カテゴリー「スポーツ」の463件の記事

2018.10.09

追悼 輪島大士さん

 念な訃報です。元横綱の輪島大士さんがお亡くなりになりました。
 横綱としてもそうですが、やはり私としてはプロレスラーとしての輪島さんの思い出が多い。
 特に天龍さんとの壮絶な戦いには、何か言葉にならない感情を湧き起こされました。横綱が前頭力士に「かわいがられる」。人生の過酷な運命の象徴でもあり、また、それを受け入れ乗り越えようとする、人間の強さと悲哀を感じずにはいられませんでした。
 今日は、その「人生劇場」の一つを見かえてみながら、輪島さんのご冥福をお祈りいたします。

 アメフト問題で一躍注目を浴びた日大の田中理事長は、日大相撲部で輪島さんの一つ上の先輩でした。そんなこともあり、輪島さんもアメフトに関わっていた時期もありましたね。あの一件について輪島さんはどんな思いだったのでしょうか。
 そういえば、相撲界を引退した元貴乃花親方が、馳浩元文科大臣と会ったとのこと。「プロレスは?」と聞かれ、「そんなに器用ではない」と答えたとか。
 プロレス的な器用さというのは、本当に奥が深い。貴乃花のような人にはたしかに難しいかもしれませんね。
 そう考えると、当時プロレス不器用に見えた輪島さんも、実は人間としては器用だったのかもしれません。

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2018.09.29

J-WAVE INNOVATION WORLD FESTA 2018

Th_img_2670 梨と東京で二つのイベントを途中退出させていただき、向かったのは六本木ヒルズ。
 崎山蒼志くんの歌声とギターの音を聴きながら入場。彼もいよいよメジャーシーンで注目されはじめましたね。
 まずは、宇宙人仲間(?)の高城剛さんが基調講演。帰国直後で時差ボケとの戦いの中「しゃべることなにも考えていません」と言いつつ、始まってみるとまあすさまじく完璧なプレゼンテーション!改めて彼が天才であることを聴衆皆さん感じたことでしょう。
 その天才が語る「30年後の世界」、七つのキーワードは極めて刺激的。しっかり問題提起もしつつ、私たちの脳みそを一気に未来とつなぎ、そして活性化してくれました。
 その衝撃的な内容の一部はここで読めます。

未来の都市は「無人」になる―高城剛が語る、衝撃の30年後の世界

 いやはや、本当にすごい人です。そんな人とプライベートでおつきあいできて、宇宙人としては実に幸せであります。頑張らねば。
 教育者としても考えさせられることばかりでした。教師としての最近の悩みは解決しませんでしたが、大きなヒントはいただきました。また近いうちに未来の学校・教育について語り合いたいと思います。
 続いて、トークセッション「テクノロジーが変えるスポーツの未来」。フェンシングの太田雄貴さんと、スキーの皆川賢太郎さんに、落合陽一さんが加わって、スポーツの楽しみ方の未来のお話。なるほど、eスポーツとリアルスポーツの境界があやふやになっていくかもしれませんね。
 もともとスポーツはゲームなわけで、身体能力のハンディを超えて、多くの人が楽しめるようになっていくかもしれませんね。テクノロジーはそういう意味でも、不平等を解決していきます。
 もちろん、トレーニングの段階においてもより科学的な方法が取り入れられていくことでしょう。そんな中、今日も少し話題になっていましたが、「根性」とか「気合」というのが、どう関わっていくのか。それらは科学的に証明できるのか、そこも楽しみであります。
 また、スポーツではない、相撲や武道などはどうなっていくのか。日本だけに残る文化になるのか。それはそれで価値があるようにも思えます。
 次に聴いたのは、高城さんが司会をした「宇宙の歩き方」。山崎直子さん、m-floのVERBALさん、☆Taku Takahashiさんが参加。これがまた面白かった。いや、高城さんの司会がすごすぎた。頭いいわ。回転早いし、硬軟聖俗見事に融合して、台本をぶっ飛ばして疾走してました。
 私も、あの日の対談を思い出しました。本当になんの話題でも深く掘り下げられる、また核心に迫ることのできる知識と創造性。すごいですねえ。尊敬します。
 ちなみに「この会場に宇宙人が、未来人が来てるかもしれませんよ!」という言葉には、正面で聴いていた宇宙人は勝手にドキドキしてしまいました(笑)。来場することは高城さんに伝えてありましたので…。
Th__20180930_165742 そして、最後に聴いたトークセッションがまた面白かった。田原総一朗さん、キングコング西野亮廣さん、そして落合陽一さんのクロストーク。まさにクロストークで、バカ田大の長老田原さんが冒頭から暴走して、そこにツッコミを入れる西野さん、予測変換ならぬ予測翻訳をする落合さん。もう上質のコントを見ているように興奮してしまいました(笑)。
 そうそう、筑波の女子学生が司会だったはずなんですが、彼女を置いてけぼりにして、天才3人が噛み合わないすれ違い系コントを展開していました。しかし!学ぶべき内容が実は多かった。それぞれの言葉に「体験的重み」があって、ワタクシのような妄想だけのハッタリとはえらい違いでした(当たり前)。
 高城さんもそうですけれど、とにかく外に出て、移動して、人に会って、自分で見聞して、それで発信する言葉でないと、人から信用されませんね。頑張らねば。
 というわけで、めちゃくちゃ楽しいイベントでした。こうしてトークライブを聴くことにお金を払うのもいいですね。今回はいろいろ事情があって音楽ライブはあまり楽しめませんでした。来年はVIP席を取ってゆっくり全体を鑑賞したいなあと思った次第です。

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2018.09.02

祝!アジア大会柔道男女混合団体優勝

Th_img_2474 京オリンピックへ向けて新しく生まれた柔道男女混合団体。準々決勝の韓国戦ですったもんだがありましたが、日本チームは準決勝で中国、決勝でカザフスタンを下し見事優勝しました。
 我が富士学苑中学・高等学校卒業の舟久保遥香選手(写真左)も、準決勝、決勝で一本勝ちをおさめ、チームの優勝に貢献しました。教え子が国際大会で活躍する姿をテレビで見られるというのは実に感慨深いことです。
 ちなみに個人戦では、同じく本校の卒業生渡辺聖未選手がフィリピン代表として出場して銀メダルを獲得しました。
 さて、こうした男女混合種目がいくつかの競技で新たに設定されています。この前、スポーツに関係する元大臣さんとも話したのですが、実はスポーツというのは正しい意味での男女平等が実現している世界です。つまり、混合と言っても、男と女が戦うことはないわけですね。
 それ以前に、混合ではない種目では、男子〜とか女子〜とか、しっかり峻別されています。すなわち、同じステージで同じルールで同じことをして男女が競い合うのが男女平等ではなく、しっかりその性差を意識して、それぞれを尊重するのが、本当の男女平等だということです。
 その点、その元大臣にも深く関係しているプロレスの世界は面白い。ミックスト・マッチというのが今は普通に行われる。ここでは、男と女が戦うんです。そして女が男に勝ったりもする。もちろんそれはそういうシナリオの上に成立する世界であって、純粋なスポーツではなく、スポーツの形をとったある種の演劇空間だからできることです。
 まあ、それはいいとして、こうして男女混合競技が増えていくことは、その性差を逆に明確に意識する意味において非常に有効なことです。性差を認めつつ協働していくという、これからの社会のあり方を象徴しいているわけですね。
 もちろん、こうした部分だけでなく、スポーツというのは理想社会のアイコンという機能を持っているんですね。スポーツに従事する人々はそういう意識も持っていただきたいと思っています。
 だいぶ話がそれましたが、とにかくお家芸の柔道の新種目において、良い成績を挙げられたのは良かった。個人戦と団体戦でこのようなメンバー選考ができるのが、日本の柔道界の層の厚さを証明していますね。ぜひ東京五輪では完全制覇を狙ってもらいたいものです。
 韓国チームの件は、良き反省材料としていただきましょう。
 

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2018.08.21

キリストの里公園の謎!?

Th_img_2353 足農業、残念でしたね。しかし、八郎太郎の末裔だけで(?)準優勝まで行ったのですから、これは本当に素晴らしすぎることでした。高校野球については、私は独特の視点で批判的に見ている部分もあるので、また近いうちに何か書こうと思います。
 てか、あの八郎潟のあたりって強い男をたくさん輩出しているんですよね。多くの力士、レスラーが出ている。野球でも落合博満さんがあのあたりの出身。彼らは長髄彦の末裔というウワサもあるんですよ。
 さてさて、吉田投手はマウンドで神になった。そう、マウンドというは特別な存在なのであります。マウンテンであり、塚・円墳であります。キリストが磔刑に処せられたゴルゴダの丘もある意味マウンド的存在です。
 というわけで、今回の七人旅の最後の経由地は新郷村にあるキリストの墓(&イスキリの墓)でした。54歳の誕生日の最後にキリスト&イスキリの墓参りというのもなかなかヲツであります。
 私は2年前に訪れており、その時私の解釈を詳しく書いています(こちら参照)。
 基本その考えは変わっていません。こういう「物語」に対して、あんまりホントウのコトを言ってしまうのは野暮ですけれども、まあそのホントウのコトもまた、かなり物語性が高いので、まあいいでしょう。
 さてさて、今回は違うところにツッコミを入れます。
 十和田湖にも「キリストの墓(はこちら)」という公式の青い看板がありますが、青森県、そして新郷村はこれらを本気で観光資源と考えていますね。実際、整備された「キリストの里」には金かかってるな感があります。上掲の過去記事にも書いたとおり、それは原子力行政のおかげでもあるわけですね。
Th__20180819_103325_2 で、その「キリストの里」なんですけどね、入り口のでっかい看板というかに英語が書かれているわけですよ。それがこういうふうになっている。

Christ of the village park

 これはどうなんでしょう。直訳すると「村の公園のキリスト」ってことですよね(笑)。
 「キリストの里公園」という日本語の語順どおりに英語が並んでいる。「里公園のキリスト」。
 どういうことなのでしょう。
 うん、これは「おらが村のキリスト」的なニュアンスなのか、それか、キリストもこうして日本で修行し、百歳越えるまでここで暮らしたとなれば、すっかり日本人化してしまい、日本語的な語順の干渉を受け…って、それじゃあ、なんでキリストが英語しゃべるんだよ!と、ジーザス・クライスト・スーパースターと同様のツッコミ不可避ですな(笑)。
 ま、それは冗談として、日本語に英語が干渉したことは間違いないでしょう。これは実に面白いですね。
 と思ったら!なななんと、もっと恐るべきことが!
 Googleさまで「キリストの里公園 英語」で検索したら、いきなりこんなのが出てきましたよ!ww

20180822_152633

 うお〜!これはどういうことですか。Googleさままで日本語の干渉を受けているのか?それとも、実際にある「キリストの里公園」の英訳を知っていて、こういう答えを出したのか!?
 これは神がかってますね(笑)。おそるべしキリストの墓&イスキリの墓、そして日本(笑)。


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2018.08.20

十和田湖へ…三湖伝説と金足農業

Th_img_2338 タクシ事でありますが、本当に今年の誕生日(8/17)は素晴らしい日になりました。
 いつもは一人旅なのですが、今回は七人旅。私のわがままな企画に気持ちよく乗っかってきてくれた皆さん、本当にありがとうございました。
 いちおう今回の旅の最大の目的地は十和田湖でした。マニアックな話になってしまいますが…今回は今までの十和田湖訪問に必ず帯同した、我が家でお預かりしている出口王仁三郎の耀わん「十和田」に加え、その兄弟分の「十和田2号」も一緒でした。
 これって地味にすごいことだと思いますよ。不思議な不思議なご縁でこういうことになった。このたびの旅のメンバーも、皆さんもとをたどれば「十和田」が作ってくれたご縁です。そして今回、十和田が引きつけた新たなる十和田。
 ちょうどこの日、甲子園では金足農業が横浜を劇的に破りました。その後の快進撃も含めて、統合過剰なワタクシたちといたしましては、これぞ龍神様のお力添えであると信じるのであります(笑)。
 いやいや冗談でなく、田沢湖、十和田湖、そして金足農業の近くにある八郎潟の三湖には独特な「三湖伝説」があります。
Th_img_2339_2 八郎太郎が龍に姿を変え、十和田湖に住んでいました。そこに南祖坊という男が現れ戦います。結果は南祖坊の勝ち。南祖坊は十和田湖の主となり、十和田神社に祀られることになります。一方、辰子も龍に姿を変え田沢湖に住んでいたのですが、八郎はその辰子を見初め、田沢湖に通うようにります。そして、再び南祖坊と戦うことになり、今度は八郎が勝利…これが三湖伝説の概要です。
 異論はありますが、基本的に、現在十和田湖には南祖坊が、そして田沢湖には辰子が、八郎潟には八郎がいることになるわけですね。
 ちなみに我が家の耀わん「十和田」は、出口王仁三郎の孫で、南祖坊の生まれ変わりと言われる出口和明さんと縁が深い。
 そうしますと、このたび暫定的に「十和田2号」とした新たな耀わんは、もしすると田沢湖か八郎潟と、つまり辰子姫か八郎太郎と縁があるのかもしれません。そうだ、梅の紋が入っているから女性、すなわち辰子なのかも。
 さらにもうひとつ今回は「諏訪湖」も一緒でした。まさに龍神のネットワーク・デバイスが大集合という感じでしたら、八郎潟に近い金足農業が快進撃をしているのも納得できるところです。ちょっと神がかっていますからね。


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2018.08.12

新日本プロレスG1 CLIMAX 28 日本武道館大会3日目

Th_201808120000926w500_0 めでとうございます、棚橋選手。本当に素晴らしすぎる優勝決定戦でした。
 素晴らしくなることは予想されていましたが、その予想をはるかに超えた神どうしの戦い。戦いの中に溢れる愛。
 棚橋弘至と飯伏幸太。そう、かつてのプロレスラーにあった恐さはなく、愛と愛のぶつかり合いという新しい戦いの景色を見せてくれました。
 こういうプロレスを観て、昔のプロレスファンの一部は、こんなのダメだと言うでしょう。これはプロレスに限らず、たとえばスポーツ界、あるいは教育界でも同じ、そういう人がまだまだたくさんいます。
 しかし、ここのところずっと書いてきたように、時代がドラスティックに変わりつつあり、私たちはそれに気づき、それを受け入れ、自分自身を変えていかなければならないのです。
 そういう意味で、棚橋選手がこの20年くらい戦ってきたモノは強大だったと思います。今日の勝利は、飯伏選手や今回のG1の参加選手に勝ったという意味だけでは説明できません。
 これはまさにトップダウン、天の力による世界改造ですよ。人事を尽くした棚橋選手に、天がほほえんだ。そう感じました。
 そんな偉業を具現化するのに、大切な役割を演じた飯伏選手にも拍手を送りたいと思います。どんどん進化し、見たことのない風景を見せてくれる飯伏選手は本当にすごい。
 覚醒した飯伏選手を久しぶりに見ましたけれど、うん、棚橋選手のバックステージでの言葉は重かったなあ。

「後は飯伏が覚醒した状態のままでやれるか。俺は真のトップレスラーだから。オンとオフがないから。それが自慢だから」

 なるほど、常にオンでいられるのが棚橋選手のすごさなんですね。恒例のエアギターも含めて、試合後のパフォーマンスも全力。本当にファンに愛を届けようとしている。たしかに素晴らしく魅力的な男ですね。
 ありがとうプロレス。プロレスが時代の先端を行っていることを再確認した大会でした。

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2018.08.11

新日本プロレスG1 CLIMAX 28 日本武道館大会2日目

20180812_102505 の雪崩式タイガードライバーには本当に度肝を抜かれました。
 今回のG1において私的に最も楽しみにしていたカードが、今日のメイン、飯伏幸太vsケニー・オメガでした。
 もちろん内容は予想を上回るものでした。結果よりも、その内容と、試合後の二人の対話に、今私の中のテーマである、「荒魂と和魂」の答えが合ったような気がしました。
 究極の荒魂は和魂になる。これからの荒魂はこうした演劇的世界で昇華され、現実社会においてはその姿を消していくでしょう。そういう予感がしました。
 昨日も書いたとおり、プロレスは単なるスポーツではありません。ある意味演劇であり、哲学であり、修行でもあります。
 フランスの哲学者、ロラン・バルトも「プロレスする世界(レッスルする世界)」で、その神話作用に注目しています。
 現実の社会、いわばリアルがどん詰まりになった時、私たちはフィクションの中に次のリアルを見ます。今日の二人の戦いは明らかに未来の光を見せてくれました。
 お互いの限界と、限界突破のポテンシャルを信頼しあっているからこそ、真正面からぶつかり合い、磨きあえる。
 試合後、ケニーが語った「負けたい思った。誰かに進化してもらいたい、私より強い相手に出てきてほしかった」という言葉に、大きなヒントがあります。勝ち負けをすでに超えています。対立する二者をアウフヘーベンしている。
 親友同士という、その「和」の中に「荒」が取り込まれた瞬間でした。
 飯伏とケニーは2012年に武道館で当たっています。その時の試合も素晴らしかったけれども、明らかに次元が違いました。
Uni_2984_2 思えば、2009年、山梨でのキャンプ場プロレスの時、二人と一緒にバーベキューしました。その時の彼らが、こうして絶頂期を迎えている新日本プロレスのG!の武道館大会でメインを張るなんて、その時は夢にも思いませんでした。
 しかし、たしかに、「この天才たちを世の中の人に知ってもらいたい」とは思っていました。具体的ではなかったけれども、私も未来に妄想していました。そんなことも含めて、今日の芸術的な試合は格別な感情を湧き起こすに充分すぎるものでした。
 さて、明日は飯伏選手と棚橋選手による決勝戦です。これもまた、さまざまな対立構図の中に語られます。しかし、私が期待しているのは、対立ではなく、二人のパーソナリティーだからこそ可能であろう、「対話」です。
 楽しみにしています。大げさでなく、地球の未来を切り開くために、頑張ってください。

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2018.08.10

新日本プロレスG1 CLIMAX 28 日本武道館大会1日目

Th_201808110001spnavi_2018081100002 日のグレート小鹿さんもプロレス。今日テレビ観戦した棚橋弘至とオカダ・カズチカの戦いもプロレス。
 全くプロレスというのは奥深い。勝ち負けではなく、人生の春夏秋冬を見せるのがプロレスという芸術。スポーツはアートであるべきだと常々考えていますが、その答えの一つがプロレスの中にあると思います。
 今日から三日間は、新日本プロレスの真夏の祭典G1CLIMAXの、実質上の準決勝、決勝を堪能いたします。そういう記事になりますので、興味のない方はごめんなさい。
 まず、本来なら、11日の日本武道館は現場で生観戦する予定で、宿までとってあったのですが、なんとチケットが手に入らないという事態に。
 某関係者にお願いしていたのですが、あまりに人気でなかなかキャンセルが出ず、ようやく出たのはロイヤルシートでして、とてもそんなお金は払えず断念。当日券も炎天下の中長時間並んで取れるか取れないかだと聞いて、急遽参戦をとりやめました。代わりにテレビで三日間観戦する手続きをとりました。残念といえば残念。
 さてさて、ワタクシ、昔から完全に全日本派でありまして、あまり新日本の試合を観てこなかったのであります。最近大人気の「新・新日本」についても、それほど興味があるわけではなく、プロレス専門チャンネルのニュースで、その雰囲気を知る程度でした。
 しかし、今回は元DDTのケニー・オメガと飯伏幸太が武道館で当たると知り、二人のファンとして、新日本の大舞台でどんな未来的な戦いが展開するのか、非常に今日が湧いてきました。それでG1初参戦を目指したのであります。
 で、結果としてテレビでの観戦となったわけですが、今日10日のAブロックの最終戦もまあそこそこ楽しみました。正直「新」の部分についていけないところもありましたが、やはり今儲かっている団体だけあって、世界中の魅力的なレスラーが大挙参戦しており、第1試合から世界最高レベルの戦いが展開していたのは間違いありません。会場の雰囲気も良かった。
 特に、メインイベントの新日本看板カード、「棚橋対オカダ」は予想以上に素晴らしい試合でした。今までも何回か二人の対決は観てきましたが、今日の試合が一番棚橋らしさが出ていたと思います。
 思えば、今までの対戦では、新日本の中心は明らかにオカダだったので、今回、その流れとは違い、エースの復活劇的なストーリーの中で、その主人公棚橋選手が輝くのは当然と言えます。
 それなりに年齢を重ね、若い力に押され気味だった中年(失礼)が、まだまだ若いもんには負けないぞと、しかしそれを明るく爽やかにやってのけているところが、棚橋選手の中年らしからぬところであります。そこに人生の秋冬からの春夏という物語を感じることができました。
 逆に言うと、オカダ選手のこの世の春から夏には、しっかり秋が来ているということで、それはそれである種の演歌的な哀愁を感じさせるとともに、しかし一方でその先の明るい季節の到来をすでに予感させます。
 そういう「負け」が単なる負けでないところが、プロレスの温かさ優しさですよね。きっと若い女性たちも、そういう母性的な目で、荒くれ息子たちを見守っているのでしょう。
 明日、あさってもとっても楽しみです。

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2018.08.09

グレート小鹿…「高齢者が院政を敷くのはよくないよ」

Th_979c7_1399_433d376c_3798fd0d 45年ぶりにシングルの王座に輝いたグレート小鹿さんは76歳。
 インタビューで独自の高齢者論を展開しました。なんとも平和でいい話ですよ。同じ格闘技でも、相撲、アマレス、ボクシング、そして広義で言えばアフメトもあんな感じになっている中、プロレスはなんとも平和です。
 まあ、とりあえず記事をお読みください。

76歳・グレート小鹿45年ぶりシングル王者 78歳・山根会長問題へ持論を展開

 グレート小鹿さんには3年前にお会いして、素晴らしいお話をうかがいました。

グレート小鹿 vs 宮戸優光 特別トークバトル(UWFスネークピット・ジャパン)

Th__20151025_10_06_38 この記事にも書いてあるとおり、小鹿さんの報恩、社会貢献の気持ちは非常に強い。若い頃、いろいろな人たちのお世話になった分、若手を育て、ボランティアをし、恩を返す人生を送っています。
 このたびの王座奪取も、そうした流れの一つでしょう。こういう「老害」が世間を騒がせているご時世だからこそ、違った老人、高齢者のあり方を示しているのです。
 違う見方をすることもできます。実はプロレスの世界は、他の格闘技、あるいはスポーツの世界よりもかなり早い段階で、年功序列や上意下達、そして反社会的勢力との関係におけるマイナス面を克服してきたのです。
 プロレスの世界は70過ぎても現役でやれるどころか、チャンピオンにさえなれるという、独特の文化を持っています。純粋な西洋スポーツとはあまりに違う。
 では、日本の武道の世界はどうかいうと、これがまた硬直化していて、まだまだ旧弊悪弊が残っています。仏教の修行の世界もそうです。
 明治維新後、特に戦前戦中に造られたフィクションが、いまだ通用している困った世界がたくさんあるのです。教育の世界もそうですよ。
 東京オリンピックまでに、はたしてどこまで各世界が変わることができるのか。オリンピックとはスポーツの祭典であるだけでなく、文化、教育の祭典でもあるのです。
 甲子園も今年で終わりでしょうね。いいんじゃないですか、ちょうど100回ということで。
 今後、まだまだいろいろなところから膿が出てきますから、皆さん、楽しみにしていてください。決して悪い方向にはいきませんので。


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2018.08.07

暴力・威圧による教育の時代は終わるのか?

Th__20180808_175100 研修会での指導を終え帰宅しました。指導とは言うのものの、特に今回はこちらが学ぶことが多かった。若手教員からいろいろ教えていただきました。
 たしかに時代は変わっている。
 たとえば、「新アンガールズ」と言われる、日大田中理事長にボクシング連盟山根会長に象徴されるような、「荒魂」的世界は、教育から追いやられる時代が来ました。
 今若い先生たちは、体罰や威圧的な発言、行動によって生徒をコントロールするという旧来のやり方を自ら捨てようとしています。これは素晴らしいことです。
 愛のムチ…たとえばこういう言い方によって美化されてきた「暴力」。そういう力が働いてこそ生徒は成長するという、よく考えれば全くエビデンスのない伝説がまかり通っていたのが、学校という異常な空間です。
 150年戦争終結という言い方で、いろいろなところで話していますが、学校のそうした軍隊文化もいよいよ終わらせなければならないですね。
 いや、ホント数ヶ月前までは、「昔はよかった」「今はダメだ」的な発想をしていたんです。お恥ずかしいことですが。
 しかし難しいですよ。今日もそういう話で6時間、グループワークしましたよ。何が間違っていたのか、何を変えていかなければならないのか。そういう検証が全くされてこなかった世界なので。
 若い先生方は大変ですよ。子どもたちは基本、どの時代も変わりません。反抗や怠惰という表現方法しか知らない生徒たちは今もたくさんいます。
 今までは、それを威圧によって3秒でしっかりさせることができました。私も、若い頃そういうことが苦手だったので、自分なりに訓練して、威圧も体罰もできるようになりました。しかし、そういう方法をとっていた頃の自分は、なにか不自然で、教師という仕事に対しても違和感を抱いていたのです。
 今、面白いもので、こういうご時世になりまして、ようやく自分らしく毎日を送れるようになったのです。不機嫌にならなくて、というか不機嫌なフリをしなくてよくなった。
 私、生来の性格で本当に怒りの感情がほとんどないんです。なのに先輩方から、そんなことではダメだ、なめられる、自分はこうして生徒を静かにさせる、と聞かされ、ある意味しかたなくやってきた部分があるのです。
 では、その代替策がしっかりあるかというと、今日の若い教員たちと同じく、これというものがないのです。だからこそ、今日は指導というよりも、本当に一緒に悩みましたよ。
 ただ、本当に時代はそういう「荒魂」ではなく、「和婚」の方向に動いてるのは間違いありません。これは実にいいことなのです。
 人類はいよいよそういう次元上昇の時を迎えているのでしょう。教育とは、未来の大人、すわなち未来の社会を創る営みです。
 子どもたちが、そうした暴力的な教育の世界から解放されれば、もしかすると世界から戦争がなくなるのかもしれません。
 ちょっと前までの私を知っている人は、いったい山口はどうしちゃったのか?と思うことでしょう。しかし、これはどうしようもありません。どの瞬間だったかは分かりませんが、急に変わったのです。
 誰か言っていました。不機嫌によって人をコントロールしようとするのは、赤ん坊と教師だけだと。笑えませんね。

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