カテゴリー「スポーツ」の106件の記事

2008.05.12

『プロレス黄金期伝説の名勝負』 (別冊宝島スペシャル)

Typ6 っと、またプロレスネタだぞ。どうした自分。それも昭和プロレスへのノスタルジー的記事、多くないか?
 今日、昭和プロレス旗揚げ戦という興行が行われました。本当は行きたかったけれど、平日ではとても無理です。行った方の報告を見ますと、往年の名選手たちは、皆それなりに加齢な(!)動きを見せてくれたようですが、なにしろ客席の雰囲気が、あの昭和のプロレス会場そのままだったとか。温かい野次が飛び交う交響的空間。
 会場に行けなかった私は、そんな昭和プロレスを懐かしむため、この本をじっくり読んでみました。う〜、なんか懐かしいとともに、ほのかな哀しさが…。もののあはれかあ。
 昭和が終わって20年。いや、昭和の余韻が消えて10年。10年ひと昔とはよく言ったものです。昔語りを始めるようになった私も、そろそろ後期中齢者(?)になろうとしています。
 多くの語り手がそうであるように、私もまた、あの頃は良かったという時、あの頃の日本は良かったという感慨とともに、「あの頃の自分は良かった」という感懐をも、そこに含ませています。
 先日『プロレス「悪夢の10年」を問う』の記事に書きましたように、まず変ったのは社会であり、それにつれて「私たち」も変り、そして、それに迎合する形でプロレスという商品も変ってしまいました。
 「私たち」が社会やプロレスを変えてしまったのだという、そういう言い方もレトリックとしては可能でしょうが、やはりそれは事実ではないでしょう。私たちにそんな意思などなかった。あくまで、政治という「集団気分」を醸成するメディアに流されてしまったのです。
 私は何度も小泉劇場を評価する文章を書いてきました(検索すればたくさん出てきます)。その一方で、たとえば「談合」を肯定し、アメリカ的な(エセ)ガチンコ市場至上主義を否定するような文章もたくさん書きました。そこに矛盾を感じる方もいらっしゃるとは思いますけれど、あくまで、私は小泉さんを役者として高く評価しているのであって、彼の騙ったシナリオの内容を賛美するものではありません。
 談合や根回しのような、まさにプロレス的世界を否定し排除しようとし続けたこの10年で、日本はさらに疲弊してしまった。なんだか「遊び」がなくなって、そう、柔道着から「遊び」が消えて柔道がJUDOになってしまったように、私たちも、みんなただの人間として窮屈に自分のなわばりを守ろうとするようになってしまった。常に緊張して相手のスキを狙っているような、そんな貧しい動物のようになってしまった。
 プロレスの凋落と総合格闘技の興隆の裏には、たとえばヤクザさんのお仕事事情の変化もありますよね。いわゆる「興行」という、地方の伝統に根ざした旧来のお仕事がしにくくなったおかげで、彼ら(の一部)は違うスタイルのお仕事をするようになりました。
 昭和の時代に誰が、さいたまスーパーアリーナに数万人の人を集めて地下プロレスをやるようになるなんて想像したでしょう。プロレスや柔道やその他の格闘技の領域で、人を傷つけない、また他の領域を傷つけない「道」を極めていた人たちが、ほとんど素手で本気で殴り合って潰し合いをするなんて、誰が考えたでしょう。
 それは夢として、妄想として、物語としてはありました。しかし、それはある意味侵すべからざる領域、すなわち聖域であったはずです。歴史的にもそういう聖域を守ってきたはずのヤクザさん自らが、俗世間の悪神たちに魂を売って、今のような状況を生んでしまった。あの法外な放映料はなんですか。リングサイド席ウン十万円とかいうそれこそヤクザなチケットはなんですか。
 さて、こんなふうにグチをこぼしても、もう時間は戻ってはくれません。ただ、私に出来ることは、「あの頃は良かった」という気分を醸成すべく、自分を演出していくことだけです。おじさんとか年寄りとか言われても全然構いません。なぜなら、歴史は常にそうしたうねりを繰りかえしてきたからです。その時に必要なのはやはりノスタルジーなんです。
 現状に早く飽きてしまえ。そして、反省して昔に戻れ、社会よ、自分よ、プロレスよ(その他、音楽や秋葉原やプロ野球や…いくらでも出てきますね)。
 そういう意味で、この本のような昭和の余韻が復刻されて、コンビニに並べられているというのは、実に結構なことです。気分の醸成に、最先端の商売が協力してくれているわけですから。
 この本の元本は、1993年すなわち15年前に発行された別冊宝島179号『プロレス名勝負読本』です。大きな変革期を迎えようとしていた、だからこそ古いものと新しいものがぶつかり合ってエキサイティングであった、80年代、90年代初期のプロレス名勝負について、そうそうたる人々がそれぞれ濃く熱く語っています。ああ、ライターも昭和してるなあ。そこにはまだまだ物語が息づいています。
 特に私が面白く読んだのは、今や東大の大学院の先生でもある松原隆一郎さんの文章ですね。今でも彼の格闘技論はなかなか本質を突いていて勉強になるんですけど、この頃からやっぱり視点が鋭いですね。社会学的、コミュニケーション論的な視点というのは、どちらかというと私のセンスに近い気がします。彼はジャズのマニアとしても有名ですし、ジャズと格闘技を本質的に同じものだと考えているあたり、私と気が合いそうです。一度お話してみたいですね。盛り上がると思うんですけど…なんて、東大大学院の先生をつかまえて何を妄想してるんだ(笑)。いや、こういう夢、妄想こそが「遊び」であり、明日へのエネルギーになるんですよね。
 それにしても、全編を通して読んでみますとね、猪木という男と前田という男、この二人がいかに天才的なアホだったか、よく分かりますよ。彼らが時代を動かしてしまった。政治的な動きと格闘技界を結びつけてしまった。もちろんヤクザの世界も含めてね。う〜ん、功罪半ばでしょうか。一つの文化を殺してしまったとも言えるけれども、一方で格闘家の食いぶちを供給したとも言えるしなあ。難しいところです。
 ということで、今日もすっかり懐古的な一日でした。しかし、先ほども書いた通り、こうした負方向への気分こそが次の時代への動力になるんです。そう、ゴムを引っ張ってパチンコ玉を飛ばすように、まずは逆ベクトルに加担しなくちゃ。

Amazon プロレス黄金期伝説の名勝負

プロレス黄金期伝説の名勝負

不二草紙に戻る

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008.05.07

『プロレス「悪夢の10年」を問う』 (別冊宝島)

世紀の「大沈没劇」を検証する
Seuyuy たプロレスネタですみません。でも、これは私にとって、自分の生き方そして社会の変化について考える、非常に重要なヒントを与えてくれるもの、いやほとんどテーマそのものなので、どうしても避けて通れないんです。
 やはり、プロレスは自分や社会を映す鏡なんですよね。ですから、プロレスの凋落激しかったこの10年というのは、まさに自分たちや社会が、そういうふうに変わった10年だったということなんです。
 世間ではいったい犯人は誰だ!?のような議論が盛んに行われました。そして、実際にいくつかの原因が取りざたされましたが、どうもすっきりしない。そう、最も激しく犯人扱いされたのは、ミスター高橋の暴露本でしょう。もちろん私もそれを読みましたが、それはまあ不文法を明文化しただけであって、何を今さらとは思いましたが、世の中を改革してしまうほどの力は感じませんでした。やっぱり原因はそれじゃあない。
 このムックも基本、一般論に対する懐疑的な立場をとっています。しかし、だからと言って何か一つの結論が提示されているわけでもない。冒頭に「変わったのはプロレスか、自分か、それとも−」とある通り、結局よく分からないまま終わっています。というか、ずいぶんと話がそれていって、あれ?この本って何の本だっけ?という感じ。そして、なぜかそのそれた部分の方が読み物としては面白かった。
 特に、昭和を彩った怪物記者、怪物編集者の皆さんのくだらない(失礼)ぶっちゃけ話と、彼らに対するある意味プロレス的なわざとらしさを伴った宝島側のツッコミには、大いに興奮させられました(笑)。
 あと、「大沈没劇」のおかげで味わえる哀愁という意味では、最後の阿修羅原のインタビューと劇画が秀逸でした。もうほとんど演歌の世界ですよ。そうそう、去年泣いたラッシャー木村の劇画と同じ「もののあはれ」だな。沈没の美…国際プロレスって本当にいいですねえ。カミさん曰く「人生の春夏秋冬…(涙)」。
 さて、いきなりですが、私はよく分かってるんですよ。なんでプロレスが凋落したか。変わったのは、プロレスであり、自分であり、社会なんです。そうですねえ、順番としては、まず社会が変わった。そして自分(私たち)、最後にプロレスなんじゃないでしょうか。
 2001年、ミスター高橋の暴露本が出版された年ですね、この年は小泉構造改革が始まった年でもあります。そして、どんどん世の中のいわゆる「ムダ」が排除されていきました。全てがリアルにオープンの方向を目指し、それこそがいいという神話が形成されていきました。ガチンコ社会こそが「機会の平等」を生むという幻想が生まれたんです。
 そこで消えたのが例えば談合です。私はこちらで書いた通り、談合こそプロレスであり、それが人間の本質と智恵であると考え、行きすぎた談合はですね、それはいかんとは思いますが、だからと言って、それを徹底的に排除して自分たち個人個人の欲望と無力さを露呈させるのには大反対なんです。
 でも、世の中はみんなそっちの方向に行ってしまった。リアルを求めてしまった。総合格闘技の人気が出たのも、そういう我々の意識が商売になるからでしょう。談合じゃなくて、ガチンコでオープンのオークションの方が正しいし、面白いと思ってしまった。
 レスラーたちも喰っていかねばなりませんから、市場がそちらに流れれば、自然とそういう方向に行きたくなります。特に体の小さな人たちはそうでした。体が小さいと、プロレス的にはルチャをやるしかないわけですから。
 そういう意味で、このムックで一番勉強になったのは元UWFインター山本喧一選手のインタビューでした。彼は本当にいいことを言っています。今、彼は格闘技の世界で頑張っているわけですけど、彼も体が小さかったので、いわゆるプロレスラーにはなれなかったクチです。自分でもそう言っています。彼は「プロレスは化け物の世界」と語っていますが、まさにそれですね。今のプロレス界には馬場や猪木やアンドレや鶴田のような化け物がいません。プチ化け物やシロウトがずいぶんと増えてしまいました。それも凋落の原因でしょうね。
 逆に言えば、それは「見世物文化」の衰退とも言えます。世の中のエセ福祉、エセ思いやり、エセ平等、エセ人権、エセヒューマニズムが、そういう「モノ」を幽閉しつつあります。教育現場でもモノノケはずいぶんと生きにくくなってますよ。まったくねえ。
 大相撲の凋落も、まったく同じ原因でしょうね。日本古来の素晴らしき神道的伝統である、談合的全体主義と見世物的福祉と物の怪への畏敬の念が消えてしまった。残ったのは、我々人間個人の不純なる「自己」と単純な勝ち負けの図式だけでした。そういう「コト」を包み込んでいた母性のようなモノはどこに行ってしまったのでしょうか。人間のデジタル化なんでしょうかね。アナログ的なあいまいさと、美しきムダやムラはもう評価されないんでしょうか。
 …と、話がふくらみすぎてしまいましたね。なんだか自分でも何を言っているのかわからなくなりました。とにかく、とんでもない怪物が現れて、総合でも完全王者になってくれるしかないですね。私たちの欠落感を埋める物語を紡ぐ、そういうある意味天皇みたいな、恒星みたいな、そういう存在が現れねば。朝青龍もジョシュ・バーネットもいいけど、やっぱり日本人のそういう怪物が現れてくれないかなあ…やっぱり三沢さん?

Amazon プロレス「悪夢の10年」を問う

楽天ブックス プロレス「悪夢の10年」を問う

不二草紙に戻る

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.05

『高円寺のレスリング・マスター 人間風車 ビル・ロビンソン自伝』 ビル・ロビンソン (エンターブレイン)

65hj 先から帰ってきて、録画してあったサラリーマンNEOを観ましたら、また「サラリーマン体操」にプロレスネタが…。ついに馬場と鶴田の登場です。どう考えてもこれは私の趣味を考慮して番組を作ってますな(笑)。「オーッ」までやってくれました。
 しかし、この前カール・ゴッチについての間違いを指摘させていただいたのと同様に、今回も一つ間違いを指摘いたします。
 写真をご覧になってわかりますかね。字幕には「眠気覚ましの三冠王者 J鶴田のジャンピング・ニーバット」とありますが、これは「バット」ではなくて「パット」ですよ。NHKさん、しっかりしましょう(笑)。
75772082 さて、カール・ゴッチは「神様」ですと指摘させてもらったのに関しまして、違った意味で再び反論しているのがこの本です。帯にはこうあります。
『カール・ゴッチは決して神様などではない!』
 そう、著者であるビル・ロビンソンさんは、実際に手を合わせた者として、ゴッチを神格化する日本のプロレス界(というかマスコミでしょうかね)に苦言を呈しています。たしかにゴッチは優れたシューターの一人ではあったが、彼以上のレスラーはいくらでもいると断言しています。
 この本では、ゴッチだけではなく、往年の名レスラー、テーズやガニア、猪木や馬場、そして鶴田などの評価がかなり詳細に書かれています。それらは非常に興味深い内容です。結論だけ言ってしまうと、彼が最も「強い」としているのはダントツでビリー・ジョイスです。私は彼について全く知識がありませんが、とんでもないテクニックを持ったシューターだったらしい。おそらく、今の総合格闘技の試合にビリー・ジョイスやビル・ロビンソンが出たら、余裕で勝つんでしょうね。
 日本人ではやはりダントツで猪木を高く評価しています。鶴田はいまいち。馬場はビジネスマン。あとは生徒扱い(笑)。
 それから興味深かったのは、桜庭和志を高く評価している点ですね。それと比較して田村や高田の欠点を指摘しています。なるほど、という部分です。
 そう、やっぱり桜庭なんかが、ちゃんと「プロレスラー」として、「プロレス」をやればいいんですよ。この本を読んで再びそのことを痛感しました。
 この本を読みまして、私のいろいろな疑問が氷解しましたね。なぜプロレスが凋落したか。なぜ総合格闘技に違和感をおぼえるか。真のプロレスラーとはどういう人たちなのか。
 つまり、ロビンソンが活躍していた時代のプロレスには、「ショー」も「ガチンコ」も全部含まれていたんですね。馬場もそういうこと言ってたじゃないですか。それが、どういうわけか、「ショー」と「ガチンコ」に分かれてしまった。それで、お互いがいがみあっている、というか全く相容れないものどうしになってしまっている。
 この本を読めば、そんな二分法がいかに幼稚でプロ意識の低いものか、よ〜く分かりますよ。象徴的なのは、ロビンソンが語気を荒げて(たぶんね)不快感を表明している『「シュート」と「ワーク」』の章です。ここで、彼は「シロウトが軽々しくシュートとかワークとか言うな」というようなことを述べています。その理由は大変に奥深く、だからこそ完全に言葉になっていないような気もしますが、その理由こそが、今のプロレス界、格闘技界が見失っているものだと思いました。
 去年買った国際プロレスのDVDの最後に、ビル・ロビンソンさんと宮戸優光さんによる、伝説の名勝負の一つ「ビル・ロビンソン対バーン・ガニア」の解説があったんですよ。それはそれはすごい内容でした。いかに彼らが高度な攻防を繰り広げていたか、それは単に自分が勝つための技術的な攻防だけではありません。相手を活かし、お客さんを盛り上げるための、非常に知的な攻防がそこにあるんです。
 ロビンソンさんは、彼の理想とする「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」すなわちランカシャー・スタイルのプロレスリングを「フィジカル・チェス」と表現しています。そこに全てが表現されていますね。
 今、ロビンソンさんは、高円寺に住み、スネークピットジャパンでコーチをしています。古き良き本当のプロレスを後世に伝えるべく、自ら手取り足取り指導をしてくれているそうです。心のプロレスラーとしては、ぜひとも一度行ってご指導いただきたい!
 近いうちに訪問したいと思います。

Amazon ビル・ロビンソン自伝

不二草紙に戻る

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.04.29

Logitec 『iPod対応 ICレコーダーアダプタ LIC-IREC01』

41ef2d2r9ml_sl500_aa280_ 日は、家族+1で東京方面へ出かけました。カミさんは「DREAM.2」観戦のためにさいたまスーパーアリーナへ。私は新宿で5月24日のコンサートのための練習。子ども(+お友だち)は浜松町のポケモンセンターへ。それぞれ違う目的です。
 カミさんのお目当てはもちろん桜庭和志選手。DREAM.1では、その桜庭選手と念願の握手を交わしましたが、今回は「闘うマスオさん芸人」ことベルナール・アッカ選手と駅でバッタリ出会い握手したそうです。さらに King of 39 fan の方とも知り合いになれたということで、大変ゴキゲンのカミさんでありました。あっ、もちろん桜庭選手は勝ちましたよ。思ったより苦戦したみたいですけど。
 子どもたちも久々のポケモンセンターに大満足。大人から見るとただのショップなんだけどな。いやあ、私はポケモンよりもリアル・モンスターにびっくりですよ。まあ先ほどの King of 39 fan の方もカミさんの話によれば相当すごいらしいんですが、大人のポケヲタもすごかったなあ。カゴいっぱいにぬいぐるみを大人買いしてたり、店員さんと仲よくなってものすごくディープな会話してたり。なんだかぬいぐるみの棚の前にしゃがみこんで、ピカチューとポッチャマを両手に持って会話させていたり…笑。いやあ、やっぱりここまで極めなければオタクとかファンとか言えないんでしょうね。尊敬します。
 さて、私は相変わらずディープではなくシャロウな生き方をしてまして、今日紹介するものなんかも、結局あんまりこだわりの感じられない物ですね。いかんなあ。
 私はバロックのアンサンブルの練習をしたわけですが、今日は初めて自分たちの演奏を録音してみました。録音した機材はiPod nanoとロジテックのマイクです。
 最近もYahoo!ニュースに 「高品質ICレコーダー リニアPCMが人気」という記事がありましたね。再び生録ブームだとか。私も昔はデンスケやらDATのデッキやらを持っていて、いろんな音を録りまくった時期がありました。バイノーラル・マイクまで自作してね。あの頃の方がずっとヲタしてましたな。
 このブログではZOOMのH4H2を紹介したりして、実際知人の何人かはこれらを購入されたようなんですが、自分自身は、まあお金もないものですから買わずじまいだったんですね。で、この前の奇跡の救出劇のあと、親父用のMacBookを購入した時にオマケでiPod nanoが付いてきたんで、それを自分のものにしまして、そして、ロジテックの新しく出たマイクを接続して使ってみたわけです。
Licirec01 結論から言いますと、お値段と見た目からすれば、そこそこの音質。練習のチェック用、あるいはコンサートなどの記録用には充分の音ではないでしょうか。ただ、ステレオ感に乏しく、やや低音が弱いのにはがっかり。てか、しょせんボイスレコーダーですからね。基本ボイス用の設定なんでしょう。
 ただiPodによる操作性は非常にイージーでわかりやすく、本当に気軽に録音するにはいいですね。ポケットにすっぽり入りますから、ちょっとした密録にも最適ではないでしょうか(笑)。
 周波数特性は20Hz~16kHz、ファイル形式はWAVE、ビットレートは1441kbbs、サンプルレートは44.1kHzということで、いちおうCD並みの音質ということです。詳しい仕様などはこちらでどうぞ。
 恥を忍んで(?)昨日録音したサンプルを置いときましょうか。ファイルサイズがでかいので、ちょっとだけです。適当に切り取ったものです。えっと、これはルクレールのソナタの、コテコテ演歌風(もしくは韓国ドラマ風)の泣きの楽章ですね。音程の悪さ、アンサンブルの甘さ、わけわからんコブシなどではなく、あくまで録音品質のみをお確かめ下さい。
 マンションの一室での演奏を、3メートルくらい離れた場所に無造作に置いて録音しました。編成はバロック・ヴァイオリン2本、バロック・チェロ、チェンバロです。アッテネータはHiです。イヤフォンで聴くとチェンバロがよく聞こえるのに、ウチのスピーカーだと全然聞こえないな。なんでだろ。ぜひイヤフォンかヘッドフォンでお聴き下さい。
 
 サンプルを聴く

 うぐいすの鳴き声を録ってみました

Amazon LIC-iREC01

楽天 LIC-iREC01

不二草紙に戻る

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.20

DRAGON GATE 観戦 (さらば大田区体育館)

 今日はまず新宿でバロック・バンドの練習。前前回は小橋選手の握手会、今回はドラゲー観戦と、どうもこのアンサンブルとプロレスの組み合わせが多いのはなぜ?というか、プロレスはバロック、バロックはプロレスでした。ですから、全然問題なし(笑)。
0803201 さて、今日DRAGON GATEの大会に行くことを決めたのは、まず会場となる大田区体育館での最後のプロレス興行だからです。大田区体育館、私も少年時代を大田区で過ごしましたので、何度かお世話になっている思い出の体育館です。そして、なんと言っても多くのプロレスの名勝負が繰り広げられた場所ですよね。この前買ったジャンボ鶴田伝説にもあったジャンボ鶴田対スタン・ハンセンの三冠ヘビー級王座統一戦も1989年4月18日にここで行われたんでした。大田区体育館と言えばプロレス、そう静岡の駿府会館もそうでした。私の生まれ育ったところはどうもプロレスの臭いがする。
0803202 その大田区体育館、東京オリンピックを記念して、その翌年に出来たということですから、東京オリンピックを記念して生まれた(?)私とほぼ同級ということになります。そんな古くからの友人がこうして引退取り壊しになるというのは、なんだか切ないことですね。オレもそんな歳になったんだなあ…と。
 ドラゲーの試合を観るのは2回目です。あれ?あれはまだ闘龍門時代かな。けっこう好きな団体ですし、好きな選手も多い。さらに今回はノアのKENTAと石森太二がGHCジュニアタッグのベルトを奪還しに乗り込んでくるということもあり、非常に楽しみにしておりました。試合結果等はこちらでどうぞ。
0803203 私は3階席の一番安いチケット(3000円)だったんですけど、まあ、そんなに広い会場ではありませんからね、角度的にも距離的にも案外ちょうど良かったという感じでした。今回は会場全体の雰囲気を味わうというのも目的ですしね。
 1階アリーナ席は平ら、かつリングを見上げる形になるので、ちょっと見づらそう。席から離れてあえて立ち見している人が多かったようです。そういう人抜きに純粋な立ち見もたくさんいて、いわゆる超満員札止めといった感じ。きっと私と同じように大田区体育館とのお別れをしに来た人、それからノアのファンなんかも多かったんでしょうね。全体にいい雰囲気を作っていました。
 さて、試合の方ですが、ドラゲーの皆さんはいつものようにハイスピードでアクロバティック、そしてキャラクターやストーリーのはっきりした試合を展開、プロレスの王道を見せてくれました。満足満足。
 でも、私の心に残ったのは他団体の選手たちですね。特にZERO1−MAXの田中将斗選手、アパッチプロレス軍の黒田哲広選手組 対 チーム30代の望月成晃、ドン・フジイ組の試合は良かった。やっぱりベテラン同士のアンサンブルはいいなあ。安心して観ていられる。盛り上げ所分かってるしね。さすがです。
0803204 びっくりしたのは、黒田さんとフジイさんがわざわざ私の目の前まで来て、乱闘を繰り広げてくれたことです!!3階席まで来てくれるとは…それもホントに私の目の前ですから。おかげでテレビにもしっかり映っちゃいましたよ。目の前30センチでの水平チョップやらランニングラリアットはさすがに超ド迫力!!汗が飛んでくるのはもちろん、黒田選手のジュース噴射攻撃の巻き添え喰ってビシャビシャになるし、憧れのフジイさんの背中にタッチできるし(汗でベタベタ…笑)、もう最高の体験でしたね。ありがとう大田区体育館!って感じで涙が出ました…。いいなあ、プロレスは。総合じゃ絶対こんなことないもんね(当たり前か)。10万円で総合を観るのと、3000円でプロレス観るのと、あなたはどっちを選びます?
20080320087thumb200 あと、感動したのはやっぱりGHCジュニアタッグ戦ですね。これは本当に内容の濃い素晴らしい試合でした。KENTAはちょっと格が違う感じがしましたね。繰り出す技も当然ですが、技の受け方、また気持ちの表現のしかた、素晴らしかったなあ。石森もノアでは軽めに見えますけど、ドラゲーではちょうどいい感じ。あっ考えてみれば、彼は闘龍門の出なんだよな。ある意味古巣での試合だったわけだ。あと、久々にジョー樋口さんを生で見たな。思わず「ジョー!」って叫んじゃいましたよ。ジョーさん実はウチのご近所さんなんですよ。今度はこちらでお会いしたいものです。
 ドラゲー側はどうかといいますと、B×Bハルクはややスタミナに難ありかな。いいもの持ってるんですが、気持ちが伝わってこない。それってたぶんスタミナの問題だと思います。心と体のね。あと、鷹木信悟くん。彼は注目株です。彼、山梨の出身ですし、浜口ジムの出身ですので、私は特に注目してたんですけど、ホントいいセンスしてますよ。やられっぷりもお見事。プロレスをよく分かっていますし、光る何かを持ってます。今回のノア勢との戦いはいい勉強になったでしょうね。
 ところで、気になったのが、私が好きなエル・プレイザー選手。集中力がなかったのか、体調が悪かったのか、リングとの相性の問題なのか、とにかく技の失敗が多く、ケガしないかとヒヤヒヤ見ていました。どうしたんだろう。あと、セミに食われたのかメインがイマイチ盛り上がらなかったな。ま、しかたないでしょうか。
 しかし、全体としては超満足の興行でした。最後に大田区体育館はいいものを見せてくれました。本当にありがとう!お疲れさまでした!

オマケ…帰り、30年ぶりに池上線に乗りました。懐かしいかなあと思いきや、なんだか一駅ごとに昔の忌まわしい記憶がよみがえり、なんとも切ない気持ちになってしまいました。失恋とか…あれとかあれとか。やっぱり少年時代って忌まわしいものなんですね(笑)。

不二草紙に戻る

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.03.15

「DREAM.1」&桜庭和志選手握手会

Dream 「夢」の結末は…(試合結果などはカクトウログさんで)。
 写真は、いじめっ子カルバンが調子に乗りすぎて青木くんを保健室送りにし、先生に怒られてるところです。「ごめんなさ〜い…(泣)」。青木くんも泣いてました。まるで小学校の教室だなあ。
 まあ何といいますか、どうしようもない夢を見てしまったあと目覚めて、なんでこんなバカな夢見たんだよう…っていうのに似た感覚ですね。大晦日での対決が流れ、さんざん引っ張って盛り上げた結果これだもんなあ。お客さん不在だよなあ。
 これは言ってはいけないことなんでしょうが、ノアの森嶋くんは三沢くんのエルボー何十発も受けて、意識がとんでも体がしびれても戦い続け、そして勝ちましたよ(笑)。
 というわけで、私はテレビ観戦いたしました。ミルコもなんだかなあでしたし、正直さっぱり面白くありませんでした。戦極の勝ちですね。ま、ライト級が中心だったので迫力に欠けたのも事実ですけど。あの大きな会場ではきついでしょう。
0016 さて、そのさいたまスーパーアリーナにはウチのカミさんと子どもたちが駆けつけました!えっ?もしかして生観戦したの?…いえいえ、違うんですよ。
 写真が小さくてわかりにくいと思いますが、ウチの子どもたちの服装を見てください。長女はサクTシャツを、次女はスギッチ(秋田県のキャラ)Tシャツを着ています。そうなんですよ〜!「DREAM」が始まる前に桜庭和志選手の握手会があったんです。桜庭の熱狂的なファンであるウチのカミさんは、それに参戦したわけですね。なにしろ、桜庭選手に関しては、試合を観に行ったり、あるいは外堀を攻略したりしてたんですけど、直接お触りする機会はなかったんですから。
 急なことでしたし、決して近くありませんし、また私が仕事なので子どもも連れていかねばならないということで、一時はちょっと無理かなあと思っていたみたいなんです。でも、子どもたちも(なぜか)「行きたい!」と言ってますし、そして私としてもちょっと前に小橋建太選手の握手会に参加させてもらっているので、ぜひ行ってこいと背中を押してあげました。
0018 珍しく3人とも早起きし、さいたまスーパーアリーナに着いたのは握手会開始3時間前。限定300人のところ43番のチケットをゲットしたそうです(結局100人くらいしか集まらなかったとか…苦笑)。握手は実質一人1秒くらいしかできなかったようですが、ウチはいつも突撃力を発揮してそれなりに桜庭選手にインパクトを残したみたいです。
 まず、いきなり長女が3枚のお札(ポケモンカード)を差し出し「これを(息子さんたちに)渡してください!」と言ったらしい。桜庭選手は「お〜っ、なんだこれ?!」と叫んだそうです(笑)。続いてカミさんが握手しつつ、「道場おめでとうございます(?)、秋田なんですよ〜、頑張ってください!」とかなんとか言ったみたいです。そして最後「これ呑んでください!」と山梨の地酒セットを手渡したそうです。ウチだけ7秒くらい独占しちゃったとか(笑)。きっと桜庭選手も圧倒されたことでしょう。昨年の横アリでの秋田弁攻撃に続いてかなりのダメージを与えたのではないでしょうか(笑)。
 そう考えると小橋選手との握手会は良かったなあ。一人一人ていねいに会話してくれましたからね。そのへんももしかして総合とプロレスの違いなのかもしれない。桜庭選手本人もプロレス寄りのキャラですけどね、やはり主催者やスタッフの姿勢が違うんじゃないでしょうか。
 というわけで、カミさんと子どもたちは試合は観戦しないで、そのまま浜松町のポケモンセンターに向かったのでした。そう言えばあの日はレスリングの天皇杯とポケモンの組み合わせでした。今回も格闘技イベントとポケモンだな。不思議だ…と思ったら、単に我々夫婦が自らの趣味を満喫するために、子どもたちをポケモンで釣ってるだけでした(笑)。
 はたして、あの3枚のお札は息子さんたちに渡るのでしょうか、そしてあのお酒は桜庭選手の体に吸収されるのでしょうか。

PS 桜庭選手はトーナメントには出ない(出たくない?)とか。ぜひ出ないでほしい。もう秋山とはいかなる形でも絡まないでほしいな。

!!桜庭選手のサイトにウチの家族が思いっきり載ってます!!こちら!!サクの左手にポケモンカード、右手に日本酒…

不二草紙に戻る

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008.03.07

戦極〜リアルな強さとは

69
 非常に遅くなりましたが、感想やら思索やらを。試合結果などはカクトウログさんでどうぞ。
 まあ、便利な時代でして、お金を払わずともちょっと待てばこうして全戦鑑賞できるんですよね。ありがたい。で、ようやく全試合観ましたので。
 まずは御存知ない方のためにちょっと解題を。「戦極」とは、2007年に活動を停止したPRIDEの選手やスタッフの受け皿として発足した、ワールドビクトリーロードが主催する総合格闘技イベントのことです。ワールドビクトリーロードの中心になっているのは、木下工務店、ドン・キホーテ、日本レスリング協会です。
 いずれにせよ、なんとなくすっきりしない形で消滅してしまったPRIDEに対する、(私やカミさんなんかも含めた)ファンの愛情や情熱のようなものの、一つの行き場所として、この「戦極」という場所が生まれたわけです。そういう意味で、HERO'Sや昨年末の「やれんのか」、そして近く開催される「DREAM」との関係などを書き始めると逆に面倒なことになるので、今日は純粋に「戦極旗揚げ戦」についてのみ述べようと思います。
 まず、正直な一言。「プロレスラーは強いんです」…藤田和之選手とジョシュ・バーネット選手が、ああいう勝ち方をしてくれまして、プロレスファン(心のプロレスラー)としては、はっきり申しまして、かなり大量の溜飲を下げました。もちろんいろいろな見方があるのを承知でもう一度「極」言しますと、「プロレス最強」だということです。
 その象徴的なシーンが冒頭のバックドロップです。おそらくこの大会中、最も沸いたシーンでしょうね。そう、メインの試合開始早々、ジョシュが吉田秀彦に豪快なバックドロップを見舞ったのです。この美しいバックドロップを見て、私は「アントニオ猪木vsウィレム・ルスカ」と「三沢光晴・力皇vs小川直也・村上和成」を思い出しましたね。前者はプロレスラー対柔道金メダリストという意味で、後者は…まあいろいろな意味で(笑)…そうそう、この試合の解説者席に、なんと当の吉田秀彦さんが座ってるんですよ。なんの因縁でしょうねえ。
 戦極は「リアルな戦い」「本物の闘い」を見せるということを標榜しています。ここでいう「リアル・本物」と「プロレス」との間に違和感を抱く人もいるでしょうね。でも、私は今後、格闘技は再びプロレス寄りになってくると思ってますよ。その象徴がこのメインの試合だったと思うんです。
 「戦い」の本義が、優劣・雌雄・勝敗を決することであることはたしかです。しかし、その判断の基準は多様であっていいと思います。結局、ここ10年くらいのいわゆる総合格闘技ブームの浮沈を見ると、その多様性に選手や観客や運営会社や放送局がどう対処したかが問われているな、と感じるんです。
 あえて非常に分かり易い言い方をしますと、「いじめっ子」が本当に人間として強いのか、もしかすると「いじめに耐えている子」の方が強いのではないか、そういう視点も当然あるだろ、ということです。
 リアルな本物の強さの表現というのは、それこそ多様であって、ただ相手を打ちのめすだけではないはずです。プロレスには、そういう、単なる市場主義的なものではない、あるいは弱肉強食的ではない、優劣・雌雄・勝敗というものがあります。自然界で本当に一番強い生物は何かと問われて、皆さんならどう答えますか?ライオンでしょうか。人間でしょうか。ゴキブリでしょうか。目に見えない細菌でしょうか。いろんな基準や価値観が存在しますよね。
 そういう多様性を、あえて単純な図式の中で見せるのがプロレスであると、私は常々思っているんですよ。ですから、戦極が「リアル・本物」を標榜して、プロレス寄りの試合を見せてくれたことに喜びをおぼえたんです。総合の世界もようやく健全な状態に戻りそうだなと。
 三沢さんだっけかな、誰かが言ってましたっけ。総合格闘技には夢がないと。少年の頃憧れた、空を飛び、人間離れした動きをし、やられてもやられても立ち上がり、最後は必殺技で大逆転、というスーパーヒーローを体現する、そういう夢の実現がない。常人からは考えられない「非常性」…それは網野義彦的に言えば、まさに現実社会に対する「アジール」です…こそが「プロ」のスポーツの正しいあり方でしょう。お客さん不在の個人的な戦いは、私には「修行」にしか見えません。他人の修行を観ることに意味がないとは言いませんけど、お金を払ってまで観ようとは思いませんね、私は。
 ということで、今回のMVPは圧倒的大差でジョシュ・バーネットです。彼はいろいろな方法で強さを見せてくれました。現実に「夢」を混入させてくれた。そしてそれこそがリアルな強さの表現だった。
 彼は自身の中に自然に多様性を身につけた素晴らしい選手です。まあ、単なるオタクとも言えますけど(笑)。そんなところもまたカッコいいですね。こちらをご覧になれば彼がいかに「世界最強のオタク」であるか分かりますよ。
 しかし、皮肉なことですね。オープニングの煽りVにもありましたけど、対する「DREAM」を意識して、「まだ夢を見ているのか」みたいなことを言っている「戦極」が、こうして「夢」を継承してくれた。そう、そうした「夢」こそが「リアル」なんですよね。個人的に「夢を見る」のではなくて、「夢を現実にして見せる」ことこそが、プロとしての仕事だということです。
 私の「モノ・コト論」で言えば、私たちにとっての「物の怪」たちの仕業こそ、この世の本質を象徴してるってことですよ。そういう意味で、私は、プロレスラーであるジョシュや桜庭和志が総合の世界で頑張ってくれるのを純粋に応援したいんです。
 結局、長々と語り始めてしまいました。終わりそうにないんで、今日はこのくらいにしときますか。ジョシュのバックドロップはYouTubeの戦極ダイジェストでどうぞ。

 PS この前、アマレス関係の方と、そして教え子で総合をやっているヤツとも話したんですけど、やっぱりアマレス選手の就職先として、総合はあまりにハイリスク・ハイリターンなんだそうです。プロレス界を再興しないとアマレス界もジリ貧になってしまう。やっぱり60過ぎまでしっかり働ける場が大切ですよね。

不二草紙に戻る

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.21

ジャンボ鶴田伝説 Vol.3「最強の章」

Jumbo 最強のビデオ入手!やっと適正価格で手に入りました。プレミアが付いてずいぶんいいお値段で取引されてますよね。しかし、たしかにそれだけの価値はある。最強すぎます。
 今137分見終わったところですが、なんというか、この充実感、う〜んこれはガチですねえ。本当のガチですわ、こりゃ。興奮だけでなく戦慄もおぼえました。それに比べて最近のプロレスや総合格闘技のしょぼいことと言ったら…。
 エネルギーが違います。選手やお客さんの気持ちが違います。物語が息づいています。ドロップキック一つ取っても全然今とは違う。美しくて強い。選手が大きく見えます。偉大に見えます。私たちとは違う世界の「神」に見えます。だからそこには畏敬の念が生まれます。物の怪たちによる神事。誰が人類最強かなんていう次元ではありません。
 収録されているのは1985年から1989年まで試合です。まさにジャンボ鶴田全盛期。

ジャンボ鶴田・天龍源一郎 VS 長州力・マサ斎藤
ジャンボ鶴田・天龍源一郎・大熊元司 VS 長州力・谷津嘉章・アニマル浜口
長州力 VS ジャンボ鶴田(ノーカット)
ジャンボ鶴田・タイガーマスク VS 天龍源一郎・阿修羅原
天龍源一郎 VS ジャンボ鶴田
ジャンボ鶴田 VS 天龍源一郎(ノーカット)

 実はこれ以外にも、フレアー対長州、ハンセン対天龍やプロディー対鶴田などがダイジェストで収録されており、本当に素晴らしい内容になっています。
 う〜ん、熱いわあ。そして鶴田強いわ。やっぱり最強です。この前の天龍の「七勝八敗で生きよ」を読んでからこのビデオを観ますとね、いかに天龍がジャンボに対してむかついていたか(いろいろな意味でね)、そしてそのために鶴田をどれだけ本気にさせたか、それによってジャンボのみならず天龍自身も輝いたか、よ〜くわかります。前半、鶴田と組んで長州たちとやりあっていた時、彼が何を思っていたのか、それを知って観ると実に面白い。後半鶴田と袂を分かってライバルになってからも、天龍の「むかつき」は収まらない、そして…。
 そう考えると、このビデオは最強の鶴田の裏にある天龍のドラマとも言えますね。たしかに全編にわたってドス黒く輝く負のオーラを発している、あの天龍の憂鬱感はたまりません。そしてそれがまた何も考えていない天才鶴田を際立たせてしまう。そして天龍のブラックホールはさらに爆縮していく…。
 最後にノーカットで収められている伝説の三冠戦。最後あの危険きわまりない鶴田のパワーボムで天龍ブラックホールは限界点を越えてしまいました。あれは何度観ても危なすぎる。さすがの鶴田も心配してましたっけ。「ちょっと本気出しちゃった」とか後でコメントしてましたけど。普通死んでます。死なない天龍の、いやプロレスラーの凄みを感じる瞬間ですね。
 さてさて、天龍がらみの試合もすごいんですけど、何と言っても長州との60分フルタイムドローですね。これがノーカットで収録されている。私は自分が録画していたダイジェスト版を紛失してしまっていたので、5年ぶりくらいに観ました。ノーカットは初めてかな。
 いやあ、これは本当にすごいですね。馬場さんの言う「格闘技を超えたものがプロレス」という意味がよくわかります。サソリ固めと四の字固めの応酬など、今のプロレスからすると動きがないようにも見えるかもしれませんが、よく観ると実に深い戦いをしている。お互い60分の中でどういうドラマを作ろうか、お互いの強さを引き出しつつ、自分の方が「さらに強い」というのを主張しようとしているのがわかります。
 長州もけっこう細かいことできるんですねえ。というか、二人ともミュンヘン五輪の代表だもんなあ。あのKIDのお父さん山本郁榮さんといっしょにミュンヘン行ったんだもんなあ。考えてみるとすごいメンバーだわ。
 結論から言いますと、世間でもよく言われているとおり、あの試合は完全に鶴田の勝ちでした。試合後息が上がって立つことも困難になっている長州を尻目に、全く息も見出さずコーナーに登って「オ〜!」をやる鶴田…怪物の面目躍如です。第一試合中も口を閉じて鼻で息してるもんなあ。ありえない心肺能力、スタミナです。ちょっと思ったんですけど、あの鼻の穴のデカさがあのスタミナを生んでるのかも(笑)。
 あとですねえ、いろいろな選手が画面に映りこんでいるわけですが、亡くなってしまった方の多いこと…。鶴田や馬場さんはもちろん、プロディー、冬木、薗田、大熊、羽田…辛いですね。特にブロディーの突然の死にショックを受け暴走するハンセンの姿が哀しみを助長します。ベルトを取って「ブロディー!」と叫ぶシーンが入っていました。泣けるなあ。そして、時々顔を見せるハル薗田さん…87年、新婚旅行を兼ねた遠征で彼と奥さんの乗った飛行機が墜落してしまいました。あまりに辛い出来事でした。
 まあ、とにかくとてもここでは語り尽くせないほどの「伝説」「物語」が詰まった137分です。これはお宝でしょう。今だからこそ分かることもたくさんあります。こういう語り継がれるプロレスや格闘技やスポーツや芸能、芸術といったものがどれほどあるでしょうか。物語を紡ぎ続ける生命力溢れる「もの」。何が変ってしまったのかと言えば、それはたぶん選手たちや表現者たちと言うよりも、私たち観る者の中の何かなんでしょうね。そんなことを感じました。

Amazon ジャンボ鶴田伝説 Vol.3「最強の章」

不二草紙に戻る

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.02.17

スノーブレード(ソフトブーツ仕様)

Fujiten01 久しぶりにスキーに行きました。私自身3年ぶりくらいかな。子どもたちは初体験です。やっと家族全員で行けるようになりました。
 考えてみれば、スキー場までウチから車で7分ですからね。行かなきゃもったいない。あんまり近くにあるのでいつでも行けると思うと行かないんですよね。そうそう、以前、歩いて行ったこともあります。到着した時には疲れ果ててましたが。
 私、実はスキーには数々のトラウマがありまして(生徒たちの間では有名な笑い話がたくさん…)、もう一生やらん!と決めていたんですけど、10年前の大雪の時(一晩で1.5m積もった)、山の中のウチでは車(ジムニー!)が全く使い物にならず、しかたなく新雪に腰まで埋まりながら徒歩で3.5kmほど下ったんです。もうホントに途中で遭難しそうでした。まじで眠くなった。3時間くらいかかりました。もっとかな。まいりました。で、これはたまらん。もうスキーで通勤するしかないと思い、帰りにスポーツ用品店に寄って一番小さいスキーをスキーをください!って言ったんです。それがサロモンのスノーブレードの最初期型だったんですね。
Fujiten02 それを背負ってまた数時間歩いてウチに帰りました。そして、その晩少し家の前で練習したんですが、なにしろただでさえスキーが苦手なのに、妙に短い(90センチ)板だし、ストックはないと来ましたから、なんだかうまく行かない。見てた人には「狂牛病の牛」と言われる始末(笑)。それでも仕方がないので翌朝は3.5kmの新雪林間コースを下ったんです。
 そしたら、まあ、やっぱり人間は追いつめられると強いですね。その全く整備されてない林間コースを下るうちにコツがつかめちゃったわけです。それからすっかりスノーブレードにはまっちゃいましてね、毎週末生徒と滑りに行ってました、当時は。長女が生まれた日の前夜もナイターで4時間ほど滑っていたので、カミさんの腰をさすりながら眠いこと眠いこと…辛かったっす(笑)。
 さて、そんなわけでもう10年もこの板を使っています。例えば今日なんかこんな板の人は私だけでしたよ。だからある意味目立つ。
 この板が出て以来、いわゆるファンスキー(今ではスキーボード)が大流行しましてね、ボードほどではないにせよ、けっこうたくさんのファンスキーヤーを見かけるようになりました。もちろん今日も全体の2%くらいはいました。でも、私のようにソフトブーツという人はいません。
 ソフトブーツだと実に快適なんですよ。だって、家の玄関からソフトブーツを履いて、そして車を運転してスキー場まで7分、あと小さな板をかかえて行くだけでいいんですから。スキーのハードブーツみたいに歩きにくくないし、ボードや普通のスキーみたいに荷物がでかくない。楽ちんですよ。私のような無精者には最適です。もちろんストックもいりませんし。
 これだけ短いとですね、技術的にはスケートに近いんですよね。だから私でもすぐできるようになった。スケートはそこそこ滑れましたから。それに気づいたら簡単だった。スキーだと思ってたら狂牛病になっちゃった。
Fujiten03 で、これですと、ただ滑るだけじゃなくて、スピンしたりバックで滑ったりスケーティングしながら滑ったり、いろいろできるじゃないですか。もう若くないのでジャンプとかしませんけどね。短いのでそれほどスピードも出ませんから安心ですし。左の写真は、調子に乗って一番下までバックで下りようとして見事にコケたところです。まあご愛嬌ということで。
 ただ、この頃のスノーブレードはビンディングにリリース機能がないので、派手に転ぶと足首を複雑骨折する可能性が高いそうです。私は今のところそういうことはありませんけど。
 もうソフトブーツ用のスキーボードは売ってないようなので、これをずっと使い続けるしかありませんね。それにしてもこんなに便利なものがなんでなくなっちゃったんでしょう。たぶん、ソフトだと足首がフニャフニャなので踏ん張りがきかないんでしょうね。私は比べたことがないので、こんなもんだと思って滑ってますけどね。たしかに30度以上の斜面だとうまくエッジを立てられず必ずコロコロと雪だるまになりますね。ですから、そういうところには行きません。もう若くないので緩斜面をゆっくり、で満足です。

不二草紙に戻る

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.14

『日本進化論―二〇二〇年に向けて』 出井伸之 (幻冬舎新書)

34498042 カミさんが、新しい総合格闘技イベント「DREAM」に興奮しています。私はプロレス派です。というわけで、元ソニーのCEO出井さんのこの本を読んでいろいろ考えました。そのこころは…。
 書かれたのが昨年の上半期ですので、サブプライムローン問題から生じたアメリカ経済の停滞や金融不安が起こる前っていうことですかね、「世界同時好況」を実感できない日本というような書き出しになっています。
 で、楽観的に日本のポテンシャルをとらえ、「競争」ではなく「共創」資本主義によって日本は進化(深化)するという結論に至っています。
 途中、金融資本主義やネットワーク社会についての解説、そして各分野の未来予測のようなものが書かれていましたが、特に目新しいものや画期的なものはなかったと思います。案外普通だなと。
 「共創」資本主義というのも、別に新しい提案ではなくて、昔ながらの日本的経営を言い換えたもののように感じました。
 というわけで、あんまり得るところがなかった本ではありましたが、それは逆に考えれば、やっぱりそういう当たり前なことしかないんだな、こういうカリスマ的な経済人も我々庶民と同じようなことしか考えられないんだな、ということでもあります。
 それは結局自分自身の幸福が基本になっているからです。もっと言ってしまえば、みんな居心地いい環境を保ちつつお金がほしいということですよね。それは出井さんのようなお金持ちでも、私たちのような貧乏人でも同じだということです。自分に関する目的は「お金」、他者に関する目的は「自分に害を及ぼさない」です。それが普通ですね。
 その二つの目的(願望)は別に矛盾するものではありません。私は経済の本質や本義はその両者のバランスを取ることだと考えているんですが、今の「競争」資本主義ではなかなかそれが両立しません。理由は簡単でして「競争」だからです。いや、「競争」しかないからです。
 ここでまたバカみたいなたとえをしてみます。冒頭に書いたヤツです。
 「競争」は総合格闘技?「共創」はプロレス?…実はそんなに単純ではない…。
 面白いもので、プロレスから総合へ世の中の興味が動いたのは、いわゆる小泉改革に沿ったものだったんですね。説明するまでもないと思いますけど、日本伝統の演劇的慣れ合い世界から、アメリカ的なガチンコ世界に変ったということです。もちろん、高度成長期から長期安定期の日本は前者がうまく回転していました。よってプロレスも全盛でしたね。
 ガチンコは勝ち組と負け組を作ります。プロレスにもいちおう勝ち負けはありますが、その意味は全く違います。負けは「勝ち」ではありませんが、「価値」にはなりえます。小橋とのチョップ合戦に負けた健介元彌に負けた鈴木復帰戦で敗れた小橋の例を挙げるまでもありません。
 つまり互いに技術や精神を「競争」してしのぎを削っても、結果として「共創」になることもあるんです。「競争」と「共創」は相反するものではなく、実は共存可能なんですね。
 話を経済に戻します。「競争」しつつ「共創」できる経済システムっていうのはあるんでしょうか。私はあると思いますよ。いつかも書きましたが、それが第三の経済学と言われる「仏教経済学」なんです。
 つまり、「競争」を「修行」ととらえるんですよ。プロレスラーのように、訓練して自らを鍛えるとともに、相手を活かす方法を学ぶんです。「利他」「布施」の精神ですよ。つまりそれこそが結果として「共創」になる。
 いかに自らの「勝ちたい願望」を抑えるか。そこんとこで「競争」するんです。心のレベルでの「競争」ですね。相手に勝たせる強い心を身につける。リアルに言ってしまえば、「お金」をいかに「いらない」と思えるか。最低限の「願望成就」で満足するということです。そうすることによって、結果として自らの価値も上がる。相手を活かして自分も活きる。これこそ「仏教経済学」だと思いますよ。
 なんて、ずいぶん話がぶっ飛んでますが、実はまじめな話なんです。プロレスと仏教と経済を結びつける人もそうそういないと思いますが、私はまじめにそう考えてるんですよ。いくらカリスマ出井さんと言えども、これは思いつかないでしょう(笑)。
 と、これ以上妄想が暴走するとかえって危険なのでこのへんで終わりにしておきます。
 ところで、カミさんは異論があるようです。いや、彼女は実はプロレス派なんですよ。殺伐としがちな、そして弱肉強食で使い捨てにもなりがちな総合格闘技の世界で、一人仏陀として奮闘する(?)桜庭和志の信者だということです。なるほどね。それならいいや。

Amazon 日本進化論

楽天ブックス 日本進化論

不二草紙に戻る

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008.02.10

桜庭和志 in 羽後町

080210 カミさんが「ぜひお願いします」とのことなので、おススメします。
 桜庭和志選手がカミさんの生まれ故郷秋田県の羽後町にやってきました。で、人間バーベキューになりました。
 実はですね、もう地元関係者の方から情報が入っていたんですよ。桜庭選手のサイトでは「秋田にロケに行きました」みたいな感じだったんで、「どこに行ったんだろうね。故郷の潟上市かな…」とか言ってたんですが、なんとまあ、よりによって地味に羽後町だったということです。
 え〜、皆さんのご存知だと思いますが日テレに「ザ!鉄腕!DASH!!」という番組がありますよね。その中の企画コーナーに「 ご当地腕比べ 町の大将に挑む! 」というのがありまして、それでいくつかの町の妙な競技に桜庭と松岡が挑戦するという内容だったんですね。そのアヤシイ競技として羽後町の「人間バーベキュー」がなぜか選ばれたと。
 で、町の大将である佐々木さん(55歳)に二人が挑みまして、結果としては松岡は負け、桜庭は勝ちました。さすがに日本を代表する世界的アスリートですからね、一般人、それも55歳の方に負けるわけにはいかないでしょう。
 人間バーベキューとはご覧のように回転するドラム缶にどれだけ長くしがみついていられるかという、なんとも力の入る、しかし立派な脱力系の競技なんですね。使っていいのはタオル一本だけ。まあ、握力や引きつける力、相手をはさむ脚力なんかでは、これは当然専門家である桜庭が有利ですよねえ。さらにいつもの経験からか、上半身裸、すなわち試合姿で臨んだのが功を奏したようです。相手が回転するドラム缶であれ、とにかく相手の動きに合わせ、密着していくという意味では、まあいつもの仕事みたいなもんでしょうね。
 なんだか他にもくだらない競技がいろいろありまして、ああ芸人さんは大変だなあ、これを1日でロケしちゃったりするんだよな、とか思いながら観ていたんですけど、ああそう言えば桜庭は芸人さんじゃなかった、格闘家なんだよな(笑)。ま、半分芸人さんみたいなものですし、そこが彼の魅力なんですが。
 というわけで、カミさんは大好きな桜庭選手が自分の故郷に行ったというだけでも大興奮でした。この情報が入ってきた日は、実は1月24日だったんですね。その日はいろいろとビックリなことが続きました。こちらで紹介した写真集「鎌鼬」の衝撃的な事実(私たちにとってね)、ちょうど24日にNHKで細江英公さんが澁澤龍彦を語る番組をやってまして、この写真集についても触れていました。そしてカミさんのもとに友人から桜庭が羽後町に来たという内容のハガキが着いたのもこの日。広い羽後町の中でも、「鎌鼬」を撮影した田代天神堂から1キロほど山道を登った北沢山牧場にも行ったらしいとのことで、なんでこの広い日本の中、ある意味非常に地味な地域限定で、私たちにとって信じられないようなことが起きるのか、ホントに不思議でなりませんでした。
Gyuukon ちなみになんで人間バーベキューかと言いますと、羽後町は「羽後牛」という高級黒毛和牛で有名なところでして、それにちなんで「うご牛(ベゴ)まつり」というのをやっているらしい。こちらでその様子をご覧下さい。実においしそうですが、なんとも渋いっすね。「みちのく絶叫大会」「懐メロコンサート」…こちらもいい味出してます。
 ちなみに上の写真は数年前に北沢山牧場で撮ったものです。すごいでしょ。「牛魂」!!ですよ。強そうです。いや鎮魂なのかなあ。どういう意図でこの碑を建てたのでしょうね。
 今、カミさんの実家はお隣の市へ引っ越してしまったのですが、カミさんにとってはもちろん、私にとっても「ふるさと…美しい日本の原風景」という感じのする素晴らしい町です。以前紹介したこちらの写真もぜひご覧下さい。

不二草紙に戻る

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.04

『七勝八敗で生きよ』 天龍源一郎 (東邦出版)

80940663 この本は中年プロレスファンなら必読でしょう。今まで読んだプロレス本の中で最も面白かったかも。
 天龍、今年で58歳になります。しかし、彼は第一線も第一線。バチバチの重い試合から、ハッスルまでどこへ行っても第一線のプロレスを見せてくれています。私はジャンボ鶴田派でしたので、全日時代はあんまり天龍が好きではなかったのですが、今ではもうすっかり「神」的存在ですね。60くらい現役をやったレスラーはたくさんいますけど、彼のようにほとんど衰えを感じさせない、どころか、ある意味どんどん芸風が増えて進化していく人は初めてだと思います。
 なにしろ長年第一線でやってきた人です。戦った選手だけでもものすごい数。それもいろいろな団体を渡り歩きましたから、たとえば馬場と猪木両方からピンフォールを奪うなんていう、それこそとんでもないこともやり遂げた人なわけですね。そういう経験をもとに、とにかくこの本にはいろいろなレスラーが登場します。往年の名レスラーから最近の若者まで。彼らについての天龍しか知り得ない情報や感想というのがプロレスファンにはたまりません。うわぁそうだったんだ…みたいな。
 さて、そんな中、最も多く登場するのが、私の敬愛するジャンボ鶴田です。そして、そのほとんどが「いいかげん」「手抜き」「冷めている」「利己主義」「気づかいがない」など、批判的な記述です。これは予想していたとはいえ、なかなか刺激的でした。もちろん、ジャンボの天才的な才能や圧倒的な強さを認めた上で、いやそれを認めていたからでしょうね、とにかく辛辣な発言が続発です。
 しかし、彼が結局言っているように、天龍の素晴らしいレスラー人生はそうしたジャンボがいたから、ジャンボに対する不満があったから生まれたわけです。天龍の人生の基本姿勢は「ふざけるな!この野郎!」だそうですが、特にそうした奮起を促してしまったのが、あのジャンボののらりくらりした仕事ぶりだったわけです。
 ジャンボは「明日があるさ」、天龍は「今日を生きろ」。ジャンボは明日のために今日深酒をしない、天龍は一生懸命飲む。ジャンボは明日のために摂生をし十年後の人生設計までしている、天龍は明日のことは考えない、「今日を一生懸命やったら嫌でも明日がついてくる」と考える。ここまで対照的な二人なんですね。しかし、そのコントラストがあったからこそ、結果として天龍も鶴田も輝いたわけです。天龍は眠れる獅子ジャンボの目を覚まさせてしまったわけですから。本人たちはもちろん、お客さん(もちろん私も)それはそれは得をしたと思いますよ。
 しかし、なんとも皮肉なことといいますか、因果やなあと思うのは、綿密に人生設計をし明日のために今日がまんしていた鶴田が夭逝し、今日のことだけを考えて生きている天龍がいまだに現役バリバリだという事実。う〜む、これについては本当にいろいろと考えてしまいましたよ。ま、自分はどっちでもない、明日のことも考えないし、今日も一生懸命生きてないダメ人間なんですが…。なんて、実はそのタイプが一番長生きしたりしてね。
 ところで、この本の中で最も衝撃的だったのは、力士時代の「かわいがり」に関する記述です。最近もこれに関する「事件」が報道されていますが、これを読みますと、たしかにこれは死ぬなと思います。そしてそれがそれこそ日常的伝統的に行われている(いた)わけです。そういう意味ではこれは立派な暴露本だと思いますよ。さりげなく「あれで一人前になった」とか書いてますが、たしかに普通の世界からすればありえない暴行です。今回報道されている内容よりもずっとひどい。驚きました。
 「七勝八敗で生きよ」か。これは深い言葉ですね。最初は意味がわかりませんでした。負け越しでいいってことか?と思いました。しかし、最後まで読みますとその深い意味に心動かされます。まずは、プロレスが「勝敗」ではないという点。本書でも何度も繰りかえされるとおり、お客さん不在で勝っても全く意味がないわけです。逆にお客さんの心に残る負け方負けっぷりこそプロレスの醍醐味とも言えます。だから天龍がHGに負けてもいい世界なんですね。小橋が復帰戦でフォールされてもいいんです。プロレスファンは成熟した大人ですから(笑)。
 馬場さんの至言「全てのものを超えたものがプロレス」…これを体験し諦観し体現しているのが天龍源一郎という素晴らしいプロレスラーであることを確認しました。そして、やっぱり私はプロレスが、プロレス的世界が好きだなと再確認しました。単純な勝ち負けではない。相手の選手やお客さんあっての自分。一昨日の記事ではありませんが、私はそこに仏教的な世界観を見ているのでした。まじめに。やっぱり馬場さんはお釈迦様なのか!?(笑)

Amazon 七勝八敗で生きよ

楽天ブックス 七勝八敗で生きよ

不二草紙に戻る

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.01.31

『スポーツニュースは恐い―刷り込まれる〈日本人〉』 森田浩之 (日本放送出版協会)

14088232 某大学の過去問を生徒と一緒に解いてましたら、国家論についての評論が出てまいりました。「他者」との対比としての「われわれ」という幻想が「国家」である、言語や神話はそのためのフィクションであるという、まあよくある論でしたが、それを読みながらこの本を思い出したので紹介します。昨年読んだものです。
 この本、なかなか読み物としては面白かった。ツッコミどころ満載でして。
 誰もが感じているスポーツニュースの特殊性。それを好きか嫌いか、あるいはそれに違和感を感じるか感じないかは別として、NHKのニュース番組の中でのスポーツコーナーでさえ特別な明るさを持っていることを、誰も否定できないと思います。
 その特殊性に注目し、それを「オヤジによる洗脳」と捉えて憂慮したのがこの本です。なるほど、女性選手へのセクハラ的興味や、日本的ジェンダーや集団主義の押しつけ、そしてナショナリズム…たしかに日本のオヤジ臭いですね。そのこじつけ方は非常にうまかったと思います。
 ま、でも、考えてみればスポーツニュースを見るのは実際オヤジが多いわけでして、テレビ局としても当然顧客に合わせた作りをせねばならないのですから、スポーツニュースによって我々が洗脳されているというよりは、オヤジたちによってスポーツニュースが洗脳されていると言った方が、正しい因果関係を表しているのかも知れませんねえ。
 この本ではとにかくそういうスポーツニュースのウソ臭さにだまされるな!的なことが繰りかえされるわけですが、どうなんでしょうね。私たちはスポーツで起きた事実のみを知りたいと思っているんでしょうか。スポーツというのは一般のニュース的な単なる出来事なんでしょうか。
 私は全くそのように考えていません。特にプロスポーツについては。つまり、それらはエンターテインメントそのものであり(スポーツという言葉自体本来そういう意味ですよね、たしか)、演劇性があるのは当然だということです。演劇性とはフィクションであり「物語」であります。
 筆者も本書の中で何度も「物語」という言葉を使っています。もちろん憎むべきものとしてね。一般新聞までいかにもな「物語」風な文章を書くと。ミシェル・ド・セルトーまで登場させて心配してます。いいじゃないですかねえ。たしかにちょっとやりすぎ(痛すぎ)な文にこちらが照れることもありますけど、まあスポーツというのはそういう性質のものだから、それでいいのではないでしょうか。この前、宮沢賢治の言葉として紹介しました「物語」のあり方に照らしてみれば、そうやって本人も意識していないようなナラティブを作り上げていく行為というのは、案外高尚なものなのかもしれませんよ。
 私はこの本で大笑いさせていただきましたよ。なにしろ、そういう「物語」的な新聞の記事やタイトル、テレビのスポーツニュースのコメントなんかを、たくさん集めてくれてるんです。それにいちいち目くじら立ててる筆者も含めて、大変に面白い。よくぞここまでツッコミどころを集めたなと。だから、スポーツVOWみたいな感じで作れば良かったんですよ。カミさんも言ってました。みうらじゅんみたいな感性で書けば良かったのにって。たしかにそうだ。
 もうこうなると文学の一ジャンルって感じ。そうですねえ、私のVOW大賞は、谷亮子選手についてのこの記事ですかね。『戦うママは忙しい「一本勝ち」→「授乳」→「一本勝ち」→「授乳」と畳の内外を走り回る』(笑)
 さてさて、この本では、なぜイチローは「物語」を背負わないかという疑問に対する答えとして「イチローのもつイメージがとっくに〈日本人〉の枠をはみだしている」と片付けてしまっています。そうじゃないでしょう。彼は十分に日本人のイメージを代表してますよ。つまり、リアルに彼はアメリカを単身打ち負かす「侍」であり、それはすなわち、我々が作りたがる物語の主人