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2020.12.31

2020年を振り返る

Th_-20201231-234122 ロナですね。今年は。コロナに始まりコロナに終わる。

 今日もこんなニュースが。

 そのコロナのおかげで、本当に多くのことに気づくことができました。世の中のこと。自分のこと。

 世界や日本や仕事や自分の裏の(無意識の)構造が露呈したということです。

 ピンチをチャンスに。いろいろ挑戦もしました。

 そのおかげで、メディアに登場させていただくことも多かった。本、テレビ、ラジオ、新聞、ネットメディア…。

 素晴らしい出会いもたくさんありました。今日も若手の起業家の方との運命的な出会いがありました。

 いずれも、どなたかの紹介によるものです。ありがたや。

 17年近く、このブログで地道に発信してきた成果がようやく出始めたということでしょうか。継続は力ですね。

 それから、これは個人的なことになりますが、家族ということを改めて考えさせられた1年でした。いろいろな意味で。親として子として。

 いずれにせよ、コロナによってこの世界と自分が大きく変わり始めたことはたしかです。その変化に乗っていくのか、抗って元に戻ろうとするのか。来年からはその二者の分断が進むことでしょう。

 新しいことへの挑戦が多かった今年。決断する機会が多かった今年。密度が濃かったせいかあっという間に過ぎ去ってしまいました。常にフル回転だったのでしょう。

 そんな中、本当にたくさんの方にお力添えをいただきました。あらためて御礼を申し上げます。ありがとうございました。

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2020.12.30

LUCY(루시) 『Snooze (선잠)』

 

 当に残念ですが、レコード大賞があまりにひどいことになっているので、我が家では韓国の音楽番組「The Show」を観ました。

 今の韓国の音楽シーンは、40年前の日本のそれのごとく、なんでもありですし、世界への挑戦の勢いがあります。それに比べてガラパゴス化した日本の音楽業界はどうなってしまうのでしょうか。

 もちろん、江戸時代の鎖国政策がそうであったように、ガラパゴス化も極めれば、浮世絵のごとく世界のアートに影響を与えることになると思いますがね。どうせなら、あと100年くらいこのままでいた方がいいのかなあ。

 それにしても、最近の音楽番組、特にレコ大から紅白への流れの中で、本当に日本人の歌が下手くそすぎていやになりますよね。プロとは思えない。こちらがドキドキしながら聴かなければならないって、いったいなんなんでしょうか。

 それに比べると、韓国のミュージシャンたちはみんな歌がうまい(ダンスも)。まあ、それが最低限の条件だというのは、本来なら当然のことなんですがね。

 で、今日もいろいろなジャンルの面白い韓国音楽を聴いたわけですが、かなり驚き、かつ感動すらしたのは、このバンドLUCYです。

 ありそうでない、聴いたことがあるようでない、非常に新鮮な感じがしました。80年代日本のシティポップの要素も持ちつつ、そこに現代的なセンス、そして微妙なプログレッシブ感、さらに定番のアジアンテイストもしっかりあり、これはいい!と純粋に思いました。

 特に、ヴァイオリン弾きとしては、このシン・イェチャンくんのパフォーマンスにはしびれますね〜。上手いし、センスが良い。

 私もここ45年ほど(!)ヴァイオリンがフィーチャーされたロックバンドをたくさん聴いてきましたが、このバンドでのヴァイオリンの存在感はピカイチですね。

 ここで紹介したセカンド・シングルだけでなく、ほかの曲も非常にセンスが良い。皆さんもぜひ、YouTubeでいろいろ聴いてみてください。

 う〜ん、日本のバンドも頑張ってほしいなあ。バンドだけでなくアイドルも、歌手も…。

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2020.12.29

メガネ曇り止めクロス

Th_71uzritbll_ac_ul1500_ ベノマスクの在庫が切れて、一般的なマスクをするようになり、さらに寒さが増す季節となりまして、困ることと言ったら、メガネのくもりです。冷えた車の運転の際など、本当に難儀していました。

 しかし、これがあれば全然大丈夫!たしかにスグレモノです。2日程はほとんど曇りません。

 マイクロファイバーのクロスに界面活性剤が染み込ませてあるんでしょうかね。使用後は付属の乾燥防止用の袋に入れて保管する必要があります。

 600回使えるということですから、計算上冬だけなら数年使えることになりますね。まあ、そこまでは期待していませんが。

 なにしろ800円弱で、さらに500円分のキャッシュバックがあるのですから。つまり、原価は数十円なのでしょう。

 この季節、メガネの曇りでお悩みの方はぜひお試しください。

 ちなみに、 アベノマスクは苦しくないし、曇らないし、つまり通気性が良すぎて、マスク本来の効果はほとんどないということなのでしょう。

 冒頭で在庫が切れたと書きましたが、実は今日また大量に入荷しました(笑)。久しぶりにアベノマスク生活に戻そうかな。結構目立つんですけどね(笑)。

メガネ曇り止めクロス

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2020.12.28

ギュンター・ロスト(オルガニスト)

 日はオルガニストを紹介しましょう。バッハはもちろん、モーツァルトやショパンをオルガンで弾いてしまう奇人(もちろんいい意味)です。

 まずショパンの前奏曲「雨だれ」から聴いていただきましょうか。これがいいのですよ〜。

 

 

 減衰楽器のための曲を、こうして持続楽器で弾きますと、和声の豊かさや複雑さが聞こえてきて面白いですね。それが作曲家の意図とは違ったとしても、やはり残響や余韻のことを考えると、一度はこうして演奏してみることは大切なことではないでしょうか。演奏家にとって。

 続いて、昨日私も演奏に参加させていただいたモーツァルトのピアノ協奏曲第23番です。昨日のフォルテピアノのソロも素晴らしい、素晴らしすぎるものだったのですが、このオルガン版も実にいいですね。

 

 

 

 

 続きまして、昨日の木内鶴彦さんが「天の川」から聞こえてきた音楽として紹介していた、バッハのチェンバロ協奏曲ニ長調を。元はヴァイオリン協奏曲ですが、それをバッハ自身が演奏するためにチェンバロ・ソロに編曲したものを、さらにオルガンで演奏しています。バッハも一回はオルガンで弾いたことがあるのではないしょうか。

 これまた、オケも含めて素晴らしい演奏ですね。オルガンらしくアーティキュレーションで表現する部分が多くなりますが、オケもそれに見事に呼応していますね。このオルガンは電子オルガンでしょうかね。

 

 

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2020.12.27

『生き方は星空が教えてくれる』 木内鶴彦 (サンマーク文庫)

Th_51gmb48t47l_sx349_bo1204203200_ 日の「グレート・コンジャンクション」を園児たちに観せていた時に、ふと思い出したのが木内鶴彦さんのことでした。

 コメット・ハンターとして、臨死体験者として、自然環境活動家として有名な木内さんのこの本は、まさに「今」、皆さんに読んでいただきたいメッセージ満載です。

 宇宙的視点から鳥瞰した時に見える「未来の記憶」に関しても、私なんかよりずっと具体的に体験されている木内さんのお話は実に面白いし、納得がいく。

 少し前に私が苦言を呈した「進化論」についても、木内さんは明確に否定しています。適者生存、弱肉強食ではなく、あくまでも地球環境のバランスを守るために私たち生命は存在し、その姿を変えてきたのです。

 私の「モノ・コト論」に結びつく部分も多くありました。宇宙意識、膨大な意識というのは、ある意味人間にとっては「無意識」にあたりますから「モノ」ですね。逆に人間の意識は「コト」です。

 自他(他・自)不二、モノ・コト不二、宇宙・生命不二…全ての本質はそこにあります。

 そういう宇宙的視点から地球を眺めますと、新型コロナウイルスの意味や価値もはっきり分かるというものです。

 本来生命の頂点にあるべき、知性と創造性を持った人類が(カネに向かって)暴走しているため、バランスを取り戻すためにウイルスは登場しているのでしょう。

 たしかに良く言われるように、ウイルスは私たち宿主を全滅させようとするわけがありませんよね。私たちの行動と思考を制限するだけで、本来は共存していこうとしているはずです。ですから敵ではない。

 それにしても、木内さんの「臨死体験」は本当にすごいですね。時空を超えた旅は、それこそ出口王仁三郎の高熊山での霊的体験ととても似ています。木内さんは数時間だったのですが、王仁三郎は1週間ですからね。あの膨大な霊界物語にも書ききれず、耀わんにその情報を刻んだと言われています。

 仲小路彰も生きながらにして時空を超えて様々な事象を体験していたようです。核心部分では、木内さんも王仁三郎も仲小路も全く同じことを言っていますし、同じような未来を予測していますし、私たち人間に同じような課題を与えています。

 今までは、そうした宇宙的視点による地球観や人生観は「トンデモ」扱いされてきましたが、来年からは全く様相が変わるでしょうね。

 新しい時代の始まり、新しい人生の始まりに際して、皆さんもぜひこの本を読んでみてください。違和感なく共感するに違いありません。

 近いうちに木内さんにもお会いしたいと思います。未来の情報を共有できることを楽しみにしています。

 

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2020.12.26

安藤政輝 宮城道雄を弾く5 「春を奏でる」

Th_71xlqoubgyl_ac_sl1082_ うすぐお正月。お正月と言えば「春の海」。

 今日はご縁がありまして、宮城道雄先生の直弟子、元東京藝大教授であり、日本を代表する箏奏者である安藤政輝先生と「春の海」を合奏をさせていただきました。

 いちおう山田流箏曲をやっていたことがあった私ですが、こうして生田流の頂点にいらっしゃる方と合奏をする日が来ようとは夢にも思いませんでした。

 私は、バロック・ヴィオラを弾きました。

 今日いただいたこのCDの「春の海」では、東京藝大の学長でいらっしゃるヴァイオリニストの澤和樹さん。

 いったいなんでそんなありえないことが起きたかと言いますと…。一つは仲小路彰関連です。仲小路は宮城道雄と親交があり、戦後の重要な日本文化イベントを共に作り上げていました。

 それから、私の「古楽」へのアプローチに興味を持ってくださった方が間に入ってくれたということもあります。

  私は箏曲においてもオリジナル主義を重要視していました。かつても今も、案外なことに邦楽の世界はそういう意識が薄いんですよね。安藤先生は絹糸の弦や象牙の琴柱などを用いており、演奏様式の研究などもされていた研究家でもあります。

 そのようなこともありまして、今後おつきあいをさせていただくことになりそうなのです。おそらく他の宮城作品も合奏する機会があるかもしれません。夢のような幸せです。

 いや、自分で言うのもなんですが、バロック・ヴィオラの生ガット弦の音や表現が、絹糸のお琴の音に絶妙になじむのです。やはり近代的な工業製品とは違う世界があるのですね。感動いたしました。

 絹とガットの「春の海」を披露する機会も近くあるかもしれません。しっかり稽古いたします。

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2020.12.25

通信改革は本当に成功するのか?

 

 末でちょっと忙しいものですから、動画の紹介で終わります。

 docomoのアハモが大きな話題となっていますが、とにかく日本の通信料の高さは異常です。通信貧乏になっている人、たくさんいるに違いありません。

 我が家もそうです。私と家内はauで、なんだかんだ二人で月に1万3千円以上かかっています。娘たちはmineoで二人で4千円弱。ADSL(!)やPocket WiFiも含めると2万5千円くらい通信費にかかっている。高いですねえ。

 仕事をしていると、やはりLINE電話などではなく、普通にケータイ番号で電話することになりますよね。それをかけ放題にすると、とんでもなく高くなります。

 また、私はデータ通信にはWiFiを使うようにしていますが、家内はよくわからずモバイル通信を使いまくり。当然高くつきます。

 今後、auがアハモに対抗できるプランを出さないかぎり、私はmineoに、家内はdocomoに移行していくことになりそうですね。

 この対談動画でも、日本の通信業界の異常性が存分語られています。特に酔っ払った夏野さんは面白いこと言ってますね(笑)。北朝鮮ねえ。なるほど。

 すっかりインフラとなった「通信」ですが、それこそ「セコい」商売はやめて、安価で安全に安定した供給ができるように(3安)企業努力をしてもらいたいですね。

 菅総理の掛け声でようやく動き出した「通信」業界。日本の国力向上の大切なファクターとなるでしょう。期待します。

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2020.12.24

追悼 中村泰士さん なかにし礼さん

Th_ent20122508260007p1 リスマスイブはいつまでも悲しい夜。

 「北酒場」のコンビ、なかにし礼さんと中村泰士さんの訃報が…。筒美京平さんに続き、また昭和の文化を支えた天才がこの世を去ってしまいました。

 地元の天才作詞家、作曲家である、フジファブリックの志村正彦くんの命日でもある今日。

 昨年で彼の突然の死から10年ということもあり、一つの区切りをつけたつもりでした。クリスマスイブはクリスマスイブを楽しもうと。

 それなのに。

 今日は先に中村さんの訃報が入ってきました。あらためて北酒場を聴いていたところ、なんと今度はその詩を書いたなかにし礼さんが今日亡くなったとの第一報が。

 クリスマスイブはいつまでも悲しい夜。

 新しい時代が始まるために、古い時代は消える運命なのか。いや、そんなはずはない。

 彼らの詩やメロディーは、もろちん時代を超えて生き続けます。それでもやっぱり悲しい。

 なかにし礼さん、中村泰士さんのコンビと言えば、やはりなんと言っても細川たかしさん。

 北酒場も名曲ですが、デビュー曲である「心のこり」が少年時代の私に与えた衝撃は忘れられません。

 今あらためて聴いてみると、あの頃感じた衝撃というのは、日本語の高低アクセントを無視した中村さんの自由な作曲技法にあることがわかります。

 演歌の世界は比較的アクセントとメロディーの関係性を大切にする、すなわち語りとして聞き手に内容が伝わることを重視していたのですが、中村さんはそれをあえて破った。

 ユーミン、拓郎、陽水ら、いわゆるニューミュージックの若者たちが、そうした作曲伝統を自由に破って、豊かなメロディー世界を作り出していた…それはメロディー(音楽)による言葉への下剋上であった…中、そうした当時の流れを見事に演歌的な世界に持ち込んだ一人が中村さんでした。

 メジャーキーというレベルではなく、解放されたメロディーのおおらかさや明るさが、細川たかしさんの声質や歌唱力、キャラクターとうまくマッチしたのですね。

 もちろん、それを承知し認めたなかにし礼さんの、日本語に対するある種のこだわりを捨てた創造的な愛も素晴らしい。全く新しい歌詞の世界が生まれた瞬間です。作詞家によっては、アクセントをものすごく気にしますからね。シンガーソングライターならまだしも、職業作詞家ならそれが普通です。

 そんなお二人の偉業をしっかり胸に刻み、かつ、彼らの世界観を平成の世にブラッシュアップして聴かせてくれた志村正彦くんにも感謝しながら、「心のこり」を聴いてみたいと思います。レコード大賞新人賞受賞の映像。

 ご冥福をお祈りします。

 

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2020.12.23

『セカンドID―「本当の自分」に出会う、これからの時代の生き方』 小橋賢児 (きずな出版)

Th_51hws5qbdil_sx339_bo1204203200_ 日の町田先生と同様、絶妙なタイミングで出会わせていただきました。不思議なご縁です。

 たまたま、中学3年生に「日本以外全部沈没」を見せてテストで感想文を書かせていたところでしたので(どんなテストじゃ!?)、私も生徒もびっくり。なにしろ主演俳優さんですから。

 正直画面の中の彼と会うことになるとは全く想定していなかったのですが、友人が突然紹介してくれたのです。

 ちょうどこの映画のあたりを最後に、人気絶頂の中こつ然と表舞台から「消息不明」になった賢児くん。

 実はそこには大きな苦悩と再生の物語が横たわっていたのでした。

 先週お会いした時にも、ご本人の口からその物語を拝聴し、心から感動いたしました。本当に人それぞれ、人には知られない物語がある。その物語が、また他の人の新しい物語を紡ぐ。

 そう、私も彼の人生から、一瞬で多くのことを学び、新しい時代への挑戦の勇気をいただきました。

 昨日の町田宗鳳師も「やりたいことをやれ。やりたいことが即ち天命」というようなことをおっしゃっていました。

 世間では「風の時代」「水瓶座の時代」が始まった、これからは「やりたいこと」ができる時代になると言われています。それは一つの比喩的表現だと私は思っていますが、しかし、おととい冬至の「グレート・コンジャンクション」をこの目で見た印象は、まさにその比喩と重なるものでした。

 もしかすると、私はすでに「セカンドID」や「サードID」を持っているタイプの人間かもしれません。世間的な教師の顔以外にもいろいろと変な顔を持っていますからね(笑)。

 星の配置が変わるように、これからは、そうした「ファースト」「セカンド」「サード」などの配置が変わってくるのかもしれません。

 そんな気づきを、まさに絶妙なタイミングで与えてくれた賢児くんの言霊に心から感謝いたします。ありがとう。

 お会いした翌日、こんなニュースが。

「ちゅらさん」元俳優・小橋賢児氏がSNS休止…長男との2ショットも公開

 ちょうどそんな話もしたんですよね。SNSを含むインターネットには「過去の情報」しかないと。スマホを眺めているのは、川の下流を眺めていることになって、上流(未来)からの情報を掴むチャンスを逃していると。

 さあ、来年は一緒に何かできるかもしれません。この本にもあるように「旅」がその鍵を握っているのではないでしょうか。心からワクワクしております。

 Amazon セカンドID

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2020.12.22

『異界探訪 パワースポットの最深部に異界への扉があった』 町田宗鳳 (山と渓谷社)

Th_51x7aabw2yl_sx337_bo1204203200_ 近の出会いには全く無駄がありません。そして、全て完璧なタイミング。

 今日もそんな出会いがありました。いつかお会いしたいと思っていた町田宗鳳師とお話をする機会を得ました。

 大徳寺で20年修行したのち渡米、ハーバード大学で神学修士、ペンシルバニア大学で哲学博士となり、その後世界や日本の大学で教鞭をとるとともに、世界各地を旅し、命懸けのとんでもない経験を積み重ねてきた謎の(笑)僧侶です。

 いちおう比較宗教学がご専門で、現在も広島大学名誉教授なのですが、縁あって富士山麓に無宗派の「ありがとう寺」を建立し、それこそ謎のご活躍をされています。

 私の母校の特任教授でもあって、今日はその母校で行われた講演会に飛び入りで参加いたしました。ちょうど仕事で母校に行く用事がありましたのも有り難い偶然、いや必然でした。

 初対面ながら、勝手に私は共鳴する波動を感じまして、いろいろお話をさせていただきました。まだまだ入口の部分しかお話していないので、近く「ありがとう寺」に参拝させていただき、お酒など酌み交わしながらマニアック談義に花を咲かそうとお約束いたしました。

 今日の講演のテーマは「文明論としての『イワンの馬鹿』」。その内容は、まさに今の私の問題意識にぴったり。思いっきり背中を押していただきました。ありがとうございます。

 さてさて、町田先生は本当に多岐にわたるご著書を書かれているのですが、比較的最近出たこの「異界探訪」がまた、私の今の感性にぴったりの内容です。いわゆるスピ系のパワースポット本とは完全に一線を画しております。

 私は普通にこういう話をうんうんと聞ける(読める)のですが、一般の方はどうでしょうね。ご本人も書かれているように、フィクションとして読んだ方がすんなり入ってくるのではないでしょうか。

 そう、世の中のリアル、ノンフィクションが、実はフィクションなのですよ。昨日の冬至をもって、そういうフィクションの時代は終わり、今までフィクションとか、トンデモとか言われていた世界がリアル、ノンフィクションになっていく。間違いなくそうなります。

 そういう意味では、今日からは町田先生やワタクシの時代が始まるのです(笑)。いや、マジで。

 この本でも、異次元からのメッセージを受け取る話が中心になっていますし、それがちっぽけな人間の自我、意識を越えた「無意識」や「マナ」からの情報であることがはっきりと書かれています。つまり、私の言う「モノ」ですね(もちろん「モノ」と「マナ」は同源です)。

 かなりぶっ飛んだ人生を送られている町田先生ですが、そんな先生をびっくりさせるような情報を持って、なるべく早い時期に「ありがとう寺」にうかがおうと思っております。楽しみです。

 町田先生、ご縁を取り持ってくださった先生、そして異次元のネットワークに心より感謝します。ありがとうございます。

異界探訪

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2020.12.21

Kenko 天体望遠鏡 Sky Explore SE-AT90M

Th_61pdmtywc5l_ac_sl1200_ 日は幼稚園の年長さん親子を対象とした「グレート・コンジャンクション観望会」を行いました。

 大成功、大盛況でした。やっぱり星の世界はいいですねえ。

 今回使ったのはこの望遠鏡。今回のために買いました。

 セレストロンの28センチのシュミカセも持っているのですが、なにしろデカくて重い。持ち出すのがおっくうで、地下室に眠ったままになっています。そこで持ち出し用として、こいつを新規購入しました。

 昔から考えますと、こんなお値段でまあそこそこの天体望遠鏡が買えるようになったわけですから、夢のような話ですね。

 それもカタディオプトリックですよ。これはマクストフカセグレン。口径90mm。経緯台ですが、自動追尾装置がついています。

Th_img_7235 光学性能も想像よりずっと良かった。今日は気流も安定し、おかげで木星の縞はもちろん、土星のカッシーニの間隙もばっちり見えました。

 もちろんファインダーほかプラスチックの部品も多く、それなりの質感ですが、まあ軽さや安さのためにはしかたないでしょうね。とは言え、架台のできはなかなか良くて、鏡筒の短さ、軽さとも相まってなかなか安定しています。

 経緯台の電動での微動もスムーズで快適でした。

 これなら、車の助手席に乗せてでも、いろいろなところに持っていけますね。そしてさっと設置してさっと設定してさっと観測を始められる。

 一つ気になったのは、やはりこうしたカタディオプトリック式の望遠鏡は筒内気流の影響を受けやすいですね。結局今日の1時間半の観望会の中で最後まで安定しませんでした。

Th_img_7234 なお、左の写真はiPhoneを手持ちで接眼レンズに近づけた、なんちゃってコリメート法での撮影ですので、こんな感じになってしまいました。まあ、それでもこれだけ撮れるのですから、昔からすると考えられないお気楽さですね。

 こうして子どもたちと星を観るとですね、私の中二病の原点、宇宙人の原点である、天文少年時代を思い出しますね。そして、再び大きな夢が動き出すのを感じます。

 やっぱりたまには星空を眺めなければ。これからこの望遠鏡を抱えていろいろなところに行ってみたいと思います。

 【Amazon限定ブランド】Kenko 天体望遠鏡 Sky Explore SE-AT90M

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2020.12.20

宮川彬良 『イントロの作り方』 (NHK どれみふぁワンダーランド)

 日もまた忙しいのでちょっと手抜きさせていただきます。

 昨日に続き、「どれみふぇワンダーランド」から、結構まじで勉強になる「深読み」コーナー。この回は「イントロの作り方」。

 つかみとしてのイントロって、本当に重要ですよね。歌謡曲はもちろん、ロックなんかでも、とにかく名曲はイントロからして心掴まれる。

 ここで紹介されている曲は、全部演奏したことありますが、そう、本当にイントロがいいなあ!と思ったものです。歌の方にとってはもちろん、伴奏者にとっても、イントロで気持ちが入るかどうか決まったりしますよね。

 

 

 ある知り合いのミュージシャンは、イントロから作ると言っていました。それもあるでしょうね。ここで宮川さんが教えてくれている、いわば本編の展開としてのイントロではなく、イントロから本編が生まれるという。帰納的ではなく演繹的とでもいうのか。

 いや、音楽は未来の記憶の産物ですから、もしかすると未来の本編から帰納的にイントロが生まれているのかもしれませんね。面白い。

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2020.12.19

音楽事業仕分け(コント)

 日はとっても忙しいので、軽いネタを。

 軽いけれど、面白い。案外重かったりもして(笑)。

 いろいろと懐かしいネタですね。まあとにかく御覧ください。

 

 

 もう10年以上も前になるんですね〜。民主党蓮舫議員による事業仕分け。

 まあ今考えると、ホントひどい話でした。今や悪夢の民主党政権時代もノスタルジーの彼方という感じですよね。その後の自民党政権と比べて、民主党時代の方が良かったとか言う人もけっこういますが、まあ人間なんて「喉元過ぎれば熱さ忘れる」でして、いやいやそういう忘却力がないとやるせない過去が蓄積していってやっていられないのでしょう。

 これは昭和は良かったとか、戦前は良かった、さらには江戸時代は良かったのような、いわば過去の都合の良い美化にもつながってきます。ほんの10年前でさえこれなんですから、しかたないと言えばしかたない。あるいは現状に満足できない、足るを知ることができない人間のサガなのかもしれません。

 それにしても、昔も今も変わりなく素晴らしいのは戸田恵子さんですね!本当にすごい人だと思います。天才です。真似されている蓮舫さんも、まあ変わらないと言えば変わらないかもしれません。

 ところで、ここで見事なアカペラを披露しているRAG FAIRの皆さんはどうしているのでしょうか。この番組が終わると同時に無期限活動休止になってしまいましたよね。

 このNHKの『どれみふぁ・ワンダーランド』は、ユーモアあふれるハイセンスな音楽番組でした。最近、こういう職人芸で笑いをとるコント番組がなくて寂しい。この前宝田明さんの記事で紹介した「サラリーマンNEO」や「七人のコント侍」とか。NHKさん、ぜひ頑張って!

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2020.12.18

『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論 2』 小林よしのり (SPA!コミックス)

Th_51bf5zwfokl 日発売。昨日紹介した小林よしのりさんのコロナ論第2弾。

 折しも、東京で800人を超える感染者が確認され、NHKのニュースでも「緊急事態宣言しかない」的な発言がありました。

 そして、この本でも前著でも高く評価していたスウェーデンの緩和政策について、なんと国王が「失敗」と批判。

コロナ対応「失敗」 スウェーデン国王、異例の政策批判

 実に良いタイミングです。

 昨日紹介した第1弾と同様、マスコミやエセ専門家を批判し、「科学的」に抑圧策やPCR検査、マスクへの批判を繰り返していますが、いまだにそうした意見は世間では少数派ですよね。

 著者は「本の力を信じる」と言いますが、はたしてどこまでこのコロナ論が一般的になるのでしょうか。

 私は昨日書いたように、小林よしのりさんは「コロナ論」を通して、日本文化論を語っていると思います。そちらの意味では、もしかすると歴史に残る名著となるかもしれません。

 実際、コロナ禍を乗り切ることも大切ですが、そこから私たちが何を学ぶか、何を変革する力を得るのか、そちらに意識を持っていくことも重要です。

 終わったあとで、「あれはピンチではなくチャンスだったのに」と後悔してもしかたありません。

 この本で批判されている、現代の「グローバリズム」。私は仲小路彰が構想した本当の「グローバリズム」を研究している者として、特にその部分についてしっかり考えていこうと思っています。

 ある意味、災害、戦争の真っ只中であるからこそ、こういう本を読んで、一瞬でも日本の、地球の外側から現状の自分と社会を見つめ直してみる必要はあるのでしょう。

 些末なことですが、第14章のタイトル「神が与え賜うし呼吸」は、どう考えても「賜いし」の間違いですね。編集、出版のプロの人たちがそういうことに気づかないということに、ちょっとした日本文化の危機を覚えました。

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2020.12.17

『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論』 小林よしのり (SPA!コミックス)

51syzdyuurl_sy346_ 日「2」が出るということで、遅ればせながら読んでみました。

 一昨日ご登場願った宮沢孝幸先生も高く評価している、小林よしのりさんの「コロナ論」。「コロナ恐るべからず」論の尖峰と言ってもいいでしょうか。過剰反応するな、科学的に正しい対処をせよ、インフォデミックを起こすな…。

 まったく恐ろしいモノで、私も半分はこのコロナ論に大賛成ですが、半分はやはり何かを恐れている。様々な情報が飛び交う現代だからこその「余計わからない」があって、なかなか自分が安定しない。

 つまり、モノ(未知の何か)に対して、コト(情報)が無力などころか、コトどうしが新たなモノを生み出してしまっている状況は、非常に興味深くもあります。

 日頃「モノ・コト論」を構築している私ですが、こうして自分の中のモノとコトのせめぎあいを観察することは稀です。モノノケの生命力…それは実は宇宙の誕生にも関係しますが…に改めて感動さえしているところです。

 さて、出版から4ヶ月が経った今、この本の内容はどのように評価すべきでしょうか。

 ある種の予言書として捉えるならば、やはり半分は当たり、半分ははずれたということになるのでしょうか。

 いや、この本の評価すべきところは、コロナ禍をしっかり日本文化論に落とし込んでいるところでしょう。その部分の内容に関しては揺らぎなく正しいと思います。

 もちろん小林よしのり流の物言い、表現方法に抵抗をおぼえる方もいらっしゃると思いますが、本人も言っているとおり、「愛国」の気持ちがあるからこそのそれらです。

 今までのゴーマニズム宣言もそうでしたが、決して左右の構図には収まりきらないんですね。愛は湧き上がるモノですから、思想というコトを凌駕していくのは当たり前です。

 新型コロナとのつきあいもそろそろ1年となろうとしています。モノがコトとなり、コトがモノとなる日々。そろそろその全体像を俯瞰しながら、自分と世界の本質を見極めてみてもいいのではないでしょうか。

 そのために、この本は大変良い参考書となるでしょう。明日出る「2」の内容も楽しみです。

ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論

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2020.12.16

『銀幕に愛をこめて』 宝田明・のむみち (筑摩書房)

ぼくはゴジラの同期生

Th_51biqjizh8l_sx336_bo1204203200_ 和を代表する俳優の一人、宝田明さん。私にとっては、ゴジラはもちろんですが、やはり大好きな小津映画「小早川家の秋」での爽やかな存在感が忘れられません。

 この本の冒頭にも書かれているように、壮絶な少年時代を送ったにもかかわらず、それを微塵も感じさせない明るさと、一方でそうした体験が基になっているに違いない教養や品格を感じさせる名優さんですね。

 そういう方ですから、本当に多くの映画人に愛されたのですね。この本で語られる俳優さん、女優さん、監督さんらとのエピソードに、そのお人柄がしっかり映し出されています。決して自慢話にはならない謙虚さも良い。

 謙虚さ…ばったり出会った、ずっと若いのむみちさんに構成をおまかせしているところにも、それが表れています。

 実は、この本を紹介してくれた知り合いも、あるところでばったり宝田さんと出会い、その場で意気投合したとこのこと。そんなオープンなところ、そして人を一瞬で見抜く力にも魅力を感じますね。

 どのエピソードも興味深かったのですが、個人的に最も驚いたというか運命を感じたのは、宝田さんのデビュー作が熊谷久虎監督のかくて自由の鐘はなる」だったということ。

 なぜなら、熊谷久虎は仲小路彰の弟子、スメラ学塾で活躍し、義妹の原節子と仲小路をつないだ人物でもあるからです。そして、この本を紹介してくれた知り合いというのは、まさに仲小路彰研究の仲間というか大先輩なのですから。これは運命でしょう。

 それにしても、のむみちさんの知識と構成力は素晴らしいですね。この本はいわばオーラル・ヒストリーということになるわけですが、実にいい具合に聞き手であるのむみちさんの解説が挿入されていて分かりやすいし、良いリズム感が生まれており、なるほどこういう本の作り方はいいなと思った次第です。

 一人の俳優の人生をなぞるうちに、自然と日本映画史を俯瞰できる。また、戦争と平和についても考えることができる。皆さんにおススメしたい本です。

 そうそう、私の中の宝田明さんとして実に強烈で鮮明な記憶については、残念ながら本書には記述がありませんでした。すなわち、NHKで放映されていた伝説のコント番組「サラリーマンNEO」です。Season1から4まで出演されていたと記憶しております。オープニングでのファットボーイ・スリム「ウェポン・オブ・チョイス」の華麗なダンスは忘れられません。久しぶりにDVD観てみようかな。

 映画、ミュージカル、テレビ…日本の文化の中心を支えた宝田さん。まだまだお元気でご活躍いただきたく思います。

銀幕に愛をこめて

 

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2020.12.15

宮沢孝幸准教授の「目玉焼き理論」

 

 GoTo 一時停止のニュースが。正直ここ1ヶ月 GoTo の恩恵を受けまくったウチの学校としては、まあギリギリセーフだったなという感じです。思い切った決断をして良かったと思っています。

 実際に旅をした者の感想としては、旅先の方がずっと感染防止対策をしっかりしており(自分の意識も含めて)、本当に GoTo のせいで感染拡大しているのか、私も不審に思っています。

 それを専門的な立場から力説し続けているのが宮沢先生。先生の「目玉焼き理論」は、たしかにわかりやすく、おそらく正解なのだと思います。

 そうしますと、やはり家庭内感染に注意すべきということですね。先ほど書いたように、私たちは旅先ではいつも以上に注意をするのですが、その反対で家庭に戻るとすっかり気が緩んでしまうものなのです。

 非日常では緊張、日常では弛緩というのは、これはしかたありませんが、なんとかそこを踏ん張らねばならないと思います。ある意味、今は毎日非日常ですから、実際に普通の風邪やインフルエンザにかかる人は非常に少なくなっています。

 やはり、私たちには非常事態、非日常が必要ということでしょう。しかし、それがあまりに頻繁にあると慣れてしまい、非日常が日常になってしまう。たしかにその時には、免疫ができている、先日のWi-Fiの記事流に言えば、危険因子を受容しても大丈夫なように我々が進化するとも言えますが、そこに至る一定の期間には相応の注意が必要なのです。

 私が恐れているのは、「受験(入試)クラスター」の発生です。人生を決めてしまう受験(入試)に対して、私たちは嘘をついてまで日常的であろうとしますから。つまり、熱があっても解熱剤を飲んで会場にいってしまうということです。

 まずは「共通テストクラスター」が怖い。その後の、私大入試や国公立2次試験での地方から都会への流入も怖い。もう祈るしかないですね。ウチの次女も受験生ですし。

 大学のみ9月入学にし、5,6月に入試をするべきという考えは今でも変わりません。来年度入試が結果としてそういうふうになる可能性もありますよ。

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2020.12.14

追悼 小松政夫さん

Th_unknown_20201215132401 敬する昭和の方がまた一人亡くなりました。いや、昭和の方なんて言ってはいけませんね。バリバリの現役でしたから。

 ここのところ、毎日ファミリー劇場でドリフ大爆笑を観ています。その中で、いろいろな芸能人の方々の再評価をさせていただいていたのですが、その中の筆頭が小松政夫さんでした。家族と「いやあ、すごい!天才だ」と感心しまくっていたのです。

 淀みない台詞回し、一瞬で空気を作る洗練されたアドリブ、古典に通じた教養。この時代に観ると改めてその偉大さに気づかされますね。

 そんな方と、まさかこのタイミングでお別れの時を迎えてしまうとは。

 追悼の意を込めまして、あらためて小松さんの芸に感心してみたいと思います。まずは、ドリフ大爆笑の名場面から。

 

 

 続いて代表的なネタの一つ。同郷のタモリさんと遊びながら考えた、いや生まれたという伝説のコント「寿司将棋」。これ好きだなあ…。


 

 コメディアンとしてだけでなく、映画俳優としても非常に魅力的であった小松さん、来春公開予定だった、拉致問題を正面から取り上げた「めぐみへの誓い」が遺作となってしまいました。個人的に私はめぐみさんと幼なじみであったこともあり、劇場で観るのを楽しみにしていたのですが。

 

 

 これからもしばらく、毎日ドリフ大爆笑で小松さんにお会いしたいと思います。ご冥福をお祈りします。

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2020.12.13

巨人の謎を解明する反・進化論「創造科学」の世界 (MUTube)

 

 進化論シリーズの最後(かな?)。

 進化論について語るのに、あえてムーに登場願いましょう。

 そうなんですよ。ここで三上編集長もおっしゃっているとおり、進化論自体が「ムー」的なんですよね。全然自然科学ではない。

 私はカントの「純粋理性批判」ではありませんが、「今の」科学は信用していません。だからと言って「ムー」かよ!という感じですが(笑)、いや冗談ではなく、私は「ムー」や「東スポ」にこそ真理が含まれていると思っているのです。

 実際にいくつかの話題について、メインストリートメディアが完全に間違っていて、ムーと東スポだけが正しいことを書いていたことを知っています(話題の張本人だから?)。

 ここで紹介されている「創造科学」も、ある意味クリスチャンの方々にとってはリアルであり真理ですからね。

 最後に学校の話がでてきますが、半分正解だと思いますよ(笑)。教科書とムーを並べて勉強するとか、ものすごくいいと思います。どっちも胡散臭いですから。リテラシーが身につきますよ。

 ちなみに今日は静岡からお客様がいらっしゃり、まさにムー的なワールドを共有しました。宮下文書関係です。楽しかったなあ。 

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2020.12.12

『素粒子の心 細胞の心 アリの心』 望月清文 (水曜社)

心が語る生命進化の真相

Th_41s2l2pxa8l_sx339_bo1204203200_ 「進化論」の話の続きです。

 この本は実に面白い。非常に共感します。

 この本ほど、私の「モノ・コト・トキ論」に重ねて読めるものはありません。そういう意味でバイブルでもあります。

 時空や因果律にとらわれる自然科学に異を唱え、「心」や「意志」、そして「共通感覚」や「統合力」を重視して、それこそ私たちの本能的な「共通感覚」に訴える内容は、まるで上質なミステリーを読むかのような高揚感を私たちに与えてくれます。

 細かいことは、とにかく読んでいただくとして、このような本を書かれた望月清文さんという方自身にも興味をそそられますね。

 望月姓からも想像されるとおり、山梨県出身。KDDで光ファイバーの研究などをされたのち、「人間研究」「生命研究」「心の研究」に進まれたとのこと。素晴らしいですね。

 主題からは離れますが、個人的に興味のあった、日本語とタミル語の関係について、独自の「言葉と五感」の視点からその類似性に言及している部分は実にエキサイティングでした。

 日本語とタミル語、時空を超えるというと、あの「アガスティアの葉」を思い出さずにはいられませんね。あれも「共通感覚」の産物なのかもしれません。

 ということで、やはり進化論も、あるいは(神による)創造論も間違っているのではないでしょうか。ワタクシ流に言うなら「ことたま(意志の力)」こそが、私たち自身のデザインをしているのかもしれません。

 そう、生命(意志)あるところでは、時間は未来から過去に向かって流れるのです。

Amazon 素粒子の心 細胞の心 アリの心

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2020.12.11

Wi-Fiは頭に悪い?

20201214-173121

 

 構新聞があえて「これは虚構ではありません」とツイートした記事。たしかに虚構新聞にありそうな文章ですね(笑)。

 Wi-Fi電磁波で学力低下を懸念、市議ら意見交換会

 特に佐賀県と秋田県のくだりは笑えない…いや笑えます。

 ウチの学校も、今学期ようやく全教室にWi-Fiの電波が飛ぶようになりました。はたして期末テストの結果やいかに。

 ちなみにこれも笑えないのですが、そうやってお金をかけて電波は飛ぶようになったのですが、誰も使っていないのが実情です。

 教育界は異様なほどに保守的、いや時代遅れであって、いまだにスマホやタブレット、インターネットに懐疑的な教員も多くいます。

 最近私がいろいろなところで暴露しているとおり、学校のルールや授業のあり方、イベントのやり方など、全ての活動は「先生が管理しやすい」を目的として構築されてきたものであり、それを崩すことは非常に難しいのです。

 逆に言えば、生徒の学びの質などというものは、ずっと後回しになっているということ。困ったものです。

 先生たちは自分たちの価値観や伝統的なシステムを無反省に是としており、それが問題だなどとは露ほども思いません。だいたい、そうした牢獄の中で気分よく生徒を演じてきたから、あえて学校に戻るために先生になるわけですからね。私も最初はそうでした。

 ちょっと興奮しすぎて脱線してしまったので、本題に戻りましょう。Wi-Fiなどの電波の影響です。

 そう、私、実はWi-Fiを整備するんだったら、楽天の5Gの基地局を学校の屋上に設置したらどうかとまで考えていたのですよ。5Gこそ悪者になっていますよね。

 新型コロナと同様で、とにかく新しい、そして目に見えないモノに対しては、異常なほどに警戒心を抱くのが人間です。しかし、それが一般的になっていくと慣れてしまう。歴史が証明しているとおりです。

 これは実は慣れだけではなく、人間の順応ということもあるのですよ。免疫力がつく。これはある意味進化だとも言えます。

 昨日の「反新化論」の話ではありませんが、人間は必要だと思ったモノに対しては、自らを進化させて受容していくのです。まさに「意志」が進化を促している。食品添加物などもそう。

 ですから、使われていない電波が飛んでいる教室というのも、実は意味があったりするわけです(ホンマかいな)。

 いやいや、ちゃんと活用しましょうよ、先生方。

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2020.12.10

福井県立恐竜博物館でいろいろと…

Th_img_7171 日は福井の恐竜博物館を訪ねました。

 予想を上回る充実ぶりに感動いたしました。とっても勉強になりました。恐竜好きの子どもたちにとっても最高の博物館ですね。

 いろいろな思いを抱きながら館内をゆっくり一周しましたが、特に強く感じたのは、やはりダーウィンの進化論は受け入れられないなということでした。

 つまり、突然変異と自然淘汰という偶然性では進化は説明できないなということです。

 やはり、そこには「意志」が働いていると。そしてそれこそが私のモノ・コト論で言う「ことたま」であると感じた次第です。

 非生命と生命の違いは「意志」にあります。意志は時間の流れを逆行させます。すなわちエントロピーを減少させます。その結果、長期的に見ると「崩壊」しません。常若によって永遠性を得ます。

 首長竜は首を長くしたいと望んだのでしょうし、草食恐竜はしっぽを武器にしたいと願ったに違いありません。それが現実化した。すなわち、未来(それも自らが死んだ後の未来)にこうなる、なりたいという原因を作り、現在に少しずつ結果を出して積み重ね、そして進化したのです。私たちが新しいものを発明していくように。

 必要は発明の母。必要は進化の母。

Th_-20201211-91606 全然違う話になりますが、もう一つなるほどと思ったのは、新しい日本の地体構造図です。北陸3県だけ特別な色になっていますよね。一昨日、能登半島を横断した際、見たことのない自然のデザインに驚きました。山並み、植生、雲の形…まるで外国、いや地球外惑星のような気さえしたのです。

 なるほどこの構造図を見れば、その理由も分かるというものです。日本列島の中で唯一古生代変成帯なのがこの地域。つまり大陸由来ということでしょうか。

 ついでに言えば、そのようなところに総持寺と永平寺という曹洞宗の二大総本山がある(あった)ということも興味深い。横浜に持っていっちゃダメだったのでは…なんて思ってしまいました。

 今回はその両寺には行けませんでしたので、次回はぜひと、なぜか恐竜を眺めながら思ったのでありました。

福井県立恐竜博物館

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2020.12.09

霊方山 薬王院 温泉寺 (加賀市山代温泉)

Th_img_7146 日は仕事で山代温泉に宿泊。宿のすぐ近くにワタクシお目当てのお寺があります。自由時間に参拝してきました。

 個人的な興味ポイントがいくつかあります。

 まず、開基が行基と伝えられていること。白山信仰のもと、この地を訪れた行基が、不思議な烏に導かれて来てみると、そこに温泉が湧いていたと言います。そして、一宇を創建。薬師如来を祀ったようです。

Th_img_7144 温泉と薬師如来はよく結びつきます。もちろん「癒やし」という共通点があるからです。しっかり薬師瑠璃光如来の碑が立っておりました。

 先ほどの「不思議な烏」は、よく見ると3本の足があったそうです。すなわち八咫烏だったわけですね。お隣の服部神社の手水に烏がおりましたが、足は…2本でした。あれ?

 この温泉守護の寺、中興は明覚上人だそうです。この明覚がまた、私にとってはとても身近な存在でした。

 国語学徒なら必ず習いますね。「五十音図」を発明したのは明覚上人だと。

 明覚は比叡山の僧侶。空海、最澄を嗣ぐ天才です。天才というか努力家、勉強家でした。インドや中国の仏典や悉曇学、そして半切を研究している中、この山代温泉寺で発明したのが、日本語の「五十音図」なのです。約千年前、11世紀のことです。

Th_50 明覚の五十音図は何種類かあり、母音の並びは現在と同じ「アイウエオ」ですが、子音の並びは現在とは違います。

 とは言え、現在の五十音図がなぜ「アカサタナハマヤラワ」の順に並んでいるのかは、正直分かっていません。明覚発案の並びの方が、実は論理的だったりします。

 一般的には、明覚は学問的な姿勢からこの五十音図を発明したと言われていますが、今日私はちょっと違った感じを受けました。やはり温泉、薬師如来の「癒やし」と、五十音図の言霊による「癒やし」に関係があるのではないでしょうか。そういう視点から五十音図を見直してみると面白いかもしれませんね。

あいうえお五十音図は明覚さんが映し出したことばの曼荼羅です。

 

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2020.12.08

鈴木大拙館(金沢市)

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 行の自由散策時間に、金沢在住の友人が案内してくれました。

 いやあ、本当に素晴らしかった。今年最大級の感動。奇しくも今日はお釈迦様がお悟りを開いた日。

 鈴木大拙館、絶対に行くべき場所です。このような「場」が市内の中心部に、さり気なくあるところこそ、金沢という街の魅力であり、すごいところです。

 この1ヶ月で2回金沢を訪れる機会がありましたが、本当に文化の香り漂う良い街ですね。

 鈴木大拙に関しては、私が説明するまでもありませんね。個人的には、昭和12年に山中湖で開催された(らしい)「世界教育会議」で、大拙が講演したことが最近わかりました。

 大拙の功績は、伝統的な「禅」を世界の哲学・思想のステージに一気に引き入れたことでしょう。保守的で硬直化していた禅の世界を一つ上の次元に解放したとも言えます。

 そんな大拙の思想を見事に現代に表現し、継承しているのが、この鈴木大拙館。

 金沢に縁のある谷口吉生による実に見事なデザイン。正直、どんな禅堂よりも現代人を三昧境に導いてくれると感じました。

 様々なデザインが私たちの心の次元上昇を助けることには、今までもずっと注目し続けてきましたが、ここまですんなりと無駄なく実現しているデザインには初めて出会いました。

 もちろん、それは総合的なデザインです。建物だけではありません。借景、水鏡、そして自然の変化をも計算に入れたデザインです。

 いや、計算ではないな。計算できない、まさに「もののあはれ(不随意・不如意への嘆息)」ですね。

 今日も実に見事な時と場がデザインされていました。夕暮時、雨上がり、本多の森公園の見事な紅葉。特に方丈の屋根に降った雨が少しずつ水鏡に落ち、そのたびに規則的な、かつ不規則な波紋が拡がり、重なり、それが時の流れと交差する、あのデザインはまさに「禅」の世界そのものと感じました。

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 ただそれを眺めるだけで、何時間も座禅するのと同様かそれ以上の感覚を味わうことができました。

 自分は止まっていて、自然が動いているのか、はたまた自然は動じず、自分が動いているのか。デザインとは常に相対的なものであることを悟りました。

 おそらく、鈴木大拙館は、どんな季節、どんな日、どんな時にも、最高のデザインを示してくれるでしょう。すなわち、私たちの心のデザインも、ここにいれば常に最高なのです。そして、それこそが本当のアートなのでありましょう。

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 こんなす素晴らしい時と場が、世界中の街にあるといいですね。心からそう思いました。

 これから何度でも訪れることでしょう。皆さんもぜひ。

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2020.12.07

『なんだか人が恋しくて』 山田太一脚本作品 (その後)

Th_-20201207-180611 日に続き、「その後」シリーズ。

 昨日のデジタル・バッハは「その後」全編聴くことができるようになりましたが、こちらはまだ一部しか観るかとができません。

 ウチにもビデオ(Hi8)があるはずなのですが、行方不明です。

 このドラマについては、10年近く前に紹介しました。こちらです。

 高校生同士の淡い恋、教師と生徒の成就しなかった恋とその後の現実、もろもろが旅の中で絡み合い、なんとも切ないストーリーが展開します。

 ちょっと偶然が多すぎるようにも感じますが、山田太一さんらしく人情の機微、人間関係の機微を上手に表現したドラマで、隠れた名作と言って間違いありません。

 実は今、このドラマの舞台、和倉温泉におります。仕事です。

Th_-20201207-180833 和倉温泉と言えば、私にとってはこのドラマ。26年目にしてようやく現地に来ました。それも高校教師として女子高生たちと。現実はドラマとは大違いですが(笑)。

 「その後」、YouTubeで冒頭のほんの一部だけ観られるようになりました。

 

 

 ポケベル、ボンネットしらさぎ!懐かしすぎますね。

 NHKのサイトでも少し観ることができます。こちらです。

 CSでは再放送されたそうですが、こういう幻の名作を含む昔の作品をひたすら再放送するNHKのチャンネルがあったら、ぜったい視聴率上がると思うんだけどなあ。NHK本家になくても家庭のビデオにある素材って、けっこうあるようですし。

 昨日たまたま「ドリフ大爆笑」の再放送で、石野真子さんが出ていました。アイドル時代の石野真子さん。めちゃ可愛かった。歌普通にうまいし。そして、このドラマで、かつて先生に恋した女子高生、そしてその後、いろいろあって再婚したお母さん役の石野真子さんもまた、すごく良かった。あの涙にはいろいろな思いがこもっていましたね〜。

 もう一度、全編観たいテレビドラマの一つです。

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2020.12.06

バッハ・リヴォリューション 『デジタル・バッハ』(その後)

Th_r584105914041766278208jpeg 14年前こちらで紹介した「デジタル・バッハ」。

 その時は、聴きたいけれど聴けない状況でしたが、今は便利な時代ですねえ。ニコニコ動画で聴くことができるのです。

 やはり素晴らしい。ぜったいにデジタル化してもらいたい。「デジタル・バッハ」なのにアナログ(のデジタル化)でしか聴けないのは、なんとも皮肉なことです。

 まあとにかく聴いてみてください。素晴らしい演奏(センス)ですよ。

 デジタル・バッハ

 そして上記の記事を書いてから3年後、なななんと、出口王仁三郎のイタズラによって、私はバッハ・リヴォリューションの小久保隆さんにばったり出会うことになったのです!こちらの記事です。小久保さんに「バッハ・リヴォリューションなんて死語だよ!」と言われるワタクシ(笑)。

 耀わんを手に入れてからの奇跡の出会いの第一歩目。ここからの展開はもう言うまでもありません。2009年からかあ…。

 改めて聴いてみますと、まずは14年前に書いたとおり「幻想曲ト長調」が素晴らしすぎます。いまだこれを超える演奏に出会ったことがありません。

 冒頭のトッカータとフーガや(G線上の)アリアといった超有名曲の「解釈」も非常に良い。抽象性の高いカノンやフーガは言うまでもなく、地味に抜群のセンスなのは、実は平均律1番の前奏曲ですね。この発想はなかった。宇宙的な美。コスミカリズム。

 デジタル録音のデータを残っているのでしょうか。残っているならば、ぜひぜひデジタルデータによるリリースを!

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2020.12.05

「我は即ち宇宙」…合気道の神髄

Th_unnamed_20201206090601 日の続きで合気道のお話を。

 合気道開祖植芝盛平が出口王仁三郎の影響を強く受けていることは書きました。なにしろ、王仁の入蒙の際に同行し、死を覚悟する法難(パインタラ事件)に合っているくらいですからね。

 その事件の際の写真がこれ。左から二人目が王仁三郎、三人目が盛平。なんとなく余裕な王仁と、深刻そうな盛平のコントラストが興味深い。

 結局、奇跡的に命拾いするその体験もまた、合気道の精神につながっていきます。すなわち「神の心」を持ち、「我は即ち宇宙」であると観じていれば、そこには敵は存在できず、戦わずして勝ってしまうという体験をしたということですね。

 ですから、盛平の語る合気道の理念は、そのまま王仁三郎の思想、教えと一致しています。

 私は合気道は一度しか体験しておりません。盛平の最期を看取った内弟子の方に、息だけで吹っ飛ばされた体験です。私もその体験で「自分の戦う心に負けた」と観じました。つまり、その師匠が宇宙そのものだったということです。

 そこから、私も、塩田剛三の言う最強の技「自分を殺しに来た敵と友になる」を実践し、戦わずして勝つことができるようになりました。

 そうした合気道の神髄について、「武産合気」に分かりやすい解説がありますので、それを引用しておきます。ぜひお読みください。人生全体に使える技を知ることができます。

 

Th_unnamed1_20201206090701 合気とは、敵と闘い、敵を破る術ではない。世界を和合させ、人類を一家たらしめる道である。合気道の極意は、己を宇宙の働きと調和させ、己を宇宙そのものと一致させることにある。合気道の極意を会得した者は、宇宙がその腹中にあり、「我は即ち宇宙」なのである。私はそのことを、武を通じて悟った。

 いかなる速技で、敵がおそいかかっても、私は敗れない。それは私の技が、敵の技より速いからではない。これは、速い、おそいの問題ではない。はじめから勝負がついているのだ。

 敵が、「宇宙そのものである私」とあらそおうとすることは、宇宙との調和を破ろうとしているのだ。すなわち、私と争おうという気持ちをおこした瞬間に、敵は既に破れているのだ。そこには、速いとか、おそいとかいう、時の長さが全然存在しないのだ。

 合気道は、無抵抗主義である。無抵抗なるが故に、はじめから勝っているのだ。邪気ある人間、争う心のある人間は、はじめから負けているのである。

 ではいかにしたら、己の邪気をはらい、心を清くして、宇宙森羅万象の活動と調和することができるか?

 それには、まず神の心を己の心とすることだ。それは上下四方、古往今来、宇宙のすみずみにまでにおよぶ、偉大なる「愛」である。「愛は争わない。」「愛には敵がない。」何ものかを敵とし、何ものかと争う心は、すでに神の心ではないのだ。これと一致しない人間は、宇宙と調和できない。宇宙と調和できない人間の武は、破壊の武であって、真の武産(たけむす:神道の真理の言葉)ではない。

 だから武技を争って、勝ったり負けたりするのは真の武ではない。真の武はいかなる場合にも絶対不敗である。即ち絶対不敗とは絶対に何ものとも争わぬことである。勝つとは己の心の中の「争う心」にうちかつことである。あたえられた自己の使命をなしとげることである。しかし、いかにその理論をむずかしく説いても、それを実行しなければ、その人はただの人間にすぎない。合気道は、これを実行してはじめて偉大な力が加わり、大自然そのものに一致することができるのである。

Amazon 武産合気

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2020.12.04

「勝速日」in マトリックス

Th_img_7097 トリックスねたを続けましょう。

 日本の映画やアニメに大きな影響を受けている同作品。日本語も時々登場しますね。

 そんな中、カンフー対決シーンに気になる掛け軸がかかっているにお気づきの方も多いことでしょう。

 あれ、「勝速日」なんですよね。なんとマニアックな。

 「勝速日」とは、アマテラスの長男、アメノオシホミミのことです。正式には古事記によれば「正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)」という長〜いお名前でして、その中に「勝速日」という言葉が出でくるんですね。

 で、なんで、あのシーンに「勝速日」なのかと言いますと、まず、中国武術のカンフーと日本武術の合気道がごっちゃになっているということから考えねばなりません。

 まあ、欧米人にしてみれば、中国も日本もあんまり区別がつかないので仕方ないでしょう。それはいいとして、あのような武術、拳法のシーンに、あのような掛け軸をかけるというのは、それなりの見識に基づいたものです。

 実は、合気道の道場に「勝速日」の掛け軸がかかっていることがあるのですよ。すなわち、合気道の開祖にして出口王仁三郎の弟子であった植芝盛平が、この言葉を重視したのです。

 正確に言うなら、アメノオシホミミのファーストネーム(?)「正勝吾勝勝速日」を大変重視したのです。

 曰く、「正勝」とは心に正しき義をもって不義なるものに勝つべき信念のこと、「吾勝」とは己れの我執我欲を克服してすなわち己れにうち勝つべき信条のこと、そして「勝速日」とは、実践の場においてはいっさい遅疑逡巡することなく一瞬にして相手を制すべき機先の動のことであり、それこそ「戦わずして勝つ」という合気道の理合いである、と。

Th_img_7098 マトリックスの監督さんか、美術さんか分かりませんが、おそらく合気道の道場で実際にこれを見たか、あるいは写真などで見たのかもしれません。なかなかマニアックなこだわりではあります(なのにカンフーというところが面白い)。

 たしかに、マトリックスの一つのテーマである「無意識」と合気道とは通ずるところがあるとも言えますね。

 「合気神髄」にも「最も重要な事柄は、正勝、吾勝、勝速日の御事に神ならわねばならない。正勝は屈せぬこと、吾勝はたゆまぬこと、勝速日は勝利栄光をいう」とあります。「はやひ」がただスピードが速いという意味ではなく、「はゆる(栄ゆる)魂」という意味であることを考えると、こちらの解釈も理にかなっています。

 植芝盛平のこうした解釈は、もちろん出口王仁三郎の影響を受けたものです。王仁三郎はアメノオシホミミをアマテラスの長男としてはもちろん、戦争に勝つ神として重視しています。究極の勝ち方としての「戦わずして勝つ」という合気道の精神も、また「合気道」という名前も、王仁三郎によるものと言ってもよい。

 こうして、マトリックスというアメリカの映画にも、間接的にではありますが、王仁三郎の影響が見て取れるのは面白いですね。

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2020.12.03

人類というパンデミック

Th_-20201204-222853 日、いろいろなパンデミックを紹介しましたが、大切なモノを忘れていました。

 人類です。

 今日思うところあって、本当に久しぶりに「マトリックス」を観ました。すっかり忘れていましたが、この前世紀の映画の中に「ウイルス」についての言及がありました。

 エージェント・スミスがモーフィアスに語る場面。

 

 この星のほ乳動物は、本能的に周囲の環境と均衡を保っている。

 だが人類は違う。

 君たちはある場所で繁殖を始めると、資源を使い切るまで繁殖をやめない。

 生き残るためには繁殖場所を広げるしかない。

 君たちに似た有機体がこの星にもう一つ存在する。

 何だと思う?

 ウイルスだよ。

 人類は病原菌なのだ。

 君たちは地球にはびこる厄介ながんで、我々はその治療薬だ。

 

 翻訳ではウイルスと菌と癌がごっちゃになっていますが、まあそれはいいとして、なかなか面白い指摘ですよね。

 ちなみにウイルスは人類より賢く、寄生する人類が絶滅しないように、だんだん弱毒化していきます。

 それに比べて、人類はどうでしょうか。弱毒化どころか強毒化していきます。そして寄生すべき地球を破壊してしまい、結果として自分たちも絶滅する…。

 つまり、人間がパンデミックを起こし、地球にはびこる人類となったのです。

 そういう意味では、新型コロナウイルスは「治療薬」なのかもしれない。

 こんなふうに考えてみるのも面白いですよね。

 もちろん、この世は全て仮想現実なのかもしれません。コロナ禍も、日常に飽きた誰かのちょっとしたイタズラかもしれません。では、真実は?

 その他、心と体の関係など、今「マトリックス」を観直してみると、いろいろと発見がありますよ。終末に…いやいや週末にぜひ!

 マトリックス

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2020.12.02

(いろいろな)パンデミック

Th_-20201203-161137 日は身近な所でコロナ陽性者が確認されまして、ちょっとした緊張感が走りました。

 なんだかんだ言って、欧米などと比べると日本の感染拡大状況は緩やかであり、この第3波もそろそろピークアウトかと感じます。

 この世界的な「パンデミック」を宇宙視点で見ると、人間以外の動植物はなんら日常と変わらない生活をしているのに、人類だけ右往左往していることが分かります。

 そういう意味では、「パンデミック」はウイルスに限りません。

 たとえば、私たち人類だけがスマートフォンを保有しています。これもある種の感染爆発によって拡がり、そして今「with スマホ」の時代を迎えたわけです。

 もっと前で言えば、自動車なんかもそう。もっと古くは衣服や食べ物もそうです。そんなこと言えば、人間だけに起こった「パンデミック」は無数にありますよね。「言語」も実はそうだっりします。

 それらは有用なモノだから感染拡大が起きて良かったのでしょうか。その裏にあるリスクは克服しているのでしょうか。そんな風に「パンデミック」の歴史を俯瞰するのも面白いものです。

 ウイルスなど、一見敵のように見えるモノも、それを完全になくすことはできませんし、結局は共存していくしかない。逆に、もしかすると、私たちにとって有用なモノなのかもしれない。そのような観点も必要です。

 これは世に広まる情報に対しても有意な観点ですね。これも極端な例になるかもしれませんが、たとえば陰謀論などもすぐに感染します。今回のコロナに関する情報、米大統領選挙に関する情報、いくらでも挙げられますね。

 そう言えば、アメリカの「今年の言葉」は「パンデミック」だそうですね。検索が大幅に増えたと。まさに「パンデミック」という言葉、情報が「パンデミック」を起こした。

 これから「蔓延」するであろう、新型コロナ用のワクチンもまた、そのような捉え方ができます。

 はたして、人類は何に振り回されているのでしょうか。本当に排除すべき、共存すべきはウイルスだけではないような気がします。

 今回のコロナ騒動をきっかけに、いろいろな「パンデミック」について考えてみるのも良いのではないでしょうか。

 

 

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2020.12.01

『古事記の宇宙』 竹内睦泰 (青林堂ビジュアル)

Th_51s8v059wfl 年初めに急逝された竹内先生。

 第七十三世武内宿禰を名乗り、秘密口伝を継承していたと言う竹内先生。予備校の人気日本史講師でもあり、様々なシーンでぶっ飛んだ(?)活動をなさっていました。

 当地の宮下文書について、少しお話したことがありますが、 お酒がお好きで、いつも酔っ払っているのか、それとも素面なのか分からない不思議な人でした。

 この本でも秘密口伝の一部を公開していることもあり、彼の死には裏があるとの噂も絶えません。

 ちょうど彼の死の1ヶ月前、別方向からとはいえ、やはり秘密口伝を公開していた出口恒さんもお亡くなりになっていましたので、そんな噂にも現実味があるというものです。

 私も今、ある歴史的アーカイブの公開を目論んでいますから、せいぜい消されないように気をつけなければなりませんね(笑)。

 それは冗談としても、この本で語られている「秘密口伝」の一部は実に興味深い。もちろん、宮下文書や出口王仁三郎の神話体系とも共通しているところ、補完しあっているところがありますから、、そういう意味でも面白い。

 しかし、それ以上に、古事記の読み方というか、見え方を変えてしまう独特の語り口に魅力を感じましたね。彼の文体はまさに「語り」。口伝とは物語そのものであり、おそらく彼も長老たちからこのような語り口で教えられてきたのだろうなと、勝手にではありますが想像しました。

 そう、近代的な「書き言葉」に最近ちょっと違和感があるんですよね。何か大切なモノが抜け落ちているような。

 そういう意味では、まあこのブログも「語り」文体ではありますね。そう、私はいわゆる研究論文が書けないのは、やはりコトよりもモノを重視してしまうからなのでしょう。

 では、なぜ「モノガタリ」ではなく「フルコトフミ」なのか。この謎を解くこともこれから重要ですね。

 あらためてご冥福をお祈りします。

Amazon 古事記の宇宙

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