カテゴリー「映画・テレビ」の1000件の記事

2020.09.20

『さらば映画の友よ インディアンサマー』 原田眞人監督作品

 

 日の「そこまで言って委員会」はチャップリンの名作を通じて、近代、現代を見直すという企画で非常に面白かった。チャップリンは天才ですね。

 そこに原田眞人監督が出ていて、最後にこの映画のDVDの宣伝をしてくれました。40年近くを経て、ようやく私の夢がかなったことを知りました。やっと、やっとDVD化されたか。

 大学生の時、昼間この映画がテレビで放送されていたのを偶然観て、ものすごく感動したのです。しかし、その後、観る機会が全くなかった。ある意味、私の映画体験の(幻の)ルーツなのです。

 上に貼ったDVDの予告編を観て、あまりに自分の記憶が鮮明だったことに驚きました。あれ?これならDVD買う必要ないなと。完全に脳内に録画されているのですから。それほど衝撃的というか、共感をしてしまった映画だったのです。

 実はこの映画については、8年前にブログで紹介しています。そこにもその記憶を辿って、かなり詳しく内容が書いてありますね。もう書き加えることはありません。あえて言えば…そっかあ、私が「任侠ヘルパー」で草彅くんと共演(?)してから、もう8年も経ったのかあ…という感慨くらいですかね(笑)。

 今日の「そこまで」で、原田監督は「拙い作品」と言っていました。たしかに今の原田監督からするとそのとおりです。当たり前です。しかし、やはりどの監督さんもそうですが、デビュー作というのは圧倒的に眩しい出来になりますよね。

 そして原田監督、ハワード・ホークスへの思いを語っていました。そうかあ、この映画にはハワード・ホークスへの思いが込められているのかあ…それは今日まで気づきませんでした。それを確認するためにDVD買おうかな。もちろん川谷拓三さんの名演、そして浅野温子さんの刺青ヌードのためにも!

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2020.09.15

サブスクリプションこそ未来の経済

Th_musicology_00 んなニュースがありました。

 レコードの売上、CDを抜く 1980年代以降で初めて

 正直、こんなニュースが発信される日が来るとは夢にも思いませんでした。

 しかし、記事にもあるように、これは「アナログ回帰」「物理媒体回帰」ということではありません。

 「もの」に対する消費は確実に減っており、その少なくなった物理媒体市場の中で逆転が起ったということです。

 音楽市場での、今年上半期の売上はストリーミングが85%とのこと。

 この流れは止められないでしょう。特にコロナでライヴという媒体が厳しくなっている現状がありますからね。

 ところで、ストリーミングは提供形態であり、そのビジネスモデルはサブスクリプションがほとんどです。

 高城剛さんも言っているとおり、音楽界で起きたことは、他の分野にも広がっていきます。

 実際、サブスクリプションは書籍や映画、飲食、教育、交通などにも拡大しつつありますね。

 私は、将来的にほとんど全ての消費経済はサブスクリプションになっていくと考えています。

 ごく簡単に書くと、全ての国民がある一定のお金を払うと、衣食住や交通、趣味においてある程度の購入権を得ることができるになるということです。

 使いすぎると、スマホの速度制限のように、最低限の生活ができる程度の購入権を残して贅沢はできないようになります。それがある意味セーフティーネットの役割を果たします。

 これには、教育、福祉なども含まれ、サブスクの特長でもあるシェアのシステムも活用されます。

 これはベーシックインカムとは根本的に違った発想です。あえて言えば「ベーシックアウトゴー」でしょうか。

 このコロナ禍の中で、たとえば音楽ライヴや演劇などが厳しい状況になっていますが、それらの配信についても、全体で大きなサブスクリプションを導入するといいと思いますよ。

 月々1,980円払うと、様々なライヴ配信を無制限に観られるとか。980円だと1ヶ月10件までとか。

 そうやってコロナをきっかけに、様々な分野でサブスクを導入するといいでしょう。そこにクラウドファンディングや投げ銭のようなもの加える。誰かやりませんかね。私はアイデアだけ提供しますので。

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2020.09.12

『遠い日のゆくえ』 朝原雄三監督作品

Th_61nnk4hqsl_sx300_ 日の「ミッドサマー」とは対照的な印象の作品。

 「感動」する作品かと思いきや、けっこう怖かった。

 特殊清掃の仕事のシーンというより、崩壊する家族像が怖い。また、コミュニティからも疎外された孤独死が悲しい。

 まさに、ホルガの世界とは対照的。

 両映画ともテーマは「生と死」ではありますが、どうもすっきりと肚におさまらないという部分では似ているとも言えます。

 両方の世界、すなわち現代にも前近代にも答えはないということでしょう。

 では、どこに答えがあるのか。それは未来です。

 もちろん、誰かが言うような「地球家族」のようなチープな言葉遊びとは違いますよ。ただ、本当の地球平和を実現するには、まず足もとのコミュニティの平和を実現しなければならないのです。

 ところで、この映画でもまた、富田靖子さんが素晴らしい演技を見せてくれました。この作品での役柄は特に難しかったと思います。

 WOWOWシナリオ大賞の作品化ということですが、私としてはちょっとシナリオに無理(無理やり)があったなと感じました。後半、富田さんの演技がそれをなんとかカバーしたかなという印象でした。

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2020.09.11

『ミッドサマー』 アリ・アスター監督作品

Th_202002midsommar_yzwtk_l_full 日は、ドイツ公共放送の取材を受けました。そこで話題になったのことの一つは「集団と個」の問題。

 やはり日本とヨーロッパは大きく違います。言うまでもないけれども、日本は「個より集団(共同体)」、ヨーロッパは「集団より個」。

 もちろん、そんな簡単に対比できるものではありませんが、今日の対話では、やはりそのコントラストが際立ちました。

 欧米の立場から、その問題に深く切り込んだのがこの作品です。

 ホラー映画として「怖い」と宣伝されてしまっていますが、いやいや、実際観たら全然怖くないし、気持ち悪くもない。ホラーを期待していた次女は、心からがっかりしていました(笑)。

 まあ、ある意味、そうした民俗学的な部分に関して、ウチの家族がいろいろ知りすぎているのかもしれませんが、それにしても、ここで表現されていた「おぞましい(とされる)」習俗は、日本のどこかにかつて存在したもの、そして今でも受け継がれているものばかりでした。

 以前書いたように、棄老伝説とエロティシズムということでいえば、まさに「楢山節考」の焼き直し、ただ舞台をスウェーデンにしただけとも言えます。

 田舎に都会人が迷い込むという設定も、洋の東西を問わず無数にありますしね。観客をそういう「現代の前近代」に引き込むという意味では、横溝正史のシリーズにも共通する感覚がありました。

 というわけで、特に目新しい発見や、衝撃的なシーンはありませんでした(ウチだけか?)。「なんかきれいだったね」という感想は異常なのかなあ。

 話をテーマに戻しますと、そう、結局のところ、「現代=個」「前近代=集団(共同体)」ということで、欧米でもやはりそのような問題意識が表面化していることですよね。

 先日、フランス人YouTuberと話した時も、そんな話になりました。

 欧米から見ると、私たちの「学校」さえも「前近代」に見えるわけです。ただ、面白かったのは、それに対して、フランス人は「ヨーロッパが忘れてしまった大切なモノがそこにある」と言い、ドイツ人は無言で呆れ顔になったことです。

 では、友人であるスウェーデン人の日本映画研究者は、この映画についてどのような評価を下すのでしょうか。いやあ、いろいろな国の人たちと文化に語り合うのは、実に楽しいですね。

 

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2020.09.03

『激動の昭和史 軍閥』 堀川弘通 監督作品

Th_51mcnqo28rl_ac_sy445_ の映画で苦悩する若手新聞記者を演じているのが加山雄三さん。誤嚥からの小脳出血で入院されましたが、大事に至らず安心しました。

 この映画が作られたのが1970年。6本作られた東宝8.15シリーズの第4作になります。

 このシリーズ、なかなか見応えのある大作が揃っていますが、私はこの「軍閥」が一番現代につながるテーマを扱っていると感じています。

 小林桂樹さん演ずる東條英機を中心に、陸海軍の軋轢、責任者不在、マスコミの功罪が描かれています。

 映画の冒頭は二・二六事件。安藤輝三、鈴木貫太郎も当然出てきます。最後は原爆。終戦のシーンはありません。

 この映画の内容は、昭和から平成にかけて、ずっと言われてきた大東亜戦争観で、もちろんそれは正しい部分も多くあるわけですが、私たちが最近発見した超重要文書群によれば、そんな単純なものではないことが分ってきました。

それは今から65年ほど前に調査、執筆されたものであり、実はその時点で世界史的視野から見た大戦の本質は解明されていたわけです。

 この映画の製作からちょうど半世紀たったわけですから、いよいよその内容、解釈を上回る映画が作られてもいい時代になったのではないでしょうか。

 その超重要文書については、そんなメディア戦略も含めて、来年以降世に出していきたいと思っています。

 

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2020.09.01

『帰ってきたヒトラー』 ダーヴィト・ヴネント監督作品

 

 日はひょんなことから大変ドイツに詳しい方(と言うよりほとんどドイツ人である日本人)と話をする機会がありました。

 実に面白い人類学的な視点から歴史を振り返ることができ、本当に勉強になりました。さすがゲルマン民族は違うわ(笑)。

 そこでリアルに思い出したのが、この映画。今日の話をうかがってから、もう一度見直すとまた全然違った気づきがありました。

 この独特の諷刺精神というか、ユーモアの感じも、なるほど実は非常にゲルマン的なのかもしれませんね。

 そう、この映画で表現されているヒトラーこそが、ある意味非常にドイツ人的ドイツ人なのかもしれませんね。今日のお話を思い出すと、そう思わずにいられません。

 一昨日の、いかにもフランスといったルノワールの「ピクニック」とは対照的な世界とも言えましょう。

 日本版「Er ist wieder da 〜彼が帰ってきた」を作るとしたら、誰を現代にお迎えしましょうかね。そんなことを考えながら観るのも一興です。

 そう、今日の対談の中に「人種というドイツ語を使ってはいけない」という話がありました。また、「ドイツ人は全くあの戦争を乗り越えていない」という話や、「ホロコーストは全く無感情に行われた」という話もありました。「民族としていまだに上から目線だし排他的だ」とも。

 この映画を観ていると、さもありなんと思えてきて、最後は笑えなくなりますね。

 そして、これも今日の話題になりましたが、バロック音楽においても、なぜバッハのような音楽家が生れたか、これもやはりドイツだからこそということでしょうね。

 ところで、この「ヒトラー」、けっこういい人として描かれていまして、それが本国でも批判の対象になったと言いますが、原作者が言うとおり、こういう「リアル」に向き合わないと、つまり、ヒトラーを完璧な悪魔に仕立てているかぎり、それこそドイツ人は過去を乗り越えられないでしょう。

 よく、ドイツは謝罪し反省したが、日本は…という暴論を耳にしますが、それもまた日本を完璧な悪魔に仕立てているわけであって、それまた自身の過去を乗り越えられない結果を生むでしょうね。

 そんなことも含めて、とても他人事とは思えない、そして単純には笑えない、けっこう重い作品です。

 最近私がそこら中で主張している、日本の学校の軍隊文化に通じるシーンもあります。ある時からの日本の軍隊文化は、それこそナチスから輸入したものですし。

 …と、結局重くなってしまい、コメディにふりきれないところもまた、ドイツ人らしい?w

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2020.08.30

『ピクニック』 ジャン・ルノワール監督作品

Th_71cca5cdrml_ac_ul320_ 象派の巨匠ルノワールの次男、ジャン・ルノワールの名作。

 今日、そのジャンに来日を促した川添紫郎の手紙の原稿を目にする機会がありました。

 結局、ジャンの来日は叶いませんでした。しかしジャンは、フランスで川添の妻であるピアニストの原智恵子や画家の藤田嗣治と交流を持ち、日本への興味は尽きなかったようです。

 言うまでもなく、父ルノワールも日本の絵画、特に浮世絵の影響を受けています。特に色彩の面において、それが顕著でした。

 次男のジャンのこの映画はモノクロですが、不思議ときらびやかな色彩を感じさせます。おそらく、父と同様に「光」を重視したからでしょう。結局、白と黒には全ての色が入っているということです。

 これまた言うまでもなく、モノクロの写真や映画、そしてマンガなどが持つ、無限の可能性というものですね。

 そして、この映画のなんとも切ないストーリーも、そしてこの映画自体の数奇な運命も、どこか能のような象徴性、写実ではないリアリズムを感じさせます。

 それこそ「印象」なのでしょう。そう、息子の映画を鑑賞することによって、父の絵画の見方も変わります。絵に命が吹きこまれ、躍動し、時間が流れ出し、ドラマが生れます。

 そして、その数奇な運命の結果でもある唐突な場面転換や時間の経過が、結果としてですが、功を奏しているようです。何かあの時代の残酷さをも象徴しているある種奇跡的な作品と言えるでしょう。

 たった40分あまりの作品です。その中に、あの時代のフランスの光と影が全て表現されていると言っても過言ではありません。

 そんな時代を生き抜き、そんなジャン・ルノワールと交流のあった日本人たちの知られざる人生を発掘することは、私にとっては実に楽しく感動的なことです。まるで、いくつもの優れた作品を鑑賞するがごとくに。

 そうそう、川添の手紙に『ミカド』という言葉が出てきました。ジャン・ルノワールは天皇に興味を持っていたようですね。

ピクニック公式

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2020.08.20

『七つの会議』 福澤克雄監督・野村萬斎主演作品

Th_81xbbrwxayl_ac_ul320_ 女と鑑賞。野村萬斎さんは、次女の師匠の甥っ子さんですからね。

 その萬斎さんだけでなく、まあ豪華すぎる役者陣の「演技合戦」がすごかったなあ。

 監督がテレビドラマ界のカリスマ福澤克雄さんということもあって、ある意味、映画的ではない世界になっていましたね。

 ちょっとやりすぎな感じの演技やシーンが連続しますが、それがこの名優たちの「闘い」…それは、ストーリー的にも役者同士としても…の、ある種の滑稽さを見事に表現していたと思います。

 ジャンル的な「闘い」もありますよね。能・狂言、歌舞伎、新劇、伝統的映画、お笑い、ロック…。

 もうこのキャスティングだけで、この映画の成功はあったかと思いますが、逆にスターを集めた結果ドッチラケということもよくありますから、やはり、この映画の主役は福澤克雄さんだと思いますよ。

 ちなみに東山紀之さん主演のNHKドラマ版も一部観ましたが、あれはあれでドラマとしてはよく出来ていたと思うのですが、それをある種の壮大なエンターテインメントというか、フェスティバルにしてしまったところが、福澤さんのすごいところだと思います。

 振り切ったからこその勝利。

 まあ、そんな豊かな闘いの中で、やはり輝いてしまったのは野村萬斎さんですね。あの存在感は、普通の役者ではなかなか出せない。圧倒的なグータラ感は、さすが狂言師の表現です。

 昨日の三船にもあったように、ウチの娘的には、やはり体のバランスや足の運びに、能や狂言を感じたようです。

 そう、黒澤や小津の例を挙げるまでもなく、やはり日本の伝統的な動き、表現、間、あるいは超バロック的ともいえる過剰なデフォルメや強調こそが、海外にウケる要因なのですね。

 理屈抜きに、そして評論的視点抜きに、久々に純粋に楽しめた作品、いや「舞台」でありました。あっぱれ。

 それにしても日本という社会、困ったものですね。学校の改革は本気でやろうと思っていますが、会社がこんな感じだとすると、従来どおり学校でも「理不尽」や「忖度」や「隠蔽」を学んだ方がいいのでしょうか。いやだなあ…。

 

Amazon 七つの会議

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2020.08.19

『MIFUNE:THE LAST SAMURAI』 (スティーヴン・オカザキ監督作品)

Th_71foo7aefbl_ac_sy445_ 日のタイガーマスクは家内と、そしてこちらの映画は次女と観ました。

 こうして家族と、かなり深いところで趣味を共有できるのは幸せなことですね。

 実際、次女から学んだこともありました。次女は能楽を志しているのですが、三船の、というか黒澤映画の動きや間の中に、「能」を感じていたようで、この作品の中で黒澤が能に理解があったというナレーションがあって、「ほらね」と大いに共感していました。

 言われてみれば、ですね。黒澤作品は何度も観ていた私ですが、そういう視点はなかったなあ。

 さて、このドキュメンタリー映画、以前私も紹介し絶賛した「ヒロシマ・ナガサキ」のスティーヴン・オカザキさんの監督作品です。

 日系3世のオカザキさん、原爆の時もそうでしたが、日本に対して「ちょうど良い距離感」でいるのがいいですね。

 もちろん、だからこそ、日本人である私たちは三船の別の側面も描いてほしかったような気もしますが、いいのではないですか、外国から見た三船の魅力をピックアップするのも。

 「能」といえば、三船が「ものまね」系の役者だったことも興味深いですね。つまり、「モノ」を「マネく」人であったということ。黒澤が演技指導などするまでもなく、する隙もないほどに、彼は「本人」を降ろすことができるミーディアムだったのでしょう。それはもう演技ではありません。

 型にはまり、型を身に着け、自分のモノにした時に初めて降りてくる「何モノ」か。それはコト(たとえば言語)を超えて、世界で共有されるべきものですね。

 さてさて、今日も娘に話したのですか、三船と黒澤を結んでいるのが「秋田」なんですよね。案外語られないことですし、秋田の方々もほとんどご存知ない。

 昨年、こんな記事を書いていますので、興味のある方はお読みください。

東京キッド

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2020.08.18

『タイガーマスク伝説〜愛と夢を届けるヒーローの真実〜』(NHKアナザーストーリーズ)

Th_img_6669 イナマイト・キッド選手の訃報を聞いた時の記事で紹介した、アナザーストーリーズ「タイガーマスク伝説」の再編集版が放送されました。

 あの時、キッドを励ましていた佐山サトルさんが、今度は原因不明の病と戦っています。やはり、佐山さん自身が、キッドを評したように、限界を超えても闘い続けた結果なのでしょうか。

 「かならずいい日はやってきます」…このコロナ禍にあって、佐山さんのメッセージはとても力強く、心に響くものでした。

 家内とも話したのですが、最近の佐山さん、さらに上の次元にいらっしゃったように感じました。

 佐山さん、今までも単なる格闘家というより、思想家、歴史家という側面もありましたが、ご病気を通じてさらなる深化を遂げたようですね。

 そんな折、息子さんが格闘技の世界に足を踏み入れ、尊敬するお父様が極めた奥義を伝承することに努めるとのこと。佐山さんご本人にとっても非常に嬉しいことでしょう。

 ぜひ、病魔にも打ち勝って、再びリングでその雄姿を見せてほしいものです。

 原因不明の難病ということですので、なおさら、私が回復のお手伝いができそうな気がしました。さっそく連絡をとってみたいと思います。

 ちなみに、新間さんらに関わる「アナザーストーリー」は、さすがに紹介されませんでしたね(笑)。

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