『教祖・出口王仁三郎』 城山三郎(その4)
吾は空行く鳥なれや
二十七歳のとき、父親が重い病気になった。
弟はバクチ打ちになって家出しており、乳牛の仕事を追われた喜三郎は、山に薪を伐りに出る余裕もなく、庭にある椋の木を伐って薪にした。鬼門の方角に当る木であった。
その後間もなく父親は死んだ、いっしょに荷車をひき、貧苦の明け暮れの中に死んで行っただけに、喜三郎は身にこたえた。
木を伐った祟りだと口々に云われ、喜三郎は近隣のいろいろな教会に出入りし、また、毎夜十二時から三時まで産土神社参りもした。
だが、それで解決が与えられるわけがない。いったんは神に近づこうとして、また背を向けた。
しゃれっ気がふくらんだ。わい談が上手になり、妙な焼物を焼いて人にやったりした。
弟がバクチ打ちということもあって、ケンカの仲裁に入ったりしている中に、ミイラとりがミイラになり、侠客気分になってくる。
もともと弁が立ち、度胸もいい。侠客の家に養子に招かれそうにもなった。
貧しく蔑まれてきた生活への反感――反逆精神は、手軽なところに捌け口をみつける。
弱きをたすけ強きをくじくことで、自分の非凡な力を現そうとする。明治の幡随院長兵衛になろうと真剣に思い、一年間に九回も大きな衝突をした。
そのあげく、弟ともども袋だたきにあい、大けがをする。祖母には、神をないがしろにした報いだと、懇々と説諭された。
喜三郎は、「懺悔の剣に刺し貫かれて、五臓六腑をえぐらるる様な苦しさを成し」(『自叙伝』)、富士山へ行くつもりで、
吾は空行く鳥なれや
………………………
遥に高き雲に乗り
外界の人が種々の
喜怒哀楽にとらはれて
身振り足ぶりするさまを
われを忘れて眺むなり
げに面白の人の世や
といったユーモラスな書置きを残して家出する。(祖父の辞世と共通する精神である)
ところが、富士に向ったはずが、翌朝、家から二キロ離れた高熊山という高台に坐っていることになる。
旧暦二月のことであるが、彼はここで一週間、襦袢一枚のまま岩の上に坐って断食修業。『聖師伝』の説明では、「天眼通、天耳通、自他心通、宿命通の大要を心得し、過去現代未来に透徹し、神界の秘奥を窺知し得るとともに、現界の出来事などは数百年、数千年の後までことごとく知ることが出来」るようになる。
だが、こうして「霊界探検」をして悟りを開いたつもりの喜三郎も、村に帰れば、「キツネがついた」というわけで、体の回復するのを待って、静岡県清水にある稲荷講社の本部に行かされる。キツネツキを払い落すためである。
講社の総長は、長沢という霊学の大家であった。勉強好きの喜三郎は、この長沢老人について、熱心に心霊学を学んだ。そして、鎮魂帰神の得業免状も得た。
鎮魂帰神とは、両手の指を組み静坐瞑目している中に神がかりの状態となり、しゃべったり、とび上ったり、ころげ回ったりする。後でこれは大本教にとり入れられ、大道場で数十人の人がそうして飛びはねたりころげ回ったりすることによって、インテリをふくめ、多くの信者の心をとらえることになった。
この鎮魂帰神の免状とともに、稲荷教師の免状ももらった。キツネツキを払い落しに行ったのに、逆に、キツネツキを払い落す稲荷おろしの資格を持って帰郷することになったのである。あらゆる機会を受身ではなく前向きにつかんで行こうとする姿勢がここにも出ている。
当時、文化のおくれた山村地帯には、キツネツキの病人が多かった。急激な社会の変化に対応できぬノイローゼ状態の人々をも、すべてキツネツキという形で整理していたためでもあろう。キツネツキを払い落す稲荷教師の仕事は、職業としても成り立った。
青年喜三郎の前には、おそらくは彼自身もそれまで思ってもみなかった生計の道が開けた。
「艮(うしとら)の金神」を信じる金明会(後の大本教)の出口ナオと出会ったのは、こうした時である。二人の結びつきは、それぞれが神託を受けて、求め合ったことになっている。
喜三郎の心の中に、いかなる内的(霊的)な必然性があったのか、神学上の問題については、わたしには説明する資格がない。
問題をごく人間的に見てみると、こういうことになる。
(その5に続く)
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