カテゴリー「ニュース」の860件の記事

2017.12.13

南京陥落から80年

 元の町で万葉集講座をやりました。今日は全5回の最終日。昨年の古事記講座と同様、話があっちこっち飛びまくって、ワタクシらしい(?)トンデモな講座になりました。
 最終回の今日は、万葉集における「鳴沢」についてお話しました。内容は以前「鳴沢」とはどこか伊豆の高嶺の鳴沢に書いたものとほぼ同じで、ワタクシの「新説」「真説」を紹介いたしました。
 その中で、「伊豆の高嶺の鳴沢」の話から、伊豆山字鳴沢の「興亜観音」の話もいたしました。なんとも不思議な因縁を感じますね。なにしろ80年前の今日は南京が陥落した日。
 松井石根大将が入城したのは17日だったと思いますが、80年前の出来事が万葉集の話からこうして蘇るというのは、実に不思議な感じがしました。
 今日、中国では大々的に国家的な式典が行われました。

 南京事件、あるいは南京大虐殺については、このブログでも何回か書きましたとおり、私は「あった」「なかった」論には終始したくありません(2年前の南京事件から78年〜歴史という物語参照)。
 それよりも、私個人としては、松井石根さんを通して、戦争自体の悲惨さ、残酷さ、不条理さ、そして地球平和の大切さを学んでいきたいと思っています。
 次の動画は幸福の科学さんが製作したものですので、最後に大川総裁の霊言がありますが、それ以外はよく出来ていると思います。ま、正直この程度の霊言であれば、私でもできますよ(上から目線…笑)

 以前も紹介した、水島先輩の映画作品「南京の真実」が改めて公開されていました。ぜひ御覧ください。

 同じく英語版です。


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2017.12.08

富岡八幡宮事件について

Th_1024pxtomioka_hachimangu_201708 の毛もよだつような事件です。由緒ある神社でこのような事件が起きるとは。
 しかし、考えてみれば、平安時代や鎌倉時代には、神社を舞台とした殺傷事件はいくつかありましたし、怨霊になって神社自体を呪うというのもあったこと。
 なんだか、突然現代から中世に引き戻されたような気がしますね。
 いくつか気になることがあります。
 まずは、深川八幡が富岡八幡と呼ばれるようになった由縁。報道されているとおり、この神社を近代的な意味において「再興」したのは、今回の被害者、加害者の祖父である富岡盛彦。
 富岡盛彦は神社本庁の総長まで務めた近代神社界の重鎮、実力者です。彼と、谷口雅春、朝比奈宗源、安岡正篤、岡田恵珠らが、日本会議の前身である日本を守る会を創設しました。
 立派すぎる父を持つと大変で、盛彦の息子、すなわち今回の事件の姉妹の父親はいろいろと問題があった人と聞いています。そして、孫の世代にこんな時代錯誤なことが起きた。それも神社本庁がらみのトラブル。なんとも不思議な因縁であります。
 う〜ん、富岡を名乗ってしまったところからして、大きな間違いだったのかもしれませんね。
 もう一つ、気になるのは、大相撲との関係です。
 今、角界は大荒れです。それも外国勢力と国内勢力との対立。深川八幡は古くから江戸勧進相撲と深い関係があります。
 勧進相撲は、本来神事であった相撲を、表面上その性質を残しながら、一つの興行として発達していきました。それが現在の大相撲につながっています。
 ここで思い出されるのは、2011年、平成23年の春場所です。そう、八百長関係で中止となった場所です。その本来開催されるはずだった幻の場所中に、あの東日本大震災が起きました。私は、ずっと続いてきた地鎮の祭事を行わなかったからだと、真剣に思いました。
 今回の事件も、もしかすると、大相撲の混乱、腐敗、外国勢力(特に蒙古)の侵入と関係あるかもしれません。
 それこそ全く科学的ではありませんが、日本は科学の国ではなく、霊性の国です。この事件についても、ワイドショー的な視点だけでなく、霊的な視点で解釈しなければならないと思います。
 そう言えば、ここのところ、富士山のラドン濃度が異常値を示しています。大相撲の混乱とともに再び大地が動くことのないよう祈りたいと思います。

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2017.11.24

新米をいただきました

Th_lif1711230028p1 日は勤労感謝の日、すなわち「新嘗祭」でありました。
 言うまでもなく、神に新穀を奉納し、五穀豊穣を祝う日であります。
 その翌日であります今日、私も秋田と千葉の新米をおいしくいただきました。また夜は知人宅にて海と山の幸をたらふくいただきました。感謝です。
 そう、来年の新嘗祭が今上陛下にとって最後の新嘗祭になる予定なのですよね。今年もきっと特別な思いでお勤めになったことでしょう。
 そのあたりも含めて、竹田恒泰さんのお話をうかがってみましょう。
 

 平成25年、陛下が80歳におなりになったのを機会に、貴重な映像が公開されましたね。その中に、ほんの一瞬ではありますが、新嘗祭でのご祭祀の様子が映し出されていました。あらためて観てみましょう。
 私たち庶民からは計り知れない大変なご苦労をして、国と民の安寧を祈ってくださっている陛下にも心から感謝申し上げます。

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2017.11.15

横田めぐみさん拉致から40年

Th__20171116_113251 日で40年。40年ですよ。あまりに痛々しい残酷な現実です。
 何度か書いているように、めぐみさんと私は一緒に遊んだ幼なじみです。たまたま、父親の仕事が同じで、同じ社宅に住んでいた時代があったのです。
 ですから、この拉致事件は全く他人事ではありません。教員になってからも、常に自分のことのように生徒たちにこの不条理すぎる現実について語ってきたつもりです。
 しかし、私のできることは、せいぜいそのように語り継ぐこと、あるいは毎日ブルーリボンをつけることくらいしかありません。悔しい気持ちでいっぱいです。
 5年前、こちらに書いたように、横田滋さん、早紀江さんに45年ぶりにお会いしました。その時は、ちょうど私も安倍昭恵さんと出会った直後でしたし、その年末には政権交代があり安倍政権が再誕生しましたので、横田ご夫妻も私も正直大きな期待を抱いきました。
 しかし、その後5年間、ほとんど解決に向けての進展はありません。途中、時々良き情報が漏れ聞こえてきましたが、最近ではそれも途絶えてしまいました。
 横田ご夫妻もお年を召されました。ご夫妻はウチの両親とほぼ同い年です。ウチの父親もここ5年ですっかり衰えました。母親が気丈に頑張っている姿もかぶって見えるところがあります。
 なんとか、いや絶対にご両親がお元気なうちに、愛娘との再開を実現しなければなりません。
 本当に私にできることは祈ることくらいありません。もう一つあるとすれば…いずれせよ、ある意味自分の人生の集大成として、めぐみさんの帰国の実現に全霊を注いでいきたいと思います。


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2017.11.14

スマホに免許制を!?

Th_2014100210 もスマホ(iPhone)のない生活が考えられないほど、スマホに依存しています。
 もちろん便利だからそうなるのであり、私たちが世界中の人たちの脳みその中の情報を共有できるという意味で、インターネット端末をポケットに携帯することになったということは、あまりにも画期的なことです。
 その反面、「なんでもできる」「なんでも教えてくれる」という意味でのマイナス面も指摘されていますし、私たち自身も実は体感していますよね。
 それについていちいち書きませんが、全体としてそうした危険を回避するために、私はスマホの免許制を提案したいと思っていました。
 で、今日それをここに書こうと思ったきっかけは、職場でそういう話になったからです。中高生がスマホを使う問題点だけでなく、最近近所でもあった教員による盗撮事件に関しても「スマホがなければ起きなかったよな」的な話をしたんです。
 スマホは、先ほど述べたように脳みその拡張デバイスです。かつては妄想にすぎなかったことが実現できてしまう。
 それは、たとえば自動車が身体の拡張であることと似ています。メリットがある反面、デメリットもあるわけです。
 だから、自動車の運転には免許制が採用されている。間違った使い方をすれば命を奪う可能性がありますし、ルールに則らなければ社会に混乱をきたします。
 現在のスマホの状況はそれに似ているように感じるのです。それも一気に世界中に広がったために、ルールの整備もままならない状況です。
 脳みその拡張は、すなわち身体の仮想的な拡張にもつながります。どこへでも行けてしまうし、現実世界の撮影や録音、録画なども可能。擬似的なコミュニケーションも、あるいはディスコミュニケーションも簡単にできてしまう。
 また、子どもたちに、違法ダウロードなどの犯罪行為を簡単に許してしまう環境を与えてしまっているのも事実です。
 車の免許に年齢制限があるのと同じように、スマホにも年齢制限が必要かもしれません。現代の子どもたちは、免許も持っていないのに、便利で危険な自動車を親に買ってもらって、勝手気ままにルールも知らず公道を走り回っているようなものです。
 このように、スマホの持つ便利さと危険は、自動車のそれらと重ねて考えるとわかりやすくなり、そして、そこにルールの策定や、免許制の導入、モラル・リテラシー教育などが必要であることを実感できるようになります。
 もしかすると法整備が必要かもしれません。それに伴う罰則、あるいは違反金、点数制度などもありかもしれません。
 そのうち、中学生が無免許スマホで補導されたり、大人がなにか事件を起こして免停になってスマホ没収されたり、そんなニュースが流れる日が来るかもしれません。
 というか、その方が正常なのかもしれません。ある星ではかつてそうであったと聞いています(笑)。

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2017.11.08

「ら(ra)抜き」か「ar抜き」か

20171109_123234

 イッターを眺めていたら、「ら抜き言葉」は実は「ar抜き言葉」だという説が流れてきました。まるで大発見のように騒ぎになっている。
 二松学舎大学の島田泰子教授の発表の画像(上)が騒ぎの発端のようですね。
 実はそういう説は最近出てきたわけではありません。私は、もう20年くらい前に東京外国語大学の井上史雄先生の本で読んだ覚えがあります。
 つまりこういうことですね。

書かれる(kakareru)→書ける(kakeru)

 というような可能表現の変化と同様に

見られる(mirareru)→見れる(mireru)

 というような過程を通じて、いわゆる「ら抜き言葉」ができたと(つまり言葉の乱れとかではない)。
 これはいかにも外国語大学の言語学の先生たちらしい発想です。音素で見ている。
 (旧)国語学者にとっての最小単位は「文字」なので、「ら抜き」という発想になった。私もどちらかというとこちら側の人間です。
 つまりワタクシとしてはですね、「ar抜き」というのは、なんだかしっくり来ないわけです。生活感として(笑)。音素とかローマ字表記とか絶対考えてないし感じてない。語頭ならまだしも語中の、それも二つの仮名をまたいでの音素の連続はなあ…。
 たしかに結果としてそうなっていますが、仕組みというかプロセスとしては、もうちょっと原始的というか、庶民的なのではないかと思うわけです(笑)。
 ずいぶん前になりますが、私はこちらに可能動詞の発生について書いています。「書き+得る=書ける」説ですね。
 ら抜き言葉はそれに引かれて、「見れる」とか「食べれる」とかになったと。つまり、「書く→書ける」のように、終止形の語尾の最後の音をエ段にして「る」につなげた(見る→見れる、食べる→食べれる)という説であります。
 こっちの方がずっと身近な感じがしませんか?
 実際のところ、これに限らず日本語の文法や音韻については、言語学と日本語学(旧国語学)で全然違うことやっていて、相変わらず相手を認めないようなところがあるんですよね。ま、もしかするとどっちも正しい、あるいはどっちも間違っているのかもしれませんが。
 それにしても「ra」と「ar」じゃ、裏返しというか逆さまですよね(笑)。なんとも面白い。
 

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2017.11.01

告知! 人間国宝 野村四郎師 富士山に舞い謡う

 ルクサミットの二日目の超スペシャルなイベントです。
 人間国宝の能楽師、野村四郎さんが、浅間神社の神楽殿で「羽衣」を披露してくださります!
 夢のような舞囃子ご奉納です。ワタクシも僭越ながら解説をさせていただきます。
 鑑賞無料ですので、ぜひお時間のある方はおいでください。またとない貴重なご神事になることと思います。

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2017.10.31

告知! シルクサミット 2017 in 富士吉田

 も実行委員をつとめさせていただいているシルクサミットがいよいよ来週の開催となりました。
 シルクの世界は深い。そして新しい!
 過去、現在、未来を絹糸でつないでいきたいと思っています。
 参加費は基本的に無料。申込みなしの飛び入り可ですので、ぜひお越しください!
 お問い合わせはこちらまで。

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2017.10.28

さきの選挙を総括

 日でちょうど一週間になります。自民大勝で終わった今回の衆議院選挙。
 本当に与党が勝ったのか、野党が自滅したのか。シナリオ通りだったのか。それとも…。
 地元山梨2区の、全国とは全く違った次元でのデッドヒートもまた、それはそれで大変でしたが、まあ、今日は全国のレベルで復習してみましょう。今日放送された番組から。
 まず、BSフジのプライムニュース総集編。辻元さんは何を語るのでしょうか。

 今回、希望と立民、そして民進系無所属の票を合わせると…という話も聞きますが、民進党のままだったら、もっと大敗していましたよ。分かれたから票が増えたという皮肉。
 いずれにせよ、今回の選挙の良かった点は、与党が大勝したということではなく、旧民主党という日本政治史最悪の野合集団がようやく本格的に解体されたということでしょう。
 これでようやくまともな野党が生まれる土壌ができました。そこをもっと評価すべきでしょう。そして、それを「意図的に」促した小池百合子さんも、後世高く評価されると思いますよ。「排除」も含めてあの方法しかなかったのですから
 自民を利したということではなく、長い目で見れば国民のため、国のために汚れ役を買って出たというふうにも考えられます。GJでした。
 さて、ガチガチの保守の人たちはどういう感覚で、この選挙とその後を考えているのでしょう。こちらの番組も面白かった。憂国のあまり、悲観的にさえなってしまう人もいたり、愛国の裏返しで他国憎しになってしまうこともある。
 これはこれで、保守の限界でもあるでしょう。保守もリベラルも、今までのようなスタンスでは、どうもダメなようですね。保守再編、リベラル再編ではなく、もっと高い次元での再編、融合が必要な時代なのでしょうか。

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2017.10.25

追悼 遠藤賢司さん…『猫が眠ってる』

Th_1969_hontodayo ンケンが亡くなりました。
 ちょうど今年の2月、ふと思い出して遠藤賢司 『カレーライス』という記事を書いたんですよね。あの頃はお元気になられたと思っていたのですが。
 紅白歌合戦に出る(出す)という夢は永遠に不可能になってしまいました。残念でなりません。
 今日は追悼の意を込め、いかにもエンケンらしい曲、「猫が眠ってる」(ある意味選曲がコテコテですが)を聴いてみましょう。1969年02月01日の発売。デビューシングル「ほんとだよ」のB面曲。
 ライブ・バージョンですね。歌の力、歌詞の深さ、ギターテクニックの素晴らしさ、本当に「天才」だったと思います。
 たぶん、音楽や言葉を降ろしていたのでしょう。名曲たちをご冥福をお祈りします。

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