カテゴリー「音楽」の1492件の記事

2017.09.18

第19回 かりんの会 朗読会

20170918_120243_2 楽三昧の3連休最終日。昨日、一昨日の経験と思索が活きた演奏ができたかな。
 今日は河口湖円形ホールにて、朗読の伴奏をさせていただきました。
 こういう活動は、なんだかんだで30年近くやっており、いつのまにか自分の音楽活動の軸の一つになっています。
 あらためて私の音楽活動の軸というのを申し上げますと、

1 古楽器アンサンブルによるバロック音楽演奏
2 歌謡曲バンドによる昭和歌謡演奏
3 即興演奏による朗読伴奏

 であります。演奏頻度はやはり1,2,3という順番になりますかね。ですから、今日のような活動はあまり多くはない。年に2回くらいです。
 今日は、地元の村の方々を中心に結成されている「かりんの会」の19回目の朗読会。こちらも大変長く活動されている団体です。
 一昨日は15回、昨日は200回、今日は19回…なるほど、皆さん立派に継続的に活動されていますね。私はいつも乗っかるだけ。
 さて、この3番の活動の楽しみは、やはり「即興」ということでしょう。いちおう1回だけ打ち合わせはしましたが、リハもほとんどなし。その場の雰囲気で音楽や効果音を入れていきます。
 今日は四つの楽器を演奏しました。すなわち、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、八雲琴です。
 音楽と言っても、朗読を妨げることのないように、多くはオープニングとエンディング、そして場面転換の時しか入れません。
 効果音は、たとえば今日は、ワインが爆発する音、大蛇が追いかけてくる音など。その他、ヴァイオリン属の楽器では、車の音や飛行機の音、サイレン、人が話す声、猫や犬や牛や馬の鳴き声など、幽霊の出そうな音など、けっこういろいろな音を出すことができるんです。
 今日は合計で9作の作品の朗読のお手伝いをしました。内容はいちおう読んで把握していましたが、細かいところは忘れているので、ライヴで聞きながらその世界に没入し、ここだ!というところで楽器を奏でるという形です。
 人によっては、そんな危なっかしいことをして失敗したらどうするの?というお思いになることでしょう。
 しかし、面白いもので、集中していると、それこそ「ものまね(モノを招く)」状態になり、自分でも気持ちよく朗読の手助けができるのです。
 おかげさまで、話者の皆さんにも、聴衆の皆さんにも、大変喜んでいただきました。というか、とりたてて「伴奏が良かった!」と言われないところが自分としては大成功(?)。
 映画にせよ、演劇にせよ、テレビドラマにせよ、「音楽が良かった」というのは、二次的な感想であるべきですよね。
 もちろん即興ですし、絶対音感もないワタクシとしては、今となってはどんな曲を演奏したのか覚えていませんし、復元することは100%無理です。
 そういう流れて消えてゆく一回性の音楽というのも、それはそれで楽譜と繰り返し練習の音楽とは違って、実にいいものではないですか。
 私はけっこう好きです。
 そして、そして、超一流の演奏家はですね、楽譜と繰り返し練習をしても、「今、生まれて消えてゆく」音楽を表現できるのですよ。それができるかできないかで、超一流とそれ以外との区別ができるのでした。ダンスもしかり。朗読もしかり。時間芸術はそういうものなんですね。


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2017.09.17

おさかべホームコンサート 200回記念演奏会

Th_img_1526 日に続き、ふじさんホールにて音楽鑑賞。
 期せずして、昨日書いたことを確認するコンサートとなりました。
 高校野球をずっと観ていたあと、プロ野球を観ると、独特の感動やら違和感やらがあるじゃないですか。あれと一緒だなあと実感。
 それぞれの年齢の音楽があって面白い。アマチュアとプロの両方の音楽のあり方が存在して当然。どちらも楽しければ良い。どちらも楽しくなければダメ。
 富士吉田のパインズパークのすぐ上にある刑部邸は、地元の音楽好きには有名なお宅です。なにしろ自宅を開放してのホームコンサートを22年続け、とうとうそれが200回にまで到達したのですから。
 文化不毛の地という自虐の言葉も聞かれる富士吉田において、特にクラシック分野においては孤軍奮闘されてきた刑部ご夫妻には感謝と敬意の念を禁じえません。
Th_img_1527 実はパンフレットをもらってビックリしたのですよ。なぜなら、21年前、第4回の時に出演したワタクシの、懐かしい(恥ずかしい)写真が掲載されていたもので(笑)。髪の毛がある!w
 私も若かりし頃(とは言っても30代ですが)、2回コンサートに参加させていただきました。当時としてはまだ多少珍しさのあった「古楽器」の演奏家としてです。チェンバロを運び入れてバロック音楽を演奏させていただきました。
 それからはずっとご無沙汰の状況。というか、出演者のレベルが世界的になって、ワタクシのような演奏者はお呼びいただけなくなったということですね。結構なことです。
 今日の演奏会は3部構成。1部はピアノによるクラシック。2部はマリンバによるバッハからピアソラまで。3部はジャズトリオによるスタンダード特集。
 それぞれいろいろなことを感じさせていただきましたが、やはり昨日のことからすると、高校野球とは違う、プロ野球の面白さを堪能させていただきましたね。その面白さは、場合によっては、面白くなさにもすぐに変わってしまうわけで、そういうプロ音楽の危うさみたいなものも感じました。
 実際、ここ数年、私はかつてあれほど好きだったプロ野球中継をほとんど見なくなっています。代わりにといってはなんですが、高校野球は娘の影響もあってよく観るようになっている。違う魅力があるからですね。逆に言うと、プロの面白さに飽きてしまったと。
 イベントとしても同じことが言えましょう。先月、31年続いた都留音楽祭が終わりました。一つの文化を作って安定したからこその決断でした。
 もしかすると、ホームコンサートもそういう難しさを抱えているかもしれません。刑部ご夫妻はご高齢となっても、相変わらず意気軒昂でいらっしゃいますが、いつまでもご夫妻におんぶにだっこでは、地元の文化もだめなのかもしれません。
 「初心忘るべからず」…なんとも深い言葉ですね。
 最後に本日のプログラムを掲載させていただきます。お聴きになれなかった方も、いろいろ想像してみてください。
 個人的にはピアソラの「バチンの少年」が良かったなあ。
 プロクラムにはないアンコール、全出演者によるチック・コリアの「スペイン」は、いろいろな意味で聴きごたえがありました。クラシックとジャズをつなぐものはなんなのか。その答えが垣間見えた演奏でした。

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2017.09.16

富士学苑中学・高等学校ジャズバンド部 第15回記念リサイタル

Th__20170917_0_22_28 かげさまを持ちまして、大盛況のうちに無事終了することができました。
 今回は第15回記念ということで、キューバ出身の気鋭のトランペット奏者ルイス・バジェさんをお迎えしてのコンサート。ジャズバンド部OB・OGも多数参加しての華やかなステージとなりました。
 いつも思うことですし、いつも書いてきたことですが、毎年違うメンバーになる学校の部活動バンドで、常にハイレベルをキープし、また、それぞれのメンバー一人一人の個性を活かした演奏を続けてきたことに感嘆せずにはいられません。まずは、それを実現してきた顧問の大森先生に敬意を表したいと思います。
 今年は派手なソリストはいませんが、安定したリズム隊の上に、高音もよく鳴る力強いトランペット隊、音程も正確なトロンボーン隊、チームワークの見事なサックス隊がバランス良く乗り、全体として安心して聴くことのできるバンドの音になっていました。
 そのため、広いジャンルにわたるそれぞれの楽曲をじっくり聞かせることができていたと思います。私は今回、ステージ横スクリーン用のカメラマンを仰せつかっていたので、特にそう感じたのかもしれません。なにしろ曲の構成などを予測しながらカメラを振らねばならなかったので(笑)。
 目はカメラ越しの生徒たちをとらえていたわけですが、そのおかげで、最大のステージに臨む生徒たちの細かい心の動きを感じることもできました。
 ちょうど開演前にある指導者の方と話す機会があったんです。中高生の音楽がなぜ感動を呼ぶかと。逆に言うと、なぜ大学生のビッグバンドがああなってしまうのかと(失礼)。
 野球で考えると分かりやすいですね。大学野球って、プロ野球、高校野球と比べると、どうしても魅力に欠けるじゃないですか。それと同じです。
 やはり、中高生という純粋かつ悩み多き年頃、異様なほどに吸収力があり成長が著しい年頃の、その彼らの心の動きが演奏に表れるということでしょうね。
 世阿弥の「初心忘るべからず」の「初心」とは、そういうことなのだろうという話になりました。単なる初心者の心持ちということではない。
 ワタクシごとですが、6年間ベーシストとしてお世話になった上の娘にとっても(いちおう)最後のステージということもあって、特別に感慨深いものともなりました。これからもベースを弾き続けるという娘が、これから高校を卒業してはたしてその「初心」を忘れないでいられるか。
 今日ですね、実はリサイタルが始まる前に、ひょんなことからEXILEの山本世界さんにお会いしてお話を聞く機会があったんです。まったく不思議なご縁ですよね。
 世界さんの話はまさに世阿弥の芸論そのままでした。形にはまらずいかにはみ出すか(序破急)、いかにその場のイメージを生み出すか(ものまね…モノを招く)、過去の結果にこだわらないから常に新しい(初心忘るべからず)。
 さすがだと思いました。その謙虚な姿勢とともに、なるほど若いけれどももうすでに超一流だなと思いました。
 そこなんですよね。高校生くらいまでは、無心に無欲にそこに到達している。まさに私の言うところの「モノ」優位の状況です。それが大学生くらいになると、型や理屈や自我という「コト」にとらわれてしまって、スポーツにせよ音楽にせよ、生命としての創造性を失ってしまう。
 逆に、そういう人生における不可避な逆境をやすやすと乗り越えてしまうのが天才であり、超一流になっていく才能というものでしょう。
 実際、OB・OGの中には、卒業後葛藤している者もたくさんいると思います。高校時代は良かったと思い出迷子になってしまっている人もいるかもしれません。そこで終わりにするのも一つの人生であり、そこを乗り越えようともがくのも一つの人生です。
 いずれにせよ、この「初心」の自分という強敵と、今度は一人の大人として対峙して戦っていくんだなと、それぞれの顔をアップで捉えながら考えていました。もちろん娘もです。
 そういう戦いにやすやすと勝っているという意味で、やはりルイス・バジェさんの音楽はすごかった。上に書いたことととのつながりで言えば、それこそ「生きている」、「今生まれている」音楽でした。それはテクニックに裏打ちされているものではありますが、かといってテクニックが主役ではありません。やはり、その「初心」の表れなのでしょう。
 禅宗の学校であるウチの学校風に言えば、「音楽になりきる」ということなのでしょうね。自分が音楽と一体になって、ある意味楽器という「音楽のうつわ」になって、純粋なメディア(媒体)になっている。そういうことでしょう。
 さてさて、12人の高校3年生の皆さん、お疲れ様でした。そして、これからもぜひそれぞれのスタンスで音楽を楽しんで下さい。とにかく楽器を続けてほしい。いろいろなことを教えてくれた楽器さんのためにも、ぜひ一生をかけて恩返ししてほしい。自分の経験からもそのようなはなむけの言葉を贈りたいと思います。
 最高のコンサートをありがとうございました。

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2017.09.13

THE YELLOW MONKEY 『ZIGGY STARDUST』

Th_resize_image たあ〜!イエモンの原点。デヴィッド・ボウイの「ZIGGY STARDUST」の完コピ。
 一言、良い。
 イエモンが復活し、それと時を同じくしてこの世を去ったデヴィッド・ボウイ。ミューズのいたずら。
 音楽というのは、どこかDNAに似ていて、受け継がれ、更新し、そして突然変異する。
 言葉でいろいろ言うのもわずらわしいくらい、感動的な完コピでした。
 正直、ボウイはここ数十年、あんまり聴いてきませんでした。今日は本当にそれこそ何十年ぶりにアルバム「ZIGGY STARDUST」を全部聴きました。
 高校生の頃かなあ、あの頃には全くわからなかった世界観、今になって、この歳になってやっとわかりました。なんだ、このかっこよさは!…やっぱり宇宙人に戻りつつあるのかな(笑)。
 このアルバムのストーリーこそ、ある意味、私自身の30代までの人生だったかもしれません。没落していく宇宙人。
 そう、しかし、そのストーリーには先があったんですね。未来が。
 本当に単純に、このアルバムをこの歳で再聴するチャンスを与えてくれた、ザ・イエロー・モンキーに感謝いたします。
 自分も原点に帰る時を迎えているのかなあ。面白いですねえ、人生は。年取るって最高ですよ。
 さあ、もう一度聴いてみよう!

Amazon THE YELLOW MONKEY 『ZIGGY STARDUST』

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2017.09.12

祝!世界文化賞受賞 ユッスー・ンドゥール

 松宮記念世界文化賞の発表がありました。今年もまたなかなか個性的な方々が受賞したようです。

第29回 高松宮殿下記念世界文化賞 受賞者
■ 絵画部門    シリン・ネシャット (イラン/アメリカ)
■ 彫刻部門    エル・アナツイ (ガーナ)
■ 建築部門    ラファエル・モネオ (スペイン)
■ 音楽部門    ユッスー・ンドゥール (セネガル)
■ 演劇・映像部門 ミハイル・バリシニコフ (アメリカ/ラトビア)

 正直、あまり詳しく知らない人ばかりですが、音楽部門のユッスー・ンドゥールはよく知っています。と言いますか、彼が世界文化賞を受賞するとは思いませんでした。それだけこの賞の懐が広いということでしょう。
 ご存知のようにユッスー・ンドゥールは、セネガルの歌手。ワールド・ミュージックの世界ではたしかに神様のような人です。
 私たち日本人も、どこかで彼の音楽を耳にしていることでしょう(CMやBGMで)。
 昨年、こちらに書きましたように、ここのところ毎日記事に登場している天才仲小路彰が、間接的にではありますがこの賞に関わっています。
 ノーベル賞を補完する形になっているこの賞の重みは、ある意味主催者といえる日本人が一番よくわかっていないかもしれませんね。
 おそらくユッスー・ンドゥールも大変喜んでいることでしょう。
 受賞を祝福して、彼のライヴ映像を観てみましょう。まさに黒人のスピリットがワールドスケールに昇華されているのがよく分かります。
 前近代的とも言えるリフレーンが、なぜか新しく聞こえる。バロック以前の音楽が好きな私にとっては、彼の音楽はまさに古くて新しい。いいですね〜。
 派手に鳴り響くDX7の音もまた、なぜか新しくて古く感じられるのでした。

高松宮殿下記念世界文化賞

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2017.09.11

『原節子の真実』 石井妙子 (新潮社)

Th_51e8lrqjt5l 日の続き。優れた評伝。実に面白かった。文章も秀逸。
 原節子と、義兄熊谷久虎について、非常に詳しく書かれています。一箇所だけですが、仲小路彰の名前も出てくる。もちろんスメラ学塾主宰として。
 今、数人で仲小路彰邸内を整理しているのですが、その中で熊谷久虎の名前が入った文書が多数見つかっています。ちなみに原節子の名前が入ったものは、私の知る限り一つだけ。この本の著者の石井さんにもいずれお伝えしなければならないでしょう。
 原節子がなぜ独身を貫いたのか…その答は、仲小路彰がなぜ独身を貫いたのかという問いの中にあるような気がするのは、私だけでしょうか。
 実は、当時の関係者から、そういう噂を聞いたこともあります。今まで知られていた(知られていなかった)以上に、仲小路と原の関係は近かったのでしょう。
 この本の第六章「空白の一年」にあるように、熊谷久虎のスメラ学塾入塾(川添紫郎ルートでしょう)を通じて、原節子も仲小路彰と深く関わったと思われます。
 ただ、人気女優であったからでしょう、その名前はその当時の仲小路文書の中には出てきません。
 また、地元山中湖の方々に聞いても、原智恵子や三浦環が仲小路彰と一緒にいたことは覚えていても、原節子がいたとか来たとかいう話はありません。また、実際に智恵子と環の資料は山中湖で大量に見つかっていますが、原節子に関するものはほとんどありません。
 しかし、昭和19年から20年にかけて、お忍びで山中湖の「サロン」に来ていた確率は高いと思います。熊谷、川添との関係を考えれば、そう考えるほうが自然なほどです。
 原節子に関する資料が「ほとんどない」と書いたのは、私の知るかぎり、戦後になってのある文書(映画企画書)に、細川ガラシャをはじめとする日本の歴史上重要な女性を演ずるのは原節子しかいないというような内容があるのみです。
 この本にも書かれているとおり、原節子が映画人としての晩年に異常に「細川ガラシャ」にこだわったのは、仲小路彰の話を聞いたからに違いありません。仲小路は細川ガラシャに関する文章を多数残していますし、「ガラシア物語」という歌曲集まで作曲しています。
 そのあたりの富士山を取り巻くミッシングリンクには興味がわきますね。
 いずれ、この本の筆者石井さんにも山中湖に来ていただきましょうか。「原節子の真実」のそのまた真実が眠っている可能性がありますので。

Amazon 原節子の真実

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2017.09.09

パーセル 『一つの音の上のファンタジア』

Purcell : Fantasia a 5 "Upon one note", Z.745
Th_unknown OneNoteというMicrosoftのクラウドサービスを時々使っております。
 で、そのOneNoteというのは、おそらく「一つのノート(手帳)」みたいな意味だと思うんですけれど、そういえば音楽にもOneNoteというのがあるなと突然気づきましたので、今日はそれらを紹介します。
 noteには言うまでもなく「音符・音」という意味もあります。noteはもともとラテン語のnota(印)から来ています。
 そう、音楽において「記述」ということが始まったのは、一つの革命でありました。それまでは、全てが即興か口伝だったわけですから。楽譜が登場したのは西洋では3世紀ごろ、日本ではずっと遅く8世紀くらいでしょうか(もっと早かったという説もあり)。
 OneNoteは「一つの音(音符)」。実際のところ、記述される以前の音楽というのは、ある意味OneNoteの上に構築されることが多かった。いわゆるドローン・バスですね。古い楽器にはドローン弦がついていたりすることが多い。この前復元した八雲琴も基本そういう構造をしています。
 今でも、即興演奏にはドローン・バスがよく使われます。一つの音(主音か属音)という基礎の上に、自由にメロディーやハーモニーを構築していく。単純なようで、実はとても複雑な音楽を作ることができます。
 音楽が記述されるに従って、より意識的に新しい可能性を追求することになり、結果としていわゆる近代西洋音楽が成長していきました。しかし、バッハのような、いかにも記述的、建築的な音楽でも、たとえばフーガの掉尾には、それこそ終わりを予告する「印」のようにドローン・バスが鳴り響くことが一般的です。面白いですね。ルーツに帰って終わるというのが。
 ほかにもあえて一つの音にこだわった音楽というのは無数にありますが、今日は天才パーセルの「一つの音の上のファンタジア」を聴いていただきましょう。これは「OneNote」がバスではなくど真ん中でずっと鳴っているという珍しい曲です。さすがパーセルですね。

 この曲、なにしろど真ん中にOneNoteが鳴っているので、よく聴かないとそれが分からない。ですので、イメージ化した動画で「見て」みましょう。すごい曲ですね。

 私もこの曲を演奏したことがあります。それもど真ん中の音を(笑)。これが意外に難しいんですよ。というのは、ずっと同じ音を弾いているわけですが、周囲の音の関係で、その音のキャラクターがどんどん変わるわけです。それを意識して音にしてゆくとなると、非常に高度な表現力というか演奏力を期待されことになるわけです。
 とか言って、実際には周りの人たちが苦労して弾いているのを、ニヤニヤしながら見ていただけなんですけどね(笑)。
 しかし、考え方によっては、これぞまさに「縁起」。すなわち他者によって初めて自分が生まれ、変化していくという、お釈迦様の教えの表現でもありますね。面白い。

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2017.09.05

つなき&みどり 『愛の挽歌』

 日のNHK「うたコン」は筒美京平特集。素晴らしすぎましたね。筒美さんの哲学がいいじゃないですか。
 作りたい歌を作るのではなく、売れる歌を作る。
 作ってしまったら、もう自分のもとを離れて歌手のものとなる。
 自我にとらわれない禅的な境地ですねえ。かっこよすぎます。結果として、普遍性を持つ、時代を超える名曲になる。
 そう、今日、歌われた筒美さんの曲の中で、不覚にも知らなかった曲があったんですよ。いかんな。それが、これ。

 ブルージーな感じがいいですねえ。これって、三原綱木さんと田代みどりさんのデュエット曲だったんですね。当時はご夫婦だった。
 原曲を聴いてみましょう。昭和47年のヒット曲なんですね。15万枚売れていますから、それなりですね。たぶん、8歳の私もテレビか何かで聴いたことがあったのでしょうが、完全に忘れていました。もちろん、筒美さんの作品だなんて意識しなかったし。

 三原さんも歌がお上手ですねえ。なにしろ曲がかっこいい。今日の番組でもつくづく感じ、涙さえ出てしまいましたが、筒美さん、本当にいろいろなタイプの曲を作ることができますね。
 世界中の音楽を換骨奪胎しているのでしょうけれど、しかし、似た曲が二つとない。天才職人の仕業ですね。
 そうそう、なぜか我が家に三原綱木さんが所有していたベースがあって、娘がそれを弾いているんですよね。不思議なご縁であります。

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2017.09.02

第二次世界大戦終結から72年

 本人に、終戦の日はいつ?と聞くと、ほとんどすべてが8月15日と答えます。
 しかし、正確に言いますと、その日は玉音放送が流された日でしかなく、世界標準ではやはり日本が降伏文書に調印した9月2日が一般的だと言っていいでしょう。
 実際、アメリカでは9月2日は対日戦勝記念日(VJデー)としてお祝いします。
 今日で日本の降伏から72年ということになりますね。大東亜戦争(太平洋戦争)の価値評価は大変難しいところがありますが、今日を独立記念日としている国が複数あることからも分かるとおり、日本が列強国と戦った結果、多くの植民地が解放されたというのも事実です。
 上の動画は、その降伏文書調印式の様子をカラーでとらえた非常に珍しいフィルムです。戦勝65年を記念して公開されたもののようです。
 1ヶ月ほど前に、昭和32年の「ICBM」という記事にも書きましたが、この調印式には富岡定俊海軍少将も随員として参列しています。
 作戦部長として戦った富岡少将にとっては、これ以上の屈辱はなかったと思います。実際、式典終了後に自決しようとまで考えたそうです。
 ちなみに、この調印式が行われていたまさにその時、富岡少将の奥様操さんは山中湖にいました。そして、仲小路彰に誘われ「かじや荘」を訪れました。そこには、仲小路とともに、歌手の三浦環、ピアニストの原智恵子が待っていました。そして、小音楽会が開かれたといいます。
 戦争の象徴ともなっていた富士山が、再び平和の象徴に戻った日。穏やかな湖のほとりで、そのような音楽会が開かれたことは、私も最近まで全く知りませんでした。

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2017.09.01

宇宙人同志との再会・対話

Th_img_1439 縁あって高城剛さんとお会いし、じっくりお話をさせていただきました。
 3時間すぎても話題が尽きずタイムアップ。科学、宗教、教育、文学、音楽、医学、食、健康、歴史、霊界、言語…あらゆる分野にわたる壮大なる、しかし、何モノか一つに収斂する対話でした。
 その内容は、おそらく普通の人が聞いても全く理解できないのではないでしょうか(笑)。
 根本的にはですね、私たちは「同窓生」だったという話。53年ぶりの再会だったという話。
 お互い53歳なのにですよ。
 つまりですね、私たちはこの地球に生まれる前に一緒にいたということです。そして、1日だけ私が早く地球に来て、翌日高城さんが来たということ。
 もう、余計に分かりませんよね(笑)。
 ま、簡単にいえば、私たちは宇宙人だということです。そして、同じミッションを持ってこの地球にやってきた。すなわち「宇宙人同志」
 今まではそれぞれ別々の人生を歩んできましたが、いよいよ再会してこれからは一緒に何かをやっていくということです。
 おいおい、先生!大丈夫?
 そんな声が聞こえてきそうですが、しかたありません。本当のことなので。
 ま、濃密な会話の内容はここではとても開陳できませんが、そのうちに時機がくれば社会現象として現れてくるでしょう。
 一つ言うなら、私たちの「意志」は過去は全く相手にせず、未来だけを見ているということです。時間は当然のことながら、未来から過去へ向かって流れている。
 それからどうも同窓生は全部で20人くらいいたらしいので、ほかの人達ともこれからどんどん再会していくだろうということ。これは面白いことになりましたね。
 それにしても、本当に想像していた以上に波動が合いました。そして、高城さん、素晴らしい。賢い。解き放たれている。謙虚。かっこいい。
 某ホテルのラウンジで異常に盛り上がる宇宙人二人を、金曜日の夜の赤坂に繰り出していた地球人たちは、実に不思議そうな顔をして見ておりました(笑)。
 これから、大きな進展があると思いますので、そのたびに経過報告できる部分はしていきます。お楽しみに。

高城未来研究所

Amazon 高城剛

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