平野歩夢の「怒り」とは
本当に素晴らしかった。我が家は見事に「サブチャンネル」の罠にはまり、肝腎なシーンをリアルタイムで観ることができませんでした(笑)。なにしろ特殊なテレビ環境なので、ウチは。
シロウトの私は、競技については語ることはできませんが、平野歩夢選手の精神性については少し語ってもいいかと思います。
とにかく今回の北京オリンピックは、ジャッジにいろいろな問題が浮上していますね。近代オリンピックの性質自体もそうですが、どうしても「冬のオリンピック」はその白人中心の考え方が強くなりがちです。それはもうしかたありません。それでもだいぶ改善されましたから。
だいたい、フィギュアスケートであれだけアジア人が活躍するなんて、ちょっと前まで考えられませんでした。白人の美意識が「姿かたち」の基準でしたから。
さて、今回は歩夢選手の2回目の、あの驚異的なランの点数が予想よりかなり低かったこと、これは事実としてそのとおりでしょう。
比較的平等な新しい競技の中でも、アジア人差別的なことがあるのだとの指摘もありましたが、どうでしょうね、実際はレジェンドの引退の花道を作りたかったという意識が働いたのだと感じました。
結果として、2回目を上回る3回目の超驚異的なランが成功しましたので、ある意味最悪の事態は避けられました。
ですから、今注目すべきは、その3回目を現実のものとした歩夢選手の、それこそ驚異的な精神性の強さ、いや高さなのではないでしょうか。
彼は優勝決定後すぐに「2回目の点数には納得いかなかった。3回目はその怒りを表現できた」というような趣旨のことを語りました。そして、その後のインタビューで、実に興味深い発言をしています。
……納得がいかなかったですね。正直、全然おかしいなと思って、どういうジャッジしているんだと。でも点数出ちゃっていたし、その場でどうこう言って変わる問題でもないので、結構もう正直自分の中では、笑えないというか、怒りが自分の中で出ちゃっていた部分が、いいスイッチになったのかな……
これも単純に聞けば、私たち観衆と同じ感覚で「ムカついていた」のだなと思ってしまうところです。しかし、もう実際にそうだったとしたら、絶対に3回目の完璧なランはなかったでしょう。
大切なのは、彼がすぐに切り換えているところです。過去にこだわってブーブー言うことの無意味さを、経験的に知っていたのでしょうか。それとも彼の生来の性格なのでしょう。いずれにせよ、これはかなり「悟り」に近い。
少しうがって言うなら、「怒り」のベクトルを一瞬で、自分に向けることができたということでしょう。つまり、実際自分のランに減点される要素があると思い直し、そういうレベルに終わった自分に対して「怒り」を抱いたと。お前まだまだ行けるだろう!と。それが「表現」になったわけです。実際にシロウト目に見ても、3回目のランは高さ、着地、流れ全てにおいて2回目を凌駕していました。
ここが凡人、常人とは違うところなのです。つまり、ハイレベルなアスリートの絶対条件を、彼は示してくれたわけですね。
そうして読み直すと、直後の「2回目の点数には納得いかなかった。3回目はその怒りを表現できた」の意味も違ってきます。
仏教では「怒り」は最も悪いものとされます。ですから、修行者たちは「怒り」を抱かないようにすることに努めます。しかし、そうではなく、その湧き上がった「怒り」を客観的に観察して、そしてコントロールして矛先を変えることの方が、もしかすると次元が高いのかもしれませんね。
本当に素晴らしい金メダルでした。おめでとう。学びがありました。ありがとう。今どきの若者はすごい。
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