カテゴリー「ペット」の76件の記事

2019.10.23

『アートになった猫たち展』 (南アルプス市立美術館)

今も昔も猫が好き

Th_588241301077a6d56b7311024d0991e01 位礼正殿の儀の日、入場無料だというので家内と行ってきました。

 めちゃくちゃ癒やされましたよ。猫狂いの家内は「かわいい〜」しか言っていませんでした(笑)。

 山梨県立博物館のねこ展も良かったけれど、こっちの方がより「かわいい〜」だったかも。

 猫はすでにアートなわけですが、それをさらにアートにするとなると、これはある意味パロディーになるわけで、だから思わず笑顔になるんだなと思いました。

 特にアートの擬人化作品は楽しい。浮世絵にたくさんありますよね。猫が歌舞伎役者になったりします。何層にもアートが重なっていて、それはそれは楽しいことになります。

 本当は、猫がアートである理由を考えなければならないのでしょうけれども、それは神がなぜ神なのかを語ることと一緒になってしまうので、やっぱり無理です。

 少し前に、まじめに「戦争の反対語は芸術」と書きましたが、そうしますと「戦争の反対語は猫」とも言えるわけですね。これはなんとなく納得できます(笑)。

 寿ぎの日に、そんなアートたちに出会えたこと、とてもうれしく思いました。

南アルプス市立美術館公式

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2019.07.15

『ねこ展』 (山梨県立博物館)

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 族と行ってきました。猫好きにはたまらない(プラスの意味)企画展。逆に猫嫌いにはたまらない(マイナスの意味)でしょうね。同じ場が天国と地獄になりうる。

 博物館らしく、正式には「すごすぎる! ねこ展~ヒトとネコの出会いと共存の歴史~」という名称。

 まさにすごすぎましたね。ヒトとネコが見事に共存していた、両者の文化と歴史に溢れていました。

 養蚕に興味がある私としては、やはりネズミの天敵として「神」にまでなったお猫さまにたくさん出会えてうれしかった。

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 予想通り、西桂で作られている「猫札」が展示されていました。三ツ峠をはさんで、向こう側の、すなわちこの博物館のある御坂でも人気のあった御札です。

 大山祗命と書かれていますね。三ツ峠の神さまです。この御札、今でも山頂近くの「神鈴みすず権現社」で5月の祭礼の時に配られています。

 だれのデザインでしょうかね。けっこう名作だと思いますよ。

さて、今日は時間があまりなかったので、ゆっくり鑑賞&愛玩できませんでしたので、また行きたいと思います(学校の先生なので無料なのです)。

 今日はお土産に、猫絵師・目羅健嗣さんの映画ポスターパロディ絵葉書を3枚購入してきました。これがまた面白すぎる!

Click!→

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 細かいセンスが最高です。他の作品も全部ほしくなってしまいました(笑)。

 山梨県立博物館

 

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2019.06.08

小型コードレスサイクロン掃除機 (SOWTECH)

Th_614yziobl_sl1500_ れは大ヒット!ww

 なにしろ、これが届いてから、カミさんがずっと掃除してるんです(笑)。

 ありえません。異常な集中力です。無言でいろいろなところを掃除している。

 何がいいって、ゴミがたまるカップ部分が完全透明で、猫の毛を主体とするゴミたちが、サイクロンによって、どんどん綿菓子のようになっていくのが最高なのだそうです。

 たしかに面白い。見ていて楽しいので、ついつい掃除してしまう。わかります、その気持ち。私が使おうと思っていたのに、カミさんに取られた!w

 いや、冗談抜きで、これはなかなかのスグレモノですよ。とりあえずお値段以上に機能しています。

 心配された充電稼働時間もゆうに30分を超えますので、実用上ほとんど問題ありません。吸引力は強くありませんが、それが実はちょうどよかったりする。

 最近の掃除機、やたら吸引力が強く、結果として布や紙を吸い込んでしまうということがしっちゅう起きて、それが不快だったりします。このクリーナーの吸引力は絶妙です。猫の毛、ほこり、食べこぼしなどはしっかり吸い取り、余計なものは吸い込みません。

 いろいろついてくるノズルも、まあ使い道によっては有用。一番おいしい(?)のは、先細のやつですね。狭いところにたまっていた積年のほこりを見事に吸い取って綿菓子化してくれます。

 フィルターやカップを水洗いできるのもよい。もちろんフィルター交換も不要です。稼働音も静かで、猫たちが逃げることもありません。慣れれば猫から直接毛を吸い取ることもできる?

 あとは、リチウムイオン電池含めた耐久性ですが、まあこのお値段なら、1年使えれば十分もとが取れるでしょう。

 掃除無精の方はぜひ!やはり日常のルーティーンワークには「演出」が必要なのですね。Macなんかもそうですが、使う人をやる気にさせる道具(のコンセプトやデザイン)って大切です。ちなみに私は、自分用にもう1台買ってもいいかなと思っています。

 

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2019.03.14

唐猫

Th_img_3560 大の入試問題の続きです。第二問古文は闌更編『誹諧世説』より「嵐雪が妻、猫を愛する説」が出ました。

問題

 誹諧世説は蕉風の復活に尽力した俳人、高桑闌更がまとめた有名な俳人の逸話集です。嵐雪というのは、芭蕉の弟子服部嵐雪のことです。
 本文は、嵐雪の奥さんが異常に唐猫を溺愛したのを、嵐雪がある意味嫉妬したんでしょうかね、奥さんが外出したすきにその猫をよそにやってしまうという話です。猫狂いですね。我が家と一緒です(笑)。
 まあ、私も猫狂いのカミさんに猫以下の扱いを受けていますから(笑)、嵐雪の気持ちもわからないではありませんけれども、さすがにやりすぎかなあ…。結局バレちゃってますし。
 ところで、古文によく出てくる「唐猫」ってどんな猫なのでしょう。
 実はよくわからないのです。源氏物語の若菜にも「からねこ」が登場しているんですが、どんな猫なのかはっきりわかりません。

「からねこの、いと小さく、をかしげなるを」
「唐猫の、ここのに違へるさましてなむ侍りし」

 とりあえず外来種ということで、日本の猫とは違う外見だったことはわかります。一説では黒猫のことかとも。のちに描かれた絵巻物や絵本では、ぶち猫や三毛猫が描かれていますが、それだと日本猫と変わらないような気がします。やっぱり黒猫だったのではないでしょうかね。
 ちなみに枕草子には「猫は、上のかぎり黒くて、ことはみな白き」の一文があり、背中は黒くてあとは白い猫がいいとされていますが、まあこれは清少納言の好みなのでしょう。
 ちなみに我が家の「唐猫(舶来猫)」は、やはりチョモでしょう(上の写真)。黒猫で長毛。もしかすると、源氏物語の唐猫もこんな猫だったかも?さすがにそれはないか…。

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2019.02.22

『ねことじいちゃん』 岩合光昭監督作品

Th_640 の日です。
 観てない映画をおススメすることはまずないのですが、これは例外です。
 世界的に猫ブームの昨今、猫映画も多数ありますね。それら全てが猫マニアにとって幸せな映画かどうかは微妙です。やはり作られた感というか、やらせ感が出てしまうと、本来の不如意な猫の自然な姿とはかけ離れてしまう。
 その点、この映画には大いに期待できます。なぜなら、監督が岩合光昭さんだからです。世界ネコ歩きを観ればわかるとおり、彼の映す猫は、まさに自然体。おそらく岩合さんは世界で最も猫を猫らしく撮るカメラマンです。
 そんな彼の初監督映画作品がこれ。予告を観るだけで、もうやられた感がありますね。さすがです。
 そんな猫にとって自然な映画において、人間がどのように描かれるのか。非常に興味があります。立川志の輔さんもやり甲斐ありまくりだったでしょう。俳優ではない人を選んだところは、なるほどですね。

 猫だらけの特別映像も観てみましょう。岩合さんは「動物写真家」ですよね。動物の中には人間も入っているのですね。猫と人間の関係性を描くことにもおいても、間違いなく世界一の人です。

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2018.12.28

閉園後のライオンたちに癒やされる。

 年のことですが、年末はいろいろ溜まった仕事をこなさねばならず、妙に忙しくなります。そんな時にツイッターで流れてきた癒やし動画がこれ。
 ギャップ萌えですね(笑)。ライオンも猫ですからね。それも動物園で開園中はそれらしく振る舞っていたわけで、お互いお疲れ様っていう感じなんでしょうか。
 何年か前から時々見る動画ですが、面白いもので、だいたい忙しくて気合を入れている時にやってきて、思わず脱力させられてしまうのです。
 これは誰かの陰謀ではないでしょうか(笑)。もしそうだとすると、かなりレベルの高い最終兵器ですね〜。戦闘意欲がかなり低下します。

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2018.12.06

エイリアンはもう地球に来ているかもしれない(NASA論文)

Th_webs181206aliensthumb720xauto147 いう記事がニューズウィーク日本版に出ていました(こちら)。
 いや、もう来てますよ、ここに…というのは冗談で、実はこの記事にあるようなことを実感したことがあるんです。
 すなわち、「彼らは、ごくごく小さな超知能体かもしれない」という部分です。
 どうしても、私たちは自分たちを基準に考えてしまう。宇宙人も「人」であると思い込んでしまうのです。つまり、私と同じような大きさで、目と鼻と口と手と足があって…というように。
 そこがホンモノの「宇宙人」を見つけられない原因ともなっていますし、私のようなエセ宇宙人を、本当の宇宙人だと信用してしまう原因になる(笑)。また、上の写真のような宇宙人像を想像してしまうわけです。
 私がその固定観念から解き放たれたのは、小型のUFOを目撃してからです。

小型UFOに遭遇!

 今でも毎日、その目撃現場を通りますが、あれから二度とUFOは現れません。期待しているのですが。
 あれを目撃してから、なるほど、もしかすると宇宙人はとっても小さいかもしれない、UFOというと大きなモノが空を飛んでいるというイメージがあるけれども、そうとは限らないなと実感したのです。
 もちろん、あれは宇宙人の無人ドローンかもしれません。そう、あの時、あるUFO研究家に報告したら、ああそれは無人偵察機だねと言われました。私を調査しているのだとか(笑)。
 いや、なんとなくですが、私はあれは無人ではなかったような気がするのです。なんとなく機内の宇宙人と目が合ったような気がした(笑)。
Th_img_3220 とすると、彼らはとっても小さいわけで、そうすると、彼ら単独ではなかなか見つからないだろうなと。もしかすると虫とか鳥とかに擬態しているかもしれないし。
 そう、猫とか、鳥とか、虫とか、もしかすると全部宇宙人?かもしれませんよ。ウチなんか、猫星人?にすっかりやられてますよ(笑)。

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2018.09.05

「家に猫がいます」マグネット

Th_51owbzaminl_sx355_ 日に続いておバカなステッカーの話。
 私は車にウルトラ警備隊のマークを貼っておりますが、家内はというと、こちら「家に猫がいます」という、これまた訳のわからんのを貼っております(笑)。
 「Child in car」とか「ドラレコ録画中」というのは、それなりに意味があると思いますが、「家に猫がいます」って情報はどうなのでしょうか(笑)。
 後ろの車からすれば、「ああ、この運転手さんは猫を飼ってるんだ」と思うだけでしょう。それ以外に反応のしようがない。
 カミさん的にはその主張こそが大事なのだそうです。てか、これ見つけて買ってあげたのワタクシですけどね(笑)。
 ちなみにレビューを見ると、駐車場などで声をかけられることもあるのだとか。猫好きからすると仲間を見つけたという感じでうれしいですよね。たしかに犬好きは散歩しながらお互いコミュニケーションとれますが、猫は難しい。ウチのシローさんとチョモちゃんは散歩できますけど、そういう人には出会いませんね。
 また、レビューてはまじめにこれを付けている人もいることがわかります。なるほど、自分が交通事故で死亡した時に、「家の猫をお願いします」というメッセージを残すということですね。ある意味すごい危機管理だ。
 というわけで、見かけたら声をかけてあげてください。

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2018.06.29

鏡の中の自分は自分なのか?

Th_00_m ールドカップの「美徳(virtue)」について書こうかと思ったけれども、本当にいろんな人がいろんな意見を述べてくれているので、私は遠慮することにしました。
 ただ、基本的にはあの作戦には賛成です。感情的には「侍らしくない!」とか、勝手なこと思いましたが、勝ちが最終目標であるスポーツの世界においては、やはり確率論的に優れた采配であったと思います。
 さてさて、というわけで、「virtue」と「virtual」の話の続きとして、今日は「鏡の中の世界」について考えてみようと思います。
 皆さんは、鏡に映った世界はリアル(ファクト)だと思いますか?それともバーチャル?あるいはフィクション?
 そんなことどうでもいい…ですね(笑)。
 でも、ちょっと考え出すと面白いですよ。答えはなくとも楽しめます。ちょっとした哲学です。
 とりあえず、そこに映っている自分は自分なのでしょうか。もしかして他人?いや、もうひとりの自分とか。
 ちなみに人間以外では、チンパンジーやイルカに「鏡像認知」の能力があることが、科学的な「ミラーテスト」で証明されています。
 これは、鏡に映っている自分を、いわば「alternative fact」だと捉えているのだと思われます。とりあえず自分自身ではないが、自分と同様の属性を持っているものであると認知するということですね。
 思いつきで書いているので、話があっちこっち行って申し訳ありません。鏡の中の世界って、なんとなく「左右逆」になるというイメージありますが、実際には「左右」は変わりません。右手はたしかに右にありますよね。
 そう、実は上下、左右は変わらず、奥行きだけが逆になっているんです。お分かりになりますよね。手前と奥とが逆になる。これが全部ひっくり返っていたら、お化粧や鼻毛切りは実に難しいでしょうね(笑)。ちなみに凹面鏡で焦点距離より遠くに立つと全部逆になります。
 では、なぜなんとなく左右が逆になっているように感じるかというと、自分が向こう側の自分(仮)に立って見た時、右手が左手になっているからです。人間はそのように高度な抽象的な思考ができるということですね。
 さて、そんな矛盾をも抱えた鏡の中の自分ははたして自分なのでしょうか。もう一度考えてみてください。
 なんだかワケが分からなくなってきますよね(笑)。
 私たちは、たとえば車のミラーに映った景色を、とりあえず本物だと思って信用して運転しています。これは、昨日の話からすれば、本物の本質を持った別物、すなわち「virtual」であると認定しているということです。そして、「alternative fact」として運用しているということですね。
 では、鏡の中の自分はオルタナティブな自分なのか…。
 結論は出ないのですが、実はこの鏡像認知こそが、時間の流れ方を「過去から未来」、「未来から過去」と切り替えつつ等価であると考えられる能力に関係していると、私は考えているのです(とか言って、今思いついた)。
 時間が流れてくるのか、自分が歩んでいくのか…未来から今の自分を眺めるのか、今の自分から未来を眺めるのか…音楽は未来から流れてくるのか、楽譜をなぞるように過去から未来へ流れのか…歴史の記述、いや全ての記録は鏡像なのか…。
 哲学はどんどん深みにはまっていき、そしてますます混沌として出口が見つからなくなるのであります(苦笑)。
 まあ、いいや。今日は鏡の自分を見ながら、彼と対話してみます。最近鏡見てないしな(笑)。ちなみに猫たちは鏡に映る自分は自分ではなく、別の猫だと思っているようです。では、鏡に映る別の猫のことを、リアルなその別の猫だと勘違いするのだろうか…猫にも聞いてみます。またいつか続きを書きますね。

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2018.05.08

『フランシス子へ』 吉本隆明 (講談社文庫)

Th_51imwuifkwl ーん、いい本だったたなあ。恥ずかしながら吉本さんのこういう言葉を読む(聞く)のは初めてでした。
 それでも、たしかに予感はあったのかもしれません。亡くなった日にも、追悼 吉本隆明なんていう記事を書いている。「人のいい日本のおじいちゃん」というのは、あながち間違いではなかった。「始原的で最大最強の「共同幻想」たる「言語」に「共同」のプロセスがなくなるということは、そこには辞書的な意味しか残りません。つまり、生きた歴史も時代も国家もそこには立ち現れなくなるということです」と書いたのも結構するどいところを突いているかもしれません。
 しかし、その象徴が「猫」であったとは、そして、亡くなる直前に、こんな素敵な言葉を残しているとは知りませんでした。
 コトを窮めてモノに至る…すでにモノに生きている猫さんを前に、私たち人類はたしかにその二面性、すなわちコト的な自分とモノ的な自分に分離させられます。
 なるほど、猫がつれない時は、私たちは文明人になっているわけか。逆に猫がすり寄ってくる時は、自分も自然なモノになっていると。
 ウチにも6匹の猫がいますが、今までそういう観点で接したことはありませんでした。
 猫は「うつし」かあ。なるほど。「うつし」とは「うつ(空)」なところに何モノかが「うつる(映る・移る)」ことです。
 猫は空なのです。とっくに悟っている知恵者なのです。だから、猫は魅力的であり、猫に私たちは教えられ、導かれてるのでした。
 吉本隆明、やっぱり出口王仁三郎を継ぐ人だったのかもしれません。この本を読んで納得しました。

Amazon フランシス子へ

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