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2019.01.16

森達也監督作品 『A2(完全版)』

 日の「A」に娘もかなり衝撃を受けたようなので、続編の「A2」、それも3年前に公開された「完全版」を鑑賞しました。
 作品としては、正直こちらの方が面白かったと思います。オウムの内部というよりも、今回は外部の方に焦点が当てられた、いや、内部と外部との関係の「妙」が上手に表現されていて、それが私たちのよく知る対立と対話の物語に、ある種の興奮や赦しや癒やし、さらには滑稽さまでもが見え隠れしてきます。
 対立という濃厚な接触をしているうちに、いつの間にか友人のようになっていくというのは、よくある物語のパターン。あるいは、たとえば警察という正義が簡単に悪になってしまうという物語。
 そのあたりのあぶり出しのテクニックは見事だと思います。すわなち編集術ですね。御本人も語っていたと思いますが、森さんはかなり意識的に私たちの価値観を揺るがす編集をしています。
 私たちは、映画という時間の流れの中に囚われているうちに、しっかりマインドコントロールされている。それはまさにオウムのテーマそのものでもあるという入れ子構造。すなわち正義もまた洗脳であると。
 森さんの作品には、映画に限らず書物にしても、そういうデプログラムという逆説的な洗脳のシステムがインストールされています。
 ドキュメンタリーだからこそその効果は大きい。現実のように見せかけた「作品」なのですから、それじたいも「FAKE」です。言い方によっては悪質だとも言えます。
 そう、語弊があるのを承知で言うなら、また私自身の得意の語り口のことも棚に上げず言うなら、「正義」のふりをした「悪意」であるとも言えるのです。それもまたオウムの存在そのものに重なります。
 そういう多重構造、多義的な構造こそが、この映画、森作品の魅力であると言えましょう。私は嫌いではありません。
 それにしても、一人ひとりは皆さん、いい人ですね。オウム(アレフ)の皆さんも、警察の皆さんも、マスコミの皆さんも、右翼の皆さんも、住民の皆さんも。それが集団になるとなぜ…そこがこれらかの人類の課題なのでしょうね。

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2019.01.15

森達也監督作品 『A』

 来映画作りに関わりたいと考えている次女と鑑賞。ドキュメンタリーにこそ監督の思想が表現されるということを知ってほしかった。
 バッシングオンリーだったオウム報道の中、あえて中立という立場を取っているかのように見せつつ、結果としてこの映画は相対的にオウムを擁護する形になりました。
 オウムの人たちは純粋な青年たちであり、異常なのは世間の方であるという構図が浮かび上がるようになる。たとえ森さんがそんなことを意図していない、あくまで中立であると言っても、たとえば私のようなオウム世代の人間にとっては、自然にオウムの方にシンパシーがわき、世間に対する違和感が醸成されてしまうように、ある意味たくみに作られています。
 私は完全にオウム世代。オカルトで育ち、バブルに違和感を覚え、仏教に目覚め、正直ギリギリのところでオウムに入信しなかった人間です。いや感覚的にはギリギリとはいえ、現実的な可能性は限りなくゼロでした。なぜなら、私には出家する勇気も根性も全く欠けていたからです。
 そういう意味では今でもオウム真理教という存在や、彼らが起こした様々な事件の評価は、自分の中で定まっていません。
 そのあたりの心情はこちらにも書きました。
 彼らを単純に排除しようとするのは、まさに「殺人」と同じ行為です。出て行け、目の前から消えろ、というのは殺人と同じ発想と言えます。
 昨年、麻原を含む複数の死刑囚の死刑が執行されました。法という国家権力を借りて、ある意味私たちの「排除=殺人」が達成されました。
 さて、それで私(たち)の心の中のオウムは本当に消えたのでしょうか。

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2019.01.14

ファミリーヒストリー『堺正章~父は伝説の喜劇役者 引き継がれる覚悟~』(NHK)

Th__20190115_102320 にげなく観ていたらよく知った風景が出てきたのでビックリ。
 へえ〜、私の職場のすぐ近くに堺駿二さんが住んでいたとは!
 今回もまたNHKさんの取材力のすごさを痛感する内容でしたね。潤沢な資金と時間、優秀なスタッフのおかげでしょう。私もいくつかNHKさんの番組に出させてもらいましたが、そのたびにいろいろ感心させられてきました。民放さんは民放さんでまた違ったすごさを感じますが。
 さて、堺正章さんのお父さんである堺駿二さんが主役だった今回のファミリーヒストリー。早川雪洲の懐に飛び込み認められたというのはさすがですね。
 堺正章さんは、そんな偉大なお父さんをある意味で超えたかもしれません。それこそ父親譲りの才能もあったことでしょう。しかしそれよりなにより、堺さん父子の時代を読む力、笑いをベースにした利他精神、そしてお人柄こそが成功の要因だった。まあ、それもまた才能(タレント)ということでしょうけれど。
 堺駿二さんが富士吉田に住んだのは昭和15年とか16年とかでしょうか。当時月江寺界隈は瑞穂村が下吉田町になったばかり。戦争の影もちらつき始めていましたが、織物産業でかなり盛っていた時代です。そんなこともあって堺駿二さんは商売になると考えたのでしょう。
 戦争が始まると、下吉田の織物業は厳しい状況になります。絹織物は奢侈とされ、織機は金属として接収されていきます。そんな空気も感じたのでしょう。堺さんは昭和17年に東京に戻り役者業を再開します。
 まあそれにしても、ウチの学校(当時はまだありませんでしたが)の目と鼻の先に昭和の名役者が住んでいたとは。面白いですね。ちなみに正章さんは戦後の生まれですから富士吉田とは直接縁はありません。
 戦後、下吉田の織物業は輸出増に伴い、ガチャマン時代と言われる隆盛期を迎えます。映画館も昭和30年台には、下吉田だけでも銀嶺シネマ、松竹館、富士国際劇場、武蔵野大映、富士映画劇場と5館が林立していました。一つもなくなってしまった今からすると信じられないですね。こんな狭い地域に5館ですよ。きっと、堺駿二さんの出演した映画もたくさん上映されていたことでしょう。
 今回の堺駿二さんの富士吉田居住情報には、ユリ・ゲラーさんの富士吉田居住情報なみにびっくりしました。

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2019.01.13

「平成」(という言葉)を振り返る…

 日は中学校の推薦入試でした。毎年のことですが、国語の入試問題は私が本文から作ります。そう、小学生が読めて問題にしやすい文章を見つけるのは非常に難しいので、それなら両方の条件を満たす文を自分で書いてしまったほうがずっと楽です。ある意味ずるい作問方法かもしれませんね。
 今年もその本文をここで紹介します。今年のテーマは「平成」です。ではどうぞ。


  まもなく「平成」という時代が終わります。「平成」という元号は、中国の古い書物の中にある「内平外成(内平かに外成る)」、「地平天成(地平かに天成る)」から取ったもので、国の内外も天地も平和でありますようにという願いがこめられていました。
 実際の平成時代は、国内外ともにテロがあったり、大きな自然災害があったりと、なかなか願いどおりにはなりませんでした。
 とはいえ、一つ前の「昭和」の時代や、その前の「大正」、さらにその前の「明治」の時代には、二つの世界大戦や日清・日露戦争などがありましたから、それにくらべれば平和な時代だったと言えるかもしれません。
 そんな「平成」を、今日は漢字の視点から見直してみましょう。
 「平」という漢字は、音読みでは「へい・びょう」と読みます。「平成」や「平行」、「公平」のように「へい」と読むことがほとんどです。ほんの少しだけ「びょう」と読む場合がありますが、みなさんの頭の中には「男女平等」などという時の「平等」という熟語しか浮かんでこないのではないでしょうか。
 一方、訓読みでは「たいら・ひら」と読みます。「ひら」と読む例としては「平泳ぎ」や「平社員」、「平謝り」、「平仮名」、そして苗字の「平井」「大平」などが浮かぶでしょうか。
 「平」という漢字は、もともと「干」の中に「八」が描かれた象形文字(実際の物の形をかたどった文字)です。
Th_159647 「干」は木を削る道具で、「八」は削りカスが飛び散る様子を表しています。古い中国の文字にはこんなものもあります。削りカスが多めですね。
 このように「平」は、道具を使ってデコボコをなくすことを意味する文字です。つまり、最初から「たいら」なのではなく、私たちが意志をもって「たいら」にしなければならないのです。
 これを「平和」にあてはめてみますと、「平和」とはただ待っていても訪れるものではない、意志をもって戦争や災害というデコボコをなくしていかなければならないということになります。
 ここで「成」の方に目を移してみましょう。この「成」という漢字は案外筆順(書き順)が難しい。みなさんは正しい筆順で書いているでしょうか。
 「成」の音読みは「せい・じょう」、訓読みは「な(る)・な(す)」です。音読みで「じょう」と読むのは、仏教の言葉である場合が多い。たとえば「成仏」です。「成就」も元々は仏教の言葉として輸入されました。
 さて、訓読みはどうでしょうか。この文章の冒頭に「内平外成(内平かに外成る)」、「地平天成(地平かに天成る)」と書きましたが、ここでの「成る」は「平」と同じようなイメージで使われています。「成」は「完成する」「できあがる」という意味です。つまり、人間が意志をもって何かをなしとげたことを意味しているわけですね。
 そうしますと、「平成」とは、「デコボコを削り落としてできあがる」、「平和・公平・平等を私たちの意志で完成させる」という意味だということがわかります。
 「平成」という元号は、昭和という時代が終わる時に考案されました。つまり、昭和の人々の願いがこめられているということですね。大きな戦争や差別、不平等があった時代だったからこその願いだと言えるでしょう。
  では、平成を生きてきた私たちは「平和・公平・平等が完成する」ように意志をもって努力したでしょうか。はたして昭和の人たちの願いをしっかり受けついだのでしょうか。
 たしかに平成は戦争のない時代でした。そういう意味では、たくさんの歴史のデコボコを平らにならしたかもしれません。しかし、一方で私たちは新しいデコボコを作り出してしまったとも言えます。
 平成を象徴するのはインターネットです。インターネットにより、私たちは世界の人たちと瞬時につながることができるようになりました。それによって便利になったこと、公平になったこともたくさんありますが、一方で、身近な人との関係が希薄になってしまったり、ぎくしゃくしてしまったりしたのも事実です。
 平成という時代は今年の四月で終わります。次の元号は何になるのでしょうか。楽しみですね。どんな願いがこめられるのでしょう。
 五月の一日に新しい時代が始まるからといって、「平成」への挑戦が終わるわけではありません。次の時代を作るのは、平成時代に生まれたみなさんです。ぜひ、本当の「平成」の精神で、平和や公平、平等を完成させてほしいと思います。


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2019.01.12

England Dan & John Ford Coley 『We'll Never Have to Say Goodbye Again』

 と1曲だけ紹介させてください。1978年、ワタクシ中学2年生の時のお気に入り。中二病極まれリ(笑)。
 実はこの曲が発表された頃、私は東京から静岡へ転校しました。人生唯一の転校です。東京の石川台中学校での1年間は友だちや先生方にも恵まれ(大村はま先生にも教えていただきました!)とても楽しく、正直転校したくなかったという記憶があります。転校する寸前にちょっとした恋などもありまして(笑)、「goodbye」がとても辛く切ないワードになっておりました。
 そんな中で、まず私の心に響いた名曲が、デビッド・ゲイツの「グッバイ・ガール」。これがいい曲でしてね。大人になって映画「グッバイガール」も観ましたが、それがまた良くて…(こちら参照)。
 そうだ、せっかくだから、「グッバイ・ガール」も紹介しましょう。おお、こんなTVショウでの演奏があったんだ。これは貴重ですね。インタビューもある。

 この「グッバイ・ガール」が全米15位になったのが4月15日。3月くらいからチャートに載っていましたから、まさにワタクシの転校にかぶっております。
 そして、4月から5月にかけてヒットしたのが、イングランド・ダン & ジョン・フォード・コーリーの「We'll Never Have to Say Goodbye Again」です。
 この曲、このたび調べてみて初めて知ったのですが、カバーなんですね。元歌の歌手は全然知らない人です。1976年の作品ということです。シンプルですがいい曲ですよね。
 これを車の中で聴いていたら、高1の次女が「いい曲だね」と言ってくれました。なんとも嬉しいですね。
 ちなみに静岡の安東中学校に転校しましたところ、そこはそこでとってもいい友だちに恵まれましてまたまた楽しい中二病ライフを味わうことになりました。音楽を聴く中でヴァイオリンも始めたりもして、今のワタクシを形成する重要なファクターが培われることになりました。
 そして、1年後、イエモンの吉井和哉くんが入学してきて、そしてそして30年後に思わぬところで再会するという…不思議なご縁も生まれてくるのでありました。
 というわけで、ごく個人的な音楽体験を紹介させていただきました。いやあ、音楽っていいですねえ。

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2019.01.11

Chris Rea 『Fool (If You Think It's Over)』

 たまた懐かしい洋楽の名曲を。これも1978年。中二病真っ只中のワタクシのお気に入りだった曲。
 当時はアメリカのヒット曲をFEN(極東放送)で聴いておりました。だからAM音質で記憶されています。こうしてきれいな音で聴くと、なんだか照れくさくなってしまうから不思議ですね。
 クリス・レアという人についても、当時は全然わからず、もちろん歌詞もわからず、声からもっとおじさんだと思っていたら、当時まだ27歳くらいなんですね。
 ウチのカミさんとは10歳くらい年が離れているので、微妙に洋楽の好みが違うのですが、この曲はなぜかお互い大好きということで一致しました。彼女はどこでクリス・レアを知ったのでしょう。私がこの曲について超リアルタイムだと知ってなぜか悔しがっていましたっけ。
 しかし、こうして久しぶりに聴いてみますと、アレンジが素晴らしいですね。たしかに曲自体は単調といえば単調です。それをここまで聞かせるのはやはりアレンジの妙でしょう。
 特にこの年になって分かったのは、ベースの素晴らしさですね。誰が弾いているのでしょう。ストリングスやサックスのアレンジも絶妙ですよね。スタジオ・ライブ映像を見てもよくわかりません。

 繰り返しますが、当時の中2ってませてましたね(自分だろ)。ブラックコーヒーとか無理して飲みながら、こんなの聴いてたんでしょうか(笑)。

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2019.01.10

Kenny Loggins & Stevie Nicks 『Whenever I Call You Friend』

 日に続き懐かしい洋楽を一曲。うわぁ、これ30年ぶりくらいに聴いたかも。これも好きだったなあ。中二の私ってホント中二病でしたね(笑)。なんだかんだ好きな曲がアダルト・コンテンポラリーです。
 いや、当時はバリバリにロックを聴いていたんですが、その合間にこういうのにも酔いしれていたんですね(笑)。今思えばこのころバロック音楽にも出会いますし、意外にジャンルを超えて音楽を楽しんでいたんだなあ…とちょっと感心したりして。
 ちなみにヴァイオリンを始めたのもちょうどこの頃です。うん、偉い!俺!www
 さて、この曲、なにしろ入りのコーラスの美しさですよねえ。今、音楽がいろいろ分かるようになってから聴いても、なかなか複雑な和声とコーラスワークですよ。
 そして、テンポアップしてからのポップさ楽しさも最高ですね。こういう男女デュエットもはやってましたね。
 ケニー・ロギンスも渋いけれども、なんと言ってもフリートウッド・マックで絶頂期だったスティーヴィー・ニックスの歌声がなんとも味わい深いですね。
 ちなみにこの詩と曲は、のちに「あなたしか見えない(Don't cry out loud)」で日本でも有名になるメリサ・マンチェスターとケニー・ロギンスとの共作です。当の二人はデュエットしていないのですが、メリサはメリサで、翌年に黒人男性歌手Arnold McCullerとレコーディングをしています。これもいいですね。こちらはあまりディスコを意識せず、よりソウルに編曲されています。こっちの方がよりアダルトかな。

 ちなみに邦題はあの頃らしく(?)「二人の誓い」でした。そうあの頃の邦題って一つの文化でしたね。けっこうハチャメチャで面白すぎます。邦題作家さんとかいたんでしょうかね。

 

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2019.01.09

Paul Davis 『 I GO CRAZY』

 日たまたま久しぶりに聴いて、懐かしさのあまり泣けてきてしまった曲がこれ。
 いやあ、便利な時代になりましてね、たとえば私にとって最も心に残っているヒットチャート、1978年のビルボード年間チャートなんかも、YouTubeでまとめて聴くことができたりする。
 ちなみに1978年の年間TOP100はこちらでご確認ください。たとえば今大流行のクイーンの伝説のチャンピオンでさえ25位ですからね。サタデー・ナイト・フィーバーがまさにフィーバーした年。ビージーズ&そのきょうだいたちが異常に活躍した年でした。
 当時はあまりディスコサウンドが好きではなかったのですが、今になるとやっぱり名曲が多かったんだなと思いますし、そうしたディスコサウンドに囲まれていたから、地味なバラードやAORにも佳曲が多いのかとも思います。
 そんな中、日本ではほとんどヒットしなかったけれども、年間12位と大健闘しているのが、ポール・デイヴィスの「アイ・ゴー・クレイジー」です。当時、40週連続チャートインの記録を作っていました。週間順位は最高7位なのに年間で12位というのも納得です。
 中学2年生だった私、こんな渋い曲が好きだったんですね(笑)。学校の廊下でなんちゃって英語で歌いながら歩いていて笑われたこともあります。
 先ほど日本ではほとんどヒットしなかったと言いましたが、数年後映画「なんとなく、クリスタル」のテーマソングになったので、その頃耳にした人たちは多かったかと思います。
 ちなみにクイーンにも同名曲がありますが、まったく別物です。「I go crazy」とは「おかしくなりそう」とかそんな感じなんでしょうか。「うつつを抜かす」、つまり夢中なイメージでしょうか。
 当時はAMラジオでこの曲を聴いてましたから、なんとなくああいう音質で記憶に記録されています。全曲聴くこともなかったしなあ。こうして聴きますと、終わり方がかなりクレイジーですね(笑)。すごい。
 最後にスタジオ・ライヴも観てみましょうか。曲から想像していたイメージと違うおっちゃんでした(笑)。

 
 

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2019.01.08

教師への夢をあきらめた学生たち…

現役教育大生のリアル 競争倍率低下時代における教育の危機
Th__20190109_170337 日の大学の先生との話の中にも、こういう話題が出てきました。その先生は教師教育学を専門に研究されている方です。
 そう、日本には「教師教育」が足りないんですよ。現場を知らない大学教員が教員を育てる。さらに現場を知らない官僚が教育行政の舵取りをしている。ヨーロッパ、特に北欧の現状を教えていただき、ますますそういう日本の状況に危機感を抱きました。
 ちなみに私はバリバリの現役教員ですが、学校の先生業は決して大変だと思っていません。逆に他の職種に比べると甘い部分が多いと思い続けてきましたので、教職がブラックだなんて全く思いません(異常なのでしょうか)。
 もちろん、ウチは私学ですし、私学の中でもウチの学校はいい環境なのでしょうね。それはありがたく思っています。
 ですから、正直内田さんの本をいろいろ読んだりして驚きました。みんなそんなにイヤイヤ先生をやってるんだと。先ほど書いたように、私にとっては全然ブラックではなく(労務形態に限らず総体としてですよ)、逆に楽しいこと、嬉しいこと、感動することに溢れている、ほかにない恵まれた仕事だと思っていたので。
 おっと、自分語りはいいとして、今回の記事はこちらです。

教師への夢をあきらめた学生たち 現役教育大生のリアル 競争倍率低下時代における教育の危機

 うん、たしかに異常なのかもしれない。教員の世界は。そして、それを変えるには行政、大学を変えなければならない。それはたしかにそうでしょう。
 しかし、なんていうかなあ、こういう発信ばかりあると、ますます教員志望の学生が減っちゃいますよね。大変だけれど充実感に満ちた仕事という側面をもっと知ってもらいたい。
 ウチの学校は特別なのかなあ。公立さんなんかはたしかにより管理するされる体制が強化されているようですね。
 それから、昔、こういう記事を書きました。この考えは今でも変わっていません!

「ブラック」はお好き?(コーヒーの話ではありません)

 ブラックコーヒーを選べない珈琲店がはたして正しいのか。それをあえて世間に問いたいと思います。
 さて、この記事の元になった動画があります。こちらのほうがよりリアルにブラック嫌いなマイルド派の皆さんの言葉を聴くことができます。もちろん、私はこの方々の意見も肯定しますよ。ぜひ対話してみたいと思います。


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2019.01.07

ハーシェルのヴィオラ協奏曲

Th_225pxwilliam_herschel01 日、たまたまある大学の先生にこの話をしました。天王星の発見などで有名な天文学者ウィリアム・ハーシェルが、実は音楽家でもあったという話。
 昔は音楽と科学は完全に同列に扱われていました。音楽が必修だったと言ってもいいでしょう。最近の学問は、哲学、宗教、芸術をやらないからダメという話をしたわけです。
 さて、そのハーシェルの音楽、話すと長くなってしまうのですが、私の人生を大きく変えてくれたんですよ。これはホントに感謝しています。
 というのは、日本ハーシェル協会というのがあってですね、その発足当時に作曲家ハーシェルを紹介する音楽会を企画したんですね。
 で、天文同好会に入っていた大学3年生だったワタクシは、当然のごとくその演奏会に行ったわけです。たぶん1984年のことです。
 その演奏会が開かれた場所が東京は東久留米の聖グレゴリオの家。すでに古楽を愛好しており、古楽器を本格的に始めようとしていた私にとっては、まさに運命の場所でした。
 なにも知らず東京の端っこの教会に着いた私は、演奏会が始まる前に大興奮してしまいました。その聖グレゴリオの家に「グレゴリオ音楽院古楽科」という古楽を勉強できる学校が併設されていたのです。
 当時としては本当に日本で唯一古楽演奏の勉強ができる場所でした。言うまでもなく、私はすぐに入学しました。それから15年近く毎週そこに通うようになったのです。
 ちなみにそのコンサートの演奏者は田崎瑞博さん、川原千真さんらの古典四重奏団(の前身?)でした。もちろん古楽器を使用。本格的な古楽器の演奏を生で聴いたのも、実はその時が初めてだったのです。めちゃくちゃ上手で、そういう意味でも衝撃的だったのを思い出します。
 天文と古楽、今でも私の重要な構成要素です。その二つのライフワークをつないでくれたのがハーシェルだったというわけですね。
 で、その時のプログラムは当時の天文ガイドを見れば分かると思います。記憶はかなり曖昧になっているのですが、中にヴィオラ協奏曲もあったような気がします。えっ?ヴィオラ協奏曲?と思った覚えがあるので。
 その後、残念ながら作曲家としてはマイナーなハーシェルの作品は録音されることもなく、なかなか聴く機会に恵まれませんでした。しかし、今は本当に便利な時代ですね。YouTubeで何曲も聴くことができます。
 今日はそのうち、ヴィオラ協奏曲全3曲を紹介します。当時なんでそんなマニアックな楽譜が手に入ったのかは、こちらに記述がありました。なるほど、そうだったのか。
 ということで、私にとってあまりに大きな意味を持つこのハーシェルのヴィオラ協奏曲。客観的には名曲とは言えないかもしれませんが、いや、私にとっては超名曲です。いつか演奏してみたいなあ。

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2019.01.06

秘境 奈良田

Th_img_3406 日、遅ればせながら初詣に行って参りました。毎年マニアックな神社を直感的に選んで参拝するのですが、今年も突然の思いつき(霊感?)で、南アルプスの秘境「奈良田」にある奈良法王神社を参拝しました。
 奈良田に行くのは学生の時以来かなあ。なにしろ奈良田と言えば国語学徒にとってはある意味聖地。完全に孤立した方言「奈良田方言」が残っている地域です。

 全くわかりませんね。秋田弁より難しい。音韻、アクセントが関西風ともいえます。西日本から来た人々が住み着いたのは間違いないでしょう。しかし、共通語「に・へ」にあたる「さ」も使われ、その点は東北方言に似ています(中世には東国で使われており、これもまた古い都言葉とも言えます)。
 奈良田という地名も、奈良時代の女帝孝謙天皇の落魄伝説から来ていますし、奈良法王神社の祭神も孝謙天皇です。孝謙天皇の父は聖武天皇、母は光明皇后。
Th_img_3413 ちなみにこの神社には、昭和62年、浩宮殿下(現皇太子)が参拝しています。今年天皇になる方ですね。なにか因縁を感じました。
 神社を参拝して、町営の奈良田の里温泉につかりました。誰もいない極上のお風呂を独占させていただきました。評判通りのぬる湯、とろ湯でリフレッシュ。
 ただ驚いたのは、奈良田についた途端、iPhoneの動作が不安定になり、しまいには全く動かなくなってしまったことです。富士山に帰ってきたらすっかり直っていましたが。なんだったのだろう。
Th_img_3417 もちろん、糸魚川静岡構造線の上ですし、また近くでリニアのトンネル掘削工事が行われていましたから、なんらかのエネルギーがうごめいていたのかもしれません。
 南アルプスを貫通するトンネル。私の予想では開通しないんだよなあ…。日本の背骨に穴を開けちゃあねえ。

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2019.01.05

地球内部に微生物の巨大生物圏

 味深いニュース。地下生物圏についての研究はここ30年くらいのことです。人間中心の科学では、なかなかこういう発想がなかったんですよね。
 過酷な環境…私たちにとってはそうでしょう。しかし、彼らにとっては、気象変動が激しく、紫外線やら放射線の降り注ぐような地上の環境の方がずっと過酷かもしれません。さらに人間が環境を破壊し、さらに戦争まで起こすとなると。
 地下生物の中には千年以上の寿命を持つものもいるらしい。ある意味安定した環境なのでしょう。
 もしかすると、もともと地下に生まれた生物が海洋に出て、そして陸に上がったのかもしれない。あるいは間違って出てしまったのかもしれない。そして過酷な環境で生き抜くために知能が発達したのかもしれない。
 そう考えると、私たち人間は最悪な負け組であるとも言えそうです。それを基準に考えて、まるで逆さまな発想で進化を唱えたわけです。
 最も古い生物圏を、最も遅く見つけたわけですね。また違った視点から見ますと、稲垣先生もおっしゃっているとおり、これこそ地球外生命の可能性につながると言えます。今までは地球人目線で、あの惑星は暑すぎるとか、寒すぎるとか、酸素がないとか、そんなことで地球外生物を否定してきた人たちもいますよね。
 そうそう、ウチのカミさんは地底人を自称(他称)していて、ワタクシは宇宙人を自称(他称)しているのですけれど、結局地底人の方が宇宙人より偉いということになりますよね(笑)。やばい。逆転してしまった。
 ある惑星にいられなくなって宇宙に飛び出してしまった宇宙人こそ、最悪の負け組ということですから(苦笑)。
 話を戻しまして、この地下生物圏の炭素量は膨大だそうです。もしかするとほとんど無尽蔵の化石燃料(と思われていたもの)は、この生物圏が生み出しているのかもしれませんね。
 なんとなくの予想ですが、さらに深いところでは、高温高圧と生命のおかげで、私たちの知らない次元での核融合のようなことが起きているような気がします。まさに灯台下暗し。自分たちの足下にとんでもない未知のエネルギー源があったりして。
 

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2019.01.04

新日本プロレス1.4 『棚橋弘至 vs ケニー・オメガ』

Th__20190105_101311 月恒例の新日本プロレス東京ドーム大会をテレビで観戦しました。
 変化に富んだ試合の並んだ良い興行だったと思いますが、やはりメインの棚橋対オメガは心揺さぶられるベストバウトでした。
 イデオロギー闘争。品格論議。プロレスらしく大きな物語を内包した試合でしたね。
 それにしても棚橋のプロレスが「クラシック」と言われる時代になったのですから、なんとも感慨深いというか、ある種のショックを感じますね。
 プロレスという日本独特の(とあえて言います)伝統芸能、相撲に代わる神事には物語がふさわしい。勝ち負け、白黒という次元を超えた物語世界がそこにあります。
 そういう意味で、伝統派の日本人棚橋と、進化派の外国人オメガとの一進一退の戦い、そして日本の薄氷の勝利こそは、まさに今の私たちが待望している物語そのものでしょう。戦後、力道山がバッタバッタとアメリカ人を倒したように…。
 伝統派、保守派の(とあえて言います)棚橋が大事にしたのは「品」。一つ一つの技に「思い」、「心」をこめる。そこに「人間性」が表れる。まさに科学や経済を超えた「保守」の価値観ですね。
 長い目で見ますと、平成という時代にはプロレスと総合格闘技の相克がありましたね。あれも保守と新自由主義の対立でした。
 結果として、こうして「物語」が勝利を収めつつあることは、次の時代への大きなヒントになると思います。
 ちなみに、オメガは外敵のように見えますけれども、実は日本人よりも日本をよく理解している、実は大変なナイスガイです。一緒にBBQした者として断言します(笑)。
 さて、オメガはこのあとどう動くのか。日本のスピリットをアメリカに持ち込むのか。飯伏もそこに帯同するのか。戦後日本の新しい日米関係の物語を紡ぐ…私はそれを期待しています。
 聖徳太子が示した日本の日本文化の真髄。輸入して成熟させお返しする。プロレスはまさにそういうモノであると感じています。

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2019.01.03

細野晴臣 イエローマジックショー2

Th_img_3375 日のYMO名盤ドキュメントに続き放送された神番組。う〜ん、すごすぎた。面白すぎました。
 そう、伝説の「細野晴臣イエローマジックショー」が、細野さん音楽活動50周年の今年の年始に復活しました!それもパワーアップして。
 昨日も書きましたが、これで紅白出ちゃったら出すぎでしたね、ホント(笑)。
 YMOが18年ぶりの一夜限りの復活。それも再び「ドテラ」で。あっそうそう、先に言っておきますが、次の復活は2020年、東京オリンピックの開会式ですよ!?
 18年ぶりのドテラRYDEENは、ちょっとテンポが遅めで、なんとも円熟味のあるあったかい演奏でした。御本人いわく「シロウトには分からない」というヘタになった加減もまた、これはこれで「味」となっていました。
 昨日書いたように、YMOってとってもアナログなのです。昨日の番組で紹介されていた「根性」。今日のほんわかRYDEENの中にも、坂本龍一さんの円熟した「根性」の指さばきを見ることができましたね。そうそう、キーボードがJUNO-6だったところも良かった!デジタルシンセだけど、なんかとってもアナログなんですよね。
Th_img_3378 そして、星野源さんとの夢の共演、「FIRECRACKER」がまた良かった。昨日も書きましたが、こうして若者たちによって若者たちにベテランのすごさが伝わることは素晴らしいことですね。これぞ文化の継承でしょう。
 その他、コントのコーナーもそれぞれ面白すぎた。小山田圭吾さんが…(笑)。ナイツや清水ミチコ・イチロウ姉弟、その他高田漣さんらライヴのメンバーたちからも、ものすごい「細野愛」が感じ取れましたね。
 そして、テレ東モヤさまとの奇跡のコラボ(笑)。まったくNHKってのは恐ろしい。ホントさりげなく深夜のBSでこういう歴史的なことをやっちゃうんだから!
 まあとにかく楽しすぎる上に感動的で、ついつい何度も見たくなってしまう神番組でした。「3」はいつなのかなあ…。それまでお三人ともお元気で!

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2019.01.02

「名盤ドキュメント」 YMO『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー(1979)』

Th__20190103_115457 晴らしすぎた!実は続く番組でまた奇跡が起きるわけだが、まあNHKというのはすごいなあと再認識。
 なるほど、細野さんが紅白に出なかったのはこれかな。年末年始出過ぎになっちゃう(笑)。
 明日記事にする続く番組イエローマジックショーとの対比がすごかったなあ。あえて本人抜きで真面目に語っておいて、本人たちはあれだから。超一流ってそうでしょう、いつも。何度も泣いてしまったよ〜。
 こちらの名盤ドキュメント、ワタクシ的にはやはり川添象郎さんが出たことがうれしかった。仲小路彰、川添浩史の流れですよ。仲小路邸でYMOの販促資料とともに象郎さんの名刺見つけたもんなあ。それから、なんと言っても、細野晴臣さんと中沢新一さんらきサイン色紙。訪問してたんですよ。
 ちなみに、坂本龍一さんは仲小路彰の名前は知らないけれども、未来学原論は覚えているとのこと。
 なんかあの時代の裏側の空気をそのまま感じることができていることに、感動というか、もうほとんど戦慄のようなモノを感じますね。
 11月の40周年の日には、サエキけんぞうのコアトーク87 『YMO40周年“1978”』に行きました。そこでも鮎川誠さんの超カッコいいトークと音源を聴きましたが、今日のこの番組でも最高のギターを披露してくれましたね。
 YMOのすごいところって、やっぱりシンセサイザーや人民服に象徴されるような、ある種のデシタル世界を前面に押し出しつつ、だからこそ見え隠れする人間性、自然性、アナログ性が売りになっているんですね。今日分析されていたマルチトラックなんか、めっちゃ人間業の集合体だったじゃないですか。
 すごい。すごい。とにかくすごい。めちゃくちゃリアルタイムだった私ですが、あの頃はそこまで共感できなかった。違う種類の音楽聴いてましたからね。でも良かったかも。こうして大人になって、いろいろ知った上で彼らのすごさを実感できるのですから。
 今の若いミュージシャンもしっかり影響受けていて安心しました。今どきの若者は恵まれてますよね。今日も家族で車で移動中、ずっと70年代の歌謡曲と洋楽聴いてましたよ。子どもたちが聴きたいっていうんですから、私たち親もおかげで再発見できる。
 いい音楽、そして「新しい」音楽は時代を超えます。次は若者たちの「新しさ」への挑戦を聴いてみたいですね。

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2019.01.01

あけましておめでとうございます(2019年年賀状公開)

 なさま、あけましておめでとうございます。本年も今までどおりよろしくお願いします。
 今年も私は、未来から流れてきたボールをただただキャッチしながら生きていこうと思います。つまり今までどおりであります。
 一昨年、昨年はテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、YouTubeなど、メディアへの露出がたくさんありました。昨年末にもお騒がせし、ご心配をおかけしました(苦笑)。今年も懲りずにいろいろ発信していきます…というか、発信のアウトソーシングしていきます。お楽しみに。
 さてさて例年通り、我が家のおバカな年賀状を公開いたします。今年もまたギリギリ12月30日に家内と二人でやっつけで作ったものです。イノシシということで、どうしようかなあと思っていたところ、「もののけ姫」が思い浮かべられたのでパロってみました(笑)。
 原画(似顔絵)はカミさん、色塗りその他デザイン等はワタクシです。どうぞ初笑いとしてお納めくださいませ。
 あっ、ちなみにワタクシはコダマだけでなく…(以下略)。

2019a


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