カテゴリー「ニュース」の878件の記事

2018.02.17

羽生結弦は自ら陰陽師になった

Th_img_1065 ?結局藤井くんが最強ってこと?w
 本当にすごい戦いでしたね。最高の結末。たしかにマンガだったらやり過ぎと言われてしまいそうな展開。まさに事実は小説よりも奇なり、ですね。
 さて、もう私がいろいろ書く必要はないわけですが、これはさすがに驚いたので書いておきます。
 6年前、ロンドンオリンピックの時、私は内村航平は宇宙人か!?という記事を書きました。また、ソチの真央ちゃんのことでは、オリンピックに棲む魔物とは…という記事を書きました。
 それらの中で、実はオリンピックというのはサイキック戦争であるという衝撃的な事実?を暴露しております。
 そして、日本は複数の「陰陽師」を雇っていると書きましたが、そう、今回はななななんと、羽生結弦選手自らが陰陽師になるという、とんでもない裏技を使ってきたのです!
 なるほど、その手があったか!
 これはフィギュアスケートならでは作戦です。他の競技では無理。いったいこれって誰のアイデアなんでしょう。
 ご存知のとおり、「SEIMEI」という曲、プログラムは2015年から使い始めていました。ある意味オリンピックに向けて、その裏技の効果を図ってきたとも言えます。
 まさかの怪我、これもまたオリンピックへ向けたサイキック攻撃を被弾した結果だったのかもしれません。
 なんだか、トンデモな話になってきましたね。まあ、それでもそういう世界があるというのは、これは事実です。
 ちなみに現地につめかけているファンの皆さんは、もちろん真剣に結界を張りに行っているのだそうです。羽生くん、世界中で人気ですから、そうしたファンの方々の意識が、サイキック攻撃を防いだというのも、実際あると思いますよ。
 面白いですね。

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2018.02.15

石橋湛山の元号廃止論

Th_tanzan_ishibashi_2 日、立正大学に通う教え子が学校に遊びにきました。彼は将来的には法華宗の僧侶になる予定です。立正大学は日蓮宗の大学ですから、卒業後別の学校でも勉強する必要があるとのこと。
 短い時間ではありましたが、法華宗と日蓮宗の教義の違いなどについて教えてもらい、大変勉強になりました。
 その立正大学で長く学長を務めたのが、山梨県出身の総理大臣経験者である石橋湛山。
 石橋総理は、たった2ヶ月ほどで病気のため辞任していますが、その裏にはどうもアメリカの策謀があったようですね。なにしろ、あの冷戦真っ只中、ソ連、中国とも仲良くしましょうと唱えたのですから、アメリカにとっては大変面倒な総理だったに違いありません。
 石橋退陣後は、副総理であった岸信介が総理になり、日本の外交政策は完全にアメリカ寄りとなっていきます。
 まあ考えようによっては、当時の自由民主党というのは、保守からリベラルまで、非常に幅広い思想集団だったということがわかりますね。今の自民党とはえらい違いです。
 湛山の父親は身延山久遠寺81世法主、日蓮宗24代管長というバリバリの日蓮信者でしたから、彼の政治信条というのには、仏教の、そして日蓮の思想が色濃く影響しています。
 今でこそ、創価学会や顕正会のおかげで(?)、日蓮というとなんとなく保守的なイメージがありますけれど、日蓮宗と言えども仏教ですから、リベラルな世界観が基礎にあります。
 さて、そんな石橋湛山、ある意味、のちの自民党の総裁らしからず、戦後すぐに靖國神社廃止論を唱えたり、元号廃止論を唱えたりしていました。すごいですよね。まるで共産党(笑)。
 湛山の元号廃止論は、彼が深く関わっていた東洋経済新報の昭和21年1月12日号に掲載されています。時代の流れと社会の状況からして、元号を廃止し全て西暦で統一すべきだという意見です。
 ちょうど今日、新元号を今年の末以降に発表するという報道がありましたね。いろいろと便利なこともあるけれども、たしかにダブルスタンダードで面倒ともいえるし、世界史的に見ればたしかに王権の象徴のような元号が、未来的に必要なのかどうか、最近はそういう議論すらありませんね。
 もちろん私は、言霊的に必要だと思っていますよ。とはいえ、本来の言霊的な機能のためには、明治以降の一世一元の制ではなく、天変地異などでも変更が可能な形に戻さねばなりませんが。

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2018.02.13

自動車が本当に「自動」になる日

Th_nvidiaam24 日、AI研究の最先端を行く学者さんとお話する機会がありました。いろいろなお話をしたのですが、一番盛り上がったのは自動運転について。
 私たちシロウトは、いわゆる職人技という部分に関しては、AIは人間には敵わないだろうと思いがちですが、実際は全く逆なようですね。
 とにかく私たちが時間をかけて勉強を重ね習得してきたコトこそAIが得意なのであると。なるほど、考えてみればそのとおりでしょう。
 一方で、技術ではない、そうですねえ、あえて言えば知恵のようなモノ。たとえば想定外の事態に瞬時に対応するようなセンスというのは、なかなかAIには難しい。まあ、私たちが想定外だと感じるモノのほとんどは、過去のビッグデータに含まれる既知のコトなんだそうですけど。なるほど。
 車の運転というのは、道路というインフラや交通ルールのデザインさえしっかりすれば、かなり規則的なコトであり、そういう意味では、AIの最も得意とする分野の一つです。
 逆に言うと、現在私たちが半分カンにまかせて、けっこう死と隣り合わせで行なっている「運転」を、そのままAIに任せると、これはけっこう大変。それこそカンに頼るようなモノ性が高いからです。
 ですから、完全自動運転、つまりレベル5の自動運転を可能にするためには、インフラ、ルールのリ・デザインが非常に重要となるでしょう。
 私たちが今まで当たり前だと思ってきたこと、あるいはずいぶん効率化したと思ってきたことの中には、実は大きなムダがあったりする。それを最先端のテクノロジーが簡単に軽減してくれるというのが、これからの世の中の大きな変革のあり方になります。
 私も自分で自動車を運転して、いろいろなところに移動しています。通勤にも使っていますし、東京や横浜との行き来にも自動車を使いますから、年間にしますと、2万キロ以上車で移動していることになります。平均速度を40キロで計算しても、実に500時間を運転に費やしていることになります。
 私は運転という「スポーツ」自体が好きで、それをすることによってストレス解消をしている部分もありますから、決してムダな時間とは言い切れません。また、かつてはゆっくり音楽を聴いたり、あるいは最近ではネット動画の討論番組をまとめて聴いたりもしているので、それはそれなりに有意義な時間を使っているとも言えます。
 まあ、自動車とは言うのもの、全然自動ではなく、ほとんど手動ですし、オートマによってオートマ化したのはギアチェンジだけですよね。かなりの部分で自分のエネルギーを運転につぎ込んでいる。
 しかし、これが全て自動運転になったら、500時間の自由な時間、より有意義に使える時間が確保できるということです。
 本を読んだり、映画を観たり、楽器の練習をしたり。ま、日常の自由時間と同じく、ムダにゲームをしたり、食べたり飲んだりして昼寝したりするだけになるかもしれませんが(笑)。
 そっか、たしかに今の「手動運転」には「寝てはいけない」という最強の条件があるので、案外有意義な時間を創出しているのかもしれませんな。
 強制的に睡眠を妨げる、命がけで眠気と戦うという意味では、今の手動運転には大きな意味があるのかもしれませんね。
 そんな笑い話的な昔話が語られるようになるのは、そんなに遠い未来のことではないと考えます。少子高齢化、人口減少が避けられない日本は、そしてある程度道路が整備され、また国土が狭い日本は、実はこの部分で世界の先駆けとなるべきなのではないでしょうか。
 もちろん、個人レベルでのムダの排除だけではなく、物流という巨大産業にも革命が起きます。いくら世の中がデジタル化、情報化しても、残念ながら物質をどこかに伝送することはできないので、おそらくあと千年は物流の業界はなくならないでしょう。
 自動運転が実用化すると、たしかに現在の物流関係、あるいは交通関係の運転手さんたちの職は失われるでしょう。しかし、それは時代の流れの中での必然であり、その人たちにはまた違った、ある意味もっと楽な仕事をしてもらうことになるでしょう。
 自動車、列車、飛行機、ドローンなどによる物流が自動化することによる経済効果は非常に大きい。人件費は言うまでもなく、渋滞などによるさまざまなムダも劇的に軽減し、結果として私たちは豊かになることでしょう。
 国家レベルでのイノベーションに期待します。

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2018.02.09

スマホで朝生~激論!AI時代の幸せな生き方とは?!~

 このところとんでもなく忙しいので、とにかく移動の時間には討論番組を聴くようにしています。
 そんな中で、特に面白く、続けて2回聴いてしまったのが、この「スマホで朝生」です。もう1年前の回ですが、まだまだ新しい議論に感じますね。
 モチベーション格差かあ。なるほどね。日本の教育はモチベーションを低下させるというのは、たしかにあるよなあ。
 もちろん、私は違いますよ(笑)。私は、それこそ生徒のモチベーションを上げるのが教師の仕事だと思ってますから。
 たしかにモチベーションは特別に大切だと思います。なぜなら、そのモチベーションはモノ・コト論的にいうと、「モノ」の世界だと思うからです。
 昨年夏、「シンギュラリティはあり得るのか」という記事にも書きましたとおり、AIのおかげで、逆に人間の「意識」を際立たせることになると思いますね。
 モチベーションこそ意識です。AIにもモチベーションもどきを持つことは可能だと思いますが、ホンモノのモチベーションは人間のみに与えられた能力です。
 なんていうと、また人間至上主義だ、近代的な価値観にとらわれていると言われそうですけどね(笑)。ま、地球上では事実人間だけの特権なのでした。そこに気づくのが、21世紀の科学であり、哲学であり、そして教育でありましょう。
 それにしても、この動画、コニタンとハゲー!が出てて笑っちゃいますね。
 

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2018.02.08

レア度を高める

Th_images 日もまた昨日までの続きです。本当に最近ある種の危機感をおぼえています。自分ははたしてちゃんとアップデートできているのか。
 未来人、宇宙人(笑)として、ちゃんと一歩先を行っているのか。
 急に現実的なお金の話になってしまいますが、皆さんもよくご理解のとおり、市場経済においては、その価値、すなわち価格は、そのもののレア度によって決まります。
 オークションを考えればよく分かりますよね。基本価格は需要と供給の関係によって決定されます。需要に対して供給が追いつかないとレア度は高まり、価格は上昇します。
 まあ、ここまでは学校の教科書にも書いてあるとおりです。基本はそれで正解です。もちろん、実質的な経済にはさまざまな事情やら、人間の心理が入り込みますので、そんなに単純にはいきませんが。
 そのレア度というのを、少し視点を変えて見てみますと、このようなことが言えます。
 流行を作り出したものは価値が高い。
 そう、何かが流行りだす時、そこにレア度が生まれます。供給が需要に追いつかない。それも実生活の中で簡単に想像できますよね。
 たとえばビットコインなどの仮想通貨の価値、価格が急騰しているのは、そういう現象。今までにない、なにか可能性を感じさせるものに人は飛びつきます。
 そして多くの流行がそうであるように、みんながそれを持ち始めると急にレア度は下がり、価格も下がっていく。そのうちにあるものは忘れ去られてしまう。供給が需要を上回るようになってしまうわけですね。
 では、商品ではなく、人間としてのレア度というのはなんなのか。商品としての人ではなくて、純粋に存在としてのレア度の話です。
 これはやはり、まず超未来的に生きている人でしょう。現在や近未来にはそれほどのレア度はありません。ほとんどの人たちが意識や知識のレベルで共有しているからです。
 それが超未来的な考え方をしている人となると、誰もが想像しないことをいとも簡単に言ってのけたり、やってのけたりするので、そこにある種の需要が生まれます。
 昨日のドームの社員の皆さんもそうですし、落合陽一さんもそうでしょう。私の知り合いで言えば、高城剛さんも最たるものですし、未来医療器具発明者Nさんや天才科学者のFさんもそういう人物です。
 もちろん仲小路彰もそうです。彼なんか、まさにレアそのもの。だいたい普通の市場に現れてこなかったから、ますますレア度は高まり、いくら積んでも会いたいという人が絶えなかった。それは彼がとんでもなく未来に生きていたからです。
 それから、反対に超過去的に生きている人もレア度を上げますね。これは面白いことです。
 たとえば、私には能役者の知り合いが何人かいますが、彼らは600年前のことを基本そのまま受け継いでいます。これはこれでレア度が高く、それなりに仕事になっています。
 お気づきのとおり、もちろんその「過去」が、その過去の時点でとんでもなく「未来」的であったという条件がつきます。過去ならなんでもいいわけではありません。観阿弥・世阿弥の先見性、未来性が異常に高かったのです。少なくとも600年後のことを想像していたわけですから、きっと彼らも宇宙人なのでしょう(笑)。
 さて、そう考えてくると、はたして自分や、自分をとりまく組織にはレア度はあるのか。本当に悩ましいところです。
 観世のような長期的なレア度を目指すのは難しいとはいえ、刹那的なレア度では虚しいだけです。いや、刹那的なレア度を連続的に生み出していくのが、この情報化時代の天才なのかもしれませんね。
 正直、日本の学校は、生徒のレア度を下げる方向に教育をしています。はたしてそれでよいのか。センセーなんていう仕事をしている私は、そこがとんでもなく悩ましい。なんとかブレイクスルーしたい。
 私も悪あがきしてみます。

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2018.01.31

ブルー・ムーンとは?

Th_2018020100000007cnippou0000view しぶりの皆既月食。観測しやすい時間帯でもあり、天気もまあまあでした。ウチのあたりは何しろ寒いので、寝室の月見窓から鑑賞いたしました(そのうちに寝てしまった)。
 スーパー、ブルー、ブラッドという三つの条件が重なるのは、たしかに珍しい。しかし、ブルー・ムーンというのはよく分かりませんよね。なんでブルーなのかなと。
 と思ったら、なんと間違いなんですね!
 もともと、ブルー・ムーンとは、季節の中に4回満月がある時、その3つ目の満月の名称だったそうです。つまり、こういうことです。
 四季の一つの季節、すなわち3ヶ月の間に訪れる満月というのは、基本3回ですが、太陰暦の1ヶ月、すなわち月の公転(&自転)周期と、太陽暦の1ヶ月とはずれがあるために、たまに3ヶ月に4回満月が来る年があるんですね。
 通常の3回の満月には、1回目、2回め、最後のそれぞれに季節ごと固有の名前がつけられいますが、4回目はめったにないので、3回目の名称がなかったらしいのです。そこで、それを全季節まとめてブール・ムーンと呼んだらしい。
 それをですね、なんでも1946年に天文雑誌の老舗「Sky & Telescope」が間違えて「ひと月に2回満月がある時の両方の呼称」としてしまったというのです。それが今でも通説としてまかり通り、今回NASAまでものがスーパー・ブルー・ブラッド・ムーンと喧伝しているのです。
 まあ、たしかに珍しい現象ですし、それで多くの人々がお月見するというのも悪くありません。細かいことはどうでもいいのですが、本来の「ブルー・ムーン」は実は来年の2月19日です。2〜3年に1回の現象ですので、それ自体はそれほど珍しいことではありませんね。
 間違った説の方のブルー・ムーンも頻度としては正しい方と同じくらいですが、今年はなんと2回あるんですよね。それももうすぐ。3月2日と31日です。その次は、東京オリンピックが終わったあと、2020年10月1日と31日だそうです。
 それにしても、なんで「青」なのか、その理由は分からないままであります。いずれにせよ、ブルー・ムーンは天文現象とは言えません。人間の勝手な暦の中でのことですから。スーパー・ムーンやブラッド・ムーンとは違います。

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2018.01.23

草津白根山噴火(ほか)

Th_afr1801230056p1 日の大雪から一夜明けて、今度は草津白根山噴火のニュースが入ってきました。
 まさに天変地異。日本の自然環境はある意味厳しい。
 天変地異の地異に関して言えば、今日は草津白根山の噴火だけでなく、アラスカ方面でM7.9の大規模な地震があったり、フィリピンのマヨン山が噴火したりと、環太平洋火山帯が非常に活発に活動した感じがしました。
 そういう意味では、ここ富士山も他人事ではありません。今回の白根山も、あの御嶽山も、ほとんど前兆がなく、登山者やスキー客が被災することになりました。
 地震よりは火山の噴火の方が格段に予知しやすいというのが、学会での常識だったと思いますが、どうもそうとも言えなくなってきました。やはり、自然は人間にとって認知制御可能な「コト」ではなくて、不随意な「モノ」なのだなあと、つくづく感じます。
 ですから、奈良時代の日本語などでは、自然自体を「もの」と呼び、また神霊や妖怪のことをも「もの」と呼んだのでありました。納得ですね。
 我が家は富士山の中腹にあります。かつての噴火口もすぐ近くにあります。いちおう地下シェルターはありますが、いざとなったらそんなもの気休めにもならないでしょう。その時はその時と覚悟して、日々の自然の恵みを享受するしかありません。
 ある意味それが日本人らしい、いや人間らしい生き方なのかもしれませんね。
 フィリピンのマヨン山、ルソン冨士とも呼ばれていました。富士山同様、美しい円錐形の成層火山です。
 比較的活動が活発な火山ですが、今回はその歴史の中でもかなり規模の大きな噴火になりそうです。富士山に住む者として、まさに他山の石としなければならないですね。

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2018.01.22

「もののけ姫」と同和問題 (古谷経衡)

Th_663 日の西部邁さん自死の衝撃が残っています。
 やはり残念です。誰かがツイートしていました。右翼は自死するが左翼は自死しない。殺し合いはするけれど。
 まあそんなに単純な話ではないけれども、人間の命をどう捉えるかというのが、左右を分ける一つの視点であったこともたしかです。
 西部さんが何かの本で批判していた歴史学者網野善彦さんも、若かりし頃は山梨県の山村工作隊の一員でした。
 右、左で言いますと、どちらかというと左と言われる歴史学者網野善彦さん。実は今日は網野さんの誕生日です。生誕90年にあたります。
 私は網野さんについて、このブロクで何度か取り上げてきました。若い頃、網野史観に大変な影響を受けましたからね。また網野さんの甥っ子である中沢新一さんからも多くを学んできました(『僕の叔父さん 網野善彦』参照)。
 実際、山梨県の郡内地方という特殊地域(?)に住み、富士山をめぐる信仰と生活に触れると、網野さんが実際に体験したであろう「普通の歴史」への違和感を感じざるをえません。
 地元の人は、おそらくあまりに日常なので気にならないかもしれませんね。私は外様、マレビトですから、嫌というほど、いや好きになってしまうほど感じています。
 西部さんは、たしか網野さんが「敗戦後、日本という国名を考え直す必要があった」と言ったことに対して怒っていたと記憶しています。網野さんのその言葉は、そのままの意味ではなく、「日本」という国名の成立事情を考慮せず、無批判にそれを受け入れている日本人に対する皮肉としてそう言ったのだと思うのですが。まあ、保守陣営に対する挑戦的な揶揄なんでしょうね。
 私はそんな網野さんの姿勢も好きでした。学会ではずいぶんいろいろと批判されましたが、逆に庶民のレベル、すなわち芸術や芸能、サブカルチャーなどに多大な影響を与えたことは結果として良かった。なにしろ、研究対象が庶民であり、被差別民であり、芸能者であったわけですからね。
 さて、そんな網野史観の影響を受けた作品として最も有名なのは、宮崎駿さんの「もののけ姫」ですね。私も以前、こちらにちょこっと書きました。
 最近メディアで大活躍の若手批評家、古谷経衡さんも、網野史観ともののけ姫の関係について以前語っていました。今日はその動画を紹介しましょう。
 西部さんの死。古谷さんの活躍。保守系批評も大きな転換点を迎えているように感じます。


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2018.01.21

追悼 西部邁さん

Th_2018012100000512san0007view 西部さん、本当に死んでしまったらダメですよ!全然かっこよくないですよ!
 10月22日に死ぬつもりだったけれど、選挙のこともあって死に損なったみたいなこと言ってましたよね。その時、ああこの人は病んでしまったなと思いました。それでもどこかでずっと死に損なってくれることを期待していた。
 そういう意味で裏切られた気がします。悔しいというか、虚しいというか。
 言論は虚しい…最近自虐的によくおっしゃっていましたね。たしかに言論を虚しいですよ。コトは究極的に虚無ですから。でも、肉体としての人間の存在はモノじゃないですか。なのにモノを虚しくしてどうするんですか。
 嫌いではないけれども尊敬をしていたわけでもない。ちょうど西部さんが死のうと思っていた頃に、こんな記事を書いていました。西部さんに反論したいと。
 三島の時代はとっくに終わっています。ごめんなさい、あえて言わせていただきます。かっこよくないです。
 昭和保守は終わりましたね。自死しました。自裁しました。
 いや、終わらせてくれたのでしょうか…。
 昨日ちょうど私は「ホシュ」は「ホシュ」でも「保守」ではなくて「捕手」、みたいなことを書きました。ふざけているように感じられますが本気ですよ。
 左翼から保守へ転向して、そして自ら命を絶つ…そういう時代ごと全部終わりにするつもりだったのか。それとももっと個人的な決断なのか。
 死者に対して失礼と知りながら、あんまり悔しいので書かせいただきます。やっぱりコトにこだわりすぎた。西洋の言葉遊びをしすぎた。そういう意味では、全然保守ではなかった。そういうことでしょう。
 数年前にこちらでも、私はちょっとした批判を書いていました。それこそ庶民の独言レベルですけれども。
 実はここ数日、西部さんの出演している動画をいくつか見ていたんです。お風呂でウトウトしながら話を聴いていた。軽い調子で今日の自裁を予感させてるようなこと言っていましたが、あんまり軽い調子なので、ああこの人は結局死なないなと思っていました。そんな矢先、私のある種の期待を裏切る行動に出るとは。

 多摩川、丸子橋のあたりと言えば、私が少年時代を送った場所。そして、丸子橋と言えば、5年ほど前に牧伸二さんが同じく78歳で自裁した場所です。
 西部邁さんと牧伸二さん。お二人とも78歳になって何に「やんなんちゃった」んでしょうか…。
 ご冥福をお祈りするしかありません。日本は、日本人はまだまだ頑張りますよ。あちらで見ていて下さい。

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2018.01.20

『太平洋戦争の大嘘』 藤井厳喜 (ダイレクト出版)

Th_book コウヨ(笑)、いやいや国際政治学者で未来学者である藤井厳喜さんの「ワールド・フォーキャスト」を定期購読しています。
 メインストリーム・メディアの情報では知ることのできない世界の動きは、藤井さんのこのワールド・フォーキャストと、高城剛さんの「Future Report」で勉強させていただいております。
 トランプさんが「フェイクニュース」という言葉を流行らせましたが、たしかに日米、またヨーロッパの大手メディアはかなり偏っていますね。
 そういう意味では、学校で教えている歴史、日本史も世界史もかなり偏っていますね。
 今、上の娘が大学受験真っ只中で、楽しそうに世界史を勉強しています。いろいろ暗記している横から、私や家内が、藤井さんや高城さん、そして仲小路彰から学んだ、裏の(真実の)歴史の話をするものだから、余計にドキドキ・ワクワク、そしてイライラ?しています。ま、たしかに大学入試には出ないだろう話ばっかりだからなあ(笑)。
 しかし、そのおかげもあってか、全く興味がなかった世界史に異常に興味が出てきてしまったらしく、ついには大学は史学科に行きたい!とか言い出しました。大いにけっこうだと思います。
 うん、やっぱり受験勉強っていいですね。安易に推薦とかもらわなくて良かったと本人も言っています。ま、ウチはもともと推薦禁止という変な家だったのですが。
 私は、世界史の勉強挫折した派なので、娘が代わりにこうして勉強してくれると助かります。聞けばすぐ答えてくれるんで。教えてもらえるわけです。
 さてさて、この藤井さんの最新著作「太平洋戦争の大嘘」も、普通の教科書には書かれていないことばかりが書かれています。しかし、非常に読みやすく、世界全体を俯瞰して見えてくるストーリーが、すんなり頭に入ってきます。
 太平洋戦争というネーミング自体がフィクションであるわけですが、たしかに戦後の教育というか洗脳は強力でした。私もずいぶん毒されていましたが、不思議なご縁から裏の歴史、真実の歴史(もちろんそれらも歴史の一側面でしかないわけですが)を知る機会があり、今ではそれなりにバランスよく過去、現在、未来を見ることができるようになっていると思います。
 この前書いたとおりワタクシは、右翼(ライト)でもなく左翼(レフト)でもなく、全体を見渡す捕手(ホシュ=キャッチャー)を自認しておりまする。
 この本の具体的な内容についてはこちらでご確認ください。
 それにしても、コミンテルンはすごいですね。昨年はロシア革命から100年。今月はロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国の実質的な建国から100年の月。来年はコミンテルン誕生から100年です。
 コミンテルンは表面的には1943年になくなっているはずですが、実際には今でも大きな力を持っている、あるいはその亡霊の影響はいまだに残っていると言えます。
 仲小路彰も自らの人生を共産主義(コミンテルン)との戦いであったと回想していたそうです。たしかに、日本の天皇制は最も共産主義と相容れないモノですよね。
 第二次世界大戦、太平洋戦争、大東亜戦争…それぞれ視点から見て、そして未来的な視点から見て、はたして「勝者」は誰だったのか。私は今年その答えが出ると思っています。そう、明治維新以来の150年戦争終結の年ですからね。
 この藤井さんのご著書、今なら送料だけで読むことができます。出版元のダイレクト出版さんは、独特の商売をしている会社です。私も上述の「ワールド・フォーキャスト」を購読しています。ネット時代の出版のあり方を示してくれていますね。
 この本を送料だけで提供しているのも、もちろんその先にネット番組の購読を期待してのことですが、まあたしかに藤井さんの提供する最新の情報はそれなりの価値があると思います。
 かつては違う方の違う番組を購読していましたが、あまり価値が感じられなかったので解約の電話をしたら、二つ返事ですぐに返金してくれました(契約後30日以内)。あっけないくらい。これもまた新しい商売のしかただなと感じました。


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