カテゴリー「ニュース」の976件の記事

2019.04.17

ノートルダム大聖堂のパイプオルガン

Th_002notredameorganrestricted 物自体もそうですが、多くの文化財が失われる危機に瀕しているノートルダム大聖堂の火災。
 音楽好きとしては、やはりあの巨大パイプオルガンのことが心配になります。
 現地の友人によると、最悪の事態は避けられたとのこと。とはいえ、かなりのダメージがあることでしょう。
 ノートルダム大聖堂のパイプオルガンは、18世紀に設置されて以来、何度も改良、増築、修復が重ねられ現在の姿になりました。いろいろな時代の技術の粋を集めた名器と言えます。
 23歳で大聖堂のオルガニストになり、以来30年以上演奏を続けているオリヴィエ・ラトリーの即興演奏を聴いてみましょう。

 ノートルダム大聖堂と言えば、西洋音楽の歴史そのものと言ってもいい存在ですね。ノートルダム楽派という音楽史上の分類があるくらいですから。ある意味、五線譜や和声、ポリフォニーからホモフォニーに至るまでの、現代西洋音楽の重要要素がここで実験され創造されたとも言えます。
 特に聖堂の構造による独特の残響が音楽の創造や発展に影響したことは間違いないでしょう。
 今回の火災では、焼失という最悪の事態は避けられたとのこと。聖堂自体はこれから再建されることでしょう(デジタルデータ化は済んでいた)。再建なり、オルガンも復活した折には、全く新しい音楽が生まれることになるのかもしれません。
 
 

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2019.04.16

ノートルダム大聖堂大火災

Th_wor1904160008p1_5 ろしい光景です。神の怒りなのか。人類はただ絶望しておればよいのか。キリスト教文明の試練なのか。
 祈りの場が突如灰燼に帰すことはあります。その意味をどう捉えるかが、実は信仰者がその祈りの質を問われることになります。
 私の身近なあるところでも、聖域が突如火災に見舞われました。全焼。文化財も全て焼き尽くされた…しかし、ほんの一箇所だけ焼け残ったところがあり、そこから誰も知らなかった貴重な「書きもの」が出てきました。
 それはまさに「今」必要なものでした。火災という荒魂が発動しなければ、絶対に見つからなかったものです。ノートルダム大聖堂においても、きっとそのような「発現」があることでしょう。そこにはキリスト教文明、すなわち西洋文明の未来に関わる重要なヒントが隠されているはずです。
 このような荒魂が発動する時というのは、今回の火災のように人命は奪われないことがほとんどだと聞きました。
 神の、宇宙のスケールから言えば、それは小さな火であり、たしかに残念ではありますが、本質から離れて大事にしてきた「財産」から、私たちを強制的に解放する仕組であるとも考えられます。
 多くの人類が「本質」に気づくことを祈ります。

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2019.04.14

ブラックホールとホワイトホール

Th_190411_blackholew1280 週のニュースになりますが、なんと「ブラックホールの撮影に成功」したとのこと。
 もちろんブラックホール自身は光をも吸い込んでしまう存在なので、それを写真に撮影することはできません。しかし、そのあまりに強力な重力の影響は、その周囲に異常な現象を引き起こします。
 それを撮影したのが今回の「ブラックホールの写真」ということになります。
 細かい学術的なことは専門家におまかせしましょう。ここは私なりのブラックホール観(感)を披露させていただきます。
 私、この「写真」を見た時、「あっ、これ見たことある」と思いました。
 色合いは違うのですが、何年か前に遭遇したUFOがこんな感じのドーナツ型だったのです(こちら参照)。
 小型UFOとブラックホール、全然関係なさそうですよね。いや、私の中では実はちょっとつながっているのでした。
 というのは、私にとってのブラックホールはですね、その向こう側に必ず「ホワイトホール」が意識される存在なんですね。おそらく小学生の時に読んだ「ホワイトホール」という本の影響でしょう。いまだにそれが続いている。
 ホワイトホールの可能性は、アインシュタインの一般相対性理論からは導き出せますが、一方でその実在は疑われています。SFの世界では、ワープの出口として扱われることが多い。
 私は、小学生の時からなぜかホワイトホールの存在を信じていました。というのは、入り口と出口の関係というよりは、ブラックホールの鏡像としてのホワイトホールをイメージしていたんですね。
 つまり、空間的にも時間的にも完全に反対の世界。そういう意味ではブラックホールと同じものということになります。それが同時に存在している。時間の流れの方向を、一般的な地球上のというか、人間の一方通行的感覚でとらえると、「同時」の意味がよくわからなくなると思いますが、宇宙の時間観の中では自然に同時に存在できるのです(と小学生の時から思っていた)。
 こんなところが、私の宇宙人たるところなのかもしれませんが(笑)、実はその理論というか感覚からすると、UFOというのは乗り物というよりも、そうした時空の歪みの周辺に起きている現象ということになるのです。
 ですから、私が出会った小型UFOも、おそらくそこに誰か乗っているというよりは、そこの時空がなんらかの原因で歪んでいたということだと思っています。あのまま車ごと吸い込まれていたら、今私とカミさんはどこにいるのでしょうか。ちょっとそこに行ってみたい気もします。いや、今ここがまさにそこなのかもしれませんね(笑)。

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2019.04.13

上野千鶴子のボケ祝辞

Th_-20190414-163330 ケ祝辞シリーズ(?)。
 いや、これってボケですよね?
 たけしさんが東大でこの祝辞を述べたら、それはそれで面白い!ということになる。
 なんで、これが絶賛されたりするのでしょう。
 いや、内容はいいのです。上野千鶴子さんのご著書も何冊も読んでいますし。この時代ですから、まあフェミニズムも認めましょう。
 しかし、これは祝辞ですよ。祝辞。入学式の祝辞です。お祝いです。
 だから、「ボケ」なんですよ。祝辞としてボケているわけです。
 まあとにかく読んでみてください。

東京大学学部入学式 祝辞(上野千鶴子)

 自説をとうとうと述べる場ではないでしょう。女子学生だけではないし、女子学生にしても様々な人がいる。男子学生にだってまともな人がいる。
 これを東大らしいとするなら、私は憂えますね、東大を。
 「場」というものがあります。その「場」をわきまえないのというのは、どうなんでしょうか。
 昨日書いたように、たけしの祝辞は、その対象たる天皇陛下への理解と愛の賜物でした。はたして上野さんの祝辞は、その対象たる新入生への理解と愛に満ちていたでしょうか。
 社会問題を解決してほしいという願いがこめられているのはわかりますが、ご自身の専門分野の話をこんもりと押し付けるのは、さすがにちょっと違うと思います。
 こうして東大新入生以外の人たちの賛否両論を巻き起こすのが目的だとしたら、それは成功したかもしれませんが、それではますます「場」の「祝辞」ではありませんね。
 現場で聴いていた方々、つまり新入生とその保護者の皆さんの正直な感想を知りたいところです。
 

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2019.04.12

たけしのボケ祝辞

Th_-20190414-143801_1 下のご即位三十年記念式典で、たけしさんが思いっきりボケ倒したとのこと。
 なにしろ天皇陛下に対する祝辞ですからね。不敬だ!と騒ぐ人もいるようですが、私は全然問題ないどころか、とても愛情に満ちた祝辞だと感じました。
 まずは全文読んでみましょう。

陛下即位三十年式典でもたけし流ボケ倒し祝辞 全文

 これをですね、たけし流ではなく、全くまじめにやったら、それはその方が不敬かもしれません。陛下はたけしさんのことをよくご存知のはずです。なにしろアウトレイジ3をご覧になっているくらいですから(笑)。
 すべての国民を愛する天皇陛下としては、その国民に愛されているたけしさんには、普段の姿、言葉、センスでお祝いしてもらいたかったことでしょう。
 たけしさんも、そのあたりと場の空気とのバランスを考えて、実にちょうど良い「ボケ」をかましてくれたと思いますよ。お見事。さすがです。

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2019.04.11

安藤輝三大尉の遺品が鈴木貫太郎記念館に…

Th_-20190412-84607 わず涙してしまうニュースでした。本当に本当に良かったと思います。なにか自分の中でも一つの区切りができたような気がしました。
 二・二六事件での、襲撃した側と襲撃された側とが、こうしてようやく一つになった。いずれも天皇のことを、日本という国のことを、国民のことを真剣に考えていたのに、あの時代の中でああいう結果になってしまった。
 しかし、それがのちの「開戦」と「終戦」を生むことになる。ここにさらに未来的な意味を見出さねばと思っていた私と家内にとって、このたびのこのニュースは一つの結論、ゴールを示すものとなりました。
 そう、こちらに書きましたとおり、私たち夫婦は3年前、安藤輝三大尉の墓前で偶然に、このニュースでも紹介されている安藤日出雄さんに出会いました。
 そして、そこで、まさに安藤輝三と鈴木貫太郎の話、さらに仲小路彰の話、出口王仁三郎の話をしました。二・二六事件がいかに未来的な事件であったか。安藤大尉も鈴木侍従長も、自らの命をかけて「天命」を全うしたのです。人間の微視的な感覚ではとても評価できるものではありません。
 私たちと日出雄さん夫妻とのお話が、その後の遺品発見、そして今回の奇跡的な和解、融合につながったとは申しません。ただタイミングが合っただけでしょう。しかし、巨視的に見れば、ここにも仲小路や王仁三郎の天からの意志が働いたとしか思えません。私たち夫婦もあの時は完全に動かされていました。
 本当に嬉しいことです。ぜひ、鈴木貫太郎記念館に赴き、安藤大尉の遺品を拝見しながら、天皇を中心とする「融和」「融合」「和解」がキーワードとなる、「令和」の未来について思いを馳せたいと思います。
 日出雄さんの、そして鈴木家の皆さんのご英断に心より感謝申し上げます。

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2019.04.02

令=命

159ef11 日の続きになります。
 「令」の文字についていろいろ書きましたが、世間では「命令」されるようでイヤだ!とか騒いでいる人もいるようです(苦笑)。
 私個人としては「令」の字と「和」が同居していることに、ある種の感動を覚えます。
 「和」については、このブログでいやというほど書いてきました。こちらからいろいろお読みください。
 「令」についても本質的なことを書いておきましょう。
 まず確認しておきたいのは「令」=「命」であるということ。よく見ればわかるとおり、「命」の中に「令」があります。「令」+「口(お皿)」が「命」です。
 もともと「令」という漢字がありました。これは、礼帽をかぶって跪いて神意を聴く人の姿とも言われています。上の金文の文字を見ればわかりますね。
 つまり、神のご意思を素直に受けいる様子であり、誰か人間に命令されているということではありません。
 さらに丁寧になって、目の前に祝詞を受けるお皿を置いたのが「命」。「令」をさらに丁寧に謙虚にしたのが「命」というわけです。
 その「命」が「いのち」の意味になったのは、さらに後のことで、すなわち私たちの「いのち」こそが天(神)から授かったものであると気づいてからのことです。
 ですから、このたびの元号「令和」は、読み替えると「命和」となるわけであり、まったくもって素晴らしい元号であるということになります。少なくとも私はそのように直観いたしました。
 「命令」という言葉も、そう考えますと、偉そうな上司や先輩や先生が用いるべきものではないということになりますね。あくまで、天命、使命という意味合いで使われるべきです。
 まさに、令和の時代は、私たち人間が天から与えられた「命」に目覚め、他者の「命」をも重んじつつ、地球全体が「和」していく時代になっていくことでしょう。日本という国の大きな使命を感じる次第です。

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2019.04.01

令和

Th_as20190401004285_comm 元号が発表になりました。「令和」。おお、なるほど、こうきたか。
 万葉集からの引用ということですが、ラ行音で始まる和語はないので、ある意味とっても中国的だと感じました。
 調べてみると、ラ行音(R)で始まる元号は今回で四つめ。
 平安時代の「霊亀」、鎌倉時代の「暦仁」、南北朝時代の北朝「暦応」、そして「令和」です。
 なんとなく新しい感じがするのは、ラ行音で始まっているからだと思います。先ほど書いたように、大和言葉においては、ラ行音が語頭に来ることはありません。ラッパもリンゴも全て外来語です。
 外来語はすなわち新しい文化。また往時においては、半島や大陸は尊敬すべき存在でしたから、ラ行音にはどこか神聖な感じもあった。
 尊敬、自発、受身、可能を表す助動詞「る・らる」がラ行音なのも偶然ではありません。自分の力の及ばない感じを表す助動詞ですから。
 さて、別の日本語的興味としては、アクセントの問題がありますね。「昭和」もそうでしたが、頭高アクセントなのか平板アクセントなのか。
 これはおそらく慣れてくると平板化して落ち着くと思います。これも日本語のクセです。頭高はエネルギーを要しますから、楽な発音に移行していくんですよね。
 それから長音の問題もある。「れいわ」なのか「れーわ」なのかということですね。これも楽に発音できる「れーわ」に収束していくでしょう。
 また、漢字の問題もあります。ご存知のとおり、「令」いう字は、書体によって最後の画が縦棒なのか(そしてはねるのか)、右下に向かう点なのかという違いがあります。これはどちらも許された字体なのですが、これも楽な方、すなわち「マ」で終わる方が一般的になるでしょうね。
 そして、元号が私たちの生活になじんでいくわけです。
 続きはまた明日。

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2019.03.29

追悼 北尾光司さん

 た訃報。55歳ですか。私の一つ上です。元横綱は波乱の人生を送る方が多い。北尾さんもそうでしたね。
 プロレスファンとしては、本当にいろいろな意味で「悪役」として認知していました。
 今になってみると、体の大きさ、技のキレなど、けっこういい素材だったなと思います。「この八百長野郎!」発言からも分かるとおり、また、総合格闘技とプロレスの関係があまりに微妙だったあの時代性もあって、結局その素材が生きませんでしたね。
 考えてみると、双羽黒が角界で自らを極めていたら日本人横綱の世界も変わっていたかもしれませんね。
 相撲からプロレスで成功した人、天龍との対戦も含め、なかなか興味深い組み合わせを楽しめるこの試合を見て追悼といたします。

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2019.03.28

追悼 萩原健一さん

Th_-20190330-122316 ョーケンが亡くなりました。まだまだ若いのに…。
 ショーケンと言えば、ちょうど10年前に下吉田駅のベンチという記事を書きました。
 そう今から40年ほど前、富士吉田でオールロケした「祭ばやしが聞こえる」で、萩原健一さんといしだあゆみさんは共演し結婚することになりました。
 結局、結婚生活は4年ほどで終わってしまいました。このたび、いしださんは「ご冥福をお祈り致します」とコメントを発表していますが、きっと出会った街のことを思い出したにちがいありません。
 ある意味、富士吉田、特に下吉田は40年前と変わっていないかもしれません。つまりそのまま劣化してしまったとも言えます。しかし、下吉田駅は残念ながら(?)水戸岡デザインで新しくなってしまい、あのベンチももうありません。
 こうして、昭和はまた遠くなっていくのでした。当たり前といえば当たり前ですが、昭和の申し子である私の人生もそろそろ終盤にさしかかろうとしているのだということを認識させられますね。
 ご冥福をお祈りします。YouTubeにあった「祭ばやしが聞こえる」です。下吉田、月江寺界隈、西裏、ミリオン通りなどが出てきます。


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