カテゴリー「ニュース」の938件の記事

2018.11.13

言語道断とは

Th_7a8cef25b46f69b394b2ca6caac3e5e7 「ランプ大統領のやることは言語道断なことばかり」…政権内の高官がこんな告発文を出したとか。
 まあ普通に考えて、ここでの言語道断とは「かなりひどい」という意味でしょう。表現できないくらいひどいと。
 一般的に四字熟語としての「言語道断」は、たしかにそういう意味です。
 しかし、仏教語としての、すなわちオリジナルな意味は正反対なのでした。

「仏法の深遠な真理は言葉で説明できない」

 これが本来の意味です。禅が言葉を排除するのはこの原理によるもの。
 日蓮も「言語道断の経王、心行所滅の妙法也」と言っています。法華経は素晴らしいと。ブッダのお悟りは言葉にできないどころか、我々人間の心さえも及ばないのです。
 言語道断の「言語」は、まあ普通に「言葉」でいいと思います。あるは「言う」「語る」という行為。
 「道」は、これはroadやwayではなく、報道の「道」、唱道の「道」ですね。漢文でも「道ふ」は「いふ」と訓読します。
 言語断とも言います。つまり、「言語」も「道」も同じ意味なんですね。それら全てが「断」たれるとということです。言葉を受け付けない。言葉で説明できるようなものではない。説明しようとしてはいけない。説明できたら偽物。
 仏教の教えというのは、常にそういう矛盾を抱えています。なにしろ、たとえば「法華経」という言語で書かれたものが言語道断なんですから(笑)。
 座禅も言語道断を体験するためのものです。しゃべっていはいけないし、考えてもいけない。徹底的に言語を追い出すのです。
 ということは…もしかして、トランプさんの行いは深遠すぎて言葉で説明できないのかも?
 だから、我々凡夫には理解できないんですね(笑)。


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2018.11.05

分裂から融合へ

超越融合!
Unknown 日は重いテーマを軽いメモ風に。
 時代は明らかに「分裂」から「融合」へと変化しつつあります。
 仲小路彰は言いました。「21世紀は太陽の時代である」と。そこには大きく二つの意味があります。
 一つは「女性性」の時代。そして、もう一つは「核融合」の時代。
 たしかに「女性」も「融合」という生命の本質を担う存在ですね。
 私は何度も書いているとおり、ワシは原発には反対の賛成なのだ!という立場を取っています。
 まさにそれを研究している私の友人たちによると、もうすぐ核融合は画期的な方法によって現実的になるそうです。「分裂」から「融合」です。期待しています。
 そして、一昨日も触れました、天皇の譲位の本質。ちょうど700年前から南北朝に「分裂」していた天皇家が、ある方法によって「融合」します。まさに象徴的ですね。
 さらに身近なところで、興味深い「分裂→融合」の動きがありました。保守分裂と言われて久しい、山梨2区を巡る自民党内の対立。そこに大きな変化が。

山梨知事選で自民推薦の長崎氏「憎み合う状況では発展ない」

 超手前味噌ですが、絶対に和解は無理だと言われていた両者を、ある象徴的場で無理やり「呉越同舟」させたのは、このワタクシです。それはまたすぐに分裂してしまいましたが、その時御本人に、そして自民党のトップに、また神様に訴えかけたことが、こうして予想以上に早く実現することになるとは。勝手に感無量です(笑)。
 私の中でも、実は「分裂→融合」がたくさん起きています。たとえば音楽とか。今までの自分内対立はなんだったのかと思うくらい、いとも簡単に融合できるようになった。なんなんでしょうね。
 これらの動きは歓迎すべきものです。今日もたくさんの「融合」を見つけて生きたいと思います。
 今日はここまで。

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2018.10.09

追悼 輪島大士さん

 念な訃報です。元横綱の輪島大士さんがお亡くなりになりました。
 横綱としてもそうですが、やはり私としてはプロレスラーとしての輪島さんの思い出が多い。
 特に天龍さんとの壮絶な戦いには、何か言葉にならない感情を湧き起こされました。横綱が前頭力士に「かわいがられる」。人生の過酷な運命の象徴でもあり、また、それを受け入れ乗り越えようとする、人間の強さと悲哀を感じずにはいられませんでした。
 今日は、その「人生劇場」の一つを見かえてみながら、輪島さんのご冥福をお祈りいたします。

 アメフト問題で一躍注目を浴びた日大の田中理事長は、日大相撲部で輪島さんの一つ上の先輩でした。そんなこともあり、輪島さんもアメフトに関わっていた時期もありましたね。あの一件について輪島さんはどんな思いだったのでしょうか。
 そういえば、相撲界を引退した元貴乃花親方が、馳浩元文科大臣と会ったとのこと。「プロレスは?」と聞かれ、「そんなに器用ではない」と答えたとか。
 プロレス的な器用さというのは、本当に奥が深い。貴乃花のような人にはたしかに難しいかもしれませんね。
 そう考えると、当時プロレス不器用に見えた輪島さんも、実は人間としては器用だったのかもしれません。

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2018.10.04

『聖なる約束4 ヤマト人への福音 教育勅語という祈り』 赤塚高仁 (星雲社)

Th_41tdvbirshl_sx337_bo1204203200_ 日はいろいろなお客様が入れ代わり立ち代わりいらっしゃり、合計6時間ほどお話をしました。
 「対話に貴賎なし」がモットーのワタクシといたしましては、大変楽しい一日でした。
 その中のお一人、政治家の方とは「教育勅語」の話になりました。そう、新文科大臣の発言がありましたので、そこからのお話でありました。
 教育勅語が素晴らしいという人と、教育勅語なんかとんでもないという人の溝は埋まりません。なぜなら、論点、評価のステージが全然違うからです。
 私はそのステージを行き来できると自負しておりますので、称賛も批判も両方できるつもりです。
 ただ一つ、直視していなければ教育勅語自身が持つ矛盾もしっかり直視しなければならないと思います。すなわち、教育勅語の眼目である「忠孝」は儒教の教えであり、決して日本古来のもの(国体の精華)ではないということです。
 いや、我が国の国柄は宏遠であり、彼の国の教えをも内包しているのである…なんて言い訳もありえます(いかにも私が言いそう…苦笑)。あるいは、忠孝のルーツは日本であるという言い方もありかな。
 しかし、教育勅語の時代性から考えると、実は単純な構造であって、江戸時代以来の儒教的家族観、友人観の最上位に、天皇への忠義を置いたものにほかなりません。
 そこを基準に論じると、たしかにいいことを言っている部分もあるが、それは別に教育勅語でなくてもいいだろうという、非常に単純な結論に至るわけですね。儒教の教えのエッセンスを紹介したものはほかにもいくらでもあるし、天皇家の素晴らしさを、あるいはあの時代の天皇制の危険を語るものもいくらでもある。
 教育勅語に関しては別にケンカすることはない。どっちも正しいし、どっちも間違っている。原理主義的二元論の罠にはまっているだけです。議論の仕方がいかんのです。
 では、私たち現代人は、教育勅語全体とどう付き合えばいいのか。それ自身が内包する矛盾をどう乗り越えればいいのか。
 というわけで、今日紹介する本は、知り合いである著者御本人からお送りいただいたものです。これは、今述べた二元論的な判断基準によるものではなく、儒教の上に「やまとこころ」を置き、天皇をキリスト(救世主)に見立てるという、全く別次元のお話です。
 これはこれで実に面白いストーリーであり、私は楽しく読ませていただきました。もちろん小馬鹿にしたり、ましてや怒り出したりはしません。21世紀において、そのような読みが可能ならば、それはそれでいいと思います。
 世の中には「教育勅語トンデモ本」というジャンルがあります。この本なんか、その中でもかなり先鋭な存在でしょう。たしかに常識的には「トンデモ」の称号を与えられてしかるべきでしょう。
 しかし、出口王仁三郎や仲小路彰に親しんでいる私としては、こういうトンデモ世界に、世の中の本質が見え隠れしているように思えてならないのです。
 少なくとも不毛なケンカのタネにするよりは、こうして新たな意味を付与する方が、当時の皆さんにも失礼がない…と思います。
 それにしても、著者赤塚さんのピュアな魂と行動力には、本当に頭が下がります。自らのお役目をよく知っていらっしゃる方です。

Amazon 聖なる約束4 ヤマト人への福音 教育勅語という祈り

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2018.10.01

異常気象は人為か天意か

Th_img_2694 日の夜から今日の未明にかけて、台風24号が接近しました。
 当地富士山北麓でも大変な風雨となり、多数の倒木が発生し、長時間にわたって停電しております。
 我が家では、地震、噴火、台風などで被災した時のために、いろいろと防災グッズを準備しておりますので、そこそこ快適な生活を維持しています。
 とはいえ、灯油ボイラーが使えず、結果として風呂に入れない状況です。今日は、とりあえず私と娘は風呂割愛ですが、秋田出身温泉大好きな家内はここぞとばかりに近くの温泉施設でゆっくりしてきたようです。
 近くの携帯電話の基地局も機能しておらず、スマホもポケットWi-Fiも圏外で、インターネットに接続されない状況です。まあ、それでもなんとかなると言えばなりますが。
 今年は豪雨、酷暑、台風など、明らかに異常気象ですね。実は毎年のようにいろいろあるのですが、私たちは喉元すぎれば「暑さ」忘れる存在です。去年のことも覚えていないので、来年になると今年の災害のことも忘れてしまうんでしょうかね。
 さて、先日のイノフェスで高城剛さんが、最近の地球的な異常気象は太陽の活動に起因する「宇宙気候変動」であるという、天文学者の説を紹介していました。なんと、温暖化ではなく「ミニ氷河期」が訪れると。
 私もかねてから、二酸化炭素などの温暖化ガス排出による温暖化よりも、太陽活動による寒冷化の方が勝るのではないか、その日のために、今はなるべく温暖化させておいた方が良い、などと極端なことを言ってきました。
 一方で、標高の高い寒冷地に住んでいることを、短期的人為的な温暖化の中においては「勝ち組」だ、あるいは、2020年東京オリンピックの夏は「冷夏」になって全てがうまくいく、などという無責任な楽観論を言ったりして、温暖化反対派を故意に刺激してきました。まあ、軽い戯れのつもりなんですがね。
 しかし、どうもそれは冗談のレベルではなかったようです。実際に寒冷化が進む可能性が高いとか。
 実際、私が上のような戯言を言ってきたのは、地球レベル、あるいは宇宙レベルと、いわゆる人間レベルとを比べると、圧倒的に前者の方が上位にあると認識しているからです。逆に言うと、良いことにおいても、悪いことにおいても人間がなんでもできると思うのは、それは完全なる思い上がりです。
 日本には宗教がないと言っていいと思いますが、この確信において、おそらく本来の日本人は「神」を共有していたのだと思います。
 言うまでもなく「かみ」は「上」という意味であり、それは「天」そのものを指します。つまり「宇宙」ですね。それを忘れてはいけません。
 そういう意味において、このプチ被災状況をも天意であると受け入れ、ある意味楽しんでいきたいと思います。


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2018.09.27

ガンマ波(悟り)と音楽

Th__20180928_141812 TOCANAに「瞑想中のチベット仏教僧の脳波を調べてみたら大変なことになっていた! 瞑想が脳にもたらす7つの効能を徹底解説!」という記事があり、興味深く読みました。
 これってちょっと分かるんですよね。とても高僧のようにはいきませんが、最近坐禅中に時々「ゾーン」に入ることができるようになったんです。実に気持ち良い状態です。
 そうそう、先週、現代日本を代表する作曲家のお一人である権代敦彦さんとお会いしまして、短い時間ではありましたが、実に興味深いお話をさせていただきました。
 その中で座禅に関する体験をお話しさせてただきました。ゾーンに入った時は、「無」ではなく「音楽」がそこにあると。私はそこに音楽があることは分かるのですが、それをダウンロードできない。おそらく権代さんはダウンロードできるのでしょう。一流の作曲家とはそういうものです。
 その「無」ではないモノが「空」であるとも言えるわけですね。私の修行がもっと進んで、もっと自分が「空」になって器になれば、きっとそこに音楽がダウンロードできるのでしょうね。
 そうしますと、ガンマ波とはまさに「空」の状態を表す波であることがわかります。悟りというのものが、科学的に解明される、あるいは音楽の本質が科学的に分かる時が近づいているのかもしれません。
 高次元の波動なのでしょうか。それがもうすぐそこにあることは予感しています。未来の地球人のために、私は瞑想と音楽を通じて、そこへアクセスする努力をしていこうと思います。
 権代さんとの話の中にも出てきました。言語を超えるのだと。我々人類が自ら発明し、自らを縛り付けてきた言語。それを超越しないと、次の時代は訪れません。
 それは言語を否定したり無視したりすることとは違います。いつも言う通り、「コトを窮めてモノに至る」という方法しかないのです。

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2018.09.25

新潮45休刊!?

Th_post_24888n 然の休刊宣言に驚きました。
 最近の社会の傾向ですが、なにかあると、辞任とか休業とか休刊とか、そういう責任の取り方が多いですよね。
 それでいいのかなあとも思います。
 結果として、小川榮太郎さんや新潮45を批判、攻撃した人たちが正しかったという結論になってしまいました。
 そんなに短時間で正答が出るような単純な話ではないと思うのですが。以前よくあったように、別の雑誌と全面戦争的に識者が言論で戦う、それを読者ら一般市民が観戦しつつ、議論自体も深まり社会の認識も深まるという、そういう道が、こうして簡単に閉ざされしてしまうことに危惧をおぼえます。
 それはすなわち、市民の感情、特に好悪の感情や、薄っぺらい正義感、そして安っぽい嫉妬心などが集合体となって…つまりそれこそ暴力だと思うのですか…倫理観や制度が醸成されていってしまう。
 昭和の言論の内容が正しかったかどうか知りませんが、ただそのプロセスやそこから生まれる文化、あるいは変な言い方ですが愛や友情というものには、シンパシーをいだきます。
 ところで、私が知っている新潮45は、けっこう怪しい雑誌ですよ。エログロというか、未解決事件とか猟奇事件、あるいは赤裸々な性の世界などを扱い、なんというか、カストリっぽいところがあって、それはそれで面白かったし、誰も文句言いませんでしたよね。
 私も何度か書いていると記憶していますが、人権、平等を声高に表現するばかりに、結果として逆差別、不平等を生むことは往々にしてあります。
 最近よく言われる「不寛容な社会」も、ある意味自己に対する寛容を権利として主張しすぎたばかりに、結果それを認めない、あるいは意識していない人への不寛容を生んだのではないかと思います。
 SNSなどが発達して、(ワタクシも含めて)不勉強かつ感情的な庶民が自由に無責任にその思いを発信したり、誰かの思いに乗っかったりできるようになりました。その弊害を見るにつけ、人類はここでも修行をさせられているのだなと感じます。
 ある種の自由を得ると、そこには新たな苦悩(不自由)が待っているのでありました。しかし、それはあくまで修行です。長い目で見れば悪いことではないとも思うのであります。

Amazon 新潮45 2018年10月号

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2018.09.22

【討論】安倍改造内閣がすべきこと、できること

 倍さんが3選しました。結果としては予想通りであります。一方ではたして任期を満了する2021年、はたして日本はどうなっているのか、心配でもあります。
 その前に安倍政権が瓦解するのか、それとも日本自体が瓦解するのか。日本という国のためには、安倍政権が続くのがいいのか、はたまたその逆なのか…それはいろいろな意見のあるところです。
 つまり、東京オリンピック後の日本のビジョンを、今年来年でしっかり考えていかなければならないということです。言うまでもなく、来年は御世代わりがあります。それはある意味では、この日本国のピンチを、天皇自らが身を切って救おうという究極の策です。
 そのご意思をしっかり受け取り、政治家はもちろん私たち国民が、あらたな未来を創り上げていかねばなりません。
 そんな時、はたして、この番組に登場している人たち、この番組を観る人たち、いわば保守の人たちはどういう役割を果たしていくのでしょうか。
 この討論でも何度も俎上に上がっている「マスメディア」「知識人」…私からしますともう彼らについて語ってもあまり意味がないと思いますよ。もうそこまで力はない。今の若い人たちと話をしているとつくづく感じます。オールドメディアや知識人(年寄り)には、かつて世の中を動かしたような力は全くない。
 一方、日本という国自体の、世界を動かす力もなくなっているとも言えます。世界中を自由に闊歩している私の友人たちは、口を揃えて、「日本の存在感はほとんどない」と言います。
 日本人がすごいと自賛している「ジャパン」は、本当に幻想であり、隣国の「ウリジナル」と同等に恥ずかしいものだとか(苦笑)。
 かつての日本の唯一の誇りであった「MADE IN JAPAN」は、今や「KOREA」や「CHINA」に取って代わられています。せいぜい有名なのは、豊かな?自然災害くらい。
 なにしろ、観光立国を目指しているわけですから。これは考えようによっては、災害の多さの裏返しとしての豊かな自然と伝統文化ということで、まさに開発途上国の魅力ですよね。
 実際、先日話をした海外からの観光客の皆さんは、日本をアジアの一国としてしかとらえていませんでした。ひどい人は、日本は中国の一部だと思っていた(笑)。
 というわけで、真剣に未来の日本のあり方を考えていかねばなりませんね。間違いなく日本は新しい地球文化創造の中心になるのですから。

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2018.09.21

小川榮太郎氏が語る「二・二六事件」

 だ今、なにかとお騒がせ中の小川榮太郎さん。彼とウチとは決して遠くない関係なのですが、まあ、あれは批判されてもしかたないですね。特集もちゃんと全部読みましたし、彼の反論ビデオも観ましたが、正論にしてもやはり言い方というものがある。文学的批評というのもありだと思いますが、やはり「感情的」になっているところが分かる文章はいけない。残念です。
 もちろん批判する側も非常に感情的で気持ち悪い。いずれにせよ、日本の論壇はこんなレベルなのかという絶望感があります。
 さて、そんな小川さんですが、歴史、特に昭和史に関する論評はバランスがよく好感が持てます。ここで語られている二・二六事件論もなるほどと思わせるところがあります
 やはり小川さんは文学者であり、歴史としての事実だけでなく、たとえば青年将校の「精神」を評価していますね。結局のところ、この事件が多くの文学や映画に描かれているのは、そういう一面があるからです。
 近代の社会科学としての歴史学は、ある意味唯物論的であり、精神、意識の部分を捨象して成り立っています。そこに異論を投じるのは、たしかに文学者の役目であり、またいわゆる保守論壇の役割であるかもしれません。
 しかし、そこに過度な同情や敵愾心を盛り込んでしまうと、今回の騒動のようなことが起きてしまう。そこが文学や保守の弱点でもありましょう。

Amazon 一気に読める「戦争」の昭和史

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2018.09.11

関東大震災&南海トラフ巨大地震の地震速報シミュレーション

 海道の地震はまだまだ収束というわけにはいきません。今日は青森県東方沖でM5.0がありました。私の気になっている浦河沖の南側に当たります。いわば3.11の北側の割れ残りであり、いずれ近い将来それなりの規模の地震が発生する地域です。
 そういう意味でも、また直下型地震の余震、あるいは誘発地震(本震の場合もある)にまだまだ注意が必要です。先日の地震による被害から復興もままならない時期に、このようなことを発言することに抵抗がある方もいらっしゃるかと思いますが、やはり防災は「最悪」を想定しながら、現実に対処していかねばならないと信じます。
 さて、私たち本州の人間もですね、決してこのたびの地震を対岸の火事だなどと思ってはいけません。同様の直下型地震、あるいはそれと連動する可能性もある海溝型地震などに、充分注意しなければなりません。
 しかし、なかなか言葉で注意を喚起しても、ついつい日常に流されて忘れてしまうのが人間のさが。私ももちろんその一人です。
 そんな時、このようなシミューレーション動画を見ることには、大きな意味があると思います。NHKの緊急地震速報から津波警報などに至るまで、とってもリアルに作ってくれているのがこれらの動画です。
 まず、過去の実際の地震から。大正12年の関東大震災です。

 これを見ますと、本震のパニックの最中にかなり大きな余震が何回も発生していることがわかりますね。これが現実だと思います。この関東大震災と同様のメカニズムの地震も、もういつ発生してもおかしくない状況です。
 85年前とは東京は大きく変わっています。あの頃よりも強靭になった部分と、より危険に、脆弱になった部分とが混在しています。実際にどのような被害が出るのか、全く予想がつきません。それでも、可能な限り様々な状況をシミュレーションしておくことは重要でしょう。
 続きまして、発生が予想されている南海トラフ巨大地震のシミュレーションです。

 こちらは午前中に発生したという想定ですが、実際には夜かもしれませんし、季節もいつになるのか分かりません。いずれにせよ、これほど広範囲で震度7ということになると、全く被害の全容は想像できませんね。
 M9.2という想定ですか。それも前震のあとすぐの本震。南海、東南海、東海の連動ということも考えられます。その際は世界史上最大級の規模になる可能性もあります。津波は「巨大」。遡上高は40メートル以上になるでしょう。
 南海トラフ周辺の巨大地震もまた、実際に起きることは100%間違いないので、やはりあらゆる状況を考慮して、個人や学校、事業所、そして自治体単位で様々なシミュレーションをしておくしかないでしょう。
 もちろん、これらに連動して富士山の噴火というのも、ほぼ間違いなく起きます。富士山に住む者としては、もちろんそれも考慮しておかねばなりません。
 

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