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2021.05.31

超小型スマホ 『Jelly 2』(Unihertz)

Th_img_7762 用してきたiPhoneのバッテリーがいかれてきました。

 車の中でCarPlayで使うことが多いためでしょう。システム上、自動的に充電をしながらナビや音楽アプリを使い、また通話したりするので、バッテリーに負担がかかってしまったのです。

 そこで、思い切ってiPhoneは車の中でメインで使うことにし、普段の通話やメールなどは別のデバイスに移行することにしました。

 で、何にしたかというと、今日正式に発売になった超小型スマホ「Jelly2」です。実はクラファンで1ヵ月ほど前に入手していました。

 ただでさえ老眼で小さい文字が見えないのに何やってるんだと思われそうですが、もともと小さいものが好きでしたし、iPhoneも持ち歩く2台持ちになるので、どうせなら最小を目指そうということで、こいつにしました。

 いろいろな方がレビューしているので、細かいことは書きませんが、とにかく小さくて便利。スマホとしての基本的な性能は全く問題がありません。動作も軽いし、文字入力も案外やりやすい。またFeliCa対応なので、おサイフとして非常に便利です。Suicaももちろん対応。

 ポケットに放り込んでも、また首からぶら下げても、とにかく小さいのでなんとなく気楽です。たとえば、車でコンビニに立ち寄る時、CarPlayに接続してあるiPhoneをいちいち取り外さなくてよくなったので、それだけでも快適。

 もちろんスマホとして普通に機能するわけですから、iPhoneを持たなくても単独でこと足ります。ただ、ゲームと読書はやはり無理(笑)。そこはiPhoneにまかせます。

 というわけで、小さいもの好きの方、あるいは私のような2台持ちを目指す方には非常に魅力的だと思いますよ。お値段もそこそこですし。大人のおもちゃとしては最高のプロダクトだと思います。

Amazon Jelly2

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2021.05.30

野口五郎 featuring リー・リトナー 『グラビアの中から』

 

 の夢の共演もすごいなあ。野口五郎さんといえば、まずラリー・カールトンさんとの交遊が思い浮かびますが、もう一人の西海岸の大御所ギタリスト、一昨日ラリーとの共演を紹介したばかりのリー・リトナーさんとも一緒にレコーディングをしています。

 これはテレビの音楽番組での演奏ですが、まあすごいですねえ。なにげにグルーシン兄弟もいるし(笑)。昭和のアイドル恐るべし。単なるバブルの産物ではありませんよ。

 実際、野口さんのギターの腕前はラリーもリーも認めるところ。ちゃんと練習すれば世界的なギタリストになれると太鼓判を押されていながら、やはり歌の道を進んだのは、ある意味ではこうした世界のトップの演奏を身近に見て聞いてしまったからでしょうね。

 たしかに歌では二人の大御所に勝っているでしょう(笑)。そんなわけで、最近野口五郎さんのアルバムも聴き直しているのでした。当時は単に姉が好きなアイドルの一人でしかなかったので(笑)。

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2021.05.29

能 『鷺』

R0305_omo  日は国立能楽堂にて能楽鑑賞。

 番組は、能「半蔀」、狂言「蚊相撲」、能「鷺」でした。

 圧巻はやはり「鷺」。これには泣きました。これは日本人なら全員観た方がよい。本気でそう思いました。

 醍醐天皇に召され、五位を賜った鷺が舞うだけといえばそれだけの演目なのですが、そこに表現されたモノのすごさがすごすぎました(変な表現ですが)。

 シテの鷺を舞うことができるのは、元服前の少年か還暦後の老人に限られます。そして面をつけない「直面(ひためん)」。

 今回は、娘の師匠である人間国宝野村四郎先生がシテを務められました。御年85歳。

 少年と老人しか舞うことができないのは、普通の大人では人間臭さ、世間臭さが出てしまうからです。こう舞おうという意志が出てしまうからです。

 なにしろ、ここで表現されなければならないのは、「帝」の素晴らしさであって、鷺の美しさではないのです。

 そういう意味で、野村先生の「鷺」は完璧でした。

 そこに座して私たちと同じく鷺を観る立場にあられる「醍醐帝」と、客席の私たちが一体化する。さらに、「帝」に無条件に愛される鷺と私たち国民が一体化する。

 そういう非常に重層的で多次元的な時空間が、見事に現出していました。そして、その帝と鷺と私の一体感、つまり帝に包まれる大御宝としての私の幸福感が涙につながったのです。

 これほど自分が日本人であることの幸福を感じた瞬間はありませんでした。

 それをこういう形で表現する能のすごさ。やはり能は見方というか、感じ方、参加の仕方で、その本質に触れることができるかが決まります。そして、そこに導くことができるかが、能役者の位を決めるのだと思いました。

 少年が舞ったら、また違った感想だったことでしょう。少年ですと、こんな感じです。

 

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2021.05.28

ラリー・カールトン&リー・リトナー in 東京

 わぁ、忙しくて4日分もたまってしまった。今日は31日です。

 というわけで短めの記事を連発します。夢の共演シリーズを続けましょうか。

 まず、ラリー・カールトンとリー・リトナーの夢の共演。バブル期は本当にすごいコンサートがたくさんありました。文化的には非常に恵まれていましたね。世界中のミュージシャンがお金持ち日本に大挙来日しました。

 ビジネスとしても美味しかったけれども、なにより日本のオーディエンスやプロダクションの質が高かったというのが大きかったようです。

 この夢の共演もこうして日本で実現しました。95年ですから、バブルの崩壊後ではありましたが、まだ勢いは残っていましたからね。

 もう演奏については説明の必要はありません。二人が演奏で、言葉で語ってくれています。二人の似ている部分、違っている部分、そのバランスが見事ですね。

 コロナでライヴが消えてしまっている中、この頃のことを思い出すと、ちょっとセンチな気分になってしまいます。早くコロナ禍が去って、バブルが来ますように(笑)。

 まあ、じきに長かったデフレの時代は終わりますよ。

 

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2021.05.27

『実相寺昭雄 才気の伽藍』 樋口尚文 (アルファベータブックス)

Th_51ck6hlvbl 日、NHKのBSでウルトラセブンの名作「狙われた街」が放映されました。

 録画したものを、もう3回観てしまいました。何度観ても素晴らしいですね。

 こんな鬼才の作品を幼少期に観ちゃったから、こんな大人になってしまったんですよ(笑)。どうしてくれるんですか。

 有名なちゃぶ台シーンや夕景での対決シーンだけでなく、全体にわたって実相寺節満開ですよね。

 冒頭で小学生たちがみんなマスクしているのは、なんだか今の世の中からすると象徴的です。まあ、私も当時京浜工業地帯の際に住んでいまして、光化学スモッグで何度か倒れましたから、そう考えるとあの頃の方がもっとひどかった。

 公害だけでなく、交通事故、爆破事件、誘拐など、たしかに日常が異様にスリリングでした。だから、セブンの世界観は本当に現実と重なっていたのです。そして今に至ると。

 この本もまた、素晴らしいですよ。決定版ですね。「才気の伽藍」というタイトルの時点で、私はノックダウンでした。分かる!たしかに伽藍だ!

 総門から、山門、回路、仏殿、法堂、鐘楼、禅堂、そして「後餓鬼」、大庫裏。見事な構成です。そして、それぞれに配置された仏像や仏具、そして経文からに至るまで、まさに「実相寺」の全体像と細部を見事にまとめ上げてくれています。

 様々な「文化財」に触れながら、私たちは最終的にその「教え」に触れることができるのです。

 そして、その「教え」によって、今の私が生きていることを実感しました。

 また、私たちは「実相寺」での修行を終えて、そこから先に進むことができているのだろうか…そんなことも考えさせられてしまいました。

 映像、音楽、さらにはAVの世界まで、はたして彼を超える作品がその後生まれているのか。百年後、千年後にも語られる作品が、どれほどあるのか。

 仏教、音楽、宇宙人、地球防衛、虚実皮膜、日本文化、映画…今の私の充実した人生を創り出してくれた実相寺昭雄。こうして人の人生まで創り上げるのが、本当の芸術家、クリエイターなのでしょう。

 どうしてくれるんですか…と書きましたが、ここからは自分自身で始末をつけるしかありませんね。感謝を胸に頑張ります。

 

Amazon 実相寺昭雄 才気の伽藍

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2021.05.26

ラリー・カールトン 『Singing / Playing 』

 

 日夕刻、車の中でNHK-FMの「夜のプレイリスト」を聴いていました。野口五郎さんが師匠であるラリー・カールトンのセカンド・アルバムを紹介していました。

 五郎さんならではの、ラリーとの友好におけるレアなお話満載でした。

 実は途中山の中に入ってしまい、ラジオが入らなくなってしまいましたので、帰宅後にあらためて全部聴いてみました。

 そして、ホント私も勉強不足でお恥ずかしいのですが、ラリー・カールトンってギタリストであるとともに、ヴォーカリストだったんですね。あまりにもギタリストとしてのイメージが強くて…。

 今、ウチの上の娘もラリー・カールトンに心酔しているのですが、もちろん彼のヴォーカルを聴いたことがなかったようです。

 なるほど、五郎さんが憧れたのはそういうことだったんですね。ヴォーカリストとして、そしてギタリストとしての憧れと崇拝だったわけですね。納得。

 それにしても、このアルバム、初めてじっくり聴きましたが、本当に素晴らしいですね。いい曲ばかり、いい歌、いい演奏ばかりなのですが、私としてはこの「コテコテ」のソフト・ロット・バラードに感動してしまいました。

 日本人の大好きな、いわゆる「ドシラソ低音」に乗っかる曲ですが、なんでしょうか、この品の良さは!ちゃんと「胸キュン進行」もあるし、チープになりがちなのに、まさにバッハの(G線上の)アリアと同様に品がある。

 というか、ラリー・カールトンの優しいヴォーカルがなんとも癒やしですよね。そして、もちろんギターのソロも素晴らしい。アレンジや音質も古さを感じませんね。50年前ですよ、これ!

 ぜひ、アルバム全体も探して聴いてみてください。何度聴いても飽きませんよ。

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2021.05.25

格安Bluetoothスピーカー

Th_61myr8ef4hl_ac_sl1000_ 近買った安いモノで満足しているのがこちら。

 Amazonでベストセラー1位というのも納得です。

 普通のBluetoothスピーカーですが、2千円台前半としては音も機能もいいですよ。

 Bluetooth5.0に加え、3.5mmミニプラグ入力も可能なので使えるシーンがかなり拡がりますね。

 なんちゃってサウンドバーとして、やはりそれなりの容積があるというのがポイントでしょう。低音もそこそこ出ています。

 こういう形は、案外持ち運びも便利です。持ちやすいし、カバンにもさっと入れられますね。

 バッテリーの持ちもいいし、最大音量もそれなりでして、教室や会議室などでも十分使えるでしょう。

 いちいち発話してくれるのが、ちゃんと日本語というところが面白い(笑)。

 今なら200円引きのクーポンがついていますので、2,212円ですよ。

 Amazon Bluetooth5.0スピーカー・サウンドバー

 

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2021.05.24

ウィリー・ウィークス乱入!

 

 ちらも「夢の共演」。高中さんのバンドのメンバーだけでも十分「夢の共演」ですよね。すごいメンバーです。

 メンバー紹介だけで、けっこうお腹いっぱいですよね。

 そこに、なななんと、あのウィリー・ウィークスが乱入!

 ウィリー・ウィークスさん、70才を越えて仕事をやめ、軽井沢に引っ越して来たんですよね。

 超大物たちと無数の共演をしてきたベースの神様が、なぜか終の棲家として日本の軽井沢を選択。今でも近所の音楽仲間と小さなコンサートをやっているようです。素晴らしい。

 そして、この「夢の共演」で披露されたのは、ダニー・ハサウェイの「Voices Inside (Everything Is Everything)」の伝説のベース・ソロではないですか!

 やっぱり音楽は音数ではないなあ。この「味」はなかなか出せない。コピーもできないだろうなあ。楽譜としてそれほど難しくないと思いますが。

 なんとも贅沢ですな、日本人は。1972年のオリジナル音源も聴いてみましょうか。

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2021.05.23

『姉妹坂』大林宣彦監督作品

Th_81iswhrohol_ac_ul320_ 「げ恥婚」が大ニュースになっております。まるでロイヤルウェディングのようですね。

 みくりのお母さん役、富田靖子さんのファンであるワタクシとしては、ワイドショーなどに富田さんが登場するかと思って楽しみにしていたのですが、残念ながら…。

 で、富田靖子さん、そして「逃げ恥」と同様に少女漫画原作の映画ということで、この作品を久々に鑑賞いたしました。

 大林宣彦監督の代表作でありながら、なぜか長いことDVD化もされず、あまり注目されていなかったこの作品。

 原作の昭和少女マンガのあの雰囲気と、大林監督の良い意味での嘘臭さが見事にマッチした名作だと思います。久々に鑑賞しましたが、なんか感動してしまいました。

 1985年の作品。美しい四姉妹の物語といえば、この映画の2年前に公開された「細雪」を思い出します。私もこの1983年版の細雪(市川崑監督)が好きです。

 「細雪」の四姉妹は、岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子。うん、すごい。美しい。

 「姉妹坂」の四姉妹は、紺野美沙子、浅野温子、沢口靖子、富田靖子。うん、すごい。こっちも美しい。

 昭和の新旧対決という感じですよね。

 旧では、佐久間良子さん、新では浅野温子さんの演技が光りました。つまり「次女」。

Th_819h0j2rydl_ac_ul320_ 特に今回しみじみすごいなあと思ったのは、浅野温子さん。なるほどトレンディドラマの女王だったのも、こうした基本的な演技力に支えられてのことだったのですね。

 ストーリー的には、まさに昭和の少女マンガ的であり、恋愛のすれ違いと不治の病、そして…と、ハラハラ・ドキドキとなんとも煮え切らない感が、逆に新鮮だったりします。

 細雪ほどではありませんが、今どきの恋愛、たとえば「逃げ恥」とはかなり違った、ある種の「暗さ」があっていいですね。

 興味を持った方は、こちらでどうぞ。

Amazon 姉妹坂

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2021.05.22

ラリー・カールトン&スティーヴ・ルカサー ライヴ in パリ

 

 日のPRISMに続き、名人・達人の夢の共演。

 ラリー・カールトンとスティーヴ・ルカサーという大御所ギタリスト二人が、それぞれの個性を発揮しつつ、一つの世界を創り上げています。

 ラリーを師匠と仰ぐスティーヴが、実に楽しそうに、やりたい放題やっていて爽快ですね。

 そして、その結果として、ああ、やっぱり音楽って音数が多けりゃいいってもんじゃないね…ということに気づかされます(笑)。おそらくルカサーも、それを承知の上での自分流を貫いたのでしょうね。

 ジェフ・ベックやジミヘンの名曲ということもあり、ラリー・カールトンのロック寄り、ブルース寄りの演奏を堪能できるのもGOOD。

 なるほど、どんなジャンルもささっと出来てしまうのですね。逆に自分の「ROOM 335」は、妙にあっさり。大御所の余裕でしょうか。

 ところで…やっぱりエレキ・ギターって、新しいようで古い楽器ですよね。テクノロジーによって原点回帰している。つまり、チョーキングなどで音程をずらすことよって、またディストーションなどのエフェクトをかけることよって、近代西洋楽器が失ってしまった微分音や「さわり(ノイズ)」を復活させてるんですよね。

 だからカッコいいのか…と、当たり前のことに今さらながら気づいたのでありました。

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2021.05.21

PRISM ライヴ

 う、2ヶ月近く経ってしまいました。ポンタさんの後を追うように和田アキラさんが亡くなってから。

 なんとも言えない喪失感があります。単なるノスタルジーではなく、こういう世界に誇ることができる音楽が今あるか、音楽家が今いるか、少し寂しく感じるのも事実です。

 このPRISMでのお二人の共演で、奇しくもポンタさんが語っていますよね。これが94年のことです。

 まあ、すごいメンバーですね〜。みんな余裕でうまい。当たり前か。その余裕、メンバーが楽しんでいる雰囲気がなんともいいですね。

 

 

 なんか当たり前すぎますが、やっぱりPRISM、アキラさんと言ったらこの曲ですね。そしてこの演奏。やっぱりノスタルジーなのかなあ。87年かあ。なんかこの雰囲気、空気感、懐かしいなあ。

 

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2021.05.20

『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 若松孝二監督作品

Th_915z3pmvkdl_ac_ul320_ しくて本を読んだり映画を観たりする時間がとれません。そこで、朝4時半に起きてその時間を確保することにしました。

 とりあえず録画してあったこの映画を鑑賞。朝から気分を悪くしました(苦笑)。

 私と三島はどうも相性が悪い。仲小路彰も三島には厳しかった。

 豊饒の海〜仲小路彰の三島由紀夫評

 仲小路は「三島には音楽がない」と語ったそうです。なるほど。

 さて、この映画の公開直後、何かの因縁か若松監督は不慮の事故で亡くなってしまいました。

 三島や森田必勝は、この映画が気に入らなかったのでしょう。

 井浦新の三島が軟弱すぎる(肉体的にも)と評されることが多いのですが、私には、三島の「弱さ」の表現、ある種の「かっこわるさ」の表現としては良かったと思います。

 つまり、若松監督は決して自決を美化しようとしていなかったということでしょう。

 『三島由紀夫 vs 東大全共闘 50年目の真実』についての記事でも、私はけっこう厳しいことを書いています。結局、楯の会も、自衛隊入隊も、討論も、そして自決の日も、茶番でしかなかったのかもしれません。

 結局、味方だと思った自衛隊に無視され、揶揄され、辱めを受けて死ぬしかなかった。それは戦前の二・二六事件と似た構図に見えるかもしれませんし、三島はたしかにそこに自分を重ねていたのでしょうが、やはり本質的に大きな違いがあるのです。舞台が違うのに、同じシナリオを演じてしまう滑稽さ。

 皮肉にもそんな「不甲斐ない」雰囲気が、若松監督によって見事に表現されてしまったということでしょうか。

 若松監督の方こそが、時代に殉じたのかもしれませんね。

Amazon 11.25自決の日

 

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2021.05.19

追悼 田村正和さん

 さんにとっては、古畑任三郎のイメージが強いかもしれませんね。田村正和さんがお亡くなりになりました。


 私の印象の中に強く残っているのは、映画「日本の黒幕(フィクサー)」での正和さんでしょうか。


 阪妻の息子としての苦労もあったことでしょう。また映画では、お兄さんや弟さんの後塵を拝していたとも言える正和さんですが、その後テレビドラマで圧倒的な存在感を示すのでした。


 佐分利信さんはじめとする古い世代の皆さんの中で、この「日本の黒幕」での微妙な役どころを、見事に新しく演技していたと感じました。



 


 テレビドラマでは、何度も紹介している「うちの子にかぎって」での先生役でしょうかね。古き良き時代の小学校の先生。伝説の美女子役である磯崎亜紀子さんや、16才でバイク事故死してしまった高橋良明くんの姿も懐かしい。


 ご冥福をお祈りします。


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2021.05.18

Matt Cab『日本のSPOTIFYのトップ10を聴いてみた』

 

 つのまにか(?)徹底したガラパゴス化を遂げているJ-POP。たまにはとり上げましょうか。

 我が家の娘たちは、70年代の洋・邦楽で育ち、そこからジャズや能楽に行ってしまい、今の音楽ではK-POPしか聴きませんので、正直J-POPをかなりバカにしております。

 たしかに世界の潮流に乗り遅れている(世界で売れない)という意味では、完全にお隣の国に負けておりますが、ここまで行くと、それこそ40年後とかにアメリカで聞かれるようになったりする…かも?

 というわけで、私も最近は古い音楽ばかり聴いているので、ちょうどいい立ち位置にいるマット・キャブさんに案内してもらいました。

 ふむふむ、それなりに洋楽の影響もちゃんと受けつつ、しっかり「日本」しているあたり、聖徳太子の時代と変りませんね(笑)。その点、BTSはまんま洋楽という感じで、こうして並ぶとつまらないかも。

 考えてみれば、70年代歌謡曲も、80年代のシティ・ポップも同様の文化的生命力によって今でも行き続けているわけでして。あの頃の私だって、邦楽はダメ、洋楽がいい!と言っていたことさえ思い出されるのであります。

 それにしても、例のプチ転調たる「胸キュン(コード)進行」は多用しすぎでしょう。日本の楽曲では、それがないと売れないということになっている。外国の方が聴くと、ちょっと気持ち悪いようですね。

 というわけで、マット・キャブさんのおかげで、今の邦楽も聴いてみようかという気になりました。ありがとう。

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2021.05.17

Chicago and Earth, Wind & Fire Heart and Soul Tour 2015

 

 日のELOのストリングス・サウンドは、シカゴやEW&Fのブラス・サウンドがあったからこそ生まれたとも言えますよね。

 若い頃の私は、前者にずいぶんと入れ込んでいて、それでヴァイオリンを弾くようになっていったのですが、もしシカゴやアースの方に行っていたら、管楽器を吹いていたかもしれません。

 思えば最初の洋楽体験であるビートルズは、その両方がありましたからね。本当に紙一重だったと思います。

 それにしても、この夢のコラボはかなりヤバいですね〜。けっこう何度も共演している彼らですが、ライバルどころかお互いがお互いのファンであるというだけあって、楽しいこと、楽しいこと。

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2021.05.16

Electric Light Orchestra 『Secret Messages』

Th_393005520191115170057_b5dce5b3949b20 っぱりこの曲好きだなあ。私の音楽体験の基底になっているELOの楽曲の中でも、かなり上位に位置するのがこの「シークレット・メッセージ」です。意外に思われる方もいらっしゃるかも。

 そうそう、最近、娘に楽典を教える時、平行調と同主調の例としてこの曲を聞かせました(笑)。

 ありがちなコード進行ですが、メロディとコーラスの職人芸によって、ありそうでなさそうな作品になっていますね。

 それにしても意味不明なMVですな(笑)。

 

 

 アルバムとしての「シークレット・メッセージ」は、時代の風を受けて、それまでの濃厚なストリングス・アレンジを脱却したという意味で、当時の私としては「終わりの始まり」のアルバムだったのですが、今この歳になって聴くと、クリーンなギター・サウンドとシンセの感じが「シティ・ポップ」していて結構いいですね(笑)。

 少し前に、本来のジェフ・リンの意図を反映した「二枚組」仕様のCDが日本だけで発売されました。やっぱりこの形がいいですね。40年経って、こうして「オリジナル」な形で再び新鮮な感動を味わえるのですから、まったくいい時代になりましたね。

 いい曲多いなあ。なんだかんだ言って「アウト・オブ・ザ・ブルー」に次ぐ名作ですね、私の中では。

 

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2021.05.15

バッハ 『前奏曲とフーガ ハ短調 BWV 906』

 しくてなかなか記事を書く時間が取れません。よって、本を読んだり、映画を観たりする時間もなく、結局仕事中や移動の時に聴いた音楽を紹介するブログになってしまっています。スミマセン。

 今日はまたバッハです。

 この未完のフーガを持つ、非常に魅力的な、ある意味で脱バロック的ともいえる作品。プレリュードは、のちの古典派、ロマン派の出現を予感させるようなという意味で、そしてフーガは演奏者の鈴木優人さんも語っているとおり、対位法と和声との調和の限界という意味で、非常に「新しい」というか、未完なるがゆえに永遠に最尖端、無限の可能性を示しているとも言えます。

 実はこの曲、3ヶ月ほど前に一度紹介していますが、その時はフーガについて、現代作曲家による補筆を良しと評価しております。

 ネオ・バロック

 しかし、この鈴木さんの演奏を聴くと、やはり未完でいいのかなと感じました。皆さんはいかがでしょうか。

 

 

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2021.05.14

「ありがとう寺」にて

 日から今日にかけて、御殿場の「ありがとう寺」にて、町田宗鳳先生とじっくり楽しくお話させていただきました。

 こちらに書いた「お酒など酌み交わしながらマニアック談義に花を咲かそう」という約束が叶えられました。

 僧侶にしてハーバード大学卒業、多くの大学で教鞭をとり、日本中、世界中の聖地をめぐっている町田先生もかなりビックリの情報をたくさん提供させていただきました。

 おかげさまで、町田先生も、仲小路彰などいろいろと興味を持ってくださり、これからの展開が楽しみであります(比叡山での修行をすすめられましたが、それだけはちょっと…笑)。

 私として特に格別な体験となりましたのは、あの富士山を仰ぐガラス張りの禅堂にて、龍神様の前で絹絃のヴァイオリンの即興演奏をさせていただいたことです。

 絹絃の倍音豊かな音が聖堂に響き、まさに宇宙とつながる感覚を味わうことができました。これぞ音楽の本来の在り方であると感じた次第です。

 実は、町田先生も「倍音」について深い知識と認識をお持ちでいらして、それを実際の瞑想などにお使いになっているとのこと。全く不思議なご縁であります。

 また、出口王仁三郎についての知見も並みではありませんでした。持参した我が家の耀わんでお酒をお飲みになって、大変感動なさっておられました。

Th_img_9247 写真は、今朝のお勤めの護摩法要のあとの祭壇と富士山です。弘法大師と出口王仁三郎が並んでいる姿は、何かこれまでとこれからの世界の高次元精神世界を象徴するような時空間でありました。

 まさに「ありがとう」の一言の二日間。また来週、町田先生にお会いする予定です。間を取り持ってくださった先生にも「ありがとう」!

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2021.05.13

ヤコブ・クレイン 『チェロ・ソナタ』

 

 日は素直に(笑)西洋の音楽を紹介します。

 バロック期には、まだまだ知られざる優れた作曲家がたくさんいます。このオランダの作曲家クレインもその一人。バッハとほぼ同時期に活躍しました。

 クレインは非常に魅力的なチェロのための楽曲をたくさん残しています。チェロに対する執着は異常とも言えるほどです。

 この作品4のチェロ・ソナタ集は特に佳曲ぞろい。正直、有名なヴィヴァルディのそれらよりもいいですよ。ぜひお聴きください。

 ちなみにクレインの作品1のチェロ・ソナタ集は、そのヴィヴァルディのチェロ・ソナタよりも前に作曲されているそうです。当時としては相当珍しい作品だったと思います。

20210515-81331  そしてまた、そのソロのチェロ・パートはスコルダトゥーラ(変則調弦)となっており、全ての弦を全音高く調弦します。それによって、ソロ楽器らしい張りのある音を実現したのでしょう。

 ソロと通奏低音が違った調で書かれた珍しい楽譜も一緒にお楽しみください。

 

 

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2021.05.12

バッハ 『音楽の捧げもの〜二つのヴァイオリンのためのカノン』

 西洋音楽についてさんざんなこと言ってきましたが、その非常に限定的な特殊な世界だからこそ、それを極めようとすると逆に面白いことになったりします。

 「コトを窮めてモノに至る」というヤツですね。

 西洋音楽の父とさえ言われるバッハは、そういう意味で「父」であり、「大バッハ」なのでした。

 晩年に遺したこの「音楽の捧げもの」と「フーガの技法」は、まさにその「狭い」システムの中で、だからこそどこまで抽象的に、無限大になれるかに挑戦した作品と言えましょう。正直イッちゃってますよね。

 このカノンは珍しく「ヴァイオリン」の指定があります。具体的なんですね。しかし、楽曲としては非常に短く、楽譜はこれだけです。これに二人のヴァイオリニストと通奏低音奏者を呼んでくるのも、なんだか微妙な感じがしますよね。

 それを逆手に取ったというか、もしかするとバッハの頭の中ではこうなふうになっていたのかなという、動画がアップされていましたので紹介しましょう。

 この時代だからこそ再現できた「バッハの脳内」ということでしょうか。楽器指定のない作品については、数十年前に電子楽器が登場することによって再現されたと言われていましたが、このカノンについては、楽器指定があるだけに「なんとなく普通」になってしまっていました。

 一つの答えがこれでしょうかね。まあ、日本人がヴァイオリン弾いてる姿は、さすがに脳内になかったと思いますが(笑)。

 

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2021.05.11

常味裕司アラブ音楽講座 入門編

 日の「西洋音楽の正体」からの、今日はあえてのアラブ音楽です。

 端的に申しますが、たとえばこのアラブ音楽の微分音やマカームの中に、西洋音楽理論は取り込まれますよね。

 和音(和声)も、脇役ではありますが、ちゃんと存在していますし、リズムにもより多様性があります。

 そして、だからこそ残った「モノ(何か)」。楽器に残された機能。

 わかりやすく言えば、(アラブではありませんが)三味線の「さわり」。なぜ「障り(雑音)」を発生させる装置をあえてつけるのか。

 そう考えると、西洋音楽がこれほど世界中に広まった理由もわかってくるというものです。つまり、「わかりやすい」「複雑ではない」。

 モーツァルトを聞かせると赤ちゃんが泣き止んだり、牛の乳がたくさん出たりする(笑)。

 西洋音楽の方法論を借用しつつ、その単純性に反発して複雑化したジャズでは、そうはいかないでしょう。

 まあそのあたりのことも含めて、とにかくこの、私の尊敬する常味さんの講座を全部聴いてみてください。この世界を知っていて、その上で西洋音楽や日本の音楽をやるのが、歴史的に見ても正解だと思いますので。

 

 

 

 

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2021.05.10

『西洋音楽の正体〜調と和声の不思議を探る』 伊藤友計 (講談社選書メチエ)

Th_51gxx21klbl_sx338_bo1204203200_ 近の私はまさに「西洋音楽の正体」に迫ろうとしております。もちろん私はシロウト音楽家ですから、伊藤先生のようなアプローチとはちょっと違います。

 さらに言うなら、シロウトならではの無責任さをもって、「西洋音楽こそが世界をダメにしている元凶である」という仮説に基づいての活動を進行させているのでした。

 しかし、ご存知のとおり、私自身はモロに西洋音楽を愛好し、また演奏している者であります。そう、学校の先生でありながら「学校をぶっ壊す!」とか言っているのと同じ構図ですね。どうもそういう人らしい。私は(笑)。

 で、具体的に何をやっているかというと、まずヴァイオリンに絹絃を張っています。これがなんで「西洋音楽をぶっ壊す」ことにつながるかというのは、またいつか結果が出始めたら報告します。

 まあ、簡単に言えば、西洋音楽が切り捨てていった「モノ(何か)」を復権させようということです。

 昨日までの「イノベーション」の話にもつながりますが、「もう戻れない」というイノベーションには、多分に洗脳的要素、麻薬的要素が存するものです。

 たとえば、私たちの食生活や、交通手段や、通信手段などを考えればわかりますよね。もう戻れない。

 そういう視点で、この世界に席捲し、ほとんど暴力的に我々を支配下に置いてしまった「西洋音楽」というヤツの正体を知りたいのです。そいつと戦うために。

 音楽において、そんな洗脳的なイノベーションを起こしたのが、かのモンテヴェルディです。一言でいえば、「属七の和音」から主和音で終止する形を発明してしまった人です。「属七の和音」は私たち現代人にとっては、非常に指向性の強い慣れ親しんだ和音ですが、モンテヴェルディ以前には、「悪魔」と「塩」がまぶされた最悪な不協和音だったのです。

 そこがこの本のキモ。実に面白いところであり、それこそ西洋音楽の正体の最もわかりやすい点(弱点)なのです。

 そして、それは「自然」なのか「不自然(人為)」なのか。そのあたりの話が実に面白かった。

 私も、もう生れた時から西洋音楽のシャワーを浴びていましたし、幼少期にヤマハ音楽教室に通ってしまったので、それこそ化学調味料のような属七の和音をずっと摂取しまくってきました。

 その後ビートルズにはまり、洋楽ロックにどっぷり浸かる青春時代を送り、ジャズも聴くようになり、さらに複雑な和音を聴くようになりました。また、大学に入って、きれいな女の先輩たちにだまされて(笑)箏曲の同好会に入って邦楽も始めましたが、全くその価格調味料というか麻薬の呪縛から逃れることができていません。

 しかし、この歳になって、いろいろ変化が現われてきました。まあ、家内が東北の山奥で民謡や労働歌や演歌にまみれて育って、いまだに属七の和音や長三和音に違和感を抱くような人だということもありますし、あとその血を引いた下の娘の影響もありますかね(長女は完全に西洋音楽派です)。

 この春、その下の娘がどういうわけか東京芸大に合格してしまいました。急遽決まった受験に向けて、付け焼き刃で、たったの三日間(!)で「楽典」を教え込みました(逆に言えば三日で西洋音楽の骨組みはわかってしまうということです)。

 実は芸大とはいっても、娘は邦楽科の能楽専攻ですから、それまで楽典なんてものがこの世にあることも知りませんでしたし、これからも楽典的な音楽理論を使う可能性はほとんど皆無です。

 西洋音楽の殿堂で、西洋音楽とは全く違う音楽世界で勉強している。私もその世界にすっかり引き込まれてしまい、なにかそっちの方が(特に私たち日本人にとって)本当の音楽なのではないかと思うようになったのです。

Th_-20210512-94027 というわけで、一方で五線譜の音楽を奏でつつ、一方で娘が学んでいるこんな楽譜にも興味津々の最近の私。

 はたして理論ではなく、実践によって、この世界の洗脳を解くことができるのか。ちょっと楽しみにしていてください。

 まずは、シルク絃を使うことによって西洋音楽が和声のために捨象してしまったモノ(何か)を復活させて、それを西洋音楽にまぶして演奏していこうと思っています。

 あっ、オマケに一言。私は「長三和音」のルーツは「かっこう」の鳴き声だと真剣に考えています。ついでに言えば「短三和音」も、下手な「かっこう」ですよ(笑)。

Amazon 西洋音楽の正体

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2021.05.09

ホリエモンのゼロ高入学式スピーチ

 

 日の記事の続きとなりましょうか。学校にもイノベーションが必要なのか、どうなのか。毎日のように悩んでおります。

 「学校をぶっ壊す!」と豪語しておきながら、実際現場から少し距離を置いてみますと、なぜか目論見に反してやや勢いがなくなってきております(苦笑)。

 ですから、数ヵ月前までは、このホリエモンのゼロ高なんかにも、かなり強いシンパシーをおぼえていたわけですが、今は少し違和感もあるわけです。

 ここでのホリエモンの言葉には、いちいち納得です。ある側面からは間違っていない。そのとおりです。

 しかし、では、全日本人がこういう教育を受けて、こういう活躍ができるのが良いかというと、絶対にそうではない。そんなことは当たり前です。

 では、やはり「リーダー」を育てるために、こういうイノベーティブな学校が必要なのでしょうか。

 明治維新の若きリーダーたちは、どのようにして生れたのか。その学び舎はあの時、急に生れたものなのでしょうか。

 正直、表面的に歴史を見たり、あるいは近視眼的に現在を見たりしている以上、どこかに間違いが起きるような気がしてなりません。

 とはいえ、どうすれば良いかという対案はないので、ちっとも偉そうなことは言えません。

 ただ、選択肢としてはゼロ高のような学校があってもいいし、昔ながらの軍隊風な学校があってもよいし、またその中間型もあってもよいし、全く違った発想の教育機関があってもよい。

 とりあえず、選択肢はいろいろあるべきです。それはもしかすると、旧来の学校のバージョンアップだけでも、かなり可能性が広がるのかもしれない。

 少し前まで私が提案していた全く新しい教育システムに対する自己評価も、ここ1ヶ月くらいでかなり変わってきました。一部の方々には自信満々でプレゼンしてしまいましたが、一旦取り下げます(笑)。

 歴史的な視点から再考してみたいと思います。ちょうど仲小路彰の教育論も活字化し終ったところでして、そこから高次元からの視点も取り入れてみます。

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2021.05.08

イノベーションは必要なのか?

 

 ょっと古い動画ですが、これを見てなるほどと思う反面、コメント欄にもあるように、なんでも「イノベーションがない」「リーダー不在」で片付けてよいのか疑問にも思いました。

 ちょうど今、仲小路彰のものすごい高次元の話を読んでいるところなので、こういうレベルの話がなんとなく浮ついて聞えてしまうのでした。

 たしかに日本は非常に保守的であり、前例踏襲主義であり、変化を好まない国です。

 私も、たとえば教育(学校)について、かなり過激な言葉を使ってそれを批判してきました。しかし、なかなか変わらない。もう変わりようもないのではないかという諦念すらあります。

 一方で、そうした古臭いコト、つまり「しきたり(してきたコトという意味)」に愛情を持っていることも事実で、そうした自分の中の矛盾を、それこそ仲小路彰は止揚してくれるように予感しているわけです。

 少くとも、「イノベーション」という言葉や「リーダー」という言葉を使うのは、その反対側にある広大で重厚な「しきたり」や「和」の世界の功罪、特に功の部分を勉強してからにしてからがよろしい。

 特にこういう世の中における「イノベーション」は、その場しのぎのものではなく、今後最低百年にわたって「しきたり」になるようなものでなければなりません。

 それから、たとえばインターネットやスマホの出現のような歴史的な「イノベーション」に乗っかった些末な変化を、「イノベーション」と言ってはいけないと思います。今語られている「イノベーション」のほとんどは、「イノベーション」ではありません。

 そういう意味で、そもそも日本人は真の「イノベーション」を実行できるのか。歴史を見ると、日本人は外からのイノベーションを取り入れ、それをうまく利用してきたことがわかります。

 掛け声だけの「イノベーション」に振り回されてはいけません。

 そうすると、あるべき「リーダー」の意味もまた、自然とわかってくるかと思います。

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2021.05.07

「雨だれ」は天から落ちてくる…

 

 日は、ステキなお客様がいらっしゃいました。皆さん、初対面でしたが盛り上がる、盛り上がる。

 そんな中「時間は未来から流れてくる」の話も出ました。

 そうこうしているうちに外では雨が降り出しました。天から落ちてくる雨だれを眺めながら、この曲を思い出しました。

 そして、この動画!

 まさに音楽は未来からやってくるのがわかりますよね。

 演奏とは本来こういうものです。楽譜を過去から未来に向かって追いかけるのではなく、「太鼓の達人」のように、一つ一つキャッチしていくんですよ(笑)。

 逆に言えば、楽譜を見て演奏したり、暗譜して演奏したり時にも、脳内ではこのように未来から来る音をピックアップしているかのように演奏しなければならないのです。それができない演奏家がい〜っぱい(苦笑)。

 なにしろ、聴衆にとっては、いつも音楽は向こうからやってくるモノなのですから。まずはそこが脳波的にマッチしていないと、共鳴なんか起きませんよ。

 

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2021.05.06

歴史は繰り返すか?

Th_unknown_20210508085101 は歴史が好きです。

 「時間は未来から流れてくる」「過去は遠ざかっていくのみ」「過去はカス。水に流せ」と言っているのに、なぜ下流の過去を学ぶ「歴史」が好きなのかと聞かれることも多くあります。

 そんな時、必ずこう答えます。

 過去に何があったかに興味があるのではなく、歴史に名を残すような人たちが、(その時の)未来にどのようなボールを投げたかを知りたいのだ。そのボールはたいてい私のはるか上空を通り過ぎて、(現在から見た)未来に落ち、それが次第に上流から近づいてくるので、それをキャッチしたいのだ。

 たとえば、釈迦やイエスや出口王仁三郎や仲小路彰の投げた巨大なボールはまだ「今」に流れ着いていません。おそらく私が生きているうちにも流れてこないでしょう。しかし、それをキャッチできる未来人をつくることが私たちの使命なのです。

 さてさて、私たちはよく「歴史は繰り返す」と言いますね。それはたしかにある意味では真理です。すなわち、自然現象や人間の思考や行動にもパターンがあって、そういう意味ではたしかに繰り返します。

 しかし、一つ一つ細部は違っているわけで、そういう視点では繰り返すことはぜったいにありません。

 歴史から学ぶということには、その両方の視点が必要でしょう。

 「歴史は繰り返す」という言葉を信じるあまり、思考や行動が保守的、つまり改革、革新できない人も多く見られます。日本社会も全体としては、そういう傾向が強い。それで失敗した歴史も多々あります。そして、またそれを繰り返してきたとも言えます。

 そんな偏った歴史観に対して、仲小路彰は厳しくこのように語っています。なかなかこういうことを言う偉い人はいないですよね。

 歴史研究者、防衛関係者はもちろん、ウイルス兵器や情報戦、経済戦、深層心理戦などが行われている現在において、先の大戦のような「戦争」を繰り返すまいと「平和」を叫んでいる人たちこそ、この言葉を噛みしめていただきたいと思います。

 

 歴史を研究するは極めて重要である。それによって過去のいかなる経験も行為も、決して未来に行われないとの歴史的自覚、すなわち歴史がくりかえさぬことを歴史的に反省することにのみ、唯一の歴史の価値と役割が存するのである。
 一般的に、とくに専門的立場や正統論的権威であればあるほど、歴史に通暁し、その研鑽から、未来の戦争を過去の戦術で戦わんとするのである。兵器の進歩が、それを使用する人間の意識や関心の範囲をはるかに超えているにもかかわらず、過去的戦術の権威者たちは、依然として、過去の教訓と自信によって、その武器を使用しようとする矛盾と錯誤を犯すのである。

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2021.05.05

思想家・仲小路彰さんとの思い出(村井邦彦×細野晴臣「メイキング・オブ・モンパルナス1934」対談)

Th_04_20210508085001 小路彰の研究を進めておりますが、そこで欠かせないのが川添浩史(紫郎)の存在です。仲小路彰の思想、策略を、実働部隊として具現化したのが川添さんです。

 音楽に興味のある私は、当然そこにも多大な興味を持っているのですが、なかなか手が回らない状況です。

 そんな折、まさに生きた仲小路師や川添さんから薫陶を受けていた、アルファレコード創始者村井邦彦さんが、昨年からそのお仕事をやってくださることになりました。

 その取材過程を紹介するReal Soundのインタビュー記事に仲小路彰のことが出ていたので、ここに紹介しておきます。非常に貴重な証言ですね。

 村井邦彦×細野晴臣「メイキング・オブ・モンパルナス1934」対談

 というか、YMOが「アヅマカブキ」をイメージしたものだったとは!

 今まさに「アヅマカブキ」の資料を整理しているところであり、また細野さんにも間接的にですが、背中を押してもらっていたところでしたので、感動、興奮しました。

 これは村井さんにもお会いして、いろいろお話をうかがわねば。

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2021.05.04

『Sakamoto: For Mr Lawrence Piano Music』 Jeroen Van Veen

Th_91ezlr66f5l_ss500_ しくて忙しくて、ブログの更新が追いつきません!

 こんなに忙しくなるとは。休み時間がなく、起きて、仕事して、寝るという日々を送っております。

 昨夜、寝る時に、いや寝ながらずっと聴いていたのがこれ。起きたらまだ鳴っていた(6時間近い収録時間なのです)。

 坂本龍一さんの作品を、オランダのピアニストがピアノ独奏用に編曲して演奏した作品集です。

 非常に心地よく眠ることができました…ので、ちゃんと聴いたわけではないのでしょうが、脳と体には染み込みました。

 坂本作品の良さは、やはりそのシンプルさですね。だから「歌心」がある。現代曲は複雑になりすぎる傾向があり、それは歌からどんどん離れていく結果を生みます。それに比して、坂本作品はあくまで「歌」なのです。

 坂本さんも仲小路彰の影響を強く受けています。彼がYMO散開後神戸で開催したロック・オペラは、仲小路の「未来学原論」をモチーフにしたものでした。

 

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2021.05.03

今起きていることは「国際紛争」なのか?

Th_d850f896326455dc297bafe93cd659d4 年、この日になると憲法のことを書きます。

 世論調査では改憲派が護憲派を上回っているとのこと。ただし、改憲派には多くのレイヤーが存在していますが、護憲派は一枚岩だということを忘れてはいけません。

 私の立場は非常に明確です。

 日本語としての瑕疵や時代に合わない部分など改訂すべきところは改訂する。改正ではなく改訂です。

 9条は戦争の形態が大きく変わっている現在においては問題山積ですが、だからこそ「放置」する方が良い。9条だけは抽象的、未来的な捉え方をするのが良い。

 また、その制定過程を考えると、つまり、それが(昭和)天皇の命と同価値であることを考えると、9条を改訂することは天皇の否定につながる。そのことを忘れている国民が多すぎる。

 そのことに関しては、2年前の今日、改憲派のトップに直接お話をさせていただき、ご理解をいただきました。

日本国憲法の奇跡

 今日は、今年1月に紹介した仲小路彰の憲法(9条)観を再び紹介します。仲小路彰は高松宮さまのブレーンでした。当然、昭和天皇の意志を知る立場にあったわけで、その時点ですでに、我々一般国民とは違う次元から、日本国憲法を見ていました。

 ここでの「世界革命勢力」とは、もちろん共産主義のことであり、「旧概念の国家戦争」に対する新しい戦争概念とは、情報戦、心理戦、生物兵器戦などのことです。

 現在の世界の状況を考えながら、ぜひお読み下さい。今起きていること(コロナ含む)は、はたして国際紛争なのでしょうか。もし国際紛争ではなく、「世界的破壊性をもった内外よりする革命」であったとしたら、私たちは(新しい概念の)自衛的な戦争をすることも可能なのではないでしょうか。

 

 昭和28年12月発行「地球との対話 16 憲法改正可否に関する具体的問題」より

 今後、日本が自ら防衛し、また阻止しなければならない戦争とは、本質的な意味において、世界的破壊性をもった内外よりする革命であり、第三次世界大戦とは、まさに世界革命勢力の侵入に対する防衛に他ならないであろう。日本は現憲法に規定された旧概念の国家戦争には今後絶対参加する意志はなく、この点現憲法の精神は、日本の決意を示すものとして、そのままなんら変更される必要はないのである。

 (中略)

 この観点に立って平和憲法を考えるときそれは日本の進むべき方向を明示した、むしろ、未来への宣言として考えられるべきものであり、近代国家概念をこえた次の時代に導く最も象徴的、哲学的な最高の理想というべきである。そこには改正されるべきなにものもないであろう。

 (中略)

 それは今後全世界にわたる革命による破壊をもこえて、各国各民族をしてここにまで至らしめねばならない地球の普遍的法の原型となりうるものである。

 それは平面的な憲法改正論の次元をこえたものであり、むしろ平和への最高の道徳律として、さながら聖徳太子の十七条憲法が最高の道徳的規範として、今日にいたるまで少しもその意味を失っていないようにいかなる現実の変貌にも耐えて、今後の人類の方向を導く象徴となるものである。

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2021.05.02

<鼎談> 「日本語の世界・日本語と世界」

 日の続きです。鈴木孝夫先生と、金谷武洋先生と、井上逸兵先生の鼎談動画です。

 金谷武洋さんについては、もう15年ほど前に、このブログでご著書を紹介していたんですが、驚いたことにそこに鈴木孝夫大明神の名前も出てきているんですね。やはり当時の私もお二人に似た波動を感じていたのでしょう。

『日本語文法の謎を解く−「ある」日本語と「する」英語』 金谷武洋 (ちくま新書)

 結果として、こうしてご一緒にお話されている動画を同じこのブログで紹介することになるのですから、なんとも不思議なものです。

 いきなりダジャレでエンジン全開の鈴木先生(笑)。素晴らしいですねえ。金谷先生のお話も面白い。

 最後の大明神の「遺言」が心にしみます。「世界、人類、宇宙という気宇壮大なプランの中での日本語の世界普及」…これはまさに仲小路彰の思想哲学そのものです。日本語と限定していますが、それはすなわち日本の文化、哲学、思想、行動様式そのものですから。

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2021.05.01

鈴木孝夫講演 「なぜ日本語を世界に広める必要があるのか」

 

 日、追悼記事を書きました、鈴木孝夫先生…やはり私にとっては鈴木孝夫大明神だなあ…の3年前のお元気なお姿。

 まさに大明神と呼ぶべき、偉大なる明るい神ですよ。本当に。お笑い芸人のようなトークですね。面白すぎます!

 笑いが絶えませんが、おっしゃっていることは非常に重い内容です。

 この変らぬ語り口というか喋り口に、サシでじっくり飲みながらお話を聴いた時のことを思い出しました。

 先月の追悼記事に書いたとおり、鈴木孝夫先生は井筒俊彦先生を通じて、間違いなく仲小路彰の影響を受けています。

 鈴木先生にお会いした時は、まだ私、仲小路彰のことを全く知りませんでした。いつか再会してその話をと思っていたのですが、残念ながらお亡くなりになってしまいました。残念です。

 ヨーロッパ文明の矛盾をつき、21世紀は日本(日本語)という特殊な文化が、この地球を救うと真剣に考えておられた鈴木先生。

 今、私も違った経路ですが、仲小路先生の言葉に触れ、その遺志の一部だけでも継ぐことができるよう頑張っています。鈴木先生の分まで、さらに頑張らねば。

 それにしても、たしかにこんな頭脳明晰かつ有言実行の方がいたら、老人ホームは大変ですね(笑)。

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