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2022.11.24

清らかさと大和魂(グレートにこにこ)

Th_-20221126-103439 日は東京赤坂にて講演をさせていただきました。

 冒頭でお話したのは、昨日のサッカー、ドーハの奇跡についてです。

 サッカーの起源と性質が、実はヨーロッパ的な汚れの波動を持っていること、そして日本のサッカー選手たちとサポーターたちが掃き清めていること。

 ある意味私らしい(?)宇宙的視点からの解説をいたしました。面白かったでしょうか。

 「清らかさ」こそ、日本古来の最高の価値観であります。神道の根幹は「清浄」にあります。

 日本がワールドカップサッカーを通じて、汚れ果てた世界に清らかなメッセージを送っていると見ると面白いですね。

 さらにサッカーのみならず「戦い」の場で称揚される「大和魂」という言葉。

 これもまた一般には間違った捉えられ方をしています。

 「清浄」を国粋主義、軍国主義的な、国家のために命を捨てる覚悟として利用し始めたのは、近代になってからです。

 本来「大和」とは、大いなる「和」ということ。

 「和」とは、最もわかりやすく説明すると「にこにこ」になります。実際、「にこ」に漢字を当てると「和」なのですよ。

 ですから「大和」とは「グレートにこにこ」なのです。

 「清らかさ」が生む「にこにこ」こそが、本来の「大和魂」なのでした。

 勝って歓喜に湧いたあと、あのように感謝をもって「場」を清めることにより、相手チームや相手サポーターはもちろん、世界中の人たちの心をも清め、そして微笑ませる…本当に素晴らしいことだと思います。

 これこそ「事向け和す(ことむけやはす)」ということです。「こと」とは「言葉」のことではありません。言動の向こう側にある「意識」なのです。

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