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2018.12.31

今年の紅白は…

Th_img_3329 年もいよいよ大晦日。平成最後の紅白歌合戦は、なかなか良かったと思いますよ。やはり今の音楽よりも昔の音楽で盛り上がったような気もします。
 中でも、最後のサザン桑田さんとユーミンの共演は、いろいろな意味で(いい意味でも悪い意味でも)昭和から平成、そして新しい時代への時の移ろいを感じさせ、感慨深いものがありました。
 まさに「もののあはれ」。人は枯れていきますが、音楽はその生命力を失うことはありません。そのギャップですね、もののあはれとは。
 さて、個人的に、あるいは昭和世代として地味に感動したのは、ユーミンのバックバンドでしょう。林立夫さん、鈴木茂さん、松任谷正隆さん…ここに細野晴臣さんがいればなあ…ティン・パン・アレー復活だったのに。
 まあ細野さんはいろいろ忙しいし、しかたありませんね。いや、細野さんの代わりが小原礼さんですからね!ぜいたくは言えません。サディスティック・ミカ・バンドというか、尾崎亜美さんというか。
 さらに遠山哲朗さんや武部聡志さんなど、ユーミンのライヴを語る際にはずせない人たちも参加して、なんか昭和の同窓会という感じでした。
 つくづく平成という時代は昭和の残影に影響を受けてきた時代だったなと。それこそ、いい意味でも悪い意味でも。来年以降はいよいよその呪縛から解き放たれるでしょうか。その時には私の役目も終わり…ませんね(笑)。

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2018.12.30

西尾幹二氏に聞く(平成30年年末特別対談)

 年年末になりますと、来年以降の世界や日本がどうなっていくのか考えさせられます。
 私はそれほど悲観的にはならないのですが、たとえばこの西尾幹二さんなんかは、かなり厳しい展望を持っているようです。
 来年は、あえてそのようなご意見もしっかりうかがいながら、いろいろな世代をつないで前向きに行動していきたいと思っています。
 それにしても、西尾さん、一時よりもだいぶお元気になられて安心いたしました。ある意味、怒りというのは大切ですね。以前、こちらにも書きましたが、「いかり」は「いく(いきる)」は同源である可能性があります。つまり「生かり」であると。
 日本文化の中の「荒魂」というのは、まさにそのような機能を持っているのだと思います。和魂だけでは、生命は停滞します。推進力としての怒りというのはありでしょう。
 そういう意味では、最近の私には怒りが足りません。何が起きても、ある意味穏やかです。だからこそ、来年以降は何か違う動きがあるようにも予感しています。楽しみです。
 まずは年明け早々、西尾さんの「あなたは自由か」を読んでみたいと思います。最近、比較的リベラルな方に流れていたので、また本格的な保守の言葉を浴びてみたいと思うのです。

Amazon あなたは自由か
 

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2018.12.29

『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 松岡錠司監督作品

Th_91l2ml3uljl_ri_sx300_ 日はこの映画に出演しているある女優さんのお宅で楽しいひとときを送りました。たまたま、そのあと地元の民放でこの映画が放映されたのでびっくり。
 今年は樹木希林さんがお亡くなりになりましたね。この映画でガンで亡くなるオカン役を演じられているのもなんとも言えません。
 この映画は言うまでもなくリリー・フランキーさんの自叙伝的小説が原作です。私も同世代人として懐かしい風景を共有させていただきました。
 ところで、この映画と樹木希林さんといえば、日本アカデミー賞総ナメ事件がありますよね。「この結果はおかしい。組織票なのでは」「自分だったら違う映画を選ぶ」「監督に殺意すら感じた」…こんな過激な発言も、女優としてプロ意識、映画愛の表れだったと思います。
 たしかに、原作の明るさがほとんどなく、最初から最後までしんみりとしているのは私もどうかと思いました。しかし、一方で、映画は映画、原作とは別の芸術作品だと考えることもできましょう。
 単独で映画として評価するなら、樹木希林さんの演技も含めてそれなりの逸品だと言えます。
 今日お会いした女優さんも樹木希林さんを心から尊敬しておられました。あらためてご冥福をお祈りいたします。

Amazon  東京タワー オカンとボクと、時々、オトン

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2018.12.28

閉園後のライオンたちに癒やされる。

 年のことですが、年末はいろいろ溜まった仕事をこなさねばならず、妙に忙しくなります。そんな時にツイッターで流れてきた癒やし動画がこれ。
 ギャップ萌えですね(笑)。ライオンも猫ですからね。それも動物園で開園中はそれらしく振る舞っていたわけで、お互いお疲れ様っていう感じなんでしょうか。
 何年か前から時々見る動画ですが、面白いもので、だいたい忙しくて気合を入れている時にやってきて、思わず脱力させられてしまうのです。
 これは誰かの陰謀ではないでしょうか(笑)。もしそうだとすると、かなりレベルの高い最終兵器ですね〜。戦闘意欲がかなり低下します。

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2018.12.27

GUEEN 『犬のおまわりさん』(グッチ裕三's ボヘミアン・ラプソディ)

Th__20181228_101943 画ボヘミアン・ラプソディが大ヒットしています。私はまだ観てません。
 こうしてQueenの素晴らしさを若者たちに知ってもらえるのは、本当にうれしいことです。
 私は完全にリアルタイム世代です。ビートルズを通して洋楽に興味を持ち出した小学校5年生の時に「ボヘミアン・ラプソディ」がヒットしました。その時は正直よく分からなかったけれども、2年後中1の時の「伝説のチャンピオン」や「ウィー・ウィル・ロック・ユー」には完全に打ちのめされました。「世界に捧ぐ」は、今でも私にとってのベストアルバムの一つです。幸せなことですね。
 さて、そんな私たちの世代として忘れられないのが、NHKのハッチポッチステーションでのこの企画。1996年でしょうか。原曲から20年。今から20年くらい前。ちょうど中間地点にあるのがこの名パロディ。

 映画のヒットによって、この動画もたくさんの人々に見てもらえているようですね。それもまた素晴らしいことです。本家とともにグッチ裕三さんのすごさを知る良い機会だと思います。
 ちなみにこのハッチポッチMTVのシリーズはホントみんなすごいですよ。ぜひこちらから全部大笑いしてください。最後は感動に変わります!

ハッチポッチMTV


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2018.12.26

プロスピA 私的1周年

Img_3308Img_3309 は今日は私にとっての記念日でした。どうでもいい話ですよ。
 私はほとんどゲームをやらないし、やってこなかった人間ですが、実はここ1年、人生で初めて、一日も欠かさず1年間あるゲームをやり続けました(笑)。
 それはプロ野球スピリッツAです。ご存知の方、愛好している方もいらっしゃるでしょうか。
 要はスマホでやる野球ゲームです。実は、昨年末から急に野球熱が再燃したのですが、そのきっかけはこのゲームでした。
 なんで、1年前の今日、このゲームをやり出したのか、全く理由や経緯がわからないのですが、とにかくこれをきっかけに野球熱が再燃してしまった。
 昔、大洋ホエールズのファンだったし、38年ぶりにベイスターズが優勝した時もファンでしたから、今は当然DeNAが贔屓です。今年はテレビやネット中継でずいぶん試合も楽しみました。プロスピでも横浜純正でチームを構成しています。
 そんな中、高校野球では元々判官びいきしていた秋田の金足農業があのような活躍をしたり、個人的にも久しぶりにキャッチボールをしたり、とにかく2018年は自分にとって野球イヤーでした。
 というわけで、今年プロスピ1周年を迎えたわけですが、さてさてワタクシの横浜純正チームはどんな感じかと言いますと…実はちょうど数日前にチームランクがSに到達しました。記念にここに晒します(笑)。
 ご覧のように、宮崎、ロペス、山崎という主要メンバーがAランクというのが残念ですけれども、それでもここまでチームスピリットを上げてきたのは、日々の努力の賜物だと思います(笑)。
 ちなみに微課金です。無課金はさすがに無理でしたが、これからもあくまで微課金でやっていこうと思います。いやあ、野球は面白いですね。そして、よくできていますよ、このゲーム。すごいですね、日本の技術とセンス。やっぱり日本はこういうジャンルで世界をリードしていけばいいのかもしれません。環境に優しいですし。


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2018.12.25

NIERBO 100インチ プロジェクター・スクリーン

Th_img_3278 の前紹介したプロジェクターがなかなか優秀でして大変気に入っております。とにかく明るい。昼間でも薄暗い我が家では全く問題なく鑑賞できます。
 その時いっしょに買ったスクリーンがこれ。それまでは、700円のプラ段をぶら下げて、80インチで観ていましたが、どうせならともうひと回り大きい100インチにしてみました。
 たった2480円でこれなら大満足ですね。プラ段とは比べ物にならないほどきれいに映ります(てか、プラ段がひどすぎた)。シワもほとんどありませんし、取り付けも簡単(ひもでぶら下げて、下の隅もひもで引っ張る)。まだちょっとたるみがありますが、観ることに集中してしまうと全く気になりません。
 映画好きの次女も大喜び。猫はでっかい猫にびびっています(笑)。私も映画や野球、プロレス、ライヴなどを大迫力で楽しんでいます。
 それにしても、なんで皆さんこういう形でテレビを観ないのでしょうか。100インチのテレビなんか買ったら大変な金額になりますよね。ウチなんか100インチですけど、プロジェクター、スクリーン、そしてチューナー合わせて5万円以下で揃えましたよ(笑)。
 さらにプロジェクターにAmazonのFireTVを挿してありますから、映画やネット動画なども特大画面で楽しんでいます。皆さんもぜひ!

Amazon NIERBO 100インチ プロジェクター・スクリーン

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2018.12.24

観世流 『独立披露 田口亮二 渡邉瑞子』

Th_20181103112408650 動。こちらで告知していました、観世流能楽師、田口亮二くんと渡邉瑞子さんの独立披露が行われました。
 私の教え子であり、私の娘の師匠であり、人間国宝野村四郎師の内弟子であった渡邉瑞子さんが、同志の田口亮二くんとともに、このたび観世流準職分として独立いたしました。その独立披露の舞台が、銀座の観世能楽堂にて開催されたのです。
 芸の道は遠く長い。独立はその長い旅路の通過点に過ぎませんが、能楽師を志すきっかけを作り、その出立の背中を押した者として実に感慨深いものがありました。
 田口くんの若々しくも重々しい謡と舞は、敦盛の迷えるエネルギーを実に的確に表現していたと思いますし、瑞子さんの乱は猩々のある種の狂気性(それが祝祭性になる)を余すところなく表現しつくしていました。
 昨日の忘年会、いつもお二人も参加してくれるのですが、さすがに今年は大舞台前日ということで欠席でした。しかし、その会で話された「あわい」「ものまね」「もののね」「アートとサイエンス」などの全てが、この舞台に表現されていたように感じられ、昨日と今日の有機的かつミステリアスなつながりに驚嘆させられました。
 もちろん、二人の新たな船出に華を添えてくださった野村四郎先生、野村萬斎さんらの芸も素晴らしすぎました。伝統の重みと未来への無限の可能性が、「今ここ」に凝集している様子は、これぞ「能・狂言」と言うべき時空間そのものでし
 全く不思議なご縁で、ウチの娘は瑞子さんの弟子となり、野村四郎門下に入門しました。そのようなご縁もありますから、私もお二人とともに未来の「能」を創造していきたいと思っています。
 このたびは大変おめでとうございました。これからのさらなる精進に期待します。

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2018.12.23

宇宙人主催忘年会〜70年前の今日は…

Th_img_3293 年もやってまいりました天皇誕生日。ここ数年恒例になっている山口家主催の忘年会を、今年も開催いたしました。会場はいつもの、日本教育会館地下秋田料理のお店「御燗」です。
 今年は、1歳から10代、20代、30代、40代、50代、60代、70代まで、全ての世代が揃いました!そして世代を超えて次元の高い話で大いに盛り上がりました。
 今年のスペシャルゲストも素晴らしかった。一昨年は安倍昭恵さん、昨年は高城剛さんという大物をお呼びしましたが、今年はあえて次代を担う二十代の若者二人をお招きました。
 一人はここのところご縁の深い「プロ無職」るってぃ君。そして、もうひとりは今日初めてお会いしました映像クリエイター、ミュージシャン、YouTuberである山下歩君。
 二人とも既存の価値観にとらわれないライフスタイルを実現し、私たち旧世代?にもたくさんのことを教えてくれる若者です。彼らの謙虚さ、質問力、吸収力、そしてアウトプット力は本当に素晴らしい!
 そう、いつもテーマを決めずいろいろな話をするのですが、期せずして今日は「アウトプット」が重要なキーワードになりました。そういう時代が来ているのですね。日本人として何をアウトプットすればよいのか。
 今日の忘年会の内容がヒントになるかもしれません。アートとサイエンスの邂逅。再会と言ってもいいかもしれない。ワタクシ流の言い方でいえば、コトを窮めてモノに至るというやつでしょうか。
 「あわい」という言葉も出てきましたね。「間」の「あわい」です。「あふ」を語源とする言葉。日本人は境界領域を重要視する。デジタル的に分析するのではなく、中間色的な曖昧な領域に美を感じる。
 ちなみに「和え物」の「和える」はやはり「あふ」を語源としていますから、「間」=「和」とも言えますね。
 そう、天皇の譲位があり、平成から新しい御代に移りつつありますね。まさに時代の「あわい」です。
 今日、会を始めると時にお話させていただきましたが、実は今日は、あの日から70年の日なのです。
 あの日とは、そう、東京裁判によるA級戦犯(松井石根はB級)7人が巣鴨プリズンで処刑された日です。
 昭和23年12月23日、今上陛下の15歳の誕生日でした。それをもって、来年からこの日は祝日にはならないのでした。そのことを知ってほしかった。
 そういう過去の歴史をも知りながら、私たちは新しい時代を創っていかねばなりません。
 いつも言っているように、時間は未来から過去へと流れます。そういう意味では、過去はどんどん遠ざかります。禅宗では過去はカスだと言い切ります。
 しかし、過去の彼らが未来に投げたボールはまだ私たちの未来にあります。それをしっかり受け止めるのが私たちの仕事です。決して過去をなおざりにするのではありません。過去の人たちが描いた未来を忘れてはいけないのです。
 それにしても楽しい時間というのはあっという間にすぎてしまいます。時間はやはり相対的なモノですね。参加してくださった皆さん、本当にありがとうございました。来年はまた違った形でこの会を発展させていこうと思っています。

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2018.12.22

告知! 「ザ・フナイ」にインタビューが掲載されます

Th_51ykse5adpl_sx348_bo1204203200_ 縁がありまして、12月27日発売の雑誌「ザ・フナイ」にワタクシのロングインタビューが掲載されます。
 タイトルは「時間は未来から過去へと流れている」。時間の話はもちろん、宮下文書、出口王仁三郎、仲小路彰、モノ・コト論など、今までの私の人生の総決算的な内容になっています。
 インタビュアーの新谷直恵さんのおかげさまで、自分でも自分の人生を振り返ることのできる充実のインタビューになりました。文字数は約1万字です。
 錚々たる執筆者の皆様の中に紛れてワタクシごときが自説を滔々と語るのもなんですが、まあそれなりに個性的な内容になっているのではないかと思います。
 多くの皆様に読んでいただけますと幸甚です。

Amazon ザ・フナイ vol.136

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2018.12.21

観世寿夫 『俊寛』

 日紹介した御本の中で、野村四郎師も山本東次郎師もともに「すごかった」と語っているのが観世寿夫さん。天才をもってして天才と言わしめる天才。
 近代能中興の祖と言っていいかもしれない。伝統を重んじつつ、能の幽玄なる世界を論理的に言語化した。
 西洋の科学や芸術、美学にも通じていたという意味では、まさに近代的であり、世阿弥さえ実現しえなかった世界を構築したと言えます。
 文章がまたうまいんですよね。以前、こちらで記事にしました観世寿夫の舞台の動画がありましたので紹介します。
 「俊寛」です。もう説明の必要はないでしょう。おそるべしです。


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2018.12.20

『芸の心 〔能狂言 終わりなき道〕』 野村四郎・山本東次郎・笠井賢一 (藤原書店)

Th_51rjitwbv4l_sx339_bo1204203200_ 日も「ものまね」の話が出ましたが、こちらも「ものまね」、それも歴史的「ものまね」。
 こちらに書きましたとおり、私の「ものまね」の語源論は「モノを招く(招霊)」説です。これには絶対的な自信を持っています。
 この話は、ものまね芸人のホリさんにもしましたし、またこの本の著者の一人である人間国宝能楽師、野村四郎さんにもお話したことがあります。お二人とも「なるほど」とおっしゃってくださいました。
 そしてこの本を読んで、さらに確信しました。どこまでも自我(コト)を排除して他者(モノ)を招く。まさに禅に通じる「道」。終わりなき道です。
 今日ちょうど次女が野村四郎先生にお稽古をつけていただく日でした。私がこの本を通じて心から感動している言葉を、直接一対一で教えてもらっているわけですから、こんな贅沢な有り難いことはありません。ちょっとうらやましくさえ思います。
 実際、帰ってくるたびに娘はため息をつきます。「難しいけど、面白い」と。
 この能と狂言の頂点にいるお二人が、口を揃えて「終わりがない」という。命には限りがあるが、能狂言には終わりがない。だからこそ励むことができる。世阿弥も同じことを言い遺しています。
 能はサイエンスだと落合陽一くんも言ってますね。つまりサイエンスは「モノ」世界を「コト」世界に解釈し変換する役割を果たしている。芸は全く違う方法で「モノ」を「コト」にする。あるいは「コト」で「モノ」を表現する。
 よく言われるように、サイエンスとアートが、ようやくぐるっと反対から弧を描いて出会おうとしているのだと思います。
 それにしても、この「芸道」の厳しさはまさに修行ですね。日々日常から修行。楽屋も舞台の入り口。普段の所作が舞台に表れてしまう厳しさ。そして、それが今崩れつつあるという憂い。
 素晴らしい教育論としても読めました。昨日の宮台先生の本とも、実はつながるところがあります。
 巻末の「事典」も実に有用。私ももっと能狂言の世界を勉強いたします。多くの日本人に今こそ読んでいただきたい本です。

Amazon 芸の心 〔能狂言 終わりなき道〕

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2018.12.19

『子育て指南書 ウンコのおじさん』 宮台真司・岡崎勝・尹雄大 (ジャパンマシニスト社)

Th_81n1ly4wtul ンコ…と言えば、私、全国放送(水曜日のダウンタウン)で思いっきり宣言しちゃいましたね。「うんこ研究会(所属)!」って(笑)。
 そうそう、その時、私のモノマネをしてくれた神奈月さんが、先日のものまねグランプリ2018で見事優勝しましたね!つくづくすんごい人に真似してもらったものだと改めて感動しますよ〜。
 ということで、私の「ウンコ」好きは全国レベル(?)なので、この本は見過ごせません。自分のほかにも「ウンコのおじさん」がいたのか!と(笑)。
 いや、冗談ではなく、私も教育に「ウンコ」が必要だと日々実感している人間でありますが、この宮台真司さんの「ウンコ哲学」はまさに最古にして最先端の教育論であります。いやあ、やれらましたね。
Th__20181220_90451 本当に読んでいてうなずくことばかり。ここのところずっと苦しんできた、社会と自分のズレ、教育者としての悩みを解決…いや解決は全然しないのだけれど、その原因がどこにあるのか鮮明に示してくれました。すっきりした。
 この本に書かれていることは、私の「モノ・コト哲学」で言いますと、現代は「コト(自我・隨意・言語)」が「モノ(他者・不随意・非言語)」よりも重視されるようになってしまったという憂いですよね。
 そう、ウンコって、自分の中にある他者じゃないですか。ものすごい不随意な存在です。明らかに自分より強い。仕事にせよ、趣味にせよ、他の本能的行動にせよ、便意には勝てない。偉大なるウンコ様との共存こそが人生のテーマなのです。
 だからこそ、子どもたちもウンコが大好き。大人も本当は大好き。それは祭が好きなのと同じ感性です。「法外」。ウンコは法よりも強い。性よりも強いかもしれない。神よりも強いかもしれない。
 だから、私はこの年になってもウンコの哲学的研究をしていますし、実際の授業の中でも、しょっちゅう「ウンコ話」をします。生徒も当然喜びます。
 そして、「ウンコのおじさん」のウンコではない方のキーワード「おじさん」。これも大切ですね。斜めのおじさん。これって本当に大事。本当は学校のセンセーはそういうおじさんでなくてはいけません。
 「損得より正しさ」「カネよりも愛」…やっぱり「コト」よりも「モノ」の時代ですよ。「もののあはれ」とはそういう意味です。「不随意・他者性に対する嘆息・畏敬」ですから。
 いやあ、本当に勉強になりました。掛け値なしに、全てのオトナ必読本です。

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2018.12.18

ダイナマイト・キッド vs マーク・ロコ

 んだかんだちょっと忙しいので動画の紹介を。先日亡くなったの試合。
 日本では初代ブラックタイガーとして有名なマーク・ロコとの試合です。この映像は初めて観ました。
 二人ともすごいですね。日本でのタイガーマスクとの試合とは違い、派手な空中戦やトリッキーな動きはありませんが、まさに「プロフェッショナル・レスリング」と言うべき攻防を見せてくれています。
 かといって「渋い」試合ではない。観客の盛り上がりを見れば分かりますね。全体の流れ、勘所を二人が無言のうちに共有しているのでしょう。これぞプロです。
 特にマーク・ロコの基礎的なテクニックと、間合いの絶妙さは味わい深い。キッドもペースをつかめないながらも、鋭い動きで反撃を試みていますね。その緊張感、お互いを認めあっているからこその高度な攻防に魅せられます。
 二人ともレスラーとしては上背がない方ですが、それを補う技術と気迫を持っていましたね。マーク・ロコも試合中の怪我が原因で引退してしまいました。体が小さい分、二人とも無理をしていたのでしょう。この試合でも少しずつ命を削っていたと思うと、なんとも言えない気持ちになります。レスラーというのは、本当に命懸けの芸術家なのです。アスリートではありません。

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2018.12.17

シュメルツァー 『ヴァイオリン・ソナタ』

 日、お世話になっている若手ヴァイオリニスト野武大誠さんのコンサートがありました。エレクトリック・ヴァイオリンにエフェクターを駆使して、オリジナルの曲をたくさん演奏してくれました。
 それがとっても良かったのです。なんというか、私の考えているヴァイオリンという楽器の性質をよく分かっていて(すなわち音大で教えているような近代奏法ではなく)とても好感を持ちました。もちろんアドリブもふんだんに取り入れており、まさに今この場に生まれた音楽という意味でも素晴らしかった。
 そんな彼の美しい音楽を聴いていて思い出されたのが、このシュメルツァーのヴァイオリン・ソナタ。
 ウィーン出身の彼のソナタは、ドイツ語圏では初のヴァイオリン・ソナタだと言われています。当然、イタリアの影響を強く受けていますが、どこか牧歌的、すなわち民謡的というか民俗音楽的であったり、適度に技巧的であったり、言うなれば東北地方の民謡と商業的演歌の中間形のような(全然ふさわしくないたとえw)感じです。
 私はこの曲集が大好きで、時々楽譜を引っ張り出してきて弾いてみたりしています。そして、これが案外難しい。こういう味わいの音楽をどういう音色で弾くべきなのか、どういう言葉と解釈して表現すべきなのか、正直よく分からないのです。
 しかし、やはり魅力的。どこかとらえどころがない、まだまだ「モノ」的な要素を遺している音楽。たとえばバッハのような「コト」音楽とはまた違った、中期バロックの魅力があります。
 それと、先日の野武さんの音楽と印象がかぶった。つくづく私はこういう音楽が好きなのだなと再確認した次第です。
 彼のような若いヴァイオリニストがいることに心から感謝します。私にできなかったことをどんどんやってもらいましょう。

ヴァイオリニスト野武大誠 公式

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2018.12.16

富士山宝永の噴火から311年(宝永地震について)

Th_2018121600006712weather0022vie_2 ahoo!ニュースにもありましたとおり、311年前の今日、富士山が大噴火しました。
 それが最後の噴火ですから、富士山は300年以上噴火していないということになります。
 我が家では大気中のラドン濃度を観測していまして、実はこの9月からつい最近まで、異常な数値が続いていました。
 6年前に観測を始めてから、いちおう自分の中では、「50ベクレル毎立方メートル」を超えたら富士山の噴火の危険性があるので避難の準備をすると決めていました。
 それが11月に52という最高値を記録したんですよね。これはヤバイということで、避難はしませんでしたが、他のデータをより注意深く見るようにし、また多少の防災グッズを揃えたりしておりました。
 ところが、どうもこの高い数値は、富士山自身の活動というよりも、やや遠方の大地震の前兆ではないかと判断されるに至りまして、また別の観点での総合的観測を始めたところです。
 とはいえ、ご存知のとおり、311年前の宝永噴火の際にも、大きな地震を伴っております。それを今日は復習してみようと思います。
 富士山の宝永噴火の49日前、南海トラフ巨大地震が発生しています。いわゆる宝永地震です。マグニチュードは最大推定9.3。3.11を上回る規模であったと考えられます。震源は紀伊半島沖を中心とし、その範囲はかなり広かったと思われます。
 震度6以上を記録したのは、東海、近畿、四国、九州にまで及び、内陸の山梨県も震度7に近い揺れを記録したものと思われます。
 3.11の時もそうでしたが、火山の下に溜まっているマグマは、地震によって揺らされると、まるで炭酸飲料を振った時のように、多くのガスが発生して堆積が増えます。それによって、噴火が起きたり、別の地震を誘発したりします。
 3.11の4日後に富士宮震源の地震がありました。同様に宝永地震の翌日、M7.0の宝永富士宮地震が発生しています。本震によって地盤が緩んだところも多かったため、静岡や山梨で大きな被害が出たようです。
 そして、その48日後に宝永の大噴火が起きたのですが、噴火の2週間ほど前から、富士山麓では山鳴りや地響きが頻発するようになりました。これは噴火の前兆として貴重なデータです。今後予想される富士山の噴火の際にも、大きな地震や地響きが観測されることでしょう。
 世間で叫ばれているとおり、そろそろ南海トラフ巨大地震が発生してもおかしくない時期を迎えています。ということは、それに伴って富士山の噴火も当然起きると考えておいた方が良い。
 ちなみに、富士山の噴火が先で、のちに東海や東南海、南海地震が起きたケースもあるので、そちらのパターンも注意すべきでしょう。
 いずれにせよ、富士山自身の動きをしっかり捉える、そこに生活している者としては、富士山としっかり対話するということが大切だと考えています。そして、何かあったら報告いたします。


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2018.12.15

Nakamichi デジタルカメラNC-35D

Th__20181217_101446 日は「あれっ?YABERってカー用品のメーカーじゃなかったっけ」と書きましたが、今日はもっと「ジャンル違い」。
 アキバで見つけて思わず買ってしまったのがこの「Nakamichi」のデジカメ。「あれっ?Nakamichiって高級オーディオメーカーじゃなかったっけ?」ですよねえ。
 ええと、私は変なカメラをたくさん持っていまして、最近ではAGFAのデジカメがヒットでした(笑)。これもなかなか面白いデジカメだったのですが、改造中に壊れてしまいました。
 で、今回はAGFA以上の衝撃。去年発売になったんでしょうかね。アキバで新品が5000円台で売ってたので、当然のごとく購入してしまいました。これは病気だな。
 で、これはいったい何者かといいますと、アメリカで売っているMINOLTAの新型デジカメの亜流のようですね。これです。ほとんど同じものです。MINOLTAのロゴがNakamichiになっただけ(笑)。これで5000円ならけっこう掘り出し物だと思います。普通に使えます。なにしろ光学35倍ズームが素晴らしい。この軽さと短さでそれを実現しているのですから。
 あとは普通に最新の機能がついていますし、操作性も悪くない。MINOLTAのと違うところは、Wi-Fi接続ができないところですかね。まああれば便利でしょうけど、なくても困らない。
 もちろん中国製です。アメリカでMINOLTA製として販売されるわけですから、まあそれなりの品質なのではないかと思われます。
 それにしても、なんでNakamichiなんだ。こういう形で憧れのNakamichiブランドを手に入れることができるとは…若かりし頃の私は夢にだに思わなかったよなあ。
 で、この謎のブランド戦略は成功した形跡もなく、今は叩き売りされている状況です。しかし、上述したように、その性能は必要充分なので、単純に考えてかなりのお買い得品だと言えましょう。
 いろいろな意味で変わったモノマニアの方はぜひ!おススメです。

Amazon Nakamichi デジタルカメラNC-35D


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2018.12.14

YABER プロジェクター Y20

Th_71baqfx2ynl_sl1500_ れっ?YABERってカー用品のメーカーじゃなかったっけ。
 学校のICT化の一環として、教室でプロジェクターを活用するよう準備を進めています。最終的にはどんな機種を導入するか未定ですが、とりあえず安いものでいろいろ試してみようと思い購入したのがこれ。
 クーポン使って18,999円也。
 中国製はヘーキで数字にゲタを履かせますが、3800ルーメンという数字は魅力的です。実際はどのくらいなのでしょうか。
 というわけで、今日学校に到着したので早速あるクラスで使ってみました。
 おお、これはたしかに3800ルーメンありそう。明るいのです。3200ルーメンのBenQと比べても断然明るい。珍しく看板に偽りなしなのでしょうか。
 画質もいい。そして音質もBenQの比較にならないほどよい。HDMI入力も二つあって便利。デザインもまあまあ。軽さもまあまあ。
 始動も終了も早いしリモコンの動作も普通(不思議なデザインですが)。
 ただ、一つ大問題なのが台形補正。手動と書いてあったので、ちょっと不安だったのですが、これはたしかに手動だ。ただレンズが傾くだけのようです。よって、補正するとピントが全体として合わなくなる。上を合わせると下が合わず、下を合わせると上が合わない。
 非常に原始的なキーストンなため、正直使い物になりません。正面から映すしかないわけですが、それだと当然じゃまになりますよね。ここは値段相応ということでしょうか。まあ、教室で使う分には対して問題にはなりませんが。
 あと、BenQだと単焦点なので教卓を動かさずに黒板にそれなりの大きさで投影できますが、こいつは机を1メートルくらい下げないといけない。まあ、ただ下げればいいんですけどね。
 それでもこの明るさは素晴らしい。教室の電気をつけたままでも全然大丈夫ですし、黒板に投影しても案外よく見えます。もちろん模造紙をマグネットかなにかで貼って簡易スクリーンにすれば完璧です。
 各教室にディスプレイを導入したりするより、格段に予算が削減できます。セッティングには3分しかかかりませんし。パソコンやiPhoneをさっとつないで、写真や動画を見せることができます。簡単ですよ。
 近いうちに教員対象の研修をして、大いに使いこなしてもらいたいと思っています。こういう時代ですからね。生徒の食いつき&理解が違いますよ。先生たちも殻を破らねば。

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2018.12.13

「ゆとり教育~戦後最大の教育改革~」 (アナザーストーリーズ 運命の分岐点)

2002年に始まり2011年で終えたゆとり教育は成功だったのか失敗だったのか

 当に最近悩んでいます。悩むじゃないな迷うかな。
 子どもたちは千差万別。彼らに画一的な教育を施すこと自体に無理があり、そういう意味では、「正しい」「間違い」「成功」「失敗」という判断もありえません。
 そんなことは分かっているのですが、なにしろ現場でそれなりに自信をもって仕事をしなければならない立場ですので、本当に苦しい。
 まあ、どんな仕事も同じでしょうね。しかし、教育は、目の前で結果が出るわけではなく、その成果が数十年後に出ることも多いですし、いや、もう数十年後ともなると、大昔の教育の成果なのか、その後の様々な体験の成果なのか、全く分からないというのが事実です。
 ですから、「ゆとり」も、ある種の生徒には良かったけれども、ある種の生徒には良くなかったという話になってしまいます。 
 というか、「ゆとり」の成否を問うよりも、「ゆとり」と「つめこみ」しかない、両極端に振れまくる教育行政に問題があると考えるべきでしょう。現場はそれこそ振り回されまくってきました。
 ただ、どうでしょう。私も渦中では否定的にとらえていた「ゆとり」、それを経たいわゆる「ゆとり世代」は、今、二十代、三十代になって、なかなかいい人生を送っていますよね。
 最近、私はその世代との交流が楽しくてしかたない。なんだか、自分と価値観が合っているんですよ。私が若いとか、ゆとってるとか、そういう意味ではなく、なんていうかなあ、既存の価値観や常識、しきたりにとらわれない、ある種自由な生き方に憧れすら持つのです。
 「つめこみ」世代には、正直あんまり面白い人たちがいないのですから、あくまで私のフィーリングの中では、「ゆとり」は意味があったような気がします。
 この番組の最後に、「ゆとり世代」の代表として、はじめしゃちょーがいいこと言ってますよ。ゆとりで学んだことは覚えていないけれど、こういう核心に迫ることをさりげなく言えて、そして楽しく現代を生き抜いている彼なんか、やっぱり「ゆとり」の寵児なんでしょうね。素晴らしいと思います。

「結局AIとロボットだと考えつかないようなことができるのが人間だと思うんで、もしそこの能力をのばせるのが「ゆとり教育」だったとしたら成功だったのかと思います」

 それにしても、寺脇研さんの語る裏話も面白かったな。さて、次の教育改革はどうなるのでしょう。なんだか意味の分からない、具体性のない言葉が並んでいます。それが、逆にいいのかも…。

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2018.12.12

「災」

149d40 年の漢字は「災」。たしかに災害の多い年でした。平成は災害が多かったような気がしますが、実際には昭和も大正も明治も同等の災害はたくさん発生しています。
 平安時代の記録など見ると、もっともっと大変でしたよね。高温、台風、地震、大雨、大雪…ただ、たしかに大きなサイクルが連続して発生するサイクルに入っていることはたしかなようです。
 もちろん、これは宇宙レベルで見れば異常でもなんでもありません。災害というのもあくまで人間にとっての災害でしかありません。
 ところで、この「災」という漢字ですが、わかりやすくいうと、「川」と「火」が組み合わさった字です。上の三つの「く」は氾濫した川の様子を表しています。上の古字には、三つの「く」に横棒が入っていますよね。何か妨げるものがあって、流れが曲がってしまっているのです。
 もともとはそれだけの字だったようですが、その後、「火」が加えられ、水と火の異常事態を表すようになりました。
 陰陽五行説の「木・火・土・金・水」の中で、特に暴力性があると考えられていたのが「水」と「火」だったわけです。「水火(すいか)」という言葉もありますね。また、これはこじつけですが、「火水」で「かみ(神)」と読ませることもあります。
 そうした、人間にとっての「モノ(不随意)」をコントロールするのが「みコト(天皇)」の役割でもあります。来年に迫った譲位にもそのような意味があるのです。
 天災は忘れた頃にやってくる…不可避なモノだからこそ、常に意識(コト化)して小難を無難に、大難を小難にすることが重要なのでしょう。
 

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2018.12.11

「六城」「船と氷山」「激突き」ロバート秋山&友近の最新映画3部作

 近国産映画をよく観ています。しかし、国産の洋画というのは観てないなあ。なるほど、外国製の日本ブランド製品がよくあるように、日本産の洋画があってもいい。
 日本の映画は低予算でも高品質ですから、きっと世界からの需要もあることでしょう。
 (どこまで真面目に語ろうかな)
 「六城」は音楽が秀逸ですね。この原曲って最もいじられてる名曲ですよ。いくつもありますよ。そういうのだけ集めても面白いかも。
 そして、さりげなくプロレスラー潮崎豪選手が出ているところが良い(笑)。地下相撲の世界って、実は江戸時代からあるんですよね。そのあたりにスポットライトを当てる意味でも面白いかも。
 「船と氷山」は、まんまなタイトルですが、屋形船が氷山と激突するのかという疑問が残りますね。ある意味SFとも言えましょう。「大谷丸」は某豪華客船の名前にちなんでいるのですね。これも音楽が萎える(笑)。
 「激突き」では、スズキのキャリイが大活躍していますね。実際キャリイは強いですよ、いろいろな意味で。このキャリイは9代目KUですかね。あえての丸目。まさに最強です(笑)。
 私も、なんちゃって予告編だけはいくつか作ったことがあります。なるほど、洋画を国産でっていう発想はなかったかも。やってみようかな。
 相変わらずロバート秋山の自由なアイデアと、その本気の演技力には舌を巻かずにはいられませんね。

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2018.12.10

窮して変じ、変じて通ず。

20181211_160534 このところ、重い案件に関わってきました。疲れていないといえばウソになりますが、いろいろな気づきをいただいたという意味では、悪いことばかりではありませんでした。
 そう、「重い」による想定外のモノがいくつかあったのです。
 まず家内の方の親族に不幸がありました。とはいえ、結果としては大往生であり、語弊をおそれず言うなら、ある意味とても幸福な時間を提供してくれた。
 それから、まるでこちらのストレスを肩代わりしてくれたかのように、冷蔵庫とボイラーが故障しました。しかし、それもいつの間にか直っていた。不思議としか言いようがありません。
 あと、「重い」とバランスを取るためか、「軽い」ことに関して、自分の才能が爆発しました(笑)。普段では絶対にできない作品がポンポン生まれる。びっくりしました。
 そして、なんと言っても、自分が信じてきたことが生かされた、というか、生きていたのだなと実感できたことが大きかった。
 人間、やはり窮しないと変じないものなのですね。変ずるというか、生まれるというか。内在していたモノが生まれる。そして、変ずると通ず。
 結果論的に言うならば、「窮すると通ずる」ということです。困ると結果として何かが通じる。滞っていたコトに穴があき、新しいモノが噴出したり見えたりする。
 「窮して変じ、変じて通ず」とは、美濃は伊深の正眼寺元住職、昭和の名僧梶浦逸外老師の言葉です。こちらにも書きましたとおり、川上哲治さんもこの言葉を老師から聞かされたと言います。
 そう考えると、窮することも悪いことではないと。逆に窮している時こそチャンスだとも言えます。おそらく自分が変ずるチャンスでもありましょうし、自分を取り巻く環境が変ずるチャンスでもあるのでしょう。
 よく私も言うのですが、「今日はいろいろと平穏無事に終わった」ということは、昨日の自分と何ら変わっていない、成長していない証なので喜ぶべきことではないのです。
 「今日は大変だったなあ。なんとか乗り切った」という日こそ、昨日と違う自分になっているのです。
 そうしますと、いろいろなモノに感謝できます。このたびも本当にいろいろな方々に感謝しております。

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2018.12.09

SONGS 『hideが遺(のこ)したもの』

Th__20181210_143742 日録画したのものを今日観ました。
 う〜ん、なんだかこの歳になって妙に感動してしまった。正直、若い頃、hideの楽曲やギタープレイに、特別な魅力を感じなかったのですが、今頃になって何か共鳴するものがあることを感じます。
 今回のSONGSのゲストが、たまたま私の大好きな3人だったからかもしれません。吉井和哉、生駒里奈、MIYAVI。
 吉井くんも、いかにも大人になった吉井くんから見た若きhideの魅力を語ってくれたし、生駒ちゃんはhideを直接知らない世代として、そしてMIYAVIくんはある意味直接hideの魂を継ぐ者として、その魅力というかカリスマ性を語ってくれました。
 私、生のhideを観て聴いたことは一度だけ。まだ彼らが無印Xだった時、あれは1992年の1月、東京ドーム3daysの中日だったかなあ。業界の知り合いからチケットを譲ってもらい、なにげなく行ったコンサート。正直、音響もよくなく、また周囲のファンたちの狂騒で、あまり音楽を楽しめなかった記憶しかありません。
 しかし、今思えば、あのドームの異常な熱狂はすごかった。そのエネルギーの源の半分くらいはhideが作り出していたかもしれない。なぜなら、私の記憶に残っているのは、彼のかき鳴らすギターの音ばかりだから。
 ちなみに彼は私と同い年です。昭和39年生まれ。早逝してしまった同世代。
 彼が生きていたら…と考えるのは意味がないのかもしれませんが、今日番組を観て聴いていて、彼が非常に未来的な音楽をやっていたことがわかりました。時代がやっと追いついてきた。
 それは彼の生き様、哲学においてもそうです。あの頃は理解できなかった彼の社会的行動の一つひとつが、今20年を経てようやく普通のことになってきているように思います。
 さあ、21世紀のこれからの日本語のロックはどうなっていくのか、それを聴きたい衝動にかられました。私もあらためて彼の楽曲を聴き直してみようと思います。そこにきっとヒントがあることでしょう。

SONGS公式

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2018.12.08

『サマータイムマシン・ブルース』 本広克行監督作品

 日、ホームシアターにてカメラを止めるな!を家族で観ました。私は3回目。次女は2回目。家内は初めてです。
 う〜ん、やっぱり面白かった。好きだなあ、ああいうの。回収系とでも言いましょうか。
 で、回収系の名作と言えばこれでしょう。今日次女と鑑賞。これもまた面白かった。
 そう、カメ止めもこのサマータイムマシン・ブルースも、もともとは舞台作品だったんですよね。私や娘は、どうも舞台系、演劇系の映画が好きなようです。というか、基本舞台が好きなんでしょうね。
 学生、夏休み、タイムマシン…いかにもなテーマが揃っていますが、いかにもになりそうでならない、でもやっぱり後味は青春の甘酸っぱさみたいなところがいいですね。
 時間の本質、私のよく言っている「時間の流れ」の話にも通じる哲学的な部分も実はあります。そう、タイムマシン系の物語が世界中で好まれるのはですね、やっぱり過去も未来もこの現在に内在しているからでしょう。
 私は「時間」という概念というか感覚というのは、生命だけに後天的に与えられたものだと思っています。逆にいうと、時間こそが生命。そのあたりについては、今月末に出るある雑誌に載る私のインタビューでも触れています。
 最近では科学の世界でも言われていますよね。この一点に全ての過去・未来が含まれている。それも多層的に無限の可能性として存在すると。
 それを整理して認知するために、生命には「時間」の感覚が与えられたというか、生命が発明したというか、そういうことです。神様が与えてくれたのかな。非生命にとっては、常に一点でしかないわけですから。
 というわけで、この作品、もちろん単純なエンタメとしてもよくできています。いろいろな劇団が上演していることからもわかります。私も舞台で観てみたい。いや、生徒たちにやらせてもいいかもしれませんね。
 Amazonのプライム・ビデオで観れますし、YouTubeでも検索すれば、映画の全編を観ることができますよ。探してみて下さい。

Amazon サマータイムマシン・ブルース

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2018.12.07

ナイツの漫才

 週はずっと堅苦しい文章を書いていました。ようやくそれが一段落したので、全然違う文を作りたくなっていたところに、生徒から仕事の依頼が来ました。
 もうすぐ中学校の文化祭があります。昨年まではがっつり中学校担当だったのですが、今年は高校中心になったので、少し離れたところから協力させてもらっています。
 で、今日の依頼は、私が顧問(仮)をさせてもらっているコント部(仮)の台本づくりです。今年は漫才をやりたいというので、さっそく作ってみました。
 今回参考にさせていただいたのは、ナイツのボケ漫才です。掛け合いではなく、ボケの手数で勝負する系。
 とりあえず、ナイツの漫才をいくつか見て、頭のモードをそれに合わせて、内輪ネタを含む新作を一気に書き上げました。ぜひ本番を楽しみにしていてください(笑)。
 で、今日は参考にしたナイツの漫才を皆さんにも見ていただきます。うるさいしゃべくりや、動き系が多い中、私はナイツのこのスタイルはけっこう好きですね。関東の良さだと思います。落語や漫談の空気がありますね。

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2018.12.06

エイリアンはもう地球に来ているかもしれない(NASA論文)

Th_webs181206aliensthumb720xauto147 いう記事がニューズウィーク日本版に出ていました(こちら)。
 いや、もう来てますよ、ここに…というのは冗談で、実はこの記事にあるようなことを実感したことがあるんです。
 すなわち、「彼らは、ごくごく小さな超知能体かもしれない」という部分です。
 どうしても、私たちは自分たちを基準に考えてしまう。宇宙人も「人」であると思い込んでしまうのです。つまり、私と同じような大きさで、目と鼻と口と手と足があって…というように。
 そこがホンモノの「宇宙人」を見つけられない原因ともなっていますし、私のようなエセ宇宙人を、本当の宇宙人だと信用してしまう原因になる(笑)。また、上の写真のような宇宙人像を想像してしまうわけです。
 私がその固定観念から解き放たれたのは、小型のUFOを目撃してからです。

小型UFOに遭遇!

 今でも毎日、その目撃現場を通りますが、あれから二度とUFOは現れません。期待しているのですが。
 あれを目撃してから、なるほど、もしかすると宇宙人はとっても小さいかもしれない、UFOというと大きなモノが空を飛んでいるというイメージがあるけれども、そうとは限らないなと実感したのです。
 もちろん、あれは宇宙人の無人ドローンかもしれません。そう、あの時、あるUFO研究家に報告したら、ああそれは無人偵察機だねと言われました。私を調査しているのだとか(笑)。
 いや、なんとなくですが、私はあれは無人ではなかったような気がするのです。なんとなく機内の宇宙人と目が合ったような気がした(笑)。
Th_img_3220 とすると、彼らはとっても小さいわけで、そうすると、彼ら単独ではなかなか見つからないだろうなと。もしかすると虫とか鳥とかに擬態しているかもしれないし。
 そう、猫とか、鳥とか、虫とか、もしかすると全部宇宙人?かもしれませんよ。ウチなんか、猫星人?にすっかりやられてますよ(笑)。

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2018.12.05

追悼 ダイナマイト・キッド選手

 しい報せ。私にとっても最強外国人レスラーだったダイナマイト・キッド。タイガーマスクは彼なくしてはありえませんでした。すなわち、今の日本のプロレス、格闘技、さらにアメリカのプロレスもなかった。
 それほど偉大なるレスラーでした。
 この「アナザーストーリーズ」は2年前に放送されたものです。この映像だけでもかなり衝撃でした。しかし受け止めるしかない、とにかく少しでも長く幸せな人生を歩んでほしいと思っていましたが、そんな願いも今ははかないものとなってしまいました。残念です。
 しかし、しかし、彼の偉大な魂は不滅です。彼を尊敬し、愛するファン、若いレスラーたちが、彼の崇高な魂をこれからずっと引き継いでいってくれるものと思います。
 本当に命を懸けた闘いを見せてくれたキッド。私の青春時代の大切な風景を作ってもくれました。そして、今もプロレスファンでいます。心から感謝し、またご冥福をお祈りします。
 60歳の誕生日に亡くなるなんて、まるで小津安二郎ですね。天才の人生の終え方なのでしょうか。

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2018.12.03

【討論】グローバリズムは衰退したのか?

 みません、お騒がせしております。とっても忙しい状況です。家に帰ると疲れ果てて眠ってしまうという感じです。寝ながら半分聞いていたのがこの討論。
 夢の中でなんとなく理解しているから、それはそれで怖いかも。
 いつも書いているように、ここで言われる「グローバリズム」と、仲小路彰の「グローバリズム」は似て非なるもの…いやいや、名前は同じですが中身は全く違います。そこについても、いつかちゃんと発信しなくては。近い未来に実現すると思います。
 夢見半分で気がついたのは、マネーのためにテクノロジーが進歩しているわけではなく、テクノロジーの進歩の上にマネーがあとから乗っかって流通しているということですね。
 ですから、はじめからグローバル経済があったわけでもなく、たとえばインターネットなんかも、それを想定して設計されたわけではない。
 だから、ある意味ではマネーは弱いんですよ。ウイルスみたいなもの。本体がなくなれば全く機能せず死ぬのです。
 それで?だからなんなの?ですが、夢の中で一つの答えを得たような気がしました。ここからの展開はまたいつかまとめて書きます。とにかく眠い。
 まあ、間違ったグローバリズムが衰退して、本来の日本発本当のグローバリズムが勃興してくるといいですね。なにしろ本物は今、国譲りの作法によって雌伏の時を過ごしているからです。雄飛の時は近い!?

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2018.12.02

権代敦彦作曲『子守歌』

Th__20181203_161534 NHKFMで聴きました。心震えるとはこういうことですね。
 附属池田小事件がきっかけで作られた曲。古典的な宗教音楽の要素もありつつ、語りと音楽の微妙な、いや壮絶なぶつかり合いと調和が、なんともすごい(ボキャブラリーを奪われる)。
 この曲のこの演奏にまつわるストーリー「レクイエムに心を動かされ・・・
“附属池田小事件”から生まれた『子守歌』」をこちらで見ることができます(10/23付の動画です〉。
 今回この放送を教えてくれたのは、先日のウリッセの帰還の時にもお会いした古楽仲間です。ウリッセでも波多野睦美さんが素晴らしい歌唱を聞かせてくれましたが、こちらの「子守歌」でも、大変清澄な、まさにこの子守歌にふさわしい天上の声を降ろしてくれました。
 そして、作曲者の権代敦彦さんとは、先日京都男二人旅をさせていただきました。あらためて、とんでもない天才とマニアックな旅をさせていただいたものだと再認識させられました。いやあ、彼は天才です。そして、今、そんな権代さんに新曲を依頼しているところでもあるのです。
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団には知り合いも何人かいることもあり、作曲家、歌手、演奏家すべてとご縁がある特別な演奏でもありました。
 音楽が結ぶご縁は、この地上界の関係を超えています。高次元のご縁に動かされる毎日。ありがたいかぎりです。
 

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2018.12.01

ねじ…秋田弁コント「道案内」

 言シリーズ。昨日は最後に秋田弁を聴いていただきました。その秋田弁でコントをする「ねじ」。前も紹介しましたね。秋田弁でアニメの名シーンをやったりする。
 今年は金足農業が高校野球で大変なブームを起こしましたが、実はその金足農業の出身なのが、この「ねじ」。
 で、最近ワタクシ的にはけっこうツボにはまったのが、この究極の秋田弁コントです。そう、究極の外国語なんですよ。
 前、秋田のおっちゃんたちに囲まれて飲んだ時は、本当に「イングリッシュ・プリーズ」って感じでした。ホント、日本語しゃべって!って。日本語じゃないなら、せめて英語で!っていう(笑)。
 そんな異邦人感をうまく表現してくれているコントだと思います。なにしろ発音が日本語と違うもので、文字化されないんですよ(笑)。秋田の人と結婚して20年、ようやく少しリスニングができるようになってきました。
 というわけで、ねじのコント「道案内」をどうぞ。鼻濁音!そして最後はホント何言ってるのか、わかりません。カミさんに聞いてみよっと。

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