カテゴリー「音楽」の1433件の記事

2017.03.20

興亜観音〜瀬戸龍介さん春分の日特別公演

Th__20170320_9_23_41 海伊豆山に泊まった際には必ずお参りするのが、宿の目の前の山の上にある興亜観音。
 B級戦犯として他のA級戦犯たちとともに処刑された松井石根大将が建立した観音さまです(一昨年のこちらの記事参照)。
 昨日の河野壽さんの運命を変えた二・二六事件は昭和12年の出来事。よく言われるように二・二六事件から、日本は戦争への道を突き進んでいったように見えます(見えるだけで、二・二六事件が直接的な引き金の一つとは考えていませんが)。
 その昭和12年の12月、南京事件が起きます。それを指揮したのが名老将松井石根大将でした。
 今でもその事件の真相について喧々諤々の論争が絶えませんが、いずれにせよ、東京裁判ではその責任を押し付けられ、松井大将は死刑となります。
 松井大将は山中湖に別荘を持っていました。別荘でゆっくりしていた時に、南京戦の指揮官として自らに白羽の矢が立ったことを知ります。その時の苦悩は計り知れません。
 間接的にではありますが、松井大将と仲小路彰は関係しています。山中湖つながりということもありますが、のちの東京裁判に仲小路が秘策を投じたということを考えると、また不思議な縁というものを見出すことができます。
 今日、興亜観音の住職さまとそのことについて語り合いました。たまたま同席していた東京からいらしたという方とも、なんとも不思議なご縁があることが分かり、もうこれは間違いなく、霊的な力、松井閣下のお力添えによって、ことが動いているのだと確信した次第であります。
 たしかに昨年、興亜観音を参拝し、住職さまに初めて仲小路彰のことを語らせていただいてからというもの、あまりに劇的に何かが動き出しました。まさか1年でここまで進展するとは思わなかった。
 まったく不思議なことであります。これからもまた、私は霊界からたくさんのご支援をいただき、背中を押されて生きていくのでしょう。ありがたいことです。
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 さて、熱海をあとにした私たちは、富士山北麓に急いで帰って来ました。尊敬する偉大なミュージシャンであり、僭越ながら魂の友でもあると信じている瀬戸龍介さんのコンサートが忍野村であるのです。
 一昨日でしたか、瀬戸さんからお電話とメールをいただきお誘いいただいたので、家族全員でうかがうこととしました。春分の日の特別ライヴ。そして、忍野村では初めてのライヴ。瀬戸さんも忍野村に住んで10年となるのに、初めてとは私も少し驚きました。
 そして、これが本当にまた素晴らしすぎて言葉にならなかったのです。先日の万有引力「身毒丸」でお会いしたシーザーさんと同様、瀬戸さんもまた、あまりにパワフルで、若い若い。そして、世界に通じるホンモノの芸術家。
 分かっていましたが、深く深く再認識させられました。こんなすごい方と、私も何度か共演させていただいているわけですから(それも即興で)、なんとも自分の図々しさというか、ちゃっかりはったり力には恐れ入ります(笑)。
 音楽ももちろんですが、トークも良かったなあ。大東亜戦争の話もありましたね。原爆や特攻のお話。昨日からの流れにぴったり。
 そう言えば、興亜観音のご住職も原爆のお話をされました。そして、明日の今頃は、私は修学旅行の引率で広島にいるんです。修学旅行も毎年のことですが、ちゃんと考えてきなさい、感じてきなさい、祈ってきなさいとのお示しですね。ありがたい限りです。
 本当に、ご住職さま、瀬戸さん、ありがとうございました。魂のレベルが上がった気がします。そして行ってきます。


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2017.03.18

テレマン 『四重奏曲変ロ長調よりアレグロ』

Quartet in B flat, TWV 43 B2

 常にピンポイントの曲紹介になりますが、けっこうこういうの好きなのであえて。
 テレマンというのは本当に多彩で多才な作曲家ですが、バッハやヘンデルといった後世的大御所と同時代に過ごしたからか、正統な評価をされてこなかった人だとも言えます。
 とかく多作家というのは軽く評価されがちですよね。寡作家の方がカッコよかったりする。しかし、多作というのもまた、一つの大きな大きな才能であり、数撃ちゃ当たる理論から言っても、名曲が生まれる確率も高くなってくる。
 テレマンも、気合が入った時はかなりすごい名曲を書きます。逆に手抜きもないではないけれども、それでも世の平均レベルは超えてくるからすごい。天才ですよ。
 私はどうも、いろいろなジャンルの多作家とつきあうことが多い。最初にはまったバロック音楽の作曲家も、実はテレマンだったりします。
 さて、そんなテレマンの数撃ちゃ当たるの中の一つがこの楽章なんですね。まあお聴きになって「えっ?これのどこが名曲なの?」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、いや、これはワタクシ的にはすごい曲ですよ。分かる人には分かる。詳しくは書きません。感性でとらえてください(笑)。
 ついでに楽譜も見てみてください。テレマンにはヴァイオリン2本、ヴィオラ、通奏低音という編成の、すなわち、のちの弦楽四重奏を思わせる楽曲が何曲かあります。それらに先取的な名小品がけっこうあるんですよね。

 

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2017.03.16

演劇実験室◎万有引力 『身毒丸』 (作=寺山修司、演出・音楽=J・A・シーザー)

Th_cfddcf_50fa38ac36de415bbc2d741a6 異的な体験でした。寺山修司の「身毒丸」。万有引力の舞台を堪能してきました。
 堪能では軽すぎる。作品とともに生きて死んだという感覚。本当に脳ミソがひっくり返り、人生が裏返しになりました。
 今回の舞台でも歌い手として非常に重要な役を務められた竹林加寿子さんとの不思議なご縁から、トントン拍子にことが進み、今日の観劇と相成りました。家族4人+寺山とは因縁深い(?)姉と5人での衝撃体験。
 う〜ん、言葉にならないというのは、まさにこのことですね。つまり、「コト」ではなく「モノ」世界なのです。まさに見世物、物語、物怪。
 姉の影響もあって、高校時代あたりから今に至るまで、なんだかんだ私の人生に大きな影響を与え続けてきた寺山修司。私が今、歌詠みの端くれとしてなんとかやっていけているのも、まさに寺山のおかげですし、私の短歌の師匠である笹公人さんも寺山に心酔し続けてきた方。全く不思議なご縁です。
 と言いつつ、恥ずかしながら、実は寺山作品を舞台で観るのは初めてでした。これははまりますね。中二と高二の娘二人もすっかりはまってしまいましたし、家内はやはり北東北出身ということで、私たちよりもより深い根源的なところで共感してしまったようです。姉は寺山熱がウン十年ぶりに再燃したようですし。
 それほどすごいパワー、エネルギーだったのです。寺山は言葉を操る天才ですが、結果として、その言葉たちは吹っ飛んでしまう。「コトを極めてモノに至る」そのものですよ。
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 コトが吹っ飛ぶから、自分も単なるモノになってしまう。異形という判断、あるいは定義も単なる常識的な「コト」ですから、しまいには、舞台上の「モノ」が正常で、こちら側(観客たち)が異常であるという感覚にもなってしまう。最後客電が点いた時、本当にそう思いましたよ。
 私たちが大人になって身につけてしまった「コト」というある種の安定規格を揺さぶる、前近代的(プリミティヴ)な、そして幼児体験的な「モノ」。
 もちろん、それを現出させるJ・A・シーザーさんの演出、さらには彼の「モノの音」たる音楽。いやあ、本当にすごい人だ。寺山も納得でしょう。
 …と思っていたら、なななんと、終演後の打ち上げ(反省会?)で、竹林さんからシーザーさんを紹介していただき、お話させていただき、握手までしていただきました!なんという幸運でしょう(涙)。
 当然、昨年某所で発見した寺山版「HAIR」のシナリオをお見せしました。ぜひ「初演(!)」しましょうと。もしこれが実現したら、大変なことになりますよ。1969年当時ボツになった、あの過激なシナリオが21世紀に舞台化される。
 私自身も何かに突き動かされているような気がします。それを確認するのに充分すぎるほどの衝撃的爆発的なエネルギーを感じる舞台でした。
 シーザーさん、万有引力の皆さん、そして寺山修司さん、本当にありがとう。人生は面白い。

追伸 こちらもぜひお読みください…J・A・シーザー&ヒロイン蜂谷眞未インタビュー

万有引力公式

竹林加寿子さん公式

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2017.03.11

バッハ 『カンタータ第106番(BWV106)』

 らためまして東日本大震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。
 昨日につづき、今日もバッハのカンタータで追悼の意を表したいと思います。
 今日は有名な哀悼カンタータ「神の時こそいと良き時」です。
 冒頭の、リコーダーとガンバの織りなすソナティーナは名曲中の名曲ですね。このようにスコアを見ると分かる、いや逆に分からなくなるのは、リコーダーパートの作曲意図です。ユニゾンの部分と、1st単独の部分と、そして、互いが波をずらして干渉(不協和)を起こすところ。これは聴いただけでは分からない、何か楽譜上の暗示があるのでしょう。哲学的、あるいは科学的な何かだと予感されます。
 その後のカンタータ本体においても、リコーダーパートは不思議な構成になっています。完全なユニゾンから思いきや…。
 昨日も書いたように、バッハのこのレベルになりますと、完全に高次元宇宙と直接つながり、すなわち霊的な世界、あるいは私たちの感情、情緒の世界、あるいは歴史をも含む情報の世界が、この現界に再現されることになっているようです。
 キリスト教という信仰を超え、まさに追悼にふさわしい音楽であると思います。御霊安からんことを。

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2017.03.10

バッハ 『カンタータ第8番(BWV8)』より

 日は3月10日。東京大空襲の日です。
 明日の311でも2万人に近い人が亡くなりましたが、東京大空襲では約10万人が亡くなりました。ほとんどが焼死。
 まさに両日は火と水による悲劇の日として記憶されるでしょう。
 さて、今日は東京大空襲をはじめとする多くの戦争被害者のために、鎮魂の曲を紹介しましょう。
 キリスト教の曲を御魂に贈ることに抵抗がある方もいらっしゃるかもしれませんが、やはり、バッハレベルになりますと、まさに高次元世界すなわち霊的な世界とつながる存在ですから、いわゆる宗教というようなこの次元での話を完全に超越すると思います。
 特にこのカンタータ第8番は、なんと言いますかね、本当にバロック音楽というようなカテゴリーを超えた名曲だと思います。
 ある意味、非常に機械的とも言える作曲法。バッハらしいと言えばバッハらしい。
 それにしても、オーボエ・ダモーレはきついですねえ。休みがない(笑)。いや、トラヴェルソもこれは息継ぎができない。

 こういう曲ですから、現代的なデジタル音源で演奏しても全く違和感がないどころか、こちらの方がより自然なほど。息継ぎないですしね(笑)。
 ボカロによる合唱も素晴らしい。素晴らしい打ち込みですね。

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2017.03.07

イヴォンヌ・エリマン 『(イフ)アイ・キャント・ハヴ・ユー』

Yvonne Elliman IF I CAN'T HAVE YOU

 る前にAmazonMusicで懐かしい70年代80年代ポップスを聴いておりましたら、この曲がかかって、それこそ懐かしすぎてなんだか切なくなっちゃいました(笑)。
 1978年、私が14歳の年ですね。毎週ビルボードのヒットチャートをノートに記録していた頃です。世の中、ディスコブームに湧き、それに乗り切れない自分もいて、そういう意味で「サタデー・ナイト・フィーバー」はあんまり好きではない、すなわち、「あの頃の」ビージーズもあんまり好きではなかったんですね。中二病のせいか、変なこだわりがあった(笑)。
 でも、この曲だけは好きだったなあ。イヴォンヌ・エリマンの大ヒット曲。1位になったんでしたっけ。ビージーズの妹分のような扱いで、この曲もビージーズが作曲したものでした。たしかに無駄のない佳曲ですね。よくできています。
 しかし、のちに大人になって、意外なところでイヴォンヌ・エリマンに再会しました。彼女、映画「ジーザス・クライスト・スーパースター」で、マグダラのマリアという重要な役を演じていたんですね。

 最初、映画を観た時は、それがイヴォンヌ・エリマンだとは知りませんでした。なんとも東洋的な不思議な雰囲気を持った上手な歌手だなあとは思いましたが。
 彼女はハワイの出身、お母さんは日系人だそうです。だからでしょうか、本当になにか身近な感じがしたんですよね。
 のちに、彼女が「IF I CAN'T HAVE YOU」を歌った歌手だったと知って、びっくりした次第です。たしかに歌声が一緒だし、そのオリエンタルな雰囲気は共通していましたね。なにしろ同一人物なのですから。
 エリック・クラプトンにも認められてバックコーラスを担当していたこともある実力派も、ある意味あの時期のブームに乗っかって大ヒットを飛ばしましたが、その後はあまりパッとしなかった。今どうしているんでしょうね。

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2017.03.05

パーセル 『組曲第1番ト長調』より前奏曲

Purcell: Suite in G major z660

 日は某神社の月霊祭に参列いたしました。神気に包まれ、心身ともに浄化されたような気がしました。いいものですね。
 さて、お祭が始まる前にBGMがかかっていまして、その一つが「いつも何度でも」でした。たしかに「千と千尋の神隠し」の世界観は、日本の神道そのものですからね。別に場違いな感じはしませんでした。
 さて、この曲を聴きながら、「あっ!」と思った…というか、それこそ降りてきたのは、ヘンリー・パーセルのこの曲のプレリュード。
 「いつも何度でも」ってなんかの曲に似てるなあといつも思っていたんですが、ワタクシ的には(あくまでワタクシ的には)この曲が「元歌」でした(笑)。
 もちろん前半はありがちなコード進行ですし、後半は全然違っていますが、なんというか、メロディーの雰囲気も含めて似ているのではないかと。
 それにしても、このプレリュード、本当に短くてカワイイですね。楽譜を見てみましょう。これならすぐに弾けますね。シンプルなようで、いかにもパーセルらしい。

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2017.03.04

pavé(小型立体音響スピーカー)

Th_20161222_pave_interview4 ラウドファンディングで支援した製品が今日届きました。
 Bluetooth対応の小型スピーカーです。今までもそういう製品をいくつか購入してきましたが、これはちょっと違う、いやだいぶ違う性質のモノです。
 さっそくいろいろ聴いてみましたが、うん、これは面白い。こういうの大好き。そう、この超小型なスピーカー、そのサイズからは想像できないような音の広がりを実現する、立体音響のエフェクトが標準装備なのです。
 たしかに、これは不思議な感覚。私にとってはある意味懐かしくもある。
 というのは、私、こういう立体音響に子どもの頃からずっと興味があり、中学生の時、人頭型のバイノーラルマイクを自作したり、また当時、その再生をスピーカーで可能にしたと言われた、ナショナルのエフェクター(?)を買ったりしていたんですね。
 今では、サラウンドというような概念は当たり前ですが、当時としては、それをどのように二つのスピーカーで実現するかが、非常に大きな課題でした。
 残響音を人工的に作ることに苦心したのだと思います。なにしろアナログ時代ですからね。そうそう、昔のステレオラジカセには、そういう「ワイド」的な機能がついていましたね。今思えば、左右のスピーカーの距離を近さを、ちょっと無理してでも、つまり音のバランスなんかが多少崩れても、無理やり作り出していた感じがします。
 今では、デジタル技術によって、そうしたことは比較的簡単にできてしまうようになりました。あるいは、多数のスピーカーを四方に配置したりして、そうした音場を作り出す。
 その点、この最新技術(どういう技術なのかは不明)による、ワイドな音場の実現はたしかにビックリです。なにしろ、左右のスピーカーの距離は6センチくらいしかないのですから。
 いろいろな位置、距離で聴いてみましたが、けっこう音像や定位が変わります。一番面白いのは、頭の上に置いた時かな(笑)。いくら左右のスピーカーの距離が近いとは言っても、耳のすぐ近くにあれば、それなりの分離があるわけじゃないですか。そこに「バイノーラル」的効果が加わるので、それは実に不思議な音場体験になります。
 とは言っても、それだったらイヤホン(ヘッドホン)で聴くのとあまり変わらないし、だいたいいつも頭の上に乗せておくわけにもいきませんから、やはり、こうしてバソコンを操作しながら、その横で鳴らすとか、そういうことになります。実はそのくらい距離、すなわち50センチくらいの距離だとあまり効果が感じられないのですね。
 1メートルくらい離れると、また急に広がりが感じられるようになります。とは言え、スピーカーユニットは40ミリですから、もちろん低音にはあまり期待はできません。特に1メートル離れるとかなり低音に不足を感じるようになります。
そのへんのスピーカーの設置場所がちょっと難しいと言えるかもしれません。
  とりあえず、ジャズ、ロック、バロック、歌謡曲を一通り再生してみましたが、、全体としての音のバランスや分離もよく、このサイズのスピーカーとしてはかなり満足な音質であると言えましょう。
 もちろんバッテリー駆動も可能なので、持ち歩いていろいろな場面で使えると思います。学校の先生的には、教室でiPhoneから何かを聞かせたい時に重宝しそうです。
 これは一般発売しても、それなりに売れるでしょうね。いかにも日本的な面白い製品だと思います。

pavé公式

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2017.02.27

福岡詩二さん(提琴芸人)

 日も忙しいので軽いネタで。
 尊敬するヴァイオリニストさんはたくさんいますが、特にワタクシ的には提琴芸人さんたちが好きです。
 以前紹介したところでは、桜井敏雄さんマグナム小林さんがいますが、やっぱり大御所を紹介しておかねば。
 ストラディバリを豪快にぶっ壊しながら、ネギで哀愁の荒城の月を演奏する…その音色が素晴らしいじゃないですか。なかなか真似できませぬ。
 私もこのストラディバリ、ほしいな。ウチにはガラクタ・ヴァイオリンがたくさん転がっているので、作ってみようかな(笑)。

 そして、大正演歌。福岡さんの風情がぴったりですよね。私もいわゆる「演歌」をやってみたい。弾き語りですね。

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2017.02.25

第5回 月江寺学園音楽祭

↓全日のリハの様子です。
Th_img_9628 しいので報告だけで失礼します。
 本日、私の奉職する月江寺学園の音楽祭が行われました。多くの皆さまにおいでいただき心より感謝申し上げます。
 学園は家族である…亡き前理事長先生の肝煎りで始まったこの音楽祭。今回は5回記念といたしまして、今まで以上に盛りだくさんの内容を発表させていただきました。
 音楽によって一つになる感覚。まさに「家族」としての学園が表現されていたと思います。
 以下、プログラムの概略であります。

オープニング
〈月江寺幼稚園〉
年少さんによる合奏・歌
年中さんによる合奏・歌
年長さんによる合奏・歌
〈富士学苑中学校〉
能楽部発表
弦楽合奏部演奏
全校合唱
〈ゲスト演奏〉
冨田麗香さん 柏原輝さん
〈富士学苑中学・高等学校〉
ジャズバンド部&ゲスト
〈月江寺学園オーケストラ・合唱団〉

 今回特に素晴らしかったのは、私の夢でもあった「オーケストラ」が編成されたことです。管はジャズバンド部で問題ないのですが、私の指導する弦楽合奏部はちょっと心もとないので、今までなかなか実現しなかったオーケストラ。
 しかし、今回は卒業して高校生になっているOB・OGのみんなにも手伝ってもらい、なんとか人数的にも、技術的にもギリギリのところまで持っていけました。
 実際数百人の合唱団も含めて、こうして学園の生徒、先生方で大楽団が編成され、その音が鳴り響くと、それは本当に感動的でしたね。
 実はこの音楽祭が終わった後、30年ほど前、私が新任だったころの教え子と飲む機会がありました。28年ぶりの再会。当時私が顧問をしていたブラスバンド部の女の子(?)二人です。
 あの頃のことを考えると、たとえば音楽関係の部活動の状況だけ考えても、本当に隔世の感があります。あの頃はあの頃の良さがありましたが、やはりここまで発展したことを考えると、卒業生としても格別な感慨があるようですね。
 そんな中、本当に私も鍛えられ成長しました…と思ったら、30年前の女の子たちに「全然変わってないね!w」って言われました(笑)。
 最後に、前理事長先生の遺志をここまで形にした、ジャズバンド部、生徒会顧問の大森先生に感謝いたします。

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