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2020.11.30

格安モバイルモニター

Th_img_7094 日の記事で引用した仲小路彰の文献を活字化する際にも使いました。

 この写真のような使い方です。縦置き。拡張ディスプレイ。

 このたびの「Amazonブラックフライデー&サイバーマンデー」で購入しました。通常16,800円のところ11,760円也。

 このような使い方をするには何の問題もありません。画像の鮮明度も必要十分です。

 付属品が多くてびっくりしました。各種接続ケーブルが大変充実していますが、マックとつなぐ場合には付属のものは一つも使いませんでした(笑)。

 もともと付いているカバー兼スタンドも立派なもので、このように立てて使うのも問題ありません。

 電源はMacからUSB-Cで供給。つまり別電源は不要ということになります。

 今まで一つの画面を切り替え切り替え、そしてスクロールしたり拡大縮小したり、正直煩わしかったのですが、実にスッキリしました。

 Macですと、このように縦置き表示するのも設定で簡単にできます(90度回転)。

 これから大量のスキャンファイルを活字化する予定ですので、このディスプレイに活躍してもらいましょう。

モバイルモニター(Geoyeao)

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2020.11.29

豊饒の海〜仲小路彰の三島由紀夫評

250pxlocation_of_mare_fecunditatis 日の続きです。

 三島の遺作となった「豊饒の海」。「豊饒の海」という言葉からは、まさに豊かな生命をたたえた大海を想像しがちですが、実はこの名の由来は月にあります。

 折しもアポロが月面着陸し、「海」が実際に荒涼たる虚無であることが確かめられた、その直後のことですから、当然三島はそこに意味を見出したわけです。

 「豊饒の海(豊かの海)」は、この写真の赤丸で囲っているところ、つまり、餅をつくウサギの片方の耳にあたります。

 古来日本では一つのモノ語りとして信じられてきた「餅をつくウサギ」が、それこそ無機的な玄武岩の台地であるコトに、三島はある種の絶望を抱いたのでありましょう。

 三島とは因縁の仲であったとも言える仲小路彰は、三島自決の直後12月1日に「三島の死の象徴的意味ー彼の死の後に来るものー」という文書を発行しています。

 なかなか厳しい三島評が続くのですが、「豊饒の海」の命名については次のように書いています。

 

 そして彼の最後の作品「豊饒の海」は、かのアポロ・ロケットが到着した月面の荒涼とした天文学上の名を用いたように、彼の予見的天分は、あるいは核戦争か地球的公害の果てに来る、死の地上の終末的光景を、まざまざと感覚したことによるかも知れないのである。

 

 また、仲小路らしい未来視点的な三島評の中にも「月」が登場します。

 

 すでに明らかなように、彼の死は未来に開かれたものではなく、かすかでも未来からひびく声に応じたものでもなく、まさに亡びゆく過去なるものへの対決であり、その絶対的否定であった。

 彼の生涯はその最期の告白に見るように、一切が偽善にみちみちたものであり、彼の作品そのものも、また偽善者の文学であるとして、彼はそれ故におしげもなく捨て去ろうとしたのである。

 これを知らぬ彼への批評も讃美も非難も無視も、彼にとってはことごとく我を理解し得ぬ縁なき衆生として、孤独に苦しんだのである。

 その生活の外面的華やかさがあればあるほど、彼の真実は荒涼として月面の人の如くであった。

 さればこそ、彼はその最期の「天人五衰」に羽衣の月からの天女の悲しみになぞらえてその終曲を書くのであった。

 ここに彼の遺志として示されたものが唯物的、無神論的米ソ中心の現体制の否定として鋭い拒否をなしながら、彼自らそれとともに死んだのである。

 

 非常に貴重な評ですね。これはほとんど今まで世に出なかったものです。三島の研究者も知らないでしょう。ここに引用してものは、全体のほんの一部です。いつか全文が公開できる時が来ればと思います。

 明日は満月。そして、半影月食。あらためて影のさす「豊饒の海」を眺めてみたいと思います。

 

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2020.11.28

ETV特集 『転生する三島由紀夫』

Th_-20201129-101152 中湖の三島由紀夫文学館設立にも関係した方から是非との連絡を受け、観ました。

 非常に面白かった。個人的には、今まで観た三島関連の番組の中で最も惹きつけられました。

 こうして現代に、そして未来に「転生する」からこそ三島由紀夫なのであり、それはある意味、三島の設計どおりなのでした。

 今から50年前の11月25日。その日を選んだのは、その49日後の1月14日が三島の誕生日だったからです。

 この番組でも紹介されていた「サロメ」の演出も、もちろん設計されたもの。

 三島が未来に投げたボールを、私たちは思わずキャッチしてしまっているのです。

 正直個人的にはあまり好きではない三島ですが、その違和感もまた、彼の意図するところに違いありません。

 そして、そうして三島に翻弄されているうちに、私もいよいよ「転生する」時が来たのかなと思いました。

 そう、国のために殉じるのです。もちろん、私には、文部科学省を乗っ取って演説をぶって切腹するような勇気はありません(笑)。

 しかし、三島の予言したとおりの空虚な日本に対する憂いはたしかにあり、そのために行動しなければならないということもよく分かっています。

 そのタイミングが今なのかなと。個人的な環境にも変化があり、世間的にはコロナのこともあり、また今年の3月で56歳7ヶ月となり、王仁三郎的に言えば「みろく下生」という「転生』の時を迎えるにあたり、三島にも、そして三島に近くて遠い存在でもあった仲小路彰にも背中を押されているような気がします。

 とにかく違和感がすごいのです。人一倍適応力や社会性があるものと信じてきましたが、それでも耐え難いのですから、相当日本は病んでいるのでしょう。

 これはもうしかたないですね。運命というのは、やはりあるのだなと思った次第です。

 というわけで、私も一度死んで生まれ変わり、小説でも書いてみましょうかね(笑)。

 12月3日0時(2日24時)から再放送があります。見逃した方はぜひ!

ETV公式 転生する三島由紀夫

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2020.11.27

第2の核融合「CNOサイクル」

Th_unknown_20201128112201 日の「核融合」の話の続きです。

 今日もこんなニュースがありました。

太陽内で第2の核融合サイクルが起こっている証拠、ニュートリノ検出器で確認

 ここで確認されたCNOサイクルは非常に重要なポイントとなる現象です。

 ちょうど昨日書いた「画期的な発見」にもつながってきます。

 一般には(現代科学的には)、CNOサイクルは太陽よりもずっと大きな、いわゆる大中質量の恒星のエネルギー源とされていますが、この宇宙の根源とも言えるサイクルは、雛型的に小規模宇宙(たとえば私たちの人体)にも存在するのです(未来科学的知見)。

 特に、あらゆる生命的存在(エントロピー増大則に抗うもの)の意志は、そのエネルギーによって生じるのであり、そうした意識エネルギーの平和利用が可能になるというのが、私の知っている地球の未来の科学技術の一つなのです。

 ちなみに昨日も話題に上がった「レーザー核融合」の最先端研究は、日本の大阪大学でも行われています。

太陽だって目の前に作れる

 ここで藤岡先生が語っている夢が実現する日は近い。さらに言えば、藤岡先生が核融合に興味を持つきっかけとなった「常温核融合」も、一度は儚い夢と切り捨てられましたが、再び注目を浴びる時が来るはずです。

 すなわち「雛型」的視点をもってすれば、「高温」も「常温」も大した違いがないのです(未来科学的知見)。高次元から低次元を見渡すと、私たちの知っている時空のスケールは全く意味をなしませんから。

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2020.11.26

「核融合発電」が実現に向けて大きな一歩、レーザー核融合が中間マイルストーンに近づく

Th_00_m_20201127112601 日のGIGAZINEに、

「核融合発電」が実現に向けて大きな一歩、レーザー核融合が中間マイルストーンに近づく

という記事が。

 いよいよ仲小路彰が戦後すぐに予想した「太陽の世紀」がやってくるのでしょうか。

 仲小路は21世紀こそその始まりの時代だと喝破しました。「太陽の世紀」とは、より具体的に言えば「女性と核融合の世紀」ということ。

 かつては2019年までに日本で核融合発電が実用化され、2020年(今年)の東京オリンピックの時には、リニアモーターカーがその電気を使って走るというような、ちょっと急ぎ過ぎな夢を語っていた私です。

 結果、2020年はこのようなとんでもない年になり、東京オリンピックは2032年に延期(!?)。私の夢は12年後に実現することとなりました(笑)。

 いや12年あれば本当に可能かもしれませんね。リニアも東京・山梨間はさすがに開通するでしょうし(苦笑)。

 今回の記事にあるレーザー核融合に関して、画期的な発見があるはずなのですよ。これから。今までの発想とは全く違うエネルギーのやりとりに関してです。もうすぐそこまで高次元エネルギーは来ているのです。あと少し。

 世界史の全ての戦争はエネルギー獲得戦争だと言ってもよい。だから、エネルギー問題が解決すれば、地球の平和は一気に近づくのです。

 はたして私は生きているうちに、その歴史的瞬間を目撃するのでしょうか。

 期待しましょう。

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2020.11.25

親や先生が子供の邪魔をしている!?ホリエモンが語る教育論

 

 「校をぶっ壊す」を標榜している学校人であるワタクシ。中の人だからこそ分かること、中の人だからこそ言うべきことが山ほどありまして、そろそろそれを本にでもまとめようかと思っております。

 もちろん旧来の学校教育にも価値はあります。それが向いている子どもたちもいますし。しかし、別の選択肢が全くないことには違和感を超えて恐怖感すらおぼえています。

 そこで、全く違う教育システム、いや学習システムと、その成果を評価し共有するシステムを作るのが私の夢であります。その夢はもしかすると私が生きているうちには実現しないかもしれませんが、でっかいボールを未来に投げて死にたいと思っています。

 さてさて、私の思っていることの一部を代弁してくれているのがホリエモンです。この「花まる学習会」の高濱正伸さんとの短い対談の中にも、とても大切なメッセージが含まれています。

 まあとにかく聴いてみてください。

 言われたことはできるけれど、やりたいことができない、いや、やりたいことが分からない若者が多い。それが日本の国力を圧倒的に低下させている。その責任は、軍隊文化丸出しの管理教育にどっぷり浸かり、無自覚に無反省に例年通りを繰り返す先生や親にあります。

 「食える」人間を育てようとしている花まる先生に対して、「食えるは死語」と言い放つホリエモン。面白いですね。

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2020.11.24

FUJI Wifi

20201125-115555 が家のインターネット回線はいまだにADSLです。2023年にはサービスが終了するということで、最近は盛んに光回線に切り替えろとのセールスがあります。

 しかし、そろそろ10年前になる3.11の体験から、どうしてもアナログ回線を残したいために、そのようなお誘いは断り続けています(変わり者)。

 そうなると、2023年2月以降どうするか検討しなければなりません。いずれは5Gあるいは6G網が張り巡らされ、有線のインターネット回線はいらなくなるかもしれませんが、それまでどうするか。

 というわけで、最近クラウドsimのモバイルWi-Fiをいろいろと試しております。

 実は一番安上がりなのはクラウドsimではなく、こちらでレンタルする月間100GBのsimです(月々2500円強!)。しかし、なななんと、我が家はSoftbankがいまだにほとんど圏外(!)なので残念ながらダメ。

 ではクラウドsimではどうでしょう。今年の初めまでは無制限使い放題を謳い文句にしていたクラウドsimですが、実際は速度が出ず総務省の指導を受ける羽目に。結果として各社ともいろいろと制限を設けることになりました。

 で、ウチで実質上ADSLと並行して運用しているのが、FUJI Wifiさんの毎日5G(まで)プラン。ルーター代も入れて税込み月々4345円。

 まず毎日5GBという制限ですが、動画を一日中見たりしないかぎりは問題ありません。一度だけリミットを超えてしまい、回線が停止してしまいました。遅くなるとかではなく停止です。そこがちょっとメイン回線として考えると怖いかも。まあ、おそらく持ち出し用の別のモバイルWi-Fiも利用するので、なんとかなると思いますが。

 さて肝心のクラウドsimについてです。いちおう謳い文句はdocomo、au、Softbankの3回線から最も良好な回線を自動的に選んでつながってくれるとのことですが、実は最初、どういうわけか、微弱なSoftbankの回線を拾いに行って、強電界であるはずのdocomo、auにはなかなかつながらなかったのです。

 最近では99%docomo回線につながります(auにはつながったことがない)。先日旅行で県外に移動した際も、途中でSoftbankに切り替わることなく(たぶん)ずっとdocomo回線につながっていました。つまり快適に使えるということです。

 速度はダウンロード25〜30Mbps、アップロード10〜20Mbpsという感じで、ウチのADSLより早いので満足しています。

 ルーターのバッテリーの持ちも良く、もちろん充電しながらの利用も可能、電波も強めなので、家の中でも快適に使えています。

 やはり、問題は5GB超えると停止してしまうところでしょうか。他社では5GBで4Mbps、10GBでも128kbpsというサービスがありますので、そちらの試用も考えているところです。

 FUJI Wifiさんのいいところは、デポジットによる潜在的な1年縛りはあるものの、基本的には期間の縛りがなく、すなわち解約時の違約金もないところですね。

 あとは名称でしょうか。富士山で使うわけですからね(笑)。

 FUJI Wifi 公式

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2020.11.23

対談…林千勝 & 松田学

 

 

 嘗祭。今日もいろいろな方とお会いしました。その中で2回出てきたのが林千勝さんの名前。

 林さんの語る日本近現代史はなかなか魅力的であります。私の関わっている仲小路彰の史料や歴史観とも共通するところもありますし、やや違っている部分もありますが、今までにない新しい視点からの歴史構築はたしかに魅力的であります。

 まだ完全には片付いていない今回のアメリカ大統領選挙について、林さんならではの視点で解説し、さらにその歴史観から見た今の日本のあり方について語ってくれています。

 トランプさんは一見ヤクザみたいですが、実は戦争を望まない平和的な存在。一方のバイデンさんは…案外プライベートでも…。

 ここでは「エスタブリッシュメント」と表現されていますが、たしかにこの150年ほどの間にエスタブリッシュした大きなシステムがあり、それを打破して新しいシステムを創ろうという動きはあります。

 日本もこの「150年戦争」の中で、前半はそれに抗し、後半はそれにうまいこと乗っかって豊かになりました。しかし、その大舟も微妙に老朽化して浸水が始まっていますし、もともといやいや乗ったものですから、さすがにここへ来て自分たちでしっかり舵取りしていきたいと思うようにもなりました。

 たとえば仲小路彰は、生前はまさにエスタブリッシュメント号をうまく利用していく立場を取りましたが、自らの死後、21世紀には再び日本的な価値観が世界をリードすることを期待し、多くの情報を残しました。

 来年は、仲小路彰生誕120年になります。今日もまた、彼が21世紀に残した貴重な文書を読む機会がありました。私は少しでも仲小路の思想を具現化できるよう、今を生きる者として活動していきたいと思っています。

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2020.11.22

告知! 12/27 モーツァルトの協奏曲と交響曲 (横浜)

 日もイベント紹介です。

 コロナで延期になっていましたモーツァルトの演奏会が12月27日に行われることになりました。

 ピアノ協奏曲23番、バセット・クラリネット協奏曲、交響曲39番と圧倒的な名曲をお楽しみいただけます。

 今日は波動、倍音の専門家の方との出会いがありましたが、その方もモーツァルトは格別である、それも現代ピッチではなくオリジナルで演奏することに意味があるとおっしゃっておりました。そのとおりです。

 フォルテピアノ、そして今回私も初めて音を聴きましたが、バセット・クラリネットの驚くべき深みのある音色、これらを聴くだけでも価値があると思います。

 私はヴィオラで参加させていただきます。皆さんの足を引っ張らないようにしっかり練習して臨みたいと思いますし、私自身、天上の波動をしっかり体験したいと思っています。

 コロナの関係で人数制限がありますので、ご予約はお早めに。

 山手バロッコ公式

Fly20201227new

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2020.11.21

出口王仁三郎 耀わん特別展(あと2ヶ月)

 日は我が家に大勢の霊能者の方々がお集まりになられました。すごいことになりました(笑)。

 そんな中で、やはり話題の中心になるのは出口王仁三郎。特に、我が家では王仁三郎の耀わんを二つお預かりしておりますので、それを巡って感動的なことがたくさん起きました。

 一流の霊能者たちがぶっ飛ぶのですから、どんだけのパワー、エネルギーなのでしょうか。恐るべしです。

 今回は、我が家の二つの耀わんが陰陽の関係にあって、今は一緒にいることに意味があること、いずれは別れ別れになるであろうことなどが分かりました。なるほど。

 さて、今日は霊能者の方々にも紹介いたしましたが、昨年から始まっています大本の耀わん特別展の会期が残り2ヶ月弱になりましたので、あらためて皆さんにご紹介します。

 耀わん50点近くが勢揃いし、さらには伊都能売観音像、なおさんのお筆先などを拝観することができますので、ぜひともこのコロナ禍のもとであるからこそ、亀岡に足をお運びいただきたい。麒麟がくる関係も楽しめますよ。300円という破格の拝観料ですし。ぜひぜひ。

 私ももう一度行きたいなあ。

 耀盌顕現70周年記念展(亀岡天恩郷)

 

 

 

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2020.11.20

THE BEATLES 『Good Night』

 休中(山梨県は今日は県民の日なのです)、いろいろと忙しいので音楽の紹介をいたします。

 もうそろそろ寝る時間ですので、自分のための子守唄を。

 ビートルズの「グッド・ナイト」。説明するまでもありませんが、アルバム「ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)」の最終曲。

 ジョージ・マーティンの豪華なオーケストラ・アレンジと、なんとも棒読みな(もちろんいい意味)リンゴ・スターのボーカルによって、私(たち)は美しい夢の世界に誘われます。

 このシンプルで美しい曲は、ジョンが息子のジュリアンのために作ったリアル子守唄。

 2018年の神リミックス音源で聴いてみましょう。

 

 

 そして、加えて聴いていただきたいのが、古楽器によるビートルズの完コピをやっている「Les Boreades」の演奏。美しい。

 

 

 

 「Les Boreades」の他のビートルズ演奏はこちらからどうぞ。

 もう一つ、母性溢れる子守唄をご所望でしたら、リンダ・ロンシュタットのカバーが秀逸。特に男性にはこちらがいいのでは。

 

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2020.11.19

大島浩の肉声に思う

Th_img_7078 朝のNHKおはよう日本で、さりげなくすごい特集をやっていましたね。

 日独伊三国同盟を推進したあの大島浩の肉声が、朝からお茶の間に響き渡るという…。

 番組では「国をミスリードした男」「ナチスに傾倒したA級戦犯」と紹介されていました。大島だけのせいにはできないとフォローを入れつつも、やはり悪者扱いしていましたね。そんな単純な問題ではないのですが。

 もちろん戦後の大島の証言には「反省」も聞かれました。それはそうでしょう。戦争の結果だけを見れば。そして戦後の日本の空気の中では。

 私は逆に、そうした「個人」に戦争責任を押し付けて、こちらは批判する立場に安住するという姿勢の方に危険を感じました。

 YouTubeに上げてくれた方がいます。

 

 

 いつも思うのですが、「あれは失敗だった」とか「間違っていた」という場合、ではそれをしなかったらどうなっていたのか、しないという選択肢があったのか、対案はあるのかを問いたい。

 たとえば分かりやすい話、大東亜戦争は間違いだったという方、ではあの戦争をしなかったら今の日本はどうなっているとお考えでしょうか。

 こうして平和と自由を享受できているのは、あの無謀な負け戦があったからです。それ以外の選択肢はありません(断言)。もちろん、各論的には間違いも多々ありますが、大局としては最善の道だったのです。

 世界の戦争の歴史を全て知りつくし、100年後の日本や世界にまで思いを巡らせていた天才仲小路彰も、当時この三国同盟については肯定的な文書を複数残しています(しかし、当時の一般的な受け止め方には否定的)。

 なんか、保阪正康さんの解説が一番しっくりこなかったなあ。いかにも戦後日本の歴史観という感じで。

 一昨日紹介したジャンゴとグラッペリのライヴの次の年ですよね。昭和15年。風雲急を告ぐ。

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2020.11.18

ステファン・グラッペリ Live1993

 

 日紹介したライヴが1939年。今日紹介するのは1993年のライヴ。半世紀以上経っていますね。この時グラッペリは85歳です。

 昨日は「体力と技術の衰え」なんて書いちゃいましたが、とりあえず技術は全く衰えていないどころか、ますます冴え渡っているようにも見えますね。失礼いたしました。

 ヴァイオリニストの端くれとして、これは嬉しい事実ですね。ああ、こうやっておじいさんになっても全然弾けるんだ!

 と言うか、1939年の時より、右手のボウイングの力が抜け、また左手のフィンガリングもより軽快になっており、楽器も無理なく幸せに鳴っているように感じますね。

 グラッペリは若い時にはちゃんとクラシックの演奏を勉強していましたから、ある意味、ヴァイオリンを無理やり鳴らしていたところがあったのだと思います。

 いつも書いているとおり、ヴァイオリンという楽器は、実は野蛮とも言える民族楽器の性質が強い楽器でして、クラシックで要求される、やたら大きな音や均質な音質、正確な音程には、あんまりふさわしくない楽器なんですよね。

 いまや世界的なバロック・ヴァイオリニストになった友人もよく言ってました。理想のボウイングはステファン・グラッペリのそれだと。だけど絶対真似できないと。分かります。

 あと、御人柄ですね。それが音に出ている。こんなふうに楽器でおしゃべりできたら楽しいでしょうねえ。

 ジャンゴ・ラインハルトの影響も大きいでしょう。若くして亡くなっしまった彼の代わりに、音楽を長くやってくれたとも言えます。ステファン・グラッペリは89歳で亡くなりましたから、ジャンゴのちょうど倍生きたということですね。

 85歳の時のドキュメンタリー番組もぜひご覧ください。そうそう、彼はピアノもめちゃくちゃ上手いんですよね〜。

 

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2020.11.17

ジャンゴ・ラインハルト&ステファン・グラッペリ Live 1939

 

 っと◯◯があったら…。そんなことを思いますよね。

 もっとお金があったらは定番ですし、例えば指が6本あったらピアノを弾くのも楽だろうとか、そんなことも考えてしまいますよね。

 「不足」が「不満」や「不安」になってしまうと、もう人生は大変です。なぜなら「不足」はいつまでも「不足」だからです。何かが増えても、もっともっととなってしまうからですね。

 今日は「不足」を「知足」にする智慧ということについていろいろ考えていました。

 そんな時、ふと思い出したのが、ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトのことです。

 ご存知のとおり、不世出の天才ジャズ・ギタリストであるジャンゴは、すでにギタリストとして活躍していた若い頃に、火事による大やけどで左手の薬指と小指がほとんど使えなくなってしまいました。

 普通に考えると致命的な「不足」の状況ですよね。

 しかし、彼は諦めないどころか、残された3本の指(親指も含む)だけを使う独自の奏法と、それに伴う独自のコード進行を編み出し、そして歴史に名を残しました。

 まさに「不足」が「知足」になり、そしてそこから新たな世界の創造を実現したわけです。これは本当にすごい。常に「不足」に悩まされる私たちにとって、実に大きなヒントを与えてくれる智慧ですよね。

 足りないからこそ生まれるモノ。

 次の動画では、五体(本)満足な別のギタリストと同じパッセージをユニゾンで弾いていますので、その超絶的なテクニックと表現を鮮明に見て(聞いて)取ることができますね。

 

 

 彼の盟友である天才ジャズ・ヴァイオリニストのステファン・グラッペリも、80歳を超えても進化し続けました。体力や技術の衰えという「不足」を逆手にとって、その音世界をどんどん滋味深く幸福なものにしていきました。

 グラッペリおじいさんの演奏はまた明日紹介しましょう。

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2020.11.16

『ライオン・キング』 (フルCG・実写版)

 

 日も子ども向け映画と音楽の話。

 今日は幼稚園の年長さんに「ライオン・キング」を観せました。本来なら劇団四季の舞台を生鑑賞するはずだったのですが、コロナで残念ながら中止。代わりに昨年公開の実写(CG)版ライオン・キングを、プラネタリウム室で空に映写して鑑賞したというわけです。

 子どもたち、ちょうど運動会でライオン・キングの音楽に合わせて組立体操をやりましたので、最後は踊りだしてたり、手拍子をしたり、大変に盛り上がりました。こういう映画鑑賞もいいなあ。

 私も初めて観ました。ストーリーはともかくとして、まあ、CGってすごいですねえ。どこまでが実写でどこからがCGなのか。いやフルCGなのか。

 もうこうなると未来的にはロケとかなくなるかもだし、俳優すらいらなくなるのかもしれませんね。

 一方で、そうした計画通りな「コト」的な映像には、ある意味不本意な「モノ」的な要素がなく、それがまさに「モノ」足りなさにつながるとも言えますね。

 いや、アニメならいいのですよ。アニメが思い通りに描かれたとしても、もうアニメという時点ですでに現実から遠く離れた「モノガタリ」性があるわけですから。

 しかし、フルCGをして「実写」に近づけようとすると、どうしても逆に不自然な感じがしてしまう。これは仕方ないのですが、例えば戦争ものの映画など観ていても、どういうわけか最近のCGよりも昔の模型の方がリアリティがあったりする。実際に物質がぶっ壊れるあのエネルギーは、CGでは描ききれないのですよね。

 アニメなら、最初から私たちは想像力でそこのところを補うことができますが、実写だと思って見始めるとどうしてもCGは嘘くさく見えてしまう。これはこれからの映画界の大きな課題でしょうね。

 ちなみにエルトン・ジョンの「愛を感じて(can you feel the love tonight)」には格別な思い出があります。今思うと、エルトン・ジョンが感じる愛って、もしかして…ですが(笑)。

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2020.11.15

ランディ・ニューマン 『ショート・ピープル』

 

 日の旅行のバスの中で「トイ・ストーリー4」を観ました。

 トイ・ストーリーと言えば、テーマ曲「君はともだち (You've Got a Friend in Me)」ですよね。昨年の紅白ではダイヤモンド・ユカイさんが歌いましたっけ。

 私にとってランディ・ニューマンと言えば「Short People」ですね。1977年シングル。年明けには2位を記録した大ヒット曲です。

 なんともトボけた感じの曲ですが、歌詞がすごい。こちらでどうぞ。

 全米のラジオ曲で放送禁止になったにもかかわらず大ヒット。たしかに良く読めば、独特の言い回しで差別する人を糾弾している…のかな。

 たしかに多くの音楽の歌詞のその一部だけが人口に膾炙し、そのために誤解を受けていますね。特にラジオなどで途中までしか放送されなかったりすると。そういう意味での挑戦的な曲だったのかもしれません。

 そんな問題児(?)も今では立派な映画音楽家。それも子ども向けのストレートなメッセージを得意としているわけですから。アカデミー賞をとり、ロックの殿堂入りも果たしました。

 面白い音楽人生ですね。

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2020.11.14

富士御神火文黒黄羅紗陣羽織

Th_fd6ea410722d3de27a5014b8d60b759c201x3 士山に帰ってきました。

 昨日の大阪城ではいろいろと収穫がありました。中でも、憧れの「富士御神火文黒黄羅紗陣羽織」を生で観られたことは幸運でした。

 富士山在住の者としてはたまりませんね。三峰ですし。

 そにしても素晴らしいデザイン。モダンというのも憚られる。これを実際に秀吉が着用していたというのが凄い。かぶいてますなあ。

 三峰富士山の意匠はもちろん、御神火がいい。そして、麓の謎の黒丸群の配置が絶妙。

10 ついつい背中側に目が行ってしまいますが、表も和洋折衷で素晴らしいんですよね。いったいデザイナーは誰なのでしょう。

 この陣羽織が有名になったのは、NHKのびじゅチューンで採り上げられたからでしょうね。たしかにインパクト大。井上涼さんもかぶいてますな(笑)。

 

 

 この富士御神火文黒黄羅紗のデザインを用いたいろいろなグッズが販売されております。ちょっとほしいかも。

リゲル社

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2020.11.13

大阪城(大坂城)

Th_img_7061 昨日の「本能寺」は、秀吉が移転したもので、いわゆる「本能寺の変」の舞台ではありません。

 元々の「本能寺」は今、学校やマンションになっています。これまた日本らしいすごいことですね。東京なんかでも、結構血なまぐさい歴史的な場所が高級マンションになっております。

 今日立ち寄った「大阪城」もオリジナルではありません。つまり、秀吉が建てたものではない。天守以外はほとんど全て徳川時代のものです。豊臣大坂城の遺構は近代的な構造物の下に眠っています。

 一方、いわゆる徳川大坂城は、これまた数奇な運命を辿っております。天守は完成後40年ほどで消失。現在の天守はいわゆる復興天守。昭和6年竣工のものです。基本設計は徳川天守の模倣。しかし、ご存知のとおり、その中身は豊臣の博物館になっています。

 なんだか複雑なような、あるいは大雑把なような…これまた日本的ですね(笑)。豊臣なのか徳川なのか。だいたい「大坂城」なのか「大阪城」なのか。私の頭の中では、豊臣大坂城、徳川大坂城、そして復興大阪城というイメージなのですが。

Th_img_7065 復興大阪城は昭和天皇の即位を記念して計画されました。即位の礼は昭和3年。これもちょうど一昨日の本能寺の記事に書きましたね。昭和3年というのは重要な年です。そして、天守閣が完成して開館したのが昭和6年。

 鉄筋コンクリート(SRC)、エレベーター付き。形は古式なれど建築技術的には当時最新のもの。SRC建築としては国内最古のものの一つです。

 実際、建築後60年以上経った阪神淡路大震災の時にも、建物には大きな被害は出ませんでした。これは、大正12年の関東大震災の経験によるものでしょう。関東大震災からの復興を手掛けた後藤新平や、東京タワーの設計者としても有名な内藤多仲らの知恵の結晶だと思います。

 阪神淡路大震災後、初の大修復が行われ、さらに耐震強度が高まったそうです。SRCは地震大国日本で発達した工法。世界に誇るべき技術ですね。

 ちなみに、何度か書いていますが、内藤多仲は山梨の人であり、宮下文書の研究会「富士文庫」の理事もやっていました。また、能に対する造詣が深かったとのこと。アメリカで西洋建築を学んだ実に立派な科学者でありながら、日本の「モノ」世界にも通じていたようであり、そのあたりが彼の偉業の基礎になっていたように思えます。あの時代の偉人はだいたいそんな感じでした。

 

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2020.11.12

黄昏のアメリカ

Th_img_7058_20201112185201 日はユニバーサル・スタジオ・ジャパンにて一日を過ごしました(仕事ですよ)。

 コロナの感染者増加中の大阪ではありますが、逆に対策がしっかりしているので安心して楽しむことができました。

 例年なら1千万人以上の来場者があるというUSJ。今年は厳しいでしょうね。おかげで目立った混雑のない中で散策ができましたが。

 楽しむと同時に面白いなと思ったのは、「古き良き時代」のアメリカに日本人が酔っているという構図ですね。

 たとえば1930年代から40年代のアメリカの町並みが再現されていますが、それはまさに日本と戦争をしようかという時期であります。

 1929年に始まる世界恐慌。ルーズベルトのニューディール政策。第二次世界大戦への参戦。コミンテルンの影響を強く受けた民主党のルースベルトが、結果として「強いアメリカ」「豊かなアメリカ」の象徴になっているのは、まあ皮肉といえば皮肉です。

 そして、それを日本人たちが懐かしんでいる。どういうことでしょうか。面白いですね。ディズニーランドも同じ状況です。

 別に、敗戦国日本がアメリカに洗脳されているということではありませんよ。私は憂えているのではなく、面白いなと思っているのです。日本らしいなと。韓国だったら、日帝のテーマパークを楽しんだり、絶対しません。

 共和党のトランプは、アメリカ・ファーストを強く訴えた結果、皮肉にも「弱いアメリカ」を現出させてしまいした。本人が強がれば強がるほど、国家アメリカの世界の中での力は衰え、相対的に中国の存在感が高まりました。

 このたびの大統領選挙では、民主党のバイデンが勝利しました。たぶん(?)。しばらくは国際協調路線を行くでありましょう。

 世界恐慌並みの衝撃であるコロナ禍。かつてのルーズベルトのように、バイデンはアメリカを復活させることができるのでしょうか。正直、それはほとんどないでしょうね。

 100年前の「古き良き時代」のようには行きません。もしあるとすれば、第三次世界大戦が起こり、アメリカは途中まで(諸国が疲弊するまで)傍観するというケースのみでしょう。もちろんそんなことはあり得ません。

 黄昏のアメリカ。それについていく日本。USJに沈む夕陽を見ながら、未来の世界地図を夢想したのでした。

 

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2020.11.11

稲盛ライブラリー

 

 

Th_img_7043 日は京セラ本社におじゃましました。

 京セラの製品群に、私たちは本当にお世話になっております。ただ、どうしても目立たないところで活躍している製品たちですから、なかなか私たちは意識する機会がありません。

 セラミックスという、ある意味古典的な「焼き物」が、最先端の科学技術を支えているというのは非常に面白いことであり、ある意味日本的でもあります。

 この部分に関しては諸外国はなかなか追いつけない部分があるのではないでしょうか。

 「焼き物」の、たとえば「窯変」のようなモノ性(偶然性・不随意性)をうまく活かすのは日本人の得意とするところであります。

 コントロールしようとする「コト」性とは違う。つまり、それは技術ではなく、それこそ「フィロソフィ」ということになるのではないでしょうか。

 そうした稲盛和夫さんの経営哲学や生き方を紹介してくれるのが、本社ビル横の「稲盛ライブラリー」です。

 内容については、私が語るよりも、公式のホームページを隅々までご覧ください。

 稲盛ライブラリー

 稲盛さんの経営哲学や生き方の基準というのは、実は人間が自然に還るということであると思います。

 これはまた、出口王仁三郎と深い関係がありますよね。

 創立者の稲盛和夫さんは、谷口雅春の「生命の實相」に多大な影響を受けています。言うまでもなく、谷口は王仁三郎の弟子。霊界物語の筆録者の一人でもあります。

 そして、ファインセラミックスの基本はもちろん「焼き物」ですし。王仁三郎が晩年「焼き物(耀わん)」にこだわった意味をよく考えねばなりません。

 また、今日担当の方ともお話させていただいたのですが、おそらく稲盛さんは仲小路彰の影響も受けているはずです。実際、稲盛さんの盟友である元国立京都国際会館館長、天江喜七郎さんは仲小路の弟子でした。また、仲小路は谷口雅春とも交流があったようですし。

 私は、稲盛さんの哲学に王仁三郎と仲小路の影響を強く感じます。そして、稲盛さんが臨済宗のもとで得度していることも含めて、勝手に稲盛さんを身近に感じているところであります。

 そんなわけで、個人的に京セラさんには大きな期待をしております。日本的経営、日本的技術、日本的製品こそが、これからの地球平和の礎になるものと信じております。

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2020.11.10

明智光秀=千利休!?

Th_img_7037 葉の美しい、かつ静かな京都という贅沢を堪能しております(仕事です)。

 夜、宿につきましてから、知人に会いに寺町に行きまして、その足で本能寺に立ち寄りました。

 今、「麒麟が来る」で注目の明智光秀。かつては大逆賊のように言われていましたが、今や大河ドラマによって復権の時を迎えているようです。

 さて、それこそ最も「逆賊」風のきつかった時代に、明智光秀は実は智将であったと力説した偉人(変人)がいました。

 当時荒れ果てていた光秀の居城亀山城址を買収して大本の聖地に整備した出口王仁三郎です。

 彼の「水鏡」に非常に興味深い記述があります。(以下引用)

 (せん)利休(りきう)()(ひと)は、明智(あけち)光秀(みつひで)()れの()てである。明智(あけち)光秀(みつひで)山崎(やまざき)一戦(いつせん)(もろ)くも(やぶ)れて、(つひ)()もなき一土兵(いちどへい)()めに竹槍(たけやり)にてつき(ころ)されたと、歴史(れきし)(つた)へられてあるがあれは(うそ)である。天王山(てんのうざん)一戦(いつせん)勝敗(しようはい)(けつ)することは、(はじ)めからよく承知(しようち)してをつたが、光秀(みつひで)将士(しやうし)度々(たびたび)(むか)へをうけながら、(わざ)とグズグズして()て、(つひ)(かち)秀吉(ひでよし)(ゆづ)つたのである。(じつ)()くに光秀(みつひで)秀吉(ひでよし)との(あひだ)には妥協(だけふ)成立(せいりつ)して()たのである。聡明(そうめい)なる光秀(みつひで)は、たとへ如何(いか)なる事情(じじやう)があつたにもせよ、いつたん(しゆ)(ごろし)汚名(をめい)()たものが、天下(てんか)将軍(しやうぐん)となつても永続(ながつづ)きがせぬと()(こと)をよく承知(しようち)して()秀吉(ひでよし)(かち)(ゆづ)つたのである。そして(かれ)(あたま)(まる)めてお(ちや)坊主(ばうず)となり、(はぎ)枝折戸(しをりど)四畳半(よでふはん)(なか)にあつて、天下(てんか)大事(だいじ)(ろん)じ、(はかりごと)(めぐ)らして秀吉(ひでよし)太閤(たいこう)地位(ちゐ)(まで)()しのぼして仕舞(しま)つたのである。(かれ)(じつ)秀吉(ひでよし)好参謀(かうさんぼう)であつたのである。朝鮮(てうせん)征伐(せいばつ)なども、(かれ)献策(けんさく)()たものである。茶室(ちやしつ)這入(はい)るには丸腰(まるごし)となつてにじり(ぐち)より()らねばならぬ。元亀(げんき)天正(てんしやう)時代(じだい)荒武者(あらむしや)制御(せいぎよ)操縦(さうじう)するに、もつて()いの場所(ばしよ)方法(はうはふ)であつた。第一(だいいち)秘密(ひみつ)(たも)つに絶好(ぜつかう)であつた。(のち)(かれ)(むすめ)美貌(びぼう)(わざはい)(いん)をなして自殺(じさつ)余儀(よぎ)なくせしめられたと、()(つた)へられて()るが、(まつた)跡形(あとかた)もない(こと)である。英雄(えいゆう)英雄(えいゆう)()諸般(しよはん)機微(きび)消息(せうそく)俗人(ぞくじん)には(わか)らぬ。
 筆者(ひつしや)がこのお(はなし)(うかが)つて、或時(あるとき)(こと)二三(にさん)方々(かたがた)にお(はなし)して()りました、(たまたま)()岡山(おかやま)太田(おほた)栄子(ゑいこ)夫人(ふじん)()られて、この(はなし)裏書(うらがき)する面白(おもしろ)物語(ものがたり)をせられましたので、()御紹介(ごせうかい)(いた)します。
 太田(おほた)夫人(ふじん)は、大正(たいしやう)九年(くねん)(ころ)聖師様(せいしさま)から「(せん)利休(りきう)明智(あけち)光秀(みつひで)である」と()(こと)(うけたま)はつて、それを師匠(ししやう)(お(ちや)先生(せんせい))の名倉(なくら)某氏(ぼうし)(はな)されたさうです。さうすると名倉(なくら)()はそれを(また)家元(いへもと)当時(たうじ)第十三代(だいじふさんだい)円能斎(ゑんのうさい)())に(はな)されました、すると円能斎(ゑんのうさい)()顔色(かほいろ)がサツと(かは)つて(しばら)くは(もの)()はれなかつたさうですが、(ふと)吐息(といき)(とも)(くち)()いて()言葉(ことば)は、「まあどうしてそれが(わか)つたのですか」と()(こと)であつたと()(こと)です。そして、(さら)()をついで、「その(こと)こそ、千家(せんけ)(つた)はる、一子相伝(いつしさうでん)大秘密(だいひみつ)であつて、(あと)()長男(ちやうなん)のみが()つて、(つぎ)から(つぎ)へと()ひつたへ(かた)りつぎて、()()るものが()えて()(はず)です。どうしてそれが(わか)つたのでせう」と()くので、名倉(なくら)()は「霊覚(れいかく)によつて(わか)つたのです。丹波(たんば)(くに)綾部町(あやべちやう)に、大神通力(だいじんつうりき)(そな)へた聖者(せいじや)がありましてその(ひと)霊覚(れいかく)によつて、(その)秘事(ひじ)(わか)つて()たのです」とて、聖師様(せいしさま)(くわん)するお(はなし)をせられました。円能斎(ゑんのうさい)()はいたく(おどろ)(かつ)(かん)()り、(つひ)執事(しつじ)()して綾部(あやべ)参拝(さんぱい)せしめ、(つい)(みづか)らも(また)参拝(さんぱい)せられたさうですが、(ふか)くこの(こと)()して(ひと)(かた)らなかつた。名倉(なくら)()(また)()して仕舞(しま)つたのですが、不思議(ふしぎ)(こと)には三人(さんにん)三人(さんにん)(とも)(あひ)前後(ぜんご)して(おな)心臓病(しんざうびやう)()(たふ)れて仕舞(しま)つたさうです。
 太田(おほた)夫人(ふじん)は「これは()してはならぬと(おも)ひ、(みな)さんにお(はなし)して()ります」と(かた)られました。一座(いちざ)のものは(これ)()いて、今更(いまさら)(ごと)(おどろ)き、聖師様(せいしさま)(たた)(つく)せぬ御霊覚(ごれいかく)(ほど)(かん)()りました。そして聖師様(せいしさま)がもし、(この)霊覚(れいかく)によつて訂正(ていせい)さるるならば、世界(せかい)歴史(れきし)随分(ずいぶん)(かは)つて()るかも()れないと(おも)ひました。
(引用終了)

 一見荒唐無稽な、いかにも王仁三郎らしい大風呂敷だと感じますよね。しかし、後半の弟子(信者)の話が面白い。この裏千家13代家元円能斎のエピソードについては14代も15代も、そしておそらく16代も実は知っています(…と言ってしまっていいのか)。

 水鏡にあるように、円能斎は王仁三郎と懇意にしていました。今でも裏千家と大本との間には深いつながりがあります。実際裏千家は王仁三郎の耀わんを所持していますし。

 ちなみにこの「水鏡」が書かれたは昭和3年。その年のちょうど今日(!)11月10日、昭和天皇は京都御所で即位礼を行いました。そのすぐ近くに本能寺はあります。

 昭和3年は、王仁三郎にとって特別な年でした。彼は56歳7ヶ月の3月にみろく大祭を行い、全国巡幸に出ます。昭和天皇の即位礼、大嘗祭に重ねるがごとく。

 ついでにどうでもいい話ですが、私、来年の3月に56歳7ヶ月を迎えます(笑)。

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2020.11.09

『保守とネトウヨの近現代史』 倉山満 (扶桑社)

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 の途中で読んだ本。

 このたびのアメリカ大統領線でも、日本の保守とネトウヨは独特な動きを見せていましたね。

 それらも、この本で言うところの「左派に負け続けてきた」保守の劣等感と怨念に基づくものだったのでしょうか。

 かく言うワタクシも、ある方面からは保守・ネトウヨと目されているかもしれません。たしかに、そちらの界隈の友人がたくさんいますからね。しかし、一方で左派やリベラルの方々とも仲良くしていますので、どちらからも信用されていないとも言えます(笑)。

 それはしかたがないことです。昔から、左右では捉えきれない巨人たち、たとえば出口王仁三郎であるとか、最近では仲小路彰に興味を持ち、また憧れて真似をしようとしているところがありますから。

 というか、私個人の表面的な思想歴からしましても、若い頃は父親の影響や学校教育、マスコミの影響もあって、かなり左寄りであり、ネット住民になってからは、ご多分にもれず右派に転向したという自意識がありましたからね。

 ただ、その両方の自分を否定できない自分がいまして、その相克を止揚するために、王仁三郎や仲小路に活路を求めたのかもしれません(それにしても運命的な出会いが多すぎましたが)。

 まあ、そんな私でありますから、保守である倉山さんが保守批判しているこの本は実に面白く感じました。そうそう、なるほど、という話ばかり。

 ちょっと笑えてしまうのですが、現在の保守・ネトウヨにこそ、内ゲバ&総括性があるのですよ。そのへんの逆転現象が面白い。

 もともと保守は、人間の知性や理論への懐疑に根ざした思想ですから当然と言えば当然ですが、どうしても情緒的、感情的になりやすいし、ある種のノスタルジーに陥りやすい。

 最近の保守やネトウヨは、かつての反省からか、いちおう理論武装しようとしていますが、その理論が非常に偏った情報を元にしていることが多いので、結局また負けてしまったり、内輪もめを招いてしまったりする。どうにもいけませんね。

 しかし、一方で私が彼ら彼女ら(ウチのカミさんも含む)を嫌いになれないのは、何かそこに「物語」を感じることができるからです。もともと、「物語」が好きであり、コトよりモノと言って憚らない私ですから、それも当然です。

 過去の自分や、過去の「日本」を否定したくないというのは、よく分かります。左派は過去の否定をスタート地点としており、それは実は勇気のいることでもなんでもなくて、ものすごく安易な思考です。何かをただ否定すれば自動的に立ち位置が決まりますからね。

 その点、様々な物語を生み出し駆使して自分のルーツを肯定し続けようとする人たちは、実に甲斐甲斐しい。

 そうした過去への探究心(?)が、実は自らの立脚点の標高を高くし、結果として遠い未来まで見渡すことができるようになるのも真理です。

 出口王仁三郎や仲小路彰を見れば、それがよく分かります。彼らも彼らの遺した一部、特に前半生のそれらを見ると、まるでスーパー右翼のように見えますからね。

 いつも言っているように、左右両翼がないと空高く飛べません。その翼をバランス良く育て、そしてメインテナンスしていくことが、まっすぐ飛んでいく秘訣なのでしょう。

Amazon 保守とネトウヨの近現代史

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2020.11.08

米中戦争第1ラウンドは中国の勝ち?!

Th_-20201108-203158 あさあ、大変なことになりましたね。このYahoo!ニュースの並びはなんだか現実のものとは思えません。昨年の秋からのストーリーはドラマよりも奇なり。

 米中戦争第1ラウンドは圧倒的な中国の勝利ということになりました。トランプ勝利を予想していた私としても完敗。

 先制攻撃はアメリカ(トランプ)。一時的にはそれは功を奏しましたが、中国(習近平)の報復攻撃はすさまじかった。このブログの読者の方はおわかりと思いますが、もちろんコロナウイルスの話ですよ。

 そして、それが選挙にまで大きく影響し、トランプの失脚を招いたのです。

 出口王仁三郎の雛型史観で言うなら、真珠湾攻撃からの日本の大敗を、現代的なウイルス兵器と情報兵器によって短期間に再現したかのようです。

 ということは、このあとアメリカは中国に占領される?!

 ある意味ではそうなるでしょう。今回の選挙への介入は明らかですし、少なくともトランプよりはバイデンの方が中国には甘いでしょうから。

 そのへんに溢れている陰謀論とは違いますよ。もっとリアルな話です。

 世界的にも「アメリカ的な民主主義よりも中国的な民主主義の方が良い」となりかねません。中国のどこが民主主義じゃ!お叱りを受けそうですが、習近平が考えるように国家が人民のために奉仕すれば、それは結果として「民主」ということになるのです。

 さあ、それでは両国に挟まれた日本はどうなっていくのか。

 今日「立皇嗣の礼」が執り行われましたね。秋篠宮殿下が皇位継承順位一位であることを世界に宣明されたわけです。

 そう、日本の民主主義は、国民が「天皇」の無償の愛を賜ることを前提に成立しているものです。そこには近代的な政治や経済や哲学や宗教は介在していません。

 それは表面的にはアメリカ的ではありますが、内面では、あるいは高次では実は中国的なのです。

 新型コロナウイルス感染症拡大という非常時において、アメリカと中国、どちらがうまく対応したかは火を見るより明らかです。

 ちなみに日本はどうだったかというと、「鬼滅の刃」を全国民的にヒットさせるという、旧来の「物語的」対策を講じました(笑)。いやいや、(笑)ではなく、何度も書いたように、あれって明らかに目に見えない伝染性のモノとの戦いでしょう。

 これが平安や鎌倉だったら、新宗教が登場したり、加持祈祷のカリスマが登場したりするのでしょうね。現代ではマンガ、アニメという「物語」だったというだけです。新型コロナが登場する前から流行りだしていたところもまた、なんだか日本の物語という感じですよね。

 さて、安倍ロスからのトランプロスで、世界の政治はどうなっていくのでしょう。習近平はもちろんのこと、金正恩やプーチンの心中を察するだけでも、いろいろと不安になってきますね。

 では、いったい誰が安倍さんやトランプさんを引きずり下ろしたのでしょう。それは少なくとも100年前からの「物語」をちゃんとトレースしなければ分かりませんよ。

 さあ、アメリカのみならず「世界の内戦」状態が訪れるのでしょうか。

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2020.11.07

神々の山々〜「軽井沢」の秘密

Img_7002 しい「学びの旅」最終日は軽井沢へ。

 ここに至るまで、一昨日は宝達山を、昨日は立山連峰を、今日は皆神山を遥拝いたしました。そして今日は浅間山から富士山へ。

 こうして旅をしますと、本当に日本人が山を神と崇めていたことが体感できますね。

Img_6987  そうそう、昨日は立山の近くで、突然空に白龍が現れました。こうした山と雲のコラボレーションこそ、日本人の神話世界の原風景でしょう。

 さらに進んで(行き過ぎて)近代の神話世界で言いますと、宝達山にはモーゼの墓、そして今日近くを通った川中島には釈迦の墓がある!

 青森のキリストの墓にも何度もお盆に(!)お参りしておりますので、これでとりあえず全部制覇かな(笑)。

 まあそれは半分冗談としまして、「山=神」ということで言いますと、「軽井沢」という地名もそこから解釈ができます。

 これはまだ調査中ですので、あまりはっきりは書けないのですが、どうもここにも物部氏が関わっているようなのです。

 ちなみにウチのカミさんの出身地も「軽井沢」。秋田県の羽後町の山の中です。東北にはたくさん軽井沢という地名がありますよね。

 柳田國男は「うるふ(=背負う)」という古語を持ち出して、山の登り口にちなんだ地名と説明していますが、そんな単純なものではないでしょう。

 奈良県の生駒山の麓にも「軽井沢」があります。西日本では唯一ではないでしょうか。私はここが「軽井沢」のルーツだと考えています。軽井沢から生駒山を越えると、そこにはニギハヤヒを祀る石切劔箭神社があります。「いしきりさま」ですね。

 いつかも紹介しましたが、秋田の軽井沢は仏教がいまだ伝来しておらず古神道を信仰していまして、その信仰対象の一つとして「イスキリさま」があるのです。そう、青森キリストの墓の隣に葬られている、キリストの弟イスキリを連想させますよね。

 これって東北弁で「いしきり」が「いすきり」と発音したのを、都会っ子の山根キクが聞き間違えたというオチだと思うのですが、逆に言うと、東北にも石切信仰、すなわちニギハヤヒ信仰がかなり広がっていた証左となりますよね。

 というわけで、物部の末裔が住み着いたところに「軽井沢」という地名があると考えているのです。物部は三輪山を神としていましたから、地方に散らばってもその地の霊山を三輪山に見立てて信仰したと思われます。それが浅間山であったり鳥海山であったりということですね。

 ちなみに「軽」も奈良県の地名です。軽皇子の「軽」ですね。そのあたりについては、またいつか書きます。

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2020.11.06

善光寺といえば…

Th_img_6993 、長野市におります。夕方、久しぶりに善光寺参りしてきました。

 善光寺といえば、山梨県民にとっては甲斐善光寺のルーツというイメージでしょうか。地元にレプリカ(?)があるので、あんまりルーツには行かないのかもしれませんね。

 マニアックな私の興味は二つ。一つは妙心上人の修行寺としての善光寺。

妙心上人と諏訪と富士と御正体山

 善光寺で修行したと言われていますが、善光寺にはほとんど記録が残っていないようなのです。謎です。

 善光寺はいわゆる無宗派の寺ですから、富士講と結びつくことは別に不思議ではありません。現在妙心上人のミイラは出身地である岐阜の横蔵寺にあるのですが、横蔵寺は白山信仰と関わりがあるようですので、妙心自身もともと山岳信仰者だったのかもしれませんね。

 もう一つの興味の対象は「善光寺地震」です。1847年5月8日に発生したM7.4の直下型地震。

 折しもご開帳の期間だったため、被害は甚大。火災や斜面崩落で川がせき止められ水害まで発生。「死にたくば信濃へござれ善光寺 土葬水葬火葬までする」という狂歌が詠まれるほどでした。

 善光寺自体にも小規模な被害はありましたが、本堂などの主要な構造物の倒壊は避けられました。

 長野盆地西縁断層帯(信濃川断層帯)は800年から2500年の間隔で活動すると考えられています。まだまだ先の話とはいえ、いつかまた善光寺直下で大地震が発生するのは間違いありません。

 ちなみに以前は「地震柱」と呼ばれ、大地震によるものと説明されていた東向拝柱のねじれは、実は地震由来ではなく材木の乾燥に伴う自然由来だとか。

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2020.11.05

金沢能楽美術館

Th_img_6963 川県2日目。お昼はモーゼの墓があるという(?)宝達山を望みながら、UFOで有名な(?)羽咋へ。とうとう宇宙人がやってきましたよ(笑)。

 そして金沢へ戻ってきまして、21世紀美術館へ。あまりに混雑していてびっくり。平日の夕方ですよ。特にプールの底に行くのに2時間待ち!?

 というわけで、いちおう現代アートを楽しんだ(正直なんだかザワザワした)あとに、お隣の金沢能楽美術館へ。およそ1時間にわたって他に誰もおらず一人で独占してまいりました。

 昨日の話の続きで言いますなら、加賀宝生も含む宝生流にのみ伝わる能「草薙」。まさにヤマトタケルのお話です。恵心僧都が熱田神宮でヤマトタケルとタチバナヒメの霊に出会うというストーリー。

 そんなこともあって、金沢の人々にとってヤマトタケルは身近な存在であったとも言えましょう。そのあたりを指摘する人はいるのかな。

 「草薙」に関する展示はほんの少し、思わず見逃してしまいそうなところにしかありませんでした。もう少し前面に押し出してもいいのでは。

 まあそれはいいとして、いやあ、本当に1時間どっぷり能の世界に浸かりまして、実に気持ち良かった。現代アートよりずっとアバンギャルドですよね。

 あの現代アートのザワザワ感の正反対、静かなる高揚感。次元が違うなあと感じました。

 正直、21世紀美術館はとっても20世紀という感じがしました。つまり「人間」が主役になっているなと。それに比して能の世界はまずは「神」「霊」の世界。人間はあくまでミーディアムでしかない(たとえば「翁」)。

 つまり、コトとモノの違いなわけです。もちろん、現代アートにも「モノ」性を感じるものがあります。しかし、全体としてはやはり「あえて仕組まれたコト」を感じてしまう。

 それは「カタ(=コト)」にはまらないように見せているところが、どこか意識的(コト的)に感じられてしまうということです。一方、能は「カタ(=コト)」にはまりまくることによって「モノ」を表現している。このパラドックスは面白い。

 21世紀美術館に展示されていた作品群、はたして600年後にも人の心を動かすことができるのでしょうか。

 金沢においでの際には、ぜひ両方の両極端の美術館を訪れていただきたいと思いました。

 それにしても、本当に金沢というのはいい街ですね。文化の香りがなんとも言えない。今回期せずして紅葉の季節に訪問することができ幸運でした。また来月来る予定です(仕事ですよ)。

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2020.11.04

兼六園のヤマトタケル像の不思議 その2

Th_img_6929 沢に初めて来ております。

 というわけで、8年前にこのブログで紹介したあのヤマトタケルさんと初めて対面いたしました。

兼六園のヤマトタケル像の不思議

 実際お会いしてみると、たしかに不思議な魅力(?)のある金仏さんですね。

 上の記事で紹介した不思議については、今でも「鳥に嫌われている」とか「ブサイクすぎて近づけない」とか、けっこう無礼なことを言う人もいるようですが、そこにはこの銅像の建立にあたっての「不思議」が深く関わっているようです。

 というのは…今日の観光ガイドの方の話にもあったとおり、この像の鋳造者はお隣富山県高岡の鋳物師なのです。日本中、いや世界中そうであるように、だいたいお隣同士というのは仲が悪い(笑)。

 石川と富山もご多分に漏れず、特にかつては妙なライバル意識というか、不毛なマウントの取り合いがあったようですね。

 兼六園という、まさに加賀百万石を象徴する庭園の中心に、なぜお隣で鋳造された銅像が堂々と立っているのか。これは大きな不思議です。

Th_57fd7d9c640d5a13272512c296d32d78 実はこのあたりの事情については、よく分からないことも多いのだと。ただ、分かっているのは、当初、当時石川県を代表する彫刻家であった松井乗雲が原型を作ったのにもかかわらず、なぜかそれが採用されずお隣高岡の無名の作家(特定できていない)の原型をもとに高岡で鋳造されたということです。

 せめて松井乗雲の原型を使って高岡で鋳造すればよかったのに。松井乗雲の木彫は石川県立美術館に保存されています。どう見ても現在のヤマトタケル像よりも優れていると思うのですが、どうでしょうか。

 たしかに高岡は加賀藩主前田利長が開いた街ですし、それこそ石川県に隣接していますから、実際に鋳物業が日本一のレベルであったことを考えれば、鋳造は高岡でも構わなかったと思うのです。

 しかし、なぜデザインの部分までそちらに行ってしまったのか。そこは「不思議」ですね。

 金沢側の高岡側へのやっかみを抜きにしても、やはり現在のヤマトタケル像は「不思議な魅力(?)」と言われてもしかたないほどツッコミどころ満載です。

 まあ、なんだかんだ言って今では金沢の人たちにも愛され、世界中の人たちが見に来ることになったので、結果オーライということなのでしょうか。

 ちなみに、言うまでもなくこの像は西南戦争での石川県出身の戦没者を慰霊するために建立されたものです。西南戦争を率いたのは有栖川熾仁親王。実際、台座の「明治紀念之標」の文字は熾仁親王の揮毫です。熾仁親王は出口王仁三郎の本当の父親だという説があります。

 

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2020.11.03

Keith Jarrett 『Budapest Concert』

Th_81jdvro34l_ac_ul320_ 日に続きキース・ジャレット。

 最新のリリースはこのブダペスト・コンサートです。2016年のヨーロッパ・ツアーより。

 ジャレット家のルーツの一つはハンガリーだそうで、キースにとっては格別の思い入れのあるコンサートとなったようです。

 バッハ家のルーツの一つも同様にハンガリーにあることを考えると、キースのバッハ傾倒の理由をそこに見ることもできそうですね。

 多くのソロ・コンサートと同様、この感動的なコンサートも即興演奏によって構成されています。

 そしてその即興演奏もいつものとおり、無調性的な音楽から、クラシック的な音楽、そしてメロディックな大衆音楽、ドローン・バスを伴う民族的な音楽、ブルースとなっています。

 彼の即興演奏は、もちろん日々のプラクティスやイマジネーションが基になっており、そういう意味ではその瞬間に降りてきた、つまり無から有を生む性質のものではありませんが、それでも充分に感動的ですし、奇跡的ですし、インクレディブルなものです。人間の表現や技術の極致であると言えるでしょう。

 私としては、バッハが即興演奏を得意としたことの影響があると考えいてます。有名なケルン・コンサートの即興演奏を日本人が楽譜化した時、キースは「(視覚的に)なんだバッハじゃん!」と言ったとのこと。面白いエピソードですね。

 今日はあえて、そうした即興演奏ではなく(と言っても即興的な部分は多々あるでしょうが)、このコンサートのアンコールで演奏された美しすぎる「Answer Me」を聴いていただきましょう。

 

 

Amazon ブダペスト・コンサート

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2020.11.02

『バッハ ヴァイオリンとピアノの為のソナタ』 ミシェル・マカルスキー&キース・ジャレット

Th_81loto46il_ss500_ れは正直衝撃でした。

 知り尽くしていたはずのこの曲集が、全く違って聞こえてきた。それは単にモダン・ヴァイオリンとピアノによる演奏だからとかではなく、音楽の構造とそこに綾なすメロディーが初めて明確に聞こえたということです。

 全く予想外でした。本当にこの曲集とは長いつきあいであり、チェンバロともピアノとも全曲弾いたことがあります。つまり、自分もモダン(エレキ含む)と古楽器で演奏したことがあるのです。さらにトリオ・ソナタに編曲もしたことがある。

 最初(高校生の頃)には、なんだかあまりこの曲集が好きではありませんでした。地味というか、分かりにくいというか、ヴァイオリンが生きていないというか。

 ところが長く付き合ううちに、バッハの中でも特に好きな作品に変わっていきました。それでどこか満足していたところがあったのですが、このたび本当に予想外にも、さらにこの曲集のすごさ、美しさが分かってしまいました。

 そう、今回初めて、ヴァイオリンではなく鍵盤の方が主役に感じられたのです。対等というのは今までもありましたが。

 まるで、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタが本当は「ヴァイオリンの伴奏付きピアノ・ソナタ」であるのと同じように、「ああ、これはバッハ自身が弾く鍵盤パートが主役でヴァイオリンが伴奏しているんだ」と感じたのです。

 いや、実際私もトリオ・ソナタ(ヴァイオリン2本と通奏低音)に編曲したように、表面的な構造としては鍵盤の右手とヴァイオリンは対等に(楽譜上では)描かれています。

 しかし、実際の音にした時には、実は鍵盤の右手と左手が有機的に絡み合っており、ヴァイオリンは添え物的に聞こえるように設計されているのです。ヴァイオリンのパートが鳴らないように書かれていると言ってもよい。

 今まで、どこか私もヴァイオリンが主役だと思いこんで弾いていたのでしょう。だから、鳴らない、生きていないと感じたのです。

 極端な話、あの有名な4番の最初の楽章のシチリアーノでさえ、ピアノの分散和音が主役に聞こえてきた。これは本当に驚きでした。

Th_81vvqufyvrl_ac_sl1500_ こんなことに気づいたのも、キース・ジャレットという稀有な天才ジャズ・ピアニストが「ピアノ」で演奏してくれたおかげです。「ピアノ」でというのはダブルミーニングでして、「ピアノ」という楽器で「ピアノ(弱音)」をキープして弾いてくれたということです。

 この鍵盤のコントロールは、キースがチェンバロやクラヴィコード、パイプオルガンなどを弾いてきた結果ですから、一般のピアニストには不可能でしょう、演奏スタイルとして理解できないかもしれません。

 しかし、彼はグルードとはまた違った「ピアノによるバッハ」を発見したようです。これほど右手と左手の声部が生命力を持った演奏はそうそうありません。

 そして、ヴァイオリンのマカルスキーも、そんなキースの「ピアノ」表現をよく理解していて、適度に抑制された表現を心がけているようです。さすが盟友ですね。

 う〜ん、それにしてもすごい曲集ですね。深い。

 最近この曲を弾く機会もめっきり減ってしまいました。なんか久しぶりに(ウン十年ぶりに)ピアノと共演してみたくなってきました。

 残念ながらYouTubeに音源がないので、こちらからサンプルだけでもお聴きください。

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2020.11.01

『とんかつDJアゲ太郎』 二宮健監督作品

 

 ず一言。素晴らしい映画でした。新しいカタチのミュージカル映画ですね。実にテンポよく、無駄がなく、展開が心地よく、しかしメッセージはコッテリてんこ盛り。

 まさにクラブ・ミュージックにとんかつが乗っかったような映画でした(そのまんま?)。

 今回は、二宮監督とお知り合いだという友人からチケットをいただいて家族全員で鑑賞しました。私は原作もアニメも未見のため、純粋にストーリーを楽しんだのですが、私以外の女性陣3人はエラく感動したようで、「人生が変わった!このタイミングで観て良かった!」と興奮気味でした。

 特に娘たち二人は「表現」することを仕事にしようか迷っている時期であり、この映画でさり気なく示されていた職業観、芸術論、音楽論、表現者のあり方、職人論などは、彼女たちに強く影響を与えたことでしょう。

 映画というか、原作のストーリーとしてはいわば定型ですよね。マニアックな職業に焦点を当て、そこでの若者の成長の物語。そこに家族愛や友情、そして恋愛を絡めるという。

 ただやはり、映画としてのリズム感、映像的な演出はかなり新しいと感じました。それは若手(まだ20代!)の監督の新しい感性だと思います。

 正直お客さんの入りは芳しくなかったのですが、中規模のシアター全体がまるでクラブになったような雰囲気は味わえました。56の田舎のおっちゃんはなかなかクラブには行けません(昔の「クラブ」の方が得意?)。いい体験ができました(笑)。

 そして、DJやってみたいと思いましたし、とんかつも揚げてみたいと思いました。そこは昔ながらの「映画効果」ですね!

Th_img_6916 当然ながら、鑑賞後、家族で「とんかつ」を食べに行きました(笑)。これもまた立派な「映画効果」でしょう。

 鑑賞後も含めて、ああ、楽しかった。いろいろと災いが重なった「呪われた映画」なんて言う人もいますが、いやいや、そういう災いを軽く乗り越えた、すなわち「作品には罪はない!」を全面的に肯定するパワーを持った作品でしたよ。逆に「作品」が現実を乗り越えていく力をさえ感じました。GJ!

公式サイト

 

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