垈(ぬた)〜「のたうつ」の語源
山梨県民なら読めなくてはいけない漢字「垈」。逆に言うと、山梨県民以外はほとんど誰も読めない漢字ですし、もしかすると子どもまで含めれば、山梨県民でも読めない方の方が多いかも。
長らくパソコンの世界では「幽霊文字」と言われていたこの字。一般的な漢和辞典には載っていないこともあって、いったいなんと読むのか、どこで使うのかと物議を醸していました。
実際、この字が使われているは山梨県だけなんですね。
ちなみに私も大学時代に山梨県に来て、初めてこの字を見て、そして読み方を覚えました。そう、ドライブ中に出会ったんですね、この字に。そして、ローマ字標記で読み方を知ったのだと思います。
その後、山梨県内で複数の場所でこの字を見かたので、一般的な漢字なのかと思っていました。たまたま今まで出会わなかっただけで、全国的に使われているのだと思った。
山梨には、たとえばこのような地名があります。
大垈(甲斐市、身延町)、垈(市川三郷町)、砂垈(富士川町)、藤垈(笛吹市)、相垈(韮崎市)
私が初めて出会ったのは「藤垈」です。有名な藤垈の滝があります。ずばり「垈」という地名は、四尾連湖の近く。
「ぬた」というのは「沼田」、すなわち湿地という意味で間違いないとは思いますが、よりリアルなのは、「猪の寝床」という意味です。我が家の近くでも、山に入りますと、ああここは猪の寝床だなと思われる泥だまりがあります。それを地元では「ぬた」と呼んでいます。
平安時代の和歌に次のようなものがあります。
君こふとゐのかる藻よりね覚してあみけるぬたにやつれてぞみる
ここでは、猪が泥の上に草を敷いて寝るように、恋しい人のことを思って悶え憔悴する様子を、「ぬた」という言葉を使って表現しています。まさにドロドロした感情ですね。
ちなみに山梨県大月市に「黒野田(くろのだ)」という地名があります。甲州街道の宿場町でしたが、かつては「黒奴田」と標記していたことがあるのを見ると、これも元は「くろぬた」であった可能性が高いと思います。いかにも猪のいそうな山に囲まれています。
また、富士山の東側、御殿場に「柴怒田」という地名があります。なんと読むかといいますと、「しばんた」。これも「しばぬた」であったと思われます。
これらは「奴」という漢字を嫌った結果ですね。
ああそうそう、「のたうつ」っていう言葉があるじゃないですか。「のたうち回る」とか。これって、もともと「ぬたうつ」だったんですよ。
猪が、体温を下げるため、あるいは虫を払うために、草や泥に激しく体をこすりつける動作です。まさに「のたうち回る」のです。
猪のこういう行為を「ぬたを打つ」と言います。そこから「ぬたうつ」→「のたうつ」という動詞が生まれ、「のたうち回る」になったというわけです。
あっちこっち行ったり来たり申し訳ないのですが、平安時代にこういう和歌もあります。
恋をしてふす猪の床はまどろまでぬたうちさますよはのねざめよ
恋に身悶えることを、猪の「ぬたうち」になぞらえる習慣があったのですね。
それにしても、なぜ山梨だけ「ぬた」に「垈」の漢字を当てたのか。これは不思議です。この漢字、韓国では使わているのだとか。「垈地」は「敷地」という意味だそうです。泥のイメージはない。
もしかすると、かつて朝鮮系渡来人が巨摩郡に移住してきた際、この漢字を持ち込んだのかもしれませんね。証拠はありませんが、そのくらいしか理由が考えられません。
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