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2019.06.18

フィフィ・ザ・フリー 『栄光の朝』

 日の続きです。プロデューサーとして有名な村井邦彦さんですが、もともとはミュージシャン。作曲家として、けっこう多くの楽曲を提供しています。

 アルファ・レーベルでの第一弾デビューバンドとして、白羽の矢が立った「フィフィ・ザ・フリー」。その3枚目のシングルが「栄光の朝」。作曲、編曲が村井さんです。

 1969年11月の発売。ビートルズのアビイ・ロードが発売になったすぐあとですね。フィフィ・ザ・フリーは、もともとビートルズやヤードバーズなどの影響を受け、いわゆるサイケデリック・ロックを得意としていたようですが、この曲は、お聴きになってわかるとおり、アメリカのコーラス・ポップの色合いが濃いキャッチーな楽曲になっています。

 アルファは、サイケからのちのシティ・ポップ、フュージョン、そしてテクノに至るまで、本当に幅広い音楽を包含していましたが、このフィフィがすでに、そういうマルチな感覚を持っています。まあ、当時の日本人はとにかくアメリカのあらゆるジャンルを貪欲に呑み込んでいたのでしょうね。

 

 この曲、のちに山下達郎さんらが紹介し再び注目を浴びました。今、アメリカでアルファ系の音楽がウケているわけですが、その原点とも言えるのがこのフィフィであり、栄光の朝なのかもしれません。実に進んだ時代でした。

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2019.06.17

TALK ABOUT YMO 村井邦彦×川添象郎

 近、アメリカなどで日本のシティ・ポップが大人気だそうですね。本家アメリカの40年先を行っていたわけですよね。

 すごすぎますよ、当時のアルファレコード。シティ・ポップに加えて、フュージョン、そしてYMOに至るまで。

 そんなアルファレコード創設者の村井邦彦さんと川添象郎さん。お二人ともお元気ですね。川添さん、いろいろありましたが、まあいろいろあるのは元気な証拠です(笑)。

 私、今、仲小路彰の研究をしているわけですが、最近は仲小路本人よりも、その天才仲小路が「天才」と称した川添浩史(紫郎)に興味が湧いてきてしまいました。象郎さんのお父さんです。

 川添浩史さんは、仲小路の右腕としてだけでなく、高松宮さまの秘書として、また六本木キャンティのオーナーとして、ある意味派手に活動していた方ですが、その一生はまだ研究対象になっていません。昭和の裏面史の重要人物なんですがね。

 それはこれからの課題といたしまして、今日はとりあえず、象郎さんと村井さんのYMO談義を聴いてみましょう。いろいろとすごすぎる話満載ですよ(笑)。

 

 

 

 川添象郎さんにもお会いして話を聞かねばなりませんね。なんとか今年中に実現したいと思っています。

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2019.06.16

ちあきなおみ 『雨に濡れた慕情』

 日は地元オヤジバンド「JJ Paradise」のライヴにヴァイオリンで参加しました。家内がヴォーカルを務めているのですが、私はずるくて、昨日初めて練習に参加し、今日いきなり本番(笑)。

 当然初めてやる(聴く)曲もたくさんあったわけですが、いやあ、昭和の歌謡曲はみんないいですねえ。弾きながら感激していました。

 特に今回は、ちあきなおみさんの曲を何曲がやりましてね、中でも彼女のデビュー曲「雨に濡れた慕情」は素晴らしい名曲ですね。

 当然耳にしたことはありましたが、こうしてしっかりアレンジまで味わうとホントたまりません。

 なるほど、編曲は森岡賢一郎さんなんですね。昨年惜しくも亡くなってしまった素晴らしい作曲家です。森岡さんの功績はウィキでどうぞ。

 森岡さんはクラシック畑の出身。そこに加えてジャズの知識と経験がありますから、オーケストレーションはお手の物ですね。ストリングスも魅力的ですし、ベースラインも完璧。ある意味、ちあきなおみさんの空気感を決定したアレンジとも言えましょう。

 

 

 今日は観客として来ていた若いピアニストをつかまえて、「歌(名曲)のためのユニット組もう」と誘いました。名曲の歌詞とメロディーをたっぷり、しっかり伝えるコンサートをやりたいと思います。当然、この曲もレパートリーに入れますね。

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2019.06.15

椎名林檎 『三毒史』

Th_71nkhlzrynl_sl1200_  日今日と、中学生と宿泊座禅。

 般若心経も何度もお唱えしました。

 その般若心経で始まるこのアルバム。その名も「三毒史」。

 三毒とは、「貪・瞋・」。今日はこの三毒から少しでも離れられるよう、座禅をしたり、作務をしたり、読経をしたり、写経をしたりしたわけです。

 「貪」はむさぼり。「瞋」は怒り。「癡」は愚かなこと。うん、たしかに私たちは日々これに囚われていますね。

 そこから脱するために、たしかに修行という手もあります。その一方で、それらをアート作品として昇華してしまうという方法もありますね。

 文学はもちろん、音楽や美術、演劇などにおいては、実はこの「貪瞋癡」がテーマになっていることが多くありますね。

 この椎名林檎さんの新作も、そうしたアプローチの一つ。三毒の世界を物語化することによって、日常から遠ざけることに成功しています。

 特に音楽は高次元に作用するので、「解脱」の手段としては有効でありましょう(最近、それを研究しています)。

 椎名林檎さん自体が、ある意味では三毒を昇華する存在だとも言えます。何度か書いているように、ものすごく「女性性」を持っているのに、なぜか同性から嫌われず、そして異性に「やる気」を出させる存在。これは高次元ですよ(笑)。

Th_220pxthree_poisons  このたびはステキな(煩悩の塊のような)男性諸氏とデュエットしておりますが、それぞれの男性がそれぞれの三毒を抜かれている様子、また、それに対して私たち受け手もまた、妙な嫉妬から解放されているという事実。これはやっぱり「画期的」なことですよ。

 お見事。

 あっ、あと細かいことですが、Amazonの解説で、貪=豚とあるのは間違いです。貪は鶏です。つまり、貪=鶏、瞋=蛇、癡=豚が正解です。1曲目の曲名が正しいということですね。

Amazon 三毒史

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2019.06.14

俗流歴史本 vs 歴史学

Th_izawagoza  「流歴史本」の何が問題か、歴史学者・呉座勇一が語る」…という面白い文章を読みました。論者は国際日本文化研究センター助教授の歴史学者、呉座勇一さんです。

 私も呉座さんの「応仁の乱」を読み、久しぶりに(?)正統歴史学の面白さを堪能いたしました。

 一方、槍玉に挙げられている井沢元彦さんの「逆説の日本史」シリーズも、若かかりし頃さかんに読みました。

 ですから、両者がケンカするのは、あまり楽しくありません。

 この前書いた慰安婦問題や、何度も書いてきた南京の問題と一緒で、両極端がお互いに譲らず頑なになってケンカしている様子は、あまり好ましく感じられません。

 だいたい、人間の現実の生活は、事実と妄想の絡み合い、結果としてその中間に本質があるのに、かたや事実として残っているコトしか認めず、かたや自分の妄想というモノに絶対的な自信を持っていて、その「あはひ」を観るのを忘れてしまっている。

 量子論的に言うならば、この世の本質は粒子(コト)と波動(モノ)の「不二」的共存であるのに、そのどちらかしか観ていないわけですね。

 というわけで、この呉座さんの文については、それなりに納得できる反面、なんとなく味気なくも感じてしまうのでした。

 ただ、残念ながら(?)言えることは、呉座さんも井沢さんも、とっても筆力があって、そういう意味ではかなり「近い」ということです。そこは、実はとっても重要なポイントです(近親憎悪?ライバル?)。

 さてさて、出口王仁三郎や仲小路彰、さらには宮下文書など偽書の類、そして、二・二六事件にまつわる不思議な体験などに関わってきたワタクシとしては、少なくともですね、波動の情報については時空を飛び越えますので、すでにそれは「歴史学」の関知する領域ではない、ということだけは言っておきたいと思います。完全なトンデモですね(笑)。いつもスミマセン。

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2019.06.13

三沢光晴さんが亡くなって10年

Th_61hgk7ucpol_sx339_bo1204203200_  う10年ですか。
 あの日のこのブログの記事を読み返してみました。

 追悼 三沢光晴選手

 翌日の記事にも思い出がつまっています。

 三沢さんの思い出

 この2009年は、三沢さんだけでなく、志村正彦くんも突然天に召されました。天才の宿命…などという言葉ではとても納得できない、この世の不条理を強く感じた1年でした。

 あれから10年。三沢さんに関する素晴らしい記事を読みました。プロレスに興味のない方もぜひこれはお読みください。

 命を絶つことも考えた選手に届いた"ミサワの遺言"とは 没後10年、三沢光晴が遺した物

 自らがリングの上で死ぬことを覚悟していた上に、その時の対戦相手にこんな手紙を残していたとは。どれだけ人のことを思いやる人なのだろう。死してなお、この上なく優しく、責任感が強く、人を励ます…。

 同じ命日で没後110年の太宰治の遺書と並べるのもなんですが、(太宰とは対照的な)文学性すら感じさせます。

 本当に偉大な人でした。プロレスというジャンルに、初めて品格を与えた選手であるとも言えましょう。

 この10年でまた、プロレス界は変わりました。いい方に変わったと思います。三沢さん亡き後のノアも、ようやく若い世代の勢いが出てきました。

 私はこの10年、ほとんど三沢さんの試合を観ませんでした。辛かったのです。あまりに相手の技を受け続け、自らの体にダメージを蓄積していく姿を観るとなんとも言えない気持ちになってしまうのです。

 しかし、これからは上掲の「手紙」に書かれた言葉をしっかり受け止め、もう一度ちゃんと三沢さんのプロレスを観戦したいと思います。

 

 

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2019.06.12

デジタル記念館 慰安婦問題とアジア女性基金

 キ・デザキさんの「主戦場」、ぜひ観てみたいですね。

 私のことを保守派だと思っている方がけっこういます。この映画に対しても批判的だろうと。

 う〜ん、正直言いますと、保守派の方々も、またその反対の方々も、あまりに意見が極端で感情的なので、私はどちらにもシンパシーを抱けないのですよ。

 その両極端がどのように「相容れない」のかを、こうして作品としてしまい、「主戦場」と名づけてしまったデザキ監督には感心しているところなのです。もちろん、その感心は関心という程度のことであり、映画作品の価値がどうのこうのとか、慰安婦問題自体の価値とかとは、全く別次元です。

 

 ところで、慰安婦問題に関していろいろとおっしゃりたい方は、まずはデジタル記念館をしっかり読んでいただきたいですね。
 私はずいぶん前に一通り目を通しました。けっこう忘れているところもあるので、また読み返しているところです。その上で、この映画を観にいこうと思っています。皆さんもぜひ。

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2019.06.11

Orkestra 『Fly Away』

 日紹介したミック・カミンスキーが、同じくELOのメンバーだったケリー・グロウカットと組んだプロジェクト「Orkestra」。

 その「Orkestra」の隠れた名曲を紹介しましょう。まあ、聴いたことがある人はほとんどいないでしょう。かなりコアなELOファンじゃないとね。

 ジェフ・リンの裏に隠れてしまって目立ちませんが、ケリー・グロウカットのソングライティング能力はめちゃくちゃ高い。ジェフの影響もありましょうが、よく練り上げられたポップな曲をたくさん書いています。

 その代表曲がこの「Fly Away」でしょう。まずはお聴きください。こうしてYouTubeでマイナーな名曲を共有できるようになって嬉しい。

 

 

 この曲にはアンプラグド・ヴァージョンがあります。これがまた良いですね。ミックのヴァイオリンが最高。こういう伴奏が理想です。

 

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2019.06.10

Violinski 『Clog Dance』

 をヴァイオリンの道へいざなった張本人は、このミック・カミンスキーです。

 ELOのヴァイオリニスト。青いバーカスベリーのエレキ・ヴァイオリンを弾く彼は、ELOの中では比較的地味な存在でしたが、私にとってはある意味恩人です。

 めちゃくちゃ上手というわけでもないし、ロック!という雰囲気でもない。結構謙虚なヴァイオリンを弾くんですね。それがなんというか、私の中のハードルを下げてくれたともいえます。

 彼のソロ・プロジェクト「Violinski」のこのアルバムでも、期待を裏切ってあまり派手にヴァイオリンが出てきません。ちょっと拍子抜けしたことを思い出します。

 その中で、シングル・カットされた「クロッグ・ダンス」は、アルバムの中では珍しいインストロメンタル・ナンバーでありながら、やはり派手なソロなどはなし。期待を裏切るというか期待どおりというか、いつのまにか終わってしまいます。

 楽曲としては、シンプルかつキャッチーなメロディーとコード進行の名小品ですね。このTVショーでのパフォーマンスも地味でいいですねえ(笑)。

 懐かしいなあ。高校時代を思い出します。

 カミンスキーは今67歳。たぶんまだ現役で弾いていると思います。

 

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2019.06.09

『100円の恋』(安藤サクラ主演作品)

 藤サクラ主演の映画。

 うん、やっぱり安藤サクラがすごかった。この作品、安藤サクラじゃなかったら、イマイチだった。

 それから、やっぱり今になってこの作品を観るとですね、助演男優の新井浩文にとって、けっこうシャレにならない内容ですよね。いい俳優さんなのに…。やっぱり、現実生活とお芝居の世界が、ある程度重なっていないと、ああいう感じは出せないのかなあと思いました。

 そういう意味で、最近の女優、男優さんに、ある種の鬼気が感じられないのは、まあしかたないのかなあと。

 この作品は「第1回松田優作賞」でグランプリに選ばれた足立紳の脚本を映画化したものです。実は今日、この作品を観る前に、松田美由紀さんにお会いして、ちょっと映画の話なんかもしたのですが、そう、松田優作さんなんか、まさに現実生活がそのまんまお芝居の世界につながっていた。そういう天才が生まれにくい、育ちにくい、生きにくい世の中になってしまいましたね。

 その点、安藤サクラさんはすごい。見事憑依させてますね、斎藤一子を。実際の生活はどうなんでしょうか。お父さんは奥田瑛二さん、お母さんは安藤和津さん。曽祖父は犬養毅という、とんでもない血筋ですからね。

 それにしても、映画におけるボクシングという存在は面白いですよね。ボクシングの世界自体が、人間臭いドラマに満ちているので、ある意味ボクシングを映画に使うというのはずるいとも言えます。

 この作品も、ボクシングものにありがちなコテコテの展開ですので、やっぱり安藤サクラじゃなかったら、チープな作品になってしまったかもしれません。

 私だったら、「100円」ということですから、最初から最後までダメ人間しか出てこない映画にしたかもしれません。だから、途中から安藤サクラが変身していくところを見てガッカリしてしまいました(笑)。結果はどうあれ、努力する人が出てきてしまうとなあ…。

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2019.06.08

小型コードレスサイクロン掃除機 (SOWTECH)

Th_614yziobl_sl1500_ れは大ヒット!ww

 なにしろ、これが届いてから、カミさんがずっと掃除してるんです(笑)。

 ありえません。異常な集中力です。無言でいろいろなところを掃除している。

 何がいいって、ゴミがたまるカップ部分が完全透明で、猫の毛を主体とするゴミたちが、サイクロンによって、どんどん綿菓子のようになっていくのが最高なのだそうです。

 たしかに面白い。見ていて楽しいので、ついつい掃除してしまう。わかります、その気持ち。私が使おうと思っていたのに、カミさんに取られた!w

 いや、冗談抜きで、これはなかなかのスグレモノですよ。とりあえずお値段以上に機能しています。

 心配された充電稼働時間もゆうに30分を超えますので、実用上ほとんど問題ありません。吸引力は強くありませんが、それが実はちょうどよかったりする。

 最近の掃除機、やたら吸引力が強く、結果として布や紙を吸い込んでしまうということがしっちゅう起きて、それが不快だったりします。このクリーナーの吸引力は絶妙です。猫の毛、ほこり、食べこぼしなどはしっかり吸い取り、余計なものは吸い込みません。

 いろいろついてくるノズルも、まあ使い道によっては有用。一番おいしい(?)のは、先細のやつですね。狭いところにたまっていた積年のほこりを見事に吸い取って綿菓子化してくれます。

 フィルターやカップを水洗いできるのもよい。もちろんフィルター交換も不要です。稼働音も静かで、猫たちが逃げることもありません。慣れれば猫から直接毛を吸い取ることもできる?

 あとは、リチウムイオン電池含めた耐久性ですが、まあこのお値段なら、1年使えれば十分もとが取れるでしょう。

 掃除無精の方はぜひ!やはり日常のルーティーンワークには「演出」が必要なのですね。Macなんかもそうですが、使う人をやる気にさせる道具(のコンセプトやデザイン)って大切です。ちなみに私は、自分用にもう1台買ってもいいかなと思っています。

 

Amazon 掃除機 コードレス プロサイクロン 充電式 超軽量 フィルター交換不要 静音

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2019.06.07

土下座

Th_-20190610-153142 日から明日にかけて、お寺をお借りしての宿泊座禅(接心)。

 今日はホンモノの住職が不在で、私エセ坊主が指導を担当しました。

 礼法講座の講師もします。まったくエセもエセ、バチが当たるんじゃないかと心配です(笑)。

 その中で、座礼の作法も教えました。最敬礼(下座)、普通礼、浅礼(会釈)の三種類。その中で最敬礼の時に、「下座を土の上でやったらな〜んだ?」という質問をしました。

 もちろん、答えは「土下座」。そう、畳の上では土下座になりません。

 では、この田口くんのはどうでしょう。土ではありませんね。

 だいたい、この写真のように、お尻が上がっていてはいけません。いくら額を地面につけても、これでは大変失礼な礼のしかたです(苦笑)。

 それにしても、どうなんでしょうか、この「土下座」。どういう意図で土下座したんでしょう、彼は。許してもらおうと思っているのか、深い深い反省なのか、単なる謝罪なのか、自己弁護なのか、自己アピールなのか…。

 乾燥大麻の所持は、もちろん許されません。しかし正直言って、こういう人がいるから医療大麻や産業大麻まで偏見の目で見られるのです。嗜好大麻を解禁せよ!などとは申しませんが、世のため人のためになるカンナビスの可能性を潰さないでいただきたい。

 半沢直樹以来、日本の「土下座」文化が復活したようにも感じますね。おかげで土下座強要が横行して、土下座させた方が捕まって土下座せざるを得ない状況になったりしました。

 そんなこんなで、世間には「土下座」を素直に受け止めない風潮があり、今回も含めて嘲笑の対象になってしまったり、反感を買ってしまったりする場合も多くありますよね。

 まあ、いずれにせよ、生徒にも言いましたが、一生の中で一度もしたくないのが、この「土下座」ですね。結局のところ「命乞い」なのですから。

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2019.06.06

ストリーミング経済

Th_unknown1  AppleのiTunesが終わります。ダウンロード時代の終焉ですね。

 手元にストック(所有)するのではなく、必要な時にストリーミングで消費するという時代になったわけですね。

 違う言い方をすると、クラウドに共有物としてストックされているわけです。コモンズ。

 この流れを究極まで推し進めようとすると、どういうことになるか。

 「貨幣もストリーミングになる」

 おわかりになりますか?

 もうすでに貨幣の抽象化、データ化はかなり進行しています。お財布に硬貨がジャラジャラ入っている時代は終わりつつあります。

 しかし、一方で、財産の「所有」は続いてます。データ化した貨幣は、いまだに各人の「口座」に収まっています。

 これが「コモンズ(共有財産)」になると、経済システムの大変革が起きます。全ての貨幣が必要な時にダウンロードできるようになります(貯蓄はできません)。

 定額サービスです。変な話ですが、貨幣で貨幣の使用権を買うのです。

 使いすぎると「速度制限」がかかります。死なない程度のお金しか使えません(笑)。その速度制限時の金額は、ある意味ベーシックインカムともなるわけです。

 究極は、データ貨幣もなくなり、各人が「足るを知る」をベースに、必要最小限のものやサービスを使いたい時に使うというスタイルですが、そうなるには、まだまだ人類には時間が必要なようです。

 さて、この冗談のような「ストリーミング経済」。実はある星ではとっくに実現しています。いよいよ地球でもその実験が始まろうとしています(始めます)。

 

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2019.06.05

飛騨高山レトロミュージアム

Th_img_4123  日は高山におります。自由散策の時間に、いくつかの神社を巡り、最後に立ち寄ったのがここ。

 昨年は、同じ高山の老舗「高山昭和館」に行き、予想以上の充実ぶりに感動いたしました。

 その昭和館にも携わっていた方が、新たに同じようなコンセプトで昨年オープンさせたのが、こちら「飛騨高山レトロミュージアム」。


Th_img_4122  正直、私は「昭和館」の方がツボでしたが、ソフビやゲーム、アイドルの立て看板の充実度はこちらの方が上かもしれません。ゲームやパチンコを自由に楽しめたり、懐かしい学校給食を食べられたりするという「参加型」という意味でも、新しい挑戦を感じました。

 可能な限り、両方訪ねてみるのがいいでしょう。両者は少し離れていますが、高山の古い街並みを楽しみながら、その両端をスタートとゴールにしてみてはいかがでしょうか。

飛騨高山レトロミュージアム公式HP

 

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2019.06.04

追悼 青木篤志選手

Th_pro19060505030001p1  じられません。岐阜の正眼寺に向かう道中、訃報を見ました。

 純粋にレスラーとして大好きだった上に、職場の後輩の旦那さんが青木選手と親友ということもあり、あまりに突然の訃報に、ただただ「信じられない」としか言えない状況です。

 ノアから全日本へ。どちらでも団体の苦しい時に、お客さんの数が少ない地方会場でも、全力ファイト、大きな声を出して戦っていた姿を思い出します。

 現役チャンピオンの死…本当に辛くてしかたありませんが、これで永遠のチャンピオンになったのだなあと思うようにします。

 アマチュアレスリング仕込みで、関節技はもちろん、打撃、投げ技、そして受け身も見事だった青木篤志選手。本当に今のプロレス界では貴重な存在でした。

 最近で最も心に残った試合、昨年の丸藤正道デビュー20周年記念大会の「秋山・青木 vs 杉浦・原田」を改めて観戦しながら、ご冥福をお祈りしたいと思います。

 

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2019.06.03

河口恭吾 『渡良瀬橋』

Th_-20190604-220932  日の宇宙人サロンにいらしてくれたお一人が、なんと河口恭吾さん!

 男性ヴォーカリストの中では、特に高く評価していた御本人と、こういう形でお会いできるとは…不思議ですね。

 実は昨日の話の中で、波と粒に関連して、ずいぶんとずうずうしく音楽のこと、歌のことを語ってしまいました。まさに釈迦に説法。礼を失していること極まりないのですが、そんな宇宙人の言葉に、本当に純粋に耳を傾けてくださり、うなずいてくださりました。いい人だなあ…。

 最初、ご挨拶した時、思わず「カバー曲が私の好きな曲ばかり」と申し上げました。そうしたら、「たとえばどんな曲ですか?」と聞かれ、ワタクシ、本当に恥ずかしながらカッコつけてしまい、「あの、The Water Is Wideの編曲にはやられました」と答えてしまいました。まあ、本当なのですけれど、もっと素直に「渡良瀬橋」と言えばよかった(苦笑)。

 そう、河口さんの「渡良瀬橋」は絶品なのです。本当に宇宙人として宇宙一大好きなこの森高千里さんの名曲。いろいろな人のカバーがありますが、実は河口さんのこの歌唱が一番心を打ちました。お人柄が歌に表れているんですね。このたび、実際にお会いし、対話し、施術もさせていただき、心からそう感じました。

 9月1日、山梨で河口さんのコンサートがあります。この曲、生で聴きたいなあ…と、宇宙人のワガママです(笑)。

 

 

河口恭吾 公式

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2019.06.02

鎌倉宮

 日の午後は、鎌倉の友人宅において、宇宙人を囲む秘密サロン(?)が開かれました。初対面ながら波動を見事に共有くださる皆さんと、実に楽しい時間を過ごしました。

 5時間にわたり、ワタクシ宇宙人の謎の語りと施術にお付き合いくださるわけですから、いかに奇特な方々がお集まりかわかるでしょう(笑)。

 お話としては、高次元宇宙と波動および粒子の話がほとんどだったような…と書くと、まるで最先端物理学の講義のようですが、思いっきり文系な内容でした。そう、もう理系とか文系とか、そんなくだらない分裂の時代ではなく、融合の時代なのです。

 さて、その謎のサロンの話はまたいつか、というか、オフライン・サロンという、まさに波動的対話の場でなければ伝わらない、すなわち文字という粒子にしてしまっては意味がないので、ここには記しません。もし、お知りになりたい方がいらっしゃいましたら、ぜひ宇宙人を囲むサロンを企画してください。どこへでも馳せ参じます!(もちろん無料です)。

 で、午前中は、もう何十年も行かねば行かねばと思いながら、それが実現していなかったある場所に連れて行っていただきました。

Th_img_4097  それは「鎌倉宮」。護良親王の幽閉され、斬首されたところです。

 そうなんです。今回のサロンも、ずっとずっと元をたどっていくと、実は「宮下文書」に行き着きます。その宮下文書の重要登場人物の一人が、後醍醐天皇の長男、護良親王です。

 宮下文書の護良親王伝説は重層的かつ多様ですが、いずれにしても、鎌倉で幽閉されていた親王が、足利直義の命により淵辺義博によって殺められ、その首級を雛鶴姫(南の方と同一人物か)が、裏鎌倉街道(秋山村経由)で富士谷(富士吉田)に持ち来たったという物語が中心になっています。

 その宮下文書との出会い、そして都留市朝日馬場の石船神社の御首級との出会いが、のちに出口王仁三郎、さらには仲小路彰、そこからなんとCS60へとつながり、その三種の神器(?)が、総理夫妻、高城剛、そして今回のサロン企画の友人に至るまで、さまざまなご縁をつくってくださったわけでして、まったくもう、不思議とした言いようがない「物語」なわけです。

 その、ある意味原点とも言える、鎌倉宮にこのタイミングでようやく参拝できましたのも、まさに「令和」、天のオーダーが生む、融和、和合の結果ではないかと、宇宙人は勝手に思っているところであります。

 鎌倉宮は、いわゆる建武中興十五社の一つであり、すなわち、明治の南朝ブームに乗った近代の産物ではありますし、残っている「土牢」もある種の創作物でありますが、護良親王の魂、つまり「波動」はしっかりそこに息づいておりました。もうそれだけで充分です。そう感じました。

 歴史とは、史実とはまた違った次元で「今」も生き続けているのです。波動は時空を超えます。粒子(記録・コト)としての歴史ではなく、波動(物語・モノ)としての歴史こそ、ホンモノなのです。

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2019.06.01

満員御礼 『古楽器の響きで味わう モーツァルトの協奏曲と交響曲』

Th_k453n  番が一番良かった!…というコンサートは、自分としてはあまりないのですが、今日は他の出演者の皆さんのおかげさまで、本当に充実感あふれる演奏会になりました。

 素晴らしいプロのソリストの皆さんと、音楽が好きで好きでしかたないアマチュアの皆さんの「愛」が結集した奇跡の演奏でした。

 私自身、大変遅れ馳せながら、モーツァルトの天才性に気づくことになりました。今まで、ちゃんと向き合って演奏してきたことがなかったのですね。それが今回は、大曲を3曲も演奏させていただき、その細部に至るまで、じっくり味わわせていただきました。

 一言で言えば、やはり「天才」ですね。バッハの次の時代に、すでにあのような曲を書いたのですから。繊細にして過激。正直、プログレだなあと思いました。ホント今更ながらですが。

 そんな、発見、感動を、本番でも感じながら演奏できたのが、私としては良かったのかもしれません。

Th_img_4089  それにしても、フォルテピアノの大村千秋さんをはじめ、プロの皆さんが、こうしてアマチュアの私たちと一緒に音楽を楽しんでくださるのは、ありがたいかぎりです。なんともぜいたくなレッスンであるとも言えます。

 そんな感動もまた、もしかすると演奏に表れるのかもしれませんね。正確さから言えば、とてもプロの楽団にはかないませんが、おそらく音楽の感動は、そうしたことを超えたところにも存在するのでしょう(と信じたい)。

 いつもながら、企画運営をしてくださる、「大社長」曽禰さんには本当に感謝です。そして尊敬せずにはいられません。

 ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました。次はまた2月に横浜で演奏ができるかもしれません。楽しみです。

 山手バロッコHP

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