小学館の図鑑・NEO 10『地球』
昨日の木喰展でも実際感じましたし、図録を買ってきて眺めながらまた考えたんですけど、本当に日本人はそういうものが好きですね。そういうものというのは、何か「物」を一ヶ所に集めたり、またそれらのレプリカや写真を自宅に持ち帰って眺めたり、ということです。
これは私のモノ・コト論で言いますと、基本、目前の「コト」への執着、すなわち「萌え=をかし」の心性を中心とした伝統的なオタク文化だということになります。
ただ日本人は、そうした「コト」に執着している時には、その刹那性に没頭するあまり、対象の無常性を無視しがちなのですが、その「コト」の刹那を蓄積していくうちに、いつのまにか虚しさを感じるようになるんですね。そして、「モノ」の本来の性質に気づき嘆息する。すなわち「もののあはれ」を知るようになるわけです。
微分から積分へ。鑑賞から感傷へ。だから、私はオタク文化万歳派です。デジタル技術やフィギュア製作技術や言葉や絵などで、どんどん永遠性獲得に挑戦してほしい。それだけではダメだというのも事実ですが、それがなければより高い境地には至れません。煩悩なくして悟りなし!?
日本に大人のオタクがたくさんいるというのは、これはいわゆるネオテニーの結果でしょうね。人類発祥の地アフリカから最も遠い地。極東の孤島に取り残された地球の子どもたち。日本人ってやっぱり最強ですね(笑)。
さて、また導入が長くなりました。えっと、今日は図鑑の話だった。そう、図鑑というやつはまさにそういう博覧文化、オタク文化の入り口の役割をするものです。私は子どもの教育なんて、図鑑と百科事典にまかせておけばいいという考えの人間でして(おかげでいちおう娘に課している通信教育…進研ゼミじゃないっすよ…は小学校3年生の段階ですでに半年分ためこんでいます…笑)、そうあとはやっぱり外で遊ぶことですね、そういうどっちかというと前世紀的な古典的な子育てをしています(と言うより放置している)。
なにしろ、カミさんも超自然児として育ち(今でもそうかも)、私も根っからの(学校の)勉強嫌いですから、まあ仕方ないですね。親の影響は強い。
で、親の影響というのは面白いなと思ったのは、図鑑の選択です。ウチは全巻いっぺんに揃えるのではなく、興味を持ったもの、より執着しそうなものを選んで買い与えています。つまり本人の希望重視ということですね。
一番最初に買ったのは「虫」でした。これは完全にカミさんの影響。幼少期、「虫」しか友達がいなかった(?)カミさんは、本当に虫好きです。その影響で、娘二人も男の子以上の虫好きになってしまいました。だから、図鑑「虫」は隅から隅までなめるように食い入るように鑑賞し模写し記憶してしまったようです。
そんな感じなので、では次は何がいいかな、と上の娘に聞いてみたところ、今度は「地球」がいいと言うんです。これもちょっと男の子的ですねえ。こちらは完全に私の影響でしょう。私は仕事は国語の先生ですが、実態は地学の先生ですので、たしかに家では文学の話なんか全くしない。星の話や火山の話や天気の話や地震の話ばっかりしてるよな、やっぱり。
というわけで、今日その「地球」が届きました。娘といっしょに眺めてみたんですけど、なかなか面白い。昨年発刊されたものですから、最新の情報満載ですね。私も勉強になります。巨大な地球が箱庭的に凝縮されて展示され、さまざまな現象の瞬間が記録されている。これはまさに博物館ですね。
それで一つ思ったのは、博物館と言えば、現代ではインターネットという利器があるじゃないですか。でも、今一つ子どもはそこにのめり込まないんですね。これはやはりネットに溢れる情報が「コト」だからでしょう。何度も書きますが、情報はそれ自体変化しない死体です。養老孟司流に言えば「スルメ」であって生きたイカではありません。
たしかに図鑑に固定された絵や文字は情報で、その内容は不変かもしれませんが、それらが載っているベースとしての「本」という「モノ」の質感、実体感、さらには無常性こそが、何物にも変えがたい魅力なのだと思います。
ネットの情報は死体ではありますが、どんどんその死体は更新されていきます。常に刹那的であろうとします。そうして新鮮な死体を維持していきます。一方、図鑑の情報は日々古くなっていきます。まさに死体が風化し腐敗していくんです。そちらの方がより自然なんですよね。
これはまさに昨日の木喰仏への「場」や「時間」や「念」の堆積と同じです。私の感覚としては、そうして堆積して凝縮していく「モノ」と、エントロピー増大則に従って雲散霧消していく「モノ」との平衡のようなものがあるような気がします。それこそが世の変化であり、そこに感激し詠嘆するのが「もののあはれ」だと思うんですよ。
大人もネットばかりやってないで、図鑑や百科事典…古いものでもいいと思います…をじっくり眺めてみる必要があるかもしれませんね…と自分に言ってみる。
Amazon 地球
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今日は、仕事上お世話になっている英会話スクールのクリスマスパーティーにおじゃまして、
それに色を付けてみますと、右の写真のようになります。百人一首は基本的に年代順に並んでいます。この表は横書きなので、上が古いもの、下が新しいものになります。
昨夜、両国国技館でのライヴ終了後、上北沢にて車中泊。ふとんを積み込んで行ったんで、けっこうぬくぬく暖かかったっす。ちょっと呑み過ぎて、朝はやや二日酔いぎみ。
ちなみに本物の上には写真版が掲示されていて、それは常に見えるわけですよ。でも、やっぱり複製はだめですね。全然躍動感が違う。ちょうど音楽のライヴと録音の違いみたいなもので、筆致の生命感があまりにも違う。これは予想以上でした。この作品の作者の天才性はもう分かりきったことですが、1本1本の線がここまで生々しいメッセージを持っているとは…。
1日1700キロカロリー、腹七分目の少食、あるいは断食によって、風邪をひかなくなった、花粉症がなおった、肝臓の状態がよくなった、精神的にも健康になった…この本に書かれている様々な実例は私の実感と全く一緒でした。こういう体験をしている人はけっこういるんだなと思っただけで、私は心強い気持ちなりました。
何気なく観たこの番組、地味でしたが何かとても感じるところがありました。ちょっと前に紹介した
番組の中では「学校」も登場しました。けっこう、学級崩壊してました(笑)。まあ、あんなもんでしょう。いかにもな先生が「教育」にいそしんでましたね。「教え、育てる」っていうやつです。ああ、ここにも近代化の波が…。もちろん、こういう世界になっているわけですから、彼らにも教育を受ける権利や義務はあるでしょう。それはかまいません。ただ、日本のように、家庭や地域での「学習」の機会が減って、学校での「教育」ばかりになってしまわないか、なんとなく心配になりました。ブロックパの時もそうでしたね。
番組では、父親、母親、近所のおっちゃん、おばちゃんが、見事な技術と知恵と連携でビクーニャを捕まえていました。子どもはそれを見て「よし来年はオレも…」とか思うのでしょう。素晴らしい「学習」の場だと思いました。そう考えると、私も受験という1年に一度の「狩り」とか「刈り」を一緒にやってるようなものですね。一見全然違うような気がしますが、実は同じようなことをやってるのかもしれない。「○○大学」という獲物…いや神からの恵みをゲットするために、技術と知恵と連携を駆使しているとも言えますね。来年春の猟果はどんなもんでしょう。ペルーの彼らもビクーニャを一頭も捕れない年もあるとか…いやいや、そんなことは考えないようにしよう(笑)。
NHK教育の「教育フェア2007」、興味深い番組が目白押しです。しかし、どうにも忙しすぎてなかなか観ることができません。録画して時々HDDレコーダの早見機能でちょこちょこと観るのが精一杯。
ものすごく面白かった。面白かったというのは、子どもたちの様子がです。彼らと同い年の子どもを持ち、田舎に住んでいる私としては、特に彼らが特別な感じはしません。どちらかというと、ああこういうヤツいるよな、こういうことあるよな、という面白さです。子どもはみんな一緒だなって。自分もあんなんだったし、つまりどの時代も子どもはあんな感じなんだよなって。
おっと、全然関係ない話になってしまったぞ。いや、別にウチのまわりにそういう事例があるということではありません。ここは田舎ですので基本的に平和です(笑)。ただ、この番組を観て、また両極端な原理主義的母親が出てくるんじゃないかと心配なんです。
「最近の若者は…すばらしい、偉い」と断言します。今日小論文の指導をしながら、ふと気づきました。こいつら偉いなって。
これは面白い!
ちょっと小さく見にくいと思いますが、冒頭部分なんか、「むかし、あるところに…」と行くべきところ、「むか…」の分岐点で道を間違うと「むかでだぁ!」でお話が終わってしまいます。「あるところに…」のところには「赤ずきんという名の女の子がいました」と「赤ずぼんという男の子がいました」と「キンという名の女の子がいました」の三つの分岐がありますね。ちなみに「キン」の方に行きますと、彼女は「赤津(あかづ)さん」と結婚して「あかづきん」という名前になってお話が終わりです(笑)。
ps とりあえず全部のストーリーを追ってみようと思って床にポスターを広げていましたら、ウチのバカ猫がこんなふうにドカンと…。なんで、猫って人が見たり読んだりしてるものの上にドカンと来るんでしょうね。新聞なんか絶対読めませんよね(笑)。大事なものにソソウをしたりするのも得意ですし、どうも人の視線とか、愛情線みたいなものを感じるようですね。なんなんでしょう、いつも不思議に思います。
今日は娘の小学校の運動会。子どもたちにとっても、先生方にとっても、また役員の皆さんや、あるいは親たちにとっても、まさにハレの日であります。
で、何を応援しているかと思ってよく観察してみますと、それはなんとウチのクワガタとカブトムシらしいのです。虫たちの運動会か。これは面白い。「最初の競技はふんころがしです」とか言って、クワガタくんにピンポン玉を押させている。
先に言っとこ。これ、逆説的おススメです。
(ココログメンテナンスのため更新が遅れました)
今日は仕事でディズニーランドに行きました。もう何回目なんだろう。正直辟易。あっ、ちなみに昨年のディズニーランド記事は
はい、では最後に記念写真を。クラスのギャルどもがスプラッシュ・マウンテンで記念撮影しているその横(同施設の出口の横)のトイレで一人スプラッシュです。あえて和式です。ね?普通すぎるでしょ?…って、ああ、何やってんだか。バカみたいですね…こんなことしてる自分の方がずっと非日常的…というか非常識というか…はっきり言って変態ですね(笑)。
今日は涅槃会。お釈迦さまのお亡くなりになった日です。ウチの学校は禅宗のお寺さんが母体になっておりますので、1時間目に特別の礼拝(らいはい…ですよ)をいたしました。