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2020.01.16

防寒フェイスマスク

Th_616mtadhaal_ac_sl1000_ 100円ショップで似たものを400円で買いました。

 私はこれを裏返して使います。なんで?

 それは寝る時に使うからです。寝る時にこれを裏返してかぶるのです。変ですよね(笑)。

 というわけで、今日のおススメはほとんどの人に関係のない内容です。

 そう、私はスキンヘッドなので、冬寝る時寒いんですよ。ウチのような寒冷地ですと、まじで頭が寒くて眠れない。

 そこで帽子をかぶるわけですが、これがなんでも良いわけではない。

 ようやく到達したベストな帽子がこういうタイプというわけです。

 まあ、なんとなく想像できますよね。頭から顔、肩を覆ってぽかぽかという雰囲気は。

 で、なんで裏返しなの?

 これはホント、やってみなきゃ分からなかったわけですが、たとえば普通のニットの帽子とかだと、朝起きた時に、私の頭にニットの模様が刻み込まれるのですよ(笑)。ほとんどホラーです。

 特に歳をとってですね、頭皮に柔軟性がなくなりますと、そのついた跡がなかなか消えない。そのまんま学校に行くはめになるわけです(笑)。そうすると生徒に笑われるわけですね。

 では、こういうフリースタイプならいいだろうと思いますよね。模様ありませんから。

 それが、なんと、今度は裏地の縫い合わせの部分があるので、それがしっかり刻印されてしまうのです!

 ですから、基本的にでっぱりのない表側を頭皮に当てるために「裏返す」というわけです。

 なんともマニアックな、またピンポイントな、どうでもいい情報でスミマセン。

 実は四季を問わず、いかなる時にも、髪の毛のありがたさを感じるのですよ、スキンヘッドにしてみると。

 楽なのはシャンプーをしなくていいところだけでしょうか(笑)。以上。

 

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2020.01.15

追悼 ケンドー・ナガサキさん

Th_ihttps3a2f2fseximgjp2fexnews2ffeed2ft た、偉大な昭和のレスラーがお亡くなりになりました。

 ケンドー・ナガサキさんこと本名桜田一男さん。

 ナガサキさんが残した名言。「さよならムーンサルトプレス」で素晴らしい武藤敬司論を書いた福留崇広さんの「プロレスラーとして1番大切なことはなんですか?」という質問に、ナガサキさんが答えた言葉。

1,シュートに強いこと。なめられないために本気の喧嘩でも負けではいけない。そのために道場で練習する。

2,相手の気持ちがわかる。相手が次に何をやってくるか、やってほしいのかを察する。

 これは実は、どんな仕事にも当てはまる必須能力です。まるで相反するような二つの内容ですが、これこそ荒魂(あらみたま)を内包した和魂(にぎみたま)です。

 これをまさに体現していたのがケンドー・ナガサキさんでした。たとえば、血気盛んな若武者だった前田日明とのこの試合は、本当に今見ても感動的です。ある意味器用で、ある意味不器用な前田を、殺さず生かして試合を成立させている。

 

 

 このような実力と精神性を武器に、「剣道」「長崎」という、日本の歴史を象徴する名前を背負って、単身アメリカで名を挙げた桜田一男さん。武藤選手が師と仰ぐのは当然ですね。心より尊敬いたします。そして、ご冥福をお祈りします。

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2020.01.14

『未来を動かす』 バシャール × 安藤美冬 (ヴォイス)

Th_51a7m5zqdfl の本で、宇宙人バシャールと対談している安藤美冬さんにお会いしました。

 とっても清らかな魂をお持ちの素敵な方でした。

 そして、この本をいただきました。読んでみてびっくり。私の知っている情報ばかり。バシャール、パクったな!と思ったくらいです(笑)。

 安藤さんも、(たぶん)私のことを宇宙人だと思って会ってくれたのですが、もしかすると、バシャールの話と私の話がけっこうかぶっていると感じていたかもしれませんね(何度か涙を流していらっしゃいました)。

 ものすごく現実的に言いますと、バシャールの語ることはお釈迦様の教えに非常に近いですね。まあ、お釈迦様こそ、地球の歴史の上で最高の宇宙人ですからね。間違いありません。

 もっと冷静に言いますと、宇宙人を自称するワタクシの知識や感覚というのは、お釈迦様、出口王仁三郎、仲小路彰から吸収して出来上がっているのだと思います。それこそパクリだな(笑)。

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 安藤さんに、盛んに「発信しましょう」とお誘いをいただきました。望外の幸せです。いよいよそういう時機が到来しているのでしょう

 最近、教育をはじめ、自分が携わってきたコトどもをブチ壊したい衝動にかられて困っています。様々な間違ったコトをモノに帰して、もう一度構成しなおさなければと。

 しかし、これもまたある種の原理主義であり、究極的に言えば戦争の種ですから、やり方というのを思案せねばなりません。

 時機であるのは間違いありませんので、こんな時こそ、いろいろな方々のお知恵とお力をお借りできればと思います。

 戦いたいのではありません。言向け和したいのです。

 安藤さん!これからもよろしくお願いします。

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2020.01.13

愛国ポルノ(?)

 日、成人式を終えた娘が、大学のレポートをせっせとやっております。

 いくつかあるようですが、一つは従軍慰安婦問題に関するもののようです。

 資料として借りてきた本が、いわゆる保守派の論客の著書でして、それを読みながらギャーギャー韓国の文句をたれています。

 あれほど韓国アイドルが好きでしかたないのに、一方では国家としての韓国をコケ下ろすという、非常に興味深い心理状態になっています。

 こうした傾向は、決してウチの娘だけではなく、けっこう世の中に蔓延していますよね。

 今日、森正人さんのこんな論考を興味深く読みました。

 

「大和魂」をねじ曲げて理解する“愛国ポルノ”信者の罠

 

 ウチのカミさんなんか、自称「国防女子」とか言ってるくらいですから、けっこう愛国的なのですが、それもやはりネトウヨ情報の受け売りという感じです。愛国ポルノに片足突っ込んでるのかも。

 保守の人の中でも、たとえば「嫌韓」について否定的な人もいますね。加瀬英明さんもそんな話をしていました。

 

 

 私は両翼持って飛翔しての超「上から目線」の人間ですから(笑)、ネトウヨもお花畑リベラルも、一つの風景にしか見えません。

 一つの事象も、いろいろな視点によって様々な姿を見せますから、それぞれの片面だけを見て、それだけを信じている人たちに和解はありえませんね。

 平和と平和がぶつかって戦争になるのと全く同じ構造です。

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2020.01.12

令和

 日、中学校の推薦入試がありました。

 いつものように、私は国語の問題担当。そして、いつものように問題の本文を自分で書きます(その方がいろいろな意味で楽だし、楽しいから)。

 今年もできたてのホヤホヤの問題を解いてもらいました。いつものように、その本文を公開いたします。

 実際の問題は空欄や傍線がたくさんあります。教科書体の「令」で印刷した部分は、ここでは「(教科書体の令)」と表示します。

 

    「令和」

 あけましておめでとうございます。令和二年が始まりましたね。
 昨年の富士学苑中学校の推薦入試の問題では「平成」について書きました。今年は「令和」という年号をもとにいっしょに学んでいきましょう。
 昨年四月一日、新しい年号「令和」が発表されました。「令和」と書かれた額を菅官房長官がかかげた様子を、テレビで見た人も多いのではないでしょうか。
 「令和」という年号は、奈良時代に成立した和歌集「万葉集」の中のある文章から二つの漢字をとって作られました。
 英語で「ビューティフル・ハーモニー」と訳されたように、「美しい調和」という意味だと言います。「れいわ」という音の響きもいいですね。
 ところで、菅さんがかかげた「令和」の字を見て、なんだか変だなと思った人はいませんか。そう、「令」という字が、なんとなく見慣れない形をしていると感じた人がいるはずです。
Photo_20200114104501 実は、教科書の活字や手書きの文字の場合、ほとんどが最後の二画をカタカナの「マ」のように書きます。つまり、「(教科書体の令)」と書くのですね。
 しかし、発表された字は、筆で書かれていたのに最後の画をまっすぐ縦に下ろす形になっていました。
 ちなみに今、この文章を書いているパソコンで「れい」と打つと、「令」という形の字になります。これは、今ここで使っている書体(フォント)が「明朝体」というものだからです。
 漢字はもともと中国で使われていた文字です。中国には長い歴史がある上に、たくさんの国が入り乱れていた時代も長いので、その時代や地方によって、文字の形にもいろいろな個性が生まれました。それらをその時々に輸入して使ったため、日本にもいろいろな漢字の字体が生まれてしまいました。
 それを印刷などで使う活字にする時、明朝体では「令」、教科書体では「(教科書体の令)」としたというわけです。
 ですから、「令」と「令」、どちらも正解であって、発表された手書きの字が「令」になっていてもまちがいではありません。
 ただ今回、「(教科書体の令)」ではなく「令」という字体で発表されたことによって、私は大切なことに気づかされました。そのことについてお話しましょう。
 「令」という漢字を使った熟語として、最初に頭に浮かぶのは「命令」ではないでしょうか。実はこの「命令」には「令」が二つふくまれています。わかりますか。
 そう、「命」という字の中に「令」があるのです。ちがう言い方をすれば、「令」に「口」を加えたものが「命」ということになります。
 ここで「令」や「命」という漢字がどのように生まれたかを調べてみましょう。そうすることによって、大切なことが浮かび上がってきます。
Photo_20200114104601 「令」はもともと、冠をかぶった人がひざまずいている様子を表していました。身なりと姿勢と心を整え、神様からのお告げを聞いている姿です。それをシンプルにして文字にしたのが「令」というわけです。
 一方、「命」はというと、「令」の中にいる人が、さらにしっかり神様からのメッセージを受け止めるために器を持っている姿だと言われています。「口」は「くち」ではなくて「うつわ」なのですね。
 さて、みなさんには、ここで大切なことに気づいてほしいと思います。
 「命」も「令」も、もともとは神様のお告げを聞く私たちの姿…そして、その神様からのお告げを受けた私たちが「いのち」そのものなのです。
 これをまとめると、次のようになります。

 神様からのメッセージを聞く私たち=令=命=いのち

 「命令」というと、だれかに指図されている、やらされているようで、なにかいやなイメージがあるかもしれませんが、もともと私たちの「いのち」そのものが、神様から与えられた「使命」であり、大切な意味を持つものなのです。
 このように学んでくると、「令和」という年号にも新しい意味を見出すことができますね。
 令=命なのですから、「令和」は意味の上では「命和」と書きかえることができます。つまり、「令和」とは、私たちの命が調和する時代と言えるかもしれません。
 それぞれが与えられた命をしっかり輝かせ、それらが音楽の和音のように響き合う時代…そんなすばらしい時代が令和だと考えてみてください。なにか明るい希望の光が見えてきますね。
 昨年の問題文に『「平成」とは、「デコボコを削り落としてできあがる」、「平和・公平・平等を私たちの意志で完成させる」という意味だ』と書きました。その「平成」の時代から「令和」の時代へ、私たちの挑戦は続いていきます。
 みなさんも、平和を完成させ、それぞれの「命」を「調和」させる人になれるように、富士学苑中学、高校でがんばって勉強をしてほしいと思います。
 勉強は自分のためにするものではなく、世の中のためにするものだと、きっと神様はみなさんにメッセージを送っていると思います。

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2020.01.11

【討論】宗教・戦争・世界支配体制

 時は延期が検討された中東歴訪に総理夫妻が出発しました。

 このたびのアメリカとイランの衝突の背後には、たしかに宗教問題が存在していますが、実質的にはそういった次元の下での諍いです。

 とはいえ、宗教的に(意識するしないは別として結果として)中立であるため両国と友好関係にある日本。果たしうる役割は小さくないと思います。

 全ての宗教は原理主義です。仏教でさえ、原理主義を絶対否定するという意味では原理主義とも言えます。

 原理主義に染まった人間の脳みそを初期化するのは非常に難しい。お釈迦様はそれに挑戦したわけですが、2500年経ってもまだその目的は達成できていません。

 出口王仁三郎が「宗教がなくなるのがみろくの世」と言ったのは至言ですね。すなわち、宗教(権利主義)がなくなれば戦争もなくなる。それがみろくの世であると。

 さて、そんな折、タイムリーな討論が展開されました。はたして宗教戦争、いや宗教はなくなるのか。日本の天皇信仰は宗教を超えられるのか。

 

 

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2020.01.10

ロバート 『ナイロンDJ』

 日、チョコレートプラネットの「クイズショー」を紹介しましたが、その後我が家で同じくらい高い評価を得て、何度も鑑賞されているのが、ロバートの「ナイロンDJ」です。

 いかにもロバートらしい役割分担がお見事。このパランスがこのユニットの魅力ですね。ある意味鉄板のバランスであり、ベースがしっかりしているので、いくらでもネタが作れる感じですよね。

 秋山の天才ぶり、馬場の微妙ぶり(?)はもちろん、やっぱりここで目立つのは山本のつっこみセンスですね。一番普通の人、つまり観客側に立ちながら、絶妙のタイミングと言葉でつっこんでくれて、私たちに安心の笑いのタイミングを与えてくれる。すごいなあ。

 そういう意味では、この番組でのハナコのコントなんかはロバートがやっても絶対面白い。でも、その逆はやはり無理。このナイロンDJをハナコがやるのは難しいでしょうね。ロバートはそういう領域にまで到達しているわけです。

 それにしても、秋山の「えっ?」のタイミングは天才的ですね(笑)。芸術(伝統芸能)の域です。

 

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2020.01.09

追悼 上原正三さん

Th_33-flv20200110-164756763 ってきたウルトラマン「怪獣使いと少年」で、少年であったワタクシに多大な影響(トラウマ)を与えてくれた脚本家、上原正三さんが亡くなったとのこと。

 私の「怪獣使いと少年」体験は、現在の私を形成する大きな要素になっています。

 ご存知ない方はこちらからそのストーリーをお読みください。読むだけでも結構衝撃ですよね。

 ちょうど15年前にこのブログにも書いていました。娘たちは当時まだ5歳と3歳か。ウルトラマンマニアだった長女もあさってには成人式(笑)。まあブログもよくも毎日書いてきたなあ。

 さて、上原さんの代表作たるこの作品。音楽と静止画でじゅうぶんですね。けっこうきつい。

 

 

 全編ご覧になりたい方は、こちらで検索してどうぞ。

 1971年の放送ですから、私は7歳。かなりきついですよね。

 現在55歳になった私が、なぜか自分を宇宙人だと言い出したり、差別されたモノ、異形のモノ、敗けたモノに異様にシンパシーを抱くという、そういった心性を涵養するのに、この作品が果たした役割は小さくないと思います。

 そう、今日、能楽師を目指している次女とネットで「道成寺」を見ていたんですが、やっぱり最後、悪者として退治される毒蛇女が可哀想でしかたなくなってしまった。僧侶たちめ!とヒーローを憎む心さえ…。

 逆に言えば、単純な勧善懲悪に陥らない文化が、日本には脈々と続いているとも言えますね。神話の世界から。

 こういう心性がベースになって、偽書と言われて嘲笑される宮下文書に興味を持ったり、弾圧された出口王仁三郎のファンになったり、忘れ去られた仲小路彰を研究したりということになったのでしょうね。

 もちろん、それで良かったと思うのですから、私にとって感謝すべき上原正三さんは人生の師匠ということになります。

 そして、上原さんの師匠である金城哲夫さんですかね。こういう教育もありうるわけです。物語の、メディアのすごさでもありますし、また怖さでもあります。

 感謝と尊敬の念をこめながら、ご冥福をお祈りいたします。

 

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2020.01.08

地球は平らな球である!?

Th_00 ぜかここへ来て、地球平面説がトピックに上がっていますね。

 地球平面説は非常に古臭い「陰謀論」です。

 いや、否定的なことを言っているのではありませんよ。なんと、私も「フラットアーサー」なのですから!

 「陰謀論」と言ったのは、地球平面説が神の陰謀だからです。陰謀という言葉、なんとなく悪だくみ的なイメージありますが、見えない陰でのはかりごとだとすれば、神の意思(意志)というのは、私たちにとっては全て陰謀となります。

 「フラットアーサー」と言ったのは、私(たち)は日常においては地球は平らだと考えて(感じて)生活しているということです。そういう意味では、ほとんどの地球人はフラットアーサーでしょう。

 実は、そうした「意識」の有無こそが地球の実態(実体)を作り出しているのです。

 つまり、神の陰謀を意識した時や、日常で「地球」を意識しない時は、たしかにこの地球は平らなのです(「地球」という名称も矛盾していますが)。

 それが、科学的(学校教育的)な意識を持った時、あるいは「地球」と言われる宇宙からの画像を見た時には、地球はたしかに球になります。

 ですから、どちらが正しいとか、間違っているとかいう議論自体に、全く意味がないと私は思っています。

 それは、たとえば、私が私であることを意識したりしなかったりによって、「私」の存在のあり方が変わるのと同じです。

Edsvl4xuwaa41fo 何度も繰り返しますが、宇宙スタンダードの考え方の基本には、意識次元は物理次元よりも高次元であり、上位概念ということになります。

 地球スタンダードとしては全く非科学的だと言われるでしょうが、簡単に言えば、私たちの意識によってこの地球は平面にもなるし、球体にもなる。もっと違ったあり方もありえる。そして、それらが同時に存在しているのです。さらには地球がない状態も同時に…。

 ということで、タイトルを「地球は平らな球である」としたのであります。

 このことに関しては、いろいろ面白い話がありますので、またいつか。

世界に広がる「地球平面説」 その背景にあるものは?(CNN) 

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2020.01.07

「宇宙人は存在する、地球にいる可能性も」

Th_2020010735147657cnn0004view ギリス人女性宇宙飛行士ヘレン・シャーマンさんが興味深い発言とニュースになっていました。

「宇宙人は存在する、地球にいる可能性も」 英国初の宇宙飛行士が断言

 まあニュースになるほどの内容ではありませんが、実際に宇宙に行ったことがある人の言葉ですので、それなりの重みを感じます。

 それほどに宇宙は広く、そこに私たち以外の生命体の存在を予感するのは当然です。

 最近、やたらと宇宙人と紹介されることが多くなったワタクシ。ま、実際自分でもそう語っていますし、なんとなく皆さんも認めてくださっているんですけどね(笑)。光栄です。

 私が宇宙人であるかどうかは眉唾としても、なんとなく宇宙人からのメッセージのようなものを受信していることだけは確かなようです。

 ところで、ヘレン・シャーマンさんもおっしゃっているように、宇宙人はもうすでに地球に来ているかもしれません。来ているどころか、ずっと一緒に生活しているかもしれない。

 私はよく皆さんにお話するのですが、宇宙人が私たちと同じような姿をしている可能性は低い。大きさもそうです。ミクロスケールかもしれない。だから私たちの目には見えないかもしれない。

 たとえばウイルスはもしかすると地球外生命体かもしれませんし、あるいは私たちが親しんでいる昆虫も、もしかすると地球外生物かもしれない。

 または、宇宙人が昆虫に擬態しているかもしれない。我が家に発生する、カマドウマやカメムシももしかすると(笑)。

Th_82332705_1319341394937863_49181268239 いやいや、カマドウマやカメムシのように人間に嫌われると、生命の危険の可能性が高くなりますから、猫みたいに愛玩される動物に擬態しているかもしれない。というか、猫自体、さすがにできすぎな動物ですので、もともと地球外生物なのかもしれませんね。

 とすると、ウチなんか、地球人より宇宙猫の方が倍も棲息しているので、もうすっかり乗っ取られているということですね。まあ、仲良くやりましょうよ。

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2020.01.06

チョコレートプラネット 『クイズショー』

 よいよ仕事が始まりしたが、気分はまだお正月。

 ということで、お正月番組から心に残ったものを。

 中学校のコント部(仮)の顧問として、大変勉強になったのがこちら。皆さんご覧になりましたか?元旦夜の「笑いの王者が大集結!ドリーム東西ネタ合戦」。

 なかなかハイレベルな戦いでしたが、ワタクシ的に特に面白かったのが、チョコレートプラネットの「クイズ」ネタでした。

 いきなりの「間」で笑いを取るところあたり、なかなかツワモノ。その「間」を活かしつつ、逆に謎の英語?でリズムを作りながら盛り上げていく感じが、なんともツボにはまりました。

 こちらからご覧ください。

 このネタ自体は数年前からあるものらしく、ちょっと違ったヴァージョンも見ることができました。これはこれで面白いけれど、やはりあの謎の英語?が入った方がリズムが良くなりますね。あと最後の効果音と「間」も。つまりネタが進化しているということですね。

 何度も書いているように、お笑いというのは本当に大変です。笑いしかゴールがないわけですから。どれだけ苦しみながら私たちを笑わせてくれているのか。芸人さんを心から尊敬します。というか、退職したらお笑い芸人になりたいと真剣に思っています(笑)。

 

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2020.01.05

Postmodern Jukebox ft. Allison Young 『Mr. Blue Sky』

 

 ELOの不朽の名作「Mr. Blue Sky」を、Postmodern Jukebox がカヴァーしました。

 なるほど、こういうふうにアレンジしたのね〜。センス良い。

 Postmodern Jukebox は、ジャズ・ピアニストのスコット・ブラッドリー率いる謎の集団。ポストモダンと称しながら、モダンをレトロでやるところが面白い。

 というか、いつの時代もそうですが「温故知新」、古いものか最も新しく感じたりするものです。特に時代を超えて生き残っている古きものたちは、常に新しい。

 というわけで、このバンド、比較的新しい、私たちもリアルタイムで聞いてきた音楽を、20世紀前半の様々なスタイルで聴かせてくれるんです。

 この「Mr. Blue Sky」もよくできている。この時代だからこそ、見た目もしっかりレトロしていますよね。映像込みの時代ですから。

 それはすなわち、実際にライヴ会場に足を運ぶことを前提としたレトロな時代と、実は同じような体験を今の私たちがしているということです。

 いつも書いているように、「レコード文化」というのは、日本の「小説」と同じくらい、限定的な時代の産物なのです。

 レトロ、ヴィンテージとはいえ、素材は現代のもの、またたとえば映像や録音の技術や、場合によっては楽器も最新のもの。そこが面白いところですね。なにしろ演奏しているのは現代の若者たちですし。

 本当にいろいろな曲をいろいろな懐かしいスタイルでカヴァーしてくれていますので、とりあえずいろいろ視聴してみてください。楽しいですよ。このスタイルはもうこれ以上古くなることはないわけですから。逆に言えば、今はやっている音楽のスタイルはどんどん古くなっていく。

 優れた曲を時代の流れに埋もれさせない方法として、こういうカヴァーがありえるというのは、とっても興味深く勉強になりました。

Postmodern Jukebox YouTubeチャンネル

 

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2020.01.04

『令和の法隆寺~千四百年の伝承と聖徳太子の残響~』 (BSフジ)

20200105-125343 日本プロレスの東京ドーム大会の中継を観ながら裏番組として録画するつもりが、こっちの方を観ることに。

 プロレスが「荒魂」なら、聖徳太子は「和魂」ですね。この表裏一体が象徴的。

 法隆寺か。また行かねばならない場所ですね。

 聖徳太子。物部氏。和魂。薬師信仰…今年の私のテーマに関わることがたくさん出てまいりました。

 冒頭から、当然のごとく「以和為貴」が紹介されていました。ナレーションでは「わをもってとうとしとなす」と訓読されていましたが、ご覧のように画面では「あまないをもちてたふとしとなし」となっています。

 「アマナイ」は正しい仮名遣いでは「アマナヒ」です。室町時代の一条兼良はこのように訓点をつけております。その他にも「やはらくなる」、「やはらかなる」「やはらき」などもあり、正解はありません。そこで「わ」とそのまま音読みするようになったとも言えます。

 「あまなひ」は動詞「あまなふ」の連用形の名詞用法。「あまなふ」は「承知する」「納得する」「相手に合わせる」というような意味があります。

 私は仲小路彰説を取り、「にぎ」と訓みたいと思います。ほとんど唱えられていない説ですが、「和」は、太子が蘇我氏とともに滅ぼしてしまった物部氏の信仰対象、すなわち三輪山に坐すオオクニヌシの和魂たるオオモノヌシを象徴しているのだと。

 仲小路彰の聖徳太子伝を読むと、たしかにそうとしか思えなくなるから不思議です。この知られざる聖徳太子伝も、早く世に出したいのですが…。

 そして、この番組でも、結果として強調されることになった「薬師信仰」。つまり、「和魂」と「薬師信仰」はつながるわけです。ものすごく簡潔に言ってしまえば、健康こそが平和の礎だということです。

 まさに法隆寺が日本の世界の未来の鍵を握っているということになるでしょう。

 私自身も、今まで何度も法隆寺でたくさんの直観を得ることができました。今年はとても大切な年になりますから、必ず訪れてみたいと思います。

 最後に、この番組のエンディングにMEWの「Comforting Sounds」のBirdyによるカバーが流れていましたね。和魂の「残響」として、私の中でも時空を超えてぴったりなサウンドだと思いました。

 

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2020.01.03

【令和2年 新春特別対談】林千勝氏に聞く

 

 年早々、大変うれしいお年玉です。やはり、昨年末から何かが大きく動いていますね。

 チャンネル桜の新春特別対談で、水島先輩(静高の先輩です)が戦史研究家の林千勝さんと対談してくれました。

 そして、林さんが冒頭と最後に「仲小路彰」を紹介してくれています。それも、非常に的確に。令和2年、2020年は仲小路彰がいよいよ表舞台に出るのでしょうか。

 林さんのおっしゃるとおり、仲小路は歴史を非常に相対的にとらえ、未来的視点による歴史的必然を見据えていました。

 そして、表現は非常に文学的。そこにこそ本質が宿ります。過去の事実のみを記すのであれば、それは非文学的な文章になりますが、仲小路のようにそれが未来的因果(すなわち未来が因で現在、過去が果)として記述するなら、それは当然のごとく文学的にならざるを得ません。

 対談で語られていたように、たとえば皇室が代々和歌を詠んできたのは、そういう意味なのです。もちろん、出口王仁三郎が霊界物語を口述したり、膨大な茶碗を作ったのもそういうこと。

 令和の時代の歴史研究は、いよいよ近代西洋的な呪縛から解放され、この日本という国にかつては普通に存在した文学的歴史観、芸術的歴史観に立ち返るのかもしれません。

 この年末年始は、いろいろな方々とそのようなステージでの歴史語りをさせていただいています。元旦には皇居からお帰りになったばかりのあの方(!)とも、めちゃくちゃ濃〜い歴史を語り合いました。

 その方もおっしゃっていました。時代とともに世界の波動が確実に変わったと。

 除夜の鐘のゴーンという音とともに去ったゴーン氏の件や、年明け早々のアメリカとイランのニュースなども、未来から見ると歴史的必然なのです。はたして、未来のどんな原因が作用してこのような結果を生んだのでしょう。

 林さんのような在野の良心的な歴史研究家の方々にも、大いに期待したいと思います。私にもできることがあればお手伝い申し上げます。

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2020.01.02

松任谷由実 『ノーサイド』

 

 月二日にして、いきなり去年の話に戻ります(笑)。

 一昨日の紅白歌合戦、いろいろと見どころ聞きどころがあったわけですが、楽曲的にあらためて衝撃を受けたのが、この「ノーサイド」でした。

 今まであまり気にしたことがなかったのですが、この曲のコード進行、とんでもないですね。天才の仕業ですよ。

 松任谷正隆さんのイントロがクリストファー・クロスだ(?)というのは、まあいいとして、そこから歌への入りでまず考えられないことが起きていますね。

 コード進行をこちらで確認しながらお聞きください。

 この曲の基底となる調性はC(ハ長調)です。しかしイントロの入りもメロディーの入りもDmというコードです。実はこのDmというコードがこの曲全体を支配していると言ってもよい。CなのにDm。ここがミソ(なのにミソの音は排除される)。

 DmのドミナントであるAが効果的に使われているのももちろん、Dmを強く規定するFの音に♯がついて浮遊感を与える(プチ5度上転調する)ところもユーミンらしい。

 冒頭の同じメロディーが随所で繰り返されるのですが、微妙にコード進行を変えているあたりは正隆さんのアイデアでしょうか。いろいろな可能性に挑戦していますよね。

 かと思うと、サビはなんとF(ヘ長調)という5度下の調に転調してしまう(もちろんDmの呪縛でもある)。サビで5度下げるという荒業は、ビートルズのヘイ・ジュードの手法ですね。サビの最後には見事にCに戻るのですが、またそれをいきなりAに持っていって、またDmという不思議な世界に私たちを引き戻してしまう。

 歌の最後はちゃんとCの音で終わっていますが、そこにイントロのDmが重なって、結果としてCの音は落ち着きどころをなくしてしまう。帰るところがないんですね。

 ノーサイドという表面的には大団円なテーマの向こう側にある、決してきれい事ではすまされない悲しみというか、虚しさが、実にうまく表現されていると言えるでしょう。どこか納得いかない不安定な転調の連続とも言えます。一言で言えば「青春」。

 そうした本体のストーリーを予感させるのが、ニューヨーク・シティ・セレナーデ風のあのイントロということになりましょうか。お見事。こんな曲、今の誰に作れるのでしょうか。やはりユーミンは天才です。

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2020.01.01

あけましておめでとうございます(2020年年賀状公開)

↓click!

2020 けましておめでとうございます。

 昨年は、初めての苦難ばかりで、けっこう忙しかったなあ。反面、素晴らしい出会いもたくさんありまして、もちろん全体とすれば良い年でした。ありがとうございました。

 そして、今年はですね、東京オリンピックもありますし、私にとってもいろいろと分岐点になりそうな予感があります。頑張りますね。ぜひともご協力をお願いいたします!

 さあ、毎年恒例、山口家の年賀状のネット公開です。

 今年はけっこうマジメにふざけましたよ(笑)。家族全員の今年の目標を聞いて、ワタクシが四首の「和歌」を作りまして、百人一首風にデザインしてみました。

 百人一首風に、和歌には「歌枕(地名)」を詠み込んでみました。そこに掛詞や縁語を絡めてあります。

 私は我が家のある「富士山(鳴沢の峰)」、家内は故郷の「鳥海山(出羽富士)」、長女は大学の寮のある「武蔵野」、次女は目標である「忍の岡(上野)」。

 まあ、解釈は皆様におまかせいたします。

 

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