琴の弦…「緊緩中道」…「良い加減」とは
絹絃職人の方と話している中で出てきたのがこの「緊緩中道」のお話。
シンプルですが、とても深い話です。
職人の方も私も、それなりに仏教に親しんでいるので、自然と音楽から仏教の話になることが多い。今日も「中道」とはという話をしました。
なるほど、仏教の「中道」とは「中庸」の意味もあるけれども、「道なかば」という意味もあるのか!
皆さんもぜひ、この説法を聞いてみてください。何か気づきがあるのではないでしょうか。
何事も、マニュアル通りにやってはダメですね。また、やたら頑張るのもダメ。「張り切る」のもほどほどに。自分にちょうど「良い加減」を見つけようとするのが、修行のスタートなのでした。
そして、そのちょうど「良い加減」を見つけたところが、ようやく「道なかば」なのでした。
この頃の琴といえば、古いヴィーナですね。絃は絹であった可能性が高いと思います。
(以下Wikipediaより引用)
琴の弦(緊緩中道)
パーリ語経典の律蔵・犍度・大品(マハーヴァッガ)においては、どんなに精進しても悟りに近づけず焦燥感・絶望感を募らせていたソーナという比丘が登場する。彼は、過度の修行により足から血を流すほどであった。それを知った釈迦は、ソーナが琴の名手であったことを知り、以下の説法を行った。
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が張り過ぎたならば、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「いいえ、そうではありません、大徳(釈迦)よ」
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が緩すぎたならば、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「いいえ、そうではありません、大徳よ」
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が張りすぎず、緩すぎもなく、丁度よい度合いを持っていたら、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「そのとおりです、大徳よ」
「ちょうど同じように、ソーナよ、行き過ぎた努力は高ぶりを招き、少なすぎる努力は懈怠を招く。それゆえソーナよ、あなたはちょうどよい努力を保ち、感官にちょうど良いところを知り、そこに目標を得なさい」
― ケン度大品 5,16-17
弦は、締め過ぎても、緩め過ぎても、いい音は出ない、程よく締められてこそいい音が出る、比丘の精進もそうあるべきだと釈迦に諭され、ソーナはその通りに精進し、後に悟りに至った。
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