カテゴリー「ニュース」の929件の記事

2018.09.11

関東大震災&南海トラフ巨大地震の地震速報シミュレーション

 海道の地震はまだまだ収束というわけにはいきません。今日は青森県東方沖でM5.0がありました。私の気になっている浦河沖の南側に当たります。いわば3.11の北側の割れ残りであり、いずれ近い将来それなりの規模の地震が発生する地域です。
 そういう意味でも、また直下型地震の余震、あるいは誘発地震(本震の場合もある)にまだまだ注意が必要です。先日の地震による被害から復興もままならない時期に、このようなことを発言することに抵抗がある方もいらっしゃるかと思いますが、やはり防災は「最悪」を想定しながら、現実に対処していかねばならないと信じます。
 さて、私たち本州の人間もですね、決してこのたびの地震を対岸の火事だなどと思ってはいけません。同様の直下型地震、あるいはそれと連動する可能性もある海溝型地震などに、充分注意しなければなりません。
 しかし、なかなか言葉で注意を喚起しても、ついつい日常に流されて忘れてしまうのが人間のさが。私ももちろんその一人です。
 そんな時、このようなシミューレーション動画を見ることには、大きな意味があると思います。NHKの緊急地震速報から津波警報などに至るまで、とってもリアルに作ってくれているのがこれらの動画です。
 まず、過去の実際の地震から。大正12年の関東大震災です。

 これを見ますと、本震のパニックの最中にかなり大きな余震が何回も発生していることがわかりますね。これが現実だと思います。この関東大震災と同様のメカニズムの地震も、もういつ発生してもおかしくない状況です。
 85年前とは東京は大きく変わっています。あの頃よりも強靭になった部分と、より危険に、脆弱になった部分とが混在しています。実際にどのような被害が出るのか、全く予想がつきません。それでも、可能な限り様々な状況をシミュレーションしておくことは重要でしょう。
 続きまして、発生が予想されている南海トラフ巨大地震のシミュレーションです。

 こちらは午前中に発生したという想定ですが、実際には夜かもしれませんし、季節もいつになるのか分かりません。いずれにせよ、これほど広範囲で震度7ということになると、全く被害の全容は想像できませんね。
 M9.2という想定ですか。それも前震のあとすぐの本震。南海、東南海、東海の連動ということも考えられます。その際は世界史上最大級の規模になる可能性もあります。津波は「巨大」。遡上高は40メートル以上になるでしょう。
 南海トラフ周辺の巨大地震もまた、実際に起きることは100%間違いないので、やはりあらゆる状況を考慮して、個人や学校、事業所、そして自治体単位で様々なシミュレーションをしておくしかないでしょう。
 もちろん、これらに連動して富士山の噴火というのも、ほぼ間違いなく起きます。富士山に住む者としては、もちろんそれも考慮しておかねばなりません。
 

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2018.09.06

北海道南部で震度7(M6.7)

Th_img_2501 明の大地震。驚きました。夜が明けて状況をテレビ等で確認すると、これは地域によっては震度7を記録したのではないかと思われます。
 まず、ここで申し上げておきたいのは、これが「前震」である可能性があるということです。東日本大震災、熊本震災でも、大規模な地震が発生し、「余震にご注意ください」と言っていたところ、二日後により大規模な「本震」が発生しました。
 今回の震源の近くでは、浦河沖を危険視しておりました。つまり、3.11の震源域に連なる地域。私はかねてより、同南側の房総沖と北側の浦河沖がいわゆる「割れ残り」がいつか割れると考えており、注意喚起をしてきました。
 今回の地震がその浦河沖地震につながる可能性は充分あると思います。
 ちなみに前回の浦河沖地震は36年前昭和57年3月のM7.1です。その時も浦河町では震度6の揺れに見舞われました。津波は最大80センチ。
 今回の震源の東側にある石狩低地東縁断層帯が話題になっていますが、私は「活断層」とは「かつて活動した断層の痕跡」でしかなく、そういう意味ではこれからも新しい「活断層」が発見され続ける、すなわち今まで断層ではなかった場所が新たに断層になることが、ほとんど無限に続くと考えています。未知の断層は理論的に無限にあるのです。
 海溝型の地震、内陸の断層型の地震も含めて、これから数日の間にさらに大きな地震が発生する可能性もあります。まずは、「余震に注意」ではなく「本震に注意」とすべきです。
 先日のスーパー台風に続き、大変な自然災害です。まさに天変→地異。あれだけの台風ですから、当然地上のみならず地中にも大きな傷跡を残しています。そういう意味では近畿地方なども注意でしょう。
 実際、台風の通過中より、富士山のラドン濃度も上昇しました。上昇しても安定しているところを見ると、やや遠方で大きな地殻の動きがあったのかなと思っていた矢先でした。
 また、これは後出しになってしまいますが、昨日の午後、非常に不自然な(つまり通常ではあまりないような)体感がありました。血圧が高いような感覚で、頭がフラフラしていました。そのまま床につきましたが、地震発生後、すっかりその感じがなくなっていたので、自分でも驚きました。
 また、何か感じることがありましたら、今度は早めに発信していきたいと思います。

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2018.08.21

キリストの里公園の謎!?

Th_img_2353 足農業、残念でしたね。しかし、八郎太郎の末裔だけで(?)準優勝まで行ったのですから、これは本当に素晴らしすぎることでした。高校野球については、私は独特の視点で批判的に見ている部分もあるので、また近いうちに何か書こうと思います。
 てか、あの八郎潟のあたりって強い男をたくさん輩出しているんですよね。多くの力士、レスラーが出ている。野球でも落合博満さんがあのあたりの出身。彼らは長髄彦の末裔というウワサもあるんですよ。
 さてさて、吉田投手はマウンドで神になった。そう、マウンドというは特別な存在なのであります。マウンテンであり、塚・円墳であります。キリストが磔刑に処せられたゴルゴダの丘もある意味マウンド的存在です。
 というわけで、今回の七人旅の最後の経由地は新郷村にあるキリストの墓(&イスキリの墓)でした。54歳の誕生日の最後にキリスト&イスキリの墓参りというのもなかなかヲツであります。
 私は2年前に訪れており、その時私の解釈を詳しく書いています(こちら参照)。
 基本その考えは変わっていません。こういう「物語」に対して、あんまりホントウのコトを言ってしまうのは野暮ですけれども、まあそのホントウのコトもまた、かなり物語性が高いので、まあいいでしょう。
 さてさて、今回は違うところにツッコミを入れます。
 十和田湖にも「キリストの墓(はこちら)」という公式の青い看板がありますが、青森県、そして新郷村はこれらを本気で観光資源と考えていますね。実際、整備された「キリストの里」には金かかってるな感があります。上掲の過去記事にも書いたとおり、それは原子力行政のおかげでもあるわけですね。
Th__20180819_103325_2 で、その「キリストの里」なんですけどね、入り口のでっかい看板というかに英語が書かれているわけですよ。それがこういうふうになっている。

Christ of the village park

 これはどうなんでしょう。直訳すると「村の公園のキリスト」ってことですよね(笑)。
 「キリストの里公園」という日本語の語順どおりに英語が並んでいる。「里公園のキリスト」。
 どういうことなのでしょう。
 うん、これは「おらが村のキリスト」的なニュアンスなのか、それか、キリストもこうして日本で修行し、百歳越えるまでここで暮らしたとなれば、すっかり日本人化してしまい、日本語的な語順の干渉を受け…って、それじゃあ、なんでキリストが英語しゃべるんだよ!と、ジーザス・クライスト・スーパースターと同様のツッコミ不可避ですな(笑)。
 ま、それは冗談として、日本語に英語が干渉したことは間違いないでしょう。これは実に面白いですね。
 と思ったら!なななんと、もっと恐るべきことが!
 Googleさまで「キリストの里公園 英語」で検索したら、いきなりこんなのが出てきましたよ!ww

20180822_152633

 うお〜!これはどういうことですか。Googleさままで日本語の干渉を受けているのか?それとも、実際にある「キリストの里公園」の英訳を知っていて、こういう答えを出したのか!?
 これは神がかってますね(笑)。おそるべしキリストの墓&イスキリの墓、そして日本(笑)。


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2018.08.20

十和田湖へ…三湖伝説と金足農業

Th_img_2338 タクシ事でありますが、本当に今年の誕生日(8/17)は素晴らしい日になりました。
 いつもは一人旅なのですが、今回は七人旅。私のわがままな企画に気持ちよく乗っかってきてくれた皆さん、本当にありがとうございました。
 いちおう今回の旅の最大の目的地は十和田湖でした。マニアックな話になってしまいますが…今回は今までの十和田湖訪問に必ず帯同した、我が家でお預かりしている出口王仁三郎の耀わん「十和田」に加え、その兄弟分の「十和田2号」も一緒でした。
 これって地味にすごいことだと思いますよ。不思議な不思議なご縁でこういうことになった。このたびの旅のメンバーも、皆さんもとをたどれば「十和田」が作ってくれたご縁です。そして今回、十和田が引きつけた新たなる十和田。
 ちょうどこの日、甲子園では金足農業が横浜を劇的に破りました。その後の快進撃も含めて、統合過剰なワタクシたちといたしましては、これぞ龍神様のお力添えであると信じるのであります(笑)。
 いやいや冗談でなく、田沢湖、十和田湖、そして金足農業の近くにある八郎潟の三湖には独特な「三湖伝説」があります。
Th_img_2339_2 八郎太郎が龍に姿を変え、十和田湖に住んでいました。そこに南祖坊という男が現れ戦います。結果は南祖坊の勝ち。南祖坊は十和田湖の主となり、十和田神社に祀られることになります。一方、辰子も龍に姿を変え田沢湖に住んでいたのですが、八郎はその辰子を見初め、田沢湖に通うようにります。そして、再び南祖坊と戦うことになり、今度は八郎が勝利…これが三湖伝説の概要です。
 異論はありますが、基本的に、現在十和田湖には南祖坊が、そして田沢湖には辰子が、八郎潟には八郎がいることになるわけですね。
 ちなみに我が家の耀わん「十和田」は、出口王仁三郎の孫で、南祖坊の生まれ変わりと言われる出口和明さんと縁が深い。
 そうしますと、このたび暫定的に「十和田2号」とした新たな耀わんは、もしすると田沢湖か八郎潟と、つまり辰子姫か八郎太郎と縁があるのかもしれません。そうだ、梅の紋が入っているから女性、すなわち辰子なのかも。
 さらにもうひとつ今回は「諏訪湖」も一緒でした。まさに龍神のネットワーク・デバイスが大集合という感じでしたら、八郎潟に近い金足農業が快進撃をしているのも納得できるところです。ちょっと神がかっていますからね。


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2018.08.12

新日本プロレスG1 CLIMAX 28 日本武道館大会3日目

Th_201808120000926w500_0 めでとうございます、棚橋選手。本当に素晴らしすぎる優勝決定戦でした。
 素晴らしくなることは予想されていましたが、その予想をはるかに超えた神どうしの戦い。戦いの中に溢れる愛。
 棚橋弘至と飯伏幸太。そう、かつてのプロレスラーにあった恐さはなく、愛と愛のぶつかり合いという新しい戦いの景色を見せてくれました。
 こういうプロレスを観て、昔のプロレスファンの一部は、こんなのダメだと言うでしょう。これはプロレスに限らず、たとえばスポーツ界、あるいは教育界でも同じ、そういう人がまだまだたくさんいます。
 しかし、ここのところずっと書いてきたように、時代がドラスティックに変わりつつあり、私たちはそれに気づき、それを受け入れ、自分自身を変えていかなければならないのです。
 そういう意味で、棚橋選手がこの20年くらい戦ってきたモノは強大だったと思います。今日の勝利は、飯伏選手や今回のG1の参加選手に勝ったという意味だけでは説明できません。
 これはまさにトップダウン、天の力による世界改造ですよ。人事を尽くした棚橋選手に、天がほほえんだ。そう感じました。
 そんな偉業を具現化するのに、大切な役割を演じた飯伏選手にも拍手を送りたいと思います。どんどん進化し、見たことのない風景を見せてくれる飯伏選手は本当にすごい。
 覚醒した飯伏選手を久しぶりに見ましたけれど、うん、棚橋選手のバックステージでの言葉は重かったなあ。

「後は飯伏が覚醒した状態のままでやれるか。俺は真のトップレスラーだから。オンとオフがないから。それが自慢だから」

 なるほど、常にオンでいられるのが棚橋選手のすごさなんですね。恒例のエアギターも含めて、試合後のパフォーマンスも全力。本当にファンに愛を届けようとしている。たしかに素晴らしく魅力的な男ですね。
 ありがとうプロレス。プロレスが時代の先端を行っていることを再確認した大会でした。

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2018.08.09

グレート小鹿…「高齢者が院政を敷くのはよくないよ」

Th_979c7_1399_433d376c_3798fd0d 45年ぶりにシングルの王座に輝いたグレート小鹿さんは76歳。
 インタビューで独自の高齢者論を展開しました。なんとも平和でいい話ですよ。同じ格闘技でも、相撲、アマレス、ボクシング、そして広義で言えばアフメトもあんな感じになっている中、プロレスはなんとも平和です。
 まあ、とりあえず記事をお読みください。

76歳・グレート小鹿45年ぶりシングル王者 78歳・山根会長問題へ持論を展開

 グレート小鹿さんには3年前にお会いして、素晴らしいお話をうかがいました。

グレート小鹿 vs 宮戸優光 特別トークバトル(UWFスネークピット・ジャパン)

Th__20151025_10_06_38 この記事にも書いてあるとおり、小鹿さんの報恩、社会貢献の気持ちは非常に強い。若い頃、いろいろな人たちのお世話になった分、若手を育て、ボランティアをし、恩を返す人生を送っています。
 このたびの王座奪取も、そうした流れの一つでしょう。こういう「老害」が世間を騒がせているご時世だからこそ、違った老人、高齢者のあり方を示しているのです。
 違う見方をすることもできます。実はプロレスの世界は、他の格闘技、あるいはスポーツの世界よりもかなり早い段階で、年功序列や上意下達、そして反社会的勢力との関係におけるマイナス面を克服してきたのです。
 プロレスの世界は70過ぎても現役でやれるどころか、チャンピオンにさえなれるという、独特の文化を持っています。純粋な西洋スポーツとはあまりに違う。
 では、日本の武道の世界はどうかいうと、これがまた硬直化していて、まだまだ旧弊悪弊が残っています。仏教の修行の世界もそうです。
 明治維新後、特に戦前戦中に造られたフィクションが、いまだ通用している困った世界がたくさんあるのです。教育の世界もそうですよ。
 東京オリンピックまでに、はたしてどこまで各世界が変わることができるのか。オリンピックとはスポーツの祭典であるだけでなく、文化、教育の祭典でもあるのです。
 甲子園も今年で終わりでしょうね。いいんじゃないですか、ちょうど100回ということで。
 今後、まだまだいろいろなところから膿が出てきますから、皆さん、楽しみにしていてください。決して悪い方向にはいきませんので。


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2018.08.07

暴力・威圧による教育の時代は終わるのか?

Th__20180808_175100 研修会での指導を終え帰宅しました。指導とは言うのものの、特に今回はこちらが学ぶことが多かった。若手教員からいろいろ教えていただきました。
 たしかに時代は変わっている。
 たとえば、「新アンガールズ」と言われる、日大田中理事長にボクシング連盟山根会長に象徴されるような、「荒魂」的世界は、教育から追いやられる時代が来ました。
 今若い先生たちは、体罰や威圧的な発言、行動によって生徒をコントロールするという旧来のやり方を自ら捨てようとしています。これは素晴らしいことです。
 愛のムチ…たとえばこういう言い方によって美化されてきた「暴力」。そういう力が働いてこそ生徒は成長するという、よく考えれば全くエビデンスのない伝説がまかり通っていたのが、学校という異常な空間です。
 150年戦争終結という言い方で、いろいろなところで話していますが、学校のそうした軍隊文化もいよいよ終わらせなければならないですね。
 いや、ホント数ヶ月前までは、「昔はよかった」「今はダメだ」的な発想をしていたんです。お恥ずかしいことですが。
 しかし難しいですよ。今日もそういう話で6時間、グループワークしましたよ。何が間違っていたのか、何を変えていかなければならないのか。そういう検証が全くされてこなかった世界なので。
 若い先生方は大変ですよ。子どもたちは基本、どの時代も変わりません。反抗や怠惰という表現方法しか知らない生徒たちは今もたくさんいます。
 今までは、それを威圧によって3秒でしっかりさせることができました。私も、若い頃そういうことが苦手だったので、自分なりに訓練して、威圧も体罰もできるようになりました。しかし、そういう方法をとっていた頃の自分は、なにか不自然で、教師という仕事に対しても違和感を抱いていたのです。
 今、面白いもので、こういうご時世になりまして、ようやく自分らしく毎日を送れるようになったのです。不機嫌にならなくて、というか不機嫌なフリをしなくてよくなった。
 私、生来の性格で本当に怒りの感情がほとんどないんです。なのに先輩方から、そんなことではダメだ、なめられる、自分はこうして生徒を静かにさせる、と聞かされ、ある意味しかたなくやってきた部分があるのです。
 では、その代替策がしっかりあるかというと、今日の若い教員たちと同じく、これというものがないのです。だからこそ、今日は指導というよりも、本当に一緒に悩みましたよ。
 ただ、本当に時代はそういう「荒魂」ではなく、「和婚」の方向に動いてるのは間違いありません。これは実にいいことなのです。
 人類はいよいよそういう次元上昇の時を迎えているのでしょう。教育とは、未来の大人、すわなち未来の社会を創る営みです。
 子どもたちが、そうした暴力的な教育の世界から解放されれば、もしかすると世界から戦争がなくなるのかもしれません。
 ちょっと前までの私を知っている人は、いったい山口はどうしちゃったのか?と思うことでしょう。しかし、これはどうしようもありません。どの瞬間だったかは分かりませんが、急に変わったのです。
 誰か言っていました。不機嫌によって人をコントロールしようとするのは、赤ん坊と教師だけだと。笑えませんね。

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2018.08.06

『広島、長崎戦跡善後処置緊急具体案」 (仲小路彰)

Th__20180808_84318 島原爆忌。今日はある研修に講師指導者として参加しておりますが、たまたま広島からいらした先生とじっくりお話する機会がありました。
 被爆地ゆえの特殊な教育事情。このたびの豪雨被害について。広島は特別な試練の上に崇高な使命を持っているように感じました。
 仲小路彰は戦後すぐに、広島・長崎両被爆地について提言を行っています。はたしてこれが誰にあてられたものか分かりませんが、結果として、平和記念公園や資料館、そして原爆ドームの保存へとつながっていったことは間違いありません。
 今日はその貴重な文書の一部を翻刻して紹介したいと思います。お読みになっていただければ、仲小路がいかに進歩的、未来的な思想を持っていたかが理解できると思います。メディア戦略や経済戦略なども含め、当時の常識とはかなりかけ離れた、しかし未来的には実際に実現したアイデアが満載です。
 なお、旧字体は新字体に直しました。

 厳秘
  広島、長崎戦跡善後処置緊急具体案
 主要目標
  第一方法
 ウラニユーム原子爆弾を広島及長崎の両都市に使用したる結果を極めて広範囲に渉る各種科学の方面より整然と調査整理して之れを詳細に何等区々たる感情を混ふる事なく大胆率直に全世界に発表すること。
 之れに依りて自ら全世界の各所に軍事的方面より又は道徳的観念より或は宗教思想等の角度より各種の議論多出すべく之等は総て之れを大乗的見地よりなすに委せて唯その究極を之れに依りて最も深刻に人類を反省せしめ、物質文明特に近代科学の飛躍的に進歩せるに比して精神文化の発達甚だしく遅れ、殊に各国家間の国際道義の低下を今後如何に為すべきか、又社会道徳の混乱頽廃せる真相を如何にして正しく進歩向上せしむるかを自ら深刻に考慮せざるを得ざらしむる事。
  第二方法
 世界の宣伝網を活用すべくその中心勢力と協力する事。
 全世界のあらゆる交通及観光会社と提携する事。
 之れを映画化して極力活用する事。
 見学及観覧の為に完備せる大設備をなす事。
  第三方法
 之等のあらゆる方法を活発且つ有意義に実現し、而も之れを我国復興の一大財源たらしむる為に国家直接の機構は之れを唯背景となすに止め、公共又は私設団体或は特設会社を創設して之れに当らしむること。
 国家は即刻撮影、上映其他の権利を之れに与へて確保せしめ、外国人及それ等の会社との交渉は尽く之れに当らしめ今後の大計画及び相互の事情をよく懇談の上少くとも第一回の撮影許可料壱千万弗以上を入手し、直ちに之れを二分し、その一は直接罹災者の救助費の一部となし、その一はあらゆる設備の費用となす事。猶世界に之等の映画を上映する場合の純益の三割以上を提供せしむる事。

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2018.08.04

折りたたみ日傘(晴雨兼用)

Th__20180805_181411 い、暑いシリーズが続きます。
 買いましたよ、とうとう。日傘です。日傘なんて女性のものだと思っていましたが、今や都会では男性も日傘を堂々とさしているようです。
 私、坊主頭、すなわちスキンヘッドじゃないですか。これがですね、真夏は涼しいどころか、とんでもなく熱い(痛い…ちなみに冬はめちゃ寒いっす)。
 で、最近は突然の夕立、いやゲリラ豪雨もあるじゃないですか。そうなるとやはり晴雨兼用の折りたたみ傘がほしくなる。
 実はずいぶん前から私は日傘をさしたかったんですよ。しかし、社会的なパラダイムシフトが起きないと、単なる変人にしか見えなかった。それが、昨日も書いたとおり「ホンモノのトップダウン=天の力」で、なかば強制的にパラダイムシフトが起きつつあるわけです。ラッキーですね(笑)。
 仲小路彰は弟子にこう語ったと伝えられています。

実に簡単です。
常識を捨てればいいんですから。
 

 これはすなわち、私たち凡夫にとってはこういうことを語っていますよね。

実に難しい。
常識や過去や信じてきたもの
を捨てるのは。

 たった日傘でさえも、私たちはなかなか常識を破ることができませんでした。それを見かねた天の神様が、こういう異常な酷暑を私たちに与えてくれたわけです。感謝しましょう。
 そうそう、この傘、軽くて小さくてホントいいですよ。自動開閉の仕組みなんていりません。ただ重くなるだけですからね。

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2018.07.26

ホリエモンが“ゼロ高”創設!目指す教育改革とは?

Th_unknown1 日の悩みの続きです。今日、堀江貴文さんが「学校教育を壊す」と宣言しました。素晴らしいことです。
 私も戦後日本の学校教育は一度ぶっ潰してもいいと思っています。それくらい病んでいますよ(私は)。
 自分がやってきたこと、信じてきたことを疑う、否定するというのは勇気のいることですが、無理に続けている方がずっと疲れますので、私は私の立場を大切にしながらいろいろ悩み、叫んでいきたいと思っています。
 少し前の自分なら、このゼロ高にせよ、先行していたN高にせよ、違和感というか、拒否感を抱いていたと思います。それが今はとても興味がある。
 今までの学校、つまり自分がやってきた教育方法というのも、ある種類の生徒たちには一定の効果があります。もしかすると、これからの社会においても、確率論的には安全安定の人生を用意してあげられるかもしれない。
 しかし、今までもいた一部の個性的な生徒にとっては、こういう個性的な先輩方が創ってくれた新しいタイプの学校は、非常に魅力的でしょう。成果も上がると思いますが、一方、自分が特別だと勘違いしている単なる中二病の生徒が進学すると、よけいにきついかもしれない。
 私も退職したら学校創ろうかな(笑)。

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