カテゴリー「スポーツ」の533件の記事

2021.04.30

『未来は決まっており、自分の意志など存在しない。~心理学的決定論~』 妹尾武治 (光文社新書)

Th_b08z3gg65b01_sclzzzzzzz_sx500_ 日のプロレスリング・ノア名古屋大会、抜群に面白かった!プロレスの楽しさ、激しさ、深さを堪能いたしました。

 私と同様プロレス・マニアを標榜している気鋭の心理学者、妹尾武治さんの自称「トンデモ本」。これがまた抜群に面白く、あっという間に読了。アカデミック味だけれども、ぷんぷんサブカル臭がするという絶品(笑)。

 タイトルの通り、「未来はビッグバンから全て決まっており、私たちの意志では変えられない」というお話です。

 たしかに全てが物理法則(宇宙法則)に則っているならば、そのとおりですよね。宇宙人である(?)私もそう思っています。

 しかし、人間(地球人)の感覚からすると、どうもそれだと納得いかない。そして、虚しさすら感じてしまう。

 その私たちの「意志」こそ幻であるというのもわかります。ワタクシの「モノ・コト論」で解釈するところの、「もののあはれ」こそ真理。まさに「意志」「意識」「情報」「言語」を表わす古い日本語「コト」はフィクションなのです。宇宙の法則たる「モノ=不随意」のみが真理。

 お釈迦様もそれにお気づきになったのです。

 ということで、私にとっては全然「トンデモ本」ではありませんでした。著者の言うとおり「トンデモなく面白い本」ではありましたが。

 さて、その面白さは読んでいただけばわかるわけですが、「モノ・コト・トキ論」を展開し、まさにアマノジャク的なトンデモ理論「時間は未来から流れてくる」を訴え続けている私にとって大きな発見は、妹尾さんの専門分野「ベクション」についてでした。

 「ベクション」とは、あの電車や車に乗っていて、並走している車輌が動くと、自分か反対方向に動いているかのように感じてしまう錯覚のことです。

 この空間的なベクションが、時間においても起きているのではないか。いや、起き続けているのではないか。つまり、本当は時間が未来からこちらに流れてきているのに、人間(地球人)は、まるで自分が人生の主役になって、人生の道のりを歩いていると錯覚していると。本当は自分が止まっていて、時間が動いているのに。

 ぜひ、この辺に関しまして、妹尾さんといつか直接お話してみたいと思います。

 最後に、もう一度プロレスについて。妹尾さんは「人生はプロレスである」と書いています。納得です。最初から勝敗が決まっていても、つまり決定論でもこれだけ楽しめるわけですから、同様に人生の結末が決まっていても、あるいは過程(筋書)が決まっていても、全然いいじゃないですか。楽しみましょうよ。その一つの方法として、私の「モノ・コト・トキ論」もあるのでした。

Amazon 未来は決まっており、自分の意志など存在しない。

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2021.04.13

追悼 麒麟児関

 

 関脇麒麟児の垂澤和春さんが67歳という若さでお亡くなりになったとのこと。

 麒麟児関といえば、やはり心に残っているのは、昭和50年夏場所の中日の天覧相撲ですね。伝説の富士桜戦。

 両者の素晴らしい回転のつっぱり合いに、私と同様、先帝陛下も身を乗り出して興奮されていました。

 当時は横綱北の湖や大関貴ノ花らが人気で、小学生の間でも大の相撲ブーム。私も小学校の砂場で毎日相撲取っていました。

 友人の中にも、つっぱりを得意としているやつがいて、そいつとの取り組みでは私もムキになってつっぱりました。それが次第に本気になってきて、しまいには取っ組み合いのケンカになり、土俵がプロレスのリングに変わってしまうなんてこともありましたっけ(笑)。

 今、こういう相撲ないですよね。水入りもほとんど見ないし。スタイルが変わったというより、まあいろいろ八百長問題等があって、いわゆる興行的な部分…それは天皇陛下をも喜ばせる神事でもあるのですが…がなくなってしまったということでしょうかね。残念です。

 それにしてもこの一番、本当に久しぶりに観ましたが、立ち合いからしてすごいですね。そして二人の息遣い。最後の麒麟児の上手投げのタイミングも見事ですし、単なるつっぱり合いとしてだけではなく、見るべきところがたくさんあります。古き良き時代かあ。

 余談になりますが、富士桜関は山梨出身です。当時の私は東京に住んでいましたが、まさか未来に山梨県人になろうとは思いませんでした。そして、住んでいるところは「富士桜高原」ですからね。不思議な感じがします。

 ということで、様々な感慨とともに、麒麟児関のご冥福をお祈り申し上げます。

 

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2021.03.26

『俺の家の話』最終回に嗚咽…

Th_-20210328-92436  やあ、本当に感動しました。号泣どころか、自分の嗚咽でセリフが聞き取れないという初めての事態に陥りました。

 宮藤官九郎、そして長瀬智也、西田敏行…その他の皆さん、本当にすごい。これはテレビ・ドラマ史上に残る名作でしょう。

 前にも書いたとおり、能、プロレス、介護と、まさに「俺の家の話」じゃん、と思っていたのですが、そんな次元の話ではありませんでした。

 本当にこの最終回で、私の能やプロレス、そして命や霊に対する考え方が、すっかり変わってしまいました。テレビ・ドラマでここまで自分の魂が変わったのは初めてです。

 娘が能楽師を目指していることもあり、また、まさに人間国宝の宗家と交流する機会もあって、それなりに能について理解しているつもりでしたし、プロレスについても多くのレスラーの方々とお話してきたので、なんとなく分かったつもりになっていたんですね。

 甘かった。どちらも命に、霊に、そして「家」に関わる文化、芸だった。

 少し前に紹介した野村四郎先生のオンライン講座で野村先生がおっしゃっていた「成仏得脱」「祝言性」「悲しみの慰め」ということが、このドラマの最終回を観て、すっと腑に落ちました。まさかこういう形で能の本質に近づけるとは。

 そう、現代の夢幻能だったわけですね。この最終回は。いや、最初からそうだったのかもしれない。

 目に見えないモノの悲しみを、形にするコトによって昇華する。それが能の機能であり、また、怒りや攻撃性を昇華するのがプロレスの機能であり、さらにそれらを総合的に昇華するのがドラマだったのです。

 まさに「モノを招く」という意味での「ものまね」、そして「ワザを招(を)く」という意味での「俳優(わざをき)」であったと。長瀬くんもまた稀有な「俳優」であったと。

 このタイミングで「俺の家の話」を超える「俺の家の話」を、本当にありがとう。クドカン、長瀬くん、西田さん、その他の皆さんに心より感謝します。もう一度最初から全部観ます。

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2021.03.24

追悼 古賀稔彦さん

 きました。若すぎます。

 いろいろガタガタしている柔道界。その中ではやはり特別な存在であった、これからもあってほしかった古賀さんが、このような形で世を去ってしまうことを非常に残念に思います。

 古賀さんとは一度お会いしてお話したことがあります。

 非常に明るく、純粋な魂の持ち主で、私も元気づけられました。

 今日はこの試合を振り返りながら、古賀さんのご冥福をお祈りします。柔能く剛を制す。競技としての勝敗を超えた、まさに「道」がそこにあります。

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2021.03.18

笑わせて三流、感動させて二流、見る者の人生を変えてこそ一流

Th_sph_20210319oht1i50032t_thum800 たプロレスネタです。興味のない方、スミマセン。

 今日、全日本プロレスで特別興行『血闘 葛西純 対 石川修司 ~CRAZY MONKEY vs GIANT~』というデスマッチが行われました。

 王道の老舗全日でデスマッチが行われることに抵抗があるファンもいたことでしょう。私も正直複雑な気持ちですが、本来プロレスの持つ多様性という観点からは、まあ意味のある大会だったとも思います。

 もちろん、そのあたりを団体としても認識してか、ワンマッチの特別興行だったとのこと。このコロナ禍で、このような濃密な試合が実現しただけでもすごいことなのかもしれません。

 さてさて、今回の勝者は石川選手でした。負けてしまったデスマッチのカリスマ葛西選手の試合後の言葉が印象的でしたね。

…ちょっと昔に誰かが言ったな。『プロレスラーってもんは、笑わせて三流、感動させて二流、見る者の人生を変えてこそ一流だ』ってな。その言葉が正しいのなら、この全日本プロレスの歴史を狂わせた葛西純こそ超一流プロレスラーじゃねーのかオイ!

 誰かとはTAJIRI選手のこと。世界を舞台に活躍した経験のあるベテランTAJIRI選手が自身のツイッターで、こんな発言をしたことがあるんですね。

 笑わせるのはプロレスで三流、そんなのは学芸会レベル。何かを訴えて泣いてもらうのは二流。一流は、感動させて人生になんかしらの良い影響を与える。人生を変える。

 なるほど。教師にも当てはまる言葉ですね。私なんか、自他ともに認める三流先生(笑)。笑わせるのは大得意です。まじめに何かを訴えるのは苦手だし、悪い影響を与えるが良い影響は…?

 まあ、笑わせるのいうのが、実は泣かせるより難しかったりするのですが。

 つまり、笑わせるだけでは私のような三流であって、人生を変えるような影響を与えることができるような人が、泣かせたり、笑わせたりするのが超一流ということでしょうね。たしかに葛西選手はそういうところあるかも。それを「狂わせた」と表現するところも面白い!

 私の教師生活もそろそろ仕上げに入っています。はたして三流は二流、一流、超一流になれるのか!?

 

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2021.03.16

Bruno Mars Live at Radio 1's Big Weekend 2013

 日もプロレスに関連した別ジャンルの話になります。

 読まなくてはいけない本、紹介しなければいけない本が机の上にうず高く積まれております。年度末というのは、どうにも忙しい。教員として当たり前か。

 さて、そんな忙しさの中、家である仕事をしていると、上の娘が大画面でこの動画を見始めました。ブルーノ・マーズのライヴです。

 

 

 ブルーノと言えば…グラミー賞の発表がありましたね。BTSが賞を逃したことより、パーカッショニスト小川慶太さんが参加するグループが部門賞を獲ったことの方が大事です。それも2回目ですからね。

 さて、今回ブルーノは残念でしたが、すでに11回も受賞しています。いつのまにか、本当に歴史に残る偉大なアーティストに成長したなという感じですね。

 彼の音楽センスや楽曲の良さは、私も認めるところです(上から目線…笑)。60年代から80年代の音楽シーンに多大なリスペクトを抱いている彼の幅広い音楽は、私たちオジサンたちにも受け入れやすい…というか、私たちオジサンをも受け入れてくれる。

 洋楽好きのベーシストでもある上の娘も、親の影響(押し付け?)でそのあたりの音楽を幼少期から聞いてきましたから、彼の音楽にある種の懐かしさすら感じているようです。面白いですね。

 今回、この動画を見聞きしながら、娘と遊んだのは、この曲の「ジャンル」はなんだというゲームです。最終的にはジャンル分けには意味はないことを承知の上で、ゲーム&お勉強として遊ぶのです。

 ご存知のとおり、ブルーノはマイケル・ジャクソンから大きな大きな影響を受けています。マイケルの音楽もジャンルを一言で表せませんよね。R&Bあり、ファンクあり、ロックあり、ポップスあり…あえて言うなら「マイケル・ジャクソン」というジャンルということになりましょう。

 ブルーノもマイケルと同様、あらゆるジャンルの音楽を、自然体で表現してくれます。ですから、こういうジャンル分けゲームは面白いのです。そうすると、それぞれの楽曲のルーツや特徴を、音楽的に把握することができる。勉強になります。

 こういう人が、単純なブラック&ホワイト、あるいはブラックorホワイトではない、ハワイ出身のハイブリッド・タイプであるというのもまた面白いですね。

Th_-20210317-85733 おっと、プロレスの話をしわすれた(笑)。ブルーノ・マーズの「ブルーノ」って、往年の名レスラー、故ブルーノ・サンマルチノにちなんだ名前なんですよね!

 なんでも、赤ん坊の頃、よく似ていたとか。現在のブルーノは、本家とは正反対にちっちゃくて可愛い人ですが。

 生前のサンマルチノと一緒に撮った写真をインスタに上げていましたね。すごいツーショットですよ、これは。

 

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2021.03.15

自宅プロレス

Th_s_minkeimorioka3267 日に続きプロレスネタです。

 コロナ禍、三密満載のプロレス業界も大変だったと思いますが、案外新しい興行のカタチを早く確立し、時代の先端をたくましく生き延びているようにも見えます。

 時代に合わせたという意味では、この「自宅プロレス」も実に面白い!

みちのくプロレスが新企画「自宅プロレス」スタート 選手が出張、反響多く

 ウチでもやってほしい!…けれど、散らかりすぎててデスマッチになっちゃうな(笑)。猫も乱入するし。

 プロレスに限らず、こういう出前パフォーマンスが流行るかもしれません。

 たとえばこの自宅プロレスのように1時間10万円で、ミュージシャンやアイドルを独占できるとすれば、きっと需要はありますよ。

 それこそ「能」なんかもいいんじゃないでしょうか。自宅能。自宅で神事ということです。

 オプションも面白いじゃないですか。選手とちゃんことか。

 エンターテインメントの近代化により、何千人、何万人集めてワーみたいな形が多くなっているからこそ、また、ディスタンスが叫ばれる今だからこそ、1対1とか安全な三密の価値は上がって当然ですよね。

 一度に多くの人に伝えるのは、もしかするとオンラインでもできるかもしれない。ライヴの良さはやはりその「近さ」「独占」にあるのでは。そういう基本に立ち返る良い機会なのかもしれません。

 教育もそうなのかも。オンラインの方が良いことと、リアルマンツーマンの方がいいことと。

みちのくプロレス公式「自宅プロレス」

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2021.03.14

武藤敬司は世阿弥を超えた!?

Th_-20210315-174927 藤官九郎と長瀬智也のタッグによるドラマ「俺の家の話」が好調です。能とプロレスと介護という、まさに「俺の家の話」なので、我が家でも毎回笑って泣いて大変です。

 ということで、昨日は能の話、今日はプロレスの話。

 いや、ワタクシならではの視点、つまり能とプロレスを同じ視点から見ての文章を書こうと思います。

 今日、我が富士吉田市が誇る世界的天才の一人、「俺の家の話」にも出演した武藤敬司(58)が、若きホープ清宮海斗(24)の挑戦を退け、GHCヘビー級王座を守りました。

 これはもちろん、その結果のみならず試合内容においてもプロレス界ではとんでもない快挙なわけですが、能の世界においてはどうかという話をしたいと思います。

 実はこの話、12年前に書いているんです。世阿弥の風姿花伝をプロレスに当てはめた記事。

風姿花伝より「年来稽古条々」〜プロレスと年齢その1

風姿花伝より「年来稽古条々」〜プロレスと年齢その2

 あの時は三沢さんのこともあったりして、あんな記事を書きました。三沢さんと武藤選手は同級なので、私は武藤選手のこともある程度念頭に置いて記事を書いたつもりでした。

 武藤選手も2010年にはボロボロの膝の手術で長期欠場を余儀なくされていますからね。

 そんな武藤選手が、まさか58歳でリアル・チャンピオンになり、若手をバッタバッタと、いや30分以上の長丁場の中でジワジワと攻略して、結果として圧倒的な強さを印象づけて勝利するようになるとは、夢にだに思いませんでした。

 つまり、武藤敬司は世阿弥を超えたのです(笑)。後継者に道を譲るどころか、立ちはだかっている。秘すれば花どころか、若手よりもずっと華やかな花を咲かせ続けている。

 というわけで、私の「風姿花伝プロレス訳」を再掲しておきます。いかに武藤選手がすごいか、そして、前も書きましたとおり、70歳の師匠がメインイベントで活躍してしまっている能(のみならず伝統芸能)の世界の異常さを考えていただければと思います。

 いろいろな意味で、世阿弥はこの私の訳を読んで、どんなことを思うのでしょうか。とりあえず怒らないでほしい…(苦笑)。

 

 …このくらいの年齢(四十四・五)からは、プロレスのやり方がほとんど変わるに違いない。
 たとえ世界的に認められ、プロレスを窮めていたとしても、良き後継者を持つべきである。プロレスの才能自体は衰えなくとも、やむを得ず次第に年老いていくもので、肉体的な花も、観客から見ての花も失っていくものである。
 まず特別に優れた外見の持ち主ならともかく、それなりの者であっても、素顔、素肌をさらすプロレスは、年をとってからは見られないものである。したがって、そちらの方面ではもう試合はできない。
 このくらいの年齢からは、むやみに高度な技を出すべきではない。全体にわたり、年齢に合った試合を、軽く力まず、若手の後継者に花を持たせて、相手に合わせて少なめに動くべきである。
 たとえ後継者がいない場合であっても、ますます細かい部分で体に負担がかかるような試合はすべきではない。どうしようとも、観客は花を感じない。
 もしこの頃まで消えない花があったなら、それこそが真の花であるのだろう。
 その場合は、五十近くまで消えない花を持っているレスラーであるならば、四十以前に名声を得ているに違いない。たとえ世界で認められているレスラーであっても、それなりのプロは特に自分のことを知っているだろうから、ますます後継者を育て、それだけに専念して、あらが見えるに違いない試合をするべきではないのである。このように自分のことを知る心こそ、その道の達人の心であるに違いない。

 …このころ(五十過ぎ)からは、だいたいにおいて、「しない」ということ以外には手だてはあるまい。「麒麟も老いては駑馬に劣る」と申すこともある。そうは言っても本当に窮めたレスラーならば、技は全てなくなって、どんな場面でも見どころは少ないと言っても、花は残るに違いない。
 亡き父であった者は、五十二だった五月十九日に死去したが、その月の四日、静岡県の浅間神社の御前で奉納試合を仰せつかり、その日の試合は、特に華やかで、観戦の人々は一同に賞賛したものである。おおかたその頃は、技を早々に後継者に譲って、無理のないところをごく少なめに色を添えるようにだけこなしたのだが、花はいよいよ増すように見えたものである。
 これは、本当の意味で得た花であるがゆえに、そのプロレスリングにおいては、枝葉も少なく、老い木になるまで、花は散らないで残ったのである。これは紛れもなく、老骨に残った花の証拠である

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2021.02.26

いろいろな「二・二六」

Th_-20210227-105920 日の「俺の家の話」は神回でしたね。プロレスと能、介護に続き、歌謡曲まで登場して、いよいよ「俺の家の話」が俺の家の話になってきて家族で笑っちゃいました。クドカン、ウチを取材してるんじゃないの?w

 というか、そのように思う視聴者が多いのではないでしょうか。本当に様々なレイヤーにおいて共感を得る素晴らしい脚本だと思います。

 さらにその後、見逃した「ジャイアント馬場23回忌追善興行」の放送を観て、昭和や平成を懐かしみました。

 昼間は、例年の内容とは違わざるを得ない卒業式の予行がありました。次女も卒業ですし、個人的にもいろいろと思うところがありましたね。あさって日曜日が本番です。

 もちろん、二・二六事件から85年の日でもあります。何度も書いていますが、私たち夫婦は80年の時を経て、二・二六事件に完全に巻き込まれ、そしてその霊的解決のお役目を負わせていただきました。あの日から5年ですか。

 その後のこのような展開も含め、本当に霊界の不思議を感じざるを得ません。

Th_51466kwqgll_sx298_bo1204203200_ そして今日は、そこに強く関係してくる仲小路彰の120回目のお誕生日でもあります。仲小路は1901年2月26日生まれなのです。

 今年はいろいろな感謝の気持ちも含めまして、仲小路彰が21世紀の今のために書き遺した文献の整理や出版への活字化のお手伝いをしたいと考えています。

 今年は、仲小路彰がその思想のシンボルとして柱に据えた聖徳太子の1400年遠忌でもあります。旧暦の2月22日が忌日ですから、ここから4月の上旬までいろいろな行事が計画されています。

 聖徳太子にまつわる仲小路文献にも大変重要なものがありますので、それらも日の目を見るように尽力いたします。

 というわけで、今日は本当にいろいろなことを考えさせられる2.26でした。

Amazon 未来学原論

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2021.02.25

(マイナスな)コトタマは恐ろしい…

Th_-20210227-100606 「トタマ」は文献的に言いますと「言霊」よりも「事霊」と書かれることの方が多く、一般的な「言葉が持っている不思議な霊力」というよりは、「意識のエネルギー」と解釈した方が自然です。

 ここのところ、特に「意識のエネルギー」が未来に働きかけていることを実感することが多い。それはマイナスの意識の結果である場合の方が強く感じられます。

 私は、比較的穏やかで人を恨んだりしない性格に見られがちですが、実は心の奥底には強いマイナスの意識も持っています。口には出しませんが、どうしても人道的に許せない人と接していると、絶対に失脚させてやるとまで思うのです。

 ただ、実際に手を下すかというと、そういうことは全くありません。なぜなら、自ら手をくださなくても結果思い通りになるからです。怖いですね(笑)。

 実は今日ニュースになった某団体の元事務局長や会長さんに対しても、2年ほど前に「絶対許さない」「社会的に葬り去ってやる」と真剣に思ってしまいました。それがこういう形で現実化したので、かなり驚いている次第です。

 実際、彼らの保身的、偽善的、高圧的な行動にはひどい目にあいました。彼らの文京区の本拠地に呼び出され、4人の屈強な連中に囲まれて一方的に詰問されました。彼らの権威主義、隠蔽体質をその時確信し、私は時間をかけてでも絶対に反撃してやると決心したのです。

 私の中で、具体的に反撃する術も考えていましたが、結果としては何もせず、ただ意識し続けるだけで「思い通り」になってしまいました。

 怖いですね。

 実はこういうことが結構あります。身近な所はもちろん、こういう全国ニュース的なところまでいろいろです。ですので、自分でも「やりすぎ」に注意しつつ、一方で世の中に跋扈する悪や偽善を退治するために利用しているのでした。

 スミマセン、なんだか怖いことお話しして。

 もちろん、おそらくこれは私だけの意識の結果ではなく、「集合意識」の結果でありましょう。多くの人に恨まれるようなことをするといいことがないということですね。気をつけましょう。

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