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2018.12.17

シュメルツァー 『ヴァイオリン・ソナタ』

 日、お世話になっている若手ヴァイオリニスト野武大誠さんのコンサートがありました。エレクトリック・ヴァイオリンにエフェクターを駆使して、オリジナルの曲をたくさん演奏してくれました。
 それがとっても良かったのです。なんというか、私の考えているヴァイオリンという楽器の性質をよく分かっていて(すなわち音大で教えているような近代奏法ではなく)とても好感を持ちました。もちろんアドリブもふんだんに取り入れており、まさに今この場に生まれた音楽という意味でも素晴らしかった。
 そんな彼の美しい音楽を聴いていて思い出されたのが、このシュメルツァーのヴァイオリン・ソナタ。
 ウィーン出身の彼のソナタは、ドイツ語圏では初のヴァイオリン・ソナタだと言われています。当然、イタリアの影響を強く受けていますが、どこか牧歌的、すなわち民謡的というか民俗音楽的であったり、適度に技巧的であったり、言うなれば東北地方の民謡と商業的演歌の中間形のような(全然ふさわしくないたとえw)感じです。
 私はこの曲集が大好きで、時々楽譜を引っ張り出してきて弾いてみたりしています。そして、これが案外難しい。こういう味わいの音楽をどういう音色で弾くべきなのか、どういう言葉と解釈して表現すべきなのか、正直よく分からないのです。
 しかし、やはり魅力的。どこかとらえどころがない、まだまだ「モノ」的な要素を遺している音楽。たとえばバッハのような「コト」音楽とはまた違った、中期バロックの魅力があります。
 それと、先日の野武さんの音楽と印象がかぶった。つくづく私はこういう音楽が好きなのだなと再確認した次第です。
 彼のような若いヴァイオリニストがいることに心から感謝します。私にできなかったことをどんどんやってもらいましょう。

ヴァイオリニスト野武大誠 公式

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2018.12.16

富士山宝永の噴火から311年(宝永地震について)

Th_2018121600006712weather0022vie_2 ahoo!ニュースにもありましたとおり、311年前の今日、富士山が大噴火しました。
 それが最後の噴火ですから、富士山は300年以上噴火していないということになります。
 我が家では大気中のラドン濃度を観測していまして、実はこの9月からつい最近まで、異常な数値が続いていました。
 6年前に観測を始めてから、いちおう自分の中では、「50ベクレル毎立方メートル」を超えたら富士山の噴火の危険性があるので避難の準備をすると決めていました。
 それが11月に52という最高値を記録したんですよね。これはヤバイということで、避難はしませんでしたが、他のデータをより注意深く見るようにし、また多少の防災グッズを揃えたりしておりました。
 ところが、どうもこの高い数値は、富士山自身の活動というよりも、やや遠方の大地震の前兆ではないかと判断されるに至りまして、また別の観点での総合的観測を始めたところです。
 とはいえ、ご存知のとおり、311年前の宝永噴火の際にも、大きな地震を伴っております。それを今日は復習してみようと思います。
 富士山の宝永噴火の49日前、南海トラフ巨大地震が発生しています。いわゆる宝永地震です。マグニチュードは最大推定9.3。3.11を上回る規模であったと考えられます。震源は紀伊半島沖を中心とし、その範囲はかなり広かったと思われます。
 震度6以上を記録したのは、東海、近畿、四国、九州にまで及び、内陸の山梨県も震度7に近い揺れを記録したものと思われます。
 3.11の時もそうでしたが、火山の下に溜まっているマグマは、地震によって揺らされると、まるで炭酸飲料を振った時のように、多くのガスが発生して堆積が増えます。それによって、噴火が起きたり、別の地震を誘発したりします。
 3.11の4日後に富士宮震源の地震がありました。同様に宝永地震の翌日、M7.0の宝永富士宮地震が発生しています。本震によって地盤が緩んだところも多かったため、静岡や山梨で大きな被害が出たようです。
 そして、その48日後に宝永の大噴火が起きたのですが、噴火の2週間ほど前から、富士山麓では山鳴りや地響きが頻発するようになりました。これは噴火の前兆として貴重なデータです。今後予想される富士山の噴火の際にも、大きな地震や地響きが観測されることでしょう。
 世間で叫ばれているとおり、そろそろ南海トラフ巨大地震が発生してもおかしくない時期を迎えています。ということは、それに伴って富士山の噴火も当然起きると考えておいた方が良い。
 ちなみに、富士山の噴火が先で、のちに東海や東南海、南海地震が起きたケースもあるので、そちらのパターンも注意すべきでしょう。
 いずれにせよ、富士山自身の動きをしっかり捉える、そこに生活している者としては、富士山としっかり対話するということが大切だと考えています。そして、何かあったら報告いたします。


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2018.12.15

Nakamichi デジタルカメラNC-35D

Th__20181217_101446 日は「あれっ?YABERってカー用品のメーカーじゃなかったっけ」と書きましたが、今日はもっと「ジャンル違い」。
 アキバで見つけて思わず買ってしまったのがこの「Nakamichi」のデジカメ。「あれっ?Nakamichiって高級オーディオメーカーじゃなかったっけ?」ですよねえ。
 ええと、私は変なカメラをたくさん持っていまして、最近ではAGFAのデジカメがヒットでした(笑)。これもなかなか面白いデジカメだったのですが、改造中に壊れてしまいました。
 で、今回はAGFA以上の衝撃。去年発売になったんでしょうかね。アキバで新品が5000円台で売ってたので、当然のごとく購入してしまいました。これは病気だな。
 で、これはいったい何者かといいますと、アメリカで売っているMINOLTAの新型デジカメの亜流のようですね。これです。ほとんど同じものです。MINOLTAのロゴがNakamichiになっただけ(笑)。これで5000円ならけっこう掘り出し物だと思います。普通に使えます。なにしろ光学35倍ズームが素晴らしい。この軽さと短さでそれを実現しているのですから。
 あとは普通に最新の機能がついていますし、操作性も悪くない。MINOLTAのと違うところは、Wi-Fi接続ができないところですかね。まああれば便利でしょうけど、なくても困らない。
 もちろん中国製です。アメリカでMINOLTA製として販売されるわけですから、まあそれなりの品質なのではないかと思われます。
 それにしても、なんでNakamichiなんだ。こういう形で憧れのNakamichiブランドを手に入れることができるとは…若かりし頃の私は夢にだに思わなかったよなあ。
 で、この謎のブランド戦略は成功した形跡もなく、今は叩き売りされている状況です。しかし、上述したように、その性能は必要充分なので、単純に考えてかなりのお買い得品だと言えましょう。
 いろいろな意味で変わったモノマニアの方はぜひ!おススメです。

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2018.12.14

YABER プロジェクター Y20

Th_71baqfx2ynl_sl1500_ れっ?YABERってカー用品のメーカーじゃなかったっけ。
 学校のICT化の一環として、教室でプロジェクターを活用するよう準備を進めています。最終的にはどんな機種を導入するか未定ですが、とりあえず安いものでいろいろ試してみようと思い購入したのがこれ。
 クーポン使って18,999円也。
 中国製はヘーキで数字にゲタを履かせますが、3800ルーメンという数字は魅力的です。実際はどのくらいなのでしょうか。
 というわけで、今日学校に到着したので早速あるクラスで使ってみました。
 おお、これはたしかに3800ルーメンありそう。明るいのです。3200ルーメンのBenQと比べても断然明るい。珍しく看板に偽りなしなのでしょうか。
 画質もいい。そして音質もBenQの比較にならないほどよい。HDMI入力も二つあって便利。デザインもまあまあ。軽さもまあまあ。
 始動も終了も早いしリモコンの動作も普通(不思議なデザインですが)。
 ただ、一つ大問題なのが台形補正。手動と書いてあったので、ちょっと不安だったのですが、これはたしかに手動だ。ただレンズが傾くだけのようです。よって、補正するとピントが全体として合わなくなる。上を合わせると下が合わず、下を合わせると上が合わない。
 非常に原始的なキーストンなため、正直使い物になりません。正面から映すしかないわけですが、それだと当然じゃまになりますよね。ここは値段相応ということでしょうか。まあ、教室で使う分には対して問題にはなりませんが。
 あと、BenQだと単焦点なので教卓を動かさずに黒板にそれなりの大きさで投影できますが、こいつは机を1メートルくらい下げないといけない。まあ、ただ下げればいいんですけどね。
 それでもこの明るさは素晴らしい。教室の電気をつけたままでも全然大丈夫ですし、黒板に投影しても案外よく見えます。もちろん模造紙をマグネットかなにかで貼って簡易スクリーンにすれば完璧です。
 各教室にディスプレイを導入したりするより、格段に予算が削減できます。セッティングには3分しかかかりませんし。パソコンやiPhoneをさっとつないで、写真や動画を見せることができます。簡単ですよ。
 近いうちに教員対象の研修をして、大いに使いこなしてもらいたいと思っています。こういう時代ですからね。生徒の食いつき&理解が違いますよ。先生たちも殻を破らねば。

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2018.12.13

「ゆとり教育~戦後最大の教育改革~」 (アナザーストーリーズ 運命の分岐点)

2002年に始まり2011年で終えたゆとり教育は成功だったのか失敗だったのか

 当に最近悩んでいます。悩むじゃないな迷うかな。
 子どもたちは千差万別。彼らに画一的な教育を施すこと自体に無理があり、そういう意味では、「正しい」「間違い」「成功」「失敗」という判断もありえません。
 そんなことは分かっているのですが、なにしろ現場でそれなりに自信をもって仕事をしなければならない立場ですので、本当に苦しい。
 まあ、どんな仕事も同じでしょうね。しかし、教育は、目の前で結果が出るわけではなく、その成果が数十年後に出ることも多いですし、いや、もう数十年後ともなると、大昔の教育の成果なのか、その後の様々な体験の成果なのか、全く分からないというのが事実です。
 ですから、「ゆとり」も、ある種の生徒には良かったけれども、ある種の生徒には良くなかったという話になってしまいます。 
 というか、「ゆとり」の成否を問うよりも、「ゆとり」と「つめこみ」しかない、両極端に振れまくる教育行政に問題があると考えるべきでしょう。現場はそれこそ振り回されまくってきました。
 ただ、どうでしょう。私も渦中では否定的にとらえていた「ゆとり」、それを経たいわゆる「ゆとり世代」は、今、二十代、三十代になって、なかなかいい人生を送っていますよね。
 最近、私はその世代との交流が楽しくてしかたない。なんだか、自分と価値観が合っているんですよ。私が若いとか、ゆとってるとか、そういう意味ではなく、なんていうかなあ、既存の価値観や常識、しきたりにとらわれない、ある種自由な生き方に憧れすら持つのです。
 「つめこみ」世代には、正直あんまり面白い人たちがいないのですから、あくまで私のフィーリングの中では、「ゆとり」は意味があったような気がします。
 この番組の最後に、「ゆとり世代」の代表として、はじめしゃちょーがいいこと言ってますよ。ゆとりで学んだことは覚えていないけれど、こういう核心に迫ることをさりげなく言えて、そして楽しく現代を生き抜いている彼なんか、やっぱり「ゆとり」の寵児なんでしょうね。素晴らしいと思います。

「結局AIとロボットだと考えつかないようなことができるのが人間だと思うんで、もしそこの能力をのばせるのが「ゆとり教育」だったとしたら成功だったのかと思います」

 それにしても、寺脇研さんの語る裏話も面白かったな。さて、次の教育改革はどうなるのでしょう。なんだか意味の分からない、具体性のない言葉が並んでいます。それが、逆にいいのかも…。

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2018.12.12

「災」

149d40 年の漢字は「災」。たしかに災害の多い年でした。平成は災害が多かったような気がしますが、実際には昭和も大正も明治も同等の災害はたくさん発生しています。
 平安時代の記録など見ると、もっともっと大変でしたよね。高温、台風、地震、大雨、大雪…ただ、たしかに大きなサイクルが連続して発生するサイクルに入っていることはたしかなようです。
 もちろん、これは宇宙レベルで見れば異常でもなんでもありません。災害というのもあくまで人間にとっての災害でしかありません。
 ところで、この「災」という漢字ですが、わかりやすくいうと、「川」と「火」が組み合わさった字です。上の三つの「く」は氾濫した川の様子を表しています。上の古字には、三つの「く」に横棒が入っていますよね。何か妨げるものがあって、流れが曲がってしまっているのです。
 もともとはそれだけの字だったようですが、その後、「火」が加えられ、水と火の異常事態を表すようになりました。
 陰陽五行説の「木・火・土・金・水」の中で、特に暴力性があると考えられていたのが「水」と「火」だったわけです。「水火(すいか)」という言葉もありますね。また、これはこじつけですが、「火水」で「かみ(神)」と読ませることもあります。
 そうした、人間にとっての「モノ(不随意)」をコントロールするのが「みコト(天皇)」の役割でもあります。来年に迫った譲位にもそのような意味があるのです。
 天災は忘れた頃にやってくる…不可避なモノだからこそ、常に意識(コト化)して小難を無難に、大難を小難にすることが重要なのでしょう。
 

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2018.12.11

「六城」「船と氷山」「激突き」ロバート秋山&友近の最新映画3部作

 近国産映画をよく観ています。しかし、国産の洋画というのは観てないなあ。なるほど、外国製の日本ブランド製品がよくあるように、日本産の洋画があってもいい。
 日本の映画は低予算でも高品質ですから、きっと世界からの需要もあることでしょう。
 (どこまで真面目に語ろうかな)
 「六城」は音楽が秀逸ですね。この原曲って最もいじられてる名曲ですよ。いくつもありますよ。そういうのだけ集めても面白いかも。
 そして、さりげなくプロレスラー潮崎豪選手が出ているところが良い(笑)。地下相撲の世界って、実は江戸時代からあるんですよね。そのあたりにスポットライトを当てる意味でも面白いかも。
 「船と氷山」は、まんまなタイトルですが、屋形船が氷山と激突するのかという疑問が残りますね。ある意味SFとも言えましょう。「大谷丸」は某豪華客船の名前にちなんでいるのですね。これも音楽が萎える(笑)。
 「激突き」では、スズキのキャリイが大活躍していますね。実際キャリイは強いですよ、いろいろな意味で。このキャリイは9代目KUですかね。あえての丸目。まさに最強です(笑)。
 私も、なんちゃって予告編だけはいくつか作ったことがあります。なるほど、洋画を国産でっていう発想はなかったかも。やってみようかな。
 相変わらずロバート秋山の自由なアイデアと、その本気の演技力には舌を巻かずにはいられませんね。

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2018.12.10

窮して変じ、変じて通ず。

20181211_160534 このところ、重い案件に関わってきました。疲れていないといえばウソになりますが、いろいろな気づきをいただいたという意味では、悪いことばかりではありませんでした。
 そう、「重い」による想定外のモノがいくつかあったのです。
 まず家内の方の親族に不幸がありました。とはいえ、結果としては大往生であり、語弊をおそれず言うなら、ある意味とても幸福な時間を提供してくれた。
 それから、まるでこちらのストレスを肩代わりしてくれたかのように、冷蔵庫とボイラーが故障しました。しかし、それもいつの間にか直っていた。不思議としか言いようがありません。
 あと、「重い」とバランスを取るためか、「軽い」ことに関して、自分の才能が爆発しました(笑)。普段では絶対にできない作品がポンポン生まれる。びっくりしました。
 そして、なんと言っても、自分が信じてきたことが生かされた、というか、生きていたのだなと実感できたことが大きかった。
 人間、やはり窮しないと変じないものなのですね。変ずるというか、生まれるというか。内在していたモノが生まれる。そして、変ずると通ず。
 結果論的に言うならば、「窮すると通ずる」ということです。困ると結果として何かが通じる。滞っていたコトに穴があき、新しいモノが噴出したり見えたりする。
 「窮して変じ、変じて通ず」とは、美濃は伊深の正眼寺元住職、昭和の名僧梶浦逸外老師の言葉です。こちらにも書きましたとおり、川上哲治さんもこの言葉を老師から聞かされたと言います。
 そう考えると、窮することも悪いことではないと。逆に窮している時こそチャンスだとも言えます。おそらく自分が変ずるチャンスでもありましょうし、自分を取り巻く環境が変ずるチャンスでもあるのでしょう。
 よく私も言うのですが、「今日はいろいろと平穏無事に終わった」ということは、昨日の自分と何ら変わっていない、成長していない証なので喜ぶべきことではないのです。
 「今日は大変だったなあ。なんとか乗り切った」という日こそ、昨日と違う自分になっているのです。
 そうしますと、いろいろなモノに感謝できます。このたびも本当にいろいろな方々に感謝しております。

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2018.12.09

SONGS 『hideが遺(のこ)したもの』

Th__20181210_143742 日録画したのものを今日観ました。
 う〜ん、なんだかこの歳になって妙に感動してしまった。正直、若い頃、hideの楽曲やギタープレイに、特別な魅力を感じなかったのですが、今頃になって何か共鳴するものがあることを感じます。
 今回のSONGSのゲストが、たまたま私の大好きな3人だったからかもしれません。吉井和哉、生駒里奈、MIYAVI。
 吉井くんも、いかにも大人になった吉井くんから見た若きhideの魅力を語ってくれたし、生駒ちゃんはhideを直接知らない世代として、そしてMIYAVIくんはある意味直接hideの魂を継ぐ者として、その魅力というかカリスマ性を語ってくれました。
 私、生のhideを観て聴いたことは一度だけ。まだ彼らが無印Xだった時、あれは1992年の1月、東京ドーム3daysの中日だったかなあ。業界の知り合いからチケットを譲ってもらい、なにげなく行ったコンサート。正直、音響もよくなく、また周囲のファンたちの狂騒で、あまり音楽を楽しめなかった記憶しかありません。
 しかし、今思えば、あのドームの異常な熱狂はすごかった。そのエネルギーの源の半分くらいはhideが作り出していたかもしれない。なぜなら、私の記憶に残っているのは、彼のかき鳴らすギターの音ばかりだから。
 ちなみに彼は私と同い年です。昭和39年生まれ。早逝してしまった同世代。
 彼が生きていたら…と考えるのは意味がないのかもしれませんが、今日番組を観て聴いていて、彼が非常に未来的な音楽をやっていたことがわかりました。時代がやっと追いついてきた。
 それは彼の生き様、哲学においてもそうです。あの頃は理解できなかった彼の社会的行動の一つひとつが、今20年を経てようやく普通のことになってきているように思います。
 さあ、21世紀のこれからの日本語のロックはどうなっていくのか、それを聴きたい衝動にかられました。私もあらためて彼の楽曲を聴き直してみようと思います。そこにきっとヒントがあることでしょう。

SONGS公式

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2018.12.08

『サマータイムマシン・ブルース』 本広克行監督作品

 日、ホームシアターにてカメラを止めるな!を家族で観ました。私は3回目。次女は2回目。家内は初めてです。
 う〜ん、やっぱり面白かった。好きだなあ、ああいうの。回収系とでも言いましょうか。
 で、回収系の名作と言えばこれでしょう。今日次女と鑑賞。これもまた面白かった。
 そう、カメ止めもこのサマータイムマシン・ブルースも、もともとは舞台作品だったんですよね。私や娘は、どうも舞台系、演劇系の映画が好きなようです。というか、基本舞台が好きなんでしょうね。
 学生、夏休み、タイムマシン…いかにもなテーマが揃っていますが、いかにもになりそうでならない、でもやっぱり後味は青春の甘酸っぱさみたいなところがいいですね。
 時間の本質、私のよく言っている「時間の流れ」の話にも通じる哲学的な部分も実はあります。そう、タイムマシン系の物語が世界中で好まれるのはですね、やっぱり過去も未来もこの現在に内在しているからでしょう。
 私は「時間」という概念というか感覚というのは、生命だけに後天的に与えられたものだと思っています。逆にいうと、時間こそが生命。そのあたりについては、今月末に出るある雑誌に載る私のインタビューでも触れています。
 最近では科学の世界でも言われていますよね。この一点に全ての過去・未来が含まれている。それも多層的に無限の可能性として存在すると。
 それを整理して認知するために、生命には「時間」の感覚が与えられたというか、生命が発明したというか、そういうことです。神様が与えてくれたのかな。非生命にとっては、常に一点でしかないわけですから。
 というわけで、この作品、もちろん単純なエンタメとしてもよくできています。いろいろな劇団が上演していることからもわかります。私も舞台で観てみたい。いや、生徒たちにやらせてもいいかもしれませんね。
 Amazonのプライム・ビデオで観れますし、YouTubeでも検索すれば、映画の全編を観ることができますよ。探してみて下さい。

Amazon サマータイムマシン・ブルース

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2018.12.07

ナイツの漫才

 週はずっと堅苦しい文章を書いていました。ようやくそれが一段落したので、全然違う文を作りたくなっていたところに、生徒から仕事の依頼が来ました。
 もうすぐ中学校の文化祭があります。昨年まではがっつり中学校担当だったのですが、今年は高校中心になったので、少し離れたところから協力させてもらっています。
 で、今日の依頼は、私が顧問(仮)をさせてもらっているコント部(仮)の台本づくりです。今年は漫才をやりたいというので、さっそく作ってみました。
 今回参考にさせていただいたのは、ナイツのボケ漫才です。掛け合いではなく、ボケの手数で勝負する系。
 とりあえず、ナイツの漫才をいくつか見て、頭のモードをそれに合わせて、内輪ネタを含む新作を一気に書き上げました。ぜひ本番を楽しみにしていてください(笑)。
 で、今日は参考にしたナイツの漫才を皆さんにも見ていただきます。うるさいしゃべくりや、動き系が多い中、私はナイツのこのスタイルはけっこう好きですね。関東の良さだと思います。落語や漫談の空気がありますね。

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2018.12.06

エイリアンはもう地球に来ているかもしれない(NASA論文)

Th_webs181206aliensthumb720xauto147 いう記事がニューズウィーク日本版に出ていました(こちら)。
 いや、もう来てますよ、ここに…というのは冗談で、実はこの記事にあるようなことを実感したことがあるんです。
 すなわち、「彼らは、ごくごく小さな超知能体かもしれない」という部分です。
 どうしても、私たちは自分たちを基準に考えてしまう。宇宙人も「人」であると思い込んでしまうのです。つまり、私と同じような大きさで、目と鼻と口と手と足があって…というように。
 そこがホンモノの「宇宙人」を見つけられない原因ともなっていますし、私のようなエセ宇宙人を、本当の宇宙人だと信用してしまう原因になる(笑)。また、上の写真のような宇宙人像を想像してしまうわけです。
 私がその固定観念から解き放たれたのは、小型のUFOを目撃してからです。

小型UFOに遭遇!

 今でも毎日、その目撃現場を通りますが、あれから二度とUFOは現れません。期待しているのですが。
 あれを目撃してから、なるほど、もしかすると宇宙人はとっても小さいかもしれない、UFOというと大きなモノが空を飛んでいるというイメージがあるけれども、そうとは限らないなと実感したのです。
 もちろん、あれは宇宙人の無人ドローンかもしれません。そう、あの時、あるUFO研究家に報告したら、ああそれは無人偵察機だねと言われました。私を調査しているのだとか(笑)。
 いや、なんとなくですが、私はあれは無人ではなかったような気がするのです。なんとなく機内の宇宙人と目が合ったような気がした(笑)。
Th_img_3220 とすると、彼らはとっても小さいわけで、そうすると、彼ら単独ではなかなか見つからないだろうなと。もしかすると虫とか鳥とかに擬態しているかもしれないし。
 そう、猫とか、鳥とか、虫とか、もしかすると全部宇宙人?かもしれませんよ。ウチなんか、猫星人?にすっかりやられてますよ(笑)。

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2018.12.05

追悼 ダイナマイト・キッド選手

 しい報せ。私にとっても最強外国人レスラーだったダイナマイト・キッド。タイガーマスクは彼なくしてはありえませんでした。すなわち、今の日本のプロレス、格闘技、さらにアメリカのプロレスもなかった。
 それほど偉大なるレスラーでした。
 この「アナザーストーリーズ」は2年前に放送されたものです。この映像だけでもかなり衝撃でした。しかし受け止めるしかない、とにかく少しでも長く幸せな人生を歩んでほしいと思っていましたが、そんな願いも今ははかないものとなってしまいました。残念です。
 しかし、しかし、彼の偉大な魂は不滅です。彼を尊敬し、愛するファン、若いレスラーたちが、彼の崇高な魂をこれからずっと引き継いでいってくれるものと思います。
 本当に命を懸けた闘いを見せてくれたキッド。私の青春時代の大切な風景を作ってもくれました。そして、今もプロレスファンでいます。心から感謝し、またご冥福をお祈りします。
 60歳の誕生日に亡くなるなんて、まるで小津安二郎ですね。天才の人生の終え方なのでしょうか。

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2018.12.03

【討論】グローバリズムは衰退したのか?

 みません、お騒がせしております。とっても忙しい状況です。家に帰ると疲れ果てて眠ってしまうという感じです。寝ながら半分聞いていたのがこの討論。
 夢の中でなんとなく理解しているから、それはそれで怖いかも。
 いつも書いているように、ここで言われる「グローバリズム」と、仲小路彰の「グローバリズム」は似て非なるもの…いやいや、名前は同じですが中身は全く違います。そこについても、いつかちゃんと発信しなくては。近い未来に実現すると思います。
 夢見半分で気がついたのは、マネーのためにテクノロジーが進歩しているわけではなく、テクノロジーの進歩の上にマネーがあとから乗っかって流通しているということですね。
 ですから、はじめからグローバル経済があったわけでもなく、たとえばインターネットなんかも、それを想定して設計されたわけではない。
 だから、ある意味ではマネーは弱いんですよ。ウイルスみたいなもの。本体がなくなれば全く機能せず死ぬのです。
 それで?だからなんなの?ですが、夢の中で一つの答えを得たような気がしました。ここからの展開はまたいつかまとめて書きます。とにかく眠い。
 まあ、間違ったグローバリズムが衰退して、本来の日本発本当のグローバリズムが勃興してくるといいですね。なにしろ本物は今、国譲りの作法によって雌伏の時を過ごしているからです。雄飛の時は近い!?

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2018.12.02

権代敦彦作曲『子守歌』

Th__20181203_161534 NHKFMで聴きました。心震えるとはこういうことですね。
 附属池田小事件がきっかけで作られた曲。古典的な宗教音楽の要素もありつつ、語りと音楽の微妙な、いや壮絶なぶつかり合いと調和が、なんともすごい(ボキャブラリーを奪われる)。
 この曲のこの演奏にまつわるストーリー「レクイエムに心を動かされ・・・
“附属池田小事件”から生まれた『子守歌』」をこちらで見ることができます(10/23付の動画です〉。
 今回この放送を教えてくれたのは、先日のウリッセの帰還の時にもお会いした古楽仲間です。ウリッセでも波多野睦美さんが素晴らしい歌唱を聞かせてくれましたが、こちらの「子守歌」でも、大変清澄な、まさにこの子守歌にふさわしい天上の声を降ろしてくれました。
 そして、作曲者の権代敦彦さんとは、先日京都男二人旅をさせていただきました。あらためて、とんでもない天才とマニアックな旅をさせていただいたものだと再認識させられました。いやあ、彼は天才です。そして、今、そんな権代さんに新曲を依頼しているところでもあるのです。
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団には知り合いも何人かいることもあり、作曲家、歌手、演奏家すべてとご縁がある特別な演奏でもありました。
 音楽が結ぶご縁は、この地上界の関係を超えています。高次元のご縁に動かされる毎日。ありがたいかぎりです。
 

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2018.12.01

ねじ…秋田弁コント「道案内」

 言シリーズ。昨日は最後に秋田弁を聴いていただきました。その秋田弁でコントをする「ねじ」。前も紹介しましたね。秋田弁でアニメの名シーンをやったりする。
 今年は金足農業が高校野球で大変なブームを起こしましたが、実はその金足農業の出身なのが、この「ねじ」。
 で、最近ワタクシ的にはけっこうツボにはまったのが、この究極の秋田弁コントです。そう、究極の外国語なんですよ。
 前、秋田のおっちゃんたちに囲まれて飲んだ時は、本当に「イングリッシュ・プリーズ」って感じでした。ホント、日本語しゃべって!って。日本語じゃないなら、せめて英語で!っていう(笑)。
 そんな異邦人感をうまく表現してくれているコントだと思います。なにしろ発音が日本語と違うもので、文字化されないんですよ(笑)。秋田の人と結婚して20年、ようやく少しリスニングができるようになってきました。
 というわけで、ねじのコント「道案内」をどうぞ。鼻濁音!そして最後はホント何言ってるのか、わかりません。カミさんに聞いてみよっと。

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