○○始まったな…
左の微妙な萌えキャラは総務省のホームページから無断転用しております。総務省さん許してね。「え〜?勝手に使わないでよ」と困った顔をしている彼女、「電波りようこ」という名前だそうです。
で、こういう意外なことが起きた時、ネット上ではいろんな人たちが「総務省始まったな」と言います。これは面白い表現ですね。一般には「総務省終わったな」の逆説的表現だととらえられますが、実は一概にそうとも言えない場合もあるんですね。つまり、本当に「始まった」という意味で使われることもあるというわけです。
つまり、このイラストを見て、「おいおい、総務省とあろうものがこんな萌え系のキャラを使うなんて、ああ、もう総務省も終わりだ。日本も落ちたもんだな」と真剣に思った人が揶揄として「始まったな」と言う場合と、「うお〜!萌え〜。総務省さんもこんなことするんだ。りようこちゃんも萌えだけど、総務省も萌えだなあ。いやあ日本に生まれてよかった」(笑)という意味で「始まったな」と言う場合があるということですね。
修辞法としての反語や逆説というのは、実はこのように解釈が難しいのです。日常の会話でも解釈に迷うことはよくありますし、古文を読んでいたりすると、そんなことばっかりです。これは一つの婉曲表現であり、朧化法であります。
こんな例もあります。例の秋田県羽後町の「スティックポスター」に関して、こんなふうな表現がされています。発展的な用法です。
「秋田で最も始まっている羽後町始まり過ぎ」
これをどう解釈すべきか…なかなか難しい国語の問題ですね。中間テストに出そうかな(笑)。ある意味この文章だけでは答を出すのは困難です。いわゆる文脈が必要になります。また、表現者の立場や心情によって解釈が変わってくる場合があります。いろいろと考えてみてください。面白いですよ。
ちなみに、今「北京オリンピック始まったな」と言った人に対して、「えっ?まだ始まってませんよ」なんて言うのは愚の骨頂です。KYです(笑)。
ところで、今気がついたんですけど、こうした逆説的揶揄表現には一つのルールがありますね。すなわち、悪いイメージのものに対して良いイメージの言葉を使って表現することはありますが、その逆はないということです。つまり、「終わったな」という意味で「始まったな」とは言うけれども、「始まったな」という意味で「終わったな」とは言わないんですね。
ちょっと卑近な例になりますが、美女や美男子に対して不細工とは言わないけれど、不細工に対しては美女とか美男子とか言いますよね(笑)。私なんかよくハンサムとかイケメンとか言われますよ…ハハハ。
まあ、基本揶揄とか皮肉とか罵倒とか嘲笑なわけですから、当然のルールといえば当然のルールですな。難しいことじゃないか。
そうそう、これは敬語の使用についても言える現象ですよ。敵や見下すべき存在に対して、「御前」とか「貴様」とか言うじゃないですか。「てめえ(手前)」とかもそうかな。「おまえ何様だ?」とかも。そして、結果として敬意の逓減と言われる現象につながっていきます。
その逆ってありえませんよねえ。ま、謙遜という形で自分を卑下する場合はありますが。でも、とっても細い女の人が、メタボなおばさんを前にして「私最近太っちゃって…」とか言うと、反感買いまくりますけどね(すなわち、自分を卑下するのではなく、相手を卑下してしまう…笑)。言葉は難しいっすね。
あっそうだ、感嘆詞的な用法としては、すばらしいものに対して、「チョーやべえ」とか「まじ死ぬ」とか「ありえねー」とか言いますね。そういうのは古文の時代からたくさんあります。
というわけで、今回の「総務省始まったな」はどっちなんでしょうね。総務省さんとしては、始まらせたんでしょうか。ま、自ら終わらせる人もいないでしょうけど。ただ、KYな人が始まらせようとして終わらせてしまうことも往々にしてありますので。
電波利用のページということで、アマチュア無線の方々が対象になるでしょうから、やっぱり狙ったんでしょうか。まずは総務省さんに聞いてみましょうか、始まらせようとしたのか。
いや、ちょっと待てよ。電波利用子(りようこ)…う〜む、冷静に考えるとこのネーミング…やっぱり、「始まったな」(笑)。
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Googleに嫌われたという話を、2週間ほど前に書きました。
私のように田舎に住んでますと、あんまりお目にかからない電車内の中吊り広告。電車に乗らないし、それ以前に富士急行線には中吊り広告なんかありませんね。車両の壁に渋〜い広告はありますけど。
今日の番組でも、上に載せたお茶の広告や、右のNHKきょうの料理のテキストの広告などが紹介されていました。こうなると、電車の車内が一つのアート空間になるわけで、日常空間…いや、会社への(あるいは家庭への)道のりという特殊な時空に新たな意味が付加されることになるのかもしれませんね。
今日は、家族+1で東京方面へ出かけました。カミさんは「DREAM.2」観戦のためにさいたまスーパーアリーナへ。私は新宿で5月24日のコンサートのための練習。子ども(+お友だち)は浜松町のポケモンセンターへ。それぞれ違う目的です。
結論から言いますと、お値段と見た目からすれば、そこそこの音質。練習のチェック用、あるいはコンサートなどの記録用には充分の音ではないでしょうか。ただ、ステレオ感に乏しく、やや低音が弱いのにはがっかり。てか、しょせんボイスレコーダーですからね。基本ボイス用の設定なんでしょう。
父親のiBookが起動しなくなり、もうずいぶん長く使っているのでそろそろ新しく買い替えたらどうかという話になりました。で、結果としてMacBookの一番安いヤツを買うことになったんですね。もうすぐ80になろうかという父親ですが、心身ともにある意味私より若いんですよ。MacBookを使いこなす爺さんというのもなかなかカッコいい。
と思う間もなく、おじいさんはiBookをジョキジョキ切り始めたではありませんか!(昔話みたいだな)…これは衝撃的な映像です。まじで動画でその過程をおさめておけばよかった。YouTubeにアップすれば評判になったかも(笑)。
奇跡の救出劇(?)ののち、ネットで一番安いケースを注文。それがこれです。アキバなんか行けばもっと安いものもありますけど、まあ600円台ならいいでしょう。送料も同じくらいかかるんですけど、電車賃を考えれば安いもんです。
世界中の情報をインデックスする。そう豪語するGoogle。インターネットとは脳と脳とを(主に言語を通じて間接的に)つなぐ網のことですから、彼らの言うインデックスとは、我々の脳の中の「コト」の索引ということです。
3日くらい前からじっくりゆっくり私の脳ミソの中をインデックスして歩いているのは「
もう一つはAmazonのサービスである「AWS」のクロールロボット。これはものすごいスピードで嵐のようにやってきて去っていきました。おいおいちゃんと読めよ!ってツッコミを入れたいくらいです。Amazonのサービスの中でどのように使われるのかよく分かりませんが、やはり彼らもGoogleとは違った方法で世界の「ことば」をインデックス化しようとしてますからね。そして、実際にそのコピーたちを物として売ろうとしている。古来の経済システムに乗っかりつつ、Google的な野望を抱いている。ある意味最強かもしれませんね。だって「コト」と「モノ」の両方を支配しようとしてるんですから。
今日は新宿で練習。5月24、25日に河口湖木ノ花美術館と円形ホールにてコンサートをします。詳細はいずれ。
ふだんは
お〜!これは!!見どころ聴きどころ満載の映像です。なんだか妙に感激してしまいました。グレン・グールドによるバッハのカンタータ54番です。1962年の映像。
昨日の続きですが(笑)、「コレガ」って「これが」ってことですかね。「これは」ではなくて「これが」。
やっとLeopardを導入しました。私の場合、親指シフトが使えるかが最も大きな問題でして、世間様、人柱様の様子をうかがいながら、導入のタイミングをはかっておりました。
相変わらず小論文指導に明け暮れています。で、今年は困ったことが多発しています。ホント今年が初めてです。それは漢字の間違い。文章はみんなうまくなっていくんですが、何しろとんでもない漢字の間違いがなおらない。ほとんど病気です。なんでこういう間違いをするのか、という間違いの連続です。見直しても気づかない。音読させても気がつかない。やっぱりケータイやパソコンで「打つ」影響でしょうか。いやあ、なんで今年はこんなに多発してるんだ?
けっこうお世話になっているサイトです。著作権とかどうなってるのか知りませんが(FAQには合法だと書いてあるようですが…)、ま、利用できるうちに利用しておきましょう。
さて、実際どんな感じかと言いますと、たとえば、beatlesと入力して検索してみますと…瞬時に1935のファイルがあることが分かります。で、聴きたい曲を右側のプレイリストに入れて再生するわけです。