『教祖・出口王仁三郎』 城山三郎(その7)
未完の映画「王仁三郎一代記」
法的には何の根拠もない大本弾圧の烽火はそうした人々の中からも燃え上ったようである。事実「出口王仁三郎一代記」は、その年の大弾圧によって、遂に未完成に終った。
多分に王仁三郎の道楽といった感じのするそうした芝居や映画も、教義の普及宣伝にとっては、新しい強力な媒体となった。媒体として義務感でつくったものでなく、王仁三郎がいわば無償の情熱を注ぎこんだだけに、信徒にとっては迫力があった。(教団幹部も信徒も一つになって素人芝居に打ちこむ習慣は、今日まで続いている)
自己表現欲の一つの変型であろうが、活字文化の利用についても、王仁三郎は積極的であった。
機関誌を創刊し、ついで、それを旬刊にする。印刷所をつくり、自分も植字や組版に先頭に立って働いた。
後には、輪転機十台を持つ当時の大新聞「大正日日」を買収。さらに「人類愛善新聞」を発刊。一時は発行部数が百万部を越えた。既存の新聞社をおびやかすに十分な数字である。
時代に先んじてのマスコミ利用は、彼の先見性を示すものだが、同時にそれはマスコミのすべてを敵に廻すことになった。弾圧直後全国各紙がほとんど筆をそろえて大本邪教説を流したのも、取材の制限という障害のためばかりではなかったようだ。
ぎりぎり歯ぎしりしながら生きるわけではない。超人的に動き廻りながらも、人生に"遊び"を失わない柔軟な生き方――幡随院長兵衛を夢見たこともある王仁三郎は、人を生かして使うことも心得ていた。
入信した海軍教官で英文学者の浅野和三郎を十分に活躍させて、軍人層知識層の信者をひろげ、谷口雅春(生長の家)には雑誌編集に腕をふるわせた。世界メシヤ教主の岡田茂吉も、当時は大森の支部長として活躍していた。
一人の能力では、いかに非凡であっても、成長には限度がある。企業がある程度大きくなれば、多数の人材の能力をフルに発揮させることがトップの仕事になる。
苦労人で頭がよく、人の心を読むのがうまい。変性女子と言われるほどの柔軟さ、侠客的な親分気質――人を使うには、申し分ない性格であった。
人を使う能力とは、云いかえれば、組織づくりの能力でもある。
人類愛善会・昭和青年会・昭和坤生会・昭和神聖会・エスペラント普及会・ローマ字普及会等々、王仁三郎の組織した団体の名前は、列挙にいとまがない。
(その8に続く)
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