カテゴリー「ファッション・アクセサリ」の21件の記事

2009.12.04

美男時計&ギャル時計

 9月に美人時計を紹介しました。その後さらに大きなブームになったようで、ついに(?)あのホリエモンも美人時計のカメラマンになったそうです。彼の視線ってエロですから、ちょっとやだな(笑)。そういう視線で撮った写真って、そう写りますからね。美人時計はそういうものじゃないでしょ。記事にも書きましたが、あくまであれは「純愛」…いや「刹那の恋」です(笑…冗談ですよ)。
 で、あの記事の最後に、『今後、「美少年」とか「美猫」とか、そういう「萌え」対象への展開が予想されますかね。世界版もいいでしょうし、もう少しエロスを強調したものとか、それこそ「アゲアゲ」なギャル系とか、いくらでも細分化できるでしょう。しかし、あくまで、それらにおける登場人物(猫)は、モデルとかではなくて、日常的なシロウトさんがいいでしょう。その方がよりリアルだからです』って書いたんですけど、やっぱり出ましたね。
 まずは先月、「美少年」ならぬ「美男時計」が、そして、おとといですか、「ギャル時計」がオープンしました。そして、近々フランス版、韓国版も出るとのこと。予言通りでしょ。私の企画書が通ったということでしょうか(笑)。
 なぜだか公式からブログパーツを入手できなくなったので(広告戦略的なものでしょうか)、自力で貼り付けます。まずは「美男時計」から。

 どうですか?なかなか自然なイケメン揃いですよね。これで女子も「アゲアゲ」になるでしょう。仕事や勉強の効率が上がるかどうか分かりませんが。
 続いて「ギャル時計」です。

 こっちは時計自身が「アゲアゲ」ですね。たしかに元気になるかもしれません。今、日本のギャルたちは世界の注目を浴びていますから、これは案外外国からのアクセスが多いかもしれません。これを見て、フランスの女の子たちなんかが、ファッションのマネをするんでしょうかね。プチプラ、デコクロ…パリには「しまむら」はないか(笑)。
 最近毎日会う「美人」に飽きてきていたので、iGoogleは「美男」に替えました。いや、別にそっちの趣味があるわけじゃないですよ(笑)。ただ飽きたからです。「美女は三日で飽きる」とはよく言ったものですね。「ブスは三日で慣れる」とも言いますので、そっちの時計も作ったらどうでしょうか。
 こうなると、私の企画書で実現されていないのは、「エロ系」と「美猫」ですね。これはもしかすると、別の会社がやるかもしれません。というか、私がやれば儲かるでしょうね(笑)。あきらかにこっちの方が集客力ありますよ。
 あとは、なんだろうなあ…私がモデルになるとすれば、「坊主時計」とかね(笑)。中にはスキンヘッド・フェチの人もいるでしょう。「1440人の坊主たち。あなたは1分間の悟りを開く」とか。12月8日の「成道会」に向けて、そんな特別企画はいかがでしょう。
 まあ、世の中には様々な趣味をお持ちの方がいますから、それぞれいろんな「○○時計」ができることでしょう。それを全部やってたら大変だ。犬とか鉄道とかポケモンとか寺とか神社とかプロレスラーとか力士とか…あっそうだ、それこそ「時計時計」ってのはどうでしょう。それぞれの時刻を、いろんな時計で表示するってのは(笑)。
 ま、それは冗談として、実は私はいい企画考えてるんですよ。それは、それぞれみんながいろんなカテゴリーごとに自分の写真をアップして共有し、好きな時計を作る、あるいはそのカテゴリーからランダムに表示させたりして楽しむってやつです。いいでしょ。商売になりそうですよね。

美人時計公式

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2009.11.28

『世界カワイイ革命』 櫻井孝昌 (PHP新書)

なぜ彼女たちは「日本人になりたい」と叫ぶのか
56977535_2 このところ、BUMP OF CHICKENやレミオロメンを通じて、日本のロックについて、いや非西洋的音楽について熱く語ってしまいました。これにはいろいろと理由がありまして、実は今日のこの本の内容とも重なってくるんですよね。
 どうも戦後教育にどっぷり浸かっていたせいか、自分もどこか西洋礼賛的な発想をしていたことに、案外最近になって気づき始めたのです。遅いよ!と言われてもしかたありませんね。
 でも、やっぱり日本人って自分たちの文化を卑下しすぎだと思いますよ。それってなんなんでしょうね。そういう性質の民族なんでしょうか。それとも、やはり教育のせいなんでしょうか。自虐史観とかよく言いますけれど、実はそれ以前に自虐文化観というのもあるような気がするんですよね。
 まあ、ワタクシ流に簡単に言ってしまえば、近代以降の日本では「モノ」より「コト」の方が優れていると思われてきたということです。
 感覚より論理、混沌より整然、多神教より一神教…。
 日本で素直に流行るモノは、全て「サブカルチャー」としてくくられ、どこか低俗で恥ずかしいものだとされてしまう。
 ここ10年くらいでしょうかね、そういう常識に、私も何かものすごい違和感を抱くようになったのは。ちょっと待てよと。じゃあなんで「本場」ヨーロッパでこんなにもてはやされてるんだ?と。
 この本で取り上げられている女の子のファッション、いわゆる「東京リアル・クローズ」もそうです。それ以前に、マンガやアニメ。もっともっと以前に「浮世絵」。 
 「浮世絵」などの江戸文化については、どこかにも書きましたね。とにかく、江戸の庶民の文化、今風に言えばそれこそサブカルチャーになるんですけど、それが、たとえばヨーロッパに渡って、あの印象派を、そしてその後の様々なアートシーンを用意したというのは、これはまあ常識です。
 考えてみれば、ダ・ヴィンチ以来の「写実」を根底から覆したわけですから、それはもう本当に世界にとっての革命的契機なわけです。そういう事実も、いちおう逆輸入により今では日本でも学問的に評価されていますが、実はもっともっと我々が誇りに思っていいことなのではないかと思いますよ。
 ご存知のように、リアル・クローズはとにかく自由です。パリコレ的なモードや作られた流行としてのファッションはそこにありません。着たい服を着たいように着こなすのがその唯一のルールと言っていいかもしれない。
 もちろん、値段やブランドなんていうコトにはこだわりません。いかにチープな素材をデフォルメしアレンジするか。そう、まさに「リ・クリエイション」がそこにあるわけです。価値の創造の喜び。
 その結果は、西洋的基準からすれば、単なるカオスです。まるで、新宿や秋葉原の混沌とした電飾広告群のようです。そこには、「景観」はありません。しかし、その多様な全体が醸すエネルギーたるや、誰もが圧倒される。
 それこそが、私の言う「コト」化されていない「モノ」の生命力なのです。「コト」は、言葉です。つまり言語。全ての人間の枠組みは「言語化」によって構成されます。法律なんかは一番わかりやすい例ですね。
 それによって、いわゆる「近代社会」が成り立っているというのは、よくわかります。しかし、その枠組みゆえの限界点というのも見えているのが実情ではないでしょうか。
 それをぶち壊していく、つまり、言語(結局は固定化した思考ということですが)を超えた、想像力、そして創造力のエネルギーに期待したいのです。私たちは、いや「私は」なのかな、そろそろ、言葉という人間の開発した道具に飽きてきているのかもしれません。
 いずれにせよ、著者の言うように、もっと我々はそうした混沌とした、多様な、そして自由な「日本文化」、あるいは「日本精神」というものを、積極的に海外にアピールし、あるいは売り込んでもいいと思います。
 最近、ある国際教養系のAO入試を受けた生徒と一緒に、「禅」と「日本文化」と「言語」について勉強しました。なかなか面白い結論が出たのですが、それを武器に闘っての結果はどうだったか。もし、合格したら、ちょっとその辺についても書こうと思っています。
 教外別伝、不立文字…「言語化」しにくいモノ、あるいは「論理」を超えたモノを、結局「言語」というコトでアピールし、売り込まなければならない矛盾…それが、昔は苦痛でしたし、ある種の諦めを生む原因になっていたのですが、どうも最近はそこが面白くなってきたようです。私もちょっとはステージが上がっているんでしょうか。

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2009.09.29

「アゲる」or「アガる」?

↓アゲアゲ
P1 々の雨でテンション下ります。いろいろ忙しいし、自分は歳とともに体力・気力が減退しているにもかかわらず、相手は常に高校生だし、けっこう無理矢理テンション上げていかないと大変です。疲れます。
 したがって、家に帰ると非常に物静かになります。家では、小学生の娘たちはもちろん、天然アゲアゲ系のカミさんも疲れを知らずいつでもハイテンションなんですが、さすがに私は帰ったら、調律ピッチをガクンと下げます。ヴァイオリンの弦を緩めてケースにしまうようなものです。そうしないとプチンと切れちゃう。
 そうしてリラックスしているうちに、私の静寂の時を破る招かれざる客が…。マンション経営の勧誘電話です。俄然テンションが上がる私。
 先方には申し訳ないのですが、私にとっての最高のストレス解消になります。今日の餌食の青年も可哀そうでした。なんかとっても面白いらしく、カミさんもわざわざ私が電話しているところに来て、笑いをこらえながら会話を聞いていました。ああ、面白かった。
 で、電話が終わるとまた虚しい時間がやってきます。もう一件かかってこないかなあ…。
 なんて、何やってるんだろ…。リラックスしたかったんじゃないのか?
 そう、それが今日の記事のテーマです。
 皆さんはどう思いますか?テンションが高い時、あるいはテンションを上げている時の自分と、低い時、あるいは下げている時の自分と、どちらが好きですか?どちらが本来の自分だと思いますか?
 最近生徒たちを見ていまして、とにかくテンションが高くないと楽しくないという奴らが多いことに気づきます。まあ、それは青春時代の特徴でしょう。若さとはそういうお祭り気分のことですから。
 しかし、なんて言いますかねえ、そのハイテンションっていうのがとっても受動的なんですよ。自分で何かを見つけて何かに燃える(萌える)っていうより、たとえばある種の音楽を聴いて気分を上げるとか、超笑えるお笑い番組を観て盛り上がるとか、そういう感じなんですよね。
 だから、そういうものを提供しないと、すぐに「つまんない。もっと面白いことしようよ」ということになる。だから、フツーの授業なんて奴らにとっては本当に「サゲサゲ」なわけです。
 で、どうも最近の子どもや若者はそういう「サゲサゲ」な状態を我慢する力に欠けていると感じるんですね。常に面白いこと、楽しいことが提供されていないと、とにかく不幸で不機嫌になる。小学生の英語教室をやっているカミさんも、しょっちゅうそういうこと言ってます。子どもたちが、すぐ「つまんねえ〜」って言うと。
 やっぱり、そういう常に楽しい環境というのも与えすぎたんですかね。学校の授業も楽しいのが一番という風潮があります。いや、楽しいのはいいんですよ。でも、その楽しさの質というのは、ゲームやバラエティー番組の楽しさとは違うはずですよね。でも、今の子どもたちは、常にそういうものを大人に、社会に期待しているような気がします。
 一方、あんまりアガってないように見えるオタクな生徒たちですが、実は彼ら彼女らも仲間内では異常にテンションが高くなっています。隠れてそういう場を作っています。そして、その様子をギャルに目撃されて、「キモい」と言われます(笑)。
 ま、それはいいとして、つまり、みんな「テンション(気分)を上げるもの」を外に求めるわけです。ですから、当然それは商売になります。金で「テンション」を買うわけですね。中にはのりピーのように、薬物を買う大人まで現れます。
20090930_92628 で、10年ほど前から、クラブで使われるようになった「アゲアゲ」という言葉に象徴されるように、以前は「アゲる」という他動詞が商品になっていましたが、どうも最近、「アガる」という自動詞が増えていたような気がするんですね。「アガるコスメ」とか「アガるアクセサリー」とか、やっぱり女性向けの商品が多い。
 これってちょっと面白い現象だと思いました。他者のおかげで「気分」や「テンション」や「女子度」や「運気」や「バスト」や「目尻」が「上がる」わけですから、事実としては「受動」なんですけどね、いちおう自動詞の「アガる」を使うと、多少能動的な雰囲気がしてきます。つまり、「アゲる」ために何かを購入するという目的的行為ではなく、それを購入して身につけたり受容したりすると、自分自身の何かが変化して、内側から上がっていくような感じがします。
 たぶん、「アゲてもらう」ことに空しさを感じ始めたのだと思います。無理矢理「アゲる」とサガった時空しいですからね。のりピーもその空しさに堪えられなかったのでしょう。
 だからって、自動詞の「アガる」を使っても、実際には何も変わりません。いや、それ以上に危険であるとも言えます。自動詞というのは、実は能動的であるというより「自律的」であることを表します。自然に、無意識的に現象することを表すんですね。
 たとえば、「運気を上げる」と言うと、それなりに「私」の意志が感じられますが、「運気が上がる」というと、運気自身が自律的に上がるという感じで、実は「私」の意志とは無関係、すなわち「私」にとっては他律的であるという、妙なことになるんです。
 開運グッズを身に着けると勝手に「運気が上がる」というやつですよ。ちょっとあやしい宗教じみたことになってくる。
 すなわち、音楽にせよ、ファッションにせよ、アクセサリーにせよ、化粧品にせよ、どんどん自らの意志が希薄になっていく。「アゲる」よりも「アガる」方が、より無意識化が進むというパラドックスが起きているわけです。空しさから逃げるために施した策が、さらなる空しさを生む。
 ま、こんなことを考えて勝手に盛り上がっているワタクシというのも、かなり空しい存在ではありますが、しかし、世の中の、特に若い女性の心理をこうして眺めてみますと、それなりに面白いことが分かってきますし、自らの反省にもつながります。
 なんて話を、天然アゲアゲ系のカミさんにしましたら、「オバサンたちは常にテンション高いよ〜!なにしろ子どもに負けないようにしなくちゃいけないからね〜!」とのこと(笑)。
 そうか。理屈抜きにそういうことか。それが健全な状態だな。子どもは金で買えないもんな。じゃあ、のりピーはいったいどうしちゃったんだろう…。
 とにかく、「ステージでアガる」と言ったら、昔なら緊張することを言いましたが、今では「ステージで気分が高揚してイケイケ状態になる」っていう意味になるんですかね。それに、昔は「男を上げる」とか「男が上がる」とか言いましたけど、今や「アゲる」も「アガる」も女性の専売特許みたいになっちゃいました。時代とともに世の中も言葉も変わりますな。

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2009.05.22

『Ayuのデジデジ日記 2000-2009 A』 浜崎あゆみ (講談社)

06353709 代の思想家浜崎あゆみ。私が吉本隆明だったら、王仁三郎、みきの後にあゆを並べたことでしょう。これは冗談ではありません。

 思想家=社会・人生などについての深い思想をもつ人。特に、その内容を公表し、他に影響を与える人をいう。

 現代において、この定義に最もピタリとはまるのは間違いなく彼女です。はあ?と思った方は、彼女の言葉や仕事ぶりを知らないだけです。
 まさに、オニ、みきに通じる大衆性とカリスマ性を持ち合わせた人物ですね。ある種の宗教性を持っているとも言えます。現に今回私にこの貴重な本を見せてくれた生徒も、いわゆる典型的な「あゆ信者」です。単なるアイドル(偶像)というくくりでは、とても表現し切れない重い存在感があります。同性に人気というが象徴的ですね。
 だいたいの女性は広義の腐女子根性を持っていて、たとえば今日も話題になっていましたが、「阿修羅」に萌えたりするわけです。しかし、それはあくまでも「萌え=をかし」の感情であって、決して彼(?)の思想や行動に共感しているのではない。
 ところが、浜崎あゆみを信奉する女性たちは、間違いなく彼女の生き様や生き方を学び(真似び)、自らの人生の指針にしています。もちろん、女性のみならず、たとえば私なんかも彼女にはかなり影響を受けていると言えます。
 彼女の持つそうしたカリスマ性は、日本の伝統的な女系の神々に直結するものであると、私は常々思っています。非常に単純化してしまうなら、彼女は現代のオオヒルメ(天照大神)だということになるでしょう。
 そんなオオヒルメの、輝かしくも苦悩に満ちたこの10年間のお姿とお言葉が満載されたこの本。信者にとっては、まさに聖典というべき内容になっています。
171075_c450 ああ、そうそう、今日のニュースに「あゆ、事情聴取か?」みたいなのがありましたね。4月7日に渋谷109の前で行われた、この聖典の発売記念イベントに8000人の信者が集まり、交通に多大なる障害をもたらしたのだとか。道路交通法違反で神をしょっぴくということでしょうかね。これはまさに、オニやみきに与えられた弾圧の歴史を思い起こさせます(ちょっと大げさかな…笑)。
 まあ、それほどの影響があるということですよ。そしてこの本が待望されていたということですよ。
 私もじっくりこの本…とても写真集とは言えない…をじっくり拝見拝読いたしましたが、なるほどこれは美しく、そして深い。
 冒頭、オオヒルメが苦悩のあまり、天の岩戸に隠れなさった頃の日記もあります。そうですねえ、結局「Duty」の頃が一番きつかったのではないでしょうか。あれが2000年発表のアルバムでしたから、ある意味この日記たちは、天の岩戸開きの物語とも言えるかもしれませんね。
 デジデジ日記と称しながら、そこには古来のアナログ的言霊があふれています。基本手書きの文字がそのまま印刷されています。お筆先ですね(笑)。
 さりげない、今どきの女の子の言葉のように見えますが、実はその内容は、まさにお筆先の名にふさわしい。そう、大衆の、田舎の一婆さんの言葉で神の言葉を媒介した、「出口なお」や「中山みき」のお筆先に匹敵するものです。
 最後のロングインタビューから、彼女の言葉のアンソロジーに至る部分に至って、私たち信者の心は崇高な地点に救い上げられ、そして恍惚のあまり涙が溢れてくるのでした。いや、ふざけているのではなく、私はじ〜んとしてしまいましたよ。まじで。というか、いつのまにか私も信者という設定になってるし(笑)。
 そうですねえ、彼女は「瑞と厳」の魂、両方を持っているように感じるんですね。とても軟らかく優しい部分と、とても鋭利で厳しい部分と、それを自分に対しても他者に対しても持っているんです。そして、そういう思想と行動の中心にあるのが、「自信」です。ただ、その「自信」の源であり対象である「自分」は、常に他者によって存在させられている存在であると、彼女は意識しています。
 その「自己」と「他者」の相互依存的関係という「真理」を、「感謝」と「奉仕」の心をもって、そして「言葉」と「歌」と「ファッション」という手段によって、我々に伝えてくれるのが、浜崎あゆみという神です。
 この聖典を読んで、あらためて、彼女がまだ神になりえていない頃の「渚のシンドバッド」を観ますと、やはりカリスマにはある時、神が降りるんだな、ということがわかります。それを背負った彼女の苦悩は、それ以前の普通の女の子だった頃の苦悩と、全く趣を異にしています。
 「なお」「みき」「あゆ」、そこには痛々しくも崇高な「女」の姿があります。男は何やってるんだ!自分も含めて…と思わずにいられませんね。
 今、最もお会いしてみたいカリスマの一人ですね、浜崎あゆみ。

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2009.05.01

夏用帽子2点

2 日は卒業生に大いにお世話になりましたが、今日は今日でたくさんの卒業生が学校に遊びに来ました。ゴールデンウィークが始まり、皆地元に帰ってきてるんですね。
 いろいろな大学でいろいろな生活をエンジョイしている先輩に触れることは、現役の高校生にとって最高の刺激になります。卒業生たちも、自分が現役の時憧れた先輩のようになれたことを楽しんでいます。それぞれの土地のお土産を持ってくるのが一つのならわしになっているというか、お土産を現役たちに配って、「ありがとうございます!」って言われること自体が楽しみや憧れになっているんですよね。おかげで、先生たちはたくさんのおいしい食べ物にありつけるわけです(笑)。なかなかいい伝統ができたぞ。
 今年の春卒業させた(元)ギャルたちも数人帰ってきて、久々の再会。みんなそれなりにステキな女子大生になってて、ちょっと嬉しいような恥ずかしいような。でも、しゃべると昔のまんまで懐かしい。それにしても、東女と京女と慶應かよ!ステキすぎる。ぜひ合コンを企画してもらいたいっす(笑)。
 そうそう、最近の卒業生は今から4年以上前に卒業した生徒ですと、私のこのステキなスキンヘッド姿を見たことないのもいるわけでして、その反応が案外面白い。ちょっと嬉しいような恥ずかしいような…じゃなくて、えっ?どうしたの?マジで出家したの?と、どちらかというと心配そうな顔をするんですね。大笑いっていうことはあんまりない。もっと盛り上がるかと思えば、案外そうでもないんで、ちょっと残念だったりして。せっかく体を張ったネタを提供してるのに(笑)。
 ま、確かにこれも「髪型」の一種に過ぎないわけですからね。人が髪型を変えた時って、「えっ?どうしたの?」ってまず聞くじゃないですか。それで次には「似合うじゃん」とか「なんかさっぱりしたね」って言いますよね。つまり、まずは「心配」するわけです。髪型が大きく変るというのは、だいたい短くなった時、すなわち髪を切った時ですよね。突然伸びるものではありませんから。そうすると、やっぱり、心の中の何かを「切り捨てた」と思われるわけですよ。「髪は女の命」ですから。ま、私は男ですけど。
 で、これは私の体験なので一般性があるかどうか分かりませんが、だいたい誰かの髪が突如短くなるとですね、心配すると同時に、ちょっとドキッとするものです。あるいは心配してるふりをして、実はちょっとときめいていたりするものです(笑)。そういう意味では、特に女性の場合、断髪というのは大きな武器だと思います。ま、単にこれは私の趣味の問題かもしれませんが。ロングのお好きな御仁にはこの理論は通用しないか。
 では、私のスキンヘッドはどうかというと、これは究極兵器ということになりますね。案外久々に会った女性たちをドキッとさせてたりして(笑)。いや、実は自分でもちょっとドキッとしたんですよ。なぜなら、生まれて初めて露出した…いやいや生まれた時は露出していたか…私の頭頂部は見事な富士山型をしていたんですよ。きれいに尖っていた。それがけっこうカッコよかったんです。
 なんか私、生まれてくる時、参道…じゃくて産道をうまくくぐり抜けられなくて、お医者さんがなんらかの器具で私の頭頂部をはさんで引っ張り出したんだそうで、たぶんその時、この見事な富士山が形成されたのでしょう。いやあ、人生何が幸いするかわかりませんね。
 おっと、今日は私の頭の形の話じゃなかった。帽子の話だ。
 昨年の春に、春用帽子2点という記事を書きました。今度は夏用の帽子を二つ買ったので、それを紹介します。
 まずは今までもいろいろなタイプを愛用してきたハンチング。今回のは実に涼しそうです。冒頭の写真がそれです。写真だとわかりにくいと思いますが、実はこれ特殊な紙で出来てるんですよ。紙で織り上げてある。ちょっと珍しいでしょ。これは実に風通しもよく、また風合いや肌触りもよい優れものです。さっそく気に入って職場にもかぶって行ってます。
1 続きましてはこちら。これはちょっと憧れてたんです。最近の若者って、夏でもニット帽かぶってるじゃないですか。あれって暑くないのかなあ?でも、ちょっとカッコいいな、って思ってたんですよ。で、調べたらいいのがあったので買ってみました。
 一見暑そうでしょ。でも、実はヒンヤリ涼しいんですよ。なんでも、クールマックスという新素材を使っているそうでして、うたい文句によれば、「綿素材の5倍の速さで汗を吸収、蒸散し、体の快適な湿度を保持し、体温を下げるという新素材」とのこと。たしかにヒンヤリして気持ちいいですね。夏にこうして耳を隠せるのはいいですよ。私の耳、かなり外に張り出しているので、普通の帽子だとけっこう日焼けしちゃうんですよ。
 と、ちょっとオシャレな帽子を二つ買ってみましたが、服装の方は相変わらず洒落っ気のない野暮なまんまですので、これからはちょっとそっちの方にも気を遣ってみようかな。この歳になって、オシャレに目覚めたりして(笑)。

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 こちちのピン・ヘッドというお店、対応もとっても速く、また、送られてきた商品に手書きのメッセージなんかが添えられてて、とっても好印象を持ちました。こういうちょっとしたことが、教師業にも大切なんだよなあ…。最近その辺かなり手抜きだったんで、反省しました。

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2008.12.16

三井アウトレットパーク 入間

0191 日はクラスのギャル4人を連れて、朝霞駐屯地へ。朝5時過ぎの出発です。防衛大学校の二次試験を受けに行きました。ちょっと前までは自衛隊の方が連れていってくれたんですけどね。最近はいろんな意味で粛正(?)が進んでいて、そういうサービスはなくなってしまいました。
 まあそれにしても、あいかわらずウチのギャルどもはパワフルです。一次試験に受かるだけでも大したものですが、二次を積極的に受けに行くというのもすごい。なんでもイベント化して楽しむ力には、ほんと頭が下がります。
 で、私は彼女たちが試験中、ある私立中学校の設立説明会に参加してきました。いわゆる密偵です(笑)。時間を無駄にせずしっかり仕事してきましたよ。いや、なかなか他校の様子を見る機会が少ないので、こういうチャンスは逃さないようにしなくちゃね。
 いろいろ私も勉強して、朝霞に帰ってきまして、駐屯地の入り口にある「陸上自衛隊広報センター」で、憧れの(?)自衛隊体育学校のレスリング班情報やら、あとこちらこちらでも紹介した、最近の自衛隊萌え系おみやげ情報などを収集し時間をつぶしておりましたら、彼女たち、さすがに疲れた表情で帰ってきました。知力だけでなくけっこう体力もある連中ですが、全くの未知の体験の連続にかなり消耗したようでした。お疲れさん。
 で、帰りに高速のパーキングでメシでもおごってやるか、と思いながら、入間インターに向かっていると、そこに突然ドーンと巨大な駐車場ビルディングが現れたではありませんか!えっ?何?ドワーッ!これがウワサの「入間のアウトレット(の駐車場)」か!
 さあ、そうなったら、もうギャルたちの疲れは吹っ飛びまして、半ば強引に私の運転する車は、夕闇に不気味に浮かぶその巨大なシルエットの中に吸い込まれていったのでありました。そして、そこで「トイレ休憩1時間」ということになりました。めでたし、めでたし。
 なにしろ、入間のアウトレットと言えば、入間インターでの渋滞、というか、入間インターで出る車で圏央道が渋滞するというくらい混むという印象がありましたから、まさか、こんなにすんなり吸い込まれちゃうとは思いもよりませんでした。はっきり言って、行くなら平日の夜ですな。正直ガラガラです。駐車場もたぶん5%くらいしか埋まってない。店内もものすごくぜいたくなほど空いています。ちょっとさみしいくらい。閑古鳥とまでは言いませんが、ねぐらに帰るリアルからすの鳴き声が聞こえるくらいの静けさでしたよ。
 さて、ギャルどもはものすごい勢いで走ってどっか(トイレだろうか…)に走っていってしまいまして、私はその静けさの中にポツンと取り残されまして、なんとも言えない寂寥感に一瞬襲われました。なにしろファッションとかブランドとかには全く疎い人間です。今までも、まあ近所である御殿場のアウトレットとか、小淵沢のアウトレットとか連れていかれたことありますけど、どうにもあの人ごみとアウェー感は堪え難いものがありましたっけ。
 で、今回はと言いますと、まずは人ごみがないということ、それから案外私でも楽しめるお店が多かったため、寂寥感は一瞬だけでして、それなりに楽しい1時間のトイレ休憩を楽しむことができましたよ。男性ものの服だけでなく、帽子のお店、ちょっとした雑貨のお店や、時計のお店、さらにはリスニング・ルームのあるBOSEのお店など、ある種のオタクにも満足できる内容になっていました。
 たしかに、値段も安いみたいですね。うまい買い物をすれば、ネットよりも安上がりかもしれません。うん、混んでない時にもう少しゆっくり見てみたいですね。
 それにしてもですね、こういうアメリカ的なショッピング・モール、ずいぶんと増えましたね。この三井アウトレットパーク入間のすぐ隣にも、例の会員制巨大倉庫(?)Costcoがありましたし、ちょっと行けば、国内最大級のイオン入間ショッピングセンターなんかもあります。なんだか田舎者としては、あの異様な風景には違和感を覚えますねえ。いや、ある意味都会でなはく田舎の象徴的風景か。田んぼや畑の中の巨大モールね。
 そういえば、入間はアウトレットの発祥の地でもありますよね。今日も密偵の仕事中通過しましたが、日本で初めてのアウトレットモールは、現ふじみ野市うれし野(すごい地名だ…)の「RISM(リズム)」です。あそこは旧入間郡ですから。入間は現代的田舎の先駆的存在なのでありました。
 入間郡はですね、古代はそれこそ朝霞駐屯地あたりをも含む広大な郡でありました。そして、現在の入間市はお隣高麗郡でありました。そう、続日本紀にある「元正天皇霊亀二年(716年)五月、駿河・甲斐・相模・上総・下総・常陸・下野・七か国の高麗人1799人を武蔵国に移して高麗郡を置く」というやつですね。つまり朝鮮半島系の渡来人の移住地だったわけです。
 そう考えると、入間がアメリカ的アウトレットモール発祥の地というのも分かるような気がしますね。もともと外来の文化の地だったわけですから。
 ま、そんなとんでもない妄想はさておきまして、とにかく不思議な一日でしたよ。自衛隊の駐屯地から巨大アウトレットモールへ。素晴らしい非日常であり、しかしまた現実的にはアメリカの呪縛とも言えるわけでして…(笑)。私はいろいろ考えちゃいましたが、ギャルたちはただただ楽しかったようです。平和な世の中で良かったな。

三井アウトレットパーク入間 公式

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2008.09.15

『日本ナンダコリャこれくしょん 今度は俳句だ!』&『TOKYO REAL FASHION 2008秋冬』(NHK BShi)

080915_2 京でのオーケストラの練習から帰ってきまして、この二つの番組をゆっくり鑑賞。面白かったなあ。
 春放送された『日本美ナンダコリャこれくしょん』が非常に面白かったので、今回も期待していましたが、はっきり言って期待以上でした。
 この「持ち寄り句会」っていいですねえ。他人の作品を持ち寄って、それぞれプレゼンテーションする。そして投票。点数をつけて優劣を競う。
 私なんかこういう句会があったらすぐに参加しますよ。このブログをご覧になればわかるとおり、私は自分で作品を作るのはもう数十年前にやめまして、今では他人様のいろんな作品を鑑賞して、解釈して、こじつけて、勝手に意味を与えて、ついでにいじって、こうしておススメばかりしています。毎日勝手にプレゼンしてるようなもんですからね(笑)。
 いやあ、それにしても、それぞれの句もたしかに「ナンダコリャ」でしたけれど、またプレゼンも面白かった。プレゼンターもかなり「ナンダコリャ」でしたねえ。
 20の句、全部良かったけどなあ、優勝は「露人ワシコフ叫びて柘榴打ち落す」と「戦争が廊下に立ってゐた」か…。個人的には…いや、やめとこ。長くなるので。
0809152_3 俳句って本当に面白いですね。庶民の芸術、すなわち民芸であり、シンプルかつ縛りの多い中で、いかに新鮮で、しかし共感を得る作品を作るか。枠の中でいかに暴れるか。あるいは枠をいかに壊して、しかし誉められるか。プロレスみたいなもんだな。虚構の中の日常というか。日常の中の虚構というか。
 昨日までの例の「機械語」も、とんでもない言葉の組み合わせで私を驚かせ興奮させましたけど、なんか違うよなあ…。やっぱり昨日も書いた「自己愛」「自意識」が、機械にはないんだよなあ。すなわち、俳人は皆哲学者なんですね。俳句自体もいいけど、それを作る自分であったり、それを理解する自分に酔っている部分がある。いいですね。本当の哲学者の難解さより、ずっと良心的ですから。
 ううむ、今日の俳句たちもまた、あのExicite翻訳サイトに放り込みたい欲求(煩悩)が…いや、やめとこ…いや、あとでナイショでやろう(笑)。
 それにしても、金子兜太宗匠、この方こそ「ナンダコリャ」ですね。89歳とは思えないお元気さと、面白さ。面白さを競っていた感のあるプレゼンターを寄せつけない面白さでありました。最高。
15pic_r さて、この番組が終わってしばらくしましたら、今度は『TOKYO REAL FASHION 2008秋冬』が始まりました。東京ガールズコレクションをたっぷり紹介する番組。これも録画予約している私って…。
 そう、おととし『東京カワイイ★ウォーズ』を観てから結構興味がありましてね。いや、これはですね、自分の世界からはかけ離れていますし、リアルクローズ自体にはそれほど興味はありませんよ。でも、「カワイイ」という言葉と心性は私の研究対象ですので、まあ勉強のために録画したというわけです。あと、生徒で観たいっていうのが必ずいるので、彼女たちに提供するためもある。どうせなら最先端を勉強しろ!と。
 さて、私、この番組を観ていてですね、さっきの番組の影響もあってか、頭の中でリアルクローズと俳句がなぜかぴったり重なって感じられたんです(ほら、またこじつけしてる…笑)。
 いや、まじで。なんというかなあ、決して高尚な、あるいは脱俗的なものではない。日常の中の身近な言葉や服などをいかに組み合わせるか。そういう感じが似てるんですよ。これって、日本の得意なやり方じゃないですか。ああ、日本文化してるなあって。
 その組み合わせには、やはりルールがちゃんとある。で、そのルールの中でいかに遊べるか。または、ルールを破るか。いずれにしても、「痛い」ことになったらおしまいなんです。そのギリギリ感が似ている。意外な組み合わせの中に見つける「萌え」や「カワイイ」。
 実は、こういう日常のリアレンジ、リコンストラクションが一番難しいんですよ。それを日本人は、老いも若きもみんなやっちゃう。特別な勉強や訓練や経験を積まずとも、その瞬間のひらめきでやっちゃう。プロとアマの、玄人と素人の境界がないんですよね。これってやっぱり世界的に見てもすごいことですよ。だって、俳句にせよ、リアルクローズにせよ、もう世界では圧倒的に芸術視されてますよ。
 そして、この番組では、それぞれのファッションについて、わかりやすい解説(実は全然わからないんですけど…)がついていて、それがまるで持ち寄り句会のようだった。投票とかはしませんが、観る人それぞれがそれぞれ採点してるわけでしょう。そっくりですよ。
 そして、俳句にしても、リアルクローズにしても、こういうプレゼンテーションを見てですね、私たち庶民は、それに憧れるんじゃなくて、「あっ、オレも(ワタシも)やってみよう!」って思うんですよね。それがまた日本文化の活性化につながるんです。
 うむ。日本の庶民力、アマチュア力、シロウト根性ってすごいですね。やっぱり日本には本来「芸術」なんて存在しないんだよな…という当たり前のことを確認した夜でありました。ワタシも究極のアマチュアとして、いろいろ頑張ろ。まずは目先のオケの練習と、やばい原稿の締切りが…。

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2008.03.31

春用帽子2点

Vox ちょっと長い記事が続いたので、今日は短めに。今頃旅の疲れが出ています。
 剃髪するようになってから、なにしろ冬は寒く夏は暑い。春や秋も紫外線でジリジリ焼かれてけっこうきついんですね。お坊さんは大変だなと思うと同時に、髪の毛の有難さ、必要性を感じます。
 で、仕方がないので帽子をかぶるようになったんですが、これがけっこう新しい楽しみになっています。いろんな帽子を買っては、今日はこれ、今日はこれ、みたいな感じで楽しんでいます。
 真冬はニット帽が大活躍でしたが、最近だいぶ暖かくなってきたので、違うタイプを手に入れました。今までは、春や秋にはハンチングをかぶることが多かったのですが、ハンチングって案外しめつけがきつく、頭に線がついてしまうこともしばしば。風で飛ばないのはいいんですが…。
 写真、左はネットで注文して買いました。中折れ帽ですね。お店で買おうと思ったら、中古でも5000円以上するんでビックリしていたんですが、ネットだと1000円台。もちろんモノもそれなりですが、ちょっとかぶるには充分です。軽いしオシャレ。最近若者がよくかぶってるタイプですね。どういう服とコーディネイトすればいいか研究しましょう。
 右は秋田の温泉の売店で見つけたもの。シンプルですが、案外見かけない形だったのでつい買ってしまいました。たぶん、おじいさんとか、おばさんとかが、ウォーキングの時にかぶるタイプなのでは。温泉で売ってるってことはそういうことでしょう。でも、シンプルなだけにどんな服にも合いそうです。やはり軽くてしめつけが少ないので気軽にかぶれます。ただ、剃髪直後は風ですぐに吹っ飛びそうです(笑)。
 カミさんも両方とも気に入ったようで、二人で共用ということにしました。
 ああ、そうそう、気をつけなくてはならないのは、私、酔っぱらうと帽子を忘れるんですよ。今までも何回もやらかしました。お店に置いてきちゃうんですね。上着や手袋なんかは、たとえば寒いと気づくんですが、酔うと頭の感覚が鈍るんでしょうかね。すっかり忘れちゃうんです。そんなこともあって、あんまり高い帽子はかぶらない方がいいですね。

ソフトデニムハンチング

形が綺麗な中折れハットです☆春を先取りして麻素材でいきましょう♪【ch-0253】ベルト付き 麻混 ハット

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2007.12.28

ウラジミール・ゴンチャロフ博士

Senrigan 本日、仕事納め。やばい!年賀状印刷しなきゃ。今年の、いや来年の年賀状は(も)すごいですよ。毎年いかにくだらないパロディーをやって元旦早々人を笑わせるかということだけを考えている我が家の年賀状。今回のはあまりに馬鹿げてるので、元旦にこのブログで公開しようと思ってます。ついに私の素顔がさらされる!?
 さて、くだらなさ、脱力系、嘘八百、トンデモ、といった世界において、私が常に注目し、あるいはそこから学んでいるのは、雑誌によくある「開運グッズ」広告であります。昨日は広告業界の芸術性について書きましたけど、これもまたある意味芸術的世界であります。
 みなさんもご覧になったことありますよね、開運グッズの広告。財布とかブレスレットとかペンダントとか石とか。とにかくそれを買って身につければ、金持ちになる、人間関係が改善する、彼氏彼女ができる、ギャンブルで勝ちまくる…夢のような話が、写真入り体験談とともに紹介されてるヤツです。札束で左うちわの家族とか、あるじゃないですか。
 まあ、あれを信じて買うかどうか、それはまあ自由でして、いや実は私も一回くらいわざとだまされて買ってみたいと思ってますよ。あまりに馬鹿げていて面白いじゃないですか。この前粉砕した(?)「神世界」の「力ライセンス」とか「神書」とかもウチにありますけど(買ったんじゃありませんよ)、ああいうのとはちょっと違う気がする。悪意のようなものも感じますけど、なんとなく「バッカですよ〜」と宣言してるようなところがあって、なんかそこんとこは微妙に許せたりするんですよね。
 でも、たとえばこんな風に許されない時もある。公正取引委員会は「アート」を解さないのか!?ってか、だまされて買っちゃって、それでクレームをつける人がいるっていうことですよね。ご愁傷様なことです。
 で、なぜかそのフジアートとかなりご近所にあるイセイコーポレーションが先月出した広告が最高だったので、今日はその中のさらに最高級の部分を紹介させていただきます。
 そのグッズは何かと申しますと、「超(スーパー)千里眼」というルーペでして(ルーペというのはなかなか斬新!)、それをのぞくと、ロト、宝くじ、パチンコ、パチスロ、株、競馬…なんでも当たるらしい。なんでも旧ソ連諜報機関が極秘開発したそうで、今回その開発に携わった最高技術責任者と接触に成功し、この超千里眼を発売することになったと書かれています(笑)。
 例によって、サクラの方々が札束とおぼしき塊(モザイクがかかるようになりましたね、最近)を持って、満面の笑みを浮かべております。彼女ができた佐藤智一さんもいるぞ(笑)。もうそれぞれのコメントの文学的センスが最高なんで紹介したいところですが、今回はそれよりなにより!その最高責任者の方ですよ。
Vladimir ウラジミール・ゴンチャロフ博士(Владимир Гончаров/Vladimir Goncharov)!!最強です。写真を観てくださいよ〜。この方が諜報部超能力研究チームの最高責任者じゃあ、旧ソ連も崩壊するわ(笑)。
 これってギャグですよねえ。この髪形ありえませんよ。そして、なんと言っても、その顕微鏡を覗く覗き方ですよ。いくら超能力、超千里眼でも、覗く方の目をつぶってちゃねえ(笑)。すごすぎます。ご本人からしてすでに崩壊してます。いいなあ、この味。
 「神世界」の皆さんにもぜひ見習ってもらいたい。いや、「神書」なんて読むと、けっこうゴンチャロフ級のギャグが書いてありますけど、なんていうかなあ、博士のような品格が感じられないというか(笑)、知性が感じられないというか(笑)、とにかくダメです。このあたりの微妙な差異ってなんなんでしょうね。理論では説明できないような気がします。
 というわけで、私の2007年の「この人」はウラジミール・ゴンチャロフ博士に決定です。いくら開運グッズ広告でも、これからこれを超えるのは難しいでしょう。おめでとう!博士!

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2007.12.10

久留米袢纏 (桑野新研産業)

Hanten カミさんがちょっと早いクリスマスプレゼントだと言って買ってきてくれました。渋いプレゼントだ。
 …と思ったら、これが非常に良い。素晴らしい。ありがとう妻よ。
 今年はとにかく原油高で灯油が高い。しかし、大歓迎!原油高なんて記事書いちゃった手前、ブーブー言っていられない。我が家では相変わらず床暖房禁止令が敷かれていて、1階と2階まとめて6畳用の小型ファンヒーターで暖めています。でも、実際にはなんだかんだいって、昼間は太陽の光で充分に暖かく暖房はいりませんし、夜はその余熱の上にファンヒーターを使えば18度くらいまで室温が上がります。床が冷たいのは仕方ありませんが、そんなのスリッパを履けば問題ない。なんか、今までのムダにぬくぬくしていた生活がアホらしく感じられます。これで月間1万5千円は燃料費が浮きますね。ひと冬で6万円。10年で60万円か。
 で、体がちょっと寒いなと思ったら、これですよ。この袢纏(はんてん・半天・半纏)の暖かさはまさに天国的です。今まではなんとなく仕事に着ていくジャンパーをそのまま着ているみたいな感じでしたが、暖かさの質が根本的に違う。ホコホコ、ホッコリ。
 これはひとえに「綿」のおかげでしょう。表面の生地はもちろん綿(めん)100%ですし、中綿(わた)は綿(めん)70%のポリエステル30%です。安価な外国製はほとんど中も外もポリエステル100%ですからね。それは違いますよ。
 つくづく自然のものはいいなあと思った次第です。それなりのお値段はしますが、ひと冬、いやこれからの冬も含めて浮く燃料代のことを思えば安いものです。10年で100着買えます(笑)。
 ずいぶん前に買った綿入り作務衣は安物だったので、本当のことを言うと富士山の真冬には対応できませんでした。やっぱりポリエステルだったからでしょうね。初冬までは調子よく使ってたんですが、ある気温以下になると全然暖かくなくて逆に冷たい。結局修行になってしまったわけです。
 まあ、寒いとは言っても今年はまだまだ甘い。早朝も外はマイナス5度くらいにしかなりません。家の中は、朝起きてリビングに降りると寝る前の余熱が残っていて8度くらいはあります。ウチには猫が3匹いますが、今までは床暖房の上でグータラしてましたが、今は自分たちでちゃんと暖かいところを見つけてそこで固まってじっとしています。なんだ、人も猫も努力すればなんとかなるんじゃん。
 こういう当たり前のことを再発見したりするのも、ある意味原油高という「不便」のおかげですね。やはり私たちは「便利」のおかげでずいぶんと愚かになってしまっているんだなあ。そんなことを、このクリスマスプレゼントは教えてくれました。ああ、そうしたいろいろな発見こそが最大のプレゼントだったのかもしれませんね。さすがカミさん…なんて、本人はそんなこと考えてないでしょうけど。まあ、自分がふとんの中でぬくぬく寝坊している数時間の間、私は早起きしていろいろやってるんで(ちゃんと部屋も暖めて待ってるし)、さすがに悪いと思ったのかな(笑)。
 というわけで、皆さんこの袢纏買いましょう。絶対にポリエステル綿の安物は買ってはいけません。いろいろな意味で原油の無駄遣いになります。ちなみにこの桑野新研の製品、久留米絣パッチワーク入りとなっていますが、それが地味にオシャレで気に入っています。左右非対称のラインがなにげにハイセンスだと思います。あっ、写真の袖についている四角いものは商品タグですので、実際にはあれはありません(とりはずします、もちろん)。

★送料無料★★久留米絣パッチワーク入り★干せば膨らむ!■中わた綿入り本場久留米袢纏

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