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2021.03.26

『俺の家の話』最終回に嗚咽…

Th_-20210328-92436  やあ、本当に感動しました。号泣どころか、自分の嗚咽でセリフが聞き取れないという初めての事態に陥りました。

 宮藤官九郎、そして長瀬智也、西田敏行…その他の皆さん、本当にすごい。これはテレビ・ドラマ史上に残る名作でしょう。

 前にも書いたとおり、能、プロレス、介護と、まさに「俺の家の話」じゃん、と思っていたのですが、そんな次元の話ではありませんでした。

 本当にこの最終回で、私の能やプロレス、そして命や霊に対する考え方が、すっかり変わってしまいました。テレビ・ドラマでここまで自分の魂が変わったのは初めてです。

 娘が能楽師を目指していることもあり、また、まさに人間国宝の宗家と交流する機会もあって、それなりに能について理解しているつもりでしたし、プロレスについても多くのレスラーの方々とお話してきたので、なんとなく分かったつもりになっていたんですね。

 甘かった。どちらも命に、霊に、そして「家」に関わる文化、芸だった。

 少し前に紹介した野村四郎先生のオンライン講座で野村先生がおっしゃっていた「成仏得脱」「祝言性」「悲しみの慰め」ということが、このドラマの最終回を観て、すっと腑に落ちました。まさかこういう形で能の本質に近づけるとは。

 そう、現代の夢幻能だったわけですね。この最終回は。いや、最初からそうだったのかもしれない。

 目に見えないモノの悲しみを、形にするコトによって昇華する。それが能の機能であり、また、怒りや攻撃性を昇華するのがプロレスの機能であり、さらにそれらを総合的に昇華するのがドラマだったのです。

 まさに「モノを招く」という意味での「ものまね」、そして「ワザを招(を)く」という意味での「俳優(わざをき)」であったと。長瀬くんもまた稀有な「俳優」であったと。

 このタイミングで「俺の家の話」を超える「俺の家の話」を、本当にありがとう。クドカン、長瀬くん、西田さん、その他の皆さんに心より感謝します。もう一度最初から全部観ます。

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