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2021.11.23

仏教における八音(はっとん)

Th_unknown_20211125095801 日、高度に発達した(構造化、抽象化された)西洋音楽に対して批判的なことを書いてしまいました。

 そして、その先にある「音」の可能性について触れましたが、東洋の智慧の代表者ブッダは「音」についてどのように語っているのでしょう。

 仏教では「観音」や「妙音」という言葉に代表されるとおり、「音」を重視しています。そして、それは決して「音楽」と同義ではありません。

 今日はそんな仏教的な「音」論の中で、最もよく知られている「八音(はっとん)」を紹介します。

 「八音」についても、様々な訳、解釈があるのですが、今日は特別に仲小路彰の書き残した文章から引用してみましょう。

 聖徳太子伝である「夢殿の幻」から。

 

 八つのすぐれた音とは、まさに仏が天才的な音楽家の如き、多音階的な多声調的な多様な微妙な音声をあらわしたのである。

 それは如来の八響の妙音を云う。

   1、最好音(きわめて美しい妙なる音)

   2、柔軟音(やさしくやわらかな声)

   3、調和音(相和する調べの音)

   4、尊恵音(知恵の響きをなす声)

   5、不女音(男性的な雄々しい声)

   6、不誤音(正確な調べをなす声)

   7、深遠音(低く奥深い音)

   8、不竭音(無限なる余韻の声)

 このように如来の金玉の声は、肉声ではなく、金口(きんく)の声と云われるところである。

 そこには森羅万象、宇宙一切のあらゆる音声が、最高の微妙な交響的諧調をもって表現されるのである。

 

 どうでしょうか。イメージが湧きにくいのですが、少なくとも西洋音楽的な音(声)世界とは違うようですよね。

 これからしばらくは、西洋音楽を今まで通り楽しみつつ、この「八音」についても探求してみたいと思っています。

 

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