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2024.06.16

『彼岸花』 小津安二郎 監督作品

Images_20240619100901 日は銀座七丁目で中級セミナー。

 銀座七丁目といえば小津安二郎の愛した中華料理店「東興園」があったところ(火災で消失)。小津はとにかくこの店が好きで、いくつかの作品に登場しています。

 「東京物語」で初めて小津作品に出た香川京子さんも、たまたま行った東興園で小津に出会ったのだそうです。

 さて、小津作品と言えば、久我美子さんが亡くなりましたね。「お早よう」や「彼岸花」で久我さんの美しさは格別でした。

 特に小津初めてのカラー作品となる「彼岸花」での、山本富士子、有馬稲子との共演はまさに美の競演ですね。

 冒頭の東京駅の洒落た(下卑た)会話と、直後の謡「高砂」の高貴さのコントラストからして小津は絶好調です。そして佐分利信、北竜二、中村伸郎と来るからもう(笑)。

 とにかく主役女優三人だけでなく、他の女優、俳優さんたちが素晴らしすぎるのです。本当に最高のヴィルトゥオーゾたちのアンサンブルのごとき幸せな時間が延々と続くのでありました。

 アグファの独特の色味がいいですね。今やAIが勝手に動画を生成する時代になりましたが、小津の作品はの対極にあって永遠に生き続けることでしょう。これからさらに輝くこと間違いありません。ある意味AIに感謝ですよ。

 

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2024.06.15

『流浪の月 U-NEXT限定 未公開映像特典』

Img_6293 の日は秋葉原で中級セミナーでした。中級セミナーは内容が決まっていないので何が飛び出すか、自分でもよくわかりません(笑)。

 初級編でもいちおうシナリオのようなものはありますが、毎度アドリブなので微妙な違いが面白いらしく、5回も10回も聴きにくる人がいるくらいです。ありがたや。

 そう考えると、毎回カットされている話もあるわけです。積極的にカットする場合もあるし、泣く泣くカットする場合もあります。

 映画づくりでもそうですね。両方あると思います。

 積極的カットを強く感じ、学ぶことができたのが、昨日の「流浪の月」の「U-NEXT限定 未公開映像特典」。契約者しか観ることができませんがおススメしておきます。

 公開された作品は2時間強。実際に撮影されたものは4時間。つまり半分はカットされているわけですね。

 それらを観せていただきながら、李監督と編集の今井さんの解説を聴けるというぜいたくな特典。

 本当にそれぞれのシーンが良いシーンで、もう一本別の映画ができてしまいそうなクオリティーなのです。監督も「こんなに未公開シーンが充実している映画はない」とおっしゃる。

 それを積極的に捨てるとはいえ、やはり泣く泣くの部分もあるのではないでしょうか。時間と労力を費やした役者さん、スタッフのことを考えるとますます愛おしくなります。

 ただ、監督さんが最後に語ったように、それぞれの公開されなかったシーンの全てが、公開されたシーンに生きていることでしょう。私たちの人生や日常がそうであるように。

 映画に限らず多くの「作品」の、そういった裏側に思いを馳せることも大切でしょう。それは目の前にいる人に対しても同じです。

 そして私たちも自らの人生を編集する、すなわち多くのシーンをカットし捨てて生きていかねばならないのでした。

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2024.06.14

『流浪の月』李相日 監督作品

20240615-90020
 パホテルに泊まると必ず1本は映画を観ます。無料ですからね。先日観たのがこちら。

 う〜ん、なんともやるせない作品ですね。

 ずっとすれ違い続ける辛さ。だったら出会わなければよかった。永遠に解決しないということで言えば、私の夢「女子会に参加すること」と同じですな(笑)。

 原作者の凪良ゆうさんはBL作家として活躍していますが、小説「流浪の月」(本屋大賞受賞)にもその経験が活かされていると感じました。BLもまた永遠に解決できない(幸せになれない?)世界ですからね。

 その切なさを男女で描くとなると、たしかにこういう形になるのか。

 ロリコンにせよ、BLにせよ、私の女子会問題にせよ、とにかく性に関することは最初から最後まで実に面倒くさい。今の若者がそれを避けようとするのもわかる気がします。コスパが悪いからでしょう。

 松坂桃李くんも横浜流星くんも広瀬すずさんも、そのあたりの面倒くささを上手に表現してくれていたと思います。

 監督さんもある種の葛藤の中で生きてきた方でしょう。不条理というか、いや世間では条理だから辛いのか。

 

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2024.06.13

ヴィオロンチェロ・ピッコロ

Img_6238 日は浜松でセミナー。楽器博物館の上の会議室が会場でした。

 お昼休みに博物館に久しぶりに行ってきましたよ。ちょうどチェンバロのギャラリー・トークがありました。演奏をまじえてわかりやすく説明してくれました。

 それにしてもレクチャーに使われたイギリスの楽器、変な楽器だったな。1791年製ということですから、ある意味モダン楽器だ。

 さて、今回のお目当ては「ヴィオロンチェロ・ピッコロ」でした。

 そう、最近ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを演奏することが多く、先日も、バッハが「ヴィオロンチェロ・ピッコロ」を指定した曲を演奏させていただきましたっけ。

 チェロ・ピッコロとスパッラ、そしてヴィオラ・ポンポーザの関係は正直謎です。もしかすると全部同じ楽器かもしれない。ハンド・バスっていうのもあるしなあ。

 まあとにかく、当時、特にチェロは定型化していなかったので、いろいろな可能性があって一つの答えを求めること自体間違っているのかもしれません。

Img_6241 で、浜松市楽器博物館が所蔵する「ヴィオロンチェロ・ピッコロ」がこれ。ヴェネツィアのマッテオ・ゴフリラー製作。1720年くらい。

 ゴフリラーはチェロの名工の一人ですね。カザルスやヨーヨー・マも彼の楽器を使っていました。そんな彼が5弦のピッコロを作っているんですね。それが浜松にある。

Img_62421_20240615095601 大きさ的にはスパッラと同じくらいでしょうか。見た感じでは肩に乗せて弾けそうでした。足で挟むには小さいし、膝の上に置くには大きいかな。

 ストラップを使うのは私からすると邪道なので、やはり肩に乗せて弾きたいところです。一度弾いてみたいですね。どんな音がするのでしょうか。 

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2024.06.12

スズキ歴史館

Img_6190 日はとうとう浜松の「スズキ歴史館」に行ってきました。もうずっとずっと行きたかったのに、なかなか機会がなかったのです。

 そして今日、浜松で時間がありましたので、ゆ〜っくり見学してきましたよ。いやあ、面白かったなあ。楽しかったなあ。萌え萌えでした。

 まず2階は今の車作りの現場の紹介から。もうすでにワクワクです。FANUCのロボットも活躍しておりました。

 さらに世界の工場の紹介から、遠州が生んだ歴史的発明家・技術者たちの紹介へ。遠州すごいな。

 そして3階。ここがスズキマニアにはたまらない。

 まず、ワタクシ的にはスズキのルーツである「鈴木式織機」が萌え萌え。鈴木道雄の杼箱上下器、なかなかすごいメカニズムですね。

Img_6192 そしてスズライトやコレダはもう鼻血もの。たくさん写真鶏ましたがキリがないので、あえてのフロンテ800だけ載せます。FF2サイクル3気筒。曲面ガラスのデザインが現代的。もっと売れてほしかったなあ。というか、今このデザインで出してほしい!

 その他、私の青春を飾った名車たち、フロンテSSや初代アルトやジムニー、カルタスからX90まで、まあ懐かしいことこの上ない。いい車が多かったなあ。

Img_6198 あっそうそう、二輪のこと忘れてた。やはりこれでしょう。幻のRE-5。母の友人が設計したんですよ、このロータリーエンジンバイク。茶筒と言われたメーター部分、初めてちゃんと見ました。カッコいい!

 スズキは個性が立っていていいですね。デザインだけでなく、メカに関してもそうです。

Img_6200 また、初代アルトのような画期的なコンセプトも良い。時々迷車があるのも良い(笑)。

 大きな中小企業であり続けてほしいですね。私は一生スズキに乗り続けますよ。

 スズキ歴史館、これはまた行かねば。何度行っても楽しいことでしょう!いつか本社の見学もしたいなあ。

 スズキ歴史館公式

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2024.06.11

両手ますかけ

Img_6235 日は(またまた)岡崎にてセミナー。今年になってから8回目?

 さすがに岡崎に呼ばれすぎです。そしてその意味が最近わかりました。やはり徳川家康案件でした。

 さて、岡崎の六所神社には徳川家康の手形(右手)があります。それを見てもわかるとおり、家康の手相はいわゆる「ますかけ」でした。それも両手。1000人に一人という珍しい手相です。天下取りの手相とも言われております。

 実は、私も「両手ますかけ」なのです。自分で言うのもなんですが、それもかなりキレイな両手ますかけなのです。

 で、さらに今日のセミナー会場のご主人もまた「両手ますかけ」だったのでビックリ。お互い家康の生まれ変わり?w

 両手ますかけ線を持つ人間は、ある意味天才肌だと言われますが、だからこそ波乱万丈の人生を送ることも多いとか。たしかに私も思いがけず家康案件のために後半生は波乱万丈になりそうな予感です。

 そうそうこの前、横浜中華街の怪しい中国人に手相占いやってもらったら、あまりの完璧な両手ますかけに驚いたのか、ちょっとしゃべったら「なんか疲れちゃった」と言ってすぐに終わってしまいました。ほかの人の時はベラベラずっとしゃべってたのに(笑)。

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2024.06.10

キヤE195系(ロングレール運搬用)

Img_6103 日、大月駅でキヤE195系に出会いました。突然の通過だったので、写真はこの一枚だけ。知ってたら動画で撮ったのになあ。

 これはロングレール運搬用ですね。空走でしたから、どこかにレールを降ろしてきたのでしょう。150メートルのロングレール、カーブの多い中央本線でどんなふうに運ぶのか、ちょっと不思議な感じさえします。

 このキヤ195系、JR東海が開発したキヤ97系を、JR東日本用に寒冷地仕様などを施して開発された気動車です。

 前部の折りたたみ式のエプロンがかっこいいですよね。これが伸びてレールを降ろしていくわけです。

 なかなか日常では出会いことがないので、ドクターイエローなどとともに「幸せを運ぶ」車両とされています。なにかいいことあるかな?

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2024.06.09

Peaceful Oboe: The Baroque Collection

 ーボエは管楽器の中では最も好きな楽器です。それは中学生の時にホリガーの音色に出会ったからでしょうね。

 のちにホリガーの音色が特別であることを知ることになります。あれは一般的なオーボエの音ではなかったと。彼の音色は比較的細くて鋭い。しかし、多くのオーボエの音は豊かでまろやか。

 まあ、その中間もありますし、それは奏者や楽器の個性ということで、基本的にあのダブルリードの音色が好きだということでしょう。

 クラリネットが一般化する以前であったバロック期は、まさにオーボエが花形として活躍した時代です。その甘美な響きに魅せられた作曲家は数しれず。楽器にインスパイアされて多くの美しいメロディーが生まれました。

 自分の経験上思いつく名曲、名旋律が、このアルバムにはほとんど全て含まれています。とても心地よいですね。眠りにつく時のBGMに最適ですなあ。

 個人的には3曲目と4曲目、バッハとテレマンのとても似ている曲が並んでいるのがいいですね。これ、どちらが先なのか微妙なのですが、私はテレマンが先でバッハがそれを発展させたのだと思います。

 冒頭のテーマが似ているだけに、その後の展開に二人の個性が表れていて面白い。どちらもいいですよね〜。

 そして5曲目のアルビノーニへ。まさに中学の時に聴いて衝撃を受けた曲。これがオーボエ音楽の最高峰だと、今でも思います。この演奏もいいですね。

 その後も美しい曲が続きます。ぜひお聴きください。

 

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2024.06.08

吉田城と小笠原氏

Tokaido34_yoshida 日は豊橋でセミナー。吉田城のあった豊橋公園の中が会場でした。

 左は広重の描いた吉田城と吉田大橋です。

 最近やたらと岡崎や豊橋に呼ばれると思ったら、全く想定外の家康案件がドンブラコとやってきました。こりゃ大変だぞ!

 初めて豊橋公園に来ましたが、やはりただならぬ情報が降りてきましてビックリいたしました。小笠原と徳川の関係を熟考せよと。

 考えてみると、吉田藩と小笠原氏は切っても切れない関係ですよね。私の先祖が関わっているのです。ウチの家紋は三階菱ですから。

 1645年から1697年までの52年間にわたり、小笠原氏四代が吉田城主を務めています。この時期は幕藩体制の安定期にあたり、吉田宿も大きく発展しました。

 来週はまた岡崎、豊橋、浜松、静岡、上野と家康にまつわる土地をはしごします(させられます)。いったい何がどうなっていくのでしょう。

 

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2024.06.07

肥田春充

Img_6143 東での合宿2日目。思わぬ展開の中でまさかの「肥田春充」の名前が!

 コアチューニングの原点は肥田春充の肥田式強健術なんですね。

 肥田春充は山梨県西桂町小沼出身。妻は伊東出身。そして、兄はあの川合信水(初代富士吉田名誉市民)です。

 宗教家・教育者であった川合信水は、綾部る郡是(グンゼ)の教育総理でしたから、出口王仁三郎とも深い関係があります。

 一方、弟の肥田は当初は王仁三郎の鎮魂帰神法については批判的でした。しかし、晩年より霊的になるしたがって王仁三郎にも興味を示していたようです。

 そんな肥田春充の貴重な動く映像がありましたので紹介しましょう。

 西洋的な筋トレとは全く違うメソッド。体型がそれを物語っています。筋骨隆々でなく柔らかそうなところが逆に強さを感じさせますね。

 西桂町はもっと川合信水と肥田春充のことをアピールすべきだと思いますよ。彼らを育てたのはあの自然環境と文化だと思いますから。

 

 

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2024.06.06

伊東線

 東で合宿1日目。上野から普通列車を乗り継いで伊東へ。久しぶりに伊東線に乗り、前面展望を楽しみました。

 伊東線と言えば、JRなのにJRじゃない(?)ことで有名ですね。私が乗ったのも伊豆急の車両(元東急8000系)でした。

 伊東線の特殊性については、次の動画を御覧ください。

 

 

20240612-141422 ちなみにこれは運転席右側にある電鈴合図表です。

 3段目の「発車〜差支えなきや」は「なきゃ」ではないですよ。「なきや」です。若い人は「なきゃ」だと思っちゃうかも。「差支えなきゃ(なければ)発車!」ではありません(笑)。

 そう、「差支えなきや=差支えはないか?」ということです。漢文訓読調ですね。連体形+や=疑問形です。

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2024.06.05

『碁盤斬り』 白石和彌 監督作品

18ba7d0f6c8d1fd1 の日の午後は渋谷にてミーティング。時空を超えたでっかい仕事です。

 午前中時間があったので日比谷で「碁盤斬り」を鑑賞してきました。いい映画でした。

 この作品にはお会いしたことがある方が何人か出演されているんです。中でも主演の草彅剛さんとは、こちらの映画で共演(?)しておりますからね!

 そう草彅くんの素晴らしさは、抑制された演技ですね。任侠ヘルパーの時もそうでした。ロケでは私たちエキストラに対してもにこやかに気遣ってくれましたが、いざカチンコが鳴るとスイッチが入る。近づきがたいような空気を纏うのです。

 この映画でも過剰さが微塵もない、ある種禅的な演技を見せてくれました。特に前半と後半との静かな対比はお見事。すごい役者さんになりましたね。

 映画自体も奇をてらうことなく正統的に作られているところに好感を持ちました。落語「柳田格之進」から大きく外れることなく、すなわち日本の伝統的、古典的な物語を大切にしつつ、現代の映画作品として美しくまとめ上げた感じがしましたね。

 役者さんたちの個性も見どころでしたが、國村隼さんの丁寧かつ繊細な演技が、ある意味草彅くんと対象的で際立って感心させられました。さすが。

 鑑賞後、あらためて「柳田格之進」を聞いてみました。そして落語もまたすごい世界だなと。映画と落語、これもまた対照的と言えば対照的ですが、どちらも豊かですね。古今亭志ん朝さんすごすぎる…。

 

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2024.06.04

超一流はみんないい人

Img_6115 の日も充実したなあ。お昼から原宿の素敵なお店でセミナー。おいしい自然食とお酒をいただきながら、そして世界の大御所たちも弾いたというピアノを爪弾きながらのおしゃべり。楽しすぎました。

 そして夜は新宿にて某会合に参加。そこでいろんな「神」にお会いしましたよ。

 そこで実感したのは、超一流はみんないい人だということ。というか、「いい人」が超一流の最低条件なのでしょうね。

 自慢しない。人の悪口を言わない。気遣いできる。ユーモアに溢れている。自虐ネタ得意(笑)。

Img_6117 今回特に感動したのは、名探偵コナンや金田一少年の事件簿、シティハンターなどのプロデューサー、諏訪道彦さんのお隣に座らせていただきお話をうかがえたこと。お話だけでなく、お好み焼きや焼きそばを作ってくれました!

 次女はコナンや金田一で育ったの死ぬほど喜んでました。ホント謙虚でフランクで愛に溢れていて素敵な方でした。

 ちなみにスワッチさんの前には、これも声優界の重鎮、まさに神である三ツ矢雄二さんが!!三ツ矢さんの前で家内が平気でコロ助のモノマネしてました(笑)。それに対しても「似てる〜」と神反応してくれる。ドン引きしてたろうに(苦笑)。

Img_6123 アニメ狂の次女、最後はお二人にサインもらって泣いてました。そりゃそうだ。

 ほかにも各業界の超一流さんたちがたくさん。社長さんからアイドルまで。皆さんいい人でした。私は全然一流ではありませんが、とりあえず「いい人」にはなりたいなと思った一日でした。感謝!

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2024.06.03

ハイデガーVS道元…哲学と仏教の交差するところに、はじめて立ち現れてきた「真理」とは?

20240608-95037 の日は学校勤務。朝イチで全校生徒に仏教の授業、午後はあるクラスに「接心」という座禅を中心とした体験授業。

 セミナーでも申し上げておりますが、私にとって最も尊敬する人類(宇宙人?)の先輩はお釈迦様であります。本当の天才。2500年以上前に全てを悟っておられた。

 恐れ多いことですが、そのお釈迦様の教えを現代流に解釈する、いや逆に原点に戻すのが私の目標であり天命の一つです。

 もちろん今までも多くの賢人がその時代ごとにそこに挑戦してきました。その代表格が日本では道元でしょう。

 そんな道元とドイツ近代哲学の雄ハイデガーが出会うとどうなるのか。それぞれの研究者である僧侶南直哉さんと防衛大学教授の轟孝夫さんの代替対談がとても面白かった。

第1回 存在とは縁起である その1

第1回 存在とは縁起である その2

第2回 言語の本質 その1

第2回 言語の本質 その2

 なんとなく道元の方が強い感じがするのは、南老師のキャラのなせるわざでしょう(笑)。

 私からすると、道元こそ言語にこだわってしまった、つまりお釈迦様の教えから遠ざかって苦悩した方だと思うのですが、南さんはもっと言語の力に頼っているように感じる(もちろん私は彼のことを言語を通してしか知らないが)。

 性起を縁起だと言い続けるところとか(笑)。いや、轟さんは不利というか、いや有利なんですよ。ドイツ語を日本語にしなければならない時点で、ある意味言語の完全性を諦めている。

 そう考えると道元さんが、漢語から和語に移っていったことにも意味を見いだせますね。

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2024.06.02

麻布十番での邂逅

20240608-80755 の日は麻布十番でセミナーでした。

 麻布十番と言えばセーラームーン(笑)。原作者の竹内先生は山梨の人ですが、なんで麻布十番を舞台に選んだんでしょうね。

 それはさておき、セミナーには長堀優医師もいらしてくださいました。長堀さんは病院の院長も務めながら、西洋医学に疑問を持ち、人間の霊性から日本の秘史に至るまで幅広く研究されご著書も多数ある方です。

 そんな長堀先生だからこそでしょう。ワタクシの6時間にわたる話を完全に理解してくださりました。

 考えてみれば、私も教育界に身を置きながら旧来の教育、学校に疑問を呈する講演活動を行っています。現場にいながら、いやいるからこそ的確な批判ができるというものです。外から批判するのは簡単ですからね。

 この日はほかにも重要人物が何人もいらっしゃっていましたし、驚くべき再会もあったりしました。主催者にも大感謝です。

 のちに長堀先生がFBに感想を書いてくださりました。その一部を紹介させていただきます。恐縮至極であります。

 山口先生のお話は、午前11時から午後5時まで、途中休憩を挟みながらの六時間でしたが、常識を覆されるような驚きの連続でした。あっという間に時間が経ってしまった感じがしてます。
 内容は多岐に渡りました。
 仲小路彰氏、令和へ譲位された真の意味、和時計の素晴らしさ、CS60と薬師如来を巡る驚嘆すべき事実、神社参拝の作法など、えっ!あっ!なるほど!の連続でした。
 (中略)
 機会があれば、ぜひ山口先生の講演会へ!! 参加される方がどんどん増えれば、日本人のエネルギーが上がり集合意識が高まることうけあいです!

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2024.06.01

日本語はどこから来た?

81obt1fonl_sl1500_ 宿二日目。日本語についての私論も述べる機会がありました。

 日本語の特殊性の一つに系統が明らかでないということがあります。つまり世界の中で、親兄弟がはっきりしない孤立した言語であるということ。

 たしかに数十年前まではそのように言われていましたが、最近は研究(の手法)が発展し、ぼんやりとその系統が見えるようになってきました。

 その一つのアプローチ方法が「歴史比較言語学」。ちょうどこちらに面白い記事が出ていました。

パリ在住フランス人研究者が「日本語の起源」を追究する理由。文字なき時代の古(いにしえ)の姿はここまでわかった!

 日本語と琉球諸語を比較することによって系統樹を描き、日本語と琉球語の共通する祖語が中国大陸南部の稲作地方から渡来したという説です。

 これは非常に興味深い。そう、徐福伝説と重なるからです。

 宮下文書にも深く関わる徐福がもたらしたものとして、稲作、養蚕と絹などのほかに言語があったというわけです。これは当然あり得ることだと思います。

 今ではトンデモ説となっている大野晋先生の「日本語タミール語同祖論」も、この説を中心に東西に広がったと考えると自然です。

 徐福が実在したかどうかは問題ではありません。「徐福」が象徴するハイテク渡来人集団の存在はおそらく間違いないのだと感じています。

 その証明は専門家(学者さん)に譲るとして、彼らがもたらした様々な文物や文化(特に芸能には注目しています)を探ることは、案外私たちの未来を見つめる作業ともなりそうです。

 文字がなかった時代の日本語についての研究は難しいですよね。そう、今日も合宿で申しましたが、縄文時代には文字はありませんでした。彼らは文字を持たないという「戦略」を選択したのです。その結果、縄文時代は2万年以上続きました。衝突、戦乱がなかったのです。

 カタカムナなどの後世制作された「神代文字」を縄文人が使っていたなどというトンデモ説に惑わされないように。縄文人もお怒りですよ。「オレたちはあえて文字を持たなかったのに勝手に持ってたことにするなよ!」と(笑)。

Amazon 日本語・琉球諸語による 歴史比較言語学

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