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2021.07.31

ピーマン 『部屋を出て下さい』

 日も古き良き時代の音楽を1つ。

 なぜこの曲かというと…仲小路彰〜川添紫郎(浩史)〜川添象郎〜アルファレコード〜サーカス〜叶正子〜ピーマン、という流れです(って、分かる人いるのかな)。

 とにかく、「Mr.サマータイム」の「サーカス」のメンバー、叶正子さんがサーカス以前に所属していたアイドル・グループが「ピーマン」ということです。YAMAHA版のキャンディーズを目指したのでしょうか。

 この曲はピーマンのラスト・シングル。ラストと言っても3枚目ですが。大学を留年しながら活動していた叶さんが、勉学に励むということで惜しまれつつも解散をしたのだそうな。

 とても明るく、いいメロディーですね。コーラスも美しい。アレンジも時代を感じさせますね。トランペットのオブリガートがすごい。

 

 

 私は当時、この曲は知りませんでした。しかし、今から数年前、ピンクレディーの歴史を調べていて、彼女たちがスター誕生でこの曲を歌った動画を見て、初めて知りました。

 その動画もあるので見てみましょうか。常葉学園の高校生二人ということですね。まさか、このあと、社会現象にまでなり、歴史に残るユニットになるとはねえ…。まあ、たしかに花があると言えばあるか。

 

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2021.07.30

Bruno Mars, Anderson .Paak, Silk Sonic 『Skate』

 日の岩崎宏美さんの「素敵な気持ち」も、現代的に言えば「シティ・ポップ」であり、今聴いても全く古びていないどころか、新しささえ感じさせます。

 この前、NHKの「Covers」でもシティ・ポップ特集やってまして、若手のミュージシャンが、リアルタイムな私なんかよりずっとあの頃の音楽をよく聴いていて、またリスペクトしていてすごいなと思いました。ウチの娘たちもいつの間にか両親より詳しくなってるし(笑)。

 洋楽の世界でもそういう流れはありまして、今日リリースされた、このブルーノ・マーズとアンダーソン・パークの「シルク・ソニック」の新曲も完全に70年代を意識している…というより、まんまなぞっていますよね。

 

 今回も実にいい曲です。私たちの世代にとってはなんとなく懐かしく、若い世代にとってはなんとなく新しい。日本でもこういうミュージシャン出てこないかなあ。70年代、80年代の邦楽をそのまんま復活させるような。

 「シルク」という言葉の響きは、クラシカルなゴージャスさを感じさせるとのこと。まさに彼らの両親がどっぷり浸かっていたジャンルを、こうして再生してくれるということは、非常に素晴らしいことです。

 何度も書いているように、最近の私は本物の「シルク」の「ソニック」を復活させる仕事をしています。つまり、絹の絃の復活ですね。

 いつか、彼らの「シルク・ソニック」にも「シルク・ストリングス」を紹介できたらいいなと思います…なんて、また夢みたいなこと言ってるようですが、実は知り合いを一人はさめば実現可能なのでした。がんばるぞ~!

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2021.07.29

岩崎宏美 『素敵な気持ち』

 日、8時だよ全員集合を見ていたら、ゲストの岩崎宏美さんがこの歌を歌いました。

 お〜、かっこいい。シティ・ポップだ!作曲は…おお!筒美京平さんか!さすが。

 

 

 歌もうまいし、曲のクオリティも高いので、これ、あらためて世界で売れてほしいですね。

 上の全員集合でのライヴ、岡本章生とゲイスターズの演奏もなかなか良いのですが、やはり、クリーン・ギターのカッティングが前面に出ないと、シティ・ポップじゃないですよね。

 というわけで、シングル・ヴァージョンを聴いてみましょう。宏美さん、しゃべり声はけっこうハスキーなんですよねえ。そして、この歌では珍しく(?)ファルセットも聞けます。

 全体にオシャレな感じに軽く歌ってますよね。

 

 

 1999年の再録では、もう少し思いっきり歌ってます。こちらもいいですね。

 

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2021.07.28

野球の不思議

20210731-122425 日は、午前中、私の母校である静岡高校が甲子園出場を決めました。午後はオリンピック侍ジャパン初戦。劇的なサヨナラ勝ちを収めました。

 先日は勤務校も決勝戦に進み、惜しくも負けてしまいましたが、大きな感動を与えてくれました。

 う〜ん、やっぱり野球は面白い。

 しかし、今日も思いましたが、やっぱり野球は不自然なスポーツですね。

 宇宙の記憶からしますと、サッカーやバレー、バスケット、テニス、ラグビーなどに近い球技は、他の惑星にもあります。

 しかし、野球に似たスポーツはないんですよ。

 それはやはり、スポーツに求められる「公平性」「対称性」が低い、非常にアンバランスな競技だからでしょう。

 攻守、先攻後攻、左右打者、投手の負担…細かいことは割愛しますが、いろいろとバランスを欠いていますね。

 それでもこれだけ面白いのは、その「スケール」が絶妙だからでしょう。

 つまり「距離」が神がかりなのです。

 投手と打者との距離、塁間、外野フェンスまで距離。ソフトボールを見ていると、野球のそれらがいかに絶妙かわかりますね。

 ホームランの頻度、二塁打や三塁打の頻度、盗塁の成功率、ダブルプレーやスクイズの成功率…それ以前に、内野ゴロならアウト、抜けるとヒット、また、投手の変化球の有効度においても絶妙な距離感ですね。

 野球の歴史、進化の過程は、実はよくわかっていません。ヴァイオリンの出現と同じくらい、いきなり完成形が生まれています。もちろん、ここ100年くらいの間の様々な変化は研究されていますが、肝心の現在の形になったところはよくわからない。不思議ですね。

 あのくらいの大きさの石が一番投げやすく、それをまた投げるのではなく棒で打つことによって、より遠くに飛ばすことができるというのは、おそらく旧石器時代くらいから分かっていたと思いますよ。

 それがどうして現在のような「不自然な」形に変化したのか。

 実は、そこには日本人が深く関わっているのです。明治初期、「野球」と名付けられる前(正岡子規が名付けたとも)、「打球おにごっこ」として流行した際に、多くのヴァージョンが生まれ、それが洗練されていって本国アメリカのベースボールに影響を与えた可能性があるのです。

 「野球」と「ベースボール」が違うと言われますが、実は「野球」こそがベースボールのルーツだったりして…。

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2021.07.27

スメタナ 『ピアノ・トリオ ト短調』

 

 日は某所にて、久しぶりに生の音楽を鑑賞いたしました。

 ヴァイオリン、チェロ、ピアノのトリオ。素晴らしい演奏だったのですが、特に後半のスメタナのピアノ・トリオには感動しました。途中で泣いちゃいました。

 この曲を聴くのは初めて。というか、スメタナの室内楽なんか、カルテットの2曲くらいしか聴いたことがありません。

 こんなにいい曲があるなんて…知らないということは不幸ですね。

 この曲は、2歳で亡くなった次女への追悼の気持ちをこめて作ったそうです。冒頭から悲しみの半音下降のパッセージが提示され、その後も複雑な心の変化を表すような、ある意味豊かな変化に富んだ展開をします。

 民族派はまとめることには抵抗はありますが、やはりスラヴ的、すなわちアジア的な雰囲気、そして歌謡的なキャッチーなメロディーにも富んでいますね。和声的にも純粋な西欧音楽とは一線を画す部分が見え隠れします。

 これはたしかに隠れた名曲ですね。スメタナ、もっと聴いてみよう。

 ところで、スメタナと言えば、教科書に載っていて誰もが知っている「モルダウ」ですよね。あの、それこそキャッチーなテーマには元ネタがあります。

 「穴から子猫が」というかわいい俗謡です。いわゆる「きらきら星」系統に入る曲ですね(「こぎつねコンコン」なども)。元は長調。そして単純なリズム。それをあのように悲哀に満ちた川の流れに編曲したスメタナ。なかなかやるなという感じですよね。

 

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2021.07.26

羽賀ヒカル×深田萌絵の危ない話

 

 

 

 賀ヒカルさんの神社チャンネル、深田萌絵さんのチャンネル、両方とも登録していたのですが、まさかその二人が共演するとは思いませんでした。

 まあたしかに、日本を愛するという意味では二人には共通点があるか。私がチャンネル登録しているというのも、そこに基点があるのかもしれませんし。

 それでも、やはりレイヤーが全く違うと思っていた(思ってもいなかった)ので、この対談には驚きました。そして、その内容のわかりやすさにも驚きました。異業種交流するって大切ですよね。

 それにしてもこの危ない話は、ホント危ない。深田さん、明日東京地検に呼び出されているようですが、いったいどうなるのでしょう。

 私も、人に言えませんが(と言いつつ公言しますが)、けっこう危ない仕事してると思います。かつては、仲小路彰がそうであったように、そういう人は名前も出さず、隠れて活動するしかなかったわけですが、今は逆にこうして表に全て出すことによって、相手の動きを牽制するというやり方が有効ですね。

 ちょっと前で言えば、スノーデンなんかもそういう方法を取ったわけです。

 とにかく私たち日本人の感覚では考えられないような方法で罠をしかけてきます。私もハニトラやマニトラには気をつけます(笑)。

 あとはここで語られているように、日本の神様のご加護を信じることですね。正義は勝つということを信じます。

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2021.07.25

阿部詩と富士学苑

Th_-20210726-203929 晴らしい!スケボーの堀米くんもすごかったけれど、やっぱり阿部兄妹の金メダルは興奮しましたね。

 いろいろな意見があるのは分りますが、やはりこういう時だからこそ「祭(神事)」は大切です。

 かつて疫病が流行った時には、陰陽師が活躍しました。

 陰陽師はある意味アスリートです。彼らの肉体と精神のエネルギーが負の存在を退けたのです。

 逆に言えば、現代における陰陽師は、オリンピックレベルのアスリートたちです。

 実際、私たち観客のエネルギーレベルも上がり、結果、免疫力も上がっているのは間違いありません。アドレナリンは大切。

 さて、話を戻します。

 このたびの阿部詩選手の金メダルには、ウチの学校の女子柔道部が深く関わっています。今日のNHKの中継でも触れられていましたね。

 ちょうど先ほど、そのことに言及した記事が上がったので、ぜひお読みください。

阿部詩、すごみ示した栄冠=徹底マーク、寝技で打開

 当時の本校の生徒は、阿部詩を圧倒していたわけです。

 こうして、金メダルにご縁があることは、非常に嬉しいことですね。感動が倍増します。

 ちなみに、本校柔道部出身で東京オリンピックに出場している選手がいます。63kg級の渡辺聖未。彼女はフィリピン代表です。開会式では旗手をつとめました。彼女もメダルが狙える実力を持っています。彼女のコーチには、阿部詩選手に寝技を教えた矢嵜先生がついています。

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2021.07.24

シローさん帰幽のご報告

Th_img_4039 が家に降臨し、様々な奇跡を起こしてくれた神猫シローさんが、本日18時ごろ天に召されました。

 元々猫エイズと皮膚がんを患っておりましたが、3日ほど前から終活を始め、食事も水もほとんど取らず、それでも元気で昨日も最後の散歩(巡視)をしておりました。

 今日は朝からお気に入りの場所でずっと寝ておりましたが、大きな声で鳴いたので行ってみると、頭をもたげてこちらを見てもうひと鳴き。そして、後ろ脚を走るように動かしながら、天に帰っていきました。

 本当に本当に猫とは思えない崇高な存在でしたが、最期もお見事でありました。立派すぎました。

 シローさんが我が家に現れたのは、9年前の2012年の夏。

 当時の記事がこちらにあります。この頃はたまに遊びに来るノラ猫でした。

 そして、シローさんが我が家の家猫になったのは、そう、忘れもしない2014年の記録的な大雪災害の日のことです。

 当時、私のツイッターがシローさんのおかげでバズりまして、今でもいくつかのまとめ記事が残っております。

 あまりの大雪で居場所がなくなったノラ猫が家猫になったよ!

 猫が雪の中に勢いよく出かけていった!→その結果…

Th_img_7840  その後は増え続ける我が家の保護猫を、本当に一匹一匹しっかり教育してくれまして、おかげさまで本当に我が家の猫コロニーは平和でお行儀が良い。

 その後もいろいろな方に可愛がってもらいました。わざわざシローさんに会うために遠方からいらっしゃる方も。

Th_th_bvz8bxhcuaedli7 当時のファーストレディーもそのお一人でした。

 シローさんが我が家に来てからというもの、本当に我が家には幸運が連続しました。まさに福招き猫。感謝しかありません。

 シローさんは我が家の猫になった時には、すでに動物病院で「かなりのお歳ですね。満身創痍ですし」と言われていましたが、それから7年以上、表面的にはすこぶる元気でありましたが、歳とともに持病は悪化の一途をたどっておりました。

 ただ、シローさんの従容たる態度に、私たちは特に治療は施さずにまいりました。そこにいろいろな意見があるかと思いますが、あくまでも自然体で全てを受け入れ、そして自らしっかり心身の準備をして最期を迎えたその様子を見て、これで良かったのかなと感じております。

Th_-20210725-95935 亡くなったあと、夜、玄関の人感センサーライトが何度もついたり、しまいには誰もいない部屋の掃除機が突然動き出したり、不思議な現象が続きました。しかし、今は異様なほどに静かになりました。ちょっと淋しい気持ちになります。

 シローさん、本当に今までありがとうございました。これからも天から私たちを見守っていてください。

 そう思ってふと窓から空を見上げると、ちょっぴりミルクティー色がかった、シローさんのような満月が輝いていました。

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2021.07.23

高校野球決勝戦〜オリンピック開会式

Th_e91ba0224d1ec0c8646b3236f91b769f_1627 日はスポーツの本質について、いろいろ考えさせられた一日でした。

 昼間は、私が昨年度まで奉職していた高校の野球部の決勝戦をラジオで応援。あらためてアナログ・ラジオの即時性に感謝しながら、一生懸命応援しました。

 結果は残念ながら一歩及ばず1対2で敗退。準優勝という結果となりました。

 内容は今までどおり実に素晴らしいものでした。負けても笑顔で終えられた彼らにとって、この夏は最高の思い出、そして教訓となることでしょう。選手諸君、本当にありがとう!

 ご存知の方も多いかと思いますが、ここ数年、私自身が運動部の様々な問題…それが旧来の軍隊式体質に起因する…に対処する中で、個人的にも非常に苦しい体験をしてまいりました。

 自分自身の経験も含めて、その「軍隊式」に一定の評価と信頼と評価を置いていた一方で、その弊害にも直面しつつ、新しい時代の、いや本来の「スポーツ(気晴らしという意味を語源とする)」はどうあるべきか、特に学校教育においてはどうあるべきかを、ご縁のあった専門家の方々とも意見を交わしながら真剣に考えてきました。

 野球部の関係者ともじっくり話し合い、そしてある意味コロナを機に導入できたメンタル・トレーニングが、今回実際に素晴らしく功を奏したわけで、やはり、楽しく、明るく、前向きに取り組むのが本来のスポーツのあり方であると痛感した次第です。

 もちろん、野球が純粋なスポーツではないというのも私の独自の理論であり、そういう意味では、他のスポーツや格闘技、武道にもそれが通用するかどうかはわかりませんが、実際欧米の例を見ると、やはり日本のスポーツ界全体が大きく変わらねばならない時を迎えているのは事実のようです。

 今回のオリンピックでは、まさに旧態依然たるシステムの競技と、いち早く新しいシステムに転換した競技が混在している日本チームです。それがどのような結果を生むのか、はたまた、どのような感動を与えてくれるのか、非常に楽しみであります。

Th_unknown_20210724122501 そして、夜。開会式を見ました。皆さんどのようにお感じになりましたか?

 それこそ、旧来の、いや最近のやたら金をかけたド派手な演出とは一線を画した、ある意味新しい、いや本来の簡素な開会式であったかと思います。

 どうせやるなら、もっと侘び寂びに徹しても面白かったかと思いますが。

 というか、全体に小林賢太郎色が強かったですよね(笑)。虎は死して皮を残す…ちょっと違うか。

 ちなみにドローンも決して派手でお金がかかる演出ではありません。プロジェクション・マッピングもそうですが、案外アナログな手作業なんですよね。天候に左右されますし。ブルーインパルスと同じような地味な職人芸です。

 そのアナログの最たるものが、ピクトグラムの「仮装大賞」でしたね。あれもキャラの着ぐるみ化という、日本の得意とする逆説的表現の一つです。せっかく抽象化したのに…またそれを生命化してしまうという(笑)。

 そして、皆さんも言及していたように、結局最も簡素で無駄がなかったのが、天皇陛下の開会宣言でしたね。弥栄弥栄。

 これからの競技の盛り上がりに期待いたしましょう。無観客の方が、実は選手も集中できたりしますからね。

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2021.07.22

クラシックTV「魅惑の即興演奏~音楽で会話する~」

Th_-20210724-115556 日のNHK Eテレ「クラシックTV」は即興演奏がテーマでした。

 NHK+に加入している方はこちらからぜひご覧ください。

 番組でも語られていたように、かつての作曲家、たとえばバッハやモーツァルトやベートーヴェンは、優れた演奏家であった、すなわち即興も大得意な人たちでした。

 おそらくは、彼らの一般に知られている、つまり楽譜として残された作品は、彼らの生み出した音楽全体のほんの一部であると思います。

 まあしょっちゅう即興で何か弾いていたのでしょうね。そのうち、特に優れたものを楽譜に残したと言ってもいいかもしれません。

 いつも私が言っているように、本来音楽というのは楽譜があるものではなく、未来から流れてくるモノをキャッチして演奏されるもの。

 それを記録したのが楽譜で、記録するということは転写なので、時間の流れが逆になります。すなわち過去から未来に向かって流れることになる。

 優れた演奏家は、それをまるで未来から今初めて訪れたかのように再現していかねばなりません。ただの演奏家や機械の演奏は時間の流れが逆転したままになっています。

 だから、優れた演奏家になるためには、即興演奏が必須だったのです。今日登場した清塚さんや大友さん、平野さんは当然それを理解しているのですが、多くのクラシックの演奏家はそれができず、単に楽譜を「正確に」なぞる訓練ばかりしています。

 これは音楽の楽譜に限らず、文字にも言えることで、当然朗読や演劇も即興力を必要とするわけです。(ちなみに読書は初めて読む場合、向こうから未知の情報が流れてくる感じですよね)。

 明日のオリンピックの開会式の音楽はどうなるのでしょうか。音楽だけではないな、演出も(苦笑)。いっそのこと、全部即興でやったらどうでしょう。

 オリンピックと言えば、IOCのバッハ会長の歓迎会で、辻井伸行さんがピアノ演奏したようですね。バッハの前でバッハでも弾いたのでしょうか(笑)。彼は、目が見えないという「好条件」を得て、即興も当然得意としています。

 

 

 そんなこと言っている私ですが、私はどうかというと、なんちゃって即興演奏は大の得意です。いくらでもできます(笑)。

 

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2021.07.21

『NO SMOKING』 細野晴臣 主演・佐渡岳利 監督作品

Th_71vq759y2l_ac_sy445_ 日話題にした小山田圭吾くんも出演しております。

 細野晴臣さんの半世紀にわたる音楽活動の記録と追憶。見応え、聴き応え満点の映画ですね。

 タイトルの「禁煙」が実に逆説的で象徴的。

 「音楽をくゆらす」という言葉がぴったりの細野さんの人生は、まさに煙のように自由。

 「自由」というのは、簡単そうで実は難しい。

 風になびくように、他力的でありながら、その場に執着しない、元に戻らないという点では自己が一貫している。

 それこそ煙たがられることもあるけれど、そんな時はちゃんと時と場所を選ぶ。

 何も考えていないようで、実はものすごく気を遣っている。

 それが本当の「自由」というものでしょう。

 たしかに、音楽も、私たちの人生も、結局「煙」のように雲散霧消してしまう。しかし、その分子がどこかに永遠に残るかのように、私たちの奏でた音や魂は、どこかに残るのでしょうね。

 「NO SMOKING」とは、SMOKEあっての言葉。だからやっぱり「NO SMOKING , NO MUSIC , NO LIFE」なのでした。

 細野さんの人生そのものが作品ですね。かっこいい。

 次の東京オリンピックの音楽は細野さんにお願いしましょう。ぜひ。

Amazon NO SMOKING

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2021.07.20

小山田圭吾問題に思う

Th_-20210721-73238 の期に及んでまたですか。どんだけ自虐なんだ、東京オリンピック2020。

 国立、エンブレム、コロナ、女性蔑視発言、そして小山田圭吾「いじめ自慢」…。

 実はエンブレムに関しては、私も一枚かんでます。まじで。

 あの最初のエンブレムのデザイナーが決まるにあたって、ちょっとある人たちから依頼されて、少し動きました。

 しかし、どうにも気が進まないというか、実際うまくコトが運ばなかったのですね。それを先方が強引に実現してしまった。

 結果、あれですからね。そして、シンボルたるエンブレムがその後の混乱を全て象徴、予言していたと。

 ただ、それについても、いろいろ裏話や伏線というモノがあります。なかなか深いモノが。

 今回の小山田圭吾問題も、単純に「いじめ自慢」をするようなトンデモナイ奴の音楽なんて聞きたくない!というような類のコトではありませんよね。

 いわゆる「渋谷系」の闇というか、いやその根本のルーツというか、そのあたりを知らないと。

 私は彼より少し年上ですが、やはりバブル期の非モテ族の一人でして(笑)、あの浮かれた偽善的で即物的な雰囲気にどうしてもついていけない人間でした。

 結果、私も立派に「サブカル系」になりました。そして今に至る。

 音楽の「渋谷系」は一周回って「オシャレ系」に行ってしまったところが難しく、また面白く、そして今回の一件を通じて実に運命的ですよね。

 つまり、「オシャレ」「雰囲気」を否定しつつ、そっちで売れてしまったから、だから小山田さんも小沢健二さんも、プライベートの「汚い」部分を自慢せざるを得なくなってしまった。バランス取らないと死んじゃいますよ。

 で、本来のカウンター・カルチャーとしての「渋谷系」の本質である、汚物としての人間を顕示する「鬼畜系」を言葉として残してしまった。あい頃、あんなのばっかりでしたよ、正直あの界隈では。

 土偶の話ではないけれども、そうした「コト(情報)」を発掘して、それだけを現代的な視点や感覚で解釈したら、それは「ひどい!」ということで終わってしまうでしょう。結果、モノの本質から程遠いところで停滞してしまう。

 実際には、上述のような歴史的背景があるわけで、それを知らずに彼を国家的祭典に採用した側も、ひたすらバッシングする側も、等しく勉強不足だとも言えましょう。

 結局、昨日の「FAKE」の佐村河内さんに対するバッシングと同じなのかなあ。

 あっ、もちろん、この私の記事は小山田圭吾さんを擁護するものではありませんよ(…と、こんな当たり前のことまで書かないと、言葉の向こう側の本質が伝わらないのも困ったものですが、まあリスクヘッジで)。

 コトの表面だけ見るのではなく、そこを通して背後のモノの本質を見る力をつける、子どもたちにそんな教育をしないといけませんね。しかし、もう大人が全くそれを怠っている、いやそれができないので…これは大変だ。

 もうすぐ始まる異例なオリンピックの「本質」も、しっかり見極めたいですね。せっかくの特異なチャンスを私たち日本人は頂いたのですから。

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2021.07.19

『FAKE』 森達也監督・佐村河内守主演作品

Th_81p3ev2jr7l_ac_ul320_ いぶ時間が経ったので、客観的に見られるかなと思いました。

 なんかコロナ前の世界が懐かしいですね。

 佐村河内さんは、人目をはばかるようにマスクをして外出しています。余計目立ちました、あの頃は。

 今では、全く逆の状況です。

 一方、変わったのは人間だけで、たとえばこの可愛いネコちゃんは変わらぬ視点を持っています。

 おそらく森達也さんの狙いでもあるのでしょう。

 そう、人間の二元論的な視点を、わざとひっくり返すのが森さんの常套手段。しかし、森さんもやはり人間です。そういう意図的な、すなわち「FAKE」な世界を優しく厳しい目で見るメタの視点を、この猫ちゃんに与えたのでしょう。

 そういう「FAKE」なやり方が鼻につくという意味で、私は「森達也は腹立つわ」なんですが、それでもこれだけ好きだというのは、おそらく自分にもそういう「FAKE」なところが大いにあるからでしょうね。

 だからこそ、「衝撃のラスト12分」は、まさに「笑撃」でした。

 これはまさに「私レベル」の衝撃(笑撃)ですよ。あちゃ〜、です。森さんも残酷ですよね〜。

 ただ、あの頃も思いましたが、他の分野ではこうしたゴーストライターや、「共作」という作業過程はよくあることですよね。なぜ音楽についてはこんなに厳しいのか。

 私もずいぶんたくさんのゴーストライティングをしてきましたし、かの仲小路彰も皇族や軍人、そして総理大臣に至るまで、あまりに多くの「代筆」をしています。

 また、逆にクライスラーが有名作曲家の名前を借りて作品を発表していたことも有名な話です。

 結局、森さんがこの映画で表現したかったのは、マスコミとメディアと大衆の「いじめ」体質ということですね。彼らによる、インモラルな善悪二元論とバランスを取るには、このくらい極端に佐村河内さん寄りの表現をする必要があったのでしょう。

 しかし、それがまた結果として、最後に笑いと呆れを催してしまうという残酷。私たちは、途中まで佐村河内さんにシンパシーを抱いていたのに、最後の12分で見事にまた彼を嘲笑する大衆にされてしまったわけですから。

Amazon FAKE 

 

 

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2021.07.18

三浦春馬さん一周忌…神のはからい

Th_-20210718-180620 う、あれから1年ですか。

 いまだに信じられませんね。

 その後、日本は世界はどうなったでしょうか。

 三浦さんが遺したメッセージをどのように消化しているでしょうか。

 私の人生はこの1年で大きく変わりました。そんな私が昨日、青木ヶ原樹海の中にある聖地で大切なことに気づいたので記録しておきます。

 皆さんもご存知のとおり、三浦春馬さんが所属していた株式会社アミューズが、山梨県の西湖畔に本社を移転しました。

 一般の方は、へえ〜富士山麓に移転かあ、これからはそういう時代なのかなと思うだけでしょう。

 このニュースについて、おそらく…ですが、世界でただ一人(?)私はある大切なことに気づいた、いや気づかされたのです。

 もう一度書きます。アミューズが移転してきたのは富士五湖の西湖です。

 私がかつて書いた、西湖に関するこの記事を改めて読んでみていださい。

 そう、西湖といえば三浦氏。そして、クニマスのふるさと秋田の田沢湖も三浦氏。そしてそして、このたび三浦春馬くんのお導きによってアミューズが西湖へ…。

 もちろん、これは偶然といえば偶然。

 しかし、その「偶然」こそが神のはからいなのです。つまり偶然とは、天にとっては必然であるということです。

 アミューズさんにもそこのところをしっかり理解していただきたい。

 アミューズはまさにミューズの神にちなんだ社名ですし、エンターテインメントとは「つなぐ」こと。タレントとファンをつなぐだけでなく、本来の「芸能」が、天と地と人をつなぐモノである(あった)ことをしっかり認識しなければいけないのではないでしょうか。

 昨日、樹海の中の龍神様の祠の前で、こんなメッセージをいただいたのです。

FOREVER IN OUR HEARTS, HARUMA MIURA

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2021.07.17

ブルーザー・ブロディ vs ジャンボ鶴田

 

 1988年の今日、プロレスラーのブルーザー・ブロディさんが亡くなりました。

 前日に腹部を刺され、出血多量で死亡。まるで力道山のようなあっけないお別れでした。

 亡くなる数ヶ月前、この感動の試合が行われました。ライバルジャンボ鶴田とのインター戦。

 お互いに技を出し合い、受け合い、ものすごい説得力のある試合。まず二人ともデカイ。そして動ける。

 前半のグランドの攻防も見応え十分。スタミナ削っている。打撃の迫力もすごい。試合全体のリズム感が懐かしいですね。

 ビジネス的にはかなり難しいことを言う人だったようで、それが刺殺される原因だったとか。

 しかし、非常に頭がいい人だったので、試合はしっかり構築していくタイプですね。決して暴走系ではない。

 この試合でも、鶴田の強さをしっかり引き出しながら、最後はしっかり勝利を収めています。

 まあ、この試合の結末はいわゆるアングルだとは思いますが、戴冠後のファンとの涙の交流は、これはきっと本心でしょうね。本当に嬉しかったのでしょう。それは、別の視点から言えば、日本でビジネスしていく証だったのかもしれません。

 しかし、それは叶いませんでした。

 ある意味、最強のまま亡くなったわけで、キングコング伝説は永遠のものとなったのでした。

 私も新日で2回、全日で3回かな、会場で生ブロディを見ました。本当にもうその存在自体がバケモノでしたね。特に印象に残っているのは、富士急ハイランドでの坂口征二とのシングル。1985年(昭和60年)の7月5日。私は地元の大学生でした。あっという間にリングアウト勝ちしたのですが、坂口選手が全く何もできない姿に正直驚きを覚えました。

 あらためていくつかの試合を見ながら、昔を懐かしんでみたいと思います。 

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2021.07.16

養老孟司〜意識とは、学びとは

 

 YouTubeのおススメに出てきたので聴いてみました。いろいろ納得しましたね。

 先日、「土偶を読む」の竹倉史人さんとも話しましたが、いわゆるアカデミズム、教育の世界は「コト」の詰め込みばかりやっている。コトとは、私の解釈では、言語、知識、意識、(過去の)情報、随意を表します。

 それはすなわち「ゴミ」でもあります。川の下流に流れ去っていく、自分とはどんどん無関係になっていくゴミです。まさに水に流すべき排泄物。

 臨済禅師も言ってますね。「経典なんてトイレットペーパーだ」と。

 それを一生懸命脳みそという入れ物に詰め込んで、その量を競っているのが、たとえば受験戦争。何やってるんでしょうね。

 一方、養老先生の言う体験、実習というのは、一見過去のコトになってしまうように思えますが、そのコトがまとっているオーラの部分は未来に残っていく。それが私のいう「モノ」です。

 ですから、「ものにする」とか「ものになる」というのが、教育の世界ではなかなか得にくいというわけです。

 とにかく、このちっぽけな私たちのちっぽけな脳ミソの中に「真実(まこと)」があると信じることがダメなのです。「まコト」は、逆説的ですが「モノ」の向こう側にあるのです。

 なるほど、生まれたらすぐに墓に入るのが最も効率的か(笑)。ただ、そうも行かないので、縄文人のように未来に(川の上流に)なにかモノを投げて死んでいきたいですね。

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2021.07.15

『新聞記者』 藤井道人監督作品

Th_81uudum3iyl_ac_ul320_ 近、望月衣塑子さんのツイッター・アカウントが凍結されましたね。結局AIの誤判断だったというオチでしたが、どうなんでしょうね。

 菅総理が官房長官だったころと比べると、最近ちょっと元気がない望月記者。つまり、反権力側にただ利用されただけだったと。そういう人たち、過去にもた〜くさんいますよね。

 かつて、そのうちの一人とお会いしました。その時、彼はまさに御輿を担がれて踊っているピークの状況でした。そして、その日を境に彼は政治活動をぴったりやめ、本来の自然な生活に戻っていきました。

 いったい、私は何をしたのでしょうか(笑)。

 ま、それはいいとして、この映画も選挙の直前に公開されるという、あからさまな野党側のお神輿映画でしたが、少し時間が経ちましたので観てみました。

 映画作品として、もちろん(いろいろな意味で)不快になることもなく、「フィクション」の世界に浸かることができました。

 不安感をあおり、またライヴ感を演出する、ハンディカメラの揺れる映像に多少辟易しましたが(ここのところ、吉田喜重作品を続けて観たせいもある)、まあ、それも「現代の作法」としてやりすごせるレベル。

 そして、やはり「ミステリー」なラストはお見事でしたね。なにがお見事って、やはり「フィクション」に「逃げる」しかなかったわけで、どう落とすのかなと思っていたら、こう来たので「なるほど」と感心した次第です。

 もちろん、最終責任を観客に押し付ける…これは映画的には常套手段なので、別にそこを責めるつもりはありません。

 私は当時の政権側、そして内閣情報調査室とも、人よりはかなり近いところにいます。ですから、こういうメディア戦略も当然織り込み済みですし、実際そうであったように、こうした野党側、メディア側のやり方がそれほど民意に影響しないことは分かっていました。

 いや、もっと言うなら、こうした「国論二分による国力低下作戦」こそが、見えない大きな敵の常套手段であって、それがこうして戦後ずっとずっと巧妙に命脈を保っていることに、それこそ感心してしまうのでした。

 ということで、この作品は、その時代性を超えて、ある意味刹那的に上質なエンターテインメントとして受け入れられていくでしょう。つまり、純粋にいい映画だということです。

Amazon 新聞記者

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2021.07.14

『全貌 二・二六事件〜最高機密文書で迫る〜』(NHKスペシャル DVD)

Th_51xzkbvgxl_ac_ 日紹介した、筒井清忠先生らの二・二六事件フォーラムで酷評(!)されていた番組のDVDを購入しました。

 放送の録画はあるのですが、やはり付録の特典映像と田中宏巳先生の「資料発見者の言葉」を読みたかったので。

 それこそアカデミズムの土俵では「酷評」されてしまうのかもしれませんが、やはり、私はこの番組はすごかったと思います。

 細かい部分では、それは誤りもあるでしょう。しかし、私にとっては、その「資料」が富岡定俊さんが所蔵していたということと、関係者として安藤輝三大尉の息子さんが出演され、安藤大尉と鈴木貫太郎との霊的統合を果たしてくれたということに、本当に個人的でありますが、とても大切な意味を見出します。

 そのあたりについては、完全版が放送された昨年の2月23日(!)に詳しく書いてあります。

『全貌 二・二六事件 ~最高機密文書で迫る~ 完全版』(NHK BS1スペシャル)

 このDVDでは、その関係者の証言も番組よりもかなり充実していました。歴史的な事実という「コト」だけではなく、それにまつわる、まとわりつく言葉や数字にならない「モノ」を語るという意味での「モノガタリ」こそ、事件の未来的な本質に近づく重要な方法なのです。

 次は、富岡定俊のブレーンでもあった仲小路彰の資料が世に出ることになるかもしれません。21世紀以降の(当時の)未来をも含む、地球世界史の中で、二・二六事件はどのような意味を持っていたのか。そしてあの大東亜戦争はなぜ起きたのか。もちろん、その「なぜ」は過去からの文脈ではなく、未来からの文脈としてです。

 過去の人たちが間違ったのではありません。そうなるべき原因が(当時から見ての)未来にあったのです。安藤大尉が敬愛する鈴木貫太郎侍従長を襲撃したのが、その9年後の「終戦の宰相」を生むためであったように。

Amazon 全貌 二・二六事件

YouTube 全貌 二・二六事件

 

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2021.07.13

『エロス+虐殺』 吉田喜重監督作品

Th_unknown_20210715135101 岡市の実家に来ております。

 私の実家から歩いていける町内二ヶ所の公営墓地に、二・二六事件の主役の一人安藤輝三大尉のお墓と、そして甘粕事件で惨殺されたアナキスト大杉栄のお墓があります。

 これってすごいことです。すごすぎることです。しかし、市民はもちろん、多くの歴史マニアもご存知ないのではないでしょうか。

 大きなお寺であるとか、東京の多磨霊園、青山墓地、谷中霊園とかなら、まあ有名人のお墓が複数あって当然ですが、田舎の名もない公営墓地ですよ。

 安藤、大杉ともに、もともと静岡市には全く縁のない人間です。すなわち訳あって隠れるように、隠されるように葬られた。それが運命的に私の実家の近所だったということ…これって、いったいどういう意味があるのでしょう。

 安藤輝三については、その意味がほとんど分かりました。いずれ映画化するのでお楽しみに(笑)。

 で、次は大杉栄です。ちなみに近所の墓所にはには大杉栄だけでなく、愛人の伊藤野枝、そして事件に巻き込まれた甥っ子の橘宗一ちゃんの遺骨も収められています。

 大杉栄と伊藤野枝は、もちろんアナキストという政治的な意味で、かなり過激な人生を送っていたわけですが、そのプライベートもまた「無政府状態」でした。

 もちろん、そういう時代の空気もあったことでしょう。大正デモクラシーという「現代」ですね。まあ、それにしても、かなり彼らは「未来的」でありました。

 ですから、こういう映画をも作らせてしまった。まさに吉田喜重さんや岡田茉莉子さんが、その過去のコトがまとったモノ(オーラ)をしっかり読み取ってしまったのでしょう。「土偶を読む」もそうだったように、たしかに「読む」という動詞の、それこそ本質はそこにあるのかもしれません。

 現代人のワタクシからしますと、この映画、いろいろな意味で「カッコよすぎ」です。

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2021.07.12

『戒厳令』 別役実脚本・吉田喜重監督作品

Th_001_size6 年もこの日がやってきました。今日は二・二六事件で多くの青年将校たちが処刑された日。

 私たち夫婦と二・二六事件のことについては、一部の方にはその詳細をお伝えしていますが、なかなかこのブログに書いて公開はできずにおります。少しほのめかしているだけですね、いつも。スミマセン。

 そろそろ一つの作品として残そうかなと思っています。どなたかに映画化してもらいたいなあ…。あまりにすごい話なのです。

 今日はそんな二・二六事件にも関わる映画を一本紹介しましょう。

 そうそう、これもまた不思議な運命なのですが、なんと今日の「徹子の部屋」に、この映画の監督さん吉田喜重さんと、そして奥様で女優の岡田茉莉子さんがゲストとして出ていたんですね。もう、びっくり。そして、この映画の話もちょこっと出てきました。

 非の打ち所のない「おしどり夫婦」であるお二人。喜重映画のファンでもあり、岡田さんファンでもある私としては、本当にいろいろな意味で憧れのご夫婦であります。

 岡田さんはこの映画では出演はせず、製作側として参加しています。今日の「徹子の部屋」の話では、全18作のうち岡田さんが出ていないのは8作ということでした。

 さて、この映画、実は昨年別役実さんの追悼記事でちょっと触れています。別役さんと吉田さんという、私からすると超頭いい天才二人のコラボということで、この映画は実に哲学的な作品になっています。

 主人公は北一輝。三國連太郎さんが演じます。脚本、映像、そして一柳慧さんの音楽も素晴らしいですね。

 ある意味、今の日本は戒厳令下。私たちの知らないところで、なにか大きな思想が動いているのか。それとも全く動いていないのか。とにかく時代が変わる音は聞こえてきます。興味のある方はぜひご覧ください。

ニコ動 戒厳令

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2021.07.11

『土偶を読む―130年間解かれなかった縄文神話の謎』 竹倉史人 (晶文社)

 Th_51egngo8qms_sx347_bo1204203200_れまた素晴らしい出会いでした。

 今ベストセラーになり、世間を騒がせている「土偶を読む」の筆者、竹倉史人さんとたっぷりお話する機会をいただきました。

 昨日の夜の講演も面白すぎ、また勉強になりまくりましたが、今日の朝から夕方までの交流タイムが楽しすぎました。とても、とてもその内容はここには書けません。あぶなすぎる(笑)。

 この本を読んだ時、竹倉さんにならできる話がたくさんあるなと予感したのですが、それは大正解でした。彼の人生の遍歴、そして「土偶を読む」ことになってしまったいきさつ、さらに「土偶が読めてしまった」その先にあるモノの「本質」。思ったとおりでした。

 この本で語られている内容は、まさに常識を覆す画期的なコトですが、彼自身もそこに満足することもなく、またそこに留まるつもりもないように、そのずっと未来にあるモノへの予感こそを、この本の読後に感ずるべきです。

 ですから、旧来の学会や土偶マニアからのバッシングもどこ吹く風。そんなコトは本質ではないからです。

 そう、一般の人は、物に込められた事を追究するわけじゃないですか。(僭越ながら)私や竹倉さんは、コト(作品)に込められたモノ(霊・魂)を追究するのです。だから、あまりにステージが違っていて、戦いにすらならない。先方のパンチは虚しく空を切るだけです。

 竹倉さんは、時の流れの上流を向いていて、太古の縄文人が土偶を通じて上流に投じたでっかい「夢」「妄想」が流れてくるのをキャッチしてしまったのです。そういうお役目を誰かから授かったのでしょうね。

 この本が売れて、その内容に共感したり、ワクワクしたりする人がたくさんいること、それがこういう閉塞感あふれるコロナの時代に現出したことに、私はある種の救いを感じます。うん、全ては縄文人が仕組んだとおりに動いている…いや、その縄文人こそ、大きな「モノ」…たとえば大物主神とか大物忌神とか?…に動かされたのかもしれませんね。

 近々、竹倉さんは富士北麓にいらっしゃることになるでしょう。そして、そこで出会うモノは…楽しみですね!お待ちしております!

Amazon 土偶を読む

 

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2021.07.10

橘いずみ 『バニラ』

 

 日はフジファブリック志村正彦くんのお誕生日ですね。それにちなんでということになりますが、彼にもモテキやハラダ記念日で縁のあった方の曲を紹介します。

 実は先日の七夕の夜、志村くんにもゆかりのある地元の某聖地で、この方とばったり出会いました。

 その夜は、ずいぶん長く一緒に過ごし、いろいろお話したりしたのですが、なんとその時はその方がこの方だとは思わずにおりました(!)。

 いや、その方がこの方だと分っていたら、あんなにフラットにお話できなかったかも(笑)。この曲なんかずいぶん聴いたもんなあ…あの頃。

 そうなんですよ〜。「和(いずみ)です。歌を歌っています」と自己紹介されただけだったので、まさか、その「いずみ」さんが、かつての「橘いずみ」だとは思わなかった!不覚と言えば不覚ですが、それもまたシャレた出会いだったのかも…。

 私の、この「ロック」なイメージとは全く違い、穏やかな笑顔でいらしたし、たしかに目ヂカラのある方だなあとは思いましたけれど、まさかねえ…。

 まったく人生は面白い。「橘いずみ」があそこで王仁三郎の耀わんでお水を飲むなんて…私も彼女も想像しなかったでしょう。このバニラの頃には。志村くんの粋なはからいでしょうか。

 橘いずみさんは、のちに結婚され榊いずみさんとなり、そして、最近は「和(いずみ)」と改名されているのでした。今でもロックな魂は衰えず、そういえばこんなことをもありましたね。たしかにご本人だ(笑)。

 

 

和(IZUMI)公式

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2021.07.09

レオポルト・モーツァルト 『ヴァイオリン奏法』

Th_41tosxrl_sx351_bo1204203200_ 識を覆すことが最近の趣味(仕事)です。

 お父さんモーツァルトの時代にすでに「常識」になっていたこと、それはヴァイオリンにはガット弦を張るということです。

 いや、この常識もここ80年くらいはまた非常識になっていましたが、古楽演奏による古式の復活によって、ようやくまた少し常識に近づきつつあります。

 先日お会いしたヴァイオリニスト、志村寿一さんも、場合によっては一部分だけでも裸ガット弦を張ることがあるとのこと。そういう使い分けが早く「常識」になってくれるといいですね。

 この本には、冒頭ですでにその「ヴァイオリンと言えばガット弦」というような話が出てきます。なんでも、コルダとかコーダとかコードとかいうヨーロッパ語の語源は、ギリシャ語の「内臓・腸」から来ているのだとか。なるほど。

 ですから、お父さんモーツァルトどころか、バロック、ルネサンスの頃にはとっくにそれが常識になっていたようです。

 その前はどうかというと、これが面白い。

 シルクロードを伝って東方から弦楽器がもたらされた頃、その多くに絹弦が張られていたことが想像されるのです。しかし、シルク文化のない西方では、それこそシルクは道を成してしまうほどの憧れの存在。

 結局、絹は全般にどんどん高価になってゆき、しまいには貴族の奢侈品になっていってしまうわけですね。そして、輸入や使用の禁止令すら出てしまう。

 これでは、楽器の消耗品としては使えっこない。それで代替品として、羊の腸の組織を撚った「ガット弦」が開発され普及していくわけです。

 ちなみに古く中国では、絹のストリングを「絃」、その他(ガット・馬の尻尾など)のストリングを「弦」という具合に、字を使わ分けていたという話も聞きました。なるほど。

 で、すっかり忘れられてしまった絹絃ヴァイオリンの響きが奇跡的に復活したのが、今から150年前の極東日本。面白いですねえ。

 こちらにも紹介したとおりです。つまり、逆に極東ではガット弦が高価で希少だったので、しかたなく、三味線や琴の絃、すなわち絹絃を代替品として使ったということなのです。

 というわけで、私は今、ヴァイオリン(族)やガンバ(族)、そしてギターやハープ用の絹絃の開発のお手伝いをさせていただいているのです。

 これが実現したら、レオポルト・モーツァルトさんもこの本を書き換えなければなりませんね(笑)。全然音も演奏技術も変わってくるわけでして。

Amazon ヴァイオリン奏法

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2021.07.08

【討論】最新現代戦争論

 ょうど今、世に知られざる「戦争論」の出版に携わっております。この夏に世に出せればいいなと思っております。

 第三次世界大戦は、情報戦、心理戦、生物兵器戦となる…それは70年前に書かれたものですが、まさに20世紀後半から21世紀の今の「戦争」をしっかり予測しており、さすがとしか言いようがありません。

 たまたま今日チャンネル桜の討論で、「最新」の戦争論がテーマとなりました。たしかに最新ではありますが、大まかな内容はすでに70年前に予想されていたわけで、そういう意味では、やはり戦争の歴史は連綿と続いているのであり、特に日本は戦後80年近くにわたり戦争に巻き込まれていないという考えは間違いであると言わざるを得ません。

 そのような「平和ボケ」「厭戦気分」の醸成、完成こそ、共産党の長期的戦略であり、それに見事にやられてしまっている日本は、それこそ敵の思うまま、すなわち「戦わずして負け」という状況ですね。

 コロナやワクチンやオリンピックに関する国論の二分も、まさに教育、マスコミを通じた見事な情報戦、心理戦です。戦後ずっと私たちはそうやって弱体化させられてきました。

 今はやりの陰謀論とはちょっと違った意味です。いや、これこそ表に出ない陰のはかりごとですよね。

 そろそろそれを表に出さねばという気持ちで、今、命がけで仕事をしております。

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2021.07.07

『いのちの歌』 作詞 竹内まりや・作曲 村松崇継

 害、戦争…人の命のはかなさと大切さを実感する日々です。

 そんな気持ちに寄り添ってくれるのが、この名曲です。

 もともとはあさドラ劇中歌で、茉奈&佳奈さんが歌っていました。作詞はmiyabiとなっていましたが、実は竹内まりやさん。

 本当にこの歌詞はいいですねえ。竹内まりやさんの歌で聴いてみましょう。

 

 

 歌詞も素晴らしいが、それ以上に素晴らしいのがメロディー。企画ばかりで実現しない我が家のバンド・プロジェクト「Melodies」のレパートリーにも、この曲はもちろん入っています。作曲者自身の歌唱で聴いてみましょうか。これまた素晴らしい。

 

 

 この曲は、名曲ゆえにいろいろな方がカバーしていますね。中でも私がテレビでたまたま観て聴いて感動したのが、こちら。小野リサさんと玉置浩二さんのジュエット。う〜ん、泣けちゃう。

 

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2021.07.06

『叛乱! 二・二六事件』 原作 久保田千太郎/作画 貝塚ひろし

Th_71xs2mtisjl_ac_ul320_ 日のフォーラムでも、平成になって二・二六事件に対する世の中の興味が薄れたとの指摘がありましたね。

 それはそうです。もう80年以上経ってしまったわけですから。

 私も正直ほとんどその内容を知りませんでした。つい最近まで。なんとなくのイメージしかなかった。

 しかし、今から6年前のあの日から、私たち夫婦は突然時空を超えて二・二六事件の只中に引き込まれてしまいした。

 そして、2年前のこのニュースで一つの結末を迎えることになりました。その恐るべき、信じられないような過程については、いつか私が一冊の本を書かねばならないと思っています。小説にしても出来すぎた内容になってしまいますが、あくまでノンフィクションととして書きたい。

 さて、そのように「今」にも大きくつながる二・二六事件そのものを伝える作品としては、昨日のフォーラムで映画マニアの筒井先生が絶賛されていた「叛乱」が最も優れたものです。

 そして今日紹介するこちらのマンガもなかなか素晴らしい。何度本を読んでも、映画を観ても、頭の悪い私にはなかなか覚えられない詳細部分も、これを見返すことによって常に確認できます。

Th_81d5rn5mihl_ac_ul320_ マンガとはいえ、あまりエモーショナルに脚色されておらず、ある意味淡々と歴史的事実を伝えてくれています。それがいいのですね。

 今、KindleのUnlimitedで無料で読めますので、興味のある方はぜひどうぞ。

 久保田千太郎さんは、多くの歴史マンガの原作を手掛けている方。そして、作画の貝塚ひろしさんは、あの「ど根性ガエル」の「ひろし」の名前のモデルになった方。つまり、吉沢やすみさんの師匠ですね。

 あらためて、マンガの力を感じた作品でした。

Amazon 叛乱!二・二六事件(上) (下)

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2021.07.05

二・二六事件の政治経済的背景と現代的意味(オープンフォーラム近現代史研究会)

Th_images_20210707154401 海伊豆山の災害。やはり人災の一面もあるようです。日本中そういう場所はたくさんあると思います。救助活動が進むことを祈ります。

 現場のすぐ近くには、伊豆山神社、興亜観音のほかにも、私たち夫婦にとって忘れられない場所があります。

 すなわち、河野壽大尉自決の地です。河野大尉、二・二六事件の青年将校です。

 そこで思い出したように、この動画を見ました。二・二六事件の研究といえば筒井清忠先生です。前編では筒井先生が二・二六事件の概要について上手に説明してくれています。河野壽大尉については、ほとんど語られていませんが、資料の行動開始の①にあたります。湯河原の光風荘事件です。

 後編では、御厨貴先生と谷垣禎一元自民党総裁による鼎談と質疑応答。これも面白かった。光風荘の話も最後に出てきます。

 あのNHKの「全貌 二・二六事件 ~最高機密文書で迫る~ 完全版」について、すさまじいダメ出しをしているのには驚きました。専門家からするとそういう感想なんですね。

 なるほど、仲小路彰の文献群なんか歴史学会では扱えないというのも分かるような気がする。なにしろ、あの番組での「最高機密文書」にも仲小路が関わっているのですから(たぶん)。

 そして今、私は静岡市の実家にいるのですが、このフォーラムで名前が出てくる安藤輝三と大杉栄の二人のお墓が、この町内にあるというのも、まあなんか個人的には不思議すぎる因縁を感じるのでした。

 なお、このフォーラムで映像資料とされた「叛乱」についても、以前このブログに書いています(こちら)。筒井先生も高く評価し、資料にするほどの名作なのですね。この映画についても、ちょっとした発見がありましたので、明日にでも書きます。

 

 

 

 

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2021.07.04

伊豆山で土石流発生

20210706-85950 変な災害が起きました。被害の全容もしばらく分からないでしょう。それほどの土砂流出量です。

 救助活動もままならない中ではありますが、一言。

 伊豆山にはコロナ前は毎春訪れていました。伊豆山神社、そして興亜観音。霊的な場所です。

 今回の土石流の始点となったのは、伊豆山神社の本宮付近。訪れたことがある方はおわかりと思いますが、清澄な神域のすぐ脇が産廃廃棄場になっています。

 森林を伐採して産廃を棄てるという行為は、そのまま日本の神に対する冒涜となります。それがこのような神の怒りを招くというのは、実に科学的な真実なのであります。

 伊豆山神社を紹介した際、『「荒魂(あらみたま)」が鎮められて「和魂(にぎみたま)」が現出している』と書きましたが、その鎮められた「荒魂」はこうして時に発動するのです。

 今回の土石流現場の東隣の地区は「鳴沢」です。今回の土石流の轟音こそ「伊豆の高嶺の鳴沢」だったのかもしれません。

 伊豆の高嶺の鳴沢

 多くの方々の命が救われますように。

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2021.07.03

大谷劇場…野球の魅力

 

 やあ、今日の大谷翔平は素晴らしかった!

 2打席連続ホームランはもちろんですが、最終回のサヨナラ走塁が最高でした。盗塁やり直しがあったから、ダイヤモンド一周以上走ったわけですね。

 野球というスポーツの魅力については、何度かこのブログに書いてきました。

 あらためて宇宙人的な視点から語りますと、こういうことになります。

「サッカーやテニスなど、他の球技に似たものは他の惑星にもたくさんあるが、野球は地球にしかない」

 地球上でもかなり偏在していますよね。なにしろ特殊で不自然ですから。とにかくいろいろ不均衡。偶然性も高い。そして奇跡的。

  それについては、いつか一度まとめますね。文化としての野球論も含めて。

 そんな特殊な野球というスポーツを日本人が得意とする理由も当然あります。そこもまとめたいな。

 とにかく野球の最高のステージ、MLBにおいて大谷がとんでもない歴史的な快挙を成し遂げつつあることに感動します。

 本来、野球は非常に総合的なセンスと技術を要するスポーツですが、戦後は他の分野と同じく分業化が進んでしまいました。その流れを逆行させてくれているのが大谷なのです。

 子供の頃、いちおう私も草野球では投手で四番でした(笑)。私より才能のある人は、高校野球までは投手で四番。大学に行くと分業が始まります。まるで理系と文系で分かれるように。

 ですから、今、大谷がやっていることは、まさに世界の子供たちの「夢」なのです。夢が夢のまま実現する可能性を示してくれているのです。

 こういう大人が、形式化、硬直化した「常識」あふれる世界に、いろいろな分野で現れてくれるのが理想ですね。

 コロナ禍の中、本当に私たち日本人に、いや世界の子供たちに、いや大人にも、未来の夢を与えてくれる素晴らしい存在ですね。

 明日の試合にも期待です。

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2021.07.02

ディープステート?

Th_51yzoej4ms_sx336_bo1204203200_ 日の「共産党」の話から発展。よく質問を受けるのです。DSについてどう思いますか?…と。 

 トランプさんが使ってから、日本でもこの「ディープステート」という言葉がはやっているようですね。

 今回のコロナ騒動もDSの謀略であるとも言われます。

 結論から言いますが、私は「なんでもDSのせい」論には反対する立場です。

 細かく書く時間はありませんので簡単にいうと、そんなに世の中は単純ではないということです。

 DS論者の言っていること全てが間違っているわけではありません。ユダヤ国際金融資本が政治に関わってきているのは、もう戦前から明らかなことであって、仲小路彰は昭和10年に研究所を作ってしっかり分析しています。

 ただ、それが戦後の情報化した世界において、そのままの力を保っている、あるいは「やり口」が変わっていないということはありえない。

 もちろんDS論者もそんなことはわかっていて、情報化に合わせた論を組み立てているわけですが、とにかくその論の組み立てが、最初に結論ありきの非常に粗雑なものになっているのですね。

 ある意味、彼らは純粋だと言えるかもしれない。子供が勧善懲悪のヒーローものを好むように。絶対的な悪を想定することによって、自分たちを被害者として認識し、それが逆説的に安心を生むという構造。これは歴史研究や歴史編纂においての「あるある」です。

 そうした被害者意識による安定というのは、隣国の歴史編纂にもよく見られるものですね。残念です。

 彼らに共通しているのは、では未来どうすればいいか、の議論が出てきにくい雰囲気です。ただ「あいつが悪い」と言っているばかりで、積極的な解決策が出てこない。思考しているようで、実は思考停止しているす。それって、世間レベルでも「あるある」ですよね。

 そして、そうした「無力感」や「諦念」がある一線を越えると、昨日の共産主義に見られるような「世界革命思想」につながっていきます。

 これこそDSの思うツボじゃないですか(笑)。

 そう、つまり本当のディープステートは、私たちの心の中にあるのでした。

 世界はそんなに単純ではありません。私の「モノ・コト論」でいうと、世の中の本質は「モノ」なのです。もののけ。それを単純化することが、まさに「コト」化です。過度な単純化、記号化はこわいですよ。言霊(事霊)って、そういう一面もありますから注意です。

 …という、それこそDS論者から思いっきり嫌われそうな結論になってしまいましたね。嫌われると私もDS認定されるわけですから、まったくトホホであります。

Amazon ディープステート 世界を操るのは誰か

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2021.07.01

日本共産党、中国共産党を批判…

Th_hqdefault1 国共産党結党100年ということで、おめでとうございます。いちおう祝意を表します。

 共産党の世界革命計画は100年で道半ば。まだまだこれからです。

 彼らのすごいところは、そのように長期的に、だからこそ秘密裡に計画を進めるところです。

 資本主義の内部崩壊を待つというのが、まずは基本的な思想ですから、そういう意味では70年前より、50年前より、10年前より、今の方が、また5年後の方が彼らの目的に近くなります。

 いわゆる左翼活動が盛んだったころからしますと、今は資本主義側の「忘却期」に入っています。そして、そこをついて中国共産党はこのように巨大化しました。もちろん、資本主義市場経済側にすりよりながらです。

 そうそう、忘却期ということで言うと、最近の中核派の活動は注目に値しますね。 

 

 

 忘却期、すなわち潜伏期を経て表舞台に再登場した清水さんの言う、資本主義や権威の暴力性というのも実は真実であり、そこにこちら側も気づき始めています。

 しかし、暴力に対して暴力で対するということの限界や矛盾も真実であり、そこにしっかり向き合わないで来た半世紀こそが、両陣営の残念なところであります。

 ちなみに私は、当時からその矛盾をアウフヘーベンする術を探究していた仲小路彰に出会うことによって、ようやく忘却期から脱することができそうなのでした。

 さてさて、こんな興味深いニュースも。

共産党・志位氏「共産党の名に値しない」、結党100周年の中国共産党を痛烈に批判

 これこそ共産主義の矛盾のように感じますが、こうした日本共産党の「保守化」も、大きな計画の一部なのかもしれませんね。実際そのように俯瞰しないと未来は見えてきません。

 一方、逆の視点から見ることも可能です。「共産党」の頭に「中国」がつくのか、「日本」がつくのかで、実は大きな違いがあるのかもしれない。中国文明はもとより、世界中の文明と日本文明の比較をしつくした仲小路彰が21世紀に期待したものは、その「頭につく」「日本」の世界発信です。

 日本共産党が天皇という存在に近づいたことが象徴的であります。今後、注目すべきは自民党よりも日本共産党であったりします。面白いですね。

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