バッハ 『フーガの技法』 (オランダ・バッハ協会)
バッハ最晩年の傑作「フーガの技法」は、私にとっても大変重要かつ難しい存在です。
高校時代以来、この作品の価値や意味、あるいは可能性と限界について、いやというほど考えてきました。
もちろん、その結論は出ていないのですが、この演奏を聴いて今までとは違う思いが湧いてきました。
なんというか、悲しいというか、虚しいというか、そういう美しさを感じてしまったのです。なんでしょうね。
西洋音楽の一つの極まりの状態であり、それは神の世界や宇宙の法則を象徴するかのように言われることも多かったわけですが、逆にその限界、人間が神や宇宙に到達できないというのも事実なのです。
おそらく晩年のバッハもそれを感じていたのではないか。それをこの年齢になった私が、この演奏によって多少感得できたのかもしれません。
この演奏の面白みは、やはりなんと言っても「人間の声」を楽器として扱ったということでしょう。歌詞(言語)を廃した純粋なる「声」の世界。
ご存知のとおり、バッハのこの抽象的作品に楽器指定をしていません。今までも多くの演奏家が、様々な楽器の組み合わせでこの曲をリアライズ(具現化)してきましたが、声を使うという発想は、あるいはスウィングル・シンガーズ以来(!)かもしれませんね。実際スキャットですし。
また、時代を超えた様々な楽器の組み合わせというのも面白い。どうせなら現代ピアノとかシンセサイザーとかも導入したら面白かったかも(笑)。
また、時々コラールを挿入することによって、この曲にある種の宗教性を与えているのも興味深い。私は賛成できませんが。
未完の終曲の扱いもこの曲集の難しさです。私は個人的には未完のまま、虚空に消えていく、すなわち永遠に終わらないフーガ(輪廻)が好きなのですが、ここで佐藤さんはあえて補作して終結させていますね。もちろん、それもありだと思いますし、実際上手な補作がなされています。
いずれにせよ、このとんでもなく空虚な作品に、様々な色合いを加えるというさらなる空虚な人間の試みに成功している、見事な演奏だと思います。映像も素晴らしいですね。現代を代表する好演奏となりました。
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