫、石原慎太郎、裕次郎、丸山(現・美輪)明宏、寺山修司、浅利慶太、力道山などが夜な夜な集まっていた!
 今ではエレベーターもない古いビルとなり、行き交う人も気にもとめませんが、ここにはすさまじい昭和のエネルギーが閉じ込められているのです。
Th_img_1357 折しも、2020年の東京五輪に向けて、新国立競技場の工事が着々と進んでいます。この写真はまさに、松任谷ビルから見たその光景。
 私が生まれたのが昭和39年ですから、このビルは私よりも一つ年上。そして、いよいよ2回目の東京オリンピックを間近に見るということになりますね。なんとも感慨深かった。
 昨日、藤井厳喜さんにお渡ししたのは、仲小路彰の資料。考えてみれば、仲小路彰も深いところで松任谷家とつながっています。
 ある意味、ユーミンは仲小路彰の思想哲学によって生まれたとも言える。今、そのあたりをしっかり発掘したいと思い、いろいろな方々に連絡をとっているところです。
Th_img_1360 練習が終わり、私は車を停めてある新宿西口へ。娘も新宿駅にいるということで、会おうと思ったけれども、田舎もんの娘が見事迷子になり断念(笑)。
 ちなみにこの、地下にありながら空が見える、あまりに斬新な新宿西口広場は、仲小路彰の片腕であった坂倉準三の設計です。1966年の完成。こんなところにも仲小路彰の魂が生きているのでした。
 言うまでもなく、ここでは反戦フォークゲリラが行われた「舞台」でもあります。感慨深いですなあ。

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2018.04.21

【討論】属国からの脱出はありうるか?

 日は東京で仕事。それが終わってからある会合に出席し、藤井厳喜さんにお会いしました。藤井さんは優れた国際政治アナリスト。今日は仲小路彰について少し情報を提供させていただきました。
 定期的に過去・現状の分析、そして未来の予想をし、個人や企業にその情報を提供しているという意味では、現代の仲小路彰とも言える方です。
 藤井さんも今日のお話の中で、「いい加減な憲法なんだから、いい加減に改正してもいい」と、独特の表現で現憲法の問題点を指摘しておられました。
 日本国憲法が、GHQによって「日本をアメリカの属国にするために」作れられたというのは、もう説明をする必要のない事実です。
 しかしその憲法をありがたく戴いているのが現状の日本です。改正や自主憲法制定の話をすると、すぐに右翼とか言われる。大日本帝国憲法の復活なんてもってのほか。
 私は独自の「国譲り理論」から、いわゆる保守派の方々とはかなり違った憲法観を持っているのですが、かと言って護憲派というわけではありません。というか、思考停止した護憲派の方々を軽蔑さえしています。一方、ちゃんと思考して未来的な理想としての現憲法を守ろうとする方々とは話ができます。
 逆も言えます。改憲派の中にも思考停止している人がいて困ることがあります。
 さて、この討論に参加しておられる方々はどうでしょうか。
 藤井厳喜さんもおっしゃっていましたが、大幅な改憲や自主憲法となると、各条文を一つ一つ考えなければならないわけで、九条のみならずそれぞれ侃々諤々になり、いったい完成までに何百年かかることやら。
 つまり言語の限界なんですよ。コトを窮めてモノに至る。
 私は聖徳太子の十七条憲法を復活させればいいと思っています(笑)。
 そうそう、世界中の現行憲法で、一字一句変更が加えられていないという意味で最も古いのは、実は日本国憲法なんですよね。誇りと言えば誇りですよ。日本人が言葉にこだわらない、言語による契約を信用していないことの証明です。
 そして、天皇の存在こそが「モノ」性の象徴なのであります。終戦後、こうして天皇制が存続しただけで、じゅうぶん「コンスティテューション」が保証されたでしょう。
 属国とか主権国家とか、そういう言葉にもあんまりこだわらなくていいいのではないでしょうか。悩みだけが増えてしまいますよ。

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2018.04.11

「利他の心」…ザ・リーダー 稲盛和夫

 場の先輩に「致知」を借りて読んでおります。表紙は稲盛和夫さん。特集「利他の生きる」。年齢的に否応なくリーダー的な立場にならざるを得ないようになってきた私にとって、稲盛さんは最高の知恵を与えてくれる人です。
 今までも稲盛さんには勝手な親近感を持ってきました。この動画でも「やきもの」という言葉を何度も使っていますが、私の中では霊的な意味でも、また実業的な意味でも稲盛さんは出口王仁三郎につながっていると思っています。
 そのあたりについては、8年前、稲盛さんがJALの再建をまかされた時、稲盛和夫と出口王仁三郎という記事に比較的詳しく書きました。
 その記事では「モノ」と「コト」とという言葉を使っていろいろ書いていますね。今になってみますと、それは谷口雅春さんの言うところの「實相」と「肉体」ということだと分かります。
 そう、肉体というのは目に見える認識できる「コト」なのです。モノではない。そして、實相とは、そういう認識できるコトとコトとの間に縁起している「モノ」のことです。
 この前も物理学者の方と話しましたが、たとえば宇宙空間において点在する星は「コト」であり、それが宇宙の実体ではなくて、それらの関係性、目に見えない関係性の方こそが本体なのではないかと。
 音楽で考えるとよく分かります。ドミソの和音で言うなら、それぞれの三つの音は「コト」です。周波数として認識できますね。しかし、それらが組み合わさって生まれる「雰囲気」、たとえば明るいとか元気とか、そういう関係性によって生まれるニュアンス、ムードというモノの方こそが、音楽の本質であり本体であることは、誰しも分かることでしょう。
 そういう「實相」の大切さに気づくと、肉体にこだわることはなくなります。すなわち自己ではなく他者の方に本質があることがわかり、また他者によって自己が形成されている、すなわち自己には実体はなくて縁起しているだけだということに気づくことになるわけで、そうなると、当然人生は利他的になっていきます。
 経営も人生の一部ですから、神道的にも仏教的にも「實相」を理解している稲盛さんの経営哲学が「利他の心」を原点とするのは、当然といえば当然と言えるでしょう。
 それにしても、こうした経営哲学が中国で大人気というのは、これは悪いことではありませんね。コトを窮めてモノに至る。カネを通じてコトを窮めたからこそ分かるのでしょうね。
 今一番お会いしたい人の一人が、稲盛和夫さんです。
 

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2018.04.10

『ミライの授業』 瀧本哲史 (講談社)

Th_4130o1rvisl 校は、未来と希望の工場である――。そしてきみたちは魔法を学んでいる。
 そうありたいですね。
 なんで勉強しなきゃならないんだ。数学がなんのためになるのか。自分もそうでしたが、生徒は必ず一度はそういう疑問を持ちます。
 そして、自分もそうですが、教師はそれにちゃんと答えられない。
 実際、学校には不合理や不条理がたくさんあって、それを改革していかなければならない時代ではあります。勉強の中身に関してももちろんそうです。
 しかし、人類のみがずっと続けてきた「勉強」には、変わらない何か大切なものがあるに違いありません。その漠然としていた「何か大切なもの」を、偉人たちの勉強と仕事を通じて実感のあることにしてくれるのがこの本です。
 たしかにこういう授業ができるようになりたいですねえ。こういう話を上手にしたい。
 教師ならずとも大人が読むべき本かもしれません。14歳の生徒向けの本のはずですが、大人の方がいろいろ発見があるかもしれません。なぜなら、自分たちには勉強に関して失敗の体験があるからです。
 子どもたちはまだ失敗が足りないですし、あるいはこの本に刺激を受けて失敗をしないかもしれない。そういう意味では、案外子どもたちはこの本に心を打たれないかもしれない。ああそうだったのか!という発見の感動がないかもしれない。ほとんどの大人にはあるでしょう。
 それにしても、偉人たちの人生にも知らないことがたくさんあったなあ。それぞれ名前はよく知っている、一般的な伝記は読んでいたけれども、そこに隠された「何か大切なもの」はずいぶん知らなかった。それこそ勉強になりました。
 近く県の新任教員に対して研修をするんですが、この本、必読書として紹介しましょう。

Amazon ミライの授業

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2018.03.16

「元キャリア官僚 再び忖度を語る!」元通産官僚石川和男

 友問題が大変なことになっております。先日書いたとおり、私は攻める方、攻められる方両方に友人がいるので、結果として中立の立場をとっております。
 その後も双方からいろいろ興味深い情報が入ってきていますが、両方に共通した話が実はあります。
 それはいわゆるメインストリーム・メディアで語られている…というか騙られていることとは、かなり違う内容です。
 その一つが、この動画で石川さんが力説している現実です。これはこれで知っていた方がいい情報ですよ。
 MSM、特に日本においては民放テレビ番組が垂れ流しているフェイクに惑わされてはいけません。この驚くべき事件、犯罪の本質がどこにあるのか。
 もちろん、誰の方を持つ気もありません。問題は問題です。大問題です。
 だからこそちゃんと調べましょう。特に現場の声を聞きたいものです。

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2018.03.13

公文書記録、粘土板への移行を検討 政府

Th_tablet 友問題が大変なことになっています。昨年の今頃、いろいろあったわけですね。籠池さんの証人喚問のあたりですか。
 ワタクシ個人といたしましては、攻める方、攻められる方、両方に親友がおりまして、非常に複雑な心境であります。
 そして、そういう立場だからこそのいろいろな情報が入ってくるわけでして、またそれが報道されているものとはかなり違う内容なので、より深い闇というのを感じてしまうのでありました。
 基本は財務省のポカです。そこに朝日新聞(OB含む)を本気で怒らせてしまった総理の軽口が絡み、さらにそれらを利用した野党の正直稚拙な与党攻撃が激化していると。そして、その裏には自民党内の改憲派と護憲派の戦い(OB戦含む)がある…それ以上は書けません。
 政治というのは恐ろしい。しかし一方で、政治の世界での、特に自民党内での自浄作用というか、均衡を保とうという、ある意味自然かつ健康的な作用が働いていることに安心もするのでした。
 さてさて、そんな折、非常に興味深い(笑)ニュースが入ってきました。

公文書記録、粘土板への移行を検討 政府

 ふむ、なるほど。そういう手がありますね(笑)。
 ちなみにハンムラビ法典の「目には目を」の本当の意味については、かつてこちらに書きました。このブログの膨大な量の記事の中で、一番人気を続けている記事です。ぜひお読み下さい。
 それにしても、虚構新聞、相変わらず面白いですね。ここのところのトップ記事全部腹抱えて笑いましたよ。ペーソスがきいていて良い。

第二ボタンもデジタル化 物理ボタン廃した制服、高校生発明

秩序乱れた」 サル山SNS、2週間で中止に

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2018.02.28

【討論】サヨクの本質-共産主義は本当に死んだか?

 称右翼、他称左翼のワタクシとしては、とにかく面白かった。いろいろツッコミどころもあるけれども、大方において間違いのない歴史観であると思います。
 間違いはないのですが、それが総体ではありません。世の中に見えていない部分が多すぎる。もちろん私も知らないことばかり。
 出口王仁三郎や仲小路彰を研究していると、本当に世界の、いや宇宙の大きな流れというのは、右左という世界では語りきれないことを知らされます。
 私、冗談で、「左右」が抱えているものは「エロ」だなんて言ってきましたが(我々が左右の手で大事に抱えているものとは…!?)、案外これって冗談ではなくて本質を突いているのかもしれない。
 いわゆる左翼においては、嫉妬心という自己卑下が暴力性と結びついていますし、いわゆる右翼においては、拡張した自己愛が暴力性と結びついています。
 人間の暴力性こそ、エロチシズムですよ。
 それらは、正直言って、両方とも宇宙の摂理から外れている。残念ながら、です。
 そこを乗り越えんとしたのが、おそらくはお釈迦様であったのだと思います。宗教ではありませんよ。宗教は、美化されたエロチシズムの物語に過ぎませんから。
 この討論を聴いていて、自分の中の両方のエロチシズムが、それこそ左右の手の中で暴れだして困りましたが(笑)、今はもう宇宙から地球人のドタバタを俯瞰できるようになっています。
 エロチシズムというのは、男女問わず人類に共通したモノだと考えられがちですが、その概念は男が作り出したコトです。
 結果として、男はそのエロチシズム(暴力性)の虜になってしまっている。だから、エロ対エロはケンカになる。しまいには戦争になる。「本当に死んだか?」なんて確かめたくなる。
 面白くも可笑しい男のサガであります。
 だからこそ、仲小路彰は21世紀は女性性の時代と言ったのでしょう。また、王仁三郎は変性女子を名乗ったのでしょう。

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2018.02.26

二・二六事件当日(小島威彦)

Th_2262 日は二・二六事件から82年目の日。そして、仲小路彰の117回目の誕生日となります。そう、仲小路彰は1901年の2月26日生まれなんです。
 ですから、仲小路彰の35歳の誕生日に二・二六事件は勃発したことになります。
 当時の仲小路の家は広尾にありましたから、事件現場の比較的近くですね。仲小路自身がその日のことについて書いたものは、いまだ見つかっていませんが、仲小路の親友であった小島威彦が「百年目にあけた玉手箱」にその日のことを書いています。
 今日はその文章を紹介します。ある意味当時の雰囲気がよく分かる内容です。事件が思わぬ方向に収束していくことを象徴するように、なんとなく冷めた空気が東京を支配していたように見えますね。

…二月二十六日早朝、大雪とともに大事変が勃発した。恰も忠臣蔵の討入りの黎明を迎えたように、東京は深々と降りしきる雪に蔽われた。僕の舎兄清彦はその朝八時半に日比谷公園と向かい合っている勧業銀行本店に出勤したところ、ただならぬ陸軍反乱軍の決起を目撃して、泡を喰って、左近司と軍令部の舎兄秀雄と同盟通信社の義弟波多尚は僕へ電話してきた。「陸軍革命軍は総理官邸において岡田首相、前首相斎藤実、高橋是清蔵相、渡辺錠太郎陸軍教育総監を殺害し、目下その殺害目的は進行拡大中だ。大変な事態だ。日比谷と赤坂方面は蹶起した近衛連隊が陣取って砲門を敷いているようだ。兵隊はすべて銃剣だし、物々しい有様だよ。」僕は身支度をして田園調布から渋谷に出て赤坂へ向かった。もう昼だった。別に銃声が聞えるわけではない。想像したほど騒々しくはない。大きなアドバルンが二本空中に揚がっている。「直ちに原隊へ帰れ!!」と大書した幟が雪空にゆらゆらと風邪に靡いている。拡声器からは引切なしに「直ちに原隊へ復帰せよ。陸海軍はすでに鎮圧の体制を整えた。まだ遅くはない。すぐに原隊に復帰せよ。」僕は二時間余り動静を見ていたが、これ以上の革命的進展はありえないと思い、帰宅した。次から次に号外の鈴の音が巷に満ちている。しかし危機の感情が湧き立っている様相はない。さらに数名の重臣が殺害された。しかし大衆の感情は不景気や沈滞や退廃で燻った暗幕に風穴があいたように受け取っているのであろうか。しばらく沸騰した鉄瓶の蓋を明けて、水でも差せば収まるのかしれない、そんな漠然とした気分が街を蔽っている。

 

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2018.02.25

大杉栄の墓(静岡市沓谷)

Th_img_1104 日は2.26。82年前の今日は二・二六事件前夜ということです。
 蹶起当日は東京は大雪だったという伝説がありますが、実際は23日に大雪が降ってそれが残っていた状況です。26日もパラパラと雪が舞ったようですが、事件の起きた早朝にはまだ降っていなかったようです。
 今日、たまたま実家に用事があったので、実家のすぐ近くにある愛宕霊園をお参りしました。愛宕霊園の名称の由来となった愛宕神社がお祭りということで、紅白の幕が引かれていました。
 愛宕霊園には二・二六事件の主役の一人である安藤輝三が眠っています。私たち夫婦と安藤輝三との不思議なご縁については、こちらに少し書いてあります。
 安藤輝三の墓参りをすませたあと、私は、ある意味彼とは対照的な「愛国者」のお墓を初めて訪れました。
 安藤輝三のことについても全く勉強不足だったわけですが、こちら、アナーキスト大杉栄についても、まさか実家から歩いて5分とかからない場所にそのお墓があるなどとは、今まで全く知りませんでした。
 それにしても、なんなんでしょうね。今の価値観で言うと、極右と極左の二人の墓に、我が実家が挟まれてあるというのは。
 そして、ふたりとも愛する国家に殺された。安藤は天皇のために蹶起したにもかかわらず、天皇の命によって処刑されました。大杉は関東大震災のどさくさの中で、官憲によって惨殺されました。
 その二人が、その身を隠すように、本人とは直接関係のない静岡県静岡市沓谷に葬られた。そこに私の実家がある。単なる偶然とは思えない不思議なご縁です。
 先ほど、今の価値観で、と言ったのは、彼らの敬天愛人、すなわち愛国のスケールが現代からするとまるで自家撞着を起こしているかのように見えるからです。
 たとえば、安藤輝三と大杉栄に大きな影響を与えた人物として、頭山満と北一輝が挙げられます。頭山と北も、今の感覚では右とも左とも言えない人物です。
 そういう意味では、彼らと私が出会うきっかけを作ってくれたと言える出口王仁三郎や仲小路彰も、右のようにも左のようにも見える人物です。
 この両怪物は、愛国というよりも、愛地球、愛宇宙の人でした。頭山や北もそうでしょうか。
 戦後の視野狭窄の中で見ると、彼らは矛盾した行動を取っているように見える。だから、歴史学の対象とはなりにくいのです。
 大杉栄のお墓は、本当にいつも見てきた共同墓地の中にひっそりと建っていました。高校時代、いったい私は何度そのすぐ横の道を通ったことでしょう。なぜ知らなかったのか。おそらく知る機会がなかったのでしょう。興味もなかったのでしょう。だから目に止まらなかった。
 逆に言うと、今が彼らと出会うタイミングだったのです。今日初めて大杉栄(と伊藤野枝と甥っ子)が眠る墓を訪れ、
何か大きな衝撃を受けました。言葉にはならないのですが、光も音もない雷に打たれたような気がし、家に帰ってから珍しく死んだように昼寝してしまいました。
 そこで得たモノをどのようにコトにしていくのか。彼らの妄想した未来をどうやって受け継ぐのか。真剣に生きていきたいと思います。

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2018.02.20

金嬉老事件から50年…寺山修司版「HAIR」

Th_unknown せずして昨日の記事の続きになりますね。
 今日は金嬉老事件から50年目の日です。私、当時3歳だったんですけれど、なんとなく覚えてるんですね。
 劇場型犯罪のはしり。きっと、テレビで観たんでしょう。
 単なる殺人事件が、犯人の「演劇」によって、いつのまにか差別や人権の問題にすり替えられた、なんとも時代を象徴する事件でした。未来を予言するとも言える。
 そういう意味では現代においても、そうした傾向は続いています。被害者よりも加害者の人権が守られ、それどころか加害者がヒーローになってしまう。
 さてさて、昨日の続きという意味では、この画像を観ていただきたい。これは、仲小路彰邸にて見つかった、ミュージカル「ヘアー」の初期稿の一部です。
 この字を見て、誰の字かピンとくる人はかなりのマニア。ちなみにJ・A・シーザーさんはもちろん分かりましたよ。
 そう、寺山修司です。実は日本初のロックミュージカルとなった日本語版「HAIR」は、当初寺山修司が脚本を書いたのです。
 しかし、それはボツとなり、結局、川添象郎さんの直訳版になった。そのへんの事情については、寺山自身が「ヘアー」白書に書いています。そこに見えない力に妨害されたというようなことが書いてあるんですが、寺山の脚本をボツにしたのは、仲小路彰だと私は考えています。
 ま、そのへんのことについては、いずれ詳しく書きましょう。今日は、とりあえず、その一部をご覧いただきたいと思います。そう、金嬉老事件が何度か出てくるんですよ。
 金嬉老事件は1968年2月20日に起きました。HAIRが上演されたのは1969年12月。寺山版の脚本はおそらく1968年中に出来上がっていたと思われます。
 人種差別、人権問題に劇場型と来れば、これは寺山が注目して当然です。本家HAIRもアメリカにおけるそういう問題を扱った作品ですから、日本語版に翻案するにあたって、寺山らしい仕掛けを施すのも理解できますね。

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 ここに出てくる「寸又峡」とは、金嬉老が立てこもったふじみや旅館のある場所ですね。永ちゃんは矢沢永吉ではなくて、佐藤栄作総理。
 次の部分には、金嬉老自身の名前が出てきます。ちなみに片桐操は1965年に起きた少年ライフル魔事件の主役です。

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 たしかに、この過激さでは上演は難しかったでしょう。特に仲小路彰はこういうの大嫌いですからね。寺山が影の大物の力を暗示していますとおり、影の大物が川添浩史を通じてダメ出ししたというのが本当のところでしょう。
 さて、この寺山版「HAIR」は上演されるのでしょうか。今だからこそしたいですね。やりますよ。


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