カテゴリー「ファッション・アクセサリ」の27件の記事

2011.12.26

DIABLO ビジネス&カジュアルバッグ KA-2152B

41dmvfbiafl っと使っていたなんとも色気のないパソコンバッグがいよいよダメになったので、先月これを買いました。なかなか結構な使い心地ですのでおススメします。
 前のバッグはもう10年くらい使っていましたが、家に置いておくと猫の爪研ぎとなったり、また、ちょっと前には、中でコーヒーをぶちまけたりして、さすがにみっともない外見と臭い(笑)になってしまいました。
 今まではあんまりバッグなどにお金をかけない方だったんですけど、今回はちょっと奮発してみました。とは言っても6000円弱ですからね。
 ここのところ人に頼まれてcoachだのdunhillだののビジネスバッグを注文しまして、へえ〜、バッグってこんなに高いのか…などといい歳して感心したりしてました。
 さすがに私はそこまでのモノ
をとは思いませんでしたけれども、まあ多少は見映えのする国産品を探していましたところ、これを見つけてポチっとしてみたわけです。
51sulckpstl まあ単純にデザインが気に入ったのですね。最近、私は「赤」に惹かれるんです。闘魂ですね。で、このバッグ、内側は派手に赤ですし、縫製の糸も地味に赤だったりするものですから、これは微妙に闘魂を主張できるかなあと思ったんです。
 実際手にしてみますと、大きさも手ごろですし、チラッと見える「赤」がステキですし、たしかにビジネスにもカジュアルにも使える、なかなかのものだと思います。
 今までバッグと言うと、ファスナーで口が閉じるものしか使ったことがなかったんですが、こういう開口型もいいものですね。出し入れが楽なのはもちろん、中身が見えるので、今までよりちゃんと整理するようになります。前のバッグなんか、10年前のゴミがそのまま入ってたりしましたからね(笑)。
 最近は、この前買ったなんちゃってネオ一眼(あれも赤)を放り込んだりしてますので、この大きさはちょうどいい感じです。面白いところにポケットが付いていたりして、収納もなんとなく楽しくなります。
 ただ、あの内側の微妙なファスナー(いや、チャックと言うにふさわしい感じ)は、イマイチ意味が分かりません。単に私が使い方を知らないだけかな?
 もちろん合皮ですけど、そこそこの質感もありますし、いい感じですよ。
 ちなみに青やグレーもあります。

Amazon DIABLO ビジネス&カジュアルバッグ KA-2152B


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2011.11.26

NuKME (着る毛布)

Refdp_image_z_0 くなってきましたねえ。ここ富士山の朝はマイナス5度くらいまで下がるようになってきました。
 昨年から我が家では床暖房禁止条例が施行されまして、小型ファンヒーター2台のみ稼働可ということになっております。
 そのおかげと言ってはなんですが、震災の停電時にも寒さに慣れていたため、それほど苦痛に思わずに済みました。
 この家を建てた十数年前と比べると、灯油の値段はほぼ倍になっています。あの頃は床暖ガンガンたいても、それほど大きな金額にはなりませんでした。一回飲みに行くのを我慢すれば払えるくらいだった。
 しかし、今は二回我慢しなければなりません!だったら寒い中でチビチビ酒飲んで内燃した方がいい。
 というわけで、お酒の量は増えている今日この頃です(もしかして灯油の方が安いかも?)。
 これから本格的な冬を迎えるわけですが、私が一番寒さを感じるのは寝ている時なんですよね。
 なぜなら寝室は冷凍庫のように寒いからです。床暖連動のヒーターしかないのです。暖房がないし、陽当たりがよくないので、とにかくよく冷えています。キンキンです。
 ですから、布団をたくさん掛けてもけっこう寒い。寒くて目が覚める。特に肩口がヒンヤリし出すと眠れない。
 そして、なんと言っても「頭」ですね。頭が凍ります。なぜなら私スキンヘッドなので。
 そんな頭は100円ショップで買ってきたフリースのキャップをかぶってカバーします。これはなかなか暖かくて気持ち良い。耳まで覆います。
 で、肩口ですが、今年はこれを買って着てみました。いわゆる「着る毛布」です。なんだか、最近テレビショッピングで盛んに宣伝されてますよね。ま、私もついついそれにつられて買ってしまったのです。
 私のことですから定価で買うわけはなく、近所の婦人服安売り店で、最新ではなく一つ前のヴァージョンつまり型落ちで、かつ「難あり」商品を950円で買ってきました。ちなみに家族全員分購入。
 ふむふむ、たしかにこれは暖かい…いや、「ぬくい」!
 正直震災があったからですね。こんな毛布を着たままリビングで生活し、そしてそのまま布団に潜り込むことができるなんて。通常時でしたら、なんだかいけないことをしているような感覚でしょう。
 節電、節約という観点を重視すると、こういう「不埒」なことをしても許されるのですね。それも家族全員で。不埒というか無精というか。
 朝なんか特にそう思いますよ。寒いとなかなか布団から出られないじゃないですか。それでダラダラしていること自体が不埒で無精だったはずです。
 しかし!この着る毛布といやつはスゴイですねえ。だって布団に入ったまま起きることができるわけですから。実際今も朝でして、私は毛布にくるまったまま帽子もかぶってMacのキーボードをたたいています。
 で、ファンヒーターをつけてある程度部屋が暖まったところで、さっそうと毛布を脱ぐわけです。これがなかなかいい。寒い部屋で起きて着替えるって、けっこう人生の難事の一つじゃないですか(笑)。
 休日なんかいけませんね。一日中毛布を着たままだったりする。それでピンポンとお客様が来たりすると、さあ誰が出るかでもめる(笑)。
 ま、しかしですね、たしかに災害時なんかにも非常に役立ちそうですし、冬場の車中泊なんかにも活躍しそうです。これはなかなかいい。
 冗談抜きで、国民みんながこれを着てすごせば、暖房費はかなり削減できるような気がします。皆さんもぜひ。そのうち街にこれ来て歩く人が溢れたりして(笑)。

Amazon NuKME(ヌックミィ) 袖つきマイクロファイバー毛布 モカブラウン


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2011.03.06

ファッション・言葉・デザイン・心

20110307_80343 勤の予定が急遽家で仕事に。なんとなくテレビをつけながらボチボチたまった仕事をしておりました。
 Twitterなるものをやり始めました。というか、実は今までもほぼ毎日つぶやいてはいたのです。しかし、それは学校のアカウントでのことで、つまり保護者に向けて学校生活の様子を毎日つぶやいていたわけで、個人的な言葉ではなかったのです。
 自分のアカウントも昨年のこの時期に取っていたわけですが、私には(いちおう)しっかりと編集された「言葉」、すなわちこうしたブログや、短歌という表現方法があったので、あまり興味がなかったのです。
 しかし、いろいろなところからのリクエストもあり、では、ちょっとやってみようと、今日あたりから少しずつつぶやいてみているわけです。
 FujizoushiBotという名から分かる通り、どうも機械が自動的に発言しているようです(笑)。ですから、仕事時間中のつぶやきは私自身ではありません。学校用のつぶやきに専念しているので。
 さて、今日のつぶやきの中にもありましたとおり、今我が家の周辺は野鳥で溢れております。今日もいろいろな種類の鳥たちが来ていました。
 富士山麓には約150種類の野鳥がいるのだとか。実際、あまりにいろいろな種類の鳥が来るので、どれがどれか全く分かりません。名前が覚えられません。てか、基本あんまり興味がないのかな、日常的すぎて。カミさんの方は図鑑片手に「あれは○○だ!○○が来た!」などと、猫たちと一緒に興奮しております。
Dscn0753t_s 今日はエナガが来ていました。なかなかシックなデザインの鳥ですね。時々赤や青を配したちょい派手な鳥もいますけれど、基本、日本の鳥たちはシックですよね。熱帯の鳥たちとはずいぶん違う。
 もちろん、それは環境たる植物の色彩に影響を受けた結果ですが、またその結果、ある意味性格も地味でおとなしめになるという事実もありますね。オウム類とか、けっこううるさいし獰猛ですよ。
 そんなことを考えていたら、BSで「東京ガールズコレクション」が始まりました。昨日代々木体育館で行われたんですね。今や、世界のファッションショーの最先端を行くようになったTGC。モードからファッションを解放して、民衆のトレンドを文化にまで押し上げたこのイベント。今年でもう12回なんですね。
 そうそう、3年前に私こんなことを書いていますね。リアルクローズと俳句と民芸か。「痛い」間際のギリギリ感が「カワイイ=萌え」か。なるほど面白い考察だ(笑)。
 で、今日も興味深くその現象を観ていたわけです。しっかしすごい盛り上がりだな。一度行ってみたいな。男子禁制とかじゃないですよね?おっ、男もいるいる。
Void0 たしかにモデルさんたちステキですね。これは私からするともう「カッコイイ」であって、「カワイイ」ではないような気がします。モデル体型でモデル顔だったら、全然「痛い」の間際ではない。たとえば、この土屋アンナなんか、これ、一般人にはできませんよね。「痛い」どころか、ギャグにすらならない。逮捕されます(笑)。
 しかし、このある意味過激なクローズさえも、ずいぶんと彩度が低いですよね。今回はもちろん春夏ファッションなんですが、まるで秋冬かと思わせるほどに、全体の彩度が低い。日本的な自然とでも言いましょうか、日本野鳥の会的とでも言いましょうか。
 これって、やっぱり世の中の風潮、空気を受けてのものでしょうかね。まさに「空気を読んだ」ファッション。このご時世、いくらギャルたちと言えども、熱帯雨林のオウムのような格好はできないということでしょうか。面白いですね。
 そして、最終的に思ったのは、これはやっぱり「デザイン」だなということ。「デザイン」については、たとえばこちらに書きましたね。そこにも「ちょっとはずすと野暮になってしまう危険もある微妙なスウィング」という表現があります。なるほど(笑)。
 建築や言葉も一緒なんですよ、実は。ギリギリの中にいる自分の方が問題なのです。そのデザインの中にいる自分の心が問題なのです。
 野鳥も実はそうしてキャラを作っているのかもしれません。ギリギリ自分を保てる、ギリギリ社会との関係を保てる、そういうところに、我々は生命力を感じるんですよね。自分は生き生きとし、他人を見ては「カワイイ!」と思うんです。
 というわけで、私も最近は自分をしっかりデザインしようと考えているんですよ。「痛い」ことにならないようにね。

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2010.07.04

ロー ドゥ イッセイ(L'eau d'Issey)

Isseywomen ったくオシャレと縁遠いこのワタクシが香水をおススメするとは…これはアセンションの予兆か!?
 なにしろ、私の「香り」とは、こちらに書いたとおり、いわゆる「加齢臭」であって、それをおフランスの「香水」なんていう高級なもので隠蔽するのではなく、日本古来の「納豆菌」によって根本から撃退しているのが現実であります。
 で、なんで今日はおフランス&おジャポンの香水なのかというと、ご近所の元国際線スッチーの方に頼まれて私がネット通販でお安いのを見つけて代わりに注文してさしあげたからです。
 実際に空ボトルを持ってきていただいて、その香りをかがせていただきました。うん、たしかにこれは私の加齢臭に似た香りだ…というのはウソで(当たり前)、なんとなくこれを嗅ぐだけで、次元上昇したような気がしますね。
 かと言って、私が日常的にこういった香水をつけるのはどうでしょうか。やはり人には似合う似合わないというものがあります。お笑いになってしまう。
 だいいち、ウチの職員室には立派な仏壇があって、それこそかなり高級なお線香が常時たかれています。ま、これこそ究極のパフュームです。いや、まじで素晴らしい香りがいたしますよ。坊主頭にはやはりこれが一番似合うでしょう。
 しかし、たしかにこのイッセイ、ある意味日本的な上品さを備えた香りがいたしましたね。たまには気分転換にいいかもしれません。物が届いたら、ちょっと分けてもらうか…なんて、せこいこと考えてるような人間にはやっぱり似合いませんね。
 そうそう、日本は日本で、いわゆる「香道」が極度に発展したように、独特の「香り」の文化がありますよね。しかし、それらは基本「お香」の形を取りますから、なかなか「身につける」ことが難しいし面倒です。それを、こういうふうにスプレーボトル式にできれば、それはそれで世界にも売り込めるアイテムになるような気がするのですが、いかがでしょうか。てか、もうそういうものもあるんでしょうか。
 では、最後に、よく分かりませんが、なんだかすごいので、このロー・ドゥ・イッセイの宣伝文句をコピペしておきます。香水の世界も深そうだなあ。

『この香水の登場が、その後の香水界を大きく飛翔させるきっかけとなった。オゾンノートというジャンルを確立し香水の可能性を広げた、天才調香師ジャックキャバリエの最高傑作にして、香水の一つの到達点。革新を湛えた イッセイの水。香りもボトルも洗練を極め、文句のつけようのないフレグランスです。

メロンやスイカの香りにも似ているオゾンノート。トップからミドルはスイレン、シクラメン、フリージア、ローズウォーター、カーネーション、白ユリなどが、春先の森林にたたずむような安らぎと清廉を与えてくれます。ラストはオスマンティス、ムスク、チュベローズ、アンバーなどが、官能の中に、優しさ、穏やかさを加えたロマンティックな甘さで、あなたをフワリと幻想の世界へ誘います。

円錐のボトルも香りと調和していて素晴らしい。マライア・キャリーも愛用。必ずストックしておきたいマストアイテムです』

ロー ドゥ イッセイ EDT・SP 50ml 【イッセイミヤケ 香水・フレグランス フルボトル】

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2010.03.24

オルガヘキサ製パワードスーツ(?)

001 こ富士北麓地域は、以前は織物の街として大いに栄えました。江戸時代から昭和初期にかけて、国内で高級生地寝具と言えば「郡内=甲斐絹(かいき)」が定番でした。江戸の文学にも、しょっちゅう「郡内縞」などの文字を見つけることができます。ひとつのブランドだったわけですね。
 そう言えば、太宰治も「郡内織」のアンサンブルを愛用していましたっけ。まあ、奥さんが山梨の人、それも郡内地方でお仕事をされていた方でしたからね。
 そんなブランド商品も、戦後は海外の安い製品に押されて、すっかり元気がなくなり今に至っています。
 それでも若い人たちの中には、最新の技術を駆使して、再び「甲斐絹」をブランドにしようという動きがありますね。こういう経済状況の中、前途多難ではありますが、工夫と努力次第で世界に売り出していける潜在力はいまだあると思います。大いに期待しています。そうそう、そういう意味でも「富士ファブリック」さんに頑張ってもらいたいですね。
 さらにもう一つ、このあたりで盛んだったのが「炭焼き」です。昔の日本では、山村には欠かせない仕事の一つだったわけですが、私が住む村でも富士山の中腹に「炭焼き村」があったようで、全国でも珍しい特殊な技術が伝来していたとか。今は途絶えちゃったのかなあ…。
 「炭」の効用や可能性について、最近再び注目が集まっていますね。実際いろいろな製品に使われるようになりました。
 そんな、この地方の得意としていた二つの分野「繊維」と「炭」を究極の形で組み合わせた製品が、今日紹介する「オルガヘキサ」です(…とは言っても、この地方の人が開発に関わっているわけではない…と思います)。
 以前から、繊維に「炭」を練り込んだ製品はありましたが、この「オルガヘキサ」はちょっと、いや、だいぶ違います。なんとこの「オルガヘキサ」は、セルロースを100%炭素繊維化したもの。つまり、繊維自体が炭だということです。
 その特長や期待される効能などについては、開発したセラスメディコのサイトに詳しく出ていますからご覧下さい。具体的な製品などはオルガヘキサの専用サイトにも出ています。
 別に私はこの会社となんの関係もありません。回し者ではありませんよ。もともとこの繊維のことを知ったのは、AOKIのスーツがきっかけでした。数ヶ月前にニュースリリースされた肩こりを緩和するスーツです。
 ちょうどスーツを新調しようと思ってたところでして、いろいろ研究してたんですよ。で、AOKIのオールシーズン着られるプレミアムサーモスタットスーツもいいなあ、とか思っていたんです。
 そうそう、これは信州大学の繊維学部との産学協同開発の製品なんですよね。教え子がお世話になっている学部です。繊維学部って一見渋いですけど、今や最先端のナノ技術の現場ですからね。よく生徒に勧めてますよ。理系では、繊維系、材料系、高分子化学系とか、そのへん面白そうですから。
 で、そんなのをちょこちょこ見ていたら、この「オルガヘキサ」を使ったセラピースーツが数量限定で販売されるというニュースリリースがありました。うむ、肩凝り派としてはなかなか魅力的じゃないですか。なになに?強力永久磁石まで装着されているだと?
 単純に肩凝りに効くとかだけじゃなくて、「オルガヘキサ」のサイトにあるように、もしかすると着るだけで免疫力、自然治癒力が増強されるかもしれない!これは究極の「変身スーツ」「パワードスーツ」「モビルスーツ」になるかもしれない(笑)。ま、そんな少年のようなことを考えたのであります。
 今日プレスリリースがありまして、発売日は27日だそうです。来年度変身を遂げるために、いよいよ購入へ向けて始動いたします。はたしてこんな他力でパワーアップできるのか!?ww
 無事購入できたら、その装着感をレポートしたいと思います。てか、どこで買えばいいんだろう…。

アオキオンラインショップ

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2010.02.28

『モデル失格〜幸せになるためのアティチュード』 押切もえ (小学館101新書 )

09825024 「師失格」…うぅむ、正直この「モデル失格」レベルの内容なら、私にも書けるかなあ。
 今日は日直という仕事で一日学校におりました。昨日の卒業式を終え、今日をはさんで明日からは中学の仕事に邁進します。というわけで、今日は正直まったり過ごしました。午前中に本を3冊読みました。そのうちの一冊がこれです。たまたま机の上にあったので。
 押切もえちゃん…いや、もうもえさんですかね…もえさんについては、えぇとですねえ、別にファンでもなんでもありませんし、だいいち、私の世界とはあまりにもかけ離れたところにいらっしゃる方じゃないですか。だから、この本を私が読んだということに関して、違和感を抱かれても仕方ありません。
 しかし、実は彼女に関するアイテム、情報の中でも、かなりマニアックな方に属すると思われるDVD「『愛ゆえの孤独 〜太宰治の世界〜』を買い、記事にしている私としては、やっぱりこのタイトルには期待しちゃいますよねえ。
 彼女はずいぶんとたくさんの太宰作品を読んでいらっしゃるようで、たぶんその数は私よりも多いことでしょう(私は案外読んでいないのです)。ですから、彼女が「人間失格」のタイトルを模してこの本を書いたとしたら、それはやはり太宰の「人間失格」の内容を模した内容になっているはずだと、まあ当然のように考えたのです。
 で、結論から言いますと、彼女自身、いや、おそらくそうではなくて、押切もえという商品の周辺の人たちにそれを許す勇気がなかったのでしょう。ある意味中途半端な作品になってしまいました。
 その中途半端とは、大きく二つの点においてです。それも「人間失格」に重ねて説明しましょう。
 まずは、その「さらけ出し度」が低すぎるという点です。私としては、かねてからウワサになっていた家庭環境のことや高校時代のこと、恋人の死や、最近の野球選手とのスキャンダル(?)などが、赤裸々に綴られていることを期待していたのです。なにしろ、「人間失格」を知りつくした人の「モデル失格」ですから。
B000njm35s09lzzzzzzz しかし、残念ながら、そこまでの「失格」要因は書かれていませんでした。まあ、ある意味「普通」の「欠点」ばかり。人見知りするとか、字が汚いとか。そんなのオレも一緒だよ(笑)。
 それでまあ肩透かしを喰らったような感じでしたよね。残念でした。彼女ももう30になり、モデルとしても全く違う領域に入っていかねばならないわけで、そのためにも、今までの「カリスマ」のイメージを払拭、いや捨て去るべく、人間「押切もえ」の「汚い」部分をあえて出してくれるのかなという、浅はかな期待を抱いたのが間違いだったのでしょうか。
 いや、私はですね、やはり「美」をあくことなく希求する「モデル」という仕事だからこそ、年齢を重ねてから生き残るためには、そのくらいの勇気が必要だと思ったのです。それが戦略的にも間違いでないと、ま、シロウトはそう思ったわけです。今までのファン層、場合によっては純粋な女性層までかなぐり捨てて、人間「押切もえ」の魅力、それも「負」の部分をも含めて共感を得るような魅力で行くのかなと。でも、それはプロの方々からすると、やっぱり間違いなのだということでしょうか。
 そして、もう一つの点。それは、私がいつも「人間失格」について言っていること、すなわち「人に助けてもらえる究極の魅力を持って生まれた(つまりはカッコイイあるいはカワイイ)」ことを基底とする「他律的な社会性自慢」という側面です。私は前述の「不幸自慢」と、その裏返したる「幸福自慢」に期待したのですよ。だって、「人間失格」ってそういう話ですから。
 そういう面でもちょっとパンチに欠けましたね。ま、この二点は裏表の関係ですから、当然と言えば当然ですけど。
 というわけで、基本、若い女の人たち、モデルに憧れている人たちとか、美しくありたいと思っている普通の女性たちの夢を壊さず、一方で希望を与える「ポジティヴ・シンキング」の一冊となっています。それはそれで芸能人本として十分に機能していると思いますが、やっぱりオヤジ的な興味からすると、ちょっと物足りなかったかな。
 ぜひ、あと8年くらいして、太宰の失格年齢になった頃に、「モデル失格」ではなくて「人間失格」を書いていただきたいですね。
 まずはご結婚されるとよろしい。この前、映画「人間失格」のトークショーかなんかで、「計算高い男には気をつけます」とおっしゃっていましたが、本当の「人間失格」を目指すなら、あえて「計算高い男」にだまされてみるか、あるいは自分が「計算高い女」になる必要がありますね。
 そう考えると、やっぱり山崎富栄はすごかったなあ…両方兼ね備えている感じがします。ぜひ、もえさんにも「恋の蛍」を読んでいただきたい。ある意味、同じく美を追求した女性だったわけで…。

Amazon モデル失格

楽天ブックス モデル失格

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2009.12.04

美男時計&ギャル時計

 9月に美人時計を紹介しました。その後さらに大きなブームになったようで、ついに(?)あのホリエモンも美人時計のカメラマンになったそうです。彼の視線ってエロですから、ちょっとやだな(笑)。そういう視線で撮った写真って、そう写りますからね。美人時計はそういうものじゃないでしょ。記事にも書きましたが、あくまであれは「純愛」…いや「刹那の恋」です(笑…冗談ですよ)。
 で、あの記事の最後に、『今後、「美少年」とか「美猫」とか、そういう「萌え」対象への展開が予想されますかね。世界版もいいでしょうし、もう少しエロスを強調したものとか、それこそ「アゲアゲ」なギャル系とか、いくらでも細分化できるでしょう。しかし、あくまで、それらにおける登場人物(猫)は、モデルとかではなくて、日常的なシロウトさんがいいでしょう。その方がよりリアルだからです』って書いたんですけど、やっぱり出ましたね。
 まずは先月、「美少年」ならぬ「美男時計」が、そして、おとといですか、「ギャル時計」がオープンしました。そして、近々フランス版、韓国版も出るとのこと。予言通りでしょ。私の企画書が通ったということでしょうか(笑)。
 なぜだか公式からブログパーツを入手できなくなったので(広告戦略的なものでしょうか)、自力で貼り付けます。まずは「美男時計」から。

 どうですか?なかなか自然なイケメン揃いですよね。これで女子も「アゲアゲ」になるでしょう。仕事や勉強の効率が上がるかどうか分かりませんが。
 続いて「ギャル時計」です。

 こっちは時計自身が「アゲアゲ」ですね。たしかに元気になるかもしれません。今、日本のギャルたちは世界の注目を浴びていますから、これは案外外国からのアクセスが多いかもしれません。これを見て、フランスの女の子たちなんかが、ファッションのマネをするんでしょうかね。プチプラ、デコクロ…パリには「しまむら」はないか(笑)。
 最近毎日会う「美人」に飽きてきていたので、iGoogleは「美男」に替えました。いや、別にそっちの趣味があるわけじゃないですよ(笑)。ただ飽きたからです。「美女は三日で飽きる」とはよく言ったものですね。「ブスは三日で慣れる」とも言いますので、そっちの時計も作ったらどうでしょうか。
 こうなると、私の企画書で実現されていないのは、「エロ系」と「美猫」ですね。これはもしかすると、別の会社がやるかもしれません。というか、私がやれば儲かるでしょうね(笑)。あきらかにこっちの方が集客力ありますよ。
 あとは、なんだろうなあ…私がモデルになるとすれば、「坊主時計」とかね(笑)。中にはスキンヘッド・フェチの人もいるでしょう。「1440人の坊主たち。あなたは1分間の悟りを開く」とか。12月8日の「成道会」に向けて、そんな特別企画はいかがでしょう。
 まあ、世の中には様々な趣味をお持ちの方がいますから、それぞれいろんな「○○時計」ができることでしょう。それを全部やってたら大変だ。犬とか鉄道とかポケモンとか寺とか神社とかプロレスラーとか力士とか…あっそうだ、それこそ「時計時計」ってのはどうでしょう。それぞれの時刻を、いろんな時計で表示するってのは(笑)。
 ま、それは冗談として、実は私はいい企画考えてるんですよ。それは、それぞれみんながいろんなカテゴリーごとに自分の写真をアップして共有し、好きな時計を作る、あるいはそのカテゴリーからランダムに表示させたりして楽しむってやつです。いいでしょ。商売になりそうですよね。

美人時計公式

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2009.11.28

『世界カワイイ革命』 櫻井孝昌 (PHP新書)

なぜ彼女たちは「日本人になりたい」と叫ぶのか
56977535_2 このところ、BUMP OF CHICKENやレミオロメンを通じて、日本のロックについて、いや非西洋的音楽について熱く語ってしまいました。これにはいろいろと理由がありまして、実は今日のこの本の内容とも重なってくるんですよね。
 どうも戦後教育にどっぷり浸かっていたせいか、自分もどこか西洋礼賛的な発想をしていたことに、案外最近になって気づき始めたのです。遅いよ!と言われてもしかたありませんね。
 でも、やっぱり日本人って自分たちの文化を卑下しすぎだと思いますよ。それってなんなんでしょうね。そういう性質の民族なんでしょうか。それとも、やはり教育のせいなんでしょうか。自虐史観とかよく言いますけれど、実はそれ以前に自虐文化観というのもあるような気がするんですよね。
 まあ、ワタクシ流に簡単に言ってしまえば、近代以降の日本では「モノ」より「コト」の方が優れていると思われてきたということです。
 感覚より論理、混沌より整然、多神教より一神教…。
 日本で素直に流行るモノは、全て「サブカルチャー」としてくくられ、どこか低俗で恥ずかしいものだとされてしまう。
 ここ10年くらいでしょうかね、そういう常識に、私も何かものすごい違和感を抱くようになったのは。ちょっと待てよと。じゃあなんで「本場」ヨーロッパでこんなにもてはやされてるんだ?と。
 この本で取り上げられている女の子のファッション、いわゆる「東京リアル・クローズ」もそうです。それ以前に、マンガやアニメ。もっともっと以前に「浮世絵」。 
 「浮世絵」などの江戸文化については、どこかにも書きましたね。とにかく、江戸の庶民の文化、今風に言えばそれこそサブカルチャーになるんですけど、それが、たとえばヨーロッパに渡って、あの印象派を、そしてその後の様々なアートシーンを用意したというのは、これはまあ常識です。
 考えてみれば、ダ・ヴィンチ以来の「写実」を根底から覆したわけですから、それはもう本当に世界にとっての革命的契機なわけです。そういう事実も、いちおう逆輸入により今では日本でも学問的に評価されていますが、実はもっともっと我々が誇りに思っていいことなのではないかと思いますよ。
 ご存知のように、リアル・クローズはとにかく自由です。パリコレ的なモードや作られた流行としてのファッションはそこにありません。着たい服を着たいように着こなすのがその唯一のルールと言っていいかもしれない。
 もちろん、値段やブランドなんていうコトにはこだわりません。いかにチープな素材をデフォルメしアレンジするか。そう、まさに「リ・クリエイション」がそこにあるわけです。価値の創造の喜び。
 その結果は、西洋的基準からすれば、単なるカオスです。まるで、新宿や秋葉原の混沌とした電飾広告群のようです。そこには、「景観」はありません。しかし、その多様な全体が醸すエネルギーたるや、誰もが圧倒される。
 それこそが、私の言う「コト」化されていない「モノ」の生命力なのです。「コト」は、言葉です。つまり言語。全ての人間の枠組みは「言語化」によって構成されます。法律なんかは一番わかりやすい例ですね。
 それによって、いわゆる「近代社会」が成り立っているというのは、よくわかります。しかし、その枠組みゆえの限界点というのも見えているのが実情ではないでしょうか。
 それをぶち壊していく、つまり、言語(結局は固定化した思考ということですが)を超えた、想像力、そして創造力のエネルギーに期待したいのです。私たちは、いや「私は」なのかな、そろそろ、言葉という人間の開発した道具に飽きてきているのかもしれません。
 いずれにせよ、著者の言うように、もっと我々はそうした混沌とした、多様な、そして自由な「日本文化」、あるいは「日本精神」というものを、積極的に海外にアピールし、あるいは売り込んでもいいと思います。
 最近、ある国際教養系のAO入試を受けた生徒と一緒に、「禅」と「日本文化」と「言語」について勉強しました。なかなか面白い結論が出たのですが、それを武器に闘っての結果はどうだったか。もし、合格したら、ちょっとその辺についても書こうと思っています。
 教外別伝、不立文字…「言語化」しにくいモノ、あるいは「論理」を超えたモノを、結局「言語」というコトでアピールし、売り込まなければならない矛盾…それが、昔は苦痛でしたし、ある種の諦めを生む原因になっていたのですが、どうも最近はそこが面白くなってきたようです。私もちょっとはステージが上がっているんでしょうか。

Amazon 世界カワイイ革命

楽天ブックス 世界カワイイ革命

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2009.09.29

「アゲる」or「アガる」?

↓アゲアゲ
P1 々の雨でテンション下ります。いろいろ忙しいし、自分は歳とともに体力・気力が減退しているにもかかわらず、相手は常に高校生だし、けっこう無理矢理テンション上げていかないと大変です。疲れます。
 したがって、家に帰ると非常に物静かになります。家では、小学生の娘たちはもちろん、天然アゲアゲ系のカミさんも疲れを知らずいつでもハイテンションなんですが、さすがに私は帰ったら、調律ピッチをガクンと下げます。ヴァイオリンの弦を緩めてケースにしまうようなものです。そうしないとプチンと切れちゃう。
 そうしてリラックスしているうちに、私の静寂の時を破る招かれざる客が…。マンション経営の勧誘電話です。俄然テンションが上がる私。
 先方には申し訳ないのですが、私にとっての最高のストレス解消になります。今日の餌食の青年も可哀そうでした。なんかとっても面白いらしく、カミさんもわざわざ私が電話しているところに来て、笑いをこらえながら会話を聞いていました。ああ、面白かった。
 で、電話が終わるとまた虚しい時間がやってきます。もう一件かかってこないかなあ…。
 なんて、何やってるんだろ…。リラックスしたかったんじゃないのか?
 そう、それが今日の記事のテーマです。
 皆さんはどう思いますか?テンションが高い時、あるいはテンションを上げている時の自分と、低い時、あるいは下げている時の自分と、どちらが好きですか?どちらが本来の自分だと思いますか?
 最近生徒たちを見ていまして、とにかくテンションが高くないと楽しくないという奴らが多いことに気づきます。まあ、それは青春時代の特徴でしょう。若さとはそういうお祭り気分のことですから。
 しかし、なんて言いますかねえ、そのハイテンションっていうのがとっても受動的なんですよ。自分で何かを見つけて何かに燃える(萌える)っていうより、たとえばある種の音楽を聴いて気分を上げるとか、超笑えるお笑い番組を観て盛り上がるとか、そういう感じなんですよね。
 だから、そういうものを提供しないと、すぐに「つまんない。もっと面白いことしようよ」ということになる。だから、フツーの授業なんて奴らにとっては本当に「サゲサゲ」なわけです。
 で、どうも最近の子どもや若者はそういう「サゲサゲ」な状態を我慢する力に欠けていると感じるんですね。常に面白いこと、楽しいことが提供されていないと、とにかく不幸で不機嫌になる。小学生の英語教室をやっているカミさんも、しょっちゅうそういうこと言ってます。子どもたちが、すぐ「つまんねえ〜」って言うと。
 やっぱり、そういう常に楽しい環境というのも与えすぎたんですかね。学校の授業も楽しいのが一番という風潮があります。いや、楽しいのはいいんですよ。でも、その楽しさの質というのは、ゲームやバラエティー番組の楽しさとは違うはずですよね。でも、今の子どもたちは、常にそういうものを大人に、社会に期待しているような気がします。
 一方、あんまりアガってないように見えるオタクな生徒たちですが、実は彼ら彼女らも仲間内では異常にテンションが高くなっています。隠れてそういう場を作っています。そして、その様子をギャルに目撃されて、「キモい」と言われます(笑)。
 ま、それはいいとして、つまり、みんな「テンション(気分)を上げるもの」を外に求めるわけです。ですから、当然それは商売になります。金で「テンション」を買うわけですね。中にはのりピーのように、薬物を買う大人まで現れます。
20090930_92628 で、10年ほど前から、クラブで使われるようになった「アゲアゲ」という言葉に象徴されるように、以前は「アゲる」という他動詞が商品になっていましたが、どうも最近、「アガる」という自動詞が増えていたような気がするんですね。「アガるコスメ」とか「アガるアクセサリー」とか、やっぱり女性向けの商品が多い。
 これってちょっと面白い現象だと思いました。他者のおかげで「気分」や「テンション」や「女子度」や「運気」や「バスト」や「目尻」が「上がる」わけですから、事実としては「受動」なんですけどね、いちおう自動詞の「アガる」を使うと、多少能動的な雰囲気がしてきます。つまり、「アゲる」ために何かを購入するという目的的行為ではなく、それを購入して身につけたり受容したりすると、自分自身の何かが変化して、内側から上がっていくような感じがします。
 たぶん、「アゲてもらう」ことに空しさを感じ始めたのだと思います。無理矢理「アゲる」とサガった時空しいですからね。のりピーもその空しさに堪えられなかったのでしょう。
 だからって、自動詞の「アガる」を使っても、実際には何も変わりません。いや、それ以上に危険であるとも言えます。自動詞というのは、実は能動的であるというより「自律的」であることを表します。自然に、無意識的に現象することを表すんですね。
 たとえば、「運気を上げる」と言うと、それなりに「私」の意志が感じられますが、「運気が上がる」というと、運気自身が自律的に上がるという感じで、実は「私」の意志とは無関係、すなわち「私」にとっては他律的であるという、妙なことになるんです。
 開運グッズを身に着けると勝手に「運気が上がる」というやつですよ。ちょっとあやしい宗教じみたことになってくる。
 すなわち、音楽にせよ、ファッションにせよ、アクセサリーにせよ、化粧品にせよ、どんどん自らの意志が希薄になっていく。「アゲる」よりも「アガる」方が、より無意識化が進むというパラドックスが起きているわけです。空しさから逃げるために施した策が、さらなる空しさを生む。
 ま、こんなことを考えて勝手に盛り上がっているワタクシというのも、かなり空しい存在ではありますが、しかし、世の中の、特に若い女性の心理をこうして眺めてみますと、それなりに面白いことが分かってきますし、自らの反省にもつながります。
 なんて話を、天然アゲアゲ系のカミさんにしましたら、「オバサンたちは常にテンション高いよ〜!なにしろ子どもに負けないようにしなくちゃいけないからね〜!」とのこと(笑)。
 そうか。理屈抜きにそういうことか。それが健全な状態だな。子どもは金で買えないもんな。じゃあ、のりピーはいったいどうしちゃったんだろう…。
 とにかく、「ステージでアガる」と言ったら、昔なら緊張することを言いましたが、今では「ステージで気分が高揚してイケイケ状態になる」っていう意味になるんですかね。それに、昔は「男を上げる」とか「男が上がる」とか言いましたけど、今や「アゲる」も「アガる」も女性の専売特許みたいになっちゃいました。時代とともに世の中も言葉も変わりますな。

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2009.05.22

『Ayuのデジデジ日記 2000-2009 A』 浜崎あゆみ (講談社)

06353709 代の思想家浜崎あゆみ。私が吉本隆明だったら、王仁三郎、みきの後にあゆを並べたことでしょう。これは冗談ではありません。

 思想家=社会・人生などについての深い思想をもつ人。特に、その内容を公表し、他に影響を与える人をいう。

 現代において、この定義に最もピタリとはまるのは間違いなく彼女です。はあ?と思った方は、彼女の言葉や仕事ぶりを知らないだけです。
 まさに、オニ、みきに通じる大衆性とカリスマ性を持ち合わせた人物ですね。ある種の宗教性を持っているとも言えます。現に今回私にこの貴重な本を見せてくれた生徒も、いわゆる典型的な「あゆ信者」です。単なるアイドル(偶像)というくくりでは、とても表現し切れない重い存在感があります。同性に人気というが象徴的ですね。
 だいたいの女性は広義の腐女子根性を持っていて、たとえば今日も話題になっていましたが、「阿修羅」に萌えたりするわけです。しかし、それはあくまでも「萌え=をかし」の感情であって、決して彼(?)の思想や行動に共感しているのではない。
 ところが、浜崎あゆみを信奉する女性たちは、間違いなく彼女の生き様や生き方を学び(真似び)、自らの人生の指針にしています。もちろん、女性のみならず、たとえば私なんかも彼女にはかなり影響を受けていると言えます。
 彼女の持つそうしたカリスマ性は、日本の伝統的な女系の神々に直結するものであると、私は常々思っています。非常に単純化してしまうなら、彼女は現代のオオヒルメ(天照大神)だということになるでしょう。
 そんなオオヒルメの、輝かしくも苦悩に満ちたこの10年間のお姿とお言葉が満載されたこの本。信者にとっては、まさに聖典というべき内容になっています。
171075_c450 ああ、そうそう、今日のニュースに「あゆ、事情聴取か?」みたいなのがありましたね。4月7日に渋谷109の前で行われた、この聖典の発売記念イベントに8000人の信者が集まり、交通に多大なる障害をもたらしたのだとか。道路交通法違反で神をしょっぴくということでしょうかね。これはまさに、オニやみきに与えられた弾圧の歴史を思い起こさせます(ちょっと大げさかな…笑)。
 まあ、それほどの影響があるということですよ。そしてこの本が待望されていたということですよ。
 私もじっくりこの本…とても写真集とは言えない…をじっくり拝見拝読いたしましたが、なるほどこれは美しく、そして深い。
 冒頭、オオヒルメが苦悩のあまり、天の岩戸に隠れなさった頃の日記もあります。そうですねえ、結局「Duty」の頃が一番きつかったのではないでしょうか。あれが2000年発表のアルバムでしたから、ある意味この日記たちは、天の岩戸開きの物語とも言えるかもしれませんね。
 デジデジ日記と称しながら、そこには古来のアナログ的言霊があふれています。基本手書きの文字がそのまま印刷されています。お筆先ですね(笑)。
 さりげない、今どきの女の子の言葉のように見えますが、実はその内容は、まさにお筆先の名にふさわしい。そう、大衆の、田舎の一婆さんの言葉で神の言葉を媒介した、「出口なお」や「中山みき」のお筆先に匹敵するものです。
 最後のロングインタビューから、彼女の言葉のアンソロジーに至る部分に至って、私たち信者の心は崇高な地点に救い上げられ、そして恍惚のあまり涙が溢れてくるのでした。いや、ふざけているのではなく、私はじ〜んとしてしまいましたよ。まじで。というか、いつのまにか私も信者という設定になってるし(笑)。
 そうですねえ、彼女は「瑞と厳」の魂、両方を持っているように感じるんですね。とても軟らかく優しい部分と、とても鋭利で厳しい部分と、それを自分に対しても他者に対しても持っているんです。そして、そういう思想と行動の中心にあるのが、「自信」です。ただ、その「自信」の源であり対象である「自分」は、常に他者によって存在させられている存在であると、彼女は意識しています。
 その「自己」と「他者」の相互依存的関係という「真理」を、「感謝」と「奉仕」の心をもって、そして「言葉」と「歌」と「ファッション」という手段によって、我々に伝えてくれるのが、浜崎あゆみという神です。
 この聖典を読んで、あらためて、彼女がまだ神になりえていない頃の「渚のシンドバッド」を観ますと、やはりカリスマにはある時、神が降りるんだな、ということがわかります。それを背負った彼女の苦悩は、それ以前の普通の女の子だった頃の苦悩と、全く趣を異にしています。
 「なお」「みき」「あゆ」、そこには痛々しくも崇高な「女」の姿があります。男は何やってるんだ!自分も含めて…と思わずにいられませんね。
 今、最もお会いしてみたいカリスマの一人ですね、浜崎あゆみ。

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