カテゴリー「ニュース」の944件の記事

2019.01.05

地球内部に微生物の巨大生物圏

 味深いニュース。地下生物圏についての研究はここ30年くらいのことです。人間中心の科学では、なかなかこういう発想がなかったんですよね。
 過酷な環境…私たちにとってはそうでしょう。しかし、彼らにとっては、気象変動が激しく、紫外線やら放射線の降り注ぐような地上の環境の方がずっと過酷かもしれません。さらに人間が環境を破壊し、さらに戦争まで起こすとなると。
 地下生物の中には千年以上の寿命を持つものもいるらしい。ある意味安定した環境なのでしょう。
 もしかすると、もともと地下に生まれた生物が海洋に出て、そして陸に上がったのかもしれない。あるいは間違って出てしまったのかもしれない。そして過酷な環境で生き抜くために知能が発達したのかもしれない。
 そう考えると、私たち人間は最悪な負け組であるとも言えそうです。それを基準に考えて、まるで逆さまな発想で進化を唱えたわけです。
 最も古い生物圏を、最も遅く見つけたわけですね。また違った視点から見ますと、稲垣先生もおっしゃっているとおり、これこそ地球外生命の可能性につながると言えます。今までは地球人目線で、あの惑星は暑すぎるとか、寒すぎるとか、酸素がないとか、そんなことで地球外生物を否定してきた人たちもいますよね。
 そうそう、ウチのカミさんは地底人を自称(他称)していて、ワタクシは宇宙人を自称(他称)しているのですけれど、結局地底人の方が宇宙人より偉いということになりますよね(笑)。やばい。逆転してしまった。
 ある惑星にいられなくなって宇宙に飛び出してしまった宇宙人こそ、最悪の負け組ということですから(苦笑)。
 話を戻しまして、この地下生物圏の炭素量は膨大だそうです。もしかするとほとんど無尽蔵の化石燃料(と思われていたもの)は、この生物圏が生み出しているのかもしれませんね。
 なんとなくの予想ですが、さらに深いところでは、高温高圧と生命のおかげで、私たちの知らない次元での核融合のようなことが起きているような気がします。まさに灯台下暗し。自分たちの足下にとんでもない未知のエネルギー源があったりして。
 

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2018.12.16

富士山宝永の噴火から311年(宝永地震について)

Th_2018121600006712weather0022vie_2 ahoo!ニュースにもありましたとおり、311年前の今日、富士山が大噴火しました。
 それが最後の噴火ですから、富士山は300年以上噴火していないということになります。
 我が家では大気中のラドン濃度を観測していまして、実はこの9月からつい最近まで、異常な数値が続いていました。
 6年前に観測を始めてから、いちおう自分の中では、「50ベクレル毎立方メートル」を超えたら富士山の噴火の危険性があるので避難の準備をすると決めていました。
 それが11月に52という最高値を記録したんですよね。これはヤバイということで、避難はしませんでしたが、他のデータをより注意深く見るようにし、また多少の防災グッズを揃えたりしておりました。
 ところが、どうもこの高い数値は、富士山自身の活動というよりも、やや遠方の大地震の前兆ではないかと判断されるに至りまして、また別の観点での総合的観測を始めたところです。
 とはいえ、ご存知のとおり、311年前の宝永噴火の際にも、大きな地震を伴っております。それを今日は復習してみようと思います。
 富士山の宝永噴火の49日前、南海トラフ巨大地震が発生しています。いわゆる宝永地震です。マグニチュードは最大推定9.3。3.11を上回る規模であったと考えられます。震源は紀伊半島沖を中心とし、その範囲はかなり広かったと思われます。
 震度6以上を記録したのは、東海、近畿、四国、九州にまで及び、内陸の山梨県も震度7に近い揺れを記録したものと思われます。
 3.11の時もそうでしたが、火山の下に溜まっているマグマは、地震によって揺らされると、まるで炭酸飲料を振った時のように、多くのガスが発生して堆積が増えます。それによって、噴火が起きたり、別の地震を誘発したりします。
 3.11の4日後に富士宮震源の地震がありました。同様に宝永地震の翌日、M7.0の宝永富士宮地震が発生しています。本震によって地盤が緩んだところも多かったため、静岡や山梨で大きな被害が出たようです。
 そして、その48日後に宝永の大噴火が起きたのですが、噴火の2週間ほど前から、富士山麓では山鳴りや地響きが頻発するようになりました。これは噴火の前兆として貴重なデータです。今後予想される富士山の噴火の際にも、大きな地震や地響きが観測されることでしょう。
 世間で叫ばれているとおり、そろそろ南海トラフ巨大地震が発生してもおかしくない時期を迎えています。ということは、それに伴って富士山の噴火も当然起きると考えておいた方が良い。
 ちなみに、富士山の噴火が先で、のちに東海や東南海、南海地震が起きたケースもあるので、そちらのパターンも注意すべきでしょう。
 いずれにせよ、富士山自身の動きをしっかり捉える、そこに生活している者としては、富士山としっかり対話するということが大切だと考えています。そして、何かあったら報告いたします。


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2018.12.12

「災」

149d40 年の漢字は「災」。たしかに災害の多い年でした。平成は災害が多かったような気がしますが、実際には昭和も大正も明治も同等の災害はたくさん発生しています。
 平安時代の記録など見ると、もっともっと大変でしたよね。高温、台風、地震、大雨、大雪…ただ、たしかに大きなサイクルが連続して発生するサイクルに入っていることはたしかなようです。
 もちろん、これは宇宙レベルで見れば異常でもなんでもありません。災害というのもあくまで人間にとっての災害でしかありません。
 ところで、この「災」という漢字ですが、わかりやすくいうと、「川」と「火」が組み合わさった字です。上の三つの「く」は氾濫した川の様子を表しています。上の古字には、三つの「く」に横棒が入っていますよね。何か妨げるものがあって、流れが曲がってしまっているのです。
 もともとはそれだけの字だったようですが、その後、「火」が加えられ、水と火の異常事態を表すようになりました。
 陰陽五行説の「木・火・土・金・水」の中で、特に暴力性があると考えられていたのが「水」と「火」だったわけです。「水火(すいか)」という言葉もありますね。また、これはこじつけですが、「火水」で「かみ(神)」と読ませることもあります。
 そうした、人間にとっての「モノ(不随意)」をコントロールするのが「みコト(天皇)」の役割でもあります。来年に迫った譲位にもそのような意味があるのです。
 天災は忘れた頃にやってくる…不可避なモノだからこそ、常に意識(コト化)して小難を無難に、大難を小難にすることが重要なのでしょう。
 

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2018.12.06

エイリアンはもう地球に来ているかもしれない(NASA論文)

Th_webs181206aliensthumb720xauto147 いう記事がニューズウィーク日本版に出ていました(こちら)。
 いや、もう来てますよ、ここに…というのは冗談で、実はこの記事にあるようなことを実感したことがあるんです。
 すなわち、「彼らは、ごくごく小さな超知能体かもしれない」という部分です。
 どうしても、私たちは自分たちを基準に考えてしまう。宇宙人も「人」であると思い込んでしまうのです。つまり、私と同じような大きさで、目と鼻と口と手と足があって…というように。
 そこがホンモノの「宇宙人」を見つけられない原因ともなっていますし、私のようなエセ宇宙人を、本当の宇宙人だと信用してしまう原因になる(笑)。また、上の写真のような宇宙人像を想像してしまうわけです。
 私がその固定観念から解き放たれたのは、小型のUFOを目撃してからです。

小型UFOに遭遇!

 今でも毎日、その目撃現場を通りますが、あれから二度とUFOは現れません。期待しているのですが。
 あれを目撃してから、なるほど、もしかすると宇宙人はとっても小さいかもしれない、UFOというと大きなモノが空を飛んでいるというイメージがあるけれども、そうとは限らないなと実感したのです。
 もちろん、あれは宇宙人の無人ドローンかもしれません。そう、あの時、あるUFO研究家に報告したら、ああそれは無人偵察機だねと言われました。私を調査しているのだとか(笑)。
 いや、なんとなくですが、私はあれは無人ではなかったような気がするのです。なんとなく機内の宇宙人と目が合ったような気がした(笑)。
Th_img_3220 とすると、彼らはとっても小さいわけで、そうすると、彼ら単独ではなかなか見つからないだろうなと。もしかすると虫とか鳥とかに擬態しているかもしれないし。
 そう、猫とか、鳥とか、虫とか、もしかすると全部宇宙人?かもしれませんよ。ウチなんか、猫星人?にすっかりやられてますよ(笑)。

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2018.12.05

追悼 ダイナマイト・キッド選手

 しい報せ。私にとっても最強外国人レスラーだったダイナマイト・キッド。タイガーマスクは彼なくしてはありえませんでした。すなわち、今の日本のプロレス、格闘技、さらにアメリカのプロレスもなかった。
 それほど偉大なるレスラーでした。
 この「アナザーストーリーズ」は2年前に放送されたものです。この映像だけでもかなり衝撃でした。しかし受け止めるしかない、とにかく少しでも長く幸せな人生を歩んでほしいと思っていましたが、そんな願いも今ははかないものとなってしまいました。残念です。
 しかし、しかし、彼の偉大な魂は不滅です。彼を尊敬し、愛するファン、若いレスラーたちが、彼の崇高な魂をこれからずっと引き継いでいってくれるものと思います。
 本当に命を懸けた闘いを見せてくれたキッド。私の青春時代の大切な風景を作ってもくれました。そして、今もプロレスファンでいます。心から感謝し、またご冥福をお祈りします。
 60歳の誕生日に亡くなるなんて、まるで小津安二郎ですね。天才の人生の終え方なのでしょうか。

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2018.11.21

田中英道 『日本らしさの基礎を築いた聖徳太子(その7)』

 リーズ最後。なるほど、「遣隋使」「遣唐使」と対等に「遣日使」を想定すべきか。たしかに鑑真はなぜ命懸けで日本に来たのか。なぜ帰化人がこんなに多いのか。渡来人ではなく帰化人ですよ。
 学校の歴史学習においては、とにかく日本は中国から学んだと教わります。しかし冷静に見れば、その逆もあったはず。
 そう言えば、今、百田尚樹さんの「日本国紀」が大変な騒ぎを巻き起こしていますね。読まなくてもだいたい内容が予想される、すなわち、保守派の語る歴史というのはパターン化していて、私もそれをいやというほど読んできたのです。
 それを一つまとめたことに関しては、まあ百田さんの一つの功績だと思いますよ。また、ぜったいに毀誉褒貶があることは予想されたわけですから、さすが幻冬舎さんの商売はうまいということでしょう。
 まあ歴史というのは元来解釈する立場によってその景色が違うのは当たり前です。なにしろ、その時代時代にも、ほとんど無限の多様性を持つ人々が生きていたわけですから。
 それを十把一絡げにして「正解」を得ようというのですから、それは全て「でっちあげ」「捏造」「パクリ」になりますよ。ですから、議論することは意味ありと言えども、それによって勝敗を決しようとするのは、それこそ戦争の歴史に学ばないバカということになるでしょう。
 

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2018.11.13

言語道断とは

Th_7a8cef25b46f69b394b2ca6caac3e5e7 「ランプ大統領のやることは言語道断なことばかり」…政権内の高官がこんな告発文を出したとか。
 まあ普通に考えて、ここでの言語道断とは「かなりひどい」という意味でしょう。表現できないくらいひどいと。
 一般的に四字熟語としての「言語道断」は、たしかにそういう意味です。
 しかし、仏教語としての、すなわちオリジナルな意味は正反対なのでした。

「仏法の深遠な真理は言葉で説明できない」

 これが本来の意味です。禅が言葉を排除するのはこの原理によるもの。
 日蓮も「言語道断の経王、心行所滅の妙法也」と言っています。法華経は素晴らしいと。ブッダのお悟りは言葉にできないどころか、我々人間の心さえも及ばないのです。
 言語道断の「言語」は、まあ普通に「言葉」でいいと思います。あるは「言う」「語る」という行為。
 「道」は、これはroadやwayではなく、報道の「道」、唱道の「道」ですね。漢文でも「道ふ」は「いふ」と訓読します。
 言語断とも言います。つまり、「言語」も「道」も同じ意味なんですね。それら全てが「断」たれるとということです。言葉を受け付けない。言葉で説明できるようなものではない。説明しようとしてはいけない。説明できたら偽物。
 仏教の教えというのは、常にそういう矛盾を抱えています。なにしろ、たとえば「法華経」という言語で書かれたものが言語道断なんですから(笑)。
 座禅も言語道断を体験するためのものです。しゃべっていはいけないし、考えてもいけない。徹底的に言語を追い出すのです。
 ということは…もしかして、トランプさんの行いは深遠すぎて言葉で説明できないのかも?
 だから、我々凡夫には理解できないんですね(笑)。


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2018.11.05

分裂から融合へ

超越融合!
Unknown 日は重いテーマを軽いメモ風に。
 時代は明らかに「分裂」から「融合」へと変化しつつあります。
 仲小路彰は言いました。「21世紀は太陽の時代である」と。そこには大きく二つの意味があります。
 一つは「女性性」の時代。そして、もう一つは「核融合」の時代。
 たしかに「女性」も「融合」という生命の本質を担う存在ですね。
 私は何度も書いているとおり、ワシは原発には反対の賛成なのだ!という立場を取っています。
 まさにそれを研究している私の友人たちによると、もうすぐ核融合は画期的な方法によって現実的になるそうです。「分裂」から「融合」です。期待しています。
 そして、一昨日も触れました、天皇の譲位の本質。ちょうど700年前から南北朝に「分裂」していた天皇家が、ある方法によって「融合」します。まさに象徴的ですね。
 さらに身近なところで、興味深い「分裂→融合」の動きがありました。保守分裂と言われて久しい、山梨2区を巡る自民党内の対立。そこに大きな変化が。

山梨知事選で自民推薦の長崎氏「憎み合う状況では発展ない」

 超手前味噌ですが、絶対に和解は無理だと言われていた両者を、ある象徴的場で無理やり「呉越同舟」させたのは、このワタクシです。それはまたすぐに分裂してしまいましたが、その時御本人に、そして自民党のトップに、また神様に訴えかけたことが、こうして予想以上に早く実現することになるとは。勝手に感無量です(笑)。
 私の中でも、実は「分裂→融合」がたくさん起きています。たとえば音楽とか。今までの自分内対立はなんだったのかと思うくらい、いとも簡単に融合できるようになった。なんなんでしょうね。
 これらの動きは歓迎すべきものです。今日もたくさんの「融合」を見つけて生きたいと思います。
 今日はここまで。

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2018.10.09

追悼 輪島大士さん

 念な訃報です。元横綱の輪島大士さんがお亡くなりになりました。
 横綱としてもそうですが、やはり私としてはプロレスラーとしての輪島さんの思い出が多い。
 特に天龍さんとの壮絶な戦いには、何か言葉にならない感情を湧き起こされました。横綱が前頭力士に「かわいがられる」。人生の過酷な運命の象徴でもあり、また、それを受け入れ乗り越えようとする、人間の強さと悲哀を感じずにはいられませんでした。
 今日は、その「人生劇場」の一つを見かえてみながら、輪島さんのご冥福をお祈りいたします。

 アメフト問題で一躍注目を浴びた日大の田中理事長は、日大相撲部で輪島さんの一つ上の先輩でした。そんなこともあり、輪島さんもアメフトに関わっていた時期もありましたね。あの一件について輪島さんはどんな思いだったのでしょうか。
 そういえば、相撲界を引退した元貴乃花親方が、馳浩元文科大臣と会ったとのこと。「プロレスは?」と聞かれ、「そんなに器用ではない」と答えたとか。
 プロレス的な器用さというのは、本当に奥が深い。貴乃花のような人にはたしかに難しいかもしれませんね。
 そう考えると、当時プロレス不器用に見えた輪島さんも、実は人間としては器用だったのかもしれません。

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2018.10.04

『聖なる約束4 ヤマト人への福音 教育勅語という祈り』 赤塚高仁 (星雲社)

Th_41tdvbirshl_sx337_bo1204203200_ 日はいろいろなお客様が入れ代わり立ち代わりいらっしゃり、合計6時間ほどお話をしました。
 「対話に貴賎なし」がモットーのワタクシといたしましては、大変楽しい一日でした。
 その中のお一人、政治家の方とは「教育勅語」の話になりました。そう、新文科大臣の発言がありましたので、そこからのお話でありました。
 教育勅語が素晴らしいという人と、教育勅語なんかとんでもないという人の溝は埋まりません。なぜなら、論点、評価のステージが全然違うからです。
 私はそのステージを行き来できると自負しておりますので、称賛も批判も両方できるつもりです。
 ただ一つ、直視していなければ教育勅語自身が持つ矛盾もしっかり直視しなければならないと思います。すなわち、教育勅語の眼目である「忠孝」は儒教の教えであり、決して日本古来のもの(国体の精華)ではないということです。
 いや、我が国の国柄は宏遠であり、彼の国の教えをも内包しているのである…なんて言い訳もありえます(いかにも私が言いそう…苦笑)。あるいは、忠孝のルーツは日本であるという言い方もありかな。
 しかし、教育勅語の時代性から考えると、実は単純な構造であって、江戸時代以来の儒教的家族観、友人観の最上位に、天皇への忠義を置いたものにほかなりません。
 そこを基準に論じると、たしかにいいことを言っている部分もあるが、それは別に教育勅語でなくてもいいだろうという、非常に単純な結論に至るわけですね。儒教の教えのエッセンスを紹介したものはほかにもいくらでもあるし、天皇家の素晴らしさを、あるいはあの時代の天皇制の危険を語るものもいくらでもある。
 教育勅語に関しては別にケンカすることはない。どっちも正しいし、どっちも間違っている。原理主義的二元論の罠にはまっているだけです。議論の仕方がいかんのです。
 では、私たち現代人は、教育勅語全体とどう付き合えばいいのか。それ自身が内包する矛盾をどう乗り越えればいいのか。
 というわけで、今日紹介する本は、知り合いである著者御本人からお送りいただいたものです。これは、今述べた二元論的な判断基準によるものではなく、儒教の上に「やまとこころ」を置き、天皇をキリスト(救世主)に見立てるという、全く別次元のお話です。
 これはこれで実に面白いストーリーであり、私は楽しく読ませていただきました。もちろん小馬鹿にしたり、ましてや怒り出したりはしません。21世紀において、そのような読みが可能ならば、それはそれでいいと思います。
 世の中には「教育勅語トンデモ本」というジャンルがあります。この本なんか、その中でもかなり先鋭な存在でしょう。たしかに常識的には「トンデモ」の称号を与えられてしかるべきでしょう。
 しかし、出口王仁三郎や仲小路彰に親しんでいる私としては、こういうトンデモ世界に、世の中の本質が見え隠れしているように思えてならないのです。
 少なくとも不毛なケンカのタネにするよりは、こうして新たな意味を付与する方が、当時の皆さんにも失礼がない…と思います。
 それにしても、著者赤塚さんのピュアな魂と行動力には、本当に頭が下がります。自らのお役目をよく知っていらっしゃる方です。

Amazon 聖なる約束4 ヤマト人への福音 教育勅語という祈り

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