『The Bach Album』 ファミ・アルカイ (ヴィオラ・ダ・ガンバ)
「空」…先日「武久源造さんのシャコンヌ」という記事を書きました。
バッハの無伴奏作品における、書かれていないけれど鳴っている音について書きました。無でも有でもない「空」。
その後、考えてみるとですね、人間の記憶による「空」の出現ではなく、もっと根源的な、まさにルーツのルート音が「空」であることに気づきました。
そう、バッハの無伴奏ヴァイオリンのための有名なシャコンヌの冒頭は、2拍目から始まっているんですね。
これは冒頭であるために、記憶の助けを得ることができませんが、確実にベース音、ルート音としてDが存在しています。
こうした始まり方をするシャコンヌというは皆無ではありませんし、ある種のアウフタクトであるという解釈もできます。いやそれ以前にシャコンヌという舞曲が「にーいち」というリズム感で構成されているのを考えれば、こういう始まり方があっても良いと思います。
実際、長調に転調するところや、再び短調に戻るところを見ても、そういう音楽的な構造であることは分かりますね。
また、実は隠された1拍目がDでなくても音楽は成立します。たとえば上声部にB(シ♭)を鳴らして、2拍目のAに持っていってもよい。1拍目、ベースにCis(ド♯)を鳴らしてもいいですよね。ほかにも音型のパターンまで含めると、ほとんど無限の可能性があります。
しかし、私が思うに、この大曲、バッハ自身の勝負曲ということを考えると、この1小節目の1拍目の「空」にかけた思いは、かなり強いと思います。
記憶による補充ができないからこそ、永遠なる「空」を生むことができるのではないか…。
たとえば、この長大なシャコンヌの最後のDの音から、再び冒頭に戻ることもできる。そうすると、文字通り永遠に持続する…。
さてさて、そんなことを考えながら聴くのにふさわしい編曲がありますので、紹介したいと思います。
ヴィオラ・ダ・ガンバによる演奏です。ガンバは重音を弾くことを前提とした楽器です。フレットがありますし、基本4度調弦です。すなわちギターと同じような感じなんですね。
ヴァイオリンだと音域が高すぎて重みが出ない、だからと言ってチェロで演奏すると、運指にかなり無理がある。そうした悩みを一気に解決してくれるのがヴィオラ・ダ・ガンバでしょう。
しかし、今まであまりこのチャレンジをした人はいなかった。いや、個人的にはけっこう自ら編曲して演奏する人はいましたが、録音する人がいなかった。
ですから、この新しい録音は貴重です。そして、演奏も良い。ガンバのもう一つの特徴として、弦のテンションが低く、またフレットもあるために、残響が多いということがありますね。
そのおかげで、かなりじっくりゆっくり演奏できる。ヴァイオリンだと間が持たないんですね。だからついつい雑に早い演奏になりがち。
このアルバムにはほかにも、バッハのヴァイオリン、チェロ、フルートの無伴奏作品の編曲版が収録されています。どれも素晴らしい出来だと思いました。ぜひ聴いてみてください。
YouTubeには、シャコンヌのほんのさわりだけがありました。まあこれだけでも、私の言いたいことはおわかりになると思います。
さて、私もそろそろヴィオラ・ダ・ガンバを練習しようかな(老後にとっておこうか)。
Amazon The Bach Album
Fahmi Alqhai
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