カテゴリー「パソコン・インターネット」の348件の記事

2018.07.29

落合陽一 「ユビキタスからデジタルネイチャーへ:アート・エンターテイメント・デザイン」

20180730_91348 画の紹介が続きます。そういう時代です。
 そういう時代の象徴の一人が落合陽一さん。言語によるコミュニケーションは決して次元が高いわけではなく、たとえば動画のように視覚と聴覚に直接訴えかける方がより良いという考え方もある。
 そして、その先にはさらなる情報伝達、共有手段の世界が広がっている。デジタルネイチャーの時代。
 旧世代の私たちはそれを拒否するのか、受け入れるのか。教育はどうなっていくべきなのか。いろいろ悩みがあります。
 ただ、彼の話はとっても面白いのです。私は拒否反応どころか非常に興味がわく。しかし、そちら側にいくためには、とにかく自分の常識、過去を捨て去らなければならない。悩ましくも楽しいことです。なにしろ、この歳になって、まるで子どもの時の、あの未知の世界に出会った瞬間のようなドキドキ・ワクワクを感じることができるのですから。
 こういう世界観を、はたして学校は教えることができるのでしょうか。教育は常に最先端を行かねばならないのに、実態は全く逆で旧態依然、非常に保守的なムラ社会になってしまっています。
 今、筑波大学は面白いですね。こういう人が学長補佐とかやってるんですから。大学、特に国立大学が変わらないと、その下の高校、中学、小学校、そして幼児教育は変わりませんよ。やはり、未来に原因を作っていかなければ。

 落合さんのすごいところは、最先端のテクノロジーを荘子や侘び寂びと結び付けられるところですね。スマートです。

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2018.07.15

勝ち抜き歌下手合戦(タモリ倶楽部)

 日は河口湖でバンド演奏。まあ、このバンドは自他ともに認めるドタバタおやじバンドでして、正直いろいろな意味で笑える演奏をいたします。
 まあ、お客さんは楽しそうですから、それはそれでいいのかと。それにしてもよくあの演奏で歌えるな、ボーカリスト(カミさん)。
 しかし!今日偶然発見したこの番組を観て、もしかしてこのバンドすげえんじゃね?と思ったのです。なにしろ、ここで採り上げられた歌下手ならぬ演奏下手の響きが、まさに我々のバンドのそれにそっくりだったからです(笑)。
 いやあ、そうか。上手いはゴールがあるが、下手には無限の可能性があると。そして、プロの皆さんが忘れてしまったロックのソウルがそこにはある!…のか?ww
 それにしてもこの番組面白すぎます。さすがだなあ、タモリさん。そして、出演者の皆さんもすごい。まじめに、しかし最大限にふざけて論じているところが見事。
 いろんなシャレたコメントに、思わず吹き出しつつ感心してしまいましたが、特にタモリさんの「雅楽」発言は素晴らしすぎ。
 音楽の本質に迫るところですよ。西洋近代音楽が整理しすぎてしまった、つまり可能性を摘んでしまった、音楽の本質、そして豊かさがそこにある。音楽に限らず、私たちがコト化を進めた結果忘れてしまったモノの魅力を思い出させてくれました。
 日本で古く音楽のことを「もののね」と呼んでいたことは偶然ではないでしょう。これからはモノの音の復権、復活の時代になるのかもしれませんね。そうしますと、我々のバンドはその最先端を行っている、それも無意識で行っているという最強ユニットということになるのかもしれません(笑)。
 ああ、いろいろ楽しい一日でした。音楽はやめられませんね。

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2018.07.12

石井裕 『独創・協創・競創の未来:タンジブル・ビットからラディカル・アトムズへ』

 〜む、本当に素晴らしい!ワクワクします。
 ずうずうしく言わせていただきますと、時間、未来、現在、過去に関する考え方が、ワタクシと石井先生は一緒ですね。
 テクノロジーの寿命は1年、ニーズの寿命は10年、ヴィジョンは100年。自分が死んでからも残る。
 テクノロジーが未来を切り拓くのではなく、未来のヴィジョンがニーズとテクノロジーを生む。
 だからこそ、私たちはテクノロジーに近視眼になるのではなく、ある意味アホくさいほどの夢、ヴィジョンを描くことですね。
 そして、アート、サイエンス、デザイン、テクノロジーをアウフヘーベンして、総体としてのスパイラルを生み出すこと。
 プレゼンのしかたも含めて、非常に勉強になりましたね。
 タンジブル・ビッツで一躍有名になり、MITの最先端に生き残っている日本人、石井裕さん。かっこいいですねえ。
 MITのあり方に象徴されていますが、やっぱりアートって大切ですね。世界に対して疑問を抱くことがアートの本質。そこからしかイノベーションは生まれない。人類の歴史とはまさにアートの歴史であったわけです。
Th__20180713_113020 未来視力‥いい言葉ですね。そこに富士山があるのも素晴らしい!
 やはり時間は未来から流れてきていて、だからこそ未来に原因を創って今結果を出す。ぜったいにそうですよね。
 いかに壮大な妄想をし続けるか。それこそが重要です。あきらめたら終わり。
 温故知新という言葉に対する解釈も私と同じでした。過去の人たちが、私たちの今を超えたはるか未来に何を妄想したのか。それを知ることは実は楽しいことです。

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2018.07.07

オウム事件と安全保障

 日の続きとなります。死刑執行に対する世の中の論調と、私の感情の間にある違和感の一つがこれでした。
 チャンネル桜の討論の冒頭の、皆さんのお話を聴いていて、ああ一つはこれだと思いました。
 単なる異常な宗教集団によるテロということで片付けるのではなく、これからこうしたことが別の形で起きうることを想定して、私たちはそれなりの準備をしてかなけれはなりません。
 これからの「戦争」の形は、このようなBC兵器によるテロ、あるいはサイバーによるテロのような形をとるでしょう。核兵器の脅威というのも当然ありますが、コストパフォーマンスの点から考えても、より現実的なのは化学兵器、生物兵器であると思います。
 そして、結局、戦争の種が宗教であるという事実。これについては仲小路彰がエキスパートでした。もっと、私たち日本人は宗教について思いを巡らさねば。研究とかいうレベルでなくとも、せいぜい三大宗教の基本は理解しておきたいですね。私も含めて。
 それにしても、この専門家の皆さんの話は非常に興味深いし、知らないことばかりで勉強になりました。
 冒頭の30分だけでもぜひお聴きください。葛城さんがそういう形で勧誘されていたとは。私もずいぶん勧誘されました。文系なんですが。

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2018.06.28

バーチャルは美徳?

Th_2018062900253093nksports0009view が英語の勉強をする中で、「virtue=美徳」という単語が出てきました。
 ここで彼女にとっては意外であろう情報を提供しました。
 「バーチャル(virtual)」は「virtue」の形容詞形である。
 日本語で「バーチャル」というと、バーチャル・リアリティのイメージが強く、結果として「リアル」の対義語のように言われますが、もともと英単語としての意味は、「実質上の」です。
 ある辞書には、こんな例文が。

Argentina came to a virtual standstill while the game was being played.
アルゼンチンは試合が行われている間,実質的な停止状態に陥りました

 なんだか、今日(から明日にかけて)のワールドカップの試合みたいですね(笑)。ま、この例文ではチームではなく国がということでしょうけれど。
 つまり、ホンモノではないけれども、本質的にはそれ同様であると認定されるというイメージです。別の辞書の例文を挙げてみます。

a virtual genius
天才といって差し支えない人
the virtual head of state
実質上の国の首長
They made us a virtual promise.
彼らは我々に約束したも同然だった.

 日本では、なんとなく「バーチャル・リアリティ」の危険性みたいなことが言われているせいか、「リアル」はよくて、「バーチャル」はダメみたいな雰囲気があります。日本のある辞典の記述です。

実体を伴わないさま。仮想的。疑似的。「―な空間」「―な体験」

 なんとなくマイナスなイメージ、危険な香りがしますよね。はっきり言ってこれは偏見です。
 もともとは、「リアル」の本質(美徳)を備えている別物を指す言葉ですから、決してマイナスなイメージばかりではありません。
 いわゆくVRも、日本では諸外国よりも、「面白いけれども、あんまり深入りするな」的な捉え方をしているように感じます。
 最先端の技術開発の世界では、まさにリアルの「virtue」をいかに再現するかに挑戦しているわけです。
 考えてみれば、テレビで遠くロシアでのワールドカップを観て感動・興奮することができるのも、そうした技術者の努力の結果ですよね。もう私たちはとっくの昔から(言葉を発明した時から)、バーチャルなリアリティの中に生きているのです。
 さてさて、今日の日本の試合、そこには「virtue」はあったのでしょうか。それはまた明日にでも。

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2018.06.16

音楽は未来からやってくる…マタイ受難曲序曲を「観る」

Th__20180617_162522 近、「時間」のことばかり考えています。
 いろいろなところで「時間は未来から過去へと流れている」という話をさせていただいているのですが、実はその先がありまして、その「先」については、この前こちらに少し書きました。
 またまた宇宙から目線で申し訳ないのですが、地球人が正しい(楽しい)生き方をするには、二つの壁を乗り越えなければなりません。
 まず、「時間は過去から未来へと流れている」という近代的常識(誤謬)から逃れることです。つまり、「未来から過去」感覚に戻れということです。
 そして、その先が、「時間こそが存在である」という、いわば道元やハイデガーが到達しようとした真理を体感することです。違う言い方をしますと、「時間は認識(存在)の手段である」ということを悟るということ。あるいはこの瞬間、刹那に過去、現在、未来すべての時が重層的に同時に存在していることを知るということです。
 まずは、第一のステップ、すなわち時間の流れを「過去→未来」ではなく「未来→過去」と修正しなければ、その先、第二ステップには行けません。
 第一ステップについて考える時に、大きなヒントとなるのは「音楽」です。そう、音楽は未来からやってくるのです。
 それをイメージするのに最適なのが、以前紹介した「MidiTrail」というソフト(アプリ)です。
 実は最近、毎日のようにいろいろてバッハのマタイ受難曲を聴いているのですが、今日はこの8bit音源風を聴きました。いや、観たのかな。これを観ると、音楽が向こう(未来)からやってくるということが、はっきり理解できると思います。
 もちろん、音楽は時間芸術ですから、最終的には上記の第二ステップが関わってくるので、単純に「未来から」とは言い切れない部分もあります。しかし、今日はとりありず単純化して、まず、楽譜を読むように「過去から未来へ」ではなく、あくまでも自分が「今」に止まっていて、音楽(時間)は向こうからやってくるのだというイメージをしてみてください。
 しっかし、すごい曲だよなあ。こうして視覚化するとさらにそれを痛感しますね。バッハは宇宙人ですよ。

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2018.06.15

武井壮 『大人の育て方』

 日も他人様のお言葉を拝借いたします。今日は武井壮さんのお言葉。
 最近どういうわけかスポーツの世界に関わることが増えまして(自分はプレーしません)、日本のスポーツの特殊性、特に問題点について語り合う機会が増えています。
 ですので、武井さんのこのスピーチの内容には、実に強く共感しますね。
 学校で働いており、またちょっとした体の調整をする仕事(趣味)をやり始めたので、スポーツをする青少年に出会うことが多いワタクシ。
 正直ですね、親が自分の満足のために息子、娘にスポーツをやらせている家庭が多いことに驚きます。もちろん本人たち、つまり親たちはそんなこと思っていないと思っていると思いますが(すごい日本語だな)。
 武井さんが言うように、あまりに無責任に、子どもたちの大切な時間をスポーツに捧げさせている大人が多い。時間だけでなく、体も酷使していて、その後の人生に支障をきたすようなストレスを与えていることもある。あるいは精神的にも。
 子どもたちも、自分がそのスポーツを好きだ、得意だ、楽しいと思って始めたとしても、いつのまにか、それが嫌いだ、そんなに得意なのではないのではないか、苦しい辛いと思うようになってしまっている。そういうケースも多々見受けられます。
 言うまでもなく、誰もがプロ選手を目指すわけではないし、日々の練習の中でかけがえのないものを学ぶことは事実です。しかし、現状の日本スポーツ界では、ほとんどの青少年、学生スポーツはマイナス面が大きすぎます。
 日本では、スポーツ、特に学生スポーツは「お金がかかって、かつ理不尽」が普通です。アメリカでは、逆に学生スポーツは「お金を生み、かつ科学的」。
 ようやく日本版NCAAが誕生しそうな雰囲気になってきましたが、おそらく日本版は日本的ということに落ち着いてしまうでしょう。
 その理由にはいろいろなことがあります。歴史的、文化的背景があるので、そう簡単には崩れないと思います。しかし、ここのところの、アメフトやレスリング界での「事件」が、日本スポーツを世界標準化するチャンスを与えてくれているようにも感じます。
 おっと、武井さんのお話から、ちょっとずれてしまいましたかね。この講演の要点は、そこよりも、彼の生き方、勉強の仕方にあるのではないでしょうか。

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2018.06.14

孫正義 『就活生よ、君たちはどう生きるか』

20180615_85851 日に続き、超一流の方の講義(スピーチ)を味わってみましょう。
 ソフトバンクの孫正義さんのスピーチ。今日、記事として公開されました。

孫正義「就活生よ、君たちはどう生きるか」感動のスピーチを公開

 「夢」と「志」は違う。よく分かりますね。「感動したら即行動」。そうです、心が動いたら、次は体を動かさないと意味がない。感動した!で終わってしまう人が多いのです。というか、私も含めてほとんどの人がそうですよね。
 「死」を意識した瞬間、欲がなくなってしまう。誰もがそれを体験できるわけではありません。しかし、本気で行動していれば必ずあるのが「絶望」というものでしょう。その「絶望」こそが私たちを強くし、また純化する。もちろん、その逆に陥ってしまう人もたくさんいるでしょう。
 情報革命は人々の笑顔のため。スティーブ・ジョブズにも通じる考え方、感じ方でしょう。利他、布施の最大化に、テクノロジーは大いに役立ちます。見ず知らずの、地球の裏側の人々に対しても、テクノロジーを駆使すれば、布施することができます。
 見ず知らずだからこそ、お互いに匿名であり、個人は抽象化され、一対一のギブ・アンド・テイク関係ではない、純粋な贈与と感謝の感覚を持つことができる。もちろん、そこには金銭が絡むわけですが、高度に抽象化されているので、結果として我欲は個人間には働かなくなる。
 そういう意味で、今、人類は本当に新しいステージに入りつつあると感じます。テクノロジーが近代的経済の観念をぶち壊そうとしている。いいことだと思います。
 若者に負けないように、私も「志」を持って、地球のために尽力したいと思います。それが私自身の幸福でもあるのですから。
 

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2018.05.20

熱海(伊豆山)→池袋→中野→富士山

Th_img_1511 日は実に面白い日でした。海から都会、都会から山へという長距離移動の中、本当にいろいろな出会い、学びがありました。
 一つ一つを細かく書いている余裕がないので、ざっと流れだけ。
 実は昨日から熱海の伊豆山に泊まっておりました。恒例となっている親族の集まりです。熱海や伊豆山、そして興亜観音については、毎年記事にしてきましたので、そちらをご参照ください。神々の世から近現代に至るまで、霊的に大変重要な土地です。出口王仁三郎にも縁がある場所ですし、富士山ともつながっています。
 今日は素晴らしい好天、かつ久しぶりに寒気が流れ込んでくれたおかげで、まるで初秋のような爽やかな朝を迎えることができました。
 そんな中、上の娘を東京行きの新幹線に乗せ、両親や親族に別れを告げた我が家の残り3人は、車で上の娘を追いかけて上京いたしました。
 向かうは池袋西口公園。池袋ジャズフェスティバル2018に、我が富士学苑中学・高等学校ジャズバンド部のOB・OGなど関係者で結成された「富士山燦燦楽団」が出演するのです。
 ベースをやっているウチの娘も今春高校を卒業し、晴れて社会人ビッグバンドのメンバーとしてデビューいたしました。
Th_img_1520 池袋ジャズはかなりレベルが高い。アマチュアでもそれなりの実力者が揃っています。そんな中、見事結成したばかりの富士山燦燦楽団はAステージという場を与えられました。栄誉なことですね。
 ある意味同じ釜のメシを喰ってきたメンバーですので、練習の機会は少なくとも、なかなかに息の合った演奏を繰り広げてくれました。相変わらずお見事なボーカルも交えた演奏で、会場の方々も大変盛り上がっていい雰囲気でありました。
 あっそうそう、会場でめちゃくちゃ懐かしい人に会いました!10年ぶりくらいでしょうか。かつてヴァイオリンを教えていた小学生の女の子が、早稲田大学の2年生になって私の前に現れたのです。
 たまたまビッグバンドに参加していたOGの友だちだったということで、ステージを見に来てくれていたんですね。彼女は東京に引っ越してしまっていたので、正直もう会うことはないかなあと思っていたのに、音楽が結んでくれたご縁、感動的な再会でありました。
Th_img_1522 さて、次の目的地は中野です。まずは警察病院の近くに車を停めまして、同病院の敷地内にある「陸軍中野学校」の碑を(裏側からですが)拝見。なるほど、ここがエリートたちを育てた、ある意味あまりに自由な聖地か。
 現代の教育、学校のあり方を「軍国主義・軍隊文化」と批判しまくっているワタクシでありますが、皮肉なことに理想の教育機関は、その軍の中心にあった!…のかもしれませんね。面白いものです。
 さてさて、そこからまた少し移動しまして、来週土曜日(26日)のコンサートの最終練習。何度かプログでも宣伝したラモーのオペラ・バレエ「優雅なインドの国々」ですね。歌手の人たちの「踊り」も完成し、実に楽しいコンサートになりそうです。当日券もありますので、ぜひお越しくださいませ。必ずやご満足いただける内容です。
 たっぷり5時間近く練習したのち、中野にてもうひと仕事。これがまた楽しかった。
Th_img_1528 「プロ無職」の、るってぃさんと初めてお会いしてのいきなり対談。彼がプログに「時間は未来から過去に流れてることを意識できているか?」という記事を書いてくれたのがきっかけ。とってもよく理解してくれている内容だったので、私の方から連絡をさせていただきました。いい予感がしたので。そして、1週間で実際会うことになり、そして意気投合。面白すぎるご縁。
 はっきり言いましょう。るってぃさん、すごい若者です!私も大変刺激を受けました。きっとこれから面白いことが起きますよ。るってぃさんのファンの皆さんも、ぜひご期待ください。
 今日お話したことは、きっとるってぃさんが発信してくれると思います。無精者のワタクシは、こうしてアウトソーシング(笑)。
 最近本当に出会いにムダがない。タイミングが絶妙。初対面から意気投合でソウルメイトみたいな…。もう楽しくてしかたありませんよ。そして幸せだなあって思います。
 いろいろ余韻に浸りながら、疲れも吹っ飛び眠気にも襲われず富士山に戻ってきたのでありました。皆さん、ありがとうございました。おやすみなさい。
 

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2018.05.18

Kindleの読み上げ機能

Th_51gadl1g53l 評だった高城剛さんとの対談がKindleで書籍化されました。
 『21世紀の「匿名」ハローワーク: 人には理解されないもうひとつの職業図鑑(未来文庫)』で、取り上げられた6人のうち、一番変な宇宙人が私です…って、「匿名」「仮名」なのに(笑)。
 いや、全然いいんです。別に間違ったこと言ってないですし、ある意味発言に責任を取らなきゃなとも思ったので。もともと実名でも良かったのですが、先方からの依頼が「仮名でぶっちゃけトーク」だったので、こういう形になりました。
 さてさて、最近ですね、たとえば自分の言葉が載っているこの本なんかも、いわゆる読む時間というのが大変少なくて困っているんですね。
 で、新しいスタイルとしての読書、いや聴書とでもいうのかな、口伝的な意味では原点回帰とも言えそうなスタイルを利用しています。
 趣味柄、車で長時間移動することが多いので、運転中に本を聴くわけです。
 本を聴く。昔だったら、だれかに朗読してもらわなければならなかった。それが今ではiPhoneでSiriのKyokoさんが読み上げてくれる。
 ちょっと日本語が不自然ですが…日本語の高低アクセントというのは(私の専門分野です)、案外難しい…、とっても明瞭に、そして要望どおりのスピードで読んでくれるので、とっても便利です。ちゃんとページをめくって先をどんどん読んでくれるし(少し止まるが)。
 これって案外使っている人が少ないようですね。設定→一般→アクセシビリティ→スピーチ→画面の読み上げonでOKです。あとは、Kindleの画面で上から指二本のスワイプでコントローラーが出てきます。
 読み上げ自体はバックグラウンドでも可能ですが、ページめくりをしてくれなくなってしまうので、たとえばナビを起動しながら本を聴くということができない。これが改善されれば最強なんですけれども。
 最近、こうして本を聴いたり、動画の音声を聴いたりしながら、別の仕事や趣味やゲームをやることが増えました。テクノロジーのおかげで、自分も多少なりともヴァージョンアップしているのかなとも思うのでした。
 いや、前に書いたように原点回帰していのかも。考えてみると、音楽だって楽譜を読むのではなく、聴く方が正統ですよね。文字ができて、読むという行為が生まれた。それも近代になって黙読という特殊な文化が入ってきて一般化してしまった。言霊、音霊のない世界が異常だったのかもしれません。
 皆さんもどうぞお試しあれ。

Amazon 21世紀の「匿名」ハローワーク: 人には理解されないもうひとつの職業図鑑

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