カテゴリー「スポーツ」の458件の記事

2018.08.12

新日本プロレスG1 CLIMAX 28 日本武道館大会3日目

Th_201808120000926w500_0 めでとうございます、棚橋選手。本当に素晴らしすぎる優勝決定戦でした。
 素晴らしくなることは予想されていましたが、その予想をはるかに超えた神どうしの戦い。戦いの中に溢れる愛。
 棚橋弘至と飯伏幸太。そう、かつてのプロレスラーにあった恐さはなく、愛と愛のぶつかり合いという新しい戦いの景色を見せてくれました。
 こういうプロレスを観て、昔のプロレスファンの一部は、こんなのダメだと言うでしょう。これはプロレスに限らず、たとえばスポーツ界、あるいは教育界でも同じ、そういう人がまだまだたくさんいます。
 しかし、ここのところずっと書いてきたように、時代がドラスティックに変わりつつあり、私たちはそれに気づき、それを受け入れ、自分自身を変えていかなければならないのです。
 そういう意味で、棚橋選手がこの20年くらい戦ってきたモノは強大だったと思います。今日の勝利は、飯伏選手や今回のG1の参加選手に勝ったという意味だけでは説明できません。
 これはまさにトップダウン、天の力による世界改造ですよ。人事を尽くした棚橋選手に、天がほほえんだ。そう感じました。
 そんな偉業を具現化するのに、大切な役割を演じた飯伏選手にも拍手を送りたいと思います。どんどん進化し、見たことのない風景を見せてくれる飯伏選手は本当にすごい。
 覚醒した飯伏選手を久しぶりに見ましたけれど、うん、棚橋選手のバックステージでの言葉は重かったなあ。

「後は飯伏が覚醒した状態のままでやれるか。俺は真のトップレスラーだから。オンとオフがないから。それが自慢だから」

 なるほど、常にオンでいられるのが棚橋選手のすごさなんですね。恒例のエアギターも含めて、試合後のパフォーマンスも全力。本当にファンに愛を届けようとしている。たしかに素晴らしく魅力的な男ですね。
 ありがとうプロレス。プロレスが時代の先端を行っていることを再確認した大会でした。

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2018.08.11

新日本プロレスG1 CLIMAX 28 日本武道館大会2日目

20180812_102505 の雪崩式タイガードライバーには本当に度肝を抜かれました。
 今回のG1において私的に最も楽しみにしていたカードが、今日のメイン、飯伏幸太vsケニー・オメガでした。
 もちろん内容は予想を上回るものでした。結果よりも、その内容と、試合後の二人の対話に、今私の中のテーマである、「荒魂と和魂」の答えが合ったような気がしました。
 究極の荒魂は和魂になる。これからの荒魂はこうした演劇的世界で昇華され、現実社会においてはその姿を消していくでしょう。そういう予感がしました。
 昨日も書いたとおり、プロレスは単なるスポーツではありません。ある意味演劇であり、哲学であり、修行でもあります。
 フランスの哲学者、ロラン・バルトも「プロレスする世界(レッスルする世界)」で、その神話作用に注目しています。
 現実の社会、いわばリアルがどん詰まりになった時、私たちはフィクションの中に次のリアルを見ます。今日の二人の戦いは明らかに未来の光を見せてくれました。
 お互いの限界と、限界突破のポテンシャルを信頼しあっているからこそ、真正面からぶつかり合い、磨きあえる。
 試合後、ケニーが語った「負けたい思った。誰かに進化してもらいたい、私より強い相手に出てきてほしかった」という言葉に、大きなヒントがあります。勝ち負けをすでに超えています。対立する二者をアウフヘーベンしている。
 親友同士という、その「和」の中に「荒」が取り込まれた瞬間でした。
 飯伏とケニーは2012年に武道館で当たっています。その時の試合も素晴らしかったけれども、明らかに次元が違いました。
Uni_2984_2 思えば、2009年、山梨でのキャンプ場プロレスの時、二人と一緒にバーベキューしました。その時の彼らが、こうして絶頂期を迎えている新日本プロレスのG!の武道館大会でメインを張るなんて、その時は夢にも思いませんでした。
 しかし、たしかに、「この天才たちを世の中の人に知ってもらいたい」とは思っていました。具体的ではなかったけれども、私も未来に妄想していました。そんなことも含めて、今日の芸術的な試合は格別な感情を湧き起こすに充分すぎるものでした。
 さて、明日は飯伏選手と棚橋選手による決勝戦です。これもまた、さまざまな対立構図の中に語られます。しかし、私が期待しているのは、対立ではなく、二人のパーソナリティーだからこそ可能であろう、「対話」です。
 楽しみにしています。大げさでなく、地球の未来を切り開くために、頑張ってください。

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2018.08.10

新日本プロレスG1 CLIMAX 28 日本武道館大会1日目

Th_201808110001spnavi_2018081100002 日のグレート小鹿さんもプロレス。今日テレビ観戦した棚橋弘至とオカダ・カズチカの戦いもプロレス。
 全くプロレスというのは奥深い。勝ち負けではなく、人生の春夏秋冬を見せるのがプロレスという芸術。スポーツはアートであるべきだと常々考えていますが、その答えの一つがプロレスの中にあると思います。
 今日から三日間は、新日本プロレスの真夏の祭典G1CLIMAXの、実質上の準決勝、決勝を堪能いたします。そういう記事になりますので、興味のない方はごめんなさい。
 まず、本来なら、11日の日本武道館は現場で生観戦する予定で、宿までとってあったのですが、なんとチケットが手に入らないという事態に。
 某関係者にお願いしていたのですが、あまりに人気でなかなかキャンセルが出ず、ようやく出たのはロイヤルシートでして、とてもそんなお金は払えず断念。当日券も炎天下の中長時間並んで取れるか取れないかだと聞いて、急遽参戦をとりやめました。代わりにテレビで三日間観戦する手続きをとりました。残念といえば残念。
 さてさて、ワタクシ、昔から完全に全日本派でありまして、あまり新日本の試合を観てこなかったのであります。最近大人気の「新・新日本」についても、それほど興味があるわけではなく、プロレス専門チャンネルのニュースで、その雰囲気を知る程度でした。
 しかし、今回は元DDTのケニー・オメガと飯伏幸太が武道館で当たると知り、二人のファンとして、新日本の大舞台でどんな未来的な戦いが展開するのか、非常に今日が湧いてきました。それでG1初参戦を目指したのであります。
 で、結果としてテレビでの観戦となったわけですが、今日10日のAブロックの最終戦もまあそこそこ楽しみました。正直「新」の部分についていけないところもありましたが、やはり今儲かっている団体だけあって、世界中の魅力的なレスラーが大挙参戦しており、第1試合から世界最高レベルの戦いが展開していたのは間違いありません。会場の雰囲気も良かった。
 特に、メインイベントの新日本看板カード、「棚橋対オカダ」は予想以上に素晴らしい試合でした。今までも何回か二人の対決は観てきましたが、今日の試合が一番棚橋らしさが出ていたと思います。
 思えば、今までの対戦では、新日本の中心は明らかにオカダだったので、今回、その流れとは違い、エースの復活劇的なストーリーの中で、その主人公棚橋選手が輝くのは当然と言えます。
 それなりに年齢を重ね、若い力に押され気味だった中年(失礼)が、まだまだ若いもんには負けないぞと、しかしそれを明るく爽やかにやってのけているところが、棚橋選手の中年らしからぬところであります。そこに人生の秋冬からの春夏という物語を感じることができました。
 逆に言うと、オカダ選手のこの世の春から夏には、しっかり秋が来ているということで、それはそれである種の演歌的な哀愁を感じさせるとともに、しかし一方でその先の明るい季節の到来をすでに予感させます。
 そういう「負け」が単なる負けでないところが、プロレスの温かさ優しさですよね。きっと若い女性たちも、そういう母性的な目で、荒くれ息子たちを見守っているのでしょう。
 明日、あさってもとっても楽しみです。

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2018.08.09

グレート小鹿…「高齢者が院政を敷くのはよくないよ」

Th_979c7_1399_433d376c_3798fd0d 45年ぶりにシングルの王座に輝いたグレート小鹿さんは76歳。
 インタビューで独自の高齢者論を展開しました。なんとも平和でいい話ですよ。同じ格闘技でも、相撲、アマレス、ボクシング、そして広義で言えばアフメトもあんな感じになっている中、プロレスはなんとも平和です。
 まあ、とりあえず記事をお読みください。

76歳・グレート小鹿45年ぶりシングル王者 78歳・山根会長問題へ持論を展開

 グレート小鹿さんには3年前にお会いして、素晴らしいお話をうかがいました。

グレート小鹿 vs 宮戸優光 特別トークバトル(UWFスネークピット・ジャパン)

Th__20151025_10_06_38 この記事にも書いてあるとおり、小鹿さんの報恩、社会貢献の気持ちは非常に強い。若い頃、いろいろな人たちのお世話になった分、若手を育て、ボランティアをし、恩を返す人生を送っています。
 このたびの王座奪取も、そうした流れの一つでしょう。こういう「老害」が世間を騒がせているご時世だからこそ、違った老人、高齢者のあり方を示しているのです。
 違う見方をすることもできます。実はプロレスの世界は、他の格闘技、あるいはスポーツの世界よりもかなり早い段階で、年功序列や上意下達、そして反社会的勢力との関係におけるマイナス面を克服してきたのです。
 プロレスの世界は70過ぎても現役でやれるどころか、チャンピオンにさえなれるという、独特の文化を持っています。純粋な西洋スポーツとはあまりに違う。
 では、日本の武道の世界はどうかいうと、これがまた硬直化していて、まだまだ旧弊悪弊が残っています。仏教の修行の世界もそうです。
 明治維新後、特に戦前戦中に造られたフィクションが、いまだ通用している困った世界がたくさんあるのです。教育の世界もそうですよ。
 東京オリンピックまでに、はたしてどこまで各世界が変わることができるのか。オリンピックとはスポーツの祭典であるだけでなく、文化、教育の祭典でもあるのです。
 甲子園も今年で終わりでしょうね。いいんじゃないですか、ちょうど100回ということで。
 今後、まだまだいろいろなところから膿が出てきますから、皆さん、楽しみにしていてください。決して悪い方向にはいきませんので。


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2018.08.07

暴力・威圧による教育の時代は終わるのか?

Th__20180808_175100 研修会での指導を終え帰宅しました。指導とは言うのものの、特に今回はこちらが学ぶことが多かった。若手教員からいろいろ教えていただきました。
 たしかに時代は変わっている。
 たとえば、「新アンガールズ」と言われる、日大田中理事長にボクシング連盟山根会長に象徴されるような、「荒魂」的世界は、教育から追いやられる時代が来ました。
 今若い先生たちは、体罰や威圧的な発言、行動によって生徒をコントロールするという旧来のやり方を自ら捨てようとしています。これは素晴らしいことです。
 愛のムチ…たとえばこういう言い方によって美化されてきた「暴力」。そういう力が働いてこそ生徒は成長するという、よく考えれば全くエビデンスのない伝説がまかり通っていたのが、学校という異常な空間です。
 150年戦争終結という言い方で、いろいろなところで話していますが、学校のそうした軍隊文化もいよいよ終わらせなければならないですね。
 いや、ホント数ヶ月前までは、「昔はよかった」「今はダメだ」的な発想をしていたんです。お恥ずかしいことですが。
 しかし難しいですよ。今日もそういう話で6時間、グループワークしましたよ。何が間違っていたのか、何を変えていかなければならないのか。そういう検証が全くされてこなかった世界なので。
 若い先生方は大変ですよ。子どもたちは基本、どの時代も変わりません。反抗や怠惰という表現方法しか知らない生徒たちは今もたくさんいます。
 今までは、それを威圧によって3秒でしっかりさせることができました。私も、若い頃そういうことが苦手だったので、自分なりに訓練して、威圧も体罰もできるようになりました。しかし、そういう方法をとっていた頃の自分は、なにか不自然で、教師という仕事に対しても違和感を抱いていたのです。
 今、面白いもので、こういうご時世になりまして、ようやく自分らしく毎日を送れるようになったのです。不機嫌にならなくて、というか不機嫌なフリをしなくてよくなった。
 私、生来の性格で本当に怒りの感情がほとんどないんです。なのに先輩方から、そんなことではダメだ、なめられる、自分はこうして生徒を静かにさせる、と聞かされ、ある意味しかたなくやってきた部分があるのです。
 では、その代替策がしっかりあるかというと、今日の若い教員たちと同じく、これというものがないのです。だからこそ、今日は指導というよりも、本当に一緒に悩みましたよ。
 ただ、本当に時代はそういう「荒魂」ではなく、「和婚」の方向に動いてるのは間違いありません。これは実にいいことなのです。
 人類はいよいよそういう次元上昇の時を迎えているのでしょう。教育とは、未来の大人、すわなち未来の社会を創る営みです。
 子どもたちが、そうした暴力的な教育の世界から解放されれば、もしかすると世界から戦争がなくなるのかもしれません。
 ちょっと前までの私を知っている人は、いったい山口はどうしちゃったのか?と思うことでしょう。しかし、これはどうしようもありません。どの瞬間だったかは分かりませんが、急に変わったのです。
 誰か言っていました。不機嫌によって人をコントロールしようとするのは、赤ん坊と教師だけだと。笑えませんね。

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2018.08.02

辻田真佐憲 『東京オリンピックは「太平洋戦争化」してしまうのか?』

20180803_84847 日は約40年ぶりに野球場のグランドに立ちました。最近野球熱が再燃しているという話は何度か書きましたが、それがなぜなのか、全く分かりません。自分でも不思議です。
 今日はグランドで高校生球児たちに話をする機会もありました。そこで、「新しい高校野球の歴史」という言葉を使わせていただきました。
 先日の校長先生方対象の講演では、「甲子園も今回の100回記念大会を期に大きく変わる」と予言?しました。
 実際、軍隊文化を最も引きずっている、いやそれを死守してきた甲子園も、自然の猛威という「神」の力によって修正を迫られているのです。
 まさに150年戦争の集結を象徴しているようですね。
 しかし、150年続いてきた頑固なその文化も、その往生際の悪さという最強最狂の捨身作戦で、最後の抵抗をしてくることでしょう。
 ある意味、その戦場となることが予想されているのが、2020年の東京オリンピックです。辻田真佐憲さんが、それを上手に記事にしてくれました。

「暑さはチャンス」なぜ東京オリンピックは「太平洋戦争化」してしまうのか? 森喜朗、小池百合子、東条英機……今も昔も「竹槍精神」

 講演でもあえて話させていただいたのですが、私はそういう根性論や精神論、神風的なモノが嫌いではありません。どちらかというと、そういう物語が好きです。また、そうした世界がもしかすると合理的な世界、科学的な世界を凌駕するのではないか、高次元物理学における意識の領域で説明できるのではないかとも思っています。
 しかし、実際問題として、人の命、特に若い人たちの命が危険にさらされていることは、学校現場で働くものとして看過できません。
 なぜ五輪を酷暑の時を選んで行うのか。いろいろ事情があります。それは20世紀的な価値観にのっとるものかもしれません。いったいどの「価値」が勝つのか。
 案外ですね、「神風」が吹くかもしれませんよ。つまり冷夏になる。ホントにありそうだから、日本という国は恐ろしい(笑)。
 昨日、ある政治家秘書の方から、「先生、出番ですよ!」と言われました。五輪に関する話です。もしかして、私のお役目は「神風」すなわち「涼風」を吹かせることなのかもしれませんね。

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2018.07.19

クローズアップ現代+ 『プロレス人気復活! “過去最高”の秘密』

 日のネタはなんと言ってもこれでしょう。NHKのクローズアップ現代+で新日本プロレスが取り上げられました。
 棚橋選手も出演し、なぜ今プロレスブームなのか、どうやって苦境を乗り越え、そして世界戦略に打って出るまでになったかを解説してくれました。
 いろいろと共感する部分がありましたね。今の新日本プロレスを、かつての新日とは違うと否定してしまうのは簡単ですし、そういう人もまだたくさんいますが、現実は現実です。当時と同じように、いやそれ以上に、プロレス的価値は高まり、人々を元気にしているのです。
 私もある時期、今風なプロレスに違和感を抱いていましたが、今では完全にそれを楽しめるようになりました。もちろんそれとともに、昔のプロレスをまた別の視点から楽しめるようになりました。一石二鳥ですね。
 番組中キーワードになっていた非日常と日常というのは、日本において古くから文化構造の基礎になってきました。ハレとケですね。
 いわば、昔の荒々しいプロレスは、まるでナマハゲか何かのように、日常の中に突如現れ去っていくマレビトのような存在でした。
 それが、今は非日常と日常、フィクションとリアル、ハレとケ、荒魂と和魂などが、決して対立するのではなく、絶妙に融和し、あるいは高め合う存在になっているわけです。
 それが現代の地球文化の行く先を占っているとも言えますし、私たち個人の人生のあり方をも象徴していると思うのです。
 また、番組でも多く語られた、折れない心、負けても立ち上がっていく姿というのは、プロレス業界そのものの姿でもあると同時に、普遍的に人生そのものなのです。あるいは日本のこれからの姿かもしれない。
 古くからのプロレスマニアとしては本当にうれしいですね、いろいろと。また家族で観戦に行きます。どの団体に行こうかなあ。

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2018.07.01

NHK公開収録「にっぽん百名山 富士登山!徹底ガイド」@ふじさんホール

Th__20180702_103448 日は富士山山開きの日。この日にちなんで、富士吉田市のふじさんホールで、NHKの「にっぽん百名山」の公開収録がありました。
 この収録があることを、地元の私は知らなかったのですが、かつてのレミオロメンおっかけ友だちが久しぶりに連絡をくれまして、一緒に行くことになりました。
 会場には、それこそ10年以上前一緒におっかけした(笑)仲間が集まり、久しぶりの再会を喜ぶとともに、年月の流れの早さと、それぞれの人生の変化に、なんともいえない感慨を覚えることとなりました。
 これもまた音楽の素晴らしさですね。
 詳しくは語れませんが、山好きでなくとも楽しめる内容となっていたと思います。司会は、山と渓谷社の編集長萩原浩司さんと、ハリウッド女優にして農家の工藤夕貴さん。萩原さんの穏やかで誠実なお人柄と、いい意味でぶっとんでいる天然(ナチュラル)ガール工藤さんの絶妙なタッグです。
 そこに加えて、ある意味お二人のいいとこ取りをした(?)穏やかで天然の藤巻亮太さんがゲスト。山に関するトークも面白かったけれども、なんと言っても、収録の最後のサプライズ・プレゼント、山中湖の某スタジオで完成させたあの名曲「粉雪」を弾き語りしてくれたことは、私たち長年のファンからしますと、なんとも感動的な出来事でありました。
Th_img_1999 ここふじさんホールは地元の私たちにとっては、いろいろな思い入れのあるステージです。私自身も学校行事や式典などで何度も舞台に上がっていますし、いろいろなミュージシャンのパフォーマンスを見たり聞いたりもしてきました。
 特に、あのは格別な思い出です。そこで、志村正彦くんと同世代、ある意味同郷である藤巻くんが歌ってくれることに、私は感激しないではいられません。
 藤巻くんの生歌をこのホールで聴くのは、なんだかんだもう3回目となります。5年前にはリハーサルに同席させてもらい、彼と志村くんについてしんみり語り合いましたっけ。今日も思い出してくれたでしょうか。
 そうそう、そういえば、この秋に藤巻くんは「」を主催するんですよね。そこにはフジファブリックの山内総一郎くんも参加してくれます。嬉しいですね。行かなきゃ。
 と、個人的にいろいろなことを考え、思い出させたくれる収録でしたが、放送は、山梨県では総合テレビで7月27日(金)午後7時30分から、全国放送ではBS1で7月28日(土)午後10時からとなります。ぜひ御覧ください。私も映ってるかな(笑)。坊主頭を探してみてください。
 

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2018.06.28

バーチャルは美徳?

Th_2018062900253093nksports0009view が英語の勉強をする中で、「virtue=美徳」という単語が出てきました。
 ここで彼女にとっては意外であろう情報を提供しました。
 「バーチャル(virtual)」は「virtue」の形容詞形である。
 日本語で「バーチャル」というと、バーチャル・リアリティのイメージが強く、結果として「リアル」の対義語のように言われますが、もともと英単語としての意味は、「実質上の」です。
 ある辞書には、こんな例文が。

Argentina came to a virtual standstill while the game was being played.
アルゼンチンは試合が行われている間,実質的な停止状態に陥りました

 なんだか、今日(から明日にかけて)のワールドカップの試合みたいですね(笑)。ま、この例文ではチームではなく国がということでしょうけれど。
 つまり、ホンモノではないけれども、本質的にはそれ同様であると認定されるというイメージです。別の辞書の例文を挙げてみます。

a virtual genius
天才といって差し支えない人
the virtual head of state
実質上の国の首長
They made us a virtual promise.
彼らは我々に約束したも同然だった.

 日本では、なんとなく「バーチャル・リアリティ」の危険性みたいなことが言われているせいか、「リアル」はよくて、「バーチャル」はダメみたいな雰囲気があります。日本のある辞典の記述です。

実体を伴わないさま。仮想的。疑似的。「―な空間」「―な体験」

 なんとなくマイナスなイメージ、危険な香りがしますよね。はっきり言ってこれは偏見です。
 もともとは、「リアル」の本質(美徳)を備えている別物を指す言葉ですから、決してマイナスなイメージばかりではありません。
 いわゆくVRも、日本では諸外国よりも、「面白いけれども、あんまり深入りするな」的な捉え方をしているように感じます。
 最先端の技術開発の世界では、まさにリアルの「virtue」をいかに再現するかに挑戦しているわけです。
 考えてみれば、テレビで遠くロシアでのワールドカップを観て感動・興奮することができるのも、そうした技術者の努力の結果ですよね。もう私たちはとっくの昔から(言葉を発明した時から)、バーチャルなリアリティの中に生きているのです。
 さてさて、今日の日本の試合、そこには「virtue」はあったのでしょうか。それはまた明日にでも。

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2018.06.25

『心を整える。』 長谷部誠 (幻冬舎文庫)

Th_81ipxewmikl ールドカップ、日本よく頑張りましたね。格上を相手にいかにも日本らしい戦い方でした。
 そうした組織的なサッカーの中心になっているのは、言うまでもなくキャプテンの長谷部誠選手です。彼の優れたリーダーシップについては、多くの方々が語っていますが、やはりそれは彼自身の人格に根ざしたものでしょう。
 それがはっきり分かるのが、この本。
 今日、学校の礼拝(らいはい)という授業で、座禅の前にこの本の話をしました。座禅は「体を整え、呼吸を整え、そして心を整える」です。
 まさにその「心を整える」というこの本。サッカー生活を通じて得た、彼なりの智慧が満載であり、まさに禅の奥義を生活レベルで語ってくれていると言えます。
 煩悩をおさえ、環境を清浄にし、規則正しい生活をする。自分を見つめつつ自我を捨て、他から多くを学ぶ。平常心(びょうじょうしん)で試合に臨む。
 これは本当に「禅」の教えそのものですね。多くの一流のスポーツ選手が座禅をしていますが、長谷部選手の場合、それこそ行住坐臥、全ての行いが修行になっているようです。
 深い禅的呼吸をすることによって、彼は一瞬で「ゾーン」に入れる境地にまでなっているようです。さすがですね。
 小難しい禅の本や、ありがちな自己啓発本を読むくらいなら、これを繰り返し読んだ方がいいかと思います。多くの人におススメです。そして、ワールドカップ、長谷部選手の見えない働きにも改めて注目しましょう。
 頑張れ日本!

Amazon 心を整える。

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