カテゴリー「スポーツ」の447件の記事

2018.06.15

武井壮 『大人の育て方』

 日も他人様のお言葉を拝借いたします。今日は武井壮さんのお言葉。
 最近どういうわけかスポーツの世界に関わることが増えまして(自分はプレーしません)、日本のスポーツの特殊性、特に問題点について語り合う機会が増えています。
 ですので、武井さんのこのスピーチの内容には、実に強く共感しますね。
 学校で働いており、またちょっとした体の調整をする仕事(趣味)をやり始めたので、スポーツをする青少年に出会うことが多いワタクシ。
 正直ですね、親が自分の満足のために息子、娘にスポーツをやらせている家庭が多いことに驚きます。もちろん本人たち、つまり親たちはそんなこと思っていないと思っていると思いますが(すごい日本語だな)。
 武井さんが言うように、あまりに無責任に、子どもたちの大切な時間をスポーツに捧げさせている大人が多い。時間だけでなく、体も酷使していて、その後の人生に支障をきたすようなストレスを与えていることもある。あるいは精神的にも。
 子どもたちも、自分がそのスポーツを好きだ、得意だ、楽しいと思って始めたとしても、いつのまにか、それが嫌いだ、そんなに得意なのではないのではないか、苦しい辛いと思うようになってしまっている。そういうケースも多々見受けられます。
 言うまでもなく、誰もがプロ選手を目指すわけではないし、日々の練習の中でかけがえのないものを学ぶことは事実です。しかし、現状の日本スポーツ界では、ほとんどの青少年、学生スポーツはマイナス面が大きすぎます。
 日本では、スポーツ、特に学生スポーツは「お金がかかって、かつ理不尽」が普通です。アメリカでは、逆に学生スポーツは「お金を生み、かつ科学的」。
 ようやく日本版NCAAが誕生しそうな雰囲気になってきましたが、おそらく日本版は日本的ということに落ち着いてしまうでしょう。
 その理由にはいろいろなことがあります。歴史的、文化的背景があるので、そう簡単には崩れないと思います。しかし、ここのところの、アメフトやレスリング界での「事件」が、日本スポーツを世界標準化するチャンスを与えてくれているようにも感じます。
 おっと、武井さんのお話から、ちょっとずれてしまいましたかね。この講演の要点は、そこよりも、彼の生き方、勉強の仕方にあるのではないでしょうか。

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2018.06.12

米朝首脳会談とプロレス

Th_2018061300000019reut0004view 当に「あっけなく」実現してしまいました。あまりのあっけなさに、感動はあまりありません。それもこの役者二人ですから(笑)。
 私も一度は米朝首脳会談中止という記事を書いてしまったことからも分かるとおり、すっかり二人にだまされました。
 いや、だまされて腹が立つとかではなく、変な話ですが、やっぱりプロレスってすごいなと感心した次第です。
 この「歴史的」な試合と和解、まるでプロレスじゃないですか。もちろん、プロレス信者の私は、悪い意味でそう言っているのではなく、「歴史的」な名場面というのは、ことごとくこのようなプロレス的な世界で展開しているのではないかと。
 昨日の朝日新聞のプロパガンダもそうですよ。今見ればバカバカしていけれども、あの時はそれで何百万の命が奪われたわけじゃないですか。
 だからそういう歴史もプロレス自体も、ぜったいにバカにできないんですよ。そういう「物語」こそがリアルであるというのは実に面白い。
 いわゆる正々堂々のスポーツ的な世界は、実はリアルではないということです。もちろん、今回のプロレスは三流の試合でしたよ。それはプロレスの名誉のために言っておきます。
 もうちょっとピリピリした雰囲気を作ってから、歴史的な和解に持っていくとか、プロレスのストーリーとしてはもっとやりようがあったでしょう。二人がそこまでの役者ではなかったというか…。
 そうそう、これも言うまでもありませんが、かつて「トランプとプロレス」に書いたとおり、トランプは(リンカーンも!)かつてはプロレスラーでした。それがアメリカという国の前近代性を象徴しています。神話の世界なんですね。
 そういう意味では、トランプにとっては、金正恩はヒールとして強力なライバル。その二人が初めて対戦して、まあ予想どおりタッグを組んだわけですよ。あの中身のない同意書を見れば、これはある種の共闘と言っていい。
 それにしてもですね、超ヒールの二人がノーベル平和賞候補のベビーフェイスになって、国際的にはベビーフェイス(赤ちゃんという意味でも)の安倍さんが、ますます国内ではヒールになっていくという、このパラドックスが面白いし、まさに神話的で楽しいですね。
 さて、脇役になってしまったヒール軍団、プーチン、習近平、ドゥテルテ…その他の、今後のプロレス的振る舞い方はどうなっていくのか、非常に楽しみです。

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2018.06.05

高山昭和館

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 日から岐阜へ研修旅行。高山での散策の時間、昨年は福来博士記念館に行きました。今年はそこまで行かずとも多少マニアックに「高山昭和館」を訪れました。
 規模のわりに入場料800円は高いと思われそうですが、その内容の充実ぶりからすると割安かもしれません。ぜひ高山に行った際にはお立ち寄りいただきたい。
 ようは昭和の商店街や一般家庭、小学校などを再現したのもですが、再現というのはちょっと間違いで、そこに置かれている様々なモノは全て本物です。
 すなわち、県内外から集めたリアル昭和グッズが満載なんですね。それを一つひとつ見ているととっても時間がかかる。規模が小さいだけにその密度が高すぎて楽しいどころか大変でさえあります。
 ところで、「昭和」と一言で言っても、もちろん60年以上あるわけでして、展示はまさにごった煮状態。戦前から平成にひっかかるところまでのモノが、雑然と置いてあります。
 ですから、ある意味では全くリアルな昭和ではなく、イメージとしての昭和なんですけど、そのごった煮見世物的な感じが、まさに「昭和」していて、案外に好感を持ちました。
 以下、そんな「昭和」感を味わっていただきたく撮ってきた写真の一部を羅列します。趣味が偏っているのは、まあご容赦ください。プロレスのポスター一つとっても、まさに「ごった煮」ですね(笑)。
 ある意味歴史や思い出とはこんな「イメージ」で形作られているのでして、ちっともリアルではないのかもしれません。
 ちなみに私以外にお客さんがいなくて、「昭和」を独り占めさせていただきました。静かでいいですよ。写真撮影自由ですし。また昭和好きな家族と一緒にぜひ行きたいと思います。

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2018.06.01

2018.05.31 DeNA × 楽天 試合ハイライト

 日遅れの話題でスミマセン。何度見ても感動するのでここに記録として残しておきます。
 本当に久しぶりに(20年ぶりに)プロ野球熱が再燃しております。プロ野球熱というよりも野球熱というべきか。
 なにしろ野球やってる夢まで見るんですから(それもかなりリアルに緊張して打席に入ったりする)、我ながらホンモノだと思います。
 もともとは正月休みに始めたゲーム、プロ野球スピリッツAが発端だったんですが、最近になってそのブーム再燃の意味が分かってきました。実際にいくつかのプロジェクトが進行中です。
 そんな中、昨日の試合は本当にしびれましたねえ〜。プロ野球観て泣いたのは、それこそ20年前の横浜の優勝のとき以来じゃないでしょうか。
 本当に素晴らしい試合でした。相手楽天もあっぱれ。ゲームでも自軍で大活躍してくれていますが(笑)、岸というピッチャーは本当にすごいですね。失投が少ない。精神的にも安定感がある。
 その名投手に対して、決して投げ負けていなかったDeNAルーキー東もただ者ではありません。あのチェンジアップは芸術的でさえあります。
 そして劇的な逆転劇については、もう説明するまでもありませんね。あそこで岸から必要なホームランを打てる筒香はもちろん、延長10回、選手層が厚く厳しい生存競争にさらされている桑原、そして山下が殊勲打を重ねるあたり、まさにプロ野球の醍醐味という感じでしたね。
 サヨナラ安打を打って号泣する山下には、まるで高校野球のような純粋さを感じました。苦しさの末の涙。悔しさと不安の末の涙。
 しかしプロは厳しい。1回の結果だけではだめです。実際今日は山下は全く打てませんでしたね。
 野球はドラマが生じやすいスポーツです。実力差だけでなく運も勝敗を左右しますし、考える時間が多い競技の分、精神的なものの影響が大きい。
 それが面白いのでしょうし、プロとしては難しいところなのでしょう。最近の野球はデータによる科学的な戦い方が主流となり、そういう意味では昭和の時代とは大きく違ってきています(打順や配球など)。ですから、久しぶりに観るようになった私にとっては、けっこう新しい発見や新鮮な感動があるんですよね。今まで寝かせておいてよかったのかもしれません。
 とにかくこの野球熱再燃を単なる自分の趣味ではなく、地域や学校のために活かせるよう頑張ります。

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2018.05.14

持田盛二 『剣道と気品』

 日東京の知り合いの方から、いろいろと貴重な史料をお預かりしました。その際、剣道をやっているウチの娘にということで、剣道の奥義に関する資料をいくつかいただきました。
 その中に、持田盛二十段の「剣道と気品」があり、大変感銘を受けました。気品と強さが表裏一体というのは、実に興味深いですね。日本文化の真髄でしょう。 
 どうぞお読みください。そして、持田十段の実際の剣さばきにおける「気品=殺気」を御覧ください。死と美とが結びつく不思議と納得。

 剣道と気品   大日本武徳会範士 持田盛二

 剣道を修行する上に、種々の目標を立てることができようと思う。昔から「大強速軽」ということがあるが、これなども誠によい教えで、大きい、強い、速い、軽妙な剣、それぞれ修行の目標となるものである。
 すなわち、この意味から「気品」ということも剣道修行上の一目標になろうかと思う。
 強いということももちろん重要なことであるが、強いだけでは物足らない。「強い剣道」であるとともに「気品のある剣道」でありたいものである。
 あの人の剣道に「気品」があるとか無いとかは誰にでも自然に感じられるものであるが、然らばその気品とはどんなものかという段になると、容易に謂いあらわし難い。気を花に譬えれば、気品はその香りのようなものではあるまいか、あるいは心を光になぞらえれば、気品はその映ろいのようなものではあるまいかと
思う。
 花鮮やかならざれば薫りを得がたく、光明らかならざればその映ろいを望みえないと同様に、気品は正しい心、澄んだ気から、自然に発する、得も言われぬ気高さである。何事によらず、真剣になっている時ほど、気高いものはなく、三昧の境地、無念無想の境地に入りこんだときほど気品のあるものはない。結局、真剣を離れて気品は得られぬものである。一本の稽古もいやしくもせず、ただ真剣、ただ一心、その心掛けがあったら求めずして上達し、求めずして「気品」のある稽古となるは請け斎戒沐浴、神の御前に出ずるが如き厳粛な気持ちをもって、日々の稽古を真剣に励みたいものである。合いである。
 「端正」ということも気品を養う上に大切な要素の一つである。心が端正でなければ気品は生まれない。形が端正でなければ気品は添わない。
 いたずらに勝敗に拘泥する時、品が悪くなる。私心、邪念にとらわれて、稽古に無理がある中は気品が添わない。
 剣道は「礼に始まって礼に終わる」といわれるが、礼儀を離れて気品はない。
 かく段々に考えて来ると、心も形も共に正しく相たすけるのでなければ、真に正しい立派な剣道、気品のある剣道となることはできないのである。「心正しければ剣亦正し」というのも、この意味に外ならないのである。
 気品を養う上に於いて「気位」というような事も考えられる。すなわち戦わずして敵を飲む気位、遂には宇宙を呑吐する底の気位に至って、いよいよ気品は高まるので
ある。
 さらに申したいことは剣道を単なる竹刀打ちと考えている中は、本当の気品は生まれないということである。 この道は天地自然の理法に貫通する大道であることを悟って、修行の上にも理想をもって進むことが肝要である。
 理想ある剣道と然らざる剣道とでは、気品の上にも天地雲泥の差が生じてくる。しかし無理に気品をつけようと気取っても見ても本当の気品にはならない。気品は朝に求めて夕に得られるものではない。絶えず心を練り気を養い、心と業とが進むに従って、自然に備わるべきものである。
 奥ゆかしき気品漂うところ、人格そのものに高き香薫じ、明るき光映ろい、誰しも、おのずから湧き起る尊敬を禁じえないものがある。
 折れず、曲がらず、鉄をも両断する切れ味と、にえ、におい、いうにいわれぬ気品をもつ名刀の如く、願わくは剣道においても「強さ」と「気品」の両者をあわせ得たいものである。

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2018.04.24

追悼 衣笠祥雄さん

Th__20180425_92216 人逝く。
 また追悼記事を書かねばなりません。昭和のプロ野球を代表する一人、衣笠祥雄さんがお亡くなりになりました。
 つい先日テレビ解説をされていたのに、あまりに急なことで本当に驚いています。
 おそらく死を覚悟した上での最後の仕事だったのでしょう。まさに鉄人と呼ばれるにふさわしい野球人生の幕引きだったのではないでしょうか。
 多くの方々が故人を偲び、あの頃を思い出していることでしょう。
 やはり私はこれをもう一度観たいと思います。江夏の21球。DVD買ってしまいました。もちろん主役は江夏さんですが、衣笠さんの果たした役割も大きい。彼が一塁を守っていたからこそのドラマでもありました。そして番組でコメントする姿、表情も実に彼らしい。
 心からご冥福をお祈りします。


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2018.04.23

追悼 馬場元子さん

Th_08153258 い先日ブルーノ・サンマルチノさんの追悼記事を書いたばかり。今度は元子さんが馬場さんのもとに旅立ちました。
 本当に向こうは賑やかになっていることでしょうね。
 サンマルチノさんの記事にちょこっと書きましたが、馬場さんの最後のキャデラックは、やっぱり曙さんに譲られていました。その時の写真がこれです。元子さんが鍵を渡していますね。
 今、全日本は比較的良い状況にあると思います。一時期のことを思えば、よくぞここまで持ち直したなと。
 馬場さんの死去から現在に至るまでの、その全日本プロレスの浮き沈みに、元子さんが大きく関わっていたことは否定できません。
 馬場さんが亡くなったあとの、三沢さん主導による大量離脱、ノア設立の原因は元子さんであったことは有名です。
 ずいぶん前になりますが、和田京平さんの人生は3つ数えてちょうどいいを読んだ時は、正直ちょっと複雑な気持ちになりました。人の悪口を言わない京平さんが、元子さんだけには手厳しいことを書いていたからです。
 しかし今になって考えてみると、元子さんは、偉大なる馬場さんが築き上げた全日本を、本当に命がけで守ろうとしていたのだとわかります。それが改革派との衝突を生んだ。
 こういうことはプロレス界にかぎらず、いろいろな世界でよくあることです。
 そして、それは、馬場さんが元子さんを心から愛し、信頼していたことの裏返しであると。もちろん、馬場さんを最も愛してたのは元子さんであった…。
 まあ、昔のいろいろなごたごたは、今となっては半分笑い話にもなることでしょう。あちらには三沢さんもいます。きっと、馬場さんの大きな大きな愛が、全てを許していることでしょう。
 元子さん、本当にお疲れ様でした。また馬場さんを身近なところで支えてあげて下さい。ご冥福をお祈りします。

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2018.04.19

追悼 ブルーノ・サンマルチノさん

Th_94355_60_d0e35e61_48857418m 日、寝る寸前にプロレスマニアの友人から情報が入りました。
 人間発電所ブルーノ・サンマルチノさんが82歳で亡くなったとのこと。とても残念ですが、レスラーとしては長生きだった方ではないでしょうか。
 公私ともに馬場さんの良きパートナーだったサンマルチノさん。このお二人はプロレス界きっての紳士コンビでした。
 サンマルチノさんと馬場さんが出会ったのはニューヨークだと思いますが、馬場さんの英語がいまいちだったので、その頃はお互い理解しあうことはなかったようですが、1967年でしょうか、初来日の時、ジョー樋口さんを介してじっくり話をして、お互いの人柄に惹かれ合ったようです。
 その後の日米での活躍については、あえて書くまでもないでしょう。
 馬場さんが大きな体を窮屈そうに丸めて車に乗るのを見て、自身が乗っていたキャデラックをプレゼントした話も有名ですね。それから馬場さんはずっと同色のキャデラックに乗り続けました(最後のキャデラックは今、曙選手のところにあるはず)。
 まさに「気は優しくて力持ち」だったお二人。きっとあちらで旧交を温めていることでしょう。なんか目に浮かびますね。ご冥福をお祈りします。

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2018.04.15

AbemaTVでベイスターズ戦を観る(祝8連勝!)

Th_ae2a6e2644bae399087a3922c9e963a6 は1998年の38年ぶり優勝で熱狂してから、私のベイスターズ熱は急速に冷めてしまい、球場での生観戦はもちろん、テレビ中継もほとんど観なくなってしまっていました。
 それが今年は開幕からちゃんと観ている。これは実に面白い現象です。
 まるで大洋ホエールズファンだった少年時代のように野球のことばかり考えている。不思議な現実です。
 というのは、ちょっとお恥ずかしい話なんですけど、今年の正月からふとしたきっかけでスマホゲームの「プロ野球スピリッツA」をやりこんでいるんです。
 それまではこれこそお恥ずかしいのですが、ポケモンGOにずいぶん時間をかけていました。しかし、やはり自宅にいながらにしてガッツリできないじゃないですか。基本お出かけしなければならない。
 それで何か暇つぶし的なゲームはないかな、しかし、かと言ってルールを一から覚えるのは面倒なので、自分がよく知っているスポーツのゲームをやろうと思い、それなら野球だと始めたのです。
 そうしたら…なんだか本当に久しぶりに野球熱が再燃してしまった(笑)。実はそういうことです。
 大好きだったベイスターズさえ、今どんな選手が活躍しているか正直知らなかった。本当にここ20年全く観ていなかったので。しかし、ゲームのおかげで、選手の名前、顔、ポジション、フォームなど、いろいろ予習することができた。
 それで開幕が楽しみでしかたなかったのですよ。そして、今やテレビではなくネット中継で観戦できることも知った。
 そう、昨年に続き、横浜DeNAベイスターズの全主催試合を、AbemaTVで完全無料放送してくれているのです。
 ファンの方々からすれば今さら何をでしょうけれど、ずっと離れていたワタクシからしますと、これは大変な驚きでした(もちろんニコ生による中継も)。
Th__20180416_62108 そして、ネット中継が実に面白い。今日の中日戦の解説は初登場の小田幸平さん。この解説が最高でした。捕手目線の配球予想をはじめとして、なるほど!と思うお話が満載。ますます野球の面白さにはまってしまいました。
 もちろん(当たり前ですが)ゲームではない本物の選手、本物の試合のすごさも体感できますし、やっぱり生観戦したいなとも本気で思った。
 本当に今さらなんですけれども、日々の楽しみが一つ増えた…いや、忘れていた楽しみを思い出したと言えそうです。
 今日はベイスターズ戦終了後、夕方からは大日本プロレスの試合をネット生中継で観戦しました。本当に久しぶりにスポーツ観戦三昧の日曜日を過ごしたような気がします。
 その間、テレビは娘が映画鑑賞のために占拠しておりました。昔のようなチャンネルの取り合いもない、なんとも便利で平和な時代になりましたな。
 それにしてもベイスターズ8連勝とは驚きですね。復活ファンとしては最高のプレゼントをいただいている気分であります。


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2018.04.08

大相撲の女人禁制について

Th_2018040600000024nkgendai0001view 相撲の春巡業での「女人禁制」問題について様々な意見が出ております。
 いろいろ書くこともできますが、一つだけ皆さんが見落としている視点を紹介しておきます。
 すなわち「(男性)力士は女性を象徴している」ということです。
 ご存知といいますか、ご覧になってお分かりのように、力士は豊満な肉体をしております。決して筋骨隆々ではなく、いわゆるアンコ型が多いですよね。
 アンコ型の造形というのは、妊婦を原型としています。豊満な乳房、大きく突き出た腹。大銀杏も、ある意味男性と女性の髪型の中間形態とも言えます。
 化粧廻しという言葉からも分かるとおり、化粧と力士の関係も深い。江戸時代には、力士は頬紅を塗ったり、乳首に紅を塗ったりして、女性を模すことがありました。
 つまり、もともと相撲というのは女性、それも妊婦どうしがぶつかりあうという儀式から生まれたのであり(おそらく)、それを現実的な危険性などを考慮して、男性が代わりに行うようになったものなのです(たぶん)。
 そうしますと、明治時代以降に生まれたかもしれない大相撲における「女人禁制」というのも、本質的には女性差別ではなく、あくまでも女性尊重のためであることがわかります。
 それはたとえば富士山が女人禁制であったのと同じ構図であります。ある時期、富士山は女性の山だとされた。あまりに崇高で尊い女性性を認めたがために、逆に一般の女性が排除されたのですから。
 大相撲においても同じことが言えます。本来、女性の持つ「産霊(むすび)」の力を象徴した相撲というものに、日常的な女性ではなく、非日常的な男性を登場させるというのは、非常に日本的なパラドックスです。
 私のいつも言う「国譲り理論」に近い。他者、場合によっては敵に(この場合女性が男性に)「譲る」ことで、最も大切な本質を純粋な形で継承していく。これです。
 もちろん、今回の巡業での救命措置で女性が土俵に上がったのは当然許されることです。しかし、その論議が、私からすると賛否双方ともにトンチンカンに見えるんですよね。
 少し(大きく?)視点を変えてみると面白いですよ。

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