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2020.02.29

『AKIRA アキラ』 大友克洋監督作品

Th_498d74a9s 「2001年宇宙の旅」の時なんかもそうでしたが、時代が作品に追いつく感覚って面白いですよね。

 実際は全然追いついていないこともあったりして。

 さて、ネット上では少し話題になっていましたが、大友克洋さんの代表作「アキラ」になんとなく予言的なところがあったんですよね。

 映画「アキラ」が公開されたのが1988年。32年前ということになりますね。

 そして、作品の舞台は2019年の「ネオ東京」。そこでは2020年の「東京オリンピック」の準備が…。

 いや、まず、2020年に東京オリンピックが行われるという発想自体、神予言ですよね。あの頃、だれがそんなこと考えましたか?

 すごい。

Th_-20200229-144139 そして、その看板には「中止だ中止!」とあったり、原作には「WHO 感染症対策を非難」とあったり、うん、やっぱり大友さんはすごい。

 まあ、実際に追いついた「東京オリンピック開催迄あと147日」の昨日2月28日は、たしかに新型コロナウイルスのために非常事態になっておりますが、「アキラ」ほどのヤバさはありませんね。

 今が大変だ、オリンピック中止だという人は、ぜひ「アキラ」を観てほしい。まだまだ平和だと思いますよ(苦笑)。

 なにしろ、国立競技場を中心に東京は全て破壊されますから。たしかにあれじゃあ中止はやむを得ませんね。

 実は今日、久しぶりに全編観たのですが、「前総理の税制の失敗」なんかも出てきたり、また軍部が武装して決起したりして、それはまるで二・二六事件のようでもあり、なんかたしかに何かとシンクロしているような気もしました。

 1988年当時、私は24歳、新米教師でした。あの頃はまさか、2020年に昨日の卒業式や来週からの休校のために仕事をしているとは夢にも思いませんでした。2020年は56歳かあ…とは思いましたけどね。オリンピックがあるとは、もちろん考えもしなかったし。全然未来予測できない若者でした。

 「アキラ」のネオ東京は、第三次世界大戦後の復興途上の都市。つまり、大友さんも言うように、1988年の段階では「昭和」の戦後と復興を未来的に描いたわけですよね。

 それがこうして時代が追いついてみると、なんとなく「今」を感じる。やはり歴史は繰り返すのでしょうか。

 それにしても、このアニメ映画、たしかに今観ても、とんでもないスケール感がありますね。ストーリー的にも、映像的にも、令和の私たちの予想をどんどん上回っていく。そして、未来的メッセージ、未来的解答が無限に存在する。

 なるほど、日本を代表する、世界で最も有名な日本アニメの一つであるというのもうなづけますね。

 

Amazon AKIRA

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2020.02.28

卒業式

Th_as20200228005432_comm 日は、高校の卒業式。

 昨日の安倍総理の「要請」のこともあり、かなり厳しい環境下ではありましたが、なんとか無事に終了することができました。

 マスコミの取材も多く、いくつかの新聞、テレビのニュースで紹介されました。

 富士学苑高校で一足早い卒業式(UTY)

 全員マスク付けて卒業式 富士学苑高校(朝日新聞)

 難しい決断を迫られましたが、結果としては良かったと思います。

 マスコミの方にも申し上げましたが、今回は二つの「生徒のため」の間で悩みました。

 すなわち、目の前の「今」を考えた「生徒の健康、安全のため」と、「過去・未来」までを俯瞰した「生徒の人生のため」です。もっとわかりやすく合理性と人情と言ってもいいかもしれません。

 教育は目の前の合理性だけでは片付けられません。そうあるべきだと思います。その上で、最大限のできる対策を講じて実施したのが、今回の卒業式でした。

 本校は私学ですし、日程がほかの学校より早いので、2週間前から独自の考えで対策を立ててきました。結果として、その後の国や県の要請や指導に適う形になりましたので、ある意味では全国のモデルケースになりえたのかもしれません。

 生徒の健康と安全を守れたのかは、正直まだわかりません。しかし、昨日の卒業生たち、そして保護者の皆様の明るい未来を見据えた「目」…マスク着用だったのでよけいに「目」が印象的でした…を見た時、判断は間違っていなかったなと感じた次第です。

 関係者の皆さまのご理解、ご協力に心より感謝します。そして、卒業生のみんな、本当におめでとう!

 さあ、次は「休校」についての仕事です。全然大変ではありませんよ。現場が混乱、困惑というのは、単に現場に柔軟性がないからです。いくらでも方策はあります。

 私はずいぶん前から「休校」の提案してきましたので、今回の総理の大英断には感謝している立場です。

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2020.02.27

『渡辺錠太郎伝: 二・二六事件で暗殺された「学者将軍」の非戦思想』 岩井秀一郎 (小学館)

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 ・二六事件の余韻が残る中、この本を読みました。

 表紙にあるとおり、渡辺錠太郎はあの「置かれた場所で咲きなさい」で有名な渡辺和子さんのお父さんです。

 50過ぎてからの娘ということで、戦前の父親、そして軍人らしい厳しさの中にも、溢れんばかりの愛情で和子さんに接していたという錠太郎閣下。

 その愛娘の目の前で、決起部隊の機銃攻撃によって蜂の巣にされ亡くなりました。

 その体験も大きかったのでしょう、和子さんはクリスチャンとなり、「赦す」ということと戦い続けました。

 この本でも繰り返されています。渡辺錠太郎が生きていたら…。

 しかし、運命は、渡辺錠太郎を殺しました。それが未来的運命だったのでしょうか。その運命によって、渡辺錠太郎の魂は現代にまで生きているのだとも言えます。もちろん、和子さんを通じてという部分も大きい。

 私にとっての渡辺錠太郎については、かつて「リアルタイム」でこのような記事を書いています。リアルタイムでは書けないこともあったのでしょう。なんとなくぼんやりしています。

 渡辺錠太郎と秋田

 この本には出てこないエピソードですが、私たちにとっては、錠太郎閣下のお人柄を知るよいきっかけとなりましたし、なんといっても、大きな荷物をおろす機会となりました。

 このあと、私たちは運命的に安藤輝三と出会い、そしてさらに輝三さんのご次男日出雄さんと奇跡的に出会いました。そして、一つの結論が。

 歴史、つまり過去も未来も、「今」に存在しているのですね。

 岩井秀一郎さんのこの労作、まさに渡辺錠太郎伝の決定版です。「学者将軍」の「非戦思想」が、なぜ葬られねばならなかったのか。それは、やはり「学者将軍」の「非戦思想」だったからでしょう。つまり、辛く苦しいことですが、やはりあの「戦争」は必要だったのかもしれないということです。

 では、なぜ必要だったのか。それを、未来人である私たちは、逃げずに考えなければならないのです。ただ、戦争反対、あの戦争は間違っていたではすまされません。

Amazon 渡辺錠太郎伝

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2020.02.26

仲小路彰の未来的教育・学校論

Th_-20200226-152842 日は二・二六事件当日から84年の日でありますが、また一方で、仲小路彰の天才思想家、歴史哲学者、仲小路彰の誕生日でもあります。

 下の文章はその仲小路彰が(おそらく)昭和29年に記したものです。

 今から65年前(私が生まれる10年前)に、このような22世紀的な教育観、学校観が提示されていることは、まことに驚異であります。

 今まさにワタクシが目指している「旧来の教育・学校をぶっ壊す」計画の向こう側にあるのは、このような思想であり、また理想であります。

 仲小路はおそらく22世紀の未来の記憶を思い出して、このようなことを書き残したでしょう。

 おそるべきは、仲小路が65年前に否定した「現代教育」が、今でもそのまま、全くそのまま残っていることです。それほどに、私たちの敵は強大であり、堅牢なのでありました。

 だから命がけで「決起」しなくてはならないのです。今は敵陣のど真ん中におりますが、あえてそこにいながら戦うつもりです。

 仲小路彰は、この文章をまだ半世紀続く20世紀のために書いたのか。それとも21世紀のために書いたのか。あるいは22世紀のために書いたのか。

 今、私が構想している(未来からダウンロードしている?)プランについては、一部の方々にはお伝えしていますが、まだまだ茫漠としています。しかし、確実に「未来の記憶」は時間の川上からこちらに近づいてきていますので、日々確実に、具体的、明確なものになっていくと信じます。

(以下引用)

 現代教育の最大の問題は、学校教育をのみ教育として、学校をのみ教育の場所とする誤まれる固定観念である。

 かつて学校とは、絶えざる試験と点取り競争の斗争場であり、まさに格子なき牢獄として、青少年の希望多き日々を、拭えざる劣等感によって汚染した。

 しかも一度社会生活に入るや、すべては忘却の淵に投ぜられ、時折、恥多き思い出の記憶をよび起す苦い体験を、殆どすべての人びとがひそかに胸奥に秘めている。

 そこでは、若い者は勉強が嫌いで、かつ怠堕であるという根本的考えがすべてを支配しており、外からの詰込主義と強制的な服従が強要された。

 現代に生きる多くの社会人の思い起すー木造のあるいはコンクリートの殿堂は、生徒と先生の抹消的機智の斗争場であり、しばしば腕力の斗争場ーさらに対社会的反抗のバリケードでもあった。

 このように卑近な日常的現実に取材されながらも、なお学徒の感覚にあまりにも縁遠いと思われる教科内容ーしかもそれが片々たる過去的現実の断片の羅列であるとき、学徒の心が遠く窓外の解き放たれた自由を思い、あるいは退屈な講義に居眠りすることもまたやむをえないことであった。

 しかし今日、このように閉された教育に対する固定観念は一掃されねばならい。

 そして人生全体が偉大なる人間教育とされ、世界そのものがすばらしい学校とされる新しい教育の根本原則が確立されねばならない。

 人間の社会生活そのものが学校であり、教育である人間教育の在り方が明確にされるとき、かつてのあまりにも限られた教育は根底から変革されるであろう。

(仲小路彰「明日のための人間教育ー教育・倫理・女性ー」より)

 

 ちょうど林千勝先生が、仲小路彰について語った動画が公開されました。ぜひご覧ください。

 

 

Amazon 仲小路彰 「未来学原論」

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2020.02.25

伊牟田伸一 『安藤輝三物語』

Th_-20200226-160229 日は安藤輝三の誕生日です。

 安藤輝三は31歳の誕生日を迎えた次の日、二・二六事件を起こしたのです。

 もちろん安藤輝三だけの力で二・二六事件が起きたわけではありませんが、やはり事件の未来的意味、特に鈴木貫太郎ののちの働きを考えると、日本の、世界の、地球の運命が、ある意味冷酷な形で安藤輝三の身に降りてきたということだと思います。

 31歳の誕生日を、いったいどのような心持ちで迎えたのか。想像するに、なんとも苦しいものがこみ上げてきます。

 しかし、84年たった今、ようやく一つの答えが安藤輝三の元に届きつつあります。一人の人間の人生の尺度からすると、あまりに長い物語。その結末を知らなかった本人の「今ここ」は、おそらく深い深い闇の中であったことでしょう。

 しかし、彼が、ある意味自分の意志に反してまで決起した理由は、おそらく彼が想像し得た最高の「神」である天皇をも超えたところから、彼に降りてきたのだと思います。

 おそらく、その小さな、しかし確かな光が、誕生日を迎えた安藤輝三には見えていた、いや見えていなかったかもしれないけれども、その光は間違いなく彼を導いたのです。

 そんな安藤輝三について、日本陸軍研究科の伊牟田伸一さんが詳しく語った動画がありますので、紹介します。私とは全く違った視点での研究ですが、それももちろん大切なことですし尊いことです。ぜひご覧ください。

 

 

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2020.02.24

田中英道 『徐福・来日伝説は本当だった』

Th_img_5961 日、学校に一冊の本が届きました(実際にはある方にも届けてほしいと、もう一冊入っていました)。

 私の住む村出身で、退職後地元に戻って「宮下文書」を独自に研究されている方のご著書。

 『宮下文書』の科学的検討 第1巻

 私などとても及びもつかないほどの熱心な研究態度と成果であり、その豊かな内容に正直驚きました。

 本文の冒頭には、拙ブログのこの記事を引用してくださっています。実は富士山は太陽系最大の火山の名残であるというお話です。ありがとうございます。

 太陽系最大の火山(日本の東方沖)

 さて、いただいたご本は、これからじっくり読ませていただくといたしまして、今日はタイミングよくこの動画を観ました。

 アカデミックな世界では無視され、嘲笑されてきた「古史古伝」について、こうしてアカデミックな(東北大学の名誉教授)が少しでも取り上げてくださり、まさに「科学的」な研究の上に徐福来日を肯定してくれているのは画期的なことです。

 

 田中英道さんとは、いつか、宮下文書について、富士高天原について、東国の縄文王朝について、聖徳太子について、ダ・ヴィンチについて、仲小路彰についてお話をしたいと思っています。

 こうして、皆さんのおかげさまで、今まであちこち散らかっていた私の経験と直観が統合されていく感覚があります。感謝です。

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2020.02.23

『全貌 二・二六事件 ~最高機密文書で迫る~ 完全版』(NHK BS1スペシャル)

Th_-20200224-125932 皇誕生日にして富士山の日。2月23日は安藤輝三にとって大変重要な日でもあります。

この日にふさわしい、すごい番組でした。完全版。

 8月に放送された時も、かなりの衝撃でしたが、この完全版にはさらなるメッセージを感じました。自分の人生が動かされます。動きます。決起します。

 完全版に加えられた、関係者の言葉たちの重さ。特に「教育は恐ろしい」という言葉。そして、安藤輝三大尉のご次男日出雄さんも登場され、あのことについて語っておられました。

 2月26日午後7時から再放送があります。皆さん、ぜったいに観てください。

 今日は、ここに昨年8月の放送時に書いた記事と、日出雄さんが語ったことについての昨年4月の私の記事を転載しておきます。お時間のある方にはお読みいただきたいと思います。

 2019年8月17日の記事

 送当日観ることができなかったこの番組を今日観ました。これは「やばい」ですね。本当に驚きですし、ある意味初めて納得できた部分もありました。

 まさか海軍がここまで情報を持っていたとは。しかし結果としては、事件後に陸軍の力が強くなってしまった。正直、海軍は情報を持ちすぎていたために道を誤ったのかもしれません。

 だいたい、事前に詳細な予測ができていたのに、それを止めることができなかった。いや、あえて止めなかったのか。陸軍内を分裂させるつもりだったのか。本気で陸軍と市街戦をやるつもりだったのか。国会議事堂を長門が砲撃していたら…。

 私としては、やはり安藤輝三の自決未遂の前後の描写が辛かった。ある意味、あの自決が陸軍の分裂も、陸海軍の衝突をも回避させたのかもしれません。

 そして、この事件をきっかけに日本は戦争に向かっていったというのは簡単です。表面的にはたしかにそうでしょう。しかし、本質はもっと深く高いところにあるような気がします。

 事件が決行され、失敗し、鎮圧され、天皇と陸軍の権威が増し、開戦、そして壊滅的な終戦。冒頭語られているとおり、天皇の心に「終戦の聖断」と「二・二六事件」が特別な影を落としているとすると、その二つの「決断」の裏に鈴木貫太郎がいることを忘れてはいけません。

 二・二六事件においては間接的ではありながら天皇に決断させ、聖断においては直接的に天皇に決断をさせたのが鈴木貫太郎です。つまり、あの暗黒と思われる日本のある時代を生み出したのも終わらせたのも鈴木貫太郎であったとわけです。

 いわゆる一般的な時間観、因果論で言うなら、たしかに二・二六事件がのちの戦争の原因になっていると言えましょうが、私の宇宙人的(?)時間観、因果論で言うと、あの終戦の聖断のために開戦があり、その開戦のために二・二六事件があったことになるのです。

 そして、今回、その聖断の原因がさらに未来にあることを確信したのは、今回の「最高機密文書」が、あの富岡定俊所有であったという事実です。

 そう、実は富岡定俊は、仲小路彰を心から慕い尊敬し、戦後も含めて多くの影響を受けていた人物なのです。

 昭和14年ごろでしょうか、総力戦研究所に「天才的頭脳を有す」として仲小路彰を推薦したのは富岡定俊です。そして、昭和19年に仲小路を山中湖に疎開させたのも富岡定俊。また、この番組の冒頭にも紹介されていたミズーリ艦上での降伏文書調印後、富岡の自決を思いとどまらせたのは仲小路彰です。

 そして、戦後、仲小路彰は自らの大著「ロシア大革命史」を富岡定俊の名前で刊行しました。また、仲小路が戦後展開した「未来学」を、経済などの実学の面で具体化したのも富岡でした。

 その富岡が、この二・二六事件に関する海軍の「最高機密文書」を保管していたという事実は何を意味するのでしょう。そしてそれがこの「未来」に白日の下にさらされることになった意味は。

 奇しくも、二・二六事件のその日は、仲小路彰35回目の誕生日でした。

 ついでに今日は私の誕生日…それは関係ないか(笑)。

 

 2019年4月11日の記事

 わず涙してしまうニュースでした。本当に本当に良かったと思います。なにか自分の中でも一つの区切りができたような気がしました。
 二・二六事件での、襲撃した側と襲撃された側とが、こうしてようやく一つになった。いずれも天皇のことを、日本という国のことを、国民のことを真剣に考えていたのに、あの時代の中でああいう結果になってしまった。
 しかし、それがのちの「開戦」と「終戦」を生むことになる。ここにさらに未来的な意味を見出さねばと思っていた私と家内にとって、このたびのこのニュースは一つの結論、ゴールを示すものとなりました。
 そう、こちらに書きましたとおり、私たち夫婦は3年前、安藤輝三大尉の墓前で偶然に、このニュースでも紹介されている安藤日出雄さんに出会いました。
 そして、そこで、まさに安藤輝三と鈴木貫太郎の話、さらに仲小路彰の話、出口王仁三郎の話をしました。二・二六事件がいかに未来的な事件であったか。安藤大尉も鈴木侍従長も、自らの命をかけて「天命」を全うしたのです。人間の微視的な感覚ではとても評価できるものではありません。
 私たちと日出雄さん夫妻とのお話が、その後の遺品発見、そして今回の奇跡的な和解、融合につながったとは申しません。ただタイミングが合っただけでしょう。しかし、巨視的に見れば、ここにも仲小路や王仁三郎の天からの意志が働いたとしか思えません。私たち夫婦もあの時は完全に動かされていました。
 本当に嬉しいことです。ぜひ、鈴木貫太郎記念館に赴き、安藤大尉の遺品を拝見しながら、天皇を中心とする「融和」「融合」「和解」がキーワードとなる、「令和」の未来について思いを馳せたいと思います。
 日出雄さんの、そして鈴木家の皆さんのご英断に心より感謝申し上げます。

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2020.02.22

『永続敗戦論 戦後日本の核心』 白井聡 (講談社)

51t3veivhgl_sx359_bo1204203200_ の日…ですが、今年は「竹島の日」にちなんで、この本を読みました。

 読みました、というのは実はウソで、オーディオブックで聴きました。

 昨日から体調がいまいちで、今日はほとんど寝て過ごしたのですが、オーディオブックというのは実に便利で、寝ながら4冊の本を「聴きました」。

 「本を聴く」ことについては、後日書きます。書きたいことがありますので。

 さて、この本にも「竹島」の問題が一つの章として語られています。そこも含めて、白井さんは戦後日本の「国体」を「永続敗戦」であると憂えています。

 まあ、そうでしょう。敗戦国であることはたしかです。今でも、特にアメリカ政府と日本政府の関係を見ると、本当に戦勝国と敗戦国の関係だなと思います。実際、そういう裏話たくさん聞いていますし。ああ、生殺与奪だなと。総理も大臣も国も国民も。

 それはそれでしっかり受け止めなければなりません。しかし、ほとんどの国民はそういうことを知らないし、意識すらしない。日本は独立国だと思っているから、政府に対しても言いたいことばかり言う。そんな単純なものじゃありませんよ。命がけです。

 今回のウイルス騒ぎのシナリオさえ、アメリカに握られている。ドンパチ戦争の時、守ってくれるのかというような話ではないのです。憲法9条とか、いやその前に自主憲法とかいうレベルではないのです。

 まさに「戦後」を作った張本人(ただし黒幕)である仲小路彰が、どのような「戦後」と「戦後の終わらせ方」を考えていたのか、今それを勉強中です。

 仲小路の思想に少しだけ触れた上での私の感覚としては、日本古来の「国譲り」の作法によりながら、21世紀中になんらかの世界的大変動があって、結果として日本という伏流水が湧出するというイメージです。

 そういう意味では、「永続敗戦」という「無意識」こそ、私のよく言う「忘却による純粋保存」というモノそのものなのかもしれません。

 難しいけれども面白いですね。

 

Amazon 永続敗戦論

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2020.02.21

新型コロナウイルス情報 その4

20200222-120153 だでさえ忙しい季節なのに、新型コロナウイルスのおかげで、さらに忙しくなっています。

 修学旅行やら卒業(卒園)式やら入試やら、その他の行事の内容変更や延期、中止などの業務に追われ、本来やるべきことができない!本来の仕事をやるなってことですかね。やる気だったのに。根本的なところで「やめろ」ってことですかね(笑)。

 まあ私的なことはいいとして、その想定外の新型についてですが、ここ数日の間にも各方面からいろいろな情報が入ってきています。矛盾する情報も多く混乱気味ですが、まあ整理しますと、昨日の出口王仁三郎の言葉につながってくるから、まあ面白いものです。

 王仁三郎曰く「戦争と流行性感冒はつきものである」。

 そう、すなわち「戦争」と「流行性感冒」は同じモノなのです。それが明確になってきた。現代になって。

 情報その1からその3までに書いてきましたように、すでに私たちは米中の戦争に巻き込まれているのです。

 現代の戦争とは、そういう「モノ」なのです。ミサイルやサイバー攻撃は「コト」世界。コト世界はすぐに足がつきます。発射元、発信元がすぐわかる。

 しかし、「モノ」性が強くなると、それはモノノケですから、なかなか正体がつかめない。

 正確に言うと、ウイルスは情報兵器?に書いたように、ウイルスはある意味生物を装った「工業製品」ですので、モノを装ったコトです。モノとコトのあわいなんですね。だから、怖い。わかりそうでわからない。コントロールできそうでできない。

 そうそう、最近娘の影響で、ちょっとだけ「鬼滅の刃」を観たんですが、あの「鬼(モノ)」世界に近い怖さですよ。あれって、まさにあの時代の「流行性感冒」に対する恐怖を物語化したものですよね。

 それが現代の若者にもウケているというのは、実に象徴的であります。

 そして、人間はその「モノ(鬼・病気)」に対して圧倒的不利な状況で戦い続け、しかし最後には「陽の光」に助けられるという。

 今もそうじゃないですか。結局、「陽の光」が強くなって暖かくなれば、自然とパンデミックは収まります。それをじっと待っている状況じゃないですか。

 面白いのは、たとえば、今回のコロナ騒ぎによって、会社や学校が、急に休みやすくなったりする。今日も私自身ぶった切りましたが(笑)、今まで無批判に継続してきた謎の因習が、いとも簡単に変わったり、捨てられたりする。これって人智(コト)を超えていますよ。

 奇しくも高城剛さんが予言したとおり、パンデミックによって日本は無理やりアップデートされるのかもしれません。

 もちろん残念な一面でもあるわけですが、人間は、そうして戦争やパンデミックといった「つきもの」の力によってしかアップデートできないのかもしれませんね。

 そう考えてくると、たとえば「憲法9条」論議とかなんなの?ということになりますよ。憲法9条をアップデートするの?「軍隊」ってなんなの。もうそういう戦争はそういう次元ではないのです。

 続きはまた。

 

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2020.02.20

山口敏太郎 『預言者・出口王仁三郎の奇跡!三段の雛形思想、大本・日本・世界』

 日のプロレス話の続き?

 「オカルトは知的エンターテインメント」とはある意味至言でして、プロレスにも通ずることですよね。

 その「オカルト」や「プロレス」にもいろいろなレイヤーがありまして、山口さんがこの動画でおっしゃっている「ストロングスタイル」というのも、よくわかります。

 そんな山口敏太郎さんが語る出口王仁三郎はどんな感じでしょうか。

 

 

 まあ、世間一般からすればストロングスタイルなのかもしれませんが、プロレスがそうであるように、そのまた先に奥深い世界が広がっています。そちらに足を踏み入れた人間からすると、やはり「エンターテインメント」の領域での話かなと感じます。もちろん、そこに山口敏太郎さんの価値があるわけですが。

 ちなみに出口なおは天理教の信者だったのではなく、どちらかというと金光教寄りでした。根本的な部分ではいずれも同根なので大差ありませんけれども、いちおう訂正。

 私もよく存じ上げている櫻井喜美夫さんや出口光さんのお話も出てきて、やはり偶然を装った必然(シンクロニシティやセレンディピティ)が、王仁三郎周辺には普通にあるのだなあと感じました。よくわかります。

 さて時節柄、王仁三郎のこの興味深い話を引用しておきましょう。それこそ「オカルト」として一笑に付されるのでしょうね。そこに真理があっても。

 「玉鏡」から。

 本年(昭和九年)も大分流行性感冒がはやるようであるが、戦争と流行性感冒とはつきものである。あれは霊の仕業である。
 近年満洲事変(注・昭和6年)、上海事件(注・昭和7年)等で多くの戦死者を出したが、それに対して、禊の行事が行われていない。禊の行事の大切なる事は霊界物語に詳しく示しておいたが、昔はこの行事が厳格に行われたから、戦争などで沢山の死者があっても地上は時々に清められて、流行性感冒の如き惨害から免がるる事を得たのであるが、今の人たちは霊界の事が一切分からず、禊の行事などのある事をすら知らぬ人たちのみなるが故に、邪気充満して地上は曇りに曇り、濁りに濁り、爛(ただ)れに爛れて、目を開けて見ておられぬ惨状を呈しているのである。
 気の毒にもこうした事情を知らぬ世間の人々は、医師や薬にのみ重きを置いて焦心焦慮しているのであるが、霊より来る病気を体的にのみ解せむとするは愚かである。
 禊の行事の偉大なる効果を知る人は凶事あるごとに常にこれを行うべきである。さすれば一家は常に朗らかで滅多に病気などには罹(かか)らぬものである。

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2020.02.19

プロレスの日に

Th_202002190001099w1300_0 日はプロレスの日。プロレスファンなら、なぜ今日がプロレスの日か說明できない人はいないでしょう。

 それでもいちおう書きましょう。

1955年(昭和30年)2月19日、蔵前国技館において、日本初の本格的なプロレスの国際試合「力道山・木村政彦組 対 シャープ兄弟」が行われた。

 その日から、65年。そんなプロレスの歴史を支えた一人が引退しました。

 タイガー服部さんです。アメリカの道場でレスリングと柔道を教えていた服部さんは、誘われてプロレスのレフェリーを務めました。それが、1976年と言いますから、44年間ですか。

 その後は、全日本や新日本、ジャパンなどでレフェリーとして活躍し、ここのところは新生新日本でメインレフェリーとして同団体の隆盛を支えました。

 小さい体ながら、そのレスリング・テクニックはもちろん、セメントも強かったとのこと。そうした実力に加え、その人柄によって多くのレスラー、ファンに愛されました。

 ジャンボ鶴田 対 長州力、平壌でのアントニオ猪木 対 リック・フレアー、因縁の小川直也 対 橋本真也など、歴史的な試合でレフェリングを担当したというだけでも、まあプロレスの生き証人ですよね。

  オールド・スタイルから、最新の現代プロレスまで、見事に対応していましたね。本当にお疲れさまでした。

 まったく違う世界とも言えますが、これもまたプロレスの懐の深さ、裾野の広がりという記事をオマケに一つ。面白かった。

ドロップキックを1日で習得できるか? 女子プロレス団体に入門してみた結果…

 プロレスは素晴らしい。プロレスは永遠です。

 

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2020.02.18

submissive

Th_-20200219-120822 日はデンマークのコペンハーゲン大学の先生方と懇談いたしました。いつものとおり、客観的に日本の教育の良い点、悪い点を確認できる良い機会となりました。

 そこで、キーワードになったのが「submissive」でした。

 ちょうど、今日こんな記事がありまして、そこでのキーワードも「submissive」でした。

 カズ・ヒロさんは「日本の文化が嫌になった」とは言っていない

 

 さすがに朝日の訳は手抜きでよすね(笑)。キーワードを訳していない。

 英語が苦手な私がエラそうに言うのもなんですが、「submissive」とは、「服従する、言いなりになる」という意味ですよね。submit されっぱなしなニュアンスです。わかりやすく言うと「M」。SMのMです(笑)。

 たしかに、日本の社会、教育、文化を語るのにちょうどいい言葉ですね。日本人にとっては不名誉ですが。

 高城剛さんも私と対談した時、私の日本人論を聞いて「日本人ってマゾですか?」と言っていました。そうなんですよ。気がついていないけれども、私たちはマゾなのでした。

 つまり、不条理や苦悩に対する耐性が高いのです。場合によっては、それらを苦労話として自慢したり、場合によっては美談にまで仕立ててしまう。

 「もののあはれ」が象徴的ですよね。「もの」とは「苦=思いどおりにならないこと」。「あはれ」とは「諦=あきらめる、明らかにする、納得する」。すなわち「もののあはれ=苦諦」(本居宣長に反抗する私の説です)。

 それは美徳になることもありますが、ことに世界標準からすると単なる「M気質」になってしまうこともあります。

 カズ・ヒロさんには、とてもそれが耐えられなかったのでしょう。そして日本を飛び出した。飛び出すしかなかった。

 最近、私が「日本の教育をぶっ壊す」と言っているのは、カズ・ヒロさんが飛び出さなくても良い、日本国内にもう一つの選択肢を作りたいということです。

 もちろん、旧来の日本の社会システム、文化や教育の価値も十二分にわかっています。ぶっ壊すとは過激ですが、そういうつもりで、もう一本のレールを敷きたいのです。

 実は自分にも「submissive」なところがあります。つまり、自分のそういうところをもぶっ壊したいと思っているワタクシでありました。

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2020.02.17

新型コロナウイルス情報 その3

 井厳喜さんの「ワールド・フォーキャスト」を購読しております。藤井さんは、仲小路彰の未来学を受け継いだお一人です。師の薫陶を直接受けてはおられませんが、その思想や方法には仲小路的なものを感じます。

 一昨年でしたか、直接お会いして、仲小路に関する資料などをご覧に入れながらお話しまして、そのことを再確認しました。

 そんな藤井さんが興味深い動画をアップしました。やはり、新型コロナウイルスは「作られたもの」ということですね。

 その他の筋からの情報と統合しますと、アメリカが江沢民勢力を利用して、バイオテロをしかけたということになりましょうか。怖いですね。

 とりあえずこの興味深い話を聴いてみてください。その他の関連動画もぜひどうぞ。

 

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2020.02.16

【討論】地方破壊は日本の死

 

 地方創生については、けっこうまじめに考えている方だと思います。特に、山梨と秋田については。私の第二、第三のふるさとですから。

 ワタクシからすると、都市への集中とは「コト」化です。そして、地方はまだまだ「モノ」。地方の「コト」化も、たとえばコンビニや大型商業施設、インターネットなどによりだいぶ進んでいますが、それは全体のモノからするとほんのほんの一部だけ。

 しかし、コトは極まるとモノに帰します。たとえば首都直下地震が発生すれば、そこはいきなりモノの世界になります。想像できますよね。地方はモノベースですから、実は復興(復元)も早いのでした。

 少し次元を高くしてみますと、実は日本という国自体が近代の中で「コト」化を目指してきたわけです。つまり、世界の中の都市となろうとした。資源はないけれども、お金は集まる的な意味でもですね。

 ここのところの経済は、たしかに成長とは程遠いと思いますが、私は成長ではなく「成熟」期に入ったと思っていますし、ある意味貨幣(カネ)の呪縛から解き放たれるチャンスだと思っていますから、それほど憂えてはいません。

 もとの、世界の田舎、豊かな田舎に帰るのでもいいのではないですか?

 こういうことを言うと怒る人がたくさんいるのですが、今の日本は、環境も守りつつ、いや自然に守られつつ、いいバランスでやっている国だと思いますよ。

 そういう意味で、私は「地方の時代」だと思っているのです。都市が地方に見習う時代。そういうことを理解できる子どもたちを育てる教育をしていかねばなりませんね。

 やっぱり、今の学校、教育をぶっ壊さないといけませんね。今の教育はひたすら「コト」化を目指すもの、すなわち都会人を養成しようとしているのですから。都会人に育てられながら、都会に出られない地方人は、それはなんだか分からないけれども不満や不安に陥りますよね。

 というわけで、この討論の内容には、いろいろな意味でピンと来ませんでした。コメント欄では佐々木さんが古臭いと悪者になっていますが、宇宙視点(上から目線)で見ますと、みんな古臭い観念に囚われているように見えます。スミマセン、えらそうに。

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2020.02.15

Milt Jackson Feat. Gary Burton - Vibes Surprise (1995)

 

 日は、学園の音楽祭がありまして、幼稚園から中高まで、園児や生徒たちが素敵な演奏を繰り広げてくれました。

 中でも、本校のジャズバンド部と、ゲストの中島香里さんのヴィブラフォンの共演は素晴らしかったですね。中島さんの湧き上がるグルーヴ感は最高でした。

 もともとヴィブラフォンは好きな楽器。プロの方の生演奏に接するのは、実はMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)以来かな(たぶん1985年ブルーノート東京)。実に35年ぶり!

 演奏直前にちょっとお話させていただきました。「中島さんは、ヴィブラート派ですか、ノンヴィブラート派ですか?」という、ある意味どうしようもない質問をしてしまいましたが、ご丁寧に「ノンヴィブラート派です」とお答えいただきました。「じゃあ、ゲイリー・バートンのような…」と言いましたら、「グルーヴとしはてミルト・ジャクソンみたいな黒人のが好きなんですが」とのこと。

 演奏を聴いて、「なるほど」と思いました。音色や、マレット4本の奏法はゲイリー・バートン風ですが、あのノリはたしかにミルト・ジャクソン風でしたね。

 ということで、今日は、そのミルト・ジャクソンとゲイリー・バートンの共演をどうぞ。すごいですねえ。だれがすごいって、ご両人もですが、小曽根真さんもですよね〜。

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2020.02.14

近衛上奏文

 

 2月14日。バレンタインデー…でもありますが、ちょうど75年前の今日、かの近衛上奏文が奉呈されました。昭和20年の2月14日ですね。

 今日は、上の動画で復習しつつ、あらためて「近衛上奏文」を読んでみました。なるほど、林千勝先生がおっしゃるように、近衛文麿の背後、周辺にはコミンテルンの臭いがプンプンします。

 左翼的だった戦後の歴史学の中ではコミンテルンの陰謀について語るのは、なんとなくタブーのような状況になっていましたが、ようやく時代が変わり、真実が学問の俎上にのぼるようになってきそうですね。

 そんな中で、仲小路彰の遺した各種文献も日の目を見る時が来るのでしょうか。仲小路のコミンテルン、ユダヤ国際資本研究はなかなか面白いと思います。

 以下、近衛上奏文です。

 

戦局の見透しにつき考ふるに、最悪なる事態は遺憾ながら最早必至なりと存ぜらる。以下前提の下に申上ぐ。
最悪なる事態に立至ることは我国体の一大瑕瑾たるべきも、英米の與論は今日迄の所未だ国体の変更と迄は進み居らず(勿論一部には過激論あり。又、将来如何に変化するやは測断し難し)随って最悪なる事態丈なれば国体上はさまで憂ふる要なしと存ず。国体護持の立場より最も憂ふべきは、最悪なる事態よりも之に伴うて起ることあるべき共産革命なり。

つらつら思うに我国内外の情勢は今や共産革命に向って急速に進行しつつありと存ず。即ち国外に於ては蘇聯の異常なる進出に之なり。我国民は蘇聯の意図を的確に把握し居らず。彼の一九三五年人民戦線戦術即ち二段革命戦術採用以来、殊に最近コミンテルン解散以来、赤化の危険を軽視する傾向顕著なるが、これは皮相且つ安易なる視方なり。蘇聯は究極に於て世界赤化を捨てざることは、最近欧州諸国に対する露骨なる策動により明瞭となりつつある次第なり。

蘇聯は欧州に於て其周辺諸国にはソビエット的政権を、爾余の諸国には少くとも親蘇容共政権を樹立せんとして着々其の工作を進め、現に大部分成功を見つつある現状なり。

ユーゴーのチトー政権は其の最典型的なる具体表現なり。波蘭に対しては予めソ聯内に準備せる波蘭愛国者聯盟を中心に新政権を樹立し、在英亡命政権を問題とせず押切りたり。羅馬尼、勃牙利、芬蘭に対する休戦条件を見るに、内政不干渉の原則に立ちつつもヒットラー支持団体の解散を要求し、実際上ソビエット政権にあらざれば存在し得ざるが如く強要す。イランに対しては石油権利の要求に応ぜざるの故を以て内閣の総辞職を強要せり。瑞西がソ聯との国交開始を提議せるに対し、ソ聯は瑞西政府を以て親枢軸的なりとて一蹴し、之が為め外相の辞職を余儀なくせしめたり。

米・英占領下のフランス、ベルギー、オランダに於ては、対独戦に利用せる武装蜂起団と政府との間に深刻なる闘争続けられ、是等諸国は何れも政治的危機に見舞われつつあり。而して之等武装団を指揮しつつあるものは主として共産党なり。 独逸に対しては波蘭に於けると同じく、巳に準備せる自由独逸委員会を中心に新政権を樹立せんとする意図たるべく、之は英米にとり今は頭痛の種なりと思はる。

ソ聯はかくの如く欧洲諸国に対し、表面は内政不干渉の立場を取るも、事実に於ては極度の内政干渉をなし、国内政治を親ソ的方向に引摺らんとしつつあり。ソ聯の此の意図は東亜に対しても亦同様にして、現に延安にはモスコーより来れる岡野を中心に日本解放聯盟組織せられ、朝鮮独立同盟・朝鮮義勇軍・台湾先(一字欠)隊等と連携し日本に呼びかけ居れり。斯くの如き形勢より推して考ふるに、ソ聯はやがて日本の内政に干渉し来れる危険十分ありと思はる(即共産党公認、共産主義者入閣-ドゴール政府、バドリオ政府に要求せる如く-、治安維持法及防共協定の廃止等)。

飜て国内を見るに共産革命達成のあらゆる条件日々具備せられ行く観あり。即ち生活の窮乏、労働者発言権の増大、英米に対する敵愾心昂揚の反面たる親ソ気分、軍部内一味の革新運動、之に便乗する所謂新官僚の運動、及、之を背後より操る左翼分子の暗躍等なり。

少壮軍人の多数は我国体と共産主義は両立するものなりと信じ居るものの如く、軍部内革新論の基調も亦ここにあり。皇族方の中にも此主張に耳を傾けらるる方ありと仄聞す。

職業軍人の大部分は中以下の家庭出身者にして其の多くは共産的主張を受入れ易き境遇にあり。只彼等は軍隊教育に於て国体観念丈は徹底的に叩き込まれ居るを以て、共産分子は国体と共産主義の両立論を以て彼等を引摺らんとしつつあるものと思はる。

抑々満洲事変・支那事変を起し、之を拡大し、遂に大東亜戦争に迄導き来れるは、是等軍部内一味の意識的計画なりしこと今や明瞭なりと思はる。

満洲事変当時、彼等が事変の目的は国内革新にありと公言せるは有名なる事実なり。

支那事変当時「事変は永引くが宜し。事変解決せば国内革新は出来なくなる」と公言せしは此の一味の中心的人物なりき。

是等軍部内一味の革新論の狙ひは必ずしも共産革命に非ずとするも、これをとり巻く一部官僚及民間有志(之を右翼と云うも可、左翼と云うも可、所謂右翼は国体の衣を着けたる共産主義者なり)は意識的に共産革命に迄引きづらんとする意図を包蔵し居り、無智単純なる軍人之に踊らされたりと見て大過なしと存ず。此の事は過去十年間、軍部・官僚・右翼・左翼の多方面に亙り交友を有せし不肖が最近静かに反省して到達したる結論にして、此の結論鏡にかけて過去十年間の動きを照し見るとき、そこに思ひ当る節々頗る多きを感ずる次第なり。

不肖は此の間二度迄組閣の大命を拝したるが、国内の相剋摩擦を避けんが為出来る丈け是等革新者の主張も採り入れて挙国一致の実を挙げんと焦慮せる結果、彼等の背後に潜める意図を充分看取する能はざりしは、全く不明の致す所にして、何とも申訳なく深く責任を感ずる次第で御座います。

昨今戦局の危急を告ぐると共に一億玉砕を叫ぶの声次第に勢力を加へつつあり。かかる主張をなす者は所謂右翼者流なるも、背後より之を煽動しつつあるは、之によりて国内を混乱に陥れ、遂に革命の目的を達せんとする共産分子なりと睨み居れり。

一方に於て徹底的英米撃滅を唱ふる反面、親ソ空気は次第に濃厚になりつつある様に思はる。軍部の一部にはいかなる犠牲を払ひてもソ聯と手を握るべしとさへ論ずるものあり。又延安との提携を考え居る者もありとのことなり。

以上の如く国の内外を通じ共産革命に進むべきあらゆる好条件が日一日と成長しつつあり。今後戦局益々不利ともならば此形勢は急速に進展致すべし。

戦局の前途につき何等か一縷でも打開の理ありと云ふならば格別なれど、最悪の事態必至の前提の下に論ずれば、勝利の見込なき戦争を之以上継続することは全く共産党の手に乗るものと云ふべく、従って国体護持の立場よりすれば、一日も速に戦争終結の方途を講ずべきものなりと確信す。戦争終結に対する最大の障害は満洲事変以来今日の事態に迄時局を推進し来りし軍部内の彼の一味の存在なりと存ぜらる。彼等は已に戦争遂行の自信を失ひ居るも、今迄の面目上アク迄抵抗を続くるものと思はる。若し此の一味を一掃せずして早急に戦争終結の手を打つ時は、右翼左翼の民間有志一味と響応して国内に大混乱を惹起し、所期の目的を達成すること能はざるに至る處れあり。従って戦争を終結せんとせば、先ず其の前提として此の一味の一掃が肝要なり。此の一味さへ一掃せらるれば、便乗の官僚・右翼・左翼の民間分子も影を潜むるならん。蓋し彼等は未だ大なる勢力を結成し居らず、軍部を利用して野望を達せんとする者に外ならざるが故なり。故に其本を絶てば枝葉は自ら枯るるものなりと思ふ。

尚之は少々希望的観測かは知れざれども、もし是等一味が一掃さるる時は、軍部の相貌は一変し、英米及重慶の空気は或は緩和するに非ざるか。元来英米及重慶の目標は、日本軍閥の打倒にありと申し居るも、軍部の性格が変り、其の政策が改まらば、彼等としても戦争継続につき考慮する様になりはせずやと思はる。

それは兎も角として、此の一味を一掃し軍部の建直を実行することは、共産革命より日本を救ふ前提先決条件なれば、非常の御勇断をこそ望ましく存じ奉る。

以上申しげたる点につき間違えたる点あらば何卒御叱りを願度し。
— 近衛文麿、

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2020.02.13

ムラピ山(インドネシア)が噴火

Th_20200213at70s_p ンドネシアのムラピ火山が噴火したとのこと。

 ムラピ山は比較的頻繁に噴火する火山ですが、今回の噴火が大規模なものになりますと、ちょっと心配になることがあります。

 というのは、私にとってのムラピ山噴火は、あの東日本大震災と結びついて記憶されているのです。

 そう、ムラピ山の最も近いところでの「大規模な噴火」は、2010年の10月から11月にかけてのものです。大規模な火砕流が発生し、300人以上が亡くなり、最大40万人近くが避難を余儀なくされました。

 そして、その4ヶ月後、日本であの東日本大震災が起きたのです。

 インドネシアと日本、言うまでもなく、環太平洋火山帯でつながっています。両者の自然災害が全くの無関係だという方が無理があるでしょう。

 ちなみに今、私が計測している富士山のラドン濃度が、ここ8年間で最も異常な状況になっています。1月26日に54Bq/m3という観測史上最高値を記録したのち、なかなか収束せず、今日も50という数値に上がりました。

 北方領土の方でM7.0の深発地震が発生したこともあり、私は東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の最大余震たるアウターライズ地震の発生を危惧しているところです。

 まずはムラピ山の火山活動の推移に注目です。

 もちろん何も起きなければいいのですが、とにかく最悪のことを想定して準備をしておくことは無駄ではないでしょう。

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2020.02.12

液体の水の構造は2種類ある!?

Th_20200212waterhastwotypesoflocalstruct 日、面白いニュース記事を読みました。

水は「ふつう」じゃない。液体の水の構造は2種類あることを東大が証明

 「水」というのは、なんとも不思議な物質です。奇跡の物質です。

 少し前までは(いや今でもか)、疑似科学とかトンデモとかスピ系とか言われていましたが、「水」に情報が転写されるとか、「水」は意識の影響を受けるとか、そういうこともどうも事実としてありえそうな雰囲気になってきました。

 実際、私の知り合いの複数の科学者はまじめにそう言っています。

 で、今回の東大の発見は、「規則正しい水」と「乱れた水」の2種類があるということのようですね。面白い。真面目な水と不真面目な水ってことでしょうか(笑)。

 それがおそらくは「水」に特有な特性なのでしょう。情報とか意識とか、そういうものが水に影響するとしたら、その特異性によるものなのかもしれません。

 シロウト考えですが(未来の記憶とも言える?)、真面目と不真面目で0と1、すなわちデジタルな情報処理をしている可能性がありますよね。 

 シンプルだからこそ、深みと可能性があるのでしょう。

 人間の70%は水です。地球の表面も70%は水。その水に、この世界の秘密が隠されているようです。

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2020.02.11

満員御礼! 横浜でバッハなど

Th_882  浜は山手聖公会聖堂にて、バッハとヴィヴァルディを演奏させていただきました。

 とても響きも雰囲気もよく、演奏していて気持ちいいことと言ったらもう…。錚々たるプロの方々のサポートをしたり、今回はソロまでさせていただきまして、本当に本当に幸せ者であります。

 詳細はこちらからご確認ください。雰囲気は充分伝わると思います。

 左の写真はバッハの三重協奏曲の様子ですが、スミマセン、私、3楽章のフーガのテーマをノリノリで弾いてしまって、皆さんにご迷惑をおかけしました(早すぎた…笑)。

 坊主の木魚が早すぎたと評されましたが、まさに言い得て妙(笑)。ついつい気持ちよくなってしまって空気を読むのを忘れてしまいました。それでも、超絶ソロを見事に弾いてくださいましたチェンバリストの大村さん、さすが(と他人事のよう)。

 ただ、ライヴのノリというのは大切だなあと感じました。それこそ生きた音楽です。他の曲もリハーサルなどとは違って、いいグルーヴが出ていました。やっぱり音楽はライヴだなあ。

 同僚の方に来ていただいたり、めちゃくちゃ懐かしい方々にもお会いできたりして、音楽を、楽器をやってきてよかったなあとつくづく感じた一日でした。

 次の私の横浜での出番は、5月30日です。古楽器でモーツァルトのピアノ協奏曲、交響曲、バセット・クラリネット協奏曲を演奏します(こちらからご確認ください)。

 よろしかったら足をお運びください。

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2020.02.10

『自分の中に毒を持て』 岡本太郎 (青春出版社)

Th_81bgtbhhjnl 昨日、フリーランスで情報発信者である安藤美冬(miffy)さんにお招きいただき、とっても素敵なお食事会に参加させていただきました。

 miffyさんとも二回目、お友だちの皆さんとは初対面だったのですが、すっかり意気投合させていただき、豊かで美しい時間を過ごさせていただきました。ご縁に感謝です。

 春からは、私もmiffyさんの情報発信のお手伝いをさせてもらえそうです。私のような者に声をかけてくださるなんて…ありがたや。

 さて、とっても魅力的な安藤美冬さんも大好きだというこの本、久しぶりに読み返してみました。たぶん、25年ぶりくらい?

 四半世紀前に想定したのとは、だいぶ違う人生…いや、けっこう妄想通りかも…を歩んでいる私ですが、今、この本を読むと、本当に共感できることばかりなのです。逆に言うと、あの頃はまだ「地球人」だったのかな(笑)。

 というか、「教育」によって「地球人」になっちゃってたんですかね。今、ようやく本来の「宇宙人」に戻りつつあるので、宇宙人大先輩である岡本太郎さんの言葉にも、素直に感応できるようになりました。

 考えてみると、岡本太郎さんも、パリの日本人サロンに関わっていましたから、間接的ではあるかもしれませが、仲小路彰の薫陶を受けているとも言えますね。今のところ、二人が日本で会ったというような記録は出てきていませんが、川添紫郎ら仲小路グループとはパリで何度か会っているようです。

 この岡本太郎さんの人生哲学は、今の若者たち、特に安藤美冬さんのようなインフルエンサーの皆さんには、直接響くでしょうね。やっぱり、岡本太郎も未来を生きていたのでしょう。時代がようやく追いついた。

 この本を再読して、ますます決意を固めましたよ。今の「教育」「学校」をぶっ壊す!!

Amazon 自分の中に毒を持て

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2020.02.09

【討論】世界謀略情報戦の現在

 日放送されたものです。昨日の記事関連の話も出てきます。タイムリーでした。

 「謀略」というと、なんとなく私たちにとっては別世界の話のように感じられますが、実は身近どころか、今まさに自分自身が真っ只中にいることです。

 私も陰謀論には興味を持っていましたが、それはやはりどこか遠いところで起きていること、あるいはそれ自体実はないのではないかと感じていました。

 しかし、仲小路彰の世界に出会い、彼の活動について詳細に記された「情報と謀略」を読んでからというもの、不思議と見えなかったモノが見えるコトに変わっていきました。昨日書いた情報もその一つと言えましょう。

 この討論で繰り返し憂慮されているように、その謀略の主は、実は獅子身中の虫として私たちの「中」に潜んでいます。この討論的に言えば、「身中の親中」ということになりましょうか。

 仲小路彰は、生涯を共産主義との闘いに費やしたと語っています。共産主義というと「革命」という印象があり、そのため、一気に過激に破壊活動が起きるような誤解を抱きがちです。実際には、ここでも語られているように、じわじわと見つからないように内側から侵食していくような形を取ります。

 共産主義自体には、私は嫌悪感はありませんし、共感できる部分もあるのですが、やはり、その革命思想は、自らを弱者とする前提からして間違っているように感じます。

 

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2020.02.08

新型コロナウイルス情報 その2

Th_gettyimages11954642091024x711 日は、朝からいろいろなお仕事が目白押し。こういうパラレル・キャリアはとても重要です。

 一つのことに集中しなさいと、よく言いますが、それは間違いです。

 複数が高次元でつながっているので、実は「不二」であるという意味では、一つのことをやっているのですが。

 今日の大きく分けて四つの仕事のうちの一つが、新型コロナウイルスについての情報収集でした。収集というか、東京である筋から直接教えてもらったというのが本当のところで、私は特に苦労や努力をしたわけではありませんから、まあ仕事ではないか。

 実は1月31日に「ウイルスは情報兵器?」という記事を書いていますので、今日は「その2」といたします。

 前の記事では、いろいろな可能性をさりげなく書いていますが、今日入手した情報は、一番最初に書いた「アメリカ製」説に近いものでした。

 一部では、武漢の研究所から中国の生物兵器が漏れたものだという報道もありますが、今日の情報によると、そのように見えるようにアメリカが工作したものであるとのこと。なるほど。

 結果、中国の経済は大打撃、さらにアメリカ企業の中国からの撤退が進み、たしかにそれらはトランプの思惑に合致しますね。

 中国に対しては、たしかにそのくらいの「戦争」を簡単にしかけるでしょう。

 そうしますと、日本はその米中戦争に巻き込まれた状況です。しかし、アメリカとしては、日本も中国と距離を置いてほしい、そしてアメリカとの同盟関係をさらに強固にしてほしいということですから、こちらも思惑どおりということになりましょうか。

 さらに言うなら、習近平主席の国賓待遇での来日も、たしかにこれで中止となるでしょう。アメリカとしては絶対に阻止したいことでしたから。なるほどなあ。

 ウイルスは情報兵器?と書きましたが、たしかに、今回の「インフォデミック」の様相を観察しますと、現代の戦争の形態は「目に見えないモノ」になっているのだなと感じました。

 もう一つ、これは日本でも報道されはじめましたが、新型コロナウイルスは「後天性免疫不全」という性質を持つ、まさに「兵器」であるということ。これはもっと重視しなければなりません。抗体ができないのです。ですから一度罹患すると治らない場合がある。

 だから、タイでエイズの治療薬が使われて効果を発揮したんですね。なるほど。

 最後に、感染ルートとして、接触、飛沫に加え、エアロゾルも加わるとのこと。そうなると、これから黄砂やPM2.5の季節を迎えるわけで、これは花粉症どころの騒ぎではなくなりますよ。それ専用の高機能マスクの生産が追いつくかどうか。

 また情報が入ったら公開します(殺されないようにしなくちゃ…だれに?w)。

 

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2020.02.07

『ペコロスの母に会いに行く』 森崎東監督作品

Th_51ci8jqj6ll_ac_ul320_ml3_ 日鑑賞した映画は、ここ数日の作品とは違い、かなりの正統派。

 映像、音楽、演技、演出、編集、ロケーション、全て完璧です。もちろんストーリーも。

 たしかにキネ旬1位の価値ありますね。

 私は若い頃、ATGにはまっていて、森崎監督の「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」がけっこう好きでした。最近観てないなあ。原発ものとして、今また観てみたい。

 その頃からのお付き合いで、この映画にも宇崎竜童さんが出演されていますね。

 さて、この「認知症」をテーマにしたこの映画、ウチの父親もかなりアルツハイマーが進行していることもあって、いろいろ感じるところもありました。

 「ボケ」は、すなわち「コト」世界から「モノ」世界への回帰なんですよね。まさに「認知=コト」ですので。

 そう考えれば、決して悪いことではなく、人間としてようやく「コト」の呪縛から逃れられる、煩悩から解放される、ある種の悟りへのプロセスなのです。

 なぜ、子どもの頃の記憶は残るのか。それは「コト」を介していない記憶だからです。大人になるにつれて、記憶や想像力は、様々な常識や解釈といった「コト」に侵食されていきます。

 そうした、たとえば学校で習った「コト(認知)」は、ボケによって洗い流されていくわけです。

 それは「コト」世界たる私たちの「社会」においては、「困ったものだ」と評価されるでしょうね。本人の意思とは関係なく。

 その本人の「モノ」世界を、こうして映画という「モノガタリ」によって、「コト」世界に投入してもらって、そうして私たちは、その本質にちょっと気づくことができます。しかし、また翌日には忘れてしまうんですよね。

 私たちは、この映画を定期的に観る必要があるのでしょうね。

 あと、ふと思ったんですが、み〜んなボケたらどうなるのかな。動物の世界みたいになるのかな。それは平和なのかな。

 

 

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2020.02.06

『猫は抱くもの』 犬童一心監督・沢尻エリカ主演作品

Th_71bgvv1dtul_sx300_ 日は「風呂の日」。ということで、我が家の最新フロ事情を書こうかと思ったのですが、それはけっこうなボリュームになりそうなので、別のネタで。

 今日のニュースで沢尻エリカさんの執行猶予付き有罪判決が下りました。それにちなんで、というのも変ですが、役者としては私も高く評価していましたので、今後の更生と復帰を願ってこの映画を観ました。

 この映画、賛否両論出るのももっともだと思いました。私はけっこう好きです。

 昨日、おとといの実相寺昭雄ほどではありませんが、かなり実験的ですよね。映画と舞台とアニメがミックスされているのですから。

 これを不自然と感じる方は、映画にある種の「リアル」を求めているのでしょう。テレビドラマ上がりの鑑賞者にはたしかに不自然かもしれません。

 しかし、本来映画はとっても自由な表現の場です。そういう意味では意欲作ですよ。

 あと、私や家内のような猫好きの鑑賞者にとっては、ある意味期待を裏切られる作品かもしれません。つまり、リアル猫の登場シーンが少ないからです。「猫映画」というジャンルを期待すると、ちょっと違って肩透かしを食らう。

 ただ、逆に猫好きはだんだん作品世界にはまっていくかもしれません。ウチはそうでした。擬人化が自然に感じられるようになってくる。すっかり猫の「感情」に移入している自分がいて、そんな鑑賞者の周りでくつろぐリアル家猫たちを見ると、それが逆に人間のように見えてきましたから。

 こういう表現も全然ありです。こんな、いろいろな意味でクロスオーバーな映画が今後増えることを期待します。

 さて、内容と沢尻エリカさんの演技についてですが、なんとも象徴的なシーンやセリフが多くてびっくりしました。ホントリアルにレジ打ちとかしそうな勢いですよね、今は。

 芸能界で見つけられなかった「本当の自分」を、素朴で純粋な愛と芸術がきっかけとなって発見する物語です。これからの沢尻エリカさんの人生もこんなふうになってもらいたいですね(というか、なるでしょう)。

 ちょっとドキッとしたのは、「大河出てたよね?」というセリフ。エリカさん(さおりん)のセリフではありませんが、さおりん越しに交わされる会話で、そのあと「さおりんは?今、何やってるの?」と聞かれ、その時のエリカさんの表情がなんとも…。

 この映画結末のように、ぜひ、エリカさんには本当の愛と友情、そして生きる意味を見つけてもらいたいものです。

 

 

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2020.02.05

ウルトラセブン 『遊星より愛をこめて』 佐々木守脚本・実相寺昭雄監督作品

 

 明するまでもなく「欠番」回です。今観れば、なぜこれが放映禁止になったのか、正直わかりません。逆に核兵器の廃絶を願い、平和を祈る名作だと思いますが。

 ご存知のとおり、実はこの作品が放映された1967年の段階では特に問題視されなかったのです。

Th_5c63194020000001016dec51 それから3年後、小学館の小学2年生の付録怪獣カードに「ひばくせい人」と書かれてあるのを、被爆者団体らが問題視し抗議。それをいち早く朝日新聞が「被爆者を怪獣扱い」と報道して騒ぎになりました。

 結果として、それから50年たった今でも再放送もDVD化も実現していません。朝日新聞もまあ、昔からやること変わりませんね(21世紀になって反省記事書いてますが)。

 しかし、こういう時代になって、こうしてネットで観ることができるようになりました(それも高画質で!)。ありがたや。私は、大学時代に「裏ビデオ」として超低画質で観て以来です(笑)。

 これもまた、昨日の「星の伝説」と同様、佐々木守さんが脚本、実相寺昭雄さんが監督を担当しています。全編にわたって、完全なる実相寺ワールドですね。歪んだ映像、そしてクラシック音楽の効果的多用。

 特に映像の斬新さにはあらたて驚かされます(笑ってしまうほど)。これほど画面で作家が明らかになるのは、まあ、小津が実相寺が双璧でしょう。ところが、不思議なもので、いくら彼ららしく真似をしても、本物らしくならず、せいぜいパロディにしかならないんですよね。不思議。

 令和の時代になりましたから、そろそろ公式にテレビで再放送されてもいいのではないでしょうか。ぜひテレビ朝日で(笑)。

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2020.02.04

ウルトラQ・ザ・ムービー 『星の伝説』 佐々木守脚本・実相寺昭雄監督作品

 や狂言につながる、現代の「モノガタリ」。怪獣もの。

 怪獣ものや宇宙人もの、ヒーローものと言うと子ども向けとも捉えられがちですが、日本では特に大人が観ても楽しめる、いや学べるものが多い。これはやはり、日本の「物語」の系譜ですよね。

 特にこの映画作品は、正直子どもにはチンプンカンプンでしょうし、怪獣もちょっとしか出てこない、ヒーローも出てこない、かなりマニアックな内容となっています。

 事件の発端は「山梨」の古墳。境川のあたりでしょうか。そこからまあ始まる始まるディープな古代史と物語の世界が(笑)。

 1990年、平成2年の公開かあ。バブルの陰の光に照射され、たしかに古代史や宗教、縄文などが人気でしたね。私もしっかりはまっていました。

 浦島伝説、天女伝説、竹取物語、遮光器土偶、吉野ヶ里遺跡、常世信仰、秦河勝…。

 そうした「モノ」をいろいろ詰め込んだ感が強く、内容としてはいろいろツッコミどころがありますが、それは佐々木守さんらしさであるとも言えます。またその混沌を見事に異形の映像美に仕上げた、実相寺昭雄さんという変態的巨匠の力によって、それこそ能の異形の形式美のような独特な世界が現出しています。

 今、とてもこんな映画作れませんよね。時代の産物であるとも言えましょう。CGではなく光学的な特撮がほとんどのようで、それはそれで味わい深く、内容にマッチしているように感じますね。

 

 

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2020.02.03

狂言 『節分』

Th_001 日は節分です。我が家の節分については、こちらをお読みください。

 また、節分ネタで中学の入試問題を作ったのがこちらです。小学生向けにわかりやすく書いたつもりです。

 今朝テレビを観ていたら、山梨の節分についてやっていました。

 「鬼のまなこをぶっつぶせ!」「◯◯の口焼きペッペッペッ」

 いかにも山梨らしい(?)荒っぽさですね(笑)。さすが「生黄泉」。地理的、歴史的に、どうしても「敵味方意識」が強くなるのはしかたありません。嫌うと徹底的に嫌いますからね。

 ところで、昨日の観世会、狂言は時節柄「節分」でした。これが実に面白かった。

 蓬莱から日本に来た鬼が、留守番をする人妻に一目惚れしてしまい、最後は人妻に宝を取られて退散する…。

 基本は「鬼は外」のお話ですが、最終的には「鬼より女の方が強い」というオチ(笑)。観ている方は、だんだん鬼が可哀想、あるいは可愛く思えてくる。

 石川五右衛門人気や現代アニメの悪役人気にもつながる、日本人独特の心性ですね。善悪二元論では片付けられない世界観。弱者憐憫、判官贔屓という優しさ。

 そう考えると、山梨ってちょっと日本離れしていますよね。地理的、歴史的に隔離され、また渡来人が大量に移住してきたり、落人、流人が多かったというのもあるかもしれません。

 今回の狂言「節分」の演者もお見事でした。どう見ても女性役の方が鬼役よりも大柄(笑)。女の強さやずるさと、鬼の憎めない可愛らしさを見事に表現しておられました。

 そして、やはり、能に挟まれた狂言の機能ですね。あの世(高次元)からこの世へ、一度私たちを引き戻してくれる。あのまま、あの世に連れて行かれたら、きっと本当に死者が出ますよ。

 

 

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2020.02.02

能 『弱法師・春日龍神』

Th_-20200203-113221 日は昨日とは打って変わって日本の音楽にどっぷり。

 次女の師匠である人間国宝野村四郎先生出演の、観世会定期能を鑑賞いたしました。

 昨日バッハやヴィヴァルディをたっぷり体験したおかげで、東西音楽の対比がより明瞭に感じられました。

 いやはや、どちらもすごい。ただ、最近、私が歳をとったせい(おかげ)もあると思うのですが、やはり日本の「もののね」の世界が面白くてしかたないのです。

 少なくとも、東西音楽で脳みその全く違うところを使っているし、刺激されていることがよくわかって、つまり、両者は全く違う次元で展開していることがわかって面白いのです。

 今回、野村先生シテの「弱法師」は、あらかじめそのストーリーを知った上での鑑賞でした。それは、私の「モノ・コト論」で言うと、ストーリーや言葉という「コト」をインプットした上での鑑賞。

 その「コト」がどのように「モノまね」に取り込まれていくのか、あるいは凌駕されていくのか、それを感じることができましたが、ある意味そうした意識(コト)が邪魔をして、モノの世界に没入できなかったところがありました。西洋音楽を鑑賞するように鑑賞してしまったとでも言いましょうか。

 その点、関根知孝さんシテの「春日龍神」は、その内容をほとんど知らないで臨んだために、大変な鑑賞体験となってしまいました(いい意味で)。

 いやあ、初めての体験でした。死にそうになったんですよ(笑)。眠いのとは違う。あっちの世界に連れて行かれた感じ。意識が飛んでいるのですが、寝ているわけではない。死ぬ時ってこんな感じ?という感じ。

 実は座禅をしている時に、ときどきそういう境地に至ることがあるんですよ。眠ってしまうとフラフラするじゃないですか。あるいはガクッとか。それがないんです。しっかり背筋が伸びて、微動だにしない。自分が仏像にでもなった感じ。あの感じに近かった。

 座禅というのも、そういう次元に至るためのテクノロジーというかメソッドですが、もしかすると、世阿弥という宇宙人は「能」をそういう意味で完成させたのかもしれない。単なる演劇とかミュージカルとかオペラとは違う。

 能のテーマの多くが「あの世(霊界)」とこの世との交流というのも象徴的ですね。やはり、私たちは脳波のコントロールによって高次元とつながれるのですね。

 今日は、特に囃子方の皆さんの集中力によって、私はそちらの世界に引き込まれたような気がしました。そして、何度も、半分あの世(生黄泉)で、あの大鼓が満月に見えた。なんだか分からないけれども、「なるほど!」と思ってしまったわけです。

 薬物とかいりませんよ、こりゃ(笑)。

 うん、これはバッハよりもずっと深い世界なのかもしれない。そんな気がしました。西洋音楽は楽譜にせよ、楽器にせよ、音程やリズムにせよ、「コト」を窮めて「モノ」に至ろうとしている。日本の音楽は「モノ」そのものを招こうとする。「物学(ものまね)」ですよ。

 いや比較してはいけないのかな。比較こそ「コト」の出発点ですからね。

 まあとにかく、次女はとんでもない世界に足を踏み入れてしまったなと。本人も当然それに気づいているわけですが。

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2020.02.01

ヴィヴァルディ 『4つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲』

Th_vivaldi-ono 2月の11日に横浜のコンサートに出演します。今回も5弦ヴィオラで参戦。今日はその練習がありました。

 コンサート自体、とても魅力的なプログラムです。こちらをご覧ください。

 バッハのチェンバロ協奏曲を中心に、ソロ、ダブル、トリプル、クアドラプル(数え方合ってるのかな)コンチェルトを演奏します。

 なんでも大好評らしく、すでに予約でいっぱいだそうです。ありがとうございます。

 私は5弦ヴィオラ1本で、ソロのヴァイオリンとリピエーノのヴァイオリンとヴィオラのパートを兼任します。なんとも複雑な感じですが、実際演奏していても混乱してしまいます。弦を1本間違えたり、ト音記号をハ音記号読みして、3度低い音を弾いてしまったり(笑)。

 ソロを弾くのはヴィヴァルディ。錚々たるソリストの中にまぎれて、セカンドのソロを担当させていただきます。楽器も含めてなんちゃっての私をこのように温かく迎えてくださるプロの皆さんに感謝です。

 さて、この曲、今までにもチェロ以外ほとんどパートを弾いたことがあるのですが、何度も弾けば弾くほどにその魅力に気付かされますね。あの時代、いきなりこの曲を聴いたら、それはそれはショックだったことでしょう。バッハがチェンバロ協奏曲として編曲したくなるのもわかります。

 4本のヴァイオリンとチェロがソロ楽器というだけでもかなり革命的ですよね。テーマや曲想も当時としては画期的で挑戦的。特に今回すごいなと思ったのは2楽章というか早い楽章に挟まれた部分(ラルゴ-ラルゲット-アダージョ-ラルゴ)です。めちゃくちゃ未来的なサウンドですよね。何を表現しているのか、この時代になってもよくわかりません(笑)。

 ということで、今日はこの演奏でお聴きください。私たちの演奏とは似ても似つかないものですが、これはこれで面白いと思います。1stソロの方、私とある意味キャラがかぶってますな(笑)。

 

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