カテゴリー「ニュース」の813件の記事

2017.06.23

大田實少将 『沖縄県民斯ク戦ヘリ』

Th_2017062300014031houdouk0001view 後72年の沖縄慰霊の日。沖縄戦終結の日です。
 沖縄戦で命を落とした兵士、そして一般市民の方々のご冥福をお祈りいたします。
 今日はこの日にちなみ、あらためまして大田実少将(当時)の残した言葉について想いを馳せてみました。
 ご存知でしょうか。大田実少将自決前の電文。原文はこちらでご確認ください。
 末尾の「沖繩縣民斯ク戰ヘリ 縣民ニ對シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」。現在の沖縄の様子を見たとしたら、大田実中将(没後中将に昇格)は、いったいどのようにお思いになるのでしょう。
 大田中将の娘さんたちは、辺野古で「平和運動」をする方々の姿を見て、父は喜んでいるだろうとおっしゃっていました。
 はたして、そうなのか、これは確かめようがありません。
 ほとんど知られていませんが、戦後の沖縄返還や海洋博に、仲小路彰が果たした役割は大変大きい。仲小路は大田中将の「県民に対し後世特別の御高配を賜らんことを」の気持ちに最大限に応えようとしたのでしょう。仲小路彰は海軍と格別に深い関係にありましたから、当然この電文を知っていたと考えられます。
 さて、以前チャンネル桜で放送された動画を紹介します。将旗がアメリカから返還された時のものです。こうした、魂のこもる「モノ」が日本に、沖縄に帰ってきたことには、大きな意味があると思います。

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2017.06.20

竹島か独島か?

 国の迷走ぶりがすさまじい。このままですと、本当に北朝鮮による半島統一が実現してしまうでしょう。
 日韓関係もいったいどうなるのか。今日も文在寅大統領が日韓合意を反故にするような内容、すなわち慰安婦問題などについて正式に謝罪せよとの声明を出しました。
 隣国とのギクシャクした関係に終わりが見えないことを、非常に残念に思います。
 その微妙な関係の象徴の一つが「竹島」でしょう。
 今日はそのことについて、いかに両国の主張が噛み合わないか、また噛み合わない結果、互いに感情的になっているかが分かる動画を紹介しましょう。
 青山さんは非常に冷静に語っていますが、それを受け取る両国サイドのコメントが非常に醜い。この動画は他の形でも複製されていますが、どれも同じようなコメントが並んでいてガッカリしますね。

 同時期に金慶珠が韓国側の主張を述べた動画がこれ。これもまた、金さんはいつもより冷静ですが、周りが興奮している。それこそ噛み合いませんね。証拠となる文書の評価が正反対なんですから。

 最後は、大韓民国外交部制作の動画。これが韓国民の一致した認識でしょう。学校でこのように教えられれば、誰だって自国の領土であり、日本が侵略者だと思ってしまうでしょうね。

 ちなみに李承晩ラインについて、最近仲小路彰による新文書が見つかりましたので、近いうちに紹介したいと思います。

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2017.06.15

『治安維持法』 中澤俊輔 (中公新書)

Th_41x5t5bhlpl_sx319_bo1204203200_ 正組織犯罪処罰法が成立しました。
 私も単純には喜べない立場を取っていますが、しかし、一方で野党や人権派、リベラル派、さらにはマスコミが使う「共謀罪法」、「テロ等準備罪法」が成立したという不正確な言い方はやめてもらいたいと思います。
 ひどいものになると、「現代の治安維持法が強行採決によって成立!」などととんでもないことを言う。印象操作とかの以前に、勉強不足を露呈していて見苦しい。
 私は、戦前の出口王仁三郎や仲小路彰の動きを調べているので、自然と治安維持法にも興味を持ってきました。多少はリアルな当時の現場の様子を知っている者としては、今回の改正組織犯罪処罰法と戦前の治安維持法とは、似て非なるものであるとの実感がありました。
 ちょうどそんなモヤモヤを抱いていたところに、先月末ですか、この本の著者、秋田大学の中澤俊輔さんが、テロ等準備罪が「現代の治安維持法」と言われることへの大きな違和感…何が似ていて、何が違うのかという文章をネットで発表しました。
 皆さんにもぜひ読んでいただきたいですね。治安維持法が暴走したのは事実ですが、それを暴走させた「主体」がなんであったかを知ると、それがそのまま現代でも単純に繰り返されるかどうか、ある程度はっきり分かると思います。
 それ以上に、今回と同じく、治安維持法も生まれるべき理由があったことも理解すべきです。治安維持法がなかったら、どうなっていたかという想像力も必要でしょう。
 もちろん、その「暴走」の歴史は否定できませんし、今後私たちが特定の法律を暴走させる可能性がないとは言えません。しかし、だからこそ、そうした過ち(あえてそう言います)の歴史を感情的ではなく、相対的に、そして総体的に捉える必要があるでしょう。
 そうした高い大きな視点からのより正しい知識を身につけるために、中澤さんのこの本は必読書です。
 とりあえず反対派の方々、また真剣に不安を抱いている方にこそ、お読みいただきたいと思います。
 本当によくまとまっています。私たちの「治安維持法」に対する知識がいかに浅いものか、よくわかりますよ。

Amazon 治安維持法

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2017.06.12

「ブラック」はお好き?(コーヒーの話ではありません)

Images 日、こちらに書いたように、豆を挽くようになってから、すっかり「ブラック」コーヒー党になりました。やっぱり「ブラック」がいい。
 「ブラック」がいいと思う人もいれば、ミルク入りの「マイルド」がいいと思う人がいるのは、コーヒーの世界に限りません。
 この前、W大学に通っている教え子が「就職決まりました!」と報告に来ました。景気もだいぶ良くなったのか、完全に売り手市場で、いくつも内定もらったそうですが、結局一番「ブラック」な某ゼネコンに決めたと(笑)。
 そう、彼は根っからの「ブラック」好きなのです。面接でも、「残業OK、上司との飲みOK、地方飛ばしOK…」などとアピールしたそうです。
 なんでも昭和のモーレツ社員に憧れているそうで、仕事で死にたいとまで言う(笑)。
 そう、そういう人間にとっては、今やり玉にあげられている「ブラック」企業こそが理想であり、世の中全部がマイルドになってしまうことに危機感すら覚えるのです。
 逆に「ブラック」好きでない人がブラック的な組織に入ってしまうと、違う意味で死んでしまうことがある。電通の話とかはそれであって、私は個人的には電通には昔のまま鬼十則とか標榜してもらいたい。
 私はどちらかというと仕事に関してはマイルド派なんですが、多少のブラックもまたたしかに自己満足の種になっているんですね。これは否定できません。
 たとえば立場上私にはいろいろな(他人の)仕事が降り掛かってくるわけですが、それは全然嫌ではありません。頼まれたら断らないというのが私の仕事上の信条ですので、逆に燃えたりする。満足感、達成感があるんですね。
 余計な仕事によって自分のスキルが上がり、経験値が上がり、評価が上がるのであれば、損することなどありません。そういう観点からすると、「同じ給料もらっているんだったら仕事をたくさんした方が得」ということになるんです。お分かりになりますか?w
 これってまあ「ブラック」とも言えますよね。仕事が給料には反映しないんですから。しかし、金銭欲は満たされずとも、自己満欲や自己実現欲は達成されるわけですから、得と言えば得です。
 これでたまに誰かがほめてくれたりすれば、ボーナスまで付く(笑)。そう考えると、やっぱり私も「ブラック」派なのかもしれません。
 しかし、私は家に仕事は一切持ち帰らないし、土日もほとんど仕事はしません。夏休みもちゃんと取ります。そういう意味ではマイルドに見えるでしょう。
 というのは、世間で言われるようになった「ブラック部活」の顧問の先生に比べると、全然マイルドだということでもあります。
 教育現場の問題についての研究で有名な内田良さんがかつてこんな記事を書いていました。

部活動はなぜ過熱する?

 実は「麻薬」であると。なるほど。
 ウチの学校でも、それこそ休日返上、元旦以外は部活の指導という先生がいます。そこまでいかなくとも、休日は試合や本番でつぶれてしまうという先生がたくさんいます。
 私はその部分(休日)に関してはマイルド(逆に言うと趣味にハード)なので、世間ではいわゆる「ブラック」とされる環境にいる先生方を、心から尊敬しています。感謝もしています。自分にできないことをしてくださっているので。
 しかし一方で、内田さんの記事にあるように、その「ブラック」状態が「大変だ」と言いながら、どこか満足している、快感を感じている人もいておかしくないと思います。
 もちろん、それを否定的にとらえているわけではなく、ブラック企業をあえて選んだ学生くんのように、そこにやり甲斐という人生の推進力を感じる人もいて当然であり、そうすると、なんでも「ブラック」と言って普通の人かいやがる環境を排除していくのはどうかとも思うのです。
 つまり、「ブラック」が好きという才能を持っている人に関しては、ぜひともそういう環境で活躍してもらいたい。そう思うのです。
 私も、上記のような「むちゃぶり」に関しては耐性があるという「才能」があるようですし、お金に執着が全然ないので、たとえば出張の手当なんかも一切もらっていません。学校に寄付しますと言っているんです。これだって、他人から見れば、出張費も手当も払わないなんてブラックすぎる組織だということになりかねませんよね。ま、これは私の特殊すぎる「才能」のせいですが(笑)。
 というわけで、この「ブラック」問題だけでなく、世の中ですね、昭和の時代と違って「無理するかっこよさ」が認められなくなってきていることは残念でしかたありません。
 少数派かもしれませんが「ブラック」好きな人たちもいます。その人たちの活躍の場も残してもらいたいですね。そう、男らしさの表現の場を奪わないでもらいたいのです。

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2017.06.01

森高千里 『雨』 【セルフカヴァー】

 日は気象記念日。高円寺氷川神社末社の気象神社の例祭の日でもあります。
 昭和19年に陸軍気象部に創られたこの神社。オモヒカネを祀っています。アマテラスの岩戸隠れを解決し、この世に再び「晴れ」を呼んだ神様だからでしょうか。
 思えば日本の戦は「神風」頼みのところがありましたよね。昭和19年といえば戦局も危うくなっていたころです。神頼みせずにはいられない状況であったとも言えます。
 今ではこちらの公式ページにあるとおり、かわいいキャラもいたりして、どちらかというとポップな雰囲気になっております。
 と、全然関係ない話から入ってしまいましたが、そう、そろそろ梅雨入りの季節ですよね。なんとなく空気も湿気を帯びてきました。今日もにわか雨の予報が出ていました。
 この季節になりますと、この曲を聞きたくなるのであります。名曲「雨」。
 今日は森高千里さんご本人によるセルフカヴァーで聴いてみましょう。この200曲セルフカヴァーの企画、いよいよあと1曲になってるんですよね。最後の曲は…あれとあれが残っている…いったいどうなるのでしょう。楽しみにです。
 それにしても森高さん、本当に「オバさん」になりませんねえ。先日デビュー30周年ですよ。30年前には私、正直言うと全く興味がなかったんですが、最近「オジさん」になってからというもの、森高千里さんにすっかりはまってしまいました(笑)。なんででしょうね。
 それにしてもいい曲ですね。切ないけれども、「雨」が人生にとって、あるいは日本文化にとって、とっても重要なものであったことが分かります。

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2017.05.26

『論戦「女性宮家創設」 公務負担と皇統の継続』 (BSフジ プライムニュース)

Th__20170601_105257 に難しい問題ですね。このまま行けば悠仁親王が即位した時、公務を補助する皇族がいなくなる可能性がある…。
 有史以来初めてと言っていい、このような意味での皇統継続の危機でもあります。
 この問題の難しさの理由はいろいろあるのですが、やはり私たち国民としての難しさは、天皇陛下や皇族の皆様がこのことについて、どのようにお考えなのか分からないというところではないでしょうか。
 このたびの「譲位」の問題についても、保守派の中でさえ意見がまとまらないどころか、ほとんど喧嘩のような状態になり、また結果的に良かれと考え絞り出した案について、実は天皇陛下や皇族の方々が不快感をお示しになったという「ウワサ」までも伝わってきました。
 ちなみに私は女性宮家の創設には完全に反対ではありませんが、やはりその前に旧宮家の復活が先だと思いますね。
 女性宮家が女系天皇につながるという意味で反対する方が多いようですが、それこそ皇室典範や、あるいは憲法の解釈、あるいは改正をもって男系を守ればよいと思います。
 もっと言ってしまえば、皇統というのは「血筋」だけの問題ではありません。私は「文化」というものを重視しています。皇室と一般社会を一緒に語るのは不敬にあたるかもしれませんが、さまざまな組織の継続の在り方を考えると、その「文化」の意味がわかってくると思います。
 私は、いろいろな事情から、有栖川家、高松宮家に興味を持っています。ご存知のとおり、両家とも男系男子に恵まれず断絶してしまいました。
 高松宮家は、先に断絶した有栖川家の「文化」を継承しました。しかし、残念ながら高松宮家も断絶。では、有栖川家の「文化」は絶えてしまったのかというと、そんなことはありません。いくつかの形でちゃんと継承されています。その継承者一つが秋篠宮家です。また、民間のある宗教団体系統にも継承されています。
 そういうことも含めての「皇統」であると思うのです。だから具体的にどうなのかというのは、今は述べるべきではありません。ただ、そのようないわば「霊統」というのも考えに入れないと、たとえばこの番組の議論のようなことになってしまうと思います。
 天皇は高次元の存在なのであり、私たちの日常的な言語では語りきれないわけです。だから、実に難しい。

動画はこちら
 

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2017.05.16

結縁尊縁随縁

Th_2017051600000074san0002view 日、中曽根康弘元首相の「白寿」を祝う会が開かれたとのこと。
 総理大臣という重責を長期間担ったということだけでも、大変なストレスがあったでしょう。さらに引退後も政治力学の隠然たる中心点の一つとして、多くのご苦労があったと思いますが、このようなご長寿で、さらに健康、聡明でいらっしゃることに対し、純粋に尊敬の念をいだきます。
 今年の憲法記念日に中曽根さん作詞の憲法改正の歌を紹介しました。そこにも書いたとおり、憲法改正に対して、私は中曽根さんとは相容れないところがあるのですが、しかし、まさに白寿に至っても衰えない深い「祈り」の力にも、純粋に心を打たれます。
 そう、この会で中曽根さん自身が「この国をよりよくして未来へとつないでいく。それこそ人生の深い祈りにも似た願いだ。その強い思いを持って、最後のご奉公に励み、自らの天命を全うする所存だ」とおっしゃったんですね。
 「人生の深い祈りにも似た願い」…この言葉は重いですね。そして「未来」「天命」。こうした言葉を、私もついつい格好つけて使ってしまいますが、中曽根さんの半分しか生きていない、それも市井の輩とは、その深みが違いすぎますね。
 さらにいい言葉だなと思ったのは、「結縁尊縁随縁」です。「縁を結び、縁を尊び、縁に随う」…これは私もかなり分かってきました。縁によって生かされているというのは、まあ仏教の教えの根本の一つではありますが、それもまた、百年生きた、いや職業渡世の中で修行された中曽根さんがおっしゃると、やはり理屈ではなく体験の重さ、深さというものを感じさせますね。
 まずは縁を結ぶ。そこにはということもあるでしょう。それらも含めて全てを尊ぶ。結果として、「随う」という他者性(モノ性)に到達する。
 総理大臣をされた方でも百年かかるわけですから、私は最低でも二百年くらい生きないとなあ。それを30そこらで悟ったお釈迦様はやっぱり特別な天才ということにもなるでしょう。
 ところで、あくまでも「自主憲法制定」を志とする中曽根さん、安倍総理のあの「加憲的改正論」に対して、心の中ではどのように評価しているのでしょうか。
 

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2017.05.13

平和を愛する諸国民の公正と信義「に」信頼して

Th_20131129192548b40s 日の憲法改正の記事に関連して、ご質問をいただきましたのでお答えします。ご質問とは、憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」の「に」は日本語として不自然ではないかという内容でした。
 たしかに、「〜に信頼する」という言い方は、私達にはなじみがありませんね。かつて石原慎太郎さんが「おかしい」と言っていましたし、最近では作家の百田尚樹さんや櫻井よしこさんも同様に「間違っている」「美しくない」というようなことを言っておりました。
 これは英語を急いで直訳したためだとも言われますが、ちょっと冷静になってみますと、実は間違いではないということはすぐにわかります。
 すなわち、憲法作成当時、「〜に信頼する」という言い方は「あった」ということです。それも比較的普通に用いられていた。
 つい70年前のことなのに、その後の日本語を取り巻く環境の変化のために、ほとんど忘れ去られてしまったのです。
 今日はあまり専門的に詳しくは書きませんが、とにかくこの「に」をもって、「日本語として間違っている。こんな憲法は改正すべし!」とは言えないということだけは確認しておきたいと思います。
 「〜に信頼する」という言い方の例ですが、日本国語大辞典にも次の文が挙がっています。

歩兵操典〔1928〕第一一四「自己の銃剣に信頼し最後の勝利を求むることに勉むへし」

 軍隊の教本ですから、ちょっと特殊な例かもしれませんね。堅苦しい言い方。実際、戦前戦中の勅令などでは、よく出てくる表現だったようです(こちら参照)。
 かと思うと、実際はそういうわけでもなく、長崎純心大学准教授石井望さんのブログに、一般的な用法がたんと挙げられています。錚々たる書き手たちですね。
 もちろん当時も今と同じように「〜を信頼する」という言い方もしていました。やはりどちらかと言うと「に」は漢文訓読調で硬いイメージがあったかもしれません。庶民の口語としては「を」だったのではないでしょうか。
 それから「に」と「を」という助詞の本質的な意味からして、「に」の方が「を」よりもやや主体性を欠くイメージがあります。「に信頼する」だと「に頼る」、「を信頼する」だと「を信じる」というように。
 あと一つ言うならば、「平和を愛する」のところで「を」を使っているので、続けて「を」は使いたくなかったという心理も働いたかもしれませんね。私たちも文章を書く時、そういうことを気にするじゃないですか。あり得ます。
 たしかに現代の私たちにはなじみがないかもしれませんが、当時としてはそれほど不自然ではなかった。実際、発布当時には「おかしい!」という人がいなかったわけです。
 そう考えると、石原さんや百田さんという日本語を操る専門家、そして誰よりも日本を愛する櫻井さんが、軽々にあのようなことをおっしゃったのは、ちょっとどうかとも思いますね。
 ついでですので、私の感覚としては…蛇足も蛇足ですが…「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」という日本語は、けっこうカッコイイと思います(小さい声で)。
 その意味、内容に関する私の意見は、また改めて書きますね。

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2017.05.12

「元に戻す」のも改憲

Th__20170513_185248_2 倍総理の改憲メッセージが物議を醸していますね。
 昨日は共産党が保守化しているというような話を書きましたが、こちらはある意味自民党が野党寄りになったとも言えます。加憲的改憲案ですからね。自主憲法制定案や自民党改憲草案とは大違いです。
 まあ、懐柔策、あるいは現実的作戦としては、ずいぶん前から保守陣営の一部でもささやかれていたアイデアですし、私も同じようなことを考えたことがありました。
 しかし、たしかにちょっと唐突な感じがしましたね。石破さんが激怒するのも分かる気がする。きっと自民党内に対する強いメッセージだったのでしょう。誰が指南したのかな?
 そうそう、最近、首相にごく近い方にこんな話をしました。ぜひ首相にもお伝え下さいと。「改憲して変わった条文を元に戻すのも改憲ですよね」。
 そうなんです。戦後ずっと憲法には触れてはいけないと洗脳されてきたり、あるいは現実的に全く改憲されないという状況が先入観を生んだりして、私たちは「改憲されたらその変わった部分はもう変わらない、変えられない」とも勝手にイメージしてしまっているのです。
 実際にはちょっと考えれば分かるとおり、ある条文を変えたり、加えたり、文言を直したりできるのなら、それを元に戻すことも可能になりますよね。
 だから、たとえば近い将来初めての改憲があったとしても、いやあったればこそ、今度は元に戻すこともすぐに可能になるかもしれないのです。
 護憲派の皆さんは、そうしたら今度は「元に戻す」ことを標榜して選挙に勝てばいいのです。まあ、護憲派が改憲を唱えるという自家撞着に陥りますが(笑)。
 いやいや冗談ではなくてですね、やはり「現憲法は破棄、自主憲法制定!」とか「現憲法死守!」とか両極端なことを言い合って時間を浪費するのではなく、憲法の最も大切な存在意義が「我々が目指すべき未来的理想の標」であることを忘れず、自由に、そして自然に議論をしたいのであります。
 憲法には現実と理想の相克、哲学的矛盾が内包しています。だからこそ、遠くに見える高い頂きに至るために、多少寄り道というか、遠回りをしても、またその頂きに至る元に道に戻るという発想があっても良い。
 分かりやすく極論すればですね、自衛隊がいらなくなった時が来たら、加えられた自衛隊に関する条文を削除すればいいのですよ。
 そういう意味で、今回の安倍さんのメッセージは、非常に大きな意味と影響があると思っています。敵も味方もびっくりのこの秘策、いったい誰が指南したのでしょうか。
 しっかし、今日のプライムニュースでの、民進党の「優先事項」には失笑してしまいました。

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2017.05.11

隠れ共産党?

 のことを自民党シンパ、安倍政権支持者だと思っている方が多いようです。実際はそんなに単純な話ではありません。というか、首相には直接?かなりモノ申していると自負しています。草の根も大事だけれど、トップを動かさなければ世の中は変わらないというのが持論ですので。
 それから、日常的に共産党の方とも親しくおつきあいさせていただいていますし、そのことも総理に公言しております。近く左派のある会合で憲法改正についてお話させていただく予定ですし。
 実際、保守、革新とか右左とかではなく、現実と理想という未来哲学的捉え方をした場合、現在の政党の中でアウフヘーベンすべきは、自然と自民と共産ということになるでしょう。民進なんてのは問題外。社民に至っては…(笑)。
 このブログでも何度も書いてきたとおり、共産党はあくまでも「日本」共産党であり、またその歴史的変節を見ると(特に最近の動きはすごいですね)、ほとんど「原始共産党」という超保守政党になっていくような気さえします。
 そのあたりをとらえての、昨年の「表現者」での小池晃さん、西田昌司さん、西部邁さん、富岡幸一郎さんの座談会は実に面白かったですね。
 それを「リベラル保守」の中島岳志さんが上手にまとめてくださっているので、引用させていただきます。ちなみにこの要約は、上の「とことん共産党」で熱弁を奮っている岡山大学大学院教授、小松泰信さんのコラム"隠れ共産党"宣言からのコピペです。

(1)自公政権が親米・新自由主義へと傾斜する中、それに抵抗する両者(保守と共産党)の立ち位置は限りなく接近している。
(2)西部も西田も、現時点においては自民党よりも共産党の方が保守思想に近い政策を説いていることを認め、率直な評価を表明している。
(3)民進党は、共産党の政策を取り込むことによってこそ、本来の保守へと接近するという逆説が存在する。
(4)トランプ政権誕生は思想の地殻変動を加速させる。「左」と「右」という二分法はリアリティーを持たなくなっている。
(5)野党共闘による合意形成こそが、ネオコン・新自由主義勢力に対する代案となる。

 面白いですねえ。私の実感、そして考えにかなり近い。このメンバーでこういう議論ができるようになったのですから、まあ時代は変わりましたよ。それにしても小池さんこの中に堂々と入っていくんだから、なかなか立派ですよね。小池さん面白いしカワイイし好きです(笑)。
 ちなみに小松さんのコラムについて、農業政策、JA問題については、私もほぼ同意しますので、なるほど、私も「隠れ共産党宣言」しなくちゃいけないのかな。家の中では「家庭内左翼」とか言われてるし(笑)。

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