カテゴリー「アニメ・コミック」の194件の記事

2017.11.17

『シン・ゴジラ』 庵野秀明脚本・監督作品

Th_unknown ちゃめちゃ遅ればせながら鑑賞いたしました。この前ついに地上波でも放送したようですが、ウチはテレ朝が映らないので(笑)、Amazonビデオでレンタルしました。
 なにしろ、公開当時あえてライバル映画(?)の「大怪獣モノ」を観に行き、最近も再びビデオで観てしまったような私なので仕方ないですね(笑)。
 で、結論から言いましょう。やっぱり私はモノ派ですね。モノは2回観ましたが、シン・ゴジラはもう一回観るかなあ。
 結局のところ、私はもう時代についていけないオジイサンなのですね。「君の名は。」の時と全く同じ不快感が残ってしまった。
 つまり、テンポが早すぎる。情報(セリフ・テロップ・映像表現)が多すぎる。今どきのそういうテンポ感に全くついていけない自分にガッカリすらしました。
 テンポが早いために人物描写や心情表現が少なく感じてしまう。実際はちゃんとやってるのかもしれないけれど、読み取れないのです。
 やっぱり庵野さんだから、いわばアニメ風な表現なのでしょう。古臭い日本映画にどっぷり浸かってきた私としては、もうなんだかジェットコースターに乗ってるみたいで、あっという間にワケがわからんうちに終わっていたという感じ。
 まあ、テーマも政治的で面白かったですよ。そうそう、面白いとも、技術的にすごいなとか、そういう感想は持ちしましたよ。
 しかし、なんかモノ足りない。余韻がないというか。もっとじっくり苦労してゴジラを倒してほしいというか。5時間くらいの作品になってもいいと思います。いや、連続ドラマで12時間くらいやってほしい内容の濃さだと思ったのですよ。
 モノ足りたのは、やっぱり昔ながらのお馬鹿さ、無駄の多さで「モノ」の方だったということでしょうか。ごめんなさい、変な人で。
 だから結局、作品が悪いのではなく、私が悪いのでしょう。いちおう、歴代のゴジラを観てきたつもりですが、正直シン・ゴジラが一番消化不良でした。批判もあまりできません(ほかの作品には正直駄作もあります)。
 う〜ん、時代に置いて行かれている感じがしてやだなあ。
 唯一、感心したのは、自衛隊が全面協力していることですね。その自衛隊が、ある意味日本軍らしい、昔ながらのやり方で戦っているのが頼もしかった。素晴らしい。
 昨日紹介した陸軍大将宇垣一成さんが、この映画観たら何て言うかなあ…。

Amazon シン・ゴジラ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.11.09

アナザーストーリーズ 運命の分岐点 『手塚治虫 ブラック・ジャックからの伝言』 (BSプレミアム)

Th__20171110_92109 近娘たちとよく観る番組「アナザーストーリーズ」。この前の長嶋茂雄も良かった。
 おととい放送されたこの手塚治虫の回の録画を夕飯を食べながら観ました。これがまた良かった。娘たちも感激しまくってました。
 と、このように、リアルタイムでチャンピオンを読んでいた私と、その娘が完全に共有できるというのが、名作の証拠であり、時代を超えた普遍性そのものですね。
 出版側の壁村耐三さんや岡田三司さんの話もすごかったし、鎌田實さんをはじめとする現代医療の先端を走る現場の医師たちの証言も貴重。
 そして、映画監督大林宣彦さんの、彼らしい手塚論、手塚作品論も聴きごたえありましたね。
 来週の月曜日13日18時から再放送があるので、未見の方はぜひ御覧ください。
Th__20171110_94118 娘たち、番組を見終わるやいなや飛んでいって、ブラックジャックをむさぼるように読み始めました。
 ちなみにその単行本は、私が小学生の時、お小遣いをはたいて買ったものです。名前が書いてあるぞ(笑)。
 私も何度も何度も読み返した記憶があります。娘たち、「汚いなあ、なんかベタベタしてる」とか言ってましたが、それくらい読みこんだってことですよね。
 当時、私もお医者さんになろうかと思った記憶があります。しかし、たしかにそこには医者の影の部分もたくさん表現されていましたから、なんとなく「やっぱりいやだな」と思ったのも事実でした。
 命の重さ、命を扱う仕事の崇高さと難しさ、それを少年の私もしっかり受け取っていたんでしょうね。
 毎度毎度同じ話になってしまって恐縮ですが、本当に「昭和の男たち」は濃かったなあ。
 娘たちから「いいなあ、こんな時代を過ごせて」とうらやましがられます。もちろん嬉しい。けれども、今の若者たちがなにか時代に物足りなさを感じているとしたら、それはそれで私たち大人、かつての少年であった世代の責任なのかなとも思うのでありました。

アナザーストーリーズ公式


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.10.18

日米巨大ロボ対決…クラタス!

 覧になった方も多いのでは。世界初、日米の間で行われた巨大ロボット対決は、1対1の引き分け。
 実は日本代表の水道橋重工の「クラタス」は、我が鳴沢村出身。非常に身近な方の製作です。
 今回の対決、いろいろな感想や意見があるでしょうね。対決自体、ガチなのか演出なのか。まあ、プロレス好きの私としてはどっちでもかまわない。エンターテインメントとして楽しめれば。
 そういう意味では、この世紀の対決は、新しいエンターテインメントの世界の扉を押し開いた、まさにエポックメイキングな「試合」であったと思います。
 ゲーム世界とスポーツの融合たるe-Sportsがブームになりつつある中、やはりこの「現実感」と「非現実感」の見事なコラボはたまらなく魅力的に感じますね。
 アニメや戦隊モノがこの現実世界に立ち現れ、未来を先取りしてドラマを見せてくれる。おそらくは、視聴者層、ファン層はアニメや戦隊モノ、ロボットモノ、フィギュアのファンの皆さんでしょうから、そこに純スポーツ的な「ガチ」はあまり望んでいないでしょう。どちらかというとドラマ性、ストーリー性の方を重視するのではないでしょうか。
 実際映像の作りもそういうふうになっていましたね。
 今後、こうしたロボット対決などが商業ベースに乗り、いわばe-Sportsならぬr-Sportsのような世界が立ち上がるのか。これは興味のあるところです。
 東京オリンピックの開会式なんかでどうでしょうね。日本のサブカルチャーと重工業のコラボですから、いいじゃないですか。e-Sports的なアトラクションもあるかと聞いてますが、ロポットもいいのでは。
 そうしますと、おらが村のスーパーヒーローが超メジャーな世界にデビューすることになりますね。そうなるといいなあ(と妄想する)。
 それにしてもですね、やっぱり見た目のカッコよさ、美しさにまでこだわるところは、さすが日本製クラタス。アメリカのはなんだか野蛮な感じです(笑)。さらに戦いっぷりもね。
 なんとなくプロレスの草創期を思い出すような感じ。いや、太平洋戦争をも思い出させますかね。
 まあ、とにかく面白かった。楽しかった。倉田さんの言うとおりですよ。
 大の男が真剣に遊ぶということも大切ですしね。私はそういう男たちを応援しますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.10.11

ポケモンマスター=仏陀?w

Th_satosi うでもいいけれど、どうでもよくない話?
 遅ればせながらではありますが…最近、ポケモンGOがマイブームであります。娘たちとワイワイやっております。
 私はただただ黙々とポケモンをゲットするだけで、あんまりバトルはいたしません。平和主義者です(笑)。
 それでも楽しいですね。待ち時間も苦ではなくなったし。大人が仕事終わりに何も考えないでポケGOに興ずることが、ストレス解消になっているとの学術研究もありましたっけ。
 今や世界中を巻き込んでの大ブーム。バトルではあるけれども、相手のポケモンを取り合うようなシステムではないし、負けても「薬」などで復活できる。つまり死なないわけですね。
 これはバトル(=戦争)の常識を覆しています。基本はあくまでも、自己のレベルを上げていくことが目的のゲームです。
 で、私や娘たちも何か特別な目的をもってポケGOをやっているわけではありません。まあ、やはりレベルが上がっていくこと、図鑑が埋まっていくこと、ポケモンが強くなっていくことが楽しみというだけです。
 そう考えますと、ポケGOの世界観は仏教的とも言えます。それぞれがバトル(切磋琢磨)しながら、自らのレベルアップを図る。ポケモンの方も、愛情込めて育てられ、生命を大切にされながら成長していく。
 その人間側の究極の目標が、「めざせポケモンマスター」という歌にも象徴されるように、「マスター」であります。
 しかし、多くのポケモンファンも気づいているとおり、その「ポケモンマスター」とはなんなのかという定義がはっきりしません。しかし、みんながそこを目指して頑張っている…。
 そう、そんな、定義不可能な究極の目標点があるのも、仏教に似ている。すなわち「ブッダ」。悟りマスターというか、真理マスターとしての「ブッダ(仏陀)」。
 私も仏教を少しかじっている人間ですが、やはり目標は「悟り」であり「仏陀」になることです。しかし、では、それにどうなれば、どうすればなれるのかというのは、ある意味誰もわからない。
 コト(言語・定義)化できないが、しかし存在しているという確信のあのモノこそが、究極の真理(すなわち揺らぎない「真」のコト=「まこと」)なのです。
 そういうゴールなきゴールを持つゲームが、こうして日本発で世界中に広まっているのは、実によろしいことだと感じています。
 私も、いつかポケモンマスターになれるのでしょうか。
 あっそうそう、モンスター(MONSTER)と「もの」は同源なんですよ。すなわちモンスター=もののけ。ついでに言うとマネー(MONEY)も(こちらの記事参照)。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.14

『君の名は。』 新海誠監督作品

 62点!
 私と次女の採点です。厳しいですか?いや、けっこう甘くつけて62点です。
 今日、学校が終わってから、次女と富士宮のイオンシネマに飛び、レイトショーで鑑賞しました。
 62点…期待したほどではなかったというような観点ではなく、表現者を目指す我ら親子独自の観点での採点です。
 具体的にどこが問題なのか、そんなに偉そうなことを言える立場なのか、ただ単に人がいいというものを良くないというアマノジャクなのではないか…いろいろな声が聞こえてきますので(笑)、あまり批評家然として具体的なことは書きません。
 とにかく、私と娘、あそこはこうした方が良かった、あそこはない方が良かった、結末は…というようにほとんど意見が一致したのです。まあ、親子ですからね(笑)。
 ものすごく大きな視点で言いますと、あのテーマでしたら、あそこまで現実離れした設定(入れかわりとか彗星の衝突とか)はいらないと思います。
 せっかく絵がきれいで、ある意味リアルなのに、どうしても感情移入できなかったのは、つまりそういうことですよ。
 私だったら…いやいや、それはここではやめときます。私たちの戯れ言をお聞きになりたい方には、直接お話ししますね。
 私の感想、評価を端的に言うなら、同じ新海誠作品なら「秒速5センチメートル」の方がずっといい。別の作家のアニメ作品と比べるなら、「サマー・ウォーズ」の方が100倍良かった、ということになりましょうか。
 それでも、世の評価が異常に高いのは、私たち親子の映画読解能力が低いのか、本当にステマが横行しているのか、どっちかでしょう。
 最後会っちゃうもんなあ…究極のストーカーアニメ(笑)、ぜひ、劇場でお確かめください。
 何度も観る方もいらっしゃるようですね。私と娘はあえて岸恵子と佐田啓二の「君の名は」三部作を鑑賞します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.07.22

ポケモンGO日本でも配信開始

Th_pokemon_go_title っそく入れてみました。
 これはたしかに面白いですね。もともとの素材であるポケモン自体が、ARに大変親和性が高かったということてしょう。
 これはほとんど偶然です。まさかここまで想定してポケモンを開発したのではないでしょうね。
 街を旅しながら、何かを探してゲットし、自らがそれを手なづけて鍛え上げ、そして敵と闘って降伏させ、それをも我が物としていくというのは、まさに人類の歴史、特に戦争の歴史そのものであります。
 しかし、どこか戦い自体にも愛嬌があり、決して相手を殺したりはしない。このあたりは「言向け和す」という風でもあり、そう、ポケモンワールドは出口王仁三郎の霊界物語的であるとも言えますね。
 霊界物語をARにしたら…世界中どころか、宇宙や太古、未来まで行かなくちゃならないか(笑)。
 いやいや、冗談ではなく、ポケモンという、ある意味八百万的な神々を配したのがよかったのでしょう。ほとんど自然現象、森羅万象を擬神化しているモノばかりですからね。
 そう考えると、まさにポケモンは日本的神話の世界であり、それをこうして世界中の老若男女が異常に没頭しているというのは、悪いことではないのかもしれません。
 これからは具体的な次元ではなく、抽象的な次元で世界を変えていく必要があります。VRまでは現実世界と別という感覚でしたが、ARになると急にそれらが融合して互いに強い影響を与え合う。
 100年後、今日のこの日がワールドシフトの記念すべき日として記憶されるかもしれません。
Th_img_4845 ちなみに、ワタクシの自宅は富士山の中腹でして、ご覧のようにポケモンがいないどころか、道さえもありません(笑)。自宅で楽しめないのはちょっと残念であります。
 私自身はゲームが苦手(ずっとやり続けられない面倒くさがり屋)なので、おそらくもうあまりやらないとは思いますが、娘たちは夏休み中ずっとやってそうな気配です。
 いや、ポケモンはゲットしなくとも、ポケストップを回るだけでも面白いかも。地元の人も忘れているような祠とかが指定されてますからね。あれはいったい誰がどう決めているのか。これもまたAIが何かのアルゴリズムでやっているのか…まあ、すごいですね。
 Googleやナイアンティックもすごいけれど、やはり任天堂かなあ。天に任せるというところが良いのだろうなあ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.07.08

非破壊オーバーヘッドスキャナ 『ScanSnap SV600』 (富士通)

 このところ、以前から研究している富士北麓に伝わる宮下文書、あるいは出口王仁三郎に関わる新資料を発見する機会に恵まれております。
 それらを未来に残すため、あるいは自身の研究資料として手元にコピーを置くために、非破壊スキャナを購入いたしました。
 いやはや、これはすごいですねえ。画期的な製品ですよ。どんな製品なのかは、次の動画を御覧ください。

 Macでの機能も充実していますし、まあとにかく自動認識や補正が優れもので、ほとんどストレスなくスキャンができます。
 冊子状のものに関しては、やはり歪みが大きくなりますので、いわゆるブックプレッサーが必要となります。純正のガラス製のものは高価なので、私は厚さ3mmの硬質アクリル板を買ってきて代用しています。特に問題ないですよ。
 古文書などに限らず、これでいろいろなものをスキャンできます。フラットベッドや破壊型スキャナの方が適する書類もあるでしょうけれど、やはりなるべく破壊したくない、破壊してはいけない資料を扱う際は、これが一番だと思います。
 もちろん、いわゆる自炊派の方にもおススメであります。これだけの機能と性能があれば、5万円は安いと思いますよ。
 あと、なんでしょうね、いつかも書きましたが、人間のコピー欲、モノ(無常性)のコト化(永遠化・複製可能化)欲というのは、これは本能ですね。おそらくDNAそのものの性質、すなわち生命の本質がそこにあるからでしょう。快感です(笑)。
 人類の歴史というのは、モノの無常性に対する挑戦でした。お釈迦様はそんなコトよせ!そんなコト(シゴト)するから苦しくなるんだよ!だからモノを悟ってコトをやめよ!とおっしゃったわけですけれど、やっぱり私はダメですね(笑)。

SV600公式

Amazon SV600

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.02.09

history of japan

 Bill Wurtz 氏による9分間日本の歴史がお見事。笑いながらお勉強できる。
 リズムが良いと全体像、大きな流れが捉えやすいですね。やっぱり歴史はこうしてヴィジュアルで勉強するのが一番(仲小路彰もそう言ってます)。
 このBill Wurtzという方、なかなか有能なミュージシャンのようですが、なんでまた日本の歴史をこのように表現しようと思ったのでしょうか。他国もあるのかと思いきや、どうも日本だけらしい。日本マニアなのか。
 おそらくはアメリカの方だと思うのですが、アメリカの日本史観が分かって面白い。基本的にこれが世界標準の日本史だと思います。
 これを観て、お怒りになる日本人もいるかもしれませんが、それは、それこそ日本の歴史に鑑みると実に野暮なことです。
 この大きな流れの原動力は明らかに外国からもたらされていますよね。他者の力を借りて、それを自分の力にするあたり、まるで合気道のようです。これこそが「和」であり、私の言うところの「国譲り」という高度な文化でしょう。
 たとえば、最後の方の日本の敗戦に向かうストーリーについて、これを面白がっているとは何事だ、まさに自虐史観ではないか、とおっしゃる御仁もいるでしょう。
 いや、待てよ、と。いつも言ってるじゃないですか、そんなアメリカのインストールで骨なしになっちゃうような日本だと言う方が、ずっと自虐史観ですよって。私はそう思います。「国譲り」は最強の種の保存方法ですから。無意識化による冷凍保存。
 事実、このビデオの終わりにあるように、そのインストールのおかげで、奇跡の経済成長をと遂げましたからね。まるで戦勝国ですよ。世界中を席巻(ある意味征服)した。COOL!
 というわけで、ぜひBill Wurtzさんには、他国の歴史も作品化してもらいたい。でも、これって日本だから面白いのかもなあ。笑いにできるくらい変だし、ドラマティックだし、ドラスティックだから。さすがアニメの国ですな(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.02.01

悩みも煩悩も「屁」みたいなもの

Th_2016020200000002tospoweb0001view 日、水木しげるさんのお別れの会が行われました。ちょうどその日青山近辺にいたので、時間があったら参列しようかと思ったのですが、駐車場が見つからず断念いたしました。
 参列かなった知り合いがもらってきたメッセージカードの言葉が良かったので紹介します。

 要は虫とか植物みたいに自然に順応しながら「屁」を出しているのが一番幸せなのかも知れない。時には屁を止めたり、溜めてみては大きな屁をひねってみるというのも面白いだろう。要するにすべては屁のようなものであって、どこで漂っていても大したことはないようである。

 なんとも水木さんらしい「悟り」の境地ではないですか。ここ数日個人的にへこむことが続いたのですが、この言葉を思い出して、少しすっきりしました。悩みも「屁」みたいなものだと。
 屁なりとて悪なる物と思ふなよぶっと言ふ字は仏なりけり…こう詠んだのは仙厓和尚だったでしょうか。屁も馬鹿にできません。
 カネも名誉も地位もプライドも、まあ人間みんなにある屁みたいなものです。悩みなんていうものも、それらが元で生まれる、つまり煩悩があるからこそ悩むわけでして、しかし、それらは屁と同じくなくすわけにはいかない。だからさこそ、水木さんの言うように上手につきあえばいいのかもしれません。
 止めてみたり、溜めてみたり、気づかれないように小出しにしてみたり(笑)。そう(笑)に変えてしまったり。
 オナラって、なんのためにもなりませんし、他人にとっては迷惑なものですが、自分にとってはなんとも愛おしい、懐かしい臭いじゃないですか。正直皆さん自分のオナラの臭いは嫌いじゃありませんよね(笑)。
 上記の煩悩たちも同じようなものです。自分にとっては案外悪くない。しかし、他人にとっては迷惑きわまりない。いくら愛する人のものでも、煩悩やオナラは好きにはなれませんよね。
 ああ、なんかすっきりした。こうして自己顕示するのもまた放屁みたいなものでしょうか。それはそれでお互い様。そして、屁の臭いなんか、それこそあっという間に消えますよ。エントロピー増大則のおかげです。拡散、拡散(笑)。
 と、そんなふうに思ったら気持ちが楽になりました。ありがとうございます、水木しげるさん。

Amazon 屁のような人生

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.12.01

『総員玉砕せよ!』 水木しげる (講談社文庫)

Th_20151202_64911 木しげるさんが亡くなったとのこと。妖怪漫画家としてだけでなく、戦争の語り部としても後世に残すべき仕事をなさった方です。
 私の印象に残っているのは、この「総員玉砕せよ!」です。少年時代に読んで、なんとも情けない気持ちになったのを覚えています。
 というのは、小学生当時、私は当時の少年のご多分に漏れず、けっこう戦争マニアでして、いろいろな勇ましい戦記なんかも借りてきてはよく読んでいたのです。
 そうした中で、水木しげるさんの「敗走記」やこの「総員玉砕せよ!」はちょっと違う雰囲気があった。マンガということもあったけれども、なんか自分の抱いていた戦争や兵士のイメージと違ったんでしょうね。
 今となっては、これも戦争の一面の真実、それも重要な一面であることはよく理解できますが。
 21世紀になってからNHKがテレビドラマ化しました(こちらで観られます)。
 そうそう、半年くらい前、水木さんが出征前に書いた手記が見つかったというニュースがありましたね。これも読んでみたいところです。

 水木しげるさん、戦争で左手を失いました。もしかすると、その時点で水木さん自身も妖怪の仲間入りをしたという自覚があったのかもしれません。人間を妖怪に変えてしまうのが戦争なのでしょうか。
 水木しげると言えば、ずいぶん前に紹介した、「神秘家列伝」で、出口王仁三郎を描いています。なかなかいい作品です。王仁三郎の入門本として、もっと知られていいものかもしれません。

Amazon 総員玉砕せよ!


| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧