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2022.01.22

『五日市物語』 小林仁 脚本 監督作品

Th_81qn2ugfil_ac_ul320_ 日、家族と入間のアウトレットに行った時、めちゃくちゃ遠回りしました。

 大月から松姫トンネルをくぐって小菅村へ、そこから奥多摩湖に出て三頭橋を右折して奥多摩周遊道路を走り、浅間尾根駐車場から蜃気楼のような東京都心を拝んで檜原村に入り、秋川渓谷を抜けて五日市へ、そこから青梅を経由して入間へという長距離ドライブ(ふぅ)。

 これが実に楽しかった。私も奥多摩の山の中を走るのが大好きなんです。

 ん? 地図を見るとめちゃくちゃ遠回りでもないですね、距離的には(入間は地図の右上欄外すぐ)。

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 山梨の東部も魅力的な深山幽谷ですが、奥多摩にはまた違った味わいがあります。山梨、東京、埼玉、神奈川等お近くにお住まいの方はぜひ一度、東京の多摩西部から奥多摩、そして山梨の小菅、丹波山あたりをドライブしてみてください。

 特に浅間尾根駐車場からの幻想的な都心の遠景は本当に不思議な感じがします。そこからの夜景もまさに幻。都会がいかに幻想の産物であるか実感できますよ。

 さて、そんなわけで、今は「あきる野市」になった秋川と五日市の風情を満喫しながらのドライブだったわけですが、その雰囲気を味わえる映画がこれです。

 もともとあきる野市市制15周年を記念して制作された映画ですから、もちろん地元PR的な要素が強く、また低予算のため決してクオリティの高い作品ではありません。しかし、あの独特の雰囲気、一般的なの東京のイメージからは程遠い、しかしこれも東京に間違いないという世界を知るにはなかなか優れた作品なのです(遠藤久美子さんの明るく元気なキャラと、草村礼子さんの深く落ち着いた演技のコントラストにも注目です)。

 「渋谷が村だったころ、五日市は町だった」というようなセリフがありましたが、そう、かつて多摩郡は江戸とはまた違った独自の歴史と文化を持っていたのです。

 小学校当時、東京都民だった私は、社会科で東京の地理や歴史を学びました。その時も、秋川や奥多摩はとても遠く感じられましたっけ。今、あの頃から半世紀ほど経ち、こうして改めて「東京」を味わうことができることに、なんとも不思議な気持ちになります。

 面白いもので、ここ1年で急にあきる野周辺の皆さんともご縁ができました。この映画のように、私も「風」になって訪問しているのかもしれませんね。

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2022.01.21

THE YELLOW MONKEY 『JAM』

Th_-20220122-121845 U-NEXTでイエモン企画が始まっています。これがファンにとってはなんとも贅沢。

 ウチはケータイでmineo持ってる(4回線)ので、U-NEXT半額なんですよ。ラッキー。

 今日は時間があったので、活動休止寸前2001年の「メカラ・ウロコ 8」ツアーの東京ドーム公演を鑑賞しました。感動でした。

 ワタクシごとですが、この頃はまだ吉井和哉は単なる「推し」の対象でした。毎年12月28日に武道館で彼のことを眺めていました。

 それから何年後でしょうかね、二人は運命的な出会いをするのでした。それも向こうから来た。推しが訪ねてきた。そして実は数十年前に出会っていたことがわかってお互い驚いた…娘に言わせれば、それはもう「死んでもいいレベル」のことだそうです。そりゃそうだ。

 一昨年前の再結成後の東京ドーム公演に参戦する予定でしたが、コロナで延期。11月は仕事が忙しく参戦できませんでした。

 今日、ちょうどその11月公演の「JAM」の動画が公開されました。これはこれで味わい深い演奏ですねえ。2001年とは大違い。

 私もですが、吉井くんも50代になり、すっかり大人になりましたな(笑)。

 

 

 解散前の「JAM」は、これはこれで魅力的です。歌詞の「ジャム」のところでコードを変えたり、最後に転調したり、なんかそういう「JAM」も大好きです。この動画がそのバージョンですね。

 

 

 

 もう今さらな話ですけれど、吉井和哉は天才です。学校のお勉強はできなかったけれど(笑)、そんなの関係ない。音楽のセンスはもちろんです。この「JAM」も、ある意味コテコテの「ドシラソ」ベースに8分の12拍子。特に歌い出しは歌とベースが平行(並行)して「ドシ」と下がってくる。クラシック界では禁じ手ですよ(笑)。それで陳腐にならない名曲に仕上げちゃうんですから。

 そしてそして、やはり日本語のセンスが抜群。学校の「国語」なんかできなくて良かったですね〜。もう近代文学を飛び越えて古典的な言葉遣い、いや「言葉使い」ですよ(魔法使いみたいな意味で)。

 私はこの曲に出会っただけでも、生まれてきて良かったと思いますよ。本当に。ありがとう。

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2022.01.20

長州力、天龍源一郎、藤波辰爾 東ハトCM「あみじゃが・ぼうじゃが」

 

 から笑ってほっこりした動画。

 この三人の猛者たちの熱い戦いに興奮し、勇気づけられてきた世代としては、当時とは全く違った意味で感激ですよね。

 これこそ「プロレス」の奥深さ、素晴らしさですよ。荒御魂と和御魂セットで一つの世界。それも「時」をまたいでですから、これぞ神話の世界です。

 先日書いたように、地球ではなく宇宙のスポーツはいかに「利他的」であるかを競います。地球人には信じられないでしょうね。逆に、普通の宇宙人にとっては、いかに「利己的」であり、いかに「相手の邪魔をするか」を良しとする地球のスポーツは「スポーツ(気晴らし)」だと思えません。

 そういう意味でプロレスは、地球スポーツの宇宙スポーツへの進化の過渡期の形態であり、それがこうして受け入れられ、生き残っていることは示唆的です。

 40年前に、お互いを信頼することによって思い切ってぶつかりあった、すなわち「利他的」に戦った彼らだからこそ、今こうして「和」を表現できるわけです。

 また、こうして「滑舌が悪い」というある種の欠点(それはかつての戦いの産物でもあるわけですが)を、それぞれ無垢に表現し、それを「笑い」と「平和」に昇華する文化もとても大切だと思います。

 最近は様々な欠点、弱点を意図的に隠す、あるいは不自然に陽転させる傾向がありますが、それは本来の日本文化になじみません。

 日本神話に見られるように、外面的、内面的な欠点、弱点(もちろんそれらは西欧的な基準でのそれです)を「そのまま」表現し、そこに高次元の意味を与えるということが、本来の自然であり、無意識的智慧であったはずです。

 この世知辛い時代に、こうして本来の日本文化を体現してくれるレジェンド三人は、やっぱり「神」ですね。

 それにしても、何度見てもほっこりします。ありがとう三貴子たちよ。

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2022.01.19

松浦亜弥 『部屋とYシャツと私』

Th_-20220120-83741 近寝る前に必ず聴くのがこれ。

 実は1ヶ月前にもちょっと紹介したのですが、オマケみたいに書いたので、今回はちゃんと紹介します。

 気持ち悪くてスミマセン…と先に言っておきますが、毎晩これ聴いて泣いてるんですよ。感動して。

 何度も書いているとおり、我が家全員があややの大ファン…というか信者でして、とにかく4人の人生の最終目標はあややに会って、そして一緒にカラオケに行くですから(笑)。

 私も本当にいろいろなタイプの音楽を聴き、演奏してきましたが、死ぬ(寝る)前に聴く音楽はこれなのです。つまり、人生最後の(なるかもしれない)時に聴くのがこれなのです。

 平松愛理さんの「部屋とYシャツと私」のカバー、本当に素晴らしい。MC面白すぎ(笑)。そして歌うまい(涙)。

 それもこの演奏、歌唱。ほかのバージョンもあるのですが、このライブが最高。

 高音の抜き方、コントロールの巧みさは、あの美空ひばりに通ずるところがありますね。歌に自信のある家内も、これには「脱帽」だそうです。

 聴くのと同時に、観ます。どなたか偉い人が、「あややは歌で芝居ができる」と評したといいますが、全くそのとおりです。

 この曲、オリジナルはあんまり好きではありませんでした(スミマセン)。しかし、あややのこの歌唱を聴いてからは毎日聴くようになってしまった。

 たしかに、ちょっと怖い曲ですよね。しかし、一つのお芝居だと思うと違った曲に聞こえてくる。あややの歌のおかげです。

 あややのすごいところとして「視線・目線・目配せ」もありました。EXILEのATSUSHIさんがサングラスはかけ始めたのは、なんでも松浦亜弥さんのそれを見て「こりゃ無理だ。絶対できない」と思ったからだそうです。わかるなあ。この曲での目線、表情にも注目ですよ。
 

 

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2022.01.18

小田全宏 『お金に心配しない生き方!「豊かな人生」を歩むため本当に大切なものとは?』

 

 年3月56歳7ヶ月で、長く勤めた学校を早期退職しました。今はいちおう法人の顧問という立場ではありますが、収入は数分の1になってしまいました。

 その他の収入も見込んでいたのですが、面白いほどに様々な力が働き実質はゼロ。友人にアドバイスを頼んであった確定申告も、必要なくなってしまいました(笑)。

 しかし、ある意味とても豊かな生活をしております。今までできなかった(してこなかった)親の面倒を見たり、「大人の修学旅行」を催したり、仲小路彰の文献のデジタル化をしたり、家族との交流の時間が増えたり、とにかく心の面ではとても充実した毎日を送っています。

 まさに誰かのために「やりたいこと」「やるべきこと」をやっているという感覚ですね。

 そして、面白いもので、ギリギリ必要なお金、そして物資が「流れてくる」。こういうことが本当にあるのだと、体験してみて分かりました。ありがたいことです。

 最近も、白米がなくなったら玄米が届き、玄米が尽きたら麦と雑穀がやってきました。そして、それが美味しいし健康に良かったりもする。食に関しても新たな価値観を学ぶことができました。

 ちなみに一番流れてくるのが「日本酒」です(笑)。全国の高級日本酒、とても自分では買わないような逸品が、尽きることなくやってくる。まさに酒清水、酒湧池、猩々の与えてくれた尽きせぬ壺のごとくです。ありがたや。

 昨年の今頃は、私だけでなく家族も大変な不安、特に「お金」に関する不安がありました。なにしろ今年度は娘二人が大学生ですので。それはそうでしょう。

 しかし、やってみたら不思議となんとかなりました。そして今は、家族全員、これからも「なんとかなる」という平安な気持ちになっております。

 さて、そんな折、尊敬する小田全宏さんがこんな動画をアップしてくれました。富士山を世界遺産にした張本人である小田さん、我が家にも遊びにいらっしゃり、一緒に聖山に登ったりもしました。

 その利他的な生き方、徹底した前向きで明るい生き方から、多くの智慧を頂戴しております。

 このお話も、実にタイムリーにお聞きすることができ幸運です。今だからこそ分かるお話ですね。私の場合は(正しい意味で)「Fire」して良かったと思っています。感謝。

 やるべき仕事とは、直接お金になることだとは限らないのですね。

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2022.01.17

映画『野球狂の詩』 水島新司原作・木之内みどり主演作品

Th_71vrgc0fxol_ac_ul320_ 島新司先生がお亡くなりになりました。

 本当にお世話になりました。少年の私を育ててくれた恩人です。

 当時、多摩川沿いの大田区に住む野球少年だった私。まあ、あの頃の少年はみんな「野球少年」でしたよね。

 特に小学校5年生、6年生の時、漫画「野球狂の詩」にはまりまくり、特に「水原勇気」にはほとんど初恋のような感情を持っておりました。初恋ではないな。思春期の始まりの時に、初めて「女」を感じたというか。

 この映画、調布大塚小学校を卒業し、石川台中学に入学する寸前の春休みに、蒲田の日活で観ました。ロマンポルノのポスターが貼ってある汚い映画館に入るのはドキドキでした(笑)。忘れられない日ですね。

 当時、あまりに漫画の「水原勇気」に憧れていたので、この木之内みどりさんの水原勇気には正直違和感を覚えました。

 日活お約束の着替えシーンと入浴シーンには、当時かなり動揺しました(笑)。

 映画としてもなんとも消化不良な内容だった記憶があるのですが、しかし、こうして45年ぶり(!)に観ますと、まあなんと魅力的な作品でしょう!

 原作の雰囲気、特に昭和の男の泥臭さ、人情というものがにじみ出ていますし、なんと言っても水島先生の常識を突破する意思というものを感じることができます。

 もしかすると、もう少しでこの世界は実現するかもしれませんよね。女性プロ野球選手。オリンピックでもようやく男女混合の競技が始まりましたし。

 まだ、女子野球がほとんど注目されていなかったあの頃に、このテーマで喧嘩を売ったわけですから、本当にすごい。

 訃報に接して、多くのプロ野球選手がコメントしていますが、本当に水島先生の野球愛はすごかったし、プロ野球選手より野球に詳しかった。さらに言えば、野球を通して社会の矛盾や消えゆく文化を表現してくれていたのですね。

 この映画には、水島先生ご自身も「水島先生」役で出演しています。そして同時に当時南海ホークスのノムさんも見事な演技(?)を見せてくれます。あの終始ニヤニヤしているのがなんとも言えない。岩田鉄五郎(小池朝雄さん)とノムさんが普通に会話しているところ、夢と現実が見事にごっちゃになった素晴らしいシーンです。この一連のシーンだけでも、今となってはとんでもない夢のような世界ですよ。

 ちなみに小池朝雄さんと言えば、あの頃も今も「刑事コロンボ」。関西弁しゃべるコロンボという感じで、これもまた不思議な感覚でした。

 

 

 多摩川グランドのシーンはとにかく懐かしかった。当時はもろにリアルタイムでそこに毎日曜日通ってましたからね。そういう意味でも自分にとっては宝物のような映画となりました。

 そして木之内みどりさんが可愛い!当時は漫画の「水原勇気」が一番だったので、あまり興味を持ちませんでした。もったいない(笑)。

 のちに、あのベーシスト後藤次利さんと結婚、離婚、そして竹中直人さんと再婚するわけです。すごい人生ですよね。

 というわけで、水島新司先生のご冥福をお祈りしつつ、自らの少年時代をも改めて「追悼」した今日でした。先生、お疲れさまでした。本当にありがとうございました。

Amazon 野球狂の詩

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2022.01.16

令和4年度 共通テスト「国語」

Th_kokugo_001 っそく解いてみましたよ。

 答えが出ないような悪問はなかったと思いますが、せっかく時間をかけて「名文」を読ませるのですから、もっと問うべきことがあるように感じました。

 特に新味を持たせた「メモ」や「ノート」や「話し合い」は、そういう設定自体に意味があるのか疑問に感じました。普通の問題の形式で良いのではないか、そういう新しい形式にして問う意味があるのか、結果として受験生に無駄な時間とエネルギー(頭の転換など)を課しているだけではないかということです。

 そのあたりに、本質よりも形にこだわって(ごまかして)しまうという、学校教育によくある根本的な悪弊が垣間見れるような気がします。

 私自身、少し学校という現場から距離を置くようになり、その結果一般社会に近づいた結果、ようやくそういう問題点が見えてくるようになったとも言えます。

 作問もしてきた立場から言いますと…(問題用に書かれたのではない)他人様の文章の一部を取り上げて「教育的」な問いを作るのは本当に難しい。作問委員の方々のご苦労はよ〜く分かります。

 だから私は自分で「本文」を書いてしまうのですよ。今年も書きました。作問を意識して書けるし、だいいち著作権の面倒な問題がない上に、筆者自身が解けない(正解がない!)という笑えない(笑える?)事態も避けられます。

 なんで、世の国語の先生は自ら「本文」を書かないのでしょうね。文章書くのが得意なはずですが。

 私なんか、いっそのこと古文(擬古文)も、漢文(漢詩)も自分で書いちゃいますよ(笑)。その方が楽だし、早いし。

 まあ、そんな宇宙人の戯言はよいとして、やはり共通テストのような選択問題ですと、「国語力」を測るというより、「情報処理力」あるいは「詐欺に合わない力」を測ることになってしまいますね。それはそれでもしかすると「国語力」よりも大切な力かもしれませんが。

 共通テスト 国語

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2022.01.15

トンガ沖火山噴火

 

 年末からやや活発な活動を見せていたフンガトンガ・フンガハアパイが、今日午後大噴火を起こしました。

 おそらく火山爆発指数6を超え7になる可能性もある大規模なものです。

 爆発音が2千キロ以上離れたニュージーランドでも観測されたようですし、動画にありますように気圧の変化という形で日本にも衝撃波が届いたとのこと。

 これから津波も到達するので、十分な注意が必要です。

 これだけの大噴火は100年に1度あるかないかということで、どうも1991年のピナトゥボ山の大噴火を凌ぐ規模になるかもしれません。

 ピナトゥボ山の時のことは記憶に鮮明ではないでしょうか。日本では1993年が大冷夏となりました。平成米騒動とも言われる米不足に陥り、私もタイ米を食べましたっけ。

 少なくともこのくらいのことがここ2〜3年の間に起きると思っていた方が良いでしょう。

 ご存知のとおり、火山の噴火が人間の歴史を動かした例は多数あります。

 特に有名なのは1783年のアイスランドのラキ火山噴火(火山爆発指数6)。この大噴火は、地球規模で数年間の寒冷化を引き起こしました。

 それがヨーロッパではフランス革命の、日本では天明の大飢饉(からの寛政の改革)の遠因となりました。

 最近は温暖化ばかりが叫ばれておりますが、たしかに大きな温暖化の流れはあるとしても、こうした一つの火山の噴火で大きく状況が変わる可能性があります。

 火山の噴火は地球にとってはちょっとした出来事ですが、その地球に間借りしつつ我が物顔にふるまっている人類にとっては、大変大きな「災害」になるのです。

 ここのところの、カーボン・ニュートラルやSDGsといったお題目も、所詮は人類目線のキレイゴト。だいたいそんな時に、地球(自然・神)からのしっぺ返しがあったりするモノです。

 「コト」が行き過ぎると「モノ」が発動するというのが、この宇宙の仕組みなのです。

 現在のトンガはもちろん、未来の地球全体の大難が小難になり、そして無難になりますように。そのためには私たちの気づきと祈りが大切です。

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2022.01.14

ソーラーセンサーライト(暖色系)

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 近購入した優れモノを紹介します。

 ノーベル賞を受賞した赤崎、天野、中村の三氏が開発した青色LEDのおかげで、白色のLEDが可能になり、多くの照明がLED化されました。

 その結果、世界全体での省エネの総量はとんでもなく大きな数値になります。

 ある意味地味な発明ですが、私たちの生活に直結していること、さらに地球環境に対する貢献度の高さということで言うと、21世紀最大の発明ということになるかもしれません。

 そのおかげで様々な色調合ができるようになり、暖色系白色、すなわち電球色の製品も一般的になりました。

 皆さんも様々なところで体験していると思いますが、純粋な白色LEDの光はやや攻撃的でまぶしさを感じますよね。その点、こうした暖色系のLEDはたしかに「暖かさ」、さらには昔の裸電球的なノスタルジーすら感じさせます。

 我が家の玄関灯もそうした暖色系のセンサーライトにしていますが、そのすぐ近くの壁に設置していたセンサーライトが純白系だったので、このたびそれは家の裏に移設し、新たにこの暖色系センサーライトを設置しました。

 この製品、まずデザインがよろしい。シンプルです。飽きの来ないオシャレさがある。

 明るさはまあまあですが元々予備灯ですし、柔らかさを求めていたので、これでちょうどいいくらいです。

 天面の太陽電池パネルは比較的大型で、直射日光が当たらない時間にもそれなりの発電をしてくれます。

 さらに良いのは、こういう製品には珍しく内蔵の蓄電池が交換可能だということです。開けてみましたら、一般的な3.7Vリチウム電池でしたので、へたったら簡単に交換できますね。

 ちなみに私が購入した時は、なんと1000円のクーポンがついていたので、たった2510円で購入できました。安い!

 今のところ快調に点灯してくれていますので満足しております。

Amazon URORU ソーラーライト屋外LEDセンサーライト

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2022.01.13

EVの現実(バッテリー問題)

 日は急用で東京に行きました。いつもどおり軽自動車で高速道路を行きました。往復250キロくらい走りましたが、ガソリンタンクの残量は半分以上。

 冬の時期やや燃費は下がりますが、それでも軽四駆箱バンとしては優秀で18.3km/lをキープ。AGSの優秀さが分かりますな。エブリイのガソリンタンク容量は37Lですから、理論的には満タンで677km走れる計算となります。ギリギリ秋田まで行けそう。

 一方EVはどうなのか…現実は下の動画をご覧くださいませ。

 世界の完全電気自動車に向かう潮流に危惧を覚えております。エンジンという非常に繊細な精密機器の製造技術と根性がない某国(複数)の事情によって、私たちは振り回されている感じですね。

 昨年こんな動画を紹介しました。

 EV推進の嘘

 極寒冷地山の中の我が家付近ではほとんど実用にならないでしょう。

 そのような厳しい環境でなくとも、いかにEVがストレスフルかという動画がいくつか公開されております。

 今日は、冬の高速道路長距離運転の例を紹介しましょう。非常にリアルな動画です。

 皆さん、これを見てもEVに憧れますか。

 スマホでさえ、バッテリーの残量にいちいちヒヤヒヤしたりしますよね。スマホならモバイルバッテリーを持ち歩くということで、そのストレスからある程度開放されますが、車の場合そうは行きません。

 長距離運転の多い私からしますと、このストレスおよび時間のロスにはとても耐えられそうにありません。

 ちなみに私の未来の記憶ですと完全EVが実用的になるには、地球上の科学技術で言いますと、小型核融合炉の実用化と大型キャパシタの技術革新が必要です。

 

 

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2022.01.12

『奇蹟がくれた数式』 マシュー・ブラウン監督作品

 

 日の中島岳志さんの「思いがけず利他」にも出てきたこの映画。インド人数学者ラマヌジャンの天才ぶりと葛藤、そして早すぎた死が描かれています。

 そういえば、数日前、満島ひかりさんがこの映画で過呼吸になったと語っていましたね。

 満島ひかり、過呼吸になるほど泣いた映画とは?

 中島さんも紹介していたように、ラマヌジャンは直観から数多くの数式を発見しました。そして、それを証明することに消極的でした。すでにその結論はすでに正しいからであって、証明の必要はないと考えていたのです。

 なぜなら、彼はインドの女神ナマギーリからそれを授けられていたからです。女神が彼の舌に数式を書いてくれるのだと。

 西洋近代の特に自然科学においては、そのようなモノ的世界は許されません。証明というコトを介さないと認められないのです。

 私は全くの凡才ですが、やはり最初から結論をダウンロードできるタイプですので、アカデミックな世界からは大いにバカにされています(笑)。それでも中には、私の代わりに研究をしてくれる学者さんもいらっしゃる。本当にありがたいことです。

 逆に言うと、私は勉強や研究をして結論を導き出しているのではないので、その結論とやらも自分の「コト」ではありません。どこかからやってるモノなので、当然私の所有物ではありませんから、著作権もなにもあったもんじゃない。ですから、全く自由に使っていただいて構わないのです。

 もともとこのブログでも著作権について下記のように説明していました(笑)。

 このブログの著作権について

 ある意味、ラマヌジャンもそういう発想だったのかもしれませんね。ハーディがいなかったら彼が歴史に名を残すことはなかったのでしょう。その出会いこそが「奇蹟」なのです。

 それこそハーディは結果として「利他」を働いたことになりますが、もともとラマヌジャンにとって、それは「ありがた迷惑」だったかもしれません。

 それにしても、天才はなぜこんなにも早く亡くなってしまうのだろう。32歳ですか。そのあたりが一つの関門ですね。私はその二倍くらい生きていますから、残念ながら天才ではなかったようです(笑)。

 

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2022.01.11

『思いがけず利他』 中島岳志 (ミシマ社)

Th_41iq2xanegl  日の斎藤さんと國分さんの議論ではありませんが、SDGsの持つ「胡散臭さ」は、「利他」の難しさの現象の一つですね。

 富士山での合宿の大きなテーマの一つが「利他」です。

 本当は「利他」という言葉は使いたくないのですが。

 この地球上で「利他以前のモノ」を表現するのは難しい。

 宇宙倫理的に言えば、「利他」という言葉すらなく、すなわち「利己」が感覚としてないわけですが、それを地球上の言葉で説明するのは難しい。

 ただ言えるのは(地球で言うところの)「利他」は、もともと全存在の根本的な性質であって、それが全関係性の中で(保存法則的に)均衡が取れていればいいだけの話です。

 その均衡を崩すのが「自己」「自我」ということになります。それがワタクシの「モノ・コト論」での「コト」です。

 中島さんがこの本の中で繰り返す「偶然性」「流れ」「未来からやってくるもの」が「モノ」ということなり、すなわち「偶然性の驚嘆」というのは「もののあはれ」になります。

 そして、「思わず動く」「思いがけず」という無意識的、無目的的、無我的、モノ的な行動こそが、最近私が語る「business(busy)」すなわち「慈悲」の本質です。

 ですから、この本で終始重要な例として挙げられている、落語「文七元結」の長兵衛の行動こそ慈悲であり、それは「利他」以前の、慈悲の均衡を保つための宇宙意志的現象だったというわけです。

 と、こんな宇宙倫理というか宇宙哲学的視点でこの本を読んだのは、まあ私くらいでしょうね(笑)。

 いつも言うように、宇宙からの視点なので、どうしても「上から目線」になってしまいます。ゴメンナサイ。

 「利他」に満足せず、「利他」に悩む地点こそ、「利他」「利己」を超えたモノ(宇宙の哲学・法則?)に至るスタートだと、この本を読んで思いました。

 いつか中島さんと、こんなお話してみたいですね。

Amazon 思いがけず利他

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2022.01.10

『陰謀論に対する処方箋』(斎藤幸平・國分功一郎)

 

 日は移動が多く、運転中にこの音声を聞きました。

 斎藤幸平さんのベストセラー『人新世の「資本論」』は、問題提起としては大変共感する部分が多かった。SDGsの胡散臭さは、もうほとんど先進国のお家芸みたいですよね(笑)。

 ただ、それに対する彼の処方箋たる「脱成長コミュニズム」に関しては、未来の記憶的には違和感しかありませんでした。これもまたある種の既視感があるせいでしょうか。

 まあ、それは置いておいて、この哲学者同士の対談は面白かった。そう、斎藤さんはやはり哲学の人なんですよね。だから経済を語る時も、やや観念的になり、理想的になりがちです。

 コモンという概念や暇という方法論に関しては、それこそ宇宙未来的にはすんなり入ってくるところ。日本人を含む地球人に足りないのは確かにそれらです。

 大人こそネット・リテラシーをという話、ごもっともですね。私の周囲にも安っぽい「陰謀論」に振り回されている「大人」がたくさんいて辟易します。

 まさに陰謀論は「複雑系の単純化」という怠けでしかありません。本人たちは自分たちこそ勉強していると思い込んでいますが(苦笑)。

 逆に複雑系を複雑系と直観し、思考することをやめている人の方がまだ健全だったりします。

 哲学者とは、そういう「一般人」のために代わりに苦悩して、そしてやっぱり分からないということを示す仕事をする人のことなのでした。

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2022.01.09

黒ゴマ塩 (日本正食品研究所)

Th_31d90wlqqyl_ac_ 日は我が家の食の話。電気圧力釜が大活躍しております。

 まず、冬場は各方面からリンゴをたくさんいただきますので、毎日それを消費しております。圧力釜で5分。美味しい煮リンゴが完成。

 朝ご飯やおやつはこれで十分。

 あとは玄米粥ですね。最近は有機野菜ブイヨンをいただいたので、それを加えて炊き、そこに納豆や卵、ハーブ岩塩やら醤油やらごま油やらを入れて仕上げます。

 そして最後のトッピングはこれ。このごま塩は本当に美味しい!

 普通に炊いた玄米にちょこっと振りかけるだけでも最高のご馳走になります。お粥だとさらに美味しさ倍増。

 すりゴマなので、最初から香りが素晴らしい。天塩の上品な味わいも最高です。

 これは本当におススメですよ。

 と書いているうちにお粥が炊き上がりましたので、今から仕上げに入ります。ちなみに玄米二合で加圧40分。水の量は白米四合の量でちょうどいい感じです。

 玄米は水に浸けてから炊くとやわらかめになりますが、浸けなくてもOKです。かつては玄米毒みたいな話がありましたが、実は根拠がなかったことがわかりました。逆に重要な成分が溶け出してしまうとも。

 電気圧力釜をお持ちの方は、ぜひスペシャル玄米粥に挑戦してみてください。

Amazon 黒ゴマ塩

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2022.01.08

令和4年 新春 富士山合宿(大人の修学旅行)終了!

 年8月から開催している「大人の修学旅行(富士山合宿)」。

 富士北麓の冬は厳しいので、11月の開催からとりあえず春になるまではお休みにしようと思っていたのですが、どうしても参加したい!という方が100名以上待機しているとのことで、いきなり年明けからフル稼働することになりました。望外の幸せです。

 今回は全国から30名の方が参加。2度目という方も数名いらっしゃいましたが、ほとんどは私も初対面の方々。

 いったい何をやるのか、何が起きるのかもわからず、ただ既参加者からの口コミで参加を決意されたとのこと。私も全く宣伝や告知をしていないのに、まさかこんなに盛況になるとは思ってもみませんでした。

 思えば、一昨年末、ある強力な霊能者お二人が我が家を訪れた際、お二人ともに「山口先生が富士山の麓でたくさんの人を集めて非常に重要なことを伝えているヴィジョンが見える」とおっしゃっていましたっけ。その時はなんのことか全く分からなかったのですが、ああこういうことだったのかと、いろいろな意味で恐れ入っているところです。

 皆さん、今日お帰りの際には全く違った人生が始まることになり、正直お顔も違っていらっしゃいました。まあ、ただ私の駄話を聞いて、あとはお水やお酒を夜中まで飲んで大いに笑ったり泣いたりしただけなのですが。もちろんせっかくいらしていただいたので、富士山を観望し、地元の神社に参拝もしましたが。

Th_img_8603 あっ、あとシンギングリンによる「音浴」。それから、たまたま参加してくださっていたヨガの先生によるヨガ教室も急遽開催いたしました。写真はその様子です。決して怪しい宗教ではありません(笑)。

 富士山麓での開催は今回が5回目。のべ100名以上の方にご参加いただきました。ありがたいことに、その他私が出張していく形のものも数回あり、今後の決定したスケジュールのものも含めると、新たに200名近い方にお会いすることができそうです(このまま行くと今年は千人単位になるかも)。

 以前書きましたように、4名以上の参加者を募っていただければ、いつでも開催いたします(1泊2日)。内容はナイショです(笑)。費用は宿泊費と施設利用料、食費の実費のみ徴収させていただきます。

 持ち物は皆さんで共有する「教材」(お酒とおつまみ)だけ。代わりにお帰りの際には、ここでしか手に入らないスペシャルなお土産をお持ち帰りいただきます。

 私も皆さんの豊かな人生経験と高い志から、いろいろなことを学ばせていただいています。本当に楽しい。

 さあ、富士山の麓で、地球の常識をひっくり返す「宇宙の常識」に触れてみませんか?

 興味のある方はこちらから。

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2022.01.07

犬目宿からの富士山

 甲州街道ネタが続きます。

 先日は車で走りましたので、なかなか写真を撮る機会がありませんでした。富士山が素晴らしかったのですが。

 というわけで、写真ではなく絵で見ていただきましょう。北斎と広重という両巨頭による犬目富士です。

 上野原、鶴川から野田尻、犬目まで、なぜあんな峠道を通らせたのか不思議だと先日書きましたが、その答えはまさしくこの富士にあったのでしょう。

 特に富士講の栄えた江戸時代には、この絶景は必要不可欠な旅のカンフル剤だったと思います。

 今でも中央線や中央道、あるいは国道20号を走っていると、小仏トンネルや大垂水峠を越えてからのあの山間の雰囲気はなんとなく暗く重たく感じられますよね。

 関東平野から突然(つげ義春風に言えば)チベットに入るのですから。なんとも侘しい気持ちになります。地図を見てください。

20220109-135405

 チベットに入ってから大月約30kmの間、ずっとあの調子だとかなり気も滅入りますし、気が滅入ると体力も落ちる。

 ですから、あえて厳しい上り坂と下り坂というイベントを設けたのではないでしょうか。ちなみにあの下り坂は盲人が転落することから「座頭転がし」と呼ばれていました。

 そのイベントの感動は、なんと言ってもその犬目峠付近からの富士山の素晴らしさです。全く眺望がきかない山道を登り終えたところで突如現れるあの富士山には、江戸の旅人たちも感激したことでしょう。

 関東平野から見えていた富士山とは明らかにスケールが違う。つまり、ああ富士山に近づいてきたという感動が味わえるのは、その姿が見えなくなってしばらく経っているからです。そういう効果は絶大だったことでしょう。

 では、その感動の富士をご覧いただきましょう。

 まず、葛飾北斎の富嶽三十六景から「甲州犬目峠」です。

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 前景に山が連なるので、裾野はこんなに見えません。しかし、これがある種のリアリズムなのでしょうね。つまり「印象派」的な写実。心の中ではこの広い裾野が想像されるのです。それほどの感動であり、期待であるということでしょう。

 続いて歌川広重の筆を三つ。さすが広重の方が西洋的なリアリズムに基づいていますね。それでも桂川が近くにあることなど完全に虚構です。猿橋付近の風景との合成でしょうね。それもまた「思い出的リアリズム」と言えます。それを真似たのがピカソですよ。

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 皆さん、もしお時間がありましたら、ぜひお車で結構ですから、旧甲州街道犬目宿を通って隠れた富士の絶景をご覧くださいませ。おススメです。

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2022.01.06

棚頭の仁王像

Th_img_8569_20220107100301 甲州街道ネタに戻ります。

 先日、「独り初詣」で訪れた野田尻棚頭の八幡神社(旧天鼓山東林寺)にある謎の仁王像を紹介します。

 最初ここを訪れたのは今から30年くらい前でしょうか。その頃、この仁王像はまさに「バラバラ事件」状態でした。頭、胴体、手足が門の中に散乱していて、それはそれでなんとも言えない怖い、いやある種滑稽な雰囲気を放っていました。その後2001年に完全修復され、今は立派に立ち並んでいます。

 あれって、もしかして「廃仏毀釈」の時のまんまだったのでしょうか。あんなに不自然にバラバラになることはないでしょうから。そう、たとえば上吉田の冨士浅間神社にあった、月江寺持ちの仁王像は市中引き回しの刑に遭い、その後薪にされてしまったと聞きます。

 日本史上最も苛烈な宗教弾圧はキリシタン弾圧や大本事件かと思いきや、実は明治維新前後の「廃仏毀釈」だったのですね。全くひどい話です(平田篤胤のせいみたい言われますが、そこはちょっと違うのではないかと思います)。

 もし棚頭の仁王像がその「現場」だとしたら、修復しない方が良かったのかも。あまりにきれいになってしまいました。

 実際、今は八幡神社となっている堂宇は明らかに寺院の造りです。かつては東林寺というお寺でした。山門には立派な「天鼓山」の額もかかっています。八幡神社というのが安易と言うかなんと言うか(苦笑)。

 東林寺は、野田尻の大きなお寺熊埜山西光寺の末寺でした。西光寺さんは現在臨済宗建長寺派ですが「くまの」と称するところから分かるとおり、かつては真言宗で修験道とのつながりも深かったお寺です。

 その西光寺さんの末として、棚頭の八幡神社から東に少し離れた桑久保地区に「東林寺」さんが現存します。棚頭が旧寺地だったのでしょうか。ともに本尊は薬師如来様ですし。

 さて、その修復された棚頭の仁王像ですが、まあとにかく下の写真を見てみてください。仁王像がなんでこんな山の中の急斜面に立っているのか、全く不思議です。

 正面はアクリル板がはめられていて、反射のためよく見えません。灯りをつけるスイッチがあったり、センサーライトがついたり、まあサービスと言えばサービスなのでしょうが、ちょっと微妙な雰囲気になっております(笑)。

 境内に立つ石碑を見ますと、ここがとんでもない僻地であったのに、ようやく電燈線が引かれたと書いてあります。そのおかげで仁王像も今ライトアップされているわけですね。

 その他、写真を見てみてください。結構坂道がきついのですが、近くにいらした折には一度訪ねてみる価値はあるかと思います。仁王様の裏側には、「おびんづる」像が座っています。目の病気にお利益があるとされていたとのことで、かなり撫でられたのか、目が潰れてしまっているのは何とも言えぬ歴史民俗の悲哀を感じさせますね。

 なお、熊にはご注意ください。

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2022.01.05

あっぱれ!関根シュレック秀樹選手(RIZIN.33)

 

 甲州街道ネタを続けようと思っていましたが、どうしてもこれをぶち込まないと年が明けません!

 大晦日、令和3年最大の感動が待っていました。

 「心のプロレスラー」を標榜するワタクシとしては、やはりこれは紹介せずにはいられません(興味のない方スミマセン!)。

 というわけで、わかる人しか観ないと思うので、逆に説明抜きです。

 昨日の「つげ義春」とは正反対のようですが、いやいや実は同じ世界なのです。昭和の男の哀愁ですよ。勝って哀愁漂わせるなんて、なんてカッコイイのでしょう。

 「折れない心」こそ、日本人の美徳であり、そのために過去多くの悲劇があったのも事実ですが、やはり心が折れないと結果として相手にもエールを送ることになり、そこからお互いのリスペクトが生まれる。まさに「荒魂」の正しい機能です。

 私は、いつもシュレック選手の大日本などでのど迫力プロレスファイトを観ています。まさかそれと同じ世界を、こうして総合格闘技のイベントでも観ることができるとは。いやあ、シュレック選手の言うとおり「生きててよかった」。

 一度会場で目撃したことがあるのですが、あの分厚い胸板と丸太のような腕は、そうまさに昭和のレスラーのそれでした。そうした重装備は、機能的には、戦艦大和の主砲のように無用の長物なのかもしれませんが、そこに「根性」「物語」を生むには十分すぎる造形でした。

 巷ではシバターと久保の試合でゴチャゴチャやってますが、八百長とか手加減とか、私にとってはそんなことはどうでもいいのです。観点や感点が違うのでしょうね。

 この前、あるスポーツ界の大御所の前で「宇宙スポーツ」の話をさせていただきました。地球のスポーツは進化前だと。

 つまり、地球のスポーツは全部利己的(そこには相手の邪魔をすることも含まれる)なんです。青少年がそれで育つから良くないのですが、こういう話は地球人にはなかなか通じませんね(苦笑)。

 宇宙ではいかに利他的になれるかを競い合っています。信じられないでしょう。今、そこに一番近いのが、実はプロレスなのです。分かる人には分かりますよね。

 さあ、これから地球のスポーツはどちらの方向に進んでいくのでしょうか。ただ勝ち負けがはっきりすればいいのか。自分と相手の両方を活かす、輝かせる方に行けるのか。楽しみでもあります。

 それにしても、とにかく関根シュレック秀樹選手、ありがとう。ますますファンになりましたよ。また会場で雄叫びを聞きたいと思います。

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2022.01.04

『猫町紀行〜貧困旅行記』 つげ義春 (新潮文庫)

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 てさて、昨日の続き。

 昨日、最後に「昭和の物語」と書いたのが、この「猫町紀行」。伝説の漫画家つげ義春の伝説の旅エッセイです。

 久しぶりに、その「猫町紀行」が収載されている「貧困旅行記」を読みました。本当に味わい深い。御本人は「文章が苦手」と謙遜していますが、もしかすると漫画より巧い?

 若い時、つげの文章をよく読みました。今になってみると、その影響を受けているなと感じました(この軽薄なブログ文体は別物ですけど)。

 国語の先生でありながらあんまり本を読まない私ですが、数少ない読書経験の中から、文体、あるいは文味ということで多大な影響を受けたのが、串田孫一、太宰治、そしてつげ義春です。

 そんな私の文章の師匠、つげの「猫町紀行」の舞台になっているのが、昨日紹介した「野田尻」宿です。Wikiにあるように、つげ本人はそこを「犬目」宿と認識していたのですが、ガロの編集者だった高野慎三の考察の通り、おそらく「野田尻」がその舞台でしょう。

 昨日書いたように、現代の「野田尻」は時代が止まるどころか、時代に追い越されているような土地です。そこに萩原朔太郎の「猫町」を連想するあたり、さすがつげ義春といったところ。そして、上掲の有名な絵が生まれた。

 正直、そこが「犬目」であろうと「野田尻」であろうと、ファンタジーの世界に迷い込む私たちにとってはどうでもいいことです。実際にあの辺りを散策すると、それこそ虚構の村落にいるような不思議な感覚に陥ります。

 現在、「猫町紀行」は文庫「貧困旅行記」で読むことができます。Kindleでも読み、鑑賞することができるので、ぜひお読みいただきたい。

 地元民としては「秋山村逃亡行」にも改めて感動しました。独身の頃この文章に感化され、秋山村の奥牧野に物件を見つけて本気で引っ越そうかと思っていたほどです。

 「日本のチベット」秋山村には、今ではなんとリニアモーターカーが走っています。つげも最後の旅年譜で落胆していますね。

 昨日の野田尻の中央道サービスエリアのように、いやそれ以上に超高速で「時代に追い越され、永遠に取り残さる村」になっています。それはそれで何か不思議な魅力があるのですが。

 ぜひ皆さんもこの本で予習して、山梨県の郡内地方東部に「逃亡」してみてください。東京、神奈川に隣接する不思議ゾーン、まさに「なまよみ(半分黄泉の国)」ですよ。

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Amazon 新版 貧困旅行記(「猫町紀行」含む)

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2022.01.03

旧甲州街道「野田尻宿」の皮肉な運命

Th_nodaziri 日の初詣は我が家だけかと思いきや、地元の方とおぼしき一家族と一緒でした。昔から変わり者の私は、人がたくさん集まる神社仏閣よりも、一人静かに独占できる(?)ところが好き。

 というわけで、今日は絶対に一人になれる自信のある所にお参りしてきました。案の定一人っきり。通りかかる人も車もありませんでした。やった〜(笑)。

 昨日の「桃太郎伝説」でいうと、桃太郎のお供が登場する寸前である野田尻宿の近く。旧甲州街道から少し山に入ったところ。

 その初詣先「棚頭の仁王像」については、明日にでも書きます。まずはその野田尻について。

 江戸時代には「奴多尻」という、ちょっと微妙な字も用いられていた野田尻。そう、野田という地名はもともと「ぬた」であった可能性が高い。

 「ぬた」については次の記事をご覧ください。面白いですよ。

 垈(ぬた)〜「のたうつ」の語源

 旧甲州街道は、上野原から大月に至る間、相模川沿いを離れて、なんで?と思うほどの山道に入ります。今の甲州街道、すなわち国道20号線を走ると分かるのですが、川に山が迫りすぎていて道ができなかったようですね。

 鶴川宿から山道を半分登ったところにあった野田尻宿は、日本橋から二十里、すなわち20番目の宿でした。とても小さな宿場。これも後日紹介しますが、峠道のてっぺんにある、次の宿場「犬目」がある意味有名だったので、通過してしまう人も多かったのでは。

 近代になり、国道や鉄道が通ることによって、山を通る旧甲州街道はすっかり廃れてしまいした。そのため野田尻という地名もマイナーになってしまいましたが、昭和になって中央道の高速バスのバス停「野田尻」ができ、外国人も含め多くの人の耳に触れるようになったのは面白いですね。

 しかし、あそこで乗り降りする人を見たことがありません。それほど山の中ということです。しかししかし、これまた面白いことですけれども、地図を見てわかるとおり、この野田尻地区にはあの「談合坂サービスエリア」ができました。

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 高速道路のサービスエリアって、なんか外界とは隔絶された特別な「宿場」じゃないですか。あれだけ多くの観光客が出入りする談合坂(この地名についてもいつか書きます)が、かつての小宿「野田尻」だったことを考えると、なんとも皮肉な感じもしますね。あの風景の中にスタバがあること自体、外から見ると異世界すぎて笑えます。

 サービスエリア工事の際に、遺跡の発掘調査も行われ、縄文期から近世に至るまでかなりの量の遺物が出てきました。もし人類が一度滅んで再びここを発掘したら、令和時代のスタバなんかの遺跡が出てくるわけですね。かつて宿場ではコーヒーを飲むことが一般的であった、とか言って(笑)。

 というわけで、いろいろ書いてきましたが、ここ「野田尻」に関して昭和のある物語がありますので、それは明日にでも書きましょう。仁王様はあさって以降になりそうですね。

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2022.01.02

大月・上野原「桃太郎伝説」

 日(元日)の記事の続きです。

 皆さんご存じの「桃太郎」の昔話。鬼を退治する話ですよね。その「鬼」も艮の金神だという説があります。

 桃太郎伝説と言えば岡山が有名ですが、実は山梨にも古くから面白い桃太郎伝説があります。

 最近岡山の方とお話する機会が多いのですか、まさか山梨にそんな伝説があるなんて皆さん知りません。そりゃそうだ。でも、去年の「桃太郎サミット」は山梨県大月市で開催されたんですよ(今年は岡山の予定)。

 そう、サミットと言うくらいですから、岡山、山梨だけでなく、全国各地に桃太郎っぽい(?)伝説がたくさんあるのです。

 で、山梨がなぜ「こここそルーツ」と言うかというと、上野原から大月にかけて甲州街道筋に「犬目」「鳥沢」「猿橋」という地名(宿場)があり、そして大月市の岩殿山や九鬼山の周辺には「鬼」に関する遺跡(?)も結構あるからです。

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 もちろん山梨が桃の生産量全国一位ということも影響しているでしょうね。ただし、山梨の桃は葡萄とは違い、いくら遡っても明治時代後期。近代になってからのことですし、桃の栽培は甲府盆地で、大月や上野原にはほとんどありません。まああるとすれば山桃でしょうか。

 「桃」は日本においても中国においても「霊力」を持つ果実というイメージがありますね。桃から生まれた桃太郎は強いわけです。

 桃から生まれたのではなく、桃を食べたお爺さんとお婆さんが若返ってしまい、精力旺盛になって桃太郎をうんでしまったという別のストーリーもなかなか面白いですよね。桃最強。

 ちなみになぜ、桃太郎の家来が「犬」「鳥」「猿」なのかというと、「申・酉・戌」が「丑寅(艮・鬼門)」の反対側に位置しているからという説があります。まあ、裏鬼門は正確には「未申(坤・ひつじさる)」ですが、たしかに「羊」だとちょっと弱そうな気もしますね(笑)。

 いずれにせよ、こういう話が(後付けにせよ)語り継がれるというのは面白いですし、大いに観光のネタにしてもいいでしょう。岡山だって、桃太郎で売り出したのは結構最近の話ですから。

大月桃太郎伝説(公式?)

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2022.01.01

あけましておめでとうございます…艮(丑寅・うしとら)のど真ん中

Th_kok 様、あけましておめでとうございます!

 富士山からの初日の出中継ヘリの轟音で目覚めた令和4年でございます。

 昨年は丑年。今年は寅年。すなわち「艮(うしとら)」の代のど真ん中の今日ですね。

 例年元日には私の年賀状を公開しておりますが、ついに今年はそれがありません。

 というのは、その「艮」をテーマにした年賀状を作ってしまったからです。つまり、それは一般的なお正月の風習の中でお過ごしの皆様にとっては「不吉」なものになってしまうからです。

 そう、「艮の金神」はいわゆる「祟り神」。私たちが鬼門(艮)の方角へ幽閉している神なのです。

 例えば、お正月の風物詩はこんな意味があります。

・紅白の鏡餅(艮の金神の骨肉を叩き潰す)

・雑煮(艮の金神の内臓を煮る)

・門松(艮の金神の墓標・針のような松で結界を張る)

・しめ縄(艮の金神を押し込めるための結界)

・蹴鞠(艮の金神の頭を蹴る)

・弓矢の的(艮の金神の眼を潰す)

 旧暦の正月、今の節分行事にもあります。

・炒り豆(芽が出ないよう炒る)

・豆撒き(艮の金神の目潰し)

・柊鰯(艮の金神の晒し首)

 と、こんな感じですから、普通のお正月の生活の中に「艮の金神」の年賀状が叩き込まれたら迷惑ですよね(笑)。

 ただ、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、日本の民間宗教(たとえば金光、大本)では、この「艮の金神」こそが本来の神であり、それを幽閉してしまったから人の世が乱れているのだという考え方があります。

 ちなみに上の絵は、出口王仁三郎による「国常立尊」像です。クニトコタチは艮の金神の分霊とされています。出口なおにかかった神ですね。

 一昨年からのコロナ禍は、この世界に大きな変革を迫っています。おそらくそれも一見「禍」のようでありながら、実は乱れた世を憂えた「艮の金神」の働きなのかもしれません。

 そう考えると、丑寅の中心たる今日、令和四年の元日は、まさにその働きのど真ん中、これから私たちがどちらに進むべきかの分岐点であると言えそうです。

 元旦早々なんだか重い話になってしまいましたが、個人的にはこういう、常識(思い込み・学校教育)を疑うような姿勢こそ、今必要なのではないかと思う次第です。

 というわけで、ここ数二十年以上私が作ってきた我が家の年賀状、今年はとうとう家内が作ることになりました。それがこちらです。やっぱり「猫」です(笑)。猫こそ艮の金神の分霊なのだそうです。

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