大船渡線(ドラゴンレール)
栃木の有名な鰻屋さん「せしも」さんでセミナー。とんでもなく美味しい鰻(とお酒)をいただきました。格が違いましたね。
この日は栃木へ向かうために朝5時に起床し、気仙沼から始発の大船渡線で一ノ関へ。震災後、上半身が不随(不通)のままになってしまったドラゴンレール。
途中、「我田引鉄」で有名な千厩から摺沢のあたりの「迂回」を体感しながら、まだ春遠い東北の車窓を楽しみました。
私は鉄道好きですが、いつかも書いたようにちょっと特殊な観点から乗車を楽しんでいます。そう、霊的なエネルギーを運ぶ存在としての鉄道を体感しているのです。
そういう観点で、この「迂回」やら「運休」「不通」「廃線」がどのような歴史的、宗教的な意味を持つのか、いろいろ考えさせられる100分間でした。
その路線の形から「ドラゴンレール」と呼ばれた大船渡線。気仙沼から盛までは結局「廃線」になってしまいました。
日本列島を龍と捉えると、あの大震災の震源地は、まさに龍が抱いた「玉」が弾けたかのようでした。全ては雛型。大船渡線というドラゴンも、その上半身が「不随」となってしまったのでした。
もちろん、それは単なる破壊ではなく、再創造(立て直し)のための破壊(立て替え)だったのでしょう。大船渡の皆さんの笑顔から、そんなエネルギーを感じました。

実は私の大尊敬する天海大僧正が大の桜好きだったことがきっかけのようです。天海に大いに世話になっていた徳川家光が、奈良の吉野の桜を移植させたのが始まりとも言われています。













ということで今日は鉄道のシートの話です。というのは、先週東京で、そして今日大阪で同じタイプのシートに座ったからです。
先日の東京では、西武4000系0番台に乗りました。
番組の中では、私が関わっているCS60の富士山研修所も映っているしね。まあとにかく楽しかった。続編に期待です。
















天海の出自は不明なところが多いのですが、東日本の人だったことは間違いないので、まあ富士山を見たことはあったでしょう。しかし、鬼門除けの比叡山が焼かれるということに象徴されるように、京都はいろいろな理由で「永遠の都」になり得ないと観じた天海は、富士山のエネルギーを中心とした「永遠の都」を東の地に創ることを、甲斐の国であらためて決意したのです。



細かいことは他のサイトなどに譲るとして、一つ思ったことを。
それから、ワタクシ的に良かったのは、ダイヤルでいろいろなモードを選べること、そしてその中に「レトロ」モードがあることです。
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