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2023.10.31

MacBook Pro(M1 2020)

Th_mbpsilverselect202206_geo_jp M3チップ搭載のMacBook ProとiMacの発売が発表されましたね。

 円安もあってとにかく高い!とても買えません。

 私は今、M1のMacBook Proを愛用しています。昨日の記事の写真にも写っていましたよね。あれです。今年7月に中古で購入しました。

 ちょっと前まで、MacBook Pro(2012)を使っていました。なんと10年以上も使っていたことになります。重かったけれど、DVDドライヴも搭載しており、また自分で分解できるメリットもありました。メモリーを16GBにし、SSD1TBに換装しましたので、普通使いには全く不便はありませんでした。

 考えてみるとすごいことですよね。パソコンが10年以上壊れないどころか、性能的にも充分使えるというのは。Macらしさとも言えましょう。

 ちなみに家内と娘は同機を今でもバリバリに使っております。

 私のもまだ健在なのですが、バッテリーがへたったのと、やはり重いので旅先に持っていくのがきつくなってきたので、思い切って乗り換えたというわけです。

 で、乗り換えたのが中古のMacBook Pro(M1)。家でM1Mac miniを使っていたので、M1チップの優秀さはよくわかっていましたが、今回MacBook Proを使ってみてやはり感動的だったのはバッテリーの持ちの良さですね〜。本当にすごい!

 もちろんこれまでのが古くてバッテリーの持ちが悪すぎたというもありますが(笑)。

 まあ、とにかく旅先に連れて行くには最高ですね。軽いし薄いし(これも前のが重くて厚かったからか)。

 ちなみにメモリーは16GB、SSDは1TBです。中古で11万ほどでした。また10年使い倒したいと思います。

 あっそうそう、今回のM3発表に伴い、Touch Bar搭載のMacBook Proが消滅しましたね。私のには付いていますが、けっこう使い慣れると便利です。なんであんなに不評だったのでしょうか。

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2023.10.30

こだま号グリーン車を堪能する

Th_img_3592 回の奈良、京都旅行で、初めてこだま号のグリーン車を利用しました。

 単純に観光シーズンで普通指定席が満席だったので、しかたなくグリーン車を利用したわけですが、あまりにも快適でびっくりしてしまいました。

 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、こだま号のグリーン車は大変お得な料金で利用できるんですよね。

 たとえば、今回静岡から京都まで利用したのですが、EX予約で普通指定席が10,010円、グリーン車13,670円のところ、EXこだまグリーン早特3ですと、なんと9,040円。自由席の9,650円より安いのです!

 グリーン車は座席がゆったりしているのはもちろん、こだま号のグリーン車は利用者が少ないため、大概隣の席は空いていますから、空間的にも心理的にものびのびできます。合計1,200円相当の雑誌2冊も持ち帰り可能ですし(実際持ち帰ってきた)。

 あと、私は仕事で使うと言っても、いわゆるビジネスマンとは違うので、それほど時短にはこだわりません。逆にちょっと贅沢な席を長い時間堪能できるということで、こだま号はちょうどいいのです。

 一寝入りするもよし、一杯やるもよし、仕事するもよし、動画を観るもよし。あんまり早く着いちゃうと落ち着かないんですよね(笑)。

 それと、今月いっぱいで新幹線の車内販売がなくなるじゃないですか。こだま号は各駅停車な上に、ひかりやのぞみに抜かれるため駅に停車している時間がけっこうあるので、席を離れてホームで食べ物や飲み物を買う余裕もあるのです。

 旅好きの方や旅慣れた方は、けっこうこの「こだま号グリーン車」を積極的に利用するとのこと。今回初めて利用してみて、さもありなんと思いました。

 JR東海のぷらっとこだまでも格安でグリーン車に乗れます。EXこだまグリーン早特3より少し割高ですが、それでも普通に自由席より安い上にドリンクが一つ付いてきます。

 皆さんも一度利用してみてください。クセになること間違いなしです。

 スマートEX EXこだまグリーン早特3

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2023.10.29

芸術は宗教の母なり(虹と紅葉と)

Th_img_3662 日はめちゃくちゃ濃い一日でした。奈良から京都亀岡へ。波動の合う仲間との魂の旅ですね。

 そして今日は亀岡から綾部へ。

 実に不思議な天候の一日で、朝から夕刻までとにかく虹が出まくる日でした。その色彩や起点の鮮明さは今まで見たことがないレベルで、これはまさに神の芸術、何かのお示しではないかと思った次第です。

 また綾部に至っての紅葉の美しさたるや。まだまだ走りとはいえ、だからこそ緑とのコントラストが素晴らしく思わずため息をついてしまいました。

 これまた自然の、神の芸術ですね。これを美しいと感じるように進化した人間の尊さをも再確認いたしました。

 「芸術は宗教の母なり」…出口王仁三郎の名言が心にしみます。

 ここで言う「芸術」とは、神の芸術すなわち自然の圧倒的な美しさ、プロポーションのことを指すのでしょう。宗教には教義という思考、そして経典という言語、そして教祖という権威が必要ですが、自然の芸術にはそんなものはいりません。

Th_img_3684 私たちには自然の美を感受し、それと共鳴できる素質が与えられているのです。大切なのは、それが私たちだけにそれが許された意味を知ることでしょう。

 それに限らず、私たちどうしても与えられたものを当たり前と思い、感謝も努力もせずに日々を過ごしてしまいます。

 本来の宗教心というのは、まさにその天賦に心を致すことを言うに違いありません。そして、それが心を致さなくても、つまり無意識にでもできるようになる日が来れば、たしかに王仁三郎が言うように宗教は必要なくなるのでしょう。

 そんなことを、心休まる仲間たちと心清らかに祈り、またおいしいお料理、お酒をいただきながら痛感させていただいた一日でありました。感謝。

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2023.10.28

『第75回 正倉院展』 (奈良国立博物館)

Th_202310_shosoin_flyer_page0001 物館研究員の方からお誘いいただき、行ってまいりました。

 想像をはるかに越えた展示内容に感動、驚愕。研究員の方に主要な宝物の解説をいただきながらの贅沢な時間。

 なるほど、これは単なる文化財の展示会ではない。

 昭和天皇の強い御意志の向こう側にある、天皇家の、そして日本という国の本質的な祈りを感じなければなりません。

 真のグローバリズム(すなわち八紘為宇)と真の平和(すなわち和)が正倉院には雛型的に蓄蔵され、この時代に(未来に)必要なものが顕現するという仕組み。

 研究員の方はそれを理解し、それをすべく今ここに配されたと感じましたね。

 開催期間が短いのですが、機会のある方にはぜひ訪れていただきたい。ただ古い珍宝が見られるというレベルの話ではありません。そこに秘められた未来人へのメッセージを受け取りに行っていただきたい。

 午後から夜にかけては、京都亀岡で素晴らしい時間を過ごすこととなりましたが、そこでも令和の時代に復活した真の政(すなわち万世一系)に触れることになり、大変運命的な感を受けました。

 私たち未来人に課せられた責任は大きいですね。少しでもそうした経綸成就のお役目を果たせればと思いました。

 正倉院展 公式

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2023.10.27

『連合艦隊』 松林宗恵 監督作品

Th_fbe47641d8b988d5 日の「群青」が主題歌の映画「連合艦隊」を鑑賞しました。

 たしかにラスト「群青」が重なってくるシーンは、なんとも切ないですね。

 

 

 考えてみると、主題歌を歌っている谷村新司さんだけでなく、準主役級の財津一郎さんも最近お亡くなりになられたんですよね。

 というか、この映画の出演者の皆さん、鬼籍に入られた方が多いですね。もう40年以上経っているわけですから。

 1981年ですか。今、戦争映画と言えばCGがほとんどですよね。こちらはある意味ミニチュアの集大成的な作品とも言えましょう。特に最後の大和の大爆発轟沈シーンは、これはCGでは不可能なリアリティです。切ない。

 こちらの動画は映画の名シーンを編集したもの。全編見てからこれを見るとまた泣けますね。

 

 

 この切ない戦争には、未来的な意味があったと信じたい。いや、その意味を創るのは私たち未来人なのです。

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2023.10.26

谷村新司 『群青』

 日は四谷のシャンソンバー「蟻ん子」にて、しますえよしおさんと朝吹タツヤさんの素晴らしい歌を堪能しました。

 蟻ん子と言えば、最近日テレの「おしゃれクリップ」でしょこたんが歌ったお店です。彼女は小さい時からこの店に通っていました。彼女にとっては歌手・芸能人としての原点の場所です。そしてしますえさんは「神」。

 今日のお二人も素晴らしいしかいいようのない歌を聞かせてくれましたが、特にしますえさんの歌った「群青」は魂がこもりまくっており、私も気づけば号泣しておりました。歌はすごい。

 谷村新司さんの残した名曲中の名曲。映画「連合艦隊」の主題歌ですが、戦火に追われる人々が絶えない昨今、また特別な意味を持って私たちの胸に迫ります。

 この歌詞は見事な文語体で書かれています。当時30歳を少し越えたくらいですよね、谷村さん。昭和のあの時代をくぐり抜けてきた若者たちには、思想とともに教養がありました。

 そして美しく切ないメロディー、コード進行。さらには服部克久さんの完璧すぎる編曲。だからこそ、歌手の技量も問われます。今日のしますえさんの歌唱は本当に素晴らしかった。しますえさんのこの曲を聴くのは何度目かですが、今日は圧倒的に魂の歌でした。やはり、谷村さんに対する深い敬意と追悼の気持ちがこもっていたのでしょう。

 ここではあらためて谷村さんの歌唱で聴いてみましょう。明日あたり、連合艦隊も久しぶりに見てみようかと思います。

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2023.10.25

廣松渉の「世界の共同主観的存在構造」

Th_81ivqeuh6tl_ac_uf10001000_ql80_ 日はお昼は練馬にて仲小路彰に縁の深い先輩方とミーティング。いよいよ本気で頑張らねば。

 夜は赤坂にて講演。昼間からの流れということもあって仲小路彰や出口王仁三郎についていろいろと語らせていただきました。いつものように何も用意せずの講演でしたが、自分でも感心するくらい(笑)勉強になりました。

 経営者の方々が多かったのですが、皆さん感じるところがあったようです。王仁三郎と仲小路に感謝です。

 さて、移動中に見たのがこの動画。廣松渉さんの哲学です。廣松渉さんには、ワタクシの「モノ・コト論」構築にあたり、いろいろ示唆を与えていただきました。特に若い頃、「もの・こと・ことば」には多大な影響を受けました。

 

 

 東大の哲学ですので、仲小路彰の系列でもありますね。カント的な世界観を凌駕していこうとする点でも共通点はあります。というか、近現代の哲学者は皆それですよね。

 廣松さんというと左翼というイメージを持つ方が多いと思いますが、彼は仲小路と同様、そこを通過してその限界を知り、第3の立場を構築しようと奮闘した人だと私は思っています。

 「世界の共同主観的存在構造」というのは、先日紹介した出口さんの「われわれとしての自己」にもつながるような気がします。

 今日皆さんにお話した「雛型」「世界を自分ごととしてとらえる」という私の作法(理論ではない)も、そうした自己脱却的、自他不二的な境地を目指したものです。

 それができるようになることこそが、「大峠を越える」ことであると信じています。

 あまり読書をしない、すなわち先人の知恵に学ばないワタクシでありますが、こうして難解な本をわかりやすく解説してくれる動画には心から感謝します。

Amazon 世界の共同主観的存在構造

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2023.10.24

ストラディヴァリの音の秘密が遂に判明!?

Th_cover_news146 ァイオリンのことをあまり知らない人でもストラディヴァリの名前はなんとなく知っていることでしょう。

 最近では前澤友作さんが銘器HAMMA(1717)を2018年に12億円7千万円で購入し、それを今年12歳の天才少女HIMARIさんに貸したことがニュースになりましたね。

 いや、実際いい音してますよ(YouTubeでもわかる)。というかHIMARIさんの音楽性がすごい!(テクニックがすごいのは言うまでもない)

 アンコールのバッハには正直「やられた」。すごい。

 まあ私たちピリオド楽器奏者にとっては、あのへんの銘器はみんな「バロック・ヴァイオリン」なんだけどなあ…と思うわけですが。つまり改造されてしまっているのです。

 それでも箱が異様によく鳴る(弱音でも)というか、音が豊かかつ遠くに飛ぶ(弱音でも)というのは事実であり、なかなか現代の製作者が近づけない世界なのです。

 それがなぜなのか、木材が違うのでは(当時は太陽の活動が不活発だった)とか、ニスに秘密があるのではとか、経年変化のおかげとか、まあいろいろ言われてきました。

 そして2021年、台湾の研究者たちによって非常に興味深い調査結果が発表されました。それをわかりやすく説明してくれてるのが、以下の動画です。

前編

後編

続編1

 なるほど、面白い!

 アルミニウムか…。これが意識的な加工なのか、はたまた偶然の産物なのかはわかりませんが、たしかに世界中の木製楽器製作の知恵はいろいろあるでしょうし、元々ヴァイオリン族も中央アジアあたりが起源であることを考えれば、まだまだ調査研究しなければならないものが世界にはたくさんありますね。

 ヨーロッパの文明が案外、アジアに影響を受け、アジアの知恵を輸入活用しているのは、他の分野にも見られる傾向ですから。

 週末に奈良の国立博物館の正倉院展に行ってきます。そこにも何かヒントがあるのではと密かに思っているのでした。

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2023.10.23

ローゼンミューラー 『2〜5声のソナタ』

 味のない方、スミマセン。ごく個人的にハマっていることの紹介が続きます。

 ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラの万能さを楽しむにはこの曲は贅沢すぎますな。なぜなら、4つのパートを一つの楽器で演奏できるからです。

 たとえば後半の5声のソナタでは、Violetta Primo、Violetta Secondo、Viola、そして通奏低音を弾くことができるわけです(5声ですが実際は6パートある)。

 ヴィオレッタも謎の楽器です。大きいのか小さいのか、よく分からない。そしてここでのヴィオラは完全にバスの音域。初期のチェロかガンバで演奏したのでしょうか。

 いずれにせよ、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラはこの4つのパートを難なく行き来することができます。

 この録音のように、各パートは「その他」の楽器で演奏しても良いことになっているので、ヴァイオリンの1と2のパートを1オクターヴ下げて弾くことも許されるでしょう。そうすると、スパッラ弾く人が6人集まれば、楽器は変えずにパートを取っ替え引っ替え弾けるということですね(笑)。やってみたいかも!てか、一人多重録音やってみるか。

 

 ローゼンミューラーの音楽は合わせて楽しい音楽です。人に聞かせるというより、弾いて楽しむ音楽ですね。のちに巨匠テレマンが彼の音楽を高く評価したのも、そういう意味があったのかもしれません。

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2023.10.22

アルビノーニ 作品2(のテナー・ヴィオラ)

Th_-20231024-200908 ナー(テノール)・ヴィオラにハマっております。

 というか、テナー・ヴィオラのパートをヴィオロンチェロ・ダ・スパッラで弾くのにハマっているというのが正確なところ。

 中期バロックを中心に、イタリアやドイツの楽曲では「テナー・ヴィオラ」のパートが多く見られます。ただテノールと書いてあったり、ヴィオレッタ2となっていたり、とにかく当時は中音域の「ヴィオラ」はかなりいい加減で自由だったようで楽しい。

 それを今ではほとんどの場合「普通の」ヴィオラ、すなわちアルト(コントラルト)ヴィオラで弾いてしまっています。まあ、実際のところ、音域的にはそれも可能なのです。たぶん、当時も「デカい」楽器がない時は「しかたなく」アルト・ヴィオラで弾いていたのでしょうね。

 しかし、実際、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラのような「デカい」楽器で弾きますと、全く「普通の」ヴィオラとは違う響きになります。当然、アンサンブル全体の響きも大きく変わることでしょう。

 というわけで、今日結局全曲弾いてしまったのが、こちらアルビノーニの作品2です。案外アルビノーニの初期の作品は古臭い形式で書かれているんですよね。

 この5声のシンフォニアとコンチェルトもそう。上の表紙の写真でもわかるとおり、いわゆるヴィオラのパートは「アルト」と「テノール」になっております。ハ音記号もアルトとテノールとなっていまして、今回はこの動画のスコアを見ながらアルトとテノールの両方を行ったり来たりしながら試し弾きをしてみました。

 結果として、テノールのパートはヴィオロンチェロ・ダ・スパッラで完璧に弾けます(というより実に弾きやすい)。アルトのパートも時々ハイポジションを使う程度ですみました(今回はスコルダトゥーラせず普通の調弦)。

 

 それにしても、テノールのパートの気持ちよさと言ったらもう(笑)。このパートはアルビノーニ(の作品7)以降ほとんど廃れてしまったわけですが、なんででしょうね。中音域が分厚い心地よさはなぜ受け入れられなくなったのでしょう。やはり、メロディー重視の音楽に変わっていったからでしょうかね。

 今回面白いなと思ったのは、テノールのパートがアルトより高い音になったり、逆にバスよりも低い音になったりしているところです。特にバスより低くなっていいのかなという箇所がいくつかありました。バスには16フィートの楽器を重ねるのが普通だったのでしょうかね。

 それにしても気持ち良いぞ。変な趣味ができてしまったかも(笑)。これで、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラはアルト、テノール、バスの三つのパートを簡単に演奏できるということが判明しました(+ヴァイオリンの楽曲は全て1オクターヴ下で演奏できる)。万能すぎます!

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2023.10.21

ハニャ・ラニ 『ゴースト』

Hania Rani - Ghosts

 

 日も不思議すぎることがたくさんありました。初めましての方が集まってすぐに奇跡的なことが起きる。最近の定番です。

 そんな不思議を感じながら、夜は富士山を背景にオリオン座流星群を鑑賞。火球がいくつも。その時のBGMがこのハニャ・ラニのニューアルバムでした。

 ハニャ・ラニはポーランドを代表するポスト・クラシカル・ピアニスト。ピアノ、ストリングスなどのアナログ楽器と、電子楽器をうまく組み合わせ未来的な音楽表現を実現している才媛です。

 星空の下、彼女の奏でるピアノ、そして歌が心に沁みましたね。

 ところで、最近の日本の音楽界、さすがにいろいろな点で遅れていると感じます。ガラパゴス的な独特の進化を遂げているという言い方もされてきましたが、世界に通用する音楽が少ないのは事実です。

 逆に40年前の音楽が世界中でもてはやされていますね。その時代人として嬉しいかぎりではありますが、一方で40年後同様に世界で聞かれる音楽があるのか。ちょっと心配です。

 アメリカやヨーロッパ、そしてアフリカやインドでも、今若者たちが22世紀に残るであろう未来的音楽を制作しています。

 もちろん、日本にもそのような若い才能はあるに違いありませんが、それが生活やビジネスにつながらないのが問題だと思います。

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2023.10.20

ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラをテナー・ヴィオラとして使う

Th_-20231021-84745 日は某所でアンサンブルの練習。私はヴィオロンチェロ・ダ・スパッラだけを持参しました。

 まずはテレマンのパリ四重奏曲ト短調から。最初はチェロのパートをスパッラで演奏しました。普通のチェロで弾くとハイポジションの連続で結構大変な曲ですが、スパッラで弾けば楽チン。音色的にもいい感じでした。

 ちなみに私はスパッラをヴァイオリンのように肩に乗せるか、ディスカウント・ガンバのように膝に乗せて演奏します。この写真は先日森の中でちょっとした演奏会をやった時のものです。

 次はチェリストと交代しまして通奏低音パートをスパッラで演奏。憧れの通奏低音をこういう形で弾けるようになるとは。気持ち良かった〜。

Th_-20231021-84808 そして、次はモーツァルトのフルート四重奏曲の練習です。私はヴィオラのパートを担当。ここで一つの実験をしました。

 そう、スパッラをヴィオラの代わりに使うのです。私はスパッラの調弦を下からcgcgdとしまして、上の3本を使って演奏しました。すなわち、普通のヴィオラの下3本と同様の調弦をしたわけです。

 そうしますと、普通のヴィオラの一番上のa線がないことになるわけですが、そこはハイポジションでなんとかなります(バロック時代の曲はほとんど問題なし。モーツァルトはソロ部分はちょっときつい)。

 これが大変良く響きまして、弾いている私も気持ち良かったし、皆さんにも喜んでもらえました。また、スパッラの可能性の一つを感じることができましたね。

 バロック時代まではヴィオラは定型がなく、いろいろな大きさのものが使われていました。特にテナー(テノール)・ヴィオラとかテナー・ヴァイオリンと呼ばれた大型の楽器はよく使われていたようです。

 テナー・ヴィオラについては、Nate Taborさんのこちらの記事をご参照ください。

 彼の製作した楽器を弾いている動画があります。いい音してますね〜。

 一般的にテナーの調弦はヴァイオリンの1オクターヴ下、すなわちgdaeとするのですが、私のような調弦もありでしょう。昔は調弦も自由でしたからね。スコルダトゥーラ。

 バロック中期はもちろん、後期になっても、アルビノーニやテレマンなどはテナー・ヴィオラを指定しています。それを現代の古楽奏者たちはほとんど普通の(コントラルト)ヴィオラで代用してしまっています。

 今回容積の大きな楽器でヴィオラのパートを演奏してよくわかりました。合奏の全体像(響き)が変わるのだと。

 大きなヴィオラの復活、復権を祈ります。ちょっと前に紹介したヴィオラ・アルタで復活しそうだったのに、消えてしまいましたからね。

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2023.10.19

特別純米吟醸酒 『天祥地瑞』

Th_168160937 日は医学界の超重鎮の方が我が家にいらっしゃいまして、9時間(!)にわたり楽しくも深い懇談をいたしました。

 その方とは全く不思議なご縁がありまして、今から7年ほど前に学校の仕事の関係で電話でお話をしており、その時にお互いに何かピンと来るものがあったのですが、このタイミングで友人を通じてまさかの「再会」に至ったのでありました。

 3次元的には「初対面」だったわけですが、あまりにも話が噛み合ってしまいましたので、あえて「再会」と書いた次第です。

 やはり今日という未来が原因して、あの時の過去が結果していたのだと痛感いたしました。時間は未来から流れてくる。よって、原因は未来にある。

 お話の内容はとてもここには書けないようなことばかりです。スミマセン。さすがに書けません。お話することはできますが。

 お互いに日本酒が好きということで、あえて本日開封しましたのがこちらのお酒。「天祥地瑞」。

Th_168160937_o1 そう、この字は出口王仁三郎の霊界物語から採ったものです。完璧な有栖川流の書ですね。こんなお酒あるなんて。私はたまたまネットで発見しまして取り寄せました。

 その後、なぜか開封しないで神棚下に奉納したままだったのですが、なるほど今日のためだったのですね。本日のお客様も実は王仁三郎に深いご縁を持っている方だったのです。

 言うまでもなく、「天祥地瑞」は霊界物語の中でも特別な巻。特にその冒頭に宮下文書(富士文庫)の天の世七柱の神が言霊学的に解説されており、ここ富士山と京都の大本との不思議なリンクが示されている点で非常に興味深く、ある意味私の人生を決定づけた巻と言えます。

 そんな私の人生を象徴する日本酒を素晴らしい同志たちと飲めるなんて。

 このお酒、熊本南阿蘇の自然栽培山田錦を山口県萩市の澄川酒造さんが醸したものとのこと。

 たしかに熊本は大本にとって特別な地ですが、どういう経緯でこのようなお酒が生まれたのかは不明です。

 いずれにせよ、とても強い愛を感じるおいしいお酒でした。皆さんもぜひ下記リンクよりお買い求めください。

南阿蘇 井手商店

 

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2023.10.18

二度目の天の岩戸開き

Th_img_3526 日今日と飯綱高原(戸隠)の「いのちの森 水輪」にてセミナー。素晴らしい場と参加者の皆さんに囲まれ気持ちよくお話させていただきました。感謝です。

 一般的には、古事記に書かれている有名な「岩戸開き」の際に手力男命がこじ開けた岩戸の蓋が、戸隠に飛んできたことになっていますが、昨日も少し書きましたとおり、宮下文書における戸隠は特別な存在です。

 元出雲とも言われています。富士山にかかる雲の発生地、それは昨日書いた悪と善の仕組みにも関連しています。そうした二元的な要素を和合、融合していくのが木之花咲耶姫であり、それを祭神とする富士山の完全な真西に現在の出雲大社が存するのも面白い。

 岩戸開きと言えば、その古事記に記される有名な「岩戸開き」は偽物であると、出口王仁三郎は語っています。

 すなわち、あの岩戸開きは、嘘とエロ(欲望)と腕力(権力)によってなされたから、出てきた天照大神も偽物だと言うのです。

 なるほど古事記では、オモヒカネの考えた作戦はある意味ずるいものでした。ウメノウヅメのストリップで盛り上げ、あなたより尊い神がいると嘘をつき、最後はタヂカラヲの腕力で無理やり岩戸を開けたことになっていますね。

 ですから、二度目の岩戸開きは「愛と誠と和合」で達成されなければならないというわけです。そして本物のアマテラスが現れると。

 面白い発想だと思います。たしかに、今の世の中は、嘘と欲望と力によって支配され動かされていますね。ジャニーズの問題もそれであり、また中東やウクライナの問題もそこに帰結します。

 「愛と誠と和合」の象徴が天皇と富士山であるというのが、王仁三郎や仲小路彰、そして私の妄想(予言?)なのでした。今上陛下のお誕生日が富士山の日であるというのもまた、不思議な符合ですね。

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2023.10.17

ジャニーズ王国最後の日〜戸隠神社にて思う

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 日は戸隠に来ております。初めて戸隠神社奥社を訪れまして、いろいろな思いが降りてきました。

 宮下文書によれば、戸隠は「咎隠し」。いろいろあったのちに、のちにスサノヲとなる新羅の多加王と、彼を懲らしめたタヂカラヲがともにこの地にて罪人を更正させる役割を果たします。

 なるほど王仁三郎がよく言うように、一見悪と見えることにも善のお役目があったり、その逆だったりするわけで、単純に悪を断罪すれば良いというものではない。

 合気道がそうですよね。相手の攻撃力を愛で転換する。単なる二元論ではない、高次エネルギー論の世界観です。

 今日、ジャニーズ最後の日ですよね。ジャニーズの名は、この世から完全に抹殺されます。

 もちろん性加害は許されるものではないにせよ、その張本人が亡くなったのちに、その名を抹殺してすむ問題ではありません。

 もっと言えば、(ウチの長女も含め)ものすごい数の女性たちが「ジャニーズ」に「ジャニーさん」に救われてきたという事実も忘れてはなりませんし、そうした「善」までも抹殺してしまうのはどうかと思います。

 歴史的な偉人というか歴史に名を残す人たちの持つ功罪の複雑な交響性にも注目すべきでしょう。

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2023.10.16

大貫妙子・坂本龍一 『UTAU』

 日に続き、日本人作曲家による歌曲&ピアノ曲です。

 今年お亡くなりになってしまった坂本龍一さんと、彼の盟友の一人大貫妙子さんのコラボアルバムです。

 これがとても心に沁みるんですよね〜。若かりし頃のお二人は全く違う音楽をやっており、それらもまた今高く評価されていますが、「大人」になってからのお二人は、よりシンプルになっていったことがよくわかります。人生ですなあ。

 歌、すなわち言葉とメロディーの関係というのはとても面白い。私もこの歳になって、なんとなく日本語の歌曲を作ってみたくなったりしています。

 そして、日本の伝統的旋律(それも外来のものが多いのですが)と西洋和声および西洋楽器とのコラボもまた無限の可能性を持っており、お二人同様、私もいろいろ挑戦してみております。

 このアルバムの各曲の作詞、作曲がどなたなのか、ぜひこちらで確認しながらお聴きくださいませ。

 

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2023.10.15

早坂文雄のピアノ曲

Th_400pxhayasaka_fumio 日は作曲家早坂文雄の命日。早坂というと、黒澤明の「七人の侍」や「羅生門」、溝口健二の「雨月物語」などの映画音楽が有名ですし、私も長いことそういう認識しかありませんでした。

 しかし、最近、彼のピアノ曲や室内楽、協奏曲などを聴いて大変感銘を受けました。映画音楽におけるある種の外向性とは違い、内省的というべき楽曲の数々はとても静かに美しい。

 今日はそんな作品の中から、ピアノ独奏曲を3曲紹介したいと思います。

 船歌

 恋歌

 秋

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2023.10.14

出口康夫 『われわれとしての自己(Self as We)」

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 日の発表の中でも少し紹介させていただいきました。

 「われわれとしての自己」、委ね(委譲)、「できること」から「できなさ」へ。

 京都大学大学院教授(哲学)出口康夫さんの語る新しい「自己」は、ストンと腑に落ちます。

 最近の私のテーマはいかに「自己」から脱却するかですが、それを考え実践するには「自己」が何か分からなければなりません。

 あるいは「自己」と「他者」を峻別するべきではないという予感ももちろんありまして、それをどう自己の中で落とし前をつけるのか悩んでいるところです。

 実践としてはかなりできるようになってきました。その時の感覚を言語化したいのですが、それがなかなか難しいわけです。

 もちろん先人の考え、特に仏教の「縁起」、神道の「分霊」からは多くのヒントを頂いておりますが、そこに加えて、この出口先生の「われわれとしての自己」という日本発の哲学も、その実感にかなり近いなと感じます。

 非常に濃厚かつわかりやすい講義群がありますので、皆さんもぜひご覧いただきたい。これを無料で聴けるなんて、なんと素晴らしい時代なのでしょう。ある意味コロナのおかげでもありますね。

【オンライン公開講義】“立ち止まって、考える” – 連続講義

 

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2023.10.13

誓の御柱(四日市市諏訪公園)

Th_img_3468 日は午前中、津市での教員研修にて「躾と禅教育」の発表をし、午後は四日市に移動。夜中までいろいろな人たちとお会いしてお話いたしました。まあ、よくしゃべった一日でした。

 途中、一人になる時間がありましたので、いつか見たいと思っていた「誓の御柱」へ足を運びました。

 「誓の御柱」、ご存知ない方も多いのではないでしょうか。地元の方々も案外知らないようでした。

 説明が面倒なので、Wikiの記事を貼り付けます。お読みください。

 誓の御柱

 筧克彦は戦前の日本霊性を探求する際には外せない人物です。皇室にも近く、大正天皇、昭和天皇らへのご進講も多くしました。

 ワタクシ的には、宮下文書の研究会「富士文庫」のメンバー(顧問)としても重要な存在です。

 また、この御柱の建立にも深く関わっている貞明皇后(大正天皇の皇后)と出口王仁三郎の関係、またそこから派生していく二・二六事件での「あの奇跡」にも筧克彦の影が見え隠れします。

Th_img_3469 ちなみにこの御柱が四日市に建立されたのは昭和9年。翌年12月には第二次大本事件が、そして年が明けての2月に二・二六事件が起きています。

 今回、耀わんを背負って誓の御柱を訪れたのも偶然ではないでしょう。そして、諏訪。四日市の産土神が「おすわさん」であるというのも不思議な感じがします。

 現在、誓の御柱は諏訪公園内に立っていますが、かつては諏訪神社境内にあったとのこと。いろいろ不思議な気持ちがいたしました。

 もちろん、御柱に刻まれている「五箇条の御誓文」の現代的、未来的意味についても考えねばなりませんね。今こそ、です。

 全国に残る他の誓の御柱にも参拝してみようかと思います。

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2023.10.12

忍者学!

Th_81sgwq3mxl_sl1500_ 重県津市に来ております。明日、まじめかつ大規模な研修で「躾」について発表させていただきますが、いつものワタクシらしく、前日の夜に酒飲みながらセコセコとスライドを作っております(笑)。

 いや、今日の全体会や他の発表者の発表内容を受けて、最新の発表をしたいからであります。聞いている人にとってもきっとその方が面白いでしょう。

 で、今日仕入れた情報の中で私のツボにはまりまくったのが、全体会の記念講演、三重大学教授の山田雄司さんによる「忍者とは何者か」です。

 どうにも堅苦しい雰囲気の壇上にはためく「忍者とは何者か」の垂れ幕。もうオシャレすぎて、いやが上にも期待は高まります。

 いやあ、期待をはるかに上回る面白さでした。「忍者になりたい」…これが講演を聴き終わったあとの感想です。忍者学面白すぎる!

 ステロタイプな、あの装束で手裏剣投げまくっている忍者像は実はフェイクであって、まさに「忍びの人」。自己を消し、かつ我慢強い。身体能力的なことよりも、智慧ある者であることが最優先。コミュ力も抜群かつ守秘義務なんか当たり前。

 かっこいいっす(笑)。

 うん、これは「躾」の話にも、「死なない力」の話にも使えるぞよ。未来の教育はこうあるべきでは…と思えるほど感動しました。

 もちろん、現代のスパイと単純に同一視できません。善悪では測れませんし、法の観念では裁けない。「生きる智慧」と「死なない力」を備えたスーパーエリートですね。さらにコミュ力半端なく、さらに守秘義務なんか当たり前。志や誇りも感じる。

 海外でも大人気の忍者、国内では学術的に盲点だったというのも面白い。たしかに「忍」んでいたわけですから、なかなか表に出てこなかったと。

 山田先生、沼津のご出身で亀岡の市史編纂にも携わっていたとのことで、勝手に親近感を覚えてしまいました。

 富士北麓に残る宮下文書には「忍者」的要素が満載です。まあ「隠れ南朝」ですからね。そういう視点での人々の動き、特に僧侶の動きを読み直してみようかと思いました。

 国際忍者研究センター HP

 

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2023.10.11

ハマスとイスラエルが対立

 

 レスチナ問題…と言っていいのだろうか。ここで飯山いかりちゃんが力説しているように、ハマスとパレスチナをごっちゃにしてはいけないし、いかなる理由があろうともテロは許されないという捉え方は大切です。

 日本の言説がパレスチナ寄りというのは昔からで、これはこれで不思議と言えば不思議ですよね。アメリカは絶対的にイスラエルを支持しているのに、その属国(?)である日本はどうも違うことを言う。

 かと言って、ここで堀さんのようにヒューマニズムに偏ってしまうのもどうかと思います。残念ながら個人に対する共感や同情だけでは、国際問題は解決できませんし、またその反対側に国家とか宗教とかの仮想敵を作ってしまうのも危険な現実逃避です。

 岸田さんもどちらかというとそちらに流れてしまっている。それは正直逃げでありごまかしであり、無責任だと思います。中立なら本気で和平への働きかけをすべきです。

 イスラム教がはらむ原理主義的、排他的、攻撃的な部分は、実は宗教的には乗り越えなければならない「峠」です。それはユダヤ教にもキリスト教にも言えることですし、国家神道にも言えたことです。

 もともと日本の各宗教に対する寛容性は非常に高いのですが、かといってテロに対する寛容性も高いようでは困ります。テロは本来宗教の反対側にあるはずのものです。

 ただ、ここで一つ心配なのは、この問題とウクライナ・ロシア戦争が全く無関係ではないということです。ここのところウクライナに目が行っていましたが、それをある意味隠れ蓑としてイスラム原理主義者たちも大きな賭けに出ようとしています。

 ウクライナという小国がロシアという大国と互角以上に戦っていることに勇気を得ているという側面もあります。日本は蚊帳の外、それらは対岸の火事だと思うのは危険でしょう。

 なぜなら、外から見ればたしかに日本は敗戦国であり、かつてはテロ国家であり、そして今はアメリカの「属国」なのですから。 

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2023.10.10

苫米地英人 『宇宙人を語る』

 

 は私もシルクと仏教でつながっている苫米地英人さん。彼は天才ですが、半分宇宙人なので現代社会では変態とも言われます。

 私は彼ほど有名ではありませんが、彼とはかなり価値観を共有していると思いますから、たぶん社会的には変態なのでしょう(笑)。

 私もよく「宇宙人先生」とか言われますが、それは別に私自身が今地球にやってきている地球外知的生命体というわけではなく、どうも自分のDNA、あるいは記憶情報というものが宇宙由来であるような気がしているということの表現です。

 ここで苫米地さんが語ってくれているように、私たちの日常的な用語としての「宇宙人」は非常に狭い範囲であって、また、地球人中心というか日常的地球生活基準の表現であって、そこにいろいろな誤解や問題が生じていると思います。

 彼が言うように、「霊」よりもずっと科学的であるはずの「宇宙人」が、半ばバカにされるような存在になっているのはおかしい。

 というか、世の中で正しい情報を発信しているのは、ムーと東スポだけですよ(笑)。いや、マジで。

 陰謀論とオカルトは、反教育的、反マスコミ的という意味で似たような存在となっていますが、実際は真逆の存在です。両者とも目に見えないモノを対象にしているかのように感じられますが、実際は、陰謀論は二元論的な「コト」に安住し、オカルトは非二元論的な「モノ」を畏怖します。

 人間のせいにするか、霊や宇宙人のせいにするかの違いとも言えますね。

 いずれにせよ、私たち人類がいかに未熟で些細な存在であるかという気づきこそ、これからの未来に必要なことなのでしょう。

 この動画が収録されたのちにコロナ禍もありました。ウクライナの戦争もあります。そしてここのところまたパレスチナ問題が炎上しています。そろそろ「光る人」が現れるのではないでしょうか。苫米地さんが言うように。

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2023.10.09

謎の津波注意報と富士山ラドン濃度

Th_img_3447 浜での「ハイドン・モーツァルト・ロッラの協奏曲」、あいにく雨の中ご来場くださった皆様ありがとうございました(お隣大ホールではプリキュアのイベントが…笑)

 そして、ソリストはじめ共演者の皆さんにも感謝です。特にソリストの皆さん全員が「本番が圧倒的に最高の演奏」を実現していたことに敬意を表します。バックで演奏していても感動しました。これぞライヴ!

 さて、長い旅を終え、ようやく山梨に帰ってきたのですが、その間も富士山のラドン濃度のツイート(ポスト?)は続けておりました。リモートカメラで装置の数値を見ることができるからです。

 そして、ちょっと気になる動きが。

Th_-20231010-165529 そう、今朝の「津波注意報」についてです。ちょうど目を覚ましていた頃だったので、また鳥島近海が震源の地震かなと思ったら、どうも様子が変。そう、地震が発生していないのです。なのに津波が発生した。

 ここ1週間ほど富士山のラドン濃度も上昇傾向でして(ここ1ヶ月ほどかなり低い数値が続いていたとも言えます)、なにか動きがあったようです。

 3日、5日、6日と連続して鳥島近海でM6以上の地震が発生していますので、それとの関係を疑っていたわけですが、ここへ来てその鳥島近海であり得ないことが起きているというわけです。

 記事にもなっていました。

鳥島近海で続いていた地震「通常と異なる」 識者、警戒呼びかけ

津波の観測後に注意報発表、気象庁「津波予測するような地震なかった」「非常に珍しい現象」

 シロウトが勝手なことは言えませんが、おそらく大規模な陥没があったのではないか。そして、これが大きな動きへの前兆ではないかと感じます。

 決して恐怖を煽るつもりではありません。ただ、小笠原、伊豆諸島、伊豆半島、箱根、富士山は一つの大きな火山帯の一部です。富士山はその終点とも言ってもいい。今までの経験からしても、富士山は非常に敏感に大地の動きを捉えて反応してきました。

 ですので、これからのラドン濃度の動きに注目したいですし、注目していただきたいと思います。

 大難を小難に。小難を無難に。私たちの心がけ次第です。

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2023.10.08

【成田悠輔vs東浩紀】絶望感の正体は?日本の闇

 日横浜で本番。東京でリハをしまして横浜のホテルに移動。そこで見た動画がこれです。暗いけれど面白かった。

 東浩紀さんがかなり病んでますね。珍しく歯切れが悪い。諦めモードに入っている。しかし、これはいいことだとも思います。

 自分が生きている間には無理…という感覚が、実はスタートだったりします。それこそ自我脱却の第一歩。

 自分が生きている間には無理だけれど、それでも一生懸命利他的になれるかどうか。自己という小さな存在が時空における大きな存在の一部であることを悟る困難こそ「大峠」だと思います。

 人類は古来ずっと家族と私有財産をとにかく撲滅しないとユートピアは来ない…これはお釈迦様の言ったとおりですね。家族とお金が大切だというのが、まだまだ人類の一般常識です。

 AIとグローバル・メディアと観光、翻訳、そして女性の重要性と役割については、全く同意です。そして、その進展は止められないでしょうし、私たちの前の世代がそれらについて全く想像・創造しえなかったことを考えれば、それこそ私たちの生きている間なんて期待しなくていいでしょう。

 失望・絶望の向こうに希望がある。一度望みを失って、あるいは自ら絶ってみるのは大切なことです。

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2023.10.07

横浜にてまたまた偶然(必然)の出会い

Th_img_3406 日から3日間横浜です。昨日の博多に続き、今日もまた偶然な必然が。人間界的にはあり得ないくらい低い確率のことが、こうして当たり前に起きる。そんな毎日にだんだん慣れてきている自分が恐ろしい(苦笑)。

 今日は、家内が副顧問をやっている富士学苑のジャズバンド部が、横浜ジャズプロムナードに参加、みなとみらいのグランモールにて演奏いたしました。

 素晴らしい好天に恵まれた中、中高生の演奏(と家内の歌)を聴くことができました。この前も書いたとおり、この全国最大級のジャズフェスの実行委員長は、私のセミナーにも参加してくれたロバート・ハリスさんです。不思議なご縁はここにも。

 そして演奏終了後、家内と向かったのは日本丸を挟んで向こう側にある横浜市役所。5年前に私も主催させていただいたシルク・サミットは、今年横浜開催でして、会場は市役所の1階アトリウムです。

 ちょうどコンサート中で、こちらでも楽しい音楽を聴きながら、出店されたブースを徘徊しておりました。そこで家内が反応したのは、岡谷蚕糸博物館のブースにあった大きなカイコのぬいぐるみ。これはさすがに売り物じゃありませんよね?と家内が言うと、博物館のスタッフは残念ですが…と応じます。

 まあ、そこまではよくある話です。ここから信じられない展開が…とは言っても極個人的な奇跡なのですが。

 家内の言葉を隣の桐生のブースの女性スタッフさんが聞いていて、ちょっとこっちに来てくださいと。そこには、等身大サイズのカイコのぬいぐるみ(絹製)があるではありませんか。興奮する家内(笑)。

 そんなこんなでそのスタッフさんと、実は富士吉田で…などという会話をしておりましたところ、もう一人の年配の女性スタッフさんが入ってこられて「富士吉田に勉強に行きたい」など、こちらも話が弾みまして、連絡先を交換しましょうということに。私は名刺を持ってきていなかったので、先方からお名刺を預かりふと目を落としきたところ…ん?!

 このお名前知ってるぞ…なんでだ?と頭をフル回転したところ、ヴァイオリンのシルク絃でお世話になっている東京の方からかねがね「桐生に◯◯というすごい人がいる。会わせたい」と言われていたその人だったのです!

Th_img_3423 で、会話をさえぎって「すみません、東京あきる野の◯◯さんご存知ですか?」とお尋ねしたところ「えっ?もしかして山口さん!?」と、なんの説明もしないのに私の名前を出してくださったから、またびっくり。なんでも「山口さんというすごい人がいる。会わせたい」と聞いていたとのこと。

 二人とも1年以上前からお互いに「すごい人」と紹介されて気になっていたけれど、なかなかタイミングが合わず出会うことがなかったのですが、まさかの横浜でばったり出会ってしまった!!

 最近、こういう出会いが確かに多いのですが、この展開はさすがに私も驚きました。あのカイコのぬいぐるみが家内に語りかけなかったら素通りのすれ違いでした。

 ちなみに私は全然「すごい人」ではありませんが、先方は本当に「すごい人」です。

 変な話、絹(シルク)がいろいろなご縁を作ってくれているんですよ。そして横浜。

 考えてみれば、出口なおは綾部で糸繰りをしていたおばあさん。そこに郡是(現グンゼ)ができて、大本という宗教ができた。そして王仁三郎が娘婿として参画して世界を改造していく。

 さらに仲小路彰は、私の生まれた年開催の東京オリンピックで「日本のシルクを世界の女性に」というコンセプトのもと、絹文化の振興・発信に寄与しました。横浜のシルクセンターはその産物です(設計は弟子の坂倉準三)。

 明後日の私のコンサートはそのシルクセンターのすぐ隣の県民文化ホールで開催されます。そのまたすぐ近くには父の職場があり、そしてまたその近くにはなぜか娘たちも通うようになったハマスタがあるわけで、これはもう不思議としか言いようのないエリアであります。

 こういう流れに乗って、来たモノをしっかり受け止めて、自分の意志や欲は極力捨てて頑張りなさいということですね。そうします。

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2023.10.06

『本學ノスゝメ』出版 クラウドファンディング!

Th_-20231008-121734 然はもう偶然ではなく、間違いなく必然です。昨日新幹線で仕事中、昭恵さんからのメールに続き、久しぶりにある知人からメールが届きました。

 彼は4月の博多セミナーに参加してくれた一人で、その後私の話や耀わんの水の影響もあってか、本格的な書籍を出版する運びとなりました。

 クラウドファンディングで資金を調達したところ、一晩で(!)目標を達成したという報告のメールだったのです。

 「本學ノスゝメ」

 現代にあふれる「末学」ではなく「本學」に立ち返ることを勧める内容とのことで、私も大変興味があります。

 光栄なことに、私自身が彼に伝えた「時間の流れ」に関する話や、出口王仁三郎の耀わんに関するエピソードも収載されるとのことです。

 クラウドファンディングのメインページはこちらになります。

 豊かに暮らせる日本を描く!
誰も言わない日本のあるべき未来を描く一冊を発刊したい

 その素晴らしい内容を垣間見ることができる、目次含む冒頭部分はこちらで読めます。また、動画での紹介もあります。

 皆さんもぜひ応援してください!私からもお願い致します。

 私の「事業」は全て人任せです。セミナーも講演も、一つも自分で企画・集客・運営したものはありません。どなたかのひらめきに乗っかるだけ。ズルいなあと自分でも思います(笑)。しかし、実はそれが「脱自我」のために有効なのです。

 こんなやり方を、ある有名経営コンサルタントさんは「新しいビジネスモデル」と言ってくれました。まあ、たしかにそうかもしれません。神意に従って動かされるだけだから、本当に楽なのですが(笑)。

 書籍、本に関してもそうなのです。私、文章を書くのは全く苦手ではないのですが、どうも一冊の本を書こうとは思えないのです。本当にいろいろな方から「書け!書け!」言われるのですが。

 そんな時に、こうして私の言いたいこと(の一部)を「代筆」してくれる方が現れるとは。本当にありがたい。

 ちなみにいつも申していますが、私には著作権という概念がありません。私の話す内容はかなりオリジナリティにあふれているようですね。他の人は言っていないこと、検索しても出てこないこと、古典作品にも登場しないことが多いらしい。

 しかし、それらについても「自分で考えた末の自分の所有物」ではない感覚が強いので、引用や改変は自由なのです。ただし「改悪」は許しません(笑)。

 そうそう、12年前に書いたこの記事の感覚です。

 このブログの著作権について

 それはいいとして、とにかくこの「自分の書きたいことを誰かに書いてもらう」ということ、これは重要なことです。なぜなら、全ての「執筆」は「誰かに書かされている」からです。

 私がちょうど博多に行く機会にこういうプロジェクトが始動し、結果としてたった30分ほどでしたが、この日御本人に博多駅でお会いしてお話することができました。偶然ではなく必然ですね。私たちはより大きな存在に「言わされ」「書かされている」のでしょう。

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2023.10.05

『安倍元首相を狙撃したのは本当に山上なのか?』 中田健二

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 の日は福岡の糸島(の山の中)にてセミナーを開催。素晴らしい環境の中、素晴らしい皆様に囲まれて大変楽しく過ごさせていただきました。

 博多に向かう新幹線の中でこの本を読んでいる時、偶然安倍昭恵さんからメールが来ました。世界中を飛び回ってご活躍とのこと。

 さすがです。晋三さんの遺志、すなわち未来に投げたボールを昭恵さんはしっかり受け止め、ご自身なりに、いや昭恵さんにしかできない平和外交をされているのだと思います。

 不思議なご縁でご夫妻を身近に感じることが多かったからこそ、よくわかります。マスコミやネット情報なんか本当にウンコばっかりです(苦笑)。

 晋三さんの投げたボールはほかにもたくさんあって、それをそれぞれの人たちがそれぞれの立場でキャッチしていかねばなりません。

 その一つを中田さんは拾っているのでしょう。事件の真相がわかったところで晋三さんは帰ってきませんが、しかし未来は変わります。

 あきらかに未来を改変(改悪)しようという「向こう側」の動きがあるわけで、それに抗するためにはこうして誰かが科学的に検証しなければなりません。

 昨日のジャニーズとテレビ局の話にも通じますが、世の中には様々な悪意(自己欲求実現主義)を持ったパワーが存在します。もちろん、二元論的な浅薄な陰謀論には与しません。そんなに世の中単純ではありませんから、私たち庶民が簡単に理解できてしまう時点で、それは誤りだとわかります。

 また、それを利用する輩もいるから面倒なんですよね。メディアとは、高次元を低次元に下ろす役割のことを言います。ミーディアムですね。それは単なる窓でしかありません。そこを入口として、実際にあちらに行かねば真相はわからないわけであり、そういう意味でも、たとえば中田さんのような「行動」「実験」「検証」は尊いのであります。

 少なくとも、窓に区切られた世界を「世界」と思い込んでしまう私たち大衆とは大違いでしょう。

 私もできることは何でもする覚悟です。

Amazon 安倍元首相を狙撃したのは本当に山上なのか?

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2023.10.04

ジャニーズに関するテレビ局の「反省」から

 

 た忙しくて更新が滞っております。今は8日の午前中ですが、まずは4日の記事を書かねば。

 ええと、この日は…私、過去をウンコと断じてすぐに流してしまうクセがあるので、本当に記憶がないのです。困ったものです。そこで、パソコンのメモを見てみましたところ、この記事をクリップしておりました。

日テレ、ジャニーズ事務所への「忖度」あった 報道番組にタレント起用で「必要以上に慎重に」

 また、昨日(7日)にはTBSも同様の検証番組を放送しておりました。

TBS ジャニーズ事務所との関係を検証 「忖度」感じた社員ら証言…性加害報道で沈黙した理由とは

 比べてお読みになればわかるとおり、判で押したように全く同じような「反省」ですよね。おそらく他局も同じような「反省」番組を放送することでしょう。足並み揃えたのでしょうね。誰かだけが特に悪者にならないよう、みんなで同じ反省文を書いたと。

 私もこの前、こんな炎上必至の記事を書きました(あまり読まれないのでボヤにすらなっていません)が、まああそこに書いたことには間違いはなかったかなと。

 こういう権力構造と保身、忖度、緘口というのは、芸能界に限らず全ての「日本式システム」に存在しています。学校しかり、会社組織しかり、官僚制度しかり。

 芸能は「象徴」です。フィクションにしてリアルの抽象なのです。それはすなわち、私たち自身を映す鏡。

 気づきのない人間は、嫉妬心に基づいて、有名人・権力者・金持ちを批判し、彼らの困った顔を見て溜飲を下げますが、そういう人こそ、自分がそちら側の人間になった時には、率先して「パワー」を自己欲求実現のために使うものです。

 つまり、今回の騒動は、この前の記事にも書いたとおり、世の「立替え立直し」の象徴であり、私たち自身の魂の「大峠」の到来を示すものなのです。

 ジャニーズだけを、ジャニーさんだけを、そしてテレビ局はじめとするマスコミを攻撃するだけでは、なんの解決にもなりません。どれだけ自分ごととして捉えられるか、私たちは試されているのでしょう。

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2023.10.03

セファルディカ

 ろいろな音楽をやっておりますが、最近、イスラム圏の音楽の演奏依頼がいくつかありまして、改めて勉強しております。

 実際のところそれらの音楽の柱となる微分音は、西洋音楽に慣れきった私たちの耳にはかなり難しい。技術的にはできるのですが、表現的には「なんちゃって」になりがちです。

 聴く方も慣れていないので、ひどい場合は「音程が悪い」とか言われてしまう(苦笑)。

 そこで、ある意味自分にも聴衆にもわかりやすく妥協した音楽をやることが多い。つまり西洋楽器、西洋音階の中で、それらしくやるということです。

 そんな時に大変参考になるのが、「西洋に渡ったイスラム音楽」。具体的にはスペイン南部アンダルシアの音楽です。レコンキスタ後、スペイン王国の一部となりましたが、千年近くにわたるイスラム文化の影響は色濃く残っています。

 そんなアンダルシアの音楽をわかりやすく演奏してくれるのが、このセファルディカです。

 もうお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、そのネーミングからわかるとおり、セファルディム、すわなちアラブ、アフリカ、アジアに住んだユダヤ人の音楽も演奏します。つまり、アンダルシア地方にはそうした古ユダヤの文化も残っているのでしょう。

 いずれにせよ、もとは近代西洋音楽とは違ったスキームによって完成された音楽ですが、ヨーロッパに渡ることによって、さらに近代西洋音楽とも融合し、たとえば楽器は西洋の楽器も用いる、すなわち微分音は排除され近代音階の中で演奏されるようになったというわけです。

 だから、ある意味わかりやすい。これは日本の伝統音楽においても明治以降起きた現象ですね。

 というわけで、「なんちゃって」であるとも言えますが、またそれは進化しグローバル化したユダヤ・イスラム音楽だとも言えるのでしょう。

 YouTubeというグローバル・メディアに乗って、ローカル・メディアの巧妙な反撃が始まっているのかもしれません。

 

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2023.10.02

ELO 中期ライヴ集

 がヴァイオリン族弦楽器を弾き始めたきっかけは、イギリスのロックバンドELOでした。

 中学時代のことです。ミック・カミンスキーの弾く青いバーカス・ベリーのヴァイオリンに憧れ、中学3年生の時に一番安い鈴木ヴァイオリンを買いました。

 しかし、考えてみると、その後そこそこヴァイオリンが弾けるようになって40年、ELOサウンドのコピーはしてきませんでした。比較的なんでもやってきたので、今思うと不思議です。だいたい憧れのミュージシャンのコピーから始まるはずなのに。

 では、今やってみようと思うかと言うと、そうでもありません。憧れは憧れのままがいいのでしょうかね。

 そんなミックのソロ・プレイも存分に楽しめる、中期のライヴの動画がありますので改めて鑑賞してみました。ヴァイオリンやチェロのソロもたっぷりあって感動。

 1974年、1973年、そして1976年のライヴということで、途中メンバーチェンジもあり、また音楽的志向もプログレからポップに変わりつつある頃でして、逆に言うとその絶妙なバランス(アンバランス?)が楽しめる時期です。

 ヴァイオリンが入っているバンドは他にもありましたが、加えてチェロが2本入っているバンドというのは、今冷静に見てみるとかなり面白いですね。

 それにしても、リーダーのジェフ・リン、半世紀経った今でもあまり外見も声も変わらず活躍しており感心します。まあ、本人はこのあと大ヒットメーカーとして名を馳せ、しまいには憧れのビートルズの5人目のメンバーとまで言われるようになるわけで、まさに夢を実現する人生を送ることになります。

 それにしてもいい時代になりましたね。こんなマニアックなライヴを毎日タダで見られるわけですから。音も映像もきれいですし。昔はフィルム・コンサートなんかに足を運んでいましたっけ。それでも興奮したよなあ…懐かしい。

 

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2023.10.01

『幻の弦楽器 ヴィオラ・アルタを追い求めて』 平野真敏 (河出書房新社)

Th_81v1v6jjdqs_sl1500_ 日は小岩でセミナー。そして今日は高井戸で楽団の練習。ちょっと事情があって、今日は普段使っている4弦ではなく5弦のヴィオラを演奏していたのですが、演奏中一番高い弦、すなわちE線が切れてしまいました。

 まあ基本使わない弦なので切れても問題なかったのですが。ちなみにこの弦は三味線の黄色い絹弦でした。まあ、こんな奏者いないでしょうね(笑)。

 5弦のヴィオラと言えば、この本の主役ヴィオラ・アルタも、オリジナルはE線を加えた5弦だったようですね。結果としては、そのE線は廃止され、さらに楽器自体も消される運命にあった…。

 実はこの本の前身である『幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語』は10年ほど前に紹介しております。その後、残念ながら著者で演奏者の平野真敏さんは若くして癌でお亡くなりになってしまいました。

 幻の楽器や変な楽器に異常な興味を持つ(楽器だけでなく、幻・謎・変なモノ大好きな)私は、最近ではヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを変な演奏法で弾くのにハマっています。しかし、それはあくまでディレッタント的な立ち位置。

 平野さんは全くそういうレベルでのアプローチではなく、アーティストとして本当に運命的にアルタに出会い、そして謎を解明していくことになります。

 そして、前著の記事にも書きましたが、とにかく文章がうまい!そういう人だからこそ音楽の神様に選ばれて、この楽器の復権を任されたのでしょうね。

 遺稿の「クロアステカ」にもその文才は表れています。発表するつもりはなかったかもしれませんが、しかしだからこそ、てらわない文章の素晴らしいこと。

 最近、この楽器、本が「ゆる音楽学ラジオ」で紹介されました。そちらもご覧ください。

 私もいつかアルタを弾いてみたいでね。

 

 

 

Amazon 幻の弦楽器 ヴィオラ・アルタを追い求めて

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