カテゴリー「アニメ・コミック」の230件の記事

2022.05.17

マカロニえんぴつ 『星が泳ぐ』

 日の「島唄」に続き、山梨発の音楽を一つ。

 宮沢和史さん、藤巻亮太くん、志村正彦くんと、叙情的な歌詞と旋律が印象的な山梨のソングメーカーたち。やはり、独特の自然環境と風土、生活文化が反映しているのでしょう。

 今日紹介するマカロニえんぴつのリーダーはっとりくんは、鹿児島生まれだそうですが、育ちは幼少期から高校時代まで山梨。彼もまた独特な感性を持っているように感じます。

 特に志村くんへのリスペクトは大きいようで、曲作りだけでなくその歌唱にも影響を感じます。

 さて、この最新曲「星が泳ぐ」は、現在放映中のアニメ「サマータイムレンダ」のオープニング曲となっています。「サマータイムレンダ」は和歌山の離島を舞台にしたSFホラー(なのかな)。日本的な風景と文化の中に潜む見えない「影」がテーマということで、特に「影」の濃い山梨発の音楽がぴったりマッチしています。

 なんとなくクセにてなる曲ですよね。シンプルですが、ちょっとしたベースの半音進行が明るさの中に「影」を感じさせます。

 やっぱりJ-Rockって世界的に得意な進化を遂げちゃいましたね。つまり「和歌」や「私小説」の文化、日本文学の正当進化型がそこにあるということです。もっと言うと日本の目に見えない「宗教性」の発現でもあると。

 ですから、アニメと一緒に世界に出ていくのです。40年後にはきっとこれが世界の大きな潮流になると信じています。

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2022.04.24

『都道府県別 にっぽんオニ図鑑』 山崎敬子(ぶん)・スズキテツコ(え) (じゃこめてい出版)

Th_51jpekm72vl_sx339_bo1204203200_ 本では鬼は大人気ですね。いや、いまや世界でも大人気。

 日本の漫画やアニメの「愛すべき悪役」たちの原点は、おそらく鬼たちでしょう。

 西洋の善悪二元論では割り切れない、悪さもするが幸せも運んでくる。その善悪不二、表裏一体、好悪一味のところが実に日本的であります。

 だから、鬼と書くよりも「オニ」と書きたくなる。カタカナにすることによって、ある種のキャラ化がなされるわけですね。キャラ化することで、初めて私たちの友達になる。

 土偶とかもそうです。目に見えない精霊、自然神にカワイイ姿を与えて友達にしてしまう。モノのコト化、モノガタリですよ。

 この本でも、とにかくオニたちは「カワイイ」。怖いけどカワイイ。

 私たちの中にもオニは棲んでいて、時々アンコントローラブルに現れる。しかし、それはそれでやっぱり愛すべき自分の一部なので仲良く共存していくしかない。

 そういう私たちの、あるい自然界の隠れた(隠がオニの語源とも)荒魂を象徴するのがオニなのでしょう。

 そうしますと、上田喜三郎が鬼三郎に、そして王仁三郎に変身していくことの面白さが分かりますよね。「喜」と「鬼」が昇華して「王仁」になるという。

 王仁三郎がどこか憎めない可愛さのオーラを放っているのは、なるほど文化的、歴史的理由のあることなのでした。

 さて、そうしてこの現代に至り、いよいよキャラ化、カワイイ化が進みつつある愛すべきオニたちを、県別に、これまた可愛いイラストと軽妙な文章で紹介したこの本、眺めているだけで幸せな気分になります。

 それぞれの国々、土地土地で愛され、畏怖され、祀られているオニたちと同様に、私たちの体や心の至るところにそうした「モノ」が棲んでいて、ちゃんとそれと共存しているという事実(マコト)に気づくことができるのです。

 そして、全てに会ってみたくなる。来訪神に会うために、私たちもそこにマレビトとして来訪するのだという、旅の欲求の原点がそこにあります。

 そうそう、この本にも紹介されている「鬼をおがんだおばあさん」、いい話ですよね。オニたちもカワイイけど、おばあさんが最強すぎて(笑)。

 私、若い頃に「地獄で会おう会」というのを発足させました。どうせ地獄に落ちるんだから、うまく閻魔大王や鬼たちにとりいったりして、様々な「アトラクション」を楽しんじゃえ!という趣旨の会でしたが、そのアイデアの源泉はこのおばあさんだったのです。

 

 

 

Th_-20220426-75128 あっ、最後に。香川県の「牛鬼」って、うる星やつらのレイですよね(笑)。残念なイケメンの象徴としての牛鬼。なるほど。そういうギャップというか、内在的なマイナス面がやっぱり鬼の本質なのですね。

 そっか、うる星やつらこそ、愛すべきオニたちの未来的なお話なのか。

 ラムちゃんが最強ってことですね。ラムちゃんは方言からすると宮城県のオニでしょうか。

Amazon 都道府県別 にっぽんオニ図鑑

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2022.04.08

『まんが道 大解剖』 三栄ムック

Th_-20220409-100842 子不二雄Aさんがお亡くなりになりました。残念です。

 Aさんと言えば「まんが道」ですね。普遍的な「○○道」の表現ともいえる大河マンガ。

 私も自らを満賀道雄に重ねて苦悩した記憶があります。

 そういえば、我が家にあるフジファブリックの志村正彦くんのサインには、唐突に「まがみちお」と書いてありましたっけ。

 なるほど、彼もまた田舎から夢見て友人たちと上京、天才たちに出会って自らの才能の限界に苦悩しながら、それを乗り越えて一つの境地に達したアーティストでしたね。叶わぬ恋もあったことでしょう。

Th_61tbayujgyl さて、「まんが道」そのものに関しては、もう私が何をか言わんやという感じですから、その「まんが道」の解説、二次作品(?)として面白かったこのムックを紹介しましょうか。

 貴重な資料、インタビュー満載でありながら格安、今ではKindle Unlimitedで無料で読めます。

 この「まんが道」、中学生とか高校生の教科書にしたいですね。名言集だけでも感動…。

 そして「愛…しりそめし頃に…」のラストのあの詩の多くは御本人の作だったんですね!完全に「まんが」を超えています。文学です。実際文学界の重鎮の方々のインタビューもありますし。

 日本の近代文学は小説にはなく、まんが、アニメ、そして歌詞の世界が本流だと思うのは、私だけでしょうか。

 あらためて安孫子素雄さんの歴史的文学的功績を思い、このムックを眺めなおしてみます。

Amazon まんが道大解剖

 そして、こちらの二次作品(?)も神回ですね。愛に溢れております。

 

 

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2022.01.27

たつき諒 『私が見た未来 完全版』

Th_51ommugk19l 年、たつきさんの偽物が現れ騒動を起こしましたが、実はその偽物が私のTwitterをフォローしていました。

 私もてっきり本物だと思い、なんで漫画家の人が私をフォローするのかなあと不思議に思いつつ、「大災害は2011年3月」という予知夢のことを初めて知ることとなりました。

 その後、本物に偽物の話が伝わり、結果としてこの本物「完全版」が出版されることになりました。偽物の登場のおかげですね。

 偽物といえば、出口王仁三郎も霊界物語に「今大本にあらわれた 変性女子はニセものだ 誠の女子が現われて やがて尻尾が見えるだろ」と書いて、自分(変性女子)はニセものだ公言しました。

 これにはいろいろな解釈があるのですが、もしかすると王仁三郎自身は本物を導くための役割を果たしたのかもしれませんし、あるいは王仁三郎自身が亡くなったのちも、みろく神業か続くようにあえてそのように言ったのかもしれません。

 いずれにせよ、偽物には偽物の役割があるというのは確かだと思いますし、このタイミングでそれが登場したということに深い意味を見いださずにはいられません。

 このタイミングというのは、もちろんコロナのこともありますが、やはり「その後」の予知夢「2025年7月5日の大災難」の原因である「海底火山の噴火」が、まるで雛形のように先日トンガ沖で発生したことです。

 あの海底火山の噴火が起こした「波動」「津波」は、まさにたつきさんの見た夢の小規模版でした。私は正直ゾッとしましたね。

 実際、あのトンガの噴火以前には、「2025年7月5日」の日本とフィリピンの間の海底火山の噴火によって巨大津波が発生するというヴィジョンは荒唐無稽に感じられました。しかし、今は違います。

 もう一つ、この本の中で述べられている(小規模な)富士山の噴火についても、非常にリアリティーがあるように感じました。富士山の大噴火によって首都東京はじめ近隣都市が壊滅するという、ありがちな予知を期待していた人は落胆したでしょうが(苦笑)。

 いずれにせよ、「未来の記憶」を思い出すことを日常的に行っている私としては、たつきさんの「予知夢」は普通にありえることだと思いますし、私たちが過去の記憶をもとに大難を小難にするように、未来の記憶を思い出したからこそできる備えをすべしということだと、素直にとらえることができます。

 ちなみに、収録されたたつきさんの作品群ですが、作家自身も作品自身もまさか令和のこの時代に再び世に出るとは思わなかったでしょうね。それもまた実に不思議なご縁であり、運命です。こんなこと、それこそ予知できなかったことでしょう。昭和の少女漫画史やオカルト史を懐かしみ、また語る上で、とても貴重な材料だと感じました(絵柄もストーリーもけっこう好きです)。

 さあ、2025年7月5日を、私たちはどのように迎えることになるのでしょうか。

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2022.01.17

映画『野球狂の詩』 水島新司原作・木之内みどり主演作品

Th_71vrgc0fxol_ac_ul320_ 島新司先生がお亡くなりになりました。

 本当にお世話になりました。少年の私を育ててくれた恩人です。

 当時、多摩川沿いの大田区に住む野球少年だった私。まあ、あの頃の少年はみんな「野球少年」でしたよね。

 特に小学校5年生、6年生の時、漫画「野球狂の詩」にはまりまくり、特に「水原勇気」にはほとんど初恋のような感情を持っておりました。初恋ではないな。思春期の始まりの時に、初めて「女」を感じたというか。

 この映画、調布大塚小学校を卒業し、石川台中学に入学する寸前の春休みに、蒲田の日活で観ました。ロマンポルノのポスターが貼ってある汚い映画館に入るのはドキドキでした(笑)。忘れられない日ですね。

 当時、あまりに漫画の「水原勇気」に憧れていたので、この木之内みどりさんの水原勇気には正直違和感を覚えました。

 日活お約束の着替えシーンと入浴シーンには、当時かなり動揺しました(笑)。

 映画としてもなんとも消化不良な内容だった記憶があるのですが、しかし、こうして45年ぶり(!)に観ますと、まあなんと魅力的な作品でしょう!

 原作の雰囲気、特に昭和の男の泥臭さ、人情というものがにじみ出ていますし、なんと言っても水島先生の常識を突破する意思というものを感じることができます。

 もしかすると、もう少しでこの世界は実現するかもしれませんよね。女性プロ野球選手。オリンピックでもようやく男女混合の競技が始まりましたし。

 まだ、女子野球がほとんど注目されていなかったあの頃に、このテーマで喧嘩を売ったわけですから、本当にすごい。

 訃報に接して、多くのプロ野球選手がコメントしていますが、本当に水島先生の野球愛はすごかったし、プロ野球選手より野球に詳しかった。さらに言えば、野球を通して社会の矛盾や消えゆく文化を表現してくれていたのですね。

 この映画には、水島先生ご自身も「水島先生」役で出演しています。そして同時に当時南海ホークスのノムさんも見事な演技(?)を見せてくれます。あの終始ニヤニヤしているのがなんとも言えない。岩田鉄五郎(小池朝雄さん)とノムさんが普通に会話しているところ、夢と現実が見事にごっちゃになった素晴らしいシーンです。この一連のシーンだけでも、今となってはとんでもない夢のような世界ですよ。

 ちなみに小池朝雄さんと言えば、あの頃も今も「刑事コロンボ」。関西弁しゃべるコロンボという感じで、これもまた不思議な感覚でした。

 

 

 多摩川グランドのシーンはとにかく懐かしかった。当時はもろにリアルタイムでそこに毎日曜日通ってましたからね。そういう意味でも自分にとっては宝物のような映画となりました。

 そして木之内みどりさんが可愛い!当時は漫画の「水原勇気」が一番だったので、あまり興味を持ちませんでした。もったいない(笑)。

 のちに、あのベーシスト後藤次利さんと結婚、離婚、そして竹中直人さんと再婚するわけです。すごい人生ですよね。

 というわけで、水島新司先生のご冥福をお祈りしつつ、自らの少年時代をも改めて「追悼」した今日でした。先生、お疲れさまでした。本当にありがとうございました。

Amazon 野球狂の詩

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2021.08.13

『映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』 原恵一監督作品

Th_518bwugeal_ac_ul320_ 日からの続きでこれ。

 記憶と想像、懐かしさと期待、カラーとモノクロ…。

 日本のアニメってほんとすごいですね。私が言うまでもありませんが、夏休みに公開されてきたTVアニメの映画版のクオリティの高さ、芸術性の高さ、スケールの大きさは異常です(笑)。

 たしかに、夏休み、子どもが一人で映画館に行くことは困難ですから、オトナも一緒に鑑賞することになるわけで、その両者を満足させる作品を作ろうとすると、とんでもないアウフヘーベンをしなければならず、結果としてとんでもない名作が生まれてしまうと。

 その最たるものが、このクレしん映画史上最高傑作の一つとされる「オトナ帝国の逆襲」ですよね。

 公開が2001年。まさに20世紀から21世紀に変わる時。そして、昭和が懐かしくなってきた頃合い。

 私より少し高い年齢層のオトナが、自分の子どもを連れて映画館に行ったのでしょうね。万博は1970年ですから、私は6歳でして、実際行っていませんし、それほど強烈な記憶としては残っていません。

 それでも、ディテールの隅々まで、たしかに「懐かしい」。そして、その「懐かしい」の功罪がこの映画のテーマとなっています。子どもたちには理解できない、親たちのオトナの世界。

 「懐かしい」って、すなわち、私の時間観からすると、時間の川の下流を眺めている状況なわけですよ。子どもは常に上流を見ている。つまり、「懐かしい」というのは、「上流を見ていた頃」という下流を思い出し、その頃に戻りたいと思うことですよね。そして、それがこの映画のテーマだと思います。

 というわけで、とんでもない名作なわけですが、もう解説はこの人におまかせしましょう。とてもとてもかないませんから(笑)。

 

 

 

Amazon 映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲


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2021.07.06

『叛乱! 二・二六事件』 原作 久保田千太郎/作画 貝塚ひろし

Th_71xs2mtisjl_ac_ul320_ 日のフォーラムでも、平成になって二・二六事件に対する世の中の興味が薄れたとの指摘がありましたね。

 それはそうです。もう80年以上経ってしまったわけですから。

 私も正直ほとんどその内容を知りませんでした。つい最近まで。なんとなくのイメージしかなかった。

 しかし、今から6年前のあの日から、私たち夫婦は突然時空を超えて二・二六事件の只中に引き込まれてしまいした。

 そして、2年前のこのニュースで一つの結末を迎えることになりました。その恐るべき、信じられないような過程については、いつか私が一冊の本を書かねばならないと思っています。小説にしても出来すぎた内容になってしまいますが、あくまでノンフィクションととして書きたい。

 さて、そのように「今」にも大きくつながる二・二六事件そのものを伝える作品としては、昨日のフォーラムで映画マニアの筒井先生が絶賛されていた「叛乱」が最も優れたものです。

 そして今日紹介するこちらのマンガもなかなか素晴らしい。何度本を読んでも、映画を観ても、頭の悪い私にはなかなか覚えられない詳細部分も、これを見返すことによって常に確認できます。

Th_81d5rn5mihl_ac_ul320_ マンガとはいえ、あまりエモーショナルに脚色されておらず、ある意味淡々と歴史的事実を伝えてくれています。それがいいのですね。

 今、KindleのUnlimitedで無料で読めますので、興味のある方はぜひどうぞ。

 久保田千太郎さんは、多くの歴史マンガの原作を手掛けている方。そして、作画の貝塚ひろしさんは、あの「ど根性ガエル」の「ひろし」の名前のモデルになった方。つまり、吉沢やすみさんの師匠ですね。

 あらためて、マンガの力を感じた作品でした。

Amazon 叛乱!二・二六事件(上) (下)

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2021.05.23

『姉妹坂』大林宣彦監督作品

Th_81iswhrohol_ac_ul320_ 「げ恥婚」が大ニュースになっております。まるでロイヤルウェディングのようですね。

 みくりのお母さん役、富田靖子さんのファンであるワタクシとしては、ワイドショーなどに富田さんが登場するかと思って楽しみにしていたのですが、残念ながら…。

 で、富田靖子さん、そして「逃げ恥」と同様に少女漫画原作の映画ということで、この作品を久々に鑑賞いたしました。

 大林宣彦監督の代表作でありながら、なぜか長いことDVD化もされず、あまり注目されていなかったこの作品。

 原作の昭和少女マンガのあの雰囲気と、大林監督の良い意味での嘘臭さが見事にマッチした名作だと思います。久々に鑑賞しましたが、なんか感動してしまいました。

 1985年の作品。美しい四姉妹の物語といえば、この映画の2年前に公開された「細雪」を思い出します。私もこの1983年版の細雪(市川崑監督)が好きです。

 「細雪」の四姉妹は、岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子。うん、すごい。美しい。

 「姉妹坂」の四姉妹は、紺野美沙子、浅野温子、沢口靖子、富田靖子。うん、すごい。こっちも美しい。

 昭和の新旧対決という感じですよね。

 旧では、佐久間良子さん、新では浅野温子さんの演技が光りました。つまり「次女」。

Th_819h0j2rydl_ac_ul320_ 特に今回しみじみすごいなあと思ったのは、浅野温子さん。なるほどトレンディドラマの女王だったのも、こうした基本的な演技力に支えられてのことだったのですね。

 ストーリー的には、まさに昭和の少女マンガ的であり、恋愛のすれ違いと不治の病、そして…と、ハラハラ・ドキドキとなんとも煮え切らない感が、逆に新鮮だったりします。

 細雪ほどではありませんが、今どきの恋愛、たとえば「逃げ恥」とはかなり違った、ある種の「暗さ」があっていいですね。

 興味を持った方は、こちらでどうぞ。

Amazon 姉妹坂

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2021.04.30

『未来は決まっており、自分の意志など存在しない。~心理学的決定論~』 妹尾武治 (光文社新書)

Th_b08z3gg65b01_sclzzzzzzz_sx500_ 日のプロレスリング・ノア名古屋大会、抜群に面白かった!プロレスの楽しさ、激しさ、深さを堪能いたしました。

 私と同様プロレス・マニアを標榜している気鋭の心理学者、妹尾武治さんの自称「トンデモ本」。これがまた抜群に面白く、あっという間に読了。アカデミック味だけれども、ぷんぷんサブカル臭がするという絶品(笑)。

 タイトルの通り、「未来はビッグバンから全て決まっており、私たちの意志では変えられない」というお話です。

 たしかに全てが物理法則(宇宙法則)に則っているならば、そのとおりですよね。宇宙人である(?)私もそう思っています。

 しかし、人間(地球人)の感覚からすると、どうもそれだと納得いかない。そして、虚しさすら感じてしまう。

 その私たちの「意志」こそ幻であるというのもわかります。ワタクシの「モノ・コト論」で解釈するところの、「もののあはれ」こそ真理。まさに「意志」「意識」「情報」「言語」を表わす古い日本語「コト」はフィクションなのです。宇宙の法則たる「モノ=不随意」のみが真理。

 お釈迦様もそれにお気づきになったのです。

 ということで、私にとっては全然「トンデモ本」ではありませんでした。著者の言うとおり「トンデモなく面白い本」ではありましたが。

 さて、その面白さは読んでいただけばわかるわけですが、「モノ・コト・トキ論」を展開し、まさにアマノジャク的なトンデモ理論「時間は未来から流れてくる」を訴え続けている私にとって大きな発見は、妹尾さんの専門分野「ベクション」についてでした。

 「ベクション」とは、あの電車や車に乗っていて、並走している車輌が動くと、自分か反対方向に動いているかのように感じてしまう錯覚のことです。

 この空間的なベクションが、時間においても起きているのではないか。いや、起き続けているのではないか。つまり、本当は時間が未来からこちらに流れてきているのに、人間(地球人)は、まるで自分が人生の主役になって、人生の道のりを歩いていると錯覚していると。本当は自分が止まっていて、時間が動いているのに。

 ぜひ、この辺に関しまして、妹尾さんといつか直接お話してみたいと思います。

 最後に、もう一度プロレスについて。妹尾さんは「人生はプロレスである」と書いています。納得です。最初から勝敗が決まっていても、つまり決定論でもこれだけ楽しめるわけですから、同様に人生の結末が決まっていても、あるいは過程(筋書)が決まっていても、全然いいじゃないですか。楽しみましょうよ。その一つの方法として、私の「モノ・コト・トキ論」もあるのでした。

Amazon 未来は決まっており、自分の意志など存在しない。

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2021.01.16

『江戸の妖怪革命』 香川雅信 (角川ソフィア文庫)

Th_51uuenykcdl_sx353_bo1204203200_ あ、昨日「特攻」と書いた共通テストが始まりました。ウチの次女はしっかり玉砕して帰ってきました(苦笑)。

 センター試験時代はよく問題評(批判)をやっていましたが、直接の現場を離れてしまった今、そこまでの根性がありません。ただ、いちおう全部は解いてみました。

 記述式が採用されなかった点も含めて、基本的な構造はセンター試験、いやその前の共通一次試験と何ら変りはありませんが、設問にはそれらしく今風なものも散見されました。

 文章として興味深かった(すなわち高校生も取り組みやすかった)のは、第1問評論の香川雅信さんの「江戸の妖怪革命」の序章でしょう。こちらでぜひお読みください。

 ワタクシの「モノ・コト論」とは少し違う解釈ですが、共通している部分も多かった。

 近世中期から妖怪のフィクション化(キャラクター化)が始まり、実は近代になって再び中世的なリアリズムを取り戻したというのは、よく分かります。

 近代は心霊の時代、現代はスピリチュアルの時代ですからね。私もどっぷりそこに浸かっている。そして、その中心には「私」がいるというのが面白い。

 この本の全編を読んだわけではありませんから、細かいことは分かりませんが、おそらく現代日本の妖怪ウォッチやポケモン、そして鬼滅の刃につながっているような論考になっているのではないかと推測されます。

 私は独自の「モノ・コト論」から、「もののけ」のモノ(無意識・不随意・他者)と「ことば」のコト(意識・随意・自己)を対比させて、妖怪の変遷を捉えており、もののけがいくらキャラ化して(名付けられ、デザインされ、図鑑化されて)愛すべきコトになっても、膨大無限なモノ世界からどんどん「わからないモノ」は供給されて、言葉にはならない「モノ」の気配たる「もののけ」がなくなることはないと考えています。

 新型コロナウイルスもそういう「もののけ」の一つとして健在であり、こうして共通テストという型にはまったコト世界を見事に揺さぶっているのでした。

 そして、香川さんの言うように、そんな「もののけ」を退治することができず、対峙するしかない私たちもまた、「私」に潜む新たな、しかし実は昔からずっと同居している「妖怪」と対峙せざるをえなくなっているわけです。

 さあ、いつになったら、私たちは新型コロナを因果理解の中でコントロールすることができるようになるのでしょうか。しばらく妖怪の跳梁跋扈は続きそうな予感がします。

Amazon 江戸の妖怪革命

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