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2022.02.04

山下達郎 『悲しみのJODY (She Was Crying) 』

Th_4943674007912 原みきさんが昨日の動画に登場していましたよね。若くして亡くなってしまった彼女、現在の世界の大「松原みき」ブームをあちらでどんな思いをもって見下ろしていることでしょう。

 アメリカを呑み込んで凌駕していたことが、時を経て証明された1980年代の日本のポピュラー音楽群。

 明治維新から80年で日本は敗戦しアメリカの属国に落ちたかに見えましたが、実はその後40年でこういう音楽を作り、そしてそのまた40年後に、世界中が「シティ・ポップ」と称してそれらを称賛している。

 私はちょうど80年代はジャズとバロックにはまってしまい、ほとんどリアルタイムでその「シティ・ポップ」を聴いていませんでした(当然、毎日耳には入っていましたが)。

 おかげで、今、こうしてある意味「リアルタイム」で未来の音楽を享受し、そして今だからこそ「わかる」ことができる。ベースをやっている長女もこのあたりの音楽が大好きなので、世代を超えて感動できる幸せを味わっております。

 そんな中で「うわっ」と思った音楽を、これから時々紹介していこうと思っています。

 今日は山下達郎さんの名曲群からこの1曲。

 大学の時、隣の住人が毎日達郎のレコードを聴いていまして、私は対抗してジャズやバッハをかけていましたっけ(笑)。

 当時も実はこの曲は好きだったのです。ただ素直になれなかった。今となっては隣のSくん(間借りだったので、ふすま一枚はさんでのお隣)に感謝です。

 今ならいろいろ分析できますが、まあ理屈は抜きに、アメリカとヨーロッパの絶妙なミックス感が良いですね。ポップさとコード進行遊び(実験)を両立させた。

 そこに当時の日本の空気、バブルに向かう軽くて明るくてプチゴージャスな感じも乗っています。当時、私は海なし県の山の中に住んでいましたが、隣の部屋からふすまを突き抜けて潮風が吹いてくるような感覚になりました。

 以前は、達郎さんの声を聞くと(竹内まりやさんの曲などでも)、彼の顔を思い出してしまい、特にコーラスでは山下達郎合唱団…つまり数十並んだ彼の顔…が映像化されてしまい、どうも音楽に没頭できなかった。最近ようやくそんな病を乗り越えました(笑)。いや、歌うますぎでしょ(加えて、楽器もサックス以外彼の演奏)。

 

 

 今日も仲小路彰文献の活字化&校正をしました。仲小路の「未来学」が、当時の音楽に(直接・間接的に)影響を与えた話は何度も書きましたね。

 山下達郎さんもこの年(1983年)、アルファ・ムーンに移籍しています。アルファレコードの村井さんは、川添象郎さんを通じて仲小路彰に会っています。

 同じ年、松田聖子さんの名作「ユートピア」が発売され、「悲しみのJODY」がオープニング・タイトルとなった「MELODIES」とチャート1位を争いました。「ユートピア」では、キャンティ族のユーミンや松任谷正隆さん、そして細野晴臣さんが大活躍しています。

 翌年、細野さんは仲小路に会いに山中湖を訪れますが、すでに仲小路は病気療養中で自宅にいませんでした。その3ヶ月後、仲小路は山中湖で亡くなりました。21世紀のために多くの遺産を残して。

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