カテゴリー「パソコン・インターネット」の461件の記事

2022.08.24

「仏教が伝える三つの真理」 横田南嶺

 

 日も移動が多い一日でした。

 移動中に聴いた授業がこれ。先週の「宗教にだまされるな!」の続編です。これも面白かったなあ。

 横田師のおっしゃる真理はよくわかるのですが、それと現実生活、すなわち皆が持つ「自己中心性」との関係、そして「自己は関係性」と「自己の主は自己」ということとの矛盾について、私もいろいろと考えてきました。

 それあたりを、みりちゃむさんや斎藤さんがうまく質問してくれましたね。

 横田師は中道・中庸ということを強調されていましたが、私はちょっと違った感覚を持っています。

 以前、妙心寺で法話を聴いた時に降りてきたことを思い出しました。今、検索したらその日のことを書いていました。

随処作主立処皆真(随処に主となれば立つところ皆真なり)

 自分で読んで、なるほど!と思ってしまいました(笑)。

 それにしてもこの日経テレ東大学の「新しい義務教育」シリーズ、なかなかいいですね。テレ東最強っすね。

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2022.08.22

ナオキマン 『安倍元首相襲撃事件の真相とは?〜統一教会と日本の関係とは?』

 Naokiman Show のクオリティーの高さは尋常ではありません。

 どの動画も非常に内容が濃く、また編集の技術が抜群に高い。

 さらに重要なのは、ナオキマンさん自身の意見が偏らないことです。YouTubeで再生回数や登録者数を稼ぐには、どちらかに偏った、ある程度過激な意見に終始し、またそれを助長するような過剰な編集を試みることが普通ですが、ナオキマンさんはその逆を行って、現在の絶対的な地位を築きました。

 もちろん、基本的に話題が都市伝説、陰謀論、超常現象などですから、すでにその時点で「扇情的」であるわけなのですが、そこを至って冷静に分析していくところが魅力です。

 今回も、どちら側も「扇情」されがちな話題について、素晴らしく客観的に語ってくれています。正直、テレビで垂れ流されているどうしようもない番組群とは大違いです。

 

 

 

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2022.08.11

思う壺?(虎ノ門ニュース)

 

 日の虎ノ門ニュースでの有本香さんと竹田恒泰さんの発言は、いろいろな意味で我が意を得たりでありました。

 私がいろいろと言いたいけれど、言えないこと、言うとなぜか攻撃を受けることをこうして堂々と言ってくれまして、本当にありがたく思います。

 彼らはこうしてメディアに堂々と出ることによって、逆に身を守ることができます。

 一方、私のような一般人は案外簡単に攻撃にさらされるんですよね。いろいなレベルで。

 というわけで、今日はこの動画を「私の意見」「私の得ている情報」として紹介しておきます。

 岸田内閣のこと、三宅一生さんのこと、安倍元総理のこと、本当に大メディアは異常です。情報戦、高次深層心理戦においては、日本は完全に敗者ですよ。

 いわゆる陰謀論と一緒にしないでくださいね。陰謀論大嫌いですので。現実は陰謀論より奇なり。

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2022.08.10

【討論】政治と宗教の深淵

 

 ャンネル桜ならではのメンツ。

 特に上祐さんと宏洋さんが一緒に参戦しているのは珍しいし、ある意味真面目な話に終始しているのも新鮮な感じがしました。

 それこそ、私はオウム&幸福の科学世代です。それぞれの教団に知り合いがいましたし、今でもおつきあいのある方もいます。そういう意味では、統一教会についてもど真ん中に巻き込まれたこともありました。

 つまり、そういう時代だったのです。それを今更、安倍さんの事件をきっかけに急に批判し始めたりすることに、私は強い違和感を抱きます。放置してきたのは皆さんではないのか。

 ちなみに私はあの頃からずっと真剣に宗教と向き合ってきましたし、格闘してきましたし、その結果それなりの安定した立ち位置というのを得るに至っています。それが私の人生だったと言ってもいいほど、自分にも真剣に対峙してきたつもりです。

 今日は旧統一教会の記者会見があり、地上波もネットもほとんど彼らに乗っ取られてしまう状況になっていましたね。彼らの言い分が一方的に語られてしまうという、まあ予想通りの結果でありました。

 政治はもともと「まつりごと」の要素が強く、宗教と関わりを持たないことは難しい分野です。しかし、純粋な結びつきではなく、集票、集金の手段としての宗教団体との関係強化があったことも事実であり、そこはお互いに反省すべきところでしょう。

 今日の会見では、共産主義との対立の話が出てきましたが、政治から宗教を排除しようとしたコミュニズムこそが最も近代的な宗教になってしまったという皮肉は無視できないでしょう。

 それこそが、近代ヨーロッパの自己矛盾の成れの果てです。日本がその真似をしてきた戦後はもう終わりにしたい。この討論の中でも触れられた聖徳太子のご存在こそ、「日本をとりもどす」ヒントとなるに違いありません。

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2022.07.24

【ひろゆき&成田悠輔】坂上忍が暴露!テレビ滅ぼすのは誰だ? (日経テレ東大学)

 

 回!

 テレビというムラ社会が、どれほど、どんなふうにダメなのか、ある程度知っていたつもりでしたが、こうしてど真ん中にいらっしゃった方の話を聞くと、本当にヤバいことがわかりますね。

 そういう守旧ムラに、ある意味全く関心がなく、結果としてそれを無意識的に破壊する側に回っているひろゆき&成田ペアからは、ある種の憐れみのようなものすら感じますね。

 そんなムラでたくましくやってこられた坂上忍さん、正直すごいと思いますよ。様々な制約の中で、あれだけ視聴者(庶民)の心をつかむのですから、それこそ動物的な勘が優れているのでしょう。

 特に「半歩踏み越える」感覚というのは、だれでもたしかにわかるが、しかし、なかなかそれができない「大人」がほとんどであることも事実です。

 私も人から見れば、半歩踏み越える方かもしれませんが、案外臆病なところもあり、あるいは、人にやらせて一歩下がって見ているようなずるい部分もあるんです。

 テレビや新聞の旧い権威というのものも、そうですねえ、あと10年もすれば、すっかり地に堕ちていることでしょう。そういう中、すでに権威なんてものを捨てている(笑)テレ東は、たしかに伝統芸能的に残るかもしれません。

 いや、YouTubeやSNSなどの新しいメディアは、もっと早く葬り去られるかもしれませんよ。

 そこで私が注目しているのは、「音声メディア」です。

 実際、この対談にしても、音声だけ聞いていれば十分です。彼らの声色からその表情はしっかり想像できますよ。

 ながら聞きも、早聞きもできますし、作る側としても、過剰な編集やテロップなどの文字情報もいらない。

 今のYouTubeの半分は音声のみコンテンツになっていくでしょうね。つまりラジオ文化の復権。

 それにしても、坂上さんの「興奮欲求」体質は面白いですね。わかる気もしますが、自分はそこまでではないかも。そして、3人の共通点、ジムに行かない、お酒好き、友達いない…私も全部当てはまりますので、ぜひ飲み会に入れてください(笑)。

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2022.07.14

ポメラの新型!DM250

Th_dm250_ec2 れはほしい!

 ストレートキーボードタイプの初代DM100を10年近くずっと愛用してきました。こんなニッチな製品、もう新型は出ないのかと思っていたら、出ました!

 親指シフターとしては、唯一純正で親指シフト入力できるこの製品を買わずにはいられないでしょう。

 スマホやタブレットが普及し、コンピュータが手のひらに乗って世界中を移動する時代において、ただひたすら文字を入力することだけに特化したデバイス、それも6万円もする製品をいったい誰が買うのか。

 そうです、私が買うのです(まだ買ってませんが)。

 こうしてブログを書くだけでなく、知られざる文献のテキスト化のお仕事をしている私は、この1年間でおよそ300万字の文字を打ちました。

 基本、Macに専用アプリを入れて、純正キーボードを親指シフト仕様にして打鍵しているのですが、外出先や移動中にはポメラを使っているのです。

 しっかし、さすがにちょっと高いなあ。6万円出したらかなりハイスペックなWindowノートパソコン買えますよね。

 ただ、やはりかつてのワープロ(特にオアシスポケット)を思わせるシンプルさによって、余計な検索をしたり、SNSや動画を見てしまったりというようなことをしないで執筆に没入できる環境を買うと思えば、ある意味安いかもしれません。

 というか、そうでもしないと、そういう環境が得られないほど、現代社会はムダに混沌としているわけですね。多機能すなわち無能というパラドックス。

 私のように文字入力を仕事としている人、たとえばライターさんや小説家の方々にとっては、かなり魅力的なデバイスです。なにしろ一瞬で起動するという、昭和では当たり前だったことが普通に実現できているのが良い。そしてバッテリーの持ちが良い(初代ほどではありませんが)。

 今回の進化は、私のようなマニアックなユーザーからの声に答えたものだそうです。たしかにかゆいところに手が届いている感じですね。

 う〜ん、ほしいぞ。お金が降ってこないかな(笑)。

 キングジム DM250公式

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2022.06.29

現代思想2021年5月号 特集=「陰謀論」の時代

Th_41bzoarirls が陰謀論を批判すると、お前こそ陰謀論者ではないかと言われます。たしかにそうです(笑)。

 ただ、私のいう「陰謀」はまさに「陰」で行われており、ほとんど情報として目に触れることができません。

 逆にいわゆる「陰謀論」は、特にネットにおいてはほとんど無限に再生産されており、そういう意味では全く「陰」ではなく「陽なた」的存在です。

 つまり、「○○の陰謀」などと巷間語られる陰謀は、陰謀などではなく陽謀ということであり、それがなかなか消えないということは、一つには「そんなものない」可能性があり、また一つには「一般的な政策や企業の経営方針と同じ」次元のことである可能性があるわけです。

 おそらくその両方が入り組んでいるのが、「みんなが知っている」「ブームになっている」という自己矛盾を抱える「陰謀論」なのでしょう。

 では、なぜこんなに陰謀論が流行るかというと、もう説明する必要もないでしょうが、現代人はさまざまなメディアに触れる機会があり、現実社会とフィクションの区別ができなくなっているということでしょう。

 かつての「物語」はあくまでも「物語」であって、その存在価値は大きかったとはいえ、あくまで「生きる」「死なない」ための現実生活からは絶妙に遊離した存在でした(信仰も含めて)。

 今、人類はある意味豊かになり、ある意味生命の維持が保証されるようになったため、現実生活の方が物語に近づいていっているのです。

 そして、そこに生じるのは、なんと「生命維持の危機」への願望なのです。このグローバルな情報社会においては、その願望は目に見えない敵の想定という形で実現されます。

 いわゆる「意識高い系」の人たちは、ネットのクソ情報を閲覧しまくることをもって「自分は勉強している」と勘違いします。そして、皮肉なことにより原始的、無知的な「勧善懲悪」説に陥っていきます。そして、もちろん、自分を「善」の側に立つヒーロー、ヒロインに位置づける。

 そして、この世界を「賢い善」と「賢い悪」、そして「愚かな無知」とに分断し、「不安」「危機感」という「安心」を得ているのです。

 こうした分断を生む「愚かな陰謀論」こそ、「賢い悪」の「陰謀」なのかもしれないと、一歩進んだことを言う人も現れてきますが、前提自体が「愚か」なので、全く的を射ていませんね。

 そんなに世の中、人間、宇宙は単純ではないのです。

 多くの伝統的宗教も、世を「善」「悪」「愚」に分断して(単純化して)成立、発展してきました。そういう意味では、現代の「陰謀論」は宗教の無力化から生まれた新しい宗教とも言えましょう。

 すなわち、私が言いたいことは、「分かりやすいものには気をつけろ」ということです。それに騙されるのは、不本意にも「愚」そのものですからね。

 私の周囲に見える「陰謀論」たちは、すべて分かりやすすぎます。マンガやアニメの方がずっと複雑で本質的なくらい。

 というわけで、そういう「愚」がどのように発生して蔓延するかを、あえて「賢」の立場から(あるいは「賢」のふりをして)冷静に(あるいは冷静なふりをして)批判的に論じているのが、この特集であります。

 インターネットの動画ばかり見ている人たちは、こういう重い本は読まないでしょうから、この本がワクチンにはなりえないでしょう。あるいは、それこそ反ワクチン的に、こうした「賢」的世界は攻撃対象にすらなるかもしれませんね。

 困ったものです。

Amazon 現代思想2021年5月号 特集=「陰謀論」の時代

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2022.06.25

ネットワークカメラ ATOM Cam 2

Th_51gqa5su2vs_ac_ul320_ 近は山梨の自宅にいないことが多いので、リモートで富士山のラドン濃度を監視するためにネットワークカメラを購入しました。ラドン濃度計測器を監視するわけですね。

 今までは古いiPhoneをカメラ代わりに使っていたのですが、常時充電している状態だったからか、バッテリーが膨張して爆発寸前になってしまいました。

 で、一般的な監視カメラとして、つまり動体検知で録画するタイプですと、知りたい時にラドン濃度の数値を知ることができません。

 そこで無料で常時録画できるタイプということで、この国産の評判のいいATOM2を選びました。

 そう、たとえば以前買った中華製のこちらなんか、まあ性能はなかなかいいのですが、常時録画するためには課金しなければならなかったりするのです。うまくできていますね。SDカードにさえ常時録画できないという…無理やりクラウドを契約させるやり方ですね。

 というわけで、こちらはそんなことはなく、しっかりSDカードに常時録画できております。さらにタイムラプス機能もついており、それを利用しての数値監視もできます。

 全体としての作りやアプリの使い勝手も大変よく満足しております。そして安い。さらにケチって中華製を買ったりすると、結局お金がかかってまうという、いわば「安物買いの銭失い」になってしまいますよ。

Amazon ネットワークカメラ ATOM Cam 2

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2022.06.24

ジャルジャル 『しょぼい新入社員だと思ったらすごい奴』

 

 日のロバートに続き、好きなコントを一つ。

 今日はある方とリモート会議というか、ある方からリモート取材を受けました。そこで思い出したのこれ。ジャルジャルのリモート会議ネタ。

Th_-20220624-80927 コロナのおかげでリモート会議が当たり前になり、新しい文化だからこそ、いろいろな「あるある」が生まれているわけですが、これはそんな新しい「あるある」ではない方向に持っていったところが秀逸。

 案外伝統的な「あるある」ですが、それをZoom画面だと一斉に見せられるわけですね。これを舞台でやろうとすると難しいですよ。

 そして、言うまでもないかもしれませんが、やはりワードの羅列による意味の無意味性、無意味の意味性というのが、全体として世の中に対する風刺にもなっていますし、世代間ギャップの象徴にもなっています。

 ジャルジャルのネタって、そういう深みというか渋みがありますよね。

 最近、このメンバーで「リモート就活」の作品がアップされました。まあ充分面白いわけですが、やはりよくある「初代」を超えられないというやつですね。

 初代の上を行こうとすると、どうしても「やりすぎ」になってしまう。これはどの分野でもあることです。難しいですね。続編の難しさ。

 ですから、ある程度時間を置いての「シン」というのは絶妙なやり方だと思いますし、だいたい伝統文化はそうして発達してきました。

 そんなことを考えながら、その続編も味わってみましょう。まあ、面白いですよ。特に下のお二人は進化してますね(笑)。

 

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2022.06.10

倍速視聴と音楽と…

20220611-85128 近、倍速視聴の賛否を論ずる記事をよく見ます。

 若者のそうした「タイパ」重視、ザッピング感覚に対して、古い世代は眉をしかめているようですね。

 私は古い世代に属すると思うのですが、かなり倍速視聴している方です。

 YouTubeは基本1.75倍に設定していますし、昨日紹介した映画もU-NEXTで1.6倍鑑賞しました。

 鑑賞ではなく消費だ!と怒られそうですが、私はあまり気にしません。

 というか、音楽は当然等速で再生しますし、たとえば小津安二郎の映画は等速でまったり鑑賞します。そう、選べばいいんじゃないでしょうかね。

 基本、言語情報、特に文字情報が多い場合、すでにそれ自体が抽象された世界なので、そんなに問題はないと思います。それも過去の情報ですからね。

 もともと言語、文字は「時短」のために生れたのですから。特に文字は。

 今や私たちが当たり前に行っている「黙読」なんか、日本ではここ150年くらいの作法ですからね。音読が当たり前だった時、それこそ今の倍速視聴を批判するかのような社会的な抵抗がありました。

 さらに「速読」となると、これはもう究極の「時短」であり、昔の人からするととんでもない悪行ということになります。

 つまり、近代以降の多くの作品、メディアが、文字を含む言語に依存しすぎているから、こういうことになるのだと思いますよ。

 記録された文字情報はウンコですから(笑)。

 先程も書きましたが、音楽を倍速視聴する人はいません。できません。1.2倍でもダメですよね。逆に0.5倍でもダメ。

 その事実に注目すべきです。

 音楽は記録されたものであっても、再生時には聴く人にとって未来から(向こうから)やってくるものです。それも言語のように抽象化された世界ではなく、それ自体が世界本体ですから、早くても遅くてもダメなのです。

 ただ、音楽もサブスクになりストリーミングになった結果、ザッピングされてしまうことは当然あるわけで、かつてのようにアルバムを最初からじっくり聴くということはなくなってしまいました。

 また、作り手の側も最初の15秒で心をつかまねばならず、たとえば徐々に世界観を立ち上げる長いイントロなどはご法度になってしまいました。そうすると自然「サビ入り」が増えてしまう。

 それは一般的な動画やドラマ、さらには映画の作り方にもなっていますよね。

 私はこういう傾向はある程度しかたないと考えています。そして、こうなったからこそ、そうではない音楽や映画やドラマやスピーチの価値が再認識されるであろうし、その結果「記録」ではない「ライヴ」の価値も相対的に上ってくると信じています。

 小説やマンガの黙読に飽きたらず、それがアニメ化したり映画化したりし、さらにそれが2.5次元化してきたように。

 音楽一つとっても、ここ百年くらいの「録音文化」が異常事態だったわけです。江戸時代までは「楽譜」もほとんどありませんでしたしね。

 楽譜の誕生によって音楽さえ「黙読」できるようになってしまったわけです。

 生きた音楽は未来からやってきます。記録された音楽は、楽譜を1小節の1拍目から順になぞっていくように、過去から未来に向かって進行します。時間の流れが反転してしまった瞬間に生命を失っているのです。

 倍速視聴やザッピングは、そうした記録された芸術を本体だと思いこんできた現代人に対する警鐘なのでしょう。

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