「怒り」=「生かり」
千駄ヶ谷で来週の横浜コンサートの練習を終え、水道橋はTDCホールへ。今日はIGFプロレスリングの大会、GENOME20を観戦です。
リングのすぐ近く、選手入場ゲートのすぐ横という素晴らしい位置で試合を堪能しました。う〜ん、なかなか面白かった。どういう展開になるのか、どういう結果になるのか、全く予想できないのがIGFの面白さ。
逆に言えば、これはプロレスなのだろうか…という試合もないでもないのですが(笑)。まあ、他の団体が予定調和に流れる中で、ある意味ホンモノの闘いがあるのはこのリングなのかもしれません。
試合経過や結果はこちらでどうぞ。
今日は試合後、なんとテレビの実況をされていた山口雅史さん、解説の流智美さん、そしてGMの宮戸優光さん、さらにプロレスの生き字引的なファンの皆さんと打ち上げ。まあ、面白かったなあ。皆さんマニアックすぎます(笑)。まあ深い世界ですよ、私ら夫婦なんか全然ヒヨっ子です。
そこで充分試合に関する感想やら反省やらをお聞きしてしまったので、今さら何かを書くのもなあ…はばかられます。というか、今日も話したんですが、「IGFを観た日のプログが一番難しい!(一同爆笑)」なんですよ。
で、今日は、ある意味今日のベストバウト(?)との呼び声高かった「猪木劇場」で感じたことを書きましょう。
「バカヤロー!!」…いやあ、今日の猪木さんは怒ってましたねえ。経済産業省やら、そこの大臣やらに「怒り」が爆発していました。なんかそれが私にはものすごく刺激的でした。なんというか、それこそ「元気」をもらったというか。
やっぱり今の世の中、猪木さんが言うように、「怒り」が足りないような気がします。そのへんについて、私の専門である日本語学的な視点からお話ししましょう。
さっきですねえ、「怒ってましたねえ」と打とうとしたら、「起こってましたねえ」と変換されました。いや、実はこれが語源なんですよ。「怒る」は「起こる」なんです。何かが内側から起こってくるんです。
これって、私の言う「モノ」世界なんですら。ロゴスやエトスではなくパトス(パッション=受動)。勝手に湧き上がってくるわけです。それはすなわち「他者」なんですね。自分じゃないんです。
カミさんが言うには、秋田には「怒る」という意味で「ごしゃぐ」という言葉があるそうです。そして、実際には「ごしゃげでぐる(ごしゃげて来る)」という言い方をされることが多いとのこと。また、「おぎでぐる(起きてくる)」というような言い方もするとか。
すなわち、「怒り」は向こうから「来る」ものなのです。まさに「モノ」ですね。「もののけ」が騒ぐわけです。
「怒り(いかり)」という言葉はどうでしょうか。これは語源がよく分かっていないのですが、その語感からして、「すぶ」→「すばる」とか、「つむ」→「つまる」とかと同様に、「いく」→「いかる」という変化が予想されます。
もともとこれらは、それぞれの未然形に自発の「る」がついたものだと考えられます(助動詞の「る」とは活用が異なりますが、そのへんの説明は割愛)。日本語の「る」という音は他者性の高い音です。なにしろ、日本語には「らりるれろ」で始まる単語がないんですから(ラーメンもリンゴもルリもレンコンもロウソクも漢語すわなち中国語です)。
つまり、自分の意志に反して「いく」のが「いかる」なのですね。では、「いく」とは何か。これはおそらく「生く」でしょう。「行く」の可能性もありますが、ここでは「行く」と「生く」も関係してくるので、今日はあえて「生く」で話を進めます。四段活用の「生く」ですね。今でも「生ける屍」とか言うじゃないですか。あれです。
すなわち「怒り」とは「生かり」であると。自然と生きる力が湧いてくるということですよ。生きていくため、行動する(「行く」)ためには「怒り」が必要なのです。
猪木さんが言うように、今の世の中に「怒り」が足りないとすれば、これはまさに日本が生命力を失っているということですよ。バイタリティーがなくなっている。行動力、一歩踏み出す力がない。だから「道」もなくなっているのです。
いけませんね。学校の先生なんてひどいですよ。「怒ってはいけない。叱りなさい」とか、いかにもそれらしい中身のないことを信じている先生がたくさんいます。はぁ?っていう感じです。怒る時は本気で、命懸けで怒らないと!
親だってそうです。多少批判もされましたが(ほとんどは賛同してくれました)、「人間関係の修復力について」という記事での出来事。私は自分の子どもだからこそ、「叱る」のではなく「怒る」ことを選びたいと思います。
今日は試合からも、また猪木さんの言葉とオーラからも「怒り」=「生かり」をたくさんいただきました。私も「怒り」を忘れず、しっかり行動し、しっかり生きていきたいと思います。どんどん「モノ」が湧いてきてほしいですよ。
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おお、体が痛い。すねに青あざができている。あいつ強くなったな…。
考えてみると、上の娘にはけっこう体当たりでぶつかっていった記憶があるのですが、下の娘はある意味要領がいいのか、そういうことはなかったんですよね。もしかすると、そういうモノを求めていたのかもしれません、お互いに。
プロレスとジャズの親和性は高い。というか、本質が同じなんですよね。
定アキラの闘魂十番勝負第一戦。もうすぐ高校卒業を迎えるアキラに試練が。いやあ、いきなりコズロフはきつい。果敢に突っ込んで行きましたが、さすがにパワーと実績に差がありましたね。
う〜む、なんともグダグダな試合(苦笑)。メインのことを考えると、あまりに見劣りしました。両者の技術もパワーも闘魂もほとんど感じられない。せめて気持ちの強さを見せてほしかった。
両ベテランによるショー的プロレス。まあ安定していると言えば安定していますが、もうこういう予定調和プロレスには食傷気味なのも事実です。
我が家的には本日の最注目カード。ウチはお二人のファンなので、ある意味夢の対決。どちらを応援しようか。
相変わらず盛り上がるなあ。このカリスマ性はもうどうしようもない。こういう人はもうしばらく現れないでしょうね。
さて注目のデビュー戦。黒のロングタイツはもちろん力道山を意識してのことでしょう。力士あがりということもあって、体型的にも重心的にもたしかに力道山を彷彿とさせます。なんとなく顔つきも。
いちおうIGFとDREAMの対抗戦ということですが、バル・ハーンってDREAMなのか?というのは、まあいいとしてですね、結果的には澤田とミノワマンだけしか印象に残りませんでした。
この二人の王座戦をプロレスのリングで観ることになるとは…そして、最後はバンナがグローブを外し、グラウンドでアーツを仕留める。現実は夢よりも面白い。
最後に本日の私の観戦姿をどうぞ。カミさんが休憩中、ウルティモ・ドラゴン選手のマスクを買って来ました(サインしてもらいました)。それを被って応援。マスクってあったかくていいな(笑)。選手は暑いだろうけど。
昨日の話題「方便」も出てきました。へえ〜、僧堂ではこういうのを「方便」と言うのか。
剣道家でもある我が校の校長から宮脇磊介氏の講演録のコピーをいただきました。拝読して感銘を受けましたので紹介させていただきます。
石井慧は木村政彦にはなれなかったのか…。
特に、我が家の知り合いどうしの闘いとも言える、ジョシュ・バーネットと鈴木秀樹の試合は、まさに本来のプロレスリング、すなわち、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンを体現した好試合でした。その上で、現代的な見栄えのする(大会場でも説得力のある)大技も繰り出され、身内びいきでなく本当にバランスの取れた好試合だったと思いました。会場も「お〜」という感じでしたよね。
すさまじい労作。日本ノンフィクション史に残る傑作。まずは著者の取材力、構成力、筆力、そして「思い入れ」に敬意を表したいと思います。
私はこの本を読み終えて、すぐに1年前に発売されたkamiproを引っ張り出してきました。
2年生の担任の先生が生徒に見せていたのを少し盗み見しまして、なかなかいい話だったので改めてお借りして観賞いたしました。
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